(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-26
(45)【発行日】2022-05-10
(54)【発明の名称】耐水素脆性に優れた高強度ボルト
(51)【国際特許分類】
F16B 33/06 20060101AFI20220427BHJP
F16B 31/06 20060101ALI20220427BHJP
【FI】
F16B33/06 C
F16B31/06 Z
(21)【出願番号】P 2020083489
(22)【出願日】2020-05-11
【審査請求日】2020-12-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000144016
【氏名又は名称】株式会社三ツ知
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】特許業務法人快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】四十物 剛介
(72)【発明者】
【氏名】中村 将士
【審査官】土田 嘉一
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0350435(US,A1)
【文献】実開平06-069421(JP,U)
【文献】特許第5000367(JP,B2)
【文献】特開昭59-113309(JP,A)
【文献】実公平08-007136(JP,Y2)
【文献】特公昭57-037673(JP,B2)
【文献】特開2020-020402(JP,A)
【文献】特開2013-076434(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16B 33/06
F16B 31/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の金属により構成されており、頭部と前記頭部に接続された軸部とを備える高強度ボルトであって、
前記頭部の下面には、前記軸部の周囲に沿って形成された凹状の湾曲部が形成されており、
前記軸部は、ねじ部を有しており、
前記軸部の軸方向において、前記湾曲部内から前記ねじ部の表面の一部に跨る範囲が、前記第1の金属よりもイオン化傾向が大きい第2の金属により覆われており、
前記ねじ部の前記表面の他部は、前記第2の金属に覆われておらず、
前記頭部の少なくとも一部の表面は、前記第1の金属が露出している、
高強度ボルト。
【請求項2】
前記ねじ部は、前記軸部
の基端から離間する位置に設けられて
いる、請求項1に記載の高強度ボルト。
【請求項3】
前記ねじ部は、前記軸部の軸方向全域に亘って設けられている、請求項1に記載の高強度ボルト。
【請求項4】
前記第1の金属と前記第2の金属は、
固相接合されている、請求項1~3のいずれか一項に記載の高強度ボルト。
【請求項5】
前記軸部の引張強さが、1000N/mm
2以上である、請求項1~4のいずれか一項に記載の高強度ボルト。
【請求項6】
前記軸部の引張強さが、1200N/mm
2以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載の高強度ボルト。
【請求項7】
前記第2の金属の最も厚い部分の厚みは、0.2mm以上である、請求項1~6のいずれか一項に記載の高強度ボルト。
【請求項8】
前記軸部の引張強さが1274N/mm
2以上、降伏強さが1147N/mm
2以上、硬さが39~44HRCである、請求項1~7のいずれか一項に記載の高強度ボルト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示する技術はボルトに関する。詳しくは、耐水素脆性に優れた高強度ボルトに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車、産業機械、建築物等に用いられるボルトに対して、軽量化及び高強度化が要求されている。このような用途のボルトは、しばしば水素侵入環境下で使用される。しかしながら、高い強度を有する(すなわち、引張強さが高い)ボルトは、耐水素脆性が低いため、侵入した拡散性水素により水素脆化が生じ、遅れ破壊と呼ばれる脆性破壊が生じ易い。
【0003】
特許文献1には、ボルトの遅れ破壊が生じ易い部分に圧縮残留応力を加えることで、高い強度を有するボルトの耐水素脆性を向上させることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載のボルトによっても尚、耐水素脆性の面で依然改善の余地があった。本明細書では、さらに優れた耐水素脆化特性を付与することができる高強度ボルトを提案する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らが鋭意検討した結果、ボルトは、頭部首下からねじ部の間の範囲の軸部(以下、首下部分という。)を起点として遅れ破壊が生じ易いことが分かった。そして、試行錯誤の末、ボルトの首下部分とは異なる箇所において、あえて水素を発生させることにより、首下部分における水素発生量(侵入量)を抑制し、遅れ破壊を生じ難くすることができるとする着想を得た。そして、本発明者らは、異種金属接触による腐食原理をあえて利用することで、ボルトに対して優れた耐水素脆性を付与することを発明するに至った。
【0007】
本明細書が開示する高強度ボルトは、第1の金属により構成されており、頭部と前記頭部に接続された軸部とを備える。前記軸部は、ねじ部を有している。前記軸部の表面は、前記軸部の基端から先端に向かって予め設定された範囲において、前記第1の金属よりもイオン化傾向が大きい第2の金属により覆われている。前記頭部の少なくとも一部の表面は、前記第1の金属が露出している。
【0008】
上記のボルトでは、軸部の基端(すなわち、頭部首下)から先端に向かって予め設定された範囲における軸部の表面が、第1の金属よりもイオン化傾向が大きい第2の金属に覆われている。このボルトを水素侵入環境下(例えば、ボルトに水分、油分を含む液体が付着した状況、もしくは水中、油中等)で使用した場合、第2の金属と、第2の金属に覆われていない部分の内、当該環境に露出した部分(すなわち、頭部の少なくとも一部)との間に電位差が生じる。第2の金属は、第1の金属よりもイオン化傾向が大きい。このため、第2の金属の表面でアノード反応が生じ、第2の金属がイオン化して水または油へ溶解するか、第2の金属表面近傍で酸化物を生成する。一方、第1の金属が露出する頭部では、カソード反応が生じ、水素が発生する。すなわち、第2の金属が設けられた範囲(遅れ破壊の起点となり易い部分)では水素が生じ難い。発生し吸着し得る水素の大部分は、第1の金属が露出する頭部に吸着されてボルト内に侵入する。すなわち、遅れ破壊の起点となり易い部分の近傍における水素濃度を低くすることができる。さらに、遅れ破壊の起点となり易い部分が第2の金属に覆われているため、自然腐食による荒れが生じ難い。以上の通り、上記のボルトによれば、遅れ破壊の起点となり易い部分から水素を生じさせ難くすることができるとともに当該部分を第2の金属で保護することができる。第1の金属自体は耐水素脆性を備える必要がないため、例えば、第1の金属に高強度材を使用することで、高い強度を有するボルトに対して優れた耐水素脆化特性を付与することができる。なお、本明細書でいう「予め設定された範囲」とは、本明細書に開示する高強度ボルトの構成や被締結構造物の構成によって適宜定められるものであり、軸部のうち、被締結構造物と嵌合しない遊びねじの範囲をいう。また、予め設定された範囲(すなわち、遊びねじ)には、ねじ部が設けられていてもよいし、設けられていなくてもよい。
【0009】
なお、上記のボルトを被締結構造物(第1の金属同様、第2の金属よりもイオン化傾向が小さい金属)に締結した場合、被締結構造物の表面においてもカソード反応が生じ、水素が発生する。すなわち、発生した水素の大部分は、第1の金属が露出する頭部及び被締結構造物の広範囲に分散されて吸着する。ただし、頭部座面と被締結構造物との接触面およびめねじ嵌合面は自ずと密封されるため、水素は発生しない。以上の通り、本明細書に開示のボルトが被締結構造物に締結された状態では、発生した水素が第1の金属が露出する頭部及び被締結構造物の広範囲に分散されて吸着されるため、遅れ破壊の起点となり易い部分への水素の侵入がさらに抑制され、より遅れ破壊を生じ難くすることができる。
【0010】
なお、本明細書でいう高強度ボルトとは、ボルトが使用される各分野において一般的に高い強度を有すると認識されるボルトを意味し、例えば、軸部の引張強さが1000N/mm2以上であるボルトをいう。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図4】高強度ボルト10の製造工程を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に説明する実施形態の主要な特徴を列記しておく。なお、以下に記載する技術要素は、それぞれ独立した技術要素であって、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。
【0013】
本技術の一実施形態では、ねじ部は、軸部の基端から離間する位置に設けられていてもよい。第2の金属は、少なくとも基端からねじ部の間の範囲において、軸部の表面を覆っていてもよい。
【0014】
このような構成では、第2の金属が、ねじ部が設けられていない範囲において軸部の表面を覆う。したがって、第2の金属と軸部(すなわち、第1の金属)との密着性を向上させることができる。
【0015】
本技術の一実施形態では、ねじ部は、軸部の軸方向全域に亘って設けられていてもよい。
【0016】
このような構成では、ボルトのばね定数を低くすることができ、ボルトの締結軸力を安定化させることができる。
【0017】
本技術の一実施形態では、第1の金属と第2の金属は、材質的に結合されていてもよい。
【0018】
このような構成では、第1の金属と第2の金属との結合を強固に維持することができる。また、第1の金属と第2の金属とを材質的に結合する場合、他の結合態様と比較して結合の際に水素の侵入や強度の低下を抑制することができる。
【0019】
本技術の一実施形態では、軸部の引張強さが、1000N/mm2以上であってもよい。また、軸部の引張強さが、1200N/mm2以上であってもよい。
【0020】
軸部の引張強さが上記の通り比較的高い場合、遅れ破壊が生じ易いことが一般的に知られている。本技術では、このようなボルトに対しても優れた耐水素脆化特性を付与することができる。
【0021】
本技術の一実施形態では、第2の金属の最も厚い部分の厚みは、0.2mm以上であってもよい。
【0022】
本技術の一実施形態では、軸部の引張強さが1274N/mm2以上、降伏強さが1147N/mm2以上、硬さが39~44HRCであってもよい。
【0023】
以下、図面を参照して、本明細書が開示する高強度ボルト10(以下、単にボルト10という。)について説明する。
図1に示すように、ボルト10は、本体部12と、被覆部14(
図2参照)を有している。本体部12は、頭部16と、軸部18を有している。頭部16及び軸部18は、一体的に形成されている。本体部12は、JIS B1051で定められる強度区分が、例えば、9.8以上である材料により構成されている。当該強度区分は、また例えば10.9以上であり、また例えば12.9以上である。
【0024】
強度区分が上記の値を有する金属としては、例えば、クロムモリブデン鋼(SCM435、SCM440他、JIS G4105に定める鋼材)や、クロム鋼(SCr440他、JIS G4104に定める鋼材)、高温用合金鋼ボルト材(SNB16他、JIS G4107に定める鋼材)、これらに焼入れ焼戻しを実施して強度を向上させたもの、もしくは非調質鋼等が挙げられる。また、JIS B1051に指定の無いニオブ(Nb)、チタン(Ti)等を添加した開発合金鋼を焼入れ焼戻しした鋼材であってもよい。
【0025】
本体部12は、頭部16及び軸部18の軸が同一直線C上に配置されるように構成されている。以下では、説明の便宜のため、直線Cが伸びる方向において、軸部18から頭部16に向かう方向を「上」、頭部16から軸部18に向かう方向を「下」として説明する場合がある。
【0026】
頭部16は、略六角柱形状を有しており、スパナ等の工具を係合させて回転させることができる。頭部16の下端には、ボルト10が他部材に締結されたときの座面を拡大するフランジ20が設けられている。
【0027】
軸部18は、頭部16の下面から伸びており、略円柱形状を有している。軸部18の直径は特に限定されないが、例えば、約10mm(M10)である。軸部18は、雄ねじの形態であるねじ部22を有している。ねじ部22は、頭部16から離間する位置(軸部18の先端側(下端側)の範囲)に設けられている。
図2に示すように、ねじ部22は、ねじ山22a及びねじ谷22bを有している。なお、ねじ部22は、軸部18の軸方向の全域に亘って設けられていてもよい。
【0028】
図2に示すように、頭部16の下面には、軸部18との接続部分の周囲に沿って凹状の湾曲部24が形成されている。湾曲部24は、頭部16の下面において、軸部18の周囲を一巡している。湾曲部24からねじ部22の基端側(上端側)に跨る範囲(以下、首下部26という。)は、被覆部14により覆われている。被覆部14は、本体部12を構成する材料よりもイオン化傾向が大きい金属により構成されている。頭部16の湾曲部24を除く範囲(特に、他部材の座面と当接するフランジ20の下面等の範囲)、及び、ねじ部22の下側の範囲(すなわち、他部材に締結する範囲)は、被覆部14に覆われていない。被覆部14の材料は、本体部12を構成する材料よりもイオン化傾向が大きいものであれば特に限定されず、例えば、JIS H4040のA6063(アルミニウム合金)、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛等が挙げられる。被覆部14の厚みの下限は、特に限定されないが、例えば、最も厚い部分で、0.2mm以上である。また、被覆部14の厚みの上限は、特に限定されないが、例えば、被覆部14により被覆された部分の軸部18の外径が、JIS B1001で定められるボルト穴径の1級~3級の値を超えないように構成されている。
【0029】
ボルト10を他部材に締結する際には、頭部16のフランジ20の下面が他部材の座面に当接するまで、ねじ部22を当該他部材の雌ねじに嵌合させる。このとき、当該他部材の雌ねじに対してねじ部22の全体が嵌合する前に、フランジ20の下面と他部材の座面が当接する。このため、ねじ部22の基端側の一部は、雌ねじに嵌合しない。本実施例では、軸部18のうち、頭部16からねじ部22の上記基端側の一部に跨る範囲(すなわち、予め設定された遊びねじの範囲)に被覆部14が設けられている。
【0030】
首下部26と被覆部14は、材質的に結合されている。すなわち、首下部26と被覆部14との結合は、メッキや蒸着等の化学反応的な表面処理、又は単なる係合や螺合等の機械的な結合ではなく、首下部26と被覆部14は、材料的に結合されている。具体的には、例えば、両者は、爆発圧接により固相接合(カシメ固定)されている。すなわち、両者は高速衝突特有の接触界面おける原子的な結合によって、密着した状態となっている。なお、首下部26と被覆部14とは、部分的に(すなわち、後述する間隙G1、G2が形成されていない範囲で)固相接合されている。
【0031】
図3に示すように、湾曲部24と被覆部14の間には、間隙G1が形成されている。また、ねじ谷22bと被覆部14との間にも、同様に間隙G2が形成されている。各間隙G1、G2の総体積は、例えば、3mm
3以下である。湾曲部24の体積(
図3でドットハッチングにより示す空間102)及び被覆部14により被覆された範囲のねじ谷22bの体積(
図3でドットハッチングにより示す空間104)の和に対する各間隙G1、G2の総体積の比は、例えば20:1であり、また例えば15:1であり、また例えば10:1であり、また例えば8:1である。但し、各間隙G1、G2は形成されていなくてもよい。すなわち、首下部26と被覆部14とが、その全体において固相接合されていてもよい。
【0032】
次に、本実施例のボルト10の製造方法について説明する。以下では、本実施例の特徴ある工程のみについて説明する。したがって、実際の製造工程には、以下の説明に含まれない1又は複数の工程が存在し得る。
【0033】
まず、
図4に示す頭部16及び軸部18を有する本体部12と、被覆部14を構成する材料(例えば、アルミニウム合金)により構成された筒形状を有する金属体30を準備する。そして、
図4に示すように、本体部12を金属体30に挿通させて、後に首下部26となる範囲に金属体30を対向させる。次いで、中空円筒形状の電極32を、金属体30に対向するように配置する。この状態で、電極32に(高圧パルス)電流を流すと、金属体30に誘導電流が生じる。すると、当該誘導電流と電極32に流れる電流による磁界とにより、金属体30には、金属体30の中心に向かう方向に電磁力(ローレンツ力)が生じる。これにより、金属体30が本体部12に高速で衝突して、本体部12と金属体30とが圧接される。すなわち、本体部12が金属体30によって被覆される。これにより、
図2等に示すボルト10が完成する。なお、圧接する金属体30の厚みは、特に限定されないが、例えば、軸部18の規格がM10である場合には、約0.2mm以上とされる。金属体30の厚みが0.2mmよりも薄い場合、電磁力により(高速衝突時に)金属体30が破損し、本体部12を好適に被覆できない場合が生じ得るためである。なお、湾曲部24及びねじ谷22bは、凹形状を有している。このため、上述したように、圧接後の首下部26と被覆部14の間には、部分的に間隙G1、G2が生じ得る。間隙G1、G2が生じていない範囲で、金属体30と本体部12とが固相接合される。
【0034】
(実施例)
以下、本明細書の開示の技術を具現化した具体例を示す。ただし、本明細書の開示は、以下の具体例に限定されるものではない。
【0035】
(サンプルNo.1の製造)
JIS G4105のSCM435により構成されたボルトを準備した。当該ボルトを860℃まで昇温し、60分均熱した後、60℃に保持した焼入れ油にて冷却することにより、焼入れを行った。その後、460℃まで加熱し120分均熱後水冷して、焼戻しを行った。以上の処理により、引張強さ1378N/mm2、降伏強さが1147N/mm2以上、硬さが40~42HRCとなるようにボルトの物性を調整した。その後、JIS H4040のA6063(アルミニウム合金、厚さ0.7mm)により構成された筒形状の金属体を、上述した方法により処理後のボルトに圧接することにより、No.1のサンプルを得た。No.1のサンプルの分析結果を表1に示す。
【0036】
(サンプルNo.2~No.7の製造)
サンプルNo.2及び3については、サンプルNo.1と同様の操作により製造した。サンプルNo.4~7については、金属体を圧接する操作を実施していないこと以外は、サンプルNo.1と同様の操作により製造した。
【0037】
(水素チャージ)
No.1のサンプルに対して、サンプルの製造工程において付着及び残存し得る油分を除去するため、水素チャージ前にアセトン脱脂を行った。その後、No.1のサンプルを、3%NaCl+3g/Lチオシアン酸アンモニウム水溶液200mLに48時間浸漬させ、ボルトに対して水素チャージを行った。水素チャージを行った後、およびSSRT試験終了後は、サンプルを液体窒素中に保管し、水素放出を防止した。
【0038】
No.2,4及び5のサンプルに対しても、上記と同様の操作により水素チャージを行った。
【0039】
(遅れ破壊感受性)
各サンプルに対して、室温、大気環境下、クロスヘッド速度10μm/minで低歪速度引張試験(Slow Strain Rate Technique、SSRT)を行った。まず、アルミニウム合金を圧接し、且つ、水素チャージを行っていないサンプル(No.3)の破断伸びE0を測定し、これを基準値(すなわち、遅れ破壊感受性0%)とした。その後、アルミニウム合金を圧接し、且つ、水素チャージを行った各サンプル(No.1及び2)の破断伸びE1を測定し、以下の式により各サンプルについて水素チャージ前後における遅れ破壊感受性を評価した。
(遅れ破壊感受性(%))=100×(1-E1/E0)
【0040】
同様に、アルミニウム合金を圧接せず、且つ、水素チャージを行っていないサンプル(No.6及び7)の破断伸びE0を基準値とし、アルミニウム合金を圧接せず、且つ、水素チャージを行った各サンプル(No.4及び5)の破断伸びE1について、水素チャージ前後における遅れ破壊感受性を評価した。なお、No.5及び7については、はめ合い間隔(ボルトの頭部と締結対象部材の表面との間隔)を7mmとしてSSRT試験を行った。遅れ破壊感受性を同条件下で評価するために、サンプルNo.4はサンプルNo.6に対する評価とし、サンプルNo.5はサンプルNo.7に対する評価とした。結果を表1に示す。
【0041】
(拡散性水素量)
上記SSRT試験後の各サンプルについて、破断箇所近傍を切り出して測定試料とした。アルミニウム合金を圧接したボルト(No.1~3)については、ボルトの本体部に付着したアルミニウム合金を除去した後、アセトンで超音波洗浄を5分間実施した。同様に、アルミニウム合金を圧接していないボルト(No.4~7)についても、アセトンで超音波洗浄を5分間実施した。その後、以下に記載の条件により各測定試料から放出される水素量の測定を行い、拡散性水素量を得た。結果を表1に示す。
〇測定条件
分析器:アルバック製ST-200P型
昇温速度:10℃/min
温度範囲:室温~400℃
【0042】
【0043】
表1に示すように、本明細書に開示の高強度ボルト(すなわち、アルミニウム合金により被覆されたボルト)を用いたサンプルNo.1及び2は、水素チャージ後も、良好な遅れ破壊感受性を示した。これに対して、アルミニウム合金による被覆を実施しなかったサンプルNo.4及び5は、水素チャージ後における遅れ破壊感受性がいずれも悪く、耐水素脆化特性が顕著に低下した結果となった。
【0044】
また、サンプルNo.1及び2は、破断後の拡散性水素量がそれぞれ0.15ppm、0.12ppmであり、水素チャージ後においても低い値を維持していることがわかった。これは、水素チャージを行った際に、ボルト本体部を構成する金属(SCM435)と、本体部を被覆するアルミニウム合金との間のイオン化傾向の差により電位差が生じた結果によるものと考えられる。すなわち、水素チャージを行う際に、アルミニウム合金の表面でアノード反応が生じ、アルミニウム合金がイオン化して水中に溶解する。一方、SCM435が露出するボルトの頭部では、カソード反応が生じ、水素が発生する。すなわち、アルミニウム合金により被覆された範囲(首下部)の近傍では水素が生じ難い。このため、発生した水素の大部分が、SCM435が露出する頭部に吸着されて侵入する。このように、アルミニウム合金により被覆されたサンプルでは、遅れ破壊の起点となり易い(すなわち、破断し易い)首下部の近傍における水素濃度を低くすることができる。その結果、サンプルNo.1及び2では、拡散性水素量が上昇することを抑制することができたと考えられる。一方で、破断箇所近傍においてSCM435が露出しているサンプルNo.4及び5については、拡散性水素量が多く、これにより、遅れ破壊が生じ易くなっていることがわかった。
【0045】
さらに、本明細書に開示のボルトは、遅れ破壊の起点となり易い首下部がアルミニウム合金に覆われている。このため、首下部がアルミニウム合金により保護され、自然腐食による荒れが生じることを抑制することができる。
【0046】
以上の通り、本明細書に開示のボルトによれば、遅れ破壊の起点となり易い部分(すなわち、首下部)から水素を生じさせ難くすることができる。このため、首下部に侵入する拡散性水素量を低減することができ、優れた耐水素脆化特性を付与することができる。
【0047】
なお、ボルト本体に対して金属を被膜する方法としては、上述した電磁力による圧接(爆発圧接)以外にも、メッキや蒸着といった方法が考えられる。しかしながら、例えば、電気メッキでは、酸性浴にボルト本体を浸漬させて金属を被膜する。このため、メッキ処理の際に、ボルト本体に水素が侵入して耐水素脆性が悪化する場合がある。また例えば、溶融メッキでは、被膜する金属によってはその溶融温度が比較的に高く、ボルト本体が焼戻されてしまい、ボルト本体の強度が低下する場合がある。さらに、蒸着では、被膜の厚みを確保することが難しく、好適な厚みの金属被膜を形成することが難しい。したがって、上述したような圧接により、ボルト本体に金属被膜を形成することが好ましい。
【0048】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0049】
10:高強度ボルト
12:本体部
14:被覆部
16:頭部
18:軸部
20:フランジ
22:ねじ部
22a:ねじ山
22b:ねじ谷
24:湾曲部
26:首下部
30:金属体
32:電極