(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-06
(45)【発行日】2022-05-16
(54)【発明の名称】表面計測方法、イオン伝導顕微鏡およびプローブ
(51)【国際特許分類】
G01Q 60/44 20100101AFI20220509BHJP
G01Q 60/60 20100101ALI20220509BHJP
【FI】
G01Q60/44
G01Q60/60
(21)【出願番号】P 2017172666
(22)【出願日】2017-09-08
【審査請求日】2020-07-01
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)「生体分子ムービー観察を実現する高速イオン伝導顕微鏡の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【氏名又は名称】新居 広守
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 信嗣
(72)【発明者】
【氏名】安藤 敏夫
【審査官】佐野 浩樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-261923(JP,A)
【文献】特表2009-545736(JP,A)
【文献】特開2010-243355(JP,A)
【文献】特表2011-511286(JP,A)
【文献】特表2017-508161(JP,A)
【文献】特表2016-512436(JP,A)
【文献】国際公開第2016/138116(WO,A1)
【文献】特開2013-033003(JP,A)
【文献】特表2004-528553(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0260114(US,A1)
【文献】国際公開第2008/015428(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2009-0063208(KR,A)
【文献】中国特許出願公開第101517393(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01Q10/00 -90/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン電流を利用して、長尺のプローブを走査しながら試料の表面形状および状態を計測する表面計測方法であって、
前記プローブは、前記プローブの長尺方向と同一の方向に長尺な形状を有しかつ前記長尺方向の両端を貫通する貫通孔を有し、
第1の電解液中に前記試料を配置する試料準備工程と、
前記貫通孔内に、前記第1の電解液よりもイオン濃度が高い第2の電解液を充填する充填工程と、
前記第1の電解液に少なくとも一部が浸された第1の電極と、前記第2の電解液に少なくとも一部が浸された第2の電極との間に、前記第1の電解液と前記第2の電解液とを介して流れるイオン電流を計測する電流計測工程と、
計測された前記イオン電流に基づいて、前記プローブの高さを調整する高さ調整工程と、
前記貫通孔内に前記第2の電解液が充填された前記プローブを、前記プローブの高さ方向と直交する方向に走査し、前記試料の表面形状および状態を計測する走査工程と、
を含み、
前記第2の電解液のイオン濃度は、4mol/l
であり、
前記第1の電解液のイオン濃度は、0.15mol/lであり、
少なくとも前記貫通孔の内壁の表面は、被覆層で覆われている
表面計測方法。
【請求項2】
前記プローブの前記試料に近接する側の前記貫通孔の口径は、50nm以下である
請求項1に記載の表面計測方法。
【請求項3】
イオン電流を利用して試料の表面形状および状態を計測するイオン伝導顕微鏡であって、
前記試料を第1の電解液に浸された状態で保持するステージと、
長尺な形状を有し、長尺方向の両端を貫通する貫通孔内に前記第1の電解液よりもイオン濃度が高い第2の電解液が充填されたプローブと、
前記第1の電解液に少なくとも一部が浸された第1の電極と、
前記第2の電解液に少なくとも一部が浸された第2の電極と、
前記第1の電極と前記第2の電極とに接続され、前記第1の電解液と前記第2の電解液とを介して前記第1の電極と前記第2の電極との間に流れるイオン電流を検出する検出部と、
前記プローブを、少なくとも前記プローブの高さ方向に移動させる駆動部と、
前記検出部で検出された前記イオン電流に基づいて前記駆動部を制御することにより、前記プローブの高さを調整する制御部とを備え、
前記第2の電解液のイオン濃度は、4mol/l
であり、
前記第1の電解液のイオン濃度は、0.15mol/lであり、
少なくとも前記貫通孔の内壁の表面は、被覆層で覆われている
イオン伝導顕微鏡。
【請求項4】
長尺な形状を有し、長尺方向の両端を貫通する貫通孔を有するピペットと、
前記貫通孔内に充填された、前記ピペットの外側に配置される第1の電解液よりもイオン濃度が高い第2の電解液とを備え、
前記第2の電解液のイオン濃度は、4mol/l
であり、
前記第1の電解液のイオン濃度は、0.15mol/lであり、
少なくとも前記貫通孔の内壁の表面は、被覆層で覆われている
プローブ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面計測方法、イオン伝導顕微鏡およびプローブに関する。
【背景技術】
【0002】
走査型のイオン伝導顕微鏡(SICM:Scanning Ion Conductance Microscope)は、プローブを試料に対して走査し、イオン電流を計測することにより、凹凸などの試料表面の物理情報または試料の化学的性質を信号として取得する顕微鏡である(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載のイオン伝導顕微鏡は、内部を電解液で満たしたガラスピペットをプローブとして、ガラスピペット外部の電解液中に配置した外部電極とピペット内に配置された内部電極の間に生じたイオン電流を信号として用いる。このイオン電流は、ガラスピペットの先端が試料に近接して遮蔽されることで変化する。イオン伝導顕微鏡は、当該イオン電流の変化を計測しながらガラスピペットまたは試料を水平方向(XY方向)と垂直方向(Z方向)に走査し、試料表面の立体形状を画像化するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
イオン伝導顕微鏡は、例えば柔らかい真核細胞などを電解液中で生きたまま立体観察するのに用いられる。したがって、イオン伝導顕微鏡は、真核細胞などの試料にダメージを与えることなく、高速かつ高い空間分解能で計測を行うことが求められる。
【0006】
上記課題に鑑み、本発明は、生理液中環境に置かれた生きた生物試料等にダメージを与えることなく、かつ、高速動作と高い空間分解能とを実現する表面計測方法、イオン伝導顕微鏡およびプローブを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明にかかる表面計測方法は、イオン電流を利用して、長尺のプローブを走査しながら試料の表面形状および状態を計測する表面計測方法であって、前記プローブは、前記プローブの長尺方向と同一の方向に長尺な形状を有しかつ前記長尺方向の両端を貫通する貫通孔を有し、第1の電解液中に前記試料を配置する試料準備工程と、前記貫通孔内に、前記第1の電解液よりもイオン濃度が高い第2の電解液を充填する充填工程と、前記第1の電解液に少なくとも一部が浸された第1の電極と、前記第2の電解液に少なくとも一部が浸された第2の電極との間に、前記第1の電解液と前記第2の電解液とを介して流れるイオン電流を計測する電流計測工程と、計測された前記イオン電流に基づいて、前記プローブの高さを調整する高さ調整工程と、前記貫通孔内に前記第2の電解液が充填された前記プローブを、前記プローブの高さ方向と直交する方向に走査し、前記試料の表面形状および状態を計測する走査工程と、を含む。
【0008】
これにより、電解液のイオン濃度が高い領域は、プローブの貫通孔の開口近傍にのみ存在するので、観測対象の試料の大部分は高いイオン濃度の影響を受けること無く、信号となるイオン電流変化を大きくできる。このため、高感度でイオン電流を検出し、プローブを高速で走査することができる。また、信号雑音比を向上し、高分解能で試料の表面状態を計測することができる。
【0009】
また、前記第2の電解液のイオン濃度は、4mol/lであり、前記第1の電解液のイオン濃度は、0.15mol/lである。
【0010】
これにより、第2の電解液としてイオン濃度が高い電解液を用いるので、より高速かつ高分解能で試料の表面状態を計測することができる。
【0011】
また、前記プローブの前記試料に近接する側の前記貫通孔の口径は、50nm以下であってもよい。
【0012】
これにより、貫通孔の口径を小さくすることにより、イオン濃度が高い領域をプローブの先端に集中させることができるので、試料が置かれた溶液の環境をほとんど変化させずに、より高分解で試料の表面状態を計測することができる。
【0013】
また、上記の課題を解決するため、本発明にかかるイオン伝導顕微鏡は、イオン電流を利用して試料の表面形状および状態を計測するイオン伝導顕微鏡であって、前記試料を第1の電解液に浸された状態で保持するステージと、長尺な形状を有し、長尺方向の両端を貫通する貫通孔内に前記第1の電解液よりもイオン濃度が高い第2の電解液が充填されたプローブと、前記第1の電解液に少なくとも一部が浸された第1の電極と、前記第2の電解液に少なくとも一部が浸された第2の電極と、前記第1の電極と前記第2の電極とに接続され、前記第1の電解液と前記第2の電解液とを介して前記第1の電極と前記第2の電極との間に流れるイオン電流を検出する検出部と、前記プローブを、少なくとも前記プローブの高さ方向に移動させる駆動部と、前記検出部で検出された前記イオン電流に基づいて前記駆動部を制御することにより、前記プローブの高さを調整する制御部とを備える。
【0014】
これにより、電解液のイオン濃度が高い領域は、プローブの貫通孔の開口近傍にのみ存在するので、高いイオン濃度の電解液により、試料が置かれた溶液の環境をほとんど変化させずに、イオン電流を大きくすることができる。また、高感度でイオン電流を検出し、プローブを高速で走査することができる。また、信号雑音比を向上し、高分解能で試料の表面状態を計測することができる。
【0015】
また、上記の課題を解決するため、本発明にかかるプローブは、長尺な形状を有し、長尺方向の両端を貫通する貫通孔を有するピペットと、前記貫通孔内に充填された、前記ピペットの外側に配置される第1の電解液よりもイオン濃度が高い第2の電解液とを備える。
【0016】
これにより、当該プローブを用いることにより、イオン伝導顕微鏡において、試料が置かれた溶液の環境をほとんど変化させずに、かつ、高速動作と高い空間分解能とを実現することができる。
【0017】
また、少なくとも前記貫通孔の内壁の表面は、被覆層で覆われていてもよい。
【0018】
これにより、貫通孔の口径をより小さくすることができるので、イオン伝導顕微鏡において、高いイオン濃度の電解液が貫通孔内から試料が置かれた領域に拡散するのを抑制しすることができる。よって、試料が置かれた環境が変化するのをより抑制することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、生きた生物試料等が置かれた溶液の環境をほとんど変化させずに、かつ、高速動作と高い空間分解能とを実現する表面計測方法、イオン伝導顕微鏡およびプローブを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】実施の形態にかかるイオン伝導顕微鏡の概略構成図
【
図2】実施の形態にかかるプローブの先端と試料との距離に対するイオン電流を示す模式図
【
図3】実施の形態にかかるイオン伝導顕微鏡における計測手順を示すフローチャート
【
図4】実施の形態にかかるプローブ内外の電解液のイオン濃度分布を示す図
【
図5】実施の形態にかかるプローブ内外の電解液のイオン濃度に対する正規化伝導度を示す図
【
図6】実施の形態および比較例にかかるプローブの応答時間と感度とを示す図
【
図7】実施の形態および比較例にかかるプローブの、試料からの高さに対するイオン電流との関係を示す図
【
図8】実施の形態および比較例にかかるプローブの、電源電圧に対する信号雑音比を示す図
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を用いて、本発明にかかる実施の形態について説明する。なお、図面において、同一の符号が付された構成要素は、同一または同種の構成要素を示す。
【0022】
また、以下で説明する実施の形態は、本発明の好ましい一具体例を示す。以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置、接続形態、ステップおよびステップの順序等は、一例であり、本発明を限定する主旨ではない。また、以下の実施の形態における構成要素のうち、本発明の最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、より望ましい形態を構成する任意の構成要素として説明される。
【0023】
(実施の形態)
走査型のイオン伝導顕微鏡は、内部を電解液で満たしたガラスピペットをプローブとして、ガラスピペットの外部の電解液中に配置された電極とガラスピペットの内部に配置された電極との間に生じるイオン電流を計測する顕微鏡である。このイオン電流は、ガラスピペットの先端が試料に近接して遮蔽されることで変化する。イオン伝導顕微鏡は、この現象を利用しながらガラスピペットを走査して、試料表面の立体形状を画像化するものである。計測対象である試料は、柔らかい生きた真核細胞などである。イオン伝導顕微鏡は、電解液中の真核細胞などを生きたまま立体観察することができる。
【0024】
[1.イオン伝導顕微鏡の構成]
はじめに、本実施の形態に係るイオン伝導顕微鏡1の構成について説明する。
図1は、本実施の形態にかかるイオン伝導顕微鏡1の概略構成図である。
【0025】
図1に示すように、本実施の形態にかかるイオン伝導顕微鏡1は、試料を保持するステージ10と、プローブ11と、駆動部12と、検出部13と、制御部14と、表示部15と、電源16とを備えている。
【0026】
ステージ10は、底面と側面を有する箱状の形状を有している。ステージ10の内部には、電解液20が充填されている。本実施の形態において、電解液20は第1の電解液である。電解液20は、例えば、生理溶液成分である塩化ナトリウムまたは塩化カリウムである。電解液20のイオン濃度は、例えば一般的な生理溶液の濃度である0.15mol/lである。ステージ10の内部の底面には、試料30が電解液20に浸された状態で保持されている。また、ステージ10の内部には、電極18が配置されている。本実施の形態において、電極18は第1の電極である。電極18は、少なくとも一部が電解液20に浸された状態で配置されている。なお、電解液20の種類および濃度は、上述したものに限らず変更してもよい。
【0027】
プローブ11は、ピペット11aと、ピペット11aの内部に充填された電解液22とを有している。プローブ11の少なくとも一部は、試料30の計測の際に、ステージ10に収容された電解液20の中に浸される。すなわち、ピペット11aの外側の少なくとも一部には、電解液20が配置されることになる。また、ピペット11aの内部には、電解液22に少なくとも一部が浸された電極11bが配置されている。本実施の形態において、電極11bは第2の電極である。
【0028】
ピペット11aは、例えば長尺な形状を有するガラスで構成され、長尺方向の両端を貫通する貫通孔を有している。ピペット11aにおいて、試料30に近接する一端側の端面における貫通孔の口径は、他端側における貫通孔の口径よりも小さくなっている。試料30に近接する一端側の端面における貫通孔の口径は、例えば20nmである。なお、当該一端側の端面における貫通孔の口径は、20nmに限らず、例えば50nm以下であればよい。
【0029】
なお、ピペット11aの貫通孔の内壁の表面は、被覆層(図示せず)で覆われていてもよい。これにより、貫通孔の口径をより小さくすることができる。したがって、イオン伝導顕微鏡において、高いイオン濃度の電解液が貫通孔内から試料が置かれた領域に拡散するのを抑制し、試料が置かれた環境が変化するのをより抑制することができる。被覆層は、例えば、絶縁体であるアルミナで構成されている。なお、被覆層は、アルミナに限らず、計測試料、電解液および貫通孔の口径に応じて、有機物、無機物、それらの複合材料で構成されていても良い。また、被覆層金属、絶縁体、半導体など、どんな電気的特性を有していても良い。
【0030】
電解液22は、上述した電解液20と同様、例えば、生理溶液成分である塩化ナトリウムまたは塩化カリウムである。本実施の形態において、電解液22は第2の電解液である。電解液22のイオン濃度は、電解液20よりも高い。電解液22のイオン濃度は、例えば電解液22の室温付近における飽和濃度程度である4mol/lである。なお、電解液22の種類および濃度は、上述したものに限らず変更してもよい。
【0031】
電極11bは、例えば銀/塩化銀電極等で構成されている。電極11bは、ピペット11aの内部において、少なくとも一部が電解液22に浸されるように配置されている。電極11bは、後述する検出部13、電源16および電極18と電気的に接続されている。これにより、ピペット11aの外部の電解液20中に配置された電極18とピペット11aの内部に配置された電極11bとの間には、イオン電流が生じる。このイオン電流は、ピペット11aの先端が試料30に近接することで変化する。
【0032】
プローブ11をステージ10に収容された電解液20の中に配置した場合、プローブ11の貫通孔の口径が小さければ、プローブ11の先端では安定したイオン濃度勾配が形成され、時間に依存しない定常電流が得られる。そのため、ステージ10に収容された電解液20をマクロにみたときには、試料30が配置された領域近傍の電解液20のイオン濃度は変化していない。
【0033】
ここで、プローブ11の貫通孔の内部に充填された電解液22のイオン濃度が高いほど、電極11bと電極18との間の抵抗は減少するため、電解液22のイオン濃度が低い場合と比べて、電極11bと電極18にある一定電圧を印加した際に、電極11bと電極18との間に流れるイオン電流は増加する。例えば、生理溶液成分である塩化カリウムを電解液20および22として用いた場合では、プローブ11の貫通孔内に充填される電解液22のイオン濃度を電解液20と同等とした場合と比較して、最大で8倍程度のイオン電流の増加が生じる。したがって、電解液22のイオン濃度を電解液20のイオン濃度よりも高くすることにより、電極11bと電極18にある一定電圧を印加した際に、イオン電流を高い信号雑音比で得ることができる。
【0034】
図2は、本実施の形態にかかるプローブ11の先端と試料30との距離に対するイオン電流を示す模式図である。なお、プローブ11の先端とは、プローブ11の、試料30に近接する一端のことをいう。
【0035】
図2に示すように、プローブ11では、試料30に近接する一端側の端面(先端)と試料30との間の距離を大きくするにつれてイオン電流が変化し、所定の距離を超えると、イオン電流はほとんど変化しなくなる。そこで、このほとんど変化しなくなるイオン電流値からの所定の変化の値I
1であるに場合におけるプローブ11の先端と試料30との距離D
1をセットポイントとする。そして、セットポイントにおけるイオン電流変化の値I
1以上のイオン電流が流れる場合を非接触状態、セットポイントにおけるイオン電流変化の値I
1より小さいイオン電流が流れる場合を接触状態としている。ここで、セットポイントにおけるイオン電流の値I
1とは、例えば、
図2に示すように、飽和したイオン電流との差分Δが、飽和したイオン電流の大きさの1%小さい(-1%)イオン電流の値としてもよい。なお、プローブ11の特徴の詳細については、後述する。
【0036】
駆動部12は、プローブ11をX方向、Y方向およびZ方向に移動させる走査機構である。駆動部12は、例えばピエゾアクチュエータで構成されている。駆動部12は、制御部14から印加される電圧信号に基づいて、プローブ11をX方向、Y方向およびZ方向に移動させる。なお、駆動部12は、プローブ11をX方向、Y方向およびZ方向にそれぞれ移動させる駆動部を別々に有していてもよい。また、駆動部12は、プローブ11のみに設けられた構成でなくてもよい。例えば、駆動部12は、ステージ10に設けられ、ステージ10をX方向、Y方向およびZ方向に移動させる構成であってもよい。また、例えばステージ10にX方向およびY方向に移動させる駆動部を設け、プローブ11にZ方向に移動させる駆動部を設けるなど、複数の駆動部を設ける構成であってもよい。すなわち、駆動部12は、プローブ11とステージ10とを相対的に走査させる構成であればよい。
【0037】
検出部13は、例えば電流計である。検出部13、電源16、電極11bおよび電極18は電解液20および22を介して電気的に接続されているため、電源16により電圧が印加されると、電極11bと電極18との間には電解液20および22を介してイオン電流が流れる。検出部13は、このイオン電流を検出する。
【0038】
制御部14は、上述した駆動部12に電圧信号を印加することにより、プローブ11をステージ10に対して相対的に走査させる。制御部14は、検出部13で計測されたイオン電流に基づいて、ステージ10に保持された試料30とプローブ11との距離を調整する。具体的には、制御部14は、駆動部12を制御して、試料30とプローブ11とが所定の距離を維持するようにプローブ11のZ方向の高さを調整しながら、プローブ11をZ方向に直交するX方向およびY方向に移動させる。
【0039】
これにより、例えば、プローブ11はX方向に1ピクセル移動し、当該ピクセルにおいて10μsec静止してイオン電流を検出し、当該イオン電流に基づいてプローブ11の高さが調整される。そして、順次この動作が繰り返され、一画面分の走査が行われる。このとき、プローブ11のX方向およびY方向の位置も、XYZ座標として検出される。なお、一画面とは、50×50ピクセルの画面としてもよい。50×50ピクセルの一画面分の計測に要する時間は、例えば1secである。なお、一画面は50×50ピクセルに限らず、100×100ピクセルとしてもよい。
【0040】
また、制御部14は、ステージ10に対するプローブ11のXYZ方向の相対的な移動距離を表示部15に表示させる制御を行う。具体的には、制御部14は、後述する表示部15に、ステージ10に対するプローブ11のXYZ方向の相対的な移動距離またはXYZ座標を伝達し、各座標におけるイオン電流を二次元または三次元的に表示させてもよい。
【0041】
表示部15は、制御部14から伝達されたXYZ座標に基づいて、試料30の表面状態、形状および動きなどを表示するモニターである。
【0042】
以上の構成により、イオン伝導顕微鏡1において、試料30を載置したステージ10とプローブ11とを相対的にXYZ方向に走査することにより、試料30の表面状態、形状および動作などの情報を得ることができる。このとき、検出したイオン電流に基づいてプローブ11と試料30との距離を制御することにより、イオン伝導顕微鏡1を安定して高速に走査することができるので、計測データを安定して高速に取得することができる。
【0043】
ここで、イオン伝導顕微鏡1による試料の計測の手順について説明する。
図3は、実施の形態にかかるイオン伝導顕微鏡1における計測手順を示すフローチャートである。
【0044】
図3に示すように、はじめに、電解液20が収容されたステージ10の内部の底面に試料30を配置する(試料準備工程)(ステップS11)。試料30は、電解液20に浸された状態である。なお、電解液20は、試料30をステージ10の内部の底面に配置した後にステージ10の内部に収容されてもよいし、あらかじめステージ10の内部に収容されていてもよい。
【0045】
次に、プローブ11の貫通孔の内部に、電解液22を充填する(充填工程)(ステップS12)。電解液22は、例えば試料30に近接する先端と反対側、すなわち、貫通孔の口径の大きい側から貫通孔の内部に充填してもよい。また、電解液22を充填した後、プローブ11の貫通孔の内部に、少なくとも一部が電解液22に浸されるように電極11bを配置する。
【0046】
なお、試料30をステージ10に配置する試料準備工程と、プローブ11の貫通孔内に電解液22を充填する充填工程とは、いずれを先に行ってもよいし、同時に行ってもよい。
【0047】
次に、電極11bと電極18との間に生じるイオン電流を検出部13により検出する(電流計測工程)。そして、検出されたイオン電流の大きさに基づいて、試料30に対するプローブ11の高さを調整する(高さ調整工程)(ステップS13)。さらに、試料30とプローブ11との距離を所定の距離に維持するように制御を行いながら、プローブ11をX方向およびY方向に走査する(走査工程)。そして、ピクセルごと(または、所定時間ごと)のXYZ座標を計測する(ステップS14)。さらに、計測したXYZ座標を表示部15に表示させる(ステップS15)。このときの表示は、プローブ11の走査を行いながら順次行ってもよい。このようにして、イオン伝導顕微鏡1により、試料30の表面状態を計測することができる。
【0048】
[2.プローブの構成]
ここで、プローブの構成について詳細に説明する。
図4は、実施の形態にかかるプローブ11の内外の電解液20および22のイオン濃度分布を示す図である。
図4において、(a)はプローブ11の先端における貫通孔の開口からの正規化距離と、電解液20および22のイオン濃度およびイオン濃度の微分値を一次元的に示している。また、
図4において、(b)はプローブ11の先端における貫通孔の開口の中心からの正規化距離と、電解液20および22のイオン濃度を二次元的に示している。
図4の(a)は、
図4の(b)に示す、貫通孔の開口の中心をプローブ11の長尺方向に通る矢印の位置における電解液22のイオン濃度を示している。また、
図4の(a)に示す破線はイオン濃度、実線はイオン濃度の微分値を示している。なお、正規化距離とは、プローブ11の先端における貫通孔の口径を1としたときの距離である。
【0049】
図4の(a)に破線で示すように、プローブ11の外には電解液20が配置されているため、電解液のイオン濃度は0.15mol/lが示されている。一方、プローブ11の貫通孔の内部には電解液22が充填されているため、電解液のイオン濃度は貫通孔の開口から貫通孔の内部に行くにつれて4mol/lに近づくように高くなっている。また、
図4の(a)に実線で示すように、イオン濃度の微分値を見ると、プローブ11の外側では、貫通孔の開口に近づくにつれてイオン濃度の変化量が大きくなり、プローブ11の貫通孔の内部では、貫通孔の開口から離れるにつれてイオン濃度の変化量は小さくなっている。つまり、プローブ11の貫通孔の開口付近、特に、プローブ11の外側において貫通孔の開口付近にイオン濃度の高い領域が存在していることがわかる。ここで、例えば、貫通孔の中心からプローブ11の外側に正規化距離が5離れた位置(
図4の(a)に示す正規化距離が-5の位置)では、電解液のイオン濃度は0.15mol/lを示している。したがって、生細胞等の生物試料の計測において、貫通孔の開口の中心から少なくとも正規化距離が5離れた位置では、イオン濃度が高い電解液により試料30がダメージを受けることを抑制することができる。
【0050】
なお、
図4の(b)に示すように、イオン濃度が高い領域は、プローブ11の高さ方向だけでなく、高さ方向と直交する方向にも、高さ方向と同様に分布していることがわかる。
【0051】
また、
図5は、実施の形態にかかるプローブ11内外の電解液20および22のイオン濃度に対する正規化伝導度を示す図である。正規化伝導度とは、イオン濃度が0.15mol/lのときの伝導度を1としたときの伝導度である。
【0052】
図5に示すように、正規化伝導度は、電解液のイオン濃度が高くなるにつれて急激に増加する。つまり、電解液のイオン濃度が高くなるほどイオン電流が流れやすくなる。例えば、
図5では、イオン濃度が4mol/lの場合の正規化伝導度は、実験による平均値が7.5、シミュレーションによる値が7程度という結果が得られている。
【0053】
したがって、電解液のイオン濃度が高い領域は、プローブ11の貫通孔の開口近傍にのみ存在するので、プローブ11の貫通孔から離れた位置に配置された試料は、イオン濃度が高い電解液に接触することがなく、生物試料等の計測において、高いイオン濃度の電解液により試料がダメージを受けるのを抑制しつつ、イオン電流を大きくすることができる。これにより、試料にダメージを与えることなく、高感度でイオン電流を検出し、試料30に対するプローブ11の高さを素早く調整することができる。したがって、イオン伝導顕微鏡1において、プローブ11を高速に走査することができる。
【0054】
[3.プローブの特性]
以下、上述したプローブの特性を、比較例にかかるプローブの特性と比較しながら説明する。比較例に係るプローブとは、プローブの貫通孔の内部に0.15mol/lの電解液を充填した場合である。
【0055】
図6は、実施の形態および比較例にかかるプローブ11の応答時間と感度とを示す図である。
図6において、(a)はガラス基板40からのプローブ11の高さを示す模式図、(b)はイオン電流、(c)は駆動部12の移動高さを示している。また、
図6の(b)では、本実施の形態に係るプローブ11の結果を実施例として実線で示し、比較例に係るプローブ11の結果を破線で示している。
【0056】
図6の(b)および(c)では、プローブ11がガラス基板40に対して所定の高さで移動するときの、検出部13で検出されたイオン電流と、駆動部12によりプローブ11を調整した高さとを示している。
図6の(b)および(c)では、プローブ11の高さを20μsecで10nm上昇させ、150μsecその高さを維持した後、20μsecで10nm下降させた場合を示している。
【0057】
図6の(a)および(c)に示すように、本実施の形態に係るプローブ11を移動させるときに、駆動部12によりプローブ11の高さを10nm上昇させると、それに伴い、
図6の(b)に示すように、イオン電流は1nA程度増加している。これに対し、比較例に係るプローブ11では、プローブの高さを10nm変化させても、
図6の(b)に示すように、イオン電流に変化は見られない。これは、比較例に係るプローブ11の高さ変化に伴うイオン電流変化がイオン電流検出装置のノイズレベルよりも小さいことを意味している。
【0058】
また、
図6の(b)と(c)とを比較すると、本実施の形態に係るプローブ11では、プローブ11の高さを上昇させるとほぼ同時に、イオン電流も増加し、プローブ11の高さを下降させるとほぼ同時に、イオン電流も減少している。したがって、本実施の形態に係るプローブ11では、イオン電流に応じてプローブ11の高さを高速にかつ精度よく調整することで、表面形状を高速に計測することが可能である。
【0059】
なお、
図7は、実施の形態および比較例にかかるプローブ11の、試料30からの高さに対する正規化イオン電流の関係を示す図である。ここでは、この曲線をアプローチカーブと称する。正規化イオン電流とは、試料30とプローブ11の先端とが十分に遠離れ、イオン電流がプローブと表面距離に依らない位置で得られるイオン電流を1としたときのイオン電流である。また、
図7では、本実施の形態に係るプローブ11の結果を実施例として実線で示し、比較例に係るプローブ11の結果を破線で示している。
図7において、実施例は比較例に対して、同様のバイアス電圧において、計測されるイオン電流の値が7倍程度大きい。
【0060】
図7に示すように、同一形状のプローブ11を用いて、正規化イオン電流値を計測することにより得られるアプローチカーブは、実施例と比較例において殆ど差が見られない。つまり、本実施の形態に係るプローブ11では、プローブ11が試料30に近接しているか否かを判断するセットポイントの値は、正規化イオン電流値を用いれば、比較例に係るプローブ11の場合とほぼ同等であることがわかる。したがって、本実施の形態に係るプローブ11を用いても、プローブ11の先端と試料30との間の距離を適切に検出することができる。
【0061】
また、
図8は、実施の形態および比較例に係るプローブ11の、電源16により印加した電圧V
bに対する信号雑音比を示す図である。
図8では、本実施の形態に係るプローブ11の結果を実施例として実線および黒四角で示し、比較例に係るプローブ11の結果を破線および黒丸で示している。
【0062】
図8に示すように、本実施の形態に係るプローブ11では、比較例に係るプローブ11と比べて、電源16から電極11bおよび18を介して電解液20および22に印加される電圧V
bを増加させたときの信号雑音比が大きく向上している。つまり、本実施の形態に係るプローブ11では、電圧V
bを増加させたときの信号の値が大きく増加している。したがって、本実施の形態に係るプローブ11では、電源16の電圧V
bの大きさに応じてイオン電流の値を大きくし、プローブ11の高さを精度よく調整することができる。したがって、イオン伝導顕微鏡1において、高速動作と高い空間分解能とを実現することができる。
【0063】
[4.効果等]
以上、本実施の形態にかかるイオン伝導顕微鏡1および表面計測方法によると、電解液のイオン濃度が高い領域は、プローブ11の貫通孔の開口近傍にのみ存在するので、プローブ11の貫通孔から離れた位置に配置された試料は、イオン濃度が高い電解液に接触することがなく、高いイオン濃度の電解液により、生物試料等の計測において、試料がダメージを受けるのを抑制しつつ、イオン電流を大きくすることができる。これにより、試料にダメージを与えることなく、高感度でイオン電流を検出し、試料30に対するプローブ11の高さを素早く調整することができる。したがって、イオン伝導顕微鏡1において、プローブ11を高速で走査することができる。
【0064】
また、本実施の形態に係るプローブ11では、電源16から電極11bおよび18を介して電解液20および22に印加される電圧Vbを増加させたときの信号雑音比が大きく向上するため、高分解能で試料30の表面状態を計測することができる。
【0065】
(その他の実施の形態)
以上、本発明にかかるイオン伝導顕微鏡について、実施の形態に基づいて説明したが、本発明は実施の形態に限定されるものではない。実施の形態に対して当業者が思いつく変形を施して得られる形態、および、複数の実施の形態における構成要素を任意に組み合わせて実現される別の形態も本発明に含まれる。
【0066】
例えば、上述した実施の形態では、イオン伝導顕微鏡においてプローブをXYZ方向に移動する構成を示したが、この構成に限らず、例えば、ステージをXY方向、プローブをZ方向に移動する構成としてもよい。また、ステージがZ方向に移動する構成であってもよい。
【0067】
また、プローブの試料に近接する一端側の端面における貫通孔の口径は、上述した20nmに限らず、適宜変更してもよい。
【0068】
また、第1の電解液のイオン濃度は、上述した0.15mol/lに限らず、試料に応じて適宜変更してもよい。また、第2の電解液のイオン濃度は、第1の電解液のイオン濃度よりも高い濃度であればよく、上述した4mol/lに限らず適宜変更してもよい。
【0069】
また、試料をステージに配置する試料準備工程と、プローブの貫通孔内に第2の電解液を充填する充填工程とは、いずれを先に行ってもよいし、同時に行ってもよい。
【0070】
また、駆動部は、上述したようにピエゾアクチュエータに限らず、モータ式の駆動部等他の駆動部であってもよい。
【0071】
また、イオン伝導顕微鏡の構成は、上記したものに限らず、適宜変更してもよい。また、上述したプローブは、イオン伝導顕微鏡に限らず、他の顕微鏡のプローブとして用いられてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明にかかる表面計測方法は、プローブを試料に対して走査することにより、試料表面の物理情報または試料の化学的性質を信号として取得する走査型のイオン伝導顕微鏡等に有用である。
【符号の説明】
【0073】
1 イオン伝導顕微鏡
10 ステージ
11 プローブ
11a ピペット
11b 電極(第2の電極)
18 電極(第1の電極)
12 駆動部
13 検出部
14 制御部
15 表示部
16 電源
20 電解液(第1の電解液)
22 電解液(第2の電解液)
30 試料
40 ガラス基板