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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-25
(45)【発行日】2022-05-09
(54)【発明の名称】溶接装置及び溶接装置を用いた溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/29 20060101AFI20220426BHJP
【FI】
B23K9/29 M
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018069163
(22)【出願日】2018-03-30
(65)【公開番号】P2019177411
(43)【公開日】2019-10-17
【審査請求日】2020-10-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(73)【特許権者】
【識別番号】518112321
【氏名又は名称】コベルコROBOTiX株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100131808
【弁理士】
【氏名又は名称】柳橋 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】八島 聖
(72)【発明者】
【氏名】横田 順弘
(72)【発明者】
【氏名】泉谷 瞬
(72)【発明者】
【氏名】川▲崎▼ 博文
(72)【発明者】
【氏名】戸田 忍
【審査官】黒石 孝志
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-320100(JP,A)
【文献】特開平02-011276(JP,A)
【文献】特開2007-237270(JP,A)
【文献】特開2007-167879(JP,A)
【文献】特開2011-224617(JP,A)
【文献】特開平10-216948(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 - 9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスシールドアーク溶接のための溶接装置であって、
シールドガスの噴出をガイドするノズル及び消耗式電極に通電を行うコンタクトチップを備えた溶接トーチが装着された可搬型溶接ロボットと、
前記溶接トーチに前記消耗式電極を供給する送給装置と、
前記コンタクトチップを介して前記消耗式電極に電力を供給する溶接電源と、
前記ノズルの先端から噴出する前記シールドガスを供給するガス供給源と、
前記可搬型溶接ロボットを制御する制御装置と、
を備え、
前記溶接トーチを前記シールドガスの噴出側から見て、
前記ノズルの開口の内側に前記コンタクトチップが配置され、
前記ノズルが、回転せずに前記コンタクトチップに対して傾動することにより、前記ノズル及び前記コンタクトチップが相対的に移動可能な構造を有し、
前記ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にあること
を特徴とする溶接装置。
【請求項2】
初期状態における、前記ノズルの先端内径及び前記コンタクトチップの先端外径の間のノズル-チップ間距離が、2mm以上7mm以下の範囲内にあり、
前記ノズル及び前記コンタクトチップの相対的移動距離が、前記ノズル-チップ間距離の30%以上90%以下の範囲内にあること
を特徴とする請求項1に記載の溶接装置。
【請求項3】
前記溶接電源から供給される溶接電流は、
第1パルス及び第2パルスの組み合わせを1周期としたパルス波形であり、
前記第1パルスは前記第2パルスよりもピーク電流値が高く、
前記第2パルスは前記第1パルスよりもピーク期間が長いパルス波形となること
を特徴とする請求項1または2に記載の溶接装置。
【請求項4】
前記第1パルスのピーク電流値は400A以上600A以下の範囲内にあり、
前記第2パルスのピーク電流値は300A以上500A以下の範囲内にあり、
前記第1パルスのピーク期間は0.5msec以上3.5msec以下の範囲内にあり、
前記第2パルスのピーク期間は1.5msec以上5.5msec以下の範囲内にあること
を特徴とする請求項3に記載の溶接装置。
【請求項5】
前記溶接電源は、
溶接アーク電圧を検出する電圧検出器、
溶接電流を検出する電流検出器、及び
前記消耗式電極の先端に形成された溶滴の離脱を検出する溶滴離脱検出部を有し、
前記溶滴離脱検出部は、
前記第1パルスのピーク期間において、前記電圧検出器及び前記電流検出器から得られた、前記溶接電流、前記アーク電圧、及びアーク電圧と溶接電流の比(V/I:抵抗)のうちの少なくとも1つに基づいて、前記溶滴の離脱を検出したとき、前記第1パルスのピーク電流値を低下させることを特徴とする請求項4に記載の溶接装置。
【請求項6】
前記溶接電源及び前記可搬型溶接ロボットの間を接続するパワーケーブルのケーブル長をLmm、ケーブル断面積をSmmとすると、LのSに対する比率(L/S:単位1/mm)が、
L/S ≦ 10000の関係を有すること
を特徴とする請求項5に記載の溶接装置。
【請求項7】
溶接装置を用いたガスシールドアーク溶接方法であって、
前記溶接装置は、
シールドガスの噴出をガイドするノズル及び消耗式電極に通電を行うコンタクトチップを備えた溶接トーチが装着された可搬型溶接ロボットと、
前記溶接トーチに前記消耗式電極を供給する送給装置と、
前記コンタクトチップを介して前記消耗式電極に電力を供給する溶接電源と、
前記ノズルの先端から噴出する前記シールドガスを供給するガス供給源と、
前記可搬型溶接ロボットを制御する制御装置と、
を備え、
前記溶接トーチを前記シールドガスの噴出側から見て、
前記ノズルの開口の内側に前記コンタクトチップが配置され、
前記ノズルが、回転せずに前記コンタクトチップに対して傾動することにより、前記ノズル及び前記コンタクトチップが相対的に移動可能な構造を有し、
前記ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にある
装置であり、
前記シールドガスの流量が15L/min以上50L/min以下の範囲内にあり、
前記シールドガスの流速が1m/sec以上10m/sec以下の範囲内にあること
を特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
【請求項8】
前記溶接電源から供給される溶接電流が、
第1パルスと第2パルスの組み合わせを1周期としたパルス波形であり、
前記第1パルスは前記第2パルスよりもピーク電流値が高く、
前記第2パルスは前記第1パルスよりもピーク期間が長いパルス波形となること
を特徴とする請求項7に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項9】
前記第1パルスのピーク電流値は400A以上600A以下の範囲内にあり、
前記第2パルスのピーク電流値は300A以上500A以下の範囲内にあり、
前記第1パルスのピーク期間は0.5msec以上3.5msec以下の範囲内にあり、
前記第2パルスのピーク期間は1.5msec以上5.5msec以下の範囲内にあること
を特徴とする請求項8に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項10】
溶接装置を用いた多層盛溶接のガスシールドアーク溶接方法であって、
前記溶接装置は、
シールドガスの噴出をガイドするノズル及び消耗式電極に通電を行うコンタクトチップを備えた溶接トーチが装着された可搬型溶接ロボットと、
前記溶接トーチに前記消耗式電極を供給する送給装置と、
前記コンタクトチップを介して前記消耗式電極に電力を供給する溶接電源と、
前記ノズルの先端から噴出する前記シールドガスを供給するガス供給源と、
前記可搬型溶接ロボットを制御する制御装置と、
を備え、
前記溶接トーチを前記シールドガスの噴出側から見て、
前記ノズルの開口の内側に前記コンタクトチップが配置され、
前記ノズルが、回転せずに前記コンタクトチップに対して傾動することにより、前記ノズル及び前記コンタクトチップが相対的に移動可能な構造を有し、
前記ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にある
装置であり、
前記シールドガスの流量が15L/min以上50L/min以下の範囲内にあり、
前記シールドガスの流速が1m/sec以上10m/sec以下の範囲内にあり、
前記多層盛溶接の場合、
(1)第1層のみ、
(2)第1層から第2層まで、または
(3)第1層から第3層までを、
前記溶接電源から供給される溶接電流が、パルス波形を用いない定電圧の直流として行い、
残りの層を、
前記溶接電流が第1パルスと第2パルスの組み合わせを1周期としたパルス波形とし、
前記第1パルスは前記第2パルスよりもピーク電流値が高く、
前記第2パルスは前記第1パルスよりもピーク期間が長いパルス波形として、
溶接を行うこと
を特徴とする多層盛溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可搬型溶接ロボットを含む溶接装置及びこの溶接装置を用いた溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
造船、鉄骨、橋梁等における溶接構造物の製造において、工場における溶接作業は、自動化が進み、多軸の溶接ロボットが多用されている。その中でも、特に、作業員が一人で運ぶことができる軽量な可搬型小型ロボットが広く用いられている。このような可搬型小型ロボットでは、作業効率を重視し、自動で長時間の溶接を行うことが一般的である。このため、発生したスパッタがノズルに付着し、ガスの噴出を妨げるので、アーク不安定が助長され、更にスパッタの発生、ブローホール等の溶接欠陥の発生が顕著になるという課題を有する。
【0003】
このような課題を解決するため、スパッタを除去する凹凸板と絶縁酸化皮膜を除去ヤスリとからなるノズルクリーナ兼ワイヤ処理器を有する可搬型溶接ロボットが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-287032
【発明の概要】
【発明が解決する課題】
【0005】
特許文献1に記載の可搬型溶接ロボットでは、可搬型溶接ロボットに備えられたノズルクリーナにより、ノズルに付着するスパッタを除去する。しかし、除去する場合には一度溶接を止める必要があり、長時間の連続溶接が困難であり、作業効率が低下するという問題を有する。
【0006】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、長時間の連続溶接を可能にして、作業効率の向上が図れる溶接装置及びこの溶接装置を用いた溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる目的のもと、本発明の1つの態様に係る溶接装置は、
ガスシールドアーク溶接のための溶接装置であって、
シールドガスの噴出をガイドするノズル及び消耗式電極に通電を行うコンタクトチップを備えた溶接トーチが装着された可搬型溶接ロボットと、
前記溶接トーチに前記消耗式電極を供給する送給装置と、
前記コンタクトチップを介して前記消耗式電極に電力を供給する溶接電源と、
前記ノズルの先端から噴出する前記シールドガスを供給するガス供給源と、
前記可搬型溶接ロボットを制御する制御装置と、
を備え、
前記溶接トーチを前記シールドガスの噴出側から見て、
前記ノズルの開口の内側に前記コンタクトチップが配置され、
前記ノズル及び前記コンタクトチップが相対的に移動可能な構造を有し、
前記ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にあること
を特徴とする。
【0008】
本発明の1つの態様に係る溶接方法は、
溶接装置を用いたガスシールドアーク溶接方法であって、
前記溶接装置は、
シールドガスの噴出をガイドするノズル及び消耗式電極に通電を行うコンタクトチップを備えた溶接トーチが装着された可搬型溶接ロボットと、
前記溶接トーチに前記消耗式電極を供給する送給装置と、
前記コンタクトチップを介して前記消耗式電極に電力を供給する溶接電源と、
前記ノズルの先端から噴出する前記シールドガスを供給するガス供給源と、
前記可搬型溶接ロボットを制御する制御装置と、
を備え、
前記溶接トーチを前記シールドガスの噴出側から見て、
前記ノズルの開口の内側に前記コンタクトチップが配置され、
前記ノズル及び前記コンタクトチップが相対的に移動可能な構造を有し、
前記ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にある
装置であり、
前記シールドガスの流量が15L/min以上50L/min以下の範囲内にあり、
前記シールドガスの流速が1m/sec以上10m/sec以下の範囲内にあることを特徴とする。
【0009】
また、本発明の1つの態様に係る多層盛溶接の溶接方法は、
溶接装置を用いた多層盛溶接のガスシールドアーク溶接方法であって、
前記溶接装置は、
シールドガスの噴出をガイドするノズル及び消耗式電極に通電を行うコンタクトチップを備えた溶接トーチが装着された可搬型溶接ロボットと、
前記溶接トーチに前記消耗式電極を供給する送給装置と、
前記コンタクトチップを介して前記消耗式電極に電力を供給する溶接電源と、
前記ノズルの先端から噴出する前記シールドガスを供給するガス供給源と、
前記可搬型溶接ロボットを制御する制御装置と、
を備え、
前記溶接トーチを前記シールドガスの噴出側から見て、
前記ノズルの開口の内側に前記コンタクトチップが配置され、
前記ノズル及び前記コンタクトチップが相対的に移動可能な構造を有し、
前記ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にある
装置であり、
前記シールドガスの流量が15L/min以上50L/min以下の範囲内にあり、
前記シールドガスの流速が1m/sec以上10m/sec以下の範囲内にあり、
前記多層盛溶接の場合、
(1)第1層のみ、
(2)第1層から第2層まで、または
(3)第1層から第3層までを、
前記溶接電源から供給される溶接電流が、パルス波形を用いない定電圧の直流として行い、
残りの層を、
前記溶接電流が第1パルスと第2パルスの組み合わせを1周期としたパルス波形とし、
前記第1パルスは前記第2パルスよりもピーク電流値が高く、
前記第2パルスは前記第1パルスよりもピーク期間が長いパルス波形として、
溶接を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
上記態様によれば、長時間の連続溶接を可能にして、作業効率の向上が図れる溶接装置及びこの溶接装置を用いた溶接方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の1つの実施形態に係る溶接装置の構成を示す模式図である。
図2】本発明の1つの実施形態に係る可搬型溶接ロボットを模式的に示す側面図である。
図3図2に示す可搬型溶接ロボットを用いて溶接を行うところを模式的に示す側面図である。
図4】本発明の1つの実施形態に係る溶接トーチの構造を模式的に示す側面断面図である。
図5A図4の矢視A-Aで示す溶接トーチをシールドガスの噴出側から見た模式図であり、ノズル及びコンタクトチップが略同心上に配置された初期状態を示す図である。
図5B図5Aの状態から、ノズル及びコンタクトチップが相対的に移動した状態を示す模式図である。
図6】本発明の1つの実施形態に係る制御装置が生成するパルス波形の一例を示す図である。
図7】本発明の1つの実施形態に係る制御装置が生成するパルス波形による溶接ワイヤ先端部の時系列変化を模式的に示す説明図である。
図8】時間2階微分値を用いた検出を行う溶滴離脱検出部を有する制御装置の一例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための実施形態を説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の技術思想を具体化するためのものであって、特定的な記載がない限り、本発明を以下のものに限定しない。
各図面中、同一の機能を有する部材には、同一符号を付している場合がある。要点の説明または理解の容易性を考慮して、便宜上実施形態を分けて示す場合があるが、異なる実施形態で示した構成の部分的な置換または組み合わせは可能である。後述の実施形態では前述の実施形態と共通の事柄についての記述を省略し、異なる点についてのみ説明する。特に、同様の構成による同様の作用効果については、実施形態ごとには逐次言及しないものとする。各図面が示す部材の大きさや位置関係等は、説明を明確にするため、誇張して示している場合もある。
【0013】
(1つの実施形態に係る溶接装置)
はじめに、図1を参照しながら、本発明の1つの実施形態に係る溶接装置の説明を行う。図1は、本発明の1つの実施形態に係る溶接装置の構成を示す模式図である。
図1に示すように、本実施形態に係る溶接装置50は、ガスシールドアーク溶接を行うための溶接装置である。溶接装置50は、溶接トーチ200を備えた可搬型溶接ロボット100を備える。更に、溶接装置50は、溶接トーチ200に消耗式電極(以下、”溶接ワイヤ”と称する)を供給する送給装置300と、溶接ワイヤに電力を供給する溶接電源400と、溶接トーチ200の先端から噴出するシールドガスを供給するガス供給源500と、可搬型溶接ロボット100を制御する制御装置600とを備える。
【0014】
可搬型溶接ロボット100は、オペレータ一人で容易に持ち運べる軽量化された溶接ロボットである。可搬型溶接ロボット100に装着された溶接トーチ200には、溶接ワイヤへ通電させる通電機構であるコンタクトチップ220、及びシールドガスを噴出する機構であるノズル210が備えられている。
【0015】
溶接電源400の正負極と、コンタクトチップ220及びワークWとがそれぞれ電気的に接続されている。送給装置300により溶接トーチ200に供給された溶接ワイヤは、溶接トーチ200の内部を通過して、先端部に配置されたコンタクトチップ220に接触する。これにより、溶接トーチ200先端のコンタクトチップ220を介して、溶接電源400から溶接ワイヤに電力が供給される。よって、溶接ワイヤの先端からアークが発生し、その熱で溶接の対象であるワークWを溶接することができる。溶接時には、ノズル210の先端からシールドガスを噴出させて、溶接個所の雰囲気を保護する。
【0016】
<送給装置>
送給装置300は、溶接作業の進行に合わせて、スプールに巻かれた溶接ワイヤを溶接トーチ200に送る。送給装置300により送られる溶接ワイヤは、特に限定されず、ワークWの性質や溶接形態等によって選択され、例えば、ソリッドワイヤやフラックス入りワイヤが使用される。また、溶接ワイヤの材質も問わず、例えば、軟鋼でも良いし、ステンレスやアルミニウム、チタンといった材質でも良い。更に、溶接ワイヤの径も特に問わないが、本実施形態において好ましくは、上限は1.6mm、下限は0.9mmである。
【0017】
<溶接電源>
溶接電源400は、制御装置600からの指令により、溶接ワイヤ及びワークWに電力を供給する。これにより、溶接ワイヤとワークWとの間にアークを発生させる。本実施形態においては、溶接電源400からの電力は、パワーケーブル410を介して送給装置300に送られ、送給装置300からコンジットチューブ420を介して溶接トーチ200に送られる。そして、溶接トーチ200先端のコンタクトチップ220を介して、溶接ワイヤに供給される。
【0018】
本実施形態では逆極性で溶接を行う場合を示し、溶接電源400はプラス(+)のパワーケーブル410及びコンジットチューブ420を介して、溶接トーチ200先端のコンタクトチップ220に接続される。一方、溶接電源400はマイナス(-)のコンジットケーブル430を介して、ワークWと接続される。ただし、これに限られるものではなく、正極性で溶接を行う場合には、プラス(+)のパワーケーブルを介してワークWに接続され、マイナス(-)のパワーケーブルを介してコンタクトチップ側に接続される。また、溶接作業時の電流は直流または交流であっても良く、その波形は特に問わず、矩形波や三角波などのパルス波形であっても良い。
【0019】
<シールドガス供給源>
本実施形態に係るシールドガス供給源500は、シールドガスが封入された容器及びバルブ等の付帯部材から構成される。シールドガス供給源500から、シールドガスが、ガスチューブ510を介して送給装置300へ送られ、送給装置300からコンジットチューブ420を介して溶接トーチ200に送られる。溶接トーチ200に送られたシールドガスは、溶接トーチ200内を流れて、ノズル210にガイドされて、溶接トーチ200から噴出する。本実施形態で用いるシールドガスとしては、CO、Arまたはこれらの混合ガスを例示することができる。
【0020】
本実施形態に係るコンジットチューブ420は、チューブの外皮側にパワーケーブルとして機能するための導電路が形成され、チューブの内部に、溶接ワイヤを保護する保護管が配置され、シールドガスの流路が形成されている。ただし、これに限られるものではなく、例えば、溶接トーチ200に溶接ワイヤを送給するための保護管を中心にして、電力供給用ケーブルやシールドガス供給用のホースを束ねたものを用いることもできる。また、例えば、溶接ワイヤを及びシールドガスを送るチューブと、パワーケーブルとを個別に設置することもできる。
【0021】
<制御装置>
本実施形態に係る制御装置600は、制御ケーブル610によって可搬型溶接ロボット100と接続され、制御ケーブル620によって溶接電源400と接続されている。これにより、可搬型溶接ロボット100の動作及び溶接条件を制御する。制御装置600は、予め可搬型溶接ロボット100の動作パターン、溶接開始位置、溶接終了位置、溶接条件、ウィービング動作等を定めたティーチングデータを保持し、可搬型溶接ロボット100及び溶接電源400に対してこれらを指示して、可搬型溶接ロボット100の動作及び溶接条件を制御する。本実施形態の制御装置600は、ティーチングを行うためのコントローラとその他の制御機能をもつコントローラが一体となって形成されている。ただし、これに限られるものではなく、ティーチングを行うためのコントローラ及びその他の制御機能をもつコントローラの2つに分ける等、役割によって、複数に分割しても良い。また、本実施形態では、制御ケーブル610、620を用いて信号が送られているが、これに限られるものではなく、無線で信号を送ることもできる。
【0022】
<可搬型溶接ロボット>
次に、図2及び図3を参照しながら、本発明の1つの実施形態に係る可搬型溶接ロボットの説明を行う。図2は、本発明の1つの実施形態に係る可搬型溶接ロボットを模式的に示す側面図である。図3は、図2に示す可搬型溶接ロボットを用いて溶接を行うところを模式的に示す側面図である。
【0023】
本実施形態に係る可搬型溶接ロボット100は、ガイドレール120、ガイドレール120上に設置されるロボット本体110及びロボット本体110に載置されたトーチ接続部130を備える。ロボット本体110は、主に、ガイドレール120上に設置される本体部112、本体部に取り付けられた固定アーム部114、及び固定アーム部114に回転可能な状態で取り付けられた可動アーム部116から構成される。可動アーム部116に、クランク170を介してトーチ接続部130が取り付けられている。トーチ接続部130は、溶接トーチ200を固定するトーチクランプ132、134から構成される。溶接トーチ200が装着される反対側には、送給装置300及び溶接トーチ200を繋ぐコンジットチューブ420を支えるケーブルクランプ150が備えられている。
【0024】
ロボット本体110は、図2の矢印Xに示すように横方向に駆動可能であり、矢印Yに示すように上下方向にも駆動可能である。更に、溶接トーチ200が取りつけられたトーチ接続部130は、クランク170により、紙面垂直方向であるZ方向に対し、前後に首振り駆動可能である。可動アーム部116は、矢印Rに示すように、固定アーム部114に対して回転可能に取り付けられており、最適な角度に調整して固定することができる。以上のように、本実施形態に係るロボット本体110は、3自由度において駆動可能である。ただし、これに限られるものではなく、用途に応じて、任意の数の自由度で駆動可能なロボット本体を採用できる。
【0025】
以上のような駆動機構により、可動アーム部116に、クランク170を介してトーチ接続部130に取り付けられた溶接トーチ200の先端部を任意の方向に向けることができる。更に、可搬型溶接ロボット100は、ガイドレール120上を、図2図3において紙面垂直方向であるZ軸方向に駆動可能である。溶接トーチ200は、矢印X方向に往復移動しながら、ロボット本体110がZ軸方向に移動することより、ウィービング溶接を行うことができる。また、クランク170による駆動により、例えば、前進角または後退角を設ける等の施工状況に応じて、溶接トーチ200を傾けることができる。
ガイドレール120の下方には、磁石140が設置されており、図3に示すように、磁石140でワークWに取り付けることができる。オペレータは、可搬型溶接ロボット100の両側把手160を掴むことにより、容易に可搬型溶接ロボット100をガイドレール120上にセットすることができる。
【0026】
可搬型溶接ロボット100は、上記の矢印X、Y、Z方向の動作ストロ-ク以内で駆動する。オペレータによるインプットデータに基づく制御装置600による制御により、可搬型溶接ロボット100は、溶接線の自動センシングを開始し、開先形状、板厚、始終端等の自動センシングを行って、溶接条件を演算し、自動ガスシールドアーク溶接を実現できる。ただし、これに限られるものではなく、上記の溶接条件のうちの一部または全てについて、オペレータが制御装置600に数値をインプットすることもできる。
<溶接トーチ>
【0027】
次に、図4を参照しながら、本発明の1つの実施形態に係る溶接トーチの説明を詳細に行う。図4は、本発明の1つの実施形態に係る溶接トーチの構造を模式的に示す側面断面図である。
【0028】
本実施形態に係る溶接トーチ200は、トーチ根元側の図面左側から、溶接トーチ本体と接続するチップボディ240、及びチップボディ240に取りつけられたコンタクトチップ220を有する。チップボディ240にはガスを噴出する穴が複数あけられている。チップボディ240には、ガスを整流するセラミック材料からなるオリフィス230がはめ込まれている。なお、チップボディ240及びコンタクトチップ220は、断面ではなく、外形が示されている。
【0029】
その外側には、トーチ根元側の図面左側から、絶縁筒250及び絶縁筒250に接続されたノズル210が、チップボディ240及びコンタクトチップ220の外側を覆うように配置されている。振動等により絶縁筒250及びノズル210の接続がゆるまないように、ウエーブワッシャ292を介して両者は接続されている。図4から明らかなように、絶縁筒250及びノズル210の内周面と、チップボディ240及びコンタクトチップ220の外周面との間が離間して配置されている。
【0030】
図面左側の絶縁筒250の根元側の端部において、絶縁筒250の内周面とチップボディ240の外周面がOリング280を介して接続されている。また、絶縁筒250の外側は、ワッシャ294、296を伴って、固定ナット260及び絶縁カバー270が装着されている。
上記のように、チップボディ240及びその先端に取りつけられたコンタクトチップ220に対して、根元側の端部でOリングの弾性力で支持された絶縁筒250及びその先端に取り付けられたノズル210が、所定の隙間をあけて配置されている。このような構造により、Oリングは弾性変形可能なので、絶縁筒250及びノズル210は、根元側の端部を傾動中心に、チップボディ240及びコンタクトチップ220に対して傾動することができる。このとき、圧縮バネ290により、絶縁筒250及びノズル210の間に所定の制動力をかけて、がたつきのないスムーズが動きを実現している。
【0031】
コンタクトチップ220について更に詳細に説明すると、やや先細りになった円筒形状を有し、その軸中心に溶接ワイヤをガイドする導通穴を有する。コンタクトチップ220は、銅等の通電性を有する金属材料で形成されている。導通穴の後端部には、後側に向かうに従って拡径する誘導テーパ面が形成されており、この誘導テーパ面により溶接ワイヤがスムーズに導入される。コンタクトチップ220は、溶接電流を溶接ワイヤに供給するととともに、溶接ワイヤをガイドするものである。
【0032】
送給装置300から供給される溶接ワイヤは、コンジットチューブ420の中を通って溶接トーチ本体に入り、溶接トーチ本体及びチップボディ240を通って、コンタクトチップ220の導通穴に入る。
一方、溶接電源400と溶接トーチ本体とは、パワーケーブル410及びコンジットチューブ420を介して電気的に接続されている。また、溶接トーチ本体、チップボディ240及びコンタクトチップ220は電気的に接続されている。よって、溶接電源400から供給された溶接電流は、コンタクトチップ220から導通穴を通過する後溶接ワイヤに流れアークを発生する。
【0033】
シールドガス供給源500から供給されたシールドガスは、ガスチューブ510及びコンジットチューブ420内を流れて、溶接トーチ本体に入り、溶接トーチ本体及びチップボディ240の内部を通って、チップボディ240の複数の穴から外周側へ流れる。そして、オリフィス230により整流されたシールドガスが、ノズル210の先端からアークを覆うように噴出して、溶接個所の雰囲気を保護する。
【0034】
(ノズル及びコンタクトチップが相対的に移動可能な構造)
次に、図5A及び図5Bを参照しながら、絶縁筒250及びノズル210がチップボディ240及びコンタクトチップ220に対して傾動することにより、ノズル210及びコンタクトチップ220が相対的に移動可能な構造の説明を詳細に行う。図5Aは、図4の矢視A-Aで示す溶接トーチをシールドガスの噴出側から見た模式図であり、ノズル及びコンタクトチップが略同心上に配置された初期状態を示す図である。図5Bは、図5Aの状態から、ノズル及びコンタクトチップが相対的に移動した状態を示す模式図である。
【0035】
ノズル210に荷重のかからない初期状態においては、絶縁筒250はOリング280から全周ほぼ同様な弾性力がかかっているので、図5Aに示すように、ノズル210及びコンタクトチップ220は、ほぼ同心円状に配置されている。この初期状態から、図4の白抜き矢印に示すように、ノズル210の先端に下側から力Fがかかった場合、Oリング280と接する根元側の端部を傾動中心として、絶縁筒250及びノズル210が、チップボディ240及びコンタクトチップ220に対して反時計回りに傾動する。これにより、図5Aに示す状態から、ノズル210がコンタクトチップ220に対して相対的に上方に移動する。
【0036】
そして、図4の矢印Bで示す地点において、絶縁筒250及びチップボディ240が当接して傾動が止まる。ただし、これに限られるものではなく、例えば、ノズル210及びオリフィス230のフランジ部が当接して傾動が止まるようにすることもできる。図5Bは、シールドガスの噴出側から見た、このときのノズル210及びコンタクトチップ220の位置関係を示す。図5Bから明らかなように、ノズル210及びコンタクトチップ220の間にはまだ所定の隙間を有している。
なお、Fがかからなくなった場合には、Oリング280の弾性力により、図5Aに示す初期状態に戻る。
【0037】
初期状態におけるノズル210の先端内径及びコンタクトチップ220の先端外径の間のノズル-チップ間距離をDとすると、ノズル210はコンタクトチップ220に対して移動距離Mだけ移動し、ノズル-チップ間距離がCに変化する。このとき、C=D-Mの関係を有する。つまり、ノズル-チップ間距離は移動距離Mだけ狭まる。なお、図5Bにおいて、初期状態のノズル210の位置を、一点鎖線の図で示す。
【0038】
上記の説明では、ノズル210がコンタクトチップ220に対して上方へ移動する場合を示したが、本実施形態においては、加重が加わる方向に応じて、ノズル210はコンタクトチップ220に対して任意の方向に移動できることは明らかである。
本実施形態では、ノズル210に荷重のかからない初期状態において、ノズル210及びコンタクトチップ220が同心円状に配置されている。つまり、ノズル-チップ間距離Dが全周においてほぼ均一になっている。よって、アークの周囲を確実にシールドガスで覆って、溶接個所の雰囲気を保護することができる。ただし、これに限られるものではなく、用途に応じて、初期状態でノズル-チップ間距離Dが領域によって異なるようにすることもできる。
【0039】
ガスシールド溶接では、ノズルの先端からシールドガスを噴出して、溶接個所の雰囲気を保護することができる。しかし、シールドガスが、開先形状や風といった外乱によって乱されると、大気を巻き込み、ガスの電位傾度が変わる。これによりアーク長が変動し、アーク不安定や大気中の窒素(N)を起因とした気孔欠陥等の溶接欠陥が発生する。可搬型溶接ロボットが適用される現場溶接では、人の手で溶接する複雑な姿勢、開先形状もあり、かつ外で溶接する場合もあるため、特にシールドガスを乱す外乱が起こり易い。また、アーク不安定によって起こるスパッタは、ノズル噴出口を塞ぎ、溶接をするほどアーク不安定が増し、スパッタの増加や溶接欠陥の発生が顕著になる。
【0040】
本実施形態では、ノズル210の先端内径を狭め、ガスの流速を高めることで、外乱を抑制することができる。具合的には、ノズル210の先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にあるようにすることが好ましく、12mm以上18mm以下の範囲内にあるようにすることが更に好ましい。ノズルの先端内径を狭めることによって、アーク安定化が可能となる。ただし、先端内径を狭めるほど、ノズル噴出口がスパッタによって閉塞され易くなる。つまり、初期にはアークが安定しスパッタの発生が少量でも、連続で溶接を行うと、スパッタが徐々に噴出口に付着し、いずれシールドガス不良が発生する。ノズルの先端内径を狭めた場合、スパッタによるノズル閉塞がより顕著になるため、単純にノズル口径を狭めるだけでは、連続溶接に適用できない。
【0041】
そこで、本実施形態では、ノズル210の先端内径を10mm以上20mm以下の範囲内にするとともに、上記のように、ノズル210及びコンタクトチップ220が相対的に移動可能な構造を有している。
本来トーチ損傷の防止から、ウィービング溶接時、開先内でノズルと開先の壁面は接触させないことが好ましい。しかし、本実施形態では、コンタクトチップ220を中心にノズル210が半径方向に移動できるので、トーチの損傷を気にすることなく、開先の壁面とノズルを衝突させ、その衝撃によって、ノズル噴出口に付着するスパッタを除去することができる。更に、ノズル210の先端内径とコンタクトチップ220の先端外径の差であるノズルーチップ間距離が変わることにより、ノズル210及びとコンタクトチップ220間に付着するスパッタを機械的に除去することができる。つまり、溶接中であっても、ウィービング溶接を行うことによって、付着したスパッタを除去することが可能となる。
【0042】
以上のように、本実施形態に係る可搬型溶接ロボット100は、現場溶接で多用され、アークが不安定になりやすく、スパッタが顕著に発生する100%COガスを用いた場合のシールドガス溶接に特に有効である。本実施形態では、ノズル210の先端内径の細径化によって、スパッタの発生を抑制することができ、かつ仮にノズル210にスパッタが付着したとしても、ノズル210及びコンタクトチップ220が相対的に移動可能な構造を有するので、ウィービング溶接時にノズルーチップ間距離を変化させて、ノズル210に付着するスパッタを除去することができる。特に、ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にある場合に、効果的にスパッタの発生を抑制し、かつノズル210に付着するスパッタを除去することができる。
このような構造により、連続溶接であってもノズル210へ付着するスパッタを防止することが可能となり、シールドガス不良を防止することができる。これにより、溶接中、アークの安定化を終始維持することができ、低スパッタ化の継続及び溶接欠陥の抑制を可能とし、作業効率の向上に寄与することができる。
よって、長時間の連続溶接を可能にして、作業効率の向上が図れる溶接装置及び溶接方法を提供することができる。
【0043】
更に、本実施形態では、初期状態におけるノズル210の先端内径及びコンタクトチップ220の先端外径の間のノズル-チップ間距離Dが、2mm以上7mm以下の範囲内になるように形成されている。ノズル-チップ間距離Dを2mm以上7mm以下の範囲内にすることにより、アークの安定化及びノズル噴出口のスパッタによる閉塞の抑制をバランスさせることができる。
【0044】
更に、ノズル210及びコンタクトチップ220間で融着することなく、効果的なスパッタ除去効果を得るには、ノズル210及びコンタクトチップ220の相対的移動距離Mを、初期状態のノズル-チップ間距離Dに対して所定の範囲に収めることが重要である。これに関する様々な検討、試験に基づき、以下のことを知見した。
相対的移動距離Mのノズル-チップ間距離Dに対する割合M/Dが30%未満である場合には、移動範囲が少なくスパッタ除去効果が低い。一方、M/Dが90%より大きい場合には、ノズル210及びコンタクトチップ220間で融着する可能性が高まる。つまり、ノズル210及びコンタクトチップ220の相対的移動距離Mが、ノズル-チップ間距離Dの30%以上90%以下の範囲内にあることが好ましいことを知見した。
【0045】
以上のように、初期状態におけるノズル210の先端内径及びコンタクトチップ220の先端外径の間のノズル-チップ間距離Dが2mm以上7mm以下の範囲内にあり、ノズル210及びコンタクトチップ220の相対的移動距離Mが、ノズル-チップ間距離Dの30%以上90%以下の範囲内にある場合には、アークの安定化及びノズル噴出口のスパッタによる閉塞の抑制をほどよくバランスさせるとともに、ノズル210及びコンタクトチップ220間での融着を防ぎながら、有効なスパッタ除去効果を得ることができる。
なお、ノズル210及びコンタクトチップ220間で融着を確実に防ぐ観点からは、30%以上85%以下の範囲内にあることが更に好ましいと考えられる。
【0046】
用途や溶接現場によっては、ノズル210及びコンタクトチップ220の相対的移動距離Mを変更させることが好ましい場合もある。この場合、内径の異なる絶縁筒250または外径の異なるチップボディ240に変更することで、絶縁筒250及びチップボディ240が当接する位置を変更することにより、これを実現することができる。
また、例えば、絶縁筒250が楕円形の断面形状を有する場合、ウィービング溶接を行う溶接トーチ200の首振りの方向と、それに直交する可搬型溶接ロボット100の進行方向で、ノズル210及びコンタクトチップ220の相対的移動距離Mを異ならせることもできる。これにより、十分なシールドガスを供給するとともに、スパッタ除去効果を高めることができる。
【0047】
上記の実施形態では、弾性材料としてOリングを用いているが、これに限られるものではなく、バネやその他の弾性体を含むその他の任意の部材を用いることができる。更に、上記の構造は一例に過ぎず、ノズル210及びコンタクトチップ220を相対的に移動させることができる機構であれば、その他の任意の機構を適用することができる。
【0048】
また、上記の可搬型溶接ロボット100を用いた溶接において、ノズル210から噴出するシールドガスの流量が15L/min以上50L/min以下の範囲内であって、シールドガスの流速が1m/sec以上10m/sec以下の範囲内にある場合に、アークの安定化及び低スパッタ化を効果的に実現することを知見した。
【0049】
(パルス波形の溶接電流による溶接)
上記のように、可搬型溶接ロボットが多く適用される現場溶接では、外乱が大きくアーク不安定に陥りやすい。アークが安定な場合、一般的に、溶接電流をパルス波形とした方がスパッタの低減につながる。しかし、アーク不安定に陥ると、溶滴移行が乱れ、定電圧の直流(パルス無)の場合よりもスパッタが増加する。このため、可搬型溶接ロボットが適用される溶接においては、これらの問題からパルス波形は適用されなかった。本実施形態では、上記の通り、連続した溶接においてもアークを安定化できるので、更なる低スパッタ化のためにもパルス波形とすることができる。特に、現場溶接で多用される100%COガス雰囲気化で適用するパルス波形について、図6及び図7を参照しながら、下記に詳細に説明する。
【0050】
図6は、本発明の1つの実施形態に係る制御装置が生成するパルス波形の一例を示す図である。ここで、横軸は時間を示し、縦軸は溶接ワイヤに供給する溶接電流を示す。図7は、本発明の1つの実施形態に係る制御装置が生成するパルス波形による溶接ワイヤ先端部の時系列変化を模式的に示す説明図である。
本実施形態のアーク長制御方法では、予め設定された波形パラメータに基づいて、図6に示すような異なる2種類のパルス波形を、パルス周期の1周期の間に交互に生成して、溶接電源に出力することで、1溶滴の移行を行う消耗電極式パルスアーク溶接を前提としている。
【0051】
図6に示す第1パルス701は、ワイヤ先端からの溶滴を離脱させるための第1パルス
波形である。第1パルス701のピーク期間Tp1及びベース期間Tb1を含む期間を第1パルス期間と呼ぶ。ここでは、第1パルス701には、ピーク電流値Ip1及びベース電流値Ib1が設定されている。また、ピーク電流値Ip1は、第2パルス702のピーク電流値Ip2よりも大きい。
【0052】
図6に示す第2パルス702は、溶滴を整形するための第2パルス波形である。第2パルス702のピーク期間Tp2及びベース期間Tb2を含む期間を第2パルス期間と呼ぶ。ここでは、第2パルス702には、ピーク電流値Ip2及びベース電流値Ib2が設定されている。
【0053】
パルス周期の1周期は、第1パルス期間と第2パルス期間とからなる。パルス周期の1周期は、第1パルス701と第2パルス702とをこの順番に出力する期間である。図6に、前回を示す第(n-1)回目のパルス周期をTpb(n-1)として示した。また、今回を示す第n回目のパルス周期をTpb(n)として示した。
実際には、ベース電流からピーク電流へ至る立上りスロープ期間(第1パルス立上りスロープ期間、第2パルス立上りスロープ期間)やピーク電流からベース電流へ至るパルス立下りスロープ期間が存在する。しかし、ここでは、これらのスロープ期間を含まず、図6では、第1パルス701及び第2パルス702の形状を矩形で示してある。
【0054】
本実施形態に係る制御装置600は、溶接中にアーク電圧及び溶接電流を検出している。溶接電流、アーク電圧、及びアーク電圧と溶接電流の比(V/I:抵抗)のうちの少なくとも1つに基づいて、溶滴の離脱、または図7に示すような溶滴の離脱直前の状態を検出した場合に、直ちに第1パルス701の電流値を検出時の電流値よりも低い所定値またはスロープ期間に切り替える。なお、図7ではベース電流に切り替える例を示している。溶滴移行の詳細は以下の通りである。
【0055】
図7において、符号811で示すワイヤ先端805は、前回のパルス周期Tpb(n-1)にて溶滴が離脱した後の第2パルスピーク期間(Tp2)に成長したものである。第2ベース期間(Tb2)に電流が急激に減少するため、溶滴に作用する上方への押上げ力が弱まり、溶滴は、ワイヤ先端805に懸垂整形される。
【0056】
続いて、第1パルスピーク期間(Tp1)に入ると、ピーク電流による電磁ピンチ力により、符号812で示すように、溶滴は変形し、急速にくびれ806が生じる。このような溶滴の離脱直前の状態を検知することにより、第1パルスピーク期間中または第1パルス立下りスロープ期間中であっても、即座に第1ベース電流または検知時の電流より低い所定電流に切替える。離脱後のワイヤ側にアークが移動する瞬間においては、符号813で示すように電流が下がっている状態にする。これにより、ワイヤのくびれ806部分の飛散や離脱後の残留融液の飛散による小粒スパッタを大幅に低減できる。
【0057】
続いて、符号814で示すように、第2パルスピーク期間では、溶滴離脱後のワイヤに残留した融液が、離脱したり飛散したりしないようなレベルに予め第2パルスピーク電流値(Ip2)を設定した上で溶滴を成長させる。そして、符号815で示すように、第2ベース期間(Tb2)で溶滴の整形を行いながら再び、符号811で示す状態に戻るため、1周期あたり1溶滴の移行を極めて規則正しく実現できる。
【0058】
以上のように、現場溶接で多用される100%COガス雰囲気化で、適用するパルス波形として、第1パルスと第2パルスの組み合わせを1周期としたパルス波形であり、第1パルスは第2パルスよりもピーク電流値が高く、更に、第2パルスは第1パルスよりもピーク期間が長いパルス波形とすることが好ましい。
100%CO2ガス雰囲気化においては、溶滴移行形態が、溶滴が電極ワイヤ径以上の大きさとなって移行するグロビュール移行となるため、規則的に溶滴を離脱する方法が最もスパッタの発生を抑制できる。よって、第1パルスは、粗大化した溶滴を離脱するために設けられる。第2パルスは、アーク反力による搖動を防ぎつつ溶滴を一定の大きさまで溶融させるために設けられる。搖動を抑制された溶滴は、再び第1パルスによって離脱を促進され、溶滴移行が完了する。つまり、第1パルスと第2パルスで1溶滴を安定的に離脱させる特殊パルス波形となる。よって、その第1パルス、第2パルスの働きの違いから、第1パルスは第2パルスよりもピーク電流値を高く、第2パルスは第1パルスよりもピーク期間を長く設定することが好ましい。
【0059】
以上をまとめると、好ましいパルス波形は、第1パルス及び第2パルスの組み合わせを1周期としたパルス波形であり、第1パルスは第2パルスよりもピーク電流値が高く、第2パルスは第1パルスよりもピーク期間が長いパルス波形となっている。これにより、小粒スパッタの発生を大幅に低減でき、1周期あたり1溶滴の移行を極めて規則正しく実現できる。
【0060】
上記の作用効果を確実に奏するため、下記のようなパルス波形を適用することが、更に好ましいことを知見した。
(1)第1パルスのピーク電流値は400A以上600A以下の範囲内、
(2)第2パルスのピーク電流値は300A以上500A以下の範囲内、
(3)第1パルスのピーク期間は0.5msec以上3.5msec以下の範囲内、
(4)第2パルスのピーク期間は1.5msec以上5.5msec以下の範囲内。
【0061】
アークが不安定になりやすい、溶接開始後の所定時間内及び溶接終了前の所定時間内については、溶接電流がパルス波形ではない定電圧の直流で溶接し、中間の期間において、溶接電流がパルス波形の溶接を行うこともできる。
【0062】
上記の第1パルス及び第2パルスの組み合わせを1周期としたパルス波形を用いた溶接において、何らかの外乱で溶滴移行の規則性がくずれたときには、第1パルスに続いて第2パルスとは異なる第3パルスを出力することも考えられる。この第3パルスは、溶滴を強制的に離脱させるためのパルスとすることもできるし、溶滴をスムーズに離脱できるように改めて整形し直すためのパルスとすることもできる。これにより、溶滴移行の規則性がくずれたときに正常状態に復帰させるまでに要する期間を、より短くさせることができる。よって、正常状態に復帰させるまでに要する期間に発生するスパッタ及びヒュームを低減できる。
【0063】
<多層盛溶接>
多層盛のガスシールドアーク溶接にも、上記のパルス波形を用いることができる。多層盛溶接の場合、下記のような溶接方法を例示できる。
(1)第1層のみ、
(2)第1層から第2層まで、または
(3)第1層から第3層までを、
溶接電流がパルス波形ではない定電圧の直流で溶接し、残りの層を、上記と同様な溶接電流がパルス波形の溶接を行う。
【0064】
詳細に述べれば、残りの層については、溶接電流が第1パルスと第2パルスの組み合わせを1周期としたパルス波形とし、第1パルスは第2パルスよりもピーク電流値が高く、第2パルスは第1パルスよりもピーク期間が長いパルス波形として溶接を行う。
【0065】
(溶滴離脱検出部を備えた制御装置)
上記のパルス波形を用いた溶接では、第1パルスのピーク期間において、アークによって融解された溶接ワイヤの先端に形成された溶滴の離脱または離脱直前の状態を検出することが重要である。なお、以下においては、溶滴の離脱及び溶滴の離脱直前の状態を検出することを、まとめて「溶滴の離脱を検出する」と記載する。
上記のように、溶接電流、アーク電圧、及びアーク電圧と溶接電流の比(V/I:抵抗)のうちの少なくとも1つに基づいて、溶滴の離脱を検出することができる。
次に、「溶接電流、アーク電圧、及びアーク電圧と溶接電流の比(V/I:抵抗)のうちの少なくとも1つに基づく」ことの一例として、図8を参照しながら、アーク電圧等の時間2階微分値を用いて、溶滴の離脱を検出する場合を説明する。図8は、時間2階微分値を用いた検出を行う溶滴離脱検出部を備えた制御装置の一例を示すブロック図である。
【0066】
本実施形態では、アーク電圧の時間2階微分値を使用するものである。3相交流電源(図示せず)に、出力制御素子1が接続されており、この出力制御素子1に与えられた電流は、トランス2、ダイオードからなる整流部3、直流リアクトル8及び溶接電流を検出する電流検出器9を介して、コンタクトチップ4に与えられる。被溶接材7はトランス2の低位電源側に接続されており、コンタクトチップ4内を挿通して給電される溶接ワイヤ5と、被溶接材7との間に溶接アーク6が生起される。
【0067】
コンタクトチップ4と被溶接材7との間のアーク電圧は、電圧検出器10により検出されて出力制御器15に入力される。出力制御器15には、更に、電流検出器9から溶接電流の検出値が入力されており、出力制御器15は、アーク電圧及び溶接電流を基に、ワイヤ5に給電する溶接電流及びアーク電圧を制御している。
【0068】
電圧検出器10により検出されたアーク電圧は、溶滴離脱検出部16のアーク電圧微分器11に入力され、アーク電圧微分器11において、時間1階微分が演算される。次に、このアーク電圧の1階微分値は、2階微分器12に入力され、この2階微分器12において、アーク電圧の時間2階微分が演算される。その後、この時間2階微分値は比較器14に入力される。2階微分値設定器13に、2階微分設定値(閾値)が入力されて設定されている。比較器14は、2階微分器12からの2階微分値と2階微分値設定器13からの設定値(閾値)とを比較し、2階微分値が設定値を超えた瞬間に、溶滴離脱検出信号を出力する。この2階微分値が設定値を超えた瞬間が、溶滴の離脱を検出したと判定される。
【0069】
この溶滴離脱検出信号は、波形生成器18に入力され、波形生成器18において、溶滴離脱後の溶接電流波形が制御され、出力補正信号が出力制御器15に入力される。この波形生成器18は、溶滴離脱検出信号が入力されると、波形生成器18に設定された期間は、検出時の溶接電流値よりも低い溶接電流値になるように出力制御器15に制御信号(出力補正信号)を出力する。波形設定器17は、波形生成器18において、出力補正信号を出力する期間及び溶接電流を低下させる程度を入力するものであり、波形設定器17により、出力補正信号を出力する期間及び溶接電流を低下させる程度が波形生成器18に設定される。
【0070】
ここで、溶滴離脱検出信号は、溶滴の離脱を検出した場合に出力する信号である。溶滴が離脱する際には、ワイヤ先端に存在する溶滴の根元がくびれ、そのくびれが進行する結果、アーク電圧及び抵抗が上昇する。また、溶滴が離脱するとアーク長が長くなるため、アーク電圧及び抵抗が上昇する。これを電圧及び抵抗値またはそれらの微分値で検出した場合、溶接中、溶接条件が変化すると、その溶接条件の変化に影響して、溶滴離脱検出部が、誤検出を頻発し、スパッタを増大させる。しかし、本実施形態による2階微分値による検出の場合、溶接中に溶接条件が変化しても、その変化に影響されず、正確に溶滴の離脱を検出できる。また、溶滴離脱直前のくびれによる電圧またはアーク抵抗の変化に相当する2階微分値を2階微分値設定器13で設定すれば、溶滴の離脱を適確に検出し、溶接波形を制御できる。これにより、溶接ワイヤの先端に残留した融液を吹き飛ばして小粒スパッタを発生させてしまうという問題を解消することが期待できる。
【0071】
このように、溶滴の離脱を検出した後の出力補正について説明する。波形設定器17で電流・電圧等の必要なパラメータを設定する。出力制御器15は、電流検出器9、電圧検出器10、波形生成器18からの信号を入力し、出力制御素子1を制御することによって、アークを制御する。溶滴離脱検出信号が波形生成器18に入力されない場合、電流検出器9の検出電流及び電圧検出器10の検出電圧が波形設定器17で設定された電流・電圧となるように出力制御素子1へ制御信号を出力する。波形生成器18は、溶滴離脱検出部16の溶滴離脱検出信号を入力すると、波形設定器17で設定した期間は、波形設定器17で設定した溶接電流になるように出力補正信号を出力制御器15に出力する。このときの溶接電流は検出時の溶接電流より低いため、溶滴を押し上げるアーク反力が弱くなり、溶滴はワイヤ延長方向から大きく反れずに溶融池に移行する。従って、溶滴がスパッタとして飛散しにくくなる。
【0072】
以上のように、本実施形態に係る溶滴離脱検出部は、第1パルスのピーク期間において、電圧検出器10及び/または電流検出器9から得られた、アーク電圧の時間2階微分値、溶接電流の時間2階微分値、またはアーク電圧と溶接電流の比(V/I:抵抗)の時間2階微分値に基づいて、溶滴の離脱を検出したとき、第1パルスのピーク電流値を低下させる制御処理を行う。
このように、溶接電流、アーク電圧、及びアーク電圧と溶接電流の比(V/I:抵抗)のうちの少なくとも1つに基づいて、溶滴の離脱を検出して、溶接波形を制御できるため、溶接ワイヤの先端に残留した融液を吹き飛ばして小粒スパッタを発生させてしまうという問題の解消を期待できる。
【0073】
溶滴離脱検出部16が、溶滴の離脱を時間遅れが少なく正確に検出するには、電流検出器9や電圧検出器10が検出するデータの精度が重要である。溶接トーチ200へ電力を供給するパワーケーブルの長さが長い場合には、パワーケーブルの電気抵抗により、溶接電源400から溶接トーチ200に供給される間の電圧値、電流値の降下やタイムラグが著しくなる。よって、溶接電源400側に設けられた電流検出器9が検出する電流値の精度や電圧検出器10が検出する電圧値の精度が低下する。
【0074】
ケーブルの電気抵抗は、ケーブル長に比例し、ケーブルの断面積に反比例する。そこで、溶接電源400及び可搬型溶接ロボット100の間を接続するパワーケーブルのケーブル長及びケーブルの断面積を用いて、溶滴離脱検出部16が適確に溶滴の離脱の検出を行える要件を検討した。
【0075】
その結果、溶接電源400と可搬型溶接ロボット100の間を接続するパワーケーブルのケーブル長をLmm、ケーブル断面積をSmmとすると、LのSに対する比率(L/S)が、L/S≦10000の関係を有する場合に、溶滴離脱検出部が適確に溶滴の離脱の検出を行えることを知見した。なお、L/Sの単位は、1/mmとなる。
【実施例
【0076】
次に、上記の実施形態に係る溶接トーチ等を用いて実際に溶接試験を行った試験1及び試験2の説明を行う。
(試験条件)
試験1及び試験2において共通する基本的な試験条件を以下に示す。
(1)溶接ワイヤ:JIS Z3312:2009 YGW11 線形1.2mm
(2)ワーク:SM490B 板厚12mm
(3)シールドガス:100%CO
(4)溶接条件
(a)溶接電流:280~300A
(b)アーク電圧:34~36V
(c)開先:レ形開先
(d)積層:3層3パス
(e)ルート間隔:4mm
(f)入熱条件:40kJ/cm以下
(g)溶接長:350mm
【0077】
(評価方法)
試験1及び試験2ともに、試験結果を連続溶接性、スパッタ性及び溶接欠陥の3点から評価した。
(1)連続溶接性
3層3パスの溶接が、溶接ノズルのスパッタ除去作業のために停止することなく、連続的に実施された場合に、試験結果を「〇」(良)と判定した。一方、シールドガス供給の不良等により、アークが不安定になって溶接が停止した場合に、「×」(不良)と判定した。
【0078】
(2)スパッタ性
最終層の周辺に付着するスパッタ量で評価した。更に詳細に述べれば、溶接長50mm、溶接線から下板側25mm、立板側25mmの範囲に対し、付着しているスパッタ量で評価した。
(a)スパッタが1.0mm以下のものを「◎」(優良)と評価した。
(b)1.0mmを上回るスパッタが、1個以上5個以下で付着しているものを「○」(良)と評価した。
(c)1.0mmを上回るスパッタが、6個以上10個以下で付着しているものを「△」(可)と評価した。
(d)1.0mmを上回るスパッタが、11個を超える状態で付着しているものは、スパッタ付着が著しく、溶接作業性が粗悪なものとして「×」(不良)と評価した。
【0079】
(3)溶接欠陥
ビード外観、及び超音波探傷試験にて欠陥が無ければ「○」(良)と評価し、欠陥があれば「×」(不良)と評価した。
【0080】
(試験1)
次に、表1から表4を参照しながら、本発明の1つの実施形態に係る溶接トーチ及び従来の溶接トーチを用いて溶接試験を行った試験1の結果を説明する。試験1では、パルス波形は用いない定電圧の直流による溶接を行った。本発明の1つの実施形態に係る溶接トーチを用いた実施例を試験番号1から19に示す。 試験番号40から43の比較例は、ノズル及びコンタクトチップが相対的に移動可能な構造を有するが、試験番号44及び45の比較例は、ノズル及びコンタクトチップが相対的に移動できない従来の構造となっている。
【0081】
表1に、実施例における溶接ノズルの仕様及びシールドガスの流量、流速を示し、表2に、比較例における溶接ノズルの仕様及びシールドガスの流量、流速を示す。表3に、実施例における試験1の結果を示し、表4に、比較例における試験1の結果を示す。なお、試験番号1から19及び試験番号40から45のパワーケーブルのケーブル長(L:mm)は1000mm、ケーブル径(Dc:mm)は17mmとした。
【0082】
【表1】
【0083】
【表2】
【0084】
【表3】
【0085】
【表4】
【0086】
<ノズルの先端内径>
試験番号1から19の実施例では、何れもノズルの先端内径が10mmから20mmの範囲にある。これらの実施例では、連続溶接性及び溶接欠陥において、何れも「〇」(良)と評価された。また、スパッタ性については、「○」(良)または「△」(可)と評価された。以上のように、ノズル及びコンタクトチップが相対的に移動可能な構造を有し、ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にある場合には、連続溶接性、スパッタ性及び溶接欠陥において、十分な性能を有することが判明した。
更に、ノズルの先端内径が12mmから18mmの範囲にある実施例の大半が、スパッタ性について「○」(良)と判定されており、ノズルの先端内径が12mmから18mmの範囲にあることが更に好ましいことが判明した。
【0087】
一方、ノズルの先端内径が10mm未満の試験番号41の比較例では、連続溶接性、スパッタ性及び溶接欠陥の全ての点で「×」(不良)と評価された。また、ノズルの先端内径が20mmより大きく、ノズル及びコンタクトチップが相対的に移動できない構造の試験番号45の比較例でも、連続溶接性、スパッタ性及び溶接欠陥の全ての点で「×」(不良)と評価された。ノズルの先端内径が20mmより大きい試験番号40の比較例では、スパッタ性及び溶接欠陥の点で「×」(不良)と評価された。
【0088】
以上のように、ノズル及びコンタクトチップが相対的に移動可能な構造を有し、ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にある場合に、効果的にスパッタの発生を抑制し、かつノズルに付着するスパッタを除去することができることが実証された。
【0089】
<ノズル-チップ間距離>
試験番号1から19の実施例では、何れもノズル-チップ間距離が2mm以上7mm以下の範囲内にある。また、試験番号7及び10を除く実施例では、ノズル及びコンタクトチップの相対的移動距離が、ノズル-チップ間距離の30%以上90%以下の範囲内にある。これらの実施例の大半において、スパッタ性について「○」(良)と判定されている。
一方、ノズル及びコンタクトチップの相対的移動距離がノズル-チップ間距離の30%未満の試験番号7の実施例では、スパッタ性について「△」(可)と評価されている。また、ノズル及びコンタクトチップの相対的移動距離がノズル-チップ間距離の90%より大きい試験番号10の実施例でも、スパッタ性について「△」(可)と評価されている。
【0090】
更に、試験番号44及び45の比較例では、ノズル及びコンタクトチップが相対的に移動できない構造となっているので、最初はアークの状態が安定していても、ノズル内にスパッタが付着する不安定となり、スパッタ除去作業を行なわないと溶接が継続できない状態に陥った。ノズル-チップ間距離が2mm未満の試験番号41の比較例、及び移動可能距離が1.5mmの試験番号43の比較例では、シールドガスの流速が速すぎるため、開先内(トーチ直下周囲)のガスが乱れて大気を巻き込みやすくなり、ブローホール等の溶接欠陥が発生した。
【0091】
以上のように、ノズル-チップ間距離が2mm以上7mm以下の範囲内にあり、ノズル及びコンタクトチップの相対的移動距離が、ノズル-チップ間距離の30%以上90%以下の範囲内にある場合に、アークの安定化及びノズル噴出口のスパッタによる閉塞の抑制をほどよくバランスさせるとともに、ノズル及びコンタクトチップ間での融着を防ぎながら、有効なスパッタ除去効果を得られることが実証された。
【0092】
<シールドガスの流速>
試験番号1から19の実施例では、何れもシールドガスの流量が15L/min以上50L/min以下の範囲内にあり、シールドガスの流速が1m/sec以上10m/sec以下の範囲内にある。
一方、シールドガスの流量が15L/min未満であり、シールドガスの流速が1m/sec未満の試験番号42の比較例では、連続溶接性、スパッタ性及び溶接欠陥の全ての点で「×」(不良)と評価された。また、シールドガスの流速が10m/secより大きい試験番号41の比較例でも、連続溶接性、スパッタ性及び溶接欠陥の全ての点で「×」(不良)と評価された。
【0093】
以上のように、本発明の1つの実施形態に係る溶接トーチを用いた溶接では、ノズルから噴出するシールドガスの流量が15L/min以上50L/min以下の範囲内であって、シールドガスの流速が1m/sec以上10m/sec以下の範囲内にある場合に、アークの安定化及び低スパッタ化を効果的に実現することができることが実証された。
【0094】
(試験2)
次に、表5-1、表5-2及び表6を参照しながら、本発明の1つの実施形態に係る溶接トーチを用いて、パルス溶接試験を行った試験2の結果を説明する。本発明の1つの実施形態に係る溶接トーチを用いた実施例を試験番号20から39に示す。表5-1に、溶接ノズルの仕様及びシールドガスの流量、流速を示し、表5-2に、ケーブルの仕様及びパルス溶接の条件を示す。表6に、パルス溶接による試験2の結果を示す。表5-1の項目については、試験番号20から39の全ての実施例で同一に設定されている。
【0095】
【表5-1】
【0096】
【表5-2】
【0097】
【表6】
【0098】
試験2では、溶滴の離脱を検出して、パルス溶接の制御を行った。また、1層目の溶接では、パルス波形は用いない定電圧の直流による溶接を行い、2層目の溶接からパルス溶接を行った。
【0099】
<パルス試験1>
試験番号24を除く実施例では、第1パルスは第2パルスよりもピーク電流値が高くなっており、かつ第2パルスは第1パルスよりもピーク期間が長いパルス波形となっている。これらの実施例では、試験番号23の実施例を除き、パルス波を用いた溶接により、連続溶接性及び溶接欠陥について、「○」(良)以上の評価が得られることが判明した。なお、試験番号23の実施例については、スパッタ性について「△」(可)と評価されているが、後述するケーブル長に関する考察においてその原因を述べる。
一方、第1パルスが第2パルスよりもピーク電流値が高くなっていない試験番号24の実施例では、パルス波を用いたにも関わらず、スパッタ性について「△」(可)と評価されている。
【0100】
以上のように、本発明の1つの実施形態に係る溶接トーチを用いてパルス溶接を行うとき、第1パルスが第2パルスよりもピーク電流値が高く、第2パルスが第1パルスよりもピーク期間が長いパルス波形となる場合には、スパッタ性において優れた性能を有することが実証された。
【0101】
<パルス試験2>
更に、試験番号20、21、22、25、27、29、31、33、36及び38の実施例では、第1パルスのピーク電流値が400A以上600A以下の範囲内にあり、第2パルスのピーク電流値が300A以上500A以下の範囲内にあり、第1パルスのピーク期間が0.5msec以上3.5msec以下の範囲内にあり、第2パルスのピーク期間が1.5msec以上5.5msec以下の範囲内にある。
これらの実施例では、パルス波を用いた溶接により、スパッタ性において「◎」(優良)の評価が得られることが判明した。
【0102】
一方、例えば、第1パルスのピーク電流値が400A未満の試験番号28の実施例では、スパッタ性において「◎」(優良)の評価は得られていない。第1パルスのピーク電流値が600Aより大きい試験番号26の実施例でも、スパッタ性におおいて「◎」(優良)の評価は得られていない。
第2パルスのピーク電流値が300A未満の試験番号32の実施例では、スパッタ性において「◎」(優良)の評価は得られていない。第2パルスのピーク電流値が500Aより大きい試験番号30の実施例でも、スパッタ性において「◎」(優良)の評価は得られていない。
【0103】
第1パルスのピーク期間が0.5msec未満の試験番号39の実施例では、スパッタ性において「◎」(優良)の評価は得られていない。第1パルスのピーク期間が3.5msecより大きい試験番号24、37の実施例では、スパッタ性において「◎」(優良)の評価は得られていない。第2パルスのピーク期間が1.5msec未満の試験番号34の実施例では、スパッタ性において「◎」(優良)の評価は得られていない。第2パルスのピーク期間が5.5msecより大きい試験番号35の実施例では、スパッタ性において「◎」(優良)の評価は得られていない。
【0104】
以上のように、パルス波形において、第1パルスのピーク電流値が400A以上600A以下の範囲内にあり、第2パルスのピーク電流値が300A以上500A以下の範囲内にあり、第1パルスのピーク期間が0.5msec以上3.5msec以下の範囲内にあり、第2パルスのピーク期間が1.5msec以上5.5msec以下の範囲内にある場合は、スパッタ性において極めて優れた性能を有することが実証された。
【0105】
<ケーブル長>
パワーケーブルのケーブル長(Lmm)のケーブル断面積(Smm)に対する比率(L/S:単位1/mm)が10000より大きい試験番号23の実施例では、パルス溶接を行ったにも関わらず、スパッタ性について「△」(可)と評価されている。これは、ケーブル断面積(S)に対してケーブル長(L)が長すぎたことに起因する。試験番号22の実施例に示すように、L/Sの値が10000未満の場合には、スパッタ性において「◎」(優良)と評価されている。
よって、適確に溶滴の離脱の検出を行って、適切なパルス溶接を実行するには、L/S≦10000の関係を有することが重要なことが実証された。
【0106】
以上のように、上記の実施形態に係る溶接装置においては、ノズル210の先端内径の細径化とともに、ノズル210及びコンタクトチップ220が相対的に移動可能な構造を有し、ノズルの先端内径が10mm以上20mm以下の範囲内にあることによって、スパッタの発生を抑制するとともに、ノズル210にスパッタが付着したとしても、付着するスパッタを除去することができる。特に、初期状態におけるノズル-チップ間距離が2mm以上7mm以下の範囲内にあり、ノズル210及びコンタクトチップ220の相対的移動距離Mが、ノズル-チップ間距離Dの30%以上90%以下の範囲内にある場合には、ノズル210及びコンタクトチップ220間での融着を防ぎながら、有効なスパッタ除去効果を得ることができる。更に、このような構造の溶接トーチ200を採用することにより、連続した溶接においてもアークを安定化できるので、パルス波形の溶接電流を用いたパルス溶接により、アークの安定化、低スパッタ化をより促進できる。
【0107】
本発明の実施の形態、実施の態様を説明したが、開示内容は構成の細部において変化してもよく、実施の形態、実施の態様における要素の組合せや順序の変化等は請求された本発明の範囲及び思想を逸脱することなく実現し得るものである。
【符号の説明】
【0108】
1 出力制御素子
2 トランス
3 整流部
4 コンタクトチップ
5 ワイヤ
6 アーク
7 被溶接材
8 リアクトル
9 電流検出器
10 電圧検出器
11 電圧微分器
12 2階微分器
13 2階微分値設定器
14 比較器
15 出力制御器
16 溶滴離脱検出部
17 波形設定器
18 波形生成器
50 溶接装置
100 可搬型溶接ロボット
110 ロボット本体
112 本体部
114 固定アーム部
116 可動アーム部
120 ガイドレール
130 トーチ接続部
132、134 トーチクランプ
140 磁石
150 ケーブルクランプ
160 両側把手
170 クランク
200 溶接トーチ
210 ノズル
220 コンタクトチップ
230 オリフィス
240 チップボディ
250 絶縁筒
260 固定ナット
270 絶縁カバー
280 Oリング
290 圧縮バネ
292 ウエーブワッシャ
294 ワッシャ
296 ワッシャ
300 送給装置
400 溶接電源
410 パワーケーブル
420 コンジットチューブ
430 コンジットケーブル
500 ガス供給源
510 ガスチューブ
600 制御装置
610、620 制御ケーブル
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7
図8