(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-02
(45)【発行日】2022-05-13
(54)【発明の名称】サーチュイン1(SIRT1)発現増強用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 36/185 20060101AFI20220506BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20220506BHJP
A61K 31/37 20060101ALI20220506BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220506BHJP
【FI】
A61K36/185
A23L33/105
A61K31/37
A61P43/00 111
(21)【出願番号】P 2019204950
(22)【出願日】2019-11-12
【審査請求日】2021-07-01
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【氏名又は名称】山田 泰之
(72)【発明者】
【氏名】坂井 友美
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 知倫
(72)【発明者】
【氏名】澤野 健史
【審査官】菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-505167(JP,A)
【文献】特開2020-147516(JP,A)
【文献】特表2019-524679(JP,A)
【文献】Microvascular Research, 2013, Vol.90, pp.30-39
【文献】Nutrients, 2018, Vol. 10, 799, pp. 1-16
【文献】International Journal of Pharmacy and Pharmaceutical Sciences, 2011, Vol. 3, Issue 4, pp. 343-347
【文献】Archives of Pharmacy Practice, 2016, Vol. 7, Suppl. 1, pp. S39-42
【文献】Journal of Applied Pharmaceutical Science, April 2019, Vol. 9, pp. 077-081
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/185
A23L 33/105
A61K 31/37
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トンカットアリの抽出物を有効成分として含有する、サーチュイン1(SIRT1)の発現増強用組成物(但し、増殖性網膜症、視覚機能
、骨粗鬆症、加齢に伴う性機能低下の改善、アルツハイマー症及び認知症の改善用組成物を除く)。
【請求項2】
トンカットアリの抽出物がトンカットアリの水及び/又は有機溶剤抽出物である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
トンカットアリの抽出物が、ユーリコマノンを含有する抽出物である請求項1、2のいずれかに記載の組成物。
【請求項4】
ユーリコマノンを有効成分として含有する、サーチュイン1(SIRT1)の発現増強用組成物(但し、増殖性網膜症、視覚機能
、骨粗鬆症、加齢に伴う性機能低下の改善、アルツハイマー症及び認知症の改善用組成物を除く)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サーチュインの1つであるSIRT1の発現増強作用を有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
サーチュイン遺伝子は、長寿遺伝子とも呼ばれ、その活性化により生物の寿命が延びるとされる。サーチュイン遺伝子の活性化により合成されるタンパク質、サーチュイン(Sirtuin)はヒストン脱アセチル化酵素であり、ヒストンとDNAの結合に作用し、遺伝的な調節を行うことで寿命を延ばすと考えられている。
【0003】
サーチュイン1(SIRT1)は、加齢によって発現が低下する一方、カロリー制限により活性化されること、またブドウの果皮や赤ワイン、ピーナッツ等に含まれるポリフェノールであるレスベラトロールによって活性化されることが知られている(非特許文献1)。
【0004】
サーチュイン1(SIRT1)は各組織において様々な役割を担っており、アルツハイマー型老年認知症、骨粗鬆症、動脈硬化、骨格筋減少症などの老化関連疾患との関連についての研究も行われている。
【0005】
例えば中枢神経系における作用として、アルツハイマー型認知症モデルマウスを使った研究では、レスベラトロール投与によるサーチュイン1(SIRT1)の活性化により、海馬での神経変性を抑制し、認知機能の改善が認められた報告がある(非特許文献2)。一方、末梢神経系における作用としては、ブルーベリー抽出物等がサーチュイン1(SIRT1)の活性化を通して、屈折異常等の眼疾患治療用組成物として提供されている例や(特許文献1)、糖尿病網膜症の抑制に効果をもたらすといった報告(非特許文献3)がある。
このように、サーチュイン1(SIRT1)の活性化剤はその用途に期待が高く、サーチュイン1(SIRT1)のさらなる活性化剤への要望は強い。
【0006】
一方、ニガキ科に属する植物の一種であるトンカットアリ(和名:ニガキ科ナガエカサ、学名:Eurycoma longifolia)の抽出物は、マレーシアなどの東南アジアでは古来より解熱剤、マラリア治療および胃病等の民間薬として用いられてきた。近年この抽出物に男性更年期障害の改善作用が見いだされた(特許文献2)。また、特許文献3には、トンカットアリの男性機能に対する活性は、クアシノイド類、クマリン類などの配糖体にあり、極性有機溶媒で抽出できることが記載されている。また、トンカットアリに含まれるユーリペプチドがコレステロールを出発点とする男性ホルモンの生合成に関与していることがわかり、生合成されたテストステロンが男性生殖器や脳、皮膚、筋肉、骨、腎臓、肝臓などの様々な標的部位で活性を示すことが報告されている。さらに、特許文献4には、トンカットアリの根から水抽出した後、ゲル濾過法によって分画することによってテストステロン作用を有する物質を単離できることが記載されている。また、男女問わずトンカットアリ抽出物の摂取により、免疫力が向上したことを示す報告がある。このように、トンカットアリはヒトへの様々な生理作用が報告されている摂取経験の多い植物であるが、サーチュイン1(SIRT1)の発現増強作用は、これまで知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2006-298876公報
【文献】特開2009-051765号公報
【文献】特表2010-500342号公報
【文献】米国特許第7132117号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Nature. 2003 Sep 11;425(6954):191-6.
【文献】EMBO J 2007; 26: 3169―3179
【文献】Invest Ophthalmol Vis Sci. 2011 Nov 25;52(12):9142-8.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、トンカットアリ抽出物を有効成分として含有する、サーチュイン1(SIRT1)の発現増強用組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、多数の天然物や化合物の網膜由来ミュラー細胞に対する作用を研究する過程で、ミュラー細胞に作用してサーチュイン1(SIRT1)の発現を増強する効果を有する物質を見出し、本発明をなした。
【0011】
すなわち、
本発明は、以下の構成からなる。
(1)トンカットアリの抽出物を有効成分として含有する、サーチュイン1(SIRT1)の発現増強用組成物。
(2)トンカットアリの抽出物がトンカットアリの水及び/又は有機溶剤抽出物である(1)に記載の組成物。
(3)トンカットアリの抽出物が、ユーリコマノンを含有する抽出物である(1)(2)のいずれかに記載の組成物。
(4)ユーリコマノンを有効成分として含有する、サーチュイン1(SIRT1)の発現増強用組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、トンカットアリの抽出物を有効成分とする、サーチュイン1(SIRT1)の発現を増強する組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】トンカットアリの抽出物がサーチュイン1(SIRT1)の発現を増強することを示すグラフである。
【
図2】トンカットアリの抽出物中に含まれるユーリコマノンがサーチュイン1(SIRT1)の発現を増強することを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明について具体的に説明する。
なお、本発明でいう「組成物」とは、トンカットアリの抽出物を含有し、サーチュイン1(以下「SIRT1」)の発現を増強するものをいう。「組成物」には飲食品、医薬品、健康食品を包含する。
【0015】
本発明に用いられるトンカットアリの抽出物としては、特に限定されるものではないが、東南アジアに生育する樹木の幹または根の抽出物が好ましく用いられる。中でも、トンカットアリの根の水性溶媒抽出物が好ましく用いられる。
【0016】
トンカットアリの抽出物は、特許文献4に開示されている還流冷却器を付した熱水抽出法によって抽出することが好ましい。またアルコール或いは水とアルコールの混合溶液による抽出でも良い。抽出液は、凍結乾燥等の乾燥手段によって溶媒を除去し、抽出エキスとしても良い。なお、このような抽出エキスは、トンカットアリ乾燥エキスとして市販されており、これを本発明に用いても良い。市販されているものとして「トンカットアリ(Physta:登録商標)フィスタ:アスク薬品株式会社」を例示できる。
【0017】
さらに抽出物は、公知の分離精製方法を適宜組み合わせて活性を高めることもできる。
トンカットアリの抽出物をヒトに投与する場合は、経口投与が好ましく、具体的には、飲食品、医薬品、サプリメント等の健康食品として使用可能である。
【0018】
トンカットアリの抽出物を食品・飲料として使用する場合、例えば、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等の飲料、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、スープ類等、あらゆる食品・飲料形態とすることができる。
【0019】
また、トンカットアリの抽出物を含有する組成物をサプリメントや医薬品として使用する場合、例えば、錠剤、顆粒剤等の経口用固形成形剤、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤として利用することができる。
【0020】
トンカットアリの抽出物を医薬品やサプリメントの製剤とする場合は、トンカットアリの抽出物を一般的な製造法により、直接又は製剤上許容し得る担体とともに混合、分散した後、所望の形態に加工することによって、容易に得ることができる。この場合、本発明に用いられる抽出物の他に、かかる形態に一般的に用いられる植物油、動物油等の油性基剤、pH調整剤、防腐剤、増粘剤、色素、香料等を本発明の効果を妨害しない範囲で適宜配合することができる。
【0021】
本発明のトンカットアリの抽出物を含有する組成物は、特に限定されるものではないが、好ましくは抽出物の乾燥物として通常全組成の0.00001~99.5質量%の範囲で含有される組成物とする。
【実施例】
【0022】
実施例、試験例を示し、本発明についてさらに説明する。
<実施例1.SIRT1発現増強作用>
(1)初代ミュラー細胞の調製
初代ミュラー細胞は次の方法で調製した。
7日齢のSDラット10匹から網膜を単離した。単離した網膜は、PBS(-)で5倍希釈したトリプシン-EDTA(Sigma T3924)にDNaseI(Roche)を終濃度100ng/mlで添加した溶液10ml中で、37℃で30分間静置した。ピペッティング操作により網膜組織を分散させ、2,400rpm、室温で5分間遠心した。上清を吸引除去した後、10%FBS(biosera)、1%ペニシリン-ストレプトマイシン(Sigma)を含むDMEM-F12培地(Gibco)25mlに懸濁した。懸濁液を70μMのセルストレーナー(FALCON)に通した後、細胞数を計測し、4.2x106cells/mlの濃度になるよう希釈した。T-75細胞培養用フラスコ(住友ベークライト株式会社)に10mlずつ播種し、37℃、5%CO2下で培養した(培養0日目)。培養3日目に、培地を吸引除去し、新しい培地20mlに交換し、再び37℃、5%CO2下で培養した。培養7日目に、Wei-Tao Songらの方法(Ophthalmol 2013;6(6):778-784)に準じて、ミュラー細胞を純化した。培養8日目に、ミュラー細胞を剥がし、4x105cell/mlの濃度になるよう懸濁し、96well cell culture plate (FALCON)に100μLずつ播種し、37℃、5%CO2下で培養した。
【0023】
(2)トンカットアリ抽出物のSIRT1発現増強作用の確認
トンカットアリ抽出物のSIRT1発現増強作用について、以下の方法で試験した。
1)試験試料
トンカットアリ抽出物は、アスク薬品株式会社より入手した(製品番号012.105「トンカットアリ乾燥エキス Physta」)を試験に用いた。このエキスは、Eurycoma longifolia Jackの乾燥根から水抽出されたものであって、規格成分として、ユーリコマノンを0.8~1.5質量%、グリコサポニンを35質量%以上、総多糖類を30質量%以上、総蛋白を22質量%以上含有する粉末である。以下の試験においては、DMSOで溶解して使用した。
【0024】
2)SIRT1発現増強
実施例1に記載の方法で調製した培養9日目の初代ミュラー細胞の培地を全量除去し、1%FBSを含むDMEM-F12培地100μLに交換し、37℃、5%CO
2で90分間培養することで血清飢餓状態に置いた。
上記のトンカットアリ根抽出物を、0、50、100μg/mlに濃度になるように添加し、90分間培養後に上清を除去し、RNeasy 96 kit(QIAGEN)を用い添付の説明書に従ってRNAを調製した。RNA調製の際、DNaseIKit(QIAGEN)を用い、ゲノムDNAの除去を行った。約40ngの調製したRNAは、PrimeScript RT reagent kit(Takara)を用いて添付の説明書に従いcDNAを作製した。
SIRT1の発現量はApplied Biosystems TaqMan Gene Expression Assayを用い、内在性コントロールにはラットGapdh Taqman probeを用いて、次の方法で定量した。1μLのcDNAとラットGAPDH Taqman probe、ラットSIRT1 Taqman probe、Taqman Multiplex Master Mixを所定の割合で混合し、計10μLとなるようにPCR grade water(Invitrogen)を添加し混合したものを反応液とした。
調製した反応液は、Quant Studio 5(Applied Biosystems)を用い、[(95℃、20秒)→(95℃、1秒)→(60℃、20秒)]x45サイクルの反応条件で測定を行った。
測定により得られたCt値からGapdhを内部標準としてΔΔCt法により、各サンプルの相対的遺伝子発現量を求めた。
使用したTaqman probeの製品情報、仕様は以下のとおりである。
Gapdh:Appilied biosystems Assay ID:Rn01462662_g1(Dye:VIC,Quencher:MGB)
SIRT1:Applied biosystems Assay ID:Rn01428096_m1(Dye:FAM,Quencher:MGB)
3)結果
測定結果を
図1に示した。
図1から、ラット初代ミュラー細胞において、トンカットアリ根抽出物は、添加濃度依存的にSIRT1の発現を増強した。
【0025】
<実施例2.ユーリコマノンによるSIRT1の発現増強作用>
トンカットアリ根抽出物中に含有されるユーリコマノンのSIRT1発現増強作用について、以下の方法で試験した。
(1)試験方法
1)試験試料
ユーリコマノンは富士フイルム和光純薬株式会社より購入し、試験に用いた。試験にあたってDMSOで溶解し使用した。
【0026】
2)SIRT1発現増強
実施例1に記載の方法で調製した培養9日目の初代ミュラー細胞の培地を全量除去し、1%FBSを含むDMEM-F12培地100μLに交換し、37℃、5%CO2で90分間培養することで血清飢餓状態に置いた。
上記のユーリコマノンを、0、10、30μMの濃度になるように添加し、90分間培養後に上清を除去し、RNeasy 96 kit(QIAGEN)を用い添付の説明書に従ってRNAを調製した。次いで、実施例1に記載の方法で、SIRT1の相対的遺伝子発現量を定量した。
【0027】
(2)結果
測定結果を
図2に示した。
図2に示すように、ラット初代ミュラー細胞において、ユーリコマノンは、添加濃度依存的にSIRT1の発現を増強した。したがって、ユーリコマノンは、トンカットアリの示すSIRT1発現増強作用の有効成分の1つであることが明らかになった。
【0028】
以上の試験結果から、トンカットアリ抽出物は、SIRT1の発現を増強する。