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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-22
(45)【発行日】2022-05-06
(54)【発明の名称】電界放出装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 1/304 20060101AFI20220425BHJP
   H01J 37/073 20060101ALI20220425BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20220425BHJP
【FI】
H01J1/304
H01J37/073
B82Y30/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017037698
(22)【出願日】2017-02-28
(65)【公開番号】P2018142524
(43)【公開日】2018-09-13
【審査請求日】2020-02-12
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】507046521
【氏名又は名称】株式会社名城ナノカーボン
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(72)【発明者】
【氏名】橋本 剛
(72)【発明者】
【氏名】橋本 悟
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 弥八
(72)【発明者】
【氏名】入田 賢
【審査官】山本 一
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2008/0143230(US,A1)
【文献】特開2007-149616(JP,A)
【文献】特開2009-149832(JP,A)
【文献】特開2004-189533(JP,A)
【文献】特開2005-243389(JP,A)
【文献】特開2008-053172(JP,A)
【文献】国際公開第2013/191253(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/010523(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 1/304
H01J 37/073
B82Y 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エミッタと、電界発生部とを備え、
前記エミッタは、ラマン分光分析によって測定されるG/D比が100以上の全体の90質量%以上が単層カーボンナノチューブであり、平均長さが10μm以上であるカーボンナノチューブを含み、
前記カーボンナノチューブは、複数のものが絡み合うことでバインダなしで一体化されて、かさ密度が0.3g/cm 以上1g/cm 以下である膜を構成しており、
少なくとも10-5Paを超える減圧下において電界を印加されることで電子が放出される、電界放出装置。
【請求項2】
前記カーボンナノチューブの平均直径は、0.4nm以上10nm以下である、請求項1に記載の電界放出装置。
【請求項3】
前記カーボンナノチューブの平均アスペクト比は100以上である、請求項1または2に記載の電界放出装置。
【請求項4】
10-1Pa以上の減圧下において電界を印加されることで電子が放出される、請求項1~のいずれか1項に記載の電界放出装置。
【請求項5】
前記減圧の雰囲気は大気を含む、請求項1~のいずれか1項に記載の電界放出装置。
【請求項6】
複数のカーボンナノチューブが絡み合うことでバインダなしで一体化された、かさ密度が0.3g/cm 以上1g/cm 以下である膜状体を含み、
前記カーボンナノチューブはラマン分光分析によって測定されるG/D比が100以上であって全体の90質量%以上が単層カーボンナノチューブであり、平均長さが10μm以上であり
少なくとも10-5Paを超える減圧下において電界を印加されることで電子が放出される、電界放出膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電界放出装置および電界放出膜に関する。
【背景技術】
【0002】
Field Emission(電界放出)とは、導体または半導体からなる材料に強電界を印加することで、電子が当該材料の表面付近の薄いポテンシャル障壁をトンネル効果で通過し、外部に放出される現象のことをいう。ここで電子を放出するための部材(エミッタ)としては、一般に、電界を集中させるために高アスペクト比形状(例えば針状)のものが使用される。また、エミッタの清浄を保つため、かかる電界放出は一般に真空(例えば10-8Paレベルの超高真空)で行う必要がある。
【0003】
従来より、このエミッタ材料としては、例えば、タングステンの<310>単結晶や<111>単結晶、トリエーテッドタングステン等が針状に加工されて用いられている。しかしながら、タングステン等の金属は針状に加工するための複雑な工程と製造コストとを要し、また、繰り返しの電界放出によりエミッタ自体が変形したり消耗したりし、耐久性の面で課題があった。
【0004】
その一方で、カーボンナノチューブ(CNT)は、製造されたままで電界放出に適した形態と物理化学的特性とを備えることから、このCNTをエミッタ材料として用いる研究も広く行われている。CNTからなるエミッタは、針状への加工が不要であること、消費電力が少ない等の利点がある。CNTをエミッタ材料として用いる従来技術としては、例えば、特許文献1が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-33922号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる電界放出の利用は、電化製品や医療器具等における電子源、発光素子、X線発生源等としての応用が為されているが、例えばポータブルの電化製品や医療器具に応用する場合、電界放出を生じさせるための条件が緩和されることが好ましい。また、電化製品や医療器具の高性能化の一環として、例えば、電界放出の安定性や耐久性等の点で更なる改善が期待されている。
【0007】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、比較的低い真空環境においても安定して電子を放出することができる電界放出装置を提供することである。また他の側面において、この電界放出装置を実現する電界放出膜を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、結晶性の高いカーボンナノチューブをエミッタ材料として採用することで、従来よりも低い(緩い)真空環境において電界放出が可能となることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明によって提供される電界放出装置は、エミッタと、電界発生部と、を備える。上記エミッタは、ラマン分光分析によって測定されるG/D比が50以上のカーボンナノチューブ(Carbon Nanotube:CNT。以下、単に「CNT」とも表記する。)を含む。そして少なくとも10-5Paを超える減圧下において電界を印加されることで電子が放出される。かかる構成によると、上記減圧下で電界放出電流を安定して得ることができる電界放出装置が実現され得る。
【0010】
ここで開示される電界放出装置の好ましい一態様では、前記CNTは、主として単層カーボンナノチューブ(Single-walled carbon nanotube:SWNT。以下、単に「SWNT」とも表記する。)を含む。SWNTは、多層カーボンナノチューブ(Multiwalled carbon nanotube:MWNT。以下、単に「MWNT」とも表記する。)に比べて直径(チューブ径)の小さいCNTが得られやすく、本発明のエミッタ材料として好適に用いることができる。
【0011】
ここで開示される電界放出装置の好ましい一態様では、CNTの平均直径は、0.4nm以上10nm以下(好ましくは0.5nm以上3nm以下)である。このように細いCNTをエミッタとして用いることでその先端に電場を集中させやすく、電界放出に必要な強電場が実現されやすくなるため好ましい。
【0012】
ここで開示される電界放出装置の好ましい一態様では、CNTは、複数のものが絡み合うことでバインダなしで一体化されることで膜を構成している。かかる構成によると、樹脂等のバインダを含むことなく複数のCNTからエミッタを構成することができる。これにより、バインダに起因する電気抵抗率の増大等の問題が生じ難いために好ましい。
【0013】
ここで開示される電界放出装置の好ましい一態様では、CNTの平均アスペクト比が、100以上(好ましくは500以上、さらに好ましくは800以上)である。このような平均アスペクト比を有するCNTを用いることで、例えば上記の膜状のCNTを構成した場合に膜強度を高めることができ、耐久性に優れた電界放出装置が実現される。
【0014】
ここで開示される電界放出装置の好ましい一態様では、10-1Pa以上の減圧下において電界を印加されることで電子が放出される。かかる構成によると、電界放出のための真空環境条件を大きく緩和することができる。そのため、真空系を用意するための排気装置の簡素化、低性能化、小型化等を図ることができる。例えば、ポータブルで、使用場所等の制限が緩和された電界放出装置が実現され得る。
【0015】
ここで開示される電界放出装置の好ましい一態様では、上記減圧の雰囲気は大気を含む。かかる構成によると、電界放出のために真空系に導入するガスを別途用意する必要がない。このことによっても、真空系を用意するための装置の簡素化、低性能化、小型化等を図ることができる。その結果、例えば、ポータブルで、使用場所等の制限が緩和された電界放出装置が実現され得る。
【0016】
以上のように、所定の良好な結晶性を備えるCNTをエミッタとして用いることで、単に例えば10-5Pa以下という高真空環境下における電界放出特性が改善されるのみならず、10-5Paを超える減圧下においても電界放出が可能とされる。そこでここに開示される技術は、他の側面において、電界放出膜を提供する。この電界放出膜は、複数のCNTが絡み合うことでバインダなしで一体化された膜状体を含む。ここで上記CNTは、ラマン分光分析によって測定されるG/D比が50以上である。そして、この電界放出膜は、少なくとも10-5Paを超える減圧下において電界を印加されることで電子が放出される。
【0017】
また他の側面において、ここに開示される技術は、電界放出方法を提供する。この電界放出方法は、ラマン分光分析によって測定されるG/D比が50以上のカーボンナノチューブを用意すること、上記カーボンナノチューブを少なくとも10-5Paを超える減圧下におくこと、および、上記カーボンナノチューブに電界を印加すること、を含む。これにより、例えば10-8Paレベルの超高真空環境を用意することなく、10-5Paを超える減圧下で、安定して電界放出を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】一実施形態にかかる電界放出装置の概略を示した模式図である。
図2】(a)~(c)は、実施例で使用した例1~3のカーボンナノチューブシートの電子顕微鏡像である。
図3A】電界放出装置の電界放出(J-V)特性を例示したグラフである。
図3B図3Aのデータの一部を拡大して示したグラフである。
図4A】電界放出装置の電界放出安定性を例示したグラフである。
図4B図4Aのデータの一部を拡大して示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書及び図面に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0020】
ここで開示される電界放出方法は、以下の工程(S1)~(S3)の工程を包含する。これにより、10-5Paを超える減圧下において電界放出を実現することができる。
(S1)ラマン分光分析によって測定されるG/D比が50以上のCNTを用意する。
(S2)このCNTを少なくとも10-5Paを超える減圧下に配置させる。
(S3)CNTに電界を印加する。
【0021】
以上の電界放出方法は、ここに開示される電界放出装置を用いることで好適に実施することができる。図1は、一実施形態に係る電界放出装置1の構成を示す断面概略図である。この電界放出装置1は、本質的に、エミッタ2と、電界発生部3とを備えている。エミッタ2は、上記のCNT21を含んでいる。CNT21の性状については後で詳しく説明する。また、電界発生部3は、例えば、導電性基板31およびゲート電極32により構成されている。エミッタ2は、例えば導電性基板31の表面に配置される。また、導電性基板31は、ステージ4に支持されている。導電性基板31およびゲート電極32は電源5に接続されている。また、エミッタ2および電界発生部3は、チャンバ6内に収容されている。チャンバ6には、排気装置7が接続されている。以下、電界放出装置1の各構成要素について説明した後、電界放出方法について説明する。
【0022】
エミッタ2は、強電界(例えば、10V/cm以上のオーダーの電界)中において電子の放出が行われる部材である。このエミッタ2は、CNT21を含んでいる。CNTはナノメートルオーダーの直径に対して長さが十分に長く、その特異な構造により電界で電子を放出させるための電界放出電圧を低化させることができる点において好適である。また一般に、エミッタとして金属材料を使用した場合、電界放出は超高真空雰囲気(典型的には、10-8Pa以下の雰囲気)下でないと安定させることができない。また、かかる超高真空下においても電圧印加開始直後は、放出電流が不安定となり得る。これに対し、ここに開示される電界放出装置1は、極めて結晶性の高いCNT21を用いてエミッタ2を構成することで、従来よりも緩い減圧環境(例えば少なくとも10-5Paを超える減圧雰囲気)であっても、電界によるCNT内の電子の移動をスムーズかつ低抵抗で実現可能とする。これによって、CNT21におけるジュール熱の発生が低減されて、CNTの劣化や燃焼といった問題も抑制される。延いては、10-5Paを超える減圧雰囲気であっても、電界放出電流の短期的な変動が少なく、長期に亘って安定した電界放出が可能な電界放出装置1を実現することができる。この電界放出装置1によると、例えば、10-5Paを超える真空環境下において、極めて高い(例えば1mA/cm以上の)電界放出電流を安定して得ることができる。
【0023】
CNT21の結晶性は、例えば、ラマン分光分析により得られるG/D比によって評価することができる。CNT21は、G/D比が50以上の高結晶性のものを好ましく用いることができる。G/D比が大きいCNTほど、表面欠陥が少なく、スムーズで低抵抗な電子伝導および放出が可能となる。CNTのG/D比は、70以上のものがより好ましく、90以上のものがさらに好ましく、100以上のものが特に好ましい。CNT21のG/D比の上限は制限されず、例えば、120以上、130以上、150以上、180以上、200以上のものを特に好適に用いることができる。なお、生産性やコストの観点からは、例えば、G/D比は500以下、典型的には400以下、例えば300以下であってもよい。
【0024】
なお、本明細書における「G/D比」とは、CNTについてのラマンスペクトルにおいて、1590cm-1付近に見られるグラファイト(六角網面)構造に由来のG-bandと呼ばれるピークと、1350cm-1付近に見られる欠陥およびアモルファスカーボン(以下、欠陥等という。)に由来するD-bandと呼ばれるピークとのピーク強度比を意味する。このG/D比を用いることでCNTの欠陥等の割合を評価することができ、G/D比の高いものが欠陥等が少なく、品質(結晶性)が高いといえる。このG/D比は、例えば、ラマン分光光度計(例えば、B&W Tek社製、innoRam)を用いて行うことができる。
【0025】
CNT21の直径(チューブ径)は上記G/D比が実現される限り特に制限されないが、電界を集中させやすいとの観点から30nm以下、さらには概ね10nm以下であることが好ましい。なお、CNTが複数含まれる場合は、この値(ここでは直径)は平均値により把握することができる(以下同様)。CNTの直径の平均値は、好ましくは8nm以下、より好ましくは6nm以下、さらに好ましくは5nm以下、特に好ましくは3nm以下、例えば2nm以下であり得る。CNTの平均直径の下限は特に限定されないが、約0.4nm以上にすることが適当であり、例えば0.5nm以上であってよく、1nm以上とすることができる。例えば、CNTの平均直径が0.5nm以上3nm以下(例えば、0.7nm以上2nm以下、より好ましくは1nm以上2nm以下)とすることができる。
【0026】
なお、CNTの平均直径や、後述の平均長さ、平均アスペクト比等に係る寸法は、電子顕微鏡観察により、20以上のCNTについて測定した値の算術平均値である。電子顕微鏡としては、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)等を用いることができる。また、CNTの各寸法の測定に際しては、CNTの形態にダメージが発生しない手法によって分散処理を行うとよい。
【0027】
CNT21は、上記のとおりG/D比が所定の条件を満たす限りにおいて他の形態に制限はない。例えばCNTは、単層カーボンナノチューブ(SWNT:例えば1~3層、典型的には1層または2層)であってもよく、多層カーボンナノチューブ(MWNT:例えば4~200層、典型的には4~60層)であってもよい。しかしながら、上述のとおりより細い直径を備え得るとの観点からは、CNTはSWNTであることが好ましい。CNTがSWNTであることで、電界放出電圧を低減しやすくなるとともに、G/D比の高いCNTが得られ易くなる。また、SWNTにおいては構成原子が全て表面原子となるため、隣接するSWNT間のファンデルワールス力による凝集が生じやすい。さらにG/D比の高いSWNTは、表面欠陥が少ないことからかかるファンデルワールス力も強くなり得る。したがって、ここに開示される技術においては、SWNTから成るバンドル構造が通常よりも太いものとして形成され得る。かかるバンドル構造において個々のSWNTの長さは通常異なることから、バンドルが太くなることは必ずしもバンドルの端部のCNTの直径を長径化することにはつながらない。また一般にバンドルの形成は敬遠されるが、かかるG/D比の高いSWNTについては、バンドルの形成によって強電界に曝された場合や電荷放出により衝撃が発生した場合等にCNTの破損を抑制することができて好ましい。したがって、SWNTは、例えば、CNT全体の50質量%以上、好ましくは70質量%以上、より好ましくは90質量%以上、特に好ましくは95質量%以上(実質的に全て)であることが好ましい。また、SWNTについても、チューブが1層の1層CNTの割合が多いことが好ましい。したがって、SWNT全体に占める1層CNTの割合は、50質量%以上、好ましくは70質量%以上、より好ましくは90質量%以上、特に好ましくは95質量%以上(実質的に全て)とすることができる。このとき、SWNTの残部はチューブが2層の2層CNTであることが好適である。
【0028】
また、CNTは、合成時に使用された触媒金属等を含み得る。この触媒金属は、例えば、Fe,Coおよび白金族元素(Ru,Rh,Pd,Os,Ir,Pt)からなる群から選ばれる少なくとも一種の金属またはこの金属を主体とする合金であり得る。このような触媒金属は、典型的には微粒子(例えば平均粒径3nm~100nm程度)の形態でCNTに含まれ得る。しかしながら、電界放出においてこれらの金属は不純物となり得る。したがって、ここに開示されるCNT21において、エミッタ2を構成する材料に占めるCNTの割合、換言すると、エミッタ2を構成する材料に占める炭素原子(C)の割合は、85at%以上であることが好ましく、90at%以上がより好ましい。炭素原子(C)の割合は、95at%以上であってよく、99at%以上が炭素原子であってもよく、実質的に炭素原子のみからなるCNTであってもよい。このようなCNTは、後述するCNT製造方法により得られた生成物に任意の後処理(例えば、アモルファスカーボンの除去、触媒金属の除去等の精製処理)を施すこと等で用意することができる。
【0029】
なお、エミッタ2は、単数または複数のCNT21を備えることができる。複数のCNT21を備えることで、電子電流を増大させることができる。エミッタ2が複数のCNT21を備える場合、これらは例えば電界の向きに沿って(例えば導電性基板31にほぼ垂直に)配置されていてもよい。これによりCNTの先端により電界が集中しやすくなるとともに、CNTの先端から外部に電子を引き出し易くなるために好ましい。このような基板にほぼ垂直なCNTは、アレイ状ないしはパターン状に備えられていてもよい。
【0030】
その一方で、CNT21は、複数のものが重なりあったり絡み合ったりすることで、不織布のような膜状体を構成していてもよい。結晶性の高いCNTは、その表面に欠陥が無いことから、一般的なCNTよりもファンデルワールス力が強く作用して太いバンドルを構成しやすい。また、かかるバンドル間にもファンデルワールス力が作用する。したがって、CNTからなる膜状体は、バインダなしで安定に一体化され得る。膜状体において、CNTは大きく湾曲していてもよい。従来は、密集状態(例えば膜状体)にあるCNTは、電界遮蔽効果により電界放出が妨げられると考えられていた。しかしながら、基板に垂直に配向させたCNTはその作製に手間とコストがかかり、またアレイ状ないしはパターン状に備えることで、二次元平面で電子放出にムラが発生するという欠点があった。これに対し、上記のとおりG/D比が高いCNTについては、かかる膜状体から突出した僅かなCNTの先端から電界放出が好適に行われ得る。また、CNTが絡み合って膜を構成していることにより、エミッタ材料としての高い強度も備え得る。したがって、G/D比が高いCNTについては、CNTが膜を構成していることも好ましい態様であり得る。これにより、二次元平面でほぼ均一に電子放出することができる電界放出装置1が実現される。また、CNT21が膜状体であることにより、長期に亘って繰り返し電界放出を行った場合でも、CNT21が破損したり、飛散したりするのを抑制することができる。さらに、CNT21が破損した場合でも、より内部に位置していたCNTが表面に露出されることにより、当該露出されたCNTにより電界放出を行うことができ、長寿命名エミッタ2を実現することができる。
【0031】
また、CNTの膜状体はバインダを含まずに構成することができる。CNT膜状体がバインダを含まないことで、抵抗成分を低減することができる(好ましくは、実質的に含まない)。また、CNT膜状体がバインダを含まないことで、電界を印加してジュール熱が発生した際にバインダからの分解ガスの放出等が生じないため、真空環境を清浄に保つことができる点においても好ましい。かかるCNTの膜状体は、必ずしもこれに制限されるものではないが、例えば、CNTを合成したときに得られるバッキーペーパー(紙状CNT)やこれを所望の形状に加工したものなどであってよい。
【0032】
なお、CNT21が膜状体を構成している場合、膜に含まれるCNTの数が少ないと電界放出部となり得る先端部の数も相対的に小さくなり得る。したがって、膜状体には一定量以上のCNTが含まれていることが好ましい。かかる観点から、膜状体の密度(かさ密度)は、例えば、0.01g/cm以上とすることができ、0.05g/cm以上が好ましく、0.1g/cm以上がより好ましく、0.3g/cm以上が特に好ましい。しかしながら、CNT21が絡み合った構成の膜状体の密度を一定値以上に高めることは、CNTの高靱性等に基づき比較的困難であり得る。また、各CNT間にある程度の空隙が存在することで、ジュール熱が発生した場合の放熱性を確保することができて好ましいる。したがって膜状体の密度は、おおよそ5g/cm程度以下とすることができ、3g/cm以下が好ましく、2g/cm以下がより好ましく、1g/cm以下が特に好ましい。ここに開示される技術において、膜状体にあるCNT21の密度は、例えば、0.1g/cm以上2g/cm以下(典型的には、0.2g/cm以上0.8g/cm以下)の態様にて好ましく実施できる。かかる密度は、膜状のCNTの見かけの体積(例えば、平面積と厚みとの積)と質量とを測定することで、「質量÷見かけの体積」として算出することができる。
【0033】
CNT21の平均長さは特に制限されないが、典型的には1μm以上であることが適当である。上記のとおり基板にほぼ垂直にCNTを設ける場合には、CNTの長さの平均値はCNTの成長に応じて適宜設定することができる。一方で、膜状のCNTを用いる場合は、個々のCNTの長さは長いものであることが、互いに強く絡み合えるために好ましい。例えば、CNTの平均長さは、典型的には5μm以上、好ましくは10μm以上、より好ましくは20μm以上、更に好ましくは30μm以上(30μm超)、例えば50μm以上(50μm超)とすることができる。CNTの平均長さの上限は特に限定されないが、概ね1000μm以下(例えば500μm以下)程度目安とすることができる。
【0034】
また、CNT21の平均アスペクト比(CNTの平均長さ/平均直径)は、厳密に規定されるものではないが、例えば100以上であってよく、典型的には500以上である。CNTのアスペクト比が大きいほど、CNT同士が機械的に絡み合いやすくなり、エミッタ材料としての機械的強度が好適に高められる。また、G/D比が高いCNTについては、アスペクト比が高すぎることについての弊害は見当たらない。したがって、CNTの平均アスペクト比は、好ましくは250以上、より好ましくは500以上、さらに好ましくは800以上、特に好ましくは1,000以上である。CNTのアスペクト比の上限は特に限定されないが、製造容易性等の観点から、例えば50,000以下にすることが例示される。例えば、CNTの平均アスペクト比は500以上5,000以下が好適である。
【0035】
なお、CNT21のカイラリティも特に制限されず、いわゆるアームチェア型、らせん型、ジグザグ型のいずれであってもよく、これらのいずれか1つが単独で含まれていてもよいし、2以上の型が混合して含まれていてもよい。またCNTは、カイラリティにより金属的性質を示すか半導体的性質を示すかが異なることが知られている。そのため、CNTは金属的性質を示すCNTから構成されていることが好ましい。例えば、CNTの全体の50質量%以上、好ましくは70質量%以上、より好ましくは90質量%以上、例えば95質量%以上が金属的性質を示すCNTであることが好ましい。これにより、電界放出に際しての抵抗が低減され得る。
【0036】
電界発生部3は、上述のとおり、導電性基板31と、ゲート電極32を備えている。導電性基板31は、エミッタ2を支持、固定する。導電性基板31は、エミッタ電極としての機能を備える。ゲート電極32は、電性基板31およびエミッタ2に対向して配置される。このゲート電極32は、エミッタ2から電子を引き出す引き出し電極としての機能を備える。本例におけるゲート電極32は、メッシュ材である。これら導電性基板31およびゲート電極32は、各種の良導電性材料により構成することができる。そのような良導電性材料については特に制限されないが、例えば、アルミニウム、銅、ニッケル、チタン、鉄、タングステン等の金属またはこれらの金属を主体とする合金、酸化インジウムスズ、酸化アンチモンスズ、酸化レニウム等の導電性酸化物、炭素または炭素を主体とするカーボンコンポジット(複合体)等が挙げられる。本例では、導電性基板31はアルミニウムにより構成されているが、例えばステンレス等により構成することも好適である。また、ゲート電極32は、線径0.05mm、目開き0.8mmのタングステン30メッシュにより構成されている。また、導電性基板31とゲート電極32とは、ほぼ平行に配置されている。これら導電性基板31およびゲート電極32は、電源5に接続されている。
【0037】
チャンバ6は、上記のエミッタ2と電界発生部3とを収容し、密閉できる各種の密閉構造を採用することができる。チャンバ6は、具体的には図示しないが、例えば、容器とシール部材とを備えている。チャンバ6は、例えば、10-5Pa超の減圧に耐え得るものであればその構成は特に制限されない。特に制限されるものではないが、吸蔵しているガスの放出が比較的少ないことから真空容器として多用されているステンレス鋼製密閉容器を好ましく採用することができる。また、チャンバ6には、排気装置7が接続されている。一般的な電界放出装置においては、超高真空までの排気が可能な主ポンプと、大気圧からこの主ポンプの動作領域まで排気するための補助ポンプとを併用する必要がある。しかしながら、上記のとおり、ここに開示される技術によると、電界放出は10-5Paを超える減圧環境で実現され得ることから、排気装置7としては、いわゆる従来の補助ポンプと呼ばれるポンプのみを備えることもできる。ただし、排気装置7として、高真空まで排気できる主ポンプの使用を排除するものではない。主ポンプとしては、例えば、ターボ分子ボンプやスパッタイオンポンプ、ゲッターポンプなどが挙げられる。補助ポンプとしては、例えば、油回転型真空ポンプ(ロータリーポンプ)、拡散ポンプ、揺動ピストン型真空ポンプ等が挙げられる。このポンプは、電界放出装置1の用途や目的に応じた容量・仕様のものを適宜選択することができる。
【0038】
S1.CNTの用意
ここに開示される電界放出方法では、工程S1において、エミッタ2として、上記の高G/D比を備えるCNT21を用意する。かかるCNT21は、例えば、流動気相CVD法によって好ましく合成することができる。流動気相CVD方法では、まず、炭素原料とともに触媒(または触媒前駆体)や反応促進剤(好ましくは有機硫黄化合物)を含む溶液を、高温の加熱炉に噴霧して導入する。このことにより、流動する気相中で炭素原料を熱分解させてCNTを合成する。かかる方法において、噴霧条件や反応場条件を適切に制御することで、G/D比が従来に比して高められたCNTを、所望の寸法のものとして得ることができる。ここで制御条件としては、一例として、加熱炉温度を1300℃以上1400℃以下程度の高温とすることや、気相流動のためのキャリアガスとして還元性ガス(例えばHガス)を用いること等が挙げられる。これにより、上記の高G/D比のCNTを得ることができる。かかるCNTは、典型的には、極少量(例えば5質量%以下)のMWNTを含むSWNTが網状ないしは薄シート状に連なったバッキーペーパーの形態で得ることができる。このバッキーペーパーを、例えば所望の膜状体となるよう圧縮および成形することで、SWNT膜とすることができる。なお、CNT21は、例えば市販の高結晶度のCNT(例えば粉末状)やCNTシートを入手することで用意してもよい。かかるCNTやCNTシートとしては、例えば、株式会社名城ナノカーボン製の「EC1.0」、「EC1.5」、「EC2.0」、「1.5-P」等を採用することができる。
【0039】
S2.CNTを減圧下に配置
工程S2においては、用意したCNT21を少なくとも10-5Paを超える減圧下に配置する。ここで上記の電界放出装置1を使用する場合、例えば、用意したCNT21を導電性基板31に載置、固定する。固定の方法は特に制限されず、例えば、市販の導電性接着剤や導電性ペーストを用いることができる。例えば、CNT21および導電性ペースト等を混練してCNTペーストとし、これを導電性基板31上に塗布し、乾燥させることで、導電性基板31上にCNT21を固定することができる。あるいは、例えば、導電性基板31上に導電性ペーストを塗布したのち、その上にCNT21を載置して乾燥させることで、導電性基板31上にCNT21を固定することができる。
【0040】
その後、導電性基板31をチャンバ6内のステージ5に固定し、ゲート電極32を所定の間隔をもって設置する。導電性基板31とゲート電極32との間の距離は、CNT21の形態や具体的な結晶性(G/D比)、必要な電界放出特性等にもよるため一概には言えないが、例えば、0.2mm以上20mm以下程度、好適には0.5mm以上5mm以下程度とすることが例示される。
【0041】
次いで、チャンバ6を密閉し、排気装置7を作動させることでチャンバ6内の圧力を減圧する。減圧時のチャンバ6内のガスは、大気であってもよい。しかしながら、減圧後のチャンバ6内の残留ガスの種類によってはエミッタ2の電子放出面の仕事関数が増加し得る。したがって、必ずしも必要ではないが、所望の電界放出特性に応じて、減圧前にチャンバ6内のガスを所定のガス(例えば、Ar,Ne等の希ガス、N等)でパージしておいてもよい。ここに開示される技術において、電界放出を実現するための圧力(到達圧力)は、10-5Paを超える圧力(例えば、10-5Pa超過10Pa以下程度)とすることができる。JIS Z8126-1:1999によると、10-5Pa以下の真空を「超高真空」と定義していることから、ここに開示される技術によると、チャンバ6内の圧力を、例えば、10-5Pa超過0.1Pa-1以下の「高真空」や、0.1Pa-1超過10Pa以下の「中真空」とすることができる。チャンバ6内の圧力は、ここに開示される技術の利点をより明瞭に発揮させるとの観点からは、10-4Pa以上が好ましく、10-3Pa以上がより好ましく、10-2Pa以上が特に好ましく、10-1Pa以上が更に好ましく、例えば、10Pa以上としてもよい。なお、電界放出のための真空度の下限は厳密には規定されないが、例えば、放出電流の安定性を確保するとの観点から、10Pa以上とすることができる。なお、ここに開示される電界放出装置1においても、電界放出雰囲気(チャンバ内圧力)を10-5Pa以下の超高真空とすることで、より優れた電界放出特性が実現され得ることは言うまでもない。
【0042】
S3.CNTへの電界の印加
工程S3では、CNTに電界を印加する。具体的には、電源5によって導電性基板31およびゲート電極32の間に電圧を印加することで、導電性基板31およびゲート電極32の間に配置されたエミッタ2に電界を印加する。導電性基板31およびゲート電極32間に印加する電圧は、使用するCNTのG/D比やその形態等にもよるため特に制限されない。例えば、膜状CNTをエミッタ材料とした場合の電界放出に際しては、印加電圧は、10V以上とすることができ、200V以上が好ましく、400V以上がより好ましい。また、かかる印加電圧は、3000V以下とすることができ、2000V以下が好ましく、1500V以下がより好ましく、例えば、1200V以下とすることができる。これにより、エミッタ2としてのCNT21の先端から、電子を放出させることができる。なお、上記電圧は、例えば、汎用されている乾電池等の公称電圧でカバーされ得る。したがって、省電力な電界放出装置1が実現される。
【0043】
<用途>
ここに開示される電界放出装置は、エミッタとして高G/D比のCNTを使用することから、上記のように比較的緩やかな真空条件での電界放出を安定的に実現することができる。したがって、例えば電界放出の都度、減圧環境を用意する必要のある用途においては、排気装置として簡素化された構成のものを採用することができる。また、エミッタとして高G/D比のCNTを使用することから、電源についても簡素化された構成(例えば省電力設計)のものを採用することができる。これらのことから、ここに開示される技術により、例えば、比較的コンパクトで、使用場所等の制限の少ない電界放出装置が提供される。このような電界放出装置は、電化製品や医療器具等における電子源、発光素子、X線発生源等として好適に利用することができる。とりわけ、据え置き型ではなく、ポータブル(可搬型)の電化製品や医療器具に特に好ましく用いることができる。
【0044】
また、上記CNTの膜状体は、取り扱いが容易であり、また耐久性に優れたものであり得る。したがって、ここに開示された技術により、かかるCNTからなる膜状体は、10-5Paを超える減圧下において電界を印加されることで電子が放出される電界放出膜としても提供され得る。この電界放出膜は、上記電界放出装置におけるエミッタ2のスペアとしてだけではなく、各種の用途に利用することができる。例えば、かかる電界放出膜を10-5Paを超える減圧下において帯電している部材に接触させる。このことにより、かかる部材に滞留していた電子をこの電界放出膜を通じて外部に放出することができる。すなわち、帯電している部材を除電することができる。このことは、例えば真空を伴う半導体製造プロセスにおいて、帯電しているウェハや基板等の物品の除電にこの電界放出膜を好適に利用できることを意味している。例えば、電界放出膜は、除電部材として利用することもできる。
【0045】
以下、本発明に関する具体的な実施例につき説明するが、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0046】
G/D比が異なる複数のシート状のCNTを用意した。具体的には、例1のCNTとして株式会社名城ナノカーボン製の「EC1.5」を、例2のCNTとしてJFEエンジニアリング株式会社製の「高純度CNTテープ」(幅2~5mm、厚さ0.1mm)を、例3のCNTとして株式会社名城ナノカーボン製のSWNTシートを用いた。例1のCNTシートは、CVD法により作製した主としてSWNTからなるシートである。例2のCNTシートは、アーク放電法により作製したMWNTからなるシートである。例3のCNTシートは、アーク放電法により作製したSWNTからなるシートである。これらのCNTシートは、いずれもバッキーペーパーを成形したものであり、いずれのシートにもバインダは含まれていない。
【0047】
例1~3のCNTシートのSEM像を図2(a)~(c)にそれぞれ示した。また、各例に係るCNTシートについてラマン分光分析を行い、得られたカーボンナノチューブのラマンスペクトルからG/D比を算出して表1に示した。また、参考のために、各例に係るCNTシートの嵩密度と、これを構成するCNTの平均直径を併せて示した。
【0048】
【表1】
【0049】
図2(a)~(c)に示されるように、例1のCNTシートは、CNTのバンドルが湾曲して互いに重なり合い絡み合っているものの、表面が比較的滑らかであり、異物の存在は殆ど確認できなかった。また、例2のCNTシートは、例1と比較してCNTのバンドルが太く、直線的なCNTからなることが確認された。また、CNTの表面には荒れた様子が見られ、不純物が付着している様子が確認できた。例3のCNTシートは例1よりもバンドルが細く湾曲の度合いが大きいCNTからなり、触媒金属らしき粒子が多数含まれていることが確認できた。
【0050】
これらのCNTシートにおけるCNTのG/D比は、表1に示すように、SEM観察の結果をおおよそ反映するものであった。すなわち、例1のCNTシートは、本明細書において不純物と薄くなく欠陥の少ない(結晶性の良い)SWNTから構成されていると判断される。これに対し、例2のCNTシートは欠陥が多く結晶性が劣るMWNTから構成され、また例3のCNTシートは不純物の多いSWNTから構成されていると判断される。
【0051】
(電界放出装置)
上記で用意したCNTシートを直径10mmの円形に切り出してエミッタとした。このエミッタを、直径35mmのアルミニウム製基板(カソード電極)に銀ペーストで固定した。このエミッタ付きカソード電極を、チャンバ内のステンレス製ステージ上に載置した。また、チャンバ内のカソード電極に対向する位置に、メッシュ状のゲート電極を配置した。カソード電極とゲート電極との間には絶縁性のセラミックガラスをスペーサとして挿入し、両電極を約1mm離間するように調整した。また、カソード電極およびゲート電極は電源装置に接続した。これにより、電界放出装置を作製した。
【0052】
(FE特性)
その後、チャンバ内を排気し、(a)約10-1Paまたは(b)約10-6Paを目安に減圧した。なお、チャンバ内のガスは特に置換することなく大気のままとした。次いで、カソード電極に電圧を印加し、電圧とエミッタから放出される電子電流とを測定することで、電界放出特性を調べた。その結果を図3Aおよび図3Bに示した。
【0053】
図3Aは、チャンバ内の圧力を(a)約10-1Pa(以下、中真空という場合がある。)としたときと、(b)約10-6Pa(以下、高真空という場合がある。)としたときの電界放出特性を併せて示したグラフである。図3Bは、図3Aのうち、チャンバ内圧力を(a)中真空にしたときの結果について、低電流部分を拡大したグラフである。なお、例3の電界放出装置については、放電によりエミッタであるCNTシートが破損し安定した測定ができなかったため、図3Aには(a)中真空における測定結果のみ表示している。
また、図3Aおよび図3Bに示す各電界放出時のチャンバ内圧力の実測値は、例1の(a)中真空が3.56×10-1Pa、(b)高真空が5.63×10-6Paであり、例2の(a)中真空が1.74×10-1Pa、(b)高真空が2.30×10-6Paであり、例3の(a)中真空が5.88×10-1Paであった。
【0054】
図3Bに示すように、例1~3の電界放出装置のいずれも、約10-1Paの中真空において約500Vと低い電圧から電子放出を開始し、電子放出開始電圧自体に大きな差異はないことがわかった。一方、図3Aに示すように、例1の装置は高真空環境だけでなく中真空環境においても高い電界放出が生じることが確認された。例1の装置の電子放出電流は、(b)約10-6Paのときに約35mA/cm、(a)約10-1Paのときに約8mA/cmが観測された。なお、例2の装置の(b)約10-6Paのときの電子電流が約5mA/cmであることから、例1の装置の中真空におけるFE特性は、例2の装置の高真空におけるFE特性よりも大幅に優れたものであることが確認できた。
【0055】
これらのことから、上記の例1の装置の優れたFE特性は、エミッタとして使用したCNTの形状的なものではなく、結晶性の良好な点に基づいて発現されたものであると考えられる。つまり、例1のCNTは、チューブを構成するグラファイト構造に欠陥が少なく、強電界を印加されたときに電子がCNT内を先端までスムーズに移動でき、容易に外部に引き出される。このようなCNTの欠陥の少なさは、ラマンスペクトルにおけるD-bandのピークが小さく観測されることに繋がり、その結果、G/D比は大きくなる。このことは、上記表1に示したG/D比の結果によく一致するものである。また、例1の装置によると、同一のエミッタについて電界放出を繰り返し(本例では、大きなダメージなく3回以上。)行えることが確認できた。
【0056】
例2のCNTは比較的G/D比が高いものではあるが、それでもなおFE特性を評価する上では十分ではないといえる。なお、例3のCNTは不純物が多く結晶性が劣るため、放電の直後からシート中のCNTが燃えるような現象が観察され、CNTシートがめくれあがったり飛散したりし、目視によっても大きなダメージが発生することが確認された。
【0057】
(FE電流安定性)
次に、上記と同様の例1~3のCNTシートを用いて電界放出装置を用意し、チャンバ内を(a)約10-1Paまたは(b)約10-5Paに減圧した。このときチャンバ内のガスは特に置換することなく大気のままとした。そして、初期電流密度がおよそ0.5mA/cmとなるように例1~3のCNTシートに印加する電圧を調整し、その後の電流の減衰の様子を測定した。なお、例1における印加電圧は953Vであり、例2については455Vであり、例3については1337Vであった。その結果を図4Aおよび図4Bに示した。
【0058】
図4Aは、チャンバ内の圧力を(a)約10-1Pa(以下、中真空という場合がある。)としたときと、(b)約10-6Pa(以下、高真空という場合がある。)としたときの電界放出特性を併せて示したグラフである。図4Bは、図4Aのうち、チャンバ内圧力を(a)中真空にしたときの結果について、測定初期の低電流部分を拡大したグラフである。なお、例3のCNTについては、放電によりシートが破損し安定した測定ができなかったために、図4Aには(a)中真空における測定結果のみ表示している。
また、図4Aおよび図4Bに示す各電界放出時のチャンバ内圧力の実測値は、例1の(a)中真空が1.04×10-0Pa、(b)高真空が7.16×10-5Paであり、例2の(a)中真空が2.69×10-1Pa、(b)高真空が3.30×10-5Paであり、例3の(a)中真空が6.00×10-1Paであった。
【0059】
図4Aに示すように、例1~2の装置によると、約10-5Paの高真空において1mA/cmを超える電界放出電流を12時間以上に亘って維持できることが確認できた。ここで、例1についてはFE電流が大きな変動もなく比較的安定して推移、維持されるのに対し、例2についてはFE電流値の変動が大きく、安定性に欠けることが確認された。なお、従来より、エミッタ材料としてCNTを用いる場合、SWNTでは耐久性に乏しいことから専らMWNTが用いられてきた。これは、MWNTが、SWNTが入れ子状になった構造を有するとみなし得ることから、例えばFEによって最外層のSWNTが破損したとしても内側のSWNTにより放電が可能となる、との考え方によるものである。しかしながら、電界放出によるCNTの破損は、CNTの結晶構造における欠陥においてジュール熱が発生することに起因すると考えられる。したがって、エミッタとして欠陥が少なく結晶性の高いCNTを用いれば、電界放出時のジュール熱の発生自体を抑制することができる。したがって、図4Aに示すように、長時間に亘って安定したFE特性を示し得ることが確認された。
【0060】
また図4Bに示すように、例1の装置は、(a)中真空において単位面積当たりの電界電流は減少するものの、0.05~0.1mA/cm程度の電界放出電流を12時間以上に亘って維持できることが分かった。このことは、この電界放出装置を汎用のX線源などとして応用する場合に極めて有利な効果となる。これに対し、例2の装置については(a)中真空において電界電流が観測され得るもののその電流値は極めて小さく、実用レベルではないといえる。また、例3の装置は電界の印加と同時にCNTシートが破損してしまい、安定した電界放出は困難であることがわかった。
【0061】
以上、本発明の一実施形態に係る電子デバイス用電極構造体を説明したが、本発明に係る電子デバイス用電極構造体は、上述した何れの実施形態にも限定されず、種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0062】
1 電界放出装置
2 エミッタ
21 カーボンナノチューブ
3 電界発生部
31 導電性基板
32 ゲート電極
4 ステージ
5 電源
6 チャンバ
7 排気装置
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B