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特許7060891がん検査装置、がん検査方法、および、がん検査用の染色剤
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-19
(45)【発行日】2022-04-27
(54)【発明の名称】がん検査装置、がん検査方法、および、がん検査用の染色剤
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20220420BHJP
   A61B 1/045 20060101ALI20220420BHJP
   A61B 1/00 20060101ALI20220420BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20220420BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20220420BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20220420BHJP
   C12M 1/34 20060101ALN20220420BHJP
   C12N 5/09 20100101ALN20220420BHJP
【FI】
G01N33/48 M
G01N33/48 P
A61B1/045 618
A61B1/00 525
A61B1/00 511
G01N21/64 F
C12Q1/06
C12N15/12
C12M1/34 D
C12N5/09
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020206243
(22)【出願日】2020-12-11
(62)【分割の表示】P 2018518367の分割
【原出願日】2017-05-18
(65)【公開番号】P2021063815
(43)【公開日】2021-04-22
【審査請求日】2021-01-05
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2017/006962
(32)【優先日】2017-02-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2016099997
(32)【優先日】2016-05-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003007
【氏名又は名称】特許業務法人謝国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】溝口 明
(72)【発明者】
【氏名】田中 光司
(72)【発明者】
【氏名】片山 直之
(72)【発明者】
【氏名】野坂 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】田中 匡介
(72)【発明者】
【氏名】王 淑杰
(72)【発明者】
【氏名】垣内 愛加
(72)【発明者】
【氏名】崔 煌植
(72)【発明者】
【氏名】木村 一志
【審査官】田辺 正樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/157703(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/190225(WO,A1)
【文献】特表2011-530082(JP,A)
【文献】特表2005-518553(JP,A)
【文献】国際公開第2014/157645(WO,A1)
【文献】特開2011-075278(JP,A)
【文献】特表2009-543862(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0081666(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 1/00-1/32
G01N33/48-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体細胞のがん関連遺伝子産物を選択的に有彩色に染色する染色剤を、生体
細胞群に塗布する塗布部と、
前記染色剤が塗布された前記生体細胞群を撮像する撮像部と、
前記撮像で得られた画像の前記生体細胞群の染色状態に基づき、前記生体細胞群のがん化の悪性度レベルを判定する判定部と
を備える、がん検査装置であって、
前記生体細胞のがん関連遺伝子産物が、前記生体細胞の増殖を促進するシグナルを伝達するSTAT3系のがん関連遺伝子産物であり、前記染色剤が、クルクミン類であり、および
前記生体細胞群の染色状態が、クルクミン類を用いて正常細胞よりがん細胞が濃く染色されたSTAT3系のがん関連遺伝子産物の染色状態である
ことを特徴とする、がん検査装置。
【請求項2】
前記塗布部は、前記生体細胞群にクルクミン類を含む前記染色剤を塗布した後、前記生体細胞群にフロキシン、エリスロシン、メルブロミン、ファストグリーンFCFまたはメクロサイクリンスルフォサルチル酸塩を含む前記染色剤を塗布する
請求項1に記載のがん検査装置。
【請求項3】
生体細胞のがん関連遺伝子産物を選択的に有彩色に染色する染色剤を、生体
細胞群に塗布する塗布部と、
前記染色剤が塗布された前記生体細胞群を撮像する撮像部と、
前記撮像で得られた画像の前記生体細胞群の染色状態に基づき、前記生体細胞群のがん化の悪性度レベルを判定する判定部と
を備える、がん検査装置であって、
前記塗布部は、前記生体細胞群に、STAT3系のがん関連遺伝子産物を染色する前記染色剤を塗布した後、前記生体細胞の増殖を促進するシグナルを伝達するras系のがん関連遺伝子産物を染色する前記染色剤を塗布し、および
前記生体細胞群の染色状態が、STAT3系のがん関連遺伝子産物とras系のがん関連遺伝子産物の染色状態である、がん検査装置。
【請求項4】
前記判定部は、前記生体細胞群の染色領域の面積に基づき前記判定を行う
請求項1~3のいずれか1項に記載のがん検査装置。
【請求項5】
前記判定部は、前記生体細胞群の染色領域の染色された細胞数に基づき前記判定を行う
請求項1~4のいずれか1項に記載のがん検査装置。
【請求項6】
前記判定部は、前記生体細胞群の染色領域を含む一定面積内の染色された細胞群の数と平均直径に基づき前記判定を行う
請求項1~5のいずれか1項に記載のがん検査装置。
【請求項7】
前記撮像部は、前記染色剤が塗布された前記生体細胞群に多光子レーザ、または共焦点レーザを照射することで、前記生体細胞群を撮像する
請求項1~6のいずれか1項に記載のがん検査装置。
【請求項8】
前記撮像部は、前記染色剤によって染色された、0.1mm以上0.4mm以下の直径を有する前記がん関連遺伝子発現パターンを撮像する
請求項1~7のいずれか1項に記載のがん検査装置。
【請求項9】
生体細胞のがん関連遺伝子産物を選択的に有彩色に染色する染色剤を、生体
細胞群に塗布する塗布部と、
前記染色剤が塗布された前記生体細胞群を撮像する撮像部と、
前記撮像で得られた画像の前記生体細胞群の染色状態に基づき、前記生体細胞群のがん化の悪性度レベルを判定する判定部と
を備える、がん検査装置であって、
前記塗布部は、複数の異なる前記染色剤を前記生体細胞群に塗布することで、複数の前記がん関連遺伝子発現パターンを互いに異なる色に染色し、
前記撮像部は、異なる色に染色された複数の前記がん関連遺伝子発現パターンに、それぞれの前記染色剤に応じた複数の励起光を照射することで、複数の前記がん関連遺伝子発現パターンを撮像し、
前記生体細胞のがん関連遺伝子産物が、STAT3系のがん関連遺伝子産物またはras系のがん関連遺伝子であり、および
前記生体細胞群の染色状態が、STAT3系のがん関連遺伝子産物とras系のがん関連遺伝子産物の染色状態である、がん検査装置。
【請求項10】
前記染色剤の種類は少なくとも2種類であり、
複数の前記がん関連遺伝子発現パターンに照射される前記励起光は、前記染色剤の種類に対応して選択されている、
請求項9に記載のがん検査装置。
【請求項11】
前記撮像部は、焦点位置制御部を有し、前記焦点位置制御部を制御することにより、前記染色剤によって染色された生体の内部の表面から10μm以上1000μm以下の深さに存在する前記がん関連遺伝子発現パターンを撮像する
請求項1~10のいずれか1項に記載のがん検査装置。
【請求項12】
前記染色剤によって染色された生体内部の同一の撮像位置において、表面から前記焦点位置制御部を制御して、一定間隔で焦点を変更して異なる深さの焦点位置における撮像を行い、前記撮像された複数の画像を焦点位置情報順に重ね合わせることで、画像を立体的画像とし、前記立体的画像における、染色剤の浸透度に基づき前記判定を行う
請求項11に記載のがん検査装置。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体細胞のがんを検査するがん検査装置、がん検査方法、および、がん検査用の染色剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体内部(例えば消化管)の病変を確認する方法として、生体内部の細胞群の形態を撮像して、がん細胞などの病変の有無を確認する方法が知られている。
【0003】
その一例として、特許文献1には、クルクミンやスルフレチンなどの特定の可食性色素を用いた生体染色によって、生体内部にある所定の細胞群を染色した後、染色した細胞群に多光子レーザを当てると、がん細胞が正常細胞より濃く染まることでがん細胞の検出が容易になり、さらに生体内部の個々の細胞形態を蛍光撮像する方法が記載されている。この方法によれば、生体染色された細胞群が多光子レーザを当てられることで蛍光を発生するので、生体内部の個々の細胞形態および核の形態の鮮明な画像を得ることができる。これにより、がん細胞などの病変の有無を的確に確認し、病理診断することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2014/157703号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載されている方法を用いることで、生体細胞のがん化の有無を的確に確認することができるが、世の中の要望として、生体細胞のがん化をできるだけ早く把握することが求められている。
【0006】
本発明は、上述した課題を解決するものであり、生体細胞のがん化を早い段階で把握することができる、がん検査装置等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の一態様に係るがん検査装置は、(1)生体細胞のがん関連遺伝子産物を選択的に有彩色に染色する染色剤を生体細胞群に塗布する塗布部と、(2)前記染色剤が塗布された前記生体細胞群を撮像する撮像部と、(3)前記撮像で得られた画像の前記生体細胞群の染色状態に基づき前記生体細胞群のがん化の悪性度レベルを発現パターンによって判定する判定部とを備える。なお、撮像に用いるレーザは、多光子レーザ顕微鏡用の多光子レーザであっても、共焦点レーザ顕微鏡用の連続波(CW)レーザであっても良いものとする。また、ここで言う悪性度レベルとは、がん細胞が本来もつ転移・浸潤能力においてそれらの高いものは悪性度が高いと判断し、また、治療面において放射線療法や化学療法に対して抵抗性のあるがんは悪性度が高いと定義する。
【0008】
本態様によれば、生体細胞群のがん関連遺伝子産物の染色状態に基づき、がん化の悪性度レベルを判定するので、生体細胞群のがん化を早い段階で把握することができる。また、がん化の悪性度レベルを把握できるので、がん患者の予後を知ることができる。
【0009】
例えば、前記塗布部は、前記生体細胞の増殖を促進するシグナルを伝達するras系のがん関連遺伝子産物を染色する前記染色剤を塗布してもよい。
【0010】
本態様のように、ras系のがん関連遺伝子産物を染色する染色剤を用いることで、生体細胞の増殖化傾向を知ることができ、生体細胞群におけるがん細胞の発生を早い段階で把握することができる。
【0011】
例えば、前記塗布部は、フロキシン、エリスロシン、メルブロミン、ファストグリーンFCFまたはメクロサイクリンスルフォサルチル酸塩を含む前記染色剤を塗布してもよい。
【0012】
本態様に示す染色剤を用いることで、ras系のがん関連遺伝子産物を染色することができ、生体細胞群におけるがんの発現を早い段階で把握することができる。
【0013】
例えば、前記塗布部は、前記生体細胞の増殖を促進するシグナルを伝達するSTAT3系のがん関連遺伝子産物を染色する前記染色剤を塗布してもよい。
【0014】
本態様のように、STAT3系のがん関連遺伝子産物を染色する染色剤を用いることで、生体細胞の増殖化傾向を知ることができ、生体細胞群におけるがん細胞の発生を早い段階で把握することができる。
【0015】
例えば、前記塗布部は、クルクミン類を含む前記染色剤を塗布してもよい。
【0016】
本態様における染色剤を用いることで、STAT3系のがん関連遺伝子産物を染色することができ、生体細胞群におけるがん細胞の発生を早い段階で把握することができる。
【0017】
例えば、前記塗布部は、前記生体細胞群にクルクミン類を含む前記染色剤を塗布した後、前記生体細胞群にフロキシン、エリスロシン、メルブロミン、ファストグリーンFCFまたはメクロサイクリンスルフォサルチル酸塩を含む前記染色剤を塗布してもよい。
【0018】
本態様のように、クルクミン類を含む染色剤を、フロキシン、エリスロシン、メルブロミン、ファストグリーンFCFまたはメクロサイクリンスルフォサルチル酸塩を含む染色剤よりも先に塗布することで、各細胞の輪郭や核の形態が明確化され、鮮明な画像を得ることができる。
【0019】
例えば、前記塗布部は、前記生体細胞群に、前記生体細胞の増殖を促進するシグナルを伝達するSTAT3系のがん関連遺伝子産物を染色する前記染色剤を塗布した後、前記生体細胞の増殖を促進するシグナルを伝達するras系のがん関連遺伝子産物を染色する前記染色剤を塗布してもよい。
【0020】
本態様のように、STAT3系のがん関連遺伝子産物を染色する染色剤を、ras系のがん関連遺伝子産物を染色する染色剤よりも先に塗布することで、STAT3系のがん関連遺伝子産物が明確化され、鮮明な画像を得ることができる。
【0021】
例えば、前記判定部は、前記生体細胞群の染色領域の面積に基づき前記判定を行ってもよい。
【0022】
本態様によれば、がん関連遺伝子発現の亢進状態を染色領域の面積により知ることができるので、がん化の悪性度レベルを的確に把握することができる。
【0023】
例えば、前記判定部は、前記生体細胞群の染色領域の細胞数に基づき前記判定を行ってもよい。
【0024】
本態様によれば、がん関連遺伝子発現の亢進状態を染色領域の細胞数により知ることができるので、がん化の悪性度レベルを的確に把握することができる。
【0025】
例えば、前記判定部は、前記生体細胞群の染色領域を含む一定面積内の染色された細胞群の数と平均直径に基づき前記判定を行ってもよい。
【0026】
本態様によれば、がん関連遺伝子発現の亢進状態を一定面積内の染色された細胞群の数と平均直径に基づいて知ることができるので、がん化の悪性度レベルを的確に把握することができる。
【0027】
例えば、前記撮像部は、前記染色剤が塗布された前記生体細胞群に多光子レーザ、または共焦点レーザを照射することで、前記生体細胞群を撮像してもよい。
【0028】
本態様のように多光子レーザを照射することで、粘膜表面から10μm以上1000μm以下の深さにおける生体の内部のがん化の悪性度レベルを容易に把握することができる。また、共焦点レーザを照射することで、粘膜表面から10μm以上70μm以下の深さにおける生体の内部のがん化の悪性度レベルを容易に把握することができる。これにより、がん細胞集団が粘膜表面に現れる前の超早期段階において、がん患者の予後を知ることができる。
【0029】
例えば、前記撮像部は、前記染色剤によって染色された、0.1mm以上0.4mm以下の直径を有する細胞集団の前記がん関連遺伝子発現パターンを撮像してもよい。
【0030】
本態様によれば、前がん状態における生体細胞のがん化の悪性度レベルを把握できるので、がん細胞集団が大きく顕在化される前の早期にがん患者の予後を知ることができる。
【0031】
例えば、前記塗布部は、複数の異なる前記染色剤を前記生体細胞群に塗布することで、複数の前記がん関連遺伝子産物を互いに異なる色に染色し、前記撮像部は、異なる色に染色された複数の前記がん関連遺伝子発現パターンに、それぞれの前記染色剤に応じた複数の励起光を照射することで、複数の前記がん関連遺伝子発現パターンを撮像してもよい。
【0032】
本態様のように、染色された複数のがん関連遺伝子発現パターンに、それぞれの染色剤に応じた複数の励起光を照射することで、複数のがん関連遺伝子発現パターンを精度よく検出することができる。
【0033】
例えば、前記染色剤の種類は少なくとも2種類であり、複数の前記がん関連遺伝子発現パターンに照射される前記励起光は、前記染色剤の種類に対応して選択されていてもよい。
【0034】
本態様のように、少なくとも2種類の染色剤を用い、これらの染色剤に対応する励起光を照射することで、少なくとも2つのがん関連遺伝子発現パターンを検出することができる。このように多くのがん関連遺伝子発現パターンを検出することで、がん化の悪性度レベルを多岐の視点で把握することができる。
【0035】
例えば、前記撮像部は、焦点位置制御部を有し、前記焦点位置制御部を制御することにより、前記染色剤によって染色された生体の内部の表面から10μm以上1000μm以下の深さに存在する前記がん関連遺伝子発現パターンを撮像してもよい。
【0036】
本態様によれば、粘膜表面から10μm以上1000μm以下の深さにおける生体の内部のがん化の悪性度レベルを把握することができ、がん細胞集団が粘膜表面に現れる前の早期に、がん患者の予後を知ることができる。
【0037】
例えば、前記染色剤によって染色された生体内部の同一の撮像位置において、表面から前記焦点位置制御部を制御して、一定間隔で焦点を変更して異なる深さの焦点位置における撮像を行い、前記撮像された複数の画像を焦点位置情報順に重ね合わせることで、画像を立体的画像とし、前記立体画像における、染色剤の浸透度に基づき前記判定を行ってもよい。
【0038】
本態様によれば、立体画像における染色剤の浸透度に基づいて生体の内部のがん化の悪性度レベルを把握することができ、がん細胞集団が粘膜表面に現れる前の超早期段階において、がん患者の予後を知ることができる。
【0039】
また、本発明の一態様に係るがん検査方法は、生体細胞のがん関連遺伝子産物を選択的に有彩色に染色する染色剤を、生体細胞群に塗布する塗布工程と、前記染色剤が塗布された前記生体細胞群を撮像する撮像工程と、前記撮像で得られた画像の前記生体細胞群の染色状態により、前記生体細胞群のがん化の悪性度レベルを判定する判定工程とを含む。
【0040】
本態様によれば、生体細胞群のがん関連遺伝子発現パターンの染色状態に基づき、がん化の悪性度レベルを判定するので、生体細胞群のがん化を早い段階で把握することができる。また、がん化の悪性度レベルを把握できるので、がん患者の予後を知ることができる。
【0041】
また、本発明の一態様に係るがん検査用の染色剤は、生体細胞の増殖を促進するシグナルを伝達するras系のがん関連遺伝子産物を染色するフロキシン、エリスロシン、メルブロミン、ファストグリーンFCFまたはメクロサイクリンスルフォサルチル酸塩、もしくは、前記生体細胞の増殖を促進するシグナルを伝達するSTAT3系のがん関連遺伝子産物を染色するクルクミン類を含み、染色開始後10分以内は、前記生体細胞の細胞質には浸透するが、細胞の核には浸透しない濃度を有する。
【0042】
本態様に係るがん検査用の染色剤は、染色開始後から10分以内であれば細胞質に浸透しても細胞内の核に浸透しないため、細胞質に囲まれている核を鮮明に視覚化することができ、がん化の分析をより明瞭にすることができる。
【発明の効果】
【0043】
本発明によれば、生体細胞のがん化を直径1mm程度の非常に早い段階、超早期がんの段階で把握することができる。
【0044】
また、本発明の主要構成によれば、がん関連遺伝子の発現パターンを解析することができ、がん腫瘤が患者に及ぼす危険度(生命予後)を判定することができる。
【0045】
なお、上記までの観察対象は、すべて生体の消化管内壁粘膜の上皮細胞、腺細胞、結合組織、毛細血管であったが、材料として、手術で摘出された直後20分以内の新鮮組織を用いても、生体組織と同等の細胞形態画像を撮像できる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
図1A図1Aは、生体細胞のがん関連遺伝子産物が正常な働きをしている状態を示す模式図である。
図1B図1Bは、生体細胞のがん関連遺伝子産物が異常な働きをしている状態を示す模式図である。なお、図1B中における十字星の印は、がん関連遺伝子産物に生じたがん性の変異を示す。
図1C図1Cは、消化管内壁面における生体細胞群の段階的がん化過程を示した模式図である。
図1D図1Dは、人のがん細胞の増殖曲線の一例を示す図である。
図2A図2Aは、試料1に関する生体細胞のがん関連遺伝子発現パターンの画像であり、(a)はクルクミンで染色されたSTAT3のがん関連遺伝子発現パターンの画像、(b)はフロキシンで染色されたras系のがん関連遺伝子発現パターンの画像、(c)は(a)と(b)との重ね合わせ画像である。
図2B図2Bは、試料2に関する生体細胞のがん関連遺伝子発現パターンを図2Aと同様に示した画像である。
図2C図2Cは、試料3に関する生体細胞のがん関連遺伝子発現パターンを図2Aと同様に示した画像である。
図3図3は、試料4に関する正常な生体細胞群の画像である。
図4A図4Aの上段3パネル(a)、(b)、(c)は、アシッドレッドを含む染色剤とクルクミン類を含む染色剤とで、マウス消化管大腸の内壁を2重生体染色した後、共焦点レーザ顕微鏡を用いて消化管の内壁表面および表面から約30μm生体内部までの細胞画像を撮像し、デジタル画像化した結果を示す。(a)は、アシッドレッドを含む染色剤による生体染色画像、(b)は、クルクミン類を含む染色剤による生体染色画像、(c)は、(a)と(b)の重ね合わせ画像である。下段の3パネル(d)、(e)、(f)は、上段の生体染色で撮像したマウス消化管大腸の同じ部位を、ホルマリン固定後、蛍光抗体法で、(d)Alexa488標識ファロイジンで細胞内アクチン繊維を可視化し、同時に(e)抗STAT3抗体とAlexa594標識二次抗体で、染色し、がん関連遺伝子産物STAT3の分布を示したもので、(f)は、(d)と(e)の重ね合わせ画像である。
図4B図4Bは、マウスの正常大腸粘膜の超早期がんの細胞群をクルクミン生体染色と共焦点レーザ顕微鏡によって画像化したものである。
図4C図4Cは、ヒト胃アデノーマの手術摘出直後のサンプルをクルクミンで生体染色し、多光子レーザ顕微鏡で画像化したものであって、クルクミン色素によって染色された色領域を抽出した画像である。
図4D図4Dは、ヒト胃アデノーマの手術摘出直後のサンプルをクルクミンおよびアシッドレッドで2重生体染色し、多光子レーザ顕微鏡で画像化したものである。
図4E図4Eは、クルクミンを含む染色剤とアシッドレッドを含む染色剤とで消化管の内壁を2重染色した後、多光子レーザ顕微鏡を用いて消化管の内壁を撮像した場合の画像であって、(a)は正常な消化管の画像、(b)は超早期段階のがんの画像である。
図5A図5Aは、消化管の一例である大腸の細胞の配列を示す模式図である。
図5B図5Bは、消化管に発生する超早期がんにおけるがん細胞を模式的に示す図である。
図5C図5Cは、多光子レーザ顕微鏡および共焦点レーザ顕微鏡を用いて消化管の内壁を撮像する様子を示すと同時に、粘膜の表面の焦点面(a)および粘膜の表面から深さ約50μm(b)の焦点面において撮像される細胞画像の例を図示する模式図である。
図6A図6Aは、前がん状態の一つの形態として位置づけられていたACF(Atypical Crypt Foci)と呼ばれる病変部(中央部に見える円形の構造)のクルクミン生体染色によるがん関連遺伝子STAT3発現パターンとフロキシン生体染色によるras系のがん関連遺伝子発現パターンの2種類のパターンを同時に多光子レーザ顕微鏡画像によって解析した図である。(a)はクルクミン生体染色されたSTAT3のがん関連遺伝子発現パターンの画像、(b)はフロキシン生体染色によるras系のがん関連遺伝子発現パターンの画像、(c)は(a)と(b)との重ね合わせ画像である。
図6B図6Bは、図6Aの拡大図であって、前がん状態の一つの形態として位置づけられていたACF(Atypical Crypt Foci)と呼ばれる病変部(中央部に見える円形の構造)のクルクミン生体染色によるがん関連遺伝子STAT3発現パターンとフロキシン生体染色によるras系のがん関連遺伝子発現パターンの2種類のパターンを同時に多光子レーザ顕微鏡画像によって解析した図である。(a)はクルクミン生体染色されたSTAT3のがん関連遺伝子発現パターンの画像、(b)はフロキシン生体染色によるras系のがん関連遺伝子発現パターンの画像、(c)は(a)と(b)との重ね合わせ画像である。
図7図7は、実施の形態1に係るがん検査装置において、消化管内に挿入管を挿入した状態を示す図であり、(a)は挿入管を挿入した直後の状態、(b)は消化管内に空間を形成した状態を示す図である。
図8図8は、実施の形態1に係るがん検査装置の塗布部の一例を示す図である。
図9図9の(a)は、実施の形態1に係るがん検査装置を用いて消化管の内壁を平坦化する様子を示す図であり、図9の(b)はがん検査装置の先端側の端部を示す模式図である。
図10図10は、実施の形態1に係るがん検査装置における内視鏡の先端部の構造を示す概略図である。
図11図11は、実施の形態1に係るがん検査装置の制御構成を示すブロック図である。
図12図12は、実施の形態1に係るがん検査装置の動作の一例を示すフローチャートである。
図13図13は、実施の形態2に係るがん検査装置の制御構成を示すブロック図である。
図14図14は、実施の形態2に係るがん検査装置を示す模式図である。
図15図15は、実施の形態3に係るがん検査装置の内視鏡の先端側の端部を示す概略図である。
図16図16は、内視鏡の全体を示す概略図である。
図17図17は、がん検査装置の制御構成を示すブロック図である。
図18図18は、実施の形態3に係るがん検査装置の動作の一例を示すフローチャートである。
図19A図19Aは、クルクミンを含む染色剤とアシッドレッドを含む染色剤で染色された消化管の内壁の合成画像である。
図19B図19Bは、クルクミンを含む染色剤とアシッドレッドを含む染色剤で染色された消化管の内壁の合成画像であり、撮像軸と展開した画像の位置関係を示す図である。
図20A図20Aは内壁面(粘膜表面)から所定範囲の深さにおける細胞形態を示す3次元データ画像であって、クルクミン色素およびアシッドレッド色素の両方の色素によって染色された色領域を抽出した画像である。
図20B図20Bは、図20Aに示す画像からクルクミン色素によって染色された色領域を抽出した画像である。
図20C図20Cは、図20Aに示す画像からからアシッドレッド色素によって染色された色領域を抽出した画像である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
(本発明の基礎となった知見1)
本発明の基礎となった知見1および知見2のうち、まず、本発明の基礎となった知見1、および、知見1に関する発明の主要構成について説明する。
【0048】
まず、正常な生体細胞が、がん細胞に変わって増殖していくがん化のメカニズムについて説明する。図1Aは、生体細胞のがん関連遺伝子産物が正常な働きをしている状態を示す模式図である。細胞内には、細胞の分裂・増殖を正と負の方向に制御する2方向の情報伝達シグナル系が存在する。すなわち、細胞増殖を加速する機能のある増殖促進系シグナルと増殖を阻止する機能のある増殖抑制系シグナル系がある。図1Bは、生体細胞のがん関連遺伝子産物が異常な働きをしている状態を示す模式図である。十字星の印はそれぞれのがん関連遺伝子産物に生じたがん性の変異を示す。
【0049】
生体細胞は、細胞増殖遺伝子を含む核と、核を取り囲む細胞質とで構成される。細胞には、タンパク質からなる複数種類のがん関連遺伝子が含まれている。がん関連遺伝子としては、例えば、図1Aに示されるように、増殖促進系シグナルを伝達するras(rat sarcoma)系、STAT3(Signal Transducer and Activator of Transcription 3)系に属するものと、増殖抑制系シグナルを伝達するAPC(antigen presenting cell)/β-catenin系、p53(protein 53)系に属するものとがある。すなわちras系およびSTAT3系のがん関連遺伝子産物は、細胞の増殖促進シグナルを伝達するアクセル系の遺伝子産物として分類され、APC/β-catenin系およびp53系のがん関連遺伝子は、細胞の増殖抑制シグナルを伝達するブレーキ系の遺伝子産物として分類されている。
【0050】
細胞の分裂・増殖の制御機構について説明する。まず、生体細胞の細胞膜にある受容体に細胞外からの増殖制御物質である細胞増殖因子(EGF)が結合すると、アクセル系のras系およびSTAT3系のがん関連遺伝子産物が活性化され、これらの増殖促進シグナルが核に伝達されると、核内で細胞増殖に必要な遺伝子群が活性化される。一方、細胞内には、ブレーキ系のAPC/β-catenin系およびp53系のがん関連遺伝子産物も常に一定レベル活性化されており、これらの増殖抑制シグナルが核内の細胞増殖遺伝子の活性化を抑制し、細胞の増殖を抑制しようとする。生体細胞のがん関連遺伝子が正常な働きをしている場合は、細胞の増殖を促進する作用と抑制する作用とが互いにバランス良く働くことで、生体内の細胞の増殖が適度に行われる。
【0051】
それに対し、例えば、ras系またはSTAT3系のがん関連遺伝子産物が異常な働きをしている場合は、図1Bに示されるように、増殖促進シグナル系のras系またはSTAT3系のがん関連遺伝子産物の活性が強まり、細胞の増殖が必要以上に亢進される。また、例えば、APC/β-catenin系またはp53系のがん関連遺伝子産物が異常な働きをしている場合は、APC/β-catenin系またはp53系の増殖抑制シグナル系のがん関連遺伝子産物の活性が弱まり、細胞の増殖を抑制する機能が低下する。このように、複数種類のがん関連遺伝子のいずれかが、正常とは異なる働きをすることで、正常細胞における適度な増殖に破綻をきたし、がん細胞におけるような異常な細胞増殖の亢進が始まる。
【0052】
図1Cは、消化管内壁面における生体細胞群の段階的がん化過程を示した模式図である。図1Cでは、生体細胞群のがん化の過程が、第1段階、第2段階、第3段階および第4段階に順に分けて示されている。
【0053】
第1段階は、生体細胞群の一部においてがん化が始まろうとしている段階である。第1段階は、APC/β-catenin系のがん関連遺伝子の活性が弱まり、細胞の増殖を抑制する機能が低下することで起こると考えられる。この段階では、細胞の増殖はやや亢進し、少なくとも、将来的にがん細胞となり得る前がん状態が発現していることを示している。
【0054】
第2段階は、第1段階よりもがん化が進んだ前がん状態である。第2段階は、ras系のがん関連遺伝子の活性が強まり、細胞の増殖が亢進していると考えられる。また、STAT3系のがん関連遺伝子もこの段階で活性化される可能性があると考えられる。がん細胞集団の大きさは小さく、その直径は、例えば0.1mm以上0.4mm以下である。がん細胞集団の直径とは、がん細胞集団を、がん細胞集団の面積と同じ面積を有する円とみなした場合の直径である。この段階は、患者の生命をすぐに脅かす段階ではないが、今後に備えて治療計画等を立てておくことが望ましい。
【0055】
なお、後述する前記の前がん状態の一つの形態として位置づけられていたACF(Atypical Crypt Foci)は、第1段階と第2段階に属する細胞群の中で、腺の開口部、ルーメンの形が、正常では円形になるが、細長いスリット状開口部を持ち、さらに腺細胞の中における杯細胞が正常よりも減少しているという明確な形態学的特長を持つものに対応して、特別の名称で定義されたものであると考えられる。
【0056】
第3段階は、生体細胞群の一部が浸潤状態となり、がん細胞が顕在化した段階である。第3段階は、p53系のがん関連遺伝子の活性も弱まり、細胞の増殖を抑制する機能が低下することで起こると考えられる。この段階は、p53系およびAPC/β-catenin系の両方のブレーキ系がん抑制遺伝子産物の活性が弱まり、細胞の増殖を抑制する機能が大きく低下した状態にあるので、がん細胞の増殖が加速的に進み、がん細胞が、周囲組織に浸潤してゆく。第3段階まで進むと、その直径は0.5mm以上に達し、そのまま放置すると個体の死を惹起するがんが完成する。
【0057】
第4段階は、第3段階で完成したがん細胞が、がんになった後、さらなる遺伝子変異を生じ、さらに細胞増殖、浸潤、転移が起こりやすい悪性のがんに進展した段階である。この段階は、消化管以外の他の遠隔臓器へのがん転移が始まる段階であり、患者の生命を脅かす危険な段階である。これら第1段階から第4段階への進行スピードは、がん関連遺伝子の活性状態により左右されると考えられる。
【0058】
図1Dは、人のがん細胞の増殖曲線の一例を示す図である。
【0059】
図1Dに示されるように、一般的に、がん細胞の数は所定の増殖曲線に従って増加する。例えば、がん化が始まろうとしている段階の3年間(がん細胞集団の直径が0.2mm未満の時期)は増殖曲線の傾きが小さいが、4年以降(がん細胞集団の直径が0.5mm以上の時期)では増殖曲線の傾きが大きくなる。そして、7年以降になると増殖曲線の傾きは小さくなる。なお、一般的にがんが臨床的に発見され、治療が行われるのは7年以降の時期である。これは、がん細胞集団の直径が10mm以上となってからでないと検出できないからである。
【0060】
ここで注目すべきは、増殖曲線の破線Aで示す範囲において、細胞の数が指数関数的に増加している点である。この指数関数的な増加は、これらのがん細胞には、起こるべき第1段階から第3段階までのがん性遺伝子変異が完了し、がん細胞が一定の均一な速度で分裂を繰り返していることを意味している。この指数関数的な増加の初期の段階、すなわち、がん関連遺伝子発現パターンに異常をきたしているが、がん細胞集団自体は直径1mm以下と小型である段階で、これらのがん細胞集団(超早期がん)を検出できれば、これらの超早期がんは十分小さく、完全摘出が容易なので、がんを根治できる。このように、超早期の段階で、がん化の悪性度レベルをがん関連遺伝子発現パターンの異常として把握することができれば、危険な段階となる前に、がんを根本治療することが可能となる。
【0061】
そこで発明者らは、生体細胞群のがん関連遺伝子発現パターンを多光子レーザ顕微鏡または共焦点レーザ顕微鏡で撮像し、がん関連遺伝子の活性状態を視覚化することで、がん化の悪性度レベルを把握することを試みた。
【0062】
また、発明者らは、生体細胞のがん関連遺伝子発現パターンを視覚化するにあたり、可食性の色素を含む染色剤を用いてがん関連遺伝子産物を有彩色に染色して撮像を行った。なお、可食性の色素とは、自然色素または人工合成色素のうち、人への投与が許可されている色素(例えば食品着色用の色素やサプリメントで服用可能な色素)である。
【0063】
具体的には、STAT3系のがん関連遺伝子産物を選択的に染色する染色剤として、クルクミン類(Curcumin、C2120)を含む染色剤を準備した。また、ras系のがん関連遺伝子発現パターンを選択的に染色する染色剤として、フロキシン(Phloxine、C20BrClNa)を含む染色剤を準備した。
【0064】
より具体的には、クルクミン類を含む染色剤として、クルクミンを1重量%含むクルクミン含有溶液を準備し、フロキシンを含む染色剤として、フロキシンを1重量%含むフロキシン含有溶液を準備した。なお、クルクミン類を含む染色剤としては、クルクミン溶液(例えば、原液は、クルクミンを5%、45%グリセロール、50%エタノールを含む液体)を生理食塩水で1/5~1/100希釈したものでもよい。1%フロキシンを含む染色剤としては、フロキシン溶液(原液10mg/mL)をそのままの濃度~1/10希釈したものでもよい。
【0065】
そして、クルクミン類を含む染色剤を用いて、生体細胞内のSTAT3系のがん関連遺伝子産物の発現を染色した後、生理食塩水で約10秒間の洗浄を3回行った。次に、フロキシンを含む染色剤を用いて生体細胞内のras系のがん関連遺伝子発現パターンを染色した後、生理食塩水で約10秒間の洗浄を3回行った。このような2重染色によって、STAT3系とras系のがん関連遺伝子産物の発現量の解析が、同時に可能になった。なお、各染色剤の染色時間はそれぞれ2~5分間とした。上記した濃度においては、染色開始後から10分以内であれば細胞質に浸透しても細胞内の核に浸透しないため、細胞質に囲まれている核を鮮明に視覚化できることで、分析がより明瞭にできるようになる。
【0066】
次に、これらの染色剤を用いて染色されたSTAT3系およびras系のがん関連遺伝子産物の発現パターンを、多光子レーザ顕微鏡(オリンパス社製FV1000MPE)を用いて撮像した。レーザの波長は840nmとした。撮像対象はマウスの大腸内壁であり、大腸内壁においてがん細胞が発生している複数の部分(それぞれ試料1、2、3)と、がん細胞が発生していない正常細胞の部分(試料4)とに分けて観察した。
【0067】
図2Aは、試料1に関するマウス大腸の一群の生体細胞集団のがん関連遺伝子発現パターンの画像であり、(a)はクルクミン類を含む染色剤を用いて正常細胞よりがん細胞が濃く染色されたSTAT3系のがん関連遺伝子産物の画像、(b)はフロキシンを含む染色剤を用いて染色されたras系のがん関連遺伝子発現パターンの画像、(c)は(a)と(b)との重ね合わせ画像である。なお、図2Aおよび後述する図2B図2C図3は、白黒であるが本来カラー画像である。
【0068】
図2Aの(a)では、STAT3系のがん関連遺伝子産物は緑の蛍光色に表現されている。画面中における緑の蛍光色の染色領域の割合、すなわちSTAT3系のがん関連遺伝子発現が優勢な細胞が占める割合は30%である。
【0069】
図2Aの(b)では、ras系のがん関連遺伝子は赤の蛍光色に表現されている。画面中における赤の蛍光色の染色領域の割合、すなわちras系のがん関連遺伝子発現が優勢な細胞が占める割合は80%である。
【0070】
図2Aの(c)では、STAT3系のがん関連遺伝子産物とras系のがん関連遺伝子発現パターンとの共存領域が黄色の蛍光色に、STAT3系のがん関連遺伝子発現のみの領域は緑の蛍光色に、ras系のがん関連遺伝子発現のみの領域は赤の蛍光色に表現されている。画面中における黄色の蛍光色の染色領域の割合は10%である。
【0071】
試料1に関するマウス大腸の一群の生体細胞集団では、STAT3系のがん関連遺伝子発現が優勢な細胞の領域が30%、ras系のがん関連遺伝子発現が優勢な細胞の領域が80%、両者の共存領域が10%であった。試料1に関する一群の生体細胞集団は、がん化の悪性度レベルでいうと図1Cに示す第2段階~第3段階(超早期がん)であると考えられる。すなわち、この一群の生体細胞集団のステージ診断としては、STAT3系とras系の両方が陽性の細胞が10%を占め、この細胞群は少なくとも第2段階は通過しており、この細胞集団の直径が0.2mm以上あることから(図1D参照)、すでに第3段階(超早期がん)に入っている可能性が高いと推定される。
【0072】
図2Bは、試料2に関する一群の生体細胞集団のがん関連遺伝子発現パターンを図2Aと同様に示した画像である。
【0073】
図2Bの(a)では、画面中における緑の蛍光色の染色領域の割合、すなわちSTAT3系のがん関連遺伝子発現領域が占める割合が50%である。図2Bの(b)では、画面中における赤の蛍光色の染色領域の割合、すなわちras系のがん関連遺伝子発現領域が占める割合が90%である。図2Bの(c)では、画面中における黄色の蛍光色の染色領域の割合、すなわちSTAT3系のがん関連遺伝子とras系のがん関連遺伝子との共発現領域の割合が20%である。生体細胞群では、STAT3系およびras系のがん関連遺伝子が活性化され、試料1(図2A参照)と同様に、遺伝子発現に多様性があるがん化が認められる。この試料2に関する一群の生体細胞集団のステージ診断としては、STAT3系とras系の両方が陽性の細胞が20%を占め、この細胞群は少なくとも第2段階は通過しており、この細胞集団の直径が0.2mm以上あることから(図1D参照)、すでに第3段階(超早期がん)に入っている可能性が高いと推定される。
【0074】
図2Cは、試料3に関する一群の生体細胞集団のがん関連遺伝子発現パターンを図2Aと同様に示した画像である。
【0075】
図2Cの(a)では、画面中における緑の蛍光色の染色領域の割合、すなわちSTAT3系のがん関連遺伝子発現領域が占める割合が30%である。図2Cの(b)では、画面中における赤の蛍光色の染色領域の割合、すなわちras系のがん関連遺伝子発現領域が占める割合が75%である。図2Cの(c)では、画面中における黄色の蛍光色の染色領域の割合、すなわちSTAT3系のがん関連遺伝子とras系のがん関連遺伝子との共発現領域の割合が5%である。試料3に関する生体細胞群では、ras系のがん関連遺伝子が活性化しておらず、試料1(図2A参照)に比べて、がん細胞の遺伝子発現の多様化が進行していない。
【0076】
試料3に関する一群の生体細胞集団のステージ診断としては、STAT3系とras系の両方が陽性の細胞が5%を占め、この細胞群は少なくとも第2段階は通過しており、この細胞集団の0.1mm程度あることから(図1D参照)、また、STAT3系陽性細胞が多くの島状に点在している状態から判断すると、これらの細胞の移動性が亢進し、浸潤性が高まっていることが予想され、すでに第3段階(超早期がん)に入っている可能性が高いと推定される。このように、多くのがん関連遺伝子産物の発現状態を細胞レベルで詳細に分析することにより、がんのステージ診断および悪性度診断が可能となる。がん細胞の分散性で転移を判断し、細胞集団の大きさは増殖性を示すと考えられる。
【0077】
例えば図2C(a)に示すように、単位面積あたりの個々のがん集団の径は小さいが、分散して多数存在するような場合、転移が進むことを示していると考えられる。上記の様に、転移性のがんは平均サイズ(直径)が小さいことを分析手法に組み入れることが可能となる。このような場合の悪性度レベルは、転移性レベルを3~5段階に分類し、ras、STAT3による染色面積などによる悪性度と共に転移性レベルを併記する事が望ましい。
【0078】
図3は、試料4に関する正常なマウス大腸生体細胞群の画像である。図3の(a)~(c)では、画面中における緑、赤、黄色の蛍光色がなく暗い色に表現されている。がん細胞が存在しない試料4に関する生体細胞群では、STAT3系およびras系のがん関連遺伝子産物の発現量が亢進していない。
【0079】
このように、生体細胞群におけるがん関連遺伝子の発現を解析することで、がん化の悪性度レベルを判定することができる。すなわち、本発明の主要構成によれば、病変が小さすぎて現行の検査装置(内視鏡等)ではその存在にさえ気づかない超早期がんを、早い段階で発見し、がん細胞の悪性度の評価を通して、がん患者の予後を知ることが可能となる。このように早い段階で完全摘出することで、がんを根治することができる。
【0080】
ここで図4Bは、正常大腸粘膜と、大腸がんをクルクミンで生体染色し共焦点レーザ顕微鏡で画像化したもので有り、クルクミンが細胞質には取り込まれるが、核には取り込まれないことから、個々の細胞の輪郭と核の形態が明瞭に可視化できるため、病理診断が確実に行えることを示している。図4Bの(a)に比べ図4Bの(b)では、大腸がん部分のため陰窩が確認できないため、がんの判定に使うことができる。
【0081】
さらに、図4Cの(a)はヒトの胃のアデノーマの手術摘出新鮮標本を生体外でクルクミンで生体染色し、多光子レーザ顕微鏡で画像化したものである。図4Dの(a)は、ヒトの胃のアデノーマの手術摘出新鮮標本を生体外でクルクミンとアシッドレッドで2重生体染色した画像である。この場合も個々の細胞の輪郭と核の形態が明瞭に可視化できるため、病理診断が確実に行えることを示している。図4Cおよび図4Dの右に書かれた(b)に示すグラフ中、蛍光を測定する際のフィルタの波長幅をFilter1、Filter2のハッチングで帯域を示し、E2はクルクミンの蛍光特性、E7はアシッドレッドの蛍光特性を示している。そのため図4Dの(a)では、2色染色によってもたらせる蛍光波長の違いを、色の違いとして表現している。本図は白黒のためコントラストの違いに見えるが、本来明確に波長で分けられる画像として取り込めているものである。図4Cおよび図4Dの両図においてIIで示すがん化が始まろうとしている領域は、細胞異型の一種であり、腺における核が2列に並んでおり、がんによる分裂が始まろうとしている。すなわち、核が可視化できることにより、細胞単位でがん化が始まろうとしていることが明瞭に把握できる。
【0082】
なお、発明者らは、がん関連遺伝子発現パターンが選択的に染色される一例として、図4Aに示すように、クルクミン類を含む染色剤を用いることでSTAT3系のがん関連遺伝子産物が選択的に有彩色に染色されることを確認済みである。図4Aは、白黒であるが本来カラー画像である。この画像化は、共焦点レーザ顕微鏡でも、多光子レーザ顕微鏡でも可能である。
【0083】
図4Aの(a)、(b)、(c)は、生きた状態のマウスの腸の内壁を1%クルクミン溶液で染色した後、1%アシッドレッド(Acid Red、C2729NaO)で染色することで、腸の内壁の生体細胞群を2重に染色したサンプルである。撮像装置としては、共焦点レーザ顕微鏡を用いた。
【0084】
図4Aの(a)では、アシッドレッドで染色された領域が濃い赤色で示され、大腸の腺の周囲の毛細血管・結合組織の構造(網の目構造)が可視化されている。図4Aの(b)では、クルクミン類で染色された領域が濃い緑色で示されている。図4Aの(c)は、(a)と(b)の重ね合わせ画像である。図4Aの(c)の画像より、クルクミン類で濃く染色された領域において、アシッドレッドで染色された腺および腺周囲の毛細血管・結合組織の構造(陰窩構造)が消失し、乱れていることから、この領域で超早期がんが発生していると考えられる。
【0085】
上段3パネルでは、(b)クルクミン類を含む染色剤による生体染色で正常細胞よりがん細胞でより濃く染まっている、白線の長方形で囲む細胞群が存在し、同じ部位を(a)アシッドレッドを含む染色剤による生体染色画像と比較すると、アシッドレッドで染まる毛細血管が腺の周囲を囲む網の目上のパターン(陰窩パターン)が消失していることから、このクルクミン染色で濃く染まる細胞群を含む部位が、超早期がんであることが判る。下段の3パネル(d)、(e)、(f)は、上段の生体染色で撮像したマウス消化管大腸の同じ部位を、ホルマリン固定後、蛍光抗体法で、(d)Alexa488標識ファロイジンで細胞内アクチン繊維を可視化し、同時に(e)抗STAT3抗体とAlexa594標識二次抗体で、染色し、がん関連遺伝子産物STAT3の分布を示したもので、(f)は(d)と(e)の重ね合わせ画像である。
【0086】
図4Aの(d)、(e)、(f)は、上記マウスの腸をホルマリン固定した後、STAT3系のがん関連遺伝子産物と結合する抗STAT3抗体で免疫染色し、(a)、(b)、(c)の白い枠で囲んだ場所と同じ場所をそれぞれ撮像したものである。なお、(d)~(f)は、ホルマリン固定しているので、サンプルがやや収縮している。
【0087】
上段3パネルの白線の長方形の場所を、下段3パネルで撮影している。この上段(b)の生体染色でクルクミンによって濃く染まる細胞群は、下段の(e)の、がん関連遺伝子産物STAT3の発現が高い細胞群の分布と一致しており、このことから、クルクミンによる生きた細胞の生体染色は、がん関連遺伝子産物STAT3を検出していると示唆される。
【0088】
さらに、下段3パネル(e)の、がん関連遺伝子産物STAT3の発現が高い細胞群の分布と、(d)の、細胞内アクチン繊維の分布を比較すると、STAT3の発現が高い細胞群では、アクチン繊維の分布が疎になり、細胞同士の接着が疎になっていることを示唆しており、一般にがん化細胞では細胞同士の接着が疎になっていることが知られていることから、STAT3の発現が高い細胞群ががん化細胞であることが示唆される。
【0089】
まとめると、下段3パネルは、アクチン繊維に乏しい中央部の細胞群はがん化しており、それらの細胞群は、がん関連遺伝子産物STAT3の発現が高い細胞群と一致し、さらに、上段3パネルから、このがん関連遺伝子産物STAT3の発現が高い細胞群がクルクミンによる生体染色で正常細胞よりがん細胞でより濃く染まっている超早期がん細胞であることが証明されている。
【0090】
この画像は、共焦点レーザ顕微鏡であるが、同様の画像は、多光子レーザ顕微鏡画像によっても撮像可能である。
【0091】
図4Aの(d)では、アクチン蛍光により、主に細胞の輪郭が示されている。図4Aの(e)では、抗STAT3抗体で免疫染色されたものが示されている。図4Aの(f)は、(d)と(e)の重ね合わせ画像であり、画面中央部の島状の部分で白いアクチン反応が減少し、緑色のSTAT3系タンパク質免疫反応が増加している。これにより、この島状の部分に、STAT3系のがん関連遺伝子産物が多く発現していると考えられる。
【0092】
図4Aのそれぞれの画像を参照し、図4Aの(c)にてがん細胞が発生している領域と、図4Aの(f)にてSTAT3系のがん関連遺伝子産物が検出される領域とが一致することから、生きた状態の細胞においてクルクミン類で濃く染色される領域には、超早期がんが発生し、また、超早期がんに関係するがん関連遺伝子産物が発現していることがわかる。上記したように輝度や蛍光色の違い、または幾何学パターンの違いで超早期段階のがん関連遺伝子の発現を画像上で検出し、悪性度レベルの分析を行なうことができ、コンピュータによる自動診断も可能となる。自動診断に際しては、確度の高い輝度で発現場所の特定や、陰窩構造の規則的分布の解析を行い、構造の消失度合いや蛍光色の混合状態で悪性度レベルの判断を行なうなどの方法がとられる。幾何学パターン利用の方法としては臓器ごとにパターンが異なるが、図4Aの(c)による例では、500μm角の一定面積内の暗部(暗い孔状のパターン)の数を計数し、密度を数値化するなどの方法がある。また、多くのがん関連遺伝子発現パターン並びに正常細胞パターン画像を記憶した画像から認識する人工知能による診断にも役立てられるものである。陰窩構造の孔状のパターン以外に暗部の濃淡繰り返し数や、図4Eの(a)および(b)もマウスの腸の染色画像であるが、生体染色剤の生体細胞への浸透深度、共焦点および多光子レーザによる撮影深度、波長、染色剤の差などから、異なったパターンとして画像化される場合がある。図4Eの(a)のような腺と毛細血管による島状パターンの密度を計測する、島状パターンの乱れを認識させる等の診断方法がとれる。更には、図4Aの(c)では暗部間ピッチ、暗部直径など、また図4Eの(a)における島状パターンのピッチ、島状パターンの直径等の距離測定もパターンの乱れを判断するには有効である。
【0093】
このように、多くのがん関連遺伝子産物の発現状態を細胞レベルで詳細に分析することにより、がんのステージ診断および悪性度診断が可能となる。がん細胞の分散性で転移を判断し、細胞集団の大きさは増殖性を示すと考えられる。
【0094】
例えば、単位面積あたりの個々のがん集団の径は小さいが、点在する島状に分散して多数存在するような場合、転移が進むことを示していると考えられる。上記の様に、転移性のがんは平均サイズが小さいことを分析手法に組み入れることが可能となる。
【0095】
(本発明の基礎となった知見2)
次に、本発明の基礎となった知見2、および、知見2に関する発明の主要構成について説明する。
【0096】
まず、生体の内部構造とがん細胞との関係について説明する。
【0097】
生体の内部には、消化管、呼吸器、腎泌尿器、子宮卵巣生殖器などの臓器や、脳脊髄神経などが含まれている。消化管としては、食道、胃、小腸、大腸などが挙げられる。
【0098】
図5Aは、消化管112の一例である大腸の細胞の配列を示す模式図である。例えば、大腸の内壁は、粘液を分泌する腺130と、腺130よりも内壁面(粘膜表面)113側で食物に接して水分を吸収する上皮120とにより構成されている。上皮120は、内壁面113に沿って並んだ複数の上皮細胞121により構成されている。上皮細胞121は、核125と細胞質126を有している。腺130は、上皮120の一部がつぼ状に窪んだ形状をしている。腺130は、複数の腺細胞131により構成され、腺細胞131は、核135と細胞質136を有している。腺130が窪んだ部分は、腺130の陰窩(いんか)138と呼ばれる。上皮細胞121の内側および腺細胞131の周囲には、基底膜137、毛細血管132および結合組織133が形成されている。上皮細胞121の表面には、腺130から分泌された薄い粘液層が形成されており、上皮細胞121はこの粘液層により保護されている。
【0099】
図5Bは、消化管112に発生するがん細胞集団152を模式的に示す図である。消化管112に発生する超早期段階のがん細胞集団152は、一般的に、消化管112の内壁面(粘膜表面)113から深さ約1mm以内の位置にて発生すると言われている。粘膜筋板160に到達して超える前の状態である早期段階のがん細胞集団152を、消化管粘膜の広範囲にわたり漏れなく発見することができれば、粘膜筋板160を超えて拡大し他の臓器に転移を発生する状態である進行がんにつながるケースを少なくすることができる。
【0100】
図5Cは、多光子レーザ顕微鏡および共焦点レーザ顕微鏡を用いて消化管112の内壁を撮像する様子を示す模式図である。図5Cに示すように、多光子レーザ顕微鏡および共焦点レーザ顕微鏡の対物レンズ16は、撮像対象である消化管112の内壁にレーザLを照射するため、消化管112の内壁面113に対向して配置される。図5Cの左半面では、多光子レーザ顕微鏡または共焦点レーザ顕微鏡を用いて消化管の内壁を撮像する様子を示すと同時に、同図の右半面では、粘膜表面の焦点面a-a線上での断面図(a)および粘膜の表面から深さ約50μmのb-b線上での断面図(b)の焦点面において撮像される細胞画像の例を図示する模式図である。多光子レーザ顕微鏡では粘膜の表面から深さ約500μmmまたは深さ1000μmまで撮像可能であり、共焦点レーザ顕微鏡では粘膜の表面から深さ約50μmまたは深さ100μmまで撮像可能である。
【0101】
主に上皮細胞121を撮像する場合は、対物レンズ16の焦点が内壁面(粘膜表面)113に結ばれるように、対物レンズ16を配置する。これにより、上皮細胞121等は、図5Cのa-aラインで切断した模式図である図5Cの(a)のように表れる。また、主に腺細胞131、毛細血管132および結合組織133を撮像する場合は、対物レンズ16の焦点が内壁面(粘膜表面)113よりも10μm以上深い位置に結ばれるように、対物レンズ16を配置する。これにより、腺細胞131、毛細血管132および結合組織133は、図5Cのb-bラインで切断した模式図である図5Cの(b)のように表れる。
【0102】
例えば、核125、135または腺130の陰窩138などに現れるがん関連遺伝子発現パターンの大きさおよび形状を、前がん状態(図1Cに示す第2段階)にて検出することができれば、がん細胞集団の直径が0.5mm以上1mm以下の超早期段階においてがんの悪性度レベルを判断することができる。
【0103】
図6Aは、生体細胞のがん関連遺伝子発現パターンの画像である。図6Bは、図6Aの拡大図である。なお、図6Aおよび図6Bは、白黒であるが本来カラー画像である。
【0104】
図6Aは、前がん状態の一つの形態として位置づけられていたACF(Atypical Crypt Foci)と呼ばれる病変部(中央部に見える円形の構造)のクルクミン生体染色によるがん関連遺伝子STAT3発現パターンとフロキシン生体染色によるras系のがん関連遺伝子発現パターンの2種類のパターンを同時に多光子レーザ顕微鏡画像によって解析した例である。(a)はクルクミン生体染色されたSTAT3のがん関連遺伝子発現パターンの画像、(b)はフロキシン生体染色によるras系のがん関連遺伝子発現パターンの画像、(c)は(a)と(b)との重ね合わせ画像である。
【0105】
図6Aおよび図6Bは、染色剤45にて染色されたがん関連遺伝子発現パターンを、多光子レーザ顕微鏡(オリンパス社製FV1000MPE)を用いて実際に撮像した画像である。レーザの波長は840nmであり、撮像対象はマウスとした。染色剤は知見1に示した染色剤と同じであり、STAT3系のがん関連遺伝子産物を選択的に染色する染色剤としてクルクミン類(Curcumin、C2120)を含む染色剤を用い、また、ras系のがん関連遺伝子発現パターンを選択的に染色する染色剤としてフロキシン(Phloxine、C20BrClNa)を含む染色剤を用いた。
【0106】
図6Aおよび図6Bでは、陰窩138の一部が緑色に染色され、陰窩138にSTAT3系のがん関連遺伝子産物が発現している状態が示されている。この図中央部の構造は、ACF(Atypical Crypt Foci)前がん状態と呼ばれる。この図の中央部の構造は、腺細胞が並んで腺のような構造を形成しているが、中央部の腺の開口部、ルーメンの形が、正常大腸粘膜では円形になるが、この図の中央の構造は、細長いスリット状開口部を持ち、さらに腺細胞の中における杯細胞が正常よりも減少していることから、明らかなACFの形態学的な特徴を持っている。この前がん状態ACFにおいて、(a)クルクミン生体染色されたSTAT3のがん関連遺伝子発現の軽度な亢進と、(b)フロキシン生体染色によるras系のがん関連遺伝子発現の中等度な亢進が認められる。また、正常状態における陰窩138の形状はほぼ円形であるが、図6Aおよび図6Bに示すACF前がん状態では、隣り合う2つの陰窩138が細長い形状となって変形しており、生体細胞が異常な状態にあると判断できる。このように、前がん状態のがん関連遺伝子発現パターンの大きさや形状を検出することで、早期段階におけるがん化の悪性度レベルを判断し、がん患者の予後を知ることができる。
【0107】
(実施の形態1)
以下、実施の形態1について、図面を用いて詳細に説明する。
【0108】
なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも本発明の好ましい一具体例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置および接続形態、ステップ、ステップの順序などは、一例であり、本発明を限定するものではない。本発明は、請求の範囲によって特定される。よって、以下の実施の形態における構成要素のうち、独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。また、各図において、実質的に同一の構成に対しては同一の符号を付しており、重複する説明は、省略または簡略化する。
【0109】
[1.がん検査装置の全体構成]
本実施の形態に係るがん検査装置は、消化管、呼吸器、腎泌尿器、子宮卵巣生殖器および脳脊髄神経などにおいて発生したがん細胞を、早期に発見することのできる装置である。また、がん検査にとどまらず、生体に発生しているがん細胞に対して治療を施すことができる。さらに、生体内部にとどまらず、手術摘出直後約20分以内の新鮮な生体外サンプルもその状態のまま、同様の方法で、がんの病理診断およびがん関連遺伝子の発現解析が可能である。例えば、従来は冷凍化し、薄切し、HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色する必要があり、少なくとも20分以上かかって切除断端におけるがん細胞の有無を病理検査していたが、本実施の形態に関する手法では、3分~5分で見落としのない正確な診断(術中迅速診断)が可能である。また、摘出された生体以外のips細胞、ES細胞又はMUSE細胞等のような細胞で、培養された状態であっても本発明のがん検査装置、検査方法を適用できる。
【0110】
また、本実施の形態のがん検査装置は、内視鏡型の検査装置である。ここでは、生体内部の消化管を検査する場合を例に挙げて説明する。
【0111】
[1.1.検査準備のための構成]
まず、検査準備のためのがん検査装置の構成について説明する。
【0112】
消化管の内壁は、実際には凹凸があるので、がん検査装置を用いて撮像する前に、消化管内を押し広げ、撮像できる状態にすることが望ましい。そのため、本実施の形態に係るがん検査装置は、消化管内を押し広げる挿入管を備えている。
【0113】
図7は、消化管112内に挿入管20を挿入した状態を示す図であり、(a)は挿入管20を挿入した直後の状態、(b)は消化管112内に空間Sを形成した状態を示す。
【0114】
図7の(a)に示すように、挿入管20には、流体を供給する供給口42と、供給した流体を回収する回収口43が形成されている。また、挿入管20には、第1バルーン21と第2バルーン22とが設けられている。第1バルーン21および第2バルーン22は、バルーン21、22内に流体(気体または液体)が出し入れされることで、膨らんだり縮んだりする。第1バルーン21は、供給口42よりも挿入管20の先端側に設けられ、第2バルーン22は、回収口43よりも後ろ側(先端とは反対側)に設けられている。図7の(b)に示すように、消化管112内にて、第1バルーン21および第2バルーン22を膨らますことで、第1バルーン21と第2バルーン22とに挟まれた消化管112内の空間が、閉じた空間Sとなる。
【0115】
[1.2.がん検査装置の基本構成]
次に、図8図11を参照しながら、がん検査装置1の基本構成について説明する。図8は、がん検査装置1の塗布部40の一例を示す図である。
【0116】
本実施の形態に係るがん検査装置1は、閉じた空間Sの消化管112の内壁に染色剤45を塗布する塗布部40を備えている。
【0117】
がん検査装置1は、図8に示すように、染色剤45が貯留された塗布部40から、挿入管20および供給口42を介して染色剤45を空間S内に供給することで、消化管112の内壁に染色剤45を塗布する。消化管112の生体細胞のがん関連遺伝子産物は、塗布された染色剤45により有彩色に染色される。
【0118】
染色剤45としては、例えば、クルクミン類を含む染色剤またはフロキシンを含む染色剤からなる1種類の染色剤であっても良いが、クルクミン類を含む染色剤およびフロキシンを含む染色剤の2種類の染色剤を用いることが望ましい。クルクミン類を含む染色剤45を用いることでSTAT3系のがん関連遺伝子の発現パターンの状態を、フロキシンを含む染色剤45を用いることでras系のがん関連遺伝子産物の発現状態を把握することができる。
【0119】
なお、クルクミン類には、クルクミンはもちろん、水溶性の高いクルクミノイド(数種類のクルクミン誘導体の混合物)が含まれる。
【0120】
ras系のがん関連遺伝子発現パターンを染色する染色剤としては、上記フロキシンの他に、以下に示す材料を含む染色剤を用いることもできる。
【0121】
エリスロシン(Erythrosine、C20)
メルブロミン(Merbromin、C20BrHgNa)
ファストグリーンFCF(Fast Green FCF、C3734Na10)
メクロサイクリンスルフォサルチル酸塩(Meclocycline sulfosalicylate、C2927ClN14S)
【0122】
なお、染色する前に、供給口42および回収口43を用いて消化管112の内部を洗浄したり、粘液を除去したりしてもよい。
【0123】
図9の(a)は、がん検査装置1を用いて消化管112の内壁を平坦化する様子を示す図である。
【0124】
生体内部の細胞群に染色剤45が塗布された後、図9の(a)に示すように、供給口42から、例えば、気体を供給し消化管112内を膨らます。これにより、消化管112の内壁が伸びて平坦化される。平坦化された場合の内壁面113の凹凸は、凹と凸の高低差が、例えば0.2mm以内であることが望ましい。消化管112の内壁を平坦化することで、内壁面113、および、内壁面113から所定深さの位置にある生体細胞群のがん関連遺伝子を的確に把握することができる。
【0125】
図9の(b)は、図11におけるがん検査装置1の内視鏡2の先端側の端部を示す概略図である。図10は、内視鏡2の先端の回転部分の構造を示す概略図である。図11は、がん検査装置1の制御構成を示すブロック図である。
【0126】
がん検査装置1は、図11に示すように、前述した塗布部40に加え、内視鏡2を有する撮像部10と、撮像部10および塗布部40の動きを制御する制御部50とを備えている。制御部50は、がん化の悪性度レベルを判定する判定部52と、がん化の悪性度レベルを判定する際の判定基準となる情報を記憶する記憶部51とを有している。これら判定部52および記憶部51については後述する。
【0127】
また、がん検査装置1は、レーザ発振器60、光学部品65および画像処理部70を備えている。
【0128】
レーザ発振器60から発振されたレーザLは、光学部品65であるダイクロイックミラー66により反射され、さらに、内視鏡2内のミラー19により反射されて生体に照射される。レーザLが照射された生体細胞のがん関連遺伝子産物は蛍光を発生し、その蛍光による光がミラー19で反射され、ダイクロイックミラー66を透過して光検出器35で検出される。光検出器35で検出された光は電気信号に変換され、画像処理部70にて画像形成される。二次元走査器67は、レーザ発振器60とダイクロイックミラー66との間に内蔵されている(図11)。二次元走査器67は、照射したレーザ光を、撮像対象領域の一定面積内でX-Y方向にスキャンすることで、点としてのレーザ光を、面として画像化するためのものである。蛍光の色は染色剤によって変わるため、光検出器35を複数備え、光検出器35の前に色を分離する光学フィルタを置いて分離することができる。なお、光検出器35として、CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor、相補性金属酸化膜半導体)またはCCD(Charge Coupled Devices、電荷結合素子)を用いて色を分離することもできる。
【0129】
レーザ発振器60としては、多光子レーザ顕微鏡では、パルス幅が数十~数百フェムト秒、パルス周波数が数十~数百MHzのものが用いられる。本実施の形態におけるレーザLは、多光子レーザの一種である二光子レーザであり、レーザ発振器60は、例えば、波長が800nmで、出力が3.2Wまで出せるパルスレーザを用いている。このレーザの撮像時のレーザ出力は0.16~0.32Wの範囲で出射している。波長を800nm以上とすることで、多光子励起過程によって発生する1/2波長の光において、紫外線域(波長400nm未満)の光子が生じることを防ぐことができる。レーザ発振器60としては、共焦点レーザ顕微鏡では、通常の共焦点レーザ顕微鏡用の可視光波長の連続波(CW)レーザなどを用いる。
【0130】
光学部品65であるダイクロイックミラー66は、レーザLと同一の波長については反射し、その他の波長の光を透過させる。したがって、レーザ発振器60から発振されたレーザLは、ダイクロイックミラー66によってミラー19に向かって反射される。一方、がん関連遺伝子産物において発生した蛍光は、ミラー19を反射した後、ダイクロイックミラー66を通過し、光検出器35に到達する。なお、光学部品65は、プリズムや4/λ板などで構成することもできる。
【0131】
撮像部10は、内視鏡2および光検出器35を備えており、生体の内部(生体細胞群)にレーザLを当て、特定のがん関連遺伝子産物発現パターンを反映する生体染色剤の細胞内蛍光強度と細胞内分布様式を撮像する。撮像部90は、焦点位置制御部を有し、この焦点位置制御部を制御することにより、染色剤によって染色されたがん関連遺伝子発現パターンを撮像する。
【0132】
光検出器35は、レーザLを当てることで発生した蛍光を検出し、その蛍光を蛍光強度に応じた電気信号に変換する。光検出器35としては、例えば、光電子増倍管、CCD半導体イメージセンサなどを用いることができる。
【0133】
内視鏡2は、図10に示すように、内筒12と、内筒12の一部の外側を囲む外筒13とを備えている。内筒12、および、外筒13の一部は、生体の内部に挿入される。内筒12の長さは、例えば50mmであり、内筒12の外径は、例えば3~10mmである。内筒12には直動アクチュエータが取付けられており、内筒12は、外筒13に対して軸方向Xに25mmほど移動可能となっている。また、内筒12には超音波モータが取りけられており、内筒12は、外筒13に対して360°回転可能となっている。内筒12の軸方向Xの動作、または、回転方向Rの動作は制御部50により制御される。
【0134】
内視鏡2の内筒12の先端側の端部には撮像ヘッド11が設けられている。撮像ヘッド11は、図9の(b)に示すように、挿入管20の脇を通って、内筒12とともに生体の内部に挿入される。撮像ヘッド11は、内筒12の軸方向Xおよび回転方向Rの動作により、生体の内部を移動するように制御される。
【0135】
撮像ヘッド11は、対物レンズ16、焦点可変部18、スペーサ17およびミラー19を有している。
【0136】
ミラー19は、前述したように、レーザ発振器60から出力されたレーザLを対物レンズ16に向けて方向転換し、または、がん関連遺伝子産物により蛍光された光を光検出器35に向けて方向転換する部品である。
【0137】
対物レンズ16は、生体の内壁面113に対向して設けられる。対物レンズ16は、生体内に挿入しやすい3mm~5mmの直径を有するレンズを用いることができる。
【0138】
焦点可変部18は、例えば圧電アクチュエータであり、対物レンズ16を光軸の方向に移動させることで、対物レンズ16の焦点位置を変える。焦点可変部18は、制御部50により動作制御され、焦点を内壁面113の表面から深さ0~1000μmの範囲で調整できるようになっている。
【0139】
スペーサ17は、例えば環状であり、対物レンズ16と内壁面113との間の空間の周囲に設けられる。スペーサ17は、対物レンズ16が生体の内壁に触れないようにするため、また、対物レンズ16と内壁面113との距離を一定に維持するための部品である。
【0140】
画像処理部70は、光検出器35により変換された電気信号(蛍光強度)と、制御部50から送られる撮像部10の座標位置とを対応づけて記憶し、これらのデータを処理してデジタル画像を生成する。生成されたデジタル画像は、例えば、モニタに表示されたり、プリントアウトされたり、制御部50の記憶部51に記録されたりする。撮像部10の座標位置の例としては、患者の基準となる箇所(例えば喉や肛門など)からの距離と、撮像ヘッド11の回転角度などを用いることができる。
【0141】
制御部50は、CPU、ROM、RAMなどにより構成される。制御部50は、内筒12を介して撮像ヘッド11の動作を制御する。具体的には、制御部50は、撮像ヘッド11を、消化管112の内壁の内周を沿うように回転方向Rに移動制御し、また、消化管112の管路方向(消化管の軸X)に沿うように移動制御する。また、制御部50は、焦点可変部18の動作を制御することで、対物レンズ16の光軸方向の位置を変え、生体の内部に結ばれる焦点位置を制御する。また、制御部50は、レーザ発振器60を制御することで、レーザ出力を調整することもできる。
【0142】
また、制御部50は、前述したように、がん化の悪性度レベルを判定する判定部52と、がん化の悪性度レベルを判定する際の判定基準となる情報を記憶する記憶部51とを有している。
【0143】
記憶部51では、がん化の悪性度レベルと生体細胞群の染色状態に関する情報とが対応付けて記憶されている。がん化の悪性度レベルは、例えば図1Cに示すように、がん関連遺伝子の活性状態により分けられた第1段階から第4段階までの各段階である。生体細胞群の染色状態に関する情報は、例えば、上記各段階における生体細胞群の染色領域(有彩色に染色された領域)の面積または細胞数などの情報である。これら染色領域の面積または細胞数は、使用する染色剤の種類により異なる値となるので、使用する染色剤に応じたデータを予め取得しておく必要がある。
【0144】
判定部52は、撮像して得られた画像の染色状態と、記憶部51に記憶されている染色状態に関する情報とを比較することで、がん化の悪性度レベルを判定する。例えば、撮像した画像における染色領域の面積または細胞数と、記憶部51に記憶された各段階における染色領域の面積または細胞数とを比較することで、生体細胞群の染色状態が各段階のうちのどの段階に属するかを判定する。
【0145】
本実施の形態に係るがん検査装置1では、生体細胞のがん関連遺伝子発現パターンを選択的に有彩色に染色する染色剤45を、生体細胞群に塗布する塗布部40と、染色剤45が塗布された生体細胞群を撮像する撮像部10と、撮像で得られた画像の生体細胞群の染色状態に基づき、生体細胞群のがん化の悪性度レベルを判定する判定部52とを備えている。画像情報の中では染色領域の面積または細胞数以外にも、染色領域の輝度や蛍光色の違い、または幾何学パターンの違いを利用する。自動診断に際しては、確度の高い輝度で発現場所の特定を行い、蛍光色の混合状態で悪性度レベルの判断を行なうなどの方法がとられる。幾何学パターン利用の方法としては臓器ごとにパターンが異なるが、図4Aの(c)、図4Eの(a)を例に取り説明したように暗部(暗い孔状のパターン)の密度を数値化する、島状パターンの密度を数値化し、島状パターンの乱れを認識させる等の診断方法がとれる。更には、暗部間ピッチ、暗部直径、島状パターンのピッチ、島状パターンの直径等の距離測定もパターンの乱れを判断すし、診断に用いるには有効である。
【0146】
これによれば、生体細胞群のがん関連遺伝子発現パターンの染色状態に基づき、がん化の悪性度レベルを判定するので、生体細胞群のがん化を早い段階で把握することができる。また、がん化の悪性度レベルを把握できるので、がん患者の予後を知ることができる。
【0147】
また、本実施の形態に係るがん検査装置1では、染色剤45によって染色されたがん関連遺伝子発現パターンのうち、少なくとも0.1mm以上0.4mm以下の平均直径を有する細胞集団において、がん関連遺伝子発現パターンを撮像することが可能である。これによれば、前がん状態における生体細胞のがん化の悪性度レベルを把握できるので、がん細胞集団152が大きく顕在化される前の超早期段階において、がん患者の予後を知ることができる。なお、がん関連遺伝子発現パターンの直径とは、がん関連遺伝子発現パターンの形状を、がん関連遺伝子発現パターンの面積と同じ面積を有する円とみなした場合の直径である。一定面積内に存在する染色された細胞群において上記直径を測定し、染色されている細胞群の数で割ったものが平均直径である。
【0148】
また、本実施の形態に係るがん検査装置1では、染色剤45によって染色された、生体の内部の粘膜表面から10μm以上1000μm以下の深さに存在するがん関連遺伝子発現パターンを撮像することが可能である。これによれば、粘膜表面から10μm以上1000μm以下の深さにおける生体の内部のがん化の悪性度レベルを把握することができ、がん細胞集団152が粘膜表面に現れる前の超早期に、見落としなく当該細胞集団を検出し、がん患者の予後を知ることができる(図19A)。例えば、図19Aに示すように、消化管粘膜表面から10μm~50μm内部の蛍光細胞形態画像を消化管全周性に完全パノラマ画像化できる。その結果この画像に基づいて、全周性の保証から『見落としなしのがん検出』が可能となる。図19Bは、がん検査装置1Aの内視鏡2を示す図である。
【0149】
がん検査装置1Aの内視鏡2は、内筒12と、内筒12の一部の外側を囲む外筒13とを備えている。内筒12には直動アクチュエータが取付けられており、内筒12は、外筒13に対して軸方向Xに移動可能となっている。また、内筒12には超音波モータが取りけられており、内筒12は、外筒13に対して360°回転可能となっている。内筒12の軸方向Xの動作、または、回転方向Rの動作は制御部50により制御される。がん検査装置1Aでは、例えば大腸であれば肛門、胃であれば口など、所定の位置を基準として、病変までの軸方向Xの距離、回転方向Rの角度を知ることができ、病変の位置を特定することができる。
【0150】
[2.がん検査装置の動作の一例]
次に、本実施の形態に係るがん検査装置1の動作の一例について説明する。図12は、がん検査装置1の動作の一例を示すフローチャートである。
【0151】
まず、図8の染色剤45を塗布する前に、洗浄液を供給口42から閉じた空間Sに供給する(図示省略)。これにより消化管112の内壁面113を洗う。その後、洗浄液を回収口43から吸い込んで回収する。次に、プロナーゼ液を供給口42から閉じた空間Sに供給する。これにより、消化管112の内壁面113についた余分な粘液を除去する。その後、プロナーゼ液を回収口43から吸い込んで回収する。
【0152】
次に、塗布部40にて、生体細胞群にクルクミン類を含む染色剤45を塗布する(S11a:塗布工程)。具体的には、クルクミン類を含む染色剤45を供給口42から閉じた空間Sに供給し充填する。そして、2~5分間静置した後、洗浄液で洗う。これにより、消化管112の生体細胞群のSTAT3系のがん関連遺伝子産物が、クルクミン類を含む染色剤45により染色される。
【0153】
次に、フロキシンを含む染色剤45が入った塗布部40を用いて、生体細胞群にフロキシンを含む染色剤45を塗布する(S11b:塗布工程)。具体的には、フロキシンを含む染色剤45を供給口42から閉じた空間Sに供給し充填する。そして、2~5分間静置した後、洗浄液で洗う。これにより、消化管112の生体細胞群のras系のがん関連遺伝子発現パターンがフロキシンを含む染色剤45により染色される。これら2種類の染色剤45を塗布することで、消化管112の内壁の生体細胞群が2色に染色される。
【0154】
次に、撮像部10によって、染色剤で染色された生体細胞群のがん関連遺伝子発現パターンを撮像する(S12:撮像工程)。具体的には、制御部50にて、撮像ヘッド11を、消化管112の内壁に沿うように回転方向Rに移動制御し、また、消化管112の管路方向(消化管の軸X)に沿うように移動制御しながら撮像する。
【0155】
次に、判定部52によって、撮像で得られた画像の染色状態に基づき、がん化の悪性度レベルや予後を判定する(S13:判定工程)。
【0156】
具体的には、染色剤45で染色された染色領域の面積および細胞数を求める。染色領域の面積は、得られた画像の画素ごとに染色されているか否かを、所定のしきい値に基づいて判断し、染色されていると判断された画素の数を面積に置き換えることで求められる。また、染色領域の細胞数は、染色領域内における細胞の核の数または細胞膜で区切られた区域数により求められる。そして、これらにより得た面積または細胞数に関するデータと、記憶部51にて記憶されている面積または細胞数に関するデータとを比較し、がん化の悪性度レベルや予後を判定する。
【0157】
例えば、フロキシンを含む染色剤45により染色された染色領域の面積が、0.0075mm以上3mm未満であれば、ras系のがん関連遺伝子産物の発現が亢進しているとみなし、がん化の悪性度レベルが第2段階(図1C参照)以上であると判定してもよい。例えば、フロキシンを含む染色剤45により染色された染色領域の細胞数が、8個以上512個未満であれば、ras系のがん関連遺伝子産物の発現が亢進しているとみなし、がん化の悪性度レベルが第2段階以上であると判定してもよい。また、第2段階以上をさらに細分化し、がん化の悪性度レベルや予後を判定してもよい。
【0158】
なお、上記のように、ras系のがん関連遺伝子産物の発現状態によりがん化の悪性度レベルを判定してもよい。それに限られず、クルクミン類を含む染色剤45を用いてSTAT3系のがん関連遺伝子の活性状態により、がん化の悪性度レベルを判定してもよい。また、所定の染色剤を用いてAPC/β-catenin系またはp53系のがん関連遺伝子発現パターンを染色し、増殖抑制シグナルが低下していないかを調べ、がん化の悪性度レベルや予後を判定してもよい。
【0159】
また、本実施の形態に係る多光子レーザ顕微鏡によるがん検査装置1を用いて、がん化した部分(がん細胞集団)をレーザで除去することもできる。
【0160】
例えば、撮像部10により得られた画像の中にがん化した部分が存在する場合に、多光子レーザ顕微鏡による撮像時よりもレーザLの出力をあげて、がん化した部分にレーザLを当て、がん化した部分だけを特異的に除去(蒸散)させる。除去時のレーザ出力は撮像時の10~20倍で、2~3Wである。これによれば、がん化した部分を早期にかつ確実に除去することができる。
【0161】
(実施の形態2)
実施の形態2に係るがん検査装置は、据置型の検査装置であり、患者を外部から検査する場合、または、患者から取り出した直後約20分以内の組織細胞を検査する場合に用いられる。
【0162】
本実施の形態に係るがん検査装置201は、図13に示すように、レーザ発振器213と、ビーム径調節器215と、二次元走査器217と、ダイクロイックミラー219と、対物レンズ221と、集光深さ調節器223と、光検出器225と、蛍光画像生成部227と、モニタ229と、制御部231とを備える。
【0163】
レーザ発振器213としては、パルス幅が数十~数百フェムト秒、パルスの繰り返し周波数が数十~数百MHzの範囲でパルスレーザ光の出力を調節できるもの、または、通常の共焦点レーザ顕微鏡用の可視光波長のCWレーザなどが用いられる。
【0164】
多光子レーザ用パルスレーザを使用する場合は、ビーム径調節器215は、制御部231からのビーム径調節信号に応じて、パルスレーザ光のビーム径を変化させるビームエクスパンダである。
【0165】
二次元走査器217は、例えば、2枚のガルバノミラーにより構成され、パルスレーザ光の集光位置を光軸に対して垂直な2軸方向に変化させる。
【0166】
ダイクロイックミラー219は、パルスレーザ光の照射により生体細胞のがん関連遺伝子産物において発生する蛍光を分離する。
【0167】
対物レンズ221は、レーザ発振器213から出射されたパルスレーザ光を生体細胞に集光させる一方、多光子吸収現象によりがん関連遺伝子産物において発生した蛍光を集光する。なお、対物レンズ221は、制御信号に基づいて集光深さ調節器223によって光軸方向へ移動可能となっており、集光位置を調節することができる。
【0168】
光検出器225は、がん関連遺伝子産物において発生した蛍光を検出し、蛍光強度に応じた電気信号に変換する。
【0169】
二次元走査器217の走査状態および集光深さ調節器223の調節位置(深さ方向の位置)は、集光位置の座標を表すパラメータとなり、蛍光画像生成部227は、これら座標を表すパラメータと光検出器225から送られた電気信号(すなわち蛍光強度)とを対応付けて記憶し、これらのデータを処理して、蛍光画像を生成する。生成された蛍光画像は、モニタ229上に表示される。
【0170】
制御部231は、動作制御部233と、検査用パルス強度設定部235と、照射範囲設定部239と、照射時間設定部241とを含む。動作制御部233は、レーザ発振器213、ビーム径調節器215、二次元走査器217、集光深さ調節器223の動作を制御する。
【0171】
検査用パルス強度設定部235は、検査を行うために、がん関連遺伝子発現パターンの蛍光画像を取得するのに適した強度のパルスレーザ光強度を設定する。
【0172】
照射範囲設定部239は、生体細胞にパルスレーザ光を照射する範囲の設定を行う。そして、動作制御部233が、二次元走査器217や集光深さ調節器223の動作を制御することによって、設定された照射範囲および深さにパルスレーザ光を照射、集光させる。照射時間設定部241は、生体細胞にパルスレーザ光を照射する時間の設定を行う。そして、動作制御部233がレーザ発振器213の出力を制御することによって、設定された時間だけ、パルスレーザ光を照射させる。
【0173】
本実施の形態の制御部231は、実施の形態1と同様の記憶部51および判定部52を有している。すなわち、がん検査装置201は、撮像で得られた画像の生体細胞群の染色状態に基づき、生体細胞群のがん化の悪性度レベルや予後を判定する。
【0174】
このがん検査装置201では、生体細胞群のがん関連遺伝子発現パターンの染色状態に基づき、がん化の悪性度レベルを判定するので、生体細胞群のがん化を早い段階で把握することができる。また、がん化の悪性度レベルをがん関連遺伝子の発現状態で把握できるので、がん患者の予後を知ることができる。
【0175】
なお、このがん検査装置201は、治療用パルス強度設定部237を備え、治療を行うために生体細胞を破壊するに十分な強度のパルスレーザ光強度を設定することができる。これにより、発見したがん細胞集団に対して、早期にがん治療を行うことができる。
【0176】
その他、本実施の形態のがん検査装置201は、様々な形態で実現することができる。
【0177】
例えば、図14に示されているように、レーザ光照射ヘッド243内に、ビーム径調節器215、二次元走査器217、ダイクロイックミラー219と対物レンズ221とその間の光路から構成される光学系、集光深さ調節器223とを設けるとともに、患者を載せるための患者固定台245と移動装置247とをさらに設け、がん検査を行ってもよい。
【0178】
また、例えば、患者から生体細胞群の一部を削り取り、削り取った生体細胞群をトレー(試料台)に入れた状態で、がん検査装置201を用いて撮像を行い、がん化の悪性度レベルを判定してもよい。この場合、生体細胞群への染色剤45の塗布は、生体細胞群を削り取る前に行ってもよいし、生体細胞群を削り取った後、撮像する前に行ってもよい。
【0179】
(実施の形態3)
[1.がん検査装置の基本構成]
次に、図15図18を参照しながら、通常の共焦点レーザ顕微鏡用の可視光波長のCWレーザを用いる場合である、実施の形態3に係るがん検査装置301の基本構成について説明する。
【0180】
図15は、図17におけるがん検査装置301の内視鏡2の先端側の端部を示す概略図である。図16は、内視鏡2の全体を示す概略図である。図17は、がん検査装置301の制御構成を示すブロック図である。
【0181】
図17に示すように、がん検査装置301は、内視鏡2を有する撮像部10、制御部50および画像処理部70を備えている。また、がん検査装置301は、レーザ発振器60C、光学部品65Cを有している。また、がん検査装置301は、染色剤を、生体の内部に供給する塗布部40を備えている(図8参照)。
【0182】
レーザ発振器60Cから発振されたレーザL1は、光学部品65Cであるダイクロイックミラー66Cにより反射され、さらに、内視鏡2内のミラー19Cにより反射されて生体に照射される。レーザL1が照射された生体細胞は蛍光を発生し、その蛍光による光がミラー19Cで反射され、ダイクロイックミラー66Cを透過して光検出器35Cで検出される。光検出器35Cで検出された光は電気信号に変換され、画像処理部70にて画像形成される。蛍光の色は染色剤によって変わるため、光検出器35Cを複数備え、光検出器35Cの前に色を分離する光学フィルタを置いて分離することができる。これらの動作や各部品の機能、役割は図11のものとほぼ同一であるが、共焦点レーザ装置が多光子レーザ装置とは原理的に異なるため、それぞれの構成番号にCWレーザの頭文字を示す「C」を付けて区別している。
【0183】
レーザ発振器60Cとしては、波長405~980nmの範囲で段階的可変できるレーザを複数種類備え、測定対象の蛍光反応の特性に応じて波長が選ばれる。パルス駆動であっても連続発振駆動であってもよい。パルス駆動の場合は数十キロHz以上、デューティが5%~50%で撮像の掃引周波数との関係で、鮮明な画像が得られる範囲が選択される。本実施の形態におけるレーザL1は、共焦点レーザであり、レーザ発振器60Cは、例えば、ピーク波長がそれぞれ488nm、594nmまたは647nmで、出力が30mWまで出せるレーザを用いている。このレーザの撮像時のレーザ出力は5~10mWの範囲で出射しているがこれに限定されない。なお、レーザ発振器60Cでは、レーザL1の強度を染色度合い、蛍光の度合いに応じて調整することも可能である。
【0184】
光学部品65であるダイクロイックミラー66Cは、レーザL1と同一の波長については反射し、その他の波長の光を透過させる。したがって、レーザ発振器60Cから発振されたレーザL1は、ダイクロイックミラー66Cによってミラー19Cに向かって反射される。一方、生体細胞において発生した蛍光は、ミラー19Cを反射した後、ダイクロイックミラー66Cを通過し、光検出器35Cに到達する。なお、光学部品65Cは、プリズムや4/λ板などで構成することもできる。
【0185】
撮像部10は、内視鏡2および光検出器35Cを備えており、生体の内部にレーザL1を当てることで生体の内部の細胞形態を撮像する。
【0186】
光検出器35Cは、レーザL1を当てることで発生した蛍光を検出し、その蛍光を蛍光強度に応じた電気信号に変換する。光検出器35Cとしては、例えば、光電子増倍管、CCD半導体イメージセンサなどを用いることができる。共焦点レーザ機能としてピンホールなどを備えている。
【0187】
内視鏡2は、図16に示すように、内筒12と、内筒12の一部の外側を囲む外筒13とを備えている。内筒12、および、外筒13の一部は、生体の内部に挿入される。内筒12の長さは、例えば50mmであり、内筒12の外径は、例えば3~10mmである。内筒12には直動アクチュエータが取付けられており、内筒12は、外筒13に対して軸方向Xに25mmほど移動可能となっている。また、内筒12には超音波モータが取りけられており、内筒12は、外筒13に対して360°回転可能となっている。内筒12の軸方向Xの動作、または、回転方向Rの動作は制御部50により制御される。
【0188】
内視鏡2の内筒12の先端側の端部には撮像ヘッド11Cが設けられている。撮像ヘッド11Cは、図15に示すように、挿入管20の脇を通って、内筒12とともに生体の内部に挿入される。撮像ヘッド11Cは、内筒12の軸方向Xおよび回転方向Rの動作により、生体の内部を移動するように制御される。
【0189】
撮像ヘッド11Cは、対物レンズ16C、焦点可変部18、スペーサ17およびミラー19Cを有している。
【0190】
ミラー19Cは、前述したように、レーザ発振器60Cから出力されたレーザL1を対物レンズ16Cに向けて方向転換し、または、生体細胞により蛍光された光を光検出器35Cに向けて方向転換する部品である。
【0191】
対物レンズ16Cは、生体の内壁面113に対向して設けられる。対物レンズ16は、例えば、直径が10mm、倍率が10倍、解像度が5μm、撮像視野が3mm×3mmである。または、対物レンズ16は、直径が12mm、倍率が40倍、解像度が10μm、視野が7.5mm×7.5mmmである。撮像視野は広いほどよい。また、対物レンズ16Cは左記した直径のレンズの一部をカットするか、同様の解像度を得られる対物レンズとして生体内に挿入しやすい3mm~5mmの直径としたものを用いることができる。なお、対物レンズ16Cを内壁面113に対して傾けて配置してもよい。対物レンズ16Cを傾けた状態で撮像することで、上皮120および腺130の両方の細胞形態を同時に観察することが可能となる。
【0192】
焦点可変部18は、例えば圧電アクチュエータ、または電磁アクチュエータであり、対物レンズ16Cを光軸の方向に移動させることで、対物レンズ16Cの焦点位置を変える。焦点可変部18は、制御部50により動作制御され、焦点を内壁面(粘膜表面)113から深さ0~75μmの範囲で調整できるようになっている。焦点位置を変えることで、消化管112の内壁面113から所定の深さにおける生体の状態を撮像することができる。
【0193】
スペーサ17は、例えば環状であり、対物レンズ16Cと内壁面113との間の空間の周囲に設けられる。スペーサ17は、対物レンズ16Cが生体の内壁に触れないようにするため、また、対物レンズ16Cと内壁面113との距離を一定に維持するための部品である。対物レンズ16Cと内壁面(粘膜表面)113との距離は、撮像開始前にスペーサ17を取り替えるか、アクチュエータなどで可変とする機構を付加することにより、例えば、1mm以上10mm以下の範囲の適切な値に設定される。制御部50は、スペーサ17を内壁面113に当接させながら撮像ヘッド11C(内筒12)を移動制御し、内壁面113に対する対物レンズ16Cの距離を一定に維持する。
【0194】
制御部50は、CPU、ROM、RAMなどにより構成される。制御部50は、内筒12を介して撮像ヘッド11Cの動作を制御する。具体的には、制御部50は、撮像ヘッド11Cを、消化管112の内壁の内周を沿うように周方向に移動制御し、また、消化管112の管路方向(消化管の軸)に沿うように移動制御する。また、制御部50は、焦点可変部18の動作を制御することで、対物レンズ16Cの光軸方向の位置を変え、生体の内部に結ばれる焦点位置を制御する。また、制御部50は、レーザ発振器60Cを制御することで、レーザ出力を調整することもできる。
【0195】
画像処理部70は、光検出器35Cにより変換された電気信号(蛍光強度)と、制御部50から送られる撮像部10の座標位置とを対応づけて記憶し、これらのデータを処理してデジタル画像を生成する。生成されたデジタル画像は、例えば、モニタに表示されたり、プリントアウトされたり、記憶装置に記録されたりする。撮像部10の座標位置の例としては、患者の基準となる箇所(例えば喉や肛門など)からの距離と、撮像ヘッド11Cの回転角度などを用いることができる。
【0196】
本実施の形態に係る共焦点型のレーザ内視鏡を有するがん検査装置301は、生体の内部に挿入される撮像ヘッド11Cを有し、撮像ヘッド11Cを介して生体にレーザを当てることで生体を撮像する撮像部10と、撮像ヘッド11Cの作動を制御する制御部50とを備えている。撮像ヘッド11Cは、対物レンズ16Cと、対物レンズ16Cの焦点位置を生体の深さ方向に変えることのできる焦点可変部18とを有し、制御部50は、焦点位置が、生体の内部の粘膜表面から10μm以上100μm以下(望ましくは10μm以上70μm以下)の深さのうち、所定深さとなるように焦点可変部18を作動し、撮像部10は、生体の内部の細胞群を選択的に有彩色に染色する染色剤45によって染色された細胞群にレーザを当てるとともに、所定深さにおける染色された細胞群を撮像する。
【0197】
ここで対物レンズ16Cと粘膜表面の位置を一定に保ち焦点を制御する方法について説明する。図17に示す171は第2のレーザ発振器であり、例えば波長680nm、出力5mW程度の参照光L2として連続平行光を発振している。ビームスプリッターまたハーフミラー等で、レーザ発振器60Cと同じ光路に挿入される。図17では理解しやすくするために少し位置をずらした破線でその参照光L2の光路を示している。前記参照光L2は検査用のレーザL1とほぼ同じ経路をたどるが、ビームスプリッター173で光路を変え、焦点制御光学部174に入る。ここでは円柱レンズとビームスプリッター等で、対物レンズ16Cの焦点位置が変動した場合、その変動量が検出できるような光学部品構成になっている。175は光検出器であり通常2個または4個のブロックに分かれた光検出器で検出された光は、差動アンプなどで対物レンズ16Cと粘膜表面相対位置変動に比例した電気信号に変換される。このような対物レンズの位置制御は光ディスク装置等で用いられており、内視鏡装置への応用は十分に可能である。ここで、がん検査装置として注意すべきことは、撮像用のレーザL1と参照光L2が、分離しやすいようになるべく波長を違えておくことが好ましい。波長を100nm以上離すことで分離特性の良い、撮像系、焦点制御系の光特性を得ることができる。また上記のような焦点制御系を有する場合は、その制御系内にバイアス電圧を加えることで、焦点位置を微調整することができる。このバイアス電圧を段階的に変えることにより自動的にレーザL1の焦点位置を深さ方向に制御する事ができる。
【0198】
また光学部品である11C、35C、65C、66C、172、173、174は、L1、L2のレーザ波長によって透過率や反射率が大きく左右されるため、レーザ波長に合わせたモジュール化を行い複数種類準備することで、使用する染色剤や被検査部位によってレーザ波長を変えた場合でも、容易に対応する事ができる。
【0199】
このように共焦点型のレーザ内視鏡を有するがん検査装置301であっても、生体の内壁面(粘膜表面)113から10μm以上70μm以下の深さにおける画像を取得することが可能である。これにより、容易に、病変を見つけることが可能であり、また、波長やレーザ強度を選ぶことで患者に対してレーザ照射による光細胞ダメージなどの負荷を与えずに画像を取得することができる。
【0200】
[2.がん検査装置の動作]
次に、本実施の形態に係るがん検査装置301の動作について説明する。図18は、がん検査装置301の動作の一例を示すフローチャートである。本実施の形態に係るがん検査装置301では、2つの異なる染色剤45を生体細胞群に塗布して、2つのがん関連遺伝子発現パターンを互いに異なる色に染色した後、撮像する。
【0201】
まず、染色剤45を塗布する前に、洗浄液を供給口42から閉じた空間Sに供給する(図示省略)。これにより消化管112の内壁面113を洗う。その後、洗浄液を回収口43から吸い込んで回収する。次に、プロナーゼ液を供給口42から閉じた空間Sに供給する。これにより、消化管112の内壁面113についた余分な粘液を除去する。その後、プロナーゼ液を回収口43から吸い込んで回収する。
【0202】
次に、塗布部40にて、生体細胞群にクルクミン類を含む染色剤45を塗布する(S11a:塗布工程)。具体的には、クルクミン類を含む染色剤45を供給口42から閉じた空間Sに供給し充填する。そして、2~5分間静置した後、洗浄液で洗う。これにより、消化管112の生体細胞群のSTAT3系のがん関連遺伝子産物が、クルクミン類を含む染色剤45により染色される。
【0203】
次に、フロキシンを含む染色剤45が入った塗布部40を用いて、生体細胞群にフロキシンを含む染色剤45を塗布する(S11b:塗布工程)。具体的には、フロキシンを含む染色剤45を供給口42から閉じた空間Sに供給し充填する。そして、2~5分間静置した後、洗浄液で洗う。これにより、消化管112の生体細胞群のras系のがん関連遺伝子発現パターンがフロキシンを含む染色剤45により染色される。
【0204】
次に、撮像部10を用いて、上記2種類の染色剤45で染色された生体細胞群のがん関連遺伝子発現パターンを撮像する(S12:撮像工程)。具体的には、撮像部10は、2種類の異なる波長の励起光を、2種類の異なる色に染色されたがん関連遺伝子発現パターンに照射することで、複数のがん関連遺伝子発現パターンを撮像する。本実施の形態では、クルクミン類を含む染色剤45で染色されたがん関連遺伝子発現パターンを蛍光させるための励起光として波長488nmのレーザL1を照射し、フロキシンを含む染色剤45で染色されたがん関連遺伝子発現パターンを蛍光させるための励起光として波長594nmのレーザL1を照射する。そして、2色に染色されたがん関連遺伝子発現パターンに2種類のレーザL1を順に照射し、照射によって発生したそれぞれの蛍光を光検出器35Cで検出する。
【0205】
次に、判定部52によって、撮像で得られた画像の染色状態に基づき、がん化の悪性度レベルや予後を判定する(S13:判定工程)。
【0206】
このように2種類の染色剤45で染色されたがん関連遺伝子発現パターンに、それぞれの染色剤45に応じた励起光を照射することで、複数のがん関連遺伝子の活性状態を検出し、がん化の悪性度レベルを判定することができる。また、上記のように単一波長からなる各レーザL1をがん関連遺伝子発現パターンに照射することで、がん関連遺伝子発現パターンから発せられる蛍光を安定して検出することができる。
【0207】
上記では、2種類の染色剤45およびそれに対応する励起光を用いて2種類のがん関連遺伝子発現パターンを検出する例について示したが、それに限られず、3種類以上の染色剤45およびそれに対応する励起光を用いて3種類以上のがん関連遺伝子発現パターンを検出してもよい。染色剤45としては、クルクミン類、フロキシンに限られず、例えば、ハイレッドV80、スルフレチン、エリスロシン、エピガロカテキンガラード、インドシアニングリーン、マルビジン、βカロテン、ハイレッドBL、6-ギンゲオール、ミリセチン、トリセニジンまたはペツニジンなどを含む染色剤45であってもよい。
【0208】
例えば、ブレーキ系の遺伝子であるAPC/β-catenin系またはp53系のがん関連遺伝子発現パターンを染色する染色剤45を用いると、細胞の増殖抑制シグナルが低下しているか否かを調べることができる。このようにブレーキ系の遺伝子を検出し、がん化の悪性度レベルや予後を判定することもできる。
【0209】
このように多種類の染色剤45でがん関連遺伝子発現パターンを染色し、それぞれの染色剤45に応じた励起光を照射することで、多種類のがん関連遺伝子を検出することが可能となる。これにより、がん化の悪性度レベルを多岐の視点で分析することができ、予後の判定確率を高めることができる。
【0210】
次に、生体染色剤の浸透性の際によるがんと正常部位の判定について説明する。
【0211】
図20A図20Bおよび図20Cを参照して、生体の内部の細胞形態を、多光子レーザ顕微鏡(オリンパス社製FV1000MPE)を用いて焦点の深さを変えて撮像し、撮像した複数の画像を所定の位置で切断して断面画像(断層画像)を作成した例について説明する。生体としてはマウスを用いた。
【0212】
図20A図20Cの各図は、内壁面(粘膜表面)から所定範囲の深さにおける細胞形態を示す画像であって、粘膜表面(深さ0)から深さ150μmまでを深さ2μmピッチで撮像し、合計75枚の画像を積み重ねて合成した3次元データ画像である。図20A図20Cのそれぞれにおいて、(a)は、細胞群を内壁面113に垂直な方向から平面視した画像であり、(b)は(a)をb-b線で切断した場合の断面画像であり、(c)は(a)をc-c線で切断した場合の断面画像である。
【0213】
細胞群を染色するための染色剤としては、クルクミンを含む染色剤およびアシッドレッド(赤色106号)を含む染色剤の両方の染色剤を用いた。染色時間は、5分間とした。染色時間は、細胞群に染色剤を接触させて、細胞自体または各細胞の間に染色剤の色素を浸透させる時間である。
【0214】
図20A図20Cは、同じ細胞群を同時に撮像し、フィルタをかけて異なる色(波長)を抽出した画像である。図20Aは、クルクミン色素およびアシッドレッド色素の両方の色素によって染色された色領域を抽出した画像である。図20Bは、クルクミン色素によって染色された色領域を抽出した画像である。図20Cは、アシッドレッド色素で染色された色領域を抽出した画像である。図20A図20Cは白黒であるが本来カラー画像であり、染色剤による染色傾向の違いにより、クルクミン色素で染色した領域は緑の蛍光色に、アシッドレッド色素で染色された領域は、薄い赤色からオレンジ色に近い蛍光色で表わされ、より鮮明に色の違いが表わされている。
【0215】
図20A図20Cでは、がん組織および正常粘膜組織が示されているが、それぞれの色素によって浸透性に差があることがわかる。図20Bに示すように、クルクミン色素は、がん組織において正常粘膜組織よりも高い浸透性を示している。具体的にはクルクミン色素の場合、染色されている深さが、がん組織内部では約40μmであるのに対し、正常粘膜組織内部では約20μmである。図20Cに示すように、アシッドレッド色素は、がん組織において正常粘膜組織よりも低い浸透性を示している。具体的にはアシッドレッド色素の場合、染色されている深さが、がん組織内部では約40μmであるのに対し、正常粘膜組織内部では約70μmである。
【0216】
このように、細胞形態が、がん組織か正常粘膜組織かによって色素の浸透性に違いがある。この性質を利用し、断面画像に表わされた細胞群が染色されている深さを計測することで、その細胞群が正常細胞群か、がん細胞群かを判別することができると考えられる。撮影時における細胞表面からの深度方向の制御を行うことで、断面画像に表わされた細胞群が染色されている深さに基づいて、病変の疑いを判断する。例えば、クルクミン色素によって細胞群が染色されている深さが、正常粘膜組織よりも大きいと(例えば1.5倍以上)がん細胞が発生していると判断し、同等であると(例えば1.5倍未満)がん細胞が発生していないと判断する。また、アシッドレッド色素によって細胞群が染色されている深さが、正常粘膜組織よりも小さいと(例えば0.6倍未満)がん細胞が発生していると判断し、同等であると(例えば0.6倍以上)がん細胞が発生していないと判断する。なお、単色または2重染色等によってがん細胞の有無を判断後に、上記の断面画像判断をすることで、より信頼性を高めることができる。本例ではSTAT3系のがん関連遺伝子産物に対してより浸透度が高く染色するクルクミンと、正常細胞への浸透度が高いアシッドレッドを用いたが、更にras系のがん遺伝子産物への浸透度が高いフロキシン、エリスロシン等を用いて染色することで、STAT3系、ras系の進行度合いを、染色の浸透度合いで比較することができるようになる。
【0217】
(その他の例)
以上、本実施の形態に係るがん検査装置1、201、301について説明したが、本発明は、上記実施の形態およびその変形例には限定されない。例えば、上記実施の形態およびその変形例に次のような変形を施した態様も、本発明に含まれ得る。
【0218】
例えば、実施の形態1では、がん関連遺伝子発現パターンの染色を行う場合に、染色剤を1種類ずつ用いて順に染色したが、それに限られず、複数の色素を予め混合して両方を含む混合染色剤を作り、この混合染色剤を用いて同時に染色してもよい。さらに経口の洗浄液に粘膜洗浄剤や染色剤などを含ませることで消化管を染色することも可能である。がん関連遺伝子発現パターンを染色するという表現と、がん関連遺伝子産物を染色するという表現を混在して記載したが、がん関連遺伝子産物を染色した結果であって、ある程度増殖をした状態を観察対象としている状態をがん関連遺伝子発現パターンとしている。
【0219】
また、実施の形態1では、2色の染色剤を用いて生体を染色して撮像したが、それに限られず、3色以上の染色剤を用いて生体を染色して撮像することも可能である。
【0220】
また、実施の形態1、2では、がん検査装置1のレーザとして多光子レーザを用いたが、これに限られず、共焦点レーザを用いることも可能である。また、波長を選べば通常のCWレーザ顕微鏡を用いたり、単色光による蛍光顕微鏡を用いることも可能である。深さ方向の撮像および解像度という点では、波長600nm~1600nmの多光子レーザを用いることが望ましい。しかし、染色によって細胞の核が見える倍率、解像度をレンズや波長によって工夫することで、ある程度の分析を、波長400~700nmの共焦点レーザ顕微鏡や通常の波長400~700nmCWレーザを用いたり、波長400~700nm単色光による蛍光顕微鏡によって実現することは、本発明の範囲に含まれる。さらに染色剤の蛍光波長に応じて、照射するレーザの波長を変える、画像化するためのフィルターを変えることは上記で説明してきたとおりある。
【0221】
また、実施の形態1、2におけるがん検査装置1、201、301は、消化管以外の管腔臓器(気管支、膀胱・尿管など)にも適応可能であり、さらに、表面から深さ1mm以内という制約はあるが、腎臓、肝臓、脳、網膜などの細胞構造も可視化できる。
【0222】
さらに画像は静止画に限定されず、動画であっても、静止画と動画が混在した画像であっても良い。例えば予備的診断や手術後定期検査時等には動画で撮影し、精密診断時には静止画を用いることも可能である。撮影時の拡大倍率スケールも上記で説明した範囲に限定されるものでは無い。
【0223】
また、生体染色する細胞組織は、生体内の細胞組織(in vivo)でも良く、また、手術などで生体外へ切除した直後20分以内の新鮮生体外細胞組織(ex vivo)であっても良い。
【0224】
さらに、上記したがん検査装置では、染色部、内視鏡を含む撮像部、記憶部、判定部を含めて説明したが、必ずしも染色部、判定部は同一の装置内に備える必要は無く、別の装置で染色を行うこと、記憶部の内容を共有することによって別の装置やコンピュータで、分析、判定を行うことは、本発明の範囲である。また、分析対象の部位によって撮像部も内視鏡に限定されず、固定の対物レンズを有する顕微鏡であっても良いものであることは、両者を併記していることからも本発明の範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0225】
本発明に係るがん検査装置は、消化管、呼吸器、腎泌尿器、子宮卵巣生殖器および脳脊髄神経などにおいて、早期にがんを発見する場合に利用される。
【符号の説明】
【0226】
1、1A、201、301 がん検査装置
2 内視鏡
10 撮像部
11、11C 撮像ヘッド
12 内筒
13 外筒
16、16C 対物レンズ
17 スペーサ
18 焦点可変部
19、19C ミラー
20 挿入管
21 第1バルーン
22 第2バルーン
35、35C 光検出器
40 塗布部
42 供給口
43 回収口
45 染色剤
50、231 制御部
51 記憶部
52 判定部
60、60C レーザ発振器
65、65C 光学部品
66、66C ダイクロイックミラー
67 二次元走査器
70 画像処理部
112 消化管
113 消化管の内壁面(粘膜表面)
120 上皮
121 上皮細胞
125 上皮細胞の核
126 上皮細胞の細胞質
130 腺
131 腺細胞
132 毛細血管
133 結合組織
135 腺細胞の核
136 腺細胞の細胞質
137 基底膜
138 陰窩(いんか)
152 がん細胞集団
160 粘膜筋板
L、L1 レーザ
L2 参照光
S 閉じた空間
図1A
図1B
図1C
図1D
図2A
図2B
図2C
図3
図4A
図4B
図4C
図4D
図4E
図5A
図5B
図5C
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19A
図19B
図20A
図20B
図20C