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特許7064286既設構造物の補強構造の設計方法、及び既設構造物の補強構造
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-26
(45)【発行日】2022-05-10
(54)【発明の名称】既設構造物の補強構造の設計方法、及び既設構造物の補強構造
(51)【国際特許分類】
   E04G 23/02 20060101AFI20220427BHJP
   E21D 11/08 20060101ALI20220427BHJP
【FI】
E04G23/02 D
E21D11/08
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2017016326
(22)【出願日】2017-01-31
(65)【公開番号】P2018123563
(43)【公開日】2018-08-09
【審査請求日】2019-11-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲1▼発行日 平成28年11月7日 刊行物 第26回トンネル工学研究発表会予稿集、「シールドトンネルの鉄筋残存量の評価と補強設計に関する研究」、公益社団法人土木学会 トンネル工学委員会 ▲2▼発行日 平成29年1月20日 刊行物 電気評論2017年1月号 株式会社 電気評論社
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003687
【氏名又は名称】東京電力ホールディングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000221546
【氏名又は名称】東電設計株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100179833
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 将尚
(74)【代理人】
【識別番号】100114937
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 裕幸
(72)【発明者】
【氏名】岡 滋晃
(72)【発明者】
【氏名】吉本 正浩
(72)【発明者】
【氏名】実広 拓史
(72)【発明者】
【氏名】阿南 健一
(72)【発明者】
【氏名】新家 由隆
(72)【発明者】
【氏名】小室 真一
【審査官】油原 博
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第104727828(CN,A)
【文献】特許第3260623(JP,B2)
【文献】特開2014-224421(JP,A)
【文献】特開2012-229561(JP,A)
【文献】特開昭52-082813(JP,A)
【文献】特開平09-021298(JP,A)
【文献】特開2008-082049(JP,A)
【文献】特開2014-063403(JP,A)
【文献】特開2015-170171(JP,A)
【文献】特開2005-258569(JP,A)
【文献】特開2014-237984(JP,A)
【文献】実開昭62-185796(JP,U)
【文献】特開2009-249884(JP,A)
【文献】特開2006-118318(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第02221451(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2006/0165489(US,A1)
【文献】塩路幸男,経年劣化したシールドトンネルの補強に関する研究,Vol.67, No.2,2011年07月29日,62-78
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
E21D 11/00-19/06
E21D 23/00-23/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
劣化状態にある既設構造物の補強構造の設計方法であって、
前記既設構造物に作用する荷重と変位量との関係を示す設計上の第1曲線に基づいて、前記既設構造物に加わる第1荷重によって生じる第1変位量を求める初期変位量演算工程と、
想定される劣化状態にある前記既設構造物に作用する荷重と変位量との関係を示す第2曲線に基づいて、前記第1変位量を生じさせる第2荷重を求める劣化後荷重演算工程と、
前記第1荷重及び前記第2荷重との差に基づいて前記既設構造物を補強するための補強構造の強度を演算する補強構造強度演算工程と、
前記補強構造を設置した後、前記第1変位量における前記第2荷重を初期値として、補強後の前記既設構造物に作用する荷重と前記変位量との関係を示す第3曲線を求める補強後曲線演算工程と、
前記第3曲線に基づいて、想定される将来の荷重に対する将来の変位量を演算する将来変位量演算工程と、を備える、
既設構造物の補強構造の設計方法。
【請求項2】
前記将来の荷重及び前記将来の変位量に基づく荷重状態における前記既設構造物の本体及び前記補強構造に生じる応力をモデル化された前記既設構造物と前記補強構造とを用いた構造解析モデルに基づいて演算する応力演算工程と、
を更に備える、
請求項に記載の既設構造物の補強構造の設計方法。
【請求項3】
演算した前記応力に基づいて設計された前記補強構造の耐力を前記補強構造に加わる動的な荷重に対して生じる応答値に基づいて判定する判定工程と、を更に備える、
請求項に記載の既設構造物の補強構造の設計方法。
【請求項4】
前記劣化後荷重演算工程は、前記第2曲線を決定するために、
前記既設構造物を構成する複数の構造部材の残存量の分布を示す分布曲線を決定する分布曲線決定工程と、
前記分布曲線を経時的に変化させるパラメータを演算するパラメータ演算工程と、
所定の期間経過後に対応する前記パラメータで算出される前記分布曲線に基づいて統計的に将来の前記構造部材の前記残存量を推定する構造部材残存量推定工程と、を更に備える、
請求項1からのいずれか1項に記載の既設構造物の補強構造の設計方法。
【請求項5】
請求項1からのいずれか1項に記載の設計方法による設計工程と、
前記設計工程で設計された補強構造を構築する補強工程と、を備える、
既設構造物の補強構造の構築方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既設構造物の劣化の進行度合いに応じて既設構造物を補強するための補強構造の設計方法、及び既設構造物の補強構造に関する。
【背景技術】
【0002】
既設のシールドトンネル等の構造物の中には、経年変化により劣化が進行し、将来的に強度が低下する虞が生じるものがある。非特許文献1には、既設のトンネル構造物の内側に補強用のセグメントを新設する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】落合孝雄、円谷喜只、阪井田修、田中榮一、「電力洞道改修工事における新しい内巻き補強工法」、1999年、トンネルと地下、第30巻1号,pp.46-52
【文献】塩冶幸男、内藤幸弘、阿南健一、大塚正博、小泉淳「経年劣化したシールドトンネルの補強に関する研究」、2011年、土木学会論文集、F1(トンネル工学)67(2),pp.62-78
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
既設のシールドトンネル等の構造物は、建設された場所や時期の違いによって劣化の進行度合いが異なる。劣化が進行した構造物に対しては、劣化の進行度合いに応じた補強対策が行われることが望ましい。非特許文献1に記載された方法によると、既設のトンネル構造物の劣化の進行度合いにかかわらず補強用のセグメントを新設する。そのため、特許文献1に記載された方法では、既設のトンネル構造物の劣化の進行度合いが少ない場合には、少ない補強で足りる状態でも過剰な補強を施すこととなり、その結果コストが過大となってしまう虞がある。補強を適切に行うためには、既設の構造物の劣化の進行度合いを正確に把握して、劣化の進行度合いに応じた対策をする必要がある。
本発明は、既設の構造物の劣化の進行度合いに応じて補強対策を行うことができる既設構造物の補強設計方法、及び既設構造物の補強構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の実施形態に係る既設構造物の補強構造の設計方法は、
前記既設構造物に作用する荷重と変位量との関係を示す設計上の第1曲線に基づいて、前記既設構造物に加わる第1荷重によって生じる第1変位量を求める初期変位量演算工程と、
想定される劣化状態にある前記既設構造物に作用する荷重と変位量との関係を示す第2曲線に基づいて、前記第1変位量を生じさせる第2荷重を求める劣化後荷重演算工程と、
前記第1荷重及び前記第2荷重との差に基づいて前記既設構造物を補強するための補強構造の強度を演算する補強構造強度演算工程と、を備える。
【0006】
本発明はこのような構成により、劣化状態にある前記既設構造物の状態を示す第2曲線から、劣化状態にある前記既設構造物に加わる仮想荷重となる第2荷重を求めて荷重履歴を参照することができ、補強構造の設計を合理的に行うことができる。
【0007】
本発明は、更に、前記補強構造を設置した後、前記第1変位量における前記第2荷重を初期値として、補強後の前記既設構造物に作用する荷重と前記変位量との関係を示す第3曲線を求める補強後曲線演算工程と、
前記第3曲線に基づいて、想定される将来の荷重に対する将来の変位量を演算する将来変位量演算工程と、
を更に備えるよう構成してもよい。
【0008】
本発明はこのような構成により、補強後の外力に対する耐力を既設構造物と補強構造とで受け持つよう設計することができ、補強構造の設計を合理的に行うことができる。
【0009】
本発明は、更に、前記将来の荷重及び前記将来の変位量に基づく荷重状態における前記既設構造物の本体及び前記補強構造に生じる応力をモデル化された前記既設構造物と前記補強構造とを用いた構造解析モデルに基づいて演算する応力演算工程と、
を更に備えるよう構成してもよい。
【0010】
本発明はこのような構成により、具体的な既設構造物の形状に合わせた応力を演算することができる。
【0011】
本発明は、更に、演算した前記応力に基づいて設計された前記補強構造の耐力を前記補強構造に加わる動的な荷重に対して生じる応答値に基づいて判定する判定工程と、を更に備えるよう構成してもよい。
【0012】
本発明はこのような構成により、算出された補強構造の耐力を判定することで補強構造の安全性を評価することができる。
【0013】
本発明は、更に、前記劣化後荷重演算工程は、前記第2曲線を決定するために、
前記既設構造物を構成する複数の構造部材の残存量の分布を示す分布曲線を決定する分布曲線決定工程と、
前記分布曲線を経時的に変化させるパラメータを演算するパラメータ演算工程と、
所定の期間経過後に対応する前記パラメータで算出される前記分布曲線に基づいて統計的に将来の前記構造部材の前記残存量を推定する構造部材残存量推定工程と、を更に備えるよう構成してもよい。
【0014】
本発明はこのような構成により、経年変化により腐食する構造部材の残存量を推定することができ、将来的に劣化した状態の既設構造物の荷重状態を推定することができる。
【0015】
本発明は、更に、上記の設計方法による設計工程と、
前記設計工程で設計された補強構造を構築する補強工程と、を備えて既設構造物の補強構造の構築方法を構成してもよい。
【0016】
本発明はこのような構成により、現場の既設構造物に対して補強構造を構築するための構築方法を得ることができる。
【0017】
本発明の実施形態に係る既設構造物の補強構造は、管路構造物の内空壁の天端においてトンネル軸方向に沿って連続して配置されると共に、前記内空壁の周方向に沿って配置される上方支持部と、
前記内空壁の下端において前記トンネル軸方向に沿って連続して配置されると共に、前記内空壁の周方向に沿って配置される下方支持部と、
前記トンネル軸方向に沿って所定の間隔で配置されると共に、前記上方支持部と前記下方支持部とを連結する複数の支柱部と、を備える。
【0018】
本発明はこのような構成により、既設構造物の補強構造を構築することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る既設構造物の補強構造の設計方法、及び既設構造物の補強構造によると、既設の構造物の劣化の進行度合いに応じた補強対策を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施形態に係るシールドトンネルの一部を示す斜視図である。
図2】シールドトンネルのセグメントの構成を示す斜視図である。
図3】補強構造で補強されたシールドトンネルの状態を示す斜視断面図である。
図4】既設のシールドトンネルのセグメントの主鉄筋の板厚の分布を示すヒストグラムである。
図5】既設の他のシールドトンネルのセグメントの主鉄筋の板厚の分布を示すヒストグラムである。
図6】主鉄筋の腐食量の中央値、最頻値、及び確率密度関数のパラメータを示す図である。
図7】経時的に変化するパラメータで示される確率密度関数の分布の変化を示す図である。
図8】変動荷重比と側方土圧係数との関係を示すグラフである。
図9】ひびわれ本数と変動荷重比との関係を示すグラフである。
図10】劣化が無いシールドトンネル及び将来のトンネルの荷重状態を示すグラフである。
図11】一般的な設計方法で補強構造が負担する荷重を示すグラフである。
図12】補強構造が負担すべき荷重を示すグラフである。
図13】補強構造による補強の効果を示すグラフである。
図14】補強構造に加わる将来の荷重を示すグラフである。
図15】主鉄筋の過重負担割合を示すグラフである。
図16】補強構造の設計方法で用いる荷重履歴を示すグラフである。
図17】構造解析のための構造解析モデルに荷重を加えた状態を示す図である。
図18】構造解析のための構造解析モデルに荷重を加えた状態を示す図である。
図19】構造解析のための構造解析モデルに荷重を加えた状態を示す図である。
図20】構造解析のための構造解析モデルに荷重を加えた状態を示す図である。
図21】劣化後のセグメントに生じる曲げモーメントMと曲率との関係を示す図である。
図22】構造解析に用いた補強構造の諸元を示す図である。
図23】構造解析で得られた数値の結果を示す図である。
図24】構造解析で得られた結果をグラフ化した図である。
図25】セグメントの照査限界値を示す図である。
図26】補強構造の照査限界値を示す図である。
図27】セグメントの照査値を示す図である。
図28】補強構造の照査値を示す図である。
図29】補強構造の配置関係を示す図である。
図30】補強構造の設計方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施形態に係る既設構造物の補強設計方法について説明する。
【0022】
図1に示されるように、補強対策の対象となる構造物は、例えば既設のシールドトンネル10である。シールドトンネル10は、複数の湾曲したセグメントGを有する。シールドトンネル10は、断面が円形のトンネルを掘削するシールドマシンが穿孔した孔に予め製造されたセグメントGを順次嵌め込んで連結することによって築造される。その際、複数のセグメントGが円環状に連結されたリングRが形成される。形成されたリングRが順次連続することによってトンネル壁が構築され、シールドトンネル10が完成する。
【0023】
図2に示されるように、セグメントGは、円形断面のトンネル壁の一部となるよう湾曲している。セグメントGは、鉄筋Sがコンクリートで被覆され補強された鉄筋コンクリート(Reinforced Concrete:RC)構造を有している。セグメントGの鉄筋Sは、セグメントGに加わる主荷重を受け持つ主鉄筋S1と荷重を分散する配力鉄筋S2とを有する。主鉄筋S1は、帯状の平鋼(フラットバー:Flat Bar(FB))である。主鉄筋S1は、引張鉄筋となる板状構造部材である。配力鉄筋S2は、例えば異形鉄筋等の鋼棒である。
【0024】
主鉄筋S1は、厚さが数mm程度(例えば6mm)で、幅が数センチ程度の湾曲した帯状の板状体である。セグメントGは、例えば平行に配筋された一対の主鉄筋S1を2層有している。また、セグメントGは、一対の主鉄筋S1に直交して配筋された多数の配力鉄筋S2を有している。セグメントGは、複数の主鉄筋S1と、複数の配力鉄筋S2とからなる鉄筋Sをコンクリート部Cで被覆されることで生成される。即ちセグメントGは、主鉄筋S1がフラットバーのFBセグメントである。
【0025】
主鉄筋が平鋼であるセグメントGが使用されたシールドトンネルは、建設から30年以上経過したものがある。セグメントGは、地中の環境において経年的に錆の発生等により劣化が進行して強度が不足し、補強対策が必要となる場合がある。例えばシールドトンネル10の中には、セグメントGの鉄筋Sに変形や腐食が発生している事例があり、将来的にシールドトンネル10の構造物全体の耐力が低下する虞がある。
【0026】
ここで、セグメントGに対して一律の補強対策を行うと、過剰な補強となってコストが増加したり、セグメントGに対して設計で想定された方向とは異なる方向に力を与えたりする虞がある。そこで、既設のシールドトンネル10に対して想定されるセグメントGの将来の劣化の進行度合いに応じて合理的な補強対策を行う。具体的には、シールドトンネル10の内部に柱状の補強構造30を形成してシールドトンネル10を補強する。
【0027】
図3に示されるように、補強構造30は、既設の構造物であるシールドトンネル10を補強するためにシールドトンネル10の内部に複数連なって設置されるI型断面の柱状体を有する。補強構造30は、経年劣化によりセグメントGの主鉄筋S1に腐食が生じて耐力が低下したシールドトンネル10を補強する。補強構造30は、例えば鉄筋コンクリートで構築される。補強構造30は、シールドトンネル10の天板部11を支持する上方支持部32と、シールドトンネル10の下部に形成された歩床(インバート部12)上に形成された下方支持部33と、上方支持部32と下方支持部33とを連結する複数の支柱部31と、を有する。
【0028】
上方支持部32は、シールドトンネル10の内空壁の天端においてトンネル軸L方向に沿って連続して配置されると共に、内空壁の周方向に沿って配置される。下方支持部33は、シールドトンネル10の内空壁の下端においてトンネル軸L方向に沿って連続して配置されると共に、内空壁の周方向に沿って配置される。複数の支柱部31は、トンネル軸L方向に沿って上方支持部32と下方支持部33の間に所定の間隔で配置される。
【0029】
補強構造30は、柱状体として形成されているため、シールドトンネル10内に既設のケーブル等の設備が設置されたままで構築可能となる。そして、補強構造30は、構築された後でも、作業者が入る空間を確保してシールドトンネル10内でケーブル等の維持管理を行える形状を有している。補強構造30は、I型断面の柱状体の他、例えばH型断面や円形断面等を用いてもよく、シールドトンネル10の天板部11を後述する原理に従って補強できればどのような形状のものを用いてもよい。
【0030】
補強構造30による補強対策は、劣化により生じたセグメントGの耐力の不足分を補強構造が負担する設計とする。セグメントGの劣化の進行度合いは、統計的データに基づいて評価される。セグメントGの劣化の進行度合いは、主に主鉄筋S1の厚さの残存量に比例する。
【0031】
まず、主鉄筋S1の厚さの残存量を評価するために用いられる統計的手法について説明する。計測対象のシールドトンネル10が有するセグメントGのうち、主鉄筋S1に腐食が生じているセグメントGの数を計測する。図4及び図5には、異なる計測対象のシールドトンネル10の主鉄筋S1の厚さとその箇所数とが関連づけられた統計データが示されている。図示するように、統計データは、主鉄筋S1の厚さを0.25mm刻みで示したヒストグラム(柱状グラフ)である。まずこのヒストグラムに合致する関数を設定する。
【0032】
図4及び図5に示されるように、主鉄筋S1の厚さ(残存量)に対して腐食が生じているセグメントGの数の分布は、主鉄筋S1の厚さの設計値(6mm)の値の近辺に集中している。腐食が生じている主鉄筋S1のそれぞれの厚さに対するセグメントGの数の分布は、主鉄筋S1の厚さの設計値を基準として腐食量に従って分布する確率密度関数で表されるものとする。この確率密度関数は、左右の分布形状が非対称の対数正規分布となる。この場合、対数正規分布を表す確率密度関数は、主鉄筋S1の腐食量(=設計値-残存量)の関数として例えば以下の式(1)のように定義される。
【数1】
ここで、
m,s:確率密度分布のパラメータ
x:腐食量(mm)
である。
【0033】
確率密度分布のパラメータm,sは、例えば経年に従って変化するよう設定される。まず確率密度分布のパラメータを分布の中央値と最頻値で表すと、例えば以下の式(2)のように示される。
【数2】
ここで、
median(x):ヒストグラムの中央値
mode(x):ヒストグラムの最頻値
である。
【0034】
式(2)における確率密度分布のパラメータの算出において、経年変化する時間的要素を考慮に入れるために、時間に関するパラメータを導入する。主鉄筋S1の腐食量と経年数とは線形関係にあると仮定すると、分布の中央値と最頻値が経年に比例して増加するように、例えば以下の式(3)が設定される。
【数3】
ここで、
t:現在からの経年数
median(xt):現在からt年後の推定中央値
median(xp):現在の中央値
Tp:新設から現在までの経年数
mode(xt):現在からt年後の推定最頻値
mode(xp):現在の最頻値
mt,st:t年後の確率密度分布のパラメータ
である。
【0035】
図4の統計データでは、ヒストグラム形状は、主鉄筋S1の設計板厚6mm寄りの分布となっている。図4の統計データに上記式(1)及び(2)を当てはめて検証すると、主鉄筋S1の残存量の中央値は4.90mm(腐食量x=1.10mm)である。最頻帯は、残存量5.25mm~5.50mmの範囲である。最頻値は、最頻帯の平均値5.375mm(腐食量x=0.625mm)が採用される。この結果を式(2)に適用すると、確率密度分布のパラメータm,sは、それぞれm=0.095、s=0.752と決定される。決定したそれぞれのパラメータm,sを式(1)に適用すると、確率密度関数の分布曲線の曲線形状は、図4及び図5のいずれのヒストグラム形状にほぼ一致する。但し、上記の比較は、最大発生確率値となる分布曲線のピークがヒストグラムのピークに該当するとして行われている(図4及び図5参照)。
【0036】
上記の式(1)~(3)に基づいて、経時的に劣化する主鉄筋S1の将来の残存量を設定することができる。例えば、完成から33年経たシールドトンネル10では、Tp=33年、median(xp)=1.10mm、mode(xp)=0.625mmである。これらの数値に基づいてt=15,25,35年後における中央値median(xt)と最頻値mode(xt)は、式(3)を用いて例えば以下の式(4)のように計算される。
【数4】
【0037】
図6に示されるように、経年に従って中央値と最頻値とは共に腐食側に推移し、これにともない確率密度分布のパラメータm,sも変化する。これらの数値に基づいて、式(1)を用いてt=15,25,35年後における確率密度関数曲線の将来の分布形状を予測することができる。
【0038】
図7に示されるように、確率密度関数曲線の分布形状は、経年に従って最頻帯での個所数(曲線のピーク値)が少なくなる。即ち、確率密度関数は、経年に従ってばらつきが大きくなる。これは、経年に従って腐食が進行して主鉄筋S1の将来の残存量が少なくなることを表している。このとき、ヒストグラムのばらつきを示す腐食側標準偏差σは、確率密度分布のパラメータm,sを用いて例えば以下の式(5)によって決定される。
【数5】
【0039】
式(5)を用いると、現状の標準偏差は1.272mmで、現状から35年後の標準偏差は2.622mmとなり、ばらつきが2倍以上に大きくなる。上記の計算結果を用いて将来の1リングR当たりの1本の主鉄筋S1の残存量の将来予測を行う。上記の各式によると、35年後の主鉄筋S1の腐食量の最頻値1.29mmと計算される。この値に腐食側の標準偏差1σ分(2.622mm)を適用すると主鉄筋S1の腐食量は3.912mmと計算される。
【0040】
ここで、主鉄筋S1の厚さの設計値6mmから3.912mm腐食した2.088mmを将来の1個所の主鉄筋S1の厚さの劣化後残存量として採用する。このとき、対数正規分布曲線の性質から、将来的に調査される1個所の主鉄筋S1の厚さの残存量が2.088mm以上である確率は87%と計算される。
【0041】
ここで、主鉄筋S1の厚さの残存量が最小となる腐食量を採用しない理由として、シールドトンネル10の構造に特有の性質があることが挙げられる。シールドトンネル10は、例えば地下10m以上の深度にあり、地盤が構造体を支持している。そのため、シールドトンネル10は、高次の不静定構造物となり、局所的に主鉄筋S1の断面損失があったとしても即時に崩壊するわけではない。更に、シールドトンネル10において隣接するリングR同士は、リングR内で隣接するセグメントGの間の継目が互い違いに表れる千鳥配置で設置される(図1参照)。
【0042】
複数のセグメントGからなるリングRを千鳥配置にしてシールドトンネル10を築造すると、隣接するリングR同士の継手には隣接するリングRのセグメントGから加えられるせん断力が働く。これにより、リングR全体の変形が拘束される。これは一般的に添接効果と呼ばれている。そして、セグメントGにはこの添接効果により、リングR同士の継手を介して曲げモーメントが伝達される。従って、添接効果によって、セグメントG内の2本の内の1本の主鉄筋S1の厚さが2.088mm以下であったとしても、他方の主鉄筋S1の厚さが2.088mmより大きければ、シールドトンネル10の構造体系が維持される。
【0043】
ここで、セグメントG内の一方の主鉄筋S1の厚さが2.088mm以上である確率を計算する。この確率は、隣接する2本の主鉄筋S1のうち、1本以上を選択する場合として、例えば以下の式(6)によって計算される。
【数6】
上記確率は、式(6)に示されるように、95%以上となる。
【0044】
従って、少なくとも一方の主鉄筋S1の厚さが2.088mm以上残存していることの信頼度は95%以上となる。数値を安全側に簡単にすると、上記計算によって将来の劣化が進行したセグメントGの主鉄筋S1の厚さの残存量は2mmと推定される。すなわち、隣接する2本の主鉄筋S1のうちの一方の主鉄筋S1が消滅しても他方の主鉄筋S1の厚さが少なくとも2mmの残存量を有していると推定される。
【0045】
従って、将来のセグメントGの状態で最も腐食した場合は、「隣接する2本の主鉄筋S1のうちの一方の主鉄筋S1が消滅し、他方の主鉄筋S1の厚さが少なくとも2mmまで腐食した場合」と推定される。このため、シールドトンネル10の複数のセグメントG全体で考慮すると最も腐食した状況において、主鉄筋S1の厚さの劣化後残存量は、両者の平均をとって1mmと推定される。上述したように、ヒストグラムの分布形状の変化に関する計算を行うことによって、主鉄筋S1の厚さの劣化後残存量を推定することができる。
【0046】
次に、経時的に変化する、シールドトンネル10に加わる荷重を推定する方法について説明する。補強構造30の設計にあたっては、シールドトンネル10に加わる現状の荷重P1と、将来的に生じる圧密による見かけ上の最大の増加荷重(以下、圧密の最大荷重Pm)との双方を設定する必要がある。既存の研究によると、シールドトンネル10の周囲の地盤の圧密の増加にともない鉛直土圧は1.3倍に、側方土圧は0.85倍になることが得られている。
【0047】
そこで、この結果から初期側方土圧係数をトンネル設計時の0.80とすると、図8に示される変動荷重比αと側方土圧係数λとの関係が得られる。ここで、変動荷重比αとは、設計鉛直荷重及び鉛直方向の変動荷重の和と設計鉛直荷重との比をいう(非特許文献2)。ところで、現状の荷重の推定方法としては、例えば内空変位量から推定する方法、ひびわれ本数から推定する方法などを用いることができる。ここでは、非特許文献2のひびわれ本数から推定する方法を採用する。セグメントGに発生するひびわれ本数の算出のために、荷重を連動させたはりばねモデル計算法による構造計算を実施する。
【0048】
ひびわれ本数の算出においては、以下の既存の方法を用いる。まず、シールドトンネル10の天板部11について、上方左右45°範囲で内空側の主鉄筋S1に発生する引張応力度σseを算出する。その後、ひびわれ幅算定式を用いて現場で観測可能なひびわれの幅w=0.1mmからひびわれ発生応力度σswを逆算する。そして、引張応力度σseがひびわれ発生応力度σswを超過する範囲を特定し、この範囲の長さを算出する。最後に、地盤の鉛直荷重によるトンネル軸方向Lに沿ったひびわれは、配力鉄筋S2の位置に発生することから配力鉄筋S2の間隔で上記の範囲の長さを除して本数を算出する。
【0049】
次に、算出したひびわれ本数を、実際に現地で確認したセグメントのひびわれ本数と比較する。両者が一致する状態を現状の荷重とした。図9に示されるように、この検討の結果、現状の荷重は設計鉛直荷重の1.13倍と推定される。また、将来生じる圧密の最大荷重は、過去の実験で得られた既知の荷重増加最終予測値に基づき、設計鉛直荷重の1.30倍まで増加すると推定される。現状の荷重の推定については、ひびわれ本数による推定方法を用いたが、これに限定されず、現状の荷重の推定ができれば実測を含む他のどのような方法を用いてもよい。
【0050】
推定された現状の荷重と圧密の最大荷重に基づいて補強構造30の設計を行う。補強構造30の設計方法は、シールドトンネル10の劣化を考慮して行われる。以下、シールドトンネル10の補強構造30の設計方法について説明する。
【0051】
図10に示されるように、シールドトンネル10に加わる鉛直荷重Pと、シールドトンネル10の内部の鉛直方向の内空変位量δとは相関関係にあり、鉛直荷重P-内空変位量δ曲線で示される。図示するように設計当時の劣化が無いシールドトンネル10の状態は、鉛直荷重Pの増加に従って内空変位量δが増加する設計上の第1曲線によって示される。また、将来的に劣化が生じている将来のシールドトンネル10の状態は、鉛直荷重Pの増加に従って内空変位量δが増加する第2曲線によって示される。
【0052】
鉛直荷重Pと内空変位量δとは通常では弾性理論に従って線形関係を示すが、第1曲線及び第2曲線は、鉛直荷重Pの増加に従ってコンクリート部Cに生じるひびわれなどの影響によりP/δの勾配が初期勾配から徐々に低くなる状況が考慮されている。劣化が生じているシールドトンネル10は耐力が低下しているため、第2曲線の勾配は、第1曲線の勾配より小さくなる。
【0053】
ここで、劣化が無いシールドトンネル10とは、主鉄筋S1の腐食がないトンネルを指している。第1曲線は、例えばセグメントGの主鉄筋S1の厚さが設計値の6mmの状態を示す。第2曲線は、例えばセグメントGの主鉄筋S1の厚さが上述した方法によって推定された、劣化後残存量の1mmの状態を示す。
【0054】
第1曲線において、設計当時の劣化が無いシールドトンネル10は、鉛直方向に設計荷重P0が加わっている点Aの状態にある。また、シールドトンネル10に加わる荷重は、上述のように周囲の地盤の状態が圧密の増加等の影響によって増加する。将来的にシールドトンネル10に加わる鉛直荷重は、上記のように設計荷重P0の1.30倍まで増加するものとする。
【0055】
そのため、シールドトンネル10に加わる鉛直荷重は、設計荷重P0から現状の荷重(第1荷重)P1に増加し、第1変位量δ1を生じさせる点Bの状態に移行する。現状の荷重P1は、上記の推定方法によれば設計荷重の1.13倍である。現状の荷重P1の推定には例えば内空変位量δから推定する方法、セグメントGに生じているひびわれ本数から推定する方法等が用いられる。ここでは、ひびわれ本数から推定する方法を用いて現状の荷重P1を推定している。
【0056】
まず、第1曲線に基づいて、シールドトンネル10に第1変位量δ1を生じさせるシールドトンネル10に作用する第1荷重を求める。現状の荷重P1がシールドトンネル10に加わった状態で補強対策が行われない場合、主鉄筋S1の腐食が進行すると、シールドトンネル10の荷重状態は点Bから腐食が進行した状態を示す第2曲線の点Cに移行する。このとき、内空変位量δは第1変位量δ1からは第2変位量δ2まで増加する。
【0057】
一般的な補強方法によると、シールドトンネル10内に形成された補強構造が現状の荷重を受け持つように設計される。そしてこの設計方法によると、主鉄筋S1の将来の腐食状況が考慮されたシールドトンネル10のリングRの剛性と、構築された補強柱体の剛性とに対して加えられた現状の荷重P1によって発生する断面力が計算される。
【0058】
図11に示されるように、一般的な補強方法における、劣化後のシールドトンネル10と補強構造との関係を示す、鉛直荷重Pと内空変位量δのP-δ曲線が描かれる。現状の荷重P1が加わる補強後のシールドトンネル10は、点Dの状態にある。このときシールドトンネル10のみが負担する荷重は、点Eの状態にある荷重である。したがって,この設計方法によると、セグメントGは点Eまでの荷重を負担し、補強柱体が点Dと点Eの荷重の差分を負担する。
【0059】
しかしながら、この状態では補強柱体で現状の荷重の大部分を負担して、セグメントGはほとんど荷重を負担しないことになり、セグメントGにとって危険側の設計となる虞がある。さらに、補強柱体は、過剰な荷重を負担するという不経済な設計となる虞がある。
【0060】
図12に示されるように、主鉄筋S1の腐食が進行するに従って、現状の荷重P1によって生じる変位量δは、第1曲線の点Bの変位量δ1から第2曲線の点Cの変位量δ2まで増加する。従って、主鉄筋S1が腐食しても点Bの状態を維持したい場合、第1曲線の点Bにおける現状の荷重P1と、点Bにおける変位量δ1と同じ変位量を生じさせる第2曲線の点Fにおける仮想荷重(第2荷重)Pvとの荷重の差分を補強構造30で負担させる設計方法を用いればよい。
【0061】
この設計方法に従って補強構造30を形成すると、第2曲線における第1変位量δ1と第2荷重Pvを初期値として、補強後のシールドトンネル10に作用する荷重と変位量との関係を示す第3曲線が求められる。第3曲線は、補強構造30と劣化後のシールドトンネル10とが協働して、外部から加えられる荷重を負担する状態を示す。従って第3曲線は、第1曲線の勾配よりも大きい勾配を有している。
【0062】
シールドトンネル10を補強する際、初期の状態では補強構造30に荷重を加えないようにシールドトンネル10内に補強構造30を形成する。そうすると、図13に示されるように、補強構造30が形成された後、時間の経過に従って天板部11が下方に変位して補強構造30に荷重が加わる。そして、シールドトンネル10の内空変位量δは、現状の荷重P1によって生じる第1曲線の点Bの変位量δ1から、現状の荷重P1によって生じる第3曲線の点Gにおける変位量δ3まで変位する。
【0063】
つまり、補強構造30の効果として、補強構造30は、現状の荷重が加わった状態におけるシールドトンネル10の内空変位量δを第2曲線の点Cにおける変位量δ2ではなく、第3曲線の点Gにおける変位量δ3で留めることができる。
【0064】
上述した図13の補強構造30の設計方法は、劣化が無い状態のシールドトンネル10に補強構造30を構築する設計法を採用しているということに留意が必要である。ここで、劣化が無い状態とは、現状は劣化が無いが、将来劣化のおそれが想定される状態という意味である。
【0065】
厳密に補強構造30が負担する荷重を考慮して設計する場合、理想的にはシールドトンネル10が外力に対し限界となる時点の荷重状態において補強構造30を設計すべきである。そうすると補強構造30が負担する荷重を最も少なく設計することができ、設計が経済的となるからである。
【0066】
しかし、図13の将来のシールドトンネル10の点Fにおける荷重状態と、補強後のシールドトンネル10の点Gにおける荷重状態の間で外力に対し限界となっている点を決定することは現実的には困難である。ここで、劣化が無いシールドトンネル10の点Fと点Gの荷重の差分は全て補強構造30で分担するとして設計すると、一般的な設計方法を用いている図11と比較して補強構造30が負担する荷重を少なく設計することができる。従って、設計の困難性と経済性とを比較考量して上記のような劣化が無い状態のシールドトンネル10に補強構造30を構築する設計法を採用する。
【0067】
図14に示されるように、将来的にシールドトンネル10に加わる荷重は圧密によって増加して、最大値となる。この時、圧密の最大荷重Pmは、上述のように設計荷重P0の1.30倍である。第3曲線で圧密の最大荷重Pmが加わった状態は点Hで示される。第2曲線で圧密の最大荷重Pmが加わった状態は点Iで示される。従って補強しない場合とした場合を比較すると、最大荷重Pmが加わった状態で生じる変位量の差は点Hと点Iの差となり、この差が補強による効果と考えることができる。
【0068】
この場合、第3曲線で圧密の最大荷重Pmが加わった状態の点Hでは、変位量δmが生じる。第2曲線で変位量δmを生じさせる点Jでは、荷重P2が加わった状態となる。そうすると、補強構造30が将来的に負担する荷重は点Hにおける最大荷重Pmと点Jにおける荷重P2の差分となる。
【0069】
上述した補強構造30の設計方法に基づいて具体的に補強構造30を設計する。設計時の主鉄筋S1の厚さの残存量を6mmとし、将来的に腐食した場合の主鉄筋S1の厚さの残存量を上記の推定方法に基づいて1mmとする。
【0070】
図15に示されるように、これらの値に基づいて構造計算を実施すると、両者の荷重負担割合を示すP-δ曲線が得られる。但しこのP-δ曲線では、横軸の内空変位量δに対して縦軸には変動荷重比αをとっている。このグラフに基づくと、現状の荷重P1(設計荷重P0の1.13倍)によって生じる第1曲線の点B(図13参照)における第1変位量δ1は10.9mmと推定される。
【0071】
そして、第1変位量δ1を生じさせる第2曲線の点F(図13参照)における鉛直方向の仮想荷重Pvは、設計荷重P0の1.07倍と推定される。これにより、既設のシールドトンネル10の剛性低下により補強構造30が負担すべき荷重を合理的に評価することができる荷重モデルが構築される。
【0072】
図16に示されるように、補強後のシールドトンネル10のP-δ曲線は、点Bにおける第1変位量δ1=10.9mmと同じ変位量を生じさせる、第2曲線における仮想荷重Pvに対応する点Fを初期値とした、第3曲線によって表される。そして、補強後のシールドトンネル10の第3曲線において、荷重経路は点Fから点Gに移る経路となる。つまり、ここで示される荷重モデルは、既設のシールドトンネル10が設計荷重P0の1.07倍を負担した後、補強されて1.13倍まで増加する現状の荷重P1を負担するというものである。
【0073】
そして、補強後のシールドトンネル10の第3曲線において、荷重経路は点Gから補強後に1.30倍まで増加する圧密の最大荷重Pmに対応する点Hに移る経路となる。つまり、ここで示される荷重モデルは、既設のシールドトンネル10が設計荷重P0の1.13倍を負担した後、将来的に1.30倍まで増加する最大荷重Pmを負担するというものである。
【0074】
次に、上述した設計方法で演算された補強構造30の構造解析を行い、補強構造30の設計の適否を判定する。上述した荷重モデルを追跡する形で構造解析モデルを構築する。この構造解析モデルは、既設のシールドトンネル10と補強構造30とが協働する複合モデルである。構造解析は、例えば既知のはりばねモデルが用いられる。
【0075】
図17から図20に示されるように、はりばねモデルでは、セグメントGは、はりに、セグメントG同士を連結する継手部は、回転ばね要素として設定される。そして複数のセグメントGで構成されるリングRの同士を連結する継手部は、せん断バネ要素として設定される。そして、シールドトンネル10内に構築される補強構造30が支持するリングRとの連結関係は、連結ばね要素として設定される。隣接するリングR同士は、千鳥組みされる。
【0076】
上述したように既設のシールドトンネル10における荷重状態は、シールドトンネル10のみに荷重が作用する点Fの状態(図16参照)と,補強後のシールドトンネル10に荷重が作用する点G及び点Hの状態(図16参照)の2つの状態がある。
【0077】
図17に示されるように、隣接するリングRを千鳥組みした構造解析モデルに、点Fの状態に相当する仮想荷重Pv(設計荷重P0の1.07倍)を構造解析モデルに加える。そして、セグメントGの断面に発生する断面力を演算する。
【0078】
図18に示されるように、構造解析モデルの内空に補強構造30を構築する。この状態では、点Fの状態に補強構造30を構築しただけであり、この段階では,補強構造30に断面力はまだ発生していない。
【0079】
図19に示されるように、補強構造30の構築が終わった後、点Gの状態に相当する現状の荷重P1(設計荷重P0の1.13倍)まで構造解析モデルに加える荷重を上げる。荷重の増加に従って補強構造30にも断面力が発生する。
【0080】
図20に示されるように、現状の荷重P1(設計荷重P0の1.13倍)から点Hの状態に相当する圧密の最大荷重Pm(設計荷重P0の1.30倍)まで構造解析モデルに加える荷重を上げ、各部材での断面力を演算する。なお、図18から図20ではわかりやすさのために,セグメントGのリングRと補強構造30との間が離間して記載されているが、実際に計算する場合では後述のように相互に密着している。すなわち、シールドトンネル10と補強構造30との接地面は、リングRの半径方向と接線方向に分けてばね値が設定される。
【0081】
この構造解析モデルでは前提条件として、地盤の圧密(現状の荷重P1および圧密の最大荷重Pm)により、リングRの半径方向において補強構造30の上方支持部32の頂面部とセグメントGの内空面とが相互に密着すると共に、補強構造30の下方支持部33の下面部とインバート部12の上面とが相互に密着しているものとしている。また、リングRの半径方向において構造解析モデルが圧縮される場合のばね値は無限大相当とし、引張が働く場合(離れる場合)のばね値は0になるものとしている。
【0082】
リングRの接線方向においても、圧縮力が作用するとせん断抵抗も大きくなることから、半径方向のばね値と同様に、構造解析モデルが圧縮される場合のばね値は無限大相当とし、引張が働く場合のばね値は0になるものとしている。
【0083】
図21に示されるように、セグメントGの内空側の主鉄筋S1の厚さが腐食によって1mmとなったときのセグメントGに加えられる曲げモーメントMと変化する曲率Φとの関係を示すM-Φ関係が用いられる。ここで、計算に用いたM-Φ関係は、セグメントGの主鉄筋S1の配筋方向の軸力に依存し、代表的なケースとして軸力が400kNの場合のM-Φ関係が示されている。また、現状でトンネル内面側の主鉄筋S1しか腐食が認められないことから、トンネル外面側の主鉄筋S1は腐食しないものとする。
【0084】
セグメントGの継手部を示す回転ばねのモデルには、既知の方法が用いられる。ただし、シールドトンネル10の竣工から35年が経過し継手部の締結力は期待できないことから、継手部が離間した後のばね値が採用される。リングR同士を連結するせん断ばねのモデルについても既知の方法に基づいて、例えばトリリニアモデルを採用している。なお、現状で継手部の腐食が主鉄筋S1に比して軽微であることから、回転ばね特性は変化しないものとする。
【0085】
図22に示されるように、上記前提条件等に基づいて設定された各諸元を用いて、構造解析モデルに基づいて既設のシールドトンネル10及び補強構造30に生じる応力が荷重状態に従って演算される。図23及び図24は、構造解析モデルに基づいて解析した解析結果である。図23に示されるように、現状の荷重P1から圧密の最大荷重Pmへ荷重値が上がる際に、セグメントGに発生する軸力は440kNから442kNとほとんど変化しない。
【0086】
その後、補強構造30の支柱部31断面に発生する軸力は75.9kNから300kNと大きく変化する。この解析結果は、荷重増加に伴って補強構造30が有効に機能するという荷重履歴(図16参照)を再現している。また、リングRの曲げモーメントMについても63.8kNmから70.2kNmとなり、増加率は10%程度である。
【0087】
すなわち、変動荷重比αが1.13から1.30と15%以上増加し、かつ側方土圧係数λが0.80から0.67と15%以上減少した場合、鉛直土圧と側方土圧のバランスが悪化するにもかかわらず、補強構造30は、荷重を負担してセグメントGに発生する断面力が増加することを抑制している。
【0088】
図24には、上記の荷重履歴に従って、曲げモーメント図と軸力図についてリングRと補強構造30とにそれぞれ演算結果が示されている。図示するように、シールドトンネル10のリングRに生じる曲げモーメントMと軸力は変化が少ないのに対し、補強構造30の曲げモーメントM及び軸力は荷重の増加に従っていずれも増加する。
【0089】
特に、図24(a)に示されるように、構造解析モデルによると、現状の荷重P1が加わる応力状態でセグメントGの主鉄筋S1の腐食に伴って補強構造30の上方支持部32に曲げモーメントMが発生している状況が再現される。上述したように、荷重モデルを追跡した構造解析モデルを構築して補強柱体の設計を行うことにより、適切にセグメントGと補強構造30の各々に発生する応力を演算できる。
【0090】
次に、上記方法で演算された応力に基づいて設計された補強構造30の耐力を判定する。補強構造30の耐力は、既知の式(7)に基づく構造照査によって判定される。構造照査によって、補強構造30に発生する動的な発生断面力に基づく応答値と予め定められた構造照査項目に決定される限界値から補強構造30の耐力が判定される。即ち、設計された補強構造の耐力は、補強構造30に加わる動的な荷重に対して生じる応答値に基づいて判定される。
【数7】
ここで、
Sd:応答値
Rd:限界値
γi:構造物係数(=1.0)
である。
【0091】
限界値は、現状の荷重P1に対する降伏応力値によって、また圧密の最大荷重Pmに対しては終局断面耐力で決定される。決定された限界値を図25及び図26に示す。限界値に対する応答値の照査は、図27及び図28に示すとおりであり、セグメントGと補強構造30で値が全て1.0以下となり、耐荷性能を満足することが判定される。なお、上述した補強設計では地震時の照査も実施され、レベル1地震動およびレベル2地震動に対し,既設のシールドトンネル10と補強構造30とは共に耐荷性能を満足していることが確認された。
【0092】
以下、上記の設計方法によって設計された補強構造30のシールドトンネル10内における複数の支柱部31の設置間隔Dについて説明する。図29に示されるように、複数の支柱部31は、シールドトンネル10内にトンネル軸Lに沿って配置される。各支柱部31は、支柱部31のトンネル軸Lに沿った方向の中心の位置がシールドトンネル10のリングR同士の継ぎ目Uの位置となるように配置される。鉛直荷重がシールドトンネル10に加わると、支柱部31断面に発生する軸力によって、上方支持部32と天板部11のセグメントGに内に45度をなす、せん断面Tが生じる。
【0093】
鉛直荷重がシールドトンネル10に加わった際、隣接する支柱部31によって生じる、各せん断面Tの交点がセグメントG内となるように支柱部31の設置間隔Dが決定される。これにより支柱部31のトンネル軸Lに沿った方向の幅Wが決定される。そして、上記の設計方法によって算出された補強構造30に発生する応力に基づいて支柱部31のトンネル軸に直交する方向の幅も決定される。セグメントGに想定外の方向の力が加わることが防止され、セグメントGに対して安全な設計とすることができる。
【0094】
次に、補強構造30の設計方法の流れについて図30に従って説明する。劣化が無いシールドトンネル10の荷重状態を示す設計上の第1曲線に基づいて、既知の現状の荷重P1によって生じる第1変位量δ1を求める(S100)。想定される劣化状態にあるシールドトンネル10に作用する荷重と変位量との関係を示す第2曲線に基づいて、第1変位量δ1を生じさせる仮想荷重(第2荷重)を求める(S101)。第1荷重と第2荷重との差に基づいて補強構造30の強度を求める(S102)。補強構造30を設置した後、第1変位量における第2荷重を初期値として、補強後のシールドトンネル10に作用する荷重と変位量との関係を示す第3曲線を求める(S103)。
【0095】
第3曲線に基づいて、想定される将来の荷重に対する将来の変位量を演算する(S104)。将来の変位量が生じた場合におけるシールドトンネル10の本体及び補強構造30に生じる応力をシールドトンネル10と補強構造30とをはりとばねで構成してモデル化した構造解析モデルに基づいて演算する(S105)。演算した応力に基づいて設計された補強構造30の耐力を補強構造30に加わる動的な荷重に対して生じる応答値に基づいて判定する(S106)。
【0096】
上述したように補強構造30の設計方法によると、既設の構造物の劣化の進行度合いに応じた補強対策を行うことができる。即ち、補強構造30の設計方法によると、シールドトンネル10に加わる荷重の荷重履歴を追跡することで補強構造30が負担する荷重を合理的に設定できる。そして、補強構造30の設計方法によると、設定された補強構造30が負担する荷重に基づいて補強構造30の諸元を合理的に設定することができ、過剰な設計を低減することができる。更に、補強構造30の設計方法によると、設定された補強構造30の諸元に基づく補強構造30の耐力を判定することで補強構造30の安全性を評価することができる。
【0097】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【0098】
例えば、上記実施形態では、既設のシールドトンネル10の補強構造30について例示したが、上記の補強構造の設計方法は他の既設構造物の補強に対しても適用できる。例えば、既設構造物は、荷重状態にある他の鉄筋コンクリート構造物としてもよい。その他、上記の補強構造の設計方法は、将来劣化のおそれがある既設構造物であればどのようなものに適用してもよい。その場合、荷重履歴を演算した後、上記の構造解析モデルを他の既設構造物の形状に合わせて構築して応力計算を行えばよい。また、上記の主鉄筋S1の残存量の推定方法に用いた主鉄筋S1はフラットバーを例示したが、上記の推定方法は他の形状の鉄筋に対しても適用してもよい。
【符号の説明】
【0099】
10 シールドトンネル
11 天板部
12 インバート部
30 補強構造
31 支柱部
32 上方支持部
33 下方支持部
C コンクリート部
G セグメント
R リングS 鉄筋
S1 主鉄筋
S2 配力鉄筋
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30