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特許7061758過酸化水素安定化剤および過酸化水素組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-21
(45)【発行日】2022-05-02
(54)【発明の名称】過酸化水素安定化剤および過酸化水素組成物
(51)【国際特許分類】
   C01B 15/037 20060101AFI20220422BHJP
   C11D 7/54 20060101ALI20220422BHJP
   C11D 7/32 20060101ALI20220422BHJP
   C11D 7/36 20060101ALI20220422BHJP
【FI】
C01B15/037 G
C01B15/037 E
C01B15/037 Z
C11D7/54
C11D7/32
C11D7/36
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018131514
(22)【出願日】2018-07-11
(65)【公開番号】P2020007199
(43)【公開日】2020-01-16
【審査請求日】2021-03-25
(73)【特許権者】
【識別番号】596148629
【氏名又は名称】中部キレスト株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592211194
【氏名又は名称】キレスト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【弁理士】
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】南部 信義
(72)【発明者】
【氏名】中村 淳
(72)【発明者】
【氏名】小畑 憲一
(72)【発明者】
【氏名】南部 忠彦
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-155208(JP,A)
【文献】特開2012-153569(JP,A)
【文献】特開2010-132756(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 15/00 - 15/16
C11D 7/54
C11D 7/32
C11D 7/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸およびマグネシウムイオンを有効成分として含有することを特徴とする過酸化水素安定化剤。
【請求項2】
2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸1モルに対し、マグネシウムイオンを0.01モル以上、3.0モル以下の比率で含有する請求項1に記載の過酸化水素安定化剤。
【請求項3】
更にキレート剤を含有する請求項1または2に記載の過酸化水素安定化剤。
【請求項4】
前記キレート剤がアミノカルボン酸系キレート剤である請求項3に記載の過酸化水素安定化剤。
【請求項5】
過酸化水素および請求項1~4のいずれかに記載の過酸化水素安定化剤を含むことを特徴とする過酸化水素組成物。
【請求項6】
更に重金属イオンを含む請求項5に記載の過酸化水素組成物。
【請求項7】
pHが8以上である請求項5または6に記載の過酸化水素組成物。
【請求項8】
2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸およびマグネシウムイオンを0.005質量%以上含む請求項5~7のいずれかに記載の過酸化水素組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた過酸化水素安定化効果を示す過酸化水素安定化剤と、当該過酸化水素安定化剤を含み、過酸化水素が安定化されている過酸化水素組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素は、従来、紙、パルプ、繊維などの漂白や、半導体の洗浄など、幅広い分野において工業的に利用されている薬剤である。また、過酸化水素は、分解した後に水と酸素となるため、環境にやさしい物質として近年その利用が拡大している。過酸化水素は一般に水溶液として貯蔵および使用されるが、比較的不安定な化合物であり、放置しておけば徐々に分解してしまう。過酸化水素の分解は光や熱によって促進されたり、重金属が共存することによっても促進される。重金属は、例えば紙やパルプの漂白工程においては、原料となる木材チップから混入する可能性がある。紙やパルプの漂白工程では、混入した重金属が原因となり過酸化水素が分解し、充分な漂白効果が得られないといった問題が生じている。
【0003】
過酸化水素水中に共存する重金属によって過酸化水素が分解するのを抑制するため、様々な過酸化水素安定化剤が知られている。例えば特許文献1には、過酸化水素安定化剤としてアミノカルボン酸塩とアセトフォスホン酸塩を用いることが開示され、特許文献2には、過酸化水素安定化剤としてアクリル酸系モノマーとポリ-α-ヒドロキシアクリル酸の重合体と水溶性マグネシウムを用いることが開示され、特許文献3には、グルコヘプトン酸化合物を過酸化水素に加えて安定化することが開示されている。また、特許文献4には、2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸が、液肥濃厚組成物における過酸化水素の安定化剤の1つとして挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平4-349109号公報
【文献】特開2003-095622号公報
【文献】特開昭63-315506号公報
【文献】特開平5-229889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように様々な過酸化水素安定化剤が知られているにも関わらず、重金属による過酸化水素の分解を抑制することは難しい。特に鉄イオン共存下においては、一般的な有機系の安定化剤はそのもの自体が分解されることがあり、持続的効果が期待できない。また、メタケイ酸ソーダに代表される無機系の安定化剤はスケールの発生といった問題を抱えている。マグネシウムは単独では安定化効果が低く、メタケイ酸ソーダやキレート剤と併用するのが一般的であるが、その添加量は組み合わせる薬剤によって異なるため、管理が煩雑になるといった問題を抱えている。ゆえに効果的かつ持続的に過酸化水素の分解を抑制し、効率的に漂白や酸化を行うことのできる過酸化水素安定化剤が求められている。
本発明は前記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、重金属の共存下でも過酸化水素の分解を効果的かつ持続的に抑制できる過酸化水素安定化剤と、当該過酸化水素安定化剤を含む過酸化水素組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸とマグネシウムイオンを併用すれば、過酸化水素の分解を促進する重金属イオンの存在下であっても過酸化水素を顕著に安定化できることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0007】
[1] 2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸およびマグネシウムイオンを有効成分として含有することを特徴とする過酸化水素安定化剤。
[2] 2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸1モルに対し、マグネシウムイオンを0.01モル以上、3.0モル以下の比率で含有する上記[1]に記載の過酸化水素安定化剤。
[3] 更にキレート剤を含有する上記[1]または[2]に記載の過酸化水素安定化剤。
[4] 前記キレート剤がアミノカルボン酸系キレート剤である上記[3]に記載の過酸化水素安定化剤。
[5] 過酸化水素および上記[1]~[4]のいずれかに記載の過酸化水素安定化剤を含むことを特徴とする過酸化水素組成物。
[6] 更に重金属イオンを含む上記[5]に記載の過酸化水素組成物。
[7] pHが8以上である上記[5]または[6]に記載の過酸化水素組成物。
[8] 2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸およびマグネシウムイオンを0.005質量%以上含む上記[5]~[7]のいずれかに記載の過酸化水素組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明の過酸化水素安定化剤は、重金属の共存下でも過酸化水素の分解を効果的に抑制でき、過酸化水素の漂白効果や酸化分解効果を持続的に維持できる。よって本発明の過酸化水素安定化剤を含む過酸化水素組成物は、製紙パルプ工場等における紙、パルプ、繊維などの漂白、浄水処理や下水処理における処理水の殺菌消毒、家庭用の殺菌剤、カビ取り剤、洗浄剤、脱臭剤などに適用できることから、本発明の過酸化水素安定化剤は産業上極めて有用性が高いものであるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本発明に係る過酸化水素安定化剤などの過酸化水素安定化効果試験の結果を示す過酸化水素残存率グラフである。
図2図2は、本発明に係る過酸化水素安定化剤における2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸に対するマグネシウムイオンのモル比と、過酸化水素安定化効果との関係を示す過酸化水素残存率グラフである。
図3図3は、本発明に係る過酸化水素安定化剤におけるエチレンジアミン四酢酸の併用効果を示す過酸化水素残存率グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の過酸化水素安定化剤は、2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸(以下、「PBTCA」と称する場合がある)と、マグネシウムイオンを含有する。PBTCAは、下記化学式で表される。
【化1】
【0011】
PBTCAは1つの分子内に1個のホスホン酸基(H2PO3-)と3個のカルボキシ基を有しており、PBTCAにより過酸化水素の分解が効果的に抑制される。PBTCAのホスホン酸基とカルボキシ基は、過酸化水素安定化剤がPBTCAとマグネシウムイオンを含む溶液である場合にはプロトンが電離してアニオンの状態で存在していてもよく、また、過酸化水素安定化剤が固体である場合はマグネシウムイオンおよび/またはその他の金属イオンと塩を形成していてもよい。
【0012】
本発明の過酸化水素安定化剤は、PBTCAに加え、マグネシウムイオンを含有する。PBTCAのホスホン酸基とカルボキシ基の少なくとも一部が、マグネシウムイオンと錯体を形成している可能性が考えられる。
【0013】
マグネシウムイオンの使用量は適宜調整すればよいが、PBTCA1モルに対して0.01モル以上、3.0モル以下とすることが好ましい。当該モル比が0.01モル以上、3.0モル以下であれば、PBTCAとマグネシウムイオンによる相乗的な過酸化水素安定化効果がより確実に得られる。本発明者らによる実験的知見によれば、上記モル比が高いほど優れた過酸化水素安定化効果が得られることから、上記モル比としては0.05以上または0.1以上がより好ましく、0.35以上がより更に好ましく、0.5以上または0.6以上が特に好ましく、また、2.0以下がより好ましく、1.4以下がより更に好ましく、1.3以下が特に好ましい。また、PBTCAに対してマグネシウムイオンが過剰であると、不溶物が生成して過酸化水素安定化剤の外観が損なわれるおそれがあり得る。過酸化水素安定化剤の外観の観点からは、上記モル比は0.9以上、1.1以下が好ましく、0.95以上、1.05以下がより好ましい。
【0014】
本発明の過酸化水素安定化剤としては、更にキレート剤を含有するものが好ましい。キレート剤を含有する過酸化水素安定化剤は、例えば多種に渡る重金属イオンの共存下においても過酸化水素の分解をより有効に抑制することができる。例えば、PBTCAとマグネシウムイオンのみを有効成分とする過酸化水素安定化剤は、鉄イオンやマンガンイオン等による過酸化水素の分解の抑制には非常に有効である一方で、銅イオンに対しては効果が多少弱まる傾向が認められる。そこでキレート剤を併用すると、銅イオン等による過酸化水素の分解をキレート剤が抑制するため、相互作用が発現しより多種に渡る重金属イオンに対応することが可能になる。
【0015】
具体的なキレート剤は適宜選択すればよいが、例えば、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、ニトリロ三酢酸、ヒドロキシエチルイミノジ酢酸、ジヒドロキシエチルグリシン、トランス-1,2-ジアミノシクロヘキサン-N,N,N’,N’-四酢酸などのアミノカルボン酸系キレート剤;グリコール酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、ヒドロキシ酪酸、クエン酸、サリチル酸などのヒドロキシカルボン酸系キレート剤;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸などのジカルボン酸系キレート剤;モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等のアルカノールアミン類;ヒドロキシエチルジホスホン酸、ニトリロトリスメチレンホスホン酸、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸などのホスホン酸系キレート剤が挙げられる。キレート剤は1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。なかでも、入手容易性の点から、キレート剤としてはアミノカルボン酸系キレート剤が好ましく、アミノカルボン酸系キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸から必須的になる群より選択される少なくとも1種が好ましく、エチレンジアミン四酢酸がより好ましい。従って、本発明の過酸化水素安定化剤としては、PBTCAとマグネシウムイオンとエチレンジアミン四酢酸とを含有するものが特に好ましい。
【0016】
キレート剤の使用量は、安定化すべき過酸化水素を含む組成物中の重金属イオンの種類や量などに応じて適宜調整すればよい。例えば、安定化すべき過酸化水素組成物における重金属イオンの濃度を測定し、重金属イオン1モルに対するキレート剤のモル数の比を1以上とすることが好ましい。当該比としては、5以上がより好ましく、10以上がより更に好ましい。一方、キレート剤が多過ぎるとPBTCAの効果が有効に発揮されないおそれがあり得るため、当該比としては30以下がより好ましく、20以下がより更に好ましい。また、かかる観点から、過酸化水素安定化剤におけるPBTCA1モルに対するキレート剤のモル数の比を1以下とすることが好ましい。当該比としては、0.5以下がより好ましく、0.1以下がより更に好ましく、また、0.01以上がより好ましく、0.02以上または0.05以上がより更に好ましい。
【0017】
本発明の過酸化水素安定化剤には、有効成分による過酸化水素安定化効果が阻害されない限り、PBTCA、マグネシウムイオンおよびアミノカルボン酸系キレート剤以外の成分を配合してもよい。他の成分としては、例えば、溶媒、pH調整剤を挙げることができる。
【0018】
過酸化水素安定化剤に配合できる溶媒としては、少なくとも必須の有効成分であるPBTCAとマグネシウムイオンに適度な溶解性を示すものが好ましい。かかる溶媒としては、水を挙げることができる。また、溶媒には、水に加えて、配合成分などに応じて水混和性有機溶媒を添加してもよい。水混和性有機溶媒とは、水に対して無制限に混和できる有機溶媒をいい、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどの低級アルコール溶媒(C1-6アルコール)を挙げることができる。溶媒として水と水混和性有機溶媒との混合溶媒を用いる場合、水混和性有機溶媒の割合は適宜調整すればよいが、例えば、混合溶媒全体に対する水混和性有機溶媒の割合としては20質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましく、5質量%以下がより更に好ましい。
【0019】
過酸化水素安定化剤が液状である場合、過酸化水素に対する十分な安定化効果のために、少なくともPBTCAとマグネシウムイオンの濃度を、溶解可能な範囲でできるだけ高く調整することが好ましい。具体的には、過酸化水素安定化剤におけるPBTCAとマグネシウムイオンとの合計濃度を20質量%以上、80質量%以下にすることが好ましい。当該合計濃度としては、30質量%以上がより好ましく、40質量%以上がより更に好ましく、45質量%以上または50質量%以上が特に好ましく、また、70質量%以下がより好ましく、65質量%以下がより更に好ましく、60質量以下が特に好ましい。
【0020】
本発明の過酸化水素安定化剤は、過酸化水素を安定化するために、過酸化水素、または過酸化水素を含む組成物に添加して用いられる。過酸化水素に本発明の過酸化水素安定化剤を添加することにより、過酸化水素の安定性が高められ、時間経過に伴う過酸化水素の分解が抑制される。特に、過酸化水素中に過酸化水素の分解を促進する鉄イオン等の重金属イオンが共存していても、過酸化水素の分解が効果的に抑制される。
【0021】
本発明の過酸化水素安定化剤による過酸化水素の分解抑制メカニズムは明確ではないが、PBTCAによる重金属キレート効果が、過酸化水素の分解が抑制される大きな理由の一つであると考えられる。一般的なキレート剤は、鉄イオンをキレートするとそのもの自体が酸化作用を示すため自己分解が起こり鉄イオンのキレート状態を保つことができない。それに対してPBTCAは、鉄イオンをキレートしても酸化作用を示さない為、キレート状態を保つことができると考えられる。また、マグネシウムイオンは微細な粒子状態で分散することにより、重金属イオンの表面を取り囲んで重金属イオンによる過酸化水素の分解を抑制すると考えられる。これらの相互作用により、本発明の過酸化水素安定化剤は、過酸化水素の分解を抑制していると考えられる。なお本発明は、前記メカニズムによって限定解釈されるものではない。
【0022】
本発明の過酸化水素安定化剤は、PBTCAに加え、マグネシウムイオンを含有することにより、次のような効果を有する。例えば、過酸化水素安定化剤がPBTCAのみを含有し、マグネシウムイオンを含有しない場合、重金属イオンの共存下での過酸化水素の分解抑制効果が低下する。一方、過酸化水素安定化剤がマグネシウムイオンのみを含有する場合、特にアルカリ条件下においてはマグネシウムイオンが微細な粒子に分散されず、その安定化効果も十分ではない。このようにPBTCAは、マグネシウムイオンと共に過酸化水素に導入すると、マグネシウムイオンを均一に分散させる効果と重金属イオンによる過酸化水素の分解を抑制する効果の2つの効果により、過酸化水素を安定化させると考えられる。
【0023】
換言すれば、過酸化水素と本発明に係る過酸化水素安定化剤を含む過酸化水素組成物においては、過酸化水素が安定化されている。本発明に係る過酸化水素安定化剤により安定化されるべき過酸化水素は、過酸化水素自体であってもよいし、過酸化水素を含む溶液であってもよく、特に限定されない。
【0024】
過酸化水素としては一般的な製法により得られたものを用いればよく、例えばアントラセン誘導体による自動酸化を用いた製法により得られた過酸化水素など、特に制限されない。一般に市販されている過酸化水素水における過酸化水素濃度は30~60質量%程度であり、本発明の過酸化水素安定化剤はそのような過酸化水素に添加して用いてもよい。勿論、パルプ漂白工程に用いられる過酸化水素水のように、過酸化水素の濃度10質量%以下の領域で用いてもよい。
【0025】
重金属イオンは、過酸化水素の使用時に不可避的に混入し、過酸化水素の分解を促進することがある。過酸化水素の分解を促進する重金属イオンとしては、ビスマスイオン、カドミウムイオン、コバルトイオン、クロムイオン、鉄イオン、マンガンイオン、銅イオン、モリブデンイオン、ニッケルイオン、鉛イオン、タングステンイオン、亜鉛イオンを挙げることができる。重金属イオンは、その種類にもよるが、一般的に0.1ppm以上の濃度で過酸化水素の分解を促進する。本発明に係る過酸化水素組成物は、上記濃度以上の重金属イオンを含んでいても、過酸化水素の分解が抑制されている。しかし、重金属イオンが過剰に存在していると本発明に係る過酸化水素安定化剤でも過酸化水素の分解を抑制できない可能性があり得るため、過酸化水素組成物における重金属イオンの濃度としては1000ppm以下が好ましい。
【0026】
過酸化水素は酸性条件下において比較的安定である一方で、塩基性条件下では不安定であるが酸化力を有効に発揮することができる。よって、本発明に係る過酸化水素組成物としては塩基性のものが好ましい。また、塩基性の過酸化水素組成物中であっても、本発明に係る過酸化水素安定化剤は、過酸化水素の安定化効果を有効に発揮することができる。以上の観点から、過酸化水素組成物のpHとしては8.0以上が好ましく、また、14以下が好ましく、12以下がより好ましい。
【0027】
過酸化水素組成物のpHを8.0以上のアルカリ条件に保つ方法としては、一般的にアルカリ金属水酸化物を添加する方法が用いられる。アルカリ金属イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、セシウムイオン等が挙げられる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。なかでも、入手容易性の点から、アルカリ金属イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオンおよびカリウムイオンから必須的になる群より選択される少なくとも1種であることが好ましく、ナトリウムイオンであることがより好ましい。また、過酸化水素安定化剤に配合するPBTCAとしてPBTCAアルカリ金属塩を配合する場合のアルカリ金属イオンも、同様のアルカリ金属イオンが好ましい。
【0028】
過酸化水素組成物における過酸化水素安定化剤の量は、過酸化水素の安定性が保たれる範囲で適宜調整すればよいが、例えば、過酸化水素組成物全体に対するPBTCAとマグネシウムイオンの合計割合を0.001質量%以上とすることが好ましい。当該割合が高いほど組成物中の過酸化水素の安定性は高くなる傾向があるといえるが、当該割合が高過ぎても効果は飽和すると考えられるため、当該割合としては5質量%以下が好ましい。上記割合としては、0.002質量%以上または0.005質量%以上がより好ましく、0.01質量%以上または0.02質量%以上がより更に好ましく、また、4質量%以下または2質量%以下がより好ましく、1質量%以下または0.5質量%以下がより好ましく、0.2質量%以下または0.1質量%以下がより更に好ましい。
【実施例
【0029】
以下に、実施例を示すことにより本発明を更に詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0030】
実施例1: PBTCA・1Mg水溶液の調製
2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸(PBTCA)の50質量%水溶液(「キレストPH-430」キレスト社製)50.0g(PBTCAを0.093モル含有)に、水酸化マグネシウム(5.6g,0.093モル)を加えて撹拌し、溶解した。これに脱イオン水を加えて総量を100gとし、過酸化水素安定化剤1を得た。
【0031】
実施例2: PBTCA・1.2Mg水溶液の調製
水酸化マグネシウムを6.7g(0.111モル)用いた以外は上記実施例1と同様にして、過酸化水素安定化剤2を得た。
【0032】
実施例3: PBTCA・0.67Mg水溶液の調製
水酸化マグネシウムを3.8g(0.062モル)用いた以外は上記実施例1と同様にして、過酸化水素安定化剤3を得た。
【0033】
実施例4: PBTCA・0.35Mg水溶液の調製
水酸化マグネシウムを2.0g(0.033モル)用いた以外は上記実施例1と同様にして、過酸化水素安定化剤4を得た。
【0034】
実施例5: PBTCA・0.07Mg水溶液の調製
水酸化マグネシウムを0.4g(0.007モル)用いた以外は上記実施例1と同様にして、過酸化水素安定化剤5を得た。
【0035】
試験例1: 鉄イオン共存下における過酸化水素水の安定性試験
イオン交換水400gに、上記実施例1で得た過酸化水素水安定化剤1を0.45g、1000ppmのFe3+を含むFe・NH4(SO42・12H2O水溶液0.5mLを添加し、撹拌した。次いで26%水酸化ナトリウム水溶液にて溶液のpHを12.5に調整した後、イオン交換水を加えて液量を459.6gとした。溶液を、ウォーターバスを用いて60℃まで加熱した後、35%過酸化水素水14.4gと26%水酸化ナトリウム水溶液26.0gを添加して試験開始とした。所定時間毎にサンプリングを行い、サンプル中の過酸化水素水残存量をJIS K 1463:2007に従って測定した。また、同様の試験を、過酸化水素安定化剤1の添加量を0.23gまたは0.11gに変更して実施した。なお、過酸化水素安定化剤1の添加量が0.11g、0.23g、0.45gの場合、試験液におけるPBTCAとマグネシウムイオンの合計量はそれぞれ0.006質量%、0.013質量%、0.025質量%となる。更に、比較のために、過酸化水素安定化剤1の代わりにPBTCA・5Naの40質量%水溶液(「キレストPH-435」キレスト社製)を0.1質量%、または水酸化マグネシウムを0.004質量%添加した試験液、および安定化剤を含まない試験液でも同様に試験を行った。なお、PBTCA・5Naを含む試験液におけるPBTCAの濃度は0.028質量%、また、水酸化マグネシウムを含む試験液におけるマグネシウムイオンの濃度は0.0017質量%であり、当該濃度は、PBTCAとマグネシウムイオンを合計で0.025質量%含む試験液に含まれるマグネシウムイオン濃度の2倍に相当する。
図1に、過酸化水素水安定化剤の各添加量における所定時間経過後の残存率を示す。図1に示す結果の通り、安定化剤を含まない過酸化水素水溶液(ブランク)では、鉄イオンの影響か過酸化水素の残存率は60分後に数%まで低下した。PBTCA・5Naまたはマグネシウムイオンのみを添加した場合でも、過酸化水素の安定化効果は十分ではなかった。
それに対して本発明に係る過酸化水素安定化剤を添加した場合には、過酸化水素は濃度依存的に顕著に安定化した。この様に、PBTCAとマグネシウムイオンの併用により、過酸化水素の安定性を損なう鉄イオンの存在下であっても、過酸化水素は顕著に安定化されることが実証された。
【0036】
試験例2: マグネシウム含量の異なる安定化剤を用いた過酸化水素水の安定性試験
過酸化水素安定化剤として、上記実施例1で得た過酸化水素安定化剤1の他、上記実施例2~5で得た過酸化水素安定化剤2~5を用いた以外は上記試験例1と同様にして、過酸化水素の残存率を経時的に測定した。結果を図2に示す。
図2に示す結果の通り、安定化剤を含まない過酸化水素水溶液(ブランク)では、鉄イオンの影響か過酸化水素の残存率は数%まで低下した。それに対して、PBTCAに対するマグネシムイオンのモル比が0.07である場合(実施例5)でも、過酸化水素の安定化効果が認められ、かかる効果は当該比が大きくなるほど高くなり、当該比が0.67以上である場合(実施例1~3)には過酸化水素の安定化効果は極めて優れていた。
かかる結果より、過酸化水素の安定化のためには、PBTCAに対するマグネシウムイオンのモル比は0.3以上であることが好ましく、0.5以上であれば十分な過酸化水素安定化効果が得られることが明らかとなった。
【0037】
試験例3: 過酸化水素安定化剤とEDTAを併用した過酸化水素水の安定性試験
イオン交換水400gに、上記実施例1で得た過酸化水素水安定化剤1を0.45g、EDTA・4Na50%水溶液(「A-50」キレスト社製)0.25g、1000ppmのFe3+を含むFe・NH4(SO42・12H2O水溶液0.5mL、および1000ppmのCu2+を含むCuSO4・5H2O水溶液0.5mLを添加し撹拌した。次いで26%水酸化ナトリウム溶液にて溶液のpHを12.5に調製した後、イオン交換水を加えて液量を459.6gとした。溶液を、ウォーターバスを用いて60℃まで加熱した後、35%過酸化水素水14.4gと26%水酸化ナトリウム溶液26.0gを添加して試験開始とした。所定時間毎にサンプリングを行い、サンプル中の過酸化水素水残存量をJIS K 1463:2007に従って測定した。なお、EDTA・4Naの使用量は、過酸化水素安定化剤1を含む試験液中のPBTCAとマグネシウムイオンの合計量と同じ0.025質量%である。比較のために、EDTA・4Naのみ含みPBTCAとマグネシウムイオンを含まない試験液でも同様に実験を行った。結果を図3に示す。
図3に示す結果の通り、EDTA・4Naを単独で使用した場合、Fe3+とCu2+の存在のためか、過酸化水素の残存率は60分後に数パーセントまで低下した。それに対して、過酸化水素安定化剤1とEDTA・4Naを併用した場合、過酸化水素安定化効果が優れていた。かかる結果より、PBTCAとマグネシウムおよびEDTAを併用することにより、多種にわたる重金属共存下においても過酸化水素安定化効果が得られることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の過酸化水素水安定化剤は過酸化水素の安定化効果に極めて優れており、本発明の過酸化水素安定化剤を含む過酸化水素組成物は、製紙パルプ工場等における紙、パルプ、繊維等の漂白、浄水処理や下水処理における処理水の殺菌消毒、家庭用の殺菌剤、カビ取り剤、洗浄剤、脱臭剤などに適用できる。
図1
図2
図3