(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-22
(45)【発行日】2022-05-06
(54)【発明の名称】温度測定方法及び温度測定装置
(51)【国際特許分類】
G01J 5/00 20220101AFI20220425BHJP
【FI】
G01J5/00 B
(21)【出願番号】P 2018161514
(22)【出願日】2018-08-30
【審査請求日】2021-05-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000133526
【氏名又は名称】株式会社チノー
(74)【代理人】
【識別番号】100109553
【氏名又は名称】工藤 一郎
(72)【発明者】
【氏名】寺田 大亮
(72)【発明者】
【氏名】瀧川 隆介
(72)【発明者】
【氏名】井内 徹
【審査官】越柴 洋哉
(56)【参考文献】
【文献】特開昭54-085079(JP,A)
【文献】米国特許第05282017(US,A)
【文献】特開平04-043928(JP,A)
【文献】特開2006-221950(JP,A)
【文献】特開平09-166494(JP,A)
【文献】特開平09-138163(JP,A)
【文献】特開平05-209792(JP,A)
【文献】特開昭63-006428(JP,A)
【文献】特開昭57-50631(JP,A)
【文献】特開昭62-27633(JP,A)
【文献】実開昭50-87980(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01J 5/00 - G01J 5/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測温対象からの放射束を
後述するキャビティならびに後述する反射分布特性の計測手段を退避させた状態で直接計測し第一放射輝度を取得する第一放射輝度取得ステップと、
内面が高反射率であるキャビティ内で測温対象からの放射束を多重反射させ、キャビティに設けられた小孔部の放射束を計測して第二放射輝度を取得する第二放射輝度取得ステップと、
別途設けた光源から測温対象に光を照射し、光束の反射分布状態を計測することにより反射分布特性情報を取得する反射分布特性情報取得ステップと、
予め保持されている第一放射輝度と第二放射輝度と反射分布特性情報を変数とした
波長λにおける分光放射率の検量関数と、取得した第一放射輝度と、取得した第二放射輝度と、取得した反射分布特性情報とを用いて測温対象の
波長λにおける分光放射率を演算する演算ステップと、
を有する測温対象の温度を取得する温度測定方法。
【請求項2】
前記キャビティは、円筒形又は部分球形である請求項1に記載の温度測定方法。
【請求項3】
前記キャビティの一端は開放端であり、この開放端は測温対象に近接して被せるものであり、開放端の下端部は徐々に空洞部が径大となるように構成するスカート部を有する請求項1に記載の温度測定方法。
【請求項4】
測温対象からの放射束を
後述するキャビティならびに後述する反射分布特性の計測手段を退避させた状態で直接計測し第一放射輝度を取得する第一放射輝度取得部と、
内面が高反射率であるキャビティ内で測温対象からの放射束を多重反射させ、キャビティに設けられた小孔部の放射束を計測して第二放射輝度を取得する第二放射輝度取得部と、
別途設けた光源から測温対象に光を照射し、光束の反射分布状態を計測することにより反射分布特性情報を取得する反射分布特性情報取得部と、
予め保持されている第一放射輝度と第二放射輝度と反射分布特性情報を変数とした
波長λにおける分光放射率の検量関数と、取得した第一放射輝度と、取得した第二放射輝度と、取得した反射分布特性情報とを用いて測温対象の
波長λにおける分光放射率を演算する演算部と、
を有する測温対象の温度を取得する温度測定装置。
【請求項5】
前記キャビティは、円筒形又は部分球形である請求項4に記載の温度測定装置。
【請求項6】
前記キャビティの一端は開放端であり、この開放端は測温対象に近接して被せるものであり、開放端の下端部は徐々に空洞部が径大となるように構成するスカート部を有する請求項4に記載の温度測定装置。
【請求項7】
前記別途設けた光源は、レーザー光源又はLED光源である請求項4から請求項6のいずれか一に記載の温度測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、測温対象の分光放射率を推定することでより正しい温度測定を図る温度測定方法及び温度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
非接触にて温度測定ができる放射温度計は、鋼板製造プロセスなどにおいてよく使われている。放射温度計は対象からの熱放射の強度(分光放射輝度)を測定し、熱放射の強度から温度への換算を、黒体の熱放射の強度と温度との関係に基づいて行う。ここで、測温対象の放射率が黒体の放射率(ε=1.0)と近い値である場合には問題はないが、アルミニウムのように非酸化面で約0.2、酸化面で約0.4といったように、放射率が黒体の放射率に対して小さい値である物質の温度測定においては補正の必要が生じる。
【0003】
適切に補正をするためには、測温対象の実際の分光放射率を知る必要がある。主な物質の分光放射率は概ね知られているが、例えば、アルミニウム板の製造プロセスの温度管理のための測温において、プロセス中のアルミニウム板の酸化の程度に差異が生じると補正のために予め設定した分光放射率と実際の測温対象の分光放射率とが異なり、正確な補正をすることができないという問題が生じる。
【0004】
かかる問題を解決するために、特許文献1は以下の発明を開示している。内面が高反射率鏡面のキャビティを測温対象に非接触で被せキャビティ内面で多重反射した測温対象からの熱放射の分光放射輝度を測定し、これとは別に測温対象からの熱放射の分光放射輝度を当該キャビティを介さずそのまま測定する。そして、測定対象の表面の粗さ(平均傾斜角や二乗平均粗さRMS)を何らかの装置により測定する。多重反射した場合の分光放射輝度が測定対象の表面性状に依存することに基づき、それらの各測定値から測定対象の分光放射率を算出する測温方法である(測定原理については後述する)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
文献1の発明において、測定対象の表面性状の指標として平均傾斜角や二乗平均粗さなどを挙げているが、具体的な指標や表面性状の測定方法及び手段を特定していない。そこで、本発明は、測定対象の表面性状を測定することに代えて、直接的に測定対象の反射分布特性を観測し、測定対象の分光放射率を導き出すようにした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、上記課題を解決するために本発明において、測温対象からの放射束を直接計測し第一放射輝度を取得する第一放射輝度取得ステップと、内面が高反射率であるキャビティ内で測温対象からの放射束を多重反射させ、キャビティに設けられた小孔部の放射束を計測して第二放射輝度を取得する第二放射輝度取得ステップと、別途設けた光源から測温対象に光を照射し、光束の反射分布状態を計測することにより反射分布特性情報を取得する反射分布特性情報取得ステップと、予め保持されている第一放射輝度と第二放射輝度と反射分布特性情報を変数とした分光放射率の検量関数と、取得した第一放射輝度と、取得した第二放射輝度と、取得した反射分布特性情報とを用いて理想黒体に対する分光放射率を演算する演算ステップと、を有する測温対象の温度を取得する温度測定方法を提供する。
【0008】
また、上記の温度測定方法において、前記キャビティは、円筒形又は部分球形である温度測定方法を提供する。
【0009】
また、上記の温度定方法において、前記キャビティの一端は開放端であり、この開放端は測温対象に近接して被せるものであり、開放端の下端部は徐々に空洞部が径大となるように構成するスカート部を有する温度測定方法を提供する。
【0010】
また、測温対象からの放射束を直接計測し第一放射輝度を取得する第一放射輝度取得部と、内面が高反射率であるキャビティ内で測温対象からの放射束を多重反射させ、キャビティに設けられた小孔部の放射束を計測して第二放射輝度を取得する第二放射輝度取得部と、別途設けた光源から測温対象に光を照射し、光束の反射分布状態を計測することにより反射分布特性情報を取得する反射分布特性情報取得部と、予め保持されている第一放射輝度と第二放射輝度と反射分布特性情報を変数とした分光放射率の検量関数と、取得した第一放射輝度と、取得した第二放射輝度と、取得した反射分布特性情報とを用いて理想黒体に対する分光放射率を演算する演算部と、を有する測温対象の温度を取得する温度測定装置を提供する。
【0011】
また、上記の温度測定装置において、前記キャビティは、円筒形又は部分球形である温度測定装置を提供する。
【0012】
また、上記の測温度定装置において、前記キャビティの一端は開放端であり、この開放端は測温対象に近接して被せるものであり、開放端の下端部は徐々に空洞部が径大となるように構成するスカート部を有する温度測定装置を提供する。
【0013】
また、上記の温度測定装置において、前記別途設けた光源は、レーザー光源又はLED光源である温度測定装置を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、測定対象の表面性状を測定し、間接的に反射分布特性を導き利用することに代えて、直接的に測温対象の反射分布特性を求めることで、より正確な温度測定を可能にする温度測定方法及び温度測定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】キャビティにより多重反射した測温対象からの放射束を計測する態様例を示す概念図
【
図2】実施形態1の温度測定装置の機能ブロックの一例を示す概念図
【
図3】測温対象に光を照射して反射分布特性情報を取得する概念を示す図
【
図4】基準角度における反射光強度I
θ0を例示する概念図
【
図5】反射分布特性情報γを取得するための具体的な手段の一例を示す概念図
【
図6】反射分布特性情報γを取得するための具体的な手段の他の例を示す概念図
【
図7】分光放射率ε
λと放射輝度比R
Lの関係を示すグラフ
【
図8】パラメータαと反射分布特性情報γの関係を示すグラフ
【
図9】実施形態1の温度測定装置の具体例を示す概念図
【
図10】実施形態1の温度測定装置のハードウェア構成の一例を表す概念図
【
図11】実施形態1の温度測定装置における処理の流れの一例を表すフローチャート
【
図12】実施形態2のキャビティの断面の一例を示す概念図
【
図13】測温対象とキャビティ底部との距離hと放射輝度比R
Lとの関係を示すグラフ
【
図14】実施形態3のキャビティの一例を示す概念図
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、添付図面を用いて説明する。なお、本発明は、これら実施形態に何ら限定されるべきものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得る。
<実施形態>
<概要>
【0017】
本実施形態の温度測定方法は、上述した先行技術における測定原理を踏襲しつつ、別途設けた光源から測温対象に光を照射し、光束の反射分布状態を計測することにより反射分布特性情報を取得して測温対象の分光放射率を取得することを特徴とする。
<測定原理>
【0018】
本実施形態の温度測定方法の測定原理を説明する。まず、本実施形態において、キャビティにより多重反射した測温対象からの放射束を計測する態様例を
図1に示す。
図1(a)はキャビティを側方から見た図であり、
図1(b)はキャビティの上面(放射温度計側)を示す図である。図示するように、「測温対象」(例えば、圧延工程で連続的に移動する加熱されたアルミ板)0101と非接触にて「キャビティ」0102は配置される。このキャビティは円筒形状であって、測温対象側は開口しており、他端「小孔部」0103を除き閉鎖している。そして、内面は金メッキ加工及び鏡面加工が施されており高反射率を備えるように構成される。このようなキャビティにより、図中において点線にて示すように、キャビティ内にて測温対象からの放射束は多重反射する。
【0019】
測温対象の法線上であって、キャビティの小孔の延長上に「放射温度計」0104が配置され、放射温度計の焦点は小孔の開口部に合わせられている。なお、測温対象、キャビティ及び放射温度計のそれぞれを支持する部材等についての図示は省略しているが、それらの各構成は上述の相互の位置関係が維持されるよう適宜支持されている。
【0020】
このようなキャビティを介してキャビティ内での多重反射を経た放射束の放射輝度を取得する。併せて、キャビティを配置せずに測温対象からの放射束の放射輝度を直接計測する。本実施形態において、前者の放射輝度を第二放射輝度(L2)とし、後者の放射輝度を第一放射輝度とする(L1)。
【0021】
第二放射輝度は、キャビティ内での多重反射により通常よりも増大し、見かけ上の分光放射率(以下、実効放射率ε
effという)に比例する。従って、測温対象の温度をT、分光放射率をε
λとすると、キャビティが無い状態の第一放射輝度L
1、キャビティがある状態の第二放射輝度L
2は下記の式1のように表される。この時、L
b,λ(T)は、温度Tにおける理想黒体(放射率ε=1)の分光放射輝度である。
<式1>
【0022】
このε
effは、測温対象とキャビティ間の多重反射により決定される。キャビティの実効反射率をρ、試料の拡散反射係数をγとすることで、最終的にキャビティ開口部より放射される輝度は、式2のように表される。
<式2>
【0023】
したがって、第一放射輝度と第二放射輝度との比である輝度比R
Lは、式3のように表される。
<式3>
【0024】
そして、α=1/ργ-1と設定すると、式4の関係が得られる。
<式4>
【0025】
このように、パラメータαを求めることで、分光放射率ελが求まることが分かる。そして、測温対象の分光放射率ελが求まれば、測定対象の温度を正しく算出することができる。
<機能的構成>
【0026】
以下に本実施形態の温度測定方法を実現する温度測定装置の機能的構成について説明する。
図2は、本実施形態の温度測定装置の機能ブロックの一例を示す概念図である。図示するように、本実施形態の「温度測定装置」0200は、「第一放射輝度取得部」0201と、「第二放射輝度取得部」0202と、「反射分布特性情報取得部」0203と、「演算部」0204とを有する。
【0027】
なお、以下に記載する各装置の機能ブロックは、ハードウェア、ソフトウェア、又はハードウェア及びソフトウェアの両方として実現され得る。また、この発明は装置として実現できるのみでなく、方法としても実現可能である。
【0028】
また、このような発明の一部をソフトウェアとして構成することができる。さらに、そのようなソフトウェアをコンピュータに実行させるために用いるソフトウェア製品、及び同製品を記録媒体に固定した記録媒体も、当然にこの発明の技術的な範囲に含まれる(本明細書の全体を通じて同様である)。
【0029】
「第一放射輝度取得部」0201は、略測温対象のみからの放射束を直接計測し第一放射輝度を取得する機能を有する。放射束の計測は放射温度計により行い、赤外光をサーモパイルなどの光検知素子にて受光し、赤外光領域の所定波長成分の輝度を第一放射輝度として取得する。なお、本構成で用いる放射温度計は、測定対象の想定される温度範囲などに応じて公知の放射温度計から適宜選択すればよい。また、放射温度計は主に光検知素子により光量(放射束の量)を電気信号に変換する光電変換手段と、変換された電気信号を処理して温度に変換したり変換した温度の記憶や表示などを行う信号処理手段とからなるが、第一放射輝度取得部は光電変換手段のみとしてもよいし、信号処理手段と一体的に構成してもよい。このことは後述する第二放射輝度取得部についても同様である。
【0030】
なお、測温対象はとくに限定されるものではなく、例えば、半導体、電子部品、家電製品、機械、鉄鋼、金属、測定波長域において不透明体としてのフィルム、薬品、食品などの種々に及び、本発明に係る温度測定装置及び温度測定方法は、それらの製品等の製造、処理加工などの様々なプロセスにおいて適用することができる。
【0031】
「第二放射輝度取得部」0202は、内面が高反射率であるキャビティ内で略測温対象のみからの放射束を多重反射させ、キャビティに設けられた小孔部の放射束を計測して第二放射輝度を取得する機能を有する。
【0032】
キャビティは、測定原理の項で説明したように円筒形状とすることができるが、他の態様として部分球面形状としてもよい。そして、放射温度計の焦点をキャビティに設けられた小孔部の開口面に合わせて、当該小孔部の開口からの放射束を第二放射輝度として取得する。
【0033】
第一放射輝度と第二放射輝度の取得は、例えば、所定の支持部材にキャビティを取り付け、当該部材を測定対象の表面と略平行で移動可能に構成し、第一放射輝度の取得時は放射温度計の焦点に干渉しないようにキャビティを退避させ、第二放射輝度の取得時は放射温度計の焦点がキャビティの小孔部に合うようにキャビティを移動させる。
【0034】
「反射分布特性情報取得部」0203は、別途設けた光源から測温対象に光を照射し、光束の反射分布状態を計測することにより反射分布特性情報を取得する機能を有する。反射分布特性情報は、上述した測定原理における拡散反射係数(γ)に相当し、測温対象に照射した光束が反射する際にどれほど拡散するか、拡散して反射した光(拡散反射光という)がどれほどの強度を持っているかを計測することにより取得する。
【0035】
図3に、測温対象に光を照射して反射分布特性情報を取得する概念を示す。図示するように、「測温対象」0301に対して略法線方向にて光源から「光」0302を照射する。照射した光の測定対象への入射光強度がI
0である。そして、入射角に対する複数の角度における拡散反射光の強度を取得し、そのうちのいずれか二つの任意の角度(例えば、θ
1とθ
2)における拡散反射光強度(I
θ1とI
θ2)から、下記の式5により反射分布特性情報(γ)を取得する。
<式5>
【0036】
また、反射分布特性情報の取得は、式5の拡散反射光強度I
θ1に代えて、照射光の所定の基準角度における反射光強度I
θ0としてもよい(下記の式6)。基準角度は、入射光の正反射角度とすることができる。
<式6>
【0037】
図4は、基準角度における反射光強度I
θ0を例示する概念図である。
図4(a)は、測温対象に垂直に照射した場合であり、垂直方向へ正反射する光の強度が基準角度における反射光強度I
θ0となる。そして、基準角度以外の角度で拡散する光の強度が拡散反射光強度(I
θ1,I
θ2・・・)となる。そして、任意の角度の拡散反射光強度と基準角度における反射光強度とを式5に代入し反射分布特性情報γを取得する。なお、垂直方向の正反射光を基準角度における反射光強度として用いる場合には、すべての測定事例において基準角度として利用できる前提があり、このような前提を満たす代表的な例は常時測定対象物の垂直光入射面が完全な平面である場合である。
【0038】
図4(b)は、測温対象に入射角θの入射光が正反射した光の強度を基準角度における反射光強度I
θ0としている。この場合においても、基準角度以外の角度で拡散する光の強度が拡散反射光強度(I
θ1,I
θ2・・・)となり、任意の角度の拡散反射光強度と基準角度における反射光強度とを式5に代入し反射分布特性情報γを取得する。
【0039】
図5は、上述の反射分布特性情報γを取得するための具体的な手段の一例を示す概念図である。係る手段を、以下においては「γ取得手段」という。図示するように、「測温対象」0501に対して鉛直方向からレーザー光を照射するための「レーザー光源」0502が備わる。また、照射されたレーザー光が測温対象によって拡散反射したレーザー光の強度を複数の拡散角度にて測定するための「光検知センサ」0503が円周状に複数配置されている。これらの光検知センサにより、それぞれの角度における拡散反射光強度を測定する。なお、照射されたレーザー光の拡散反射は全方位(360°)に対して均等に生じることが前提として存在し、その前提に基づいて円周状に配置される光検知センサにて拡散反射光強度を測定することで足りる。また、レーザー光の入射点から複数の光検知センサまでの距離は必ずしも等しいものではないが、距離の差は生じたとしても数ミリメートルから数センチメートル程度に収まるように構成することで、距離による拡散反射光強度の減衰について考慮しなくてもよい。
【0040】
また、レーザー光源から測温対象へ照射されるレーザー光の軌跡上に「ビームスプリッター」0504を配置し、分光方向に配置される「光検知センサ」0505により測温対象により正反射したレーザー光の反射光強度I
θ0を光検知センサにより測定する。また、
図4(b)のとおり、測温対象に入射角θの入射光が正反射した光の強度を基準角度における反射光強度I
θ0を測定する場合は、
図6に示すように、片側に「測定対象」0601へレーザー光を照射する「レーザー光源」0602を配置し、レーザー光源の反対側に「光検知センサ」0603を配置する。
【0041】
このような構成により、測温対象に照射されたレーザー光の反射光強度Iθ0と任意の角度における拡散反射光強度(Iθ1,Iθ2・・・)を測定し、上記の式5に基づき測温対象の反射分布特性情報γを取得することができる。
【0042】
ここで、測温対象に光を照射するための光源は、上述のレーザー光源やLED光源が好ましい。測温対象により拡散反射した光を取得する観点から、照射する光は指向性に優れるものが好ましいからである。
【0043】
上記の通り、反射分布特性情報γを取得するため手段は、独立して反射分布特性情報取得装置(γ取得装置)として構成することもできる。係る場合、対象の表面に光を照射するための光源と、光源から照射される光の入射角度と所定の関係にある反射角度にて配置される複数の光検知センサと、複数の光検知センサの検知出力に基づいて対象の反射分布特性情報を算出する算出部、とを有する反射分布特性情報取得装置と構成することができる。
【0044】
「演算部」0204は、予め保持されている第一放射輝度と第二放射輝度と反射分布特性情報を変数とした分光放射率の検量関数と、取得した第一放射輝度と、取得した第二放射輝度と、取得した反射分布特性情報とを用いて測温対象の分光放射率を演算する機能を有する。また、測定原理の項で示したように、測温対象の分光放射率ελが求まれば測定対象の温度を求めることができる。そこで、演算部は、取得した第一放射輝度と演算した測温対象の分光放射率ελとを用いて測温対象の温度を演算する温度演算手段をさらに有していてもよい。
【0045】
まず、保持されている分光放射率の検量関数について説明する。測定原理の項で説明したように、式4で示したようにパラメータαが分かれば、取得した第一放射輝度と第二放射輝度の比(放射輝度比RL)から測温対象の分光放射率ελを求めることができる。また、パラメータαは、α=1/ργ-1により与えられるが、ρはキャビティ内部の実効反射率のため、一定と考えることができる。つまり、反射分布特性情報γを求めることで、αが算出可能となる。ただ、γは測温対象の反射分布状態の度合いを表すパラメータとしているが、一般的に定義されたものではないため、γを一意に決定することは出来ない。ただ、γ(及びα)は、測温対象の表面状態にのみ依存するため、αとγの関係式は対象物に関わらず、1つの式で記述可能と考えられる(測温対象の物性値により変化しない)。このことから、事前に表面状態の異なる多数のサンプルにてαとγの測定を行い、αとγの関係を実験的に決定しておくことで、分光放射率が未知の測温対象に対しても、γのみを測定することで、αを求めることが可能となる。
【0046】
γとαの関係式の構築のためには、γとは別にαを測定する必要がある。パラメータαは、計測により直接的に求めることは出来ないが、式4により、サンプルの分光放射率ε
λと輝度比R
Lにより、実験から求めることができる。
図7に、実験から得た分光放射率ε
λとR
Lの関係を示す。
【0047】
図7に示すような分光放射率ε
λと放射輝度比R
Lの関係を得るための実験は以下の通りである。サンプルの温度を直接的に計測するために熱電対をサンプルに溶接して測温する。その一方で、放射温度計により当該サンプルの温度指示値を取得する。当該サンプルの分光放射率が理想黒体の放射率(1.0)より下回れば、放射率補正を行っていない放射温度計による計測値(指示値)と熱電対により直接計測したサンプルの実際の温度とに差異が生じる。この差異に基づいて当該サンプルの分光放射率ε
λを求めることができる。
【0048】
併せて、当該サンプルに対してキャビティを用いて放射輝度比R
Lを計測し、求められた当該サンプルの分光放射率ε
λと放射輝度比R
Lを式4に代入することで、当該サンプルにおけるパラメータαを求めることができる。このような実験を多数のサンプルに対して行うことで、
図7に示すような、ε
λとR
Lとαとの関係を得ることができる。なお、分かりやすいように、任意のαの場合のε
λとR
Lの関係を点線で示した。本図では4つのα(0.25,0.34,0.53,0.7)を抽出して示しており、これは4つのサンプルについてのαを示している。
【0049】
さらに、当該サンプルの反射分布特性情報γを、
図5や
図6に例示したようなγ取得手段により取得する。これにより、上述の実験で得た当該サンプルのパラメータαと反射分布特性情報γとの関係を得ることができる。
【0050】
このようなパラメータαを得るための実験と反射分布特性情報γを得るための測定を、多数のサンプルに対して行うことで、
図8に示すようなαとγの関係を示すグラフを作成することができる。本図は、12の点がプロットされており、これは12のサンプルについてのαとγとの関係のそれぞれを示している。図示するように、αとγとの関係は分布し、この結果からαとγとの関係を示す関数を得ることができる。
【0051】
そして、このパラメータαと反射分布特性情報γとの関係を示す関数と、αを係数として放射輝度比RLと分光放射率ελとの関係を示す式4とが、第一放射輝度と第二放射輝度と反射分布特性情報を変数とした分光放射率の検量関数となる。言い換えると、αと反射分布特性情報γとの関係式と、αと放射輝度比RLと分光放射率ελとの間の関係式と、によって構成される式が検量関数となる。つまり、入力として第一放射輝度と第二放射輝度と、反射分布特性情報を入力した結果、分光放射率ελが求められる式が検量関数である。これは、コンピュータ内部で複数の式に分割されて計算されてもよいし、一の式で表現されて計算されてもよい。本願の検量関数はコンピュータ内での処理過程に関係なくこれと同等の計算をしている場合には本願で言う検量関数に該当する。
【0052】
続いて、上述した分光放射率の検量関数を用いて、測温対象の分光放射率を算出することについて説明する。分光放射率が未知の測温対象に対して実際に温度測定を行う際には、
図5や
図6に例示したようなγ取得手段により当該測温対象の反射分布特性情報γを取得し、パラメータαと反射分布特性情報γの関係を示す関数に取得したγを代入してαを求める。そして、当該測温対象について第一放射輝度と第二放射輝度とを測定して放射輝度比R
Lを求め、求めたR
Lと取得したγを式4に代入して当該測温対象の分光放射率ε
λを算出する。そして、放射輝度比R
Lを求めるために測定した第一放射輝度と算出した分光放射率ε
λに基づいて測温対象の温度が求められる。
【0053】
図9は、本実施形態の温度測定装置の具体例を示す概念図である。図示するように、「測温対象」0901は所定の支持台ないし支持ラインなどに載置され、測温対象の鉛直上方に「放射温度計」0902が配置される。ここで、測温対象と放射温度計との相対的な位置関係は変動しない。一方、「キャビティ」0903と、「γ取得手段」0904は、アクチュエータなどを用いて測温対象に対して略平行に移動可能に構成される(図中矢印の方向に移動可能)。
【0054】
そして、第一放射輝度を取得する際は、測温対象からの放射束を放射温度計が直接計測し得るように、γ取得手段及びキャビティを退避させる。また、第二放射輝度を取得する際は、放射温度計の焦点がキャビティの「小孔部」0905に合うようにγ取得手段及びキャビティを移動させて、キャビティにより多重反射した放射束を放射温度計により計測する。さらに、反射分布特性情報γを取得する際は、「レーザー光源」0906によるレーザー光が測温対象に適切に照射されるようγ取得手段を移動させて、照射されるレーザー光の拡散反射光強度を円周状に複数配置される「光検知センサ」0907により測定するとともに、レーザー光の反射光強度Iθ0を「ビームスプリッター」0908を介して「光検知センサ」0909により測定する。
【0055】
そして、図示しない計算機が各光検知センサ及び放射温度計が取得した信号や情報などを有線又は無線にて取得し、さらに所定の記憶装置に保持している分光放射率の検量関数を用いて測温対象の分光放射率ελを算出する。そして、算出した分光放射率ελと第一放射輝度から測温対象の温度を算出する。
<ハードウェア構成>
【0056】
図10は、上記機能的な各構成要件をハードウェアとして実現した際の、温度測定装置における構成の一例を表す概念図である。この図を利用してそれぞれのハードウェア構成の働きについて説明する。
【0057】
図示するように、温度測定装置は、CPU1001と、主メモリ1002と、不揮発性メモリ1003と、放射温度計1004と、光源1005と、光検知センサ1006と、バス1007などを備えている。不揮発性メモリには、測温対象からの放射束を直接計測し第一放射輝度を取得する第一放射輝度取得プログラム1003aと、内面が高反射率であるキャビティ内で測温対象からの放射束が多重反射させ、キャビティに設けられた小孔部の放射束を計測して第二放射輝度を取得する第二放射輝度取得プログラム1003bと、別途設けた光源から測温対象に光を照射し、光束の反射分布状態を計測することにより反射分布特性情報を取得する反射分布特性情報取得プログラム1003cと、予め保持されている第一放射輝度と第二放射輝度と反射分布特性情報を変数とした分光放射率の検量関数と、取得した第一放射輝度と、取得した第二放射輝度と、取得した反射分布特性情報とを用いて測温対象の分光放射率を演算する演算プログラム1003dと、検量関数1003eと、が蓄積されている。
【0058】
そして、これらの各プログラムが主メモリ上に展開され実行されることで、第一放射輝度1003f、第二放射輝度1003g、放射輝度比1003h、入射光強度1003i、拡散反射光強度1003j、反射分布特性情報1003k、分光放射率1003lなどが取得され、蓄積される。
【0059】
また、図示しないが、キャビティやγ取得手段を測温対象に対して移動させるためのアクチュエータなどを備え、係るアクチュエータを駆動するためのプログラムを保持するものとしてもよい。
<処理の流れ>
【0060】
図11は、本実施形態の温度測定装置における処理の流れの一例を表すフローチャートである。なお、以下に示すステップは、上記のような計算機の各ハードウェア構成によって実行されるステップであっても良いし、媒体に記録され計算機に読み取り実行可能なプログラムを構成する処理ステップであっても構わない。
【0061】
図示するように、本温度測定装置の動作処理手順は、測温対象からの放射束を直接計測し第一放射輝度を取得する第一放射輝度取得ステップ1101と、内面が高反射率であるキャビティ内で測温対象からの放射束が多重反射させ、キャビティに設けられた小孔部の放射束を計測して第二放射輝度を取得する第二放射輝度取得ステップ1102と、別途設けた光源から測温対象に光を照射し、光束の反射分布状態を計測することにより反射分布特性情報を取得する反射分布特性情報取得ステップ1103と、予め保持されている第一放射輝度と第二放射輝度と反射分布特性情報を変数とした分光放射率の検量関数と、取得した第一放射輝度と、取得した第二放射輝度と、取得した反射分布特性情報とを用いて測温対象の分光放射率を演算する演算ステップ1104と、からなっている。なお、第二放射輝度取得ステップが第一放射輝度取得ステップに先んじて行われるように構成してもよい。
【0062】
そして、測定を継続するか否かの判断ステップ1105にて、継続するとの判断結果の場合には第一放射輝度取得ステップに戻り、継続しないとの判断結果の場合には、一連の処理を終了する。
<効果>
【0063】
本実施形態により、測温対象の分光放射率を求めることで、より正確な温度測定を可能にする温度測定方法及び温度測定装置を提供することができる。
<実施形態2>
<概要>
【0064】
本実施形態は実施形態1を基本とし、キャビティの開放端をスカートのように末広がりに構成することを特徴とする。これにより多くの放射束をキャビティ内に導入することができる。
<構成>
【0065】
本実施形態のキャビティは、その一端が開放端であり、この開放端は測温対象に近接して被せるものであり、開放端の下端部は徐々に空胴部が径大となるように構成するスカート部を有する。
【0066】
図12は、本実施形態のキャビティの断面の一例を示す概念図である。図示するように、「キャビティ」1201は、一端が開放端となり他端の中央付近には実施形態1で説明した「小孔部」1202が備わり放射束の計測を行えるようになっている。
【0067】
そして、開放端の下縁部は、徐々に「空胴部」1203が径大となる「スカート部」1204が備わる。スカート部におけるキャビティ内面から外面への端面の傾斜角(図中、両端湾曲矢印で表示)は、中心軸(図中、一点鎖線で表示)に対して60°程度が好ましい。この角度が小さすぎる場合には測温対象と下端部の端面との間での放射束の多重反射が生じにくくなり、この角度が大きすぎる場合には測温対象と下端部の端面との間で放射束の多重反射は生じるものの、多重反射した放射束がキャビティ内に収束せずキャビティの外に放出されることが生じるからである。
【0068】
図13は、測温対象とキャビティ底部との距離hと、放射輝度比R
Lとの関係を示すグラフである。点線で示した関係はスカート部を有さない場合であり、破線で示した関係はスカート部を有する場合である。図示するように、スカート部を有する場合の方が距離hに対して大きい放射輝度比を得られることが分かる。したがって、スカート部を有することで、キャビティと測温対象との距離hをより広くとることができる。
【0069】
本実施形態のハードウェア構成は、実施形態1のハードウェア構成に準じて実現することができる。また、本実施形態の温度測定装置における処理の流れは、実施形態1の温度測定装置の処理の流れと同様である。
<効果>
【0070】
本実施形態により、より多くの放射束をキャビティ内に導入することができる。
<実施形態3>
<概要>
【0071】
本実施形態の測定装置は、実施形態1の温度測定装置を基本とし、第二放射輝度を取得するために、部分球形のキャビティを備えることを特徴とする。
<構成>
【0072】
図14は、本実施形態のキャビティの一例を示す概念図である。図示するように、「キャビティ」1401は、「測温対象」1402に向けた内面が部分球形状となっている。このように円弧状の内面を測温対象に向けることで、実施形態1で示した円筒形状のキャビティと同様に測温対象とキャビティ内面との間で放射束の多重反射を効果的に生じさせることができる。
【0073】
本実施形態のハードウェア構成は、実施形態1のハードウェア構成に準じて実現することができる。また、本実施形態の温度測定装置における処理の流れは、実施形態1の温度測定装置の処理の流れと同様である。
<効果>
【0074】
本実施形態により、測温対象とキャビティ内面との間で放射束の多重反射を効果的に生じさせることができる温度測定装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0075】
0200 温度測定装置
0201 第一放射輝度取得部
0202 第二放射輝度取得部
0203 反射分布特性情報取得部
0204 演算部