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特許7063632モータ用ブラシホルダ装置及びそれを搭載したブラシ付きモータ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-25
(45)【発行日】2022-05-09
(54)【発明の名称】モータ用ブラシホルダ装置及びそれを搭載したブラシ付きモータ
(51)【国際特許分類】
   H02K 13/00 20060101AFI20220426BHJP
【FI】
H02K13/00 T
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018006627
(22)【出願日】2018-01-18
(65)【公開番号】P2019004684
(43)【公開日】2019-01-10
【審査請求日】2020-09-09
(31)【優先権主張番号】P 2017114537
(32)【優先日】2017-06-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000113791
【氏名又は名称】マブチモーター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【弁理士】
【氏名又は名称】真田 有
(72)【発明者】
【氏名】篠▲崎▼ 康明
【審査官】小林 紀和
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-120890(JP,A)
【文献】実開昭59-107573(JP,U)
【文献】実開昭57-045278(JP,U)
【文献】特開2005-130583(JP,A)
【文献】実開昭55-115272(JP,U)
【文献】特開2012-131616(JP,A)
【文献】特開昭63-257437(JP,A)
【文献】米国特許第05907207(US,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0216764(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02K 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅または銅が重量百分率で50%以上を占める合金からなるブラシアームの基端がブラシベース上に固定されると共に、該ブラシアームの先端側にブラシが固定され、ロータの回転軸上に設けられたコミテータの外周面に 前記ブラシアームの撓みに伴う弾性により前記ブラシを摺接可能としてなる モータ用ブラシホルダ装置において、
撓みに伴って弾性作用を奏する前記ブラシアームの基端側の領域の長さをL1(mm)、前記ブラシアームの基端から前記ブラシまでの長さをL2(mm)、前記ブラシアームの板幅をB(mm)、前記ブラシアームの板厚をT(mm)、前記ブラシアームの荷重を受けていない状態と前記ブラシが全て摩耗した状態との角度差をθ(°)としたときに、これらのL1、L2、B、T、θの関係が、
【数11】
【数12】
を共に満足するように設定されたことを特徴とするモータ用ブラシホルダ装置。
【請求項2】
前記L1、L2、B、T、θの関係を規定した式に基づき、初期から末期までのブラシ圧が140gf以上、250gf以下である
ことを特徴とする請求項1に記載のモータ用ブラシホルダ装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のモータ用ブラシホルダ装置を搭載したブラシ付きモータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーマチャ(電機子)への給電のためにブラシを支持してコミテータ(整流子)の外周面に摺接させるモータ用ブラシホルダ装置及びそれを搭載したブラシ付きモータに関する。
【背景技術】
【0002】
この種のブラシ付きモータは、アーマチャへの給電のためにコミテータの外周面にブラシを摺接させる構造のためカーボン製のブラシの摩耗が避けられず、従来から摩耗を抑制してブラシの寿命、ひいてはモータの寿命を延長する対策が要望されている。
【0003】
ブラシの摩耗はブラシ圧の影響を受け、ブラシ圧が過剰な場合にはコミテータとの摩擦に起因するいわゆる機械摩耗が促進され、逆にブラシ圧が不足の場合にはコミテータとの間で生じた火花に起因するいわゆる電気摩耗が促進される。このため、何れの現象も受け難い最適なブラシ圧が存在し、この点に着目した技術として特許文献1に記載されたものを挙げることができる。
【0004】
特許文献1の技術は、回転軸を中心とした半径方向でのアーマチャの巻線とコミテータとの位置関係により、ブラシアームの長さが制限される不具合への対策である。回転軸の軸心方向へのブラシアームの板幅をステータのマグネットの厚さよりも小さくし、マグネット間にブラシアームを配設することにより十分な長さを確保し、結果としてブラシアームの長さや板厚に依存するブラシ圧の最適化を図っている。
【0005】
コミテータとの摺接によるブラシの摩耗に従ってブラシアームはコミテータ側に接近する方向に角度変化し、それに応じてブラシ圧は次第に低下する。そこで、特許文献1の技術を含めた従来のモータ用ブラシホルダ装置では、未だブラシが摩耗していない初期状態において適切なブラシ圧が達成されるように、ブラシアームの長さや板厚等の各要件を設定していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】実開平2-41668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、ブラシ付きモータの用途拡大のための手法の1つとして、高回転型の仕様が開発されている。しかしながら、高回転型のブラシ付きモータは火花に起因する電気摩耗の影響を強く受けるため、十分なモータ寿命を確保できないという問題が発生した。
【0008】
図10は従来のモータ用ブラシホルダ装置の実働時間とブラシ圧の変化との試験結果を示す図である。図中の摩耗高さはブラシの摩耗量を意味し、摩耗高さの増加に応じてブラシアームが角度変化してブラシ圧が低下するため、摩耗高さとブラシ圧との間には相関がある。
【0009】
そして、モータの実働時間の経過に応じて摩耗高さの増加と共にブラシ圧が次第に低下しているが、初期(新品)から実働時間がそれ程経過しない早期の段階でブラシの摩耗量が急増(ブラシ圧の低下率が急増)していることが判る。この現象は、ブラシ圧がある程度低下した時点で火花に起因する電気摩耗の影響が著しくなり、結果としてブラシの摩耗、ひいてはブラシ圧の低下に拍車がかかるためと考えられる。
【0010】
このように従来のモータ用ブラシホルダ装置では電気摩耗の影響により十分なモータ寿命を確保できず、その傾向は、高回転型のモータのみならず、電気摩耗の影響を受け易い高電圧や大電流のモータでも顕著に生じ、さらに通常の仕様でもブラシ圧の低下に起因してモータ寿命が制限される点については同様であった。
【0011】
限りあるブラシの摩耗代を有効に活用するには、初期から末期までのモータ寿命の全域において常に適切なブラシ圧に保つことが重要である。そのためには、特許文献1の技術を含めた従来技術のように初期状態でのブラシ圧に着目するだけでは不十分であり、従来から抜本的な対策が要望されていた。
【0012】
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、初期から末期までのモータ寿命の全域において常に適切なブラシ圧を保ち、これにより十分に長いモータ寿命を達成することができるモータ用ブラシホルダ装置及びそれを搭載したブラシ付きモータを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の目的を達成するため、本発明のモータ用ブラシホルダ装置は、銅または銅が重量百分率で50%以上を占める合金からなるブラシアームの基端がブラシベース上に固定されると共に、該ブラシアームの先端側にブラシが固定され、ロータの回転軸上に設けられたコミテータの外周面に 前記ブラシアームの撓みに伴う弾性により前記ブラシを摺接可能としてなる モータ用ブラシホルダ装置において、撓みに伴って弾性作用を奏する前記ブラシアームの基端側の領域の長さをL1(mm)、前記ブラシアームの基端から前記ブラシまでの長さをL2(mm)、前記ブラシアームの板幅をB(mm)、前記ブラシアームの板厚をT(mm)、前記ブラシアームの荷重を受けていない状態θ0(°)と前記ブラシが全て摩耗した状態との角度差をθ(°)としたときに、これらのL1、L2、B、T、θの関係が、
【数1】
【数2】
を共に満足するように設定されていることを特徴とする(請求項1)。
【0014】
上記従来技術が抱える不具合を鑑みて本発明者は、モータ寿命を制限する直接的な要因がブラシ圧の低下に伴う電気摩耗にあることから、ブラシ圧の最適化は、モータ寿命の初期よりもむしろ末期に必要であり、さらに末期のブラシ圧の最適化により初期のブラシ圧が過大になるのを防止するために、ブラシ圧の低下率を低減する必要があるとの知見に至った。
【0015】
そこで本発明者は、まずブラシ圧の最適値を特定するための試験を実施した。
図3はブラシ圧を変化させたときのブラシの摩耗量を測定した試験結果を示す図であり、ブラシ摩耗量は、ブラシ圧が高い領域ではコミテータとの摩擦に起因する機械摩耗によりブラシ圧の増加に伴って次第に増加し、ブラシ圧が低い領域ではコミテータとの間で生じた火花に起因する電気摩耗によりブラシ圧の低下に伴って次第に増加する。双方の間には何れの現象も受け難い領域が形成され、その領域中にブラシ摩耗量の極小値が含まれる。極小値のブラシ圧は170gfであるため、モータ寿命の末期のブラシ圧の最適値は170gf付近にあると見なせる。
【0016】
一方、ブラシ圧は、ブラシアームの形状のみで決定されるブラシ圧指数として次式(1)のように表現できる。
【数3】
図5に示すように、L1は撓みに伴って弾性作用を奏するブラシアームの基端側の領域の長さ、L2はブラシアームの基端からブラシまでの長さ、Bはブラシアームの板幅、Tはブラシアームの板厚、θはブラシアームの荷重を受けていない状態θ0とブラシが全て摩耗した状態との角度差である。
【0017】
上式(1)においてブラシ圧指数は固有の値で表現されている。ブラシ摩耗量の極小値ではブラシ圧指数が26になり、モータ寿命の末期のブラシ圧指数の最適値は26付近と見なせる。
【0018】
但し、モータ寿命を決定する真の要素は初期から末期までのトータルのブラシ摩耗量であり、末期のブラシ圧指数を26よりも低く設定した方がトータルのブラシ摩耗量を低減できることもある。その反面、図3の特性線から判るように、末期のブラシ圧指数を極小値から大きく低下させると電気摩耗の影響によりブラシ摩耗量が急増する。これらの点を勘案して末期のブラシ圧指数を20に設定した。
即ち、下式(2)の条件を満足するようにブラシアームの各要件を設定すれば、モータ寿命の末期においても電気摩耗によりブラシの摩耗量が急増する事態を回避できる。
【数4】
【0019】
また、ブラシ圧の低下率は、ブラシアームの形状のみで決定されるブラシ圧定数として次式(3)のように表現できる。
【数5】
【0020】
このブラシ圧定数が小さいほどブラシ圧の低下率が小となるため、初期のブラシ圧を低減するには、式(3)のブラシ圧定数の上限を制限する必要がある。そこで、ブラシ圧指数に関する式(2)の条件を満足した上で、そのときの各要件に基づき達成し得る現実的なブラシ圧定数の上限として1.0を設定した。
即ち、下式(4)の条件を満足するようにブラシアームの各要件を設定すれば、ブラシ圧の低下率を小として初期のブラシ圧を低減できる。
【数6】
【0021】
以上のようにして設定された式(2)及び式(4)を共に満足するようにブラシアームの各要件が求められ、結果として、初期から末期までのモータ寿命の全域において常に適切なブラシ圧を保つことが可能となる。
【0022】
また別の態様として、前記L1、L2、B、T、θの関係を規定した式(2),(4)に基づき、初期のブラシ圧として250gf以下が設定され、末期のブラシ圧として140gf以上が設定され、初期から末期までを通じて140gf以上、250gf以下が望ましい(請求項2)。
このように構成したブラシ付きモータによれば、式(2),(4)に基づき、最適範囲に初期及び末期のブラシ圧を設定可能となる。
【0023】
また別の態様として、請求項1または2に記載のモータ用ブラシホルダ装置を搭載してブラシ付きモータを構成することが望ましい(請求項3)。
このように構成したブラシ付きモータによれば、そのブラシホルダ装置により請求項1または2に記載した作用効果が得られる。
【発明の効果】
【0024】
本発明のモータ用ブラシホルダ装置及びそれを搭載したブラシ付きモータによれば、初期から末期までのモータ寿命の全域において常に適切なブラシ圧を保ち、これにより十分に長いモータ寿命を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】実施形態のブラシ付きモータを示す断面図である。
図2】エンドベル内のブラシホルダ装置をフロント側から見た図である。
図3】実施形態においてブラシ圧を変化させたときのブラシ摩耗量を測定した試験結果を示す図である。
図4図3の試験結果に基づき、モータ寿命の末期のブラシ圧、初期のブラシ圧、及び初期から末期までのブラシ圧の低下率の関係を模式的に示した説明図である。
図5】ブラシアームの各要件を表した正面図である。
図6】ブラシアームの各要件を表した側面図である。
図7】実施形態のモータ用ブラシホルダ装置で得られる初期及び末期のブラシ圧を従来技術のものと比較した結果を示す図である。
図8】実施形態のモータ用ブラシホルダ装置の実働時間とブラシ圧の変化との試験結果を示す図である。
図9】実施形態と従来技術1のモータ用ブラシホルダ装置の寿命試験の結果を示す図である。
図10】従来技術1のモータ用ブラシホルダ装置の実働時間とブラシ圧の変化との試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を具体化したモータ用ブラシホルダ装置、及びそれを搭載したブラシ付きモータの一実施形態を説明する。
図1は本実施形態のブラシ付きモータを示す断面図であり、図中の左方がモータのフロント側に相当し、右方がモータのリア側に相当する。
【0027】
モータ1のハウジング2は、金属ケース3及び合成樹脂製のエンドベル4により構成されている。金属ケース3はリア側に向けて開口する有底円筒状をなし、その開口部を閉塞するように、エンドベル4を金属ケース3の開口端の段差部に嵌め込み、金属ケース3の開口端の一部を切り曲げすることでエンドベル4をかしめ固定している。
【0028】
金属ケース3の内周面には2極の界磁マグネット5が接着剤により固定され、これらの界磁マグネット5とヨークとして機能する金属ケース3とによりステータ6(固定子)が構成されている。界磁マグネット5の内側にはロータ7(回転子)が配設され、ロータ7は回転軸8、アーマチャ9(電機子)及びコミテータ10(整流子)から構成されている。
【0029】
ロータ7の回転軸8のフロント側は金属ケース3内の軸受12により回転可能に支持され、回転軸8のリア側はエンドベル4内の軸受13により回転可能に支持され、この回転軸8が金属ケース3からフロント側に突出してモータ1の出力軸として機能する。
【0030】
アーマチャ9は、回転軸8上に固定されたコア14に3極の巻線15を巻回して構成され、コア14の外周面と界磁マグネット5の内周面との間には磁気ギャップとして所定のクリアランスが形成されている。コミテータ10はエンドベル4内に位置するように回転軸8上に設けられて周方向に3極に分割され、図示はしないが巻線15の各極に対して電気的に接続されている。
回転軸8上のアーマチャ9とコミテータ10との間には冷却ファン16が装着され、回転軸8と共に冷却ファン16が回転してアーマチャ9や以下に述べるブラシホルダ装置18を冷却する機能を奏する。
【0031】
エンドベル4内には、コミテータ10を内包するようにブラシホルダ装置18が配設されており、このブラシホルダ装置18の構成について以下に説明する。
図2はエンドベル4内のブラシホルダ装置18をフロント側から見た図である。
図1,2に示すように、エンドベル4内のコミテータ10を中心とした180°対向する位置にはそれぞれ金属製のブラシベース19が固定され、各ブラシベース19には端子20が一体形成または接続されている。各端子20はエンドベル4内から外部のリア側に向けて突出し、外部電源と接続された図示しない給電ケーブルを接続可能となっている。
【0032】
各ブラシベース19上の一側にはブラシアーム21の固定面21a(基端)がカシメ等により固定され、ブラシベース19を介してブラシアーム21は端子20と電気的に接続されている。固定面21aの近傍においてブラシアーム21には所定の曲率をなすR部21bが形成され、このR部21bを介してブラシアーム21は全体として「く」字状をなすように折曲形成されて先端をコミテータ10側に指向させている。
【0033】
各ブラシアーム21の先端にはカーボン製のブラシ22が固定され、各ブラシ22はコミテータ10を挟んで180°対向して位置している。結果として一対のブラシアーム21及びブラシ22は、コミテータ10を中心として点対称となる互い違いの位置関係に配置されている。
【0034】
各ブラシアーム21は、弾性に富んだベリリウム銅の板材により製作されている。但し、ブラシアーム21の材質はベリリウム銅に限定されるものではなく、銅または銅が重量百分率で50%以上を占める合金であればよい。このようにブラシアーム21の材質を限定しているのは、後述するようにブラシアーム21の形状に関する各要件(L1,L2,B,T,θ)を決定するために適用される式(2)及び式(4)が、上記材質のヤング率を前提としているためである。
なお、端子20の配置など設計的な事情によっては、一対のブラシアーム21は、コミテータ10の中心を通る直線に関して線対称に配置してもよい。
【0035】
各ブラシアーム21は、基端側の領域(後述する撓み長さL1)を除いてフロント側及びリア側の端縁21cが直角に折曲されている。これによりブラシアーム21は基端側の領域には弾性が付与されると共に、それ以外の領域は端部が曲げ起されていることで剛性が付与され、基端側の領域を撓ませて弾性によりそれぞれのブラシ22をコミテータ10の外周面に当接させている。
【0036】
給電ケーブルから端子20に給電されると、ブラシアーム21、ブラシ22及びコミテータ10を介しアーマチャ9の巻線15に直流電流が流されてコア14に磁界が発生し、界磁マグネット5の磁界との吸引及び反発作用によりロータ7が回転する。ロータ7の回転に伴って各ブラシ22がコミテータ10の外周面に摺接して、アーマチャ9の複数の巻線15の内で通電させる巻線15や流す電流の向きを連続的に切り替え、 それに伴ってコア14の磁界が連続的に変化してロータ7が回転し続ける。なお、直流電流には商用交流電源を全波整流または半端整流したものを含む。
【0037】
ところで、[発明が解決しようとする課題]で述べたように、特許文献1の技術を含めた従来技術では、初期状態において適切なブラシ圧が達成されるようにブラシアームの長さや板厚等の各要件を設定しているが、図10に示すように、早期の段階でブラシ摩耗量が急増して十分なモータ寿命を達成できないという問題があった。
【0038】
このような不具合を鑑みて本発明者は、モータ寿命を制限する直接的な要因がブラシ圧の低下に伴う電気摩耗にあることから、ブラシ圧の最適化は、モータ寿命の初期よりもむしろ末期に必要であるとの知見に至った。より詳しくは、モータ寿命の末期のブラシ圧を、図10中のブラシ摩耗量が急増する領域よりも手前にとどめれば、電気摩耗の影響を回避できる。
但し、ブラシ圧を高める常套手段として、例えばブラシアーム21の板厚を増加する場合があるが、モータ寿命の末期において板厚の増加によりブラシ圧を最適化すると、初期のブラシ圧が過大になってコミテータ10との摩擦に起因する機械摩耗が促進されてしまい、結果としてモータ寿命を延長できない。
【0039】
即ち、単にブラシ圧の最適化をモータ寿命の初期から末期に切り換えるだけでなく、モータ1の運転中のブラシ22の摩耗を抑制してブラシ圧の低下率を低減することにより、初期のブラシ圧の増加を抑制する必要がある。このように末期でのブラシ圧を最適化し、且つ初期から末期に至るまでのブラシ圧の低下率を低減するには、ブラシアーム21の長さや板厚等の各要件の綿密且つ適切な調整が要求される。
【0040】
以上の知見に基づき本発明者は、まずブラシ圧の最適値を特定するための試験を実施した。
図3はブラシ圧を変化させたときのブラシ摩耗量を測定した試験結果を示す図である。この試験では、ブラシアーム21の板厚Tを段階的に変化(0.12,0.13,0.15,0.20,0.25mm)させて所望の各ブラシ圧(gf)を得ている。そして、各ブラシ圧の条件下でモータ1を1時間運転した上で、その間に発生したブラシ22の摩耗量をモータ1の回転数(積算値)で除算することにより、モータ1の1回転当たりのブラシ摩耗量(μm3)を求めている。
【0041】
図中の各板厚のデータを結んだ特性線に示すように、1回転当たりのブラシ摩耗量は、ブラシ圧が高い領域ではコミテータ10との摩擦に起因する機械摩耗によりブラシ圧の増加に伴って次第に増加し、ブラシ圧が低い領域ではコミテータ10との間で生じた火花に起因する電気摩耗によりブラシ圧の低下に伴って次第に増加する。双方の間には何れの現象も受け難い領域が形成され、その領域中に1回転当たりのブラシ摩耗量の極小値が含まれる。ブラシ摩耗の極小値はブラシアーム21の板厚T=0.13mmより若干ブラシ圧の低側で得られ、このときのブラシ圧は170gfである。従って、モータ寿命の末期のブラシ圧の最適値は170gf付近にあると見なせる。
【0042】
図4図3の試験結果に基づき、モータ寿命の末期のブラシ圧、初期のブラシ圧、及び初期から末期までのブラシ圧の低下率の関係を模式的に示した説明図である。
詳細は後述するが、末期のブラシ圧の最適化とブラシ圧の低下率の低減とは、ブラシアーム21の各要件の設定に関して基本的に相反する(下式(2)及び下式(4)参照)。このため、例えばモータ寿命の末期に170gf付近のブラシ圧を達成することを条件付けると、ブラシアーム21の各要件の制約から実現可能なブラシ圧の低下率(ブラシ圧の低下時の傾き)もある程度の範囲内に絞られることから、その範囲内でブラシ圧の低下率が設定され、自ずと初期のブラシ圧も定まる。
【0043】
但し、モータ寿命を決定する真の要素は初期から末期までのトータルのブラシ摩耗量であることから、末期のブラシ圧の最適値は極小値である170gfとは限らない。例えば170gfよりも低いブラシ圧を末期の値とした方がトータルのブラシ摩耗量を低減できることもあり、その場合には末期のブラシ圧を170gfよりも低く設定することになる。
【0044】
一方、ブラシ圧は、ブラシアーム21の形状のみで決定される指標(以下、ブラシ圧指数と称する)として次式(1)のように表現できる。同式(1)は周知の材料力学の片持ち梁の公式をベースとし、ブラシアーム21の形状に関する各要件(以下のL1,L2,B,T,θ)によりブラシ圧を特定できるように適合させたものである。
【数7】
【0045】
図5はブラシアーム21の各要件を表した正面図、図6は同じくブラシアーム21の各要件を表した側面図である。これらの図に示すように、L1は撓みに伴って弾性作用を奏するブラシアーム21の基端側の領域の長さ(以下、撓み長さL1と称する)、L2はブラシアーム21の基端からブラシ22の中心までの長さ(以下、ブラシアーム長さL2と称する)、Bは領域L1におけるブラシアーム21の板幅、Tは領域L1におけるブラシアーム21の板厚、θはブラシアーム21の荷重を受けていない状態θ0とブラシ22が全て摩耗した状態との角度差(以下、末期撓み角度θと称する)である。
【0046】
以上の撓み長さL1、ブラシアーム長さL2、ブラシアーム21の板幅B、及びブラシアーム21の板厚Tの単位は、mm(ミリ)であり、末期撓み角度θの単位は、°(度)である。
なお、撓み長さL1、ブラシアーム長さL2、板幅B及び末期撓み角度θはブラシアーム21の製作時に任意に設定可能であるが、板厚Tはブラシアーム21の材料の厚みに依存する。
【0047】
上式(1)においてブラシ圧指数は固有の値で表現されているが、その値は図3中のブラシ圧と置換可能であり、ブラシ圧指数が大きいほどブラシ圧が大であることを意味する。換言すると、ブラシ摩耗量とブラシ圧指数との間には、図3に示すブラシ摩耗量とブラシ圧と同様の関係が成立る。ブラシ摩耗量の極小値ではブラシ圧指数が26(ブラシ圧170gfに対応)になり、モータ寿命の末期のブラシ圧指数の最適値は26付近と見なせる。
【0048】
但し、上記したように初期から末期までのトータルのブラシ摩耗量を考慮すると、末期のブラシ圧指数は初期のブラシ圧を高めすぎないようにするためより低い値の方が好ましい場合もある。その反面、図3の特性線から判るように、ブラシ圧指数を大きく低下させると電気摩耗の影響によるブラシ摩耗量が急増するため、末期のブラシ圧指数を極小値の26から大きく低下させるべきではない。これらの点を勘案して末期のブラシ圧指数を20(ブラシ圧140gfに対応)に設定した。
【0049】
即ち、下式(2)の条件を満足するようにブラシアーム21の各要件を設定すれば、モータ寿命の末期においても電気摩耗によりブラシ22の摩耗量が急増する事態を回避できる。
【数8】
【0050】
また、ブラシ圧の低下率は、ブラシアーム21の形状のみで決定される指標(以下、ブラシ圧定数と称する)として次式(3)のように表現できる。上式(1)と同じく同式(3)も、周知の材料力学の片持ち梁の公式をベースとし、ブラシアーム21の形状に関する各要件によりブラシ圧の低下率を特定できるように適合させたものである。
【数9】
【0051】
このブラシ圧定数が小さいほどブラシ圧の低下率(ブラシ摩耗量の増加率)が小となり、図4に示すように同一の末期ブラシ圧において初期のブラシ圧が低減されることになる。
従って、初期のブラシ圧を低減するには、式(3)のブラシ圧定数の上限を制限する必要があるが、式(3)の内容は末期撓み角度θを除いて式(2)と同一である。このため双方の式中の各要件を増減すると、一方の式では条件を満足し易い方向に作用し、他方の式では条件を満足し難い方向に作用する。そこで、ブラシ圧指数に関する式(2)の条件を満足した上で、そのときの各要件に基づき達成し得る現実的なブラシ圧定数の上限として1.0を設定した。
【0052】
即ち、下式(4)の条件を満足するようにブラシアーム21の各要件を設定すれば、ブラシ圧の低下率を小として初期のブラシ圧を低減できる。なお、このようにブラシ圧定数の上限を1.0に定めることにより、末期のブラシ圧140gfを基準として初期のブラシ圧の上限は概ね250gf付近となり、その範囲内がブラシ圧の最適値と見なせる。
【数10】
【0053】
なおブラシ圧は、ブラシ22とコミテータ10の間に微小電流を流しながら、ブラシ22の上端をテンションメータを介して引き上げ、通電が途切れた時点のテンションメータの値を適用する。
【0054】
以上のようにして設定された式(2)及び式(4)を共に満足するように、実際のブラシアーム21の各要件が求められる。本実施形態では、式(2)からブラシ圧指数=20が算出され、且つ式(4)からブラシ圧定数=0.7が算出されるときの各要件に基づきブラシアーム21を製作し、ブラシホルダ装置18に組み付けた。この本実施形態のモータ用ブラシホルダ装置18で得られる初期及び末期のブラシ圧を従来技術のものと比較した結果を図7に示す。
【0055】
従来技術1は、図10に基づき説明した初期状態でのブラシ圧を最適化したブラシホルダ装置である。ブラシアームの各要件を式(2)及び式(4)に適用すると、ブラシ圧定数=0.9は式(4)の条件を満足するが、ブラシ圧指数=16.3は式(2)の条件を満足していない。このためモータ寿命の初期のブラシ圧は良好であるものの末期のブラシ圧が不足し、結果として図10中の早期の段階でブラシ摩耗量が急増してしまう。
【0056】
また従来技術2は、例えばブラシアームの板厚Tを減少して撓み易くしたブラシホルダ装置である。板厚Tの減少によりブラシ圧定数=0.6は式(4)の条件を十分に満足するものの、ブラシ圧指数=10.5は式(2)の条件からかけ離れている。このためモータ寿命の初期のブラシ圧が必要以上に抑制されることで末期のブラシ圧が不足し、結果として早期の段階でブラシ摩耗量が急増してしまう。
【0057】
これに対して本実施形態では、式(2)及び式(4)を共に満足した結果、モータ寿命の初期及び末期のブラシ圧を共に最適範囲内に保持できる。
図8は本実施形態のモータ用ブラシホルダ装置18の実働時間とブラシ圧の変化との試験結果を示す図であり、試験条件は図10の従来技術1と同一である。
【0058】
この図に示すように、モータ寿命の初期にはブラシ圧が最適範囲の上限である250gfにとどめられ、末期にはブラシ圧が最適範囲の下限である140gfにとどめられている。そして図10に比較して、初期から末期までのブラシ圧の低下率(ブラシ摩耗量の増加率)が緩やか且つ急変していないことは、モータ寿命の末期においてもブラシ摩耗が急激に進行する領域に侵入していないことを意味し、換言すると、式(2)で設定したブラシ圧指数≧20の条件設定が適切であることの証左でもある。
【0059】
さらに本発明者は、実施形態と従来技術1のモータ用ブラシホルダ装置18の寿命試験を実施し、それぞれについて初期から末期までの実働時間を複数回計測した。図9に示すように、実働時間の下限値(最短寿命)を比較すると、従来技術1の100時間に対して本実施形態では145時間まで延長化され、45%の改善を達成できたことが判る。
【0060】
以上のように本実施形態のモータ用ブラシホルダ装置18及びそれを搭載したブラシ付きモータ1によれば、初期から末期までのモータ寿命の全域において常に適切なブラシ圧を保つことにより、初期に発生するブラシ22の機械摩耗及び末期に発生するブラシ22の電気摩耗を共に抑制して十分に長いモータ寿命を達成することができる。
特に本発明は、20000rpm以上、さらに好ましくは30000rpm以上 の高回転仕様のモータ1において顕著に効果が見られる。
【0061】
また、本発明が用いられるモータ1は直径50mm以下の小型直流モータであって、出力が500W以下であることが好ましい。
【0062】
以上で実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこの実施形態に限定されるものではない。例えば上記実施形態では、ステータ6を2極、アーマチャ9を3極としたブラシ付きモータ1及び当該モータ1に搭載されるモータ用ブラシホルダ装置18に具体化した。しかし、ブラシ付きモータであれば仕様は上記実施形態に限定されるものではなく、その極数等を任意に変更可能である。
【符号の説明】
【0063】
7 ロータ
8 回転軸
10 コミテータ
18 ブラシホルダ装置
19 ブラシベース
21 ブラシアーム
21a 固定面(基端)
22 ブラシ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10