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特許7066224細胞外電子移動作用に関与する酵素及びその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-02
(45)【発行日】2022-05-13
(54)【発明の名称】細胞外電子移動作用に関与する酵素及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/53 20060101AFI20220506BHJP
   C12N 9/02 20060101ALI20220506BHJP
   C07K 14/195 20060101ALI20220506BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20220506BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20220506BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20220506BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20220506BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220506BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220506BHJP
   C07K 16/40 20060101ALI20220506BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20220506BHJP
   C12N 15/115 20100101ALI20220506BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220506BHJP
   C12P 21/08 20060101ALI20220506BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20220506BHJP
   C23F 15/00 20060101ALI20220506BHJP
【FI】
C12N15/53
C12N9/02 ZNA
C07K14/195
C12N15/31
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C07K16/40
C12N15/113 Z
C12N15/115 Z
C12Q1/02
C12P21/08
C12P21/02 C
C23F15/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020532139
(86)(22)【出願日】2019-02-01
(86)【国際出願番号】 JP2019003606
(87)【国際公開番号】W WO2020021740
(87)【国際公開日】2020-01-30
【審査請求日】2020-12-03
(31)【優先権主張番号】P 2018140309
(32)【優先日】2018-07-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 [ウェブサイト]・平成30年2月16日掲載、http://advances.sciencemag.org/content/4/2/eaao5682/tab-article-info
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 [ウェブサイト]・平成30年2月17日掲載、http://www.nims.go.jp/news/press/2018/02/201802170.html
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業、「発現マッピング法による細菌叢電気相互作用の追跡と制御基盤の構築」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】岡本 章玄
(72)【発明者】
【氏名】トウ ギョウ
【審査官】野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】DENG, X., et al.,"Electron extraction from an extracellular electrode by Desulfovibrio ferrophilus strain IS5 without,ELECTROCHEMISTRY,2015年07月05日,Vol.83, No.7,pp.529-5531,DOI: 10.5796/electrochemistry.83.529
【文献】OKAMOTO, A., et al.,"Cation-limited kinetic model for microbial extracellular electron transport via an outer membrane cytochrome C complex.",BIOPHYSICS AND PHYSICOBIOLOGY,2016年,Vol.13,pp.71-76,DOI: 10.2142/biophysico.13.0_71
【文献】DENG, X., et al.,"Iron corrosive sulfate reducing bacteria uptake extracellular electrons via outer membrane c-type cytochromes.",ECS MEETING ABSTRACT 2016,2016年10月04日,Vol.44,3245,[online], INTERNET, [検索日:2019年4月15日], http://ma.ecsdl.org/content/MA2016-02/44/3245
【文献】DENG, X., et al.,"Electron uptake of sulfate reducing bacteria by using outer-membrane cytochromes.",日本微生物生態学会第30回土浦大会,2015年10月,Vol.30,OE-25,[online], INTERNET, [検索日:2019年4月15日], http://www.microbial-ecology.jp/meeting/?p=2716
【文献】DENG, X., et al.,"Desulfovibrio ferrophilus strain IS5 extracts electrons from solid compounds by outer membrane c-type cytochromes.",日本化学会第95春季年会(2015)講演予稿集III,2015年03月11日,p.853, 2 J4-16欄
【文献】DENG, X., et al.,"Uniquely small outer membrane cytochrome-c as a possible electron carrier for direct electron uptake in a sulfate reducing bacterium.",生物物理,2015年08月,Vol.55, Supplement 1-2,p.S218, 2N1410欄,[online], INTERNET, [検索日:2019年4月15日], https://doi.org/10.2142/biophys.55.1
【文献】「鉄腐食の原因菌が電子を引き抜く酵素を持つことを証明~酵素を標的とした薬剤など環境負荷の低い防食対策への展開に期待~」,プレスリリース [online], INTERNET,国立研究開発法人 物質・材料研究機構,2018年02月14日,[検索日:2019年4月15日], https://www.nims.go.jp/news/press/2018/02/hdfqf1000009hdu9-att/p201802170.pdf
【文献】DENG, X., et al.,"Multi-heme cytochromes provide a pathway for survival in energy-limited environments.",SCIENCE ADVANCES [online], INTERNET,Vol.4, No.2,2018年02月16日,eaao5682(pp.1-8, Supplementary Material),[検索日:2019年4月15日], DOI: 10.1126/sciadv.aao5682
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 9/00- 9/99
C07K 1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列;又は,
配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列において,1~20個のアミノ酸が置換され,欠失し,挿入され,若しくは付加されたアミノ酸配列をし,
細胞外電子移動作用を有する細胞表面タンパク質。
【請求項2】
シトクロム酵素又はβプロペラタンパク質である,請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のタンパク質をコードする塩基配列を有する核酸分子。
【請求項4】
配列番号1,3,5,7,9,11,13,15及び17から選択される1つの配列に記載の塩基配列を有する,請求項に記載の核酸分子。
【請求項5】
請求項3又は請求項4に記載の核酸分子を含むベクター。
【請求項6】
請求項に記載のベクターを有する宿主細胞。
【請求項7】
請求項に記載の宿主細胞を培養して請求項1又は請求項2に記載のタンパク質を発現させることを含む,請求項1又は請求項2に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項8】
請求項1又は請求項2に記載のタンパク質に結合する,抗体若しくはその免疫反応性断片,又はアプタマー,あるいは,請求項3又は請求項4に記載の核酸分子と結合するアンチセンス核酸,dsRNA,又はアプタマー。
【請求項9】
金属材料の腐食の防止方法であって,
金属材料の表面に存在する菌における当該電子伝達酵素の機能又は発現を阻害することを含み,
前記電子伝達酵素が請求項1又は請求項2に記載のタンパク質であり,
前記電子伝達酵素の機能又は発現を阻害することが,負の電位を持つ金属材料の電位を-0.32V vs.SHE以上にして細菌の電子を引く抜く代謝を止めることにより行われる,金属材料の腐食の防止方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,細胞外電子移動作用に関与する酵素,及び当該酵素を標的とする金属材料の腐食の防止方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油採掘用パイプラインが鉄腐食により破断すると,石油流出など大きな事故につながるため,腐食の原因を明らかにして,効率的に腐食を防ぐことが試みられている。従来,腐食の原因は,鉄が硫酸還元菌の作る硫化水素に電子を奪われることにより,硫化鉄に変化するためと考えられてきた。しかし,硫化鉄が鉄表面を覆って鉄が硫化水素と接触しなくなった後も腐食が進行することが知られており,この原因については不明であった。
【0003】
有機基質の酸化に伴うSO 2-,SO 2-,S 2-,S,Sn2-などの酸化された硫黄種(OSS)の微生物による還元は,有機貧酸素嫌気性海洋地下におけるエネルギー生産の主なメカニズムの1つである(非特許文献1-3)。水の放射性分解や鉱物-水反応を介して形成される水素(H)は,浅海の堆積物から海洋のほぼ半分を占める深い地殻にまで及ぶ有機枯渇環境の主要なエネルギー源であると考えられている(非特許文献4-6)。しかし,Hが地下の硫黄呼吸を行う細菌集団を維持するのに十分であるかどうかは不明である(非特許文献7,8)。また,地下環境で見出された栄養細菌の微生物エネルギー要求は依然として不明であった(非特許文献9)。地下の環境における硫黄呼吸細菌の遍在性と豊富さから,希少なHや有機基質に加えて硫化鉱物(MnS,FeS,FeS)のような豊富な固体基質をエネルギー源として利用するかどうか,またそれをどのように利用するかを解明することは,特に,浅い堆積物中のH(n~μM)と硫酸塩(数mM)との間の顕著な不均衡を考慮すると,太陽光線から隔離された生態系の理解を深めると考えられていた。
【0004】
海洋硫酸還元細菌(SRB)が元素状鉄から直接電子取り込みを行うモデルがDinhらに(非特許文献10)によって最初に提案された。彼らは鉄顆粒を唯一の電子供与体として供給された海洋底質からSRBを単離した。また,最近の研究は,導電性フィラメントを介したSRBによる直接的な電子の取り込みは,海洋堆積物中のメタン資化性古細菌および難培養SRBの共培養物におけるメタンの嫌気性酸化に重要であることを示唆している(非特許文献11-13)。このような細胞外電子輸送は潜在的に固体鉱物を電子源として使用することを可能にするため,微生物のOSSの還元反応に伴う鉱物からの電子の取り込みは,Hおよび有機物が限定された堆積物中で起こる可能性がある。しかし,提唱されている電子取り込みプロセスの生物学的メカニズムおよびエネルギー論は明らかとはなっておらず,エネルギー制限された海洋堆積物における電子取り込み機構の分布および重要性は依然として不明であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】G.Muyzerら,Nat.Rev.Microbiol.6,441-454(2008).
【文献】M.Mussmannら,Environ.Microbiol.7,405-418(2005).
【文献】K.Ravenschlagら,Appl.Environ.Microb.66,3592-3602(2000).
【文献】T.M.Hoehlerら,Geochim.Cosmochim.Ac.62,1745-1756(1998).
【文献】S.D’Hondtら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA106,11651-11656(2009).
【文献】D.Chivianら,Science322,275-278(2008).
【文献】R.T.Andersonら,Science281,976-977(1998).
【文献】F.Inagakiら,Science349,420-424(2015).
【文献】T.M.Hoehlerら,Nat.Rev.Microbiol.11,83-94(2013).
【文献】H.T.Dinhら,Nature427,829-832(2004).
【文献】S.E.McGlynnら,Nature526,531-U146(2015).
【文献】S.Schellerら,Science351,703-707(2016).
【文献】G.Wegenerら,Nature526,587-U315(2015).
【発明の概要】
【0006】
本発明者らは,鉄を電子源として増殖する硫酸還元菌の細胞膜を生物情報学,生化学,電気化学および顕微鏡法を用いて詳細に分析し電子取り込み機構を解析した。その結果,これまで知られていた電子を引き抜きに関与する膜酵素とは構造が異なる酵素群を新規に見出すことに成功した。本発明者らは,該酵素が多く発現しているときのみ電極から電子が引き抜かれていることを確認し,鉄腐食は細菌がこの酵素の働きにより鉄から電子を直接引き抜くことにより生じることを初めて明らかにし,本発明を完成させた。
【0007】
よって,具体的には本発明は,以下の(1)~(9)に記載の発明に関する:
(1) 配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列;又は,配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列において,1~20個のアミノ酸が置換され,欠失し,挿入され,若しくは付加されたアミノ酸配列し,細胞外電子移動作用を有するタンパク質。
(2) シトクロム酵素又はβプロペラタンパク質である,(1)に記載のタンパク質。
(3) (1)又は(2)に記載のタンパク質をコードする塩基配列を有する核酸分子。
(4) 配列番号1,3,5,7,9,11,13,15及び17から選択される1つの配列に記載の塩基配列を有する,(3)に記載の核酸分子。
(5) (3)又は(4)に記載の核酸分子を含むベクター。
(6) (5)に記載のベクターを有する宿主細胞。
(7) (6)に記載の宿主細胞を培養して(1)又は(2)に記載のタンパク質を発現させることを含む,(1)又は(2)に記載のタンパク質の製造方法。
(8) (1)又は(2)に記載のタンパク質に結合する,抗体若しくはその免疫反応性断片,又はアプタマー,あるいは,(3)又は(4)に記載の核酸分子と結合するアンチセンス核酸,dsRNA,又はアプタマー。
(9)金属材料の腐食の防止方法であって,
金属材料の表面に存在する菌における当該電子伝達酵素の機能又は発現を阻害することを含み,前記電子伝達酵素が(1)又は(2)に記載のタンパク質であり,前記電子伝達酵素の機能又は発現を阻害することが,負の電位を持つ金属材料の電位を-0.32V vs.SHE以上にして細菌の電子を引く抜く代謝を止めることにより行われる,金属材料の腐食の防止方法。

更に,本発明の参考形態について以下に記載する。
(10) (1)又は(2)に記載のタンパク質の細胞外電子移動作用を阻害する作用を有する,(8)に記載の抗体若しくはその免疫反応性断片,アプタマー,アンチセンス核酸,又はdsRNA。
(11) (10)に記載の抗体若しくはその免疫反応性断片,アプタマー,アンチセンス核酸,又はdsRNAを含有する組成物。
(12) 金属材料の表面に存在する菌の細胞表面タンパク質から電子伝達酵素を同定することを含む,金属材料の腐食原因タンパク質の決定方法。
(13) 前記電子伝達酵素の同定が,電子伝達反応中心を有するタンパク質を決定することにより行われる,(12)に記載の方法。
(14) 前記電子伝達酵素の選択が,配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質を選択することにより行われる,(12)に記載の方法。
(15) (12)~(14)の方法により金属材料の腐食原因タンパク質として決定された電子伝達酵素に結合する抗体若しくはその免疫反応性断片又はアプタマー,あるいは該電子伝達酵素をコードする遺伝子と結合するアンチセンス核酸,dsRNA,又はアプタマーを製造することを含む,腐食防止剤の製造方法。
(16) (12)~(14)の方法により金属材料の表面に存在する菌の細胞表面タンパク質から電子伝達酵素を同定すること,及び
決定された電子伝達酵素に結合する抗体若しくはその免疫反応性断片又はアプタマー,あるいは該電子伝達酵素をコードする遺伝子と結合するアンチセンス核酸,dsRNA,又はアプタマーを製造することを含む,腐食防止剤の製造方法。
(17) (11)に記載の組成物を金属材料の表面に接触させることを含む,(9)に記載の方法。
(18) (15)又は(16)に記載の製造方法により製造された抗体又はアプタマーを金属材料の表面に接触させることを含む,(9)に記載の方法。
(19) 金属材料の表面に存在する菌から電子伝達酵素を同定すること,及び,
同定された金属材料の表面に存在する菌における電子伝達酵素の機能又は発現を阻害することを含む,金属材料の腐食の防止方法。
(20) 外部環境に設置された金属材料の腐食防止方法であって,
外部環境から細胞表面酵素をもつ細菌を含む試料を採取すること,
試料中に存在する細胞表面電子伝達酵素を同定すること,
前記酵素に結合する抗体又はその免疫反応断性片又はアプタマー,あるいは前記酵素をコードする遺伝子と結合するアンチセンス核酸,dsRNA,又はアプタマーを調製すること,
前記抗体,アプタマー,アンチセンス核酸,又はdsRNAを配管に流通させることを有する,金属材料の防食方法。
【0008】
一態様において,本発明は細胞外電子移動作用に関与するタンパク質に関する。本発明のタンパク質は,細胞外からの電子引き抜きに関与することから,細胞膜(特には外膜(OM))に存在する。本明細書において,「細胞表面タンパク質」とは,当該タンパク質が細胞膜に存在することを意味し,細胞膜の外側,内側または細胞膜を貫通する,のいずれの状態で存在していてもよい。すなわち,「細胞表面タンパク質」とは,細胞の表面に露出することを必須とするものではなく,たとえば,OMの内膜(IM)側に位置するタンパク質も含む。また,細胞表面タンパク質は,細胞表面,及び/又は,細胞膜近傍に局在するために必要なシグナルペプチドを少なくとも有するタンパク質であってもよい。
【0009】
本発明のタンパク質は,配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択されるいずれか1つの配列に記載のアミノ酸配列を有する。なお,これらの配列がシグナル配列を含む場合,本発明のタンパク質は当該シグナル配列を含まないアミノ酸配列を有して板もよい。あるいは,本発明のタンパク質は,配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有してもよい。アミノ酸配列の同一性は,2種類のタンパク質間において,比較対象とするアミノ酸配列範囲における種類が同一なアミノ酸数の割合(%)を意味し,例えば,BLAST,FASTA等の公知のプログラムを用いて決定することができる。上述の本発明のタンパク質が有する同一性としては,80%以上よりも高い同一性であってもよく,例えば,85%以上,90%以上,95%以上,98%以上,又は99%以上の同一性であってもよい。
【0010】
あるいは,本発明のタンパク質は,配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列において,1~20個,1~10個,1~8個,1~5個,1~3個のアミノ酸が置換され,欠失し,挿入され,又は付加されたアミノ酸配列を有していてもよい。
【0011】
あるいは,本発明のタンパク質は,Blastにより配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列と相同性スコア200以上を示すアミノ酸配列であってもよい。相同性スコアは,配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列と目的のタンパク質のアミノ酸配列をアラインメントし,比較対象とする各アミノ酸の点数をスコアマトリックスから求め,その総和として計算することができる(http://www.gsic.titech.ac.jp/supercon/supercon2004-e/alignmentE.html参照)。例えば,相同性スコアは,公知のBLASTプログラムを用いて決定することができる。スコアマトリックスとしては,BLOSUM62やPAM32などが知られており,本明細書において好ましくはBLOSUM62である。
【0012】
本発明のタンパク質は,細胞外電子移動作用を有する。本明細書において,「細胞外電子移動作用」とは,当該タンパク質を有する細胞が電子供与可能な固体表面に接触することにより,当該固体表面から直接電子を引き抜く作用を意味する。あるタンパク質が細胞外電子移動作用を有するか否かは,当該タンパク質を発現させた細胞を電極が唯一の電子供与体である反応器に加え,30分~24時間後の陰極電流密度を測定することにより決定することができる。陰極電流密度が増加した場合には,当該タンパク質は細胞外電子移動作用を有すると決定される。
【0013】
好ましくは,本発明のタンパク質は,シトクロム酵素,βプロペラタンパク質,又はポリンタンパク質である。シトクロム酵素は,酸化還元機能を持つヘム鉄を含有する,ヘムタンパク質の一種であり,シトクロムa,b,c,d,f及びoなどが知られている(Chem. Rev.(2014)114(8):4366-4469)。よって,あるタンパク質が,ヘム結合モチーフ(CXXCH,CXXXCH,CXXXXCH,又はCXXXXXCH;Cはシステイン,Hはヒスチジン)を有するタンパク質であり,かつ,電子伝達能を有するタンパク質である場合には,シトクロム酵素であると決定することができる。また,βプロペラタンパク質は,βシートでできた羽根状の構造が4~8枚中央の軸の周りを円錐状に取り囲んだ立体構造を有するタンパク質である。あるタンパク質がβプロペラタンパク質であるか否かは,立体構造解析又は立体構造シミュレーションにより,判別することができる。ポリンタンパク質は,逆平衡βシートによるβバレル構造を含む膜貫通タンパク質である。ポリンタンパク質もシトクロムタンパク質と複合体を形成して細胞外電子移動に関与することが知られている(Marcus J. Edwardsら,J.Biol.Chem.published online April 10, 2018)。あるタンパク質がポリンタンパク質であるか否かは,立体構造解析又は立体構造シミュレーションにより,判別することができる。好ましくは,これらのシトクロム酵素,βプロペラタンパク質,又はポリンタンパク質は,細胞膜(好ましくは,外膜)に存在するタンパク質である。また,βプロペラタンパク質及び/又はポリンタンパク質は,シトクロム酵素と複合体を形成することにより,細胞外電子移動作用を発揮することから,好ましくは,βプロペラタンパク質及び/又はポリンタンパク質はシトクロム酵素と複合体を形成している。
【0014】
別の態様において,本発明は前記タンパク質をコードする塩基配列を有する核酸分子に関する。本発明の核酸分子は,前記タンパク質をコードする塩基配列を有する限り,他の配列を有していてもよい。一例として,本発明の核酸分子は,配列番号1,3,5,7,9,11,13,15及び17から選択される1つの配列に記載の塩基配列,又は,配列番号1,3,5,7,9,11,13,15及び17から選択される1つの配列に記載の塩基配列と相補的な配列を有する核酸とストリンジェントな条件下で結合する塩基配列を有する。本明細書において,ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするとは,当業者に通常用いられるハイブリダイゼーション条件でハイブリダイズすることを意味する。例えば,Molecular Cloning,a Laboratory Mannual,Fourth Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(2012)又は,Current Protocols in Molecular Biology, Wiley Online Library等に記載の方法によりハイブリダイズするか否かを決定することができる。例えば,ハイブリダイズの条件は,6×SSC(0.9M NaCl,0.09M クエン酸三ナトリウム)または6×SSPE(3M NaCl,0.2M NaHPO,20mM EDTA・2Na,pH7.4)中42℃でハイブリダイズさせ,その後42℃で0.5×SSCで洗浄する条件であってもよい。
【0015】
さらに,本発明は前記核酸分子を含むベクターに関する。当該ベクターは,前記核酸分子を宿主細胞に導入可能なベクターであれば特に限定されるものではなく,宿主細胞に応じて任意のプラスミドベクター,並びにレトロウイルスベクター,アデノウイルスベクター,レンチウイルスベクター,アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターなどのウイルスベクターを用いることができる。
【0016】
本発明は前記ベクターを有する宿主細胞も包含する。宿主細胞としては,細菌,酵母,動物細胞,昆虫細胞,植物細胞等,目的のタンパク質の発現に適した細胞を適宜選択することができる。
【0017】
別の態様において,本発明は前記タンパク質や前記核酸分子の機能又は発現を阻害する物質(本明細書において,「阻害物質」という)に関する。特には,本発明は,前記タンパク質に結合する,抗体若しくはその免疫反応性断片,又はアプタマー,あるいは,前記核酸分子と結合するアンチセンス核酸分子,dsRNA,又はアプタマーに関する。これらの阻害物質は,好ましくは,直接的又は間接的に本発明のタンパク質の細胞外電子移動作用を阻害する作用を有する。本発明は,このような阻害物質を含有する組成物を包含し,当該組成物は金属腐食防止剤として使用することができる。金属としては,鉄を挙げることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のタンパク質を標的とする腐食防止方法は,殺菌剤などの環境への影響が大きい薬剤を使用することなく,鉄腐食などを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】OSS中のD.ferrophilus IS5の相同細胞外シトクロムの分布を表す図である。(a)16S リボソーマルRNA(rRNA)配列アライメントによる系統樹を示す。(b)D.ferrophilus IS5のDFE_450遺伝子およびDFE_464遺伝子によりコードされたもの,並びにそれらのホモログ(NCBI blastp,max score> 200を用いて同定された)である,G.sulfurreducens PCAのOmcB,OmcE,OmcS及びOmcZ,S.oneidensis MR-1のOmcB及びMtrC,及びAcidithiobacillus ferrooxidans ATCC 23270のCyc2を含むOMCのアミノ酸配列に由来するタンパク質系統樹を示す。bはbacteriumを表す。スケールバーは,推定された配列分散またはアミノ酸変化を表す。
図2】(a)乳酸飢餓細胞から単離し,クマシーブリリアントブルー(CBB)およびヘム反応性3,3 ’,5,5’-テトラメチルベンジジン-Hで染色した内膜(IM)および外膜(OM)画分のタンパク質プロファイルを示す。ヘム陽性バンド(#および*で示される)では,DFE_461およびDFE_449の転写物がLC-MSによって検出された。非特異的なヘム染色により,フェロキシダーゼ(DFE_1154,14.1kDa,△で示す)に対応するマイナーバンドが検出された。(b)(左)OMタンパク質濃度によって正規化された乳酸飢餓(赤色)および充足(青色)D.ferrophilus IS5細胞から抽出されたOM画分の吸収スペクトルを示す。実線および点線は,それぞれ還元および酸化条件下で測定したスペクトルを示す。(右)419nmでのソレットピーク吸収の比較を示すグラフである。(c)D.ferrophilus IS5ゲノム中で近接して位置する7つのマルチヘムシトクロムおよび2つのβプロペラタンパク質(斜線棒)の乳酸飢餓細胞及び乳酸充足細胞による発現を示すグラフである。
図3】インタクトなD.ferrophilus IS5細胞を用いたインビボ電気化学測定の結果を示す。(a)唯一の電子供与体として-0.4V(対SHE)に保たれたインジウム-錫ドープ酸化物電極を備えた嫌気性反応器中で行った陰極電流対時間測定の結果を示すグラフである。反応器に加えた乳酸飢餓D.ferrophilus IS5細胞,乳酸充足D.ferrophilus IS5細胞,H-消費性D.vacuolatum,および滅菌培地を,それぞれ,赤色,青色,ピンク色および黒色の線で示す。矢印は,細胞または無菌培地を反応器に添加した時期を示す。(b)パネルaにおける電流発生後に測定されたリニアスイープボルタモグラムを示す。(c)NADHおよび/または還元メナキノン(MQH)を生成することができる外膜シトクロム(OMCs)の酸化還元電位が,OSSおよび中間体(例えばアデノシンホスホサルフェート(APS))の減少を促進する,IS5株の細胞外電子取り込みモデルのエネルギーダイアグラムを示す。Cytは,ペリプラズムC型シトクロムを表す。
図4】乳酸飢餓状態のD.ferrophilus IS5細胞およびそのナノワイヤの顕微鏡写真を示す。(a及びb)電極表面に付着した細胞の走査電子顕微鏡画像である。aおよびbのスケールバーは,それぞれ10μmおよび500nmを表す。(c~e)シトクロム反応性3,3’-ジアミノベンジジン(DAB)-H で染色された細胞の透過電子顕微鏡画像である。(c)H非存在下におけるDAB染色陰性の結果を示す。(d及びe)H添加によるDAB染色陽性の結果を示す。スケールバーは,cおよびdでは500nmに対応し,eでは50nmを表す。竹様のナノワイヤ構造は,DAB染色陽性でのみ明瞭に視認可能であった。(f及びg)タンパク質特異的NanoOrange(緑色)および膜特異的FM 4-64FX(赤色)で染色された細胞の蛍光顕微鏡画像である。スケールバーは5μmを表す。矢じりはナノワイヤを示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のタンパク質は,本発明のベクターを有する宿主細胞を,当該宿主細胞に適した培地中,当該宿主細胞による当該タンパク質の発現に適した培養条件下で培養して当該タンパク質を発現させることにより製造することができる。
【0021】
また,本発明は,金属材料の表面に存在する菌の細胞表面タンパク質から電子伝達酵素を金属材料の腐食原因タンパク質であると同定することを含む,金属材料の腐食原因タンパク質の決定方法に関する。金属材料の表面に存在する菌の細胞表面タンパク質に関する情報は,当該菌を培養し,培養物中のタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列を決定することにより得ることができる。配列決定されたタンパク質が,電子伝達酵素であるか否かは,電子伝達反応中心を有するか否かにより決定することができる。本明細書において,電子伝達反応中心としては,特に制限されないが,例えば,ヘム結合ドメイン,及び,鉄イオンクラスター等を含む。また,前記電子伝達酵素は,好ましくは,細胞表面タンパク質,又は膜タンパク質(好ましくは,外膜タンパク質)である。よって,一態様において,本発明は,金属材料の表面に存在する菌の細胞表面タンパク質から膜タンパク質でありかつ電子伝達酵素であるタンパク質を金属材料の腐食原因タンパク質であると同定することを含む,金属材料の腐食原因タンパク質の決定方法に関する。候補タンパク質が膜タンパク質(又は外膜タンパク質)であるか否かは,得られた遺伝子の塩基配列情報から,解析することができる。一例として,前記電子伝達酵素は,配列番号2,4,6,8,10,12,14,16及び18から選択される1つの配列に記載のアミノ酸配列,又はJing Liuら,Chemical Reviews(2014)114:4366-4469に開示されたタンパク質と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子を選択することにより行ってもよい。特に,タンパク質を構成する一部のアミノ酸を,当該アミノ酸と類似する性質(電荷や親/疎水性)のアミノ酸と置換されてもその構造や活性を維持しやすいことが知られている。80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質は,オリジナルのアミノ酸配列に対してこのような「保存的アミノ酸置換」を行うことにより得ることができる。2つまたはそれより多いアミノ酸配列が保存的置換により互いに異なる場合,%配列同一性または類似性の程度は,置換の保存的特性を修正するために上向きに調節してもよい(Pearson, MethodsMol. Biol. 243:307-31(1994)参照)。このような保存的アミノ酸置換としては,グリシン,アラニン,バリン,ロイシン,およびイソロイシンなどの脂肪族側鎖を有するアミノ酸間の置換,セリンおよびトレオニンなどの脂肪族ヒドロキシル側鎖を有するアミノ酸間の置換,アスパラギンおよびグルタミンなどのアミド含有側鎖を有するアミノ酸間の置換,フェニルアラニン,チロシン,ヒスチジン,およびトリプトファンなどの芳香族側鎖を有するアミノ酸間の置換,リジン,アルギニン,およびヒスチジンなどの塩基性側鎖を有するアミノ酸間の置換,アスパラギン酸およびグルタミン酸などの酸性側鎖を有するアミノ酸間の置換,システインおよびメチオニンなどの硫黄含有側鎖を有するアミノ酸間の置換,グリシン,アスパラギン,グルタミン,セリン,スレオニン,チロシン,システイン,およびトリプトファンなどの非荷電の極性側鎖を有するアミノ酸間の置換,アラニン,バリン,ロイシン,イソロイシン,プロリン,フェニルアラニン,およびメチオニンなどの非極性側鎖を有するアミノ酸間の置換,スレオニン,バリン,およびイソロイシンなどのβ分岐側鎖を有するアミノ酸間の置換が含まれ,例えば,バリン-ロイシン-イソロイシン,フェニルアラニン-チロシン,リジン-アルギニン,アラニン-バリン,グルタミン酸塩-アスパラギン酸塩,およびアスパラギン-グルタミン間の置換を挙げることができる。
【0022】
別の態様において,本発明は,前記方法により金属材料の腐食原因タンパク質として決定された電子伝達酵素に結合する抗体若しくはその免疫反応性断片又はアプタマー,あるいは該電子伝達酵素をコードする遺伝子と結合するアンチセンス核酸,dsRNA,又はアプタマーを製造することを含む,腐食防止剤の製造方法に関する。よって,本発明は,前記方法により金属材料の表面に存在する菌の細胞表面タンパク質から電子伝達酵素を同定すること,及び,決定された電子伝達酵素に結合する抗体若しくはその免疫反応性断片又はアプタマー,あるいは該電子伝達酵素をコードする遺伝子と結合するアンチセンス核酸,dsRNA,又はアプタマーを製造することを含む,腐食防止剤の製造方法を含む。
【0023】
本発明の抗体は,ポリクローナル抗体であっても,モノクローナル抗体であってもよい。更に,本発明の抗体は,ヒト,マウス,ラット,ハムスター,モルモット,ラビット,イヌ,サル,ヒツジ,ヤギ,ラクダ,ニワトリ,アヒル等の抗体であってよく,好ましくは,ハイブリドーマを作製することができる動物の抗体であり,より好ましくはマウス,ラット又はウサギの抗体である。本発明の抗体のイムノグロブリンクラスは特に限定されるものではなく,IgG,IgM,IgA,IgE,IgD,又はIgYのいずれのイムノグロブリンクラス(アイソタイプ)であってもよく,好ましくはIgGである。また,本発明の抗体がIgGの場合,いずれのサブクラス(IgG1,IgG2,IgG3,又はIgG4)であってもよい。また,本発明の抗体は,モノスペシフィック,バイスペシフィック(二重特異性抗体),トリスペシフィック(三重特異性抗体)(例えば,WO1991/003493号)であってもよい。また,本発明の抗体は,抗体の免疫反応性断片を含む。本明細書において,「抗体の免疫反応性断片」とは,抗体の一部分(部分断片)を含むタンパク質又はペプチドであって,抗体の抗原への作用(免疫反応性・結合性)を保持するタンパク質又はペプチドを意味し,例えば,F(ab’),Fab’,Fab,Fab,一本鎖Fv(以下,「scFv」という),(タンデム)バイスペシフィック一本鎖Fv(sc(Fv)),一本鎖トリプルボディ,ナノボディ,ダイバレントVHH,ペンタバレントVHH,ミニボディ,(二本鎖)ダイアボディ,タンデムダイアボディ,バイスペシフィックトリボディ,バイスペシフィックバイボディ,デュアルアフィニティリターゲティング分子(DART),トリアボディ(又はトリボディ),テトラボディ(又は[sc(Fv)),若しくは(scFv-SA))ジスルフィド結合Fv(以下,「dsFv」という),コンパクトIgG,重鎖抗体,又はそれらの重合体を挙げることができる。
【0024】
本明細書において「アプタマー」とは,特定の分子と特異的に結合する核酸分子又はペプチドを意味する。アプタマーが核酸である場合,RNAであってもDNAであってもよい。核酸の形態は二本鎖であっても一本鎖であってもよい。アプタマーの長さは標的分子に特異的に結合することができれば特に限定されないが,例えば,10~200ヌクレオチド,好ましくは,10~100ヌクレオチド,より好ましくは15~80ヌクレオチド,さらに好ましくは15~50ヌクレオチドのものである。アプタマーは,当業者において周知の方法を用いて選択することができ,例えば,SELEX法(Systematic Evolution of Ligands by Exponential Enrichment)(Tuerk,C. and Gold,L.(1990)Science,249:505-510)を用いることができる。
【0025】
本明細書において,「アンチセンス核酸」とは,標的とする配列に相補的な配列を有する核酸分子のことであり,DNAであってもRNAであってもよい。また,アンチセンス核酸は標的配列と100%相補的である必要はなく,上述のストリンジェントな条件下で特異的にハイブリダイズすることができれば,相補的でない塩基を含んでいてもよい。アンチセンス核酸は細胞に導入されると,標的配列に結合し,転写,RNAのプロセッシング,翻訳又は安定性を阻害する。また,アンチセンス核酸は,アンチセンスポリヌクレオチドの他に,ポリヌクレオチドミメティックス,変異された骨格(modified back bone)を備えるものを含む。このようなアンチセンス核酸は,標的配列情報を基に,当業者周知に方法を利用して適宜設計及び製造(例えば,化学合成)することができる。
【0026】
「dsRNA」とは,RNA干渉(RNAi)により,少なくとも1部において標的配列と相補的な配列を有し,標的配列を有するmRNAと結合することにより当該mRNAを分解して,それにより標的配列の翻訳(発現)を抑制する二本鎖RNA構造を含むRNAのことである。dsRNAは,siRNA(short interfering RNA)及びshRNA(short hairpin RNA)を含む。dsRNAは,標的遺伝子発現を抑制する限り,標的配列と100%の相同性を備える必要はない。また,dsRNAは,安定化その他の目的で,その一部がDNAに置換されていてもよい。siRNAとして,好ましくは,21~23塩基を備える二本鎖RNAである。siRNAは,当業者周知の方法,例えば,化学合成又は自然発生RNAのアナログとして得ることができる。shRNAは,ヘアピンターン構造をとるRNA短鎖である。shRNAは当業者周知の方法,例えば,化学合成又はshRNAをコードする遺伝子を細胞に導入し,発現させることにより得ることができる。
【0027】
別の態様において,本発明は,金属材料の表面に存在する菌における電子伝達酵素の機能又は発現を阻害することを含む,金属材料の腐食の防止方法に関する。電子伝達酵素は,本発明のタンパク質であってもよいし,前記方法により適宜決定されたタンパク質であってもよい。電子伝達酵素の機能又は発現の阻害は,電子伝達酵素に結合する抗体若しくはその免疫反応性断片又はアプタマー,あるいは該電子伝達酵素をコードする遺伝子と結合するアンチセンス核酸,dsRNA,又はアプタマーを含有する組成物を金属材料の表面に接触させることにより行うことができる。よって,本発明は,前記方法により金属材料の表面に存在する菌から電子伝達酵素を同定すること,及び,同定された電子伝達酵素の機能又は発現を阻害することを含む,金属材料の腐食の防止方法を含む。金属材料は,好ましくは外部環境,たとえば,淡水又は海水などの水中に存在していてもよい。よって,別の態様において,本発明は,外部環境に設置された金属材料の腐食防止方法であって,外部環境から細胞表面酵素もつ細菌を含む試料を採取すること,試料中に存在する細胞表面電子伝達酵素を同定すること,前記酵素に結合する抗体又はその免疫反応断性片又はアプタマー,あるいは前記酵素をコードする遺伝子と結合するアンチセンス核酸,siRNA,又はアプタマーを調製すること,前記抗体,アプタマー,アンチセンス核酸,又はsiRNAを配管に流通させることを有する,金属材料の防食方法を含む。
【0028】
また,別の態様において,本発明は負の電位を持つ金属材料の電位を-0.32V vs.SHE以上(すなわち,-0.32V vs.SHEと同じかそれよりも正の方向に大きい値,例えば,-0.2,-0.1,0,0.1,及び0.2V vs.SHEなど)として,又は-0.32V vs.SHEよりも上げて細菌の電子を引く抜く代謝を止めることにより,金属材料の表面に存在する菌における電子伝達酵素の機能又は発現を阻害することを含む,金属材料の腐食の防止方法に関する。ここで,「V vs.SHE」とは,標準水素電極を基準とした電極電位を意味する。本発明者らの見出したところによれば,0.3V付近のエネルギーが電子を引き抜く代謝を動かすのに最低限必要となるエネルギーであることから,負の電位を持つ金属材料の電位を-0.32V vs.SHE以上又は-0.32V vs.SHEよりも上げることにより,細菌の電子を引く抜く代謝を止めることができる。金属材料の電位の測定は,参照電極で測定することができ,例えば,配管の内部の場合,銀-塩化銀電極により測定することができる。この場合、電位の測定は銀-塩化銀電極で行い,標準水素電極の値に変換してV vs.SHEの値を得ることができる。また,電位の測定は,ポテンショスタットを用いて電位の調整を行いながら同時に行うこともできる。電位の調整は,ポテンショスタットなどの金属材料に電圧をかけることができる手段を用いて適宜行うことができる。
【0029】
以下,実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし,本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお,本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【実施例
【0030】
(微生物の培養)
D.ferrophilus IS5(DSM番号15579)は,CO/N(20:80,v/v)の無酸素条件下,28℃で100mlのDSMZ195c培地を含むブチルゴム栓付きバイアル中で前培養した。5日後,培養物には少量の黒色硫化鉄沈殿剤が含まれていた。細胞懸濁液の一部を,21または110mMの乳酸塩を供給された新鮮なDSMZ195c培地で10倍に希釈し,さらに上記条件下で5日間培養して乳酸飢餓状態または乳酸充足状態をそれぞれ生じさせた。乳酸塩の代わりに15mMフマル酸塩を唯一の電子供与体として添加したことを除いて,D.ferrophilus IS5と同じ条件を用いて,Desulfobacterium vacuolatum(JCM 12295)を培養した。Shewanella oneidensis MR-1は,単離されたコロニーから白金耳で採取した細胞をLB培地に再懸濁して好気的に培養した後,30℃で15時間激しく振とう培養した。培養物を5000×gで10分間遠心分離し,得られたペレットを洗浄し,電子供与体および受容体(60mMの乳酸塩および1mMのフマル酸塩)の改変された濃度で,Gorbyら(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 11358-11363 (2006))によって記載された無酸素化学的に規定された培地3mlに再懸濁した。細胞培養物(OD600nm 1.5)を,100%N環境下のブチルゴム栓付きバイアル5mlに入れ,攪拌せずに30℃で10時間さらに培養した。10.0mM NHCl,1.0mM KHPO,0.5mM MgCl,0.5mM CaCl,5.0mM NaHCO,10mM Na-HEPES(pH 7.0),0.5g yeast extract,及びそれぞれ電子供与体および受容体として10mM 酢酸ナトリウム及び40mM フマル酸ナトリウムを1L中に含有する無酸素性PS培地でGeobacter sulfurreducens PCA(ATCC 51573)を培養した。30℃で5日培養した後,細胞培養物を定常期に達するまでさらに3日間24℃で培養した。大腸菌は,単離されたコロニーから白金耳で採取した細胞をLB培地に再懸濁して好気的に培養した後,37℃で激しく振とうしながら12時間培養した。
【0031】
(ゲノム配列解析と解析)
D.ferrophilus IS5の核酸分子をNucleobond AXG Column Kit(TakaraBio)を用いて新鮮な細胞ペレットから抽出した。単一分子リアルタイム(SMRT)細胞シークエンスのために,PacBio RSIIシーケンサー(Pacific Bioscience)上に15kb挿入ライブラリーを構築した。11kbpの平均サイズを有する合計57,299個のインサートが完全に配列決定された。SMRT分析(バージョン2.3,Pacific Bioscience)で実施されたHGAPプロトコルを使用して,D.ferrophilus IS5ゲノムを構築した。生成された出力は2つの円形コンティグから成っていた。最初のコンティグは,3,702,182塩基対(bp)であり,平均カバレッジは135.36倍であり,第2コンティグは64,963bpであり,平均のカバレッジは37.77倍であった。両方のコンティグの末端の重複を除去し,環状化して,単一の3,677,055bpの環状染色体および43,052bpの環状プラスミドを得た。ゲノムアノテーションをMiGAP(H.Sugawaraら,paper presented at the 20th Int. Conf.Genome Informatics 1-2,Kanagawa,Japan,2009)で行ったところ,染色体に3,375個のコード配列,62個のtRNA遺伝子,および6個のrRNA遺伝子を含んでおり,プラスミド中に56個のコード配列を含んでいた。ヘム結合タンパク質の同定のために,ゲノムをヘム結合モチーフCXnCH(n= 2~5)について検索した。同定されたヘムタンパク質の細胞内の位置は,Psortb(N.Y.Yuら,Bioinformatics 26,1608-1615(2010))を用いて予測した。
【0032】
(トランスクリプトーム解析)
NucleoSpin RNAキット(TakarBio)を用いて全RNAを調製した。Ribo-Zero Magnetic Kit(グラム陰性細菌)を用いてrRNAを除去し,TruSeq Stranded mRNA Library Prep Kit(イルミナ)を用いたシーケンシングのために核酸分子ライブラリーをメーカーのガイドラインに従って調製した。RNA品質は,Agilent 2100 Bioanalyzer(Agilent Technologies,Santa Clara,CA,USA)で確認した。c核酸分子ライブラリーをHiSeq 2500装置(Illumina)でライブラリー当たり5100万~5400万個の100bpのpair-end readsを生成して配列決定した。品質管理された配列読み取り結果を,TopHat(C.Trapnellら,Bioinformatics,25,1105-1111(2009);D.Kimら, Genome Biol. 14, (2013).)を用いてD. ferrophilus IS5のドラフトゲノムにマッピングし,97.4%の最小マッピング同一性を得た。乳酸飢餓または乳酸充足状態で培養されたIS5株細胞の相対的発現パターンを比較するため,FPKM測定基準を用いて配列読み取り結果を定量した。FPKM値は,アデニル酸キナーゼ(adk)および組換えタンパク質A(recA)の2つのハウスキーピング遺伝子の平均によってさらに正規化した。
【0033】
(膜画分抽出)
乳酸飢餓状態(1.58g)および乳酸充足状態(2.25g)のD.ferrophilus IS5細胞の2Lの細胞培養物を7197g,4℃で20分間遠心分離し,湿潤ペレットを回収した。細胞を洗浄し,10mM Tris-HCl緩衝液(pH8)に再懸濁して,MyersおよびMyers(C.R.Myersら, J.Bacteriol.174,3429-3438(1992))に記載された方法で,EDTA-リゾチーム-Brij58方法を用いて破壊した。ペレットが形成されなくなるまで,7197×g,4℃で10分間の遠心分離を繰り返し,破片および破砕されていない細胞を除去した。上清を超遠心分離チューブに移し,日立タイプのS50A-2130ローターを用いて,45,900rpm(RCFmax 177,000×g),4℃で2時間遠心分離して膜混合物をペレット化した。内膜(IM)と外膜(OM)を分離するため,膜ペレットを,0.5mlの10mM Na-HEPES(pH7.5)バッファーに再懸濁し,同バッファーで調製した35%~55%(wt/wt)のスクロース勾配に添加し,日立タイプのS50ST-2069ローターで28,500rpm(RCFmax 82,000×g),4℃で17時間遠心分離した。IMおよびOM画分は異なるスクロース勾配に分離された。膜画分をピペットを用いて1.5mlチューブに注意深く移した。OM画分を室温で2%Triton X-100で10分間洗浄して付着したIMを溶解することによりさらに精製し,その後日立タイプのS110AT-2115ローターを用いて,51,200rpm(RCFmax 150,000×g),4℃で2時間遠心してペレット化した。IMおよびOMの分離は,ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)- ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)にかけたものを,GelCode Blue Safe Protein Stain(サーモサイエンティフィック社(Thermo Scientific))でタンパク質染色して確認した。
【0034】
(抽出されたOM画分のスペクトル分析)
乳酸飢餓細胞および乳酸充足細胞から抽出されたOM画分を含む溶液中のタンパク質濃度は,それぞれ852.1μg/mlおよび5021.0μg/ml(乳酸飢餓細胞の約6倍)であった。次いで,Shimadzu UV Probe MPC-2200を用いて,乳酸飢餓細胞及び乳酸充足細胞のOM画分を,それぞれ0.34mg(0.4ml×852.1μg/ml)および2.0mg(0.4ml×5021.0μg/ml)を用いてUV-vis吸収スペクトルを測定し,c型シトクロムのOM分画への局在を同定した(光路,2mm;スリット幅,5.0nm;スキャン速度,培地)。吸収スペクトルは,室温で空気酸化および亜ジチオン酸還元条件下で測定した。ヘム含有量の定量的比較のために,吸収スペクトルのベースラインを差し引き,419nmでのSoretピーク強度を得て,341μgの同じタンパク質で正規化した。
【0035】
(OMシトクロムをコードする遺伝子の同定)
OMシトクロムをコードする遺伝子を同定するため,高いシトクロム含量を有する乳酸飢餓状態のIS5細胞から単離したOM画分を電気泳動し,次にThomasら(P.E.Thomasら,Anal. Biochem.75,168-176(1976))に記載されたテトラメチルベンジジン-H法を用いてヘム染色した。 5つの優性ヘム陽性バンドを切り出し,ゲル中,37℃でトリプシン(TPCK処理,Worthington Biochemical Co.)を用いて一晩分解した。消化されたペプチドは,Q Exactive質量分析計(Thermo Fisher Scientific)を用いて,ナノ液体クロマトグラフィー-タンデム質量分析(LC-MS/MS)によって分析した。ペプチドは,ナノESIスプレーカラム(75μm[ID]×100mm[L],NTCC分析カラムC18,3μm,Nikkyo Technos)を用いて,0%~35%の緩衝液B(100%アセトニトリルおよび0.1%ギ酸)の直線勾配を流速300nL/分で10分間かけて分離した(Easy nLC;Thermo Fisher Scientific)。質量分析計を陽イオンモードで操作し,データ依存TOP10法を用いてMSおよびMS/MSスペクトルを取得した。ローカルMASCOTサーバ(バージョン2.5,Matrix Sciences;パラメータ:Peptide Mass Tolerance,±15ppm;フラグメント質量トレランス,±20mmu;およびMax Missed Cleavages,3;機器タイプ,ESI-TRAP)を用いて,インハウスで予測されたD.ferrophilus IS5 60229 ORFデータベース(ゲノムおよびプラスミド中の3431コード配列;1089117残基)に対してMS/MSスペクトルを検索した。
【0036】
(系統樹の構築)
D.ferrophilus IS5の細胞外シトクロムに対する相同タンパク質の検索のために,IS5株のDFE_450およびDFE_464によってコードされるタンパク質配列を,blastpアルゴリズムを用いたNCBI非重複データベースの質問配列として使用した。200以上の最大blastスコアを有するタンパク質は,高度に同一であるとみなされた。同一タンパク質のアミノ酸配列をNCBIタンパク質データベースから収集した。16S rRNA系統樹の構築のため,NCBIヌクレオチドデータベースから16S rRNA配列を収集し,MUSCLE(R.C.Edgar,Nucleic Acids Res.32,1792-1797(2004))を用いてアラインし,MEGA 7(S.Kumarら,Mol.Biol.Evol.33,1870-1874(2016))を用いて隣接結合法(N.Saitouら,Mol.Biol.Evol.4,406-425(1987))により分析した。タンパク質系統樹の構築のために,信頼性の低いカラムを削除したアミノ酸配列(89.2%の残基が残存)を,GUIDANCE 2を用いてアラインし(I.Selaら,Nucleic Acids Res.43,W7-14(2015)),MEGA 7(S.Kumarら,(2016)前掲)を用いて最大尤度法で分析した。
【0037】
(全細胞電気化学分析)
電気化学的測定は,100%Nを充填した単一のCOY嫌気性チャンバー内に保持された3電極反応器で行った。スプレー熱分解によりガラス基板上に成長させた酸化インジウムスズ(ITO)(SPD Laboratory,Inc.,Japan)を作用電極(抵抗8Ω/square,厚さ1.1mm,表面積3.1cm)として使用し,反応器の底に設置した。白金線およびAg/AgCl(sat.KCl)をそれぞれカウンター電極および参照電極として使用した。次の組成を有する塩培地を電解質として使用した:457mM NaCl,47mM MgCl,7.0mM KCl,5.0mM NaHCO,1.0mM CaCl,1.0mM KHPO,1.0mM NHCl,25mM Na-HEPES(pH7.5),1mLの亜セレン酸タングステン酸塩溶液(12.5mM NaOH,11.4μM NaSeO・5HO,12.1μM NaWO・2HO),および1mlの微量元素溶液SL-10(DSMZ培地320に記載されている)。塩培地には,電子受容体として21mM NaSO,炭素源として1mM酢酸塩を添加し,ビタミンまたは還元試薬は添加しなかった。塩培地を0.22μmフィルターに通過させて滅菌し,次いで100%Nで15分間パージすることにより脱気した。合計4.5mlの滅菌無酸素塩溶液を電解質として電気化学反応器に加えた。電気化学的測定の間,反応器は攪拌せずに操作した。菌株IS5およびD.vacuolatum細胞は,50mlの培養物から遠心分離により回収し,0.5mlの無酸素塩培地に再懸濁し,次いで最終OD600nmが0.1および0.3となるように反応器に添加した。自動分極システム(VMP3,Bio Logic Company,フランス)を用いて,クロノアンペロメトリー,リニアスイープボルタンメトリー(LSV)および示差パルスボルタンメトリー(DPV)を測定した。DPVは,5.0mVのパルス増分,50mVのパルス振幅,300msのパルス幅,および5.0秒のパルス周期の条件下で測定した。LSVは0.1mV/sの走査速度で測定した。電位走査は負の方向に行った。
【0038】
(走査電子顕微鏡法)
電気化学的測定を行った後,ITO電極を反応器から取り出し,2.5%グルタルアルデヒドで固定し,次いで電極を50mM Na-HEPES(pH7.4)に3回浸漬することによって洗浄した。洗浄した試料を,同じ緩衝液中の25%,50%,75%,90%および100%エタノール勾配で脱水し,t-ブタノールに3回交換し,次いで真空下で凍結乾燥した。乾燥試料を蒸発白金で被覆し,次にKeyence VE-9800顕微鏡を用いて観察した。
【0039】
(透過電子顕微鏡法)
50mlの細胞培養物中の乳酸飢餓及び乳酸充足D.ferrophilus IS5細胞を,5000×gで8分間遠心分離することにより回収し,直ちに2%パラホルムアルデヒドおよび2.5%グルタルアルデヒドを含有する脱気溶液中,氷上で固定した。固定後,すべての操作を2mlエッペンドルフチューブで行った。1.5mlの50mM Na-HEPES(pH7.4,35g/L NaCl)中に穏やかに再懸濁した後,遠心分離(5000×g,4分)することにより5回洗浄した。McGlynnら(S.E.McGlynnら,Nature 526,531-U146(2015))記載の方法に従い,シトクロム反応性の3,3’-ジアミノベンジジン(DAB)-H染色,OsO染色,および樹脂包埋を逐次行った。膜小胞を可視化するため,コンビナトリアル重金属染色を行い膜のコントラストを強調した。Deerinckら(T.J.Deerinckら,NCMIR methods for 3D EM: a new protocol for preparation of biological specimens for serial block face scanning electron microscopy. Available at https://ncmir.ucsd.edu/sbem-protocol(2010))が記述した方法を若干修正し,哺乳動物組織およびカコジル酸緩衝液の代わりに,それぞれ細菌細胞および50mM Na-HEPES(pH7.4,35g/L NaCl)を用いて初期細胞洗浄を行った。得られた樹脂ブロックをダイヤモンドナイフ(DiATOME,Ultra35°)で80nmに切断し,浮遊切片を銅マイクログリッド(Nishin EM)に載せた。薄い切片を調べ,80kVで操作されるJEM-1400顕微鏡を用いて画像化した。
【0040】
(蛍光顕微鏡法)
乳酸飢餓状態のD.ferrophilus IS5細胞を,脱気した2%グルタルアルデヒド溶液で固定し,Pirbadianら(S.Pirbadianら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 111,12883-12888(2014))の記載に従って,それぞれタンパク質特異的および膜特異的蛍光色素である,NanoOrange試薬およびFM4-64FX(ThermoFisher Scientific)で染色した。それぞれの蛍光をFITCフィルターおよびTXRフィルターをそれぞれ装備したLeica DFC450C落射蛍光顕微鏡で×100油浸対物レンズの下で観察した。
【0041】
(実施例1)D.ferrophilus IS5の外膜ヘムタンパク質の同定
SRBにおける電子取り込みプロセスは,鉄還元細菌(D.E.Rossら,PLoS ONE 6,e16649(2011);A.Okamotoら,Angew. Chem.Int.Ed.53,10988-10991(2014);L.A.ShiらEnv.Microbiol.Rep.1,220-227(2009))による細胞外電子伝達中に起こるように,外膜(OM)ヘムタンパク質またはナノフィラメント(H.Venzlaffら,Corros.Sci.66,88-96(2013);D.Enningら,Appl.Environ.Microb.80,1226-1236(2014))を必須の構成とすると推測されている。本発明者らは,D.ferrophilus IS5の3.7Mbp環状ゲノム全体を配列決定し,少なくとも4つのヘム結合モチーフを含むマルチヘムシトクロムをコードする26の遺伝子を同定した。これらは直接的な電子伝達経路であるOMを貫通するシトクロム複合体(OMシトクロム,OMCs)の形成と,モデル鉄還元細菌であるShewanella oneidensisおよびGeobacter sulfurreducensにおける,細胞外固形分の減少に必須である。G.sulfurreducensの導電性ナノフィラメントをコードする遺伝子はIS5株のゲノムには見出されなかったが,遺伝子DFE_450およびDFE_464によってコードされるマルチヘムシトクロムは細胞外であると予測され,したがって,D.ferrophilus IS5における細胞外電子取り込みの需要な構成要素であると考えられた。NCBI非重複タンパク質データベースを検索し,DFE_450およびDFE_464にコードされているものと相同なOMCsは,SO 2-,SO 2-,S 2-,S,及びSn2-を減少させる,プロテオバクテリア門,サーモデスルフォバクテリア門およびアクウィフェクス門の堆積細菌の培養物および未培養物の間で広く分布していた(図1a)。注目すべきことに,D.ferrophilus IS5 OMCのホモログは,S.oneidensis,G.sulfurreducensおよびAcidithiobacillus ferroxidansのOMCとは明確に配列が相違していた(図1b)。これらの保存されたOMCsがOSS呼吸細菌に広く存在することから,この特徴不明瞭な微生物群は,可溶性電子供与体が制限される条件下で還元硫化物鉱物からOMCを介して電子を抽出できることが示唆された。
【0042】
そこで,本発明者らは,乳酸含量が限定された培地で培養された細胞のOM抽出およびトランスクリプトーム解析の両方を行うことにより,可溶性電子供与体が制限された条件下において,D.ferrophilus IS5がOMCを高度に発現することを確認した。播種5日後には乳酸は完全に消費され,粗膜画分は内膜と外膜に明らかに分離された(図2a)。抽出されたOM画分のUV-vis吸収スペクトルは,酸化および還元c型シトクロムに特徴的なSoretおよびQバンド吸収を示した(図2B左図)。スペクトルデータの解析により,乳酸飢餓状態のIS5細胞は,5日間の培養後に30mM以上の乳酸塩が残存していた乳酸充足条件下で培養された細胞より少なくとも10倍のOMCを有することが示された(図2B右図)。D.ferrophilus IS5 OMCsをコードする遺伝子を解明するために,乳酸飢餓細胞の電気泳動OM画分は,ヘム染色(3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン-H)で処理してOMCsを可視化し,次いでヘム陽性バンド中のタンパク質のアミノ酸配列を決定した。このアプローチを用いて,それぞれ12および14のヘム結合部位を有するシトクロムをコードするDFE_449およびDFE_461の遺伝子産物を検出した(図2a)。ヘム陽性バンドには他のシトクロムは検出されなかったが,トランスクリプトーム解析では,DFE_450およびDFE_464によりコードされる2つの細胞外シトクロムを含む他のシトクロムが乳酸飢餓条件下で過剰発現していることが明らかになった(図2c)。これにより,IS5細胞は電子供与体飢餓状態となると,電子摂取のためのOMCの発現を促進することが示唆された。
【0043】
本発明者らは,乳酸飢餓状態のD.ferrophilus IS5細胞が,乳酸塩が十分な状態の細胞と比較して著しく高い効率で電極表面から電子を抽出できることを電気化学的測定によりさらに確認した。Hの発生を防ぐために-0.4V(標準水素電極対比)に保たれたインジウム-錫ドープ酸化物(ITO)電極を備えた3電極嫌気性反応器を用いて(X.Dengら,Electrochemistry 83,529-531(2015)),硫酸塩還元を伴う細胞外電子取り込みによって生成された電流を測定した。乳酸飢餓状態のD.ferrophilus IS5細胞を電極が唯一の電子供与体として働く反応器に導入すると,陰極電流密度は直ちに増加し,1時間以内に>0.2μAcm-2まで増加した(図3a)。対照的に,Hを消費するSRB Desulfobacterium vacuolatumまたは滅菌培地を反応器に導入すると,検出された電流増加は無視できるほどであった。乳酸塩充足D.ferrophilus IS5細胞を添加しても陰極電流は急激には増加せず,わずかな電流増加およびバックグラウンド非ファラデー性電流の変化があった。これにより,細胞培養中の乳酸塩濃度がD.ferrophilus IS5細胞の電子取り込み能力を変化させることが示された。IS5細胞の倍増時間は乳酸塩を含む嫌気的増殖条件下で約13.5時間であるが,3日後のITO電極上の乳酸飢餓IS5細胞の数は有意に増加しないまま,IS5細胞の陰極電流の生成が継続した。これは電極が乳酸塩よりもはるかに少ない量のエネルギーをIS5細胞に提供することを示唆している。陰極電流測定後にリニアスイープ(LS)ボルタンメトリーによって測定された硫酸還元電流の潜在的依存性は,乳酸飢餓状態のIS5細胞において硫酸還元が-0.3Vから開始され,-0.42Vの電位で最大化されたことを示した(図3b)。対照的に,乳酸塩充足IS5,H消費D.vacuolatumまたは滅菌培地のLSボルタンメトリーでは硫酸塩還元の有意な電流は観察されなかった。観察された-0.3Vの硫酸塩還元の開始電位は,示差パルスボルタンメトリーから求めた乳酸飢餓状態のD.ferrophilus IS5のレドックスプロファイルと一致した。
【0044】
特に,-0.1Vでの乳酸飢餓細胞のLSボルタンメトリーで観察された別のピークは,生合成された硫化鉄の還元に割り当てることができ,これは,乳酸飢餓IS5細胞において2時間後にピーク電流発生後わずかに電流が減少する原因が,硫化鉄の生成が細胞と電極表面との間の直接接触を阻害し得るためと説明するものである(図3A)。-0.3Vの硫酸塩還元の閾値電極電位は,NADHの酸化還元電位に類似しているが,フェレドキシンよりも陽性であり,このことはNADHがペリプラズムのシトクロムから細胞質アデノシンホスホサルフェートレダクターゼに電子を受け取る一次電子輸送成分として役立つことを示唆している(図3c)。これらの結果は,同定された電子取り込みメカニズムが,硫酸塩還元プロセスを駆動するために,電子の形態のエネルギーのほぼ最小量を必要とすることをさらに示唆している。他のOSS(SO 2-,S 2-,SおよびSn2-)に電子を供与する最も重要な薬剤(例えばメナキノン)の生成も,NADHと同等またはそれ以上の正の酸化還元電位で起こるので,ここで同定されたOMCの新しい群は,海洋堆積物を含む電子供与体に限られた環境において特に,OSS呼吸細菌の微生物エネルギー獲得プロセスの重要な構成要素となりうる。さらに,電子取り込みと結びついたIS5の成長は,電極上では無視できる程度であったが,代謝を行うために最小限ではあるが十分なエネルギー要求は,地下の貧食環境で観察された非常に遅い成長速度に関連し得る(T.M.Hoehlerら,Nat.Rev.Microbiol.11,83-94(2013))。
【0045】
電気化学的測定後の電極表面の走査型電子顕微鏡観察により,乳酸飢餓状態のIS5細胞は電極上に単一層のバイオフィルムを形成した(図4a)。これは,細胞外電子伝達能を有する多くの細菌株と同様であり,電子取り込みがOMCsを介して起こるという概念に合致した。さらに,ナノフィラメント構造が細胞間及び細胞から電極表面まで伸びるように観察された(図4b)。S.oneidensis MR-1によって産生された同様のナノワイヤはOM(S.Pirbadianら,Proc. Natl.Acad.Sci.USA 111,12883-12888(2014);Y.A.Gorbyら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 103,11358-11363(2006))の伸長であることが示されていることから,IS5株のOM画分で検出されたシトクロムも観察されたナノワイヤに局在すると考えられる。
【0046】
OMCについて観察されたように,乳酸塩の制限に応答して,D.ferrophilus IS5細胞でナノワイヤ様構造の形成が誘導された。ナノワイヤ上のOMCの分布を調べるため,チトクローム反応性の3,3’-ジアミノベンジジン(DAB)-H染色を施した細胞の薄切片について透過型電子顕微鏡検査を行ったところ,ヘム鉄の中心はOsOに対して高い結合親和性を示しながらDABポリマーの形成を触媒した。陽性染色対照として,ナノワイヤ形成を促進する条件下で増殖させたS.oneidensisおよびG.sulfurreducens細胞を使用した(Y.A.Gorbyら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 103,11358-11363(2006);G.Regueraら,Nature 435,1098-1101(2005))。OMCsの発現分析と一致するように,乳酸飢餓IS5細胞(図4c~e)の外縁は,乳酸充足細胞の約2倍の強度で染色された。S.oneidensisおよびG.sulfurreducens細胞で同様の染色強度が観察された一方,陰性染色対照として使用したOMCがない大腸菌細胞では,膜領域と比較して細胞内でより強い染色を示した。D.ferrophilus IS5のナノワイヤは30~50nmの直径を有する竹様構造に似ており,陽性DAB染色でのみ明瞭に見ることができ,ナノワイヤ表面上のシトクロムの高い被覆率を示唆している。IS5ナノワイヤは,S.oneidensisのものよりわずかに薄いが,両方とも同一のセグメント構造および強力なシトクロム陽性染色を示し,IS5ナノワイヤもS.oneidensisにおいて提唱されているような電子移動の役割を果たすことが示唆された。対照的に,G.sulfurreducensナノワイヤは約7nmの直径を有し,弱陽性と陰性の両方のDAB染色を示した。これらの相違は,S.oneidensisのナノワイヤがOM(S.Pirbadianら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 111,12883-12888(2014))の延長であることを示唆する以前の構造モデルと一致しており,一方でG.sulfurreducensのものは主にIV型ピリンPilA(G.Regueraら,Nature 435,1098-1101(2005))からなっている。
【0047】
D.ferrophilus IS5のナノワイヤの組成をより詳細に調べるために,乳酸飢餓状態の細胞を,それぞれタンパク質特異的蛍光色素及び膜特異的蛍光色素である,NanoOrangeおよびFM4-64FXで染色した(図4f及びg)。タンパク質と膜の両方について染色されたIS5株のナノワイヤの蛍光顕微鏡観察により,ナノワイヤが細胞膜の延長であり,S.oneidensisのナノワイヤ(S.Pirbadianら,(2014)前掲)と同一であることが明らかとなった。透過型電子顕微鏡で観察された竹様構造と合わせて,IS5株およびS.oneidensisのナノワイヤは,数十ナノメートルサイズのOM小胞の整列したアラインメントであると考えられた。透過型電子顕微鏡において膜のコントラストを強調する重金属染色を行ったところ,乳酸飢餓状態のIS5細胞における膜小胞の分泌およびそれらのアラインメントを観察した。よって,抽出された乳酸飢餓状態のIS5細胞のOM画分もナノワイヤを含む可能性が高いことが示された。これらのデータは,D.ferrophilus IS5のOMCsおよびナノワイヤが細胞外固体からの電子取り込みを仲介することを示唆している。
【0048】
いくつかの鉄還元細菌株で確認されているように,同定されたマルチヘムシトクロムは,D.ferrophilus IS5のOMを貫通するタンパク質複合体を形成し得ると考えられた。抽出されたOM画分中に検出されたDFE_449およびDFE_461によってコードされるシトクロムがペリプラズムにあると予測され,これらの遺伝子は細胞外シトクロムをコードすると推定されるDFE_450およびDFE_464に近接したゲノムに位置するので,DFE_449およびDFE_461は,OM MtrCABシトクロム複合体中のペリプラズムデカヘムシトクロムであり,シュワネラ種の金属還元に重要な(A.S.Beliaevら,Mol.Microbiol.39,722-730(2001);C.Reyesら,J. Bacteriol. 194, 5840-5847 (2012).),S.oneidensis MtrAと同様の機能を果たすOM結合ペリプラズムシトクロムをコードしていると考えられた。トランスクリプトーム解析から,鉄還元細菌でβバレルタンパク質についてみられるように(R.S.Hartshorneら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 106,22169-22174(2009)),タンパク質-タンパク質相互作用部位として機能し,OMCを安定化させることができる3つの他のシトクロムおよび2つのNHL-リピートβ-プロペラタンパク質を含むタンパク質をコードする遺伝子DFE_448~451およびDFE_461~465の同等の発現レベルが明らかとなった(図2c)。また,同種のβ-プロペラタンパク質も,多数の海底堆積物中のOSS-呼吸細菌で同定され,潜在的なOMC複合体がこの微生物群の間で広く保存され得ることが示唆された。同様の電子摂取は,IS5(図1b)とは異なるOMC(Cyc2)を有する(T. Ishiiら,Front.Microbiol.6,(2015);A.Yarzabalら,J.Bacteriol.184,1502-1502(2002))Fe2+酸化A.ferrooxidansでも報告されているが,嫌気性条件下での硫化物鉱物の細菌酸化は硫化鉄から放出されたFe2+イオンの間接的酸化であると考えられており(K.L.Straubら,Appl.Environ.Microb. 62,1458-1460(1996); C.J.Jorgensenら,Environ.Sci.Technol.43,4851-4857(2009)),本発明が示した直接電子摂取モデルとは異なる。
【0049】
メタン古細菌と混合培養した様々な難培養SRB株においてD.ferrophilus IS5のOMCsと相同なメタンの嫌気的酸化を行うOMCsをコードする遺伝子が同定されているように(図1),メタン資化性古細菌とのコンソーシアムを形成する様々な(図1)において同定されたので,観察されたD.ferrophilus IS5 OMCsの電子取り込み能力は,SRBがOMCまたはナノワイヤを介して古細菌細胞から電子を直接受け取ることができるという,最近提案されたモデルを支持している(S.E.McGlynnら,(2015)前掲; S.Schellerら,Science 351,703-707(2016);G.Wegenerら,Nature 526,587-U315(2015))。本電気化学的データによれば,メタン酸化コンソーシアムにおけるSRBは,-0.3Vよりも負の電位を有する電子を必要とし,これはメタン栄養性古細菌からの電子によって2,7-AQDS(-0.185Vの酸化還元電位)が減少する(S.Schellerら,(2016)前掲)ことと合致する。同定されたクレードのOMCs及びこれらのヘムタンパク質が介在する電子移動過程のエネルギー論に関連するこれらの知見により,可溶性エネルギー源の限られた条件下での堆積物中のOSS誘発微生物の微生物エネルギー産生のみならず,SRBを含有する合成学的コンソーシアムにおける種間電子伝達に関する理解を深めると期待される。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明のタンパク質は,細胞外からの電子引き抜きに関与することから,本発明のタンパク質の発現または機能を阻害することにより,細菌の電子引き抜きに基づく事象を阻害することができ,それにより,鉄腐食などを予防または阻止することができる。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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