(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-20
(45)【発行日】2022-04-28
(54)【発明の名称】多層硬質皮膜被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20220421BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20220421BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20220421BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20220421BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
B23C5/16
C23C14/06 H
C23C14/06 P
(21)【出願番号】P 2019504868
(86)(22)【出願日】2017-07-28
(86)【国際出願番号】 JP2017028330
(87)【国際公開番号】W WO2018025977
(87)【国際公開日】2018-02-08
【審査請求日】2020-02-28
(31)【優先権主張番号】P 2016151307
(32)【優先日】2016-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】316016829
【氏名又は名称】エルリコンサーフェスソリューションズ アーゲー、プフェッフィコン
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【復代理人】
【識別番号】100208568
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【氏名又は名称】山田 靖
(72)【発明者】
【氏名】高橋 正訓
(72)【発明者】
【氏名】デニス クラポフ
(72)【発明者】
【氏名】フォルカー デルフリンガー
(72)【発明者】
【氏名】ヴォルフガング カルス
【審査官】中里 翔平
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-235393(JP,A)
【文献】特開2009-178822(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0222893(US,A1)
【文献】特開2008-049455(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 14/00-14/58
C23C 16/00-16/56
C23C 28/00-28/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体の表面に多層硬質皮膜が形成されている
、前記工具基体を含む多層硬質皮膜被覆切削工具において、
(a)前記多層硬質皮膜は、
前記多層硬質皮膜の最外層としての上部層および
前記多層硬質皮膜の最外層と工具基体表面の間に設けられた下部層を少なくとも備え、
(b)前記
多層硬質皮膜の最外層としての上部層は、少なくとも、TiとSiを含有する0.075~1.5μmの層厚を有するTi、SiとXの化合物層からなり、前記Ti、SiとXの化合物を、
組成式:(Ti
zSi
1-z)X
で表した場合、0.7≦z≦0.99(但し、zは原子比)を満足し、かつ、Xは、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO,CNO,BNO、CBNOから選ばれるいずれか一種であり、
(c)前記下部層は、A層とB層との多積層膜からなり、B層の層厚はA層の層厚と同じかそれよりも厚くなっており、その厚さの比はA層:B層=1:1~1:2であり、かつ、一つのA層と一つのB層との組み合わせを1対の層とした場合、2対~8対の範囲内の繰返し対数を有する多積層膜からなり、
(d)前記A層は、少なくともAlとCrを含有するAl、CrとXの化合物層であって、前記Al、CrとXの化合物を、
組成式:(Al
yCr
1-y)X
で表した場合、0.2≦y≦0.7(但し、yは原子比)を満足し、かつ、Xは、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO,CNO,BNO、CBNOから選ばれるいずれか一種であり、
(e)前記B層は、前記(Ti
zSi
1-z)Xと前記(Al
yCr
1-y)Xの混合層であり、前記Xは、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO,CNO,BNO、CBNOから選ばれるいずれか一種であることを特徴とする多層硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項2】
前記混合層は(Ti
zSi
1-z)X層と(Al
yCr
1-y)X層で構成され、前記混合層の構成は、個々の(Ti
zSi
1-z)X層と個々の(Al
yCr
1-y)X層の交互の積層となっており、また前記混合層を構成している個々の(Ti
zSi
1-z)X層と個々の(Al
yCr
1-y)X層の各々の膜厚は100nmを超えないことを特徴とする請求項1に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項3】
少なくとも、TiとSiを含有する前記上部層は、0.2~1.5μmの層厚を有することを特徴とする請求項1または2に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項4】
少なくとも、TiとSiを含有する前記上部層は、0.6~1.5μmの層厚を有することを特徴とする請求項1または2に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項5】
前記下部層を構成する一層層厚において、A層が0.25~1.5μmを有する請求項1または2に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項6】
前記下部層を構成する一層層厚において、B層が0.25~2.5μmを有する請求項1または2に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項7】
少なくとも前記A層のうちの一つの層および前記B層のうちの一つの層は、W、V、Mo、Nb、Ta、Hf、Zrから選ばれる少なくとも一つの成分元素、あるいはSiをさらに含有していることを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項8】
前記B層において、Xを除く成分元素の少なくとも一つの成分についての周期的な組成変化が存在し、該周期的組成変化の周期長(nm)を、該成分が極大含有率を示す位置とそれに隣接する極大含有率を示す位置の厚さとして求めた場合に周期長は20~200nmであり、また、該周期的組成変化の組成変動率を、該成分の極大含有率と極小含有率の差を極大含有率で除した割合(%)として求めた場合、組成変動率は5~95%であることを特徴とする請求項1~7のいずれか一項に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
【請求項9】
前記工具基体と下部層の間に最下部層が形成され、該最下部層は、0.05~1.5μmの層厚の前記A層と、0.05~2.5μmの層厚の前記B層とからなる請求項1~8のいずれか一項に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料等の切削に用いられる多層硬質皮膜被覆切削工具(以下、単に、「被覆工具」ともいう)に関し、特に、炭素鋼、合金鋼等の通常(低速)切削および高速切削のいずれにおいても長寿命を示す多層硬質皮膜被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、被覆工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサート、被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、またインサートを着脱自在に取り付けてソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミル工具などが知られている。
【0003】
近年、金属材料の切削加工においては高能率化の要求が高く、切削速度を高速化させることが求められている。このため、切削工具の工具基体表面を被覆する被膜に対して耐摩耗性や耐欠損性を向上させることが要求されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、TiAlCrSiNからなる第1および第3の硬質皮膜と、TiSiNからなる第2の硬質皮膜と、が被覆されているドリル等の被覆工具において、前記第1ないし第3の硬質皮膜が、前記被覆工具の母材側から前記第1の硬質皮膜、前記第2の硬質皮膜、前記第3の硬質皮膜の順に被覆されており、前記第1の硬質皮膜の膜厚は、前記第2および第3の硬質皮膜の膜厚よりも厚くしたドリル等の被覆工具が提案されており、このような硬質皮膜の被覆構造とすることによって、多層膜を形成する各硬質皮膜の膜応力が低減するので、ドリル等の小径の切削工具であっても多層膜を被覆することできて、優れた耐摩耗性を発揮するとされている。
【0005】
特許文献2には、Ti窒化物もしくは炭窒化物からなる層とTiAlの窒化物もしくは、炭窒化物からなる層を少なくとも2層以上被覆した被覆工具において、X線回折における(111)面の強度をI(111)、(200)面の強度をI(200)としたとき、Ti の窒化物もしくは炭窒化物層のI(200)/I(111)の値が1以下であり、Ti、Alの窒化物もしくは炭窒化物層のI(200)/I(111)の値が1以上であり、多層被覆する各層の中間にTiの窒化物、炭窒化物層とTi、Alの窒化物、炭窒化物層双方よりなる5nm から500nmの厚さの中間層を介在させた被覆工具が提案されており、このような層構造(即ち、配向性の異なるTi窒化物、炭窒化物とTiAlの窒化物、炭窒化物という2種の皮膜を多層被覆すること)により、層の残留圧縮応力が低減されるため、厚膜化が可能となり、その結果、耐摩耗性向上が図られるとされている。
【0006】
また、特許文献3には、炭化タングステン基超硬合金からなる工具基体の表面に、硬質被覆層として、第1の複合窒化物層と第2の複合窒化物層とが交互に計4層以上形成し、前記第1の複合窒化物層は、少なくとも前記工具基体の表面に直接成膜され、0.5~1.25μmの平均層厚を有し、組成式:(Al1-XTiX)Nで表した場合に、0.3≦X≦0.7(ただし、X値は原子比)を満足する平均組成のAlとTiの複合窒化物層とし、また、前記第2の複合窒化物層は、0.5~1.25μmの平均層厚を有し、組成式:(Al1-aCra)Nで表した場合に、0.2≦a≦0.6(ただし、a値は原子比)を満足する平均組成のAlとCrの複合窒化物層とした被覆工具(ドリル)が提案されており、この被覆工具(ドリル)によれば、炭素鋼の切削加工において、硬質被覆層の摩耗や剥離を抑制しえることから、工具寿命を延長できるとされている。
【0007】
さらに、特許文献4には、切削工具として、少なくとも一つの(AlyCr1-y)X層(ただし、0.2≦y≦0.7であり、かつ、Xは、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO、CNO、BNO、CBNOのうちの1種の元素)、及び、一つの(TizSi1-z)X層(ただし、0.99≧z≧0.7)からなる群から選択される少なくとも1つの層を硬物質層として備え、
該硬物質層がさらに、一つの(AlCrTiSi)X混合層に次ぐ一つの(TizSi1-z)N層または(AlyCr1-y)N層、それに次ぐ一つの(AlCrTiSi)X混合層、それに次ぐ一つの(AlyCr1-y)N層という構成を備える、少なくとも一つの層パッケージを備え、
前記層パッケージの(AlyCr1-y)N層または複数の(AlyCr1-y)N層の1つの層厚が75nm~200nmであり、または前記層パッケージの(TizSi1-z)N層の層厚が50~150nmであり、かつ前記層パッケージの(AlCrTiSi)X混合層が、20±10nmの層厚を持つ、多層構造の硬物質層を備えた耐摩耗性を改善した被覆工具が提案されている。
また、前記特許文献4には、前記少なくとも一つの(AlyCr1-y)X層、前記層パッケージの1つのまたは複数の(AlyCr1-y)N層、及び、該(AlCrTiSi)X混合層が、W、V、Mo、NbおよびSiの少なくとも一種をさらに含むことができること(段落0017参照)、また、硬物質層は、4から11の層パッケージが備わっていること(請求項5参照)、さらに、硬物質層の最表面には、一つの(AlyCr1-y)X表層または一つの(TizSi1-z)X表層が形成されていること(請求項8参照)が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2014-69258号公報
【文献】特許第3705381号公報
【文献】特開2014-87858号公報
【文献】特許第5289042号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年の切削加工装置の自動化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化、省エネ化、低コスト化の要求は強く、さらに、通常(低速)切削および高速切削のいずれの切削条件でも使用可能な汎用性のある切削工具が求められている。
例えば、前記特許文献2で提案されている被覆工具は、高速領域の切削加工においては、欠損等の発生もなくすぐれた工具寿命を示す反面、通常(低速)領域の切削加工においては、チッピング発生を原因として短期間で工具寿命に至るという問題がある。
一方、前記特許文献3で提案されている被覆工具は、通常(低速)領域の切削加工においては、チッピング等の発生はわずかであってすぐれた工具寿命を示す反面、高速領域の切削加工においては、欠損発生により短期間で工具寿命に至るという問題がある。
また、前記特許文献1、4で提案されている被覆工具においては、多積層被膜の最表面層の厚膜化によって工具寿命の延長を図ろうとした場合、層内の内部応力の増大とても、切削加工時の負荷によって刃先が欠損を発生しやすくなるため、層厚に見合った寿命延長効果が得られないばかりか加工品質を低下させるという問題があった。
このように、通常(低速)切削条件および高速切削条件のいずれの切削条件においても、チッピング、欠損等の異常損傷の発生がなくすぐれた耐摩耗性を発揮する汎用性ある被覆工具が望まれるとともに、硬質皮膜の厚膜化による工具寿命の延命化を図り得る被覆工具が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、通常(低速)切削条件および高速切削条件のいずれにおいても汎用性を有する性能を示し、かつ、チッピング、欠損等の異常損傷を発生することなく長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮する工具寿命の長い被覆工具を開発すべく、鋭意研究を行った。
【0011】
本発明者らは、特に、被覆工具の層構造について研究を進めたところ、以下の知見を得たのである。
(1)WC基超硬合金等からなる工具基体の表面に多層硬質皮膜を被覆した被覆工具において、多層硬質皮膜の上部層を(TizSi1-z)Xで構成するとともに、かつ、該上部層の層厚を最適化し、
(2)前記上部層と工具基体の間に、多積層膜からなる下部層を形成し、該多積層膜を、(AlyCr1-y)X層(以下、「A層」ともいう。)と、前記(TizSi1-z)Xと前記(AlyCr1-y)Xの混合層(以下、「B層」または(AlCrTiSi)X混合層ともいう。)との交互積層構造として形成し、
(3)前記A層の層厚と前記B層の層厚を適正化し、さらに、一つのA層と一つのB層の組み合わせを1対とした時、下部層を2対~8対の範囲内の繰返し対数で構成することによって、応力の過大な増大につながる異種界面数を適切に減少させ、応力緩和を図るために前記B層の体積率を上げる。
前記(1)~(3)で規定される条件を満たす多層硬質皮膜を被覆した本発明の被覆工具は、通常(低速)切削条件および高速切削条件のいずれにおいても、チッピング、欠損等の異常損傷を発生することなくすぐれた耐摩耗性を発揮すること、さらに、上部層を厚膜化してもチッピング、欠損等の異常損傷を発生する恐れがないこと、その結果、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮することを見出したのである。
さらに、前記の(1)~(3)に加えて、
(4)前記B層において、成分Xを除く他の成分元素について、層内に周期的組成変化を所定の周期長、所定の組成変動率で形成した場合には、B層による応力緩和効果だけでなく、耐摩耗性向上効果が得られるため、より一段と、耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性が向上し、被覆工具の長寿命化が図られることを見出したのである。
【0012】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 工具基体の表面に多層硬質皮膜が形成されている、前記工具基体を含む多層硬質皮膜被覆切削工具において、
(a)前記多層硬質皮膜は、前記多層硬質皮膜の最外層としての上部層および前記多層硬質皮膜の最外層と工具基体表面の間に設けられた下部層を少なくとも備え、
(b)前記多層硬質皮膜の最外層としての上部層は、少なくとも、TiとSiを含有する0.075~1.5μmの層厚を有するTi、SiとXの化合物層からなり、前記Ti、SiとXの化合物を、
組成式:(TizSi1-z)X
で表した場合、0.7≦z≦0.99(但し、zは原子比)を満足し、かつ、Xは、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO,CNO,BNO、CBNOから選ばれるいずれか一種であり、
(c)前記下部層は、A層とB層との多積層膜からなり、B層の層厚はA層の層厚と同じかそれよりも厚くなっており、その厚さの比はA層:B層=1:1~1:2であり、かつ、一つのA層と一つのB層との組み合わせを1対とした場合、2対~8対の範囲内の繰返し対数を有する多積層膜からなり、
(d)前記A層は、少なくともAlとCrを含有するAl、CrとXの化合物層であって、前記Al、CrとXの化合物を、
組成式:(AlyCr1-y)X
で表した場合、0.2≦y≦0.7(但し、yは原子比)を満足し、かつ、Xは、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO,CNO,BNO、CBNOから選ばれるいずれか一種であり、
(e)前記B層は、前記(TizSi1-z)Xと前記(AlyCr1-y)Xの混合層であり、前記Xは、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO,CNO,BNO、CBNOから選ばれるいずれか一種であることを特徴とする多層硬質皮膜被覆切削工具。
(2)前記混合層は(TizSi1-z)X層と(AlyCr1-y)X層で構成され、前記混合層の構成は、個々の(TizSi1-z)X層と個々の(AlyCr1-y)X層の交互の積層となっており、また前記混合層を構成している個々の(TizSi1-z)X層と個々の(AlyCr1-y)X層の各々の膜厚は100nmを超えないことを特徴とする(1)に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
(3)少なくとも、TiとSiを含有する前記上部層は、0.2~1.5μmの層厚を有することを特徴とする(1)または(2)に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
(4)少なくとも、TiとSiを含有する前記上部層は、0.6~1.5μmの層厚を有することを特徴とする(1)または(2)に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
(5)前記下部層を構成する一層層厚において、A層が0.25~1.5μmを有する(1)または(2)に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
(6)前記下部層を構成する一層層厚において、B層が0.25~2.5μmを有する(1)または(2)に記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
(7)少なくとも前記A層のうちの一つの層および前記B層のうちの一つの層は、W、V、Mo、Nb、Ta、Hf、Zrから選ばれる少なくとも一つの成分元素、あるいはSiをさらに含有していることを特徴とする(1)~(6)のいずれかに記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
(8)前記B層において、Xを除く成分元素の少なくとも一つの成分についての周期的な組成変化が存在し、該周期的組成変化の周期長(nm)を、該成分が極大含有率を示す位置とそれに隣接する極大含有率を示す位置の厚さとして求めた場合に周期長は20~200nmであり、また、該周期的組成変化の組成変動率を、該成分の極大含有率と極小含有率の差を極大含有率で除した割合(%)として求めた場合、組成変動率は5~95%であることを特徴とする(1)~(7)のいずれかに記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。
(9)前記工具基体と下部層の間に最下部層が形成され、該最下部層は、0.05~1.5μmの層厚の前記A層と、0.05~2.5μmの層厚の前記B層とからなる(1)~(8)のいずれかに記載の多層硬質皮膜被覆切削工具。」
を特徴とする。
【0013】
次に、本発明の被覆工具について、図面とともに説明する。
【0014】
図1に、本発明の多層硬質皮膜を有する被覆工具の多層硬質皮膜の縦断面概略模式図を示す。
本発明では、例えば、WC基超硬合金からなる工具基体の表面に、例えば、
図3に示すアークイオンプレーティング(AIP)装置を用いた物理蒸着法により多層硬質皮膜を形成する。
多層硬質皮膜の最外層としての上部層
(以下、単に「上部層」という)としては、
図1中に、(Ti
zSi
1-z)Xとして示すように、組成式:(Ti
zSi
1-z)Xで表される少なくともTiとSiを含有する化合物層が被覆される。
ここで、0.7≦z≦0.99(但し、zは原子比)を満足し、かつ、Xは、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO,CNO,BNO、CBNOから選ばれるいずれか一種である。
前記の少なくともTiとSiを含有する化合物層からなる上部層は、Si成分を含有することによって、耐酸化性が向上するため、切削加工時の高温条件下においても、すぐれた高硬度を維持するが、TiとSiの合量に占めるTiの含有割合を表すzが0.7未満であると、上部層の高温靭性、高温強度が低下し、一方、zが0.99を超えるとSi成分を含有したことによる硬度向上効果が得られなくなる。
したがって、z値は、0.7≦z≦0.99(但し、原子比)とする。望ましくは、0.85≦z≦0.95(但し、原子比)である。さらに本発明の切削試験に関する好適実施例によれば、前記上部層は直接下部層の上に成膜されたものである。
また、前記上部層は、すぐれた耐摩耗性を示すが、組成式:(Ti
zSi
1-z)Xで表される成分Xが、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO,CNO,BNO、CBNOのいずれであっても、いずれも硬質であって類似した特性を示す。
したがって、成分Xとしては、N、C、B、CN、BN、CBN、NO、CO、BO,CNO,BNO、CBNOから選ばれるいずれか一種を用いればよい。なお、よりすぐれた硬さ、耐摩耗性の要求に応えるためには、成分Xとしては、NまたはCNが好適である。
なお、成分Xの作用については、後記するA層、B層においても、前記上部層の場合と同様である。
前記上部層は、その層厚が0.075μmであると長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮することができないため、工具寿命が短命となり、一方、1.5μmを超えると、層内の内部応力によって、切削加工時のチッピング、欠損、自壊等の異常損傷を発生しやすくなる。
したがって、上部層の層厚は、0.075~1.5μmとする。上部層の層厚は、0.2~1.5μmとすることがより望ましく、さらに望ましくは0.6~1.5μmとすることである。
【0015】
図1に示すように、本発明では、前記上部層と工具基体の間に、下部層が形成される。
さらに本発明の切削試験に関する好適実施例によれば、前記上部層は直接下部層の上に成膜されたものである。
下部層は、A層とB層との多積層膜からなり、B層の層厚はA層の層厚と同じかそれよりも厚くなっており、その厚さの比はA層:B層=1:1~1:2であり、また、一つのA層と一つのB層との組み合わせを1対の層とした場合、2対~8対の範囲内の繰返し対数を有する多積層膜からなる。望ましくは、A層一層の層厚は0.25~1.5μmであり、B層一層の層厚は0.25~2.5μmである。
ここで、A層は、組成式:(Al
yCr
1-y)Xで表される少なくともAlとCrを含有する化合物層である。さらに本発明の切削試験に関する好適実施例によれば、A層は基本的に(Al
yCr
1-y)Xで出来ている。
また、B層は、(Al
yCr
1-y)Xで表される少なくともAlとCrを含有する化合物(前記A層に同じ)と、組成式:(Ti
zSi
1-z)X(前記上部層と同じ組成式)で表される少なくともTiとSiを含有する化合物との混合層(
図1では、「(TiAlCrSi)X」で示している)である。
本発明の好適実施例によれば、前記混合層は(Ti
zSi
1-z)X層と(Al
yCr
1-y)X層で構成され、前記混合層の構成は、個々の(Ti
zSi
1-z)X層と個々の(Al
yCr
1-y)X層の交互の積層となっており、また前記混合層を構成している個々の(Ti
zSi
1-z)X層と個々の(Al
yCr
1-y)X層の各々の膜厚はナノメーターサイズが好ましいので、前記混合層を構成している個々の膜厚は100nmを超えないことが好ましい。しかしながら本発明によれば、前記混合層は同時蒸着法を用いて製膜することから、交互に積層された一つの(Ti
zSi
1-z)X層と一つの(Al
yCr
1-y)X層の間にはAl、Cr、TiとXからなる混合ナノ層が形成され得る。
【0016】
前記A層の構成成分であるAl成分には高温硬さ、同Cr成分には高温靭性、高温強度を向上させると共に、AlおよびCrが共存含有した状態で耐酸化性を向上させる作用があるが、AlとCrの合量に占めるAlの含有割合を示すy(但し、原子比)が、0.2未満であると、A層の有する高温硬さが不十分となり、一方、yが0.7を超えると、A層の高温靭性、高温強度が低下するようになるので、yは、0.2≦y≦0.7(但し、原子比)と定めた。
また、望ましいA層の一層層厚を0.25~1.5μmとしたのは、仮に厚さが0.25μm未満であると、積層構造をとるB層の効果が顕著に表れることで微小欠損状の摩耗になり、工具用の皮膜として寿命が得られず、一方、厚さが1.5μmを超えると、逆にA層の相対的に速い擦過が工具用の皮膜としての使用において支配的になり、十分な寿命を得られないという理由による。
【0017】
前記B層は、いわば、上部層を構成するTiとSiの化合物と同じ成分の層と、前記A層を構成するAlとCrの化合物と同じ成分の層の混合層であり、TiとSiの化合物層の有する特性と、AlとCrの化合物層の有する特性とを相兼ね備える。
望ましいB層の一層層厚は、0.25~2.5μmとするが、これは、仮に厚さが0.25μm未満であると、積層構造をとるA層の効果が顕著に表れることで速い擦過が工具用の皮膜としての使用において支配的になり、工具用の皮膜として寿命が得られず、一方、厚さが1.5μmを超えると工具用の皮膜としての使用において微小欠損状の摩耗になり、十分な寿命を得られないという理由による。
【0018】
下部層は、前記A層と前記B層の多積層膜として構成するが、一つのA層と一つのB層との組み合わせを1対の層とした場合、2対~8対の範囲内の繰返し対数からなる多積層膜によって下部層を構成する。
これは、後記実施例でも明らかにするように、多積層膜の繰返し対数が、2対未満あるいは8対を超えるような場合には、高速切削加工における工具寿命が低下するからである。
【0019】
前記A層のうちの少なくとも一つの層および前記B層のうちの一つの層は、W、V、Mo、Nb、Ta、Hf、Zrから選ばれる少なくとも一つの成分元素、あるいはSiをさらに追加成分として含有することができる。
また、前記A層のうちの少なくとも一つの層およびB層は、W、V、Mo、Nb、Ta、Hf、Zrから選ばれる少なくとも一つの成分元素、あるいは、Siを、合計量で0.5~25原子%追加成分として含有することによって、前記B層における前記追加成分の含有量を調整することができる。
この場合、追加成分の含有量0.5~25原子%は、例えば、Cr含有量の一部を置換して含有される割合である。
前記追加成分がA層、B層中に含有されることによって、多層硬質皮膜の耐摩耗性が向上することで逃げ面摩耗を抑制させ、且つ潤滑性が高まり、その結果、切り屑の排出性が向上するため、このような追加成分を含有する多層硬質皮膜は、例えば、ドリルの多層硬質皮膜として好適である。
【0020】
前記B層の成膜にあたっては、所定組成のAl-Cr合金ターゲットと所定組成のTi-Si合金ターゲットを用いた同時蒸着により、B層の内部に、Xを除く成分元素の周期的組成変化を形成することができる。
そして、このような周期的組成変化を形成することによって、B層の硬さを高めることができると同時に、層内の応力緩和効果が得られるため、切削加工時の負荷によるクラックの発生、進展を抑制することができ、後記の実施例に示すように格段に優れた耐チッピング性、耐欠損性および耐摩耗性を発揮することができる。
【0021】
図2(a)に、周期的組成変化を有するB層が形成された多層硬質皮膜の断面SEM像を示し、(b)に、A層とB層の部分拡大図を示し、(c)にB層の模式図を示す。
図2(a)は、3対のA層とB層からなる下部層と、その上に上部層を形成した多層硬質皮膜を示す。
図2(b)に示す部分拡大図においては、一つのA層の層厚は、0.25μmであり、一つのB層の層厚は0.38μmである。
図2(c)に、
図2(b)に示されるB層の模式図を示す。
なお、
図2(a)~(c)において、成分Xとしては、いずれもNを含有させている。
図2(c)に示すB層は、(Ti
zSi
1-z)Xと前記(Al
yCr
1-y)Xの混合層であるが、
図2(c)において、B層は成分組成がB層内全体にわたって均一な層ではなく、B層中に、TiとSiの組成割合が高い領域と、AlとCrの組成割合が高い領域が、それぞれ縞模様として形成されている。
縞模様が形成されているB層について、TEM-EDSを用いた層厚方向に沿った組成分析を行うと、層厚0.38μmのB層中には、B層を構成する少なくとも一つの成分元素の周期的組成変化、例えば、Ti成分の周期的組成変化が形成され、該Ti成分の極大含有率を示す位置とそれに隣接する極大含有率を示す位置の厚さを周期的組成変化の周期長とした場合、周期長は約100nmであること、また、周期的組成変化の組成変動率η=(C
1-C
2)×100/C
1は、5~95%の範囲内であることがわかる。
ここで、C
1は、Ti成分の周期的組成変化における極大含有率、C
2は、Ti成分の周期的組成変化における極小含有率であり、C
1とC
2の差をC
1で除した割合(%)が組成変動率ηであると定義する。
なお、周期的組成変化は硬さや弾性率などの力学的特性も変化させ、その周期長についての適正な範囲は、20nm~200nmの範囲である。周期長が20nmを下回ると組成変動を与えることが困難になるばかりか、それに伴う力学的特性の変調も小さくなり、工具の寿命延長の効果を大きく引き出すことができない。また、周期長が200nmを超えると組成変動の長さが大きくなるばかりか力学的特性の変化の長さも大きくなり、工具の寿命延長の効果を大きく引き出すことができない。
【0022】
本発明では、工具基体表面に、前述の多層硬質皮膜を形成することによって、通常(低速)切削および高速切削のいずれであっても、チッピング、欠損等の発生を招くこともなく長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮するが、工具基体と多層硬質皮膜との密着強度を高めるために、工具基体と多層硬質皮膜との間に最下部層を形成することができる。
最下部層は、例えば、
図1に示すように、0.05~1.5μmの層厚の前記A層と、0.05~2.5μmの層厚の前記B層との積層として形成することができる。
【0023】
成膜方法:
本発明被覆工具の多層硬質皮膜の成膜は、例えば、
図3に示すように、装置内に複数種類のカソード電極(蒸発源)を配備したAIP装置を用いた物理蒸着法によって成膜することができる。
(1)
図3に示すように、AIP装置内には公転する回転テーブルを設け、回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿ってWC基超硬合金等の工具基体を自転可能に装着し、前記回転テーブルを挟んで複数のカソード電極(蒸発源)を配置する。
例えば、AIP装置内に、
図3に示す位置関係となるように所定組成のAl-Cr合金からなる4つの電極および所定組成のTi-Si合金からなる2つの電極を配置する。
(2)最下部層の成膜:
前記AIP装置によって、例えば、本発明被覆工具の最下部層を成膜するには、装置内に所定の反応ガスを導入し、所定組成のAl-Cr合金とアノード電極間のみにアーク放電を発生させて、工具基体表面にまず所定層厚の下部層のA層を成膜する。
ついで、所定組成のAl-Cr合金とアノード電極間にアーク放電を発生させると同時に、所定組成のTi-Si合金とアノード電極間にアーク放電を発生させる同時蒸着(codepo)により、工具基体表面に形成されたA層表面に、所定層厚のB層(即ち、(Al
yCr
1-y)Xと(Ti
zSi
1-z)Xとの混合層)を成膜する。
(3)下部層の成膜:
ついで、下部層のA層を成膜するには、装置内に所定の反応ガスを導入し、所定組成のAl-Cr合金とアノード電極間のみにアーク放電を発生させて、前記最下部層の表面に所定層厚のA層を成膜する。
また、下部層のB層を成膜するには、装置内に所定の反応ガスを導入し、所定組成のAl-Cr合金とアノード電極間にアーク放電を発生させると同時に、所定組成のTi-Si合金とアノード電極間にアーク放電を発生させる同時蒸着(codepo)によって、前記で成膜したA層表面に所定層厚のB層(即ち、(Al
yCr
1-y)Xと(Ti
zSi
1-z)Xとの混合層。
図1では、「(TiAlCrSi)X」で示している。)を成膜する。
下部層の成膜は、下部層の前記A層と前記B層の成膜を、所定の層厚になるまで交互に繰り返し行うことによって形成することができる。
なお、最下部層のB層、下部層のB層の成膜に際し、周期的組成変化の周期長および組成変動率については、回転テーブルの回転速度の調整、AIP装置内での複数のカソード電極の設置数・設置位置、アーク放電のON-OFFのタイミング調整等によって制御することができる。
(4)上部層の成膜:
上部層の成膜は、装置内に所定の反応ガスを導入し、所定組成のTi-Si合金とアノード電極間のみにアーク放電を発生させることにより、下部層表面に所定層厚の上部層を成膜することができる。
前記最下部層、下部層および上部層の成膜に際し、X成分の種類に応じて、反応ガスの種類を選択することが必要であるが、X成分として、N、C、B、Oが含まれている場合には、例えば、反応ガス成分として、それぞれ、N
2、CH
4、C
3H
9B、O
2などが含有されている反応ガスを用いればよい。
また、多層硬質皮膜中に、W、V、Mo、Nb、Ta、Hf、Zrから選ばれる少なくとも一つの成分元素、あるいはSiをさらに追加して含有させる場合には、例えば、A層を形成するカソード電極として、Al-Cr合金に前記の成分元素をさらに含有させた合金を使用すればよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明において、多層硬質皮膜を被覆した被覆工具の上部層を0.075~1.5μmの層厚の(TizSi1-z)X層(但し、zは原子比で、0.7≦z≦0.99)で構成し、また、多層硬質皮膜の下部層を、(AlyCr1-y)X層(但し、yは原子比で、0.2≦y≦0.7)からなるA層と、前記(TizSi1-z)Xと前記(AlyCr1-y)Xの混合層からなるB層との交互積層で構成し、その際のB層の層厚はA層の層厚と同じかそれよりも厚くなっており、その厚さの比はA層:B層=1:1~1:2であるとするとともに、下部層における一つのA層と一つのB層の組み合わせを1対とした時、下部層を2対~8対の範囲内の繰返し対を有する多積層膜で構成することにより、本発明の被覆工具は、通常(低速)切削条件および高速切削条件のいずれにおいても、チッピング、欠損等の異常損傷を発生することなくすぐれた耐摩耗性を発揮し、さらに、上部層を厚膜化してもチッピング、欠損等の異常損傷を発生する恐れがないことから、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を備え、しかも、汎用性のある被覆工具をを得ることができる。
さらに、前記B層において、周期的組成変化を所定の周期長、所定の組成変動率で形成した場合には、より一段と、耐チッピング性、耐欠損性、耐摩耗性が向上し、被覆工具の長寿命化が図られる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の多層硬質皮膜を有する被覆工具の多層硬質皮膜の縦断面概略模式図を示す。
【
図2】本発明被覆工具の一例として、(a)に、周期的組成変化を有するB層が形成された多層硬質皮膜の断面SEM像を示し、(b)に、A層とB層の部分拡大図を示し、(c)にB層の模式図を示す。
【
図3】ドリル表面に多層硬質皮膜を形成するのに用いたAIP装置を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図である。
【
図4】(a)~(j)は、切削条件A(高速切削)による切削加工試験の途中段階(切削長が57.0mになった時点)における、それぞれのドリルの刃先の摩耗状態を観察した写真である。
【
図5】(a)~(j)は、切削条件A(高速切削)による切削加工試験で寿命に至ったそれぞれのドリルの刃先の摩耗状態を観察した写真である。
【
図6】(a)~(j)は、切削条件B(通常(低速)切削)による切削加工試験の途中段階(切削長が66.5mになった時点)における、それぞれのドリルの刃先の摩耗状態を観察した写真である。
【
図7】(a)~(j)は、切削条件B(通常(低速)切削)による切削加工試験で寿命に至ったそれぞれのドリルの刃先の摩耗状態を観察した写真である。
【
図8】多層硬質皮膜の下部層におけるA層とB層の繰返し対数(対)とドリルの寿命との関係を示すグラフである。
【
図9】多層硬質皮膜の上部層の層厚と、切削長あるいは寿命比1との関係を示すグラフであり、(a)は、高速切削の場合、(b)は、通常(低速)切削の場合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、以下の実施例では、多層硬質皮膜を被覆したドリルについて説明するが、旋削加工や平削り加工用のバイトの先端に取り付けるインサート、あるいは、被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミル、インサート式エンドミル等の被覆工具としても本発明は適用されるものである。
【実施例1】
【0027】
まず、WC粉末、Co粉末等を含む原料粉末を、所定の配合組成に配合し、ボールミルで湿式混合し、乾燥した後、100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度:1400℃に1時間保持の条件で焼結し、直径が13mmのWC基超硬合金からなる丸棒焼結体を形成し、さらに、この丸棒焼結体から、研削加工にて、溝形成部の直径×長さがそれぞれ8mm×22mmの寸法、並びにねじれ角30度の2枚刃形状をもったWC基超硬合金製のドリル基体(以下、「ドリル基体」という)を作製した。
なお、ここで作製したドリル基体の成分組成は、タングステンカーバイド(WC)90質量%、コバルト(Co)10質量%である。
ついで、これらのドリル基体の切刃に、ホーニングを施し、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した。
【0028】
前記で作製したドリル基体を、
図3に示されるAIP装置に装入し、表1に示す多層硬質皮膜を成膜した。
具体的には、
(a)前記ドリル基体を、
図3に示されるAIP装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着し、AIP装置内には、回転テーブルを挟んで所定組成のAl-Cr合金からなる4つのカソード電極(蒸発源)および所定組成のTi-Si合金からなる2つのカソード電極(蒸発源)を配置した。
(b)まず、装置内を排気して0.1 Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、回転速度0.5~5rpmで回転する回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に-1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつAl-Cr合金とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、もってドリル基体表面をボンバード洗浄した。
(c)ついで、装置内雰囲気を0.5~9.0Paの窒素雰囲気に保持して、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に-20~-150Vの直流バイアス電圧を印加し、Al-Cr合金電極とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させて、表1に示される目標組成、目標層厚の(Al
yCr
1-y)N層を蒸着形成した。
(d)ついで、Al-Cr合金電極とアノード電極との間のアーク放電を継続するとともに、Ti-Si合金電極とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させることにより、(Al
yCr
1-y)N層と(Ti
zSi
1-z)N層の同時蒸着による目標層厚の混合層を形成し、前記(c)と(d)の成膜により、最下部層を形成した。
(e)ついで、装置内雰囲気を0.5~9.0Paの窒素雰囲気に保持し、回転テーブル上で自転しながら回転するドリル基体に-20~-150Vの直流バイアス電圧を印加し、Al-Cr合金電極とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させて、表1に示す目標組成、目標一層層厚のA層を形成した。
(f)ついで、装置内雰囲気を0.5~9.0Paの窒素雰囲気に保持したまま、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に-20~-150Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、Al-Cr合金とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を継続するとともに、Ti-Si合金電極とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させることにより、(Al
yCr
1-y)N層と(Ti
zSi
1-z)N層の同時蒸着による表1に示す目標一層層厚の混合層(B層)を形成した。
(g)前記(e)と(f)の工程を繰り返し行うことにより、一つのA層と一つのB層を一対の層とした場合、1対から20対の範囲内の繰返し対数を有する表1に示す目標層厚の下部層を形成した。
(h)ついで、装置内雰囲気を0.5~9.0Paの窒素雰囲気に保持し、回転テーブル上で自転しながら回転するドリル基体に-20~-150Vの直流バイアス電圧を印加し、Ti-Si合金電極とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させて、表1に示す目標組成、目標層厚の上部層を形成した。
前記工程(a)~(h)を行い、表1に示される所定の層厚の多層硬質皮膜を蒸着形成することにより、多層硬質皮膜被覆工具としての試験体ドリル1~8をそれぞれ製造した。
なお、前記で作製した試験体ドリル1~8における硬質皮膜の成分Xは、いずれもN(窒素)である。
【0029】
また、前記で作製した試験体ドリル1~8の特性を評価するため、前記特許文献3で提案されている被覆工具を、AIP装置を用いて作製し、これを評価基準用の従来ドリル1とした。
従来ドリル1の作製にあたっては、AIP装置内を窒素ガス雰囲気とし、カソード電極として、Al-Ti合金電極とAl-Cr合金電極を用いて、表2に示す多層硬質皮膜を蒸着形成した。
【0030】
また、前記特許文献2で提案されている被覆工具を、AIP装置を用いて作製し、これを評価基準用の従来ドリル2とした。
従来ドリル2の作製にあたっては、AIP装置内を窒素ガス雰囲気とし、カソード電極として、Ti電極とTi-Al合金電極を用いて、表2に示す多層硬質皮膜を蒸着形成した。
【0031】
前記で作製した試験体ドリル1~8および従来ドリル1、従来ドリル2について、それぞれの多層硬質皮膜の層厚については切れ刃部をイオンエッチングすることでSEMによって直接測定をし、成分組成については皮膜の厚さ毎に複数点TEM-EDS測定し、その平均値によって求め、周期的組成変化の周期長については前記の通り測定した値と皮膜の厚さの関係より求めることにより各成分元素の極大含有率を示す位置とそれに隣接する極大含有率を示す位置の厚さの間隔として求め、組成変動率については各成分の極大含有率と極小含有率の差を極大含有率で除した割合として定めた。
なお、周期長と組成変動率については、Ti成分の測定値から算出した。
表1、表2に、これらの結果を示す。
【0032】
ついで、試験体ドリル1~8および従来ドリル1、2について、以下の切削条件Aで切削加工試験を行った。
切削条件A(高速切削):
被削材-平面寸法:100mm×250mm、厚さ:25mmのJIS S50Cの板材
切削速度: 200 m/min.、
送り: 0.35 mm/rev.、
穴深さ: 25 mm、
冷却剤: 水溶性切削油,1MPa、
の条件での炭素鋼の湿式高速穴あけ切削加工試験、
を行った。
切削加工試験の途中段階の切削長が57.0mになった時点で、それぞれのドリルについて、切削加工試験を中断し、刃先の摩耗状態を観察した。
図4に、観察結果を示す。
ついで、切削加工試験を継続して実施し、刃先の逃げ面摩耗幅が0.3mmを超えた時点を寿命とし、寿命に至るまでの切削長を求めた。
なお、逃げ面摩耗幅を測定する箇所は、各ドリルの最外周から0.5mmドリル中心部に向かった位置とした。
表3に、試験結果を示す。
また、試験体ドリル1~8および従来ドリル1、2について、寿命に至ったドリルの刃先の摩耗状態を観察した。
図5に、観察結果を示す。
図4によれば、従来ドリル1はA部の写真から分かるように逃げ面摩耗幅がドリル2~4に対して1.5倍と著しく大きく、従来ドリル2については、逃げ面摩耗幅は同程度であるもののB部の写真から分かるようにマージンの摩耗が顕著である。
結果として、
図5に示す通り、従来ドリル1は逃げ面の摩耗進行による刃先の脆弱化により欠損し、従来ドリル2についてもマージン摩耗の進行による切削抵抗の増大により、いずれも試験体ドリル2~4(本発明のドリルに相当する)に対して短寿命に終わっている。
また、試験体ドリル2~4(本発明ドリル)と試験体ドリル1、5~8(比較例)の対比について述べる。まず、逃げ面摩耗幅の切削長における変化についてであるが、試験体ドリル2~4と試験体ドリル1、5~8については大きな違いはない。
さらに
図5に示す通り、試験体ドリル1、5~8については従来ドリルに比べて寿命は同等もしくは僅かに長い。しかしながら、切削初期に皮膜中の残留応力の影響で、試験体ドリル1、5~8のいずれについても切れ刃近傍に0コンマ数ミリのチッピングを複数個所で生じており、加工穴の品質が悪く、試験体ドリル2~4に対して劣位である。皮膜中の残留応力の影響を受けてしまう理由は、A層とB層との繰返し対数が多いことによる界面数が多いことと、特に試験体ドリル7、8については界面数が多いうえにさらに上部層のTiSiNの膜厚が相対的に厚いことが挙げられる。
【0033】
さらに、試験体ドリル1~8および従来ドリル1、2について、以下の切削条件Bで切削加工試験を行った。
切削条件B(通常(低速)切削):
被削材-平面寸法:100mm×250mm、厚さ:25mmのJIS S50Cの板材
切削速度: 120 m/min.、
送り: 0.25 mm/rev.、
穴深さ: 25 mm、
冷却剤: 水溶性切削油,1MPa、
の条件での炭素鋼の湿式穴あけ切削加工試験、
を行った。
切削加工試験の途中段階の切削長が66.5mになった時点で、それぞれのドリルについて、切削加工試験を中断し、刃先の摩耗状態を観察した。
図6に、観察結果を示す。
ついで、切削加工試験を継続して実施し、刃先の逃げ面摩耗幅が0.3mmを超えた時点を寿命とし、寿命に至るまでの切削長を求めた。
なお、逃げ面摩耗幅を測定する箇所は、各ドリルの最外周から0.5mmドリル中心部に向かった位置とした。
表4に、試験結果を示す。
また、試験体ドリル1~8および従来ドリル1、2について、寿命に至ったドリルの刃先の摩耗状態を観察した。
図7に、観察結果を示す。試験体ドリル1、5~8については従来ドリルに比べて寿命はかなり長いものもある。しかしながら、切削条件Aの試験と同様に、切削初期に皮膜中の残留応力の影響で、試験体ドリル1、5~8のいずれについても切れ刃近傍に0コンマ数ミリのチッピングを複数個所で生じており、加工穴の品質が悪く、試験体ドリル2~4に対して劣位である。皮膜中の残留応力の影響を受けてしまう理由は、A層とB層との繰返し対数が多いことによる界面数が多いことと、特に試験体ドリル7、8については界面数が多いうえにさらに上部層のTiSiNの膜厚が相対的に厚いことが挙げられ、切削条件Aと同様である。
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
次に、下部層におけるA層とB層の繰返し対数と、工具寿命との関連を調べた。
上部層の層厚を0.2μmの一定にし、最下部層の層構造、成分組成、また、下部層の成分組成をできるだけ同じようにした条件で、主として下部層におけるA層とB層の繰返し対数を変化させた複数個の試験体ドリルを作製し、これらの試験体ドリルを、切削速度200m/minの高速切削試験(前述の切削条件Aによる炭素鋼の切削加工試験に同じ)に供することによって得られた試験結果から、それぞれのドリルの寿命比1を求めた。
図8に、試験結果(寿命比1)を示す。なお、繰返し対数を、1、5、10、20対とした試験体ドリルについての値を図中にプロットした。
図8から、下部層におけるA層とB層の繰返し対数が2対~8対の範囲において、160%以上の寿命比1となることがわかる。
本発明において、下部層におけるA層とB層の繰返し対数を2対~8対と定めているのは、このような理由による。
【0039】
また、上部層の層厚と寿命比1の関連を調べた。
最下部層、下部層の成分組成、層構造を同一とした条件で、上部層の層厚を0.075μmから1.5μmの範囲内で変化させた複数個の試験体ドリルを作製し、これらの試験体ドリルを、切削速度200m/minの高速切削試験(前述の切削条件Aによる炭素鋼の切削加工試験に同じ)および切削速度120m/minの通常(低速)切削試験(前述の切削条件Bによる炭素鋼の切削加工試験に同じ)に供することにより、切削長および寿命比1を求めた。
図9(a)に高速切削試験による試験結果(切削長、寿命比1)を、また、
図9(b)には、通常(低速)切削試験による試験結果(切削長、寿命比1)を示す。なお、上部層の層厚を、0.05μm、0.1μm、0.3μm、0.5μm、0.6μm、1μm、1.25μmおよび1.75μmとした場合の試験結果(切削長、寿命比1)を図中にプロットした。
図9(a)によれば、高速切削の場合、上部層の層厚が0.075μmを以上になると寿命比1は、100%を超え、0.6μm以上になると寿命比1は、ほぼ200~250%の間で飽和するが、
図9(b)によれば、通常(低速)切削の場合、上部層の層厚に比例して寿命比1が高くなることがわかる。
いずれにしても、上部層の層厚が0.075μm以上1.5μm以下、好ましくは、0.2μm以上1.0μm以下、である場合には、高速切削および通常(低速)切削のいずれであっても、切削長が大きく、また、寿命比1も高いことから、チッピング、欠損等の異常損傷を招くことなく、長期にわたってすぐれた切削性能を発揮することがわかる。
【0040】
表3、表4に示される実施例1の結果から、本発明で規定する要件を満足する本発明の多層硬質皮膜被覆切削工具(試験体ドリル2、3、4)は、上部層として、所定組成かつ所定層厚の少なくともTiとSiを含有する化合物層で構成し、また、下部層を、A層とB層の2対~8対の繰返し対からなる多積層膜で構成し、かつ、A層は、少なくともAlとCrを含有する化合物層、B層は、前記少なくともTiとSiを含有する化合物と前記A層との混合層として構成していることにより、高速切削および通常(低速)切削のいずれに対しても汎用性を有し、しかも、従来ドリル1、従来ドリル2に比して、チッピング、欠損等の異常損傷を招くことなく、長期にわたってすぐれた切削性能を発揮する
ことがわかる。
【実施例2】
【0041】
タングステンカーバイド(WC)90質量%、コバルト(Co)10質量%の成分組成からなるドリル基体に対して、実施例1における成膜工程(a)~(h)を行い、表5に示される所定の層厚の多層硬質皮膜を蒸着形成することにより、多層硬質皮膜被覆工具としての試験体ドリル9~38をそれぞれ製造した。
ただし、試験体ドリル15の成膜においては、装置内雰囲気をN2とCH4の混合ガス雰囲気とすることにより、硬質皮膜の成分Xは、CN(炭化窒素)とした。
また、試験体ドリル16~18の成膜に際しては、Al-Cr合金電極として、Zr、Nb、Wを含有させた電極を用いることにより、それぞれ試験体ドリル16~18の皮膜中B層にZr、Nb、Wを1原子%含有させている。
【0042】
前記で作製した試験体ドリル9~38について、実施例1と同様にして、それぞれの多層硬質皮膜の層厚、成分組成、周期的組成変化の周期長および組成変動率を求めた。
表5に、その結果を示す。
【0043】
前記で作製した試験体ドリル9~38について、実施例1と同じ切削条件(即ち、切削条件A(高速切削)および切削条件B(通常(低速)切削))で切削加工試験を行った。
さらに、実施例1で用いた表2に示す従来ドリル1と従来ドリル2との対比により、試験体ドリル9~38の特性評価を行った。
表6、7に、切削試験結果を示す。
【0044】
表6に示す切削条件Aの試験結果によれば、比較例の試験体ドリル9についてはマージン部を含む硬質皮膜の摩耗が速く、従来ドリル1、2との寿命比では76%の短寿命となり、比較例の試験体ドリル(比較例)11については切削の早期に皮膜にクラックを生じ、従来ドリル1、2との寿命比では76%の短寿命となった。さらに、比較例の試験体ドリル(比較例)12については切削の早期に皮膜にクラックを生じ、従来ドリル1、2との寿命比では58%の短寿命となった。
しかし、本発明の多層硬質皮膜被覆切削工具(試験体ドリル10、13~18)については、従来ドリル1、2との寿命比で150%を超える結果となった。
試験体ドリル19~22については、上部層の層厚をそれぞれ異なるものにしており、層厚が0.075μmを下回る試験体ドリル19および、層厚が1.5μmを超える試験体ドリル22については、それぞれ従来ドリルに対して極端に寿命が低下する結果となっている。試験体ドリル19については、上部層のTiSiNが薄く耐摩耗性の効果を発揮できておらず、試験体ドリル22については、上部層の硬質のTiSiNが厚すぎるため、切削時の外力に対して欠損を生じたために寿命延長の効果を得られなかったものである。適切な上層部の膜厚の試験体ドリル20、21については、従来ドリル1、2との寿命比で各々150%を超えている。
試験体ドリル23、24については、それぞれ下部層のA層の層厚がB層の層厚を超えるものと、B層の厚みがA層の2倍を超えるものであり、段落[0016]、[0017]に記載の理由により、従来ドリル1、2との寿命比で100%を超えることができない結果となった。
試験体ドリル25については、上部層のTi濃度を限界まで高めたものであり、TiSiNの耐摩耗性の効果がもはや得られない領域となっており、切削時の擦過が著しく速く、従来ドリル1、2との寿命比で50%を下回る結果となった。
試験体ドリル26、27については、下部層の混合層であるB層の周期的組成変化の周期長をそれぞれ12nmおよび250nmとしたものであり、周期長が20nmを下回る12nmでは組成変動率を大きくできず、また周期長が200nmを上回る250nmでは力学特性の変化が適正範囲よりも大きな間隔で現れてしまうため、従来ドリル1、2との寿命比で100%を超えることが出来ているものの、200%には達しない結果となった。
試験体ドリル28~31については、下部層のA層とB層の層厚の比を段落[0015]に示す範囲にしつつ、それぞれA層の層厚を0.15μm、1.75μm、B層の層厚を0.2μm、2.7μmとしたものであり、試験体ドリル23、24と同様に段落[0016]、[0017]に記載の理由により、従来ドリル1、2との寿命比で150%を超えているものの、200%には達しない結果となった。
試験体ドリル32~35については、最下部層のA層、B層の層厚を変えたものである。試験体ドリル32、33については、それぞれA層の層厚を0μm、1.5μmとしたものであり、試験体ドリル34、35については、それぞれB層の厚みを0μm、1.5μmとしたものである。試験体ドリル23、24と同様の理由で従来ドリル1、2との寿命比で、寿命延長効果は著しくなく、特にA層、B層の層厚を0μmとした試験体ドリル32、34では従来ドリル1、2との寿命比で120%付近の結果となった。
試験体ドリル36~38については、下層部のB層のTiの組成変動率をそれぞれ98.9%、2.1%、71.5%としたものであり、組成変動率が95%を超える試験体ドリル36および組成変動率が5%を下回る試験体ドリル37については、それぞれ組成変動率が大きいことによる力学的特性の変動の大きさおよび組成変動率が小さいことによる力学的特性の変動の小ささにより従来ドリル1、2との寿命比で150%を超えたものの200%には達する結果にはならなかったが、適正な組成変動率である試験体ドリル38については、従来ドリル1、2との寿命比で197%となった。
【0045】
さらに、表7に示す切削条件Bの切削加工試験によれば、比較例の試験体ドリル9については切削条件Aと同様に硬質皮膜の摩耗が速く、従来ドリル1との寿命比では77%、従来ドリル2との寿命比では64%の短寿命となり、比較例の試験体ドリル11については切削の早期に皮膜にクラックを生じ、従来ドリル1との寿命比では83%、従来ドリル2との寿命比では68%の短寿命となった。また、比較例の試験体ドリル12については切削の早期に皮膜にクラックを生じ、従来ドリル1との寿命比では60%、従来ドリル2との寿命比では50%の短寿命となった。
しかし、本発明の多層硬質皮膜被覆切削工具(試験体ドリル10、13~18)については、従来ドリル1との寿命比で173%以上、また、従来ドリル2との寿命比で143%を超える結果となった。
なお、Al-Cr合金電極として、V、Mo、Ta、Hf、Siを含有させた電極を用いて成膜し、B層中にV、Mo、Ta、Hf、Siをさらに含有させた試験体ドリルについても、前記切削条件A(高速切削)と切削条件B(通常(低速)切削)による切削試験において、前記試験体ドリル16~18と同様な結果が得られている。
試験体ドリル19~22については、上部層の層厚をそれぞれ異なるものにしている。層厚が0.075μmを下回る試験体ドリル19については、寿命比1が58%、寿命比2で48%、層厚が1.5μmを超える試験体ドリル22については、寿命比1が53%、寿命比2で44%となり、それぞれ従来ドリルに対して極端に寿命が低下する結果となっている。試験体ドリル19については、上部層のTiSiNが薄く耐摩耗性の効果を発揮できておらず、試験体ドリル22については、上部層の硬質のTiSiNが厚すぎるため、切削時の外力に対して欠損を生じたために寿命延長の効果を得られなかったものである。適切な上層部の膜厚の試験体ドリル20、21については、従来ドリル1、2との寿命比で各々150%を超えている。
試験体ドリル23、24については、それぞれ下部層のA層の層厚がB層の層厚を超えるものと、B層の厚みがA層の2倍を超えるものであり、段落[0016]、[0017]に記載の理由により、従来ドリル1、2との寿命比で100%を超えることができない結果となった。
試験体ドリル25については、上部層のTi濃度を限界まで高めたものであり、TiSiNの耐摩耗性の効果がもはや得られない領域となっており、切削時の上層擦過が著しく速くその後クラックを生じ、従来ドリル1、2との寿命比で50%を下回る結果となった。
試験体ドリル26、27については、下部層の混合層であるB層の周期的組成変化の周期長をそれぞれ12nmおよび250nmとしたものであり、周期長が20nmを下回る12nmでは組成変動率を大きくできず、また周期長が200nmを上回る250nmでは力学特性の変化が適正範囲よりも大きな間隔で現れてしまうため、従来ドリル2との寿命比で100%を僅かに超える結果であった。
試験体ドリル28~31については、下部層のA層とB層の層厚の比を段落[0015]に示す範囲にしつつ、それぞれA層の層厚を0.15μm、1.75μm、B層の層厚を0.2μm、2.7μmとしたものであり、試験体ドリル23、24と同様に段落[0016]、[0017]に記載の理由により、従来ドリル2との寿命比で100%を僅かに超える結果であった。
試験体ドリル32~35については、最下部層のA層、B層の層厚を変えたものである。試験体ドリル32、33については、それぞれA層の層厚を0μm、1.5μmとしたものであり、試験体ドリル34、35については、それぞれB層の厚みを0μm、1.5μmとしたものである。試験体ドリル23、24と同様の理由で従来ドリル2との寿命比で、100%を僅かに超える結果であった。
試験体ドリル36~38については、下層部のB層のTiの組成変動率をそれぞれ98.9%、2.1%、71.5%としたものであり、組成変動率が95%を超える試験体ドリル36および組成変動率が5%を下回る試験体ドリル37については、それぞれ組成変動率が大きいことによる力学的特性の変動の大きさおよび組成変動率が小さいことによる力学的特性の変動の小ささにより従来ドリル1、2との寿命比で100%を僅かに超える結果であったが、適正な組成変動率である試験体ドリル38については、従来ドリル1、2との寿命比で150%を超える結果となった。
【0046】
【0047】
【0048】
【0049】
表3、表4に示される実施例1の結果、さらに、表6、表7に示される実施例2の結果から、本発明の多層硬質皮膜被覆切削工具は、上部層として、所定組成かつ所定層厚の少なくともTiとSiを含有する化合物層で構成し、また、下部層を、A層とB層の2対~8対の繰返し対からなる多積層膜で構成し、かつ、A層は、少なくともAlとCrを含有する化合物層、B層は、前記少なくともTiとSiを含有する化合物と前記A層との混合層として構成していることにより、高速切削および通常(低速)切削のいずれに対しても汎用性を有し、しかも、従来ドリル1、従来ドリル2に比して、チッピング、欠損等の異常損傷を招くことなく、長期にわたってすぐれた切削性能を発揮するのである。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の多層硬質皮膜被覆切削工具は、汎用性を備え、かつ、すぐれた切削特性を有するので、自動車産業等において多く使われている炭素鋼、合金鋼等の金属材料を高能率かつ長寿命で切削加工することができる。