(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-25
(45)【発行日】2022-05-09
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20220426BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20220426BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20220426BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20220426BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
C22C38/00 301A
C22C38/04
(21)【出願番号】P 2018032841
(22)【出願日】2018-02-27
【審査請求日】2020-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】榊山 一規
(72)【発明者】
【氏名】菊地 和幸
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-226492(JP,A)
【文献】特開平10-291092(JP,A)
【文献】特開2017-170517(JP,A)
【文献】特開2010-017717(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
C22C 38/00
C22C 38/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスが充填された、ガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量あたり、
C :0.01質量%以上0.10質量%以下、
Mn:1.5質量%以上4.0質量%以下、
Si:0.1質量%以上
1.80質量%以下、
金属Ti:0.01質量%以上1.00質量%以下、
金属Al:0.01質量%以上1.00質量%以下、
Fe:90質量%以上、
ZrO
2:0.01質量%以上1.00質量%以下、
TiO
2:0.01質量%以上0.50質量%以下、
NaF:0.01質量%以上0.50質量%以下
、
Al
2
O
3
:0.01質量%以上0.50質量%以下、
K
2
OのK換算量:0.01質量%以上0.50質量%以下、Na
2
OのNa換算量:0.01質量%以上0.50質量%以下、の一つ以上、
を含有するとともに、
ZrO
2の含有量を[ZrO
2]、NaFの含有量を[NaF]とした場合、1≦[ZrO
2]/[NaF]≦50を満たすことを特徴とするガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関する。
【0002】
従来から、溶接作業を高能率に行うために、フラックス入りワイヤを用いたガスシールドアーク溶接が様々な分野で行われている。例えば、特許文献1では、メタル系フラックス入りワイヤの特長である高溶着速度、溶接作業性を損なうことなく、ヒューム発生量の少ないガスシールドアーク溶接メタル系フラックス入りワイヤが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に係る技術においては、溶接での入熱量が30kJ/cm以上のような大入熱溶接において、アーク安定性が高く、スパッタ発生量の少ない、優れた溶接作業性を保ち、かつ、良好な機械的性質の溶接金属を得ることについては検討されておらず、これらの両立を満足することはできなかった。
【0005】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであり、大入熱溶接での溶接作業性が優れるとともに、得られる溶接金属の機械的性質が良好なガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、鋼製外皮にフラックスが充填された、ガスシールドアーク溶接用のフラックス入りワイヤであって、ワイヤ全質量あたり、C:0.01質量%以上0.10質量%以下、Mn:1.5質量%以上4.0質量%以下、Si:0.1質量%以上2.5質量%以下、金属Ti:0.01質量%以上1.00質量%以下、金属Al:0.01質量%以上1.00質量%以下、Fe:90質量%以上、ZrO2:0.01質量%以上1.00質量%以下、TiO2:0.01質量%以上0.50質量%以下、NaF:0.01質量%以上0.50質量%以下を含有するとともに、
ZrO2の含有量を[ZrO2]、NaFの含有量を[NaF]とした場合、1≦[ZrO2]/[NaF]≦50を満たすものである。
【0007】
上記ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量あたり、Al2O3:0.01質量%以上0.50質量%以下をさらに含有していてもよい。
また、上記ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量あたり、K2OのK換算量:0.01質量%以上0.50質量%以下、Na2OのNa換算量:0.01質量%以上0.50質量%以下の一つ以上をさらに含有していてもよい。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤによれば、大入熱溶接での溶接作業性が優れるとともに、得られる溶接金属の機械的性質が良好なものとすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態(本実施形態)について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0010】
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ(以下、単に「フラックス入りワイヤ」または「ワイヤ」ともいう)は、ワイヤ全質量あたり、C:0.01質量%以上0.10質量%以下、Mn:1.5質量%以上4.0質量%以下、Si:0.1質量%以上2.5質量%以下、金属Ti:0.01質量%以上1.00質量%以下、金属Al:0.01質量%以上1.00質量%以下、Fe:90質量%以上、ZrO2:0.01質量%以上1.00質量%以下、TiO2:0.01質量%以上0.50質量%以下、NaF:0.01質量%以上0.50質量%以下を含有するとともに、
ZrO2の含有量を[ZrO2]、NaFの含有量を[NaF]とした場合、1≦[ZrO2]/[NaF]≦50を満たすものである。
また、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、メタル系のフラックス入りワイヤである。ここで、メタル系のフラックス入りワイヤは、フラックスの主成分が金属成分とされており、例えば、ワイヤ全質量あたりで酸化物成分(スラグ形成成分)が3質量%以下とされているフラックス入りワイヤを意味している。酸化物成分は、好ましくは2質量%以下であり、さらに好ましくは1質量%以下である。
【0011】
本実施形態のフラックス入りワイヤは、鋼製外皮(フープ)内にフラックスが充填されたものである。詳細には、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、筒状を呈する鋼製外皮と、その外皮の内部(内側)に充填されるフラックスとからなる。なお、フラックス入りワイヤは、外皮に継目のないシームレスタイプ、外皮に継目のあるシームタイプのいずれの形態であってもよい。また、フラックス入りワイヤは、ワイヤ表面(外皮の外側)にCuなどのメッキなどが施されていても、施されていなくてもよい。
【0012】
なお、本実施形態に係るフラックス入りワイヤのワイヤ径(直径)は、特に限定されるものではないが、ワイヤ送給安定性の観点から、好ましくは1.2~4.0mmであり、より好ましくは1.2~2.4mmである。
【0013】
そして、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量に対して各成分が所定の含有量となるとともに、一部の成分の含有量については、所定の関係式を満たすものである。以下、本実施形態に係るフラックス入りワイヤの各成分の含有量を限定した理由について説明する。
【0014】
なお、以下の説明において、フラックス入りワイヤ中の各成分量は、特に断りのない限り、ワイヤ全質量(鋼製外皮と、外皮内のフラックスの合計量)あたりの含有量として規定される。
【0015】
本実施形態において、Ti酸化物として、TiO2が代表的なTi酸化物として含まれている。Ti酸化物としては、その他の酸化物が含まれる可能性もあるが、本実施形態では、これらの他の酸化物も含めてTiO2として記載している。酸化物成分について、ZrO2、Al2O3などの他の酸化物成分についても同様である。
【0016】
[C:0.01質量%以上0.10質量%以下]
Cは、溶接金属の焼き入れ性と靱性を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、Cの含有量が0.01質量%未満であると、溶接金属の焼き入れ不足となり、大入熱溶接時に靱性が十分に得られないことから、Cの含有量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.02質量%以上とする。一方、Cの含有量が0.10質量%を超えると、アークの吹きつけが強くなり、スパッタ発生量が増加することから、Cの含有量は0.10質量%以下とし、好ましくは0.07質量%以下、特に好ましくは0.05質量%以下とする。
【0017】
[Mn:1.5質量%以上4.0質量%以下]
Mnは、溶接金属の焼き入れ性と靱性を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、Mnの含有量が1.5質量%未満であると、溶接金属の焼き入れ不足となり、溶接金属の引張強さが十分に得られないことから、Mnの含有量は1.5質量%以上とし、好ましくは2.0質量%以上とする。一方、Mnの含有量が4.0質量%を超えると、溶接金属中のMn量が過剰となり、溶接金属の引張強さが上昇し過ぎることから、Mnの含有量は4.0質量%以下とし、好ましくは3.1質量%以下とする。
ここで、Mnは、純金属のMnや合金に含まれるMn、MnOなどの酸化物Mnに含まれるMn成分を意味している。Mn源としては、Mn金属粉、Fe-Mn、Fe-Si-Mn等の金属粉、合金粉が挙げられるが、これらの他、Mn酸化物を加えてもよい。
【0018】
[Si:0.1質量%以上2.5質量%以下]
Siは、溶接金属の焼き入れ性と靱性を向上させる効果や、ビード形状を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、Siの含有量が0.1質量%未満であると、溶接金属の焼き入れ不足となり、溶接金属の引張強さが十分に得られない場合があることから、Siの含有量は0.1質量%以上とし、好ましくは0.2質量%以上とする。一方、Siの含有量が2.5質量%を超えると、溶接金属中のSi量が過剰となり、溶接金属の引張強さが上昇し過ぎる場合などがあることから、Siの含有量は2.5質量%以下とし、好ましくは1.4質量%以下とする。ここで、Siは、純金属のSiや合金に含まれるSi、SiO2などの酸化物Siに含まれる全Si成分を意味している。
【0019】
なお、金属Siの含有量は、0.1質量%以上2.0質量%以下とされることが好ましい。金属Siの含有量はより好ましくは0.2質量%以上である。金属Siの含有量はより好ましくは0.8質量%以下である。また、SiO2の含有量(Si換算値)は、0.01質量%以上1.00質量%以下とされることが好ましい。SiO2の含有量(Si換算値)がこの範囲の場合、アーク安定性がより向上するとともに、スパッタ発生量もより抑えることができる。SiO2の含有量(Si換算値)は、より好ましくは0.20質量%以上である。SiO2の含有量(Si換算値)は、より好ましくは0.60質量%以下である。
【0020】
[金属Ti:0.01質量%以上1.00質量%以下]
金属Tiは、溶接金属の機械的性質、アーク安定性を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、金属Tiの含有量が0.01質量%未満であると、アーク安定性の向上効果が得られず、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、金属Tiの含有量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.10質量%以上とする。一方、金属Tiの含有量が1.00質量%を超えると、溶接金属中のTi量が過剰となり、大入熱溶接時に溶接金属の引張強さが上昇し過ぎることから、金属Tiの含有量は1.00質量%以下とし、好ましくは0.50質量%以下とする。
【0021】
[金属Al:0.01質量%以上1.00質量%以下]
金属Alは、溶接金属の機械的性質、アーク安定性を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、金属Alの含有量が0.10質量%未満であると、アーク安定性の向上効果が得られず、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、金属Alの含有量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.05質量%以上とする。一方、金属Alの含有量が1.00質量%を超えると、溶接金属成分の歩留りが過大となり、大入熱溶接時に靱性が十分に得られないことから、金属Alの含有量は1.00質量%以下とし、好ましくは0.40質量%以下とする。ここで、金属Alとは、金属単体や合金に含まれるAlの合計である。
【0022】
[Fe:90質量%以上]
Feは、フラックス入りワイヤの主要成分である。溶着量や、他の成分組成の関係から、Feの含有量は、ワイヤ全質量あたり90質量%以上であることが好ましく、より好ましくは92質量%以上である。
【0023】
[ZrO2:0.01質量%以上1.00質量%以下]
ZrO2は、アーク安定性、スラグ形成剤として溶接金属のビード形状を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、ZrO2の含有量が0.01質量%未満であると、アーク安定性の向上効果が得られず、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、ZrO2の含有量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.20質量%以上とする。一方、ZrO2の含有量が1.00質量%を超えると、アークの吹きつけが強くなり、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、ZrO2の含有量は1.00質量%以下とし、好ましくは0.80質量%以下とする。
【0024】
[TiO2:0.01質量%以上0.50質量%以下]
TiO2は、アーク安定性、スラグ形成剤として溶接金属のビード形状を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、TiO2の含有量が0.01質量%未満であると、アーク安定性向上効果が得られず、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、TiO2の含有量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.05質量%以上とする。一方、TiO2の含有量が0.50質量%を超えると、溶滴移行が不安定となり、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、TiO2の含有量は0.50質量%以下とし、好ましくは0.30質量%以下とする。
【0025】
[NaF:0.01質量%以上0.50質量%以下]
NaFは、アークをシャープにし、アーク安定性を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、NaFの含有量が0.01質量%未満であると、アーク安定性向上効果が得られず、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、NaFの含有量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.05質量%以上とする。一方、NaFの含有量が0.50質量%を超えると、アークの吹きつけが強くなり、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、NaFの含有量は0.50質量%以下とし、好ましくは0.30質量%以下とする。
【0026】
[1≦[ZrO2]/[NaF]≦50]
ZrO2の含有量(質量%)を[ZrO2]、NaFの含有量(質量%)を[NaF]とした場合の[ZrO2]/[NaF]は、溶接金属の機械的性質と良好な溶接作業性を両立させる重要な指標である。そして、この式によって算出される値を所定範囲内とすることにより、高電流負荷時のアーク安定性が高く、スパッタ発生量の少ない、優れた溶接作業性を保つことができる。
ただし、[ZrO2]/[NaF]によって算出される値が1未満であると、アークの吹きつけが強くなり、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、[ZrO2]/[NaF]によって算出される値は1以上とし、好ましくは3以上、より好ましくは5以上とする。一方、[ZrO2]/[NaF]によって算出される値が50を超えると、アーク長が変動し、高電流負荷時のアーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加することから、[ZrO2]/[NaF]によって算出される値は50以下とし、好ましくは40以下、より好ましくは30以下とする。
【0027】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、任意成分として、以下の成分(Al2O3、K2O、Na2O)を含有していてもよい。
【0028】
[Al2O3:0.01質量%以上0.50質量%以下]
Al2O3は、アーク安定性を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、Al2O3の含有量が0.01質量%未満であると、アーク安定性向上効果が得られないことから、Al2O3をワイヤに含有させる場合、Al2O3の含有量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.02質量%以上とする。一方、Al2O3の含有量が0.50質量%を超えると、溶接金属の酸素量が増加し、靱性が低下することから、Al2O3をワイヤに含有させる場合、Al2O3の含有量は0.50質量%以下とし、好ましくは0.30質量%以上とする。
【0029】
[K2OのK換算量:0.01質量%以上0.50質量%以下]
K2Oは、アーク安定性を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、K2OのK換算量が0.01質量%未満であると、アーク安定性向上効果が得られないことから、K2Oをワイヤに含有させる場合、K2OのK換算量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.02質量%以上とする。一方、K2OのK換算量が0.50質量%を超えると、溶接金属の酸素量が増加し、靱性が低下することから、K2Oをワイヤに含有させる場合、K2Oの含有量は0.50質量%以下とし、好ましくは0.30質量%以下とする。
【0030】
[Na2OのNa換算量:0.01質量%以上0.50質量%以下]
Na2Oは、アーク安定性を向上させる効果を発揮する成分である。ただし、Na2OのNa換算量が0.01質量%未満であると、アーク安定性向上効果が得られないことから、Na2Oをワイヤに含有させる場合、Na2OのNa換算量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.02質量%以上とする。一方、Na2OのNa換算量が0.50質量%を超えると、溶接金属の酸素量が増加し、靱性が低下することから、Na2Oをワイヤに含有させる場合、Na2Oの含有量は0.50質量%以下とし、好ましくは0.30質量%以下とする。
【0031】
[残部]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤの残部は、前記したFe及び不可避的不純物などである。そして、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、メタル系のフラックス入りワイヤであるが、前記したワイヤの成分の他、フラックス中に、その効果を妨げない範囲で、Cr、Mo、Cu等を溶接金属のさらなる硬化剤として、V2O5等をスラグ形成剤として、また、K2SiF6、Na3AlF6等をアーク安定剤として少量含有させてもよい。例えば、Cr、Mo、Cu等が各々0.1質量%未満、V2O5を各々0.5質量%未満、含有してもよい。また、P、S、Sn、V等が各々0.030質量%以下、含有してもよい。
【0032】
[その他:フラックス充填率]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤのフラックス充填率(=フラックス質量/ワイヤ全質量×100)は、特に限定されない。ただし、フラックス充填率が10質量%未満であると、アークの安定性が悪くなるとともにスパッタ発生量が増加し、溶接作業性が劣化することから、フラックス充填率は好ましくは10質量%以上とし、より好ましくは14質量%以上とする。一方、フラックス充填率が25質量%を超えると、ワイヤの断線が発生したり、フラックスの充填中に粉がこぼれ落ちたりする等、生産性が劣化することから、フラックス充填率は好ましくは25質量%以下とし、より好ましくは20質量%以下とする。
【0033】
続いて、本実施形態に係るフラックス入りワイヤの製造方法を説明する。
[ワイヤの製造方法]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤの製造方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、以下に示す方法で製造することができる。
まず、鋼製外皮を構成する鋼帯を準備し、この鋼帯を長手方向に送りながら成形ロールにより成形して、U字状のオープン管にする。次に、所定の成分組成となるように、各種原料を配合したフラックスを鋼製外皮に充填し、その後、断面が円形になるように加工する。その後、冷間加工により伸線し、例えば1.2~2.4mmのワイヤ径のフラックス入りワイヤとする。なお、冷間加工途中に焼鈍を施してもよい。また、製造の過程で成形した鋼製外皮の合わせ目を溶接した継ぎ目が無いワイヤと、前記合わせ目を溶接せず隙間のまま残すワイヤのいずれの構造も採用することができる。
【0034】
以下、発明例及び比較例を挙げて本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0035】
[各種試験に使用するフラックス入りワイヤの製造]
鋼帯を長手方向に送りながら成形ロールによりオープン管に成形する。続いて、表1又は表2の成分組成となるように、フラックス中に金属、合金、Fe粉、各種原料を適宜、所定範囲で添加する。次に、断面が円形になるように加工した後、加工したワイヤに対して冷間引き抜き加工を施し、ワイヤ径を約1.2mmとする。以上の製造方法によってフラックス入りワイヤを製造する。
【0036】
なお、表1又は表2に示す各成分の含有量は、ワイヤ全質量あたりの含有量(質量%)である。また、表1又は表2に示すSiO2はSi換算量を、K2OはK換算量を、Na2OはNa換算量を示しており、[ZrO2]/[NaF]は、ZrO2の含有量(質量%)を[ZrO2]、NaFの含有量(質量%)を[NaF]とした場合の[NaF]に対する[ZrO2]の割合である。また、残部は、Fe及び不可避的不純物を示す。さらに、表2中の「-」は、該当する成分が積極的に添加されていないことを示す。
【0037】
【0038】
【0039】
[溶接作業性の評価]
(溶接条件)
溶接作業性を評価するため、各フラックス入りワイヤを用いて、表3に示す成分組成の鋼板を母材とし、表4に示す各条件にてガスシールドアーク溶接を行った。なお、表3に示す鋼板の成分組成における残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0040】
【0041】
【0042】
(アーク安定性)
アーク安定性について、上記と同様、各フラックス入りワイヤを用いて、表3に示す成分組成の鋼板を母材とし、表4に示す各条件にてガスシールドアーク溶接を行った。官能評価により、アークが安定であると判断したものを「○」、アークが不安定であると判断したものを「×」と評価している。なお、アーク安定性については「○」を合格と判断し、「×」を不合格と判断している。
【0043】
(スパッタ発生量)
スパッタ発生量について、上記と同様、発明例及び比較例の各フラックス入りワイヤを用いて、表3に示す成分組成の鋼板を母材とし、表4に示す各条件にてガスシールドアーク溶接を行い、溶接試験の際に生じたスパッタの量に基づいて定量的に評価している。具体的には、WES2807:2000に準じて、スパッタを確保する捕集箱を設置した環境内で溶接を行っている。アークタイムは60秒とし、溶接完了後、捕集箱のスパッタを採取し重量を計測し、これを2回繰り返し、平均値をスパッタ発生量としている。各発明例及び比較例において、スパッタ発生量が2g/min未満であったものを「○」、スパッタ発生量が2g/min以上であったものを「×」と評価している。なお、表中において、「○」が合格で「×」が不合格である。
【0044】
[溶接金属の機械的性質の評価]
(溶接条件)
溶接金属の機械的性質の評価においても、溶接作業性の評価と同様の条件で、ガスシールドアーク溶接を行った。
【0045】
(機械的性質)
溶接金属の機械的性質は、JIS Z 3111:2005に規定される「溶着金属の引張及び衝撃試験方法」に準拠した引張試験及び衝撃試験により評価した。
引張試験片は、溶接金属中央で板厚中央の位置から採取したA0号試験片を用いた。また、衝撃試験片は、溶接金属中央で板厚中央の位置から採取したVノッチ試験片を用いた。
【0046】
引張強さ(TS)は、490~670MPaのものを「〇」、490MPa未満又は670MPaを超えるものを「×」と評価している。
靭性(vE0℃)は、0℃での吸収エネルギーが70J以上のものを「◎」、47J以上70J未満のものを「○」、47J未満のものを「×」と評価している。
【0047】
以上の各種試験の結果を、下記表5及び表6に示す。
【0048】
【0049】
【0050】
表5に示すように、発明例であるワイヤNo.W1~W24を用いた試験No.1~24では、大入熱溶接でのアーク安定性が高く、かつ、スパッタ発生量が少なかったことから、大入熱溶接での溶接作業性が優れていることがわかる。また、得られた溶接金属について、引張強さ(TS)及び靭性(vE0℃)ともに優れていることから、良好な機械的性質の溶接金属を得ることができている。なお、本発明における大入熱溶接とは、例えば、30kJ/cm以上の入熱の溶接を想定している。
【0051】
一方、表6に示すように、比較例であるワイヤNo.W25~W41を用いた試験No.25~41では、いずれかの評価項目において合格の結果が得られていない。具体的には、以下の通りである。
【0052】
例えば、試験No.34(ワイヤNo.W34)は、ワイヤのZrO2の含有量が上限値を超えているため、アーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加し、溶接作業性に劣っている。試験No.35(ワイヤNo.W35)は、ワイヤのZrO2の含有量が下限値未満であるため、アーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加し、溶接作業性に劣っている。
試験No.38(ワイヤNo.W38)は、ワイヤのNaFの含有量が上限値を超えているため、アーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加し、溶接作業性に劣っている。
試験No.39(ワイヤNo.W39)は、ワイヤのNaFの含有量が下限値未満であるため、アーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加し、溶接作業性に劣っている。
試験No.40(ワイヤNo.W40)は、ワイヤの[ZrO2]/[NaF]によって算出される値が上限値を超えているため、アーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加し、溶接作業性に劣っている。
試験No.41(ワイヤNo.W41)は、ワイヤの[ZrO2]/[NaF]によって算出される値が下限値未満であるため、アーク安定性が劣化及びスパッタ発生量が増加し、溶接作業性に劣っている。
【0053】
以上、本発明を上記具体例に基づいて詳細に説明したが、本発明は上記具体例に限定されるものではなく、本発明の範疇を逸脱しない限りにおいて、あらゆる変形や変更が可能である。