(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-06
(45)【発行日】2022-05-16
(54)【発明の名称】レーダ反射断面積計測用台座
(51)【国際特許分類】
G01S 7/41 20060101AFI20220509BHJP
【FI】
G01S7/41
(21)【出願番号】P 2021050427
(22)【出願日】2021-03-24
【審査請求日】2021-03-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年2月23日ウェブサイト(https://www.ieice-taikai.jp/2021general/jpn/)に掲示された2021年電子情報通信学会総合大会の講演予稿集で公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年3月10日ウェブサイト(https://www.ieice-taikai.jp/2021general/jpn/)にて開催された2021年電子情報通信学会総合大会で発表
(73)【特許権者】
【識別番号】390014306
【氏名又は名称】防衛装備庁長官
(74)【代理人】
【識別番号】100067323
【氏名又は名称】西村 教光
(74)【代理人】
【識別番号】100124268
【氏名又は名称】鈴木 典行
(72)【発明者】
【氏名】赤嶺 賢彦
(72)【発明者】
【氏名】仲 功
(72)【発明者】
【氏名】大川 保純
【審査官】九鬼 一慶
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-221843(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112066207(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第106526561(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 7/00 - 7/42
G01S 13/00 -13/95
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定波長の電波に対する目標物のレーダ反射断面積を計測するために前記目標物が取り付けられるレーダ反射断面積計測用台座であって、
低比誘電率の材料から構成され、前記目標が設置される頂部から前記電波を反射する反射部を経て底部へ至るにつれて外径が広がるテーパ形状を備えるとともに、前記反射部には蛇腹構造が設けられていることを特徴とするレーダ反射断面積計測用台座。
【請求項2】
前記テーパ形状の中心軸線に沿って配置された支柱と、
前記支柱に着脱可能に外挿される反射部と、
を有することを特徴とする請求項1に記載のレーダ反射断面積計測用台座。
【請求項3】
前記蛇腹構造のピッチが前記所定波長のp倍(但しpは数5、7、8、9を含む倍数群から選択された1の倍数)であることを特徴とする請求項2に記載のレーダ反射断面積計測用台座。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定波長の電波に対する目標物のレーダ反射断面積(Radar cross-section 、以下「RCS」という)を計測するために前記目標物が取り付けられるレーダ反射断面積計測用台座(以下、単に台座とも称する。)に係り、特に軽量で可搬性があるため設置及び撤去が容易であり、目標物の高精度なRCS計測が可能なレーダ反射断面積計測用台座に関するものである。
【背景技術】
【0002】
目標物に照射されて目標物により散乱(反射)された電波の大きさは、目標物の材質や形状、大きさ等に依存するが、目標物が完全導体球(金属製の球)の場合は、照射されたエネルギーが100%等方的に散乱される。そこで、レーダから電波の照射を受けた目標物が受信アンテナの方向に電波を反射させる能力の尺度として、前記完全導体球を基準にして換算した当該目標物の断面積をレーダ反射断面積として定義する。すなわちレーダ反射断面積は、ターゲットを完全導体球に置き換えたと仮定した場合に、同じ大きさの反射波が受信されるような完全導体球の断面積を意味しており、反射波の反射電力に正比例する値となっている。
【0003】
図10は、目標物の一例である航空機100(目標物100とも呼ぶ。)のRCS計測の原理を示す図である。
図10に示すように、RCS計測は、RCS計測装置101から目標物100に対して電波を照射(照射電波102)し、そのときの目標物から反射した電波(反射電波103)を計測することによって行われる。RCS計測において、理想的には目標物100のみが空中に浮遊して静止した状態で計測を行うことが望ましいが、実際にはそのような状態を実現することは困難であるため、目標物100の下部に、目標物100を支持するためのレーダ反射断面積計測用台座を設置することが必要となる。台座が存在する状況下で、RCS計測を理想的な状態、すなわち目標物100のみが浮遊しているような状態に近づけるためには、台座自体のRCSが目標物100のRCSに対して無視できるほど小さくなくてはならない。仮に、台座のRCSが十分に小さくない場合には、目標物100のRCS計測精度が著しく低下する。
【0004】
従来の代表的な台座には、発泡スチロール製台座と金属製台座がある。
図11に発泡スチロール製台座110の一例を示す。発泡スチロール製台座110は、発泡スチロールの比誘電率が空気の誘電率に近いために電波を透過しやすいという性質を利用し、照射された電波(照射電波102)のうち透過成分(透過電波104)を増加させ、反射成分(反射電波103)を減少させることで台座110のRCSの低減を図るものである。
【0005】
図12に金属製台座111の一例を示す。この金属製台座111は、図中破線で示すように水平な断面がオジャイブ形状の支柱である。金属製台座111がオジャイブ形状であることにより、照射された電波(照射電波102)のうち電波の送受信方向106以外の方向への反射成分(反射電波105)を増加させ、電波の送受信方向106への反射成分(反射電波103)を減少させることで台座111のRCS低減を図るものである。
【0006】
RCS計測では、測定位置の周辺の状況の影響を避けるため、電波の不要な反射が少ない環境を選択する必要があり、そのために目標物の設置場所を変えながら計測を行いたい場合がある。このような場合には金属製台座は重量物であるため用いられず、発泡スチロール製台座が用いられるのが普通である。
【0007】
なお、下記非特許文献1には、発泡スチロール製台座のRCSは周波数の4乗および台座の体積に正比例することが記載されている。このため、周波数が高い場合や台座の体積が大きい場合には、台座のRCSが増加する可能性があり、単に台座の材質を発泡スチロールとしただけでは、台座のRCSを十分に低減できない場合があると考えられる。
【0008】
台座のRCSを低減するためには、以上説明したように発泡スチロールのような電波を透過しやすい材質を選択することの他、材質以外では台座の形状を工夫することも考えられる。
【0009】
図13は、RCSを低減するために、台座の形状を円錐台形状や多角錐形状とした場合を示している。これらは、いずれも電波の送受信方向106以外の方向への電波の反射成分(反射電波105)を増加させ、電波の送受信方向106への電波の反射成分(反射電波103)を減少させることで、台座のRCSの低減を図ろうとするものである。分図(b)の多角錐形状の台座112では、同分図中、縦方向である錐形状の軸線を中心とした回転方向(アジマス方向)に台座112を回動させた場合、多角錐形状のカット面114が電波の送受信方向106と正対すると、台座112のRCSが急激に上昇してしまう。このため、通常はアジマス方向の回動によってRCSが変化しない分図(a)の円錐台形状の台座113が用いられることが多い。
【0010】
また、台座のRCSの低減が可能な形状の他の公知例としては、下記特許文献1に開示された蛇腹形状の台座115が知られている。この蛇腹形状の台座115は、
図14に示すように、電波を受ける部分に蛇腹構造を設けることにより、電波の送受信方向106以外の方向への電波の反射成分(反射電波105)を増加させ、電波の送受信方向106への電波の反射成分(反射電波103)を減少させることで、台座115のRCS低減を図っている。なお、蛇腹のピッチdは照射電波102の波長と同程度とされており、また台座115の材質はセラミックである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【非特許文献】
【0012】
【文献】M. A. Plonus, “Theoretical Investigations of Scattering from Plastic Foams ”, IEEE Trans. A. P., Vol. 13, pp.88-93, 1965
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本願発明者等は、軽量で可搬性があるため設置及び撤去が容易であるとともに、目標物の高精度なRCS計測が可能なレーダ反射断面積計測用台座の研究開発を行ってきたが、その研究の過程において、次のような知見を得るとともに、解決すべき新たな課題を見出した。まず、本願発明者等は、円錐台形状と蛇腹形状を組み合わせることにより、台座のRCSをさらに低減するという発想を得たので、これを実現するための具体的な構造を検討した。ここで前述した特許文献1に示されているように蛇腹構造のピッチを波長と同程度とすると、例えば電波の周波数が10GHzの場合にはピッチは3cm程度となる。特許文献1の例では台座の材料が硬いセラミックであるため、ピッチが数cmから数mm程度の小さいサイズであっても強度的には特に問題はない。しかし、電波の透過性を考慮して発泡スチロールのような比誘電率が空気に近い材料を採用すると、上記のような小さいサイズで蛇腹構造を構成した場合には、その材質が脆いために、蛇腹の突出した部分が台座の持ち運び時などに強度不足で破損する恐れがある。また、円錐台形状と蛇腹形状を組み合わせた場合に、実際にどの程度のRCS低減効果が得られるかは従来知られていなかった。
【0014】
本発明は、以上説明した従来の技術と、本願発明者等の見出した課題に鑑みてなされたものであり、軽量で可搬性があるため設置及び撤去が容易であるとともに、目標物の高精度なRCS計測が可能なレーダ反射断面積計測用台座を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
請求項1に記載されたレーダ反射断面積計測用台座は、
所定波長の電波に対する目標物のレーダ反射断面積を計測するために前記目標物が取り付けられるレーダ反射断面積計測用台座であって、
低比誘電率の材料から構成され、前記目標が設置される頂部から前記電波を反射する反射部を経て底部へ至るにつれて外径が広がるテーパ形状を備えるとともに、前記反射部には蛇腹構造が設けられていることを特徴としている。
【0016】
請求項2に記載されたレーダ反射断面積計測用台座は、請求項1に記載のレーダ反射断面積計測用台座において、
前記テーパ形状の中心軸線に沿って配置された支柱と、
前記支柱に着脱可能に外挿される反射部と、
を有することを特徴としている。
【0017】
請求項3に記載されたレーダ反射断面積計測用台座は、請求項2に記載のレーダ反射断面積計測用台座において、
前記蛇腹構造のピッチが前記所定波長のp倍(但しpは数5、7、8、9を含む倍数群から選択された1の倍数)であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0018】
請求項1に記載されたレーダ反射断面積計測用台座によれば、一般的に軽量な素材である低比誘電率の材料(例えば発泡スチロール)から構成されているため可搬性があり、設置及び撤去が容易である。また、素材と機能的構造の相乗効果、すなわち電波を透過しやすい低比誘電率の素材と、テーパ形状の頂部と底部の間の反射部に蛇腹構造を設けて蛇腹の隙間に電波を侵入させ、受信方向から離れた方向に電波を鏡面反射する機能的構造との相乗効果により、照射された電波の有効な反射成分をできる限り減少させて、目標物のRCS計測を高精度に行うことが可能である。
【0019】
請求項2に記載されたレーダ反射断面積計測用台座によれば、テーパ形状の中心軸線に沿って配置された支柱と、支柱に着脱可能に外挿される反射部を含む、複数の構成部品による分割可能な構造としたので、各構成部品の重量値を、分割数に応じた軽量な値とすることができる。このため、分解して持ち運ぶことが容易となり、容易な設置および撤去が可能となった。なお、構成部品と構成部品の分割面では、素材と空気の比屈折率が異なるために、わずかながらも電波反射が生じる。従って、この分割面の向きは、なるべく電波の送受信方向と正対させないようにすることが好ましい。そこで、支柱と反射部の分割面は、台座のアジマス方向の回転軸になるべく一致する周状の分割面とし、台座のアジマス方向の回転が支柱を中心として行われるように構成し、台座をテーパ形状の中心軸線の周りに回転させる場合に電波反射の非回転対称性が生じないようにすればよい。また反射部を分割構造とした場合の分割面は、可能な限り台座の設置面と平行となるようにすればよい。このようにすれば、分割構造の台座であっても、分割した構成部品の分割面で不要な電波反射の発生を防ぐことができる。
【0020】
請求項3に記載されたレーダ反射断面積計測用台座は、請求項2に記載のレーダ反射断面積計測用台座において、蛇腹構造のピッチを、所定波長の5倍、7倍、8倍又は9倍の何れかとしたため、前記ピッチを所定波長の5倍未満の整数倍、または9を越える整数倍、または6倍とした場合に較べ、有意に大きいRCSの低減量を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図3】RCS計測に対象とした台座の斜視図であって、分図(a)は比較例の台座を示し、分図(b)は実施形態の台座を示す。
【
図4】比較例の台座と実施形態の台座に対するRCS計測の測定結果を示すグラフである。
【
図5】発泡スチロール製の台座による電波反射のメカニズムを示す説明図である。
【
図6】RCS低減効果を確認するために行う電磁界解析の対象物の構造例を示す図であって、分図(a)及び(b)は電波を受ける面がピッチの異なる蛇腹構造である場合を示し、分図(c)は平板構造である場合を示す。
【
図7】蛇腹構造における電波反射によってRCSが低減される原理を示す説明図である。
【
図8】蛇腹構造における各部の寸法記号及び実寸法の一例を示す図であって、分図(a)は蛇腹構造を示す斜視図であり、分図(b)は波長λが一定の場合に蛇腹構造のピッチDを決める数値pと全長Lとの対応関係を示す表である。
【
図9】
図8に示した各ピッチDの蛇腹構造に対して電磁界解析を行った結果を示す図であって、ピッチDを決める数値pとRCS低減量の関係を示すグラフである。
【
図10】航空機のRCS計測の原理を示す図である。
【
図11】従来の発泡スチロール製の台座の一例を示す図である。
【
図12】従来の金属製の台座の一例を示す図である。
【
図13】従来の台座におけるRCS計測の原理を示す図であって、分図(a)は円錐台形状の台座を示し、分図(b)は多角錐形状の台座を示す。
【
図14】従来の蛇腹構造の台座の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態を
図1~
図9を参照して説明する。
図1に示す実施形態の台座1は、低比誘電率の材料、例えばEPS(Expanded Polystyrene)等の発泡スチロールから構成されている。
図1に示すように、台座1は、全体としてテーパ形状の側面を有する円錐台形状である。すなわち、RCS計測の対象となる目標物100が設置される頂部1aから、電波を反射する側面の反射部2を経て、底部1bへと至るにつれて、水平面と平行である仮想的な切断面における外径が徐々に広がるような立体形状となっている。
【0023】
図1に示すように、電波の反射部2である円錐台形状の側面には、蛇腹構造5が設けられている。蛇腹構造5とは、鉛直方向に平行な切断面における断面形状が三角形となるような傾斜形状を備えた複数の凸部5aと、凸部5aと凸部5aの間に設けられた複数の凹部5bとによって構成された規則的な繰り返し構造であって、照射された電波が凹部5b内に入り、凸部5aの表面で鏡面反射し、電波の送受信方向106とはなるべく異なる方向に反射するような構造である。蛇腹構造5の傾斜形状としては、三角形の断面形状を挙げたが、別にこれに限らない。なお、以上説明した蛇腹構造5の詳細と機能、作用及び効果等については後に詳述するが、蛇腹構造5における凸部5aと凸部5aの間隔であるピッチDは、電波の波長λの5倍程度となっている。従来の蛇腹構造では、ピッチを波長と同程度としていたが、これを5倍程度に大きく拡大することによって、本実施形態におけるRCSの低減効果は非常に大きくなった。
【0024】
図1に示すように、この台座1は、持ち運びを容易とするために、テーパ形状の中心軸線Cに沿って配置された円柱形状の支柱4と、支柱4に着脱可能に外挿される反射部2から構成された分割構造となっている。特に、反射部2は、蛇腹構造5における一つの凸部5aごとに水平面を分割面として分割された大小複数の小反射部3から構成されている。従って反射部2の構成単位である1個の小反射部3は、2つの同形の円錐台形を、下底同士で接合したような形状となっている。このように、台座1を、1本の支柱4と、複数個の小反射部3に分割することにより、各部の重量が低減され、仮に総重量が13kg程度であった場合、各部の重量最大値を3kg程度とすることができるので、分解して持ち運ぶことが容易となり、容易な設置および撤去が可能となった。
【0025】
図1に示すように、台座1は図示しない設置面に載置されている。反射部2は、支柱4の中心軸線Cを中心とした任意の方向に任意の角度だけ回動できるようになっており、この回動方向をアジマス方向Aと称する。また、このような反射部2が外挿された支柱4は、設置面側の基端部を中心として反射部2とともに任意の角度だけ回動できるようになっており、この回動方向をエレベーション方向Eと称する。台座1をアジマス方向Aとエレベーション方向Eの2方向に回動させるメカニズムについては特に図示はしないが、軸を回転させる回動機構や、軸端をヒンジで回動自在に固定した揺動機構を利用でき、また駆動源はモータ等で構成できる。反射部2の頂部1aには目標物100を載置して固定できるようになっており、台座1をアジマス方向Aとエレベーション方向Eの2方向に回動させることにより、照射される電波に対する目標物100の姿勢を任意に設定することができる。なお、支柱4とともに反射部2がアジマス方向Aに回転するものとしたが、反射部2はアジマス方向Aには回動せず、支柱4のみがアジマス方向Aに回転し、支柱4の上端に取り付けられた目標物100をアジマス方向Aに回転するものとしてもよい。
【0026】
なお、このように台座1を分割構造とした場合、支柱4と小反射部3の分割面、及び小反射部3と小反射部3の分割面では、素材と空気の比屈折率が異なるために、わずかながらも電波反射が生じる。従って、これら分割面の向きは、なるべく電波の送受信方向106と正対させないようにすることが好ましい。そこで、支柱4と小反射部3の円周状の分割面は、上述したようにアジマス方向Aの回転軸に一致する支柱4の外周面とし、台座1が支柱4の周りに回転する場合には、支柱4の周面に沿った分割面について電波反射の非回転対称性が生じないようになっている。また小反射部3と小反射部3の分割面は、台座1を設置面と平行に設置することにより、水平となるようにする。このようにすれば、分割構造の小反射部3の分割面においても、不要な電波反射の発生を防ぐことができる。
【0027】
以上説明したように、
図1に示す台座1は、低比誘電率の材料、例えば発泡スチロールを素材としているため、電波を透過しやすく、RCSが低い。また、円錐台形状に蛇腹構造5を付与し、さらに蛇腹構造のピッチDを電波の波長λの5倍程度としたので、更なるRCSの低減が実現できた。加えて、比較的脆い材料といえる発泡スチロールを使用しながらも、その蛇腹構造5は、RCSを従来よりも低減させる、従来よりも大きな凹凸で構成されているため、台座1は破損しにくくなっており、分割構造の構成単位が軽量であるため持ち運びが容易であるという長所を生かす効果が得られている。このように、この台座1によれば、RCSが低いという特徴と、可搬性があるため設置及び撤去が容易であるという特徴が両立している。
【0028】
次に、以上説明した実施形態の台座1と、比較例である円柱形状の発泡スチロール製の台座110の2種類について、それぞれのRCSを屋外で計測した結果について
図2~
図4を参照して説明する。
【0029】
図2は、RCSの計測方法の概観図である。
図2に示すように、RCS計測装置101から340m離れた位置を台座の設置位置とし、実施形態と比較例の台座(図では比較例の台座110を示している。)をそれぞれ設置し、それぞれRCSを計測した。このとき、照射する電波の周波数および偏波は、Ku帯の垂直偏波であり、各台座のRCSは、台座と同じ位置に別途設置した直径80cmのRCS計測用標準球(前記完全導体球)の反射電力を計測することにより、比較較正法を用いて次式により算出した。
【0030】
(台座のRCS)=(台座の反射電力)/ (RCS計測用標準球の反射電力)×(RCS計測用標準球のRCS)…(式1)
【0031】
RCSの定義上、RCS計測用標準球のRCSは、その物理的な断面積に等しく、既知(円周率π×0.4m×0.4m≒0.5m2 )であるため、上式から台座のRCSを算出することができる。
【0032】
図3に台座の形状を示す。
図3(a)が比較例の台座110であり、
図3(b)が実施形態の台座1である。何れも、その直径は1m程度、高さは1.5m程度、台座1,110の材質は何れもEPS(Expanded Polystyrene)であり、発泡倍率は60倍である。
図3(b)に示す実施形態の台座1は、蛇腹構造5のピッチ、すなわち凸部5aと凸部5aの間隔が、前述したように波長の5倍となっている。また、
図3(a)に示す比較例の台座110の上部は、目標物設置の都合上、上端部が一部加工されている。
【0033】
図4は、実施形態と比較例の2つの台座1,110のRCS計測結果を示すグラフである。
図4に示すグラフは、横軸を計測回数(回)とし、縦軸を測定されたRCS(m
2 )として、各計測回における実施形態と比較例の2つの台座1,110のRCSを示している。計測回ごとの時間間隔は数十秒程度である。
図4中、RCSが大きい上側にある破線が円柱形状の比較例の台座110の計測結果であり、RCSが小さい下側にある二点鎖線が実施形態の台座1の計測結果である。比較例の台座110のRCSは0.1m
2 程度であったが、実施形態の台座1のRCSは0.001m
2 程度となっており、実施形態によれば、従来の台座110に較べ、Ku帯においてRCSが100分の1以下に低減されることが確認された。なお、計測環境の外部雑音レベルが0.001m
2 程度に相当するため、実施形態の台座1のRCSは、実際には0.001m
2 より低い可能性もある。
【0034】
蛇腹構造5のピッチDと、RCSの低減効果との関係については、これまでに報告されている例が存在しない。そこで、本願発明者等は、蛇腹のピッチを波長の5倍まで拡大することが、台座1のRCS低減にいかなる効果を与えるかについて電磁界解析(シミュレーション)を行って確認した。
【0035】
図5は、発泡スチロール製の台座110における電波反射のメカニズムを模式的に示している。
図5に示すように、発泡スチロール製の台座110からの電波反射は、台座110の表面で生じる反射電波103と、台座110の内部に侵入した電波が発泡スチロールの微細構造109により多重に反射されることで生じる反射電波107とに大別される。
【0036】
本願発明者等の研究に基づく知見によれば、照射された電波を受ける台座110の側面の形状を、例えば実施形態の台座1の反射部2が有する蛇腹構造5のように、変更したとすると、その影響は、主に
図5に示す内部の微細構造109による反射電波107ではなく、表面での反射電波103の増減に寄与すると考えられる。そこで、本願発明者等は、
図6(a),(b)に示すようにピッチD(D1,D2)が異なる2種類の完全導体の蛇腹構造5についてRCS解析を行い、結果を比較することによりRCSの低減効果を検証した。
【0037】
RCS解析はMLFMM法(マルチレベル高速多重極展開法)で行い、周波数および偏波はKu帯の15GHzと設定した。また、解析対象は簡単のため表面に蛇腹構造5を付与した完全導体平板とし、電波の送受信方向106は平板の平面と垂直になるように設定した。このとき、蛇腹構造5のピッチD1およびD2は、それぞれ波長の1倍及び5倍、すなわち2cm及び10cmとした。
図6(b)に示す波長の5倍であるピッチD2の蛇腹構造5が実施形態に相当し、
図6(a)に示す波長の1倍であるピッチD1の蛇腹構造5が比較例となる。また、同じ条件で
図6(c)に示すように蛇腹構造5がない平坦な完全導体平板のRCS解析も行った。
図6(a)~(c)において、平板の幅および高さはそれぞれ10cm、20cmとした。
【0038】
解析の結果、
図6(a)、(b)の蛇腹構造5、及び
図6(c)の完全導体平板の各RCSは、それぞれ11.94m
2 、0.11m
2 、12.57m
2 となり、ピッチD1によるRCSの低減効果はほとんど認められない一方、ピッチD2によりRCSは100分の1以下に低減されることが確認された。
【0039】
図7は、蛇腹構造5における電波反射によってRCSが低減される原理を示す説明図である。
図7に示すように、表面での電波反射によるRCSの低減は、電波の鏡面反射方向108を電波の受信方向(送受信方向106)から遠ざけることにより達成される。しかしながら、
図6(a)の蛇腹構造5では、ピッチD1が波長と同程度であり非常に短いため、そもそも
図7において蛇腹構造5の凸部5aの表面120にまで電波はほとんど進入せず、凸部5aのエッジ121を含む電波の送受信方向106に直交する平面上において、送信波のほとんどが
図6(c)の場合と同様に散乱されてしまう。すなわち、
図6(a)の蛇腹構造5では、ピッチD1が短すぎるために電波が蛇腹構造5の内部に入り込むことができず、RCS低減効果がほとんど得られない。これに対し、
図6(b)のようにピッチD2が波長に対してある程度大きいと、電波が蛇腹構造5の内部に入り込んで鏡面反射するため、RCSの低減効果を向上させることが確認された。このように、本実施形態の発泡スチロール製の台座1によれば、蛇腹構造5のピッチDを電波の波長λの5倍まで拡大することによって十分なRCS低減効果が得られ、さらに蛇腹構造5の凹凸のサイズが大きくなるため、発泡スチロールを材料としながらも台座1の強度を必要な程度に確保できるので、RCS低減効果と必要な強度による可搬性を両立できた。
【0040】
なお、実施形態の台座1との比較の意味で、従来の円柱形状の台座110の寸法のみを変えることによってRCSを100分の1に低減しようとする場合を考えてみる。目標物の設置高さを変えないために円柱の長さは固定し、台座110の直径だけを変更する場合、
図5に示す表面における反射電波103の量は台座110の直径に比例するため、台座110のRCSを100分の1に低減するためには、台座110の直径を100分の1にする必要がある。このとき台座110の長手方向(軸線方向)にかかる圧縮応力は円柱の横断面積に反比例するため10000倍となるから、台座110に搭載可能な計測目標物100の重量は10000分の1となってしまい、全く実用性がない。
【0041】
以上説明したように、実施形態の台座1では、蛇腹構造5のピッチD2を波長λの5倍とすることにより優れたRCS低減効果を得ることができたが、本願発明者等は、RCS低減に有効な蛇腹構造5のピッチDと電波の波長λとの好ましい関係について、従来知られていないより深い知見を得るため、前述した電磁界解析によってさらなる検討を行っている。その検討の手法と結果を、
図8を参照して以下に説明する。
【0042】
図8(a)は、実施形態の蛇腹構造5における各部の寸法記号及び実寸法の一例を示す図である。使用する電波の波長λは2cm、周波数は15GHzである。蛇腹構造5のピッチ及び凸部5aの基部の高さをD=pλで表し、全体の長さ(高さ)をLで表す。また、巾及び奥行きは図示のように各々100mmとした。
【0043】
図8(b)は、蛇腹構造5のピッチDを決める倍数pを1から10まで変化させ、各倍数pにおいて把握される異なるピッチDの蛇腹構造5について、それぞれの長さLを示したものである。ここで、pの数値の増大に対して長さLの変化が比例していないのは、RCS低減の効果を正しく評価するため、長さLをピッチDの整数倍とし、蛇腹構造5の凹凸が途中で切れないようにしているためである。例えば、
図8(a)の蛇腹構造5は、倍数pが2の場合を示しており、その場合の縦方向の長さLは
図8(b)に示すように400mmとなっている。
【0044】
図9は、
図8(b)に示した各倍数pによって決まる異なるピッチDの蛇腹構造5に対して電磁界解析を行った結果を示す図であり、倍数pとRCS低減量(dB)の関係を示している。なお、先に説明した
図4のグラフではRCS(m
2 )を示したが、ここではRCS低減量(dB)を示している。これは、
図4のグラフでは各台座1の長さLが一定であったためRCS(m
2 )を直接比較することができたが、
図8及び
図9の例では、台座1の長さLが倍数pによって変わり、RCS(m
2 )は長さLの二乗に比例する値であるため、倍数pによって長さLが変わる場合には、RCSそのもので評価すると蛇腹構造5の凹凸の効果以外に長さLの違いが含まれてしまうため、評価方法として適切とはいえなくなるからである。そこで、
図9では、蛇腹構造5の凹凸の効果のみを抽出して評価するため、別途、凹凸のない平板を解析し、平板を基準としたときの凹凸の蛇腹構造5によるRCSの低減量(単位:dB )を示すこととした。なお、RCSとRCS低減量の関係は、下記式(2)のようになる。
RCS低減量(dB)=10×log10(蛇腹構造のRCS(m
2 )÷平板(蛇腹構造から凹凸を除去したもの) のRCS(m
2 ))…(式2)
【0045】
図9に示すように、電磁界解析によれば、蛇腹構造5のピッチDは、所定の波長λの5倍以上9倍以下(但し6倍は除く)であると、それ以外の場合に較べ、大きなRCS低減量が得られる。すなわち、倍数pが5から9の範囲(但しp=6は除く)であると、倍数pが5未満の値、9を越える値、さらに6である場合に較べ、有意に大きいRCSの低減量を得ることができる。特に、p=5でRCSの低減量が大きく、p=8がこれに続いている。倍数pが9を越えるとRCS低減の効果が弱くなるのは、蛇腹構造5の凸部5aの先端が鈍角になるからと考えられる。
【0046】
なお、倍数pが5、7、8、9のときに有効な結果が得られているのに、これらの倍数の中途にある6の値において、RCS低減量は特異的に小さくなっている。その理由は必ずしも理論的には明快ではない。しかし、電波は波動であるから、先に
図7に示したように電波を単純化して直進する細いビームと考え、電波の反射を単純な線型の幾何学的な伝播モデルのみで考えると、電波の挙動を完全には把握できない可能性はありうる。
【符号の説明】
【0047】
1…レーダ反射断面積計測用台座(台座)
1a…台座の頂部
1b…台座の底部
2…台座の反射部
3…反射部を構成する小反射部
4…台座の支柱
5…蛇腹構造
5a…蛇腹構造の凸部
5b…蛇腹構造の凹部
100…目標物または目標物としての航空機
D…蛇腹構造のピッチ
【要約】
【課題】設置及び撤去が容易であり、目標物の高精度なRCS計測が可能なレーダ反射断面積計測用台座を提供する。
【解決手段】台座1は発泡スチロール製であり、テーパ形状の側周面に蛇腹構造5を形成する複数の小反射部3で構成された反射部2を支柱4に外挿した分割構造となっている。蛇腹構造のピッチDは電波の波長λの5倍である。軽量な発泡スチロール製の分割構造なので可搬性があり、設置及び撤去が容易である。電波を透過しやすい低比誘電率の素材と、反射部2に上記ピッチDの蛇腹構造を設けて受信方向106から離れた方向に電波を鏡面反射する機能的構造(
図7)との相乗効果により、電波の有効な反射成分をできる限り減少させて、目標物のRCS計測を高精度に行うことができる。
【選択図】
図1