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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-28
(45)【発行日】2022-05-12
(54)【発明の名称】ナノ構造体
(51)【国際特許分類】
   A61K 9/51 20060101AFI20220502BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20220502BHJP
   B82Y 5/00 20110101ALI20220502BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20220502BHJP
【FI】
A61K9/51
A61K47/42
B82Y5/00
B82Y40/00
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2017096075
(22)【出願日】2017-05-12
(65)【公開番号】P2018193308
(43)【公開日】2018-12-06
【審査請求日】2020-03-03
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・ウェブサイトのアドレス https://www.gelsympo2017.com/ 掲載日 平成29年2月24日 ・研究集会名 11th International Gel Symposium 開催場所 日本大学津田沼キャンパス 開催日 平成29年3月7日~平成29年3月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】上田 一樹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 嘉浩
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/026316(WO,A1)
【文献】特開2008-024816(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0128971(US,A1)
【文献】UEDA, M. et al.,Polymer Journal,2013年,Vol. 45,pp. 509-515
【文献】松村永秀,泌尿器科紀要,2011年,Vol. 57, No. 3,pp. 157-161
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00
A61K 47/00
B82Y 5/00
B82Y 40/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性ペプチドブロックと疎水性ペプチドブロックとを含む両親媒性ペプチド鎖が複数個集合して構成される壁部で囲まれている、アスペクト比が1.0より大きい中空体であり、
剤を内包している、ナノ構造体であって、
上記中空体は、閉じた構造であり、
上記両親媒性ペプチド鎖は、下記式(I)で表され、
mは、5~80であり、nは、4~15であり、R は、ケトール基およびアセチル基
から選択され、R は、アルコキシ基およびベンジルエステル基から選択される、
細胞内へ上記剤を送達するための、ナノ構造体。
【化1】
【請求項2】
アスペクト比が1.2~30.0である、請求項1に記載のナノ構造体。
【請求項3】
上記アスペクト比が2.4~3.8である、請求項1に記載のナノ構造体。
【請求項4】
上記中空体は、チューブ形状部を有している、請求項1~3の何れか1項に記載のナノ構造体。
【請求項5】
上記疎水性ブロックがヘリックス構造を形成している、請求項1~4の何れか1項に記載のナノ構造体。
【請求項6】
親水性ペプチドブロックと疎水性ペプチドブロックとを含む両親媒性ペプチド鎖が複数個集合して構成される壁部で囲まれている、アスペクト比が1.0より大きい中空体であり、剤を内包している、ナノ構造体であって、
上記中空体は、閉じた構造であり、
上記アスペクト比が2.4~3.8であり、
上記両親媒性ペプチド鎖は、下記式(I)で表され、
mは、5~80であり、nは、4~15であり、Rは、ケトール基およびアセチル基から選択され、Rは、アルコキシ基およびベンジルエステル基から選択される、ナノ構造体。
【化2】
【請求項7】
請求項1~6の何れか1項に記載のナノ構造体を含む、医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、剤を内包しているナノ構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年ナノテクノロジーの重要性が高まっており、ナノサイズ物質特有の性質を活かした種々の新規機能性材料が開発されてきた。このようなナノサイズの機能性材料は、エネルギー、エレクトロニクス、および医薬等の幅広い分野への応用が期待されている。例えば、医薬分野においては、リン脂質からなるナノ粒子であるリポソーム等が、薬剤送達システム(DDS)におけるキャリアとして利用されている。
【0003】
また、ペプチドで構成されるナノ構造体として、非特許文献1には、親水性ブロックと疎水性ヘリックスブロックとを有する両親媒性ペプチド鎖を用いて種々の形状のペプチドナノ構造体を作製したことが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】M Ueda et al., Polymer Journal, 45, 509-515 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
効率的に細胞内へ薬剤を送達するためのキャリアの開発が望まれる。そこで、本発明の一態様は、剤を内包し、細胞内に容易に取り込まれるナノ構造体を実現することを目的とする。
【0006】
なお、非特許文献1は、種々の形状のナノ構造体は作製できたことを示すに過ぎず、何らか分野における有用性については具体的に示していない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様は以下のものを包含する。
(1)親水性ブロックと疎水性ブロックとを含む両親媒性分子が複数個集合して構成される壁部で囲まれている、アスペクト比が1.0より大きい中空体であり、
剤を内包している、ナノ構造体。
(2)アスペクト比が1.2~30.0である、(1)に記載のナノ構造体。
(3)上記中空体は、チューブ形状部を有している、(1)または(2)に記載のナノ構造体。
(4)上記中空体は、閉じた構造である、(1)~(3)の何れかに記載のナノ構造体。
(5)上記両親媒性分子は、親水性ペプチドブロックと疎水性ペプチドブロックとを含む両親媒性ペプチド鎖である、(1)~(4)の何れかに記載のナノ構造体。
(6)上記疎水性ブロックがヘリックス構造を形成している、(5)に記載のナノ構造体。
(7)上記疎水性ペプチドブロックがロイシン-アミノイソ酪酸を繰り返し単位として含む、(5)または(6)に記載のナノ構造体。
(8)上記親水性ペプチドブロックがサルコシンを繰り返し単位として含む、(5)~(7)の何れかに記載のナノ構造体。
(9)上記剤は、親水性の剤である、(1)~(8)の何れかに記載のナノ構造体。
(10)(1)~(9)の何れかに記載のナノ構造体を含む、医薬組成物。
(11)親水性ブロックと疎水性ブロックとを含む両親媒性分子を、剤を含有する水系媒体に分散し、次いで加熱して、チューブ形状部を作製する工程を含む、(1)~(9)の何れかに記載のナノ構造体の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、剤を内包し、細胞内に容易に取り込まれるナノ構造体を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】ナノ構造体の製造方法の一例を示す模式図である。
図2】実施例1におけるTEM画像を示す図である。
図3】実施例2における試験方法の模式図および結果を示す図である。
図4】参考例1における結果を示す図である。
図5】参考例2における結果を示す図である。
図6】参考例3における結果を示す図である。
図7】実施例3における結果を示す図である。
図8】実施例4における結果を示す図である。
図9】実施例5における結果を示す図である。
図10】実施例6における結果を示す図である。
図11】実施例7における結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(概要)
本発明の一実施形態に係るナノ構造体は、親水性ブロックと疎水性ブロックとを含む両親媒性分子が複数個集合して構成される壁部で囲まれている、アスペクト比が1.0より大きい中空体であり、剤を内包している。
【0011】
(両親媒性分子)
両親媒性分子としては、両親媒性ペプチド鎖および脂質等が挙げられる。
【0012】
「親水性ブロック」とは、親水性を示す領域を指す。親水性ブロックが有する「親水性」という物性の具体的な程度は、特に限定されないが、少なくとも、親水性ブロックが、両親媒性分子の他の領域と比較して相対的に親水性が強い領域であり、当該他の領域と共に両親媒性分子を形成することによって、両親媒性分子全体として両親媒性を実現することが可能となる程度の親水性を有していればよい。あるいは、両親媒性分子が媒体中で自己組織化して、自己集合体を形成することが可能となる程度の親水性を有していればよい。
【0013】
「疎水性ブロック」とは、疎水性を示す領域を指す。疎水性ブロックが有する「疎水性」という物性の具体的な程度は、特に限定されないが、少なくとも、疎水性ブロックが、両親媒性分子の他の領域と比較して相対的に疎水性が強い領域であり、当該他の領域と共に両親媒性分子を形成することによって、両親媒性分子全体として両親媒性を実現することが可能となる程度の疎水性を有していればよい。あるいは、両親媒性分子が媒体中で自己組織化して、自己集合体を形成することが可能となる程度の疎水性を有していればよい。
【0014】
(両親媒性ペプチド鎖)
本明細書において「ペプチド」とは、2個以上のアミノ酸がペプチド結合によって結合した化合物を指す。本明細書において「アミノ酸」は、天然アミノ酸、非天然アミノ酸、およびそれらの修飾および/または化学的変更による誘導体を包含する概念であり、また、α-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸等を包含する。好ましくは、α-アミノ酸である。本発明において「両親媒性ペプチド鎖」は、ペプチドをベースとする両親媒性の分子であり、一部にペプチド以外の構成要素が存在していてもよい。そのような構成要素として、例えば、N末端またはC末端の修飾、ブロック間の非ペプチドリンカー等が挙げられる。
【0015】
「親水性ペプチドブロック」とは、親水性を示す領域を指し、一部にペプチド以外の構成要素が存在していてもよい。親水性ペプチドブロックが有する「親水性」という物性の具体的な程度は、特に限定されないが、少なくとも、親水性ペプチドブロックが、両親媒性ペプチド鎖の他の領域と比較して相対的に親水性が強い領域であり、当該他の領域と共に両親媒性ペプチド鎖を形成することによって、両親媒性ペプチド鎖全体として両親媒性を実現することが可能となる程度の親水性を有していればよい。あるいは、両親媒性ペプチド鎖が媒体中で自己組織化して、自己集合体を形成することが可能となる程度の親水性を有していればよい。
【0016】
親水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸の種類は特に限定されない。親水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸としては、例えば、N-メチルグリシン(サルコシン)、リジン、およびヒスチジン等が挙げられる。「親水性」は、例えば、親水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸の側鎖による水素結合によってもたらされてもよいし、親水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸の主鎖のカルボニル基による水素結合によってもたらされてもよい。親水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸は、非イオン性(電荷がない)であることが好ましい。水和による親水性の方がイオンによる親水性よりも弱いため、親水性ペプチドブロックの長さを選択することによって自己集合体の形状をコントロールし易いという利点がある。また、ナノ構造体の表面が非イオン性のポリマーで覆われることで、生体内において異物として認識されにくいという利点がある。このような非イオン性アミノ酸として、サルコシンが好ましい。
【0017】
親水性ペプチドブロックは複数種のアミノ酸から構成されていてもよい。親水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸の種類および比率は、親水性ペプチドブロック全体として親水性となるように当業者によって適宜決定される。
【0018】
親水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸の数は、特に限定されないが、5~80個が好ましく、15~40個がより好ましく、20~35個がさらに好ましく、一例においては30個が特に好ましい。アミノ酸の数が5個以上である場合、親水性の度合いが十分となり、自己集合体が目的の形状を取り易くなり得る。また、アミノ酸の数が80個以下である場合、親水性ブロックが大きくなり過ぎず、自己集合体が目的の形状を取り易くなり得る。
【0019】
「疎水性ペプチドブロック」とは、疎水性を示す領域を指し、一部にペプチド以外の構成要素が存在していてもよい。疎水性ペプチドブロックが有する「疎水性」という物性の具体的な程度は、特に限定されないが、少なくとも、疎水性ペプチドブロックが、両親媒性ペプチド鎖の他の領域と比較して相対的に疎水性が強い領域であり、当該他の領域と共に両親媒性ペプチド鎖を形成することによって、両親媒性ペプチド鎖全体として両親媒性を実現することが可能となる程度の疎水性を有していればよい。あるいは、両親媒性ペプチド鎖が媒体中で自己組織化して、自己集合体を形成することが可能となる程度の疎水性を有していればよい。
【0020】
疎水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸の種類は特に限定されないが、好ましくは疎水性アミノ酸である。疎水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸としては、例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、チロシン、トリプトファン、アミノイソ酪酸、ノルロイシン、α-アミノ酪酸、およびシクロヘキシルアラニン等が挙げられる。疎水性ペプチドブロックは、ヘリックス構造を形成していることが好ましい。ヘリックス構造を形成している場合、構造が強固であり、稠密に平行に配向するという利点がある。このようなヘリックス構造を形成するものとして、ロイシン-アミノイソ酪酸、ポリアラニン、ポリグリシン、およびポリプロリン等が挙げられる。
【0021】
疎水性ペプチドブロックは複数種のアミノ酸から構成されていてもよい。疎水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸の種類および比率は、疎水性ペプチドブロック全体が疎水性となるように当業者によって適宜決定される。
【0022】
疎水性ペプチドブロックを構成するアミノ酸の数は、特に限定されないが、8~30個が好ましく、8~20個がより好ましく、12~16個がさらに好ましく、一例においては12個または16個が特に好ましい。
【0023】
親水性ペプチドブロックと疎水性ペプチドブロックとの長さの比率は、特に限定されないが、アミノ酸の個数比で1:1~3:1であることが好ましい。
【0024】
親水性ペプチドブロックと疎水性ペプチドブロックとは、どちらがN末端側であってもよいが、合成の容易性の観点から、親水性ペプチドブロックがN末端側であることが好ましい。
【0025】
また、親水性ペプチドブロックと疎水性ペプチドブロックとは、リンカーを介して結合していてもよいし、リンカーを介さず直接結合していてもよい。リンカーはペプチドから構成されるものでもよいし、非ペプチドのものでもよい。
【0026】
また、両親媒性ペプチド鎖のN末端およびC末端は、安定性(pHや温度等の条件によって分子が変化することなく外部環境に対して安定なペプチドナノ構造体が得られる)の観点から、修飾(保護)されていることが好ましい。また、両親媒性ペプチド鎖のN末端またはC末端に蛍光物質等が結合して標識されていてもよい。
【0027】
両親媒性ペプチド鎖は、好ましい一例において、親水性ペプチドブロックがサルコシンを繰り返し単位として含み、疎水性ペプチドブロックが(ロイシン-アミノイソ酪酸)を繰り返し単位として含む。より好ましい一例において、両親媒性ペプチド鎖は、下記式(I)で表されることが好ましい。mは、特に限定されないが、5~80であることが好ましく、15~40であることがより好ましく、20~35であることがさらに好ましく、特に好ましい一例では30である。nは、特に限定されないが、4~15であることが好ましく、4~10であることがより好ましく、6~8であることがさらに好ましく、特に好ましい一例では6または8である。疎水性ペプチドブロックのポリ(ロイシン-アミノイソ酪酸)は、ロイシンのキラリティーが同じである場合、ヘリックス構造を形成する。一例において、ロイシンはL-ロイシンである。Rとしては、特に限定されないが、活性をもたない保護基が挙げられ、具体的にはケトール基およびアセチル基等が挙げられる。Rとしては、特に限定されないが、活性をもたない保護基が挙げられ、具体的にはアルコキシ基(例えば、炭素数1~4のアルコキシ基)およびベンジルエステル基等が挙げられる。
【化1】
【0028】
さらに好ましい一例において、下記式(II)で表されることが好ましい。mおよびnは、上記と同様である。
【化2】
【0029】
両親媒性ペプチド鎖の合成法は、特に限定されず、公知のペプチド合成法を用いることができる。ペプチド合成は、例えば、液相法によるペプチド縮合等によって行うことができる。
【0030】
ペプチドナノ構造体を構成する両親媒性ペプチド鎖は、1種類であってもよいし、複数種類であってもよい。
【0031】
(中空体)
本実施形態のペプチドナノ構造体は、両親媒性ペプチド鎖が複数個集合して構成される壁部で囲まれた中空体である。両親媒性ペプチド鎖の集合の仕方は特に限定されないが、一例において、自己集合的な配向会合による。より具体的な一例では、疎水性相互作用による集合である。また、壁部は層構造を有していてもよく、例えば、親水性ペプチドブロックが壁部の内表面層および外表面層に配置され、疎水性ペプチドブロックが壁部の内部層に配置され得る。より具体的には、中空体の壁部は、隣接する両親媒性ペプチド鎖において、親水性ペプチドブロックが反対側に配置されるように会合し得る。そのため、一部の両親媒性ペプチド鎖における親水性ペプチドブロックで構成される第1の親水層と、疎水性ペプチドブロックで構成される疎水層と、残りの両親媒性ペプチド鎖における親水性ペプチドブロックで構成される第2の親水層とからなる3層構造を有し得る。このような構造である場合、中空体の外表面層が親水性であるため、水との親和性が良好であり、生体への適用性がより高い。また、中空体の内表面層が親水性であるため、親水性の剤を好適に内包することができる。
【0032】
本実施形態において、中空体の形状は特に限定されない。細胞内への取り込み易さの観点からはチューブ形状部を有している(すなわち、壁部の少なくとも一部がチューブ形状である)ことが好ましく、剤の保持性の高さの観点からは閉じた構造であることが好ましい。
【0033】
チューブ形状部は、例えば、両親媒性ペプチド鎖を水系媒体に分散し、次いで加熱することによって作製し得る。この場合、より具体的には、両親媒性ペプチド鎖を水系媒体に分散することにより、シート状の構造体が形成され、次いで加熱によってこのシート状の構造体の縁部の一部が会合して、チューブ形状になる。一例としては、まずシート状の構造体がらせん状にねじれた前駆体が形成され、次いでこの前駆体においてらせん状になることで接近した縁部が会合して閉じることでチューブ形状になる。
【0034】
なお、本明細書において「水系媒体」とは、水を主成分とする液体を意図する。本明細書において「水を主成分とする液体」とは、液体に占める水の体積の割合が他の成分と比較して最も多いことを指し、好ましくは液体の体積の合計の50%を超え100%以下の量が水であることを指す。水系媒体は、例えば、生理食塩水、注射用蒸留水、その他pH緩衝溶液等の生体に安全に適用し得る液体であることが好ましい。
【0035】
両親媒性ペプチド鎖は予め有機溶剤(エタノール、ジメチルホルムアミド、またはメタノール等)に溶解させ、この溶液を水系媒体に添加(例えば、インジェクション)してもよい。有機溶剤は、生体に安全に適用し得る液体であることが好ましく、エタノールがより好ましい。予め有機溶剤に溶解されておくことにより、両親媒性ペプチド鎖同士が結晶ではなく解離した状態で水系媒体中に添加されるため、効率的にチューブ形状部を形成させることができる。そのため、一例において、「水系媒体」には、当該有機溶剤が含有され得る。
【0036】
チューブ形状部の作製において、水系媒体に対する両親媒性ペプチド鎖の量は、特に限定されないが、例えば、水中への分散性の観点から、0.1~10mg/mLであることが好ましく、0.5~2mg/mLであることがより好ましい。両親媒性ペプチド鎖の水系媒体への分散は、4~25℃で行うことが好ましい。また、両親媒性ペプチド鎖を均一に分散させ、均一なシート状構造体を得るために、撹拌することが好ましい。
【0037】
加熱温度は、特に限定されないが、例えば、30~90℃とすることが好ましい。また、加熱時間は、特に限定されないが、例えば、10分~24時間とすることが好ましい。後述の実施例のとおり、加熱温度および加熱時間は、製造されるチューブ形状部のアスペクト比に影響を与える。加熱温度が高いほど、アスペクト比は大きくなる傾向がある。また、加熱時間が長いほど、アスペクト比は大きくなる傾向がある。そのため、加熱温度および加熱時間は、所望するアスペクト比に応じて、適宜設定すればよい。一例において、加熱温度および加熱時間は、製造されるチューブ形状部の長さに影響を与え、加熱温度を高くしたり、加熱時間を長くしたりすることによって、2つ以上のチューブ形状部の端部同士が連結(会合)して同じ直径のまま長くなる。
【0038】
チューブ形状部の作製に好適な両親媒性ペプチド鎖としては、例えば、上記式(I)の化合物が挙げられる。一例において、mは15~40であることが好ましく、nは6~8であることが好ましく、6または7であることがより好ましい。
【0039】
チューブ形状部の大きさは特に限定されないが、例えば、生体内利用に適した大きさという観点から、外径は20~200nmであることが好ましい。また、チューブ形状部の厚みは、用いる両親媒性ペプチド鎖の長さに依存し得るが、例えば、5~10nmとすることができる。チューブ形状部の長さは特に限定されないが、例えば、細胞への取り込み易さおよび癌周辺部位への集積性の観点から、10~1000nmであることが好ましく、20~200nmであることがより好ましい。
【0040】
中空体のアスペクト比は、1.0より大きい。このようなアスペクト比を有することによって、球状(アスペクト比が1.0)の場合と比較して、ナノ構造体は容易に細胞へ取り込まれる。中空体のアスペクト比は、細胞への取り込み易さの観点からは、1.2~30.0であることが好ましく、1.5~7.0であることがより好ましく、1.5~5.0であることがより好ましく、2.0~5.0であることがさらに好ましく、2.4~3.8であることが特に好ましい。なお、「中空体のアスペクト比」とは、構造体の異方性を示すものであり、「長軸方向の長さ÷短軸方向の長さ」を指し、チューブ形状の場合「チューブの長さ÷チューブ断面の直径」を指す。
【0041】
チューブ形状部以外の構造は特に限定されない。一例において、3つのチューブ形状部が互いに連結して3方向に延びた形状であり得る。また、内包する剤をより長期的に保持する観点から、チューブ形状部の少なくとも1つの端部が塞がれている構造であることが好ましく、中空体は閉じた構造であることがより好ましい。
【0042】
一例において、ナノ構造体は、好ましくはチューブ形状部の全ての端部が塞がれている構造であり得る。端部を塞ぐための構造体(「キャップ部」と称する)の形状は特に限定されないが、一例において、球状体の一部、好ましくは半球状であり得る。ナノ構造体は、キャップ部の外径がチューブ形状部の外径よりも大きいダンベル形状であってもよいが、細胞への取り込み易さおよび剤の長期的な保持性の観点から、ペプチドナノ構造体は、チューブ形状部と、当該チューブ形状部の外径と直径(外径)が実質的に同じ半球状のキャップ部とからなるカプセル形状であることが好ましい。
【0043】
一例において、第1の両親媒性ペプチド鎖がチューブ形状部を構成し、第2の両親媒性ペプチド鎖がキャップ部を構成する。
【0044】
第2の両親媒性ペプチド鎖は、チューブ形状部の形成に用いる両親媒性ペプチド鎖(第1の両親媒性ペプチド鎖)と同じ種類であってもよいし、異なる種類であってもよい。第2の両親媒性ペプチド鎖は、チューブ形状部の非存在下において単独で水系媒体に分散して加熱した場合に球状になる両親媒性ペプチド鎖であることが好ましい。
【0045】
第2の両親媒性ペプチド鎖は予め有機溶剤(エタノール、ジメチルホルムアミド、またはメタノール等)に溶解させ、この溶液を水系媒体に添加(例えば、インジェクション)してもよい。有機溶剤は、生体に安全に適用し得る液体であることが好ましく、エタノールがより好ましい。予め有機溶剤に溶解されておくことにより、第2の両親媒性ペプチド鎖同士が結晶ではなく解離した状態で水系媒体中に添加されるため、効率的にキャップ部を形成させることができる。そのため、一例において、「水系媒体」には、当該有機溶剤が含有され得る。
【0046】
第1の両親媒性ペプチド鎖に対する第2の両親媒性ペプチド鎖の量は、特に限定されないが、例えば、効率的に所望の構造体を得る観点から、チューブ形状部の端部の数とキャップ部の数とが同数になるように設定することが好ましい。一例において、第2の両親媒性ペプチド鎖の量は、第1の両親媒性ペプチド鎖の0.5~3倍モルであることが好ましく、0.5~2倍モルであることがより好ましく、収率の高さの観点から、2倍モルであることがさらに好ましい。
【0047】
キャップ部を有するナノ構造体の製造方法として、例えば、図1の(A)に示す方法および図1の(B)に示す方法が挙げられる。なお、図1では、第1の両親媒性ペプチド鎖として後述の実施例の「L12」を使用し、第2の両親媒性ペプチド鎖として後述の実施例の「L16」を使用する場合で説明されているが、本実施形態はこれに限定されない。
【0048】
(A)では、第1の両親媒性ペプチド鎖(L12)を水系媒体に分散し、加熱して、チューブ形状部を形成させる。これとは別に、第2の両親媒性ペプチド鎖(L16)を水系媒体に分散し、シート状の構造体を形成させる。次いで、このシート状の構造体を含有する水系媒体と、チューブ形状部を含有する水系媒体とを混合し、加熱する。これにより、シート状の構造体の縁部がチューブ形状部の端部と会合し、キャップ部が形成される。
【0049】
(B)では、まず、第1の両親媒性ペプチド鎖(L12)を水系媒体に分散し、加熱して、チューブ形状部を形成させる。次いで、第2の両親媒性ペプチド鎖を直接(すなわち、シート状の構造体を形成させることなく)チューブ形状部を含有する水系媒体に添加(例えば、インジェクション)する。第2の両親媒性ペプチド鎖は、このチューブ形状部を含有する水系媒体中でシート状の構造体を形成する。第2の両親媒性ペプチド鎖を添加した後、加熱する。これにより、シート状の構造体の縁部がチューブ形状部の端部と会合し、キャップ部が形成される。
【0050】
カプセル形状のナノ構造体を製造する場合、キャップ部のサイズがより良好に揃う観点では(A)が好ましく、キャップ部を有するナノ構造体をより高い収率で得る観点では(B)が好ましい。
【0051】
第2の両親媒性ペプチド鎖の水系媒体への分散は、4~25℃で行うことが好ましい。また、均一に分散させ、均一なシート状構造体を得るために撹拌することが好ましい。
【0052】
加熱温度は、特に限定されないが、例えば、50~90℃とすることが好ましい。また、加熱時間は、特に限定されないが、例えば、1~24時間とすることが好ましい。
【0053】
キャップ部の作製に好適な第2の両親媒性ペプチド鎖としては、例えば、上記式(I)の化合物が挙げられる。一例において、mは15~40であることが好ましく、nは7~10であることが好ましい。
【0054】
第1の両親媒性ペプチド鎖の種類と第2の両親媒性ペプチド鎖の種類との選択によっては、特に剤の保持性が高いペプチドナノ構造体を得ることができる。一例において、第1の両親媒性ペプチド鎖として式(I)におけるmが30でありnが6であるものを用い、第2の両親媒性ペプチド鎖として式(I)におけるmが30でありnが8であるものを用いる場合、後述の実施例で示されるとおり、剤の保持性が高いペプチドナノ構造体を得ることができる。
【0055】
上記ではチューブ形状部を有するもので説明したが、中空体の形状はこれに限られず、ラグビーボール形状等であってもよい。
【0056】
なお、上記では両親媒性分子が両親媒性ペプチド鎖である場合を例に説明したが、両親媒性分子が他の分子(脂質等)である場合も適宜参照することができる。
【0057】
(剤の内包)
本実施形態のナノ構造体は、剤を内包している。本明細書において「剤を内包している」とは、剤が中空体に共有結合されることなく、中空体の内部に存在していることを指す。典型的には、剤は液体に溶解または懸濁された状態で内包されている。当該液体は、親水性の液体であり得、上述の水系媒体であり得る。
【0058】
中空体に剤を内包させる方法は特に限定されず、中空体を形成した後に、内部に剤を導入してもよい。例えば、閉じていない構造の場合、中空体を形成した後に、剤を含有する液体(溶液または懸濁液)に当該中空体を入れて内包させてもよい。好ましい一例では、剤を含有する液体(溶液または懸濁液)中で中空体を形成させる。例えば、中空体がチューブ形状(閉じていない構造)である場合には、剤を含有する水系媒体に両親媒性ペプチド鎖を分散し、次いで加熱してチューブ形状部(中空体)を作製する。例えば、中空体がカプセル形状(閉じた構造)である場合には、剤を含有する水系媒体に第1の両親媒性ペプチド鎖を分散し、次いで加熱してチューブ形状部を作製し、そこに第2の両親媒性ペプチド鎖のシート状の構造体(図1の(A))または2の両親媒性ペプチド鎖(図1の(B))を添加しキャップ部を形成させて、カプセル状(中空体)にする。図1の(A)において第2の両親媒性ペプチド鎖のシート状の構造体を形成させる際の水系媒体にも剤を含有させてもよい。すなわち、本実施形態のナノ構造体の製造方法は、一例において、剤を含有する水系媒体に両親媒性ペプチド鎖を分散し、次いで加熱してチューブ形状部を作製する工程を含む。この方法では、効率的且つ容易に剤を内包させることができる。熱に弱い(熱で変性等する)剤の場合には前者が好適であり、熱に強い剤の場合には後者が好適であり得る。
【0059】
剤の大きさは、中空体の内径より小さいものであれば特に限定されないが、80nm以下であることが好ましく、70nm以下であることがより好ましい。一例において、剤の分子量は、50000以下、好ましくは35000以下、より好ましくは10000以下である。
【0060】
一例において、剤は親水性である。なお、「親水性の剤」には、疎水性の剤の表面を親水化処理したものも包含される。これまで、細胞への取り込みが意図されたナノ構造体において、親水性の剤を内包するものはなかった。後述の実施例に示されるとおり、本発明者らは今回初めて、親水性の剤を内包しているナノ構造体を作製することに成功した。
【0061】
剤としては、例えば、医薬、食品(特には機能性食品)における有効成分、化粧品分野における有効成分、イメージングシステム用分子プローブ、各種研究用試薬等が挙げられ、有機化合物、無機化合物、タンパク質や核酸等の生体分子等であり得る。ナノ構造体が内包している剤は、1種類であってもよいし、複数種類であってもよい。本実施形態のナノ構造体によれば、これまで単独では細胞に取り込まれない薬剤、あるいは取り込まれ難かった薬剤を、細胞に効率的に取り込ませることができる。
【0062】
また、本実施形態のペプチドナノ構造体は、その構造中にペプチドを含むため、生分解性を有する。そのため、ペプチドナノ構造体は、生体内(例えば、細胞内)において分解性され、生体内(例えば、細胞内)において、剤が放出される。一例において、剤の放出は、例えば、1日以上、2日以上、または4日以上持続され得る。生分解は、例えば、プロテイナーゼやペプチダーゼ等のプロテアーゼによって起こり得る。
【0063】
本実施形態のナノ構造体は、後述の実施例で示されるとおり、クラスリンを介したエンドサイトーシスによってエネルギー依存的に取り込まれ得る(但し、これに限定される意図ではない)。クラスリンは多くの生物種が保有するタンパク質であるため、本実施形態のペプチドナノ構造体は多くの生物種の細胞に対して利用することができる。
【0064】
本実施形態のペプチドナノ構造体は、両親媒性ペプチド鎖の種類を変えることにより、ペプチドナノ構造体の大きさ、形状、組織選択性、生体内での分解速度、内包する剤の放出特性(徐放性等)等を調節することができる。
【0065】
(さらなる応用)
本実施形態では、ナノ構造体を含む医薬組成物も提供される。当該医薬組成物は、剤として医薬を含んでいる。医薬としては、対象疾患に適したものを特に限定することなく用いることができるが、具体的には、抗癌剤、抗菌剤、抗ウィルス剤、抗炎症剤、免疫抑制剤、ステロイド剤、ホルモン剤、および血管新生阻害剤等が挙げられる。
【0066】
医薬組成物は、投与経路は特に限定されないが、経口投与、静脈内または動脈内への血管内投与、腸内投与等の手法によって全身投与されてもよいし、経皮投与、舌下投与等の手法によって局所投与されてもよい。一例では、静脈注射で投与されることが好ましい。本実施形態の薬剤組成物を患者に投与する際の投与量は、内包される医薬の種類、対象の年齢、性別、体重、病状、投与経路、投与回数、および投与期間等に応じて適宜設定すればよい。また、投与の対象生物も特に限定されず、例えば、植物および動物が挙げられ、魚類、両生類、爬虫類、鳥類または哺乳類(哺乳動物)等の動物であることが好ましく、哺乳動物であることがより好ましい。哺乳動物の種類は特に限定されないが、例えば、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ヒトを除く霊長類等の実験動物;イヌ、ネコ等の愛玩動物(ペット);ウシ、ウマ、ブタ等の家畜;ヒトが挙げられる。
【0067】
医薬組成物の剤型は特に限定されないが、親水性液体にナノ構造体が分散した液剤であり得る。親水性液体としては、水、アルコール、緩衝溶液等が挙げられる。また、医薬組成物は、ナノ構造体の他に、保存剤、安定化剤、緩衝剤、浸透圧調整剤、着色剤、香味料、甘味料、抗酸化剤、粘度調整剤等をさらに含んでいてもよい。
【0068】
本実施形態のナノ構造体は、剤を内包し、細胞内に容易に取り込まれて、細胞内で剤を放出(例えば、徐放)し得る。そのゆえ、本実施形態の医薬組成物は、単独で投与する場合よりも効率的に医薬を細胞内へ送達することができるため、少ない量で長期間にわたって医薬の効果を奏し得る。
【0069】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例
【0070】
〔実施例1:ナノカプセルの製造〕
親水性ブロックがポリサルコシン、疎水性ブロックがポリ(L-ロイシン-アミノイソ酪酸)のαヘリックスからなる両親媒性ペプチドSar30-(L-Leu-Aib)およびSar30-(L-Leu-Aib)を、既報(文献:M Ueda et al., Chem. Commun. 47, 3204-3206 (2011))に従って調製した。以下、それぞれ「L12」および「L16」と称する。
【0071】
【化3】
【0072】
次いで、40mgのL12またはL16を800μLのエタノールに溶解して、それぞれストック溶液とした。
【0073】
L12ストック溶液10μLを990μLの生理食塩水に添加(インジェクション)し、25℃で30分間撹拌して分散させた。これを80℃または90℃で1~7時間加熱し、室温まで冷却したところ、ナノチューブを形成した。ナノチューブのアスペクト比は、加熱条件によって異なっており、80℃・1時間では1.5(直径約80nm、長さ約120nm)であり、80℃・3時間では2.4(直径約80nm、長さ約200nm)であり、90℃・1時間では3.8(直径約80nm、長さ約310nm)であり、90℃・3時間では7.0(直径約80nm、長さ約560nm)であった。
【0074】
L16ストック溶液10μLを990μLの生理食塩水に添加(インジェクション)し、25℃で30分間撹拌して分散させた。L16は、加熱しない場合にはナノシートを形成した。一方、加熱処理(90℃・1時間)した場合には直径80nmのナノ球体に変化した。
【0075】
L12のナノチューブが分散している分散液に、L16ナノシートが分散している分散液を添加し(図1の(A))、または、L12のナノチューブが分散している分散液にL16ストック溶液を添加(インジェクション)し(図1の(B))、30秒間穏やかに分散させ、溶液を80℃で3時間加熱した。L12:L16の重量比は1:2とした。
【0076】
TEM画像は、JEOL JEM-1230を用いて、80kVの加速電圧で取得した。分散液のドロップ(2μL)を炭素コートCu格子上に載せ、2%酢酸サマリウムで逆染色し、過剰な液体を濾紙で吸い上げた。Frozen-Hydrated/Cryogenic-TEM (Cryo-TEM)観察を行った。緩衝液中の分散液を、液体窒素で冷却した液体エタン中で急速に凍結した。サンプルを液体窒素温度において100kVの加速電圧で評価した。
【0077】
図2に示されるとおり、L12のナノチューブの開口部がL16のナノシートにより封止され、ナノカプセルが形成されていた。なお、図1の(A)の方法でも図1の(B)の方法でも、良好な収率および良好な品質でナノカプセルを得ることができた。図1の(A)の方法では、図1の(B)と比較してダンベル型となる割合が少なく、キャップ部のサイズがより良好に揃っていた。一方、図1の(B)の方法では、図1の(A)と比較してキャップ部を有するペプチドナノ構造体をより高い収率で得ることができた。
【0078】
〔実施例2:薬剤保持能力の評価〕
生理食塩水の代わりにヨウ化プロピジウム(PI)溶液(1mg/mL)中で自己集合させ、PIを内包するナノチューブおよびナノカプセルを作製した。L12の加熱条件は80℃・3時間であり、L16の添加は図1の(B)の方法で行った。次いで、透析管(MWCO 10K, Slide-A-Lyzer MINI dialysis unit,25mL)において、PIを内包するナノチューブおよびナノカプセルを精製した(図3の(A))。透析の間、透析膜を通って放出されたPIの量を495nmのUV吸収度によって算出した。
【0079】
結果を図3の(B)に示す。最初の数十時間はナノ構造体外液中に溶存しているPIが放出されているため、何れの場合も急激に減少している。キャップのないナノ構造体では、その後も緩やかに減少しており、PIがほぼ完全にナノ構造体から流出していることがわかった。一方、キャップのあるナノ構造体では、外液に溶存したPIの流出以降にPIの流出は見られず、内包されているPIがナノ構造体に保持されていることがわかった。
【0080】
〔参考例1:ナノ構造体のアスペクト比と細胞取り込みとの関係〕
1%の蛍光ペプチド(疎水性ヘリックスブロックのN末端と共役させたFITC)を含む蛍光ナノ構造体を用いて、ナノ構造体の細胞取り込みアッセイを行った。ナノ構造体として、Sar30-(L-Leu-Aib)を用いて作製したアスペクト比1.5のナノチューブ(直径約80nm、長さ約120±20nm)、アスペクト比2.4のナノチューブ(直径約80nm、長さ約200±20nm)、アスペクト比3.8のナノチューブ(直径約80nm、長さ約310±50nm)およびアスペクト比7.0のナノチューブ(直径約80nm、長さ約560±160nm)を用いた。また、比較のナノ構造体として、直径約100nmのナノ球体を用いた。ナノ球体は、次のように作製した。L16をエタノールに溶解して、ストック溶液(0.05mg/μL)を作製した。このストック溶液10μLを4~25℃の生理食塩水(1mL)にインジェクションし、30分間静かに撹拌した。その後、90℃で1時間加熱処理することでナノ球体を得た。
【0081】
HeLa細胞を8×10個/ウェル(1%FBSを含むDMEM,160μL)の濃度で48ウェルプレートに播種し、5%CO雰囲気中、37℃で12時間インキュベートした。40μLの蛍光ナノ構造体溶液(0.5mg/mL,PBS中)を、各ウェルに添加し、5%CO雰囲気中、4℃または37℃で1時間インキュベートした。細胞をPBSで2回洗浄し、4%パラホルムアルデヒドを含むPBS中、遮光下、室温で10分間インキュベートした。3%FBSを含むPBSで細胞を3回洗浄し、蛍光顕微鏡(Axio Observer. Z1, ZEISS)でイメージングした。画像分析ソフトウェアImage Jを用いて、蛍光密度の定量分析を行った。
【0082】
4℃では細胞の働きが抑制されるため、何れの蛍光ナノ構造体においても取り込みがほとんど行われなかった。一方37℃では、ナノ球体と比較して、ナノチューブの細胞への取り込み量が多かった(図4)。また、アスペクト比が2.4~3.8の場合には、取り込み量が特に多かった。
【0083】
〔参考例2:細胞取り込みのメカニズムの検討〕
細胞を種々の化学物質とインキュベートして、細胞取り込み経路を阻害した。HeLa細胞を1×10個/ウェル(1%FBSを含むDMEM,160μL)の濃度で48ウェルプレートに播種し、5%CO雰囲気中、37℃で12時間インキュベートした。細胞を、クロルプロマジン(10μg/mL)、フィリピンIII(1μg/mL)、またはアミロライド(50nM)と、37℃で5%CO雰囲気中、または4℃で、30分間インキュベートした。上述と同様に作製した蛍光ナノ構造体を培地に添加し、さらに2時間インキュベートした。細胞をPBSで2回洗浄し、4%パラホルムアルデヒド(in PBS)を用いて、遮光下、室温で10分間固定した。細胞を3%PBSで2回洗浄し、蛍光顕微鏡でイメージングした。
【0084】
結果を図5に示す。何れのアスペクト比においても、クロルプロマジンを用いた場合に細胞への取り込みが見られなかった。クロルプロマジンは、細胞のエンドサイトーシスにおいて膜内面に形成されるクラスリン小胞の形成を阻害する。また、4℃の場合にもほとんど取り込まれなかった。これらのことから、これらナノ構造体は、クラスリンを介したエンドサイトーシスによってエネルギー依存的に取り込まれていることが明らかとなった。
【0085】
〔参考例3:ナノ構造体の細胞における存在位置の確認〕
共焦点レーザ顕微鏡を用いて、上述の37℃で1時間インキュベートしたHeLa細胞における、FITC標識したナノ構造体の位置を確認した。
【0086】
結果を図6に示す。ナノチューブが細胞の中に存在していることが確認できた。
【0087】
〔実施例3:ナノカプセルによる剤の送達試験1〕
PIを内包するナノカプセルを実施例2と同様に調製した。PIを内包するナノカプセルの分散液をHeLa細胞と1時間インキュベートし、緩衝液で数回洗浄して、ナノカプセルおよび遊離PIを完全に除去した。PIの位置を蛍光顕微鏡観察によって評価した。PI単独でHeLa細胞と1時間インキュベートしたものをネガティブコントロールとして用いた。
【0088】
結果を図7に示す。PI単独では細胞中に取り込まれないのに対し、PIを内包するナノカプセルは細胞中に取り込まれていることが確認された。
【0089】
〔実施例4:ナノカプセルによる剤の送達試験2〕
ICG-EG-sulfo8-NHS(Dojindo, Japan)をナノカプセルおよびナノ球体にそれぞれ結合することにより、インドシアニングリーン(ICG)で標識したナノカプセルおよびナノ球体を作製した。具体的には、ICG標識したナノカプセルは、ケトール基でN末端を保護していないN末端フリーのL12を1モル%の混合比でL12に混ぜ、実施例1に記載した方法と同様の方法でナノカプセルを作製した後、ICGをその末端に結合させた。L12の加熱条件は80℃・3時間であり、L16の添加は図1の(B)の方法で行った。ICG標識したナノ球体は、ケトール基でN末端を保護していないN末端フリーのL16を1モル%の混合比でL16に混ぜ、参考例1に記載した方法と同様の方法でナノ球体を作製した後、ICGをその末端に結合させた。
【0090】
EL4細胞(1×10個/個体)を用いて、6週齢のマウスに腫瘍を移植した。移植から4日後、移植した腫瘍を同定し、ICG標識したナノ構造体を尾静脈から注入した。IVISイメージングシステム(PerkinElmer, USA)の近赤外線イメージングによって、ICG標識したナノカプセルの癌への集積を評価した(n=2)。近赤外線イメージングの前に毛をカットして除去した。
【0091】
結果を図8に示す。ナノカプセルは、ナノ球体と比較して、腫瘍部位への集積速度が速いことがわかった。また、ナノカプセルは、ナノ球体と比較して、腫瘍部位への集積量も多いことがわかった。
【0092】
〔実施例5:ナノカプセルによる剤の送達試験3〕
生理食塩水の代わりに抗癌剤シスプラチン溶液(1mg/mL in PBS)中で自己集合させ、シスプラチンを内包するナノカプセルおよびナノ球体を作製した。ナノカプセルの製造条件は、実施例2と同様である。また、ナノ球体の製造条件は、参考例1と同様である。EL4細胞(1×10個/個体)を用いて、6週齢のマウスに腫瘍を移植した。移植から4日後、移植した腫瘍を同定し、シスプラチンを内包しているナノ構造体を尾静脈から注入した。腫瘍の体積およびマウスの体重の変化を1日おきに記録した。バッファーのみを注入したものをコントロールとした。また、シスプラチン単独で注入したものを比較とした。
【0093】
結果を図9に示す。ナノカプセルでは、シスプラチン単独およびナノ球体と比較して、長期にわたって腫瘍の成長抑制効果を発揮した。
【0094】
〔実施例6:ナノ構造体の分解試験1〕
実施例1の80℃・3時間の加熱条件で、L12のナノチューブを作製した。このナノチューブを、5mMのCaClを含む50mMのTris-HCl中で、プロテイナーゼK(30U/mL)と一緒にインキュベートした。TEM画像を実施例1と同様に取得した。
【0095】
結果を図10に示す。時間が経過するにつれて、ナノチューブが生分解されていくことが観察された。
【0096】
〔実施例7:ナノ構造体の分解試験2〕
実施例2で作製したPI内包ナノカプセルを、透析管(MWCO 10K, Slide-A-Lyzer MINI dialysis unit,25mL)において、5mMのCaClを含む50mMのTris-HCl中で、プロテイナーゼK(30U/mL)と一緒にインキュベートし、5mMのCaClを含む50mMのTris-HCl中で透析した。インキュベートしている間、透析膜を通って放出されたPIの量を、インキュベート495nmのUV吸収度から算出した。
【0097】
結果を図11に示す。図11はプロテイナーゼKを加えてからの経過時間とPIの漏出量との関係を示す。時間が経過するにつれて、ナノカプセルが生分解されて、内包していた薬剤が放出されることが観察された。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明のナノ構造体は、例えば、細胞内へ剤を輸送するためのキャリアとして、医薬、食品、化粧品等の分野において広く利用することができる。
図1
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図9
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図11