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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-19
(45)【発行日】2022-04-27
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220420BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220420BHJP
   B23B 51/00 20060101ALN20220420BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 H
B23B51/00 J
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021042602
(22)【出願日】2021-03-16
(62)【分割の表示】P 2018534179の分割
【原出願日】2017-11-22
(65)【公開番号】P2021100783
(43)【公開日】2021-07-08
【審査請求日】2021-03-16
(31)【優先権主張番号】P 2016239435
(32)【優先日】2016-12-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 敬三
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸山 誠
(72)【発明者】
【氏名】福井 治世
(72)【発明者】
【氏名】小林 啓
(72)【発明者】
【氏名】倉持 幸治
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開平8-127862(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00,
B23C 5/16,
B23D 77/00,
B23F 21/00,
B23G 5/06,
C23C 14/06,
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金からなる基材と、前記基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、
前記被膜は、前記基材と接する中間層と、前記中間層上に形成された上部層とを含み、
前記上部層は、前記中間層と接する層である上部基底層からなる単層、または前記上部基底層を含む2層以上の多層であり、
前記基材の結晶系は、六方晶系であり、
前記中間層と前記上部基底層とは、NaCl型結晶構造を有し、
前記中間層の厚みは、3nm以上10nm以下であり、
前記基材と前記中間層との界面領域における面間隔不整合度は、前記基材と前記上部基底層との面間隔不整合度の理論値の59.6%以上63.9%以下であり、
前記中間層と前記上部基底層との界面領域における面間隔不整合度は、前記基材と前記上部基底層との面間隔不整合度の理論値の5.6%以下であり、
前記基材と前記上部基底層との面間隔不整合度の理論値は、前記表面被覆切削工具の3つの断面STEM像において、前記基材を構成する結晶の面方位と、前記上部基底層を構成する結晶の面方位との組み合わせのうち面間角度が最小となる面方位の組み合わせにおいて、前記基材を構成する結晶の面方位における面間隔と前記上部基底層を構成する結晶の面方位における面間隔とから下記式:
基材と上部基底層との面間隔不整合度の理論値(%)=100×{(上部基底層における基材側の面間隔)-(基材の面間隔)}/(基材の面間隔)
に従ってそれぞれ算出された値の平均値であり、
前記表面被覆切削工具の3つの断面STEM像は、前記面方位の組み合わせが互いに異なり、
前記基材と前記中間層との界面領域における面間隔不整合度および前記中間層と前記上部基底層との界面領域における面間隔不整合度はそれぞれ、前記表面被覆切削工具の3つの断面STEM像についての平均値であり、
前記中間層は、前記上部基底層を構成する元素からなる群より選択される1種以上の元素と、前記基材を構成する元素からなる群より選択される1種以上の元素とを含む炭化物、窒化物または炭窒化物を含有する、表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記中間層における前記上部基底層を構成する元素からなる群は、Ti、Cr、AlおよびSiである、請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記上部基底層は、TiN層である、請求項1または請求項2に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具に関する。本出願は、2016年12月9日に出願した日本特許出願である特願2016-239435号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載されたすべての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
基材の表面に被膜を形成し、耐摩耗性をはじめとする諸特性を向上させた表面被覆切削工具が知られている。この種の表面被覆切削工具において、基材と被膜との間に中間層(被膜の最下層であり、基材と接する層)を設けることにより基材と被膜との密着性を向上させる技術開発が進められている〔たとえば特開平07-310173号公報(特許文献1)、特開平08-127862号公報(特許文献2)、国際公開第2015/186503号(特許文献3)〕。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平07-310173号公報
【文献】特開平08-127862号公報
【文献】国際公開第2015/186503号
【発明の概要】
【0004】
本開示の一態様に係る表面被覆切削工具は、超硬合金からなる基材と、上記基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、上記被膜は、上記基材と接する中間層と、上記中間層上に形成された上部層とを含み、上記上部層は、上記中間層と接する層である上部基底層からなる単層、または上記上部基底層を含む2層以上の多層であり、上記基材の結晶系は、六方晶系であり、上記中間層と上記上部基底層とは、NaCl型結晶構造を有し、上記中間層の厚みは、3nm以上10nm以下であり、上記基材と上記中間層との界面領域における面間隔不整合度は、上記基材と上記上部基底層との面間隔不整合度の理論値の65%以下であり、上記中間層と上記上部基底層との界面領域における面間隔不整合度は、上記基材と上記上部基底層との面間隔不整合度の理論値の65%以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、本開示の一態様に係る表面被覆切削工具における基材と被膜との界面の一例を示す断面STEM像(LAADF-STEM像)の図面代用写真である。
図2図2は、図1における断面STEM像の拡大像を示す図面代用写真である。
図3図3は、中間層の厚みの測定方法を説明する説明図であって、図2に示す断面STEM像に対し、LAADF強度プロファイルを得る際に設定する矢印(2nm×10列、測定方向を示す)を重ねて示した説明図である。
図4図4は、中間層の厚みの測定方法を説明する説明図であって、図3に示した複数の矢印のうち、その1列において得られたLAADF強度プロファイルの例を示すグラフである。
図5図5は、面間隔不整合度の測定方法を説明する説明図であって、図2に示す断面STEM像に対し、LAADF強度プロファイルを得る界面(隣接する2つの四角の接合部)、およびその測定方位を重ねて示した説明図である。
図6図6は、面間隔不整合度の測定方法を説明する説明図であって、図5に示す複数の界面のうち、その1つにおいて得られたLAADF強度プロファイルの一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
特許文献1では、基材表面にAlTiの金属中間層を形成し、この金属中間層上にTiAlNの硬質被膜を形成した硬質被膜被覆工具が開示されている。しかしながら、特許文献1の硬質被膜被覆工具は、中間層が金属からなることにより硬質被膜の硬度および耐酸化性に悪影響が出る傾向がある。特許文献2では、積層部と基材との間に中間層を含み、この中間層と積層部とが連続した結晶格子を有することにより中間層と積層部との密着性を向上させた積層体が開示されている。しかしながら、特許文献2の積層体は、中間層の厚みが0.02~5μmであって残留応力が入りやすく、切削時に中間層を起点に層間剥離が起こる傾向があるなど、その密着性に改善の余地があった。
【0007】
特許文献3では、基材と被膜との間に、被膜と連続した結晶格子を有し、かつ基材とも連続した結晶格子を有する中間層を設けることにより、基材と被膜との密着性を向上させた表面被覆工具が開示されている。しかしながら、特許文献3の表面被覆工具は、中間層の内部が非晶質となって強度が低下し、これにより基材と被膜との密着性も低下する傾向があるため、その点において改善の余地が残されていた。
【0008】
基材と被膜との密着性が十分とはいえない場合、たとえばステンレス鋼、インコネル(登録商標)などの難削材を被削材とする過酷な切削条件下において、工具寿命が短命となる傾向がある。
【0009】
以上の点に鑑み、本開示は、基材と被膜との密着性に優れ、過酷な切削条件にも耐え得る表面被覆切削工具を提供することを目的とする。
【0010】
[本開示の効果]
上記によれば、基材と被膜との密着性に優れ、過酷な切削条件にも耐え得る表面被覆切削工具を提供することができる。
【0011】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0012】
[1]本開示の一態様に係る表面被覆切削工具は、超硬合金からなる基材と、上記基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具であって、上記被膜は、上記基材と接する中間層と、上記中間層上に形成された上部層とを含み、上記上部層は、上記中間層と接する層である上部基底層からなる単層、または上記上部基底層を含む2層以上の多層であり、上記基材の結晶系は、六方晶系であり、上記中間層と上記上部基底層とは、NaCl型結晶構造を有し、上記中間層の厚みは、3nm以上10nm以下であり、上記基材と上記中間層との界面領域における面間隔不整合度は、上記基材と上記上部基底層との面間隔不整合度の理論値の65%以下であり、上記中間層と上記上部基底層との界面領域における面間隔不整合度は、上記基材と上記上部基底層との面間隔不整合度の理論値の65%以下である。このような構成により表面被覆切削工具は、基材と被膜との密着性に優れ、過酷な切削条件下でも安定した長寿命を示すことができる。
【0013】
[2]上記表面被覆切削工具において上記中間層は、上記上部基底層を構成する元素からなる群より選択される1種以上の元素と、上記基材を構成する元素からなる群より選択される1種以上の元素とを含む炭化物、窒化物または炭窒化物を含有することが好ましい。これにより中間層は、基材を構成する元素および上部基底層を構成する元素の双方を含むため、基材および上部基底層の双方に対して化学的親和性を示すことができ、基材と被膜との密着性をより向上させることができる。
【0014】
[3]上記中間層における上記上部基底層を構成する元素からなる群は、Ti、Cr、AlおよびSiであることが好ましい。これにより、中間層が基材の材質である超硬合金に含まれる炭素などとも強い結合を作るため、剥離に対する耐性を向上させることができる。
【0015】
[4]上記表面被覆切削工具において上記上部基底層は、TiN層であることが好ましい。
【0016】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施形態(以下「本実施形態」とも記す)についてさらに詳細に説明するが、本実施形態はこれらに限定されるものではない。以下では図面を参照しながら説明するが、本明細書および図面において同一または対応する要素に同一の符号を付すものとし、それらについて同じ説明は繰り返さない。
【0017】
本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。さらに、本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。たとえば「TiAlN」と記載されている場合、TiAlNを構成する原子数の比はTi:Al:N=0.5:0.5:1に限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。
【0018】
≪表面被覆切削工具≫
図1は、本実施形態に係る表面被覆切削工具における基材と被膜との界面の一例を示す模式的な部分断面図である。図1に示すように、表面被覆切削工具は、超硬合金からなる基材101と、基材101上に形成された被膜110とを備える。被膜110は、基材101と接する中間層111と、中間層111上に形成された上部層とを含む。図1には、上部層のうち中間層111と接する層である上部基底層112が現れている。
【0019】
表面被覆切削工具は、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用もしくは旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップまたはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップなどの切削工具として好適に使用することができる。以下、表面被覆切削工具を構成する各要素について説明する。
【0020】
<基材>
基材101は、超硬合金からなる。基材101の結晶系は、六方晶系である。このような超硬合金として、たとえば炭化タングステン(WC)が挙げられる。
【0021】
さらに基材101としては、たとえばWC-Co系超硬合金が挙げられ、このWC-Co系超硬合金は、WC粒子と、Co(コバルト)を含有しWC粒子同士を互いに結合する結合相とを含む。
【0022】
基材101は、WCを含み、かつ結晶系が六方晶系である限り、これらの他に任意の成分を含むことができる。たとえば、WC粒子のほか、Co、Ti(チタン)、Ta(タンタル)、Nb(ニオブ)などの窒化物、炭化物または炭窒化物が添加されていてもよいし、製造時に不可避的に混入する不純物を含んでいてもよい。さらに組織中に遊離炭素もしくは「η層」と呼ばれる異常層が含まれていても構わない。基材101は、その表面が改質されたものであってもよい。たとえば基材101の表面に脱β層が形成されていてもよい。
【0023】
基材101においてWC粒子の粒径は0.2μm以上2.0μm以下が好ましく、Coの含有量は4.0質量%以上13.0質量%以下が好ましい。結合相(Co)はWC粒子に比べて軟質であるため、基材101の表面に後述するイオンボンバードメント処理を施すと、結合相が除去されてWC粒子が表面に露出する。このとき超硬合金組織におけるWC粒子の粒径およびCoの含有量が上記範囲を占めることにより、基材101の表面にWC粒子の粒界に起因する微細な凹凸が形成される。こうした表面に被膜110を形成することにより、所謂アンカー効果によって被膜110と基材101との密着性を向上させることができる。
【0024】
WC粒子の粒径は、後述する被膜の厚みの測定方法と同様に、表面被覆切削工具を切断し、その切断面を研磨した上で、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)または透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)によって観察して求めることができる。このとき観察視野中において、WC粒子に外接する円の直径(外接円相当径)をWC粒子の粒径とみなす。ここでWC粒子の粒径は1.5μm以下がより好ましい。Coの含有量は11.0質量%以下がより好ましく、10.0質量%以下が特に好ましい。
【0025】
さらに、基材101の組成は、基材を切断した切断面を対象とし、SEMまたはTEMに付帯するエネルギー分散型X線分析装置(EDX:Energy Dispersive X-ray spectrometer)を用いて分析することにより特定することができる。このEDXによる基材101の組成は、複数(たとえば、3つ)の切断面に対して行なって、これらの平均値として求めることが好ましい。
【0026】
<被膜>
被膜110は、基材101と接する中間層111と、中間層111上に形成された上部層とを含む。上部層は、中間層111と接する層である上部基底層112からなる単層であってもよく、または上部基底層112を含む2層以上の多層であってもよい。さらに被膜110は基材101の全面を被覆することが好ましい。しかしながら、被膜110は少なくとも切れ刃部分に設けられていればよく、必ずしも基材101の全面を一様に被覆するものでなくてもよい。すなわち、基材101において部分的に被膜が形成されていない態様、あるいは部分的に被膜の積層構造が異なっている態様も本実施形態に包含される。被膜110は中間層111および上部層を含む。さらに被膜110は、上部層における最上部層(最表面層)としてTiNなどから構成される色付け層を含むことができる。
【0027】
被膜110全体の厚みは0.5μm以上15μm以下が好ましい。厚みが0.5μmよりも薄いと被膜が薄すぎて工具寿命が短くなる場合があり、厚みが15μmを超えると切削初期にチッピングが起こり易くなって、工具寿命が短くなる場合がある。被膜110全体の厚みは、0.5μm以上10μm以下がより好ましく、1.0μm以上5.0μm以下が特に好ましい。
【0028】
被膜110を構成する中間層111および上部層のうち、少なくとも中間層111と上部基底層112とは、NaCl型結晶構造を有する。すなわち、少なくとも中間層111を構成する化合物の結晶粒および上部基底層112を構成する化合物の結晶粒は、NaCl型結晶構造を有する。これにより被膜の硬度が向上するため、工具の長寿命化に寄与することができる。さらに、中間層111および上部層を構成する化合物のすべての結晶が結晶質であることがより好ましい。被膜全体もしくは一部分に非晶質が含まれると、被膜の硬度が低下して工具寿命が短くなる場合があるからである。
【0029】
ここで本明細書において、被膜の厚みは、表面被覆切削工具を切断し、その切断面をSEMまたはTEMを用いて観察することにより測定することができる。観察に際し、該切断面には集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam)あるいはクロスセクションポリッシャ装置(CP:Cross section Polisher)などにより表面加工が施されていることが望ましい。さらにSEMまたはTEMに付帯するエネルギー分散型X線分析装置(EDX:Energy Dispersive X-ray spectrometer)を用いることにより、同切断面において各層の組成を求めることもできる。具体的には、SEMまたはTEMを用いて観察する観察倍率を2000~10000倍とし、1視野において5箇所の厚みを測定し、その平均値をそれぞれ被膜の厚みとみなす。ただし、中間層の厚みの測定方法については後述する。
【0030】
<上部層および上部基底層>
上部層は、上述のとおり中間層111と接する層である上部基底層112からなる単層であってもよく、または上部基底層112を含む2層以上の多層であってもよい。さらに上部層は、その全部または一部に、層を構成する化合物の組成が厚み方向において周期的に変化する変調構造、あるいは組成の異なる2種以上の単位層がそれぞれ0.2nm以上20nm以下の厚みで周期的に繰り返し積層された超多層構造を含むことができる。このとき上部基底層112は、変調構造または超多層構造の最下層となり得る。
【0031】
上部層は、周期表の第4族元素〔Ti、Zr(ジルコニウム)、Hf(ハフニウム)など〕、第5族元素〔V(バナジウム)、Nb、Taなど〕および第6族元素〔Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、Wなど〕ならびにSiおよびAlから選択される1種以上の元素と、C、NおよびOから選択される1種以上の元素とを含むことが好ましい。
【0032】
具体的には、上部層を構成する化合物として、たとえばTiCN、TiN、TiCNO、TiO2、TiNO、TiSiN、TiSiCN、TiAlN、TiAlCrN、TiAlSiN、TiAlSiCrN、AlCrN、AlCrCN、AlCrVN、AlN、AlCN、Al23、ZrN、ZrCN、ZrN、ZrO2、HfC、HfN、HfCN、NbC、NbCN、NbN、Mo2C、WC、W2Cなどを挙げることができる。これらの化合物には、さらに他の元素が微量にドープされていることもあり得る。
【0033】
上述した化合物により上部層が構成されることにより、被膜110の耐摩耗性が向上する。特に、上部基底層112はTiN層であることもある。
【0034】
<中間層>
中間層111は、基材101と接する部分に形成されている。表面被覆切削工具は中間層111を備えることにより、被膜110の剥離が抑制されるため従来に比し工具寿命が延長される。中間層111の厚みは3nm以上10nm以下である。中間層111の厚みが3nm未満である場合、基材101と被膜110との密着性を向上させる効果が得られない傾向がある。中間層111の厚みが10nmを超えると中間層111内の残留応力が大きくなって、かえって剥離しやすくなる傾向がある。中間層111の厚みは、より好ましくは3nm以上5nm以下である。
【0035】
中間層111は、上部基底層112を構成する元素からなる群より選択される1種以上の元素と、基材101を構成する元素からなる群より選択される1種以上の元素とを含む炭化物、窒化物または炭窒化物を含有することが好ましい。さらに中間層における上部基底層を構成する元素からなる群は、Ti、Cr、AlおよびSiのいずれかであることが好ましい。これにより中間層111は、基材101および上部基底層112の構成元素を含むため、基材101および上部基底層112の双方に対して高い化学的親和性を示すことができ、これらの層との密着性を向上させることができる。さらにTi、Cr、AlおよびSiは、基材の材質である超硬合金に含まれるWC粒子のうちの炭素と強い結合を作るため、剥離に対する耐性が向上する。
【0036】
当該組成を有する中間層111を形成した場合、図2に示すように、基材101と中間層111、中間層111と上部基底層112のそれぞれの界面で結晶格子がほぼ連続する。これによって、基材101と被膜110との密着性が向上していると理解される。図2は、図1の断面STEM像を拡大した像(倍率:5000000倍)である。図2においては、原子がおよそ3種類の明るさでドット状に一様に広がっている様子が観察される。この様子から、基材101(WC粒子)と上部基底層112との界面に、厚みが3nm以上10nm以下の中間層111が形成されていることが分かる(図2の左下に示すスケールは、2nmである)。さらに、中間層111内には結晶格子が存在しており、この結晶格子が基材101と中間層111との界面においてほぼ連続し、かつ上記結晶格子が中間層111と上部基底層112との界面においてもほぼ連続していることが確認できる。
【0037】
中間層111を構成する炭化物、窒化物もしくは炭窒化物の具体例としては、たとえば、次の〔a〕~〔j〕を挙げることができる。中間層111はこれらの化合物のうち1種以上を含むことができる。
〔a〕Ti、Wを含む炭化物、窒化物または炭窒化物(たとえばTiWC、TiWN、TiWCNなど)
〔b〕Cr、Wを含む炭化物、窒化物または炭窒化物(たとえばCrWC、CrWN、CrWCNなど)
〔c〕Ti、Cr、Wを含む炭化物、窒化物または炭窒化物(たとえばTiCrWC、TiCrWN、TiCrWCNなど)
〔d〕Ti、Al、Wを含む炭化物、窒化物または炭窒化物(たとえばTiAlWC、TiAlWN、TiAlWCNなど)
〔e〕Ti、Si、Wを含む炭化物、窒化物または炭窒化物(たとえばTiSiWC、TiSiWN、TiSiWCNなど)
〔f〕Ti、Cr、Al、Wを含む炭化物、窒化物または炭窒化物(たとえばTiAlCrWC、TiAlCrWN、TiAlCrWCNなど)
〔g〕Ti、Cr、Si、Wを含む炭化物、窒化物または炭窒化物(たとえばTiSiCrWC、TiSiCrWN、TiSiCrWCNなど)
〔h〕Ti、Al、Si、Wを含む炭化物、窒化物または炭窒化物(たとえばTiAlSiWC、TiAlSiWN、TiAlSiWCNなど)
〔i〕Ti、Cr、Al、Si、Wを含む炭化物、窒化物または炭窒化物(たとえばTiAlSiCrWC、TiAlSiCrWN、TiAlSiCrWCNなど)
〔j〕上記の〔a〕~〔i〕においてCrの全部または一部をTi、ZrおよびNbから選択される1種以上の元素と置き換えた炭化物、窒化物または炭窒化物。
【0038】
<中間層の非金属組成>
ここで表面被覆切削工具において、中間層111が炭窒化物であり、上部基底層112が窒化物である場合の好適例について説明する。この場合、表面被覆切削工具は、中間層111に含まれる炭素の組成比が、中間層111の厚み方向に沿って上部基底層112側から基材101側へ連続的に増加し、基材101との界面で最大となることが好ましい。さらに、中間層111に含まれる窒素の組成比が、中間層111の厚み方向に沿って基材101側から上部基底層112側へ連続的に増加し、上部基底層112との界面で最大となることが望ましい。基材101は炭化物(WC)を含み、上部基底層112は窒化物(TiNなど)を含むことから、中間層111内でCおよびNの組成比率が上記のように変化することにより、基材101および上部基底層112の双方との化学的親和性がより一層向上する。こうした組成比の変化は、たとえば後述するカソードアークイオンプレーティング法において、Nの原料ガスとCの原料ガスとの流量比を連続的に変化させながら成膜を行うことにより実現できる。
【0039】
<基材と中間層との界面におけるWC粒子の占有率>
中間層111と基材101とが接する界面の基材側は、WC粒子の占有率が80%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。中間層111と基材101との界面に軟質な結合相(Coなど)が存在しないほど、中間層111と基材101との密着力が高まる。ここで当該占有率は、本来、界面における面積占有率であるが、本明細書では次のように表面被覆切削工具の断面において定義される。すなわち表面被覆切削工具100をその表面に対する法線を含む平面で切断し、得られた切断面に現れた中間層111と基材101との界面(結晶粒3個分の幅)をSEMで25000倍の観察倍率で観察したとき、その界面において長さが3μmの基準線を設定し、該基準線上において中間層111とWC粒子とが接触している部分の合計長さを測定し、該合計長さを基準線の長さ(3μm)で除した値の百分率をWC粒子の占有率と定義する。かかる占有率は大きいほど好ましく理想的には100%であるが、生産性を考慮すると、その上限値はたとえば99%程度である。
【0040】
<中間層の厚みの測定方法>
中間層111の厚みは、上述のとおり3nm以上10nm以下である。ここで中間層111の厚みは、基材101と中間層111との界面から中間層111と上部基底層112との界面までの最短距離をいう。したがって、中間層111の厚みの測定は、上記の各界面を以下の方法を用いて特定することによって可能となる。
【0041】
本実施形態において、基材101と中間層111との界面および中間層111と上部基底層112との界面は、走査透過型電子顕微鏡の低角度散乱暗視野法(LAADF-STEM:Low-Angle Annular Dark-Field Scanning Transmission Electron Microscopy)を用いた分析によってそれぞれ特定することができる。LAADF-STEMを用いた分析から得られる断面STEM像は、原子番号の大きな原子および歪が存在する領域をより明るく表す。たとえば図2に示す断面STEM像では、基材および各層を構成する原子の違いが反映され、基材および各層が異なる明るさで現れている。特に中間層111は歪が集中するため、本実施形態において最も明るく現れている。このため明るさが急激に変化する箇所、すなわち基材および各層を構成する原子の種類が急激に変化する箇所を、これらの界面として特定することができる。
【0042】
したがって中間層111の厚みは、次のようにして求めることができる。まず被膜の厚みの測定時と同様に表面被覆切削工具を切断し、その切断面を研磨することにより、基材と被膜とが含まれる長さ2.5mm×幅0.5mm×厚み0.1mmの切片を作製する。この切片に対し、イオンスライサ装置(商品名:「IB-09060CIS」、日本電子株式会社製)を用い、その厚みが50nm以下となるまで加工することにより測定試料を得る。さらに、この測定試料に対し、LAADF-STEMを用いた分析によって図2に示すような断面STEM像を得る。本実施形態においてLAADF-STEMを用いた分析には、STEM装置(商品名:「JEM-2100F」、日本電子株式会社製)を加速電圧200kVの条件下で用いた。このSTEM装置には、球面収差補正装置(CESCOR、CEOS GmbH製)が搭載されている。
【0043】
次に、図3に示すように、断面STEM像に対して上部基底層112側から基材101側へ向かう測定方向MDに沿って、2nm幅で基材および各層の原子および歪などの明るさを、LAADF強度プロファイルとして測定する。図4には、この測定方向MDに沿った2nm幅の上記強度プロファイル(図3に示す複数の矢印のうち、1列の上記強度プロファイル)の結果を示した。図4において上記強度プロファイルは、X軸(横軸)を上部基底層112上の測定開始点からの距離とし、Y軸(縦軸)を強度(原子の明るさ)とした折れ線グラフとして表される。
【0044】
図4に示すように、本実施形態に係る表面被覆切削工具では、上記強度プロファイルのピーク(図4において下向きの矢印でその箇所を表した)が中間層内に現れる。このピークの前後において、上記強度プロファイルにおける基材101側の平坦部と上部基底層112の平坦部がそれぞれ現れる。さらに、これらの平坦部に対し、上記強度プロファイルにおける上記ピークに向かって傾斜が始まる基材101側の変化点(上部基底層112上の測定開始点からの距離が16.4nmを示す縦方向の破線との交点)、および上部基底層112の変化点(上部基底層112上の測定開始点からの距離が10nmを示す縦方向の破線との交点)も現れる。
【0045】
本実施形態では、図4に示すように上記強度プロファイルにおいて、上記ピークとこのピークに向かって傾斜が始まる基材101側の変化点との強度(明るさ)の中央値となる座標のX座標を、基材101と中間層111との界面と定義する。すなわち、図4において上部基底層112上の測定開始点からの距離が15.6nmを示す縦向きの実線が、基材101と中間層111との界面を意味する。同様に、上記ピークとこのピークに向かって傾斜が始まる上部基底層112の変化点とにおける強度(明るさ)の中央値となる座標のX座標を、中間層111と上部基底層112との界面と定義する。すなわち、図4において上部基底層112上の測定開始点からの距離が11.4nmを示す縦向きの実線が、中間層111と上部基底層112との界面を意味する。そして、これらの界面間の距離W(図4においては、15.6-11.4=4.2(nm))を中間層の厚みとみなす。
【0046】
特に、本実施形態では図3に示す矢印のように、断面STEM像に対し、測定方向MDに2nm幅で10列の上記強度プロファイルを得、これら10列の上記強度プロファイルから得られる10個の界面間の距離Wの平均値を、中間層の厚みと定める。
【0047】
<基材と中間層との界面領域における面間隔不整合度>
本実施形態に係る表面被覆切削工具において、基材101と中間層111との界面領域における面間隔不整合度は、基材101と上部基底層112との面間隔不整合度の理論値の65%以下である。本実施形態では、基材101と中間層111との界面領域における面間隔不整合度を、基材101と上部基底層112との面間隔不整合度の理論値よりも低減させることにより、基材101と中間層111との密着性を向上させ、もって基材と被膜との密着性を向上させることができる。
【0048】
基材101と中間層111との界面領域における面間隔不整合度が、基材101と上部基底層112との面間隔不整合度の理論値の65%を超えると、密着性に対して十分な効果が得られない。基材101と中間層111との界面領域における面間隔不整合度の下限値は、理想値である0%である。
【0049】
本明細書において「面間隔不整合度」とは、ある界面において一の結晶と他の結晶とを所定の結晶面で連続させたとき、これらの結晶面同士が格子整合することなくミスフィット転位が導入される確率をいう。一般に、一の結晶と他の結晶とが所定の結晶面で連続するとき、各結晶の結晶面の面間隔は相互に異なるため、一定の割合でミスフィット転位が導入されることになる。このようにミスフィット転位とは、結晶の結晶面同士が格子整合しない場合に生じる欠陥をいう。したがって「面間隔不整合度」は、このミスフィット転位の導入されやすさを表す指標とすることができる。ミスフィット転位は、力学的な歪エネルギーを発生させるため、その数が多くなるほどこれらの界面間の密着性が低下すると考えられる。たとえば、炭化タングステン(WC)と窒化チタン(TiN)とが所定の結晶面で連続するとき、これらの面間隔の相違から算出される面間隔不整合度の理論値は、表1のように表すことができる。表1中、面間隔の単位はオングストローム(Å)である。
【0050】
【表1】
【0051】
表1において、たとえば組み合わせaのように、WCの(0001)面とTiNの(111)面とが連続するとき、これらの面間隔はそれぞれ2.840と2.449であって、理論値として13.8%の確率でミスフィット転位が導入される。ただし本実施形態において、炭化タングステン(WC)と窒化チタン(TiN)との結晶面の組み合わせは、表1に記載のものに限定されるべきではない。すなわち結晶構造には対称性があるため、表1に記載のない等価な結晶面の組み合わせも本実施形態に含まれることとなる。本明細書において「界面領域」の定義については後述する。
【0052】
<中間層と上部基底層の界面領域における面間隔不整合度>
本実施形態に係る表面被覆切削工具において、中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度は、基材101と上部基底層112との面間隔不整合度の理論値の65%以下である。本実施形態では、中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度を、基材101と上部基底層112との面間隔不整合度の理論値よりも著しく低減させることにより、中間層111と上部基底層112との密着性を向上させ、もって基材と被膜との密着性を向上させることができる。
【0053】
中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度が、基材101と上部基底層112との面間隔不整合度の理論値の65%を超えると、密着性に対して十分な効果が得られない。中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度の下限値は、理想値である0%である。
【0054】
<面間隔不整合度の測定方法>
以下、基材101と中間層111との界面領域、および中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度の測定方法について説明する。
【0055】
まず、上述した中間層の厚みの測定方法と同じ方法により、LAADF-STEMによって断面STEM像を得、さらに所定の測定方向MD(図3参照)に沿って基材および各層のLAADF強度プロファイルを得る。さらに、上述した中間層の厚みの測定方法と同じ方法により、上記強度プロファイルに基づき基材101と中間層111との界面、および中間層111と上部基底層112との界面を特定する。この特定した界面を断面STEM像上に示したのが図5である。図5において、上方から下方に向かう方向で隣接する2つの四角の接合部がそれぞれ、基材101と中間層111との界面、または中間層111と上部基底層112との界面を示す。
【0056】
一方、図5の断面STEM像に対して高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transform)処理を行なうことにより各結晶領域のFFT像を得て、このFFT像に基づいて基材101、中間層111および上部基底層112を構成する結晶の結晶構造およびその面方位をそれぞれ得る。さらに、この断面STEM像における基材101を構成する結晶の面方位と、中間層111を構成する結晶の面方位との組み合わせのうち、面間角度(ギャップ)が最小となる面方位の組み合わせを測定方位Pdとして選択する。同様に、中間層111を構成する結晶の面方位と、上部基底層112を構成する結晶の面方位との組み合わせについても、ギャップが最小となる面方位の組み合わせを測定方位Pdとして選択する。
【0057】
ここで上記測定方位Pdを選択する方法について、図5の例を取り上げて説明する。図5の断面STEM像においてWCおよびTiNの領域に対し、高速フーリエ変換処理をそれぞれ行なうことにより、WCおよびTiNの領域のFFT像を得、これらのFFT像から得た面方位に基づいて測定方位Pdを選択する場合を具体例とする。この場合、上記断面STEM像においてWCおよびTiNの結晶は、下記の表2で表す面方位をそれぞれ有する。表2では、WCの(10-10)面とTiNの(111)面との組み合わせにおいて面間角度(ギャップ)が最小(0.0°)となるので、この組み合わせの面方位を測定方位Pdとして選択する。
【0058】
【表2】
【0059】
次に、上述のように選択した測定方位Pdに沿って、基材101と中間層111との界面において、LAADF強度プロファイルを、基材101側および中間層111側でそれぞれ得る。同様に、中間層111と上部基底層112との界面において、LAADF強度プロファイルを中間層111側および上部基底層112側でそれぞれ得る。これらのLAADF強度プロファイルの測定領域Rは、横幅(測定幅)1.5nm、長さ(測定長さL)2nmの範囲である。図5において測定領域Rは、上方から下方に向かう方向に隣接する2つの傾斜した四角でそれぞれ示される。この測定領域Rとは、本明細書において「界面領域」として定義される領域をいう。
【0060】
図6に示すように、本実施形態に係る表面被覆切削工具では、1つの測定領域Rにおける上記強度プロファイルとして、測定長さL(2nm)の間に周期的な複数(図6において8つ)のピークトップ(図6において下向きの矢印でそれらの箇所を表した)が現れる。さらに、これらのピークトップの谷間に相当する複数(図6において7つ)の区間も現れる。本実施形態では、上記強度プロファイルにおいて現れた区間の数(7つ)を分母とし、複数(8つ)のピークトップ間の長さlを分子として得られる数値(1周期当たりの平均値)を、上記測定領域Rにおける結晶の面間隔とみなす。
【0061】
以上より、本実施形態では、測定領域Rにおいて基材101を構成している結晶の測定方位Pdにおける面間隔と、測定領域Rにおいて中間層111を構成している結晶の測定方位Pdにおける面間隔とをそれぞれ特定することができる。このため、ここで得られた2つの面間隔の相違に基づき、基材101と中間層111との界面領域における面間隔不整合度を求める下記計算式に沿って計算することにより、基材101と中間層111との界面領域における面間隔不整合度を算出することができる。下記計算式において面間隔不整合度は、絶対値として常に正の数で表される。
基材と中間層との界面領域における面間隔不整合度(%)=100×{(中間層における基材側の面間隔)-(基材の面間隔)}/(基材の面間隔)
同様に、測定領域Rにおいて中間層111を構成している結晶の測定方位Pdにおける面間隔と、測定領域Rにおいて上部基底層112を構成している結晶の測定方位Pdにおける面間隔とをそれぞれ特定することができる。このため、ここで得られた2つの面間隔の相違に基づき、中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度を求める下記計算式に沿って計算することにより、中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度を算出することができる。下記計算式においても面間隔不整合度は、絶対値として常に正の数で表される。
中間層と上部基底層との界面領域における面間隔不整合度(%)=100×{(上部基底層の面間隔)-(中間層における上部基底層側の面間隔)}/(中間層における上部基底層側の面間隔)
特に本実施形態では、図5に示すように、1つの断面STEM像に対し、基材101と中間層111との界面において、基材101側および中間層111側でそれぞれ10箇所(合計20箇所)の測定領域Rを設定している。このため、これら合計20箇所の測定領域Rに対し上記と同様のLAADF強度プロファイルを得、このLAADF強度プロファイルに基づいて10個(10組)の面間隔不整合度が得られるので、これらの平均値を基材101と中間層111との界面領域における面間隔不整合度とする。同様に、1つの断面STEM像に対し、中間層111と上部基底層112との界面において、中間層111側および上部基底層112でそれぞれ10箇所(合計20箇所)の測定領域Rを設定している。このため、これら合計20箇所の測定領域Rに対し上記と同様のLAADF強度プロファイルを得、このLAADF強度プロファイルに基づいて10個(10組)の面間隔不整合度が得られるので、これらの平均値を中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度とする。
【0062】
さらに本実施形態では、基材であるWC-Co系超硬合金は液相焼結で製造されるため、基材表面におけるWC粒子の結晶の面方位が無作為となる。このため本実施形態では、上述した断面STEM像(便宜的に「1視野目」と称する)の他に、別の断面STEM像(便宜的に「2視野目」と称する)、およびさらに別の断面STEM像(便宜的に「3視野目」と称する)に対しても、上述した方法により各界面領域における面間隔不整合度を算出する。別の断面STEM像(2視野目)とは、1視野目の断面STEM像における測定方位Pdとは異なる面方位の組み合わせを測定方位Pdとするものである。さらに別の断面STEM像(3視野目)とは、1視野目および2視野目の両方の断面STEM像と異なる面方位の組み合わせを測定方位Pdとするものである。本実施形態では、これら3つの測定方位Pdにおける面間隔不整合度の平均値を、基材101および中間層111、ならびに中間層111および上部基底層112の各界面領域における面間隔不整合度と定める。
【0063】
以上により、基材101と中間層111との界面領域における面間隔不整合度、ならびに中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度がそれぞれ得られる。本実施形態において、上述した方法により得られた基材101と中間層111との界面領域における面間隔不整合度は、基材101と上部基底層112との面間隔不整合度の理論値と比較したとき、その理論値の65%以下となる。さらに、上述した方法により得られた中間層111と上部基底層112との界面領域における面間隔不整合度は、基材101と上部基底層112との面間隔不整合度の理論値と比較したとき、その理論値の65%以下となる。
【0064】
<作用>
以上より、本実施形態に係る表面被覆切削工具は、基材と被膜との密着性に優れ、過酷な切削条件にも耐え得ることができる。
【0065】
≪表面被覆切削工具の製造方法≫
本実施形態に係る表面被覆切削工具の製造方法は、上述した表面被覆切削工具を製造することができる限り、特に制限されるべきではないが、たとえば次のような方法によって製造することが好ましい。すなわち表面被覆切削工具の製造方法は、たとえば基材を準備する工程と、被膜を形成する工程とを備えることができる。この被膜を形成する工程は、基材の表面を処理する工程と、中間層を形成する工程と、上部基底層および、この上部基底層以外の上部層を形成する工程とを含む。以下、各工程について説明する。
【0066】
<基材を準備する工程>
基材を準備する工程では、結晶系が六方晶系であるWC粒子と、Coを含有しWC粒子同士を互いに結合する結合相とを含む基材を準備する。この種のWC-Co系超硬合金基材は、従来公知の粉末冶金法によって行なうことができる。たとえばボールミルによってWC粉末およびCo粉末などを混合して混合粉末を得、該混合粉末を乾燥した後、所定の形状に成形して成形体を得る。さらに該成形体を焼結することにより、WC-Co系超硬合金(焼結体)が得られる。次に、該焼結体に対してホーニング処理などの所定の刃先加工を施すことにより、WC-Co系超硬合金からなる基材を準備することができる。
【0067】
<被膜を形成する工程>
被膜は、難削材を切削する切削時の高温に耐え得る膜である必要がある。このため被膜は、結晶性の高い化合物から構成されることが望ましい。本発明者がそのような被膜を開発すべく、各種成膜技術を検討したところ、物理蒸着(PVD)法が好ましいことが見出された。物理蒸着法とは、物理的な作用を利用して原料(蒸発源、ターゲットともいう)を気化させ、気化した原料を基材上に付着させる蒸着方法である。物理蒸着法として、たとえばカソードアークイオンプレーティング法、バランスドマグネトロンスパッタリング法、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法などが挙げられる。
【0068】
これらの物理蒸着法のうちカソードアークイオンプレーティング法は、原料のイオン化率が高いことから、本実施形態に係る表面被覆切削工具の被膜を製造するのに好適である。さらに、カソードアークイオンプレーティング法は、同じ成膜装置内において後述するイオンボンバードメント処理による基材の洗浄を行うことができるため、製造工程の簡略化、生産性の向上に寄与することができる。
【0069】
(基材の表面を処理する工程)
本実施形態では、中間層を形成する工程の前に、基材の表面を処理する工程としてArイオンを用いたイオンボンバードメント処理を行なうことにより、基材の表面に表出した結合相の少なくとも一部を除去することができる。これにより、基材の表面を洗浄するとともに、その表面におけるWC粒子の占有率を高めることができる。その上で、次工程である中間層を形成する工程において、Ti、Cr、AlおよびSiから選択される1種以上の元素を基材の表面に付着させることにより、これらの元素とWC粒子とが強固に結合しやすくなり、中間層の基材との密着作用をより一層高めることができる。WC粒子の占有率は、たとえばイオンボンバードメント処理を施す時間によって調整することができる。
【0070】
(中間層を形成する工程)
中間層を形成する工程では、Arイオンによるイオンボンバードメント処理とともに、中間層の一部となるべき元素からなるターゲット(たとえばW、Ti、Cr、AlおよびSiから選択される1種以上のターゲット)を用いたカソードアークイオンプレーティング法を併用する複合的な処理を施す。その際に、バイアス電圧を100kHz、1000V印加することによってWC粒子の表面でイオンミキシングを行なう方法、中間層の一部となるべき元素からなるターゲット(たとえばW、Ti、Cr、AlおよびSiから選択される1種以上のターゲット)を用いたカソードアークイオンプレーティング法によって窒素またはメタン雰囲気で所定の化合物を堆積させることなどにより中間層を形成することができる。中間層の厚みは、上記複合的な処理の時間およびバイアス電圧、ならびに上記元素を堆積させる時間によって調整することができる。
【0071】
(上部基底層および上部基底層以外の上部層を形成する工程)
その後、引き続きカソードアークイオンプレーティング法によって、窒素またはメタンガス雰囲気中で上部基底層を構成する元素(たとえば、Ti)を中間層上に堆積することによって上部基底層を形成することができる。さらに、上部層が上部基底層を含む2層以上の多層である場合、カソードアークイオンプレーティング法によって引き続き、窒素またはメタンガス雰囲気中で上部層を構成する元素(たとえば、TiおよびAl)を上部基底層上に堆積することによって、上部基底層以外の上部層を形成することができる。
【0072】
上部基底層および上部層を形成した後、被膜の靱性を向上させるため、被膜に圧縮残留応力を付与することができる。圧縮残留応力は、たとえばブラスト法、ブラシ法、バレル法およびイオン注入法などによって付与することができる。
【0073】
以上の工程を経ることにより本実施形態に係る表面被覆切削工具を容易に製造することができる。
【実施例
【0074】
以下、実施例を用いて本実施形態を更に詳細に説明するが、本実施形態はこれらに限定されるものではない。
【0075】
<試料1~試料7ならびに試料101~試料105の製造>
以下のように表面被覆切削工具(試料1~試料7および試料101~試料105)を製造し、切削試験を実施して工具寿命を評価した。ここでは試料1~試料7が実施例に相当し、試料101~試料105が比較例に相当する。
【0076】
<基材を準備する工程>
まず基材として、材質が「ISO K10グレード」の超硬合金であり、φ8mmのドリル(商品名(品番):「MDW0800HGS5」、住友電工ハードメタル株式会社製)を準備した。この超硬合金基材は、WC粒子と、Coを含有しWC粒子同士を互いに結合する結合相とを含む。
【0077】
<被膜を形成する工程>
上述した基材に対し、PVD成膜装置(カソードアークイオンプレーティング成膜装置)を用いて、基材の表面に被膜を形成した。
【0078】
まず上記装置内の基材ホルダに基材を設置した。次いで真空ポンプによってチャンバ内の圧力を1.0×10-4Paまで減圧した。さらに基材ホルダを回転させながら、上記装置内に設置されたヒータによって基材を500℃に加熱した。
【0079】
(基材の表面を処理する工程)
次に、上記装置のガス導入口からArガスを導入し、チャンバ内の圧力を0.5Paに保持しながら、バイアス電源の電圧を600Vまで上昇させ、Arイオンを用いたイオンボンバードメント処理により基材の表面を60分間に亘って洗浄した。これにより基材の表面に表出した結合相を除去した。
【0080】
(中間層を形成する工程)
さらに、上記基材の表面を処理する工程に引き続き、ガス導入口からArを導入し、チャンバ内の圧力を1.3Paに保持するとともに、バイアス電源の電圧を100kHz、1000Vとした。同時に、上記装置内のアーク式蒸発源(Tiターゲット)に150Aのアーク電流を印可し、基材の表面に対してTiイオンによるカソードアークイオンプレーティング法を行なうことによってWCとTiをイオンミキシングさせた。これにより中間層を形成した。
【0081】
以下に示す表3および表4から理解されるように、試料101~103は中間層が形成されておらず、これらの試料に対して本工程を行なっていない。中間層の厚みは、中間層を形成する工程を行なう時間によって調整される。たとえば本工程に基づいて試料1における3nmの厚みの中間層を形成するのには、3分を要した。
【0082】
(上部基底層および上部基底層以外の上部層を形成する工程)
上記中間層を形成する工程に次いで、上部基底層を形成した。具体的には、上記装置のガス導入口からチャンバへ窒素ガスを導入し、チャンバ内の圧力を6.0Paに保持するとともに、バイアス電源の電圧を30Vとした。さらに上記装置内のアーク式蒸発源にセットしたTiターゲットに120Aのアーク電流を印可し、中間層が形成された基材に対してTiNを堆積させることにより上部基底層を成膜した。本工程の処理時間は3分とした。
【0083】
上部基底層の形成に引き続き、上部基底層以外の上部層を形成した。具体的には、チャンバ内に引き続き窒素ガスを導入し、圧力を6.0Paに保持するとともに、バイアス電源の電圧を50Vとした。さらに上記装置内のアーク式蒸発源にTiAlターゲットをセットし、該ターゲットに150Aのアーク電流を印可することにより、上部基底層が形成された基材に対してTiAlNを堆積させることにより上部基底層以外の上部層を成膜した。本工程の処理時間は120分とした。
【0084】
<被膜の評価>
各試料を切断して作製した切断面の断面STEM像の観察から、各試料の基材の結晶系は六方晶系(表中では「六方晶」と記した)であり、中間層(試料101~試料103を除く)および上部基底層(TiN層)がNaCl型結晶構造(表中では「NaCl型」と記した)を有することを確認した。上記切断面に対してTEM-EDX分析を行なうことにより各試料の組成を確認し、基材がWCであることを確認した。中間層に、基材を構成する組成(W、C)、TiおよびNを有することも確認した。さらに上部基底層がTiN層であることも確認した。
【0085】
次に、上記断面STEM像に基づき、上述の測定方法を用いて中間層の厚みを求めた。さらに中間層を有する試料に対し、上述の測定方法を用いて、基材と中間層との界面領域における面間隔不整合度、中間層とTiN層との界面領域における面間隔不整合度をそれぞれ求めた。これらの面間隔不整合度の理論値との差(Δ:面間隔不整合度の理論値に対する低減率、単位は%)についても求めた。試料(試料101~試料103)に対しては、上述の測定方法を基材とTiN層との界面領域に適用し、これらの面間隔不整合度を求めた。これらの結果を表3および表4に示す。
【0086】
試料1の面方位の組み合わせは、上述した表1の組み合わせa、bおよびeであり、試料2~5、試料102、試料104および試料105の面方位の組み合わせは、上記表1の組み合わせa、eおよびfであり、試料6および試料103の面方位の組み合わせは、上記表1の組み合わせb、eおよびfであり、試料7の面方位の組み合わせは、上記表1の組み合わせa、bおよびfである。
【0087】
表3および表4において、各試料に関して基材(WC)、中間層および上部基底層(TiN)の結晶構造、ならびに断面STEM像(1視野目~3視野目)に基づいて定めた面方位の組み合わせ(測定方位)、およびその測定方位に沿って測定された面間隔についても記載した。中間層を有さない試料(試料101~試料103)に対しては、基材(WC)および上部基底層(TiN)の結晶構造、ならびに断面STEM像(1視野目~3視野目)に基づいて定めた面方位の組み合わせ(測定方位)、およびその測定方位に沿って測定された面間隔について記載した。表3および表4中に示した面間隔と上記表1に示した面間隔とで値が異なることがあるが、これは計算による理論値と、実際に測定した測定値との誤差によるものである。測定値およびΔについては、小数点第2位の数値を四捨五入することにより小数点第1位まで表した。
【0088】
【表3】
【0089】
【表4】
【0090】
<工具寿命の評価>
上記のとおりに作製した各試料に基づいて切削工具としてドリルを製造し、各試料のドリルに対して切削試験を行なって工具寿命を評価した。切削条件は次のとおりとし、工具寿命に至るまでの工数(穴数)を測定した。その結果を表5に示す。表5中、穴数が多いほど工具寿命が長いことを示している。
【0091】
(切削条件)
被削材:炭素鋼(S50C[HB200])
切削速度:80m/min
送り速度:0.15mm/刃
加工:内部給油を用いて深さ40mmの貫通穴を形成
工具寿命は、被削材の寸法精度が規定の範囲(穴径8.000~8.036mm)を外れた時点の加工数で評価した。
【0092】
【表5】
【0093】
(評価)
表3~表5によれば、実施例の表面被覆切削工具(試料1~試料7)は、比較例の表面被覆切削工具(試料101~105)と比較し、安定して長寿命を示す結果となった。
【0094】
こうした結果が得られた理由は、所定の中間層の存在によって、基材と中間層との界面領域および中間層とTiN層との界面領域においてそれぞれ面間隔不整合度が理論値よりも低減することにより、被膜と基材との密着性が向上し、被膜の剥離が抑制されたからであると考えられる。このとき中間層の厚みは、3nm以上10nm以下である必要があり、特に3nm以上5nm以下である場合に、顕著に安定した長寿命を示すことが分かった。
【0095】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0096】
今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0097】
101 基材
110 被膜
111 中間層
112 上部基底層
MD 測定方向
Pd 測定方位
W 界面間の距離(中間層の厚み)
R 測定領域(界面領域)
l ピークトップ間の長さ
L 測定長さ
図1
図2
図3
図4
図5
図6