(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-19
(45)【発行日】2022-04-27
(54)【発明の名称】鉄道車両の制御対象車軸の車輪の粘着特性を制御し、最大限回復する方法
(51)【国際特許分類】
B60T 8/1763 20060101AFI20220420BHJP
B60T 8/1761 20060101ALI20220420BHJP
B60T 8/172 20060101ALI20220420BHJP
【FI】
B60T8/1763
B60T8/1761
B60T8/172 B
(21)【出願番号】P 2018549966
(86)(22)【出願日】2017-04-03
(86)【国際出願番号】 IB2017051887
(87)【国際公開番号】W WO2017175108
(87)【国際公開日】2017-10-12
【審査請求日】2020-03-12
(31)【優先権主張番号】102016000034535
(32)【優先日】2016-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】IT
(73)【特許権者】
【識別番号】516351289
【氏名又は名称】フェヴレ・トランスポール・イタリア・ソチエタ・ペル・アツィオーニ
【氏名又は名称原語表記】FAIVELEY TRANSPORT ITALIA S.p.A.
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】ティオーネ,ロベルト
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2008/0154471(US,A1)
【文献】特表2008-539112(JP,A)
【文献】特開平11-005533(JP,A)
【文献】仏国特許発明第01288367(FR,A)
【文献】米国特許第05424948(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/12-8/1769
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄道車両の少なくとも2つの制御対象の車軸(A
i)に属する車輪(W
i)の粘着特性を車輪の滑り段階の期間に制御及び回復する方法であって、
前記車輪(W
i)の角速度(ω
i)を示す速度信号を生成する工程と、
粘着特性観測器(701;1001;1201)を使用して、前記車輪(W
i)とレールとの接触点における瞬時粘着特性
値(μ
i
(T
j))
を推定する工程と、
推定された前記
瞬時粘着特性値(μ
i(T
j))を処理する最適化アルゴリズムを使用して、少なくとも2つの前記車軸(A
i)の前記車輪(W
i)に関する目標スリップ
(δ)の値を生成し、前記
鉄道車両の前記車輪の前記粘着特性の平均値が最大になるように、所定のサンプリング周期(T)の時間内で前記目標スリップ
の値を連続的に修正する工程と
を含む方法。
【請求項2】
【請求項3】
【請求項4】
【請求項5】
【請求項6】
【請求項7】
滑りが発生している、走行方向最後尾の車軸を、利用可能な粘着特性のピーク値におけるスリップ状態に制御し維持する、請求項1~6の一項に記載の方法。
【請求項8】
前記鉄道車両の車両速度(V
V)を、滑りが発生している少なくとも1つの車軸の瞬時速度によって計算し、前記車軸を、利用可能な粘着特性のピーク値におけるスリップ状態に制御し維持する、請求項1~7の一項に記載の方法。
【請求項9】
滑りが発生している少なくとも2つの車軸を、前記
鉄道車両の走行方向を判定するために、利用可能な粘着特性のピーク値におけるスリップ状態に制御し維持する、請求項1~8の一項に記載の方法。
【請求項10】
車軸を、利用可能な粘着特性のピーク値における滑り状態に維持するために、前記車軸の制御アルゴリズムを使用し、その車軸の粘着特性値(μ)に基づき、目標スリップ(δ)の関数としての前記粘着特性値(μ)の微分(dμ/dδ)を計算し、前記車軸に印加されるトルクを制御するためにシステム(1205)に割り当てるトルク値(C)を、適応フィルタ(1204)を通し前記微分が実質的にゼロの状態を維持するように修正する、請求項7~9
のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記車軸を、前記粘着特性のピーク値における滑り状態に維持するために、各車軸の制御アルゴリズムを使用し、目標スリップ(δ)の関数としての前記粘着特性値(μ)の微分(dμ/dδ)の符号を計算した後に、積分器を用いてその符号を積分し、前記積分器の出力が、前記車軸に印加されるトルクを制御するためにシステム(1205)に割り当てるトルク値(C)を、前記微分が実質的にゼロと等しくなるように修正する、請求項7~9
のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
力行段階の滑り状態の期間に、又は制動段階のスリップ状態に適用される、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両の制御対象車軸の車輪の粘着特性を制御する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最新の鉄道車両のほとんどには電子システムが搭載されているが、一般にこれら電子システムには、車両が力行段階であるとき及び制動段階であるときの両方において介入するよう構成された車輪スライド制御サブシステムが含まれている。これらのサブシステムは、アンチスキッドシステム、又はアンチスライドシステムとして知られており、更にはWSP(Wheel Slide Protection:車輪滑走防止)システムとしても知られている。
【0003】
従来技術に係る、アンチスキッド機能をもつ、車輪の粘着特性を制御するシステムを添付図面の
図1に概略的に示す。この図には、n個の制御対象の車軸A1、A2、…、Anを持つ車両が示されている。車軸A1、A2、…、Anは、それぞれシャフトS1、S2、…、Sn、及びそれに回転可能に一体化された車輪対W1、W2、…、Wnを備える。
【0004】
図面では、全般的に各車軸に対して1つの車輪のみが図示されている。
【0005】
図1のWSPシステムは、通常マイクロプロセッサ設計に基づく電子制御ユニットECUを備え、ECUは、これらの車軸にそれぞれ対応するセンサSS1、SS2、…、SSnから、各車軸A1、A2、…、Anの角速度に関するタコメータ信号を受信する。電子制御ユニットECUは、各車軸A1、A2、…、Anにそれぞれ対応するトルク制御装置TC1、TC2、…、TCnにも接続されている。
【0006】
電子制御ユニットECUは、粘着特性が低下した状況下で力行又は制動段階の期間にトルクを印加したとき、1つ以上の車軸の車輪が想定されるスリップ初期状態となってしまった場合に、所定のアルゴリズムに従って各車軸に印加されるトルクを調整するように設けられている。トルク調整は、車軸が完全にロックすることを防止するように実施され、どのような場合でも粘着特性が低下した状況の全期間にわたり、粘着特性の回復に鑑みて各車軸を可能な限りスリップが制御された状態となるように実施される。
【0007】
図2は、一般の車軸用の粘着特性制御/回復システムを表すブロック図である。制御対象の車軸Aを滑らせたい基準速度値V
R(t)と、対応するセンサSSで検出され取得・処理モジュールAPMによって調整された測定速度V
M(t)との誤差又は差分E(t)が、入力信号として制御モジュールCMに印加され、制御モジュールCMは、車軸Aに対応するトルク制御装置TCに駆動信号Y(t)を出力する。
【0008】
基準速度V
R(t)は、車両の瞬時速度の分数として、例えば以下の式に従って得られる。
【数1】
ここで、V
V(t)は、車両の瞬間的な(検出された)速度であり、δは、スリップ段階の期間に得る車軸Aの相対的なスリップを表している。
【0009】
以下の説明から更によく理解されるように、相対スリップ値δの経時的な最適化は、本発明の主要な目的の1つである。
【0010】
図3は、トルク制御装置TCの可能な一実施形態を非限定の例として示す。この装置は、電子調整・駆動ユニット300を備え、電子調整・駆動ユニット300は、充填ソレノイドバルブ302及び排出ソレノイドバルブ303を含むソレノイドバルブユニット301を制御する。図示の実施形態では、これらのソレノイドバルブは、それぞれ二位置三方弁である。ソレノイドバルブ302は常時開、ソレノイドバルブ303は常時閉である。
【0011】
充填ソレノイドバルブ302の出力は、それ自体は既知である方法で、車軸Aに対応するブレーキシリンダ304に結合されている。
【0012】
電子ユニット300はバルブユニット301を制御し、充填ソレノイドバルブ302に連結された導管313からのブレーキ圧力と大気圧との間の値の範囲内で、ブレーキシリンダ304に供給される指令圧力を選択的に減少、維持、又は増加させる。ユニット300は、ブレーキシリンダ304の圧力を開ループで制御し、
図2に係る速度ループに該制御ループの閉鎖を委ねるように予め設定されてもよいし、又は、圧力センサ305を使用することによって実現されるフィードバックによって上記圧力を閉ループで制御するように予め設定されてもよい。
【0013】
電動モータ306は、車軸Aに対応付けられ、上記電動モータを駆動するインバータ308に印加されるトルク307に対する要求に従って、この車軸に駆動トルク又は制動トルクを印加できる。モータ306によって車軸Aに印加されるトルクは、ゼロとトルク310の値との間で可変であり、修正トルク311によって変更されたトルク要求310に対応する。トルク307は、力行時には正、制動時には負である。
【0014】
ブレンディングモジュール312は、制動時のスリップの場合には、車軸Aに適用されるトルク調整要求を、所定の方法に従って空気系及び回生電気力学系とで「ブレンディング」する。
【0015】
図3に示すトルク制御装置は、当業者に知られる多くの変形形態によって実現できる。例えば、牽引される鉄道車両の場合、又は、典型的に、駆動システムから完全に分離された空気式アンチスリップシステムを有するUIC(Union Internationale des Chemins de fer:国際鉄道連合)の規定を満たす鉄道車両の場合、ユニット300は、
図3に示すように、調整要求313を介してブレンディングモジュール312によって駆動されるのではなく、むしろ
図3に破線で示すトルク調整要求314を介して
図2の制御モジュールCMによって直接的に駆動される。
【0016】
車輪とレールとの間の粘着係数μ(δ)は、実質的に、
図4に示すようにスリップδに従って変化する。上記式(1)に基づき、δは次のように表すことができる。
【数2】
ここで、0≦V
r≦V
V、及び0≦δ≦1である。
【0017】
図4中、曲線1、曲線2、曲線3は、環境条件に対する粘着特性の傾向を定量的に表す。曲線1は、車輪とレールの間が乾燥接触状態である場合の粘着状態に対応し、曲線2は、車輪とレールの間に水分が存在する粘着状態に対応し、曲線3は、車輪とレールの間に粘性物質、つまり、油や腐敗した葉(秋期の典型的な状況)、更には、水分が混ざった錆(鉄道の車両基地の典型的な状況)等が存在する粘着状態に対応する。
【0018】
粘着特性のピークa
1、a
2、及びa
3におけるδの値は、粘着状態の変化に伴って変化し、
図4中Aで示した曲線に沿って移動することが実験的に分かっている。
【0019】
図5は、車軸Aの車輪に印加された力を示す図である。この図から、以下が明らかである。
【数3】
ここで
【数4】
であり、これより
【数5】
【0020】
同じ瞬時角加速度において、力F
mは、粘着特性値μの最大値に対応して、即ち、
図4の曲線A上の点に対応して印加可能な最大値となることは明らかである。
【0021】
例えば、
図4のb点に対応する状況で車軸をスリップさせるとした場合、利用できる力F
mの値は、粘着特性値μの減少の結果、減少する。しかし、車輪-レール接触点において、車両速度V
Vと車輪の接線方向速度V
rとの間のスリップ(差分)に比例するエネルギー注入現象が、次式のパワー(単位時間あたりに注入されるエネルギー)として得られる。
【数6】
【0022】
上記式(5)は、δの増加により、車輪-レール接触点に印加されるパワーがどのように増加するかを示す。このようなエネルギーの注入によって車輪が過熱状態となり、結果として接触点のクリーニング効果が得られ、次の車輪の瞬時粘着特性値μを改善させる。
【0023】
また、水分が存在する場合又は雨の場合は、大きなクリーニング効果が得られるが、潤滑剤や腐った葉が存在する場合は、クリーニング効果はあまり顕著でないことが知られている。
【0024】
車輪とレールの間の粘着特性を回復する現在のシステムは、スリップ値δを車両承認試験の期間に信頼のおける方法で較正される特定の値、典型的には0.2と0.3の間の値に固定することを課す。従って、選択される値δは、例えば、EN15595,:2009+A1,Railway Applications-Braking-Wheel Slide Protection(鉄道分野-制動-車輪滑走防止)の段落6.4.2.1に規定されているように、試験中に滑り状態を引き起こすのに使用される潤滑剤の種類に対して最適化される。従って、車両の通常運行においてスリップ状態を引き起こす可能性のある物質の全ての種類に最適なわけではない。
【0025】
図6Aのグラフは、4つの車軸をもつ車両の全体的な粘着特性のピークがδの変化によってどのように変化するかを定量的に示している。
図6Aのように、全ての車軸が値δ
1に対応する粘着特性で滑るようにすると、実際的にクリーニング要素がなく、従って、4つの車輪に対応する4つの粘着特性曲線は、実質的に互いに一致し、各車軸は、最大粘着特性ピーク値μ(δ
1)を利用する。
【0026】
これと異なり、
図6Bのように、スリップδ
2に対応する粘着特性で車輪を滑らせた場合は、高いクリーニング要素が得られることになる。車両の(走行方向において)1つ目の車軸に対応するμ
1曲線のみが、
図6Aの曲線と同じ又は同等のままで、後続の車軸に対応する曲線の粘着特性値は、先行する車軸によって実現されるクリーニング効果によって増加する。各車軸のμ(δ
2)値は対応するμ(δ
1)の値より実際に低い。
【0027】
【0028】
上記の内容は、n個の車軸をもつ車両又は車両列に拡張して適用される。
【0029】
スリップ関数δによって粘着特性μを表す曲線は、解析的な方法で数学的に定式化することはできず、滑りを引き起こす状況、接触点の幾何形状、外部環境条件によって連続的に変化するため、最適なスリップの値δを解析的に計算することは演繹的には不可能である。
【0030】
【0031】
上記の問題を改善するために、欧州特許出願公開第2147840号には、連続的な工程で経時的に離散モードで実施される適応制御手順が記載されている。この適応制御手順は、0.7に等しいδ値に対して、最初に得られたブレーキ圧力の値を、所定の時間、例えば5秒間、静的に監視することに基づいている。そして、可能性のある3つの所定値からδ値を選び、このδ値を、例えば10秒間である別の所定の時間間隔の間、新しい値で一定に保つ。
【0032】
合計15秒間の最後に、δを初期値(0.7)に戻し、新たな監視・決定サイクルを開始する。この文献に記載された方法は比較的簡単で、システムに対する計算要求が低減される。しかし、この方法は、δの急上昇に応じてスリップ速度の急上昇を引き起こし、それにより、瞬時加速度の変動及び圧縮空気の消費増大を発生させやすい。
【0033】
更に、この方法は、滑りにおけるδの変動を、経時的に離散モードで15秒に等しい期間で特定可能とする。この期間を短く設定することもできるが、それによって圧縮空気の消費が更に増加し、瞬時加速度の変動が更に頻繁になる。加えて、滑り期間に環境条件が実質的に変化しない場合、プロセスを連続的に繰り返すのは恐らく意味がない。
【0034】
国際公開第2006/113954号には、経時的に連続的に実施される鉄道車両のスリップ制御が記載されており、このスリップ制御では、滑り状態におけるその後の所望の性能を考慮して必要とされる、最適な粘着状態におけるパラメータを特定することを必要とする。更に、この方法では、システムの全体的な減速を把握することを要する。
【0035】
更に、最適なスリップ値を調整する工程は、かなり長い時間を必要とする。この調整工程は、滑り段階の初期に、即ち、車両の高速走行時に実施されるため、この工程がカバーする領域が著しく増加する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0036】
【文献】欧州特許出願公開第2147840号
【文献】国際公開第2006/113954号
【非特許文献】
【0037】
【文献】B.Widrow, S.D.Stearns,”Adaptive Signal Processing”, New Jersey, Prentice-Hall,Inc.,1985
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0038】
本発明の目的の1つは、鉄道車両の制御対象車軸の車輪の粘着特性を制御し、最大限回復する方法を提案することである。
【課題を解決するための手段】
【0039】
本目的及び他の目的は、鉄道車両の少なくとも2つの制御対象の車軸(A
i
)に属する車輪(W
i
)の粘着特性を車輪の滑り段階の期間に制御及び回復する方法であって、前記車輪(W
i
)の角速度(ω
i
)を示す速度信号を生成する工程と、粘着特性観測器(701;1001;1201)を使用して、前記車輪(W
i
)とレールとの接触点における瞬時粘着特性値(μ
i
(T
j
))を推定する工程と、推定された前記瞬時粘着特性値(μ
i
(T
j
))を処理する最適化アルゴリズムを使用して、少なくとも2つの前記車軸(A
i
)の前記車輪(W
i
)に関する目標スリップ(δ)の値を生成し、前記鉄道車両の前記車輪の前記粘着特性の平均値が最大になるように、所定のサンプリング周期(T)の時間内で前記目標スリップの値を連続的に修正する工程とを含む方法を有する本発明によって実現する。
【0040】
本発明の更なる特徴及び利点は、添付図面を参照して非限定の例によって提供される以下の詳細な説明から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【発明を実施するための形態】
【0042】
以下から更に明らかになるであろうが、本発明に係る方法によって、スリップδ(t)の最適値を特定することが可能になり、これによって、全ての車軸の瞬時粘着特性の平均値として得られる粘着特性値を最大化することができる。この平均値は以下のように定義される。
【数7】
【0043】
【0044】
本発明に係る方法は、滑り段階の期間、1つ以上の車軸に関し、車輪とレールの間の接触点における粘着特性値μをリアルタイムで評価するために粘着特性観測器を用い、これらのμ値をリアルタイムで処理することによって、全体的な粘着特性の回復が最大になるようにスリップ制御システムに割り当てられる最適δ値を経時的に連続的に特定する。
【0045】
粘着特性観測器は、滑り期間、車輪レール間接触点において、所定期間Tの一般的なサンプリング周期T
jにおける粘着特性の瞬時値μ(T
j)を動的に特定するようになっており、上記の方程式を使用して定義でき、これより簡単なステップを経て、以下の関係が得られる。
【数8】
【0046】
粘着特性観測器の下流には、粘着特性値を正確に観測するのに有用な周波数帯域の外側に存在する瞬間的な変動及びノイズを除去又は少なくとも軽減するために、ローパスフィルタを適切に設ける。
【0047】
本発明に係る方法を実施するためのシステムの第1の実施形態を
図7に示す。
【0048】
【0049】
この目的のために、LMSアルゴリズム(最小二乗平均)を実施するシステムを用いることができる。LMSアルゴリズムの収束基準及び実施される変形形態の一般的な特徴の正確な説明は、入手可能な文献、特にB.Widrow, S.D.Stearns,”Adaptive Signal Processing”, New Jersey, Prentice-Hall,Inc.,1985を参照されたい。
【0050】
図7を参照すると、粘着特性観測器701は、車軸A
i(i=1、2、…、n)に関する瞬時粘着特性値μ
i(T
j)を推定すべく、制御対象の車軸A1、A2、…、Anの車輪W1、W2、…、Wnの速度値ω1、ω2、…、ωnを表す入力信号を、前述のm
i(T
j)、J
i、R
i、及びF
mi(T
j)の絶対値の値を含むベクトルと共に受ける。
【0051】
【0052】
【0053】
加算器704は、上記微分の所望の値(0)と、上記の方程式(9)に対応する瞬時値との差分として誤差e(Tj)を出力する。この誤差e(Tj)は、ブロック705内で実施されるLMSアルゴリズムを駆動及び適応させるために使用される。このブロックは、目標値δ(Tj+1)を出力する。
【0054】
値δ(T
j+1)は、車両の速度V
Vの更新値とともに、それぞれが、例えば、上記の
図2に示す構造を有する各車軸A
i毎の複数の粘着特性回復制御ブロック706に供給される。
【0055】
【0056】
図7の破線のブロック710に含まれるモジュール群を簡単に実施したものを
図8に示す。ここでは、LMSアルゴリズムを実施するブロック705は、単純な積分器805に置き換えられている。積分器805の出力は、ゲインKで増幅され、粘着特性制御・回復システム706(
図7)に割り当てられる目標スリップ値δ(T
j+1)が生成される。
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
図8による図面は、
図7による図面の特徴と
図9による図面の特徴の中間の特徴を有する。
【0062】
図10は、本発明に係る方法を実施するための更なる一システムを示す。本システムでは、制御対象の車軸の中で、より大きい粘着特性値とより小さい粘着特性値の差分を、一般的な周期T
jで、リアルタイムに解析する。
【数10】
以下で更によく説明するように、実験データから得られる曲線に基づき、値δ(T
j+1)が得られる
【0063】
図10を参照すると、粘着特性観測器1001は、
図7の観測器701と同様に、対応する粘着特性μ
i(T
j)の推定に必要な、前述の絶対値のベクトルとともに、制御対象の車軸A
iの車輪W
iの速度ω
iの値を受ける。モジュール1002は、粘着特性観測器1001から、瞬時粘着特性μ
i(T
j)の値を受け、上記方程式(10)に従いΔμ(T
j)の値を出力する。
【0064】
続くモジュール1003は、Δμ(T
j)の値を入力として受け、
図7のモジュール706と同様の、例えば
図2に示す構成を有する、制御・粘着特性回復モジュール1004に割り当てられるδ(T
j+1)の値を出力する。
【0065】
モジュール1003は、
図11に示すグラフに従ったヒステリシスを持つ伝達関数を適切に有してもよい。この伝達関数は、スリップδと粘着特性変化Δμとの関係を定義し、このグラフは本質的に多角形の形状を有する。この多角形の下部は、δ=δ
xの水平な直線で結合され、δ
xは典型的には(必ずしも必要ということではないが)0.05に等しく、その上部は、δ=δ
yの水平な直線で結合され、δ
yは典型的には(必ずしも必要ということではないが)0.35に等しい。従って、この伝達関数は、δ
xとδ
yの間でδ値を生成できる。
【0066】
粘着特性制御・回復モジュール1004が、規制要件(上に引用したEN 15595, :2009+A1)に完全に準拠しなければならない場合、δy値は、上記規格の段落6.3.2.2の要件を守らなければならない。
【0067】
所与のδ値で滑走段階にあるとき、作用点が上記多角形の左斜めの直線辺を通って水平に移動する傾向の粘着特性Δμの減少が観察される場合、伝達関数は、この斜め直線辺に沿って減少する新しい値δ(Δμ)を決定する。同様に、所与のδ値で滑り段階にあるとき、作用点が多角形の右斜めの辺を通って水平に移動する傾向でΔμが増加する場合、伝達関数は、上記多角形の右斜め直線辺に沿って上昇する新しい値δ(Δμ)を決定する。
【0068】
伝達関数のヒステリシスは、システムを安定にするために必要であり、そうしないと、ループ内の大きな伝播遅延のために発振する傾向がある。
【0069】
多角形の斜めの直線辺は、底に向かって収束し、座標軸の原点付近ではヒステリシスが小さくなる。これは、
図6Aのグラフが示す状況のように、システムがδ≒δ
xの状況で働くときに、システムをΔμの小さな変化に対して極めて敏感にするためである。
【0070】
図11中、上記の多角形の頂点のx座標を表す値p、q、及びrは、実験的に決定され、例えば、およそp=0.01、q=0.03、及びr=0.05の値である。
【0071】
モジュール1003は、周期T(=Tj+1-Tj)でδ(Tj+1)を計算し、環境条件に対するδ値の調整が確実に時間内となるようにする。
【0072】
【0073】
【0074】
このような動作は、
図4の曲線A上の点に対応するδの特定の値を関係する車軸に強制することでは、単純に行うことはできない。なぜなら、この曲線が論理的には未知であり、時間とともに連続的に変化するためである。
【0075】
この車軸を、粘着特性ピーク値上で、制御されたスリップ状態に維持するために、
図12に示すように、粘着特性観測器1201は、この車軸の瞬時粘着特性μを推定するために必要な前述の絶対値の値ベクトルと同時に、この制御対象の車軸の車輪速度Wを示す信号を受ける。
【0076】
後続のモジュール1202は、δの値がリアルタイムに得られたとき、方程式(1’)に従って微分dμ/dδの値を計算する。
【0077】
加算器1203は、上記微分の所望値(即ち、値0)とモジュール1202が計算した瞬時値との差分として、誤差e(T
j)を出力する。この誤差は、ブロック1204内で実施されるLMSアルゴリズムを適応させるために使用される。ブロック1204は、上記車軸用トルク要求C(T
j+1)を出力し、このトルク要求C(T
j+1)は、例えば、
図3を参照して既に説明した構造を有するトルク制御モジュール1205に送信される。
【0078】
モジュール1204は、誤差e(T)が最小になる又はなくなるように、即ち、上記微分がゼロとなるように、即ち、上記車軸が粘着特性のピーク値になり、それがそこで維持されるように、それ自体は既知である方法で、出力C(Tj+1)を連続的に修正する。
【0079】
図12の破線のブロック1206は、
図7に関して上述したように、又、
図8及び
図9に図示した相対的に単純化した変形例のように、おそらく単純化することができるであろう。
【0080】
図12による解決策によって、指定の車軸について、可能な最大の粘着特性の実際の値が測定可能になる。
【0081】
この解決策を2つの車軸、例えば、滑り状態において走行方向の最初の車軸及び最後の車軸に適用し、これらの粘着特性の差分を知ることによって、ここに示すブロック1001及び1002の代わりに、
図10に示す実施形態の粘着特性Δμの差分として割り当てられる値を得ることができる。
【0082】
図12による解決策は、車両の走行方向を特定するためにも使用することができる。滑り段階の初期に、
図12による解決策を、例えば、車両の最初と最後の車軸に適用し、粘着特性が低く検出された側の車軸によって走行方向を特定する。
【0083】
最後に、
図12による解決策は、車両の実際速度V
Vの推定を向上させるために使用できる。実際、
図4の曲線Aは、x軸の値δが0.02未満に対応する領域に位置している。制動の場合、車両の実際速度V
Vの推定に最も使用されるアルゴリズムは、通常以下のタイプの関数を用いる。
【数11】
一方、力行の場合は、以下の関数が使用される。
【数12】
ここでa
maxは運転中に車両に許容される最大加速度であり、この加速度は、力行状態の場合には正の符号を有し、制動状態の場合には負の符号を有する。
【0084】
従って、
図12による解決策を少なくとも1つの車軸に適用すると、粘着特性が低下した状況においても、上記車軸は常に車両の線速度と同じ線速度で(2%と計算される最大誤差未満)進む。従って、上記の2つの式によって、極めて粘着特性が低下した状況においても、極めて信頼性の高い車両速度V
Vの値を常に提供することができる。
【0085】
当然であるが、実施形態及び実装の詳細は、本発明の原理を変えることなく、純粋に非限定の例によって説明及び図示したものに対して、添付の請求項に定義された本発明の範囲から逸脱することなく広く変更することが可能である。