(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-25
(45)【発行日】2022-05-09
(54)【発明の名称】低分子化合物による成熟肝細胞からの肝幹/前駆細胞の作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20220426BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20220426BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2017560449
(86)(22)【出願日】2017-01-06
(86)【国際出願番号】 JP2017000342
(87)【国際公開番号】W WO2017119512
(87)【国際公開日】2017-07-13
【審査請求日】2019-12-11
(31)【優先権主張番号】P 2016003088
(32)【優先日】2016-01-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】521323037
【氏名又は名称】エヴィア ライフ サイエンシズ インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【氏名又は名称】森下 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100181674
【氏名又は名称】飯田 貴敏
(74)【代理人】
【識別番号】100181641
【氏名又は名称】石川 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】230113332
【氏名又は名称】山本 健策
(72)【発明者】
【氏名】落合 孝広
(72)【発明者】
【氏名】勝田 毅
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-308562(JP,A)
【文献】特開平08-163996(JP,A)
【文献】国際公開第2013/018851(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/058080(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/096223(WO,A1)
【文献】特表2013-507932(JP,A)
【文献】国際公開第2010/033906(WO,A2)
【文献】特開2006-254896(JP,A)
【文献】特開2014-079227(JP,A)
【文献】特開2004-198150(JP,A)
【文献】国際公開第2014/025046(WO,A1)
【文献】特開2000-189189(JP,A)
【文献】特表2009-520474(JP,A)
【文献】特表2009-521459(JP,A)
【文献】Cell Stem Cell, 2014, Vol.14, pp.561-574
【文献】第21回肝細胞研究会 プログラム・抄録集, 2014, p.42 (O-24)
【文献】HEPATOLOGY, 2015, Vol.61, pp.337-347
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物の肝細胞に、インビトロでTGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬を接触させることを含む、該肝細胞からの肝幹/前駆細胞の作製方法。
【請求項2】
前記肝細胞と前記TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬との接触が、該阻害薬の存在下で該肝細胞を培養することにより実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
哺乳動物がヒト、ラット又はマウスである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬の組み合わせを含有してなる、肝細胞からの肝幹/前駆細胞誘導剤。
【請求項5】
肝細胞がヒト、ラット又はマウス由来である、請求項4に記載の剤。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項に記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞の維持・増幅剤として使用される、請求項4又は5に記載の剤。
【請求項7】
請求項1~3のいずれか1項に記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞の維持・増幅方法であって、
(i)第1-第4継代まではコラーゲン又はマトリゲルでコーティングした培養容器上で、
(ii)第5継代以降はマトリゲルでコーティングした培養容器上で、
TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬の存在下で、該肝幹/前駆細胞を継代培養することを特徴とする、方法。
【請求項8】
請求項1~3及び7のいずれか1項に記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞からの胆管上皮細胞の誘導方法であって、
(i)低密度のフィーダー細胞上、TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬の存在下で該肝幹/前駆細胞を培養する工程、並びに
(ii)工程(i)で得られた細胞を、マトリゲルを含有する培地中でさらに培養する工程
を含む、方法。
【請求項9】
被検化合物の哺乳動物体内での代謝を評価する方法であって、
(i)
請求項1~3及び7のいずれか1項に記載の方法により肝幹/前駆細胞を得る工程、
(ii)該肝幹/前駆細胞から肝細胞を分化誘導する工程、
(iii)該肝細胞に被検化合物を接触させる工程、並びに
(
iv)該肝細胞における被検化合物の代謝を測定する工程
を含む、方法。
【請求項10】
哺乳動物に対する被検化合物の肝毒性を評価する方法であって、
(i)
請求項1~3及び7のいずれか1項に記載の方法により肝幹/前駆細胞を得る工程、
(ii)該肝幹/前駆細胞から肝細胞を分化誘導する工程、
(iii)該肝細胞に被検化合物を接触させる工程、並びに
(
iv)該肝細胞の障害の有無又はその程度を測定する工程
を含む、方法。
【請求項11】
請求項1~3及び7のいずれか1項に記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞を含有してなる、肝障害改善剤。
【請求項12】
請求項1~3及び7のいずれか1項に記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低分子化合物による成熟肝細胞からの肝幹/前駆細胞の作製方法、当該低分子化合物を含んでなる成熟肝細胞からの肝幹/前駆細胞誘導剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞生物学の進歩は、肝再生医療におけるその応用に対する大きな関心を呼んでいるが、いまだその実現には至っていない。最も期待される細胞ソースの1つである人工多能性幹細胞(iPS細胞)は集中的に研究されてきたが、機能的な肝細胞への効率的な分化が困難であることや、腫瘍形成リスクが依然として存在するために、その応用は今なお限定的である。最近開発された方法でさえ、成熟肝細胞に匹敵する効率で、傷害した肝臓を再生する能力を有する肝細胞を生み出すことはできない(非特許文献1)。一方、最近の研究により、異なる系譜の細胞を肝細胞様の細胞に直接転換(ダイレクトリプログラミング)し得ることが示された(非特許文献2及び3)。そのような有望な知見にもかかわらず、ダイレクトリプログラミングは、iPS細胞の場合と同様、遺伝子改変を伴うため、予期せぬリスクが依然として存在し、再生医療に応用できないでいる。
【0003】
最近、いくつかのグループが、肝臓が慢性的に傷害されると、成体肝細胞は増殖性かつ両能性の肝幹/前駆細胞にリプログラムし得るという驚くべき発見を報告した(非特許文献4及び5)。これらの革新的な発見は、肝幹細胞理論だけでなく、肝再生研究にも大いなる洞察を与えるものである。即ち、このようなリプログラミングをインビトロで再現することができれば、そうして得られる肝幹/前駆細胞は、肝再生医療における新たな細胞ソースとなるものと期待される。
しかしながら、遺伝子改変を伴わずに、成熟肝細胞を肝幹/前駆細胞にリプログラムする方法は全く知られていない。
【0004】
本発明者らや他のグループは以前、ある種の低分子阻害薬の組み合わせが、幹細胞の多能性の誘導及び維持に寄与することを報告した(非特許文献6及び7)。しかしながら、これらの低分子阻害薬の、成熟肝細胞から肝幹/前駆細胞へのリプログラミングに対する寄与に関する報告は皆無である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Zhu, S. et al., Nature 508, 93-97 (2014)
【文献】Huang, P. et al., Nature 475, 386-389 (2011)
【文献】Sekiya, S., and Suzuki, A. Nature 475, 390-393 (2011)
【文献】Tarlow, B.D. et al., Cell Stem Cell 15, 605-618 (2014)
【文献】Yanger, K. et al., Genes Dev. 27, 719-724 (2013)
【文献】Hou, P. et al., Science 341, 651-654 (2013)
【文献】Kawamata, M. and Ochiya, T. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107,14223-14228 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、遺伝子改変を伴わずに、成熟肝細胞を肝幹/前駆細胞に効率よくリプログラムする方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、TGFβ受容体阻害薬の存在下で哺乳動物の成熟肝細胞を培養すると、該細胞を、増殖性でかつ肝細胞と胆管上皮細胞のどちらにも分化し得る両能性の細胞にリプログラムし得ることを見出した。さらに、TGFβ受容体阻害薬に、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3(GSK3)阻害薬又はRhoキナーゼ(ROCK)阻害薬を組み合わせて用いることにより、リプログラミング効率を改善することに成功した。リプログラミング効率改善効果は、TGFβ受容体阻害薬にGSK3阻害薬を組み合わせた場合により顕著であった。TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬の3剤を併用した場合、TGFβ受容体阻害薬とGSK3阻害薬とを組み合わせた場合とリプログラミング効率に大きな差はみられなかったが、3剤を併用する方が細胞の増殖能に優れることが明らかとなった。このようにして得られた成熟肝細胞由来の肝幹/前駆細胞は、慢性肝傷害を有する免疫不全マウスに移植すると、成熟肝細胞と同等の肝再生能を示した。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明は以下の通りである。
(1)哺乳動物の肝細胞に、インビトロでTGFβ受容体阻害薬を接触させることを含む、該肝細胞からの肝幹/前駆細胞の作製方法。
(2)さらに、GSK3阻害薬及び/又はROCK阻害薬を、インビトロで前記肝細胞に接触させることを含む、(1)記載の方法。
(3)さらに、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬を、インビトロで前記肝細胞に接触させることを含む、(1)記載の方法。
(4)前記肝細胞と前記TGFβ受容体阻害薬との接触が、該阻害薬の存在下で該肝細胞を培養することにより実施される、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記肝細胞と前記GSK3阻害薬及び/又は前記ROCK阻害薬との接触が、該阻害薬の存在下で該肝細胞を培養することにより実施される、(2)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)哺乳動物がヒト、ラット又はマウスである、(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)TGFβ受容体阻害薬を含有してなる、肝細胞からの肝幹/前駆細胞誘導剤。
(8)GSK3阻害薬及び/又はROCK阻害薬を組み合わせてなる、(7)記載の剤。
(9)GSK3阻害薬及びROCK阻害薬を組み合わせてなる、(7)記載の剤。
(10)肝細胞がヒト、ラット又はマウス由来である、(7)~(9)のいずれかに記載の剤。
(11)以下の特徴を有する哺乳動物の肝細胞由来の肝幹/前駆細胞。
(a)自己再生能を有する
(b)肝細胞及び胆管上皮細胞の両方に分化し得る
(c)表面抗原マーカーとしてEpCAMを発現するが、Dlk1を発現しない
(12)(1)~(6)のいずれかに記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞又は(11)記載の肝幹/前駆細胞の維持・増幅剤として使用される、(7)~(10)のいずれかに記載の剤。
(13)(1)~(6)のいずれかに記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞又は(11)記載の肝幹/前駆細胞の維持・増幅方法であって、
(i)第1-第4継代まではコラーゲン又はマトリゲルでコーティングした培養容器上で、
(ii)第5継代以降はマトリゲルでコーティングした培養容器上で、
TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬の存在下で、該肝幹/前駆細胞を継代培養することを特徴とする、方法。
(14)(1)~(6)及び(13)のいずれかに記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞又は(11)記載の肝幹/前駆細胞からの胆管上皮細胞の誘導方法であって、
(i)低密度のフィーダー細胞上、TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬の存在下で該肝幹/前駆細胞を培養する工程、並びに
(ii)工程(i)で得られた細胞を、マトリゲルを含有する培地中でさらに培養する工程
を含む、方法。
(15)被検化合物の哺乳動物体内での代謝を評価する方法であって、
(i)(1)~(6)及び(13)のいずれかに記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞又は(11)記載の肝幹/前駆細胞から分化誘導された肝細胞に被検化合物を接触させる工程、及び
(ii)該肝細胞における被検化合物の代謝を測定する工程
を含む、方法。
(16)哺乳動物に対する被検化合物の肝毒性を評価する方法であって、
(i)(1)~(6)及び(13)のいずれかに記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞又は(11)記載の肝幹/前駆細胞から分化誘導された肝細胞に被検化合物を接触させる工程、及び
(ii)該肝細胞の障害の有無又はその程度を測定する工程
を含む、方法。
(17)(1)~(6)及び(13)のいずれかに記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞又は(11)記載の肝幹/前駆細胞を含有してなる、肝障害改善剤。
(18)哺乳動物における肝障害の改善方法であって、肝障害を有する哺乳動物に、(1)~(6)及び(13)のいずれかに記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞又は(11)記載の肝幹/前駆細胞の有効量を投与することを含む、方法。
(19)肝障害改善剤として使用するための(1)~(6)及び(13)のいずれかに記載の方法により得られた肝幹/前駆細胞又は(11)記載の肝幹/前駆細胞。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、遺伝子改変を伴わずに、肝細胞から、自己複製能と肝細胞及び胆管上皮細胞への分化能(両能性)を有する肝幹/前駆細胞を、安全かつ迅速に誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】初代ラット成熟肝細胞から肝幹/前駆細胞へのリプログラミングに及ぼすTGFβ受容体阻害薬(A)、GSK3阻害薬(C)、ROCK阻害薬(Y)及びMEK阻害薬(P)の種々の組み合わせの効果を示す図である。
【
図2】YACの存在下及び非存在下で培養した初代ラット成熟肝細胞の増殖性を示す図である。
【
図3】YACの存在下及び非存在下で培養した初代ラット成熟肝細胞におけるN/C比、肝幹/前駆細胞マーカーの発現を示す図である。
【
図4】ラット成熟肝細胞由来の肝幹/前駆細胞が機能的な肝細胞への再分化能を有することを示す図である。
【
図5】ラット成熟肝細胞由来の肝幹/前駆細胞が機能的な肝細胞への再分化能を有することを示す遺伝子クラスタリング解析の結果を示す図である。
【
図6】ラット成熟肝細胞由来の肝幹/前駆細胞が機能的な胆管上皮細胞への再分化能を有することを示す図である。
【
図7】ラット成熟肝細胞由来の肝幹/前駆細胞が増殖能及び肝細胞への再分化能を失うことなく長期継代可能であることを示す図である。
【
図8】ラット成熟肝細胞由来の肝幹/前駆細胞を移植したマウス肝障害モデルにおける肝再生効果を示す図である。
【
図9】YAC刺激による、凍結ラット成熟肝細胞からの肝幹/前駆細胞の誘導を示す図である。
【
図10】YAC刺激による、ヒト凍結肝細胞からの肝幹/前駆細胞の誘導を示す図である。
【
図11】ヒト凍結肝細胞由来の肝幹/前駆細胞を継代培養した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.成熟肝細胞からの肝幹/前駆細胞の誘導
本発明は、哺乳動物の肝細胞に、TGFβ受容体阻害薬を少なくとも含む1以上の低分子シグナル伝達経路阻害薬を、インビトロで接触させることを含む、該成熟肝細胞からの肝幹/前駆細胞の作製方法(「本発明のリプログラミング法」ともいう)を提供するものである。
【0012】
本発明のリプログラミング法の出発材料として使用される「肝細胞」は、肝細胞マーカー遺伝子(例えば、アルブミン(ALB)、トランスサイレチン(TTR)、グルコース-6-ホスファターゼ(G6PC)、チロシンアミノトランスフェラーゼ(TAT)、トリプトファン-2,3-ジオキシゲナーゼ(TDO2)、cytochrome P450(CYP)、miR-122等)の少なくとも1種(好ましくはALB、TTR、G6PC、TAT、TDO2及びCYPから選ばれる2種以上、より好ましくは3種以上、さらに好ましくは4種以上、特に好ましくは5種以上、最も好ましくは6種すべて)を発現している細胞をいう。該肝細胞は機能的であることが望ましい。「機能的」な肝細胞とは、(i) 毛細胆管構造を有し、薬物代謝物を当該小管に蓄積する、(ii) 細胞膜にABCトランスポーター(例、MDR1、MRP等)を発現する、(iii) ALBの分泌発現、(iv) グリコーゲン蓄積、(v) 薬物代謝酵素(例、CYP1A1、CYP1A2等)活性から選ばれる1以上、好ましくは2以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは4以上、最も好ましくは全ての機能を保持した肝細胞をいう。
【0013】
本発明のリプログラミング法に用いる肝細胞は、上記肝細胞マーカー遺伝子の発現により特徴づけられるものであれば、いかなるソースから提供されてもよく、例えば、哺乳動物(例えば、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ヒツジ、ウマ、ブタ、ウシ、サル等、好ましくはヒト、ラット、マウス)の胚性幹細胞(ES細胞)もしくはiPS細胞等の多能性幹細胞から、自体公知の分化誘導方法(例えば、上記非特許文献1)により得られた肝細胞や、あるいは線維芽細胞からダイレクトリプログラミングにより誘導された肝細胞(上記非特許文献2及び3)等も包含され得る。しかしながら、遺伝子改変を伴わない肝幹/前駆細胞を安全かつ迅速に提供するという本発明の主たる課題を考慮すれば、肝細胞として、哺乳動物から摘出した肝臓から単離精製された肝細胞を使用することが望ましい。例えばラットの場合、10-20週齢の成体ラットから摘出した肝臓を用いることが好ましいが、2ヶ月齢以下の幼若ラット由来の肝臓を用いてもよい。ヒトの場合、外科手術により切除した成人の肝臓組織片を用いることが好ましいが、死亡胎児から切除した肝臓を用いてもよい。あるいは、これら摘出した肝臓から単離精製された肝細胞を凍結した細胞(凍結肝細胞)を用いることもできる。
【0014】
哺乳動物の肝臓もしくはその組織片から肝細胞を精製する方法としては、灌流法(「培養細胞実験ハンドブック」(羊土社、2004年)等)が挙げられる。即ち、門脈を通じてEGTA液で予備灌流した後、コラゲナーゼやディスパーゼ等の酵素溶液(ハンクス液等)で灌流して肝臓を消化し、濾過、低速遠心等によって細胞片や非実質細胞を除去して肝細胞を精製する。
【0015】
上記のようにして調製された肝細胞に、TGFβ受容体阻害薬を含む1以上の低分子シグナル伝達経路阻害薬を、インビトロで接触させる。
本発明に用いられるTGFβ受容体阻害薬としては、トランスフォーミング増殖因子(TGF)β受容体の機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されることはなく、例えば、2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-4-イル-2-tert-ブチル-1H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン、3-(6-メチルピリジン-2-イル)-4-(4-キノリル)-1-フェニルチオカルバモイル-1H-ピラゾール(A-83-01)、2-(5-クロロ-2-フルオロフェニル)プテリジン-4-イル)ピリジン-4-イルアミン(SD-208)、3-(ピリジン-2-イル)-4-(4-キノニル)]-1H-ピラゾール、2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン(以上、メルク社)、SB431542(Sigma Aldrich社)などが挙げられる。好ましくはA-83-01が挙げられる。TGFβ受容体阻害薬には、TGFβ受容体アンタゴニストも含まれる。
これらのTGFβ受容体阻害薬は、1種の化合物を用いてもよいし、2種以上の化合物を組み合わせて用いてもよい。
【0016】
TGFβ受容体阻害薬以外の低分子シグナル伝達経路阻害薬としては、好ましくはGSK3阻害薬とROCK阻害薬とが挙げられる。
【0017】
本発明に用いられるGSK3阻害薬としては、グリコーゲン合成酵素キナーゼ(GSK)3の機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されることはなく、例えば、SB216763(Selleck社)、CHIR98014、CHIR99021(以上、Axon medchem社)、SB415286(Tocris Bioscience社)、Kenpaullone(コスモ・バイオ社)などが挙げられる。好ましくはCHIR99021が挙げられる。
これらのGSK3阻害薬は、1種の化合物を用いてもよいし、2種以上の化合物を組み合わせて用いてもよい。
【0018】
本発明に用いられるROCK阻害薬としては、Rho結合キナーゼの機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されない。ROCK阻害薬としては、例えば、GSK269962A(Axon medchem社)、Fasudil hydrochloride(Tocris Bioscience社)、Y-27632、H-1152(以上、和光純薬工業社)などが挙げられる。好ましくはY-27632が挙げられる。
これらのROCK阻害薬は、1種の化合物を用いてもよいし、2種以上の化合物を組み合わせて用いてもよい。
【0019】
後述の実施例に示されるように、GSK3阻害薬とROCK阻害薬は、それぞれ単独で肝細胞に接触させても、ほとんど肝幹/前駆細胞を誘導することはできないが、TGFβ受容体阻害薬とともにGSK3阻害薬を肝細胞に接触させると、TGFβ受容体阻害薬のみを接触させた場合と比較して、肝幹/前駆細胞の誘導効率(「リプログラミング効率」ともいう)が顕著に上昇する。また、TGFβ受容体阻害薬とともにROCK阻害薬を肝細胞に接触させた場合も、TGFβ受容体阻害薬のみを接触させた場合と比較して、リプログラミング効率は上昇する。従って、本発明のリプログラミング法においては、TGFβ受容体阻害薬に加えて、GSK3阻害薬及び/又はROCK阻害薬をさらに肝細胞に接触させることが好ましい。とりわけ、TGFβ受容体阻害薬としてA-83-01(A)を用い、GSK3阻害薬としてCHIR99021(C)を組み合わせること(AC)、TGFβ受容体阻害薬としてA-83-01(A)を用い、ROCK阻害薬としてY-27632(Y)を組み合わせること(YA)、TGFβ受容体阻害薬としてA-83-01(A)を用い、GSK3阻害薬としてCHIR99021(C)及びROCK阻害薬としてY-27632(Y)を組み合わせること(YAC)が好ましい。
TGFβ受容体阻害薬にGSK3阻害薬及びROCK阻害薬を組み合わせて用いた場合、TGFβ受容体阻害薬とGSK3阻害薬とを組み合わせて用いた場合と比較して、リプログラミング効果には大きな差は認められないが、前者の方が、後者に比べて、得られる肝幹/前駆細胞の増殖能に優れている。従って、本発明の特に好ましい実施態様においては、TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬を、肝細胞に接触させる。
【0020】
本発明のリプログラミング法においては、GSK3阻害薬、ROCK阻害薬以外の低分子シグナル伝達経路阻害薬をTGFβ受容体阻害薬と組み合わせることもできる。そのような阻害薬としては、例えばMEK阻害薬等が挙げられるが、これに限定されない。MEK阻害薬としては、MEK(MAP kinase-ERK kinase)の機能を阻害する作用を有するものであれば特に限定されることはなく、例えば、AZD6244、CI-1040(PD184352)、PD0325901、RDEA119(BAY869766)、SL327、U0126(以上、Selleck社)、PD98059、U0124、U0125(以上、コスモ・バイオ社)などが挙げられる。
【0021】
本発明のリプログラミング法において、肝細胞とTGFβ受容体阻害薬を含む低分子シグナル伝達経路阻害薬との接触は、これらの阻害薬の存在下で肝細胞を培養することにより行うことができる。具体的には、培地中に有効な濃度でこれらの阻害薬を添加して培養を行う。ここで培地としては、広く動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として利用することができる。市販されている基礎培地を利用してもよく、それらとしては、例えば、最少必須培地(MEM)、ダルベッコ改変最少必須培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、Ham’s F12培地、William's E培地等が挙げられ、これらを単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができるが、これらに特に限定されない。培地への添加剤としては、例えば、各種アミノ酸(例えば、L-グルタミン、L-プロリン等)、各種無機塩(亜セレン酸塩、NaHCO3等)、各種ビタミン(ニコチンアミド、アスコルビン酸誘導体等)、各種抗生物質(例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン等)、抗真菌剤(例えば、アンホテリシン等)、緩衝剤(HEPES等)などが挙げられる。
また、培地には、5-20%の血清(FBS等)を添加することもできるが、無血清培地であってもよい。無血清培地の場合、血清代替物(BSA、HAS、KSR等)を添加してもよい。さらに、通常、増殖因子、サイトカイン、ホルモン等の因子が添加される。これらの因子としては、例えば上皮増殖因子(EGF)、インスリン、トランスフェリン、肝細胞増殖因子(HGF)、オンコスタチンM(OsM)、ヒドロコルチゾン 21-ヘミコハク酸又はその塩、デキサメタゾン(Dex)等が挙げられるが、それらに限定されない。
【0022】
TGFβ受容体阻害薬の培地への添加濃度は、例えば、0.01-10μM、好ましくは0.1-1μMの範囲から適宜選択され得る。
GSK3阻害薬の培地への添加濃度は、例えば、0.01-100μM、好ましくは1-10μMの範囲から適宜選択され得る。
ROCK阻害薬の培地への添加濃度は、例えば、0.0001-500μM、好ましくは1-50μMの範囲から適宜選択され得る。
これらの阻害薬が水不溶性もしくは水難溶性の化合物の場合、少量の低毒性の有機溶媒(例えば、DMSO等)に溶解した後、上記の最終濃度となるよう培地に添加すればよい。
【0023】
当該培養に用いられる培養容器は、接着培養に適したものであれば特に限定されないが、例えば、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バックなどが挙げられる。培養容器は、内表面が、細胞との接着性を向上させる目的で細胞支持用基質によりコーティングされたものを用いることができる。そのような細胞支持用基質としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、マトリゲル、ポリ-L-リジン、ラミニン、フィブロネクチンなどが挙げられる。好ましくはコラーゲン又はマトリゲルが挙げられる。
【0024】
肝細胞は、102-106細胞/cm2、好ましくは103-105細胞/cm2の細胞密度で培養容器上に播種することができる。培養は、CO2インキュベータ中、1-10%、好ましくは2-5%、より好ましくは約5%のCO2濃度の雰囲気下において、30-40℃、好ましくは35-37.5℃、より好ましくは約37℃で行うことができる。培養期間としては、例えば1-4週間、好ましくは1-3週間、より好ましくは約2週間が挙げられる。1-3日ごとに新鮮な培地に交換する。
【0025】
上記のようにして、肝細胞をTGFβ受容体阻害薬、並びに任意でGSK3阻害薬及び/又はROCK阻害薬に接触させることにより、肝細胞を肝幹/前駆細胞にリプログラムすることができる。成熟肝細胞はインビトロでは増殖しないと一般的に考えられているが、後述の実施例に示すように、例えば、TGFβ受容体阻害薬としてA-83-01(A)を用い、GSK3阻害薬としてCHIR99021(C)及びROCK阻害薬としてY-27632(Y)を組み合わせて(YAC)、ラット初代成熟肝細胞を培養した場合、2週間の培養により約15倍に増殖することが明らかとなった。また、低密度(1×102細胞/cm2)で播種したラット初代成熟肝細胞をYAC存在下で培養し、低速度撮影にて単一細胞ごとの増殖を調べたところ、YACとの接触開始後2日目から6日目までの5日間の培養の間に、5細胞以上に増殖した単一細胞の割合は約25%で、YAC非存在下で培養した場合の約1.4%に比べて著しく増加した。
【0026】
本明細書において「肝幹/前駆細胞」(「LSC」ともいう)とは、(a)自己再生能を有し、かつ(b)肝細胞及び胆管上皮細胞の両方に分化し得る両能性を有する細胞を意味する。ここで「胆管上皮細胞」(「BEC」ともいう)とは、BECマーカーであるサイトケラチン19(CK19)及びGRHL2を発現する細胞をいう。胎児肝臓の肝芽細胞や、肝障害時に出現するオーバル細胞も肝幹/前駆細胞(LSC)に包含される。
好ましい一実施態様において、本発明のリプログラミング方法により得られるLSCは、上記(a)及び(b)の性質に加えて、従来公知のLSCと同様に、(c)表面抗原マーカーとして上皮細胞接着分子(EpCAM)を発現するが、他の既知LSCで発現しているデルタホモログ1(Dlk1)を発現していない。従って、本発明のLSCは新規なLSCであるといえる。また、一実施態様において、本発明のLSCは、既知LSCマーカーであるロイシンリッチリピート含有Gタンパク質共役受容体5(LGR5)やFoxL1も発現していない。
【0027】
本発明のLSCは、さらに以下の特徴のうちの1以上を有する。
(d)少なくとも10継代、好ましくは20継代以上、みかけ上の増殖速度が低下しない
(e)少なくとも10継代、好ましくは20継代以上、肝細胞及びBECへの分化能を保持する
(f)肝細胞と比較して核/細胞質(N/C)比が高い
(g)α-フェトプロテイン (AFP)、SRY-ボックス (Sox) 9、EpCAM、Thy-1/CD90、肝細胞核内因子1ホメオボックスB (HNF1β)、フォークヘッドボックスJ1 (FoxJ1)、HNF6/one cut-1 (OC1)、CD44、インテグリンα-6 (A6) 及びCK19遺伝子からなる群より選択される1以上のLSCマーカー遺伝子の発現が、肝細胞と比較して上昇している
(h)AFP、CD44、EpCAM、CK19、Sox9、A6及びCD90からなる群より選択される1以上のタンパク質の発現が、肝細胞と比較して上昇している
好ましい実施態様においては、本発明のLSCは、上記(d)~(h)の特徴をすべて有するものである。
【0028】
以上のように、肝細胞をTGFβ受容体阻害薬、好ましくはさらにGSK3阻害薬及び/又はROCK阻害薬に接触させることにより、該肝細胞からLSCを誘導することができる。
従って、本発明はまた、TGFβ受容体阻害薬を含有してなる、肝細胞からのLSC誘導剤を提供する。好ましくは、本発明のLSC誘導剤は、TGFβ受容体阻害薬にGSK3阻害薬及び/又はROCK阻害薬を組み合わせてなる併用剤であり、より好ましくは、TGFβ受容体阻害薬に、GSK3阻害薬とROCK阻害薬とを組み合わせてなる併用剤である。
TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬はそのままLSC誘導剤として使用できるが、適当な溶媒に溶解して液剤とすることもできる。あるいは、これらの阻害薬は、上記した肝細胞からLSCを誘導用培地と組み合わせてキット化することもできる。
【0029】
2.LSCの維持・増幅
上記のようにして得られた本発明のLSCは、
(i)第1-第4継代まではコラーゲン又はマトリゲルでコーティングした培養容器上で、
(ii)第5継代以降はマトリゲルでコーティングした培養容器上で、
それぞれTGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬の存在下で継代培養することにより、効率よく維持・増幅することができる。
培養容器としては、肝細胞からのLSCの誘導に用いたのと同様の培養容器を用いることができる。第1-第4継代用の培養容器は、コラーゲン又はマトリゲルでコーティングする。
上記のようにして得られた初代LSCを、70-100%コンフルエントに達した段階で、上記コラーゲン又はマトリゲルコートした培養容器上に、103-105細胞/cm2の密度で播種する。培地としては、LSCの誘導培養について上記した培地を同様に使用することができる。TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬、ROCK阻害薬の添加濃度も、LSCの誘導培養について上記した濃度範囲から適宜選択することができる。培養温度、CO2濃度もLSC誘導培養の条件に準じる。70-100%コンフルエントに達した段階で、細胞をトリプシン処理して解離させ、継代を行う。
第5継代以降はマトリゲルコートした培養容器を用いる。5-8継代程度で安定なLSCを得ることができる。10継代以上継代した後に、常法によりクローン化を行うことができる。
【0030】
上記のように、TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬、ROCK阻害薬は、LSCの誘導培養のみならず、維持・増幅培養においても培地に添加される。従って、本発明はまた、TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬、ROCK阻害薬を含有してなるLSCの維持・増幅剤を提供する。
【0031】
3.LSCから肝細胞への再分化
LSCから肝細胞への再分化誘導は、自体公知の方法により行うことができる。例えば、オンコスタチンM(OsM)、デキサメタゾン(Dex)、肝細胞増殖因子(HGF)等を添加した培養液で培養する方法(Journal of Cellular Physiology, Vol.227(5), p.2051-2058 (2012); Hepatology, Vol.45(5), p.1229-1239 (2007))、マトリゲル重層法を組み合わせた方法(Hepatology 35, 1351-1359 (2002))等が挙げられる。肝細胞への分化誘導用培地には、TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬、ROCK阻害薬を添加してもしなくてもよいが、添加することが好ましい。
本発明のLSCを分化誘導することによって得られた肝細胞は、成熟肝細胞に典型的な毛細胆管様構造を有し、当該小管中に薬物代謝物を蓄積することができる。また、細胞膜において、MRP2タンパク質等のABCトランスポーターを発現する。さらに、アルブミンの分泌発現、グリコーゲンの蓄積、chytochrome p450(CYP)薬物代謝酵素活性などの一連の肝機能を発揮することができる。即ち、本発明のLSCは、機能的な肝細胞に再分化することができる。
【0032】
4.LSCからBECへの分化誘導
LSCからBECへの分化誘導は、自体公知の方法により行うことができる。例えば、コラーゲンゲルを用いて、EGF、インスリン様増殖因子2(IGF2)を含む培地中で培養する方法等が挙げられる。
本発明者らは、胆管様構造を形成するように本発明のLSCを再現良く分化させる方法を新たに見出した。従って、本発明はまた、LSCからBECを誘導する方法を提供する。本発明のBEC誘導法は、
(i)低密度のフィーダー細胞上、TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬の存在下で、本発明のLSCを培養する工程、並びに
(ii)工程(i)で得られた細胞を、マトリゲルを含有する培地中でさらに培養する工程を含む。
工程(i)において用いられるフィーダー細胞は特に限定されず、維持培養を補助する目的で通常使用される任意の細胞を用いることができる。例えば、マウス胎児由来線維芽細胞(MEF)、STO細胞(ATCC, CRL-1503)等が挙げられるが、好ましくはMEFである。
ここで「低密度」とは、維持培養を補助する目的で通常使用される細胞密度よりも低密度であることを意味し、例えば1×103-5×104細胞/cm2、好ましくは5×103-3×104細胞/cm2の範囲の細胞密度が挙げられる。フィーダー細胞を播種する培養容器は、コラーゲンやゼラチン等の細胞支持用基質でコーティングしたものが使用される。初代もしくは継代培養された本発明のLSCを、トリプシン処理して解離し、TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬を含有する培地に再懸濁し、前記フィーダー細胞上に104-105細胞/cm2の細胞密度で播種する。培地には、必要に応じて血清を添加してもよい。翌日、培地をmTeSRTM1 (Stemcell Technologies)のような多能性幹細胞の維持培地に置換し、TGFβ受容体阻害薬、GSK3阻害薬及びROCK阻害薬の存在下で、3-10日間、好ましくは4-8日間培養する。1-3日ごとに新鮮な培地に交換する。その後、培地をマトリゲルを含有する培地に置換して、さらに3-10日間、好ましくは4-8日間培養する。1-3日ごとに新鮮な培地に交換する。マトリゲルの培地への添加濃度は、1-5%、好ましくは1-3%の範囲で適宜選択することができる。計1-3週間程度の培養により、胆管様構造が形成され、細胞はBECマーカーであるCK19及びGRHL2を高レベルで発現する。さらに、AQP1やAQP9等のアクアポリンやCFTR及びAE2等のイオンチャネルの遺伝子及びタンパク質発現が上昇する。また、管構造の内腔に密着結合マーカーであるZO-1の強発現を認める。さらに、該細胞は水輸送能や、内腔内へ薬物代謝物を輸送・蓄積する能力を有することから、本発明のLSCは、機能的なBECに分化することができる。
【0033】
5.本発明のLSCの用途
上記3.に記載されるようにして本発明のLSCから再分化した肝細胞は、例えば、被検化合物の代謝や肝毒性の評価等に利用できる。
被検化合物の代謝や肝毒性の評価には、従来、動物モデル等が用いられていたが、一度に評価できる被検化合物の数に制限があり、また動物モデル等で得られた評価を、そのままヒトに適用できないという問題があった。そのため、ヒト肝癌細胞株や初代正常ヒト培養肝細胞を用いる評価方法が採用されている。しかしながら、ヒト肝癌細胞株は癌細胞であるため、ヒト肝癌細胞株で得られた評価が、ヒト正常肝細胞に適用できないという可能性が残る。また、初代正常ヒト培養肝細胞は安定供給やコストの面での問題がある。また、初代正常ヒト培養肝細胞を不死化した細胞株は、不死化していない場合と比較して、CYP3A4の活性が低下していることが示されている(International Journal of Molecular Medicine 14: 663-668, 2004, Akiyama I. et al.)。本発明の方法により製造された肝細胞を利用することで、このような問題を解決し得る。
【0034】
従って、本発明はまた、被検化合物の代謝を評価する方法を提供する。該方法では、本発明の方法により製造された肝細胞に被検化合物を接触させる。次いで、肝細胞に接触させた被検化合物の代謝を測定する。
【0035】
本発明で用いる被検化合物としては、特に制限はない。例えば、生体異物、天然化合物、有機化合物、無機化合物、タンパク質、ペプチド等の単一化合物、並びに、化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物等が挙げられるが、これらに限定されない。
生体異物としては、例えば薬剤や食品の候補化合物、既存の薬剤や食品が挙げられるが、これらに限定されるものではなく、生体にとって異物である限り、本発明の生体異物に含まれる。より具体的には、Rifampin、Dexamethasone、Phenobarbital、Ciglirazone、Phenytoin、Efavirenz、Simvastatin、β-Naphthoflavone、Omeprazole、Clotrimazole、3-Methylcholanthrene等が例示できる。
【0036】
肝細胞と被検化合物との接触は、通常、培地や培養液に被検化合物を添加することによって行うが、この方法に限定されない。被検化合物がタンパク質等の場合には、該タンパク質を発現するDNAベクターを、該細胞へ導入することにより、接触を行うこともできる。
【0037】
被検化合物の代謝は、当業者に周知の方法で測定することが可能である。例えば被検化合物の代謝産物が検出された場合に、被検化合物が代謝されたと判定される。また、被検化合物の接触により、CYP(チトクロムp450)、MDR、MRP等の酵素遺伝子の発現が誘導された場合や、これら酵素の活性が上昇した場合に、被検化合物が代謝されたと判定される。
【0038】
また本発明は、被検化合物の肝毒性を評価する方法を提供する。該方法では、本発明の方法により製造された肝細胞に被検化合物を接触させる。次いで、被検化合物を接触させた肝細胞の障害の程度を測定する。障害の程度は、例えば肝細胞の生存率やGOTやGPT等の肝障害マーカーを指標に測定できる。
【0039】
例えば、肝細胞の培養液に被検化合物を添加することにより、肝細胞の生存率が低下する場合、該被検化合物は肝毒性を有すると判定され、生存率に有意な変化がない場合、該被検化合物は肝毒性を有さないと判定される。また、例えば、肝細胞の培養液に被検化合物を添加後、培養液中のGOTやGPTが上昇する場合、該被検化合物は肝毒性を有すると判定され、GOTやGPTに有意な変化がない場合、該被検化合物は肝毒性を有さないと判定される。
なお、すでに肝毒性の有無が判明している化合物を対照として用いることで、より正確に、被検化合物が肝毒性を有するか否かを評価することができる。
【0040】
後述の実施例に示すように、本発明のLSCを慢性的な肝障害を有する免疫不全マウスに移植することにより、初代成熟肝細胞を移植した場合と同等の肝再生能を発揮することができる。従って、本発明はまた、本発明のLSCを含有してなる、肝障害改善剤を提供する。
本発明のLSCは、必要に応じて表面抗原マーカーであるEpCAMに対する抗体を用いてフローサイトメトリーにより精製して用いることができる。LSCは適当な等張緩衝液(例えば、PBS)に懸濁して製剤化することができる。必要に応じて、医薬上許容される添加物をさらに含有させることができる。該LSC懸濁液は、肝疾患の種類、肝障害の重篤度等によっても異なるが、例えば成人の場合、108-1011細胞を門脈内投与、脾内投与等により移植することができる。
【0041】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0042】
実験手順
成熟肝細胞の単離
10-20週齢の雌性Wistarラット(日本クレア、静岡)から、Seglenの手法を用いて成体ラット肝細胞を単離した。要約すると、門脈を通じてCa2+不含ハンクス/EGTA溶液で予備潅流後、肝臓を0.05% コラゲナーゼ含有ハンクス液約400 mLにより、25-30 mL/分で潅流した。摘出した肝臓をハサミで機械的に消化し、さらに0.025% コラゲナーゼ溶液中、37℃で15分消化した。次いで、消化した肝臓を滅菌したコットンメッシュで2回濾過し、57 gで1分間遠心分離して細胞懸濁液を回収した。細胞懸濁液を60 μm ステンレス二重メッシュセルストレイナー(池本理化工業、東京)で濾過することにより、非消化細胞隗を除去し、57 gで1分間遠心分離して通過液を回収した。パーコール(GEヘルスケア)を用い、57 gで10分間遠心分離して死細胞を除去した後、57 gで2分間の遠心分離により細胞をE-MEMで2回洗浄した。こうして精製された肝細胞を種々の実験に用いた。
【0043】
成熟肝細胞の初代培養
成熟肝細胞培養用の基本培地として、小型肝細胞培養培地(SHM)、即ち、5 mM HEPES (Sigma, St. Louis, MO)、30 mg/L L-プロリン (Sigma)、0.05% BSA (Sigma)、10 ng/mL 上皮細胞増殖因子 (Sigma)、インスリン-トランスフェリン-セリン(ITS)-X (Lifetechnologies)、10-7 M デキサメタゾン (Dex)、10 mM ニコチンアミド(Sigma)、1 mMアスコルビン酸2-リン酸エステル(和光純薬、東京)及び抗生物質/抗真菌薬溶液 (100 U/mL ペニシリン、100 mg/mL ストレプトマイシン及び0.25 mg/ mL アンホテリシンB) (Lifetechnologies)を添加した、2.4 g/L NaHCO3 及びL-グルタミン含有DMEM/F12 (Lifetechnologies, Carlsbad, CA) を用いた。精製した新鮮なラット成熟肝細胞を、以下の4つの低分子阻害薬:10 μM Y-27632 (WAKO)、1 μM PD0325901 (Axon Medchem, Groningen, Netherland)、0.5 μM A-83-01 (TOCRIS, Bristol, UK)及び3 μM CHIR99021 (Axon Medchem)の任意の組み合わせを添加した、もしくは非添加のSHM中に懸濁し、I型コラーゲンでコーティングしたプレート (AGCテクノグラス、静岡)上に1 x 104 細胞/cm2 で播種した。播種1日後に培地を交換し、その後は1日おきに培地交換した。
【0044】
MH-LSCの継代培養
初代培養の14日目に、YAC存在下で培養した細胞をトリプシン処理して回収し、YACを添加したSHM中に3 x 104細胞/cm2 で播種した。最初の4継代については、マトリゲル又はコラーゲンでコーティングしたプレート上で細胞を培養した。5継代以後は、基本的にマトリゲルコーティングしたプレート上で細胞を培養した。CELLBANKER(登録商標)1 (宝酒造、大津)を用いて凍結ストックを調製した。少なくとも10継代後、Stem Cell Cutting Tool (ベリタス、東京)を用いてMH-LSCのクローニングを実施した。
【0045】
低細胞密度での低速度撮影
初代肝細胞をコラーゲンでコーティングした35 mmプレート(IWAKI)上に、YACの存在下又は非存在下で1 x 102 細胞/cm2で播種した。1日目に培地を交換した。2回目の培地交換後、BZ9000 オールインワン蛍光顕微鏡 (キーエンス、大阪)を用いて低速度撮影を行った。位相差像は2日目から6日目まで30分間隔で300回撮影し、動画は解析野ごとに作成した。次に、個々の細胞を撮影期間を通じて追跡し、目的の細胞に由来する最終の細胞数を計測した。また、個々の細胞に由来するアポトーシス細胞の総計も計数し、アポトーシス頻度を、総アポトーシス細胞/最初の総細胞数(低速度撮影の開始時に計数)として定量した。
【0046】
定量的RT-PCR
肝細胞およびLSC細胞から、miRNeasy Mini Kit (QIAGEN)を用いて全RNAを単離した。逆転写反応は、High-Capacity cDNA Reverse Transcription Kit (Lifetechnologies)を用い、製造者のガイドラインに従って実施した。得られたcDNA を鋳型として、Platinum SYBR Green qPCR SuperMix UDG (Invitrogen)を用いてPCRを行った。標的遺伝子の発現レベルは内在性コントロールであるβ-アクチンで標準化した。
【0047】
免疫細胞化学、免疫組織化学及びPAS染色
細胞を冷メタノール(-30℃)により氷上で5分間固定した。ブロッキング液(Blocking One) (ナカライテスク、京都) で、4℃、30分インキュベートした後、細胞を一次抗体と室温で1時間又は4℃で一晩インキュベートした。次に、Alexa Fluor 488又はAlexa Fluor594-結合二次抗体 (Lifetechnologies)を用いて、一次抗体を検出した。核をHoechst 33342 (Dojindo)で共染色した。
組織サンプルはホルマリン固定し、パラフィン包埋した。脱ろう及び再水和後、標本を1/200希釈したImmunoSaver (日新EM、東京)中、98℃で45分煮沸することにより、熱誘導性エピトープ回復を行った。次に、標本を0.1% Triton-X 100で処理して膜透過化した。ブロッキング試薬(ナカライテスク)で4℃、30分処理した後、標本を室温で1時間一次抗体とインキュベートした。これらの切片を、ImmPRESS IgG-peroxidase kit (Vector Labs)及びmetal-enhanced DAB substrate kit (Life Technologies)を製造者の指示に従って用いることで染色した。ヘマトキシリンで対比染色した後、標本を脱水しマウントした。
過ヨウ素酸-シッフ(PAS)染色はPAS kit (Sigma-Aldrich)を用いて行い、唾液ジアスターゼ前処理の有り無しでグリコーゲンを検出した。
【0048】
MH-LSCの肝細胞誘導
14日目の初代MH-LSC又はRep-LS細胞株の細胞をトリプシン処理して回収した。細胞を5%FBSを添加したSHM+YAC中に懸濁し、コラーゲンでコーティングしたプレートに3.75 x 104 - 5 x 104 細胞/cm2で播種した。1日目にSHM+YACに培地交換した後、2日間培養した。次に、肝細胞分化のために、培地を20 ng/mL オンコスタチンM (OsM) (Wako) 及び10-6 M Dex を添加したSHM+YACに置換し、2日ごとに培地交換しながら細胞を6日間培養した。誘導開始6日目に、細胞に、マトリゲル (Corning)と上記の肝細胞誘導培地の1:7混合物を重層し、さらに2日間培養した。肝細胞誘導の終わりにマトリゲルを吸引除去し、細胞を種々の機能アッセイに用いた。ネガティブコントロールとして、細胞を対応する培養期間を通じてSHM+YAC中で維持した。
【0049】
MH-LSCの胆管誘導
MH-LSCの接種に先立って、細胞周期を停止させたマウス胎児線維芽細胞(MEF)をコラーゲンでコーティングした12-ウェルプレート上に5 x 104 細胞/ウェルで播種した。翌日、14日目の初代MH-LSCをトリプシン処理して回収し、5% FBSを添加したSHM+YAC中に再懸濁し、予め接種しておいたMEF上に5 x 105 細胞/ウェルで播種した。翌日、YACを含有するmTeSRTM1 (Stemcell Technologies) (mTeSR1+YAC)に培地交換することにより胆管誘導を開始し、2日ごとに培地交換しながら6日間培養を続けた。誘導開始6日目に、培地を2% マトリゲルを添加したmTeSR1+YACに置換し、2日ごとに培地交換しながらさらに6日間培養を続けた。計12日間の培養後に胆管誘導を完了し、得られた細胞をアッセイに用いた。ネガティブコントロールとして、細胞を対応する培養期間を通じてSHM+YAC中、MEF上で培養した。
【0050】
アルブミン分泌アッセイ
Rat Albumin ELISA Quantitation Set (Bethyl, Montgomery, TX)を用いて、ELISAによりアルブミン(ALB)濃度を測定した。ALB分泌能の経時変化をモニタリングするために、肝細胞誘導の最初の6日間、2日ごとに培養上清をサンプリングした。肝細胞誘導完了後のALB分泌能を測定するために、8日目に重層したマトリゲルを吸引除去した。これらの細胞の半分をDNA含量測定のために回収し、残りの半分には新鮮な培地を添加してさらに2日間培養した。10日目に培養上清を回収し、8日目から10日目の間に分泌したALBを測定し、8日目のDNA含量で標準化した。DNA含量はDNA Quantity Kit (コスモバイオ、東京)を用いて測定した。
【0051】
CYP1A活性測定
CYP1A活性を誘導するために、8日目の肝細胞誘導した細胞を、5μM 3-メチルコラントレン(3-MC) (Sigma) で4日間処理した(2日目に培地交換を行った)。コントロール細胞は溶媒であるDMSOのみで処理した。4日後に、P450-Glo CYP1A1 Assay (Luciferin-CEE)を用いて、CYP1A活性を測定した。製造者の添付文書によれば、このキットはCYP1A1活性よりもCYP1A2活性をより効率よく検出することができる。CYP1A活性に続いて、細胞のDNA含量を測定し、CYP活性を標準化した。3-MCへの応答性を調べるために、活性の倍率変化を、各実験について3ウェル/条件を用いて、[3-MC存在下での平均発光量/3-MC存在下での平均発光量]として算出し、5回の独立した実験の平均値を求めた。2回の実験においては、全RNAを単離し、CYP1A1及びCTP1A2の遺伝子発現レベルも評価した。
【0052】
フルオレセインジアセテートアッセイ
肝細胞誘導の場合は、細胞を2.5μg/mL フルオレセインジアセテート(FD)(Sigma)を含有する培地で、CO2インキュベーター中15分間インキュベートした。培地をハンクス平衡塩溶液(HBSS)(Lifetechnologies)に置換した後、代謝したフルオレセインを蛍光顕微鏡下で検出した。胆管誘導の場合は、15分間のインキュベーションの後、培地を新鮮な培地に交換して、さらに30分間培養を続け、代謝したフルオレセインの内腔への輸送を誘導した。次いで、培地をHBSSに置換し、フルオレセインの分布を蛍光顕微鏡下で観察した。
【0053】
分泌アッセイ
胆管誘導された細胞を、2 x 10-7 M ラットセクレチン (Wako)の存在下で30分間培養し、胆管様構造の内腔の拡張を観察した。
【0054】
細胞核の計数
メタノール固定した細胞をPBS(-)で1/1000に希釈したhoechst33342にて染色し、CellomicsTMArrayScan(R) VTI System (Lifetechnologies)を製造者の手引きに従って用い、核を計数した。
【0055】
凍結肝細胞からのLSC誘導
凍結ラット成熟肝細胞(Biopredic)を製造者の手引きに従って融解した。凍結ラット肝細胞培養用の基本培地として、小型肝細胞培養培地(SHM)、即ち、5 mM HEPES (Sigma, St. Louis, MO)、30 mg/L L-プロリン (Sigma)、0.05% BSA (Sigma)、10 ng/mL 上皮細胞増殖因子 (Sigma)、インスリン-トランスフェリン-セリン (ITS)-X (Lifetechnologies)、10-7 M デキサメタゾン (Dex)、10 mM ニコチンアミド (Sigma)、1 mMアスコルビン酸2-リン酸エステル(和光純薬、東京)及び抗生物質/抗真菌薬溶液 (100 U/mL ペニシリン、100 mg/mL ストレプトマイシン及び0.25 mg/ mL アンホテリシンB) (Lifetechnologies)を添加した、2.4 g/L NaHCO3 及びL-グルタミン含有DMEM/F12 (Lifetechnologies, Carlsbad, CA) を用いた。融解した凍結ラット成熟肝細胞を、以下の4つの低分子阻害薬:10 μM Y-27632 (WAKO)、1 μM PD0325901 (Axon Medchem, Groningen, Netherland)、0.5 μM A-83-01 (TOCRIS, Bristol, UK)及び3 μM CHIR99021 (Axon Medchem)をSHM中に懸濁し、I型コラーゲンでコーティングしたプレート (AGCテクノグラス、静岡)上に1 x 104 細胞/cm2 で播種した。播種1日後に培地を交換し、その後は1日おきに培地交換した。
【0056】
ヒト凍結肝細胞からのLSC誘導
ヒト凍結肝細胞(Xenotech)を製造者の手引きに従って融解した。ヒト凍結肝細胞培養用の基本培地として、SHMを用いた。PD0325901を除く3つの低分子阻害薬を用いた点以外は、上記の凍結ラット成熟肝細胞からのLSC誘導と同様の方法により誘導を行った。用いたヒト凍結肝細胞を表1に示す。
【0057】
【0058】
ヒト凍結肝細胞から誘導したMH-LSCの継代培養
上記のMH-LSCの継代培養と同様の方法で、ヒト凍結肝細胞から誘導したMH-LSの継代培養を行った。
【0059】
実施例1 低分子阻害薬は初代成熟肝細胞の増殖を誘導する
本発明者らや他のグループは以前、低分子阻害薬が幹細胞の多能性の誘導及び維持に寄与することを報告した(Hou et al., 2013; Kawamata and Ochiya, 2010)。さらに、本発明者らは、乳癌細胞のインビトロでの維持が低分子の存在に強く依存することを明らかにした。これらの知見に基づいて、本発明者らは、これらの低分子のある特定の組み合わせ、即ち、Rhoキナーゼ阻害薬Y-27632、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MEK)阻害薬PD0325901、1型トランスフォーミング増殖因子(TGF)-β受容体阻害薬A-83-01、及びグリコーゲン合成酵素キナーゼ-3(GSK3)阻害薬CHIR99021が、成体肝細胞を肝幹細胞様の分化状態にリプログラムするか否かを調べた。まず、10-20週齢のラットから初代成熟肝細胞を単離し、上記4因子のあり得る全ての組み合わせの存在下で培養した。成熟肝細胞はインビトロで増殖しないという一般的な考えに反して、4因子のいくつかの組み合わせの存在下で、成熟肝細胞の明確な増殖が観察された(
図1a及びb)。これらのうち、Y-27632, A-83-01及びCHIR99021の3因子の組み合わせ (以下、YACという) が成熟肝細胞の最も高い増殖能を生み出した。そのため、以下の実験では成熟肝細胞に及ぼすYACの効果に焦点を当てた。本発明者らは、YACが、2週間の培養の間に細胞核数を約15倍に増加させることを確認した(
図2A)。マイクロアレイ解析により、培養7日目(D7)及び14日目(D14)における一連の細胞周期マーカーの遺伝子発現レベルが、YAC存在下で上方制御されていることがわかった(
図2B)。定量的RT-PCR解析の結果、YAC刺激下での2週間の成熟肝細胞の培養期間中、PCNAとFoxM1は一貫して高レベルで発現していることが確認された(
図2C)。まばらに接種された肝細胞のコマ撮り解析により、増殖中の細胞は典型的な成熟肝細胞の形態を有する細胞に由来することが確認された(
図2D)。さらに、増殖中の細胞のいくつかは当初二核細胞であり(
図2D)、成熟肝細胞がYAC誘導性の増殖細胞の起源であることが強く示唆された。対照的に、YAC非刺激下では、増殖細胞はほとんど出現せず、より多くの細胞がアポトーシス死した(
図2D)。定量解析の結果、YAC存在下と非存在下の間で、細胞数プロファイルに明確なシフトが認められた(
図2E)。特に、5日間の培養(2日目から6日目)の間に5を超える細胞を産生する単一細胞の比率が、YAC非存在下では1.39%であったのに対し、YAC存在下では25.1%と顕著に増大した(
図2F)。対照的に、1細胞以下となった単一細胞の比率は、YAC非存在下では77.3%であったのに対し、YAC存在下ではわずか4.30%であった(
図2G)。また、初代肝細胞のアポトーシスの頻度は、YAC非存在下よりもYAC存在下の方が抑制された(
図2H)。
【0060】
実施例2 YAC誘導性増殖細胞は肝前駆細胞と類似する
YAC誘導性増殖細胞は、0日目の初代肝細胞やYAC非刺激下の細胞と比較して高い核/細胞質(N/C)比を示した(
図3a)。このような形態は、胎児肝芽細胞や成体卵形細胞を含むLSCに特徴的である。そこで、本発明者らは、YAC誘導性増殖細胞がLSCマーカーの発現においてLSCに類似するか否かを調べた。定量的RT-PCR解析の結果、α-フェトプロテイン(AFP)、SRY-ボックス (Sox) 9、上皮細胞接着分子 (EpCAM)、Thy-1/CD90、肝細胞核内因子1ホメオボックスB (HNF1β)、フォークヘッドボックスJ1 (FoxJ1)、HNF6/one cut-1 (OC1)、CD44、インテグリンα-6 (A6) 及びCK19を含む多数のLSCマーカーの発現レベルがYAC刺激下での2週間の培養の間に上昇していることが明らかとなった。(
図3b)。AFP、CD44、EpCAM、CK19、Sox9、A6及びCD90のタンパク質発現レベルは、YAC刺激により上昇することが確認された(
図3c)。これらの結果は、YAC刺激が成熟肝細胞に、増殖能だけでなくLSC特異的マーカーの発現をも、少なくとも部分的に付与することを強く示唆している。そのため、本発明者らは、YAC誘導性増殖細胞を、成熟肝細胞由来肝幹細胞様細胞 (MH-LSC)と命名した。次に、本発明者らはMH-LSCが肝細胞と胆管上皮細胞 (BECs) の両方に分化し得るか否かを調べた。
【0061】
実施例3 MH-LSCは機能的な肝細胞に分化し得る
本発明者らはまず、以前に報告された肝成熟プロトコル (Kamiya et al., 2002) を用いて、MH-LSCが肝細胞への分化能を有するか否かを調べた(
図4A)。オンコスタチンM(OsM)とデキサメタゾン(Dex)による肝分化刺激を受けたMH-LSC(Hep-i(+)細胞という)にマトリゲルを重層すると、毛細胆管様構造を有する典型的な成熟肝細胞様の形態となった(
図4B)。実際、フルオレセインジアセテート(FD)投与後、代謝したフルオレセインはHep-i(+)細胞によって形成されたこれらの小管に蓄積した(
図4C)。この現象は、肝誘導前のMH-LSCにおいても、肝誘導を行わずに同じ期間培養したMH-LSC(Hep-i(-)細胞)においても観察されなかった(
図4C)。また、Hep-i(+) 細胞は細胞膜においてMRP2タンパク質を発現したが、MH-LSCもHep-i(-)細胞も該タンパク質を発現しなかった(
図4D)。さらに、Hep-i(+)細胞は、Hep-i(-)細胞や未分化のMH-LSCよりも高レベルで、一連の肝機能、即ち、タンパク質レベルでのアルブミン(ALB)発現(
図4E)及びその分泌(
図4F、G)、グリコーゲンの蓄積(
図4H)及びCYP1A活性(
図4I)を発揮した。重要なことに、CYP1A活性(
図4I、J)だけでなく、CYP1A1及びCYP1A2の遺伝子発現(
図4K、L)も、3-メチルコラントレン(3-MC)刺激に応答してより効率よく誘導された。これらの知見は、mRNAマイクロアレイを用いた遺伝子クラスタリング解析によって支持される(
図5A)。実際、代謝プロセスや防御応答のような肝機能に関連する遺伝子セットはHep-i(+)細胞でも上方制御された(
図5B)。マイクロアレイのデータは定量的RT-PCRによって確認された(
図5C)。重要なことに、細胞周期関連遺伝子の大部分は、肝誘導後に下方制御された。このような遺伝子発現パターンは未分化なMH-LSCのそれとは際立って対照的であった。従って、MHC-LSCはYAC刺激によって発がん性形質転換を起こさないことが強く示唆される。
【0062】
実施例4 MH-LSCは機能的な胆管上皮細胞に分化し得る
本発明者らは、MH-LSCが、肝細胞への分化能に加えて、胆管上皮細胞(BEC)にも分化し得ることを見出した。予備実験において、本発明者らは、MH-LSCの長期間培養を可能にする培養条件を検討し、興味深いことにMH-LSCに胆管様構造を形成する能力を付与する条件を見出した。本発明者らは、この条件を少し改変して、胆管様構造を形成するようにMH-LSCを再現良く分化させることに成功した。この改変した培養条件は、MH-LSCをまばらに接種したマウス胎児線維芽細胞(MEF)上で、mTeSR1培地中6日間共培養する工程と、該工程で得られた細胞を、2% マトリゲルを添加したmTeSR1培地中でさらに6日間培養する工程の2工程からなる(
図6A)。この条件下で培養したMH-LSC(BEC-i(+)細胞という)は管状構造を形成したのに対し、ベーサルなMH-LSC維持培地中MEF上で培養したMH-LSC(BEC-i(-)細胞)は、通常の単層形態を示した(
図6B)。BEC-i(+)細胞は、BEC-i(-)細胞や未分化MH-LSCよりも、BECマーカーであるCK19及びGRHL2を高レベルで発現した(
図6C)。注目すべきことに、2つのアクアポリンAQP1及びAQP9と、2つのイオンチャネルCFTR及びAE2が、BEC-i(+)細胞で顕著に上方制御され(
図6C)、胆管として機能的に分化していることが強く示唆された。一方、BEC-i(-)細胞は、ALB及びAFP発現レベルの増加で示されるように、自然と肝細胞様細胞へと分化した(
図6C)。対照的に、 BEC-i(+)細胞はこれらの肝細胞マーカー遺伝子の発現上昇を示さず(
図6C)、BECに系列決定されたことを示唆している。免疫細胞化学分析の結果、BEC-i(+)細胞は管構造に頂端側でAQP1を発現することが確認された(
図6D)。 AE2及びCFTRもまた、単層上皮を形成したBEC-i(+)細胞で発現していた(
図6D)。 さらに、管構造の内腔には密着結合マーカーZO-1が発現していた(
図6D)。これらの結果は、管構造が機能的であることを強く示唆している。実際、BEC-i(+)細胞をセクレチンで刺激すると、内腔の拡張が引き起こされ(
図6E)、該細胞が水輸送能を有することが実証された。さらに、FDの存在下で、管構造は代謝したフルオレセインを内腔に輸送・蓄積した(
図6F)。以上をまとめると、 MH-LSCは増殖可能で、かつ肝細胞とBECのどちらにも分化し得ることが示され、表現型として真正のLSCに近いことを強く示唆している。
【0063】
実施例5 効率的な肝分化能を消失しないMH-LSCの長期間培養
MH-LSCの肝再生医療への応用可能性を評価するために、本発明者らはMH-LSCを何継代にもわたって安定に増幅し得る条件を検討した。その結果、培養プレートをマトリゲルでコーティングすることにより、MH-LSCの連続継代が可能となることを見出した(
図7A)。最初の実験では、MH-LSCがみかけ上増殖能を低下させることなく少なくとも26継代できることを確認した(
図7B)。さらに、安定に培養されたMH-LSCをクローン化して増幅することができた(
図7C)。次に、約10継代後に、5回の独立した実験のそれぞれにおいて、2-4クローンを樹立することができた。それらの肝特性を顕微鏡観察と定量的RT-PCRにより評価した。各実験において、上皮形態を示すクローンを得ることができた(
図7C)。これらの細胞は、上述の肝誘導(
図4A)に応答して成熟肝細胞様の形態を示した(
図7D)。ALB、AFP及びG6PC等の肝細胞マーカーの遺伝子発現レベルは、樹立したクローン間で変動はあったが(
図7E)、いずれのクローンでも、肝誘導に応答してこれらの遺伝子の発現レベルは増大した(
図7F)。以上のように、この培養条件において、肝分化能を保持したままMH-LSCを安定に増幅させ、再現性よくMH-LSCのクローンを樹立することができた。
【0064】
実施例6 慢性的に傷害された肝臓におけるMH-LSCの再生能
慢性的な肝傷害を有する免疫不全マウスにMH-LSCを移植し、その再生能を調べた。SCIDマウスと交配したウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベータ(uPA)トランスジェニックマウス(uPA/SCIDマウス)を用いた。移植アッセイのために、3つの独立したクローンを選択し、レンチウイルスを用いてcopGFP遺伝子を導入し、ピューロマイシンで導入細胞を選抜した後、この標識化されたMH-LSCクローンをuPA/SCIDマウスに、1.5 x 10
6 細胞/マウスで脾臓内移植した(
図8A)。ポジティブコントロールとして、ラット成熟肝細胞を2 x 10
5細胞/マウスで移植した。血清中ラットALBレベルを移植後2週毎にモニタリングしたところ、ラット成熟肝細胞を移植した場合は、移植後8週まで着実に増加した(
図8B)。MH-LSCを移植したマウスから切除した肝臓の全体像は、腫瘍形成を認めることなく多くの茶色の領域を含んでいたのに対し、非移植マウスの肝臓は白色で、重度の慢性的肝傷害を示した(
図8C上パネル)。蛍光染色の全体像から、茶色の領域はGFP陽性細胞により構成されていることが確認され(
図8C下パネル)、MH-LSCがユビキタスに傷害肝を置換したことを示している。さらに、ラットCyp2c6に対する免疫組織化学分析の結果、MH-LSC移植マウスの肝臓全体の84%がMH-LSC由来細胞で置換されていることがわかった(
図8D)。免疫組織化学分析及びPAS染色により、MH-LSC由来細胞は一様に種々の成熟肝細胞マーカー(Cyp2c6、Cyp1a2、Cyp3a1、Cyp7a1、Mrp2、Hnf4α)を発現しており、また、グリコーゲンを蓄積していることがことが示された(
図8E)。さらに、MH-LSC由来細胞は高頻度に二核性であることも示された。これらの結果は、MH-LSCが傷害した肝臓を効率よく再生させ得ること、腫瘍形成なしに機能的な肝細胞に分化し得ることを示している。
【0065】
実施例7 MH-LSCの他の既知LSCマーカーの発現
本発明者らは、デルタホモログ1(DLK1)、ロイシン-リッチリピート含有Gタンパク質共役受容体5(LGR5)(Huch, M. et al., Nature, 494: 247-250 (2013); (Huch, M. et al., Cell, 160: 299-312 (2015))、並びにFoxL1 (Sackett, S.D. et al., Hepatology, 49: 920-929 (2009)) 等の他の報告されている肝前駆細胞マーカーについて定量的RT-PCRを実施したが、YAC存在下及び非存在下のいずれの条件下でもそれらの発現は検出されなかった。これらの結果は、YAC誘導性増殖細胞は、以前に報告されている肝前駆細胞の遺伝子発現プロファイルを一部ミミックするが、完全には一致しない場合があることを示唆している。
【0066】
実施例8 凍結成熟肝細胞からのMH-LSCの誘導
本発明者らは、YAC刺激によって凍結ラット肝細胞からLSCが誘導されるか調べた。凍結ラット肝細胞はYAC刺激によって、成熟肝細胞と比較して核/細胞質(N/C)比が高い細胞の増殖が確認された(
図9)。対照的に、YAC非刺激下では、増殖細胞はほとんど出現せず、より多くの細胞がアポトーシス死した(
図9)。
【0067】
実施例9 ヒト凍結肝細胞からのMH-LSCの誘導
本発明者らは、YAC刺激によってヒト凍結肝細胞からLSCが誘導されるか調べた。ヒト凍結肝細胞は、YAC刺激によって増殖した。また、YAC刺激により、ラット肝細胞でみられた細胞と同様な形態のコロニーが出現した(
図10)。
【0068】
実施例10 ヒト凍結肝細胞から誘導したMH-LSの継代培養
本発明者らは、ヒト凍結肝細胞から誘導したMH-LSの継代培養を行い、連続継代が可能であるかを調べた。その結果、ヒト凍結肝細胞から誘導したMH-LSは、3回の継代後でも増殖能を保持していた(
図11)。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によれば、遺伝子改変を伴わずに、肝細胞から、自己再生能と肝細胞及び胆管上皮細胞への分化能(両能性)を有する肝幹/前駆細胞を、安全かつ迅速に誘導することができるので、薬物評価システムや肝再生医療への応用が可能となる点で大いに有用である。
【0070】
本出願は、日本で出願された特願2016-003088(出願日:2016年1月8日)を基礎としており、その内容はすべて本明細書に包含されるものとする。