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  • 特許-切削工具およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-26
(45)【発行日】2022-05-10
(54)【発明の名称】切削工具およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220427BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20220427BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20220427BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20220427BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220427BHJP
   C23C 14/54 20060101ALI20220427BHJP
   C04B 41/87 20060101ALI20220427BHJP
   C04B 35/5831 20060101ALI20220427BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/20
B23B27/14 B
B23C5/16
B23B51/00 J
C23C14/06 A
C23C14/54 B
C04B41/87 F
C04B35/5831
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018540090
(86)(22)【出願日】2017-12-14
(86)【国際出願番号】 JP2017044829
(87)【国際公開番号】W WO2018198421
(87)【国際公開日】2018-11-01
【審査請求日】2020-06-22
(31)【優先権主張番号】P 2017085897
(32)【優先日】2017-04-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡村 克己
(72)【発明者】
【氏名】久木野 暁
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸山 誠
【審査官】村上 哲
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-224768(JP,A)
【文献】特開2006-281362(JP,A)
【文献】特開平07-097677(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 27/20
B23C 5/16
B23B 51/00
C23C 14/06
C23C 14/54
C04B 41/87
C04B 35/5831
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材に接して前記基材を被覆する被膜とを備える切削工具であって、
前記基材は立方晶窒化硼素焼結体であり、
前記被膜はセラミックスであり、
前記被膜中の酸素量は0.001質量%以上0.040質量%以下である、切削工具。
【請求項2】
前記被膜中の酸素量は0.001質量%以上0.010質量%以下である、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記立方晶窒化硼素焼結体は、30体積%以上90体積%以下の立方晶窒化硼素と残部の結合材とからなり、
前記結合材は、周期律表4、5、6族元素およびSiの中から選択される少なくとも1種の元素と、N、C、B、Oの中から選択される少なくとも1種とからなる化合物およびその固溶体の中から選択される少なくとも1種と、AlおよびAl化合物の少なくとも一方と、不可避不純物とからなり、
前記被膜の厚みは0.05μm以上5μm以下であり、
前記セラミックスは、周期律表4、5、6族元素、AlおよびSiの中から選択される少なくとも1種の元素と、CおよびNの中から選択される少なくとも1種とからなる少なくとも1種の化合物を含む、請求項1または請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
立方晶窒化硼素焼結体である基材をチャンバ内に設置し、不活性ガスイオンを前記基材の表面に照射することによって、前記基材の表面をクリーニングする第1工程と、
前記第1工程の後に、物理蒸着法を用いて、前記チャンバ内に設置された前記基材の表面上にセラミックスの被膜を形成する第2工程とを備え、
前記第1工程および前記第2工程において、前記チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧は5×10-3Pa以下である、切削工具の製造方法。
【請求項5】
前記第1工程および前記第2工程において、前記チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧は6×10-4Pa以下である、請求項4に記載の切削工具の製造方法。
【請求項6】
前記第1工程および前記第2工程において、前記チャンバ内の酸素分圧は1×10-15Pa以下である、請求項5に記載の切削工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具およびその製造方法に関する。本出願は、2017年4月25日に出願した日本特許出願である特願2017-085897号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
従来、基材として立方晶窒化硼素(以下、「cBN」ともいう。)焼結体を用いた切削工具が知られている。たとえば、特開平08-119774号公報(特許文献1)には、cBN焼結体の基材表面にTiAlCN等のセラミックスからなる硬質耐熱被膜を有する工具用複合高硬度材料が開示されている。特開2001-220268号公報(特許文献2)、特開2001-353603号公報(特許文献3)、特開2015-085465号公報(特許文献4)にも、cBN焼結体の基材表面にセラミックスの被膜が形成された切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平08-119774号公報
【文献】特開2001-220268号公報
【文献】特開2001-353603号公報
【文献】特開2015-085465号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示の一態様に係る切削工具は、基材と、基材に接して基材を被覆する被膜とを備える。基材は立方晶窒化硼素焼結体である。被膜はセラミックスである。被膜中の酸素量は0.040質量%以下である。
【0005】
本開示の一態様に係る切削工具の製造方法は、立方晶窒化硼素焼結体である基材をチャンバ内に設置し、不活性ガスイオンを基材の表面に照射することによって、基材の表面をクリーニングする第1工程と、第1工程の後に、物理蒸着法を用いて、チャンバ内に設置された基材の表面上にセラミックスの被膜を形成する第2工程とを備える。第1工程および第2工程において、チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧は5×10-3Pa以下である。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1図1は、本実施形態に係る切削工具の構成の一例を示す部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
ところで近年、鋼、焼入鋼または難削鋳鋼に対する高能率加工および高精度加工の要求が高まっている。しかしながら、従来の切削工具では、このような被加工材を切削するときに被膜が剥離しやすく、優れた加工精度を得ることができない。
【0008】
以上の点に鑑み、本開示では、被膜の耐剥離性に優れた切削工具およびその製造方法を提供する。
[本開示の効果]
上記によれば、被膜の耐剥離性に優れた切削工具を提供することができる。
【0009】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。なお、本明細書において「M~N」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちM以上N以下)を意味し、Mにおいて単位の記載がなく、Nにおいてのみ単位が記載されている場合、Mの単位とNの単位とは同じである。
【0010】
本発明者は、基材と被膜との界面における極微量の酸素によって基材と被膜との密着力が低下することに着目し、鋭意検討の結果、基材に接する被膜中の酸素量を規定することによって被膜が剥離し難くなることを見出し、本開示に係る切削工具を完成させた。
【0011】
〔1〕本開示に係る切削工具は、基材と、基材に接して基材を被覆する被膜とを備える。基材は立方晶窒化硼素焼結体である。被膜はセラミックスである。被膜中の酸素量は0.040質量%以下である。上記切削工具によれば、基材と被膜との界面における酸素に起因した密着性の低下を抑制することができる。これにより、基材と被膜との密着性が向上し、被膜の耐剥離性が向上する。
【0012】
〔2〕上記切削工具において、被膜中の酸素量は0.010質量%以下である。これにより、基材と被膜との密着性がさらに向上するとともに、被膜の強度が向上する。
【0013】
〔3〕上記切削工具において、立方晶窒化硼素焼結体は、30体積%以上90体積%以下の立方晶窒化硼素と残部の結合材とからなる。結合材は、周期律表4、5、6族元素およびSiの中から選択される少なくとも1種の元素と、N、C、B、Oの中から選択される少なくとも1種とからなる化合物およびその固溶体の中から選択される少なくとも1種と、AlおよびAl化合物の少なくとも一方と、不可避不純物とからなる。被膜の厚みは0.05μm以上5μm以下である。セラミックスは、周期律表4、5、6族元素、AlおよびSiの中から選択される少なくとも1種の元素と、CおよびNの中から選択される少なくとも1種とからなる少なくとも1種の化合物を含む。
【0014】
上記基材の組成により、AlおよびAl化合物の少なくとも一方がcBN粒子間の結合力を高め、cBN焼結体の靱性および強度を向上させる。さらに、結合材が周期律表4、5、6族元素およびSiの中から選択される少なくとも1種の元素と、N、C、B、Oの中から選択される少なくとも1種とからなる化合物およびその固溶体の中から選択される少なくとも1種を含むことにより、基材の強度および耐摩耗性が向上する。
【0015】
さらに、上記被膜の厚みにより、基材との密着性をさらに向上でき、かつ生産性に優れる。上記被膜の組成により、硬度が高く、かつ耐摩耗性に優れた被膜が得られる。
【0016】
〔4〕本開示に係る切削工具の製造方法は、立方晶窒化硼素焼結体である基材をチャンバ内に設置し、チャンバ内で発生した不活性ガスイオンを基材の表面に照射することによって、基材の表面をクリーニングする第1工程と、第1工程の後に、PVD法を用いて、チャンバ内に設置された基材の表面上にセラミックスの被膜を形成する第2工程とを備える。第1工程および第2工程において、チャンバ内の酸素分圧および水分圧の合計分圧は5×10-3Pa以下である。
【0017】
上記製造方法により、酸素量が0.040質量%以下の被膜を容易に形成することができ、被膜と基材との界面における酸素量を低減できる。これにより、基材と被膜との密着性が向上し、被膜の耐剥離性が向上する。
【0018】
〔5〕上記第1工程および第2工程において、チャンバ内の酸素分圧および水分圧の合計分圧は6×10-4Pa以下である。これにより、被膜中の酸素量をさらに低減でき、基材と被膜との密着性がさらに向上する。また、被膜中における、強度の低い非晶質の酸素の量が低減されるため、被膜の強度が向上する。
【0019】
〔6〕上記第1工程および第2工程において、チャンバ内の酸素分圧は1×10-15Pa以下である。これにより、基材と被膜との密着性がさらに向上する。また、被膜中における、強度の低い非晶質の酸素の量が低減されるため、被膜の強度がさらに向上する。
【0020】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)について説明する。ただし、本実施形態はこれらに限定されるものではない。なお以下の実施の形態の説明に用いられる図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わす。また、本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のものに限定されるものではない。たとえば「AlCrN」と記載されている場合、AlCrNを構成する原子数の比はAl:Cr:N=0.5:0.5:1に限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。
【0021】
〈切削工具〉
図1は、本実施形態に係る切削工具の構成の一例を示す部分断面図である。図1に示されるように、切削工具10は、基材11と、基材11に接して基材11を被覆する被膜12とを備える。被膜12は、基材11の全面を被覆することが好ましいが、基材11の一部がこの被膜12で被覆されていなかったり、被膜12の構成が部分的に異なっていたりしたとしても本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0022】
切削工具10の形状および用途は特に制限されない。たとえばドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、クランクシャフトのピンミーリング加工用チップなどを挙げることができる。
【0023】
切削工具10は、工具の全体が基材11と基材11上に形成された被膜12とを含む上記構成を有するもののみに限らず、工具の一部(特に刃先部位(切れ刃部)等)のみが上記構成からなるものも含む。たとえば、超硬合金等からなる基体(支持体)の刃先部位のみが上記構成で構成されるようなものも本実施形態に係る切削工具に含まれる。この場合は、文言上、その刃先部位を切削工具とみなすものとする。換言すれば、上記構成が切削工具の一部のみを占める場合であっても、上記構成を切削工具と呼ぶものとする。
【0024】
《基材》
基材11は、cBNと結合材とからなるcBN焼結体である。cBN焼結体は、たとえば30~90体積%のcBNと残部の結合材とからなる。
【0025】
基材11におけるcBNの含有割合(体積%)は、基材11であるcBN焼結体の製造時に用いるcBN粉末の体積%を上記の範囲のものとすることにより達成することができる。また、誘導結合高周波プラズマ分光分析(ICP)による定量分析、走査電子顕微鏡(SEM)付帯のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)または透過型電子顕微鏡(TEM)付帯のEDXを用いて、基材11に対し、組織観察、元素分析等を実施することによっても確認することができる。
【0026】
たとえば、SEMを用いた場合、次のようにしてcBNの含有割合(体積%)を求めることができる。まず、切削工具10の任意の位置を切断し、基材11の断面を含む試料を作製する。基材11の断面の作製には、集束イオンビーム装置、クロスセクションポリッシャ装置等を用いることができる。次に、立方晶窒化硼素焼結体の断面をSEMにて2000倍で観察して、反射電子像を得る。反射電子像においては、立方晶窒化硼素粒子が存在する領域が黒色領域となり、結合材が存在する領域が灰色領域または白色領域となる。
【0027】
次に、上記反射電子像に対して画像解析ソフト(たとえば、三谷商事株式会社製「WinROOF」)を用いて2値化処理を行い、2値化処理後の画像から各面積比率を算出する。算出された面積比率を体積%とみなすことにより、cBNの含有割合(体積%)を求めることができる。なお、これにより結合材の体積%を同時に求めることができる。
【0028】
結合材は、周期表の4族元素(Ti、Zr、Hfなど)、5族元素(V、Nb、Taなど)、6族元素(Cr、Mo、Wなど)およびSiの中から選択される少なくとも1種の元素と、N、C、B、Oの中から選択される少なくとも1種とからなる化合物およびその固溶体の中から選択される少なくとも1種と、AlおよびAl化合物(たとえば、窒化物、硼化物、酸化物)の少なくとも一方と、使用する原材料や製造条件等に起因する不可避不純物とから構成されることが好ましい。このような結合材によって、高温高圧下での焼結時にcBNと反応して硼化アルミニウム(AlB)、窒化アルミニウム(AlN)等の化合物がcBN粒子と結合材との界面で生成し、各粒子間の結合力を高め、焼結体の靱性および強度を向上させる。また、結合材にAlおよびAl化合物が含まれることにより、切削工具10の耐剥離性を向上させることができる。Al化合物の具体例としては、AlCrN、AlN、およびAl等が挙げられる。
【0029】
結合材に含まれる化合物の種類および含有割合(質量%)は次のようにして特定することができる。まず、上記のcBNの含有割合の求め方に準じて、cBN焼結体の断面を含む試料を作製する。次に、SEMまたはTEM付帯のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて、元素の種類および含有割合を算出する。続いてX線回折装置を用いて化合物の種類およびそれぞれの含有割合を見積もり、これらの結果から各化合物の含有割合を算出する。
【0030】
《被膜》
被膜12は、基材11の直上に形成され、基材11と接して基材11を被覆する。被膜12中の酸素原子(O)の量(以下、「酸素量」ともいう。)は、基材11との界面も含めて、0.040質量%以下であり、好ましくは0.010質量%以下であり、さらに好ましくは0.005質量%以下である。なお、被膜中の酸素量の下限は特に限定されるものではなく、理想的には0質量%であるが、0.001質量%未満の場合には製造上困難となり高コストとなる。
【0031】
被膜12中の酸素量は、エネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて被膜12の表面にX線を照射し、少なくとも被膜12の表面から被膜12と基材11との界面までの領域(検出深さ:0.1~5μm)における各元素の質量を分析することにより算出される。検出深さは、EDXにおける加速電圧と被膜12の組成とに依存する。たとえば、被膜12の組成がTiAlNであり、EDXにおける加速電圧が15eVである場合、検出深さは2μm程度となる。そこで、被膜12の厚みに応じて、被膜12の表面から被膜12と基材11との界面までの距離と同程度の検出深さとなるように、EDXにおける加速電圧を設定すればよい。なお、基材11の表面の酸素量も、基材11と被膜12との密着力に影響する。そのため、検出深さは、基材11における被膜12との界面近傍の一部も検出するように設定されてもよい。すなわち、被膜12の表面から被膜12と基材11との界面までの距離以上の検出深さとなるように、EDXにおける加速電圧を設定すればよい。
【0032】
基材11の表面には、後述するボンバード工程により微小な凹凸が存在する。当該凹凸に被膜12の成分が侵入して結晶成長することによるアンカー効果によって、基材11と被膜12とが密着していると考えられている。基材11と被膜12との界面における酸素は、強度の著しく低い非晶質の状態で存在すると推定される。当該非晶質の酸素は、破壊の起点となり、微小破壊を伴った被膜12の剥離の原因となる。そのため、基材11と被膜12との密着力が低下しやすくなる。しかしながら、被膜12中の酸素量を上記のように規定することにより、酸素に起因した基材11と被膜12との密着性の低下を抑制し、被膜12の耐剥離性を向上させることができる。また、被膜12中の酸素量を低減することにより、非晶質の酸素を起点とした微小破壊が生じ難くなるため、被膜12の強度が向上する。被膜12の強度が向上することにより、微小破壊の集積に起因した被膜12の剥離を抑制できる。
【0033】
被膜12は、硬質のセラミックスである。当該セラミックスは、周期律表4、5、6族元素、AlおよびSiの中から選択される少なくとも1種の元素とCおよびNの中から選択される少なくとも1種とからなる少なくとも1種の化合物を含む。当該化合物としては、たとえばTiN、AlN、CrN、TiSiN、ZrN、AlZrN、TiAlN、TiAlSiN、TiAlCrSiN、AlCrN、AlCrSiN、TiZrN、TiAlMoN、TiAlNbN、AlCrTaN、AlTiVN、TiCrHfN、CrSiWN、AlHfN、TiAlWN、ZrSiN、TiCN、TiBN、TiCBN、TiAlCN、AlCN、AlCrCN、CrCN、TiSiCN、ZrCN、AlCrMoCN、AlTiVCN等を挙げることができる。
【0034】
被膜12として上記のような化合物を選択することにより、被膜12の硬度が向上するとともに、耐摩耗性が向上する。また、被膜12の耐摩耗性が向上することに伴い、切削抵抗が増大しにくく、被膜の剥離が生じにくく、摩耗が発達しにくくなる。そして、加工時にうねりが生じにくく、寸法精度良く加工ができ、寿命が向上する。
【0035】
被膜の厚みは、0.05~5μmであることが好ましい。被膜の厚みを当該範囲内にすることにより、基材との密着性と耐摩耗性とを高次元で両立し、その結果生産性に優れる。
【0036】
なお、被膜12の表面上に、第2被膜として、1層または2層以上の薄膜が形成されてもよい。このような薄膜としては、たとえば4族元素の窒化物、炭化物、炭窒化物および酸化物のいずれかの材質を有する膜等が挙げられる。
【0037】
〈切削工具の製造方法〉
本実施形態の切削工具の製造方法は、上述の切削工具を製造する方法であって、cBN焼結体である基材をPVD(Physical Vapor Deposition)装置のチャンバ内に設置し、不活性ガスイオンを基材の表面に照射することによって、基材の表面をクリーニングする第1工程(ボンバード工程)と、第1工程の後に、物理蒸着法(PVD法)を用いて、チャンバ内に設置された基材の表面上にセラミックスの被膜を形成する第2工程(成膜工程)とを備える。第1工程および第2工程において、チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧は5×10-3Pa以下である。以下、各工程について詳述する。
【0038】
《第1工程(ボンバード工程)》
市販のPVD装置のチャンバ内にcBN焼結体である基材を設置する。チャンバには真空ポンプが接続され、チャンバ内が減圧される。さらに、チャンバにはガス分圧制御装置が接続され、チャンバ内の酸素分圧および水分圧が制御される。ガス分圧制御装置として、公知のガス精製装置および酸素分圧制御装置などを用いることができる。
【0039】
基材は、公知の方法を用いて作製される。たとえば、cBN粒子と、結合材の原料粉末とからなり、cBN粒子の混合割合が30体積%以上90体積%以下となるように調整した混合物を高温高圧下で焼結させることにより、基材が作製される。
【0040】
チャンバ内に基材を設置した後、真空ポンプによりチャンバ内を真空にするとともに、ガス分圧制御装置を動作させて、チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧が5×10-3Pa以下の第1設定値になるまで待機する。
【0041】
チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧が第1設定値に到達した後、不活性ガス(たとえば、Arガス)をチャンバ内に導入し、プラズマ放電によって不活性ガスイオンを発生させるとともに、基材に負の高電圧(たとえば、-1000V)を印加する。これにより、不活性ガスイオンが基材表面に照射され、基材表面がクリーニングされる。このとき、チャンバ内の酸素分圧と水分圧とをモニターしながら、酸素分圧と水分圧との合計分圧が第1設定値以下になった時にガス分圧制御装置とチャンバとの接続を遮断する。その結果、チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧は、第1設定値以下で安定する。
【0042】
《第2工程(成膜工程)》
次に、真空ポンプを動作させてチャンバ内から不活性ガスを排気する。その後、ガス分圧制御装置を動作させて、チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧が5×10-3Pa以下の第2設定値になるまで待機する。なお、第2設定値は、第1設定値と同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0043】
チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧が第2設定値に到達した後、物理蒸着法により基材表面に被膜を形成する。物理蒸着法としては、従来公知の方法(アークイオンプレーティング法、スパッタリング法など)をいずれも採用することができる。また、チャンバ内に反応性ガス(たとえば、Nガス)を導入し、ターゲットの気化ガスと反応性ガスとを化学反応させることにより被膜を形成してもよい。
【0044】
被膜の厚みは、成膜時間によって制御される。被膜の組成は、ターゲットとなる原料組成および反応性ガスによって調整される。
【0045】
成膜中において、チャンバ内の酸素分圧と水分圧とをモニターしながら、酸素分圧と水分圧との合計分圧が第2設定値以下になった時にガス分圧制御装置とチャンバとの接続を遮断する。これにより、チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧は、第2設定値以下で安定する。
【0046】
以上のように、ボンバード工程において、チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧は5×10-3Pa以下に保たれる。これにより、基材表面の酸素量を低減することができる。その後の成膜工程においても、チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧は5×10-3Pa以下に保たれる。その結果、基材との界面を含む被膜中の酸素量が0.040質量%以下となり、酸素に起因した被膜と基材との密着性の低下を抑制することができ、被膜の耐剥離性を向上させることができる。また、被膜と基材との密着性が向上することにより、切削工具の寿命を長くすることができる。チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧の下限は特に限定されるものではなく、理想的には0Paであるが、製造コストを考慮して、ガス分圧制御装置の通常の動作により制御可能な範囲でできるだけ低くすることが好ましい。
【0047】
なお、ボンバード工程および成膜工程において、チャンバ内の酸素分圧と水分圧との合計分圧は、6×10-4Pa以下に保たれることが好ましい。これにより、被膜中の酸素量をさらに低減させることができ(たとえば、0.010質量%以下)、被膜と基材との密着性をさらに向上させることができる。さらに、ボンバード工程および成膜工程において、チャンバ内の酸素分圧は、1×10-15Pa以下に保たれることがより好ましい。これにより、被膜中の酸素量をさらに低減でき(たとえば、0.005質量%以下)、被膜と基材との密着性をさらに向上させることができる。
【実施例
【0048】
以下実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。試料No.1~3,5,6の切削工具は、上述の被膜を備えている。試料No.4,7は比較例である。
【0049】
〈試料No.1~3の切削工具の作製〉
《ボンバード工程》
ISO規格のCNGA120408の形状を有する市販のcBN焼結体工具(住友電気工業株式会社製「BNX20」)を、アークイオンプレーティング方式のPVD装置のチャンバ内に設置した。当該cBN焼結体工具において、cBNは60体積%である。また、cBN焼結体工具は、結合材としてTiN、Alを含む。
【0050】
チャンバと真空ポンプとの間の配管中にガス精製装置(大陽日酸株式会社製「Puremate 1100」)を設置した。ガス精製装置は、チャンバ内の酸素および水を触媒および吸着剤を用いたフィルタにより除去する装置である。そして、真空ポンプおよびガス精製装置を動作させることにより、チャンバ内を真空排気し、チャンバ内の真空度が10-4Pa以下、酸素分圧がAPa、水分圧がBPaになるまで待機した。その後、Arガスをチャンバ内に導入し、2Paの雰囲気中でcBN焼結体工具に-1000Vの電圧を印加して、cBN焼結体工具の表面を洗浄した。洗浄中においてチャンバ内の酸素分圧がAPa、水分圧がBPaで安定するように、チャンバ内の酸素分圧がAPa、水分圧がBPaに到達したときにガス精製装置による精製機能を停止した。具体的には、ガス精製装置のフィルタを外した。
【0051】
《成膜工程》
次に、チャンバ内を500℃まで加熱し、Arガスを排気した後、反応性ガスとしてのNガスを300cm/分の流速でチャンバ内に導入するとともに、ガス精製装置を動作させて、チャンバ内の酸素分圧がCPa、水分圧がDPaになるまで待機した。チャンバ内の酸素分圧がCPa、水分圧がDPaに到達したときにガス精製装置による精製機能を停止し、チャンバ内の酸素分圧をCPa、水分圧をDPaに維持させた。その後、cBN焼結体工具に-35Vの電圧を印加し、真空アーク放電(アーク電流100A)によってTiAl合金(TiとAlとの組成比1:1)のターゲットを蒸発イオン化させ、当該気化ガスとNガスとを反応させて、cBN焼結体工具の表面にTiAlNの被膜を形成した。
【0052】
なお、ボンバード工程および成膜工程における酸素分圧および水分圧は、キャノンアネルバ株式会社製「四重極型質量分析計」を用いて計測した。上記ガス分圧A,B,CおよびDを異ならせて、試料No.1~3の切削工具を作製した。
【0053】
〈試料No.4の切削工具の作製〉
ガス精製装置を用いない点を除いて試料No.1~3と同じ方法により、試料No.4の切削工具を作製した。すなわち、試料No.1~3よりもチャンバ内の酸素分圧および水分圧が高い状態で、試料No.4の切削工具を作製した。
【0054】
〈試料No.5,6の切削工具の作製〉
《ボンバード工程》
試料No.1~4と同じcBN焼結体工具を、アークイオンプレーティング方式のPVD装置のチャンバ内に設置した。チャンバには真空ポンプおよび酸素分圧制御装置(エスティー・ラボ株式会社製「SiOC-200C」)をそれぞれ別の配管によって接続した。チャンバと酸素分圧制御装置とを接続する配管には弁を設けた。酸素分圧制御装置は、上記のガス精製装置よりも酸素分圧をより低く制御することができる装置である。そして、真空ポンプおよび酸素分圧制御装置を動作させることにより、チャンバ内を真空排気し、チャンバ内の真空度が10-4Pa以下、酸素分圧がAPa、水分圧がBPaになるまで待機した。その後、Arガスをチャンバ内に導入し、2Paの雰囲気中でcBN焼結体工具に-1000Vの電圧を印加して、cBN焼結体工具の表面を洗浄した。洗浄中においてチャンバ内の酸素分圧がAPa、水分圧がBPaで安定するように、チャンバ内の酸素分圧がAPa、水分圧がBPaに到達したときに酸素分圧制御装置とチャンバとの間の弁を閉じた。
【0055】
《成膜工程》
次に、チャンバ内を500℃まで加熱し、Arガスを排気した後、反応性ガスとしてのNガスを300cm/分の流速でチャンバ内に導入するとともに、酸素分圧制御装置を動作させて、チャンバ内の酸素分圧がCPa、水分圧がDPaになるまで待機した。チャンバ内の酸素分圧がCPa、水分圧がDPaに到達したときに酸素分圧制御装置とチャンバとの間の弁を閉じ、チャンバ内の酸素分圧をCPa、水分圧をDPaに維持させた。その後、cBN焼結体工具に-35Vの電圧を印加し、真空アーク放電(アーク電流100A)によってAlCr合金(AlとCrとの組成比1:1)のターゲットを蒸発イオン化させ、当該気化ガスとNガスとを反応させて、cBN焼結体工具の表面にAlCrNの被膜を形成した。
【0056】
なお、ボンバード工程および成膜工程における酸素分圧および水分圧は、キャノンアネルバ株式会社製「四重極型質量分析計」を用いて計測した。上記ガス分圧A,B,CおよびDを異ならせて、試料No.5,6の切削工具を作製した。
【0057】
〈試料No.7の切削工具の作製〉
酸素分圧制御装置を用いない点を除いて試料No.5,6と同じ方法により、試料No.7の切削工具を作製した。すなわち、試料No.5,6よりもチャンバ内の酸素分圧および水分圧が高い状態で、試料No.7の切削工具を作製した。
【0058】
〈膜厚の測定方法〉
試料No.1~7の切削工具における破断面を走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製「JSM-7800F」)を用いて撮像し、刃先近傍の5カ所における被膜の厚みを測定し、その平均値を算出した。
【0059】
〈被膜中の酸素量の測定方法〉
エネルギー分散型X線分析装置(アメテック株式会社製「Pegasus」)を用いて、被膜の表面にX線を照射し、被膜中の酸素量の質量百分率を測定した。エネルギー分散型X線分析装置の測定条件は、加速電圧15eVとした。また、被膜の表面の5カ所における酸素量を測定し、その平均値を取った。
【0060】
〈切削試験方法〉
試料No.1~7の切削工具をそれぞれ用いて、次に示す切削条件に従って0.5秒間切削し、1秒間切削工具を被削材から離すサイクルを640回(切削距離0.8kmに相当)繰り返した。そして、走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製「JSM-7800F」)を用いて切削工具の逃げ面の反射電子像を撮像し、剥離領域の面積(以下、剥離面積という。)を画像解析ソフト(三谷商事株式会社製「WinROOF」)を用いて算出した。さらに、剥離面積が5000μmを超えるまで上記のサイクルを繰り返し、剥離面積が5000μmとなるときの切削距離を寿命距離として算出した。具体的には、横軸を切削距離、縦軸を剥離面積とするグラフにおいて、剥離面積が5000μmを超えたときの点と原点とを結ぶ直線と、剥離面積5000μmの直線との交点を特定し、特定した交点における切削距離を寿命距離とした。
【0061】
《切削条件》
被削材:浸炭焼入鋼(SCM415H、硬度HRC60)
切削速度:Vc=150m/分
送り量:f=0.2mm/rev
切込み:ap=0.2mm
切削油:有(wet状態)。
【0062】
〈結果〉
表1は、試料No.1~7の切削工具の各々について、ボンバード工程における酸素分圧Aおよび水分圧Bと、成膜工程における酸素分圧Cおよび水分圧Dと、被膜の厚みと、被膜中の酸素量と、0.8km切削時の剥離面積と、寿命距離との測定結果を示す。
【0063】
【表1】
【0064】
試料No.1~3,5,6の切削工具では、0.8km切削時の剥離面積が2000μm未満に抑制され、寿命距離が1.8km以上となり、被膜の耐剥離性に優れることが確認された。この理由は、試料No.1~3,5,6では、ボンバード工程および成膜工程の各々の酸素分圧と水分圧との合計分圧が5×10-3Pa以下に制限され、被膜中の酸素量が0.040質量%以下となることにより、基材と被膜との密着性が向上したためであると考えられる。
【0065】
これに対し、試料No.4,7の切削工具では、ボンバード工程および成膜工程の各々の酸素分圧と水分圧との合計分圧が5×10-3Paを超えているため、被膜中の酸素量が0.050質量%以上となった。そのため、基材と被膜との密着性が低下し、寿命距離が1.0km未満と短いことが確認された。
【0066】
さらに、試料No.2,5,6では、ボンバード工程および成膜工程の各々の酸素分圧と水分圧との合計分圧が6×10-4Pa以下に制限され、被膜中の酸素量が0.010質量%以下となった。これにより、基材と被膜との密着性がさらに向上し、0.8km切削時の剥離面積が350μm未満に抑制され、寿命距離が2.5km以上となることが確認された。このことから、ボンバード工程および成膜工程の各々の酸素分圧と水分圧との合計分圧は、6×10-4Pa以下が好ましいこと、および、被膜中の酸素量は、0.010質量%以下が好ましいことが確認された。
【0067】
特に試料No.5,6では、ボンバード工程および成膜工程の各々の酸素分圧が1×10-15Pa以下に非常に低く制限され、被膜中の酸素量が0.005質量%以下となった。これにより、基材と被膜との密着性がさらに向上し、0.8km切削時の剥離面積が130μm未満に抑制され、寿命距離が2.9km以上となることが確認された。このことから、ボンバード工程および成膜工程の各々の酸素分圧は、1×10-15Pa以下が好ましいこと、および、被膜中の酸素量は、0.005質量%以下がより好ましいことが確認された。
【0068】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
【0069】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0070】
10 切削工具、 11 基材、 12 被膜。
図1