(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-25
(45)【発行日】2022-05-09
(54)【発明の名称】質量分析装置及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20220426BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20220426BHJP
【FI】
G01N27/62 D
G01N27/62 E
H01J49/00 400
(21)【出願番号】P 2020522426
(86)(22)【出願日】2018-05-29
(86)【国際出願番号】 JP2018020520
(87)【国際公開番号】W WO2019229839
(87)【国際公開日】2019-12-05
【審査請求日】2020-09-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【氏名又は名称】吉本 力
(72)【発明者】
【氏名】藤本 穣
(72)【発明者】
【氏名】山本 英樹
【審査官】佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-286568(JP,A)
【文献】特開2012-122871(JP,A)
【文献】特開2012-225862(JP,A)
【文献】国際公開第2015/079529(WO,A1)
【文献】特表2016-520967(JP,A)
【文献】特開2010-117377(JP,A)
【文献】特開2006-329896(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC
G01N 27/62-G01N 27/70、
H01J 40/00-H01J 49/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料をイオン化して質量分析を行うことによりMSスペクトルデータを取得するMSスペクトルデータ取得処理部と、
前記MSスペクトルデータに基づいてプリカーサイオンを選択するプリカーサイオン選択処理部と、
選択された前記プリカーサイオンを開裂させて質量分析を行うことによりMS/MSスペクトルデータを取得するMS/MSスペクトルデータ取得処理部と
、
前記MS/MSスペクトルデータ取得処理部により取得されたMS/MSスペクトルデータを表示させる表示処理部とを備え、
前記プリカーサイオン選択処理部は、質量電荷比の異なるプリカーサイオンを順次選択して、前記MS/MSスペクトルデータ取得処理部により各プリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを取得させるものであり、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して所定の範囲内に含まれない質量電荷比のプリカーサイオンを順次選択
し、
前記表示処理部は、前記プリカーサイオン選択処理部によりプリカーサイオンとして選択されなかったイオンに対応するMS/MSスペクトルデータとして、当該イオンの質量電荷比を前記所定の範囲内に含むプリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを表示させ、さらにその際に、当該イオンがプリカーサイオンとして選択されてMS/MSスペクトルデータが取得されていたとした場合の保持時間を表示させることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
試料をイオン化して質量分析を行うことによりMSスペクトルデータを取得するMSスペクトルデータ取得ステップと、
前記MSスペクトルデータに基づいてプリカーサイオンを選択するプリカーサイオン選択ステップと、
選択された前記プリカーサイオンを開裂させて質量分析を行うことによりMS/MSスペクトルデータを取得するMS/MSスペクトルデータ取得ステップと
、
前記MS/MSスペクトルデータ取得ステップにより取得されたMS/MSスペクトルデータを表示させる表示ステップとを含み、
前記プリカーサイオン選択ステップは、質量電荷比の異なるプリカーサイオンを順次選択して、前記MS/MSスペクトルデータ取得ステップにより各プリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを取得させるものであり、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して所定の範囲内に含まれない質量電荷比のプリカーサイオンを順次選択
し、
前記表示ステップでは、前記プリカーサイオン選択ステップによりプリカーサイオンとして選択されなかったイオンに対応するMS/MSスペクトルデータとして、当該イオンの質量電荷比を前記所定の範囲内に含むプリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを表示させ、さらにその際に、当該イオンがプリカーサイオンとして選択されてMS/MSスペクトルデータが取得されていたとした場合の保持時間を表示させることを特徴とする質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料をイオン化して質量分析を行うことにより取得したMSスペクトルデータに基づいてプリカーサイオンを選択し、その選択されたプリカーサイオンを開裂させて質量分析を行うことによりMS/MSスペクトルデータを取得する質量分析装置及び質量分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフにより試料成分を分離し、分離された各試料成分に対してMSn分析(nは自然数)を順次行うことにより、得られたMSnスペクトルに基づいて各試料成分を同定する場合がある(例えば、下記特許文献1参照)。この場合、まず、イオン化された試料成分の質量分析(MS分析)を行うことによりMSスペクトルデータが取得される。そして、測定されたMSスペクトルデータに基づいてプリカーサイオンが選択され、選択されたプリカーサイオンを開裂させて質量分析(MS/MS分析)を行うことにより、MS/MSスペクトルデータが取得される。
【0003】
プリカーサイオンを選択する際には、MSスペクトルデータにおいて各ピーク強度が所定の閾値と比較される。そして、ピーク強度が閾値以上である質量電荷比に対応するイオンが、プリカーサイオンとして選択される。このとき、ピーク強度が閾値以上の質量電荷比が複数存在すれば、プリカーサイオンが複数選択されることとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
プリカーサイオンが複数選択される場合、それらの質量電荷比が近似しているときでも、それぞれの質量電荷比に対応するプリカーサイオンがいずれも選択され、各プリカーサイオンに基づいてMS/MSスペクトルデータが取得される。この場合、取得される各MS/MSスペクトルデータは近似した結果となるため、必要以上にMS/MSスペクトルデータを取得することとなり、時間及び記憶領域を無駄に使用する結果となる。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、必要最小限のMS/MSスペクトルデータを取得することができる質量分析装置及び質量分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明に係る質量分析装置は、MSスペクトルデータ取得処理部と、プリカーサイオン選択処理部と、MS/MSスペクトルデータ取得処理部とを備える。前記MSスペクトルデータ取得処理部は、試料をイオン化して質量分析を行うことによりMSスペクトルデータを取得する。前記プリカーサイオン選択処理部は、前記MSスペクトルデータに基づいてプリカーサイオンを選択する。前記MS/MSスペクトルデータ取得処理部は、選択された前記プリカーサイオンを開裂させて質量分析を行うことによりMS/MSスペクトルデータを取得する。前記プリカーサイオン選択処理部は、質量電荷比の異なるプリカーサイオンを順次選択して、前記MS/MSスペクトルデータ取得処理部により各プリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを取得させるものであり、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して所定の範囲内に含まれない質量電荷比のプリカーサイオンを順次選択する。
【0008】
このような構成によれば、質量電荷比の異なるプリカーサイオンを順次選択して、各プリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを取得する際、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して所定の範囲内に含まれる質量電荷比のイオンは選択されない。これにより、必要最小限のMS/MSスペクトルデータを取得することができ、近似するMS/MSスペクトルデータが無駄に取得されるのを防止することができる。その結果、時間及び記憶領域を無駄に使用するのを防止することができる。
【0009】
(2)前記質量分析装置は、前記MS/MSスペクトルデータ取得処理部により取得されたMS/MSスペクトルデータを表示させる表示処理部をさらに備えていてもよい。この場合、前記表示処理部は、前記プリカーサイオン選択処理部によりプリカーサイオンとして選択されなかったイオンに対応するMS/MSスペクトルデータとして、当該イオンの質量電荷比を前記所定の範囲内に含むプリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを表示させてもよい。
【0010】
このような構成によれば、プリカーサイオンとして選択されなかったイオンについても、そのイオンに対応するMS/MSスペクトルデータとして、当該イオンの質量電荷比を前記所定の範囲内に含むプリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータが表示される。したがって、表示されたMS/MSスペクトルデータを確認することにより、プリカーサイオンとして選択されなかったイオンについての分析も行うことが可能になる。
【0011】
(3)前記表示処理部は、前記プリカーサイオン選択処理部によりプリカーサイオンとして選択されなかったイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを表示させる際に、当該イオンがプリカーサイオンとして選択されてMS/MSスペクトルデータが取得されていたとした場合の保持時間を表示させてもよい。
【0012】
このような構成によれば、プリカーサイオンとして選択されなかったイオンについては、そのイオンに対応するMS/MSスペクトルデータとして、当該イオンの質量電荷比を前記所定の範囲内に含むプリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータが表示されるだけでなく、当該イオンがプリカーサイオンとして選択されてMS/MSスペクトルデータが取得されていたとした場合の保持時間も表示される。したがって、表示されたMS/MSスペクトルデータ及び保持時間を確認することにより、プリカーサイオンとして選択されなかったイオンについての分析をより詳細に行うことが可能になる。
【0013】
(4)本発明に係る質量分析方法は、MSスペクトルデータ取得ステップと、プリカーサイオン選択ステップと、MS/MSスペクトルデータ取得ステップとを含む。前記MSスペクトルデータ取得ステップでは、試料をイオン化して質量分析を行うことによりMSスペクトルデータを取得する。前記プリカーサイオン選択ステップでは、前記MSスペクトルデータに基づいてプリカーサイオンを選択する。前記MS/MSスペクトルデータ取得ステップでは、選択された前記プリカーサイオンを開裂させて質量分析を行うことによりMS/MSスペクトルデータを取得する。前記プリカーサイオン選択ステップは、質量電荷比の異なるプリカーサイオンを順次選択して、前記MS/MSスペクトルデータ取得ステップにより各プリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを取得させるものであり、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して所定の範囲内に含まれない質量電荷比のプリカーサイオンを順次選択する。
【0014】
(5)前記質量分析方法は、前記MS/MSスペクトルデータ取得ステップにより取得されたMS/MSスペクトルデータを表示させる表示ステップをさらに含んでいてもよい。この場合、前記表示ステップでは、前記プリカーサイオン選択ステップによりプリカーサイオンとして選択されなかったイオンに対応するMS/MSスペクトルデータとして、当該イオンの質量電荷比を前記所定の範囲内に含むプリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを表示させてもよい。
【0015】
(6)前記表示ステップでは、前記プリカーサイオン選択ステップによりプリカーサイオンとして選択されなかったイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを表示させる際に、当該イオンがプリカーサイオンとして選択されてMS/MSスペクトルデータが取得されていたとした場合の保持時間を表示させてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、必要最小限のMS/MSスペクトルデータを取得することができ、近似するMS/MSスペクトルデータが無駄に取得されるのを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態に係る質量分析装置の概略構成を示したブロック図である。
【
図2】プリカーサイオン選択処理部がプリカーサイオンを選択する際の態様について説明するための図である。
【
図3】ある試料をイオン化して質量分析を行うことにより取得されたMSスペクトルデータの一例を示す図である。
【
図4】
図3に示すMSスペクトルデータに基づいてプリカーサイオンを選択する際の態様について説明するための図である。
【
図5】表示処理部がMSスペクトルデータ及びMS/MSスペクトルデータを表示部に表示させる際の態様について説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1.質量分析装置の概略構成
図1は、本発明の一実施形態に係る質量分析装置の概略構成を示したブロック図である。本実施形態に係る質量分析装置は、例えば質量分析部1、制御部2、記憶部3及び表示部4などを備えている。
【0019】
質量分析部1は、試料をイオン化して質量分析を行う。質量分析部1には、例えばイオン化室、イオントラップ及びイオン検出器(いずれも図示せず)が備えられている。イオン化室でイオン化された試料は、イオントラップにおいてCID(衝突誘起解離)により開裂された後、イオン検出器により検出される。
【0020】
質量分析部1は、例えばTOFMS(飛行時間型質量分析計)により構成される。この種の質量分析部1では、飛行空間に形成された電場により加速されたイオンが、当該飛行空間を飛行する間に質量電荷比に応じて時間的に分離され、イオン検出器により順次検出される。これにより、質量電荷比とイオン検出器における検出強度との関係がマススペクトルとして測定される。
【0021】
ただし、質量分析部1は、TOFMSにより構成されるものに限らない。また、試料をイオン化する方法としては、ESI(エレクトロスプレーイオン化)、APCI(Atmospheric Pressure Chemical Ionization)、PESI(Probe Electro Spray Ionization)又はMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)などの各種イオン化法を用いることができる。
【0022】
本実施形態では、イオントラップに捕捉されたイオンを繰り返し開裂させて質量分析を行うことにより、MSn分析(nは自然数)を行い、MSnスペクトルデータを取得することができる。具体的には、イオン化された試料をイオントラップに捕捉し、その捕捉されたイオンを開裂させて質量分析を行うことにより、MSスペクトルデータが取得される。その後、MSスペクトルデータに基づいて、いずれかのイオンがプリカーサイオンとして選択される。そして、選択されたプリカーサイオンだけをイオントラップに残し、そのプリカーサイオンを開裂させて質量分析を行うことにより、MS/MSスペクトルデータが取得される。
【0023】
制御部2は、例えばCPU(Central Processing Unit)を含む構成である。制御部2は、CPUがプログラムを実行することにより、MSスペクトルデータ取得処理部21、プリカーサイオン選択処理部22、MS/MSスペクトルデータ取得処理部23及び表示処理部24などとして機能する。制御部2には、記憶部3及び表示部4が電気的に接続されている。
【0024】
記憶部3は、例えばRAM(Random Access Memory)又はハードディスクなどにより構成されている。記憶部3の記憶領域には、MSスペクトルデータ記憶部31及びMS/MSスペクトルデータ記憶部32などが割り当てられている。表示部4は、例えば液晶表示器により構成されている。
【0025】
MSスペクトルデータ取得処理部21は、質量分析部1におけるイオン検出器からの検出信号に基づいて、MSスペクトルデータを取得する処理を行う(MSスペクトルデータ取得ステップ)。すなわち、質量分析部1において試料をイオン化させ、そのイオンを開裂させて質量分析を行うことにより、MSスペクトルデータが取得される。取得されたMSスペクトルデータは、そのMSスペクトルデータに対応する保持時間(リテンションタイム)とともに、MSスペクトルデータ記憶部31に記憶される。
【0026】
プリカーサイオン選択処理部22は、取得されたMSスペクトルデータに基づいて、プリカーサイオンを選択する処理を行う(プリカーサイオン選択ステップ)。すなわち、取得されたMSスペクトルデータに含まれるピークのうち、所定の条件を満たすピークに対応するイオンが、プリカーサイオンとして選択される。例えば、上記所定の条件として、所定の閾値以上の強度を有するピークがプリカーサイオンとして選択されてもよい。所定の閾値以上の強度を有するピークが複数存在する場合には、強度の高いピークから順にプリカーサイオンとして選択されてもよい。
【0027】
MS/MSスペクトルデータ取得処理部23は、選択されたプリカーサイオンを開裂させて質量分析を行うことにより、MS/MSスペクトルデータを取得する処理を行う(MS/MSスペクトルデータ取得ステップ)。取得されたMS/MSスペクトルデータは、そのMS/MSスペクトルデータに対応する保持時間(リテンションタイム)、及び、対応するプリカーサイオンの質量電荷比(プリカーサ質量)とともに、MS/MSスペクトルデータ記憶部32に記憶される。
【0028】
プリカーサイオン選択処理部22は、質量電荷比の異なるプリカーサイオンを順次選択する。順次選択されたプリカーサイオンが、MS/MSスペクトルデータ取得処理部23により開裂されて質量分析が行われることにより、各プリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータが取得される。
【0029】
本実施形態では、プリカーサイオン選択処理部22がプリカーサイオンを順次選択する際、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して所定の範囲内に含まれる質量電荷比のイオンは、プリカーサイオンとして選択されないようになっている。すなわち、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して所定の範囲内に含まれない質量電荷比のイオンのみが、プリカーサイオンとして選択されるようになっている。
【0030】
表示処理部24は、MSスペクトルデータ及びMS/MSスペクトルデータを表示部4に表示させる処理を行う(表示ステップ)。本実施形態では、MSスペクトルデータとともに、そのMSスペクトルデータに対応する保持時間を表示部4に表示させることができる。また、MS/MSスペクトルデータとともに、そのMS/MSスペクトルデータに対応する保持時間、及び、対応するプリカーサイオンの質量電荷比(プリカーサ質量)を表示部4に表示させることができる。
【0031】
2.プリカーサイオンの選択
図2は、プリカーサイオン選択処理部22がプリカーサイオンを選択する際の態様について説明するための図である。
【0032】
図2の例では、保持時間rt1において取得されたMSスペクトルデータに含まれるピークP1が、上述した所定の閾値以上の強度であるとする。この場合、ピークP1に対応する質量電荷比mz1のイオンが、プリカーサイオンとして選択され、そのプリカーサイオンが開裂されて質量分析が行われる。これにより、保持時間rt2においてMS/MSスペクトルデータが取得される。
【0033】
次に取得された保持時間rt3におけるMSスペクトルデータが、上述した所定の閾値以上の強度を有するピークP2を含んでいたとすると、通常であれば、このピークP2に対応する質量電荷比mz2のイオンが、プリカーサイオンとして選択される。しかし、本実施形態では、その質量電荷比mz2が、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比mz1に対して所定の範囲R内に含まれていれば、その質量電荷比mz2のイオンはプリカーサイオンとして選択されない。
【0034】
このように、プリカーサイオンとして選択されないイオンがあった場合であっても、そのイオンがプリカーサイオンとして選択されてMS/MSスペクトルデータが取得されていたとした場合の保持時間rt4が記憶部3に記憶される。
【0035】
3.実施例
図3は、ある試料をイオン化して質量分析を行うことにより取得されたMSスペクトルデータの一例を示す図である。この実施例では、取得されたMSスペクトルデータに含まれる複数のピークのうち、所定の閾値V以上の強度を有する12個のピークにそれぞれ対応する質量電荷比のイオンが、プリカーサイオンとして選択される候補となり得る。
【0036】
この実施例において、上述した所定の範囲(m/z幅)Rは、±5Daとする。すなわち、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して、±5Daの範囲内に質量電荷比が含まれるイオンは、プリカーサイオンとして選択されず、当該イオンに基づいてMS/MSスペクトルデータを取得する処理は実行されない。
【0037】
図4は、
図3に示すMSスペクトルデータに基づいてプリカーサイオンを選択する際の態様について説明するための図である。この例では、所定の閾値V以上の強度を有するピークが12個存在しているため、強度の高いピークから順にプリカーサイオンとして選択するための処理が行われる。
【0038】
具体的には、最も強度が高いピークに対応する質量電荷比から順に、「461」、「510」、「542」の各質量電荷比のイオンがプリカーサイオンとして順次選択され、各プリカーサイオンが開裂されて質量分析が行われることにより、各プリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータが取得される。次に強度が高いピークに対応する質量電荷比は「459」であるが、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比「461」に対して±5Daの範囲内であるため、「459」の質量電荷比のイオンはプリカーサイオンとして選択されない。
【0039】
次に続く「479」、「496」、「519」の各質量電荷比は、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して±5Daの範囲内ではない。したがって、これらの各質量電荷比のイオンはプリカーサイオンとして順次選択され、MS/MSスペクトルデータが取得される。しかし、その後に続く「463」、「481」、「498」、「512」、「521」の各質量電荷比は、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比に対して±5Daの範囲内であるため、これらの各質量電荷比のイオンはプリカーサイオンとして選択されない。
【0040】
図5は、表示処理部24がMSスペクトルデータ及びMS/MSスペクトルデータを表示部4に表示させる際の態様について説明するための図である。この例では、1つのMSスペクトルデータが表示されるとともに(
図5A)、2つのMS/MSスペクトルデータが表示されている(
図5B及び
図5C)。
図5A~
図5Cに例示されるような表示は、表示部4に対して同時に表示されてもよいし、別々に表示されてもよい。
【0041】
MSスペクトルデータは、
図5Aに示すように、そのMSスペクトルデータに対応する保持時間「6.152」とともに表示部4に表示される。MS/MSスペクトルデータは、
図5B及び
図5Cに示すように、そのMS/MSスペクトルデータに対応する保持時間「6.162」,「6.168」、及び、対応するプリカーサイオンの質量電荷比「479」,「481」とともに表示部4に表示される。
【0042】
ここで、質量電荷比「479」のイオンは、
図4に示した通り、プリカーサイオンとして選択され、MS/MSスペクトルデータが取得される。したがって、その実際に取得されたMS/MSスペクトルデータが、
図5Bに示すように表示部4に表示される。一方、質量電荷比「481」のイオンは、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比「479」に対して±5Daの範囲内であるため、
図4に示した通り、プリカーサイオンとして選択されない。
【0043】
この場合、
図5Cに示すように、プリカーサイオンとして選択されなかった質量電荷比「481」のイオンに対応するMS/MSスペクトルデータとして、当該イオンの質量電荷比「481」を±5Daの範囲内に含むプリカーサイオン(質量電荷比「479」)に対応するMS/MSスペクトルデータが表示部4に表示される。すなわち、質量電荷比「479」のイオンに対応するMS/MSスペクトルデータ(
図5B)と、質量電荷比「481」のイオンに対応するMS/MSスペクトルデータ(
図5C)は、同一のMS/MSスペクトルデータとして表示部4に表示される。
【0044】
また、
図5Cに示すように、プリカーサイオンとして選択されなかったイオン(質量電荷比「481」)に対応するMS/MSスペクトルデータを表示させる際には、当該イオンがプリカーサイオンとして選択されてMS/MSスペクトルデータが取得されていたとした場合の保持時間「6.168」が表示される。
【0045】
4.作用効果
(1)本実施形態では、質量電荷比の異なるプリカーサイオンを順次選択して、各プリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータを取得する際、既にMS/MSスペクトルデータが取得されているプリカーサイオンの質量電荷比(
図4における「461」、「510」、「542」、「479」、「496」、「519」)に対して所定の範囲内に含まれる質量電荷比(
図5における「459」、「463」、「481」、「498」、「512」、「521」)のイオンは選択されない。これにより、必要最小限のMS/MSスペクトルデータを取得することができ、近似するMS/MSスペクトルデータが無駄に取得されるのを防止することができる。その結果、時間及び記憶領域を無駄に使用するのを防止することができる。
【0046】
(2)本実施形態では、
図5Cに例示される通り、プリカーサイオンとして選択されなかったイオン(質量電荷比「481」)についても、そのイオンに対応するMS/MSスペクトルデータとして、当該イオンの質量電荷比を所定の範囲R内に含むプリカーサイオン(質量電荷比「479」)に対応するMS/MSスペクトルデータが表示される。したがって、表示されたMS/MSスペクトルデータを確認することにより、プリカーサイオンとして選択されなかったイオンについての分析も行うことが可能になる。
【0047】
(3)本実施形態では、
図5Cに例示される通り、プリカーサイオンとして選択されなかったイオン(質量電荷比「481」)については、そのイオンに対応するMS/MSスペクトルデータとして、当該イオンの質量電荷比を所定の範囲R内に含むプリカーサイオンに対応するMS/MSスペクトルデータが表示されるだけでなく、当該イオンがプリカーサイオンとして選択されてMS/MSスペクトルデータが取得されていたとした場合の保持時間「6.168」も表示される。したがって、表示されたMS/MSスペクトルデータ及び保持時間を確認することにより、プリカーサイオンとして選択されなかったイオンについての分析をより詳細に行うことが可能になる。
【符号の説明】
【0048】
1 質量分析部
2 制御部
3 記憶部
4 表示部
21 MSスペクトルデータ取得処理部
22 プリカーサイオン選択処理部
23 MSスペクトルデータ取得処理部
24 表示処理部
31 MSスペクトルデータ記憶部
32 MS/MSスペクトルデータ記憶部