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特許7064732最適化された標識を用いて特異的に発現する遺伝子を同定する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-27
(45)【発行日】2022-05-11
(54)【発明の名称】最適化された標識を用いて特異的に発現する遺伝子を同定する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6806 20180101AFI20220428BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220428BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20220428BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20220428BHJP
【FI】
C12Q1/6806 ZNA
G01N33/50 P
G01N33/48 M
C12N15/09 Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2016210347
(22)【出願日】2016-10-27
(65)【公開番号】P2018068178
(43)【公開日】2018-05-10
【審査請求日】2019-10-08
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】516322980
【氏名又は名称】ネクスジェン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】宮西 正憲
(72)【発明者】
【氏名】チェン,ジェームズ・ワイ.
【審査官】川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-530285(JP,A)
【文献】Nature, 2016, Vol. 530, No. 7589, pp. 223-227
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の細胞型の細胞において特異的に発現する遺伝子であって、当該遺伝子発現が蛍光生細胞観察によって観察可能である遺伝子を同定する方法であって
(A)細胞内における前記遺伝子の発現を検出または測定するために用いる標識蛍光タンパク質を決定する工程であって、細胞株を用いたスクリーニングにより、至適標識蛍光タンパク質を決定する前記工程、
(B)前記細胞型の細胞における、蛍光タンパク質で標識された参照遺伝子の発現強度に基づいて、同定する遺伝子を前記標識蛍光タンパク質で標識した際に、その発現を蛍光観察によって観察するために必要とされる、観察可能転写量を求める工程、
(C)前記観察可能転写量に基づいて、必要下限転写量およびこれよりも小さい、排除上限転写量を求める工程、
(D)前記特定の細胞型の細胞を含む細胞群において、前記必要下限転写量を上回る発現を有し、かつ、他の細胞型の細胞において、前記排除上限転写量を下回る発現を有する遺伝子を特定する工程、
を含み、
前記工程(A)において、バックグラウンド蛍光シグナル強度に対して大きな差をもたらす蛍光のシグナル強度を有する標識蛍光タンパク質を、至適標識蛍光タンパク質として決定する、前記方法。
【請求項2】
前記工程(B)において、観察可能転写量を、前記参照遺伝子の「位置付けされた100万個の読み出し断片あたりおよび転写産物1キロ塩基あたりの断片数」(FPKM)に基づいて求める、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程(C)において、必要下限転写量を下記式により求める、請求項1または2に記載の方法。

必要下限転写量
>=観察可能転写量/標識核酸のコードする標識蛍光タンパク質のコピー数
【請求項4】
(E)前期工程(D)で得られた遺伝子の細胞毎の発現パターンに基づいて、さらに遺伝子を特定する工程を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
予め、一次スクリーニングを行った候補遺伝子群に対して適用する、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法であって、
前記一次スクリーニングが、
a)同一細胞系譜に属する複数の細胞群における遺伝子発現を比較するスクリーニング法、
b)同一解剖学的空間に属する複数の異なる細胞型の細胞群における遺伝子発現を比較するスクリーニング法、または
c)上記二つの方法を組み合わせるスクリーニング法
によって行われる、前記方法。
【請求項6】
前記工程(C)において、候補となる遺伝子の発現量が、前期必要下限転写量を下回る場合、前記標識蛍光タンパク質のコピー数を増やす、または、前記蛍光タンパク質に細胞局在シグナルシークエンスを付加させることで、前記遺伝子のコードするタンパク質の細胞内シグナルを増幅し、必要下限転写量を下げる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記特定の細胞型が幹細胞であり、前記工程(D)における他の細胞型が、前記幹細胞に由来する多能性前駆細胞、またはこれと同一細胞系譜内の分化細胞である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記特定の細胞型が長期造血幹細胞であり、前記工程(D)における他の細胞型が、多能性造血前駆細胞、またはこれと同一細胞系譜内の分化細胞である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記工程(D)における、特定の細胞型の細胞を含む細胞群が、Linc -Kit Sca-1 CD150 CD34-/loFLK2のマーカープロファイルに基づいて選択された造血幹細胞及び、幹細胞、組織幹細胞各々を含む細胞集団である、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の細胞型の細胞において特異的に発現する遺伝子を同定する方法であって、当該遺伝子を同定するために最適なものとして選択された標識を用いて、当該遺伝子を同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳動物のような多細胞生物は、様々に異なる種類の細胞から形作られており、210種類以上の細胞型を有するといわれるヒトについても、近年の研究によりさらに多様な細胞型を含んでいることが明らかになりつつある。これら動物の体を構成する多彩な細胞は、単一の接合子からの連続的な細胞分裂および「細胞運命決定」の過程を通じて、一つの細胞型から、別の細胞型へと変化していく。このような過程がどのように制御されているのかについては、いまだ完全には解明されていないものの、このような細胞型の変化には、細胞の遺伝子発現の変化が関与していることが知られている(非特許文献1)。また、多細胞生物を形作る様々な細胞を、遺伝子の発現パターンによって分類、単離する研究も幅広く行われており、特定の機能を有する細胞を同定、単離するために、各種細胞に特異的に発現する遺伝子産物を同定することも広く行われている(非特許文献2、特許文献1、特許文献2)。
【0003】
特に近年幹細胞を用いた再生医療、および幹細胞と腫瘍などの疾患との関連が注目されているところ、造血幹細胞等の体性幹細胞においては、その遺伝子発現パターンによって様々に異なる機能を有する幹細胞が混在していることが明らかとなっている(非特許文献3、非特許文献4)。特定の機能を有する幹細胞を同定、単離するためにも、これらの細胞型に特異的に発現する遺伝子を同定する技術が必要とされている。
【0004】
さらに、これら様々な細胞の生体内における機能を解析するにあたって、生存細胞においてその遺伝子発現を観察し得ることは、極めて有益であり、フローサイトメトリーや、インサイチュ蛍光観察といった生細胞蛍光観察によって、その発現状態を解析し得るような遺伝子を同定する技術は、生物の基礎研究から医薬等の応用分野に亘って、広く役立つことが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-233217
【文献】特開2013-146198
【非特許文献】
【0006】
【文献】Trapnell C, Genome Research, 2015, Vol.25, pp.1491-1498
【文献】Gazut R et al., J. Exp. Med., 2014, Vol.211, no.7, pp.1315-1331
【文献】Morrison SJ and Weissman IL, Immunity, 1994, Vol.1, pp. 661-673
【文献】Beerman I et al., Proc. National Academy of Science USA, 2010, Vol.107, no. 12, pp. 5465-5470
【文献】Christensen and Weissman, Proc. National Academy of Science USA, 2001, Vol.98, no.25, pp. 14541-14546)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、特定の細胞型の細胞において特異的に発現する遺伝子であって、フローサイトメトリーおよびインサイチュ蛍光観察などの、蛍光観察によって観察可能な遺伝子を同定する方法を提供することを目的としている。
【0008】
本発明はさらに、当該遺伝子を同定するために、最適なものとして予め選択された蛍光標識を用いて、当該遺伝子を同定する方法を提供する。さらに、本発明は、特定の細胞型の細胞として、造血幹細胞などの体性幹細胞、特に、長期造血幹細胞に特異的に発現する遺伝子であって、上記蛍光観察を可能とする遺伝子を同定する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、特定の細胞型の細胞において特異的に発現する遺伝子を同定するのに際して、予め、目的とする特定の細胞型の細胞における蛍光観察に最も適した標識蛍光タンパク質を探索し、候補遺伝子に当該蛍光タンパク質を蛍光標識として使用した場合に、蛍光が検出可能となるために必要な転写量を求め、当該転写量に基づいて、当該特定の細胞型の細胞に特異的に発現する遺伝子を同定することにより、当該特定の細胞型の細胞において特異的に発現する遺伝子であって、フローサイトメトリーおよびインサイチュ蛍光観察などの蛍光観察が可能な遺伝子を効率よく取得しうることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
より具体的には、蛍光タンパク質はそれぞれ異なる励起波長および蛍光波長を有するために、フローサイトメトリーおよびインサイチュ蛍光観察などの蛍光観察の際に、異なる光学特性のフィルタを必要とし、これにより、蛍光タンパク質を発現しない野生型の細胞が生じるバックグラウンド蛍光シグナルの強度も変化する。上記蛍光観察の際には、絶対的な蛍光強度だけでなく、バックグラウンド蛍光シグナル強度との差(相対蛍光強度)が大きいことが重要であり、大きな相対蛍光強度を与える蛍光タンパク質を標識タンパク質として用いることで、より転写量の低い遺伝子であっても、その発現を蛍光観察することが可能となる。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、特定の細胞型の細胞において特異的に発現する遺伝子であって、当該遺伝子発現が蛍光生細胞観察によって観察可能である遺伝子を同定する方法であって、当該目的に最適なものとして選択された蛍光標識を用いて、当該遺伝子を同定する方法を提供する。特に、これら特定の細胞型の細胞の生体内における機能を解析するためには、生存細胞においてその遺伝子発現を観察し得ることが極めて有利であり、フローサイトメトリーや、インサイチュ蛍光観察といった生細胞蛍光観察・分析方法によって、その発現を解析し得るような遺伝子を同定することを可能にする本発明は、極めて有益である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、対象となる細胞における最適な標識蛍光タンパク質を同定するための実験概要を示す。各種標識蛍光タンパクをコードする発現ベクターを有するウイルスを、対象となる細胞(例としてNIH3T3を示す)に感染させ、該細胞内で標識蛍光タンパク質の発現を観察する。
図2図2は、NIH3T3細胞における各種標識蛍光タンパク質の蛍光を、AlexaFlour488-A用のフィルタで観察した結果を示す。対照(control)として、発現ベクターを感染させていない細胞を用いた。
図3図3は、NIH3T3細胞における各種標識蛍光タンパク質の蛍光を、PE-Texas Red-A用のフィルタで観察した結果を示す。対照(control)として、発現ベクターを感染させていない細胞を用いた。
図4図4は、HSCにおけるHoxb5、Rnf208およびSmtnl1遺伝子の異型遺伝子性を確認するための、単一細胞定量PCRの結果を示す。Hoxb5遺伝子のみが、二峰性のシグナル強度を示す。
図5図5は、Hoxb5-3-mCherryノックインマウス作成のための遺伝子標的化戦略を示す。UTRは非転写領域を、PGKはホスホグリセリン酸キナーゼIを意味する。
図6図6は、免疫表現型(Linc-KitSca-1CD150CD34-/loFlk2)によって特定されたHSC(以下、「pHSC」とする。)、多能性造血前駆細胞集団A(Linc-KitSca-1CD150CD34Flk2)(以下、「MPPa」とする。)および多能性造血前駆細胞集団B(Linc-KitSca-1CD150CD34Flk2)(以下、「MPPb」とする。)におけるHoxb5-3-mCherryリポーター遺伝子の発現を確認するためのフローサイトメトリーの結果を示す。赤色はHoxb5-3-mCherryリポーター遺伝子のシグナルを示し、青色は野生型細胞の生じるシグナルを示す。
図7図7は、Hoxb5-3-mCherry遺伝子を発現する長期造血幹細胞(LT-HSC)の組織内分布を示す。3D再構成画像における、Hoxb5陽性細胞の局在(赤色および矢印)と、VE-カドヘリン陽性細胞の局在(緑)が示されている。スケールバーは30μmを表す。
図8図8は、VE-カドヘリン陽性細胞からの距離に対してプロットした、Hoxb5陽性細胞の頻度(n=3のマウスからのn=287個の細胞)、および、無作為に選択した位置の頻度(n=3のマウスからのn=600個の細胞)を示す。***はP<0.0001を示す。独立スチューデントt検定を行った。
図9図9は、脛骨の近位、中位および遠位おけるHoxb5陽性細胞の平均細胞数を示す。NSは有意でないことを表す。独立スチューデントt検定を行った。
図10図10は長期造血再構成試験の概要を示す。CD45.1移植受容マウスは致死量の放射線照射を受けたのち、10細胞または3細胞のHoxb5-3-mCherryHSCおよび2x10細胞のCD45.1/CD45.2支持細胞を競合移植された。2次移植として、1x10細胞の全骨髄細胞(WBM)または100細胞の仕分けされたLSK細胞が、一次移植受容動物から移植された。
図11図11は、2次移植受容マウスの全骨髄における、細胞系譜毎のキメラ現象。それぞれの棒グラフが個別のマウスを表している(Hoxb5陰性マウスはn=6、Hoxb5低では、n=7および、Hoxb5高では、n=8)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、一つの態様において、特定の細胞型の細胞において特異的に発現する遺伝子を同定する方法であって
(A)細胞内における前記遺伝子の発現を検出または測定するために用いる標識蛍光タンパク質を決定する工程であって、細胞株を用いたスクリーニングにより、至適標識蛍光タンパク質を決定する前記工程
(B)前記細胞型の細胞における、蛍光タンパク質で標識された参照遺伝子の発現強度に基づいて、同定する遺伝子を前記標識蛍光タンパク質で標識した際に、その発現をフローサイトメトリー によって観察するために必要とされる、観察可能転写量を求める工程
(C)前記観察可能転写量に基づいて、必要下限転写量およびこれよりも小さい、排除上限転写量を求める工程、
(D)前記特定の細胞型の細胞を含む細胞群において、前記必要下限転写量を上回る発現を有し、かつ、他の細胞型の細胞において、前記排除上限転写量を下回る発現を有する遺伝子を特定する工程、
を含む、前記方法を提供する。
【0014】
上記排除上限転写量は、野生型、すなわち蛍光タンパク質を発現しない上記特定の細胞型の細胞が生じるバックグラウンド蛍光シグナル強度と、同程度の蛍光シグナルをもたらすことが予想される遺伝子発現量に基づいて設定することができる。
【0015】
上記排除上限転写量は、上記バックグラウンド蛍光シグナル強度をもたらすことが予想される遺伝子発現量の0.1~2.0倍であってもよい。また、上記排除上限転写量は、上記バックグラウンド蛍光シグナル強度をもたらすことが予想される遺伝子発現量の0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1.0、1.1、1.2、1.3、1.4、1.5倍であってもよい。
【0016】
更に別の態様において、本発明は、前記工程(B)において、観察可能転写量を、前記参照遺伝子の「位置付けされた100万個の読み出し断片あたりおよび転写産物1キロ塩基あたりの断片数」(FPKM)に基づいて求める、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
【0017】
更に別の態様において、本発明は、前記工程(C)において、必要下限転写量を下記式
必要下限転写量
>=観察可能転写量/標識核酸のコードする標識蛍光タンパク質のコピー数
により求める、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
【0018】
上記必要下限転写量は、観察可能転写量/標識核酸のコードする標識蛍光タンパク質のコピー数の1~10倍であってもよい。また、上記排除上限転写量は、上記バックグラウンド蛍光シグナル強度をもたらすことが予想される遺伝子発現量の1.5、2.0、2.5、3.0、3.5、4.0、4.5、5.0、5.5、6.0、6.5、7.0、7.5、8.0、8.5、9.0、9.5、10.0倍であってもよい。
【0019】
更に別の態様において、本発明は、(E)前期工程(D)で得られた遺伝子の細胞毎の発現パターンに基づいて、さらに遺伝子を特定する工程を含む、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
上記細胞毎の発現パターンは、例えば、蛍光顕微鏡観察によって確認されるものや、単一細胞定量PCRを用いた、細胞集団内での細胞毎の遺伝子発現のばらつきなどを含むが、これに限定されない。
【0020】
更に別の態様において、本発明は、予め、一次スクリーニングを行った候補遺伝子群に対して適用する、上記遺伝子を同定する方法であって、
前記一次スクリーニングが、
a)同一細胞系譜に属する複数の細胞群における遺伝子発現を比較するスクリーニング法、
b)同一解剖学的空間に属する複数の異なる細胞種の細胞群における遺伝子発現を比較するスクリーニング法、または
c)上記二つの方法を組み合わせるスクリーニング法
によって行われる方法を提供する。
【0021】
更に別の態様において、本発明は、前記工程(C)において、候補となる遺伝子の発現量が、前期必要下限転写量を下回る場合、前記標識蛍光タンパク質のコピー数を増やす、または、前記蛍光タンパク質に細胞局在シグナルシークエンスを付加させることで、前記遺伝子のコードするタンパク質の細胞内シグナルを増幅し、必要下限転写量を下げる、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
【0022】
更に別の態様において、本発明は、前記特定の細胞型が幹細胞であり、前記工程(D)における他の細胞型が、前記幹細胞に由来する多能性前駆細胞、またはこれと同一細胞系譜内の分化細胞である、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
【0023】
更に別の態様において、本発明は、前記特定の細胞型が長期造血幹細胞であり、前記工程(D)における他の細胞型が、多能性造血前駆細胞、またはこれと同一細胞系譜内の分化細胞である、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
【0024】
更に別の態様において、本発明は、上記遺伝子を同定する方法であって、さらに
(F)前記工程(E)で特定された遺伝子を発現する幹細胞を、一次宿主動物に移植する工程
(H)前記一次宿主動物から採取した幹細胞を、二次宿主動物に移植する工程、および
(I)前記二次宿主動物において、前記幹細胞から由来する複数種の分化細胞で前記遺伝子が発現する、キメラ状態が維持されることを確認する工程、
を含む、前記方法を提供する。
【0025】
更に別の態様において、本発明は、前記工程(I)において、キメラ状態が少なくとも移植後16週間維持される、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
【0026】
更に別の態様において、本発明は、前記工程(H)において、二次宿主動物に移植する前記幹細胞は、移植後16週以降の一次宿主動物から得られるものである、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
【0027】
更に別の態様において、本発明は、前記工程(H)において、前記幹細胞は、Lin c-Kit Sca-1のマーカープロファイルに基づいて選択された造血幹細胞及び、幹細胞、組織幹細胞各々を含む細胞集団である、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
【0028】
更に別の態様において、本発明は、前記工程(D)における、特定の細胞型の細胞を含む細胞群が、Lin c-Kit Sca-1 CD150 CD34-/loFLK2のマーカープロファイルに基づいて選択された造血幹細胞及び、幹細胞、組織幹細胞各々を含む細胞集団である、上記遺伝子を同定する方法を提供する。
【0029】
用語の説明
本発明において、「特定の細胞型の細胞」とは、例えば、各種分化した細胞、幹細胞、腫瘍細胞等を含むが、これらに限定されない。
【0030】
本発明において、「各種組織に分化した細胞」とは、例えば、表皮細胞、膵実質細胞、膵管細胞、肝細胞、血液細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、骨芽細胞、骨格筋芽細胞、神経細胞、血管内皮細胞、色素細胞、平滑筋細胞、脂肪細胞、骨細胞等を含むが、これらに限定されない。
【0031】
本発明において、「幹細胞」とは、例えば胚性幹細胞、体性幹細胞、間様系幹細胞、造血幹細胞、神経幹細胞、がん幹細胞、および人工多能性幹細胞等を含むが、これらに限定されない。
【0032】
本発明において、「体性幹細胞」とは、例えば胚性幹細胞、体性幹細胞、間様系幹細胞、造血幹細胞、神経幹細胞、がん幹細胞、および人工多能性幹細胞等を含むが、これらに限定されない。特に、造血幹細胞、とりわけ、長期造血幹細胞が好ましい。
【0033】
本発明において、「多能性前駆細胞」とは、例えば多能性グリア前駆細胞、皮膚由来多能性前駆細胞、多能性造血前駆細胞等を含むが、これらに限定されない。
【0034】
本発明において、「多能性造血前駆細胞と同一細胞系譜内の分化細胞」とは、例えば白血球,赤血球,血小板等を含むが、これに限定されない。
【0035】
本発明において、「蛍光標識」として様々な蛍光タンパク質の遺伝子が利用可能であり、例えば、GFP、GFPの改変体、例えばEGFP、hrGFP(アジレント社)、mCherry(クロンテック社)、mKate2(Wako)、AmCyan、ZsGreen、AsRedp、ZsYellow、mOrange、CFP-、mYFP、mRFP、mBFP、mPlum等を含むが、これらに限定されない。
【0036】
本発明において、「FPKM」は、「位置付けされた100万個の読み出し断片あたりおよび転写産物1キロ塩基あたりの断片数」を意味し、RNAを用いたRNAseqにより遺伝子の発現量を測定する際に、全RNAの発現量およびマップされた読み出し断片についてノーマライズして、異なるサンプル間において、特定のゲノム領域の転写量を評価する際に当業者に汎用される値である。
【0037】
本発明において、「細胞局在シグナルシークエンス」とは、タンパク質の輸送を指示するペプチド、例えば、核内移行シグナルペプチド、細胞透過ペプチド等を含むが、これらに限定されない。
【実施例
【0038】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、これらは単に例示を目的としたものに過ぎず、本発明は以下に記載する実施例に制限されるものではない。また、以下に引用する各文献の内容は、参照により本明細書の記載として取り込まれる。
【0039】
実施例:長期造血幹細胞に特異的に発現する遺伝子の同定
以下の実施例において、マウスの骨髄中に含まれる細胞集団から、造血幹細胞の中でも、特に長期造血幹細胞(LT-HSC)において特異的に発現する遺伝子であって、その発現をフローサイトメトリーおよびインサイチュ蛍光分観察可能な遺伝子を同定した。
【0040】
候補遺伝子の選択
Gene Expression Commonsのプラットフォームを利用したマイクロアレイ解析により、造血幹細胞(HSC)に特異的に発現し、上皮細胞等、他の細胞型で発現が観察されない遺伝子を取得した。その結果、45個の候補遺伝子を得た。
【0041】
マイクロアレイについて
使用した全てのマイクロアレイデータは、Gene Expression Commons (http://gexc.stanford.edu)およびGEO GSE77078において参照可能である。それぞれの個別の細胞集団に対して、2ないし4つのマイクロアレイ複製を評価した(Seita J et al., PLos One, 2012, Vol.7, e40321、Chan CK et al., Cell, 2015, Vol. 160, pp. 285-298、Chan CK et al., Proc. National Academy of Science. USA, 2013, Vol. 110, pp.12643-12648 )。
【0042】
最適な標識蛍光タンパク質の決定
長期造血幹細胞(LT-HSC)において特異的に発現する遺伝子を取得するために、HSCにおける遺伝子同定に最適な蛍光タンパク質を探索した。
各蛍光タンパク質の相対蛍光強度を以下のように求めた。
蛍光タンパク質Aと蛍光タンパク質Bの相対蛍光強度
=蛍光タンパク質Aの蛍光強度 / 蛍光タンパク質Bの蛍光強度
各蛍光タンパク質の蛍光強度=1コピーの各蛍光タンパク質を導入した細胞の蛍光強度/当該蛋白質を導入していない細胞(野生株)の蛍光強度
このとき、蛍光タンパク質の励起光および蛍光の波長によって、観測に用いるフィルタの特性が異なるため、野生株の蛍光強度は、蛍光タンパク質の種類によって異なることに注意されたい。
実験の概略を図1に示す
具体的には、通常の方法により、各種蛍光タンパクをコードする遺伝子配列をレンチウイルスベクターに挿入したプラスミドを作製精製した。これらをウイルスパッケージングプラスミドとともに293T細胞に遺伝子導入し、2日間37℃にて培養した。産生されたウイルス粒子を含む培養上清液を回収し、ウイルス液とした。これらウイルス液をNIH 3T3細胞培養液中に添加し感染させ、連続希釈法にて10%以下の感染効率となる条件を、フローサイトメーターを用いて検討した。この条件下では、各細胞あたり1コピーずつウイルスがホスト細胞のゲノムに組み込まれることとなる。この状態で、フローサイトメーターを用いて、蛍光強度を測定することで、各種蛍光タンパクの細胞内での生物学的蛍光強度を比較検討した。
図2、3に示すように、各種標識蛍光タンパク質と、観察フィルタの組合せにより、様々な蛍光シグナルが得られた。
蛍光タンパク質「eGFP」(Cormack et al., Gene, 1996)をコードするベクターは、Addgene社より購入した。蛍光タンパク質「Venus」(Nagai et al., Nature Biotechnology, 2002)をコードするベクターは、理化学研究所より購入した。蛍光タンパク質「ZsGreen」(Welm et al., Cell Stem Cell, 2008)をコードするベクターは、Addgene社より購入した。蛍光タンパク質「Ai9」(Madisen et al., Nature Nueroscience, 2010)をコードするベクターは、Addgene社より購入した。蛍光タンパク質「mRuby2」(Lam et al., Nature Methods, 2012)をコードするベクターは、Addgene社より購入した。蛍光タンパク質「mCherry」(Shaner et al., Nature Biotechnology, 2004)をコードするベクターは、Addgene社より購入した。
蛍光強度の測定には、BD社製フローサイトメーター(BD FACSAria)を使用し、BD社製フィルタ(Alexa Flour 488-A フィルタ: 530/30BP)およびBD社製フィルタ(PE-Texas Red-Aフィルタ: 610/20BP)を用いて観察を行い、FlowJo社ソフトウェア「FlowJo」を用いて、蛍光強度を測定した。
表1に結果をまとめる。
【0043】
表1に示すように、mCherryが最も高いシグナル/ノイズ比および大きなシグナルをもたらすことが明らかとなった。
【0044】
観察可能転写量の決定
参照遺伝子として、Bmi-1遺伝子を選択し、Bmi-1に蛍光タンパク質eGFPの遺伝子を融合したBmi-1-eGFPをノックインしたマウスを用いて、eGFPを蛍光標識として用いる場合に、Bmi-1遺伝子の発現がHSCにおいて、フローサイトメトリーおよびインサイチュ蛍光分析により観察可能であることを確認した。次に、HSCにおけるBmi-1の遺伝子発現量を、「位置付けされた100万個の読み出し断片あたりおよび転写産物1キロ塩基あたりの断片数」(FPKM)で表した転写量として確認した。当該転写量と、eGFPとmCherryの上記相対蛍光強度の差に基づいて、HSC細胞において、目的の遺伝子の産物に対して単一のmCherryタンパク質を蛍光標識として用いる場合、その遺伝子が蛍光観察可能であるためには、発現量が20FPKM以上必要であることが明らかとなった。
【0045】
次に、蛍光観察が可能となるために必要な遺伝子の発現量を低下させるために、3つのmCherryを蛍光標識として用いることで、約7FPKMの発現量の遺伝子であっても、理論上蛍光観察可能とした。
【0046】
RNA配列読取について
RNA配列読取は、公知の方法(Moraga et al., Cell, 2015, Vol.160, pp.1196-1208)に従って行った。概略を説明すると、トリゾールで単離した全RNAを、RQ1RNaseフリーのDNase(Promega社製)により処理することで、残存している可能性のある微量のDNAを除去し、RNeasy minelute カラム(QIAGEN社製)を用いて洗浄した。pHSC、MPPaおよびMPPbについてのcDNAライブラリを、Ovation RNA-Seq System V2 (NuGen社製)を用いて調製し、それぞれHiSeq 2500(Illumina社製)を用いて、2x150塩基対(bp)のペアードエンド読取断片を得た。OLego(Wu J, et al., Nucleic Acids Research, 2013, Vol.41, pp.5149-5163)を用いて、生のトランスクリプトーム配列データをMus musculusの参照mRNA配列にマップし、参照配列支援転写物アセンブリを行った。それぞれの細胞集団に対して、4回複製実験を行った。データはNCBI SRP068593として参照可能である。
【0047】
必要下限転写量、および排除上限転写量の決定
HSCの中でも、長期間に亘ってHSCとしての性質を保持するLT-HSC(Christensen and Weissman, PNAS, 2001, Vol.98, no.25, pp. 14541-14546)に特異的に発現する遺伝子を同定するために、候補遺伝子がLT-HSCにおいて有するべき最小の転写量を「必要下限転写量」、他のHSC系列において有してもよい最大の転写量を「排除上限転写量」として決定した。本実施例においては、HSC系列の細胞として、免疫表現型(Linc-KitSca-1CD150CD34-/loFlk2)によって特定されたHSC(「pHSC」)、多能性造血前駆細胞集団A(Linc-KitSca-1CD150CD34Flk2)(「MPPa」)および多能性造血前駆細胞集団B(Linc-KitSca-1CD150CD34Flk2)(「MPPb」)を用い、LT-HSCにおいて有するべき最小の転写量「排除上限転写量」を上記観察可能転写量に基づいて7FPKMとした。また、pHSCおよびMPPbにおいて許容される最大の転写量「排除上限転写量」は、上記観察可能転写量を決定した際に、野生型が生じるバックグラウンド蛍光強度と同程度の蛍光強度を与えることが予想される発現量として計算された値に基づいて、2.5FPKMとした。
【0048】
発現量に基づいた遺伝子の同定
上記排除上限転写量および排除上限転写量に基づいて、Gene Expression Commonsのプラットフォームを用いて遺伝子をスクリーニングした結果、3つの遺伝子、Hoxb5、Rnf208、Smtnl1を取得した。
【0049】
更なる発現量に基づいた遺伝子の同定
pHSC細胞については異型遺伝子性が報告されていた(Breerman I et al., Proc. National Academy of Science USA, 2010, Vol.107, no.12, pp.5465-5470、Yamamoto R et al., Cell, 2013, Vol.154, pp.1112-1126、Fathman JW et al., Stem Cell Reports, 2014, Vol.3, pp.707-715、Oguro H et al., Cell Stem Cell, 2013, Vol.13, pp.102-116)。したがって、pHSC一般に発現する候補遺伝子は、pHSCにおいて、様々に異なる発現量を有することものと予想し、単一細胞定量PCRを行って、上記3つの遺伝子の各細胞における発現状態を確認した(図4)。図4に示すとおり、Hoxb5遺伝子のみが、二峰性のシグナル強度を示したため、以下、Hoxb5遺伝子について、更に解析を行った。
【0050】
単一細胞qPCRについて
qPCRのための単一細胞は、Single Cell-to-CT qRT-PCRキット(Life Technologies社製)によって、同キットの指示通り処理された。細胞を96ウェルプレート上の分解液に直接入れ、cDNA合成のための逆転写反応に付し、14サイクルのTaqMan Gene Expression Assayによって増幅し、1xTE緩衝液(pH8.0)にて希釈した。リアルタイムPCRのためには、以下のTaqManプローブを用いて、95℃、3秒および60℃、30秒の50サイクルを行い、サンプルを増幅した。Hoxb5:Mm00657672、Rnf208:Mm03039759-s1、Smtnl1:Mm00470338-m1、Gapdh:Mm99999915-g1。全てのサーモサイクルは、7900HT Fasr Real-Time PCT Sysytem(Applied Biosystems社製)により行った。単一細胞の存在は、30以下のGapdhのC値によって確認した。
【0051】
Hoxb5遺伝子発現産物を用いたフローサイトメトリーおよびインサイチュ蛍光観察
上記発現量に基づいた遺伝子の同定によって得られたHoxb5遺伝子に、遺伝子標的化により3コピーのmCherry蛍光タンパク質をコードする核酸配列を付加するため、ES細胞(BRUCE-4)内の内在性Hoxb5遺伝子のカルボキシ末端に、CRISPRベクターを用いて、3コピーのmCherry蛍光タンパク質をコードする遺伝子を含む核酸配列を挿入した(図5)。
【0052】
当該核酸配列は、Porcine teschovirus-I 2A(P2A)によって分離された3コピーのmCherry蛍光タンパク質をコードする遺伝子と、CAAX膜局在化配列を有していた(図5)。
【0053】
当該ES細胞からキメラマウスを作成し、当該キメラマウスから得られた骨髄細胞をフローサイトメトリーにより観察した結果、予想通りHSC細胞において特異的に、Hoxb5-3-mCherry蛍光タンパク質による蛍光を有する細胞が観察された(図6)。
【0054】
また、当該キメラマウスの脛骨をインサイチュ蛍光観察した結果、Hoxb5-3-mCherryタンパク質を発現する細胞が、血管に沿って、脛骨内に均一に分布していることが確認された(図7~9)。
【0055】
遺伝子標的化およびキメラマウスの作成について
標的化のための遺伝子構築物を、pjYCベクター(pUC19由来。TALEベクターのゴールデンゲート挿入およびLacZ配列を除去したもの(Sanjana et al., Nature Protocols, 2012, Vol.7, pp.171-192))。右側および左側の約700塩基対からなる相同領域をPCRにより、C57BL/6JのゲノムDNAからクローンし、全体の配列を配列読取によって確認した。C57BL/6J由来のBRUCE-4胚性幹細胞(ES細胞)(Millipore社製)に、標的化構築物および、Cas9とHoxb5特異的単鎖ガイドRNA(5´-GGCUCCUCCGGAUGGGCUCA-3´)を含むバイシストロニックCRISPRベクターPX330(Cong L et al., Science, 2013, Vol.339, pp.819-823)を形質導入した。相同組換えの後、EF1α-Cre-ピューロマイシンベクターを形質導入された組換えクローンを、二週間の間ピューロマイシン(1μgml-1)でポジティブ選択した。連続希釈したES細胞コロニーをそれぞれ回収し、拡大増殖し、PCRおよびqPCRを用いて、部位特異的遺伝子導入の有無の確認、オフターゲット効果を示すものの排除、および、コピーナンバーが正しいものの選択を行った。標的部位を配列読取によって確認した後、正しく得られたES細胞を用いてキメラマウスを作成した。キメラマウスは雌のC57BL/6-Tyrc-2j/Jマウスと掛け合わせることで、生殖細胞系列伝達を行った。
【0056】
フローサイトメトリーについて
フローサイトメトリーおよび細胞仕分けはFACS Aria II cell sorter(BD Bioscience社製)を用いて行い、FlowJpソフトウェア(Tree Star社製)を用いて解析した。骨髄細胞は、両側の脛骨、大腿骨、上腕骨および骨盤から、概して乳鉢と乳棒を用いて、Ca2+フリー、Mg2+フリーのPBSを追加した2%熱処理不活性化牛血清(Gibco社製)および2mMEDTA中でこれらを破砕することによって得た。細胞を測定及び仕分けする前に、100μm、70μmおよび40μmのろ過器に通した。HSCおよび前駆体細胞集団を富化させるため、細胞をAPC-結合抗c-Kit(2B8)により染色し、抗APC-磁力ビーズおよびLSカラム(両方ともMiltenyi Biotec社製)を用いて分画した。c-Kit陽性の細胞を次に、以下の細胞表面マーカー、細胞系譜マーカーに対する抗体の組み合わせによって染色した。細胞表面マーカー:Sca-1、Flk2、CD150、CD34、IL-7RおよびCD16/32。細胞系譜マーカー:Ter-119、B220、CD2、CD3、CD4、CD5、CD8a、Gr-1、CD11a、CD11b、CD41、CD48、CD229およびCD244。リンパ細胞集団については、骨髄細胞をCD3、CD4、CD5、CD8a、CD11b、CD11c、Gr-1、NH-1.1、Ter119、B220、c-KitおよびF4/80に対する抗体で染色した。骨髄性細胞(ミエロイド)集団については、CD3、CD3-、CD11b、CD11c、CD19、Gr-1、NH-1.1、Ter119およびF4/80に対する抗体で染色した。抗体による染色は4℃で行い、30分間細胞をインキュベートした。CD34で染色した細胞は、90分間インキュベートした。細胞分析または仕分けの前に、メーカーの推奨に従って、SYTOX Red Dead Cell Stain (Life Technologies社製)によって細胞を染色し、細胞の生存率を評価した。移植された細胞は純度を上げるために2度仕分けを行った。
【0057】
CUBIC骨髄イメージングについて
骨除去プロトコールを、もともとのCUBICプロトコール(Susaki EA et al., Cell, 2014 Vol.157, pp.726-739)から改変した。具体的には、脛骨を採取し、4%PFA溶液中で2日間固定し、その後、25ゲージのシリンジを用いた流出法により、遠位側から骨髄プラグを抽出した。核染色のために、骨髄プラグをDAPI/PBS溶液に浸漬し、35℃で3日間穏かに振盪した。洗浄のために、骨髄プラグをScaleCUBIC-1(試薬-1)に浸漬し、37℃で2週間穏かに振盪した。溶液を48時間毎に交換した。血管を可視化するために、Alexa488結合抗マウスVEカドヘリン抗体(BV13)を経静脈(後眼窩)により注入し、その30分後に脛骨を採取した。イメージングのために、処理された骨髄プラグを、2%アガロースを含む直径4mmのガラスキャピラリー中に埋め込んだ。画像は、Zeiss Z1 lightsheet microscope(Zeiss社製)により取得し、Zenソフトウェア(Zeiss社製)により、3D画像へと再構成した。取得した3D画像を、Imarisソフトウェア(Bitplane社製)によって解析した。異常な大きさ(30μm超)またはシグナル強度といった事象を含む異常値を排除した後、他の全てのmCherry(Hoxb5)細胞を脛骨中で解析した(n=3匹のマウスより合計n=287細胞)。mCherry陰性の閾値は、野生型の対照脛骨プラグにおけるシグナル強度に基づいて決定した。これら、0.002ないし75.998のシグナル強度を有するmCherry陰性事象を、75,000の値からなる整数のリスト(75,000はリストの長さ)に変換し、そのうちの600の地点をExcel2015(Microsoft社製)のrandbetween(175000)関数を用いて無作為に選択した。これらシグナル強度によって特定される無作為な地点のリストを用いて、細胞の位置、およびVEカドヘリン陽性細胞までの距離を、Imarisソフトウェアを用いて測定した。全てのCUBICイメージング実験は、3匹のマウスを用いた3回の複製により行った。
【0058】
Hoxb5遺伝子を発現する細胞が、LT-HSCであることの確認
上記3コピーのmCherry蛍光タンパク質を付加されたHoxb5を有するキメラマウスから得られた骨髄細胞集団を、放射処理したマウスに移植し、さらに当該移植マウスから得られた骨髄細胞集団を、別の放射処理したマウスに移植する2世代移植を行う、限界希釈解析を行った(図10)。当該2世代目の移植受容マウスにおける末梢血解析の結果、Hoxb5遺伝子を発現する細胞は、NK細胞、B細胞、T細胞、顆粒白血球、単球など、様々な細胞に分化していることが確認され(図11)、Hoxb5遺伝子を発現する細胞が長期に亘って造血幹細胞として機能するLT-HSCであることが確認された。
【0059】
マウスについて
8から12週齢の雄のC57BL/6Jマウス(Jackson研究室)を野生型対照として用いた。8から12週齢の雄のB6.SJL-PtprcPepc/BoyJマウスを移植受容マウスとして用いた。競合的再構成アッセイに用いた支持細胞は、B6.SJL-PtprcPepc/BoyJxC57BL/6Jの掛け合わせから得た(FマウスCD45.1/CD45.2)。Hoxb5-3-mCherry(C57B/6Jバックグラウンド)マウスを、移植実験の供与者として用いた。
【0060】
移植および末梢血解析について
B6.SJL-PtprcPepc/BoyJマウス(Jackson研究室)の移植受容マウスに9.1Gyの単回致死性放射線照射を行った。再構成解析のために、移植提供細胞を、2%FBSを含む200μlPBS中で、2x10の骨髄支持細胞(B6.SJL-PtprcPepc/BoyJxC57BL/6JのFマウスCD45.1/CD45.2)と混合し、後眼窩静脈神経叢に注射した。末梢血解析は、第1次および第2次移植の4、8、12および16週間後に行った。それぞれの時点において、尻尾血管から50μlの血液を採取し、2mMEDTAを含む100μlのPBSに加えた。次に、BD Pharm Lyse Buffer (BD Pharmingen社製)を用いて、製造業者のプロトコールに従って氷上3分間およびその後の5μg/mlラットIgGによるブロッキング処理によって赤血球を溶解した。白血球を以下の抗体によって染色した。CD45.1(FITC)、CD45.2(PE)、CD11b(BUV395)、Gr-1(Alexa-Flour700)、B220(BV786)、CD3(BV421)、TCRβ(BV421)およびNK-1.1(PerCP-cy5.5)。それぞれのマウスにおいて、移植受容マウスの末梢血におけるキメラ現象のパーセンテージを、CD45.1CD45.2およびCD45.1CD45.2の合計に対するCD45.1CD45.2細胞のパーセンテージとして定義した。宿主動物の致死性放射線照射に対する生存率に対する対照のために、移植16週間後に50%以上の宿主キメラ現象を示す細胞は解析から除外した。末梢血におけるキメラ現象の頻度は、以下のようにして解析した。移植供与動物細胞(CD45.1CD45.2)の動態を評価するために、移植受容動物細胞(CD45.1CD45.2)の分画を除いた後に、移植供与動物細胞の分画の頻度を計算した。移植供与動物細胞の全分画中において、各細胞系列(NK細胞、B細胞、T細胞、顆粒球および単球)の頻度を測定した。細胞系譜に対する貢献の動態を評価するために、各細胞系譜を分画した後に、移植供与動物由来細胞(CD45.1CD45.2)の頻度を計算した。不明瞭な事例を排除するために、1%未満のキメラ現象を示した移植受容動物は、陰性として処理した。
【0061】
遺伝子型解析について
Hoxb5-3-mCherryマウスのゲノムDNAを、QuickExtract solution(EpiCentre社製)を用いて、尻尾の生検から取得した。Hoxb5-3-mCherryマウスと野生型アレルを区別するために、同一のフォワードプライマー(5´-GACGTATCGAGATCGCCCAC-3´)および、2種のリバースプライマー(Hoxb5-3-mCherryマウス:5´-CCTTGGTCACCTTCAGCTTGG-3´、野生型:5´-AGATTGGAAGGGTCGAGCTG-3´)
【0062】
限界希釈解析について
長期HSCおよび短期HSCの頻度を、Hoxb5高、Hoxb5低またはHoxb5陰性の10および3個のpHSC移植細胞の移植データを用いて計算した。長期(16週間より長い)に亘って多系列再構成(それぞれの細胞系列を1%よりも多く含む)を示したマウスは、陽性移植受容動物としてカウントした。非直線回帰準ログフィット直線を用いることにより、Fにおける長期HSC/短期HSCの頻度は、0.368であることが計算された(Graph Pad Prism 6を使用)。
【0063】
統計解析について
全ての比較分析は、独立スチューデントt検定を用いて行った。ピアソンのカイ二乗検定は、オンラインソフトウェア(http://vassarstats.net/)を用いて行った。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、特定の細胞型の細胞において特異的に発現する遺伝子を同定する方法であって、当該遺伝子を同定するために最適なものとして選択された標識を用いて、当該遺伝子を同定する方法を提供する。特に、これら特定の細胞型の細胞の生体内における機能を解析するためには、生存細胞においてその遺伝子発現を観察し得ることが極めて有利であり、フローサイトメトリーや、インサイチュ蛍光観察といった解析方法によって、その発現を解析し得るような遺伝子を同定することを可能にする本発明は、そのような解析に利用できる遺伝子を同定する方法として、広範囲の細胞に応用することができ、極めて有益である。
本発明は一態様において以下を提供する。
[項目1]
特定の細胞型の細胞において特異的に発現する遺伝子であって、当該遺伝子発現が蛍光生細胞観察によって観察可能である遺伝子を同定する方法であって
(A)細胞内における前記遺伝子の発現を検出または測定するために用いる標識蛍光タンパク質を決定する工程であって、細胞株を用いたスクリーニングにより、至適標識蛍光タンパク質を決定する前記工程、
(B)前記細胞型の細胞における、蛍光タンパク質で標識された参照遺伝子の発現強度に基づいて、同定する遺伝子を前記標識蛍光タンパク質で標識した際に、その発現を蛍光観察によって観察するために必要とされる、観察可能転写量を求める工程、
(C)前記観察可能転写量に基づいて、必要下限転写量およびこれよりも小さい、排除上限転写量を求める工程、
(D)前記特定の細胞型の細胞を含む細胞群において、前記必要下限転写量を上回る発現を有し、かつ、他の細胞型の細胞において、前記排除上限転写量を下回る発現を有する遺伝子を特定する工程、
を含む、前記方法。
[項目2]
前記工程(B)において、観察可能転写量を、前記参照遺伝子の「位置付けされた100万個の読み出し断片あたりおよび転写産物1キロ塩基あたりの断片数」(FPKM)に基づいて求める、項目1に記載の方法。
[項目3]
前記工程(C)において、必要下限転写量を下記式により求める、項目1または2に記載の方法。

必要下限転写量
>=観察可能転写量/標識核酸のコードする標識蛍光タンパク質のコピー数

[項目4]
(E)前期工程(D)で得られた遺伝子の細胞毎の発現パターンに基づいて、さらに遺伝子を特定する工程を含む、項目1~3のいずれか一項に記載の方法。
[項目5]
予め、一次スクリーニングを行った候補遺伝子群に対して適用する、項目1~4のいずれか一項に記載の方法であって、
前記一次スクリーニングが、
a)同一細胞系譜に属する複数の細胞群における遺伝子発現を比較するスクリーニング法、
b)同一解剖学的空間に属する複数の異なる細胞型の細胞群における遺伝子発現を比較するスクリーニング法、または
c)上記二つの方法を組み合わせるスクリーニング法によって行われる、前記方法。
[項目6]
前記工程(C)において、候補となる遺伝子の発現量が、前期必要下限転写量を下回る場合、前記標識蛍光タンパク質のコピー数を増やす、または、前記蛍光タンパク質に細胞局在シグナルシークエンスを付加させることで、前記遺伝子のコードするタンパク質の細胞内シグナルを増幅し、必要下限転写量を下げる、項目5に記載の方法。
[項目7]
前記特定の細胞型が幹細胞であり、前記工程(D)における他の細胞型が、前記幹細胞に由来する多能性前駆細胞、またはこれと同一細胞系譜内の分化細胞である、項目1~6のいずれか一項に記載の方法。
[項目8]
前記特定の細胞型が長期造血幹細胞であり、前記工程(D)における他の細胞型が、多能性造血前駆細胞、またはこれと同一細胞系譜内の分化細胞である、項目1~7のいずれか一項に記載の方法。
[項目9]
項目7または8に記載された方法であって、
さらに
(F)前記工程(D)または(E)で特定された遺伝子を発現する幹細胞を、一次宿主動物に移植する工程
(G)前記一次宿主動物から採取した幹細胞を、二次宿主動物に移植する工程、および
(H)前記二次宿主動物において、前記幹細胞から由来する複数種の分化細胞で前記遺伝子が発現する、キメラ状態が維持されることを確認する工程、
を含む、前記方法。
[項目10]
前記工程(H)において、キメラ状態が少なくとも移植後16週間維持される、項目9に記載の方法。
[項目11]
前記工程(G)において、二次宿主動物に移植する前記幹細胞は、移植後16週以降の一次宿主動物から得られるものである、項目9または10に記載の方法
[項目12]
前記工程(G)において、前記幹細胞は、Lin c-Kit Sca-1 のマーカープロファイルに基づいて選択された造血幹細胞及び、幹細胞、組織幹細胞各々を含む細胞集団である、項目9~11のいずれか1項に記載の方法
[項目13]
前記工程(D)における、特定の細胞型の細胞を含む細胞群が、Lin c -Kit Sca-1 CD150 CD34 -/lo FLK2 のマーカープロファイルに基づいて選択された造血幹細胞及び、幹細胞、組織幹細胞各々を含む細胞集団である、項目1~12のいずれか1項に記載の方法。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【配列表】
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