(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-19
(45)【発行日】2022-04-27
(54)【発明の名称】摺動部材と摺動機械
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20220420BHJP
C10M 169/04 20060101ALI20220420BHJP
F16C 33/24 20060101ALI20220420BHJP
F04C 15/00 20060101ALI20220420BHJP
F04C 2/344 20060101ALI20220420BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20220420BHJP
C10N 40/25 20060101ALN20220420BHJP
C10N 40/04 20060101ALN20220420BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20220420BHJP
C10N 10/12 20060101ALN20220420BHJP
【FI】
C23C14/06 F
C10M169/04
F16C33/24 Z
C23C14/06 P
F04C15/00 D
F04C2/344 331A
C10N40:02
C10N40:25
C10N40:04
C10N30:06
C10N10:12
(21)【出願番号】P 2018081180
(22)【出願日】2018-04-20
【審査請求日】2021-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥山 勝
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】遠山 護
(72)【発明者】
【氏名】江本 憲幸
(72)【発明者】
【氏名】吉田 尚仁
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-017174(JP,A)
【文献】特開2017-133049(JP,A)
【文献】国際公開第2017/104822(WO,A1)
【文献】特開2017-179157(JP,A)
【文献】国際公開第2018/155385(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
C10M 169/04
F16C 33/24
F04C 15/00
F04C 2/344
C10N 40/02
C10N 40/25
C10N 40/04
C10N 30/06
C10N 10/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油の存在する湿式条件下で摺動する摺動面を有する摺動部材であって、
該摺動面は、上層と下層を有する積層膜により被覆されており、
該下層は、水素フリー非晶質炭素(「水素フリーDLC」という。)と該水素フリーDLC上または該水素フリーDLC中に分散した炭素粒子とからなると共に、該下層全体を100atom%としたときに水素含有量が5atom%以下であり、
該上層は、該上層全体を100atom%としたときにホウ素含有量が1~40atom%であるホウ素含有非晶質炭素(「B-DLC」という。)からなると共に、該下層の炭素粒子に沿って該上層の表面側に突出した突起を有し、
該突起は、粒径が0.5~5μmであると共に20個/100μm
2以上存在する摺動部材。
【請求項2】
前記B-DLCは、厚さが0.2~3μmであり、
前記水素フリーDLCは、厚さが0.5~5μmである請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記B-DLCは、硬度が15~35GPaであり、
前記水素フリーDLCは、硬度が40~70GPaである
請求項1または2に記載の摺動部材。
【請求項4】
相対移動し得る対向した摺動面を有する一対の摺動部材と、
該対向する摺動面間に介在する潤滑油とを備え、
該摺動部材の少なくとも一方は請求項1~3のいずれかに記載した摺動部材からなる摺動機械。
【請求項5】
前記潤滑油を圧送するオイルポンプである請求項4に記載の摺動機械。
【請求項6】
前記一対の摺動部材は、ベーンとカムリングであり、
前記オイルポンプは、ベーン式ポンプであり、
該ベーンは、前記積層膜で被覆された摺動面を先端側に有する請求項5に記載の摺動機械。
【請求項7】
前記カムリングは、鉄基焼結材からなる請求項6に記載の摺動機械。
【請求項8】
該潤滑油は、Moの三核体からなる化学構造を有する油溶性モリブデン化合物を、該潤滑油全体に対するMoの質量割合で200~1000ppm含む請求項4~7のいずれかに記載の摺動機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油の存在下で摺動する摺動部材等に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の燃費向上等を図るため、各摺接面間(摺動面間を含む)の低摩擦化が図られている。摺接面間の摩擦係数は、対向する摺接面の表面性状やそれらの間に介在する潤滑油の特性とに大きく依存し得る。
【0003】
そこで、潤滑油下で用いる摺動部材の摺動面を、種々の非晶質炭素膜(単に「DLC膜」ともいう。)で被覆する提案がなされており、下記の特許文献に関連した記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平8-177772号公報
【文献】特開2011-32429号公報
【文献】特開2014-145098号公報
【文献】特開2014-224239号公報
【文献】特開2015-193918号公報
【文献】特開2017-133574号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した特許文献の内、特許文献5にはケイ素含有非晶質炭素(Si-DLC)からなる下地層とホウ素含有非晶質炭素(B-DLC)からなる最表層とからなる積層膜で摺動面が被覆された摺動部材に関する記載がある。また、特許文献6には、摺動面をB-DLC膜で被覆した湿式無段変速機の内接式オイルポンプに関する記載がある。もっとも、いずれの被膜も、その最表面は当初から平滑化されていた。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来にない新たな形態の被膜を摺動面に設けることにより、低摩擦化を図れる摺動部材等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、少なくとも摺動初期の最表面に、微細な突起を有する積層膜で摺動面を被覆することにより、摺動部材の低摩擦化を図れることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0008】
《摺動部材》
(1)本発明は、潤滑油の存在する湿式条件下で摺動する摺動面を有する摺動部材であって、該摺動面は、上層と下層を有する積層膜により被覆されており、該下層は、水素フリー非晶質炭素(「水素フリーDLC」という。)と該水素フリーDLC上または該水素フリーDLC中に分散した炭素粒子とからなると共に、該下層全体を100atom%としたときに水素含有量が5atom%以下であり、該上層は、該上層全体を100atom%としたときにホウ素含有量が1~40atom%であるホウ素含有非晶質炭素(「B-DLC」という。)からなると共に、該下層の炭素粒子に沿って該上層の表面側に突出した突起を有し、該突起は、粒径が0.5~5μmであると共に20個/100μm2以上存在する摺動部材である。
【0009】
(2)本発明の摺動部材によれば、摺動面の低摩擦化やその摺動部材を用いた摺動機械の損失低減を図れる。
【0010】
このような優れた効果が得られる理由は必ずしも定かではないが、次のように考えられる。低摩擦化の発現は、摺動面に設けられた積層膜の上層を構成するB-DLCの寄与に加えて、その上層表面に出現した突起の影響も大きいと考えられる。例えば、本発明の摺動部材を備えた摺動機械を潤滑油下で作動させると、最表面側にある多数の突起が相手材の摺動面を平滑化させ得る。勿論、その際には、上層表面も併せて平滑化され得る。この場合、摺動機械の運転開始から相応な時間が経過すると、対向する摺動面間が相互に平滑化することになり、上述した低摩擦化がより高次元で達成され得る。なお、上層側の突起自体は摩耗しても、それを下支えする硬質な炭素粒子は残存し得るため、積層膜が設けられた摺動面が過度に摩耗することも抑止され得る。
【0011】
《摺動機械》
本発明は、上述した摺動部材を用いた摺動機械としても把握できる。すなわち本発明は、相対移動し得る対向した摺動面を有する一対の摺動部材と、該対向する摺動面間に介在する潤滑油とを備え、該摺動部材の少なくとも一方が上述した摺動部材からなる摺動機械でもよい。
【0012】
《その他》
特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】ベーン式オイルポンプの摩擦損失の内訳を示す円グラフである。
【
図3】ベーン式オイルポンプのベーン(供試材)を示す斜視図である。
【
図6】そのSEM像に基づく突起の測定例を示す図である。
【
図8】微粒子含有積層膜をAESで分析して得られた組成分布図である。
【
図9】微粒子多含有積層B-DLC膜の断面を観察したTEM像である。
【
図10】微粒子多含有積層B-DLC膜の下層に係るラマン分析スペクトルである。
【
図11】その微粒子部とDLC膜部に関する電子線回折パターンである。
【
図12】試験前のベーンの表面粗さ形状を示す図である。
【
図13】試験前のベーンとカムリングの表面粗さ形状を示す図である。
【
図14】ブロックオンリング摩擦試験の説明図である。
【
図15】Mo三核体含有量と摩擦係数の関係を示すグラフである。
【
図16】Mo三核体含有量と摩耗深さの関係を示すグラフである。
【
図17】オイルポンプの摩擦損失トルクを比較した棒グラフである。
【
図18】オイルポンプ試験前後の各ベーンの表面粗さを示す棒グラフである。
【
図19】Mo三核体非含有油を用いたオイルポンプ試験後のベーンの表面粗さ形状を示す図である。
【
図20】Mo三核体含有油を用いたオイルポンプ試験前後のベーンの表面粗さ形状を示す図である。
【
図21】オイルポンプ試験前後の各カムリングの表面粗さを示す棒グラフである。
【
図22】Mo三核体非含有油を用いたオイルポンプ試験後のカムリングの表面粗さ形状を示す図である。
【
図23】Mo三核体含有油を用いたオイルポンプ試験後のカムリングの表面粗さ形状を示す図である。
【
図24】オイルポンプ試験後におけるベーンとカムリングの合成面粗さを示す棒グラフである。
【
図25】オイルポンプ試験の摩擦損失トルクとブロックオンリング試験の摩擦係数(μ)との関係を示す散布図である。
【
図26】オイルポンプ試験における摩擦損失トルクと同試験終了後のベーンとカムリングの合成面粗さとの関係を示す散布図である。
【
図27】ブロックオンリング試験における摩耗係数(μ)×ベーン・カムリングの合成面粗さ(Ra)と、摩擦損失トルクとの関係を示す散布図である。
【
図28】Mo三核体の一例を示す分子構造図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の摺動部材のみならず、それを用いた摺動機械(または摺動システム)にも該当し得る。製造方法に関する構成要素も物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0015】
《下層》
積層膜を構成する下層は、水素フリーDLCと、水素フリーDLC上または水素フリーDLC中に分散した微小な炭素粒子とを有する。
【0016】
(1)水素フリーDLC
水素フリーDLCは、下層全体を100atom%としたときに水素(H)の含有量が5atom%以下であり、3atom%以下さらには2atom%以下でもよい。Hが過多になると、軟質化して下層として好ましくない。水素フリーDLCは、ナノインデンターで測定される硬度が40~70GPaさらには50~65GPaであると好ましい。
【0017】
H含有量は、下層全体(特に水素フリーDLC)を、弾性反跳粒子検出法(ERDA)で分析することにより定量される。なお、H以外の元素(B等)は、電子プローブ微小部分析法(EPMA)により定量される。本明細書でいう組成割合は、特に断らない限り、原子%(atom%)を意味し、単に「%」でも表記する。
【0018】
水素フリーDLCは、Cと僅かなH以外に、その特性改善に有効な改質元素や(不可避)不純物を含んでもよい。改質元素として、V、Ti、Mo、O、Al、Mn、Si、Cr、W、Ni等がある。改質元素は、合計でも8原子%未満さらには4原子%未満とするとよい。改質元素に関する内容は、炭素粒子や後述するB-DLCについても同様である。
【0019】
(2)炭素粒子
炭素粒子は、主にCからなる。炭素粒子は、非晶質(アモルファス)な粒子でも、結晶構造を有する粒子でもよい。微細な粒子(例えば粒径が0.5μm未満さらには0.3μm以下である粒子)は、水素フリーDLCと同様な非晶質構造となり易い。一方、それよりも大きな粒子(例えば粒径が0.5μm以上さらには1μm以下である粒子)は、結晶構造を有する傾向にある。いずれの炭素粒子もC-C結合を有するが、水素フリーDLCとは異なる炭素結合となる傾向にある。これは次のようなことからわかる。
【0020】
炭素粒子は、例えば、可視光ラマン分光分析によるラマンピークのうち、Gバンドピーク位置が1530±10cm-1の範囲にある。これは、水素フリーDLCよりも低波数側に、約30cm-1程度シフトしている。
【0021】
また、粒径が比較的大きな炭素粒子は、電子エネルギー損失分光解析(EELS)により求めた炭素のπ結合(sp2結合)とσ結合(sp3結合)の割合を示す結合比率(π/(π+σ))が0.05以上さらには0.07以上となり得る。これは、水素フリーDLCの結合比率0.041よりもかなり大きい。つまり、結晶構造を有する炭素粒子は、水素フリーDLCよりもπ結合がかなり多い傾向となっている。なお、結合比率の上限値は、敢えていうと、0.2さらには0.15としてもよい。
【0022】
炭素粒子の粒径は、上層にできる突起に対応したものであるとよい。炭素粒子の粒径は、例えば、0.1~10μm、0.5~5さらには1~4μmである。
【0023】
突起(粒径:0.5~5μm)を形成させる炭素粒子も、20個/100μm2以上、25個/100μm2以上さらには30個/100μm2以上あるとよい。その上限値は特に規定しないが、敢えていえば、例えば、100個/100μm2以下さらには50個/100μm2以下としてよい。
【0024】
炭素粒子の粒径は、水素フリーDLCを成膜する際の膜厚調整により制御可能である。そこで水素フリーDLCは、膜厚が0.1~10μm、0.5~5μmさらには1~4μmの範囲で調整されるとよい。
【0025】
炭素粒子の分布密度も成膜時の処理時間により制御可能である。例えば、カソードアーク方式等の(アーク)イオンプレーティング法により下層を形成するとき、成膜時間を調整することにより、炭素粒子の分布密度を制御できる。処理時間(成膜時間)を長くして膜厚を大きくするほど、炭素粒子を高密度化できる。
【0026】
なお、本明細書でいう炭素粒子の粒径は、積層膜の断面を透過電子顕微鏡(TEM)または走査透過電子顕微鏡(STEM)で観察して求まる炭素粒子の最大長さとする。炭素粒子の分布密度は、突起の分布密度と同様に、走査型電子顕微鏡(SEM)で積層膜(または下層)の表面を観察した際に、その観察領域(10μm×10μm)で確認される突起の個数とする。平均値を採用する際には、5つの測定値の相加平均で算出する。また、本明細書でいう膜厚は、特に断らない限り、CMS社製Calotestで測定されるが、下層(水素フリーDLC)の厚さは積層膜断面のTEM像から特定するとよい。
【0027】
《上層》
積層膜を構成する上層は、B-DLCからなり、その表面側に微小な突起が分布している。
【0028】
(1)B-DLC
B-DLCは、上層全体(またはB-DLC全体)を100atom%としたときにホウ素(B)の含有量が1~40atom%であり、4~25atom%さらには8~20atom%でもよい。Bが過少では摺接面の摩擦低減が不十分となり、Bが過多になると成膜が困難となる。
【0029】
B-DLCは、さらに、Hを5~25%、8~20%さらには10~15%含んでもよい。B-DLCがHを含むと、摺接面の摩擦係数が低減され易くなる。但し、Hが過多になると、B-DLCは軟質化して摩耗が早くなる。このB-DLCは、ナノインデンターで測定される硬度が15~35GPaさらには18~27GPaであると好ましい。またB-DLCは、厚さが0.2~3μmさらには0.5~2μmであるとよい。なお、既述したように、B-DLCは改質元素を含んでもよく、またB含有量と膜厚は既述した方法で特定される。
【0030】
(2)突起
突起は、下層側の炭素粒子をB-DLCが被覆することにより形成される。つまり突起は、炭素粒子を倣って形成される。このため、炭素粒子の粒径やB-DLCの厚さにも依るが、突起の粒径や分布密度は、炭素粒子の粒径や分布密度とほぼ同様となる。
【0031】
すなわち、突起の粒径は、例えば、0.1~10μm、0.5~5さらには1~4μmである。また、その分布密度は、粒径が0.5~5μmである突起について観ると、20個/100μm2以上、25個/100μm2以上さらには30個/100μm2以上であるとよい。その上限値は特に規定しないが、敢えていえば、例えば、100個/100μm2以下さらには50個/100μm2以下とするとよい。
【0032】
但し、突起の粒径は、炭素粒子の粒径と異なり、分布密度を特定する場合と同様に、上層(積層膜)の表面を観察したSEM像に基づいて特定される。具体的にいうと、SEM像上で境界が認識される突起について、その最大長さをその粒径とする。
【0033】
《基材》
積層膜(下層)で被覆される摺動部材の基材はその材質を問わないが、通常、金属材料、特に鉄鋼(炭素鋼または合金鋼)材からなる。基材表面は、適宜、窒化、浸炭等の表面処理がなされていてもよい。その表面粗さは問わないが、例えば、光干渉式表面形状測定機で測定して求まる算術平均粗さ(Ra)が0.04~0.2μmさらには0.06~0.12μmとするとよい。また下層の密着性を向上させるため、基材表面にCrやCrC等からなる中間層を一層以上形成してもよい。
【0034】
《成膜》
積層膜を構成するB-DLCや水素フリーDLCは、種々の方法により成膜可能である。例えば、スパッタリング(SP)法(特にアンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法、アークイオンプレティーング(AIP)法等の物理蒸着(PVD)法を用いて成膜できる。
【0035】
B-DLCは、例えば、SP法により成膜される。SP法は、ターゲットを陰極側、被覆面を陽極側として電圧を印加し、グロー放電により生じた不活性ガス原子(Ar等)のイオンをターゲット表面に衝突させて、飛び出したターゲットの粒子(原子・分子)を被覆面に堆積させて成膜する方法である。ターゲットとして、純ボロン、B4C等を用いることができる。放出されたB等の原子(イオン)と導入した炭化水素ガス(C2H2ガス等)とを反応させることで、B-DLCが形成される。
【0036】
水素フリーDLCは、例えば、AIP法により成膜される。AIP法は、例えば、反応ガス(プロセスガス)中で、ターゲット(蒸発源)を陰極(カソード)としてアーク放電を起こし、ターゲットから生じたイオンと反応ガス粒子を反応させて、バイアス電圧(負圧)を印加した被覆面に、緻密な膜を成膜する方法(カソードアーク法)である。反応ガスとして、メタン(CH4)、アセチレン(C2H2)、ベンゼン(C6H6)等の炭化水素ガスを用いることもできる。
【0037】
AIP法を行う場合、アークスポットで発生した電気的に中性な溶滴(ドロップレット)が放出される。この溶滴が被覆面(基材表面)に付着して微粒子(マクロパーティクル)を形成し、本発明でいう炭素粒子となり得る。本発明は、これまで発生の抑制または除去の対象とされてきた溶滴や微粒子を、炭素粒子として積極的に活用している点で画期的である。
【0038】
《潤滑油》
潤滑油として、種々のものを利用できる。潤滑油は、例えば、エンジンオイルでも、自動変速機用フルード(ATF)、無段変速機用フルード(CVTF)等である。
【0039】
潤滑油は、例えば、Moの三核体からなる化学構造を有する油溶性モリブデン化合物を含むとよい。Mo三核体は、B-DLC上に優先的に作用して、摺接面の平滑化や低摩擦化に寄与し得る。Mo三核体は、例えば、Mo
3S
7またはMo
3S
8からなり、特にMo
3S
7からなるとよい。本明細書でいうMo三核体は、三核体からなる骨格(分子構造)を備える限り、末端に結合している官能基や分子量等は問わない。参考までに、Mo
3S
7からなる硫化モリブデン化合物の一例を
図28に示した。
図28中のRはヒドロカルビル基である。
【0040】
Mo三核体は、潤滑油全体に対するMoの質量割合で、例えば、200~1000ppm、300~800ppmさらには400~700ppm含むとよい。 Mo三核体が過少では、その効果が乏しくなる。Mo三核体が過多になるとB-DLCが摩耗し易くなる。なお、潤滑油全体に対するMoの質量割合をppmで表すときは、適宜、ppmMoと表記する。
【0041】
ATFやCVTF(両者を併せて単に「フルード」という。)は、駆動力を伝達する圧接面間で所定の摩擦係数を確保する必要がある。一方、フルードは燃焼ガスに曝されることはなく、さほど高温域で使用されることもない。そこでフルードとエンジンオイルは、次のような点で異なる。
【0042】
フルードは、通常、モリブデンジチオカーバメート(MoDTC)やジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)等の極圧剤や摩耗防止剤を含まないことが多い。従って、Mo三核体の添加前のフルードは、通常、Mo:50ppm以下、Zn:50ppm以下である。また、S:500~1300ppm、P:100~500ppm程度であることが多い。さらに、フルードは、清浄分散剤(塩基性Caスルホネート等)を多く含む必要もないため、Ca:1000ppm以下、Na:50ppm以下であることが多い。
【0043】
《用途》
本発明の摺動部材は、その具体的な形態や用途を問わず、多種多様な摺動機械に用いることができる。摺動部材として、例えば、軸と軸受、噛合する歯車、動弁系を構成するカムとバルブリフタ等がある。摺動機械として、例えば、変速機やエンジン等の駆動系ユニット、それらの内部に組み込まれるオイルポンプ等がある。
【0044】
潤滑油を圧送するオイルポンプ(摺動機械)は、例えば、内接式歯車ポンプでもベーン式ポンプでもよい。内接式歯車ポンプの場合なら、アウターロータ(摺動部材)の内歯面(摺動面)またはインナーロータ(摺動部材)の外歯面(摺動面)の少なくとも一方に、本発明の積層膜が形成されていると好ましい。
【0045】
またベーン式ポンプの場合なら、カムリング(摺動部材)の内周面(摺動面)またはベーン(摺動部材)の先端面(摺動面)の少なくとも一方に、本発明の積層膜が形成されていると好ましい。なお、積層膜は、相手摺動面を平滑化する作用もあるため、対向する摺動面のいずれか一方に形成されているだけでも十分である。
【0046】
例えば、鉄基焼結材からなるカムリングは、内周面の表面粗さが摺動前(ポンプの稼働前)に大きくても、積層膜で被覆されたベーンの先端面と摺接することにより、比較的早期に平滑化され得る。その際、積層膜からなる摺動面(上層表面)も同時に平滑化される。こうして本発明の積層膜で先端面が被覆されたベーンを備えるベーン式ポンプは、摩擦損失トルクが大幅に低減され得る。
【実施例】
【0047】
1 概要
変速機などの機械ユニットでは、オイル潤滑や油圧発生のため、オイルポンプが供えられている。オイルポンプには相対すべりする摺動部が存在し、そこで摩擦損失が発生する。ポンプの機械効率を向上するためには、この摩擦損失を低減させる必要がある。
【0048】
オイルポンプの一例として、ベーン式オイルポンプの構造を
図1に示す。この方式では、ベーンとカムリング、ローターとサイドプレート、シャフトとブッシュの間で摩擦が生じる。各部の摩擦損失の内訳(回転数1200rpm、メイン油圧0.8MPa、油温80℃)を
図2に示す。ベーン式オイルポンプでは、ベーンとカムリングとの間の摩擦損失の割合が約80%と大きく、この部分の摩擦を小さくすることがポンプ高効率化に特に効果が大きいといえる。ベーンとカムリングはオイル吸入部周辺等において、高面圧のすべり摩擦が主体となる摺動状態となり、その潤滑状態は境界潤滑~混合潤滑状態にあると考えられる。
【0049】
本実施例では、ホウ素を含有したDLC膜(「B-DLC膜」と略記)に着目し、オイルポンプの摺動条件において、低摩擦と高耐摩耗性の両立に好適な膜の組成と構造を検討した。また、オイルに関して前述のB-DLC膜の摩擦係数(μ)低減と摩耗抑制の両立に好適なオイル添加剤(特にMo三核体)の含有量を特定した。これらを用いて、オイルポンプ摺動部表面の低摩擦特性と耐摩耗性を両立させることができ、更に摺動初期のなじみ性の向上により摺動面の表面粗さを小さくできることがわかった。この結果、混合潤滑にあるベーンの摺動状態において、境界摩擦(すなわち、固体接触)の割合を低減することができ、ベーンとカムリングのさらなる摩擦低減を実現した。この詳細は以下の通りである。
【0050】
2 試験方法
2.1 オイルポンプ試験片
評価に用いたベーン式オイルポンプのベーン形状を
図3に示す。断面略円弧状(かまぼこ状)の先端頂部付近が相手カムリングとの接触面となる。この先端頂部に各種のDLC膜を被覆した。ベーンの材質は高速度工具鋼材である。基準となる通常(非処理)のベーン先端頂部は研削加工面からなる。DLCの成膜処理は、鏡面研磨処理を施して、表面粗さを低減させてから行った。評価に用いたDLC膜の種類については2.2節で述べる。相手カムリングは鉄基焼結材であり、その表面にはリン酸塩被膜を施してある。ベーンおよびカムリングの表面粗さについては2.3.1項で述べる。
【0051】
2.2 DLCの成膜処理
2.2.1 膜の断面構造
本実施例で用意したDLC膜の種類を表1に示す。これらのDLC膜の断面構造の模式図を
図4に示す。
【0052】
図4-1に示した微粒子多含有積層膜は次のようにして成膜した。先ず、鋼基材に金属中間層としてCrを約100nm厚さで被覆した。この後、アークイオンプレーティング法によって、粒径が0.5μm以上の微粒子を多く含有し、かつ高硬度な水素フリーDLC(Hauzer社製 ta-C coating)を膜厚1.3μmで被覆(下層)した。さらに、その上にスパッタリング法によってホウ素を含有したB-DLCを膜厚1.1μmで被覆(上層)した。こうして積層構造を有する微粒子多含有積層膜を得た。
【0053】
成膜温度は、上層および下層の共に200℃以下とした。下層に被覆した水素フリーDLCは、炭素と水素から成る非晶質炭素膜であり、ナノインデンターによって測定した硬度が59GPaの高硬度なDLCである。
【0054】
上層に被覆したB-DLCは、炭素と水素とホウ素からなる非晶質炭素膜であるB-DLC(ホウ素含有量は12~17atom%)と、炭素と水素のみからなる非晶質炭素膜であるDLCとを、それぞれ膜厚約100nmで交互に積層したナノ多層構造膜からなる。
【0055】
最表面となる上層に被覆したスパッタリング法によるB-DLC膜は、次項で述べるように、その膜自身では表面に粒状形状を有しない。しかし、微粒子を含むDLC膜の上に被覆されることにより、その微粒子の表面形状に沿う形で膜が成膜される。これにより、積層膜の最表面には、微粒子状の突起部が出現する。
【0056】
微粒子状の突起部はアブレッシブ材として作用し、相手摺動材の研磨性を有すると考える。その一方で、突起部は、相手材との実接触面圧が高くなり、突起部から摩耗が進行し易くなる。また、上層のB-DLC膜が水素フリーDLC膜に比べて摩耗し易い膜構造であると、突起部は早期に摩滅して無くなり、相手材に過度の摩耗を生じさせないと考えられる。更に、最表面側にあるB-DLCの突起部が摩耗すると、下層の高硬度な微粒子突起が表面に露出して、垂直荷重の一部を支える。この結果、表面側にあるB-DLC膜の摩耗進行も抑制されると考えられる。
【0057】
比較のために、微粒子多含有積層膜と同じ成膜方法で、
図4-2に示すような微粒子含有量の少ない微粒子少含有積層膜も試作した。下層となるアークイオンプレーティング法で、高硬度水素フリーDLCの膜厚を0.8μmと薄くすることにより、微粒子の含有量を減少させた。なお、ここで用いたB-DLCは、前述したナノ多層構造膜ではなく、B-DLC膜だけの均一膜とした。
【0058】
さらに比較のため、
図4-3に示すように、スパッタリング法でCr中間層上にB-DLCのみを被覆した単層B-DLC膜(膜厚:3μm)と、アークイオンプレーティング法でCr中間層上に高硬度な水素フリーDLC(日本ITF社製、ジニアスコートHA)を被覆した単層水素フリーDLC膜(膜厚:1μm、ナノインデンター硬度:58GPa)も試作して評価に用いた。単層水素フリーDLC膜は、水素フリーDLCの成膜後に研磨加工を施してある。これらの各DLC膜をベーンポンプのベーン(高速度工具鋼)の先端頂部とブロック試験片(SUS440C)の表面とに施して、後述するブロックオンリング摩擦試験に供した。
【0059】
2.2.2 最表面の粒状突起
ベーンに施した各種DLC膜表面のSEM像を
図5に示す。
図5-1および
図5-2に示すように、積層B-DLC膜では表面に微粒子状の突起が存在していることが分かる。特に、微粒子多含有積層B-DLC膜(
図5-1)では、微粒子少含有積層B-DLC膜(
図5-2)に比べて突起が多く存在している様子が見て取れる。一方、単層B-DLC膜(
図5-3)および単層水素フリーDLC膜(
図5-4)の各表面では、微粒子状突起はほとんど認められなかった。
【0060】
図6に測定例を示すように、各DLC膜の表面を観察したSEM像に基づいて、粒径0.5μm以上の突起について、直径と個数を測定した。これにより、各表面における突起について、粒径分布、平均粒径および表面に存在する単位面積当たりの個数を求めた。粒径分布の測定データを
図7に、それらの定量データを表2に示す。
【0061】
図7および表2から、積層膜では直径0.5~5μmの微粒子状突起が数多く存在していることが分かる。微粒子多含有積層B-DLC膜の表面には、粒径0.5~5μmの微粒子状突起が38個/100μm
2あり、粒径1~5μmの突起個数でも15個/100μm
2、粒径2~5μmの突起個数でも4.8個/100μm
2あった。
【0062】
微粒子少含有積層B-DLC膜の表面では、粒径0.5~5μmの突起個数で12個/100μm2、粒径1~5μmの突起個数では4個/100μm2、粒径2~5μmの突起個数では1.5個/100μm2となっている。また、単層のB-DLCと水素フリーDLCでは、両者ともに微粒子状突起は、粒径0.5~5μmあるいは粒径1~5μmで1個/100μm2以下、粒径2~5μmの突起個数でも1.0個/100μm2以下であった。
【0063】
2.2.3 DLC膜の膜組成と硬度
微粒子多含有積層膜と微粒子少含有積層膜(両者を併せて「微粒子含有積層B-DLC膜」という。)の深さ方向の組成分布をオージェ電子分光分析(Auger Electron Spectroscopy:AES)により定量した結果を
図8に示す。深さ方向分布はザラー回転法適用下でのスパッタリングにより分析した。スパッタ深さは、SiO
2のスパッタレートにより換算した。
【0064】
図8-1に示した微粒子多含有積層B-DLC膜に関して、スパッタ深さ0~約1100nmの上層では、ホウ素(B)と炭素(C)の量が3~17atom%の範囲で変動しており、2.2.1項で述べたようにナノ多層構造を有していることが分かる。深さ1100nm~2400nmの下層では、炭素(C)のみが検出されDLC膜であることが分かる。更にその下層側には中間層として被覆したCrが存在していることが分かる。
【0065】
図8-2に示した微粒子少含有積層B-DLC膜に関して、スパッタ深さ0~約1000nmの上層では、ホウ素(B)が約17atom%で安定的に存在しており、2.2.1項で述べたように、B-DLCの均一膜であることが分かる。深さ1000nm~1800nmの下層では、炭素(C)のみが検出されDLC膜であることが分かる。更にその下層側には中間層のCrが存在している。
【0066】
DLC膜の組成は次のように特定した。水素量は、ラザフォード後方散乱分析(RBS)/水素前方散乱分析(HFS)法により定量した。ホウ素量と炭素量は電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いた分析により定量した。こうして求めた各膜組成を表3にまとめて示した。なお、水素含有量は、2atom%以下の定量精度が保証されていないため、水素含有量がそれ以下であるときは、単に2atom%以下と表記した。
【0067】
また、ナノインデンターによって測定した膜の硬度を表3に併記した。微粒子含有積層DLC膜の下層と単層水素フリーDLC膜は、水素含有量が2atom%以下であり、いずれも硬度が58GPa以上という硬質な膜となっていた。
【0068】
2.2.4 微粒子含有積層B-DLC膜に含有した微粒子の特徴
微粒子多含有積層B-DLC膜を被覆したブロック試験片をFIB法(μ-サンプリング法)によって薄片化して、走査透過電子顕微鏡(STEM、日本電子製JEM-ARM200F)を用いて観察した。膜断面のTEM像を
図9に示す。
図9-1は積層膜の表面に直径約2μmの微粒子状突起が存在する部位であり、
図9-2は、直径約0.5μm以下の微粒子状突起が存在する部位である。両TEM像から、下層の水素フリーDLCの上部付近に微粒子が存在し、その上層に粒子の表面形状に沿う形で、ナノ多層構造(TEM像にて、水平方向の縞状コントラストあり)を有するB-DLC膜が被覆されている様子が確認できる。
【0069】
微粒子含有積層B-DLC膜の下層DLC部に含有させた微粒子(炭素粒子)の構造をラマン分析により解析した。先ず、その下層だけをブロック試験片(SUS440C)に被覆した試験片を作製した。次に、その表面におけるDLC膜部(微粒子非存在部)と微粒子部のそれぞれ3箇所について、顕微レーザラマン分光装置(日本分光製 NRS-3300)を用いて、対物レンズ100倍、励起レーザ波長532nm、スリットφ0.05mm、露光100s、レーザ強度0.1mWとしてスペクトル測定を実施した。
【0070】
図10に、ラマンスペクトルを示す。DLC膜部について測定した3箇所はいずれも、Gバンドスペクトルのピークが1566cm
-1に現れている。一方、微粒子部のピークは1532cm
-1に現れており、DLC膜部に対して約30cm
-1低波数側にシフトしていることが分かる。すなわち、微粒子部はDLC膜部と異なる炭素-炭素結合構造を有していると判断される。
【0071】
図11に、微粒子多含有積層B-DLC膜の微粒子部とDLC膜部に関する電子線回折パターンを示す。直径(Φという)約2μmの微粒子部の回折パターン(
図11-1)では、水素フリーDLC膜部(
図11-3)とは異なり、明るい点が認められ、結晶構造を有すると考えられる。
【0072】
一方、Φ約0.5μm微粒子部(
図11-2)では、水素フリーDLC膜部(
図11-3)と同様に、アモルファス構造を示す回折パターンとなっている。すなわち、粒径がΦ2μm程度の比較的大きな粒子は結晶構造を有し、粒径がΦ0.5μm以下のような小粒子はDLC膜と類似したアモルファス構造であると考えられる。
【0073】
上記の各部位について、電子エネルギー損失分光解析(EELS)により求めた炭素のπ結合(sp
2結合)とσ結合(sp
3結合)の比率を表4にまとめて示した。
図9-1(A)のΦ約2μm微粒子部のπ
*/(π
*+σ
*)は0.111程度となっており、
図9-2(C)の水素フリーDLC膜部の0.041に比べて大きい。従って、Φ約2μm微粒子部は、水素フリーDLC膜に比べてπ
*結合が多いと判断される。ただし、その値は、スパッタリング法で成膜したDLCやグラファイト(HOPG)に比べて小さく、これらに比べて微粒子部はsp
2結合割合が少ないと判断される。
【0074】
また、
図9-2(B)に示したΦ約0.5μm微粒子部のπ
*/(π
*+σ
*)は0.054程度となっており、Φ約2μm微粒子部に比べて小さいものの、
図9-2(C)の水素フリーDLC膜部よりも若干大きい。Φ約0.5μm微粒子部は、水素フリーDLC膜と比較してπ
*結合が多いと判断される。
【0075】
以上の結果から、本実施例の微粒子多含有積層B-DLC膜に含有されている微粒子は、π*/(π*+σ*)の値が0.05~0.12の範囲にあり、水素フリーDLC膜と比較して、π結合が多い特徴を有するといえる(参考資料:“EELS、XPSおよびRAMANによるDLC膜の結晶構造評価手法の検証”)
【0076】
2.3 供試試験片の初期表面粗さ
2.3.1 オイルポンプのベーンおよびカムリングの表面粗さ
後述するベーン式オイルポンプ試験に供したベーンおよびカムリングの表面粗さ形状を光干渉式表面形状測定機(Zygo社製、Neqview5022)を用いて測定した。この測定で得られた表面粗さ(「光学式測定粗さ」という。)の一覧を表5に示す。
【0077】
表5には参考値として、触針式表面粗さ計による測定値(「触針式測定粗さ」という。)も付記した。粗さの絶対値は測定方法と測定領域によって異なるため、両者に相違があるが、全体的な大小傾向は一致している。以後、特に明記しない限り、算術平均粗さ(Ra)は光学式測定粗さに基づく。
【0078】
試験前の各種ベーンとカムリングの表面粗さ形状を、光干渉式表面形状測定機で測定した結果を
図12および
図13に示す。ベーンの粗さ測定は、両図中に付記したように、相手カムリングとの主たる摺動部となるベーン先端の中央部付近で、横方向(X軸)176μm×縦方向(Y軸)132μmとなる領域を拡大して測定した。また、その領域からX軸方向の2次元粗さ形状を、Y軸を変えた位置で5本抽出して測定した。それらの測定値の平均値を表面粗さとした。粗さ形状の算出時には、ベーン先端Rの曲率形状を除くため、カットオフ値0.08mmのハイパスフィルタ処理を施した。
【0079】
カムリングの粗さ測定も、ベーンと同様に実施した。ただし、その測定領域は横方向(X軸)132μm×縦方向(Y軸)132μmの領域とした。平均値を求めるための測定点数:5本、ハイパスフィルタのカットオフ値:0.08mmは、ベーンと同一とした。 なお、カムリングについては、いずれのベーンを用いた試験においても新品を用いるため、その初期表面粗さは同一と考えた。
【0080】
基準鋼材からなる通常のベーンポンプに用いられるベーンの初期表面粗さは0.09μmである。これに対して、鏡面研磨処理を施した鋼材の表面粗さは0.02μmに低減している。各種DLCの成膜処理は、前述したように、この鏡面研磨処理品(基材)に対して行った。
【0081】
DLCの中、微粒子多含有積層B-DLC膜の表面粗さが特に大きいことが
図12から分かる。
図13にしめすように、カムリングの初期面の粗さは0.54μmであり、ベーンの0.02~0.09μmに比べて著しく大きい。これは、表面に施したリン酸塩処理と鉄基焼結材に存在する微細な空孔凹部とに起因する。
【0082】
2.3.2 ブロックオンリング試験片の初表面粗さ
各種のDLC膜とオイルの組合せが、摩擦係数に及ぼす影響を検討するため、ブロックオンリング摩擦試験を実施した。この際、リング試験片には同一の浸炭鋼材を用いた。また、ブロック試験片には、基準鋼材からなる試験片と、各種のDLC膜を被覆した試験片とを用いた。摩擦試験前におけるブロック試験片の表面粗さを表6にまとめて示す。表6に示した各表面粗さの序列は、前述したベーンの表面粗さと概ね同一である。但し、ブロック試験片の場合、DLC膜の処理基材と基準鋼材に、それぞれ鏡面処理した鋼材を用いている。このため、表面粗さの絶対値は、前述したベーンの表面粗さよりも小さくなっている。
【0083】
2.4 供試オイル
市販されているCVTフルード(以下、「市販CVTF」という。)と、市販CVTFをベースにして、Mo三核体を含む添加剤を追加配合したオイル(以下、「Mo三核体含有油」という。)とを用意した。これらを後述するブロックオンリング摩擦試験およびオイルポンプ試験に供した。なお、Mo三核体は、Infineum社の公開資料「Molybdenum Additive Technology for Engine Oil Applications」にて“Trinuclear”と記されたものである。その添加剤は、オイル全体に対する質量割合で、Mo含有量が100ppmMo、300ppmMo、500ppmMoまたは800ppmMo相当とになるように追加配合した。ちなみに、市販CVTF(ベース油)は、金属元素分析(S法)においてMo含有量が0ppmmMoであり、Mo系添加剤を含有していないことを確認している。
【0084】
2.5 ブロックオンリング摩擦試験
図14に示すブロックオンリング摩擦試験により、各試験片と各オイルを種々組み合わせた場合の摩擦係数(以後、μと略記)を測定した。評価材となるブロック試験片は、摺動面幅:6.3mmとした。相手となるリング試験片には、外径:φ35mm、幅:8.8mmで、浸炭鋼材(AISI4620)から成る標準試験片(FALEX社製S-10/硬さ:HV800、表面粗さRa:0.26μm)を用いた。摩擦試験は、試験荷重:133N、すべり速度0.3m/s、油温:80℃(一定)、試験時間:30分間として行い、試験終了直前の1分間の摩耗係数(μ)の平均値を読み取った。また、試験後のブロック試験片の摩耗深さを、前述した光干渉式表面形状測定機で測定し、各評価材の摩耗防止性を評価した。
【0085】
2.6 オイルポンプ試験
図1に示した現行のCVTに使用されているベーン式オイルポンプへ、評価材となる各種ベーンと、鉄基焼結材(各試験で同一)からなるカムリングと組込んで、モータリング法によりオイルを循環させつつ、摩擦損失トルクを測定した。試験条件は、回転数:1000rpm、油圧:1MPa、油温:80℃(一定)、試験時間:5時間とした。
【0086】
3.1 ブロックオンリング摩擦試験における摩擦係数・摩耗特性の評価
(1)摩耗係数
Mo三核体含有量の異なるオイルと、各種のブロック試験片とを用いたブロックオンリング摩擦試験で測定した摩擦係数(μ)を
図15に示す。なお、DLC膜の被覆なしのブロック試験片は、上述したように、基準鋼材(高速度工具鋼)からなる。
【0087】
高速度工具鋼からなる基準試験片と単層水素フリーDLC膜で被覆された比較試験片の場合、オイル中のMo三核体の含有量が800ppmMoまで増加しても、μは0.08程度であり、低摩擦特性は得られていない。
【0088】
一方、微粒子多含有積層B-DLC膜、微粒子少含有積層B-DLC膜または単層B-DLC膜で被覆された試験片はいずれも、オイル中のMo三核体含有量の増加に伴い(特にMo三核体含有量が300ppmMo以上となるとき)、μが小さくなる傾向となった。微粒子多含有積層B-DLC膜はMo三核体含有量を500ppmMo以上としたとき、微粒子少含有積層B-DLC膜はMo三核体含有量を800ppmMo以上としたときに、μが0.05以下となる優れた低摩擦特性が得られている。
【0089】
ちなみに、単層B-DLC膜は、Mo三核体含有量を150ppmMo以上さらには300ppmMo以上としたオイルを用いたときに、μが0.05以下となる優れた低摩擦特性を発揮することがわかった。すなわち、最表面にホウ素を含有したB-DLCを被覆した摺動部材とMo三核体を所定量以上含有したオイルとを組合せることにより、優れた低摩擦特性が得られることが分かった。
【0090】
(2)摩耗深さ
ブロックオンリング摩擦試験後のブロック試験片の摩耗深さを
図16に示す。低摩擦特性が得られた各DLC膜とMo三核体含有オイルに着目すると次のことがいえる。微粒子多含有積層B-DLC膜と微粒子少含有積層B-DLC膜は、Mo三核体含有量が変化しても、単層B-DLC膜よりも摩耗深さ(摩耗量)が少なくなった。
【0091】
具体的にいうと、単層B-DLC膜は、Mo三核体含有量が少ないところから、Mo含有量の増加に伴い摩耗深さが増大した。これに対して、微粒子多含有積層B-DLC膜と微粒子少含有積層B-DLC膜は、Mo三核体含有量が500ppmMo以下もしくは300ppmMo以下のとき、摩耗深さが認められない程良好な耐摩耗性を示した。従って、膜の積層構造化により、低摩擦化に加えて耐摩耗性の向上も図れることが分かった。
【0092】
また、微粒子多含有積層B-DLC膜と微粒子少含有積層B-DLC膜はいずれも、Mo三核体含有量が800ppmMoであるときでも、摩耗深さが0.6μm以下であり、積層膜の上層(B-DLC膜層)は残存していた。
【0093】
微粒子多含有積層B-DLC膜の上層と単層B-DLC膜とは、B-DLC膜自体の組成および膜構造は同一であるにも拘らず、耐摩耗性がそのように相違した要因は次のように考えられる。微粒子多含有積層B-DLC膜は、表面が摩耗した際に、膜内部に形成させたB-DLC膜よりもσ結合割合が高い硬質な微粒子が表面に現れる。その微粒子が摺動部における垂直荷重の多くを支え、摩耗の進行を抑制したと考えられる。σ結合割合の高い微粒子が優れた耐摩耗性を有することは、同様にσ結合割合の高い単層水素フリーDLC膜が、Mo三核体含有量の同じ範囲(800ppmMo以下)で優れた耐摩耗性を示していることからも類推される。ただし、単層水素フリーDLC膜では、前述したように、所望の低摩擦特性が得られない。
【0094】
3.2 オイルポンプ試験における摩擦損失の測定結果
評価材である各種ベーンを組み込んだオイルポンプと、市販CVTFまたはMo三核体含有油とを用いて、オイルポンプの摩擦損失トルクを測定した。その結果を
図17に示す。
【0095】
市販CVTFを用いた場合、基準鋼材のベーンを用いるよりも、微粒子多含有積層B-DLC膜を被覆したベーンを用いることにより、摩擦損失トルクが13%低減(0.27N・m→0.24N・m)した。また、微粒子多含有積層B-DLC膜(表面粗さRa:0.04μm)のベーンを用いると、鏡面研磨処理鋼材(表面粗さRa:0.02μm)のベーンを用いるよりも摩擦損失が小さくなった。このように摩擦損失の低減作用は、単に表面粗さの低減によるものだけでなく、B-DLC膜の摩耗係数(μ)が小さいことにも起因すると考えられる。
【0096】
Mo三核体含有油(800ppmMo)を用いた場合、基準鋼材のベーンに係る摩擦損失トルクは0.24N・mとなり、市販CVTF(Mo三核体非含有)を用いたときよりも11%低減した。また、Mo三核体含有油(800ppmMo)を用いた場合、微粒子多含有積層B-DLC膜で被覆したベーンに係る摩擦損失トルクは0.19N・mまで小さくなった。これは、基準鋼材のベーンと市販CVTFとを組合せたときの摩擦損失トルクに対して31%もの低減となっている。
【0097】
単層水素フリーDLC膜のベーンとMo三核体含有油(800ppmMo)を組合わせた場合、試験終了後にベーン先端から膜剥離が生じ、膜の密着不足が判明した。そこで、この場合の摩擦損失評価は中止した。
【0098】
単層水素フリーDLC膜のベーンとMo三核体含有油(300ppmMo)を組合わせた場合、その摩擦損失トルクは0.21N・mとなったが、微粒子多含有積層B-DLC膜とMo三核体含有油(800ppmMo)を組合わせたときの摩擦損失トルク(0.19N・m)には及ばなかった。なお、微粒子多含有積層B-DLC膜はMo三核体含有油(800ppmMo油)と組み合わせでも、試験後の顕著な摩耗や剥離は認められず、十分な耐摩耗性を有していると判断された。
【0099】
微粒子少含有積層B-DLC膜とMo三核体含有油(300ppmMo)とを組合せたときの摩擦損失トルクは0.23N・mとなった。これは、基準鋼材のベーンと市販CVTF(Mo三核体非含有)とを組合せたときの摩擦損失トルクに対して14%低減となる。このとき、微粒子少含有積層膜は摩耗も少なかった。ただし、その摩擦損失低減効果は、微粒子多含有積層B-DLC膜とMo三核体含有油(800ppmMo)とを組合せたときよりは小さかった。
【0100】
3.3 摩擦損失低減作用の解析
オイルポンプのベーンとカムリングの摩擦状態は混合潤滑状態にあると考えられる。このとき、摺動面の表面粗さが油膜の形成状態に影響を及ぼし、摩擦特性に関与していると考えられる。オイルポンプ試験前後における各種ベーンと相手カムリングとの表面粗さRaをそれぞれ測定した。
【0101】
3.3.1 試験前後におけるベーンの表面粗さ変化
オイルポンプ試験前後におけるベーンの表面粗さ(Ra)を
図18にまとめて示した。また、市販CVTF(Mo三核体非含有油)を用いて行ったオイルポンプ試験後の各ベーンの表面粗さ形状を
図19に示した。さらに、Mo三核体含有油を用いて行ったオイルポンプ試験前後の各ベーンの表面粗さ形状を
図20に示した。なお、試験中に膜剥離を生じた単層水素フリーDLC膜は本解析からは除外した。
【0102】
図18からわかるように、微粒子多含有B-DLC膜を被覆したベーンは、試験後の表面粗さが小さくなった。特に、Mo三核体含有油(800ppmMo)との組合せた場合、その試験後の表面粗さは、鏡面研磨処理鋼材よりも小さくなり、大幅に平滑化していることが分かる。これは次のように考えられる。
【0103】
微粒子多含有B-DLC膜は、微粒子に起因した表面の突起の摩耗や脱落を生じる一方、相手材の移着や掘り起こしが生じ難いこと、更にはMo三核体含有油(特に800ppmMo)との組合せたときにB-DLC膜が適度に摩耗して平滑化し易いこと、などが起因していると考えられる。
【0104】
一方、微粒子多含有B-DLC膜とMo三核体含有油(300ppmMo)とを組合せた場合、その試験後の表面粗さは増大している。これは、
図20-3)に示したように、微粒子の脱落により凹部が形成されると共に、Mo三核体含有量の不足により、B-DLC膜の平滑化が不十分であったためと考えられる。
【0105】
3.3.2 試験前後における相手カムリングの表面粗さ変化
オイルポンプ試験後の相手カムリングと新品のカムリングとの表面粗さRaをまとめて
図21に示した。また、各ベーンと市販CVTF(Mo三核体非含有油)またはMo三核体含有油とを組合わせて行ったオイルポンプ試験後の各相手カムリングの表面粗さ形状を、
図22と
図23にそれぞれ示した。なお、試験中に膜剥離を生じた単層水素フリーDLC膜の相手カムリングの表面粗さも、参考値として示した。
【0106】
図21からわかるように、カムリングの表面粗さ(Ra)は、初期(新品)の0.44μmから全て0.14μm以下となっており、総じて平滑化している。ただし、カムリングの表面粗さの絶対値は、前述したベーンの表面粗さに対して全般的に大きいレベルにある。但し、微粒子多含有積層B-DLC膜を被覆したベーンを用いた場合、オイルの種類によらず、カムリングの粗さは大幅に小さくなっており、相手材を平滑化する効果が大きいことが分かる。
【0107】
微粒子多含有積層B-DLC膜を被覆したベーンと市販CVTFあるいはMo三核体含有油(800ppmMo)とを組み合わせた場合と、微粒子少含有積層B-DLC膜を被覆したベーンとMo三核体含有油(300ppmMo)とを組み合わせた場合を比較すると、Mo三核体の含有・非含有に関わらず、前者の方がカムリングの表面粗さが小さくなっている。このことから、粒径0.5~5μmあるいは1~5μmの微粒子を多く含む積層膜の方が、研磨作用が大きく、相手材の平滑化効果が大きいといえる。
【0108】
もっとも、
図18~
図20に示したように、5時間程度の試験後には、微粒子含有積層B-DLC膜の粒子状突起はほぼ無くなり、その表面粗さは十分に小さくなっている。従って、微粒子含有積層B-DLC膜を被覆したベーンによるカムリングの研磨作用は、早期に無くなり、相手カムリングが過大に摩耗を生じることはないと判断される。
【0109】
3.3.3 試験後におけるベーンおよび相手カムリングの合成面粗さ
オイルポンプ試験後におけるベーンと相手カムリングの各表面粗さ(Ra)から算出した合成面粗さ(2乗平均平方根値)を
図24にまとめて示す。
【0110】
図24からわかるように、微粒子多含有積層B-DLC膜に係る合成面粗さは、オイル種によらず、基準鋼材に係る合成面粗さよりも大幅に小さくなっている。この傾向は、微粒子少含有積層B-DLC膜と比較しても同様である。
【0111】
鏡面研磨処理材のベーンは、それ自体の表面粗さが小さいが、相手カムリングの平滑化作用も小さい。このため、その合成面粗さは、基準鋼材(鏡面研磨なし)に係る合成面粗さに対してあまり低減していない。Mo三核体含有油を用いてオイルポンプ試験を行った場合に着目すると、単層B-DLC膜や微粒子少含有積層B-DLC膜は、基準鋼材と合成面粗さが同程度となっている。これも、ベーン自体は平滑化している一方で、相手カムリングの平滑化は不十分であることに起因すると考えられる。
【0112】
以上の結果から、微粒子多含有積層B-DLC膜は、それ自身と相手材について、特に優れた平滑化作用を発揮するといえる。このような両摺動面の平滑化は、油膜形成部と固体接触部とが混在する混合潤滑状態において、固体接触の割合を減少させ、低摩擦化に大きく寄与すると考えられる。
【0113】
3.3.4 ベーン式オイルポンプの摩擦損失に及ぼす摺動部材の摩擦特性およびベーンとカムリングの合成面粗さの影響
(1)オイルポンプ試験から得られた摩擦損失トルクとブロックオンリング試験から得られた摩擦係数(μ)との関係を
図25に整理して示す。
図25には、基準鋼材(高速度工具鋼)、微粒子多含有積層B-DLC膜、微粒子少含有積層B-DLC膜または単層B-DLC膜と、市販CVTFまたはMo三核体含有CVTFとの組合せを両試験間で同一とした対応関係にあるものをプロットしている。
【0114】
図25を観ると、摩擦損失トルクと摩耗係数は、右肩上がりな比例傾向も認められるが、バラつきも大きい。このため、オイルポンプの摩擦には、ブロックオンリング試験で得られた摩擦係数以外の影響因子も存在すると考えられる。なお、本実施例にブロックオンリング試験は、混合潤滑状態で行ったが、表面材料の摩擦特性を相対評価できるように、オイル粘度の影響が小さくなる境界潤滑を主体とする摺動条件でなされた。
【0115】
(2)
図25の場合と同じ組合せについて、オイルポンプ試験における摩擦損失トルクと同試験終了後のベーンとカムリングの合成面粗さとの関係を
図26にまとめて示す。
図26から摩擦損失トルクと合成面粗さの間にも、全般的に右肩上がりの相関関係が認められるが、バラつきが大きく、両者の関係は明確でない。
【0116】
(3)ブロックオンリング試験における摩耗係数(μ)×ベーン・カムリングの合成面粗さ(Ra)と、摩擦損失トルクとの関係を
図27に示す。
図27からわかるように、摩耗係数(μ)×合成面粗さ(Ra)が小さくなるほど、オイルポンプの摩擦損失トルクも小さくなる傾向が認められる。従って、オイルポンプの摩擦低減には、ベーンとカムリングの接触部における摩耗係数を小さくすると共に固体接触割合を少なくして合成面粗さを小さくすることが有効であると判断される。
【0117】
微粒子含有積層B-DLC膜は、固体接触部の摩耗係数と合成面粗さの両者を低減して、オイルポンプの摩擦損失を低減していると考えられる。特に、微粒子多含有積層B-DLC膜とMo三核体含有油とを組合せたとき、摩耗係数および合成面粗さを最小にできるため、特に優れた摩擦損失低減効果が発現されたと考えられる。
【0118】
参考までに、「摩擦係数×合成面粗さ」で整理した理由は次の通りである。
混合潤滑状態における摩擦係数(μ)は、μ=μs×α+μf×(1-α)と表される。
ここで、α:固体接触割合(=固体接触部の荷重分担率、0≦α≦1)、
μs:固体接触部の摩擦係数(境界摩擦係数)、
μf:流体部の摩擦係数
【0119】
固体接触割合(α)は、面圧、すべり速度およびオイル粘度に主に支配される油膜厚さと、表面の合成面粗さとの比で決まり、合成面粗さが小さいほど値が小さくなる。
【0120】
本実施例に係るオイルポンプ試験は、部品の形状、油圧力、ポンプ回転数、油温が同一であり、Mo三核体の含有量が800ppmMo以下の範囲では使用したオイルの粘度差も小さい。従って、油膜厚さもほぼ同一と考えられる。
【0121】
また、流体部の摩擦係数(μf)は一般的に、0.001以下といわれている。固体接触部の摩擦係数(μs)がブロックオンリング試験の測定値のように0.05以上と仮定すると、流体部の摩擦は固体接触部の摩擦に比べて十分に小さいといえる。このため、全体の摩擦は、固体接触部での摩擦で近似することができる。
【0122】
固体接触割合(α)は、本来、Patir-Chengの修正Reynolds方程式とGreenwood-Trippの混合流体潤滑理論などに基づく計算により求めるべきである。しかし、合成面粗さが小さくなるほどαが小さくなる関係がある。そこで本実施例では、簡易的に定性的な解釈ができるよう、合成面粗さをそのままαの代用とし、ブロックオンリング試験の摩耗係数をμsの代用として用いた。
【0123】
【0124】
【0125】
【0126】
【0127】
【0128】