(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-06
(45)【発行日】2022-05-16
(54)【発明の名称】レーザ溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 26/28 20140101AFI20220509BHJP
B23K 26/082 20140101ALI20220509BHJP
B23K 26/21 20140101ALI20220509BHJP
【FI】
B23K26/28
B23K26/082
B23K26/21 G
(21)【出願番号】P 2018106990
(22)【出願日】2018-06-04
【審査請求日】2019-09-06
【審判番号】
【審判請求日】2021-07-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110000947
【氏名又は名称】特許業務法人あーく特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日置 亨
(72)【発明者】
【氏名】小倉 修平
(72)【発明者】
【氏名】川喜田 篤史
(72)【発明者】
【氏名】中田 光紀
(72)【発明者】
【氏名】後藤 崇志
(72)【発明者】
【氏名】河合 亮佑
【合議体】
【審判長】河端 賢
【審判官】久保田 信也
【審判官】大山 健
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/156723(WO,A1)
【文献】特開2010-94701(JP,A)
【文献】国際公開第2017/035729(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0106470(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/00 - 26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金鋳物を1以上含む複数の金属板をレーザビームによって重ね合せ溶接するレーザ溶接方法であって、
上記複数の金属板を重ね合せた重ね合せ部に対して、第1のレーザビームを、円形を描くように走査しながら照射して当該複数の金属板が溶融した溶融池を形成する溶融工程と、
上記溶融池に対して、第2のレーザビームを、上記第1のレーザビームの走査速度よりも速い走査速度で円形を描くように走査しながら照射して当該溶融池を攪拌することで、上記溶融工程で生じた気泡を微細化する攪拌工程と、を含
み、
上記第2のレーザビームは、上記第1のレーザビームの走査軌跡の最外周よりも外側に照射されることを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項2】
上記請求項1に記載のレーザ溶接方法において、
上記第2のレーザビームは、上記攪拌工程における上記溶融池の溶融範囲が、上記溶融工程における上記溶融池の溶融範囲以下となるように走査されることを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項3】
上記請求項1に記載のレーザ溶接方法において、
上記第2のレーザビームは、上記攪拌工程における上記溶融池の溶融半径が、上記溶融工程における上記溶融池の溶融半径の1.2倍以下となるように走査されることを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項4】
上記請求項1~
3のいずれか1つに記載のレーザ溶接方法において、
上記第1のレーザビームの走査軌跡および上記第2のレーザビームの走査軌跡よりも内側にレーザビームを照射する工程を含まないことを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項5】
上記請求項1~
4のいずれか1つに記載のレーザ溶接方法において、
上記複数の金属板は、アルミニウム合金鋳物板およびアルミニウム合金板であることを特徴とするレーザ溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ溶接方法に関し、特に、アルミニウム合金鋳物を含む複数の金属板をレーザビームによって重ね合せ溶接するレーザ溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金鋳物は、一般的に、圧延等で成形されるアルミニウム合金に比して、溶接には不向きと考えられている。その理由は、アルミニウム合金鋳物を被溶接材として溶接を行った場合、鋳造時にアルミニウム合金鋳物に強制固溶された多量のガスが、溶融部に大きな気泡として出現し、溶融部が凝固するまでに排出されなかった大きな気泡が大きなブローホール(ポロシティとも称される。)として溶接部に残るため、溶接部の品質(主に強度)が低下するからである。
【0003】
そこで、例えば特許文献1には、アーク溶接とレーザ溶接とを組み合わせたアルミニウム合金鋳物の溶接方法において、アーク溶接により母材表面に形成された溶融池にレーザビームを照射することによって、溶融池が急冷されることを緩和し、気泡が溶融池から排出される時間を確保することで、ブローホールの発生を抑制する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、複数の金属板をレーザビームによって重ね合せ溶接する場合にも、これら複数の金属板の中にアルミニウム合金鋳物が含まれていると、アルミニウム合金鋳物に強制固溶された多量のガスに起因して、溶接部に大きなブローホールが発生するため、溶接部の品質が低下することになる。
【0006】
そこで、アルミニウム合金鋳物を含む複数の金属板をレーザビームによって重ね合せ溶接する場合に、上記特許文献1の手法を応用して、複数の金属板が溶融した溶融池に対し、レーザビームを照射し続けることによって、溶融池が急冷されることを緩和し、気泡が溶融池から排出される時間を確保することが考えられる。
【0007】
しかしながら、重ね合せ溶接の場合には、通常、溶融池が深くなることから、このような手法では、気泡が溶融池から排出されるまでに掛かる時間が長くなるため、生産性の低下を抑えるという観点から改善の余地がある。
【0008】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、アルミニウム合金鋳物を含む複数の金属板を重ね合せ溶接するレーザ溶接方法において、生産性の低下を抑えつつ、相対的に大きなブローホールが溶接部に発生するのを抑える技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するため、本発明に係るレーザ溶接方法では、走査速度が相対的に速いレーザビームで溶融池を攪拌することによって、溶融池に出現した相対的に大きな気泡を砕いて微細化するようにしている。
【0010】
具体的には、本発明は、アルミニウム合金鋳物を1以上含む複数の金属板をレーザビームによって重ね合せ溶接するレーザ溶接方法を対象としている。
【0011】
そして、このレーザ溶接方法は、上記複数の金属板を重ね合せた重ね合せ部に対して、第1のレーザビームを、円形を描くように走査しながら照射して当該複数の金属板が溶融した溶融池を形成する溶融工程と、上記溶融池に対して、第2のレーザビームを、上記第1のレーザビームの走査速度よりも速い走査速度で円形を描くように走査しながら照射して当該溶融池を攪拌することで、上記溶融工程で生じた気泡を微細化する攪拌工程と、を含み、上記第2のレーザビームは、上記第1のレーザビームの走査軌跡の最外周よりも外側に照射されることを特徴とするものである。
【0012】
この構成では、複数の金属板にアルミニウム合金鋳物が1以上含まれることから、溶融工程において、第1のレーザビームを照射することで複数の金属板を溶融させた際、鋳造時にアルミニウム合金鋳物に強制固溶された多量のガスが相対的に大きな気泡として溶融池に出現する。
【0013】
もっとも、この構成によれば、攪拌工程において、溶融池に対して第2のレーザビームを、第1のレーザビームの走査速度よりも速い走査速度で円形を描くように走査しながら照射することで、溶融池が相対的に速い速度で攪拌されることから、溶融池に出現した相対的に大きな気泡が砕かれて、気泡が微細化することになる。したがって、溶融池が凝固した際、相対的に大きなブローホールが溶接部に発生するのを抑制することができ、これにより、溶接部の品質(主に強度)の低下を抑えることができる。
【0014】
さらに、この構成では、レーザビームを照射し続けることによって気泡が溶融池から排出される時間を確保するのとは異なり、溶融池を相対的に速い速度で攪拌することで気泡を微細化することから、気泡が溶融池から排出されるのを待つ必要がないので、生産性が低下するのを抑えることができる。
【0015】
また、上記レーザ溶接方法では、上記第2のレーザビームは、上記溶融池の拡大を抑えるように走査されることが好ましく、具体的には、上記第2のレーザビームは、上記攪拌工程における上記溶融池の溶融範囲が、上記溶融工程における上記溶融池の溶融範囲以下となるように走査されることが好ましい。また、上記第2のレーザビームは、上記攪拌工程における上記溶融池の溶融半径が、上記溶融工程における上記溶融池の溶融半径の1.2倍以下となるように走査されることが好ましい。
【0016】
なお、本発明において「拡大を抑えるように」とは、第2のレーザビームによる溶融範囲が、第1のレーザビームによる溶融範囲以下である場合のみならず、第1のレーザビームによる溶融範囲より広くなっても、それが不必要に広くならない場合も含むものである。
【0017】
気泡の微細化を図る攪拌工程において、溶融池が大きく拡大すると、換言すれば、アルミニウム合金鋳物が新たに多量に溶融すると、新たな気泡が溶融池に出現するところ、これらの構成によれば、溶融池を攪拌する第2のレーザビームを、溶融池の拡大を抑えるように走査することから、溶融池に新たな気泡が出現するのを抑えつつ、気泡の微細化を図ることができる。
【0018】
さらに、上記レーザ溶接方法では、上記第2のレーザビームは、上記第1のレーザビームの走査軌跡よりも外側に照射されることが好ましい。
【0019】
溶融池が凝固した際に相対的に大きなブローホールとなる気泡は、固液界面、すなわち、溶融部とアルミニウム合金鋳物とが接する界面に集中し易いところ、この構成によれば、溶融池を攪拌する第2のレーザビームを、第1のレーザビームの走査軌跡よりも外側に照射することから、固液界面に集中し易い相対的に大きな気泡を効率良く砕いて微細化を図ることができる。
【0020】
なお、例えば、第2のレーザビームの集光径を第1のレーザビームの集光径よりも小さくすれば、第2のレーザビームを第1のレーザビームの走査軌跡よりも外側に照射しても、溶融池が大きく拡大することにはならないので、この構成と、溶融池の拡大を抑える構成とは矛盾するものではない。
【0021】
また、上記レーザ溶接方法では、上記第1のレーザビームの走査軌跡および上記第2のレーザビームの走査軌跡よりも内側にレーザビームを照射する工程を含まないことが好ましい。
【0022】
上述の如く、溶融池が凝固した際に相対的に大きなブローホールとなる気泡は固液界面に集中し易いところ、この構成によれば、第1のレーザビームの走査軌跡および第2のレーザビームの走査軌跡よりも内側にレーザビームを照射する工程を含まないことから、換言すると、気泡の微細化に寄与し難いレーザビームを照射しないことから、作業時間の短縮および作業の効率化を図ることができる。
【0023】
さらに、上記レーザ溶接方法では、上記複数の金属板は、アルミニウム合金鋳物板およびアルミニウム合金板であることが好ましい。
【0024】
この構成によれば、熱伝導率が相対的に高く溶融池が急冷凝固し易いため、凝固する際に相対的に大きな気泡が残存し易いアルミニウム合金同士の重ね合せ溶接においても、溶接部に相対的に大きなブローホールが発生するのを好適に抑制することができる。
【発明の効果】
【0025】
以上説明したように、本発明に係るレーザ溶接方法によれば、アルミニウム合金鋳物を含む複数の金属板を重ね合せ溶接する場合にも、生産性の低下を抑えつつ、相対的に大きなブローホールが溶接部に発生するのを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】同図(a)は、本発明の実施形態に係るレーザ溶接方法によって溶接された、アルミニウム合金板とアルミニウム合金鋳物板との接合部を模式的に示す断面図であり、同図(b)は、従来のレーザ溶接方法によって溶接された、アルミニウム合金板とアルミニウム合金鋳物板との接合部を模式的に示す断面図である。
【
図2】レーザ溶接方法を実施するためのレーザ溶接装置を模式的に示す概略構成図である。
【
図3】アルミニウム合金材のガス溶解度を模式的に説明する概念図である。
【
図4】レーザビームの基本的な照射態様を模式的に説明する斜視図である。
【
図5】レーザ溶接方法を模式的に説明する図である。
【
図7】レーザビームの照射条件を模式的に説明する図であり、同図(a)は溶融パスに関するものであり、同図(b)は攪拌パスに関するものである。
【
図8】実験例に用いた供試体を模式的に示す斜視図である。
【
図10】実験例に用いた供試体の断面図の一例を模式的に示す図であり、同図(a)は本発明例であり、同図(b)は比較例である。
【
図11】その他の実施形態に係るレーザ溶接方法を模式的に示す図である。
【
図12】従来1のレーザ溶接方法を模式的に説明する図である。
【
図13】従来2のレーザ溶接方法によって溶接された、アルミニウム合金板とアルミニウム合金鋳物板との溶接部を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。
【0028】
図1(a)は、本実施形態に係るレーザ溶接方法によって溶接された、アルミニウム合金板10とアルミニウム合金鋳物板20との接合部1を模式的に示す断面図であり、
図1(b)は、従来のレーザ溶接方法によって溶接された、アルミニウム合金板110とアルミニウム合金鋳物板120との接合部101を模式的に示す断面図である。
図1(a)および(b)に示すように、本実施形態に係る接合部1においても、従来の接合部101においても、例えば圧延で成形された上側のアルミニウム合金板10,110と、下側のアルミニウム合金鋳物板20,120とが、レーザ溶接によって形成された溶接部3,103によって上下に連結されている点は同じである。
【0029】
もっとも、従来の接合部101における溶接部103には、
図1(b)に示すように、相対的に小さなブローホールBH2に加えて、相対的に大きなブローホールBH1が多数残存しているのに対し、本実施形態の接合部1における溶接部3には、
図1(a)に示すように、相対的に小さなブローホールBH2しか残存していない。
【0030】
かかるブローホール(気孔)はポロシティとも称され、溶接部3,103の内部に、相対的に大きなブローホールBH1が存在していると、溶接部3,103のせん断強度、引張強度、疲労強度等を低下させる要因となる。この点、本実施形態の溶接部3には、微細化された相対的に小さなブローホールBH2しか残存していないことから、従来の溶接部103に比して、相対的に大きなブローホールBH1による品質(主に強度)への影響を低下させることが可能となる。以下、このような相対的に大きなブローホールBH1が残存しない溶接部3を可能とする本実施形態のレーザ溶接方法について詳細に説明する。
【0031】
-レーザ溶接装置-
図2は、本実施形態のレーザ溶接方法を実施するためのレーザ溶接装置50を模式的に示す概略構成図である。このレーザ溶接装置50は、ワークW(本実施形態ではアルミニウム合金板10およびアルミニウム合金鋳物板20)から離れた位置でレーザビームLBを照射してレーザ溶接を行うリモートレーザとして構成されている。レーザ溶接装置50は、
図2(a)に示すように、レーザビームLBを出力するレーザ発振器51と、ロボット52と、ファイバケーブル54を介してレーザ発振器51から供給されたレーザビームLBを走査してワークWに照射する3Dスキャナ60と、を備えている。ロボット52は、複数のサーボモータ(図示せず)によって駆動される複数の関節を有する多関節型ロボットであり、制御装置(図示せず)の指令に基づき、先端部に取り付けられた3Dスキャナ60を移動させるように構成されている。
【0032】
3Dスキャナ60は、
図2(b)に示すように、センサー61と、集光レンズ62と、固定ミラー63と、可動ミラー64と、収束レンズ65と、を備えている。レーザ発振器51から3Dスキャナ60に供給されたレーザビームLBは、センサー61から集光レンズ62に出射され、集光レンズ62により集光された後、固定ミラー63で可動ミラー64に向けて反射され、可動ミラー64により方向が変化された後、収束レンズ65を介して所定のスポット径となるようにワークWに向けて照射される。このような構成により、本実施形態のレーザ溶接装置50では、制御装置(図示せず)の指令に基づいて、可動ミラー64が駆動することによって、例えばワークWから500mm離れた状態で200mm四方の範囲内における所定の位置にレーザビームLBを照射することが可能になっている。
【0033】
集光レンズ62は、アクチュエータ(図示せず)により上下方向に移動可能に構成されていて、当該集光レンズ62を上下方向に移動させることで、焦点距離が上下方向に調整されるようになっている。それ故、本実施形態のレーザ溶接装置50では、ワークWの上面を基準(0)とした場合における焦点Fを+側にシフトさせることで、焦点FがワークWよりも上側に位置するデフォーカス状態と、焦点Fを-側にシフトさせることで、焦点FがワークWよりも下側に位置するインフォーカス状態と、を容易に実現することが可能になっている。
【0034】
-ブローホールの発生メカニズム-
本実施形態のレーザ溶接方法の説明に先立ち、本発明を理解し易くするために、ブローホールBH1,BH2の発生メカニズムおよびそれに起因する従来のレーザ溶接方法の問題点について説明する。
【0035】
図3は、アルミニウム合金材のガス溶解度を模式的に説明する概念図である。アルミニウム合金鋳物は、一般的に、圧延等で成形されるアルミニウム合金に比して、溶接には不向きと考えられている。その理由は、アルミニウム合金鋳物のガス固溶量(アルミニウムの結晶構造の中に入り込んでも、元のアルミニウム結晶構造の形を保って固体状態で混じり合っているガス(気体)の量)が多いことに起因する。
【0036】
より詳しくは、
図3に示すように、鋳造時にアルミニウム合金鋳物に強制固溶されるガス量は、アルミニウム合金に固溶されるガス量に比べて多い(少なくとも20倍以上)ため、溶接の際にアルミニウム合金鋳物が溶融すると、固溶ガスが溶融部に相対的に大きな気泡として出現することになる。このように溶融部に出現した相対的に大きな気泡は、凝固時に大気に排出されなければ、相対的に大きなブローホールBH1として溶接部に残り、残存する相対的に大きなブローホールBH1の多寡により、溶接部の強度にばらつきが生じ、安定した品質の接合部を得ることが難しくなることが、アルミニウム合金鋳物が溶接には不向きと考えられる要因となっている。
【0037】
このような相対的に大きなブローホールBH1は、アルミニウム合金鋳物を1以上含む複数の金属板をレーザビームLBによって重ね合せ溶接する場合にも生じ得る。
図12は、従来1のレーザ溶接方法を模式的に説明する図であり、
図13は、従来2のレーザ溶接方法によって溶接された、アルミニウム合金板210とアルミニウム合金鋳物板220との溶接部203を模式的に示す断面図である。
【0038】
例えば、
図12(a)に示すように、アルミニウム合金板110とアルミニウム合金鋳物板120とを上下に重ね合せた重ね合せ部105に対して、レーザビームLBを、円形を描くように走査しながら照射して、
図12(b)に示すように、アルミニウム合金板110およびアルミニウム合金鋳物板120が溶融した溶融池107を形成すると、アルミニウム合金鋳物板120の固溶ガスが溶融池107内に相対的に大きな気泡B1および相対的に小さな気泡B2として出現することになる。
【0039】
ここで、溶融池107に対し、レーザビームLBを照射し続けることによって、溶融池107が急冷されることを緩和し、気泡B1,B2が溶融池107から排出される時間を確保することが考えられるが、重ね合せ溶接の場合には、通常、溶融池107が深くなることから、このような手法では、気泡B1,B2が溶融池107から排出されるまでに掛かる時間が長くなるため、生産性の低下を抑えるという観点から改善の余地がある。
【0040】
また、セルフピアスリベットやフロードリルスクリュー等の機械的締結方法により、アルミニウム合金鋳物を1以上含む複数の金属板を締結することも考えられるが、これらは副資材を用いるため、レーザ溶接に比してランニングコストやタクトタイムが悪化するという問題がある。
【0041】
そこで、気泡B1,B2の発生源となるアルミニウム合金鋳物板220の溶融量を低減するべく、
図13に示すように、アルミニウム合金板210を貫通させる一方、アルミニウム合金鋳物板220を貫通させずに溶接部203を形成することが考えられる。この従来2の手法によれば、
図13に示すように、溶接部203には相対的に小さなブローホールBH2しか残存していないことから、従来1の溶接部103に比して、相対的に大きなブローホールBH1による強度等への影響を低下させることが可能となる。
【0042】
しかしながら、この従来2の手法では、アルミニウム合金鋳物板220を貫通させないために出力の範囲が限定されることから、パワー裕度が低く、また、アルミニウム合金板210とアルミニウム合金鋳物板220との隙間が大きいと溶接が困難となる上、アルミニウム合金鋳物板220側からのレーザ照射や品質の確認が困難になるという問題がある。
【0043】
-レーザ溶接方法-
そこで、本実施形態では、アルミニウム合金鋳物を1以上含む複数の金属板をレーザビームLBによって重ね合せ溶接するレーザ溶接方法において、走査速度が相対的に速いレーザビームLBで溶融池を攪拌することによって、溶融池に出現した相対的に大きな気泡B1を砕くようにしている。具体的には、本実施形態のレーザ溶接方法では、
図5に示すように、アルミニウム合金板10とアルミニウム合金鋳物板20とを重ね合せた重ね合せ部5に対して、第1のレーザビームLB1を、円形を描くように走査しながら照射してアルミニウム合金板10およびアルミニウム合金鋳物板20が溶融した溶融池7を形成する溶融パス(溶融工程)と、溶融池7に対して、第2のレーザビームLB2を、第1のレーザビームLB1の走査速度V
1よりも速い走査速度V
2で円形を描くように走査しながら照射して、溶融池7を攪拌する攪拌パス(攪拌工程)と、を含むようにしている。以下、このようなレーザ溶接方法について詳細に説明する。
【0044】
図4は、レーザビームLBの基本的な照射態様を模式的に説明する斜視図である。本実施形態では、
図4に示すように、アルミニウム合金板10とアルミニウム合金鋳物板20とを重ね合せた重ね合せ部5に対して、上記レーザ溶接装置50を用いて、アルミニウム合金板10およびアルミニウム合金鋳物板20から離れた位置でレーザビームLBを照射するリモートレーザ溶接を行うことにより、両者10,20を溶接する。この際、所謂LSW(Laser Screw Welding)を用いて円形を描くように走査しながらレーザビームLBを照射することで、溶接部3を形成するようにしている。より詳しくは、
図4に示すように、レーザビームLBを中心軸C周りに走査して、走査速度、出力、走査半径、集光径、回転数等を変えながら、同心円上に複数回照射することで溶接部3を形成する。
【0045】
図5は、レーザ溶接方法を模式的に説明する図である。上記のような照射態様を基本としつつ、本実施形態のレーザ溶接方法では、重ね合せ部5に対して第1のレーザビームLB1を照射して溶融池7を形成する溶融パスと、溶融池7に対して第2のレーザビームLB2を照射して溶融池7を攪拌する攪拌パスと、を含んでいる。
【0046】
先ず、溶融パスでは、
図5(a)に示すように、アルミニウム合金板10とアルミニウム合金鋳物板20とを上下に重ね合せた重ね合せ部5に対して、第1のレーザビームLB1を、円形を描くように走査しながら照射して、
図5(b)に示すように、アルミニウム合金板10およびアルミニウム合金鋳物板20が溶融した溶融池7を形成する。このとき、アルミニウム合金鋳物板20の固溶ガスが溶融池7内に相対的に大きな気泡B1および相対的に小さな気泡B2として出現することになる。
【0047】
次いで、攪拌パスでは、
図5(c)に示すように、相対的に大きな気泡B1および相対的に小さな気泡B2を含む溶融池7に対して、第2のレーザビームLB2を、第1のレーザビームLB1の走査速度よりも速い走査速度で円形を描くように走査しながら照射して、溶融池7を攪拌することで、相対的に大きな気泡B1を砕くことにより、気泡B1を微細化する。
【0048】
攪拌パスにおいて気泡B1が微細化された状態で溶融池7が凝固すると、溶融池7が凝固した溶接部3には、
図5(d)に示すように、相対的に小さなブローホールBH2しか残存しないことになり、これにより、相対的に大きなブローホールBH1による溶接部3の品質への影響を低下させることができる。
【0049】
-照射条件-
上述のように、本実施形態のレーザ溶接方法では、基本的には、相対的に速い走査速度で第2のレーザビームLB2を照射することによって、相対的に大きなブローホールBH1に起因する溶接部3の品質の低下を抑えているが、以下のような照射条件を設定することで、レーザ溶接の更なる高効率化を図っている。
【0050】
図6は、レーザビームLBの照射条件を示す表である。また、
図7は、レーザビームLBの照射条件を模式的に説明する図であり、同図(a)は溶融パスに関するものであり、同図(b)は攪拌パスに関するものである。
【0051】
先ず、攪拌パスにおける第2のレーザビームLB2のレーザ出力P2については、溶融状態を維持しながら溶融池7を攪拌することから、溶融パスにおける第1のレーザビームLB1のレーザ出力P1以上であること(P2≧P1)が好ましいが、特に規定はない。
【0052】
次に、攪拌パスにおける第2のレーザビームLB2の走査速度V2については、上述の如く、相対的に大きな気泡B1を砕いて微細化するには溶融池7を高速で攪拌することが要求されることから、溶融パスにおける第1のレーザビームLB1の走査速度V1よりも速いこと(V2>V1)が必須である。
【0053】
また、
図7(b)に示す攪拌パスにおける溶融範囲MA2の半径である溶融半径R
2については、
図7(a)に示す溶融パスにおける溶融範囲MA1の半径である溶融半径R
1の1.2倍以下であること(R
2≦1.2×R
1)が、換言すると、溶融池7が必要以上に拡大されるのを抑えるように走査されることが好ましい。なぜなら、攪拌パスの目的は、溶融パスで発生した相対的に大きな気泡B1を微細化することにあるところ、気泡B1の微細化を図る攪拌パスにおいて、溶融池7が大きく拡大(アルミニウム合金鋳物板20が新たに多量に溶融)することで、新たに多くの気泡B1,B2が溶融池7に出現するのは好ましくないからである。それ故、可能であれば、攪拌パスにおける溶融半径R
2は、溶融パスにおける溶融半径R
1と等しいこと(R
2=R
1)がより好ましい。
【0054】
さらに、攪拌パスにおける第2のレーザビームLB2の走査半径r2については、溶融パスにおける第1のレーザビームLB1の走査半径r1よりも大きいこと(r2>r1)が、換言すると、第2のレーザビームLB2は第1のレーザビームLB1の走査軌跡(レーザ走査範囲LA1)よりも外側に照射されることが好ましい。なぜなら、溶融池7が凝固した際に相対的に大きなブローホールBH1となる気泡B1は、固液界面、すなわち、溶融池7とアルミニウム合金鋳物板20とが接する界面に集中し易いところ、溶融池7を攪拌する第2のレーザビームLB2のレーザ走査範囲LA2を、第1のレーザビームLB1のレーザ走査範囲LA1の外側にすれば、固液界面に集中し易い相対的に大きな気泡B1を効率良く砕いて微細化を図ることができるからである。
【0055】
なお、例えば、第2のレーザビームLB2の集光径を第1のレーザビームLB1の集光径よりも小さくすれば、第2のレーザビームLB2を第1のレーザビームLB1の走査軌跡よりも外側に照射しても、溶融池7が大きく拡大することにはならないので、r2>r1と、溶融池7の拡大を抑えることとは矛盾するものではない。これらを考慮すると、溶融半径R2と走査半径r2との関係については、0.5×R2≦r2≦R2であることが好ましく、0.8×R2≦r2≦R2であることがより好ましい。
【0056】
-効果-
以上のように、本実施形態のレーザ溶接方法によれば、第2のレーザビームLB2を、第1のレーザビームLB1の走査速度V1よりも速い走査速度V2で同心円を描くように走査しながら照射することで、溶融池7が相対的に速い速度で攪拌されることから、溶融池7に出現した相対的に大きな気泡B1が砕かれて微細化することになる。したがって、溶融池7が凝固した際、溶接部3に相対的に大きなブローホールBH1が発生するのを抑制することができ、これにより、溶接部3の品質(せん断強度等)の低下を抑えることができる。
【0057】
さらに、レーザビームLBを照射し続けることによって気泡B1,B2が溶融池7から排出される時間を確保するのとは異なり、溶融池7を相対的に速い速度で攪拌することで気泡B1を微細化することから、気泡B1,B2が溶融池7から排出されるのを待つ必要がないので、生産性が低下するのを抑えることができる。
【0058】
また、溶融池7を攪拌する第2のレーザビームLB2を、溶融池7の拡大を抑えるように走査することから、溶融池7に新たに多くの気泡B1,B2が出現するのを抑えつつ、相対的に大きな気泡B1の微細化を図ることができる。
【0059】
さらに、溶融池7を攪拌する第2のレーザビームLB2を、第1のレーザビームLB1の走査軌跡よりも外側に照射することから、固液界面に集中し易い相対的に大きな気泡を効率良く砕いて微細化を図ることができる。
【0060】
また、溶融池7が凝固した際に相対的に大きなブローホールBH1となる気泡B1は固液界面に集中し易いところ、本実施形態では、第1のレーザビームLB1の走査軌跡および第2のレーザビームLB2の走査軌跡よりも内側にレーザビームLBを照射するパスを含まないことから、換言すると、気泡B1の微細化に寄与し難いレーザビームLBを照射しないことから、作業時間の短縮および作業の効率化を図ることができる。
【0061】
-実験例-
次に、本実施形態のレーザ溶接方法の効果を確認するために行った実験例について説明する。
【0062】
実験例では、
図8に示すように、幅30mm、長さ100mmのアルミニウム合金板10(110)およびアルミニウム合金鋳物板20(120)を、幅方向の領域の全体が重なり、且つ、先端から長手方向に沿って30mmの正方形の領域が重なるように重ね合せて、重ね合せ部5(105)の中央にレーザビームLBを照射することでアルミニウム合金板10(110)とアルミニウム合金鋳物板20(120)とを重ね合せ溶接した供試体を製造した。なお、レーザビームLBを照射する際に、上記溶融パスと上記攪拌パスとを実施したものを本発明例とし、上記溶融パスのみを実施したものを比較例とした。
【0063】
以上のようにして製造した継手に対し、JIS Z3136に準じた手法で引張せん断試験を実施し、引張せん断強度(TSS)を測定した。なお、引張せん断試験の際の引張の方向は、
図8に示す白抜き矢印線の方向である。
【0064】
図9は、実験結果を示すグラフ図である。なお、
図9中の縦棒(誤差)は標準偏差の3倍を表し、また、
図9中の〇はせん断強度の平均値を表している。
図9に示すように、従来例では、残存する相対的に大きなブローホールBH1の多寡により、溶接部103のせん断強度にばらつきが生じた。これに対し、本実施形態のレーザ溶接方法を用いた本発明例では、溶接部3のせん断強度にほとんどばらつきが生じないことが、換言すると、ブローホールBH1による品質への影響を低下させることが可能であることが確認された。
【0065】
図10は、実験例に用いた供試体の断面図の一例を模式的に示す図であり、同図(a)は本発明例であり、同図(b)は比較例である。
図10に示すように、従来例では、溶接部103に相対的に大きなブローホールBH1が残存することが確認された。これに対し、本実施形態のレーザ溶接方法を用いた本発明例では、溶接部3には相対的に小さなブローホールBH2しか残存しないことが確認された。
【0066】
(その他の実施形態)
本発明は、実施形態に限定されず、その精神又は主要な特徴から逸脱することなく他の色々な形で実施することができる。
【0067】
上記実施形態では、1つの接合部1に対して、1つの溶接部3を形成したが、溶融パスと攪拌パスとを用いて溶接部3を形成するのであれば、これに限らず、1つの接合部1に対して、例えば
図11(a)に示すような2つの溶接部3を形成したり、
図11(b)に示すような3つの溶接部3を形成したりする、所謂ALW(Atomized Laser Screw Welding)を適用してもよい。このようにすれば、接合部1における強度のばらつきをより一層確実に抑えることができる。
【0068】
このように、上述の実施形態はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によると、生産性の低下を抑えつつ、相対的に大きなブローホールが溶接部に発生するのを抑えることができるので、アルミニウム合金鋳物を1以上含む複数の金属板をレーザビームによって重ね合せ溶接するレーザ溶接方法に適用して極めて有益である。
【符号の説明】
【0070】
5 重ね合せ部
7 溶融池
10 アルミニウム合金板(金属板)
20 アルミニウム合金鋳物板(アルミニウム合金鋳物)
LB1 第1のレーザビーム
LB2 第2のレーザビーム
V1 走査速度
V2 走査速度