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  • 特許-塗布液および塗布物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-27
(45)【発行日】2022-05-11
(54)【発明の名称】塗布液および塗布物
(51)【国際特許分類】
   C09D 1/12 20060101AFI20220428BHJP
   C09D 7/20 20180101ALI20220428BHJP
   C09D 7/45 20180101ALI20220428BHJP
【FI】
C09D1/12
C09D7/20
C09D7/45
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018096183
(22)【出願日】2018-05-18
(65)【公開番号】P2019199574
(43)【公開日】2019-11-21
【審査請求日】2021-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000222118
【氏名又は名称】東洋インキSCホールディングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】711004436
【氏名又は名称】東洋インキ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】595004838
【氏名又は名称】大伸化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(72)【発明者】
【氏名】望月 睦弘
(72)【発明者】
【氏名】大和田 輝
(72)【発明者】
【氏名】久保 理那子
【審査官】上條 のぶよ
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-021211(JP,A)
【文献】特開昭57-207653(JP,A)
【文献】特開2006-316109(JP,A)
【文献】特開平11-106685(JP,A)
【文献】特開2010-012465(JP,A)
【文献】特開2006-193731(JP,A)
【文献】特開平09-151335(JP,A)
【文献】特開2009-095242(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/12
C09D 7/20
C09D 7/45
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼成貝殻を含む塗布液であって、
焼成貝殻と、水と、水より高い沸点を有し水酸基を有する液状有機化合物と、非有機変性フィロケイ酸塩粉末とを含み、前記液状有機化合物はグリセリンであり前記非有機変性フィロケイ酸塩粉末のフィロケイ酸塩はスメクタイトであることを特徴とする、塗布液。
【請求項2】
20℃における粘度が10~500mPa・sである、請求項に記載の塗布液。
【請求項3】
前記焼成貝殻の含有量は0.1~10重量%である、請求項1または2に記載の塗布液。
【請求項4】
前記非有機変性フィロケイ酸塩粉末の含有量は0.05~3重量%である、請求項1~のいずれかに記載の塗布液。
【請求項5】
前記液状有機化合物の重量は前記水の重量以上である、請求項1~のいずれかに記載の塗布液。
【請求項6】
請求項1~いずれかに記載の塗布液を物品に塗布してなる、塗布物。
【請求項7】
前記焼成貝殻、前記液状有機化合物、および前記非有機変性フィロケイ酸塩粉末を含むコーティング層を有する、請求項に記載の塗布物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品に塗布することによりその物品に抗菌機能等を付与するための塗布液、および、物品に塗布液を塗布してなる塗布物に関する。より具体的には、本発明は、焼成貝殻を含む塗布液および塗布物に関する。
【背景技術】
【0002】
貝類は、有史以前の時代から人類にとって重要な食料であり続けてきた。しかしながら、貝肉を消費した後に残る貝殻は、貨幣、装飾品、建設資材等としての限られた用途はあったものの、貝塚に象徴されるようにその大部分は廃棄されてきたと考えられる。
【0003】
そのように大量に発生する廃棄物を有効利用する技術の開発が望まれるが、比較的近年になって、貝殻の産業的有用性が新たに認識されるようになってきた。
【0004】
貝殻の主成分は炭酸カルシウム(CaCO)である。その貝殻を高温(例えば約1100℃)で焼成すると酸化カルシウム(CaO)が生成する。そして酸化カルシウムは、水分と接触すると反応して水酸化カルシウム(Ca(OH))となって、アルカリ性水溶液を生ずる。近年みられる貝殻の産業的利用の一例として、これらの性質を活かした食品添加物としての利用が挙げられる。すなわち、焼成した貝殻の粉末は、食品中でカルシウム強化剤として機能し得るだけなく、そのアルカリ性のために、中華麺のかん水、こんにゃくの凝固剤、練り製品の増粘剤、およびpH調整剤等としても使用されている。
【0005】
焼成貝殻は、細菌、真菌、およびウイルスを含む有害菌ならびに発臭源となる各種化合物を分解できることも知られている(例えば特許文献1~3)。従って焼成貝殻は、安全で安価な天然成分に基づいて抗菌作用および消臭作用を提供することができる。焼成貝殻は水と反応してpH12以上にも至る強アルカリ性を生じることができるため、上記分解能力は主にその強アルカリ発現性に依存していると考えられるが、ラジカルやイオンを介する分解機序が関与する可能性も言及されている。
【0006】
例えば、ナチュラルジャパン株式会社の「オホーツクカルシウム」製品説明ページ(http://www.na-j.com/shikenkekka/index.html)には、焼成貝殻が大腸菌、サルモネラ菌、緑膿菌、黄色ブドウ球菌、血清型O-157、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、腸炎ビブリオ菌、ネコカリシウイルス(ノロウイルスの代替)、およびカビに対する抗菌活性を有することが示されている。また、焼成貝殻が、いずれも悪臭源である硫化水素、メチルメルカプタン、アンモニア、アセトアルデヒド、イソ吉草酸、およびトリメチルアミンを分解する能力を有することも示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第1993/011670号
【文献】実用新案登録第3154460号公報
【文献】国際公開第2016/194284号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
焼成した貝殻の乾燥粉体を直接物品(基材)にふりかける場合、多様な物品の表面において活性成分を均一に散布することが難しくなる。また、粉体が物品に付着せず簡単に落下してしまうおそれがある。それに対し、焼成貝殻を、塗布液の形態で提供できれば、それを任意の物品(基材)に塗布することにより、上述した焼成貝殻の抗菌機能および消臭機能(以下、抗菌機能等という)をその物品に簡便に付与できるようになるであろう。
【0009】
しかしながら、焼成貝殻は不溶性の固形物であるため水に懸濁するとすぐに沈殿してしまい、塗布液として使いやすい均一な分散状態を安定して維持できないという問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、焼成貝殻を、水と、水より高い沸点を有し水酸基および/またポリエーテル基を有する液状有機化合物と、非有機変性フィロケイ酸塩粉末と混合することにより、安定して分散状態を維持できる焼成貝殻の塗布液を提供できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は以下の実施形態を含む。
[1]
焼成貝殻を含む塗布液であって、
焼成貝殻と、水と、水より高い沸点を有し水酸基および/またはポリエーテル基を有する液状有機化合物と、非有機変性フィロケイ酸塩粉末とを含むことを特徴とする、塗布液。
[2]
前記非有機変性フィロケイ酸塩粉末のフィロケイ酸塩は、スメクタイトまたはバーミキュライトである、[1]に記載の塗布液。
[3]
前記液状有機化合物は、水酸基と、炭化水素基と、任意でエーテル基および/またはエステル基とからなり、炭素数が2~8である、[1]または[2]に記載の塗布液。
[4]
20℃における粘度が10~500mPa・sである、[1]~[3]のいずれかに記載の塗布液。
[5]
前記焼成貝殻の含有量は0.1~10重量%である、[1]~[4]のいずれかに記載の塗布液。
[6]
前記非有機変性フィロケイ酸塩粉末の含有量は0.05~3重量%である、[1]~[5]のいずれかに記載の塗布液。
[7]
前記液状有機化合物の重量は前記水の重量以上である、[1]~[6]のいずれかに記載の塗布液。
[8]
[1]~[7]いずれかに記載の塗布液を物品に塗布してなる、塗布物。
[9]
前記焼成貝殻、前記液状有機化合物、および前記非有機変性フィロケイ酸塩粉末を含むコーティング層を有する、[8]に記載の塗布物。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、安定した分散状態を有するため使用が容易な焼成貝殻の塗布液を提供することができる。また、安全で入手しやすい成分に基づいて、多様な物品に簡便に抗菌機能等を付与することができる。本発明はさらに、食品産業等の副産物として生じる廃棄物の削減および有効利用にも資することができる。
【0013】
本発明の実施形態によれば、物品(あるいは基材)に塗布液を塗布した後に水分を除去することによって、焼成貝殻(酸化カルシウム)で表面処理された物品を提供し、その物品がその時点以後に水分に接したときに抗菌機能等を発現するようにする、すなわち後発的に抗菌機能等を発現するようにすることができる。すなわち、従来は、焼成貝殻を水に懸濁させると1~2時間のうちに水酸化カルシウムに変換されそして(二酸化炭素と反応して)中和されてしまい、塗布された物品が乾燥された時点ではすでに後発的な抗菌機能等の発現能力を失ってしまっていることになりやすかったが、本発明の実施形態によれば、抗菌機能等の発現能力を液中で保存することができ、塗布後に後発的に抗菌機能等を発現させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、非有機変性フィロケイ酸塩粉末を含有する実施例(左)およびそれを含有しない比較例(右)を1日静置し、底にたまった焼成貝殻沈殿物の有無を比較した結果を示す。
図2図2は、下記のように異なる候補剤を0.1%の濃度で含有させた試料における焼成貝殻の分散状態を示す。左:有機変性フィロケイ酸塩粉末、中:ウレアウレタン、右:非有機変性フィロケイ酸塩粉末。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本開示において、焼成貝殻とは、貝殻を高温で焼成したものであって粉体であるものを意味する。これは、貝殻が焼成後に粉砕されたもの、あるいは貝殻が粉砕後に焼成されたものであり得る。貝殻を提供する貝の種類は特に限定されず、例えばホタテ、はまぐり、あさり、しじみ、さざえ、アワビ、牡蠣などが挙げられる。貝は単一種類である必要はなく、複数種類の貝の殻に由来する焼成貝殻を使用してもよい。少なくともホタテについては、焼成貝殻は市販もされており、例えばナチュラルジャパン株式会社から入手することができる。
【0016】
焼成貝殻は、炭酸カルシウムを主成分とする貝殻材料を約1100℃の高温で焼成することにより主成分を酸化カルシウムに転換して得られる。具体的な温度等の焼成条件は、炭酸カルシウムから酸化カルシウムへの転換効率を考慮して当業者が適宜決定することができる。
【0017】
本実施形態の塗布液に加えられる焼成貝殻の粉末の粒径は、例えばふるい分け法(JIS Z 8801)に従って1mm以下、0.5mm以下、または0.1mm以下であり得る。レーザー回析・散乱法で測定される平均粒径(D50)が1~50μmであるものも好適に使用され得、5~35μmであるものがさらに好ましく、10~30μmのものが特に好ましく使用される。貝殻の粉砕は当業者に知られる任意の手段で行うことができ、その例としてローラーミルが挙げられる。なお、本開示においては、粉末を液体に懸濁させた結果として存在する液中粒子も粉末という。すなわち、粉末とは乾燥状態のものを必ずしも意味しない。
【0018】
塗布液中の焼成貝殻の含有量は、例えば0.1~10重量%であり、好ましくは0.5~8%であり、より好ましくは1~6%であり、さらに好ましくは1.5~3%であり得る。
【0019】
本実施形態の塗布液は、水を含む。水は、焼成貝殻の分散、および塗布による物品への適用を可能にする基本的な分散媒である。水を伴わない液状化合物(後述)だけでは均一な焼成貝殻の分散液が得られない。塗布液中の水は、塗布後は揮発により除去されることが想定されるものである。ただし、塗布後に水を除去せずに物品を湿ったままにして、直ちに抗菌機能等を発現させる態様も企図される。
【0020】
焼成貝殻を構成する酸化カルシウムの少なくとも一部は塗布液中でアルカリ性の水酸化カルシウムに転換されていると考えられる。そのため塗布液は通常11以上のpHを有し、より典型的には12以上のpHを有する。
【0021】
水より高い沸点を有し水酸基および/またはポリエーテル基を有する液状有機化合物(以下、単に「液状化合物」ともいう)は、上記水と一緒になって分散媒となるとともに、保存時の水の揮発を抑え、さらに、焼成貝殻の粒子を包囲して保護することにより抗菌機能等の発現能力を持続させると見られる。液状とは、室温(25℃)、大気圧下で単独で存在する場合に液状であることを意味する。液状化合物は、塗布液中では水と混和した状態で存在する。すなわち液状化合物は水と混和性の化合物であり、任意の重量比(例えば1:1)で水と混和できる性質のものである。水より高い沸点を有することにより、塗布後に水が揮発された後に液状化合物分子は基材上に残り、バインダーとして作用することができる。
【0022】
液状化合物分子内の水酸基および/またはポリエーテル基は、水および酸化カルシウムと液状化合物との相互作用を媒介する基である。焼成貝殻の粒子を包囲する液状化合物の水酸基および/またはポリエーテル基が水分子と競合あるいは水分子に干渉して酸化カルシウムの水和を抑制することにより酸化カルシウム表層を保護していると考えられる。液状化合物は水酸基を2つ以上有することが好ましい。ポリエーテル基は式-(OCHCH-または-(OCH(CH)CH-で表される構造を有し得る。式中、nは繰り返し数を表す2以上の正数である。ポリエーテル基を有する液状有機化合物の分子量は典型的には500以下であり、例えば200以下である。液状化合物は、水酸基と、炭化水素基と、任意でエーテル基および/またはエステル基とからなることが好ましく、その炭素数は好ましくは2~8であり、より好ましくは2~5であり、特に好ましくは3である。炭化水素基は飽和または不飽和炭化水素基であり得る。炭化水素基は置換または非置換炭化水素基であり得る。
【0023】
液状化合物の具体例としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、プロパンジオール、およびグリセリン、ならびにポリエチレングリコールおよびポリプロピレングリコールが挙げられる。グリセリンが特に好ましい。これらのモノアルキルエーテル、モノアルキルエステル、ジアルキルエーテル、ジアルキルエステル、 またはモノアルキルエーテルモノアルキルエステルを使用してもよい。塗布液は、2種類以上の液状化合物の組合せを含んでもよい。
【0024】
本実施形態の塗布液においては、液状化合物の重量が水の重量以上であることが好ましい。塗布液中の液状化合物の重量は、好ましくは水の重量の1~3倍であり、より好ましくは1.5~2.5倍であり、さらに好ましくは1.7~2.2倍である。
【0025】
本実施形態の塗布液においては、上記水と液状化合物との合計重量が例えば80重量%以上であり得、好ましくは90%以上であり、より好ましくは92%以上であり、さらに好ましくは94%以上であり、特に好ましくは96%以上であり得る。上記水と上記液状化合物以外の、すなわち更なる別の液状化合物は、含まれたとしても塗布液の10重量%以下であることが好ましく、5%以下であることがより好ましく、1%以下であることがさらに好ましい。
【0026】
塗布液中の液状化合物の含有量は、例えば50~75重量%であり、好ましくは55~70%であり、より好ましくは57~67%であり、さらに好ましくは60~65%であり得る。塗布液中の水の含有量は、例えば20~49重量%であり、好ましくは25~44%であり、より好ましくは28~42%であり、さらに好ましくは30~39%であり得る。
【0027】
液状化合物は、塗布液が塗布された物品(基材)上に焼成貝殻粒子をある程度固着させる、バインダーとしての役割も果たす。このバインダー効果は、塗布後に水が揮発した後にも維持される。単なる乾燥粉末を物品にふりかけたり、単なる水中懸濁物を調製したりするような従来の焼成貝殻の使用法においては、このようなバインダー効果は得られなかった。
【0028】
しかしながら、水と液状化合物のみからなる混合液では、焼成貝殻の均一かつ安定な分散液を得ることができない。そのような混合液では、焼成貝殻がいったん分散してもすぐに沈殿してしまう、そもそも焼成貝殻が分散しない、いわゆるダマを形成して不均一な懸濁液となる、等の望ましくない結果が得られることとなる。本発明者らは、試行錯誤の結果、水と液状化合物の混合液中に焼成貝殻を均一に分散させかつその分散状態を安定に保たせるためには、フィロケイ酸塩粉末の添加が有効であることを発見した。フィロケイ酸塩粉末は、その層状結晶構造の層面が親水性を提供するだけでなく、層電荷を有することにより、静電的に層面同士を離反させるとともに、層面と層縁部とで相互作用して立体的なネットワーク構造を形成する作用を提供するため、塗布液中で焼成貝殻の粒子を安定的に分散させる能力に優れると見られる。
【0029】
フィロケイ酸塩としては、例えばスメクタイトおよびバーミキュライトが挙げられるがこれらに限定されない。スメクタイトの例としてはモンモリロナイト、バイデライト、サポナイト、およびヘクトライトが挙げられる。フィロケイ酸塩は天然粘土鉱物由来のものまたは合成のものであり得る。合成スメクタイト、例えば合成ヘクトライトが特に好ましい。好適なフィロケイ酸塩の具体例の一つは、リチウムマグネシウムナトリウムシリケートである合成ヘクトライトであり、より具体的には化学式Na0.7[(SiMg5.5Li0.3)O20(OH)]で表される合成ヘクトライトである。
【0030】
フィロケイ酸塩の一次粒子は層状結晶構造に基づいてディスクの形状を有し、その直径がナノメートルサイズ(1μm未満)であることが好ましく、100nm以下であることがより好ましく、50nm以下であることが特に好ましい。一次粒子は、凝集していない状態の単一結晶である。
【0031】
これらのフィロケイ酸塩を有機変性させる、すなわちアルキル基等の有機基(炭化水素基)を含む構造を結晶に結合させる技術は当業者によく知られている。典型的には、フィロケイ酸塩中の金属カチオンを、炭化水素基を有するカチオン性界面活性剤(第四級アンモニウムカチオン等)で置き換えることにより、有機変性が達成される。しかしながら、本実施形態におけるフィロケイ酸塩は、非有機変性フィロケイ酸塩である。すなわち本実施形態におけるフィロケイ酸塩は有機基(置換または非置換の炭化水素基)を有さない。
【0032】
本実施形態の塗布液におけるフィロケイ酸塩粉末の含有量は、例えば0.05~3重量%であり、好ましくは0.1~1%であり、より好ましくは0.2~0.5%である。ただし、フィロケイ酸塩粉末はあくまで焼成貝殻の沈降を防いで分散状態を維持させる目的のものであることから、塗布液中の焼成貝殻の重量がフィロケイ酸塩粉末の重量より大きいことが好ましく、焼成貝殻の重量がフィロケイ酸塩粉末の重量の2倍以上であることがより好ましく、3倍以上であることがさらに好ましく、4倍以上であることが特に好ましい。塗布液中の焼成貝殻の重量がフィロケイ酸塩粉末の重量の100倍以下であることが好ましく、50倍以下であることがより好ましく、20倍以下であることがさらに好ましく、10倍以下であることが特に好ましい。
【0033】
本実施形態の塗布液は、室温(25℃)で少なくとも1時間以上、好ましくは1日以上、より好ましくは1週間以上、特に好ましくは1カ月以上に渡って分散状態を維持できる。数時間あるいは数日間で焼成貝殻がやや沈降し始め液の最上部で濁度低下による透明な液層が目視され始める場合もあり得るが、その場合でも軽く振るだけですぐに完全な分散状態を回復することができる。均一に撹拌・混合してから1日静置した時点で、濁度低下して透明となった最上部液層の厚さが、液面から液底までの距離の20%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましい。なお、1時間以上に渡って分散状態の塗布液が維持できれば、通常の塗布工程は支障なく完了することができる。
【0034】
上述した必須成分の他に、本発明の主旨を逸脱しない範囲で、任意で1つ以上の添加成分を含む態様も企図される。添加成分の例としては、焼成貝殻以外の抗菌剤、着色剤、香料、界面活性剤、無機酸塩、有機酸塩等が挙げられる。添加成分となり得るもののさらなる例としては、ソルビトール、グルコース、キシリトール、マルトース、マルチトール、マンニトール、およびトレハロース等の糖もしくは糖アルコール、親水性高分子ゲル化剤、コラーゲン、加水分解コラーゲン、加水分解ケラチン、加水分解シルク、その他のタンパク質もしくはタンパク質加水分解物、アミノ酸、ヒアルロン酸もしくはその塩のような多糖類、セラミド、各種天然エキス、ビタミン類、乳化剤、消泡剤、防黴剤、抗酸化剤などが挙げられる。各添加成分の適切な量は当業者が通常の知識に基づいて適宜決定することができる。添加成分の合計量は塗布液の10重量%以下であることが好ましく、5重量%以下であることがより好ましく、2重量%以下であることがさらに好ましい。
【0035】
具体的な一例として、塗布液は、ピロリン酸ナトリウムを含み得る。ピロリン酸ナトリウムが生ずるピロリン酸アニオンは、フィロケイ酸塩のディスク型結晶の縁部の正電荷に結合するため、特に高濃度のフィロケイ酸塩粉末を含む懸濁液においてフィロケイ酸塩粉末自体の分散を促進させる。従って、塗布液の製造過程において、他の成分と混合するためのフィロケイ酸塩粉末は、少量のピロリン酸ナトリウムを含むプレミックスの形態で提供されることが簡便となり得る。しかしながら全成分混合後に得られる最終的な塗布液においてピロリン酸ナトリウムが有する影響は相対的に小さくなる。ピロリン酸ナトリウムが含まれる場合、その量は典型的にはフィロケイ酸塩粉末100重量部に対して0.5~15重量部であり、好ましくは1~10重量部である。
【0036】
塗布液の構成成分である焼成貝殻、水、液状化合物、およびフィロケイ酸塩粉末は、当業者の知識に基づいて、様々な順序で加えられ混合され得る。例えば、水と液状化合物とフィロケイ酸塩粉末との混合物を調製して最後に焼成貝殻を加えるという順序、水とフィロケイ酸塩粉末との混合物と液状化合物と焼成貝殻との混合物を合わせるという順序、あるいは水、液状化合物、フィロケイ酸塩粉末、および焼成貝殻をすべて同時に加えて混合することなどが企図される。水と混合する前の時点での焼成貝殻は、酸化カルシウムを50重量%以上含むことが好ましく、より好ましくは70重量%以上、さらに好ましくは90重量%以上の酸化カルシウムを含む。
【0037】
本実施形態の塗布液は、塗布のし易さの観点から、20℃における粘度が10~500mPa・sであることが好ましく、その粘度はより好ましくは40~400mPa・s、さらに好ましくは60~180mPa・sである。また、本実施形態の塗布液は、40℃における粘度が30~90mPa・sであることが好ましい。
【0038】
本開示において「塗布する」とは、ブラシまたはローラーで当該液を物品(基材)に適用することのほか、滴下、吹付け、浸漬など、あらゆる方法による適用を包含することが意図される。このように、本実施形態の塗布液は、ユーザーによる選択に応じて様々な方法で使用され得る。塗布液の適用後に、物品を自然乾燥させるか、あるいは室温より高い温度および/または室内湿度より低い湿度の環境に置いて乾燥させることにより水を揮発させて、液状化合物、焼成貝殻、および非有機変性フィロケイ酸塩粉末を含むコーティング層とすることができる。一実施形態では、液状化合物、焼成貝殻、非有機変性フィロケイ酸塩粉末、および任意の1つ以上の添加成分からなるコーティング層が形成される。水をあえて残存させることにより、これら他成分とともに水を含むコーティング層とする態様も企図される。ここで、コーティング層とは、基材の被塗布領域に渡ってこれらの塗布液成分が付着している状態を意味する。例えば紙や布のような基材は、微視的には繊維が複雑な多孔性三次元構造を形成しておりそこにこれらの成分が吸収されるため、コーティング層は、微視的には、必ずしも二次元的に連続した形態を有するとは限らない。
【0039】
塗布液の適用を受ける物品あるいは基材の種類も、特に限定されず、ユーザーのニーズに応じて適宜選択される。例えば、紙または布である基材から一部または全部が構成される物品は、本実施形態の塗布液の適用を受けることに特に適している。紙および布は塗布液を吸収しやすく、従って活性成分である焼成貝殻が付着しやすいからである。物品の具体例としては衛生用品および医療用品、より具体的にはトイレットペーパー、ティッシュペーパー、ウェットティッシュ、ペーパータオル、紙おむつ、ナプキン、タンポン、軽失禁用品、ライナー、救急絆創膏、サポーター、マスク、包帯、医療用テープ、各種医療機器や医療用品のカバーなどが挙げられる。他にも、新聞紙、雑誌・書籍、パンフレットなども好適な物品である。これらの物品は、製品として製造された後に塗布液の塗布を受けてもよいし、事前に塗布液が塗布された基材(例えば紙または布)を材料として製造された製品であってもよい。これらいずれの場合も本開示では「塗布液を物品に塗布してなる塗布物」であると解する。
【0040】
布としては、織物、編物、フェルト、不織布などが挙げられる。紙および布の他にも、木材、石材、ガラス、セラミックス、金属、ゴム、プラスチックなども塗布液の適用を受け得る。当業者に知られる親水性コーティング処理がされたこれらの基材に塗布液を適用する態様も企図される。
【0041】
別の側面において、本開示は、上記実施形態にかかる塗布液を物品に塗布してなる塗布物を提供する。物品の種類については上述した通りであって特に限定されず、紙または布から一部または全部が構成される物品、および親水性コーティング処理がされた基材を含む物品が特に好適である。塗布物は水を含んでいてもよいし、水を揮発させてなるものであってもよい。典型的な塗布物は、焼成貝殻、液状化合物、および非有機変性フィロケイ酸塩粉末を含むコーティング層を有する。上述したように塗布液に任意の添加成分が含まれる場合には、コーティング層にもこれらの添加成分が含まれ得る。一実施形態では、塗布物は、焼成貝殻、液状化合物、非有機変性フィロケイ酸塩粉末、および任意の1つ以上の添加成分からなるコーティング層を有する。別の実施形態ではコーティング層は水をさらに含む。
【実施例
【0042】
以下、実施例を示して本発明の実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。特に示されない限り、%は重量%を表す。
【0043】
[実施例1]
水より高い沸点を有し水酸基を有する液状有機化合物としてグリセリンを60%、フィロケイ酸塩粉末として化学式Na0.7[(SiMg5.5Li0.3)O20(OH)]で表される合成スメクタイト(ヘクトライト)粉末を0.3%、焼成貝殻を5%、および残部の水(イオン交換水)を含む塗布液の実施例を調製した。並行して、フィロケイ酸塩粉末を省略した比較例を調製した。フィロケイ酸塩粉末は一次粒子の直径が約25nmであり、有機変性されたものではなく、他成分と混合する際にはフィロケイ酸塩100重量部に対して10重量部未満のピロリン酸ナトリウムが添加されたプレミックス形態のものを使用した。焼成貝殻は、ホタテ貝殻由来であり、株式会社セイシン企業製のレーザー式粒度分布測定器LMS-2000eを用いてレーザー回析・散乱法により測定した平均粒径(D50)が14.4μm、粒度分布(D10~D90)が5.0~34.7μmのものであった。
【0044】
実施例と比較例のそれぞれについて成分をカップ中で均一に撹拌・混合してから1日静置した後、液を取り出して、カップ底に蓄積した沈殿物の有無を比較した。図1は透明なカップを上から撮影した写真を示す。比較例(右)では焼成貝殻が底に沈殿していたのに対し、実施例(左)では均一な分散液が維持されたため沈殿が生じなかったことがわかる。焼成ホタテ貝殻の濃度を2%とした場合にも同様の結果が得られた。
【0045】
[実施例2]
実施例1で示したように沈降防止剤としてフィロケイ酸塩粉末が有効であることを見出すまでの試行錯誤の過程において、他の様々な物質が検討された。しかしながら、他の技術的文脈で分散剤あるいは増粘剤として機能し得る多くの物質は、焼成貝殻と水を含むアルカリ性条件下で分散能を発揮することができない等の理由で採用できなかった。
【0046】
下記表1および図2は、実施例1と同じフィロケイ酸塩粉末と、他の沈降防止剤候補(ここでは候補剤と呼ぶ)との効果を比較した実験の例を示す。この実験では、液状化合物であるグリセリンの量を65%、焼成貝殻の量を2%に固定し、候補剤の種類と量を変化させている。残部は水である。図2は、成分を均一に撹拌・混合した後40℃で3日間静置した時点で撮影された写真を示している。
【0047】
【表1】
【0048】
上記実施例1で示したのと同様に、フィロケイ酸塩粉末は、異なる濃度において、少なくとも約3日間焼成貝殻を均一に分散させる能力を示した(表1の試料1~3、図2の右パネル)。それに対し、同じフィロケイ酸塩の結晶を有機変性させたものは、0.1%という低濃度で使用された場合、焼成貝殻がただちに沈降・分離することを防げなかった(表1の試料4、図2の左パネル)。0.3%の使用量では分散状態が数時間維持されたが、24時間以内にやはり沈降・分離が起こった(表1の試料5)。0.5%の使用量では均一な分散状態が達成されたものの、粘度がかなり高くなりほぼゲル状となり、塗布には適さない性状となった(表1の試料6)。ウレアウレタンおよびポリビニルアルコールは、他の技術的文脈において分散剤あるいは増粘剤として使用されることがある物質であるが、焼成貝殻の分散状態を提供することはできなかった(表1の試料7~10)。また、ウレアウレタンを加えて混合した場合には液面上に泡状の白色層が発生し、この白色層は数日間静置しても消えなかった(図2の中パネル)。
【0049】
[実施例3]
ここでは、塗布液を物品に塗布してなる塗布物の抗菌性試験の例を記述する。グリセリンの量を65%とし焼成貝殻の量を2%としたほかは上記実施例1と同じである塗布液の別の実施例を調製した。市販のキッチンペーパーに水をスプレーし、水分量50%の湿紙状態とした。その上から上記塗布液(調製後少なくとも3日間経過したもの)を10cc/mの量でスプレーして塗布を行った。その後、これらのキッチンペーパーを100℃で5分間乾燥させた。
【0050】
その後、JIS L 1902(2002)に基づく繊維製品の抗菌性試験・定量試験を行った。試験は菌液吸収法に従って行い、試験菌懸濁液には界面活性剤Tween80を0.05%添加した。結果を下記表2に示す。この試験によれば、大腸菌および黄色ブドウ球菌の両方に対して抗菌効果有と判定された。
【0051】
【表2】
【0052】
[実施例4]
実質的に実施例3のものと同じである塗布液を調製した。塗布液の粒度はグラインドメーターによって15~35μmと測定された。B型粘度計により測定された20℃における粘度(ローターNo.1、30rpm)の平均値は147.8mPa・sであり、40℃における粘度(ローターNo.1、60rpm)の平均値は60.6mPa・sであった。180℃で1時間乾燥させて測量した固形分は塗布液の5.3%であった。pH試験紙で塗布液のpHを測定したところ、pH12以上であった。

図1
図2