(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-25
(45)【発行日】2022-05-09
(54)【発明の名称】鋼構造物の防食状態監視システム
(51)【国際特許分類】
G01N 27/26 20060101AFI20220426BHJP
E02D 31/06 20060101ALI20220426BHJP
G01N 17/02 20060101ALI20220426BHJP
【FI】
G01N27/26 351J
E02D31/06
G01N17/02
(21)【出願番号】P 2018113393
(22)【出願日】2018-06-14
【審査請求日】2020-09-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000211891
【氏名又は名称】株式会社ナカボーテック
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】星野 雅彦
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-120284(JP,A)
【文献】特開2010-133749(JP,A)
【文献】特開2002-294472(JP,A)
【文献】特開2009-204593(JP,A)
【文献】特開2005-179725(JP,A)
【文献】国際公開第2000/045148(WO,A1)
【文献】特表平10-511766(JP,A)
【文献】物質・材料研究機構材料基盤情報ステーション腐食研究グループ,ACM型腐食センサ,オンライン,2004年,URL: https://www.nims.go.jp/mits/corrosion/, https://www.nims.go.jp/mits/corrosion/ACM/ACM1.htm, https://www.nims.go.jp/mits/corrosion/ACM/cr.htm
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26
G01N 17/02
E02D 31/06
C23F 13/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
防食材で被覆された鋼構造物の防食状態を監視する鋼構造物の防食状態監視システムにおいて、
前記鋼構造物の表面に該鋼構造物と電気的に絶縁した状態で固定され、且つ前記防食材で被覆されている大気腐食センサと、
前記大気腐食センサが水と直接接して該大気腐食センサが腐食することによって、該大気腐食センサが出力する電流を測定する電流測定部と、
前記電流測定部において得られる電流の経時データを収集し、インターネット上のサーバに送信するデータ収集部と、
インターネットを通じて前記サーバと通信することによって、前記鋼構造物の防食状態を監視する監視端末とを備え、
前記大気腐食センサは、鋼基板の表面に絶縁層及び導電層がこの順で積層された構造で、該鋼基板は、該導電層に対して電気化学的序列が卑となる金属材料から構成されており、前記鋼構造物における該大気腐食センサの固定部位が、該鋼構造物の防食状態を監視する位置であり、
前記サーバは、前記データ収集部から送信された前記経時データを保存する保存部と、
前記経時データに基づいて、前記大気腐食センサが出力した電流を算出し、予め求めておいた
電流と前記鋼構造物の腐食速度との相関関係に基づいて、前記算出された前記電流から前記鋼構造物の腐食速度を求める演算部と、
前記演算部によって得られる前記鋼構造物の腐食速度に基づいて、前記鋼構造物の防食状態を判定する判定部とを備え、
前記監視端末は、前記演算部による前記鋼構造物の腐食速度及び前記判定部による判定結果を表示する、鋼構造物の防食状態監視システム。
【請求項2】
前記大気腐食センサが、磁力によって前記鋼構造物の表面に固定されている、請求項1に記載の防食状態監視システム。
【請求項3】
前記鋼構造物の表面に、複数個の前記大気腐食センサが分散固定されている、請求項1又は2に記載の防食状態監視システム。
【請求項4】
前記電流測定部は、複数個の前記大気腐食センサと電気的に接続可能な複数の入力端子を有する、請求項3に記載の防食状態監視システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海洋や河川等に曝露されている防食材で被覆される鋼管杭、鋼矢板、鋼管矢板等の鋼構造物の防食状態監視システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、海洋環境等に曝露されている鋼構造物の被覆防食構造としては、ペトロラタム被覆、水中硬化形被覆等が実施されてきた。ペトロラタム被覆は、防食材としてペトロラタム系防食材を使用し、その防食材をプラスチック製又は耐食金属製の保護カバーで保護する複合タイプの防食構造である。水中硬化形被覆は、水中でも硬化するエポキシ系の塗料又はパテを防食材として用い、それを鋼構造物に塗布するタイプの防食構造である。近年では新たな被覆防食構造として、ウレタンなどの樹脂に防錆剤などを添加したものを、該樹脂が未硬化の状態で鋼材に装着するものがある。
【0003】
これまで知られている防食構造は、長期間にわたって鋼構造物に設けられていることが多く、該鋼構造物には被覆防食構造が施されているので、現場の環境変化に応じた防食状態を適宜判断することができないという問題がある。例えば、台風に伴う波浪、漂流物の衝突その他の通常と異なる環境の変化が生じる場合では、防食材などの劣化の進み具合が早くなるおそれがある。そこで特許文献1では、基礎材に設けられた被覆防食体の内部に、水中で電位の異なる一対の電極を埋め込み、該被覆防食体の内部に水が浸入したとき該電極間に流れる電流を検出して、該被覆防食体内部の腐食状態を検知する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし特許文献1に記載の技術において、鋼構造物を維持管理するためは、被覆防食構造の内部状態を継続的に監視する必要がある。したがって、管理者が定期的に現場に出向き一般的には多数の個所を測定しなければならず多大な労力と費用を要する。さらに、電極を鋼構造物の表面に設けて被覆防食構造の内部状態を検知する場合には、電極を鋼構造物の表面に固定する必要があるところ、特許文献1にはその固定手段に関する開示がない。
【0006】
したがって本発明の課題は、現地に赴くことなく、現場の環境に応じた鋼構造物の防食状態を適宜診断できるとともにコストを一層削減できる鋼構造物の防食状態監視システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、防食材で被覆された鋼構造物の防食状態を監視する鋼構造物の防食状態監視システムにおいて、
前記鋼構造物の表面に該鋼構造物と電気的に絶縁した状態で固定され、且つ前記防食材で被覆されているとともに、前記鋼構造物に対して電気化学的序列が卑となる金属材料で構成される金属片と、
前記金属片に水が直接接して該金属片が腐食することによって、該金属片と前記鋼構造物との間に流れる電流を測定する電流測定部と、
前記電流測定部において得られる電流の経時データを収集し、インターネット上のサーバに送信するデータ収集部と、
インターネットを通じて前記サーバと通信することによって、前記鋼構造物の防食状態を監視する監視端末とを備え、
前記サーバは、前記データ収集部から送信された前記経時データを保存する保存部と、
前記経時データに基づいて、前記金属片と前記鋼構造物との間に流れた電流から電気量を算出し、予め求めておいた電気量と前記鋼構造物の腐食速度との相関関係に基づいて、前記算出された前記電気量から前記鋼構造物の腐食速度を求める演算部と、
前記演算部によって得られる前記鋼構造物の腐食速度に基づいて、前記鋼構造物の防食状態を判定する判定部とを備え、
前記監視端末は、前記演算部による前記鋼構造物の腐食速度及び前記判定部による判定結果を表示する鋼構造物の防食状態監視システムを提供することにある。
【0008】
また本発明は、防食材で被覆された鋼構造物の防食状態を監視する鋼構造物の防食状態監視システムにおいて、
前記鋼構造物の表面に該鋼構造物と電気的に絶縁した状態で固定され、且つ前記防食材で被覆されている大気腐食センサと、
前記大気腐食センサが水と直接接して該大気腐食センサが腐食することによって、該大気腐食センサが出力する電流を測定する電流測定部と、
前記電流測定部において得られる電流の経時データを収集し、インターネット上のサーバに送信するデータ収集部と、
インターネットを通じて前記サーバと通信することによって、前記鋼構造物の防食状態を監視する監視端末とを備え、
前記サーバは、前記データ収集部から送信された前記経時データを保存する保存部と、
前記経時データに基づいて、前記大気腐食センサが出力した電流から電気量を算出し、予め求めておいた電気量と前記鋼構造物の腐食速度との相関関係に基づいて、前記算出された前記電気量から前記鋼構造物の腐食速度を求める演算部と、
前記演算部によって得られる前記鋼構造物の腐食速度に基づいて、前記鋼構造物の防食状態を判定する判定部とを備え、
前記監視端末は、前記演算部による前記鋼構造物の腐食速度及び前記判定部による判定結果を表示する鋼構造物の防食状態監視システムを提供することにある。
【発明の効果】
【0009】
本発明の防食状態監視システムによれば、現地に赴くことなく、鋼構造物の防食状態を診断できるので非常に効率的であり、鋼構造物を維持管理する上でも極めて有用である。また、鋼構造物の防食状態を監視端末で監視できるので鋼構造物の維持管理に関する費用を削減できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る鋼構造物の防食状態監視システムの一部の構成を示す概略図である。
【
図4】
図4は、本発明に係る鋼構造物の防食状態監視システムの概要を示す模式図である。
【
図5】
図5は、本発明に係る鋼構造物の防食状態監視システムを用いた監視方法を説明するためのフローチャートである。
【
図6】
図6は、
図5に示す鋼構造物の防食状態監視システムを用いた監視方法における腐食試験体の模式図である。
【
図7】
図7は、
図5に示す鋼構造物の防食状態監視システムを用いた監視方法における浸漬試験を説明するための図である。
【
図8】
図8は、本発明の別の実施形態に係る鋼構造物の防食状態監視システムの一部の構成を示す概略図(
図1相当図)である。
【
図9】
図9(a)は大気腐食センサを示す平面図であり、
図9(b)は
図9(a)におけるb-b線断面図である。
【
図10】
図10は、大気腐食センサを用いた電気量と腐食速度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づいて説明する。
図1には、本発明の防食状態監視システムの一実施形態が示されている。本実施形態のシステムは、鋼管杭を始めとする各種の鋼構造物10の防食状態を監視するためのものである。本実施形態のシステムにおいては、
図1及び
図2に示すとおり、鋼構造物10の表面に、金属片11を該鋼構造物10と電気的に絶縁した状態で固定し、且つ該金属片11を防食材12で被覆している。
【0012】
鋼構造物10は
図1に示すとおり、海水、河川水などの水に浸漬されている。鋼構造物10は、その下端側が水中に埋没しており且つ上端側が水面上に露出している。鋼構造物10はその側面が防食材12で覆われている。防食材12は、鋼構造物10のうち、水没している水中部位から水面W上に露出している水上部位までにわたって、該鋼構造物10の側面の全域を連続して被覆している。
【0013】
防食材12は、例えばペトロラタム被覆防食材又は水中硬化形樹脂で構成することができる。防食材12としてペトロラタム系防食材を使用するときは、
図2に示すとおり、防食材12をプラスチック製又は耐食金属製の保護カバー13で保護することが好ましい。保護カバー13の内面には緩衝材14を配置することができる。保護カバー13と緩衝材14とは接着剤で固定してもよい。緩衝材14としては、例えばポリエチレン、ポリウレタン、ポリスチレン、合成ゴム等の発泡体が挙げられる。
【0014】
水中硬化形樹脂としては、この種の樹脂として従来用いられてきたものと同様のものを特に制限なく用いることができる。例えばエポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、シリコーン系樹脂、ポリサルファイド系樹脂、ポリエステル系樹脂等を用いることができる。
【0015】
鋼構造物10の表面に固定されている金属片11は、該鋼構造物10に対して電気化学的序列が卑となる金属材料で構成されることが好ましい。そのような金属材料としては、例えば亜鉛、マグネシウム、アルミニウムなどが挙げられる。
【0016】
上述のとおり金属片11は、鋼構造物10と電気的に絶縁した状態で該鋼構造物10に固定されている。金属片11の固定は、着脱可能な態様でもよく、あるいは着脱不能な態様でもよい。鋼構造物10が磁性体である場合には、磁力を利用して金属片11を鋼構造物10に着脱可能に固定することができる。この目的のために、
図3の一部破断斜視図に示すとおり、金属片11における鋼構造物10との対向面に磁性層15を形成することができる。磁性層15は、例えばマグネットシートから構成することができるが、これに限られない。マグネットシートは柔軟性を有することから、磁性層15としてマグネットシートを用いることで、金属片11を鋼構造物10の側面や下面に固定することができる。また、金属片11を鋼構造物10の形状に追随するように変形させることによって、鋼構造物10が曲面形状であっても金属片11を固定することができる。さらに、マグネットシートを用いることで、鋼構造物10に対する金属片11の着脱作業が容易且つ迅速にでき、作業能率の向上を図ることができる。しかも、金属片11を防食材12で被覆した後、外側から磁気探知器を用いて金属片11の位置を探知することができるので、金属片11の交換が容易となる。金属片11と鋼構造物10との固定を確実にする目的で、磁性層15と鋼構造物10とを接着剤によって接合してもよい。
【0017】
金属片11は、鋼構造物10の表面に該鋼構造物10と電気的に絶縁した状態で固定されることが必要とされる。この目的のために、
図3の一部破断斜視図に示すとおり、金属片11と磁性層15との間に電気絶縁層16を設けることが有利である。電気絶縁層16は、例えば絶縁塗料や絶縁テープから構成することができるが、これらに限られない。
【0018】
図3に示すとおり、金属片11にはケーブル17の一端が接続されている。ケーブル17は防食材12の内部に配置されている。ケーブル17は上方に向かって水上まで延びており、その他端は
図1に示す電流測定部18に接続されている。ケーブル17は金属片11と電流測定部18とを電気的に接続している。
【0019】
電流測定部18は、金属片11に水が直接に接して金属片11が腐食することによって、金属片11と鋼構造物10との間に流れる電流を測定するためのものである。したがって、電流測定部18における2つの入力のうちの一方は、上述したケーブル17に接続されている。もう一方の入力は鋼構造物10に接続されている。電流測定部18としては、微弱な電流を感度よく測定し得る観点から、例えば2極式の無抵抗電流計を用いることができる。
【0020】
図1においては、鋼構造物10に1個の金属片11が取り付けられている状態が示されているが、金属片11の取り付け個数はこれに限られず、例えば後述する
図4に示すとおり、2個以上の金属片11を鋼構造物10の各所に取り付けてもよい。その場合、電流測定部18は、各金属片11と電気的に接続可能な複数の入力端子を有するマルチチャンネルのものを用いればよい。
【0021】
図1においては、1個の鋼構造物10に対して1個の電流測定部18が用いられているが、両者の関係はこれに限られず、1個の鋼構造物10に対して複数個の電流測定部18を用いてもよい。また、監視対象となる鋼構造物10が複数個ある場合には、例えば後述する
図4に示すとおり、鋼構造物10の個数に応じた個数の電流測定部18を用いることができる。
【0022】
本実施形態の防食状態監視システムにおける防食状態の監視の原理は、次のとおりである。金属片11が防食材12で完全に被覆されており、該金属片11の表面が全く露出していないときには、防食材12により金属片11と鋼構造物10が絶縁された状態になっている。したがって金属片11と鋼構造物10との間に電流は流れず、電流測定部18は電流を検知しない。この状態では腐食は発生していないと判断される。一方、防食材12が劣化して防食材12内に水が浸入すると、鋼構造物10の表面にまで水が到達する。このことに起因して金属片11と鋼構造物10との間に生じた電位差によってガルバニック電流が生じる。この場合、金属片11が、鋼構造物10に対して電気化学的序列が卑となる金属材料で構成されているので、金属片11がアノードとなり、鋼構造物10がカソードとなる。金属片11と鋼構造物10との間に生じるガルバニック電流は、金属材料の腐食量と正の相関があるので、ガルバニック電流を測定することで、鋼構造物10の腐食速度を定量的に評価できる。なお、金属片11を、鋼構造物10に対して電気化学的序列が貴となる金属材料で構成した場合には、鋼構造物10がアノードとなり、金属片11がカソードとなることから、鋼構造物10の腐食が進行してしまうので好ましくない。
【0023】
次に本実施形態の防食状態監視システムの全体構成について説明する。
図4に示すとおり、防食状態監視システムは、データ収集部19を備えている。データ収集部19は、電流測定部18において得られる電流の経時データを収集する機能を有する。データ収集部19は、ケーブル22を介して電流測定部18の各々に電気的に接続している。これにより、各電流測定部18において得られる電流の経時データをデータ収集部19に入力可能になっている。またデータ収集部19は、収集した経時データをインターネット20上のサーバ21に送信する機能も有する。データ収集部19はインターネット20に有線又は無線接続されている。
【0024】
防食状態監視システムは、一又は複数の監視端末23を備えている。監視端末23は、インターネット20を通じてサーバ21と通信することによって、鋼構造物10の防食状態を監視する機能を有する。これにより、電流測定部18において取得・収集される電流の経時データが、監視端末23に対して入力可能となっている。監視端末23は、電流測定部18において得られる電流の経時データに基づいてサーバ21が算出する鋼構造物10の腐食速度及び防食状態の判定結果を表示するように構成されている。これによって鋼構造物10の防食状態を監視する。監視端末23はインターネット20に有線又は無線接続されている。
【0025】
図4に示す実施形態の防食状態監視システムを用いた防食状態の監視方法は例えば
図5に示すフローチャートのとおりに行う。まず、鋼構造物10に防食材12を被覆する前などに、腐食試験測定を実施する。最初に腐食試験体を作製する。
図6に示すとおり、腐食試験体24は、鋼構造物10と同一材料の鋼板25に、金属片11と同一材料の基準金属片26を固定するとともに、鋼構造物10を被覆する防食材12と同一材料の防食材27によって鋼板25の一面を被覆し、更に防食材27における鋼板25と反対側に位置する他面を緩衝材39で被覆する。防食材27は、鋼板25のうち、基準金属片26が固定されている面の全域を被覆する。鋼板25及び基準金属片26にはそれぞれケーブル28a,28bが電気的に接続されている。基準金属片26に接続されているケーブル28bは防食材27中に埋め込まれている。各ケーブル28a,28bの末端は腐食試験体24の外部に引き出されている。鋼板25の各面にはプラスチック等の絶縁体からなる保護カバー29が配置されている。鋼板25及び基準金属片26は、一対の保護カバー29によって挟持された状態になっている。これらの部材は、ボルト及びナットからなる締結手段30によって一体的に固定されている。
【0026】
上述の構成を有する腐食試験体24を用いて浸漬試験を実施する。この浸漬試験では、鋼構造物10と実際に接する水を採取し、
図7に示すとおり、腐食試験体の一部をその水に自然浸漬させる。鋼板25及び基準金属片26にはそれぞれケーブル28a,28bの一端を接続し、それらのケーブル28a,28bの他端は電流測定部31に接続する。電流測定部31としては、
図1に示す電流測定部18と同様に、無抵抗電流計などを用いることができる。この浸漬試験によって、電気量及び腐食試験体の腐食速度を基準データとして取得する。この基準データ取得において電気量(以下「基準電気量」という。)は、電流測定部31で測定された電流値と経過時間とに基づき算出する。基準電気量としては、積算電気量を用いるか、又は日平均電気量、すなわち一日当たりの積算電気量を用いる。腐食速度(以下「基準腐食速度」という。)は、腐食試験体24の浸漬を浸漬させてから所定時間が経過した後に、基準金属片26に付着した腐食生成物を除去して該基準金属片26の質量減少量を求め、その値から算出する。ここでいう、「基準金属片26の質量減少量」は、「基準金属片26の浸食深さ」、すなわち基準金属片26における腐食生成物の除去によって欠損した部分の深さ(該部分の厚み方向の長さ)と正の相関があるので、基準腐食速度の算出にはこの浸食深さを用いることができる。したがって、基準腐食速度は〔基準金属片26の浸食深さ/時間〕で定義される。なお、基準金属片26の浸食深さが部分的に異なる場合は、該浸食深さの最大値を基準腐食速度の算出に用いる。
【0027】
次に、
図5に示すフローチャートのとおり現地測定を実施する。現地測定においては、最初に、金属片11を設置する金属片設置操作を行う。金属片設置操作では、鋼構造物10の一又は複数の部位に金属片11を固定し、且つ鋼構造物10及び金属片11を防食材12で被覆する。そして防食材12を、必要に応じ緩衝材14を介して保護カバー13で保護する。
【0028】
金属片設置操作が完了したら、
図4に示すとおり、鋼構造物10と金属片11との間に流れる電流を電流測定部18で測定する。電流の経時データはデータ収集部19で収集される。データ収集部19は、経時データをインターネット20上のサーバ21に転送する。サーバ21は、以下に述べるとおり、保存部、演算部及び判定部を備える。
【0029】
サーバ21の保存部は、データ収集部19から送信された経時データを保存する。また保存部は、上述した浸漬試験によって得た基準データ、すなわち基準電気量及び基準腐食速度を保存する。基準電気量及び基準腐食速度は、監視端末23において入力され、インターネット20を介して保存部に保存される。保存されたデータ、例えば電流の経時データ、時間-電流の関係、電気量及び時間-電気量の関係は、監視端末23で表示することができ、防食状態を監視することができる。
【0030】
サーバ21の演算部は、保存部に保存された経時データに基づいて、金属片11と鋼構造物10との間に流れた電流から電気量(以下「実電気量」という。)を算出する。実電気量のデータは保存部に保存される。また演算部においては、統計処理によって基準電気量と基準腐食速度との間の回帰式、すなわち相関関係を推定する。統計処理としては、例えば、座標系での座標の分布を近似する処理などが挙げられる。この相関関係に基づいて、演算部において実電気量から鋼構造物10の腐食速度を求める。このようにして求められた鋼構造物10の腐食速度、及び時間-腐食速度の関係は、サーバ21の保存部に保存される。保存されたデータは、監視端末23で表示することができ、防食状態を監視することができる。
【0031】
サーバ21の判定部は、演算部によって得られる鋼構造物10の腐食速度に基づいて、鋼構造物10の防食状態を判定する。判定のために、判定部に腐食速度の閾値を前もって設定しておき、該閾値と腐食速度との比較を行う。判定結果は、監視端末23で表示することができ、防食状態を監視することができる。前記の比較においては、例えば腐食速度が閾値を超える場合には、防食材12の劣化が起こっていると推定して、サーバ21から警報が発信され、それが監視端末23に表示される(
図5中の「YES」の場合)。逆に腐食速度が閾値以下である場合には、防食材12の劣化が起こっていないと推定し、防食状態の監視を継続する(
図5中の「NO」の場合)。
【0032】
以上のとおりの監視システムによれば、鋼構造物10が設置されている現地に赴くことなく、該鋼構造物10の防食状態を常時監視できるので監視が非常に効率的である。また、鋼構造物10の防食状態を、鋼構造物10の設置場所以外の場所に設置された監視端末23で監視できるので、鋼構造物10の維持管理に関する費用を削減できる。
【0033】
更に詳細には、金属片11と鋼構造物10との間に流れた電流の経時データから腐食速度を推定し、その推定した腐食速度に基づいて鋼構造物10の防食状態を判定するので、鋼構造物10の防食状態を確実に把握できるともに、防食材12の劣化度を評価することができる。また、この腐食速度を自由に且つ定量的に監視することによって、防食材12の更新時期や将来の維持管理の計画の策定に資することができ、鋼構造物10の維持管理に関する費用を削減できる。さらに、鋼構造物10の管理者又はこの管理者と契約している防食関連の企業体の技術者は、監視端末23を通じて、電流の経時データ、電気量、鋼構造物10の腐食速度及び防食状態の判定結果を閲覧することが可能になるとともに、これらの情報を監視端末23又はこの監視端末23に装着する記録媒体に取り込むことができる。
【0034】
図8及び
図9には本発明の別の実施形態が示されている。本実施形態に関し特に説明しない点については、
図1ないし
図7に示す実施形態に関しての説明が適宜適用される。また
図8及び
図9において、
図1ないし
図7と同じ部材には同じ符号を付してある。
【0035】
本実施形態の監視システムは、先に述べた実施形態と同様に、電流測定部、データ収集部及び監視端末並びにサーバを備えている。そして本実施形態の監視システムは、電流測定部18による測定が大気腐食(Atmospheric Corrosion Monitor)センサ(以下「ACMセンサ」という。)の出力電流である点が、先の実施形態と主として相違する。
図8に示すとおり、ACMセンサ32は、鋼構造物10の表面に固定されている。ACMセンサ32の固定手段は、先に述べた実施形態における金属片11の固定手段と同様とすることができる。例えばACMセンサ32を磁力によって鋼構造物10の表面に固定することができる。ACMセンサ32は、金属の腐食性に影響する大気環境因子である、温度、湿度、降雨、大気中を飛来する海塩粒子、腐食性ガスなどの環境因子によって電気化学的に発生する金属の腐食電流を直接計測することが可能なセンサである。
【0036】
図9(a)及び(b)にはACMセンサ32の構成の一例が示されている。ACMセンサ32は、鋼基板33の表面に、一方向に延びる複数条の絶縁層34(厚さ30~35μm)を間欠的に設け、該絶縁層34の上に導電層35を積層した構造のものである。ACMセンサ32は、鋼基板33の略中央位置において鋼基板33の表面が櫛歯状に露出しており、全体として円形を有する検出部を有している。鋼基板33はその厚さが0.1mm~1mm程度のものであり、例えば炭素鋼から構成されている。絶縁層34はその厚さが10μm~100μm程度のものであり、例えばシリカ等の絶縁材料から構成されている。導電層35はその厚さが10μm~100μm程度のものであり、鋼基板33よりも電気化学的序列が貴となる金属材料、例えば銀から構成されている。
【0037】
鋼基板33及び導電層35のケーブル取り出し用の取り出し部36a,36bにはそれぞれケーブル37a,37bが電気的に接続されている。ケーブル37a,37bは防食材38(
図8参照)の内部を通って水上まで延びており、その他端は
図8に示す電流測定部31に接続されている。ケーブル37a,37bはACMセンサ32と電流測定部31とを電気的に接続している。
【0038】
ACMセンサ32が防食材38で完全に被覆されているときには、防食材38によって鋼基板33と導電層35とが絶縁された状態になっている。したがってACMセンサ32に電流は流れず、電流測定部31は電流を検知しない。この状態では腐食は発生していないと判断される。一方、防食材38が劣化して防食材38内に水が浸入すると、ACMセンサ32の表面に水膜が形成される。このことに起因して鋼基板33と導電層35との間に生じた電位差によってガルバニック電流が生じる。この場合、鋼基板33が、導電層35に対して電気化学的序列が卑となる金属材料で構成されているので、鋼基板33がアノードとなり、導電層35がカソードとなる。ACMセンサ32においては、
図10に示すとおり、鋼基板33の腐食速度と電気量との間に良好な相関関係を有している。したがってガルバニック電流又は電気量を測定することで、鋼構造物10の腐食速度を定量的に評価できる。
【0039】
以上の実施形態においても、
図1ないし
図7に示す実施形態と同様の効果が奏される。これに加えて、本実施形態によればACMセンサ32を用いることに起因する以下の効果も奏される。すなわちACMセンサ32は、その構造上、導電層35、すなわちカソードと、鋼基板33、すなわちアノードとの間隔が狭い。このことに起因して、鋼構造物10を被覆する防食材12からなる防食層の厚さが小さい場合でも、鋼構造物10の防食状態を診断できる。また、ACMセンサ32は、導電層35と鋼基板33とで電極対を構成しているので、鋼構造物10にACMセンサ32を固定する部位が、鋼構造物10の防食状態を監視する位置となる。したがって、複数個のACMセンサ32を鋼構造物10に分散固定し、各ACMセンサ32から出力する電流をそれぞれ監視することで、鋼構造物10の性能劣化がどの部位で起きているのかを容易に特定することができる。その結果、鋼構造物10の補修や更新等の維持管理を簡易且つ安価に行うことができる。
【0040】
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は前記実施形態に制限されない。例えば金属片11又はACMセンサ32を鋼構造物10に着脱可能に取り付ける手段は磁力に限られない。
【0041】
また、
図1及び
図8においては、鋼構造物10における水面下に位置する部位に金属片11及びACMセンサ32が取り付けられているが、これらの取り付け位置はこれに限られず、例えば鋼構造物10における水上に位置する部位に、金属片11及びACMセンサ32を取り付けてもよい。
【符号の説明】
【0042】
10 鋼構造物
11 金属片
12 防食材
15 磁性層
16 電気絶縁層
18 電流測定部
19 データ収集部
20 インターネット
21 サーバ
23 監視端末
31 電流測定部
32 大気腐食センサ
33 鋼基板
34 絶縁層
35 導電層
36 取り出し部
38 防食材