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特許7062032アマノリ属の海藻を原料とした寒天の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-21
(45)【発行日】2022-05-02
(54)【発明の名称】アマノリ属の海藻を原料とした寒天の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 17/60 20160101AFI20220422BHJP
   A23L 29/256 20160101ALI20220422BHJP
【FI】
A23L17/60 101
A23L29/256
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020115376
(22)【出願日】2020-07-03
(65)【公開番号】P2022013074
(43)【公開日】2022-01-18
【審査請求日】2021-04-23
(73)【特許権者】
【識別番号】592048475
【氏名又は名称】鈴与株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100205914
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 総明
(74)【代理人】
【識別番号】100162189
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 真弓
(72)【発明者】
【氏名】流石 啓司
(72)【発明者】
【氏名】中山 滋
(72)【発明者】
【氏名】山梨 智也
(72)【発明者】
【氏名】後藤 沙知子
【審査官】安孫子 由美
(56)【参考文献】
【文献】特開昭64-62301(JP,A)
【文献】特開平5-15388(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102627703(CN,A)
【文献】アマノリの寒天様多糖類の物性と利用,公益財団法人 浦上食品・食文化振興財団 研究助成事業実績,79-88,1992年,https://www.urakamizaidan.or.jp/research/jisseki/1992/vol04urakamif-07ogawa.pdf
【文献】Algal Research,2017年,26,123-130
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
C08B
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/CABA/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アマノリ属の海藻をアルカリ性水溶液に浸漬し、加熱処理するアルカリ処理工程と、
アルカリ処理されたアマノリ属の海藻を、pH4.0~4.9に調整された水を用いて、常圧下で熱水抽出する抽出工程と、を有することを特徴とする寒天の製造方法。
【請求項2】
前記抽出工程における熱水抽出温度が、70~100℃であることを特徴とする請求項1に記載の寒天の製造方法。
【請求項3】
前記抽出工程における抽出時間が、0.5~3時間であることを特徴とする請求項1又は2に記載の寒天の製造方法。
【請求項4】
前記抽出工程におけるpHが、pH4.5~4.7であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の寒天の製造方法。
【請求項5】
前記アルカリ処理工程における加熱処理の温度が、70~100℃であることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の寒天の製造方法。
【請求項6】
前記アマノリ属の海藻が、色落ちノリ又はノリ屑であることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の寒天の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スサビノリ、アサクサノリ又はウップルイノリ等のアマノリ属の海藻を原料とする寒天の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スサビノリ、アサクサノリ、ウップルイノリ及びタンシサイ(壇紫菜)等のアマノリ属の海藻は、いわゆる“ノリ”として古くから食用とされ、親しまれている。これらのノリのうち、日本では、宮城、千葉、愛知、瀬戸内海及び九州の有明などでスサビノリの養殖が盛んにおこなわれている。
【0003】
しかし、近年、各産地では、漁の末期である春先にノリの色が薄く褪せたようになる色落ちノリが度々発生し、問題となっている。色落ちノリは、黒味が乏しく、組織が硬く食用に適さないため、その多くが廃棄処分されている。また、このような色落ちノリから製造された板海苔も競りで値が付かず、一部が養殖魚の餌として使われたりするものの、そのほとんどが活用されずに大量に廃棄されている。
【0004】
さらに、漁の終わりには海中の網を陸上に上げる必要があるところ、その際、収穫されずに網に残っていたノリは網から外され、廃棄物として処分されている。また、収穫したノリから板海苔を製造する工程では、板海苔の表面がローラーで削られることで大量のノリ屑が副産物として大量に発生している。このようなノリ屑もほとんど活用されず、廃棄されている。
【0005】
上述した色落ちノリやノリ屑等の廃棄に係る処分費用は、漁業者及び製造加工業者等にとって負担であり、水産業における重大な課題となっている。このような理由から、廃棄物として処分されているノリの有効活用が期待されている。
【0006】
他方、アマノリ属の海藻には、その細胞壁内及び細胞間隙にポルフィランと呼ばれる多糖類が存在することが知られている。ポルフィランは、D-ガラクトースとL-ガラクトースとが結合した二糖単位の繰り返しによって構成される直鎖状のガラクタンである。寒天の主要成分であるアガロースも、ポルフィラン同様にD-ガラクトースとL-ガラクトースとが結合した二糖単位の繰り返しによって構成されるガラクタンであるが、アガロースを構成するL-ガラクトース分子は、そのほとんどが3,6-アンヒドロ化されてなる3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースからなるのに対し、ポルフィランを構成するL-ガラクトース分子は、3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースも有するが、硫酸化されたL-ガラクトース-6-硫酸を多く有している。それゆえ、ポルフィランは、そのままではゲル化しないという性質を有している。
【0007】
そこで、特許文献1には、アマノリ属の海藻に含まれているポルフィランをアルカリで処理することにより、ポルフィランを構成するL-ガラクトース-6-硫酸を脱硫酸して3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースに変換し、ゲル化能を有する寒天を製造する方法が提案されている。具体的には、アマノリ属の海藻をアルカリ溶液に浸漬し、室温~50℃で1~14日間置いてアルカリ処理を行った後、酢酸等でpH5~6に調整された70~100℃の温水もしくは熱水を用いて抽出することによってゲル化能を有する寒天が得られることが記載されている。
【0008】
また、特許文献2には、アマノリ属海藻をアルカリ処理した後、アマノリ属海藻の細胞壁を分解し得るセルラーゼ等の酵素を用いて酵素処理し、その後60~100℃の温度において常圧で微アルカリ性~微弱酸性で数10分から数時間煮熟して抽出し、ゲル化性ガラクタンである寒天を製造する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平1-62301号公報
【文献】特開平5-15388号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】“ドリセラーゼ FROM BASIDIOMYCETES SP.”、[online]、Chemical Book ウェブサイト、[令和2年7月2日検索]、インターネット<URL:https://www.chemicalbook.com/Price_JP/Driselase.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1に記載された製造方法では、本発明者らが試験した結果、寒天の収率が数%程度と極めて低く、海藻中に含まれるガラクタンが十分に抽出できていないことが確認された。というのも、アマノリ属の海藻に含まれるポルフィランは細胞壁内及び細胞間隙に存在するところ、特許文献2でも記載されているように、アマノリ属の海藻は細胞壁が強固であるため、通常の煮熟抽出では細胞壁が壊れにくく、特にアルカリ処理後にはその細胞壁が一層強固となり、ガラクタンの抽出が困難であるという問題があった。
【0012】
そこで、特許文献2に記載された製造方法では、アマノリ属海藻の強固な細胞壁をセルラーゼ等の酵素で分解することによってガラクタンの抽出効率を向上させている。具体的には、特許文献2の実施例においては、アマノリ属の海藻500gに対して、セルラーゼを主成分とする酵素のドリセラーゼを40g使用し、細胞壁を分解することによってガラクタンの抽出効率を向上させている。しかしながら、ドリセラーゼは研究用試薬とはいえ、1gで2万円程度と非常に高価である(非特許文献1)ことから、製造コストが非常に高くなり、工業利用には不向きであるという問題があった。また、特許文献2に記載された製造方法は、アルカリ処理、酵素処理及び抽出処理という3つの処理工程を要するため、処理工程毎に所定の時間及び手間がかかり煩雑であるという問題があった。
【0013】
他方、植物組織等から抽出を行うにあたり通常の煮熟抽出が困難な場合、ラボスケールでは、オートクレーブ装置等を用いた加圧加熱抽出がしばしば行われている。しかしながら、これをスケールアップして工業的に実生産するとなると、加圧加熱抽出装置の設備導入費用が高額であり、100℃を超える高温での抽出となるため、エネルギーコストも高いという問題があった。
【0014】
したがって、本発明は上述した点に鑑みてなされたもので、その目的は、アマノリ属の海藻から、酵素処理や加圧加熱処理を行うことなく、低コストかつ高収率に寒天を製造する方法を提供することにある。
【0015】
さらに、本発明の他の目的は、アマノリ属の海藻から、簡易な工程及び短時間で高収率に寒天を製造する方法を提供することにある。
【0016】
また、本発明の他の目的は、廃棄物として処分されている色落ちノリやノリ屑、漁の終わりに網に付着しているノリ等を有効活用して、新たな価値を有する製品を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
これまでの寒天の製造方法においては、pH5未満のような酸性領域でガラクタンの抽出処理を行うと、ガラクタンが酸で加水分解して低分子化するため、熱水抽出処理は微弱酸性領域から微アルカリ性領域の中性に近い領域で行われていた。しかしながら、本発明者らはpH5未満の特定のpH領域で熱水抽出を行うことにより、ガラクタンの低分子化は防ぎつつ、アマノリ属の海藻の強固な細胞壁を緩めたり損傷を生じさせ、細胞壁又は細胞間隙に存在するガラクタンを効率よく抽出できることを見出した。さらに、本発明者らは、pH5未満の特定のpH領域で熱水抽出を行うことにより、所望のゼリー強度の寒天を高い収率で得ることができることを見出した。これらの知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0018】
上記課題を解決するため、本発明の寒天の製造方法は、アマノリ属の海藻をアルカリ性水溶液に浸漬し、加熱処理するアルカリ処理工程と、アルカリ処理されたアマノリ属の海藻を、pH4.0~4.9に調整された水を用いて、常圧下で熱水抽出する抽出工程と、を有している。
【0019】
アマノリ属の海藻をアルカリ性水溶液に浸漬して加熱処理することにより、アマノリ属の海藻の細胞壁内及び細胞間隙に存在するポルフィランが脱硫されてゲル化能を有するガラクタンに変換される。この状態では、ゲル化能を有するガラクタンは、アマノリ属の海藻の強固な細胞壁内及び細胞間隙内に留まっているが、pH4.0~4.9に調整した水で熱水抽出することにより、アマノリ属海藻の細胞壁が緩んで損傷が生じ、細胞壁内及び細胞間隙内からガラクタンが効率よく抽出される。
【0020】
なお、本明細書において、寒天とは、ゲル化能を有するガラクタンを意味し、アマノリ属の海藻中に含まれるポルフィランにアルカリ処理を施すことによってゲル化能を獲得したガラクタンも当然に含まれる。
【0021】
また、本発明の寒天の製造方法は、抽出工程における熱水抽出温度が、70~100℃であることも好ましい。これにより、熱水抽出温度として好適な温度が選択され、短時間の抽出処理でも高収率で寒天を得ることができる。
【0022】
また、本発明の寒天の製造方法は、抽出工程における抽出時間が、0.5~3時間であることも好ましい。これにより、熱水抽出時間として好適な処理が選択される。また、高収率で所望のゼリー強度を有する寒天を得ることができる。
【0023】
また、本発明の寒天の製造方法は、抽出工程におけるpHが、pH4.5~4.7であることも好ましい。これにより、高収率で高いゼリー強度を有する寒天を得ることができる。
【0024】
また、本発明の寒天の製造方法は、アルカリ処理工程における加熱処理の温度が、70~100℃であることも好ましい。これにより、アルカリ処理に要する時間も短時間で済むため、トータルでの製造時間が短縮される。
【0025】
また、本発明の寒天の製造方法は、アマノリ属の海藻が、色落ちノリ又はノリ屑であることも好ましい。これにより、これまで廃棄処分されていた海藻を寒天の原料として有効活用することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有するアマノリ属の海藻からの寒天の製造方法を提供することができる。
(1)アマノリ属の海藻から、高収率かつ低コストに寒天を製造することができる。
(2)アルカリ処理後、熱水抽出処理を短時間行うことのみで、ゲル化能を有するガラクタンが効率よく抽出されるため、簡易な工程及び短時間で高収率に寒天を製造することができる。
(3)熱水抽出時のpH及び抽出時間を調整することによって、所望のゼリー強度の寒天を高い収率で得ることができる。
(4)従来活用されておらず、廃棄処分されていた色落ちノリやノリ屑等を寒天の原料として有効活用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の実施形態に係る寒天の製造方法を概略的に示すフローチャートである。
図2】実施例2における、抽出処理後の海藻残渣の状態を示す顕微鏡写真であり、(a)pH4.3に調整した水で1時間熱水抽出した後の残渣、(b)pH5.2に調整した水で1時間熱水抽出した後の残渣、(c)pH6.0に調整した水で1時間加圧加熱抽出した後の残渣及び(d)生の状態のスサビノリ、の顕微鏡写真である。
図3】実施例5における(a)本発明に係る製造方法によって製造された寒天から形成されたゲル、及び(b)市販のアガロースから形成されたゲルによる、アガロースゲル電気泳動結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を詳細に説明する。まず、図1を参照し、本実施形態に係る寒天の製造方法について説明する。図1に示すように、本実施形態にかかる寒天の製造方法は、アマノリ属の海藻の原料を準備する工程S0、アマノリ属の海藻をアルカリ処理する工程S1、アルカリ処理された藻体を水洗又は中和する工程S2、抽出溶媒のpHを4.0~4.9に調整する工程S3、これを熱水抽出する工程S4、ろ過して抽出液を回収する工程S5、抽出液をゲル化させる工程S6、ゲルを凍結・脱水又は圧力脱水して寒天分を得る工程S7及び寒天分を乾燥させる工程S8から概略構成される。
【0029】
(原料の準備)
まず、図1に示す原料を準備する工程S0について説明する。本発明の寒天の製造方法における原料は、アマノリ(Pyropia)属の海藻である。特に限定されないが、例えば、スサビノリ、アサクサノリ又はウップルイノリ等が挙げられる。アマノリ属の海藻には、その細胞壁内及び細胞間隙にポルフィランと呼ばれる多糖類が存在しており、これが脱硫酸してゲル化能を有するガラクタンに変換されることにより、寒天の主成分となる。アマノリ属の海藻は、強固な細胞壁を有しているため、通常の煮熟抽出では細胞壁内からガラクタンを抽出することは困難である。また、ノリ色が褪せたようになる色落ちノリはノリ漁の末期である春先に見られるところ、春先に収穫されるノリは摘採回数を重ねたために細胞壁がより厚くなっており、このような色落ちノリの細胞壁内からガラクタンを効率良く抽出することはさらに困難であるとされている。しかしながら、本発明の製造方法によれば、このような色落ちノリを原料とした場合にも、効率よくガラクタンを抽出することができ、高収率で寒天を得ることができる。原料として用いられるアマノリ属の海藻は、生の状態、乾燥状態又は凍結状態のいずれでも用いることができ、板海苔に加工されたものや、板海苔を製造する際に生じたノリ屑等も好適に用いることができる。上述した色落ちノリやノリ屑、漁の終わりに網に残った生ノリ等は廃棄物として処分されているところ、本発明においては、いずれも原料として好適に用いることができ、寒天の原料として有効に活用され得る。
【0030】
(アルカリ処理)
次にアルカリ処理工程S1について説明する。上述したアマノリ属の海藻に含まれるポルフィランはそのままではゲル化能を持たないため、前処理工程としてのアルカリ処理が行われる。アルカリ処理の目的はポルフィランに含まれる硫酸基を外し、3,6-アンヒドロガラクトースに変換してゲル化能を持たせることである。アルカリ処理は、アマノリ属の海藻をアルカリ性水溶液に浸漬させ、加熱することにより行う。アルカリ性水溶液としては、強アルカリ性を呈するものであればよく、特に限定されないが、取り扱いの容易さから、水酸化ナトリウム水溶液又は水酸化カリウム水溶液が好適に用いられる。例えば、水酸化ナトリウム水溶液を用いる場合には、3~8%程度の水酸化ナトリウム水溶液が好ましく用いられる。また、加熱温度としては、70~100℃とすることが好ましく、80~100℃とすることがより好ましい。上述した特許文献1では、室温から50℃でアルカリ処理を行っていたため、アルカリ処理時間が1~14日間と長期間に亘っていたが、本発明においては、アルカリ処理温度を70~100℃とすることにより、アルカリ処理時間を短縮することができ、トータルの製造時間を短縮することができる。具体的には、70~100℃において、1~5時間アルカリ処理を行うのが好ましく、1.5~3時間アルカリ処理を行うことがより好ましい。
【0031】
(水洗又は中和)
次に、水洗・中和工程S2について説明する。本工程S2では、アルカリ処理された藻体を水洗又は中和することが行われる。具体的には、水洗処理を行う場合には、メッシュ籠等にアルカリ処理後の海藻を入れて固液分離した後、海藻に付着したアルカリ分を水で洗い流す方法により行う。他方、中和処理を行う場合には、アルカリ処理後のアルカリ水溶液を酸で中和した後、水で洗い流す方法により行う。これらの操作により、アルカリ処理によってアマノリ属の海藻からアルカリ性水溶液中に溶出した、色素や夾雑物、微量金属類が除去される。
【0032】
(pH調整)
次に、pH調整工程S3について説明する。本工程S3では、抽出溶媒である水のpHを4.0~4.9に調整することが行われる。具体的には、アルカリ処理後、水洗又は中和処理した藻体に、原料の重量の10~30倍量の水を加え、そこにpHが4.0~4.9になるように酸を加えて調整を行う。pH調整に用いられる酸としては、特に限定されないが、硫酸又は塩酸等の無機酸の他、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、フタル酸、シュウ酸、乳酸、酒石酸、マレイン酸、フマル酸、マロン酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、アミノ酸又はL-アスコルビン酸等の有機酸が挙げられるが、取り扱いが容易な観点から硫酸又は塩酸を用いることが好ましい。
【0033】
(熱水抽出)
次に、熱水抽出工程S4について説明する。上述のようにしてpHが調整された後、抽出溶媒を加熱して熱水抽出を行う。抽出温度は70~100℃の範囲が好ましく、80~100℃がより好ましく、90~100℃が特に好ましい。本発明によれば、常圧下での熱水抽出であっても、オートクレーブ等を利用した加圧加熱抽出と同様又はそれ以上の効率でガラクタンを抽出することが可能である。抽出処理時間は、製造しようとする寒天のゼリー強度及び調整された抽出時のpHの値によって決定されるが、4時間以下とすることが好ましく、0.5~3時間とすることがより好ましく、1~2時間が特に好ましい。
【0034】
ここで、本発明の寒天の製造方法による興味深い効果の一つとして、pH調整工程S3において調整したpHの値と熱水抽出工程S4での熱水抽出処理の時間によって、得られる寒天のゼリー強度を選択できる点がある。原料であるアマノリ属の海藻の種類や海藻の状態等によって多少の変化はあるが、例えば、pHを4.5~4.9の範囲に調整し、熱水抽出処理を1時間程度行った場合には、ゼリー強度が1000g/cm以上と高い強度を有する寒天が得られる。さらに、pHを4.5~4.7の範囲に調整すると、ゼリー強度が1000g/cm以上の寒天を非常に高い収率で得ることができる。他方、pHを4.0~4.3の範囲に調整し、熱水抽出処理を2時間程度行った場合には、ゼリー強度が500g/cm程度の柔らかな寒天が得られる。このように、調整するpHの値と熱水抽出処理に係る時間を選択することによって、所望のゼリー強度の寒天を高収率で得ることができる。
【0035】
(熱水抽出後の工程について)
次に、熱水抽出工程S4の後に行われる工程S5~S8について説明する。まず、熱水抽出処理後には、ろ過工程S5が行われる。ここでは、ろ布やフィルタープレス機、遠心分離機などで、抽出液と抽出残渣とが固液分離され、抽出液であるろ液が回収される。引き続いて、ゲル化工程S6では、回収された抽出液をトレー等に注いでゲル化させる。この後、凍結・脱水又は圧力脱水工程S7では、ゲル化物を細断等した後、凍結脱水又はフィルタープレス等による圧力脱水により、寒天分を回収する。最後に、乾燥工程S8では得られた寒天分を乾燥機にて乾燥し、寒天の完成とする。なお、得られる寒天の色調を改善するために、ろ過工程S5の前後に、活性炭や珪藻土などを用いて抽出液の脱色や精製を行うことも可能である。また、上述した工程S5~S8以外の既存の寒天製造に係る手法により、ガラクタンを含む抽出液から寒天を得ることももちろん可能である。
【0036】
(寒天)
本発明の製造方法によって得られた寒天は、原料として、ガラクタンが抽出され難いとされているアマノリ属の海藻を用いているにもかかわらず、収率が10~20%と高収率である。また、後述する実施例で示すように、本発明によって得られた寒天でアガロースゲル電気泳動を行ったところ、市販のアガロースと同様又はそれ以上の分離能を有しており、製品品質も優れている。
【0037】
本発明の製造方法によって得られた寒天の用途としては、調整するpHの値と熱水抽出処理に係る時間を選択することによって、所望のゼリー強度の寒天を得ることができるため、様々な用途に適用可能である。高いゼリー強度を有する寒天については、培地用寒天、植物培養用寒天、電気泳動用アガロースの原料及び歯科印象剤用の寒天として用いることができ、ゼリー強度が低い寒天については、介護食等のとろみ付き食品、ソースやドレッシング、ジャム等の食品などに好適に利用できる。
【実施例
【0038】
以下、実施例及び比較例を用いて、本発明を詳細に説明する。
【0039】
[実施例1]
1.色落ちノリから製造された板海苔からの寒天の製造(1)
原料として、兵庫県産の色落ちしたスサビノリから製造された板海苔を用いた。この板海苔と、板海苔の重量の30倍量の重量の4%水酸化ナトリウム水溶液をステンレス容器に入れ、80℃で2時間加熱してアルカリ処理を行った。その後、6%塩酸水溶液をステンレス容器内に添加して中和し、メッシュ籠で固液分離してアルカリ処理されたスサビノリの藻体を回収した。これを流水で水洗した後、ろ布で脱水した。次に、脱水後の藻体と、原料である板海苔の重量の20倍量の重量の水をステンレス容器に入れ、6%塩酸水溶液でpHを4.0に調整した(実施例1a)。これを加熱沸騰させ、100℃で熱水抽出処理を行った。熱水抽出処理時間は1時間及び2時間とした。熱水抽出処理後、ろ布でろ過してろ液を回収し、トレーにろ液を注いで室温でゲル化させた。これを包丁で細断後、-20℃の冷凍庫で一晩冷凍し、翌日に流水で解凍した。ろ布を用いて脱水後、60℃に設定した乾燥機で乾燥し、寒天を得た。得られた寒天について、寒天収率及びゼリー強度を求めた。寒天収率は、寒天収率(%)=(得られた寒天の重量/原料として使用した板海苔の重量)×100の式から求めた。また。ゼリー強度(g/cm)は、1.5重量%濃度の寒天ゲルを作製し、カードメーター(飯尾電機株式会社製品、型式:M301-A)を用いて測定した値から、日寒水式のゼリー強度に変換する係数をかけて求めた。
【0040】
また、上述した試験において、抽出処理時のpHを4.3(実施例1b)、4.5(実施例1c)、4.7(実施例1d)及び4.9(実施例1e)に調整した以外は、上述と同様の原料及び方法で寒天を得た。得られた寒天について、同様の方法で寒天収率及びゼリー強度を求めた。
【0041】
[比較例1]
2.色落ちノリから製造された板海苔からの寒天の製造(2)
実施例1において、抽出処理時のpHを5.0(比較例1a)、5.2(比較例1b)、5.5(比較例1c)及び6.0(比較例1d)に調整した以外は、実施例1と同様の原料及び方法で試験を行い、得られた寒天について、寒天収率及びゼリー強度を求めた。
【0042】
[比較例2]
3.色落ちノリから製造された板海苔からの寒天の製造(3)
実施例1において、抽出処理時のpHを6.0とし、抽出処理を熱水抽出に替えてオートクレーブでの加圧加熱抽出とした以外は、実施例1と同様の原料及び方法で試験を行い、得られた寒天について、寒天収率及びゼリー強度を求めた(比較例1e)。なお、本比較例における加圧加熱抽出は、具体的には次のようにして行った。アルカリ処理後に水洗し脱水した藻体と、原料である板海苔の重量の20倍量の重量の水をステンレス容器に入れ、6%塩酸水溶液でpHを6.0に調整した。容器に蓋をした後、オートクレーブの釜に入れ、130℃で1時間加圧加熱抽出した。
【0043】
実施例1及び比較例1、2における寒天収率の測定結果を表1に示し、ゼリー強度の測定結果を表2に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
表1に示すように、いずれの抽出時間においても、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲(実施例1a~1e)に調整することにより、熱水抽出時のpHを5.0~6.0の範囲(比較例1a~1d)としたものよりも、寒天収率が顕著に高くなることが確認された。比較例1a~1dの結果に示されるように、熱水抽出時のpHが5.0~6.0の範囲では、寒天収率が数%程度であるが、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲に調整することによって、1時間程度の短時間の抽出でも10~20%の高収率で寒天が得られ、作業時間の短縮が可能になることがわかった。また、比較例1eでは、寒天が高収率で得られる加圧加熱抽出処理による試験結果を示しているが、抽出時間を少なくとも2時間とすることにより、加圧加熱抽出処理を行った場合と同等もしくは、それ以上に高い収率で寒天が得られ、熱水抽出時のpHを4.0~4.5の範囲とした際には抽出時間が1時間であっても、加圧加熱抽出処理を行った場合と同等もしくは、それ以上に高い収率で寒天が得られることが確認された。
【0046】
【表2】
【0047】
また、表2に示す各寒天のゼリー強度についてみると、熱水抽出時のpHを4.5~4.9の範囲とし、抽出処理時間を1時間とした場合(実施例1c~1e)には、pHを5.0~6.0の範囲とし、抽出処理時間を1時間としたもの(比較例1a~1d)と同程度の高いゼリー強度の寒天が得られることがわかった。一般的に、酸性領域でガラクタンの熱水抽出処理を行うと酸性の熱水によってガラクタンが加水分解して低分子化することが知られており、pH5未満のような酸性領域で熱水抽出することは避けられてきた。しかしながら、本実施例では、驚くべきことに、熱水抽出時のpHを5未満の酸性条件とした場合においても、ガラクタンの低分子化は防ぎつつ、高分子のまま抽出されている。このことから、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲に調整することにより、ガラクタンの低分子化は防ぎつつ、アマノリ属の海藻の強固な細胞壁を緩める等して細胞壁又は細胞間隙に存在するガラクタンの抽出効率を向上させるという作用を有する可能性が推測された。特に、熱水抽出時のpHを4.5~4.7に調整することにより、1400g/cm以上の高いゼリー強度を有する寒天が14~15%もの高収率で得られることが確認された。
【0048】
また、表2に示すように、熱水抽出時のpHを5.0~6.0の範囲(比較例1a~1d)とした場合には、抽出時間やpHを変えてもゼリー強度はあまり変わらなかったが、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲とした場合には、抽出時間の長短やpHによって、寒天のゼリー強度が低いものから高いものまで得られるので、用途に応じたゼリー強度を有する寒天の製造が可能になることが明らかとなった。例えば、ゼリー強度が低いものは介護食用途、ゼリー強度が高いものはアガロースの原料や歯科印象剤用の寒天などに用いることができる。
【0049】
[実施例2]
4.寒天抽出後の残渣の顕微鏡による観察
上述した実施例1及び比較例1、2により、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲とすることにより、アマノリ属の海藻の強固な細胞壁が緩まり、細胞壁又は細胞間隙に存在するガラクタンの抽出効率が向上する可能性があることが推測された。そこで、実施例1及び比較例1、2において、寒天を抽出した後の板海苔の残渣を顕微鏡で観察し、抽出条件の違いによって、スサビノリの細胞壁や細胞間隙の状態に違いが見られるか観察を行った。また、ポルフィランのような硫酸基を持った酸性多糖類が組織中に存在すると赤紫色に染色されるトルイジンブルー溶液を使い、残渣組織中の酸性多糖類の残存状況についても観察を行った。
【0050】
観察サンプルは、(a)pH4.3に調整した水で1時間熱水抽出した後の残渣(実施例1b)、(b)pH5.2に調整した水で1時間熱水抽出した後の残渣(比較例1b)、(c)pH6.0に調整した水で1時間加圧加熱抽出した後の残渣(比較例1e)及び(d)比較対照として生の状態のスサビノリ、を選択した。観察はオリンパス製の生物顕微鏡BX51(対物レンズ20倍)とマイクロスコープデジタルカメラDP22を用いて行った。結果を図2(a)~(d)に示す。
【0051】
図2によれば、図2(d)の生の状態のスサビノリでは、細胞壁が濃い赤紫色に染まり、規則正しく配列していたのに対し、図2(a)の実施例1b(抽出pH4.3)と図2(c)の比較例1e(加圧加熱抽出)では細胞壁が壊れ、細胞と細胞の隙間が広がっていることが確認された。他方、図2(b)に示す比較例1b(抽出pH5.2)では、細胞壁の配列状態が図2(d)に示す生のスサビノリのものと近く、細胞壁の損傷度合いは、図2(a)に示す実施例1bや、図2(c)に示す比較例1eに比べて小さいことが分かった。また、トルイジンブルー染色の状態を比較してみると、図2(d)の生の状態のスサビノリは、細胞壁が濃い赤紫色に染まり、細胞壁内に酸性多糖であるポルフィランが多量に存在することが示されたが、抽出処理後の残渣については、赤紫色の着色の強さが、図2(b)に示す比較例1b(抽出pH5.2)>図2(c)に示す比較例1e(加圧加熱抽出)>図2(a)に示す実施例1b(抽出pH4.3)の順であることが確認された。このことから、抽出処理後の残渣における酸性多糖類の残存は、実施例1b(抽出pH4.3)が最も少なく、次に比較例1e(加圧加熱抽出)が少なく、比較例1b(抽出pH5.2)では残渣中に酸性多糖類が多く残存することがわかった。以上のことから、熱水抽出時のpHを4.0~4.9とすることによって、加圧加熱抽出処理及びpH5~6での熱水抽出処理よりも、アマノリ属海藻の強固な細胞壁を緩めたり損傷を生じさせ、細胞と細胞の隙間を広げる変化を起こしたために細胞壁内や細胞間隙に存在するガラクタンを効率よく抽出できたと考えられた。
【0052】
[実施例3]
5.色落ち生ノリからの寒天の製造(1)
原料として、宮城県産の色落ちしたスサビノリの生ノリを用いた。この色落ち生ノリを脱水後、室温で乾燥させた乾燥物について、次のようにしてアルカリ処理を行った。生ノリの乾燥物と、この乾燥物の重量の30倍量の重量の6%水酸化ナトリウム水溶液をステンレス容器に入れ、80℃で2時間加熱してアルカリ処理を行った。その後、メッシュ籠で固液分離してアルカリ処理されたスサビノリの藻体を回収した。これを一晩水洗した後、ろ布で脱水した。次に、脱水後の藻体と、原料である生ノリの乾燥物の重量の20倍量の重量の水をステンレス容器に入れ、6%塩酸水溶液でpHを4.0に調整した(実施例3a)。これを加熱沸騰させ、100℃で2時間熱水抽出処理を行った。熱水抽出処理後、ろ布でろ過してろ液を回収し、トレーにろ液を注いで室温でゲル化させた。これを包丁で細断後、-20℃の冷凍庫で一晩冷凍し、翌日に流水で解凍した。ろ布を用いて脱水後、60℃に設定した乾燥機で乾燥し、寒天を得た。得られた寒天について、寒天収率及びゼリー強度を実施例1と同様の方法で求めた。
【0053】
また、上述した試験において、抽出処理時のpHを4.5(実施例3b)及び4.9(実施例3c)に調整した以外は、上述と同様の原料及び方法で試験を行い、得られた寒天について、寒天収率及びゼリー強度を求めた。
【0054】
[比較例3]
6.色落ち生ノリからの寒天の製造(2)
実施例3において、抽出処理時のpHを5.5(比較例3a)及び6.0(比較例3b)に調整した以外は、実施例3と同様の原料及び方法で試験を行い、得られた寒天について、寒天収率及びゼリー強度を求めた。
【0055】
[比較例4]
7.色落ち生ノリからの寒天の製造(3)
実施例3において、抽出処理時のpHを6.0とし、抽出処理を熱水抽出に替えてオートクレーブでの加圧加熱抽出とした以外は、実施例3と同様の原料及び方法で試験を行い、得られた寒天について、寒天収率及びゼリー強度を求めた(比較例3c)。なお、本比較例における加圧加熱抽出は、具体的には次のようにして行った。アルカリ処理後に水洗し脱水した藻体と、原料である生ノリの乾燥物の重量の20倍量の重量の水をステンレス容器に入れ、6%塩酸水溶液でpHを6.0に調整した。容器に蓋をした後、オートクレーブの釜に入れ、130℃で1時間加圧加熱抽出した。
【0056】
実施例3及び比較例3、4における寒天収率及びゼリー強度の測定結果を表3に示す。
【0057】
【表3】
【0058】
表3に示すように、色落ち生ノリの乾燥物においても、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲(実施例3a~3c)に調整することにより、熱水抽出時のpHを5.5~6.0の範囲(比較例3a、3b)としたものよりも、高い収率で寒天が得られた。また、比較例3cでは、寒天が高収率で得られる加圧加熱抽出処理による試験結果を示しているが、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲に調整することにより、加圧加熱抽出処理を行った場合と同等もしくは、それ以上に高い収率で寒天が得られた。さらに、各寒天のゼリー強度についても、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲(実施例3a~3c)に調整することにより得られた寒天は、加圧加熱抽出(比較例3c)と同等かそれ以上の強度で得られた。
【0059】
[実施例4]
8.ノリ屑からの寒天の製造(1)
次に色落ちノリから板海苔を製造した際に生じたノリ屑からの寒天抽出を試みた。原料として、宮城県産の色落ちしたスサビノリから板海苔を製造する際に発生したノリ屑を使用した。ノリ屑と、ノリ屑の重量の30倍量の重量の4%水酸化ナトリウム水溶液をステンレス容器に入れ、80℃で2時間加熱してアルカリ処理を行った。その後、6%塩酸水溶液をステンレス容器内に添加して中和し、メッシュ籠で固液分離してアルカリ処理されたスサビノリの藻体を回収した。これを流水で水洗した後、ろ布で脱水した。次に、脱水後の藻体と、原料であるノリ屑の重量の20倍量の水をステンレス容器に入れ、6%塩酸水溶液でpHを4.0に調整した(実施例4a)。これを加熱沸騰させ、100℃で熱水抽出処理を行った。熱水抽出処理時間は1時間及び2時間とした。熱水抽出処理後、ろ布でろ過してろ液を回収し、トレーにろ液を注いで室温でゲル化させた。これを包丁で細断後、-20℃の冷凍庫で一晩冷凍し、翌日に流水で解凍した。ろ布を用いて脱水後、60℃に設定した乾燥機で乾燥し、寒天を得た。得られた寒天について、寒天収率及びゼリー強度を実施例1と同様の方法で求めた。結果を以下表4に示す。
【0060】
また、上述した試験において、抽出処理時のpHを4.5(実施例4b)及び4.9(実施例4c)に調整した以外は、上述と同様の原料及び方法で試験を行い、得られた寒天について、寒天収率及びゼリー強度を求めた。結果を以下表4に示す。
【0061】
【表4】
【0062】
表4に示すように、原料としてノリ屑を使用した場合も、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲に調整することにより、高い収率で寒天が得られることがわかった。また、ノリ屑を原料とした際にも、熱水抽出時のpHを4.0~4.9の範囲とした場合には、抽出時間の長短やpHによって、寒天のゼリー強度が低いものから高いものまで得られるので、用途に応じたゼリー強度を有する寒天の製造が可能になることが確認された。
【0063】
[実施例5]
9.色落ち板海苔から得られた寒天によるアガロースゲル電気泳動
アマノリ属の海藻に含まれるポルフィランには硫酸基が数%と多く含まれており、それゆえゲル化しないが、アルカリ処理によって硫酸基含量が減少する。本発明に係る方法によって製造された、アマノリ属の海藻を原料とした寒天の硫酸基量を測定したところ、0.1%以下と低い値であった。そこで、製造された寒天の用途の一例として、アガロース原料としての可能性を確認した。
【0064】
試験方法としては、本発明に係る方法によって製造された寒天と、市販のアガロースとをそれぞれ用いて、電気泳動用ゲルを作成し、アガロースゲル電気泳動におけるDNAマーカーの分離度を比較した。具体的には、(a)上述した実施例1c(抽出pH4.5)の1時間熱水抽出して得た寒天と(b)比較対照として市販のアガロースとを選択し、それぞれ1.0%のゲルを作製した。ウェルにDNAマーカーを注入し、TAE bufferを用いて、100Vで30分間電気泳動した後、エチジウムブロマイドでDNAのバンドを染色し、UV照射して観察した。なお、DNAマーカーは100bp DNA Ladderと、1kb DNA Ladderの2種類を用いた。結果を図3に示す。
【0065】
アガロースゲル電気泳動を行った結果、1kb DNA Ladderでは、図3(a)に示す実施例1c(pH4.5)の寒天ゲルと、図3(b)に示す市販のアガロースゲルは同等の分離度を示した。他方、100bp DNA Ladderでは、市販のアガロースゲルよりも実施例1c(pH4.5)の寒天ゲルの方が優れた分離を示していた。このことから、実施例1cで得られた寒天は、アガロース原料として利用できることがわかった。一般的に、アガロースを製造する際には、手間のかかる精製を行う必要があり、製造コストが高くなる。しかし、本実施例で試験された、実施例1c(pH4.5)の寒天は、寒天製造の際、熱水抽出された抽出液をろ布でろ過したのみであり、何ら精製は行っていない。そのため、本発明の方法によって製造された寒天をアガロースの原料とすれば、低コストで電気泳動用のアガロースが得られることがわかった。
【0066】
本発明は、上記の実施形態又は実施例に限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態も技術的範囲に含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明に係る寒天の製造方法は、未利用資源となっていた廃棄ノリを寒天の原料として活用することができるため、水産業に貢献することができる。また、本発明によって製造された寒天は、食品分野や研究分野、医療の分野などにおいて幅広く利用され得る。
図1
図2
図3