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特許7064189骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞に分化可能な前駆細胞、その作製方法、およびその使用方法
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  • 特許-骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞に分化可能な前駆細胞、その作製方法、およびその使用方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-26
(45)【発行日】2022-05-10
(54)【発明の名称】骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞に分化可能な前駆細胞、その作製方法、およびその使用方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20220427BHJP
   A61K 35/28 20150101ALI20220427BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20220427BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20220427BHJP
   A61P 21/04 20060101ALI20220427BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20220427BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20220427BHJP
   A61P 25/14 20060101ALI20220427BHJP
   A61P 25/18 20060101ALI20220427BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220427BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20220427BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALN20220427BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20220427BHJP
【FI】
C12N5/071
A61K35/28
A61K35/30
A61P25/00
A61P21/04
A61P25/16
A61P25/28
A61P25/14
A61P25/18
C12N5/10
C12N15/12
C12N5/0793
C12N15/09 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017204739
(22)【出願日】2017-10-23
(65)【公開番号】P2019076008
(43)【公開日】2019-05-23
【審査請求日】2020-10-09
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02505
(73)【特許権者】
【識別番号】515259579
【氏名又は名称】中西 徹
(73)【特許権者】
【識別番号】520235874
【氏名又は名称】山崎 勤
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100165892
【弁理士】
【氏名又は名称】坂田 啓司
(72)【発明者】
【氏名】中西 徹
(72)【発明者】
【氏名】杉野 哲造
【審査官】市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】Biochem. Biophys. Res. Commun.,2013年,Vol.439,pp.552-558
【文献】Cytotherapy,2017年,Vol.19,pp.808-820,Published: April 25, 2017
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
間葉系幹細胞にテロメラーゼ(TERT)を導入して、CCN1およびCCN2両方を発現する幹細胞を調製する工程、および
前記幹細胞に1つ又はそれ以上のリプログラミング因子を導入する工程を含む、
神経細胞に分化可能な前駆細胞の作製方法であって、
前記1つ又はそれ以上のリプログラミング因子が、OCT3/4、SOX2、KLF4およびL-Mycの組合せである、方法
【請求項2】
間葉系幹細胞にテロメラーゼ(TERT)を導入して調製されたCCN1およびCCN2両方を発現する幹細胞に1つ又はそれ以上のリプログラミング因子を導入することによって作製された神経細胞に分化可能な前駆細胞であって、
前記1つ又はそれ以上のリプログラミング因子が、OCT3/4、SOX2、KLF4およびL-Mycの組合せである、細胞
【請求項3】
請求項に記載の方法に従って作製された細胞。
【請求項4】
受託番号P-02505で寄託された細胞。
【請求項5】
請求項のいずれか一項に記載の細胞を、神経細胞培養培地もしくは神経分化培地、または神経細胞誘導因子を含む神経細胞培養培地もしくは神経分化培地中で培養する工程を含む、神経細胞を製造する方法。
【請求項6】
請求項のいずれか一項に記載の細胞、および請求項に記載の方法で製造された神経細胞のいずれか一方またはその両方を含む、脊髄損傷、重症筋無力症、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病、または統合失調症を処置するための組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞に分化可能な前駆細胞、その作製方法、およびその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特定の神経細胞の障害により引き起こされる神経変性疾患や脊髄損傷の治療に関して、ヒト由来多能性幹細胞(例えば、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞))を分化させることで得られるヒト由来神経細胞を含む細胞製剤が注目されている。
【0003】
多能性幹細胞から神経系の細胞を分化誘導する方法としては、細胞外からサイトカインなどのシグナル物質を添加することによって分化誘導する方法がある。発生過程の神経系の細胞系譜で特異的に発現する転写因子を強制的に発現させることで、多能性幹細胞から神経細胞を作製する方法が知られている(特許文献1)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】WO2014/148646
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞に分化可能な幹細胞由来の新規前駆細胞、その作製方法、およびその使用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下の前駆細胞、その作製方法、およびその使用方法に関する。
[項1]CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方を発現する幹細胞を調製する工程、および前記幹細胞に1つ又はそれ以上のリプログラミング因子を導入する工程を含む、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞に分化可能な前駆細胞の作製方法
[項2]CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方を発現する幹細胞を調製する工程が、骨髄由来の幹細胞、歯髄由来の幹細胞、臍帯組織由来の幹細胞、脂肪組織由来の幹細胞、または胎盤組織由来の幹細胞を不死化する工程を含む、項1に記載の方法
[項3]骨髄由来の幹細胞、歯髄由来の幹細胞、臍帯組織由来の幹細胞、脂肪組織由来の幹細胞、または胎盤組織由来の幹細胞が、間葉系幹細胞である、項2に記載の方法
[項4]幹細胞を不死化する工程が、該幹細胞に、テロメラーゼ(TERT)を導入することを含む、項2または項3に記載の方法
[項5]1つ又はそれ以上のリプログラミング因子が、OCT3/4、SOX2、KLF4およびL-Myc;OCT3/4、SOX2およびKLF4;OCT3/4、KLF4およびC-MYC;OCT3/4、SOX2、KLF4およびC-MYC;OCT3/4およびSOX2;OCT3/4、SOX2およびNANOG;OCT3/4、SOX2およびLIN28;OCT3/4およびKLF4の組合せのいずれかの組合せを含む、項1~項4のいずれかに記載の方法
[項6]1つ又はそれ以上のリプログラミング因子が、OCT3/4、SOX2、KLF4およびL-Mycの組合せである、項5に記載の方法
[項7]CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方を発現する幹細胞に1つ又はそれ以上のリプログラミング因子を導入することによって作製された、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞に分化可能な前駆細胞
[項8]CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方を発現する幹細胞が、骨髄由来の幹細胞、歯髄由来の幹細胞、臍帯組織由来の幹細胞、脂肪組織由来の幹細胞、または胎盤組織由来の幹細胞を不死化する工程を含む方法により調製された、項7に記載の細胞
[項9]項3~項6のいずれかに記載の方法に従って作製された、項8に記載の細胞
[項10]受託番号P-02505で寄託された細胞
[項11]項7~項10のいずれかに記載の細胞を、神経細胞培養培地もしくは神経分化培地、または神経細胞誘導因子を含む神経細胞培養培地もしくは神経分化培地中で培養する工程を含む、神経細胞を製造する方法
[項12]項7~項10のいずれかに記載の細胞、および項11に記載の方法で製造された神経細胞のいずれか一方またはその両方を含む、脊髄損傷、重症筋無力症、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病、または統合失調症を処置するための組成物。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞に分化可能な新規前駆細胞、その作製方法、およびその使用方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】(a)ヒトiPS細胞、(b)ヒト間葉系幹細胞、(c)X4N細胞、(d)球状の細胞塊(スフェア)を形成させたX4N細胞、および(e)神経細胞に誘導したX4N細胞の遺伝子発現パターンを示す、クラスタリング解析図。
図2】X4N細胞の顕微鏡写真。リプロセル社培地(Primate ES Cell Medium)を用いて(a)ゼラチン被覆あり、(b)ゼラチン被覆なし、の組織培養用シャーレ上で培養したX4N細胞の顕微鏡写真;(c)脳由来神経栄養因子(BDNF)を含まない、(d)BDNFを含む、神経誘導培地を用いてゼラチン被覆なしの組織培養用シャーレ上で培養したX4N細胞の顕微鏡画像。
図3】(a)グルタミン酸添加なし(Glu-)、(b)添加あり(Glu+)の神経誘導培地を用いて培養したX4N細胞の顕微鏡画像。
図4】hMSC、不死化ヒト間葉系幹細胞、X4N細胞、BDNFを含まない神経誘導培地を用いてゼラチン被覆なしの組織培養用シャーレ上で培養したX4N細胞、およびヒトiPS細胞を用いた、(a)CCN1;および(b)CCN2に関する定量PCR結果を示す棒グラフ。
図5a】脊髄損傷後7日目に、神経分化させたX4N細胞を投与した脊髄損傷モデルラットの試験群(●)、リン酸緩衝生理食塩水を投与した脊髄損傷モデルラットの対照群(▲)、およびカテーテル留置し、神経分化させたX4N細胞を投与した健常ラットの健常群(■)の体重変化(a)を示す折れ線グラフ。
図5b】脊髄損傷後7日目に、神経分化させたX4N細胞を投与した脊髄損傷モデルラットの試験群(●)、およびリン酸緩衝生理食塩水を投与した脊髄損傷モデルラットの対照群(▲)のBasso-Beattie-Bresnahan(BBB)スコア変化(b)を示す折れ線グラフ。
図6】脊髄損傷後28日目に採取した試験群ラット(a)および対照群ラット(b)の損傷個所周辺の脊髄切片のヘマトキシリン・エオジン染色画像(低倍率:a-1、b-1;中倍率:a-2、b-2;及び高倍率:a-3、b-3)。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本明細書において「骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞への分化能を有する前駆細胞」は、分化せずに自分自身と同じ幹細胞を複製する能力(「自己再生能」ともいう。)を有する未分化細胞であって、中胚葉系細胞である骨細胞、軟骨細胞および脂肪細胞;並びに外肺葉系細胞である神経細胞に分化する能力を有する細胞を意味する。骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞への分化能を有する前駆細胞は、CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方を発現する幹細胞に1つ又はそれ以上のリプログラミング因子を導入することにより調製される。1つの実施形態において、前記前駆細胞は、神経細胞への分化能を有する。
【0010】
本明細書において「リプログラミング因子」は、胚性幹細胞(ES細胞)に特異的に発現している遺伝子またはES細胞を未分化な状態で維持するのに重要な役割を果たす遺伝子もしくはその遺伝子産物を意味する。リプログラミング因子は、限定するものではないが、遺伝子(例えば、DNA、RNA)またはタンパク質の形態であってよい。リプログラミング因子としては、限定するものではないが、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1が挙げられ、これらのリプログラミング因子は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組合せて用いてもよい。
【0011】
1つの実施形態において、1つ又はそれ以上のリプログラミング因子は、SoxファミリーおよびOctファミリーの組合せを含む。Soxファミリーは、限定するものではないが、Sox1、Sox2、Sox3、Sox15、Sox17を含み、これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を組合せて用いてもよい。Octファミリーは、限定するものではないが、Oct3/4を含む。
【0012】
1つの実施形態において、1つ又はそれ以上のリプログラミング因子は、OCT3/4、SOX2、KLF4およびL-Myc;OCT3/4、SOX2およびKLF4;OCT3/4、KLF4およびC-MYC;OCT3/4、SOX2、KLF4およびC-MYC;OCT3/4およびSOX2;OCT3/4、SOX2およびNANOG;OCT3/4、SOX2およびLIN28;OCT3/4およびKLF4の組合せのいずれかを含む。1つの実施形態において、OCT3/4、SOX2、KLF4およびL-Mycの組合せを含む。
【0013】
本明細書においてリプログラミング因子の「導入」は、細胞内にリプログラミング因子が存在する状態に置くことを意味する。リプログラミング因子がタンパク質の場合、1つ又はそれ以上のリプログラミング因子の導入は、常法に従って実施できる。1つ実施形態において、タンパク質であるリプログラミング因子は、リポフェクション法、マイクロインジェクション法、細胞膜透過性ペプチドとの融合によって細胞内に導入される。
【0014】
リプログラミング因子が遺伝子(例えばDNA、またはRNA)の場合、1つ又はそれ以上のリプログラミン因子の導入は、常法に従って実施できる。例えば、遺伝子であるリプログラミング因子は、その転写および/または翻訳を作動させるための配列(例えばプロモーター配列やエンハンサー配列)を含む、ウイルスベクター、プラスミド、人工染色体などのベクターに組み込まれて、細胞に導入されてもよい。ウイルスベクターとしては、限定するものではないが、センダイウイルスベクターなどが挙げられる。人工染色体ベクターとしては、限定するものではないが、ヒト人工染色体(HAC)が挙げられる。プラスミドとしては、限定するものではないが、哺乳動物細胞用プラスミドを用いることができる。遺伝子改変および遺伝子産物の転写・翻訳は、常法に従って実施できる。
【0015】
「CCN1」は、cysteine rich 61(Cyr61)とも呼ばれる、CCNファミリーに属するタンパク質である。「CCN2」は、結合組織増殖因子(connective tissue growth factor(CTGF))としても知られているタンパク質である。これらのタンパク質のアミノ酸配列および核酸配列は公知である。
【0016】
本明細書において「CCN1を発現する幹細胞」は、未選択または未処理の幹細胞集団と比べて、CCN1の発現量が少なくとも2倍多い特定の幹細胞集団を意味する。本明細書において「幹細胞」は、自己再生能を有する細胞を意味する。
【0017】
本明細書において「CCN2を発現する幹細胞」は、未選択または未処理の幹細胞集団と比べて、CCN2の発現量が少なくとも2倍多い特定の幹細胞集団を意味する。本明細書において「CCN1およびCCN2を発現する幹細胞」は、未選択または未処理の幹細胞集団と比べて、CCN1の発現量が少なくとも2倍多く、CCN2の発現量が少なくとも2倍多い特定の幹細胞集団を意味する。
【0018】
本明細書において「未選択の幹細胞集団」は、CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方の発現量に関して選択されていない幹細胞集団を意味する。1つの実施形態において、未選択の幹細胞集団は、生体組織から常法に従って調製された細胞の集団、または市販の幹細胞である。
【0019】
1つの実施形態において、CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方を発現する幹細胞は、未選択の幹細胞集団から、CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方の発現量が未選択の幹細胞集団のその発現量と比べて少なくとも2倍多い幹細胞をクローニングすることによって調製することができる。
【0020】
幹細胞のクローニングは、常法に従って適宜実施できる。幹細胞のクローニングは、限定するものではないが、限界希釈法が挙げられる。CCN1および/またはCCN2の発現量の測定は、常法に従って実施することができる。発現量の測定は、限定するものではないが、PCR、ノーザンブロット法、ウェスタンブロット法、免疫染色法、マイクロアレイにより実施できる。1つの実施形態において、発現量の測定は、定量PCRにより実施される。
【0021】
本明細書において「未処理の幹細胞集団」は、またはCCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方の発現量を変化させる処理を施されていない幹細胞集団を意味する。1つの実施形態において、未処理の幹細胞集団は、生体組織から常法に従って調製された細胞の集団、または市販の幹細胞である。
【0022】
1つの実施形態において、CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方を発現する幹細胞は、未処理の幹細胞集団に不死化処理を施すことによって、CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方の発現量が未処理の幹細胞集団のその発現量と比べて少なくとも2倍多い幹細胞である。
【0023】
1つの実施形態において、CCN1を発現する幹細胞を調製する工程は、未選択または未処理の幹細胞集団のCCN1発現量と比べて、少なくとも5倍、10倍、20倍、30倍、40倍、50倍、60倍、70倍、80倍、90倍、100倍多い幹細胞を選択すること、または処理をすること(場合により、その後に選択すること)を含む。他の実施形態において、CCN2を発現する幹細胞を調製する工程は、未選択または未処理の幹細胞集団のCCN2発現量と比べて、少なくとも5倍、10倍、20倍、30倍、40倍、50倍多い幹細胞を選択すること、または処理をすること(場合により、その処理後に選択すること)を含む。
【0024】
1つの実施形態において、CCN1およびCCN2を発現する幹細胞を調製する工程は、未選択または未処理の幹細胞集団のCCN1発現量と比べて、少なくとも5倍、10倍、20倍、30倍、40倍、50倍、60倍、70倍、80倍、90倍、100倍多く、かつCCN2発現量と比べて、少なくとも3倍、5倍、7倍、9倍、10倍、15倍、20倍多い幹細胞を選択すること、または処理をすること(場合により、その処理後に選択すること)を含む。
【0025】
幹細胞の「不死化処理」は、常法に従って適宜実施できる。幹細胞の不死化処理は、限定するものではないが、テロメラーゼ(TERT)(好ましくはヒト由来のTERT(hTERT))の発現を介する方法、SV40T抗原を利用する方法、hTERT触媒サブユニットとp53またはRBsiRNAを同時発現させる方法が挙げられる。1つの実施形態において、CCN1およびCCN2のいずれか一方またはその両方を発現する幹細胞は、hTERTを幹細胞に導入することによって調製される。hTERTが導入された幹細胞は、限定するものではないが、hTERTを一過性に発現する、または恒常的に発現する。
【0026】
1つの実施形態において、幹細胞は、哺乳動物、好ましくは霊長類、より好ましくはヒト由来である。1つの実施形態において、幹細胞は、哺乳動物の生体組織由来、例えば骨髄由来、歯髄由来、臍帯組織由来、脂肪組織由来、または胎盤組織由来の幹細胞である。1つの実施形態において、幹細胞は、間葉系幹細胞である。生体組織由来の幹細胞は、常法に従い調製してもよく、または市販のものを用いてもよい。
【0027】
本発明に係る前駆細胞は、限定するものではないが、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞および神経細胞などに分化する能力を有する。1つの実施形態において、当該前駆細胞は、神経細胞に分化する能力を有する。1つの実施形態において、当該前駆細胞は、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞および神経細胞などに高効率(例えば、分化誘導後の細胞集団中に、誘導後の細胞が20%以上、40%以上、60%以上、80%以上、20%~80%、40%~80%、40%~60%)に分化する能力を有する。1つの実施形態において、本発明に係る前駆細胞は、受託番号P-02505で寄託された細胞である。
【0028】
本発明に係る前駆細胞を、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、および神経細胞などに分化する能力を維持した状態で培養するための、培地の組成、培養方法、継代方法等は、周知・慣用技術から適宜設定できる。1つの実施形態において、そのような培地は、市販の幹細胞用培養用の培地、例えば、マウスES細胞培養用培地(例えばTX-WES培地、トロンボX社)、霊長類ES細胞培養用培地(例えば霊長類ES細胞用培地、リプロセル社(例えばPrimate ES Cell Medium))、または神経幹細胞用培養である。1つの実施形態において、当該培地は、霊長類ES細胞培養用培地(リプロセル社)である。他の実施形態において、当該培地は、動物細胞の培養に用いられる培地(例えば、DMEM培地)から調製することができる。そのような培地は、例えば、10~15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12、またはDMEM培地である。
【0029】
本発明に係る前駆細胞は、限定するものではないが、その増殖速度が速い。1つの実施形態において、本発明に係る前駆細胞は、霊長類ES細胞培養用培地を用いて培養した場合、12時間~24時間で2倍に増殖する。
【0030】
1つの実施形態において、本発明に係る前駆細胞を神経細胞の分化能を維持する培養方法は、ES細胞、iPS細胞などの分化多能性細胞の分化能を維持した状態で培養する際に使用される方法であってよい。培養方法は、限定するものではないが、非接着性条件下での三次元培養、例えば浮遊培養(例えば、分散培養、凝集浮遊培養など)、または接着性条件下での二次元培養、例えば平板培養、あるいは、三次元培養と二次元培養とを組合せた培養が挙げられる。1つの実施形態において、培養方法は、フィーダー細胞の非存在下、接着性条件下で培養される。細胞接着性の培養器では、細胞との接着性を向上させる目的で、その表面は細胞支持物質(例えばコラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチンなどの物質)でコーティングされる。1つの実施形態において、細胞接着性の培養器は、例えば0.1%ゼラチンで被覆される。
【0031】
細胞培養の条件に関しては、培養温度は、限定するものではないが、約30℃~約40℃、好ましくは約37℃である。培養は、CO含有空気の雰囲気下、例えばCO濃度約2%~約5%にて実施される。
【0032】
本発明に係る前駆細胞を目的の細胞(例えば、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、または神経細胞)に分化誘導するための、培地の組成、分化誘導因子、培養方法、継代方法等は、周知・慣用技術から適宜設定できる。
【0033】
1つの実施形態において、本発明に係る前駆細胞を神経細胞に分化誘導するための培地は、市販の神経細胞培養培地もしくは神経分化培地(例えば、RHB-A タカラバイオ)である。他の実施形態において、神経細胞培養培地または神経分化誘導培地は、神経細胞誘導因子(例えば、脳由来神経成長因子(BDNF)、線維芽細胞成長因子(FGF)、低分子BMP阻害剤および/または前記低分子TGFβファミリー阻害剤)を含む。他の実施形態において、当該前駆細胞を神経細胞に分化誘導するための培地は、動物細胞の培養に用いられる培地(例えば、DMEM培地)から調製することができる。
【0034】
1つの実施形態において、本発明に係る前駆細胞を神経細胞に分化誘導するための培養方法は、ES細胞、iPS細胞などの分化多能性細胞から神経細胞へ分化誘導する際に使用される方法であってよい。培養方法は、限定するものではないが、非接着性条件下での三次元培養、または接着性被覆条件下での二次元培養、あるいは三次元培養と二次元培養とを組合せた培養が挙げられる。1つの実施形態において、培養方法は、フィーダー細胞の非存在下、非接着性条件下で培養される。
【0035】
1つの実施形態において、本発明に係る前記細胞を脂肪細胞に分化誘導するための培地は、限定するものではないが、市販の脂肪細胞誘導培地、または市販の動物細胞の培地にインシュリン、デキサメサゾン、インドメタシンを含めた培地である。1つの実施形態において、本発明に係る前記細胞を軟骨細胞に分化誘導するための培地は、限定するものではないが、市販の軟骨細胞誘導培地、または市販の動物細胞の培地にデキサメサゾン、アスコルビン酸、TGF-β3を含めた培地である。1つの実施形態において、本発明に係る前記細胞を骨細胞に分化誘導するための培地は、限定するものではないが、市販の骨細胞誘導培地、または市販の動物細胞の培地にデキサメサゾン、アスコルビン酸、β-グリセロリン酸を含めた培地である。
【0036】
目的の細胞に分化したかの確認は、常法に従って実施することができる。脂肪細胞に分化させた場合、その確認は、限定するものではないが、オイルレッド染色法により行うことができる。軟骨細胞に分化させた場合、その確認は、限定するものではないが、アルシアンブルー染色により行うことができる。骨細胞に分化させた場合、その確認は、限定するものではないが、アルカリフォスファターゼ染色法により行うことができる。
【0037】
1つの実施形態において、本発明に係る前駆細胞から誘導された神経細胞は、そのCCN1の発現量が当該前駆細胞の発現量と比べて少なくとも10倍、20倍、30倍、50倍、70倍、または100倍小さく、そのCCN2の発現量が当該前駆細胞の発現量と比べて少なくとも5倍、10倍、20倍、30倍、40倍、または50倍大きい。
【0038】
本発明に係る前駆細胞から分化誘導された神経細胞、脂肪細胞、軟骨細胞および骨細胞などの分化細胞、及び当該前駆細胞のいずれか一方またはその両方は、失われた細胞、組織、器官の再生などに用いることができる。本発明は、本発明に係る前駆細胞から分化誘導された神経細胞、脂肪細胞、軟骨細胞および骨細胞などの分化細胞、及び当該前駆細胞のいずれか一方またはその両方の、その必要のある患者に投与される治療用組成物の製造のための使用を提供する。
【0039】
1つの実施形態において、本発明に係る前駆細胞から神経細胞に分化誘導された細胞および当該前駆細胞のいずれか一方またはその両方は、虚血性脳疾患(脳卒中など)、脳外傷、脊髄損傷、運動神経疾患、神経変性疾患、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症、ハンチントン病、アルツハイマー病、パーキンソン病、てんかん、および統合失調症を処置するための組成物の製造に使用することができる。本明細書において「処置」は、疾患の進行を遅らせること、維持すること、もしくは改善すること、又は疾患の症状を緩和すること、改善することを意味する。
【0040】
1つの実施形態において、前記組成物は、本発明に係る前駆細胞から分化誘導された神経細胞を含み、脊髄損傷、重症筋無力症、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病、または統合失調症処置用の組成物である。本発明に係る処置用組成物は、その剤形に応じて、適当な投与経路にて、設定された回数、適宜な投与間隔にて投与される。本発明に係る処置用組成物は、哺乳動物用である。哺乳動物は、限定するものではないが、イヌ、ネコ等の随伴動物、霊長類、またはヒトである。1つの実施形態において、本発明に係る処置用組成物は、ヒト用である。1つの実施形態において、処置用組成物は、当該組成物を適用する哺乳動物と同じ種、好ましくは同一の個体から調製された本発明に係る前駆細胞を含む。
【0041】
本発明に係る処置用組成物は、本発明に係る細胞を、常法に従って、医薬上許容される担体とともに注射剤、懸濁剤、点滴剤等の非経口剤として製造することができる。1つの実施形態において、処置用組成物は、純度の高い細胞集団を含む。細胞の純度を高める方法としては、目的の細胞を選別する方法、例えばフローサイトメトリー法、或いは分化後の細胞が増殖能を有する場合はクローニング法が挙げられる。フローサイトメトリー法は、目的の細胞を予め標識し(例えば蛍光標識)、細胞が発生する標識由来のシグナルを測定する方法であり、セルソーターを組合せることで、目的の細胞を選別・分取することができる。1つの実施形態において、本発明に係る処置用組成物は、限定するものではないが、約1×10~1×10細胞/mLを含む。
【0042】
医薬上許容される担体としては、限定するものではないが、生理食塩水などの等張液または注射用の水性液が挙げられる。本発明に係る処置用組成物は、限定するものではないが、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカイン)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール)、保存剤、酸化防止剤を含む。
【0043】
本発明に係る好ましい実施形態について、以下に詳しく説明するが、それらはすべて例示であって制限的なものではなく、添付する特許請求の範囲に記載の発明をいかようにも限定するものではない。
【実施例
【0044】
[実施例1]
<ヒト間葉系幹細胞の不死化>
市販の骨髄由来のヒト間葉系幹細胞(hMSC)(タカラバイオC-12974)を組織培養用シャーレで培養し、付着細胞を回収した。回収した細胞を、ヒト・テロメラーゼ遺伝子(Retro-E1/hTERT virus G207 コスモバイオ)、および緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子を組み込んだレトロウイルスベクターにてトランスフェクトした。GFPを発現する細胞を、蛍光標示式細胞分取器(FACS)にて分離した。逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)を行い、分離した細胞にてhTERTが転写されていることを確認した。Trap aasayによるテロメア長の測定により、hTERTが発現され、機能していることを確認した。hTERTの発現が確認された細胞群をクローン化した。
【0045】
<多分化能を有する不死化ヒト間葉系幹細胞クローンの選択>
クローニングした不死化ヒト間葉系幹細胞クローンの幾つかをそれぞれ、インシュリン、デキサメサゾン、インドメタシンを含めた脂肪細胞誘導培地にて約3週間培養した。培養細胞をオイルレッド染色し、脂肪細胞に分化可能なクローンを特定した。脂肪細胞に分化可能な不死化ヒト間葉系幹細胞クローンの幾つかをそれぞれ、デキサメサゾン、アスコルビン酸、TGF-β3を含めた軟骨誘導培地にて約3週間培養した。培養細胞をアルシアンブルー染色し、軟骨細胞に分化可能なクローンを特定した。脂肪細胞、および軟骨細胞に分化可能であった不死化ヒト間葉系幹細胞クローンの幾つかをそれぞれ、デキサメサゾン、アスコルビン酸、β-グリセロリン酸を含めた骨誘導培地にて約2週間培養した。培養細胞をアルカリホスファターゼ染色し、骨芽細胞にも分化可能な不死化ヒト間葉系幹細胞クローンを特定した。
【0046】
<不死化ヒト間葉系幹細胞クローンへの遺伝子導入>
上記で得られた多分化能を有する不死化ヒト間葉系幹細胞クローンの細胞内に、エピソーマルベクターHuman iPS Cell Generation(商標)Episomal Vector Mix(タカラバイオ3673)を用いて初期化遺伝子を導入した。初期化遺伝子は、核初期化因子(OCT3/4、KLF4、SOX2、L-MYC、LIN28)、およびp53機能阻害因子(mouse p53DD)を含んだ。遺伝子導入は、上記ベクターミックス3μlを3×10個の細胞に電圧1650V、時間10m秒で電気的導入法により導入した。遺伝子導入した細胞を組織培養用プレートで約1週間、10%ウシ胎児血清含有DMEM培地中で培養した。前記培養細胞10~10個を、組織培養用シャーレ中、マイトマイシンC処理したSNLフィーダー細胞上に播種し、ES/iPS細胞用培地(リプロセル社)を用いて約2週間培養した。SNLフィーダー細胞として、ネオマイシン耐性遺伝子とマウスLIF遺伝子を形質転換したマウス線維芽細胞を用いた。培養後の細胞集団には、形態的にiPS細胞コロニーはほとんど見られなかった。得られた細胞集団についてクローニングを行った。クローニングの間、細胞はリプロセル社培地を用いて培養した。得られたクローンの1つをX4N細胞と称し、以下の実施例に用いた。
【0047】
[実施例2]
<遺伝子発現解析>
アフィメトリクス社のGeneChip(登録商標)Human Gene2.0 ST Arrayを用いて、約10万種におよぶ転写産物に関する遺伝子発現情報を、ヒトiPS細胞、ヒト間葉系幹細胞、X4N細胞、神経分化させたX4N細胞(後述する)について階層型クラスタリング解析を行った。解析結果の一部を図1に示す。X4N細胞(図1c)は、ヒトiPS細胞(図1a)やヒト間葉系幹細胞(図1b)の遺伝子発現パターンとは、遺伝子発現パターンが異なっていた。iPS細胞とは形態的に異なるコロニーを形成したX4N細胞は、遺伝子発現パターンもiPS細胞とは異なっていた。これらの結果は、X4N細胞はiPS細胞とは異なる細胞株であることを示唆した。
【0048】
<増殖速度>
X4N細胞は、0.1%ゼラチンを被覆した組織培養用シャーレにて、リプロセル社培地を用いて継代培養が可能であった(図2a)。X4N細胞は12~24時間で2倍に増殖した。一般的に24~30時間で2倍に増殖するiPS細胞と比べて、X4N細胞は増殖効率に優れていることが示唆された。また、リプロセル社培地の交換はX4N細胞の場合、2、3日に1回の交換で充分であった(データは示さず)。一般に1日に1回のリプロセル社培地の交換が必要とされるiPS細胞の培養と比べて、経済的にも優れていることが示唆された。
【0049】
<神経分化能>
X4N細胞は、ゼラチン被覆(足場)なしの組織培養用シャーレにてリプロセル社培地を用いて培養すると、突起を出しはじめ、球状の細胞塊(スフェア)を形成して浮遊した(図2b)。浮遊した球状の細胞塊は、神経幹細胞をin vitroで培養した際に観られる非接着球体クラスター(「神経球」とも呼ばれる)に形態的に似ていた。そこで、X4N細胞を、ゼラチン被覆なしの組織培養用シャーレにて、リプロセル社培地で1日培養した後に、培地をリプロセル社培地から神経誘導培地(RHB-A タカラ)に交換して約1週間培養した。培養後の細胞は突起を伸ばし神経細胞様に分化した(図2c)。神経誘導培地に20~50ngのBDNF(脳由来神経栄養因子)を添加した場合、X4N細胞はほとんどが増殖を停止し、突起を伸ばしてネットワーク状の形状を呈した(図2d)。
【0050】
ゼラチン被覆なしでリプロセル社培地を用いて培養したX4N細胞(図2b)の遺伝子発現パターン、およびゼラチン被覆なしで神経誘導培地を用いて培養したX4N細胞(図2d)の遺伝子発現パターンはそれぞれ(図1d、図1e)、ヒトiPS細胞(図1a)、ヒト間葉系幹細胞(図1b)、ゼラチン被覆ありで培養したX4N細胞(図1c)の遺伝子発現パターンとは大きく異なっていた。
【0051】
神経誘導培地(BDNF+/-)を用いて培養したX4N細胞について免疫細胞染色を行った。免疫染色において、神経全般のマーカーとしてニューロフィラメント(NF);神経前駆細胞のマーカーとしてネスチン;神経細胞ステージ3 分化マーカーとしてドレブリン;コリン神経マーカーとしてChAT;抑制系神経マーカーとしてGABA;およびドーパミン神経マーカーとしてCorinを用いた(表1)。
【0052】
抗ニューロフィラメント(NF)抗体、および抗ネスチン抗体を用いた免疫細胞染色の結果、NF、およびネスチンのいずれにおいても陽性像が多く見られた。また抗ドレブリン抗体を用いた免疫細胞染色では、神経の分化構造が観察された。抗ChAT抗体(Proteintech、PGI 240747-1-AP)、および抗コリン抗体(Abcam、ab209963)を用いた免疫細胞染色の結果、それぞれ陽性細胞が多数観察された。抗GABA抗体(SCB、SC-376001)を用いた免疫細胞染色で観察された陽性細胞の割合よりも、抗ChAT抗体、および抗コリン抗体で観察された陽性細胞の割合は高かった。
【0053】
【表1】
【0054】
神経誘導培地(BDNF+/-)を用いて培養したX4N細胞を、セルソーターSH800(SONY)にて解析した(表2)。アセチルコリン神経のマーカー酵素であるコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)陽性細胞は、ゲートをかけた細胞集団で約26%、全体でも約9%と高値であった。また、神経前駆細胞マーカーであるネスチン陽性細胞は、ゲートをかけた細胞集団で約16%であった。また、全体でも約7%と高値であった。別の解析でも、ドーパミン神経のマーカー酵素であるチロシンヒドロキシラーゼ(TH)陽性細胞は、ゲートをかけた細胞集団で約19%であった。抑制性神経のマーカーであるGABA陽性細胞は約13%と高値であった。Nestin、DrebrinA、ChAT、GABAを含む神経細胞のマーカー陽性細胞は、ゲートを欠けた細胞集団で約80%(=16.18%+1.68%+26.2%+12.82%)であった。
【表2】
【0055】
実施例2によれば、X4N細胞は、ゼラチン被覆なしで細胞培養することで、神経球様の細胞塊を形成させることができる(図2b)。神経誘導培地を用いて培養したX4N細胞は、高効率(約80%)に神経細胞に分化し得ることが示唆された(表1、表2)。X4N細胞の神経分化誘導は、5日~7日で可能であった。一般的に血球由来iPS細胞から神経分化をさせることは難しく、皮膚由来iPS細胞の場合、分化に要する日数が14日以上であったことから(データは示さず)、X4N細胞は高効率に且つ経済的に神経細胞に分化させ得る。
【0056】
[実施例3]
過剰のグルタミン酸(Glu)を細胞に添加することで細胞死が誘導されるかを調べた。神経誘導培地で約1週間培養して神経分化誘導したX4N細胞に、最終濃度10mMのグルタミン酸を添加した。数日間の培養後に顕微鏡(対物40倍)にて細胞を撮像した。計測エリア(mm)あたりの細胞塊のサイズ(mm)と数(個)に減少が観察され(図3)、細胞塊の数とサイズとを計測した(表3)。
【表3】
【0057】
グルタミン酸添加による細胞塊サイズ、および数の減少は、神経分化誘導したX4N細胞がグルタミン酸により細胞死が誘導されたことを示す。実施例2、3で示された遺伝子発現解析の結果、抗GABA抗体で染色され免疫細胞染色の結果、およびグルタミン酸で細胞死が誘導された結果から、神経分化誘導したX4N細胞は、機能性の神経細胞であることが示唆される。
【0058】
[実施例4]
<定量PCR法によるX4N細胞の遺伝子マーカー探索>
実施例1記載のヒト間葉系幹細胞(hMSC)、実施例1記載のX4N細胞、実施例2記載の神経分化誘導したX4N細胞、およびヒトiPS細胞を用いて、CCN1、CCN2、CCN3、Myc、Sox2、Klf4、Oct3/4、Lin28、Nanog、およびhTERTについて定量PCRを行い、GAPDHおよびβ-Actin等の内在性対照遺伝子のシグナル値に対する相対値を算出した(データは示さず)。
【0059】
実施例4により、CCN1は、試験した4種の細胞中、X4N細胞で最も強く発現しており、不死化hMSC、および神経分化誘導したX4N細胞での発現は相対的に弱く、ヒトiPS細胞では検出できなかった(N.D.)。CCN1は、X4N細胞の遺伝子マーカーとして利用し得ることが示唆された。
【0060】
CCN2およびhTERTは、試験した4種類の細胞中、ヒトiPSでは相対的に弱く発現していた。CCN2およびhTERTは、不死化hMSC、X4N細胞や神経分化誘導したX4N細胞と、ヒトiPS細胞とを区別するための遺伝子マーカーとして利用できることが示唆された。
【0061】
[実施例5]
<定量PCR法によるX4N細胞を製造するための幹細胞の遺伝子マーカー探索>
実施例1記載のヒト間葉系幹細胞(hMSC)、実施例1記載のX4N細胞、実施例2記載の神経分化誘導したX4N細胞、およびヒトiPS細胞に加えて、実施例1記載の不死化ヒト間葉系幹細胞について、実施例4で遺伝子マーカーとして特定したCCN1及びCCN2について定量PCRを行った(図4)。内在性対照遺伝子としてCAPDHを用いた。
【0062】
図4で示されるように、CCN1遺伝子は、ヒト間葉系幹細胞では、内在性対照遺伝子CAPDHの発現量と比べて、ほとんど発現していなかったのに対して、実施例1に記載の不死化処理を行った不死化ヒト間葉系幹細胞では約120倍も発現していた。CCN1を発現する不死化した間葉系幹細胞を用いて作成したX4N細胞も、内在性対照遺伝子CAPDHの発現量と比べて、約40倍も発現していたのに対して、ヒトiPSでは約4倍程度の発現が見られた程度であった。従って、CCN1遺伝子が、X4N細胞を製造するための幹細胞の遺伝子マーカーとして利用できることが示唆された。
【0063】
[実施例6]
<ハイブリドーマ法によるX4Nタンパク質マーカー探索>
免疫:マウスをX4N細胞で免疫した。1匹あたり1×10個の細胞をアジュバントと混合して腹腔に免疫し、最終免疫は、1匹あたり1×10個の細胞を尾静脈から注入した。
【0064】
ハイブリドーマ作製:マウスから脾臓細胞を回収した。常法に従って、前記脾臓細胞とミエローマ細胞を融合させてハイブリドーマを樹立し、96wellプレート8枚に播種してHAT培地で選別した。
【0065】
スクリーニング:各ウェルの培養上清を回収した。培養上清に含まれる抗体の対象細胞への反応をELISAにて解析した。二次抗体にはペルオキシダーゼ標識抗マウスIgヤギ抗体を使用した。対象細胞には、X4N細胞(細胞A)と市販の間葉系幹細胞(細胞B)を使用した。対象細胞は、それぞれ96ウェルプレートにて培養し、PBS洗浄後に、エタノールを用いて固定化した。回収したハイブリドーマ培養上清を、固定化した対象細胞を含むウェルにそれぞれ添加し、室温にて1時間インキュベートした。各ウェルを洗浄後、前記二次抗体を添加し、室温にて1時間インキュベートした。洗浄した各ウェルに発色試薬を添加して、発光量を測定した。ELISA解析で細胞Aに対して強い反応性が認められ、細胞Bに対しては弱い反応性が認められたウェルを選別した。
【0066】
クローニング:選別したウェル中のハイブリドーマを、限界希釈法を用いてクローニングした。上記スクリーニングを繰り返して、細胞Aに対して強い反応性が認められ、細胞Bに対しては弱い反応性が認められた10個のハイブリドーマを樹立した。
【0067】
[実施例7]
<ラット脊髄損傷モデルを用いた後肢運動機能改善評価>
10週齢のSD系雌ラット18匹を(体重:197.4~229.2g)、室温22±2℃、相対湿度30~70%、明暗各12時間の環境下で1週間馴化飼育した(体重:233.1~261.5g)。飼育中、ラットは、水、および固型飼料CE-2(フィードワン株式会社)を自由摂取した。馴化飼育後のSD系雌ラット14匹を、各群の平均体重が均一になるように、体重層別無作為法にて3群(試験群6匹、対照群6匹、健常群2匹)に分けた。
【0068】
試験群と対照群のラット12匹をそれぞれ、麻酔下、頸部から胸背部にかけて剪毛し、エタノール消毒した。次いで、背部皮膚を切開し、第6胸椎から第2腰椎を露出させ、第9~10胸椎についてMicro-rongeurs(No.16121-14 F・S・T)を用いて椎弓を切除した。直ちにMASCIS Impactor(Rutgers university,USA)を用いて10g(直径2.5mm)の重錘を25mmの高さから落下させ、脊髄損傷モデルを作製した。
【0069】
健常群2匹を含む14匹のラットに、ラット髄腔内投与用カテーテル(#0007741、Short type、Alzet)を髄腔内に留置した。以下の被験物質を、各群に髄腔内留置カテーテルを介して脊髄損傷モデル作製後7日目に髄腔内に1回投与した(表4)。
【表4】
【0070】
脊髄損傷モデル作製日(0日)から7日まで毎日、それ以降は7日毎に電子天秤(FX-1200I、株式会社A&D)を用いて体重測定を行った(図5a)。脊髄損傷後1日目、および7日目、以降7日毎に、Bassoら(Basso DMら、J.Neurotrauma1995;12:1-21)の方法に従い、Basso-Beattie-Bresnahan(BBB)スケールを用いて後肢運動機能をダブルブラインドで評価した(図5b)。得られた体重データ、およびBBBスコアについて、平均値、および標準誤差を算出した。試験群と対照群との比較にはMann-Whitney’s U-testを用いて、統計学的有意差の検定を行った。危険率5%未満を有意差ありとした。
【0071】
図5aで示されるように、試験群と対照群とで試験期間中、体重変化に有意差は見られなかった。図5bで示されるように、後肢運動機能は、試験群と対照群とで、被検物質投与後21日目(脊髄損傷後28日目)に有意差が認められ、試験群は対照群と比べて更に後肢運動機能が回復していた。平均して、試験群のラットは頻繁に一貫の体荷重のある足底歩行が可能であった(BBBスコア11)。一方、対照群のラットは、静止時のみ、体荷重のある足底着地が可能であったが(BBBスコア9)、足底歩行は認められなかった。
【0072】
28日目の観察・評価終了後に動物を麻酔し、10%中性緩衝ホルマリン液で全身灌流固定した。固定化後に脊髄を採取した。
【0073】
[実施例8]
<損傷個所周辺の脊髄組織の染色>
実施例6で採取した損傷個所周辺の脊髄切片を調製し、組織切片をヘマトキシリン・エオジン染色した(図6)。試験群の損傷個所周辺の脊髄組織(図6a)は、対照群の損傷個所周辺の脊髄組織(図6b)に比べて、脊髄の損傷個所(空隙)が神経細胞で補修されている。補修された脊髄では、異形腫、炎症反応は認められなかった(図6a)。実施例6で用いた神経分化X4N細胞は、セルソーターなどで神経に分化した細胞を選別し、濃縮する工程を経ることなく、高効率に神経細胞に分化し得る安全な神経細胞に分化可能な前駆細胞、同様に骨細胞、軟骨細胞、または脂肪細胞に分化可能な前駆細胞であることが示唆された。
図1
図2
図3
図4
図5a
図5b
図6