(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-22
(45)【発行日】2022-05-16
(54)【発明の名称】アレルギー発症リスクを予測するためのデータを収集する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20220425BHJP
【FI】
G01N33/53 N
G01N33/53 Q
(21)【出願番号】P 2018517081
(86)(22)【出願日】2017-05-11
(86)【国際出願番号】 JP2017017933
(87)【国際公開番号】W WO2017195871
(87)【国際公開日】2017-11-16
【審査請求日】2020-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2016097337
(32)【優先日】2016-05-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年1月31日、ウェブサイト(URL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pai.12702/full)上でPediatric Allergy and Immunologyにて「Detection of ovomucoid-specific low-affinity IgE in infants and its relationship to eczema」(DOIコード:10.1111/pai.12702)を公開
(73)【特許権者】
【識別番号】511161373
【氏名又は名称】応用酵素医学研究所株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【氏名又は名称】小澤 誠次
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100188352
【氏名又は名称】松田 一弘
(74)【代理人】
【識別番号】100113860
【氏名又は名称】松橋 泰典
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100198074
【氏名又は名称】山村 昭裕
(74)【代理人】
【識別番号】100096013
【氏名又は名称】富田 博行
(72)【発明者】
【氏名】木戸 博
(72)【発明者】
【氏名】苛原 誠
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 宏一
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-095132(JP,A)
【文献】特表2002-502039(JP,A)
【文献】特表2012-511155(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0234614(US,A1)
【文献】国際公開第2010/110454(WO,A1)
【文献】特表2011-505557(JP,A)
【文献】特開2008-107154(JP,A)
【文献】SUGIMOTO, Mayumi et al.,Differential response in allergen-specific IgE, IgGs, and IgA levels for predicting outcome of oral,Pediatr Allergy Immunol.,2016年01月09日,27(3),276-282
【文献】CAUBET, JC et al.,Significance of ovomucoid- and ovalbumin-specific IgE/IgG4 ratios in egg allergy,J ALLERGY CLIN IMMUNOL,2012年01月24日,129,739-747
【文献】KANEMURA, Norio et al.,Low-affinity allergen-specific igE in cord blood and affinity maturation after birth,J ALLERGY CLIN IMMUNOL,2014年03月,Vol. 133, No. 3,904-905
【文献】中里恵美子,0歳アレルギー患児における食物特異的IgE, IgG4抗体値とアレルギー諸因子の関係について -2歳以上アレル,アレルギー,1991年,40(1),8-20
【文献】FRECHTEL, G et al.,A case of allergy to human insulin associated with high IgG/IgE ratio for specific antibodies,J Invest Allergol Clin Immunol.,1994年,4(6),320-323
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53
G01N 33/50
G01N 37/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳児が、乳幼児期にアレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクを予測するために、以下の工程(d)を実施するためのデータを収集する方
法であって、工程(a)~(c)を含む、前記方法。
(a)乳幼児期にアレルギーを発症したか否かが既知の複数の生後6ヶ月の乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgE抗体価とIgG1抗体価をそれぞれ定量測定し、IgG1抗体価をX軸に、IgE抗体価をY軸にプロットして散布図を作成し、散布図のデータを二つのブロックに分割し、それぞれのグループについて回帰分析をした場合に、アレルギーを発症するリスクが低い集団に適用される一次関数<1>(Y1=aX1-b、但し、a>0、b>0)とアレルギーを発症するリスクが高い集団に適用される一次関数<2>(Y2=cX2-d、但し、c>a)とを算出し、判断基準とする工程;
(b)生後6ヶ月の被検乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1及びIgEの抗体価をそれぞれ定量測定する工程;
(c)工程(b)で定量測定した、被検乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1及びIgEの抗体価を前記散布図の、IgG1抗体価をX軸に、IgE抗体価をY軸にプロットする工程;
(d)一次関数<1>が適用されるブロックに属する被検乳児をアレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが低い乳児と予測し、一次関数<2>が適用されるブロックに属する被検乳児をアレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高い乳児と予測する工程;
【請求項2】
試料中のアレルゲンに対するIgG1及びIgEの抗体価を、DCPチップを用いて定量測定することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
試料が血漿又は血清であることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
さらに、乳児から採取した試料中のIgG2抗体価を判断基準に含めることを特徴とする請求項1~3のいずれか記載の方法。
【請求項5】
乳児から採取した試料中のIgG2抗体価を判断基準に含める方法が、以下の工程(e)~(g)、及び工程(h)を実施するためのデータを収集する工
程を備えることを特徴とする請求項4記載の方法。
(e)アレルギーを発症したか否かが既知の複数の乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1抗体価とIgG2抗体価とをそれぞれ定量測定し、IgG1抗体価をX軸に、IgG2抗体価をY軸にプロットして散布図を作成し、IgG1抗体価とIgG2抗体価の相関関係を回帰分析により、アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが低い乳児のデータに適用される一次関数3(Y3=eX3-f、但し、e>0)として算出する判断基準を設定する工程;
(f)被検乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1抗体価とIgG2抗体価とを定量測定する工程;
(g)工程(f)で定量測定した、被検乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1及びIgG2の抗体価を前記散布図の、IgG1抗体価をX軸に、IgG2抗体価をY軸にプロットする工程;
(h)IgG1値が、一次関数のX軸切片(IgG1の抗体価=f/eBug1/mL)より低値を示す乳児を、アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高い乳児と予測する工程;
【請求項6】
さらに、乳児から採取した試料中のIgE抗体のアレルゲンに対する親和性が高い場合にアレルギーを発症するリスクがより高いと予測することを判断基準に含めることを特徴とする請求項1~5のいずれか記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1及びIgEの抗体価をそれぞれ定量測定し、予め統計処理されたIgG1からIgEへのイムノグロブリンクラススイッチの程度に基づき作成された判断基準によって、前記乳児が、前記アレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクを予測するためのデータを収集する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アレルギーとは、原因物質が体内に侵入することによって起きる、生体に不利益を与える反応の一つである。ヒトは異種生物を食料として消化・吸収することにより生命を維持しているので、消化しきれていない未消化異物が絶えず体内に取り込まれる状態にあるが、かかる未消化異物に対して生体の防御反応(アレルギー反応)が起きないように、経口免疫寛容(免疫トレランス)が通常働いているとされている。しかし、出生人口の5-10%の乳児が生後1年までに何らかの食物アレルギーに罹患するとされており、その発症機序や発症予測法は未だ完全には解明されていない。
【0003】
アレルギーとしては、IgE抗体が関与するとされる花粉症、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー等が広く知られているが、IgE依存性反応だけではなく、血液のIgEレベルとアレルギー症状とが一致しない非IgE依存性反応も関与するとの知見や、アレルギー原因物質の体内侵入によって誘導される抗原特異的抗体は、IgE以外にもIgA、各種IgGがあり、これらの抗体の影響の総和がアレルギー症状を形成しているとの知見もある。治療に関しては、1種以上の抗原を含むワクチン接種プログラムに供する工程や、抗原を経口摂取する減感作療法が知られている。診断では、個々人からの生物学的サンプル中の抗原に対する特異的IgA、各種IgG、IgE抗体レベルを測定する工程や、抗原の皮内テスト、または皮膚に微小な傷を付けて抗原を浸透させるスクラッチテスト(プリックテスト)の結果を総合的に判断して、アレルギーの進展状況、治療の評価を実施するが、未だ確定的な診断方法はない。これまでに、前記ワクチン接種プログラムの治療可能性の評価方法(例えば、特許文献1参照)や、食餌性アレルゲン物質を加えて唾液中抗体との抗原・抗体反応をさせて生じた唾液中のアレルゲン特異的イムノグロブリンとの反応性を測定し、健常者のIgEやIgG等の測定値を比較し、その相関関係によって免疫検定ができること等が報告されている(例えば、特許文献2参照)。近年、抗原特異的各種免疫グロブリンの産生過程の詳細が、イムノグロブリンクラススイッチから解析されてきたことから(たとえば、非特許文献1及び2参照)アレルギーの病態を各種イムノグロブリン測定値と関連して評価する必要性に迫られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2007-524096号公報
【文献】特開平11-142403号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Xiong H, Dolpady J, Wabl M, Curotto de Lafaille MA, LafailleJJ. Sequential class switching is required for the generation of high affinity IgE antibodies. J Exp Med 2012; 209:353-64.
【文献】Collins AM, Jackson KJ. A Temporal model of human IgE and IgG antibody function. Front Immunol 2013; 4: 235.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、乳幼児のアレルギーを発症するリスクを予測する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、DCP(Densely carboxylated protein)チップを用いて生後6ヶ月までの乳児の血漿試料における、卵白(Egg White:EW)に対するIgG1抗体価とIgE抗体価を測定し、IgG1抗体価をX軸に、IgE抗体価をY軸にプロットして散布図を作成したところ、データ分布が、二つのブロックに分割されることを見いだした。それぞれのブロックに適用可能な一次関数を算出したところ、IgG1=1400BUg1において立上りを開始する一次関数[1]と、IgG1=1400BUg1に達する前に立上りを開始する一次関数[2]の2種類の一次関数を得た。生後1年経過時のアレルギー発症有無の診断において、卵白を経口摂取しても異常症状を示すことなく、免疫寛容を獲得していると診断された乳児(以下、「免疫寛容獲得乳児」ともいう)は、上記一次関数[1]が適用されるブロックに属し、一方で卵白アレルギーと診断された乳児の多くは、生後6ヶ月までに少なくとも1週間以上続く湿疹履歴があり、上記一次関数[2]が適用されるブロックに属することを確認した。
【0008】
このように、乳児の試料における、IgG1抗体価とIgE抗体価とを測定し、あらかじめ統計処理されたIgG1からIgEへのイムノグロブリンクラススイッチ(以下、単に「クラススイッチ」ともいう)の程度に基づき、アレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクを予測することができることを確認した。さらに、免疫寛容獲得乳児では、IgG2の増加を示すパターンを示したのに対し、卵白アレルギーと診断された乳児のほとんどはIgG1、IgG2共に低い値を示したことからIgG1からIgG2へのクラススイッチにおいて、免疫寛容獲得乳児とアレルギー発症者との間で違いのあることを確認した。
【0009】
さらに一次関数[2]が適用されるブロックに属し、生後6ヶ月の間に湿疹を発症して、皮膚にステロイド塗布の治療を行った場合、生後1年経過時の食物アレルギー診断において、ステロイド塗布を行わない乳児に比べて卵白アレルギーの発症頻度の低いことを確認し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1、及びIgEの抗体価をそれぞれ定量測定することにより、かかる乳児が、乳幼児期にアレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクを予測するためのデータを収集することができる。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1]乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1及びIgEの抗体価をそれぞれ定量測定し、予め統計処理されたIgG1からIgEへのイムノグロブリンクラススイッチの程度に基づき作成された判断基準によって、前記乳児が、乳幼児期に前記アレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクを予測するためのデータを収集する方法。
[2]試料中のアレルゲンに対するIgG1及びIgEの抗体価を、DCPチップを用いて定量測定することを特徴とする上記[1]記載の方法。
[3]試料が血漿又は血清であることを特徴とする上記[1]又は[2]記載の方法。
[4]統計処理が、IgE抗体価と、IgG1抗体価とをプロットして散布図を作成し、回帰分析により求められた一次関数を含むことを特徴とする上記[1]~[3]に記載の方法。
[5]アレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクを予測する方法が以下の(a)~(d)の工程を備えることを特徴とする上記[1]~[4]のいずれか記載の方法。
(a)乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1及びIgEの抗体価をそれぞれ定量測定する工程;
(b)IgG1抗体価をX軸に、IgE抗体価をY軸にプロットして散布図を作成する工程;
(c)IgG1抗体価とIgE抗体価の相関関係を回帰分析により(1)アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが低い乳児のデータに適用される一次関数1(Y1=aX1-b、但し、a>0、b>0);及び/又は(2)アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高い乳児のデータに適用される一次関数2(Y2=cX2-d、但し、c>a)として算出する工程;
(d)一次関数1が適用されるブロックに属する乳児をアレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが低い乳児と予測し、一次関数2が適用されるブロックに属する乳児をアレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高い乳児と予測する工程;
[6]さらに、乳児から採取した試料中のIgG2抗体価を判断基準に含めることを特徴とする上記[1]~[5]のいずれか記載の方法。
[7]乳児から採取した試料中のIgG2抗体価を判断基準に含める方法が以下の(e)~(h)の工程を備えることを特徴とする上記[6]記載の方法。
(e)乳児から採取した試料中のアレルゲンに対するIgG1及びIgG2の抗体価をそれぞれ定量測定する工程;
(f)IgG1抗体価をX軸に、IgG2抗体価をY軸にプロットして散布図を作成する工程;
(g)IgG1抗体価とIgG2抗体価の相関関係を回帰分析により、アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが低い乳児のデータに適用される一次関数3(Y3=eX3-f、但し、e>0)として算出する工程;
(h)IgG1値が、一次関数のX軸切片(IgG1の抗体価=f/eBug1/mL)より低値を示す乳児を、アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高い乳児と予測と予測する工程;
[8]さらに、乳児から採取した試料中のIgE抗体のアレルゲンに対する親和性の程度を判断基準に含めることを特徴とする上記[1]~[7]のいずれか記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】タンパク質が固定化されたDCPチップの模式図を示す。
【
図2】84人の乳児について、臍帯血試料;並びに、生後2ヶ月経過時、4ヶ月経過時、及び6ヶ月経過時に採取された試料;における、EWに対する、(a)IgE抗体、(b)IgG1抗体、(c)IgG2抗体の抗体価をそれぞれ測定したグラフである。
【
図3】84人の乳児について、臍帯血試料;並びに、生後2ヶ月経過時、4ヶ月経過時、及び6ヶ月経過時に採取された試料;における、β-ラクトグロブリン(BLG)に対する、(a)IgE抗体、(b)IgG1抗体、(c)IgG2抗体の抗体価をそれぞれ測定したグラフである。
【
図4】84人の乳児について、生後2ヶ月(a)、4ヶ月(b)、6ヶ月(c)経過時に採血した試料におけるBLGに対するIgG1抗体価とIgE抗体価との相関関係をプロットしたグラフである。
【
図5】84人の乳児について、生後2ヶ月(a)、4ヶ月(b)、6ヶ月(c)の各経過時点に採血した試料におけるEWに対するIgG1抗体価とIgE抗体価との相関関係をプロットしたグラフである。
【
図6】84人の乳児について、生後6ヶ月経過時に採血した試料におけるEWに対するIgG1抗体価とIgE抗体価との相関関係をプロットしたグラフに、生後6ヶ月検診時の湿疹の有無、湿疹部位へのステロイドの塗布の有無及び、生後1年経過時の卵白アレルギー発症の診断についての情報を付加したグラフである。
【
図7】84人の乳児について、生後6ヶ月経過時に採血した試料におけるBLG(a)とEW(b)に対するIgG1抗体価とIgG2抗体価との相関関係をプロットしたグラフである。
【
図8】84人の乳児について、生後6ヶ月経過時に採血した試料におけるEWに対するIgG2抗体価とIgE抗体価とをプロットしたグラフである。
【
図9】78人の母乳・混合栄養の乳児について、生後6ヶ月経過時に採血した試料におけるオボアルブミン(OVA)に対するIgG1抗体価とIgE抗体価とをプロットしたグラフである。
【
図10】グループ1とグループ2において、OVAの結合を50%阻害するアレルゲンの濃度、IC
50(nM)の値をそれぞれプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のデータを収集する方法としては、乳児から採取した試料中のアレルゲンに対する抗原特異的IgG1及びIgEの抗体価をそれぞれ定量測定し、予め統計処理されたIgG1からIgEへのクラススイッチの程度に基づき作成された判断基準によって、前記乳児が、前記アレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクを予想するための方法であれば特に制限されず、本発明の乳児としては、アレルギーを発症するリスクを予測するという本発明の方法の効果を享受しうる点で、児童福祉法上の定義「生後から1歳未満まで」に特に限定されることはなく、例えば、免疫グロブリンのクラススイッチ、とりわけIgG1からのクラススイッチが明確になるといわれている生後4~8ヶ月、好ましくは5~7ヶ月経過時(平均値をとって以下「生後6ヶ月経過時」ともいう。)の乳児から試料を採取し、かかる乳児が生後8~16ヶ月、好ましくは生後10~14ヶ月、より好ましくは生後11~13ヶ月経過時の乳幼児期にアレルゲンに対してアレルギーを発症することが確定されるリスクが高いか低いかを予測するためのデータを収集する方法を挙げることができる。さらに、出生後0~12ヶ月のいずれかの時期にわたり、上記アレルゲンに対するIgE抗体価、IgG1抗体価、必要に応じてIgG2抗体価を経時的に定量測定することにより、個人差を考慮して総合的に予測するためのデータを収集することもできる。なお、クラススイッチとは、体内に侵入した異物に対する生体反応において、各種抗原特異的な抗体の遺伝子座が遺伝子再構成されることにより、可変部を変えずに定常領域(Fc領域)の変換が起こることをいうが、IgM→IgG3→IgG1→IgG2→IgG4への変換が起こるルートのほか、IgM→IgG3→IgG1→IgEのルートがあることが知られている。
【0014】
本発明におけるアレルゲンとしては、ヒトにおいて、抗体の産生を誘導し得る任意の抗原タンパク質又はペプチドであれば特に制限されないが、卵類、牛乳類、牛肉等の肉類、サケ、マグロ等の魚類、エビ、カニ等の甲殻類及び軟体動物類、穀類、豆類及びナッツ類、果実類、野菜類、ビール酵母、ゼラチンなどの食物アレルゲンとなるペプチドを例示することができ、中でもαs1-カゼイン、αs2-カゼイン、β-カゼイン、κ-カゼイン、α-ラクトアルブミン、ホエーアレルゲンの主要成分であるβ-ラクトグロブリン(BLG)等の乳アレルゲンや、オボムコイド、オボアルブミン(OVA)、コンアルブミン、又はこれらの混合物である卵白アレルゲン(EW)や、卵黄アレルゲンなどの卵アレルゲン、グリアジン、グルテン等の小麦アレルゲン、そばアレルゲンや、Ara h1等の落花生アレルゲン、11Sグロブリン等のごまアレルゲン、トロポミオシンタンパク質等の甲殻類アレルゲンを例示することができる。なお、抗体のアレルゲンに対する親和性を、IC50値(結合を50%阻害するアレルゲンの濃度)として算出する際に用いられるアレルゲンとしては、抗原濃度(nM)を指標とする点で、分子量の明らかな単一アレルゲンであることが望ましい。
【0015】
上記アレルゲンペプチドには、糖鎖修飾ペプチド、リン酸化ペプチド、アシール化ペプチド、アセチル化ペプチド、メチル化ペプチド、ユビキチン化ペプチド等の化学修飾ペプチドを含めることができ、かかる化学修飾ペプチドは、天然の化学修飾ペプチドであっても、人為的な化学修飾ペプチドであってもよい。さらに、アレルゲンエピトープを含むペプチドとして、MHCクラスII分子に結合する7~15アミノ酸サイズ等のペプチド部分のN末端側及び/又はC末端側に少なくとも2個以上のアミノ酸が付加されたエピトープ含有ペプチドを用いると、患者抗体と数倍から数十倍高感度に反応する点で好ましい。かかるMHCクラスII分子に結合するペプチド部分のN末端側及び/又はC末端側に少なくとも2個以上のアミノ酸が付加されたエピトープ含有ペプチド等のアレルゲンエピトープを含むペプチドは、ペプチド合成により作製することもできるが、アレルゲンのエピトープを含むプロテアーゼ分解ペプチドとして作製することもできる。かかるプロテアーゼとしては、トリプシン、キモトリプシン、カテプシン、リジルエンドペプチダーゼを挙げることができる。
【0016】
本発明における試料としては、乳児から採取した試料であって、上記アレルゲンに対するIgGやIgEの抗体価をそれぞれ定量測定することができる試料であれば特に限定されず、乳児から採取した血液、血清、血漿、唾液、涙液、鼻汁、尿等の体液を挙げることができるが、血清、血漿が好ましい。血清を試料として用いる場合は、例えば、乳児の上腕静脈より採血を行い、得られた血液を4℃にて一晩静置した後、遠心分離し、その上清を血清として用いることができる。あるいは、低侵襲的に耳朶や指先を微量採血針等で穿刺して得られる50~100μLの微量血液をマイクロキャピラリーチューブで採取してそのまま用いることも可能である。
【0017】
本発明において発症するリスクの対象となるアレルギーとしては、特定のアレルゲンの経口感作、経皮感作等により、皮膚症状(掻痒感、じんましん、血管性浮腫、発赤、湿疹)、粘膜症状(眼症状:結膜充血・浮腫、掻痒感、流涙、眼瞼浮腫)、鼻症状(くしゃみ、鼻汁、鼻閉)、口腔咽頭症状(口腔・口唇・舌の違和感・腫脹、咽頭の痒み・イガイガ感)、消化器症状(腹痛、悪心、嘔吐、下痢、血便)、呼吸器症状(咽頭絞扼感、咽頭浮腫、嗄声、咳嗽、喘鳴、呼吸困難、喘息)、全身症状(アナフィラキシーショック頻脈、虚脱状態、意識障害、血圧低下)等を呈する症状をもたらす病態を挙げることができる。
【0018】
アレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクを予想するための判断基準としては、予め統計処理されたIgG1からIgEへのクラススイッチの程度に基づき作成されたものであれば特に制限されず、本発明の乳児におけるIgG1からIgEへのクラススイッチの程度としては、IgG1が十分に蓄積した後に起こるIgEへのクラススイッチの程度と、IgG1が十分に蓄積する前に起こるIgEへのクラススイッチの程度とを挙げることができる。またIgG1からIgG2へのクラススイッチの程度を判断基準に加えることもでき、IgG1からIgG2へのクラススイッチの程度としては、IgG1が十分に蓄積した後に起こるIgG2へのクラススイッチの程度と、IgG1が十分に蓄積せず、しかもIgG2の増加もみられない場合を挙げることができる。
【0019】
乳児においてIgG1が十分に蓄積した後にIgEへのクラススイッチが起こる場合としては、経口免疫寛容が成立している場合を挙げることができ、かかる場合はアレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクが低いと予想することができる。また、同時にIgG1からIgG2へのクラススイッチも進行している場合を、経口免疫寛容が成立している場合に含めることができ、かかる場合はアレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクが低いと予想することができる。
【0020】
上記経口免疫寛容としては、母親が摂食したアレルゲンの未分解成分を、母乳を介して乳児が経口摂取することにより、又は乳児が人工乳を経口摂取することにより、乳児の体内に侵入した未分解物に対する異物反応として、乳児自身により産生されるIgG1の抗体値が閾値に達した後に、IgEの抗体価が増加し、その後減少に転ずることを挙げることができる。また、乳児自身により産生されるIgG1の抗体値が閾値に達した後に、IgG2の抗体価が、ゆるやかに継続的に増加することを含めることができる。
【0021】
上記乳児自身により産生されるIgG1が十分に蓄積する前にIgEへのクラススイッチが起こる場合としては、皮膚から経皮感作が起こっている場合を挙げることができ、かかる場合乳児において湿疹症状が観察できることが多い。かかる乳児においては、アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高いと予想することができる。
【0022】
上記経皮感作としては、IgG1抗体値が閾値に達する前でも、強いIgG1からIgEへのクラススイッチが起きて、経口免疫寛容の機序を逸脱する場合を挙げることができ、かかる経口免疫寛容の機序を逸脱する場合としては、母親が摂取したアレルゲンの未分解成分が、母乳を介して乳児の皮膚に付着したり、環境中のアレルゲンが直接皮膚に付着することがきっかけとなり、湿疹等による皮膚のバリア機能が低下していることにより乳児の体内にアレルゲンが侵入する場合を挙げることができる。
【0023】
上記IgG1からIgEへのクラススイッチの程度を統計処理する方法としては、例えば、乳児から採取した試料中のIgG1抗体価をX軸に、IgE抗体価をY軸にプロットして散布図を作成し、IgG1抗体価とIgE抗体価の相関関係を回帰分析により一次関数として算出する方法を挙げることができる。かかる統計処理を行うことにより、クラススイッチの時期やIgG1の閾値について、個人差やアレルゲンによる差があるデータであっても、関数の適用可能範囲(ブロック)におけるデータ群全体についての予想が可能となる点で有利である。
【0024】
上記統計処理により算出される一次関数としては、(1)アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが低い乳児のデータに適用される一次関数1(Y1=aX1-b、但し、a>0、b>0);及び(2)アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高い乳児のデータに適用される一次関数2(Y2=cX2-d、但し、c>a)を挙げることができる。
【0025】
上記一次関数1は、アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが低い乳児のデータで構成される場合に散布図上の全データに適用でき、上記一次関数2はアレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高い乳児のデータのみで構成される場合に散布図上の全データに適用できる。上記いずれか1種類の一次関数を散布図上のすべてのデータに適用させるのが困難な場合は、データを2つのブロックに分割し、ブロック毎に、前記アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが低い乳児のデータに適用される上記一次関数1と、前記アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高い乳児のデータに適用される一次関数2を算出することができる。上記1種類の一次関数を散布図上のすべてのデータに適用させるのが困難な場合に2つのブロックに分割する方法としては、上記一次関数1と一次関数2のそれぞれにおいて、相関係数が高くなるようにプログラムを組む;データ収集者、データ解析者等の当業者が実際のデータの分布状況から判断して2つのブロックに分割する;など、統計学上適切な措置をとることを挙げることができる。
【0026】
前記IgG1の閾値としては、上記一次関数1において、グラフ上の一次関数1の立上りの位置と一致するIgG1の抗体価=b/a Bug1/mLとして算出することができる。また、上記一次関数2において、グラフ上の立上りの位置におけるIgG1の抗体価(d/c)(但し、d>0が好ましい)は、b/a Bug1/mLよりも小さい。IgE抗体価が高くても、IgG1の閾値を超えている乳児は、アレルギーを発症するリスクがより低いと予測することができる。
【0027】
本発明のアレルギーを発症するリスクを予測のためのデータには、生後6ヶ月検診等における生後6ヶ月の乳児の試料中のIgG2の抗体価を含めることができ、IgG1抗体価が上記閾値に達する前にIgEへのクラススイッチが起こるためIgG2の抗体価が低値に留まっていることを、アレルギーを発症するリスクがより高いと予測することができる。また、生後6ヶ月の検診において少なくとも1週間以上持続する発疹を発症している履歴のある場合を、アレルギーを発症するリスクがより高いと予測するための判断基準にさらに含めることができる。
【0028】
本発明において、アレルゲンに対してアレルギーを発症するリスクの予想を受ける被検乳児は、被検乳児自身のデータが入力されることにより、本発明のデータを収集する方法における乳児に含めることができ、本発明における判断基準の精度をより高いものとすることができる。
【0029】
本発明のアレルギーを発症するリスクを予測するためのデータを収集する方法を利用すると、アレルギー発症リスクを低減することができる。かかる低減方法としては、アレルギー発症のリスクが高いと予測された乳児に対して、発疹部位へのステロイドの経皮投与(塗布)等のアレルギー発症を防ぐ方法や、経口免疫寛容の促進法を挙げることができる。上記ステロイドの経皮投与方法としては、たとえばアトピー性皮膚炎診療ガイドライン2016年版(日本皮膚科学会ガイドライン)」(日皮会誌:126(2):121-155、2016)に示されるように、重症度によって発疹部位に、様々な強度ランクのステロイドをガイドラインに従って通常1日1~2回塗布する方法を挙げることができる。上記経口免疫寛容の促進法としては、母乳中に含まれる抗原性の減弱した微量抗原に相当する抗原を、持続的に安全に経口摂取する方法を挙げることができる。
【0030】
本発明において、IgG1及びIgE、さらにはIgG2の抗体価をそれぞれ定量測定する方法としては、乳児から採取した試料中の、アレルゲンに結合したIgG1、IgE、及びIgG2それぞれの抗体の濃度を抗体価(Binding Unit:BU)/mLとして定量することができる方法であれば特に限定されず、好ましくは、各種抗原を固定化することができ、かかる固定化された特定の抗原に対する抗体が存在する場合に、抗原抗体反応を定量的に測定することができるチップを用いて測定する方法を挙げることができ、具体的には、Kamemura N, et al. J Allergy Clin Immunol 2012;130:113-121や、Suzuki K. et al. Anal Chim Acta 2011; 706:321-327に記載されている定量測定する方法を挙げることができる。
【0031】
本発明のアレルギーを発症するリスクを予測のためのデータには、生後6ヶ月の乳児の試料中のIgE抗体のアレルゲンに対する親和性の程度を含めることができる。具体的には、IgE抗体の抗原(アレルゲン)への親和性の測定が可能な量のIgE抗体が試料中に認められる乳児において、IgEの親和性を測定した場合に、アレルゲンに対するIgEの親和性が高い場合にアレルギーを発症するリスクがより高いと予測することができ、IgE抗体のアレルゲンに対する親和性が低い場合にアレルギーを発症するリスクがより低いと予測することができる。上記親和性の測定が可能なIgE量としては、測定の信頼限界値以上であることが求められる。アレルゲン毎に測定限界値は異なるが、例えば、OVAに対するIgEの親和性の場合、100BUe/mL以上を挙げることができる。
【0032】
上記IgE抗体の、特定のアレルゲンに対する親和性を測定する方法としては、FACS、BIACORE、RIA、ELISA等の公知の測定手段により、抗体の親和性を測定する方法を挙げることができるが、抗原抗体反応における競合阻害を利用して、アレルゲンに対する抗体の結合活性を定量的に比較解析する、ELISA競合阻害法を好適に例示することができる。具体的手順としては、アレルゲンに結合するIgE抗体を含む試料に、濃度0(試料中にアレルゲンが存在しない)から、一定時間にすべてのIgE抗体にアレルゲンが結合できる十分な濃度に至るまで、段階的に調製された既知の濃度のアレルゲンを競合物質として添加し、一定時間反応させる(前段階反応)。特定の濃度のアレルゲンを含む溶液において、アレルゲンに対する親和性のより大きいIgE抗体が、添加されたアレルゲンに結合する割合はより高く、親和性のより小さいIgE抗体が、添加されたアレルゲンに結合する割合はより低い。
【0033】
上記段階的に調製された既知の濃度としては、試料中に存在する抗体量等に基づき、当業者が適宜決定した濃度を用いることができるが、例えば、血漿を希釈する場合には、0nM、0.1nM、1.0nM、10nM、100nM、1000nM(最終濃度)等のアレルゲンの濃度を挙げることができる。なお、競合阻害に用いるアレルゲンの濃度は、個々のアレルゲンによって異なる。上記前段階反応における一定時間としては、例えば、15分~2時間、好ましくは30分~1時間を挙げることができる。
【0034】
上記前段階反応後の溶液を、アレルゲンが固定化されているDCPチップ等の結合感度の非常に高い担体に供し、上記遊離抗体を固定化されているアレルゲンに結合させる等の従来公知の方法により反応させ、さらに標識二次抗体と反応させた後に、標識量を算出する。上記親和性のより低いIgE抗体については、前段階反応後の溶液中に存在する遊離一次抗体の量はより多くなり、固定化されているアレルゲンに結合する抗体量は多くなる。一方、上記親和性のより高い抗体については、前段階反応後の溶液中に存在する遊離一次抗体の量はより少なくなるので、固定化されているアレルゲンに結合する抗体量は少なくなる。
【0035】
上述のとおり、標識二次抗体の標識量として検出される各抗体の抗原(アレルゲン)に対する親和性は、検出量がより少なければより高く、検出量がより多ければより低いと判定される。IgE抗体のアレルゲンとの親和性の数値化は、前段階反応において、競合アレルゲンの存在しない濃度0の溶液について、検出される標識二次抗体の標識量を100%とした場合に、標識量が50%となる抗原濃度(例えば上記の例では(nM))をIC50値として表現することができる。
【0036】
上記標識二次抗体としては、HiLyte Fluor 555、Atto532、Cy3、Alexa Fluor 555、Cy5、FITC、ローダミン等の蛍光標識二次抗体、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の酵素標識二次抗体、磁気ビーズ標識二次抗体、赤外標識二次抗体などを挙げることができる。
【0037】
上記チップとしては、非特異的吸着が少ない点において有利であることから、担体の表面にカーボン層が形成されたチップや、ペプチドを固定するために有利であることから、化学修飾基が導入されたチップや活性化処理が行われたチップが好ましく、なかでもDCPチップが好ましい。
【0038】
上記担体としては、金、銀、銅、アルミニウム、タングステン、モリブデン、クロム、白金、チタン、ニッケル等の金属;ステンレス、ジュラルミン等の合金;上記金属とセラミックスとの積層体;ガラス;シリコン;繊維;木材;紙;ポリカーボネート、プラスチック;及びプラスチックと上記金属、セラミックス等との混合体を挙げることができる。
【0039】
上記担体の表面に形成されるカーボン層としては、ダイヤモンド、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、無定形炭素、グラファイト、炭化ハフニウム、炭化ニオブ、炭化珪素、炭化タンタル、炭化トリウム、炭化チタン、炭化ウラン、炭化タングステン、炭化ジルコニウム、炭化モリブデン、炭化クロム、炭化バナジウム等からなる層を挙げることができる。
【0040】
上記担体の表面又は担体の表面に形成されるカーボン層に導入される化学修飾基としては、アミノ基、カルボキシル基、エポキシ基、ホルミル基、ヒドロキシル基等を挙げることができる。
【0041】
上記アミノ基を導入する方法としては、チップの担体の表面やカーボン層をアンモニアガス中で紫外線照射する方法や、チップの担体の表面やカーボン層を塩素ガス中で紫外線を照射して塩素化し、かかる塩素化されたチップの担体の表面やカーボン層にアンモニアガス中で紫外線照射する方法や、メチレンジアミン、エチレンジアミン等の多価アミン類を、塩素化されたチップの担体の表面やカーボン層と反応させる方法を挙げることができる。
【0042】
上記カルボキシル基を導入する方法としては、例えば、上記アミノ化したチップの担体の表面やカーボン層に、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、フタル酸等のジカルボン酸又はポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、トリメリット酸、ブタンテトラカルボン酸等の多価カルボン酸を反応させる方法を挙げることができる。
【0043】
上記エポキシ基を導入する方法としては、例えば、前記のようにアミノ化したチップの担体の表面やカーボン層に適当な多価エポキシ化合物を反応させる方法や、カーボン層が含有する炭素=炭素の二重結合に有機過酸を反応させる方法を挙げることができる。有機過酸としては、過酢酸、過安息香酸、ジペルオキシフタル酸、過ギ酸、トリフルオロ過酢酸等を挙げることができる。
【0044】
上記ホルミル基を導入する方法としては、上記アミノ化したチップの担体の表面やカーボン層に、グルタルアルデヒドを反応させる方法を挙げることができる。
【0045】
上記化学修飾基を導入したチップは、活性化試薬により活性化処理をした後にアレルゲンペプチドを固定化させることもできる。アレルゲンペプチドを固定化させる方法としては、基板表面に導入されたカルボキシル基(-COOH基)を利用し、アミノ基(-NH2基)を持つアレルゲンペプチドを1-Etyl-3-(3-dimethylamino propyl)-carbodiimide hydrochloride(WSCD・HCl:Water-Soluble Carbodiimide Hydrochloride)や、N-Hydroxy-succinimide(NHS)やその他の化学架橋剤を用いて共有結合により固定化させる方法を挙げることができる。
【0046】
前記DCPチップとしては、シリコン基板表面にカーボン層をDLC処理した基板、あるいは、ガラススライドの表面に、アミノ基含有化合物かその重合体及び/又は共重合体を処理した静電層を施し、さらにジカルボン酸又は多価カルボン酸等を重ねて処理後、N-ヒドロキシスクシンイミド及び/又はガルボジイミド類で活性化したチップや、担体の表面や上記カーボン層に化学修飾基が導入されたチップや、さらに活性化処理が行われたチップなどを挙げることができる。
【0047】
上記アレルゲンペプチドをチップに固定化する際には、タンパク質/ペプチドの機能を維持するため、及び/又は、タンパク質/ペプチドの基板への結合量を増加させるために、PEG(polyethylene glycol);DMSO(dimethyl sulfoxide);グリシン;PBS(リン酸緩衝化生理食塩水);グリセロール、グルコース、フルクトース、マンノース、ガラクトース、キシロース、イノシトール、ソルビトール、トレハロース、又はシクロデキストリン等の溶解液;から選ばれる1又は2以上をスポッティング添加剤として混合してスポッティングする方法を挙げることができる。これらのスポッティング添加剤は、CAPS(N-Cyclohexyl-3-aminopropanesulfonic acid)緩衝液、リン酸緩衝液等の緩衝液に溶解して用いることもできる。
【0048】
上記チップにペプチドの固定化を行った後には、ブロッキング処理を行うことが好ましい。かかるブロッキング処理は、バックグラウンドを低下させると同時に、相対的に蛍光強度や発色強度を上昇させ、測定感度を向上させることができる。上記ブロッキング剤としては、生体成分を含まないブロッキング剤を用いることが好ましい。生体成分を含まない成分を使用することにより、牛血清アルブミン等の生体成分を含むブロッキング剤を用いた場合と比べ、動物性アレルゲンとの交叉反応を減少させ、バックグラウンドノイズやシグナル減退を防止できる。具体的には、Pierce Protein-Free Blocking Buffer(サーモフィッシャー社製)、blφkノイズキャンセリング試薬(メルクミリポア社製)、Pro-Block(ScyTec社製)、Blockmaster(JSR社製)等のプロテインフリー・ブロッキングバッファーを挙げることができる。これらのブロッキング剤を希釈せずに添加後、一晩ブロッキング反応を行った後、ブロッキング剤を洗浄し、水分を除去することが好ましい。
【0049】
本発明においてチップを用いて抗体価を定量測定する方法としては、少なくとも試料中のアレルゲンに対するIgG1抗体や、IgE抗体、必要に応じてIgG2抗体を検出し、抗体価を定量測定することができる公知のイムノアッセイであれば特に限定されず、上記チップ上で行う標識二次抗体を用いるELISA法を好適に挙げることができ、標識二次抗体としては、HiLyte Fluor 555、Atto532、Cy3、Alexa Fluor 555、Cy5、FITC、ローダミン等の蛍光標識二次抗体、ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等の酵素標識二次抗体、磁気ビーズ標識二次抗体、赤外標識二次抗体、標識抗ヒトIgE抗体、標識抗ヒトIgG抗体、標識抗ヒトIgA抗体、標識抗ヒトIgM抗体や、標識抗アレルゲン抗体を例示することができる。上記二次抗体としては、抗体のFab断片やF(ab’)2断片等も使用することができ、Fab断片は抗体をパパイン等で処理することにより、F(ab’)2断片はペプシン等で処理することにより調製することができる。
【0050】
上記アレルゲンを固定化させたチップ、及びそれを用いたIgG1、IgE、必要に応じてIgG2抗体等の抗体の定量測定方法としては、公知のチップや方法を用いることもでき、例えば特開2006-267058号公報、特開2006-267063号公報、特開2015-169616号公報に記載のチップや方法を具体的に含めることができる。
【0051】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例】
【0052】
[実施例1]
(検体)
徳島大学の倫理委員会の承認と健康保険鳴門病院(徳島県)の倫理委員会の承認(承認番号:#1314)の上で、十分なインフォームドコンセントのもとに承認の得られた臨床検体として、健康保険鳴門病院より供与された、84名の新生児の臍帯血試料;生後2ヶ月経過時、4ヶ月経過時、及び6ヶ月経過時に採取された血液(血漿試料);並びに各新生児の母体の血液(母体血漿試料)を検体として用いた。84名の新生児及びその母体の内訳を以下の表1に示す。
【0053】
【0054】
前記84名の乳児は、母乳(母体からの卵抗原を含むと推定される)、人工栄養(牛乳からのミルク抗原を含むと推定される)、及び混合栄養(卵抗原及びミルク抗原を含むと推定される)のいずれかによる栄養摂取が行われ、生後6ヶ月までに離乳食を摂取することはなかった。生後6ヶ月経過時の検診において、半数の乳児に湿疹を認めた。
【0055】
[測定手順]
(チップの作製)
アレルゲンとしての抗原タンパク質として、全卵白(Egg White-EW)(徳島大学製)、OVA(SIGMA社製)及びβ-ラクトグロブリン(BLG、SIGMA社製)を用いた。
【0056】
シリカガラス表面に、アミノ基含有静電層を施し、さらにポリアクリル酸による負の電荷を帯びるカルボキシル基を導入した基板を化学架橋剤(100mM WSC・HCl、100mM NHS、0.1Mリン酸カリウム緩衝液(pH6.0))中で、遮光した状態で室温にて30分間振盪しながら再活性化処理を行った。反応後の化学架橋剤を廃棄後、基板をMilliQ水で振盪しながら1分間の洗浄を2回行った後、直ちに卓上遠心機(AllegraTMX-22R Centrifuger,Beckman Coulter社製)を用いて水分を除去し、活性化チップを調製した。
【0057】
(アレルゲンのカップリング反応)
5~30%DMSO又は5~30%PEG300を添加した溶液に、抗原タンパク質としてEW(徳島大学製)、OVA(SIGMA社製)及びBLGを0.25~1.0mg/mLの濃度に溶解して、抗原タンパク質溶液を調製した。かかる調製された各々の抗原タンパク質溶液を384穴プレート平底(Corning社製)に分注し、マイクロアレイ作製装置(OmniGridAccent,DIGILAB社製)により、上記活性化チップ上に4nLスポット後、15℃~30℃にて1~18時間乾燥し、抗原タンパク質を固定化した。タンパク質が固定化されたDCPチップの模式図を
図1に示す。
【0058】
(未反応活性基のブロッキング反応)
上記抗原タンパク質が固定化されたチップにブロッキング試薬のBlockmaster(JSR社製)を反応穴槽(ウェル)に添加し、遮光下冷蔵(4℃)にて静置し終夜反応させた。
【0059】
(アレルゲン特異抗体との捕捉反応)
上記ブロッキング試薬をアスピレーター(VARIABLE SPEED PUMP、BIORAD社製)で吸引除去後、再度反応プレートに移し、洗浄液(50mM TTBS)を8mL添加後、5分間ゆらした後にアスピレーターで洗浄液を吸引除去した。同様に3回洗浄した後、さらに精製水(MilliQ水)で3回洗浄した。遠心機(Allegra(商標)、X-22R Centrifuge(BECKMAN COULTER社製))で、遠心水滴除去(2000rpmにて1分間)して、チップ表面の水滴を除去した。サンプル希釈液(20mM phosphate buffer、pH7.4/0.3M KCl/0.05%Tween20)で適宜希釈して、希釈一次抗体液を調製し、かかる希釈一次抗体液を、反応ウェルに10μL添加し、遮光下37℃にて2時間静置した。
【0060】
(二次抗体との反応)
上記の操作で得られた希釈検体液(一次抗体)をアスピレーター(VARIABLE SPEED PUMP、BIORAD社製)で吸引除去後、チップを洗浄用ケースに移し、洗浄液(50mM TTBS)を10μL添加後、Double-Shaker NR3を用いて洗浄作業を5分間3回繰り返し洗浄した後、さらに精製水(MilliQ水)を加えて1分間3回洗浄した。上記遠心機で遠心水滴除去(2000rpmにて1分間)してチップ表面の水滴を除去した。次に蛍光標識した二次抗体(HiLyte Fluor(商標)又は 555conjugated anti human IgE(HyTest社製)(希釈液としてIMMUNO SHOT Platimun/1%牛血清アルブミンを使用した。最終希釈濃度10μg/mL)、HiLyte Fluor(商標)又は555 conjugated anti human IgG1(Thermo Fisher Scientific社製)(希釈液として20mM phosphate buffer,pH7.4/1%牛血清アルブミン/0.3MKCl/0.05%Tween20を使用した。最終希釈濃度1.5μg/mL)、HiLyte Fluor(登録商標)又は555 conjugated anti human IgG2(バイオ・ラッドラボラトリーズ株式会社製、(希釈液として20mM phosphate buffer,pH7.4/1%牛血清アルブミン/0.3M KCl/0.05%Tween20を使用した。最終希釈濃度1.5 μg/mL)を二次抗体液として調製した。かかる二次抗体液を、スライド上の各反応ウェルに10μL分注し、遮光下37℃にて2時間静置した。
【0061】
[抗原に捕捉された抗体の検出]
上記希釈二次抗体液をアスピレーターで吸引除去後、チップを洗浄用ケースに入れDouble-ShakerNR3(TAITEC社製)を用いて洗浄作業を5分間3回繰返し行った。その後、精製水(MilliQ水)を加え1分間3回すすぎ、上記遠心機で水滴を除去し乾燥させた。蛍光スキャナー(3D Gene Scanner、東レ社製)で蛍光強度を測定(Ex:532nm、Em:570nm)し、各チップから得られたスポットの蛍光強度の数値化を行った。測定単位は、抗原と抗原抗体反応により結合した抗体価として、Binding Unit(BU)で表し、チップに固定化した既知の濃度のそれぞれの標準抗体の蛍光強度の検量線から測定して表した。なお標準抗体としては、IgE標準抗体、IgG標準抗体、IgG2標準抗体、IgG3標準抗体、IgG4標準抗体、IgA標準抗体を用いた。以下、IgEはBUeで表記し、1BUe=2.3ng、IgG1はBUg1で表記し、1BUg1=1.0μg、IgG2はBUg2で表記し、1BUg2=1.0μg、IgG3はBUg3で表記し、1BUg3=1.0μg、IgG4はBUg4で表記し、1BUg4=1.0μg、IgAはBUaで表記し、1BUa=1.0μgとして表記する。
【0062】
[試験例1]
84名の乳児について、臍帯血試料;並びに、生後2ヶ月経過時、4ヶ月経過時、及び6ヶ月経過時に採取された血漿試料におけるEWに対するIgE抗体、IgG1抗体、IgG2抗体の抗体価をそれぞれ測定した。結果を
図2(a)~(c)に示す。
【0063】
(結果)
図2(a)より明らかなとおり、EWに対するIgEの抗体価は、臍帯血においては、胎盤を経由して母体から移行したEW抗原により胎児期に産生される低親和性IgEが微量で検出された。データには乳児の母乳摂取の有無の区別は示されていないが、IgE抗体価は、母乳摂取している乳児において生後4ヶ月以降に急上昇した。理由としては、母親が食べた卵の未分解成分が母乳を介して乳児の体内に侵入し、卵白アレルゲンに対する抗体反応がおこり、IgE抗体価が上昇したものと考えられるが、これは多くの乳児が自然に体験する経口免疫トレランスの一過程と理解することができる。一方、IgE抗体価の上昇がほとんど確認されない乳児もおり、かかる乳児においては母乳に含まれる抗原量が少ないためか、あるいは乳児の免疫系が緩やかに発達しているため、生後6ヶ月までの間における抗原特異的IgG1の蓄積が不十分で、IgG1からIgEへのクラススイッチの切り換えが遅れているためと推定される。
【0064】
図2(b)及び(c)から明らかなとおり、EWに対するIgG1及びIgG2の抗体価は、臍帯血において顕著に高いが急速に減少している。出生直後の乳児の場合、母体から胎盤を通過して胎児期に移行した母体由来の大量のIgG1やIgG2が検出され、乳児自身の産生するEWに対するIgG1やIgG2は、母体由来のIgGが消える出生後2~4ヶ月以降に検出され始めることが、
図2(b)及び(c)に示されている。また、
図2(a)から明らかなとおり、IgEは母子移行しないにもかかわらず、臍帯血中に卵白(EW)に対するIgEが検出されているが、かかる結果は、胎児期に胎盤を通過して胎児に移行したIgG-抗原複合体により、胎児が抗原に感作され、胎児自身が産生した低親和性IgEが検出された結果であるという、本発明者が既に確認している事項(Kamemura N, et al. Low-affinity allergen-specific IgE in cord blood and affinity maturation after birth. J Allergy Clin Immunol 2014;133:904-905)と一致する。EWについては、免疫寛容パターンを示す群と免疫寛容パターンを示さない群が混在していたと考えられたことから、さらに検討を続けた。
【0065】
[試験例2]
前記84名の乳児について、臍帯血試料;並びに、生後2ヶ月経過時、4ヶ月経過時、及び6ヶ月経過時に採取された試料におけるBLGに対するIgE抗体、IgG1抗体、IgG2抗体の抗体価をそれぞれ測定した。結果を
図3(a)~(c)に示す。
図3(a)から明らかなとおり、BLGに対するIgE抗体価は生後2ヶ月までは微量であり、微量の抗原感作を示している。牛乳に少量含まれ本来母乳には含まれなBLGは、抗原性が比較的強いため人工乳の製造過程で極力除去する操作がおこなわれているが、現在の技術では完全に除去することは困難で、育児用粉ミルクでは0.5~1.3%程度粉ミルク中に残存しているとされ、そのため人工乳の摂取でBLGが感作される。大多数の乳児において、BLG抗原感作の場合、抗体量が出生直後から増加してその後低下する山型の“免疫寛容パターン”が成立していることが確認された。1歳の時点で84名全員がミルクに対する免疫寛容を獲得していたことから、上記の山型の“免疫寛容パターン”を取らずに6ヶ月まで上昇しているケースであっても、その後、1歳までの間に同様の“免疫寛容パターン”の経過をとったと推定される。
【0066】
生後6ヶ月までの各種抗BLG抗体の出現は、イムノグロブリン遺伝子座の位置の順番に、(IgM)→IgG3→IgG1→IgG2→IgG4へと進むクラススイッチと、IgG3→IgG1→IgEへと進むクラススイッチが存在するが、各イムノグロブリンの出現には時間差のあることと、IgG1とIgEは増加した後に減少経過をたどるが、IgG2は多くの場合例外はあるものの、増加傾向が続くことが確認された。経時変化では、IgG1の出現が早く、生後2ヶ月、あるいは4ヶ月でピークを示す例が多く見られた一方、IgG2、IgEは、IgG1に遅れて増加を始めることが確認された。今回調査した84名は、1年後の抗原負荷試験でミルクアレルギーと診断された乳児はおらず、全員が経口免疫寛容状態になっていると診断された。したがって、
図3(a)~(c)は経口免疫寛容獲得する場合の、IgE、IgG1、IgG2の変動パターンが示されていると考えられる。
【0067】
[実施例2]
[BLGに対するIgE抗体価とIgG1抗体価の相関]
前記84人の乳児について、生後2ヶ月、4ヶ月、6ヶ月経過時に採血した血漿におけるBLGに対するIgE抗体価とIgG1抗体価とをそれぞれ測定し、IgG1抗体価をX軸に、IgE抗体価をY軸にプロットして散布図を作成した。結果を
図4(a)(生後2ヶ月)、(b)(生後4ヶ月)、及び(c)(生後6ヶ月)に示した。
【0068】
(結果)
図4(a)及び(b)において、生後2ヶ月及び4ヶ月におけるBLGに対するIgG1の抗体価とIgEの抗体価の関係について回帰分析を行い、いずれもIgG1が2000BUg1/mLを超えた時点から、IgG1→IgEへのクラススイッチが開始された。
【0069】
図4(c)において、生後6ヶ月におけるBLGに対するIgG1とIgEの抗体価の関係について回帰分析を行った。生後2ヶ月~4ヶ月と同様、IgG1が2000BUg1/mLにおいて立上りを開始する一次関数(Y=0.1677X-335.4)を得た。
図4(a)~(c)いずれにおいても、抗原感作を受ける時間の経過と共に、IgG1の蓄積が確認され、IgEへの移行は、ほとんどの場合IgG1が2000Bug1/mLを超えるまでは起こらなかった。ミルクアレルギーを発症した幼児はいなかったことから、BLGの場合は、経口免疫寛容を獲得し、アレルギーの発症リスクが低いと予想できるパターンにおいては、上記一次関数が適用できる範囲内にデータが存在し、IgG1からIgEへの移行を開始する閾値が2000Bug1であると確認した。なお、IgG1→IgEへのクラススイッチに関する閾値と一次関数は抗原の種類によって異なる値を示すが、いずれの抗原においても類似のパターンでクラススイッチが進行すると推定される。
【0070】
[実施例3]
[EWに対するIgE抗体価とIgG1抗体価の相関]
前記84人の乳児について、生後2ヶ月、4ヶ月、6ヶ月経過時に採血した血漿におけるEWに対するIgE抗体価とIgG1抗体価とをそれぞれ測定し、IgG1抗体価をX軸に、IgE抗体価をY軸にプロットして散布図を作成した。結果を
図5(a)(生後2ヶ月)、(b)(生後4ヶ月)、及び(c)(生後6ヶ月)に示した。
【0071】
(結果)
図5(a)から明らかなとおり、生後2ヶ月においては、IgG1の抗体価は、低い値にとどまっており、IgG1の蓄積は進んでいない。また、母体から移行したIgG1が存在する生後2ヶ月の抗体価は参考にならないとも考えられた。
図5(b)から明らかなとおり、生後4ヶ月においてはEWに対するIgG1の蓄積が確認された。例外はあるもののほとんどの乳児では、生後4ヶ月のグラフは、BLGと類似のIgG1からIgEへのクラススイッチの閾値の存在を示唆している。
【0072】
一方、
図5(c)においては、散布図全体に分布するデータに適用可能な一次関数は、実際のデータの分布状況から、二つのブロックにデータを分割したうえで、それぞれのグループに適用可能な一次関数を、GraphPad Prism ver.6.07のソフトにより算出したところ、EWに対するIgG1とIgEの抗体価の相関関係について、IgG1=1400BUg1において立上りを開始する一次関数〈1〉(Y=0.1274X-178.36,X≧1400の場合)と、IgG1=1400BUg1より少ない値で立上りを開始する一次関数〈2〉(Y=2.131X-852.94,X<1400,Y≧300の場合)を得た。一次関数[2]が適用できるブロックに属する乳児は、その90.9%が生後6ヶ月までに1週間以上持続する湿疹の既往歴があり、しかも1歳の時点で鶏卵アレルギーを発症した5名中4名がこのブロックに属していたことから、食物アレルギーのハイリスクグループと予想した。なお、このブロックには所属せずに卵白アレルギーを発症した例外的な乳幼児1名は、一次関数〈1〉、〈2〉のいずれにも属せず、高いIgEと高いIgG1を示したが、後述するが、IgG1→IgG2へのクラススイッチが比較的不十分で、IgG2が200BUg2/mLを僅かに超えた低値に留まっていた。
【0073】
[実施例4]
[生後6ヶ月検診における湿疹の有無とステロイド治療]
(EW)
上記
図5(c)をもとに、生後6ヶ月検診時の湿疹の有無と、湿疹部位へのステロイドの塗布の有無についての情報を付加し、湿疹がでている乳児(有湿疹群)を▲(三角)で示し、湿疹のない乳児(無湿疹群)を○(まる)として、湿疹患者でステロイド治療者を(■)、1歳の時点で卵白アレルギー発症者を◇で記載して、改めて
図6に表した。なお、ステロイド介入の多くは、生後4ヶ月から6ヶ月の間に行われた。
【0074】
図6から明らかなとおり、上記一次関数〈2〉が適用できるブロックにおいては、湿疹が高率(約90.9%)で発症していた。特に湿疹症状の強い19人について湿疹部位にステロイド剤を「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン」に沿って1日1~2回塗布した。なお、IgG1値が低いにも係わらずIgE抗体価が急増加した乳児は、ほとんどが湿疹を伴う乳児であり、母乳に含まれるEW抗原が湿疹によってバリア機能が障害された皮膚に接触して経皮感作が引き起こされたと推定した。このIgE増加の機序は、経口感作で起こるIgG1→IgEクラススイッチとは別の経皮感作機序でIgG1→IgEクラススイッチが引き起こされた結果と推定した。すなわち、免疫寛容の発動するIgG1の閾値に達する前に、経皮感作機序でIgG1→IgEクラススイッチが起きて、IgE抗体価が急増加したと推定した。
【0075】
(BLG)
湿疹症状が出ている乳児においてではあるが、生後6ヶ月検診においてBLG特異的IgE抗体価はいずれも低かったため、BLGに対するアレルギーを発症するリスクは非常に低いと予想した。なお、BLGの場合、生後2ヶ月ですでに免疫寛容の発動するIgG1の閾値に達している乳児が半数以上いることもアレルギーの発症率が低いことの原因の一つであると考えられる。すなわち、クラススイッチが進みIgG1が閾値を超えると、例え湿疹が発症して経皮感作リスクが生じても、上記一次関数〈2〉の状況は起こりにくいことが示唆された。
【0076】
[ステロイド治療法の指針とアレルギー発症]
上記84人について生後1年経過時に卵と牛乳について、食物摂取試験を行いアレルギー発症の診断を行い、
図6に示す卵白アレルギー5人を確定した。ミルクアレルギーに該当する乳児はいなかった。50%の乳児(42名)が湿疹に罹患して、そのうち19名にステロイドホルモン剤が塗布されているが、塗布例は上記一次関数〈1〉、〈2〉両群間でほぼ均等に分布していた。上記一次関数〈1〉の群は、すでに経口免疫寛容が成立すると予測される群であることから、ステロイドホルモン剤塗布の有無にかかわらず卵白アレルギーの発症は無い。従って、本検査法により一次関数〈1〉の群と認定されれば、ステロイドホルモン剤の経皮投与は、強度の弱いステロイドホルモン剤による対症療法が推奨される。一方上記一次関数〈2〉の群は、すでに経皮感作が起こっていると推定され、しかも卵白アレルギーの発症が集中していることから、実施されたステロイドの経皮投与法では不十分で、対症療法を超える強度の強いステロイドホルモン剤が適切であったと推定された。このように、本「アレルギー発症リスクを予測するためのデータを収集する方法」を用いることで、経皮感作を防ぐために、適切な時期に適切な強度のステロイドホルモン剤を選択することができると推定された。
【0077】
[実施例5]
[BLG、EWに対するIgG2抗体価とIgG1抗体価の相関]
図7は、BLG(a)、EW(b)に対する生後6ヶ月経過時の84人のIgG1→IgG2クラススイッチを示すグラフである。経口免疫寛容を誘導する場合は、IgG1→IgEクラススイッチの他に、ほぼ同時にIgG1→IgG2クラススイッチが起きる。IgG2の産生はその後IgG4へクラススイッチされてゆくことから、経口免疫寛容の成立には重要と推定される(James LK, et al. Long-term tolerance after allergen immunotherapy is accompanied by selective persistence of blocking antibodies. J Allergy Clin Immunol 2011;127:509-516; Sugimoto M, et al. Differential response in allergen-specific IgE, IgGs, and IgA levels for predicting outcome of oral immunotherapy. Pediatr Allergy Immunol 2016;27(3):276-282)。
図7(a)では、BLGに対するIgG1→IgG2クラススイッチを示している。IgG1抗体価をX軸に、IgG2抗体価をY軸にプロットして散布図を作成すると、その一次関数は、(Y=0.2289X-457.8,X≧2000の場合)を得た。この場合、IgG1の閾値は2000BUg1で、IgG1→IgEへのクラススイッチにおける閾値と同じ値であつた。このことは、経口免疫寛容の成立しているBLGの場合、IgG1からIgEとIgG2へのクラススイッチは、IgG1の閾値を超えたらほぼ同時に進行することを示唆する。
図7(b)は、EWに対するIgG1→IgG2クラススイッチを示している。IgG1抗体価をX軸に、IgG2抗体価をY軸にプロットして散布図を作成すると、その一次関数は、(Y=0.0293X+41.0)を得た。IgG1→IgEへのクラススイッチにおける閾値と同じであると考えられるので、IgG1→IgG2の閾値は1400BUg1であると推定された。なお、卵白アレルギーを発症した5人の乳児のIgG2値は全員が200BUg2以下で、IgG2の産生の低さが、卵白アレルギーの発症に関与していることを示唆した。
【0078】
[実施例6]
[EWに対するIgE抗体価とIgG2抗体価の相関]
84人の乳児のなかで、5人が卵白アレルギーが発症したことから、IgG1がクラススイッチすることによるIgG2とIgEとの相関を、EWに対するIgG2抗体価とIgE抗体価とをそれぞれ測定し、散布図を作成した。結果を
図8に示した。卵白アレルギー発症者5人を◇で示し、湿疹があった42人を▲で、湿疹がなかった42人を○で示した。
【0079】
図8から明らかなとおり、卵白アレルギー発症者においては、IgEの増加レベルと比較してIgG2の増加が顕著に低かった。IgG1からIgEへのクラススイッチが進み、IgG1からIgG2へのクラススイッチが進まない場合に、一年経過後に高い確率で卵白アレルギーが出現することが確認された。その原因として、卵白アレルギー発症乳児5人中4人が湿疹の発症者であることから、湿疹による卵白アレルゲンの経皮感作が誘因になっていると推定された。残り1人の卵白アレルギー発症乳児は、生後6ヶ月の時点では、湿疹はなく、IgE値、IgG1値、IgG2値のいずれの上昇も認められなかったことから、生後6ヶ月以後に何らかの抗原感作が起きたと推定した。
【0080】
[実施例7]
[IgE抗体のアレルゲンに対する親和性の測定]
EWの主要成分の一つであるOVAを分子量の明らかな単一アレルゲンとして使用した。前記84人の乳児のうち、母乳中に含まれるOVAに曝されるリスクのあると考えられる母乳栄養児31人と混合栄養児47人との計78人について、6ヶ月経過時に採取された血漿試料におけるOVAに対するIgE抗体、IgG1抗体の抗体価をそれぞれ測定した。また、IgE抗体のOVAに対する親和性を測定した。
【0081】
(チップの作製)
アレルゲンとしての抗原タンパク質として、OVA(SIGMA社製)を用いたほかは、実施例1の[測定手順](チップの作製)及び(アレルゲンのカップリング反応)の手順に従い、抗原タンパク質としてOVAが固定化されているDCPチップを作製した。
【0082】
(OVA特異抗体との捕捉反応)
使用前にブロッキング試薬(Blockmaster(JSR社製))を反応ウェルに添加し、遮光下冷蔵(4℃)にて終夜静置後、上記ブロッキング試薬をアスピレーター(VARIABLE SPEED PUMP、BIORAD社製)で吸引除去後、再度反応プレートに移し、洗浄液(50mM TTBS)を8mL添加後、5分間ゆらした後にアスピレーターで洗浄液を吸引除去した。同様に3回洗浄した後、さらに精製水(MilliQ水)で3回洗浄した。遠心機(Allegra(商標)、X-22R Centrifuge(BECKMAN COULTER社製))で、遠心水滴除去(2000rpmにて1分間)して、チップ表面の水滴を除去した。
【0083】
(一次抗体反応)
各乳児の血漿を、IgE測定ではサンプル希釈液(20mM phosphate buffer、pH7.4/0.3M KCl/0.05%Tween20)で2-5倍に、IgG1とIgG2の測定では上記サンプル希釈液で50倍に希釈した後、10μLずつをDCPチップのウェルに添加し、遮光下37℃にて1時間静置した。
【0084】
(二次抗体との反応)
上記の操作で得られた希釈された血漿(一次抗体)をアスピレーター(VARIABLE SPEED PUMP、BIORAD社製)で吸引除去後、チップを洗浄用ケースに移し、洗浄液(50mM TTBS)を10μL添加後、Double-Shaker NR3を用いて洗浄作業を5分間3回繰り返し洗浄した後、さらに精製水(MilliQ水)を加えて1分間3回洗浄した。上記遠心機で遠心水滴除去(2000rpmにて1分間)してチップ表面の水滴を除去した。次に蛍光標識した二次抗体(HiLyte Fluor(商標)又は 555conjugated anti human IgE(HyTest社製))(希釈液としてIMMUNO SHOT Platimun/1%牛血清アルブミンを使用した。最終希釈濃度10μg/mL)、HiLyte Fluor(商標)又は555 conjugated anti human IgG1(Thermo Fisher Scientific社製)(希釈液として20mM phosphate buffer,pH7.4/1%牛血清アルブミン/0.3M KCl/0.05%Tween20を使用した。最終希釈濃度1.5 μg/mL)、HiLyte Fluor(登録商標)又は555 conjugated anti human IgG2(バイオ・ラッドラボラトリーズ株式会社製)(希釈液として20mM phosphate buffer,pH7.4/1%牛血清アルブミン/0.3M KCl/0.05%Tween20を使用した。最終希釈濃度1.5μg/mL)を調製した。かかる二次抗体液を、各反応ウェルに10μL分注し、遮光下37℃にて2時間静置した。
【0085】
生後6ヶ月経過時に採血した血漿における、OVAに対するIgG1抗体価をX軸にIgE抗体価をY軸にプロットして散布図を作成した。結果を
図9に示した。
【0086】
図9から明らかなとおり、散布図全体に分布するデータから二つのブロックにデータを分割したうえで、それぞれのグループに適用可能な一次関数をGraphPad Prism ver.6.07のソフトにより算出した。ブロック1はIgG1が2000BUg1/mLを示す群で、ブロック2はIgG1が2000BUg1/mL以下で、IgEが300BUe/mL以上を示す群である。OVAに対するIgG1とIgEの抗体価の相関関係について、IgG1=2000BUg1において立上りを開始する一次関数1(Y=0.1086X-160.2,X≧2000の場合)(以下、「1次関数<1>」ともいう)と、IgG1=2000BUg1より少ない値で立上りを開始する一次関数2(Y=1.372X-47.619,X<2000,Y≧300の場合)(以下、「1次関数<2>」ともいう)を得た。
【0087】
上記78人の母乳栄養児と混合栄養児について、
図9において、1次関数<1>に属する乳児のうち、破線で囲んだIgG1が2000BUg1/mL以上で、IgE抗体の抗原親和性測定が可能な100BUe/mL以上を示す乳児のうちランダムに10名を選択してグループ[1]とした。また、一次関数<2>に属する乳児のうち、実線で囲んだIgG1が2000BUg1/mL以下で、IgE抗体が500BUe/mL以上を示す乳児のうちランダムに10名を選択してグループ[2]とした。
【0088】
グループ[1]に属する乳児10名とグループ[2]に属する乳児10名、合計20名について、各血漿試料中のIgEのOVAに対する親和性について検討を行った。各乳児の血漿に、サンプル希釈液(20mM phosphate buffer,pH7.4/0.3M KCl/0.05%Tween20)に溶解したOVA(0、0.2、2、20、200、2000nM)を等量加え、OVAの最終濃度を(0、0.1、1、10、100、2000nM)になるように調整した反応液を、25℃にて30分反応させる前段階反応(競合阻害反応)を行った。かかる溶液を、上記DCPチップに供し、37℃にて1時間反応させた。
【0089】
その後アスピレーターで吸引除去後、チップを洗浄用ケースに移し、洗浄液(50mM TTBS)を10mL添加後、Double-Shaker NR3を用いて洗浄作業を5分間3回繰り返し洗浄した後、さらに精製水(MilliQ水)を加えて1分間3回洗浄した。上記遠心機で遠心水滴除去(2000rpmにて1分間)してチップ表面の水滴を除去した。次いで555conjugated anti human IgE抗体を抗体希釈液(IMMUNO SHOT Platimun/1%牛血清アルブミン)で最終希釈濃度10μg/mL)に希釈することにより調製した二次抗体液を、スライド上の各反応ウェルに分注し、遮光下に37℃にて2時間静置して、抗ヒトIgE二次抗体と反応させた。再度洗浄液(50mM TTBS)を10μL添加後、Double-Shaker NR3を用いて洗浄作業を5分間3回繰り返し洗浄した後、さらに精製水(MilliQ水)を加えて1分間3回洗浄した。残存蛍光量を蛍光スキャナー(3D Gene Scanner、東レ社製)で蛍光強度を測定(Ex:532nm、Em:570nm)することにより、各チップから得られたスポットの蛍光強度の数値化を行った。競合アレルゲンの存在しない、すなわち濃度が0のオボアルブミンを競合物質として添加した場合の蛍光強度を100%としたときに、蛍光強度が50%を示す抗原濃度を以下の表2の「IgE IC
50」の項目に示す。また、
図10に、一次関数[1]と一次関数[2]に属する各乳児におけるIC50の値を図式化したものを示す。
【0090】
【0091】
(結果)
グループ[1]のIC
50値は中央値52.27nM、平均値45.82nMを示した。グループ[2]のIC
50値は中央値6.605nM、平均値8.30nMを示した、
図10にから明らかなとおりIC
50(nM)の値において、グループ[1]とグループ[2]の両群間に有意差(P=0.001)(マン-ホイットニーUテストによる)が確認された。これらの結果から、アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが低い乳児が属する1次関数[1]に属する乳児におけるIgEは抗原に対する低親和性を特徴とし、アレルゲンに対するアレルギーを発症するリスクが高い乳児のデータに適用される1次関数[2]に属する乳児におけるIgEは抗原に対する高親和性を特徴とすることが判明し、アレルギーの発症リスクを予測する上で、抗原親和性を示すIC
50値の測定が重要な指標として用いることができることが確認された。
【0092】
(まとめ)
以上の結果から、一次関数1に属するIgEは抗原OVAに対して低親和性を示すことを特徴とし、一次関数2に属するIgEは抗原OVAに対して高親和性を示すことを特徴とすることが判明し、アレルゲンに対して低親和性を示すIgEを含む乳児は、アレルギーの発症リスクが低く、高親和性を示すIgEを含む乳児は、卵のアレルギーの発症リスクが高いと判定でき、アレルギーの発症リスクを予測する上で、親和性を示すIC50値の測定が重要な指標となることを確認した。