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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-19
(45)【発行日】2022-04-27
(54)【発明の名称】熱可塑性樹脂と金属の接合方法
(51)【国際特許分類】
   B29C 65/44 20060101AFI20220420BHJP
   B29C 65/16 20060101ALI20220420BHJP
   B23K 26/324 20140101ALI20220420BHJP
【FI】
B29C65/44
B29C65/16
B23K26/324
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2021561688
(86)(22)【出願日】2021-04-21
(86)【国際出願番号】 JP2021016120
(87)【国際公開番号】W WO2021230025
(87)【国際公開日】2021-11-18
【審査請求日】2021-10-15
(31)【優先権主張番号】P 2020084660
(32)【優先日】2020-05-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021021122
(32)【優先日】2021-02-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000135999
【氏名又は名称】株式会社ヒロテック
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】特許業務法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】和鹿 公則
(72)【発明者】
【氏名】川渕 達巳
【審査官】田代 吉成
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-164986(JP,A)
【文献】特開2016-43561(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 65/44
B29C 65/16
B23K 26/324
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材と熱可塑性樹脂材を直接接合する方法であって、
酸化性雰囲気下において前記金属材の表面にパルスレーザを照射し、表面改質領域を形成する第一工程と、
前記表面改質領域に前記熱可塑性樹脂材を当接させ、被接合界面を形成する第二工程と、
レーザ照射によって前記被接合界面を昇温して接合を達成する第三工程と、を有し、
前記第一工程において、前記表面改質領域に5~500nmの粒径を有する金属酸化物粒子が連続的に接合されてなる金属酸化物粒子クラスターを形成し、
前記金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm~3μmとすること、
を特徴とする金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項2】
前記金属酸化物粒子の粒径を50~200nmとすること、
を特徴とする請求項1に記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項3】
前記表面改質領域を前記被接合界面の20%以上の面積とすること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項4】
前記パルスレーザの1パルスの照射エネルギーを0.2~1.0mjとすること、
を特徴とする請求項1~3のうちのいずれかに記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項5】
前記第三工程において、前記熱可塑性樹脂材が透明な場合は前記熱可塑性樹脂側から前記パルスレーザを照射し、前記熱可塑性樹脂材が不透明な場合は前記金属材側から前記パルスレーザを照射すること、
を特徴とする請求項1~4のうちのいずれかに記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項6】
前記金属材を鋼材、アルミニウム材、アルミニウム合金材、チタン材、チタン合金材、ニッケル‐チタン合金材、銅材及び銅合金材のうちのいずれかとすること、
を特徴とする請求項1~5のうちのいずれかに記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項7】
前記熱可塑性樹脂材がフッ素樹脂材であること、
を特徴とする請求項1~6のうちのいずれかに記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項8】
前記第三工程において、前記金属酸化物粒子の触媒作用によって前記フッ素樹脂材のC-F結合を解離させ、当該解離によって生成する官能基と前記金属材に含まれる金属元素とを結合させること、
を特徴とする請求項7に記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項9】
前記第三工程において、前記被接合界面に5MPa以上の圧力を印加すること、
を特徴とする請求項7又は8に記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項10】
前記熱可塑性樹脂材が汎用プラスチック、エンジニアリングプラスチック及びスーパーエンジニアリングプラスチックのうちのいずれかであること、
を特徴とする請求項1~6のうちのいずれかに記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項11】
前記第三工程における前記被接合界面の温度(T)が、以下の関係式(1)を満たすこと、
を特徴とする請求項10に記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
熱可塑性樹脂材の融点(℃)≦T≦熱可塑性樹脂材の熱分解温度 (1)
【請求項12】
前記第三工程において、前記被接合界面に0超0.8MPa以下の圧力を印加すること、
を特徴とする請求項10又は11に記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項13】
前記金属材及び前記熱可塑性樹脂材の被接合界面を密着させた状態で前記第三工程を施し、
前記第三工程の後、接合界面の温度が前記熱可塑性樹脂材の融点(℃)の80%以下になるまで前記密着させた状態を維持すること、
を特徴とする請求項10~12のうちのいずれかに記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。
【請求項14】
前記第三工程において、前記金属酸化物粒子の触媒作用によって前記熱可塑性樹脂材のC-H結合、C-C結合、C=C結合およびC-N結合の少なくともいずれか一つの結合を解離させること、
を特徴とする請求項10~13のうちのいずれかに記載の金属熱可塑性樹脂直接接合方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱可塑性樹脂材と金属材とを接合する方法に関し、より具体的には、接着剤やリベット締結等を用いることなく、熱可塑性樹脂材と金属材とを強固に直接接合する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属材と樹脂材との接合には、接着剤やリベット締結を用いるのが一般的である。接着剤を用いる場合は物理的吸着力や化学的吸着力により接合が達成され、リベット締結を用いる場合はリベットによる物理的な締結によって接合が達成される。
【0003】
しかしながら、接着剤を用いる場合、接着剤が濡れ広がるために接合領域が限定される精密な接合には不向きであることに加え、接合強度が被接合面の状態(表面粗さ等)に大きく影響されるという問題がある。更に、接着剤の硬化に必要な時間が生産性を律速すると共に、接着剤の状態維持や管理が難しい等の課題が存在する。
【0004】
また、リベット締結を用いる場合、締結部の大きさや重量によって部品が大型化・重量化することに加え、設計の自由度も低下することから、適用できる部品が限定されてしまう。
【0005】
このような状況において、フッ素樹脂は耐薬品性、耐摩耗性、難燃性及び撥水撥油性に優れ、比誘電率及び誘電正接が低い等の特徴的な電気的特性を有するため、医療機器、食品及び薬品等の関連産業において非常に多く使用されているが、フッ素樹脂は分子構造が安定で不活性であることから、フッ素樹脂同士及び他の材料との接着が極めて困難であり、良好な接着部を得るためには基本的に表面処理が不可欠である。
【0006】
また、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)及びABS樹脂(ABS)等の汎用プラスチックや、エンジニアリングプラスチック及びスーパーエンジニアリングプラスチックも、種々の分野で大量に使用されており、これらの熱可塑性樹脂材と金属材との直接接合も切望されている。しかしながら、これらの熱可塑性樹脂も分子構造が安定で不活性であることから、熱可塑性樹脂材と金属材との直接接合は極めて困難であり、良好な接合部を得るためには基本的に表面処理が不可欠である。
【0007】
現在、工業用途で汎用されている金属ナトリウムを用いた表面処理の場合、エポキシ系接着剤との組み合わせによって高い接着強度が期待できるが、環境上の問題からクリーンな代替手法が望まれている。また、接着剤は耐熱性が低いため、熱可塑性樹脂の特徴を活用した高温雰囲気下での連続使用は難しく、比較的低温での使用に限られてしまう。更に、特に医療や食品等の分野では接着剤の使用は極力控えるべきであり、このような観点からも接着剤を用いない直接接合が望まれている。
【0008】
このような状況下において、例えば、特許文献1(特開2005-104132号公報)においては、レーザ透過性を備えた第1の平板状フッ素樹脂材の表面及びレーザ透過性を備えた第2の平板状フッ素樹脂材の裏面に粗面化処理を施す工程と、それぞれの粗面間に液状のレーザ吸収体を介装させた状態で、第1の平板状フッ素樹脂材及び第2の平板状フッ素樹脂材を積層させる工程と、第2の平板状フッ素樹脂材の表面側からレーザビームLを照射してレーザ吸収体を加熱し、第1の平板状フッ素樹脂材及び第2の平板状フッ素樹脂材の対向面を溶融させる工程と、溶融したフッ素樹脂材同士を融着させる工程とを備えたフッ素樹脂材間の接合方法、が提案されている。
【0009】
前記特許文献1に記載のフッ素樹脂材間の接合方法においては、予め各フッ素樹脂材の少なくとも一方の表面に粗面を形成することによって濡れ性が向上し、液状のレーザ吸収体がフッ素樹脂材の表面に均一に広がることとなり、溶着むらが生じなくなることから、フッ素樹脂材同士をレーザビームの照射によって安定的に接合することができる、としている。
【0010】
また、特許文献2(特開2016-56363号公報)においては、有機高分子化合物を含む成型体の表面温度を(前記有機高分子化合物の融点-120)℃以上にして、当該成型体の表面に大気圧プラズマ処理を行い、過酸化物ラジカルを導入することを特徴とする表面改質成型体の製造方法、が提案されている。
【0011】
前記特許文献2に記載の表面改質成型体の製造方法においては、大気圧プラズマによる処理を行う際に、成型体表面を融点近くの高温とすることによって、有機高分子化合物の高分子の運動性を向上させることができ、成型体表面に過酸化物ラジカルを導入するとともに、有機高分子同士間に炭素-炭素結合が生じ、表面硬さを向上させることができることから、フッ素樹脂などのように接着性の低い有機高分子化合物を含む成型体を被着体と接合する際に、接着剤を用いない場合であっても接合を達成することができる、としている。
【0012】
更に、本発明者らも、特許文献3(特開2019-123153号公報)において、一方の被接合材と他方の被接合材を直接接合する方法であって、一方の被接合材がフッ素樹脂材であり、当該一方の被接合材の表面にナトリウムを含む混合溶液を塗布した後、混合溶液が 塗布された表面にレーザ照射を施す第一工程と、混合溶液を塗布した表面に他方の被接合材を当接させ、被接合界面を形成する第二工程と、レーザ照射によって被接合界面を昇温する第三工程と、を有すること、を特徴とするフッ素樹脂の接合方法、を提案している。
【0013】
上記特許文献3に記載のフッ素樹脂の接合方法においては、レーザ照射によってフッ素樹脂のC-F結合を分離し、フッ素との結合性が高いナトリウムとフッ素とを結合させることで、分子構造が安定で不活性なフッ素樹脂の接合性を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2005-104132号公報
【文献】特開2016-56363号公報
【文献】特開2019-123153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、前記特許文献1に記載の接合方法は、フッ素樹脂材同士の接合を対象としており、フッ素樹脂材と金属材を接合することはできない。また、被接合材はレーザ透過性を有するフッ素樹脂材に限定されることに加え、接合界面強度の向上に直接寄与しないレーザ吸収体が接合界面に残存してしまう。
【0016】
また、前記特許文献2に記載の表面改質成型体の製造方法では、真空排気系を有するチャンバー内に熱可塑性樹脂材を配置して大気圧プラズマ処理を施す必要があることに加え、当該熱可塑性樹脂材の表面温度を規定の温度域に昇温する必要がある。即ち、適用できる熱可塑性樹脂材のサイズ及び形状が制限されると共に、工程が煩雑になってしまう。更に、熱可塑性樹脂材と接着できるのは反応性官能基を有する被着体に限られる。
【0017】
更に、前記特許文献3に記載のフッ素樹脂の接合方法では、他の接合方法と比較して高い強度を有する金属フッ素樹脂継手を得ることができるが、被接合材の表面に混合溶液を塗布する湿式の工程を有しており、均質かつ高強度な接合部を大量かつ高効率に製造する観点からは、改善の余地がある。また、良好な接合部を形成するためにはフッ素樹脂のC-F結合の分離が必須であるが、レーザ照射のみで十分な分離を効率的に達成することは困難である。
【0018】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、接着剤やリベット締結等を用いることなく、熱可塑性樹脂材同士又は熱可塑性樹脂材と金属材とを直接接合する簡便な方法であって、被接合材のサイズ及び形状に制限されることなく適用可能であり、湿式工程を含まず、均質かつ高強度な接合部を大量かつ高効率に製造することができる金属と熱可塑性樹脂との直接接合方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は上記目的を達成すべく、熱可塑性樹脂材と金属材の接合方法について鋭意研究を重ねた結果、パルスレーザの照射により金属材の表面に適当な表面改質領域を形成すること等が効果的であることを見出し、本発明に到達した。
【0020】
即ち、本発明は、
金属材と熱可塑性樹脂材を直接接合する方法であって、
酸化性雰囲気下において前記金属材の表面にパルスレーザを照射し、表面改質領域を形成する第一工程と、
前記表面改質領域に前記熱可塑性樹脂材を当接させ、被接合界面を形成する第二工程と、
レーザ照射によって前記被接合界面を昇温して接合を達成する第三工程と、を有し、
前記第一工程において、前記表面改質領域に5~500nmの粒径を有する金属酸化物粒子が連続的に接合されてなる金属酸化物粒子クラスターを形成し、
前記金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm~3μmとすること、
を特徴とする金属熱可塑性樹脂直接接合方法、を提供する。
【0021】
本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、第三工程における熱可塑性樹脂材の分子結合の解離が金属酸化物粒子クラスターによって促進され、効率的に強固な接合部を得ることができる。具体的には、熱可塑性樹脂材がフッ素樹脂材の場合はC-F結合の解離が金属酸化物粒子クラスターによって促進され、熱可塑性樹脂材がフッ素樹脂材以外の場合はC-H結合、C-C結合、C=C結合およびC-N結合等の解離が金属酸化物粒子クラスターによって促進されることで、強固な接合部を得ることができる。加えて、金属材側の被接合界面となる金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm~3μmとすることで、金属酸化物粒子クラスターと熱可塑性樹脂材との密着性を担保することができる。
【0022】
多くのフッ素樹脂は溶融流動性を有しておらず、被接合界面に空隙がある場合、当該空隙が微小な場合でも密着性に及ぼす影響は大きい。一方で、空隙にフッ素樹脂が隙間なく充填される場合は、当該空隙の存在は接合強度の向上に寄与する。本発明の金属フッ素樹脂直接接合方法においては、金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm以上とすることで、フッ素樹脂の充填によって接合部の強度を向上させることができ、3μm以下とすることで、フッ素樹脂が充填されずに空隙のまま残存することを抑制できる。
【0023】
また、熱可塑性樹脂がフッ素樹脂以外の場合であっても、金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm以上とすることで、熱可塑性樹脂の充填によって接合部の強度を向上させることができ、3μm以下とすることで、熱可塑性樹脂が充填されずに空隙のまま残存することを抑制できる。
【0024】
また、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、第一工程において、酸化性雰囲気下において金属材の表面にパルスレーザを照射して表面改質領域を形成させることから、表面改質領域の形成に湿式工程を用いる必要が無く、大量かつ効率的に均質な表面改質領域を形成させることができる。加えて、第一工程で使用するレーザ設備を第三工程で使用してもよく、作業効率の向上及び設備導入コストの低減を図ることができる。
【0025】
第一工程及び第三工程で用いるレーザは、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に制限されず、従来公知の種々のレーザを用いることができ、例えば、金属材を効率的に加熱できる半導体レーザを好適に用いることができる。
【0026】
また、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、前記金属酸化物粒子の粒径を50~200nmとすること、が好ましい。金属酸化物粒子の粒径を50nm以上とすることで、金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm以上とすることが容易になる。また、金属酸化物粒子の粒径を200nm以下とすることで、金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を3μm以下とすることが容易になる。加えて、金属酸化物粒子の粒径を50~200nmとすることで、当該金属酸化物粒子の表面において熱可塑性樹脂材が加熱された際に、フッ素樹脂材のC-F結合や、その他の熱可塑性樹脂材のC-H結合、C-C結合、C=C結合およびC-N結合等の解離を促進することができる。これらの解離が促進される理由については必ずしも明らかにはなっていないが、適当な曲率(エネルギー状態)を有する金属酸化物粒子が所謂触媒作用を発現するものと考えられる。
【0027】
また、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、熱可塑性樹脂がフッ素樹脂の場合、前記第三工程において、前記金属酸化物粒子の触媒作用によって前記フッ素樹脂材のC-F結合を解離させ、当該解離によって生成するカルボキシル基等の官能基と前記金属材に含まれる金属元素とを結合させること、が好ましい。フッ素樹脂材のC-F結合は強固であり、解離させることは極めて困難であるが、金属酸化物粒子の触媒作用を活用することで、効率的にC-F結合を解離させることができる。また、金属酸化物粒子の近傍でC-F結合が解離することで、カルボキシル基等と金属酸化物粒子に含まれる金属元素とを結合させることができる。なお、本発明においては、フッ素樹脂材由来のカルボキシル基等の官能基と金属材に含まれる金属元素とが結合することで接合が達成されるが、「金属材に含まれる金属元素」とは、表面改質領域においては金属酸化物粒子に含まれる金属材由来の金属元素を意味する。
【0028】
また、熱可塑性樹脂がフッ素樹脂以外の場合、前記第三工程において、前記金属酸化物粒子の触媒作用によって前記熱可塑性樹脂材のC-H結合等を解離させ、当該解離によって生成するカルボキシル基等の官能基と前記金属材に含まれる金属元素とを結合させること、が好ましい。熱可塑性樹脂材のC-H結合、C-C結合、C=C結合およびC-N結合等を効率的に解離させることは極めて困難であるが、金属酸化物粒子の触媒作用を活用することでこれを達成することができる。また、金属酸化物粒子の近傍でC-H結合等が解離することで、カルボキシル基等と金属酸化物粒子に含まれる金属元素とを結合させることができる。なお、本発明においては、熱可塑性樹脂材由来の官能基と金属材に含まれる金属元素とが結合することで接合が達成されるが、「金属材に含まれる金属元素」とは、表面改質領域においては金属酸化物粒子に含まれる金属材由来の金属元素を意味する。
【0029】
本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、前記表面改質領域を前記被接合界面の20%以上の面積とすること、が好ましい。表面改質領域を被接合界面の20%以上の面積とすることで、接合部全体として高い継手強度と信頼性を担保することができる。
【0030】
また、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、第一工程で用いる前記パルスレーザの1パルスの照射エネルギーを0.2~1.0mjとすること、が好ましい。パルスレーザの1パルスの照射エネルギーを0.2~1.0mjとすることで、照射領域に5~500nmの粒径を有する金属酸化物粒子が連続的に接合されてなる金属酸化物粒子クラスターを形成すると共に、当該金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm~3μmとすることができる。
【0031】
また、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、熱可塑性樹脂がフッ素樹脂の場合、前記第三工程において、前記被接合界面に5MPa以上の圧力を印加すること、が好ましい。第三工程において被接合界面に5MPa以上の圧力を印加することで、フッ素樹脂材と金属材(金属酸化物粒子クラスター)を密着させることができ、強固な接合部を得ることができる。加えて、昇温に伴って接合部に気泡等が形成される場合であっても、当該気泡を系外に排出させることができる。
【0032】
また、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、熱可塑性樹脂がフッ素樹脂以外の場合、前記第三工程において、前記被接合界面に0超0.8MPa以下の圧力を印加すること、が好ましい。第三工程において被接合界面に圧力を印加することで、金属材と熱可塑性樹脂材との密着性が向上し、欠陥の形成を抑制すると共に接合界面の接合強度を向上させることができる。一方で、印加圧力を0.8MPa以下とすることで、接合界面近傍において熱可塑性樹脂のスキン層とバルク層が形成することを抑制でき、スキン層とバルク層の層間からの破断の進行を抑制することができる。
【0033】
より具体的には、ポリプロピレン(PP)やポリアセタール(POM)等の一般的な熱可塑性樹脂は、樹脂主鎖の強度がそれ程高くないため、加熱接合時における熱可塑性樹脂の膨張収縮に伴う形状変化に起因して、熱可塑性樹脂のスキン層とバルク間に結合の破断が生じ、接合体を維持することが困難となる。これに対し、熱可塑性樹脂の内部破壊が生じない適切な接合圧力(0.8MPa以下の圧力)を印加することで、良好な接合部を形成することができる。
【0034】
ここで、フッ素樹脂以外の熱可塑性樹脂は、汎用プラスチック、エンジニアリングプラスチック及びスーパーエンジニアリングプラスチックのうちのいずれかとすること、が好ましい。なお、本発明の効果を損なわない限りにおいて熱可塑性樹脂材の種類は特に限定されず、従来公知の種々の熱可塑性樹脂材を用いることができ、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法を用いることで、これらのプラスチック材と金属材が直接接合された良好な接合体を得ることができる。
【0035】
本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、熱可塑性樹脂がフッ素樹脂以外の場合、前記第三工程における前記被接合界面の温度(T)が、関係式(1):熱可塑性樹脂材の融点(℃)≦T≦熱可塑性樹脂材の熱分解温度を満たすこと、が好ましい。第三工程における熱可塑性樹脂材の被接合界面の温度(T)を熱可塑性樹脂材の融点(℃)以上とすることで、金属材の表面に形成された表面改質領域と熱可塑性樹脂材が良好に密着すると共に、熱可塑性樹脂材のC-H結合、C-C結合、C=C結合およびC-N結合等の解離が金属酸化物粒子クラスターによって促進され、効率的に強固な接合部を得ることができる。一方で、被接合界面の温度(T)を熱可塑性樹脂材の熱分解温度以下とすることで、入熱過多による熱可塑性樹脂材の強度低下等を抑制することができる。即ち、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法では、金属酸化物粒子クラスターによって熱可塑性樹脂材のC-H結合、C-C結合、C=C結合およびC-N結合等の解離を促進することができるため、接合温度を熱可塑性樹脂材の熱分解温度以下としても、良好な接合部を形成することができる。
【0036】
ここで、例えば、熱可塑性樹脂材にポリプロピレンを用いる場合、ポリプロピレンの融点は160℃、熱分解温度は387℃であることから、第三工程における被接合界面の温度は160~387℃とすることが好ましい。また、熱可塑性樹脂材にポリエチレンを用いる場合、ポリエチレンの融点は125℃、熱分解温度は406℃であることから、第三工程における被接合界面の温度は125~406℃とすることが好ましい。
【0037】
また、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、熱可塑性樹脂がフッ素樹脂以外の場合、前記金属材及び前記熱可塑性樹脂材の被接合界面を密着させた状態で前記第三工程を施し、前記第三工程の後、接合界面の温度が前記熱可塑性樹脂材の融点(℃)の80%以下になるまで前記密着させた状態を維持すること、が好ましい。接合プロセス中の被接合材の位置や形状の変化を防止するためには、第三工程において金属材及び熱可塑性樹脂材の位置を適当な治具を用いて拘束することが好ましいが、接合界面の温度が熱可塑性樹脂材の融点以上及び融点付近の場合は接合界面の状態が不安定であり、当該状態で拘束を除去すると十分な接合強度を得ることができない。これに対し、接合界面の温度が前記熱可塑性樹脂材の融点(℃)の80%以下になるまで前記拘束を維持することで、安定的に高強度な接合界面を得ることができる。ここで、熱可塑性樹脂材にポリプロピレンを用いる場合、ポリプロピレンの融点は160℃であることから、接合界面の温度が128℃(約130℃)以下になるまで拘束状態を維持することが好ましい。
【0038】
また、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、前記第三工程において、前記熱可塑性樹脂材が透明な場合は前記熱可塑性樹脂材側から前記パルスレーザを照射し、前記熱可塑性樹脂材が不透明な場合は前記金属材側から前記パルスレーザを照射すること、が好ましい。熱可塑性樹脂材が透明な場合は熱可塑性樹脂材側からパルスレーザを照射し、熱可塑性樹脂材が不透明な場合は金属材側からパルスレーザを照射することで、被接合界面の温度を効率的に上昇させることができる。また、金属材側からレーザ照射することにより、熱可塑性樹脂材の種類に依らず被接合材として用いることができる。更に、金属材側から加熱することにより、熱可塑性樹脂材側に空間を設けることができ、必要に応じて当該熱可塑性樹脂材表面から加圧することができる。
【0039】
更に、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法においては、前記金属材を鋼材、アルミニウム材、アルミニウム合金材、チタン材、チタン合金材、ニッケル‐チタン合金材、銅材及び銅合金材のうちのいずれかとすること、が好ましい。発明の効果を損なわない限りにおいて金属材の種類は特に限定されず、従来公知の種々の金属材を用いることができるが、金属材を鋼材、アルミニウム材、アルミニウム合金材、チタン材、チタン合金材、ニッケル‐チタン合金材、銅材及び銅合金材のうちのいずれかとすることで、酸化雰囲気下におけるパルスレーザの照射によって、容易に5~500nmの粒径を有する金属酸化物粒子が連続的に接合されてなる金属酸化物粒子クラスターを形成することができることに加え、当該金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm~3μmとすることができる。なお、鋼材にはステンレス鋼材や亜鉛メッキ鋼板等の汎用されている被覆材も含まれる。
【0040】
また、アルミニウム材、アルミニウム合金材、チタン材及びチタン合金材は高比強度であり、熱可塑性樹脂材との接合体は軽量で高強度が要求される用途に好適に用いることができる。また、鋼材は最も広く使用されている金属材であり、熱可塑性樹脂材との接合体は多種多様な用途に用いることができる。また、ステンレス鋼材は優れた耐食性を有していることから、熱可塑性樹脂材(特にフッ素樹脂材)をステンレス鋼材と組み合わせることで、医療機器、食品及び薬品等の関連産業において好適に活用することができる。
【発明の効果】
【0041】
本発明の熱可塑性樹脂と金属の接合方法によれば、接着剤やリベット締結等を用いることなく、熱可塑性樹脂材同士又は熱可塑性樹脂材と金属材とを直接接合する簡便な方法であって、被接合材のサイズ及び形状に制限されることなく適用可能であり、湿式工程を含まず、均質かつ高強度な接合部を大量かつ高効率に製造することができる金属と熱可塑性樹脂との直接接合方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1】本発明の金属フッ素樹脂直接接合方法の工程図である。
図2】本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法で得られる接合体の一例を示す概略断面図である(熱可塑性樹脂がフッ素樹脂の場合)。
図3】本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法で得られる接合体の一例を示す概略断面図である(熱可塑性樹脂がフッ素樹脂以外の場合)。
図4】ステンレス鋼材表面に形成された表面改質領域のSEM観察画像である。
図5】表面改質領域の断面のTEM観察画像である。
図6】実施例で得られた金属フッ素樹脂接合体の外観写真である。
図7】せん断引張試験後の金属フッ素樹脂接合体の外観写真である。
図8】金属フッ素樹脂接合体の剥離領域のSTEM-EDS分析結果である。
図9】レーザ照射設定温度とせん断引張強度の関係を示すグラフである。
図10】レーザ照射設定温度と最高到達温度の関係を示すグラフである。
図11】接合圧力とせん断引張強度の関係を示すグラフである。
図12】接合界面温度とせん断引張強度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、図面を参照しながら本発明の熱可塑性樹脂と金属の接合方法の代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一または相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0044】
1.熱可塑性樹脂がフッ素樹脂の場合
(1)フッ素樹脂と金属の接合方法
図1は、本発明の金属フッ素樹脂直接接合方法の工程図である。本発明の金属フッ素樹脂直接接合方法は、金属材に表面改質領域を形成する第一工程(S01)と、被接合界面を形成する第二工程(S02)と、被接合界面を昇温して接合を達成する第三工程(S03)と、を有している。以下、各工程について詳述する。
【0045】
(1-1)第一工程(S01:表面改質領域形成工程)
第一工程(S01)は、強固な接合界面の形成に寄与する表面改質領域を得るための工程である。表面改質領域には、5~500nmの粒径を有する金属酸化物粒子が連続的に接合されてなる金属酸化物粒子クラスターであって、最大高さ(Sz)が50nm~3μmの金属酸化物粒子クラスターを形成する。
【0046】
金属材側の被接合界面となる金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm~3μmとすることで、第三工程(S03)における金属酸化物粒子クラスターとフッ素樹脂材との密着性を担保することができる。金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm以上とすることで、フッ素樹脂の充填によって接合部の強度を向上させることができ、3μm以下とすることで、フッ素樹脂が充填されずに空隙のまま残存することを抑制できる。より好ましい金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)は100nm~2μmであり、最も好ましい最大高さ(Sz)は200nm~1μmである。
【0047】
また、金属酸化物粒子の粒径を50~200nmとすることが好ましい。金属酸化物粒子の粒径を50nm以上とすることで、金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm以上とすることが容易になる。また、金属酸化物粒子の粒径を200nm以下とすることで、金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を3μm以下とすることが容易になる。加えて、金属酸化物粒子の粒径を50~200nmとすることで、当該金属酸化物粒子の表面においてフッ素樹脂材が加熱された際に、当該フッ素樹脂材のC-F結合の解離を促進することができる。
【0048】
第一工程(S01)において、具体的には、酸化性雰囲気下において金属材の表面にパルスレーザを照射する。第一工程で用いるレーザは、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に制限されず、従来公知の種々のレーザを用いることができ、例えば、金属材を効率的に加熱できる半導体レーザを好適に用いることができる。
【0049】
パルスレーザの1パルスの照射エネルギーは0.2~1.0mjとすることが好ましい。パルスレーザの1パルスの照射エネルギーを0.2~1.0mjとすることで、照射領域に5~500nmの粒径を有する金属酸化物粒子が連続的に接合されてなる金属酸化物粒子クラスターを形成すると共に、当該金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm~3μmとすることができる。
【0050】
また、酸化性雰囲気の種類は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、パルスレーザの照射によって金属材の表面に金属酸化物粒子クラスターが形成される雰囲気とすればよく、例えば、大気中で処理を施せばよい。
【0051】
また、表面改質領域は金属材の被接合界面に形成させればよいが、当該表面改質領域を被接合界面の20%以上の面積とすることが好ましい。表面改質領域を被接合界面の20%以上の面積とすることで、接合部全体として高い継手強度と信頼性を担保することができる。また、表面改質領域は面状に形成してもよく、例えば、線状等として適当なパターンを描いてもよい。
【0052】
(1-2)第二工程(S02:被接合界面形成工程)
第二工程(S02)は、第一工程(S01)で表面改質領域を形成させた金属材とフッ素樹脂材とを当接させて、被接合界面を形成させるための工程である。
【0053】
ここで、金属材とフッ素樹脂材とは、平面同士を当接させて一般的な重ね合わせの状態としてもよく、例えば、フッ素樹脂材の表面に金属材の端面を当接させ、所謂T字継手の状態としてもよい。
【0054】
また、金属材とフッ素樹脂材とを重ね継手の状態とする場合、どちらか一方又は両方の被接合材の表面に耐熱性ガラス板等を当接させて全面拘束することで、被接合材同士をより密着させることができ、レーザ照射時の被接合界面のずれ等を抑制することができる。なお、耐熱性ガラスはレーザの透過性に優れたものを用いることが好ましい。
【0055】
被接合材として用いるフッ素樹脂は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知のフッ素樹脂を用いることができる。当該フッ素樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE、融点:327℃)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE、融点:220℃)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF、融点:151~178℃)、ポリビニルフルオライド(PVF、融点203℃)、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP、融点:250~275℃)、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA、融点:302~310℃)、テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体(ETFE、融点:218~270℃)、テトラフルオロエチレン-パーフルオロジオキソール共重合体(TFE/PDD)、クロロトリフルオロエチレン-エチレン共重合体(ECTFE、融点:245℃)などを挙げることができるが、本発明のフッ素樹脂の接合方法では接着剤を用いることなく高温強度に優れた接合部を得ることができることから、融点の高いポリテトラフルオロエチレン(PTFE、融点:327℃)を用いることが好ましい。
【0056】
被接合材として用いる金属材は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の金属材を用いることができ、例えば、ステンレス鋼、チタン、チタン合金、アルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウム、マグネシウム合金、銅、銅合金等を用いることができるが、比強度の観点からはアルミニウム、アルミニウム合金、チタン及びチタン合金を用いることが好ましく、耐食性等の観点からは、ステンレス鋼、チタン及びチタン合金を用いることが好ましい。
【0057】
(1-3)第三工程(S03:昇温工程)
第三工程(S03)は、レーザ照射によって第二工程(S02)で形成させた被接合界面を昇温し、接合を達成する工程である。
【0058】
第三工程(S03)においては、フッ素樹脂材が透明な場合はフッ素樹脂材側からパルスレーザを照射し、フッ素樹脂材が不透明な場合は金属材側からパルスレーザを照射することが好ましい。フッ素樹脂材が透明な場合はフッ素樹脂材側からパルスレーザを照射し、フッ素樹脂材が不透明な場合は金属材側からパルスレーザを照射することで、被接合界面の温度を効率的に上昇させることができる。また、金属材側からレーザ照射することにより、フッ素樹脂材の種類に依らず被接合材として用いることができる。更に、金属材側から加熱することにより、フッ素樹脂材側に空間を設けることができ、必要に応じて当該フッ素樹脂材表面から加圧することができる。
【0059】
第三工程(S03)においては、被接合界面に5MPa以上の圧力を印加することが好ましい。被接合界面に5MPa以上の圧力を印加することで、フッ素樹脂材と金属材(金属酸化物粒子クラスター)を密着させることができ、強固な接合部を得ることができる。加えて、昇温に伴って接合部に気泡等が形成される場合であっても、当該気泡を系外に排出させることができる。
【0060】
本発明の金属フッ素樹脂直接接合方法によって得られる接合部は十分に高い強度を有しているが、加圧工程を加えることで、品質のばらつきを小さくすることができる。当該加圧により、例えば、軟化したフッ素樹脂材が金属材の熱影響部の範囲を超えて広がることから、金属材とフッ素樹脂材との接合界面を拡大することができる。
【0061】
被接合界面を加圧する場合、第二工程(S02)において、どちらか一方又は両方の被接合材の表面に耐熱性ガラス板等を当接させて全面拘束することで、より容易に被接合界面を押圧することができる。
【0062】
なお、レーザ出力、走査速度及び焦点距離等のレーザ照射に関するプロセスパラメータについては、被接合材の種類、大きさ、被接合界面の面積及び継手に要求される機械的性質等に応じて適当に選択すればよい。
【0063】
(2)金属樹脂接合体
図2は、本発明の金属フッ素樹脂直接接合方法で得られる継手の一例を示す概略断面図である。金属フッ素樹脂接合体2は、フッ素樹脂材4と金属材6との重ね接合部材であって、フッ素樹脂材4と金属材6とは直接接合されている。金属樹脂接合体2は、フッ素樹脂材4と金属材6とが直接接合されたものであり、接合部8に接着剤やリベット等は使用されていない。なお、金属樹脂接合体2は、上述の本発明のフッ素樹脂の接合方法によって好適に製造することができる。
【0064】
金属フッ素樹脂接合体2においては、フッ素樹脂材4と金属材6とが強固に接合されており、フッ素樹脂材4と金属材6を強制剥離させると、TEM観察や高倍率のSEM観察によって、接合界面において繊維状に伸長したフッ素樹脂材4を観察することができる。また、金属フッ素樹脂接合体2にせん断引張試験を行うと、フッ素樹脂材4が伸長する程度の優れた引張特性を示す。
【0065】
また、接合界面においてはフッ素樹脂材4のC-F結合がC-O-O、C-O及びC=O等の結合に変化している。その結果、例えば、上記の繊維状に伸長したフッ素樹脂材4を元素分析すると、CやOと比較してFの検出量は極めて小さくなる。
【0066】
2.熱可塑性樹脂がフッ素樹脂以外の場合
(1)熱可塑性樹脂と金属の接合方法
熱可塑性樹脂がフッ素樹脂以外の場合であっても、図1に示す工程図に従うことで良好な接合部を得ることができる。以下、各工程について詳述する。
【0067】
(1-1)第一工程(S01:表面改質領域形成工程)
第一工程(S01)は、強固な接合界面の形成に寄与する表面改質領域を得るための工程である。表面改質領域には、5~500nmの粒径を有する金属酸化物粒子が連続的に接合されてなる金属酸化物粒子クラスターであって、最大高さ(Sz)が50nm~3μmの金属酸化物粒子クラスターを形成する。
【0068】
金属材側の被接合界面となる金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm~3μmとすることで、第三工程(S03)における金属酸化物粒子クラスターと熱可塑性樹脂材との密着性を担保することができる。金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm以上とすることで、熱可塑性樹脂の充填によって接合部の強度を向上させることができ、3μm以下とすることで、熱可塑性樹脂が充填されずに空隙のまま残存することを抑制できる。より好ましい金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)は100nm~2μmであり、最も好ましい最大高さ(Sz)は200nm~1μmである。
【0069】
また、金属酸化物粒子の粒径を50~200nmとすることが好ましい。金属酸化物粒子の粒径を50nm以上とすることで、金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm以上とすることが容易になる。また、金属酸化物粒子の粒径を200nm以下とすることで、金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を3μm以下とすることが容易になる。加えて、金属酸化物粒子の粒径を50~200nmとすることで、当該金属酸化物粒子の表面において熱可塑性樹脂材が加熱された際に、当該熱可塑性樹脂材のC-H結合等の解離を促進することができる。
【0070】
第一工程(S01)において、具体的には、酸化性雰囲気下において金属材の表面にパルスレーザを照射する。第一工程で用いるレーザは、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に制限されず、従来公知の種々のレーザを用いることができ、例えば、金属材を効率的に加熱できる半導体レーザを好適に用いることができる。
【0071】
パルスレーザの1パルスの照射エネルギーは0.2~1.0mjとすることが好ましい。パルスレーザの1パルスの照射エネルギーを0.2~1.0mjとすることで、照射領域に5~500nmの粒径を有する金属酸化物粒子が連続的に接合されてなる金属酸化物粒子クラスターを形成すると共に、当該金属酸化物粒子クラスターの表面の最大高さ(Sz)を50nm~3μmとすることができる。
【0072】
また、酸化性雰囲気の種類は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、パルスレーザの照射によって金属材の表面に金属酸化物粒子クラスターが形成される雰囲気とすればよく、例えば、大気中で処理を施せばよい。
【0073】
また、表面改質領域は金属材の被接合界面に形成させればよいが、当該表面改質領域を被接合界面の20%以上の面積とすることが好ましい。表面改質領域を被接合界面の20%以上の面積とすることで、接合部全体として高い継手強度と信頼性を担保することができる。また、表面改質領域は面状に形成してもよく、例えば、線状等として適当なパターンを描いてもよい。
【0074】
(1-2)第二工程(S02:被接合界面形成工程)
第二工程(S02)は、第一工程(S01)で表面改質領域を形成させた金属材と熱可塑性樹脂材とを当接させて、被接合界面を形成させるための工程である。
【0075】
ここで、金属材と熱可塑性樹脂材とは、平面同士を当接させて一般的な重ね合わせの状態としてもよく、例えば、熱可塑性樹脂材の表面に金属材の端面を当接させ、所謂T字継手の状態としてもよい。
【0076】
また、金属材と熱可塑性樹脂材とを重ね継手の状態とする場合、どちらか一方又は両方の被接合材の表面に耐熱性ガラス板等を当接させて全面拘束することで、被接合材同士をより密着させることができ、レーザ照射時の被接合界面のずれ等を抑制することができる。なお、耐熱性ガラスはレーザの透過性に優れたものを用いることが好ましい。
【0077】
また、第三工程における被接合材の位置変化を防止するために、金属材及び熱可塑性樹脂材の位置を適当な治具を用いて拘束する(被接合界面を密着させる)ことが好ましい。ここで、用いる治具については特に限定されず、従来周知の種々の治具を用いることができる。
【0078】
被接合材として用いる熱可塑性樹脂は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の汎用プラスチック、エンジニアリングプラスチック及びスーパーエンジニアリングプラスチックを好適に用いることができる。より具体的には、例えば、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン(PS)、ポリアセタール(POM)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ABS樹脂(ABS)、ポリアミド(PA)、ポリカーボネート(PC)、PET(Polyethylene Terephthalate)、及び種々の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)やガラス繊維強化プラスチック(GFRP)等を用いることができる。
【0079】
被接合材として用いる金属材は、本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の金属材を用いることができ、例えば、鋼材、アルミニウム材、アルミニウム合金材、チタン材、チタン合金材、ニッケル‐チタン合金材、銅材及び銅合金材のうちのいずれかを用いることができるが、比強度の観点からはアルミニウム、アルミニウム合金、チタン及びチタン合金を用いることが好ましく、耐食性等の観点からは、ステンレス鋼、チタン及びチタン合金を用いることが好ましく、材料コストの観点からは、亜鉛メッキ鋼板を含む種々の炭素鋼を用いることが好ましい。
【0080】
(1-3)第三工程(S03:昇温工程)
第三工程(S03)は、レーザ照射によって第二工程(S02)で形成させた被接合界面を昇温し、接合を達成する工程である。
【0081】
第三工程(S03)においては、熱可塑性樹脂材が透明な場合は熱可塑性樹脂材側からパルスレーザを照射し、熱可塑性樹脂材が不透明な場合は金属材側からパルスレーザを照射することが好ましい。熱可塑性樹脂材が透明な場合は熱可塑性樹脂材側からパルスレーザを照射し、熱可塑性樹脂材が不透明な場合は金属材側からパルスレーザを照射することで、被接合界面の温度を効率的に上昇させることができる。また、金属材側からレーザ照射することにより、熱可塑性樹脂材の種類に依らず被接合材として用いることができる。更に、金属材側から加熱することにより、熱可塑性樹脂材側に空間を設けることができ、必要に応じて当該熱可塑性樹脂材表面から加圧することができる。
【0082】
第三工程(S03)における被接合界面の温度(T)は、関係式(1):熱可塑性樹脂材の融点(℃)≦T≦熱可塑性樹脂材の熱分解温度を満たすことが好ましい。被接合界面の温度(T)を熱可塑性樹脂材の融点(℃)以上とすることで、金属材の表面に形成された表面改質領域と熱可塑性樹脂材が良好に密着すると共に、熱可塑性樹脂材のC-H結合等の解離が金属酸化物粒子クラスターによって促進され、効率的に強固な接合部を得ることができる。一方で、被接合界面の温度(T)を熱可塑性樹脂材の熱分解温度以下とすることで、入熱過多による熱可塑性樹脂材の強度低下等を抑制することができる。ここで、被接合界面の温度(T)は、例えば、金属材側の被接合界面中央にK型熱電対を取り付けることで測定することができる。
【0083】
また、第三工程(S03)においては、被接合界面に0超0.8MPa以下の圧力を印加することが好ましい。被接合界面に圧力を印加することで、金属材と熱可塑性樹脂材との密着性が向上し、欠陥の形成を抑制すると共に接合界面の接合強度を向上させることができる。一方で、印加圧力を0.8MPa以下とすることで、接合界面近傍において熱可塑性樹脂のスキン層とバルク層が形成することを抑制でき、スキン層とバルク層の層間からの破断の進行を抑制することができる。ここで、被接合界面への印加圧力は、例えば、被接合部に耐熱感圧シートを配置することで測定することができる。
【0084】
本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法によって得られる接合部は十分に高い強度を有しているが、加圧工程を加えることで、品質のばらつきを小さくすることができる。当該加圧により、例えば、軟化した熱可塑性樹脂材が金属材の熱影響部の範囲を超えて広がることから、金属材と熱可塑性樹脂材との接合界面を拡大することもできる。
【0085】
被接合界面を加圧する場合、第二工程(S02)において、どちらか一方又は両方の被接合材の表面に耐熱性ガラス板等を当接させて全面拘束することで、より容易に被接合界面を押圧することができる。
【0086】
また、第三工程(S03)は、金属材及び熱可塑性樹脂材の被接合界面を密着させた状態で遂行し、第三工程(S03)の後、接合界面の温度が熱可塑性樹脂材の融点(℃)の80%以下になるまで密着状態を維持することが好ましい。接合プロセス中に被接合界面を密着させるためには、第三工程(S03)において金属材及び熱可塑性樹脂材の位置を適当な治具を用いて拘束することが好ましいが、接合界面の温度が熱可塑性樹脂材の融点以上及び融点付近の場合は接合界面の状態が不安定であり、当該状態で拘束を除去すると十分な接合強度を得ることができない。これに対し、接合界面の温度が熱可塑性樹脂材の融点(℃)の80%以下になるまで前記拘束を維持することで、安定的に高強度な接合界面を得ることができる。
【0087】
なお、レーザ出力、走査速度及び焦点距離等のレーザ照射に関するプロセスパラメータについては、被接合材の種類、大きさ、被接合界面の面積及び継手に要求される機械的性質等に応じて適当に選択すればよい。
【0088】
(2)金属樹脂接合体
図3は、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法で得られる継手の一例を示す概略断面図である。金属熱可塑性樹脂接合体12は、熱可塑性樹脂材14と金属材6との重ね接合部材であって、熱可塑性樹脂材14と金属材6とは直接接合されている。金属熱可塑性樹脂接合体12は、熱可塑性樹脂材14と金属材6とが直接接合されたものであり、接合部8に接着剤やリベット等は使用されていない。なお、金属熱可塑性樹脂接合体12は、上述の本発明の熱可塑性樹脂の接合方法によって好適に製造することができる。
【0089】
金属熱可塑性樹脂接合体12においては、熱可塑性樹脂材14と金属材6とが強固に接合されており、熱可塑性樹脂材14と金属材6を強制剥離させると、TEM観察や高倍率のSEM観察によって、接合界面において伸長した熱可塑性樹脂材14を観察することができる。また、金属熱可塑性樹脂接合体12にせん断引張試験を行うと、熱可塑性樹脂材14が伸長する程度の優れた引張特性を示す。
【0090】
また、金属熱可塑性樹脂接合体12に対して適切な引張試験を行うと、熱可塑性樹脂材14と金属材6が強固に接合されていることから、熱可塑性樹脂材14側での伸長や破断を認めることができる。なお、引張試験は、樹脂-金属接合特性評価試験方法の国際規格であるISO19095に基づいて行うことが好ましい。これまでの規格による試験では接合部分より弱い樹脂部分が先に破断してしまい、接合特性の定量化が困難であったが、ISO19095では、試験片形状の最適化や補助治具の使用により、樹脂部分の破壊を防ぐことができるため、接合界面の強度を測定することができる。
【0091】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0092】
1.熱可塑性樹脂がフッ素樹脂の場合
≪実施例1≫
本発明の金属フッ素樹脂直接接合方法を用いて、フッ素樹脂材とステンレス鋼材との直接接合を行った。フッ素樹脂材はポリテトラフルオロエチレン(PTFE)とし、ニチアス株式会社製のナフロンTOMBO No.9000(板厚1mm)を25mm×50mmに切断して一方の被接合材とした。また、金属材はSUS304ステンレス鋼(板厚0.5mm)とし、25mm×100mmに切断して他方の被接合材とした。
【0093】
ステンレス鋼材の被接合界面となる領域に対して大気中にてレーザ照射を施し、表面改質領域を形成させた(第一工程)。レーザにはIPG社製のYLPパルスレーザを用い、レーザの照射条件は平均出力:50W(1パルスのエネルギー:1mj)、フォーカス径:59μm、走査速度:15000588.5μm/sとした。また、レーザ照射のピッチ及びオフセットを共に60μmとし、被接合界面の全域に表面改質領域を形成させた。
【0094】
ステンレス鋼材表面に形成された表面改質領域のSEM写真(低倍及び高倍)を図4に示す。SEM観察には、日本電子株式会社製のJSM-7100Fを用いた。高倍のSEM写真によって、表面改質領域には5~100nm程度の粒径を有する粒子が連続的に接合されてなるクラスターが形成していることが分かる。また、当該クラスターについてSEMに付随するエネルギー分散形X線分析装置(JED-2300 Analysis Station Plus)を用いてSEM-EDS分析を行ったところ、主としてOとFe等の金属元素が検出された。具体的には、クラスターに対する点分析結果は、Fe:28.0at%,O:26.2at%,Cr:21.9at%,C:17.2at%,Ni:4.8at%,Mn:1.5at%,Si:0.4at%となった。これらの結果は、表面改質領域に微細な金属酸化物粒子が連続的に接合されてなるクラスターが形成していることを示している。
【0095】
表面改質領域の断面について、TEM観察を行った。TEM観察には日本電子株式会社製のJEM-ARM200Fを用いた。得られたTEM観察画像を図5に示す。金属酸化物粒子からなるクラスターの表面は比較的平滑な状態になっており、最大高さ(Sz)は50nm~3μmとなっていることが分かる。
【0096】
第一工程の後、表面改質領域にPTFE板を重ね合わせ(第二工程)、ステンレス鋼板側からレーザを照射して金属フッ素樹脂接合体を得た(第三工程)。第三工程ではLaserline社製の4kw半導体レーザを用い、光学系にズームホモジナイザーを用いて3mm×40mmのラインレーザとし、出力200w、走査速度0.5mm/sで25mm走査させた。また、第三工程において、被接合界面には約5MPaの圧力を印加した。金属フッ素樹脂接合体の接合部は、板幅25mmに対して15mmの接合長となっており、25mm×15mmの接合領域が形成されている。得られた金属フッ素樹脂接合体の外観写真を図6に示す。
【0097】
同様の方法で5本の金属フッ素樹脂接合体を作製し、得られた接合体のせん断引張強度を測定した。せん断引張試験の前に金属フッ素樹脂接合体を-30℃にて10分間保持し、引張速度は10mm/分とした。得られたせん断引張特性を表1に示す。また、せん断引張試験後の金属フッ素樹脂接合体の外観写真を図7に示す。
【0098】
【表1】
【0099】
全ての金属フッ素樹脂接合体でPTFE板が伸長し、荷重は500N以上の高い値を示した。せん断引張試験においてPTFE板が破断しており、素材強度を上回る接合強度が得られていることが分かる。
【0100】
また、金属フッ素樹脂接合体について、ステンレス鋼板とPTFE板を強制的に剥離させ、完全分離する直前の試料をSTEM-EDS分析した。得られたSTEM-EDS分析結果を図8に示す。PTFEは金属酸化物粒子クラスターに接合したまま繊維状に伸長し、接合界面に空隙が生じている。また、EDS分析において、C及びOは明瞭に検出されるが、Fは殆ど検出されなかった。当該結果は、PTFEのC-F結合がC-O-O、C-O及びC=O等の結合に変化していることを示唆している。
【0101】
2.熱可塑性樹脂がフッ素樹脂以外の場合
≪実施例2≫
本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法を用いて、金属材と熱可塑性樹脂材との直接接合を行った。金属材は2mm×25mm×100mmのステンレス鋼(SUS304)板とし、熱可塑性樹脂材は2mm×30mm×100mmのポリプロピレン(PP)板とした。
【0102】
ステンレス鋼材の被接合界面となる領域(25mm×15mm)に対して、実施例1と同様にして、表面改質領域を形成させた(第一工程)。
【0103】
第一工程の後、表面改質領域にポリプロピレン板を重ね合わせ(第二工程)、ステンレス鋼板側からレーザを照射して金属熱可塑性樹脂接合体を得た(第三工程)。第三工程ではLaserline社製の4kw半導体レーザを用い、光学系にズームホモジナイザーを用いて5mm×25mmのラインレーザとした。また、接合温度が一定となるように、レーザ出力を可変とする温度フィードバック制御を利用した。レーザ走査速度は1mm/sとし、レーザ走査距離は15mmとした。
【0104】
また、第三工程においては、レーザ照射部を加圧するための石英製ガラス棒をステンレス鋼板の上に設置し、ポリプロピレン板の下側から加圧した状態でレーザ照射を施した。
【0105】
(1)接合強度に及ぼす接合温度の影響
第三工程における接合部への印加圧力を0.29MPaとし、レーザ照射設定温度を230℃、280℃及び350℃として接合体を得た。ここで、被接合材は位置が変化しないように治具で拘束し、接合部の温度が室温程度なった後に治具を取り外した。得られた各接合体について、せん断引張試験を施して接合部の強度を評価した。せん断引張試験には島津製作所製の精密万能試験機オートグラフ(AGX-50KNVD)を用いた。得られた結果を図9に示す。
【0106】
レーザ照射設定温度を230℃とした場合、全ての接合体において接合界面からの剥離による破断となり、入熱不足によって十分な接合強度が得られなかったものと考えられる。これに対し、レーザ照射設定温度を280℃とした場合、接合体においてポリプロピレンが伸長し、接合界面やポリプロピレン材から破断することはなかった(ポリプロピレンが25mm伸長した時点で測定を終了した。)。また、レーザ照射設定温度を350℃とした場合、接合界面からの破断は認められなかったが、ポリプロピレンが伸長した後、破断に至った。ポリプロピレンにおける破断は、レーザ照射による過剰な入熱に起因するポリプロピレンの劣化が原因であると考えられる。
【0107】
レーザ照射設定温度による接合温度の制御の正確性を検証するため、第三工程における接合界面の温度測定を実施した。具体的には、ステンレス鋼材側の接合界面中央にK型熱電対を取り付け、キーエンス製のデータロガー(NR600)を用いて測温結果を記録した。得られた結果を図10に示す。レーザ照射設定温度と測定された接合温度(最高到達温度)はよい一致を示しており、レーザ照射設定温度は接合温度と見做してもよいことが確認された。
【0108】
(2)接合強度に及ぼす接合圧力の影響
第三工程におけるレーザ照射設定温度を280℃とし、接合部への印加圧力を0.29MPa、0.80MPa、1.25MPa及び1.74MPaとして接合体を得た。接合部への印加圧力は、被接合界面部にニッタ製の耐熱感圧シートを設置して測定した。ここで、被接合材は位置が変化しないように治具で拘束し、接合部の温度が室温程度なった後に治具を取り外した。得られた各接合体の接合強度はせん断引張試験によって評価した。せん断引張試験には島津製作所製の精密万能試験機オートグラフ(AGX-50KNVD)を用いた。なお、ポリプロピレンが25mm伸長した時点で測定を終了した。得られた結果を表2及び図11に示す。
【0109】
【表2】
【0110】
接合部への印加圧力が0.80MPa以上の場合、せん断引張試験においてポリプロピレンや接合界面で破断する結果となり、ポリプロピレンの十分な伸長は認められなかった。接合界面に一定以上の圧力を印加した状態で加熱し、樹脂の膨張・収縮に伴う形状変化が生じると、樹脂のスキン層とバルク層の界面で破断が進行するためであると考えらえる。
【0111】
(3)接合強度に及ぼす接合部拘束時間の影響
レーザ照射設定温度を280℃、接合部への印加圧力を0.29MPaとして接合体を得た。ここで、被接合材は位置が変化しないように治具で拘束し、第三工程終了後、0~60秒後に治具を取り外した。得られた各接合体の接合強度はせん断引張試験によって評価した。せん断引張試験には島津製作所製の精密万能試験機オートグラフ(AGX-50KNVD)を用いた。なお、ポリプロピレンが25mm伸長した時点で測定を終了した。得られた結果を表3に示す。
【0112】
【表3】
【0113】
レーザ照射後、直ぐに拘束状態を開放した場合、接合界面からの破断となり、最大試験力の値も小さくなっている。これに対し、治具を取り外すまでの時間の延長に伴い、破断形態が良好となり、60秒後に取り外した場合は全ての接合体において十分なポリプロピレンの伸長が認められ、最大試験力の値も大きくなっている。
【0114】
ステンレス鋼材側の接合界面中央に設置したK型熱電対で測定したレーザ照射後の接合界面温度とせん断引張試験における最大試験力の関係を図12に示す。レーザ照射直後の接合界面温度は272℃、30秒経過後の接合界面温度は130℃、60秒経過後の接合界面温度は78℃となっている。当該結果より、接合界面温度を低下させた後に拘束状態を開放することで、良好な接合部が得られることが分かる。
【0115】
≪実施例3≫
本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法を用いて、種々の金属材と熱可塑性樹脂材との直接接合を行った。被接合材の種類及び接合条件を表4に示す。また、得られた各接合体についてせん断引張試験を行い、接合部の強度を評価した。せん断引張試験には島津製作所製の精密万能試験機オートグラフ(AGX-50KNVD)を用いた。樹脂材が25mm伸長した時点で測定を終了した。得られた結果を表4に示す。
【0116】
【表4】
【0117】
ここで、長炭素繊維強化ポリアミド6は東レ株式会社製のTLP1040、PETは東洋紡株式会社製のEMC-500、ガラス繊維強化PETは東洋紡株式会社製のEMC-330、耐衝撃性ナイロンは東レ株式会社製のナノアレイである。また、被接合材のサイズ等、表4に示していない条件は実施例2と同様である。
【0118】
表4より、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法を用いることで、様々な組合せの金属材と熱可塑性樹脂材とを直接接合することができ、得られる接合部は高い強度を有していることが分かる。
【0119】
≪比較例≫
金属板に表面改質領域を形成させないこと以外は、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法と同様の接合条件を用いて、種々の金属材と熱可塑性樹脂材との直接接合を行った。被接合材の種類及び接合条件を表5に示す。具体的な熱可塑性樹脂材の種類は実施例と同様であり、被接合材のサイズ等の表5に示されていない条件も実施例と同様である。また、得られた各接合体についてせん断引張試験を行い、接合部の強度を評価した。得られた結果を表5に示す。
【0120】
【表5】
【0121】
表5より、本発明の金属熱可塑性樹脂直接接合方法と同様の接合条件を用いた場合であっても、金属板に表面改質領域を形成させない場合は、せん断引張試験において樹脂材が十分に伸長する十分に高い強度を有する接合部を得ることができないことが分かる。
【符号の説明】
【0122】
2・・・金属フッ素樹脂接合体、
4・・・フッ素樹脂材、
6・・・金属材、
8・・・接合部。
12・・・金属熱可塑性樹脂接合体、
14・・・熱可塑性樹脂材。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12