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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-06
(45)【発行日】2022-05-16
(54)【発明の名称】神経細胞試験用装置
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20220509BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20220509BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220509BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20220509BHJP
【FI】
C12M1/34 A
C12M3/00 Z
C12Q1/02
C12N5/0793
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020532006
(86)(22)【出願日】2018-12-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-02-18
(86)【国際出願番号】 EP2018083715
(87)【国際公開番号】W WO2019115320
(87)【国際公開日】2019-06-20
【審査請求日】2020-08-06
(31)【優先権主張番号】17206438.8
(32)【優先日】2017-12-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】508291825
【氏名又は名称】エヌエムイー ナトゥルヴィッセンシャフトリヘス ウント メディツィニシェス インスティトゥト アン ダー ウニヴェルジテート テュービンゲン
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】チェザレ,パオロ
(72)【発明者】
【氏名】ヨネス,ペーター
(72)【発明者】
【氏名】マルティネス,ベアトリス モリナ
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-502921(JP,A)
【文献】特表2015-509004(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0074253(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0315235(US,A1)
【文献】特開2015-047140(JP,A)
【文献】特表2012-504949(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
C12Q 1/00-3/00
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
三次元神経回路網において神経細胞の電気的活動を記録するための装置であって、
神経細胞および三次元マトリックスを収容し、前記三次元マトリックス内で前記神経細胞を維持するように構成された第1のコンパートメント、および
該第1のコンパートメントから延びる少なくとも1つのマイクロ流路
を備え、
前記少なくとも1つのマイクロ流路が、前記第1のコンパートメントから伸びる神経突起は侵入できるが、神経細胞の細胞体は侵入できない寸法を有し、
前記少なくとも1つのマイクロ流路には、1つのマイクロ電極が埋め込まれており、該1つのマイクロ電極が、該少なくとも1つのマイクロ流路に沿って伸びた神経突起からの電気信号を記録するように配置されている、
装置。
【請求項2】
第2のコンパートメントをさらに備え、前記少なくとも1つのマイクロ流路を備えた第1の接続領域をさらに備え、該少なくとも1つのマイクロ流路が、該第2のコンパートメントに通じていることより、前記第1のコンパートメントと該第2のコンパートメントが接続されている、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
第3のコンパートメント、および
前記第2のコンパートメントと該第3のコンパートメントを接続する第2の接続領域
をさらに備え、
前記第2の接続領域が、少なくとも1つのさらなるマイクロ流路を備え、
該少なくとも1つのさらなるマイクロ流路が、前記第2のコンパートメントから前記第3のコンパートメントへと神経突起を伸長させることができるが、神経細胞の細胞体は侵入できない寸法を有し、
前記少なくとも1つのさらなるマイクロ流路には、少なくとも1つのさらなるマイクロ電極が埋め込まれており、該少なくとも1つのさらなるマイクロ電極が、該少なくとも1つのさらなるマイクロ流路に沿って伸びた神経突起からの電気信号を記録し、かつ/または該神経突起に電気パルスを印加するように配置されている、
請求項2に記載の装置。
【請求項4】
前記マイクロ電極がトランスデューサーを備える、請求項1~3のいずれか1項に記載の装置。
【請求項5】
前記第1の接続領域が複数個の前記マイクロ流路を備え、かつ/または前記第2の接続領域が複数個の前記さらなるマイクロ流路を備える、請求項3または4に記載の装置。
【請求項6】
前記マイクロ流路および/または前記さらなるマイクロ流路の最小寸法が、5μm未満であり、好ましくは約4μm以下、さらに好ましくは約3μm以下、さらに好ましくは約2μm以下、さらに好ましくは約1μm以下、さらに好ましくは約0.5μm以下、さらに好ましくは約0.4μm以下、さらに好ましくは約0.3μm、さらに好ましくは約0.2μm、さらに好ましくは約0.1μmである、請求項3に記載の装置。
【請求項7】
前記第1のコンパートメント、前記第2のコンパートメントおよび前記第3のコンパートメントのうちの少なくとも1つが、透明な素材を含む、請求項3または6に記載の装置。
【請求項8】
神経細胞を試験する方法であって、
少なくとも1つのマイクロ流路が延びている第1のコンパートメントにおいて、該第1のコンパートメントの壁面に神経細胞が接着しないように、該第1のコンパートメント内の三次元マトリックス内で神経細胞を培養する工程、
前記第1のコンパートメントから伸びる神経突起は侵入できるが、神経細胞の細胞体は侵入できない寸法を有する前記少なくとも1つのマイクロ流路に沿って前記神経細胞の神経突起を成長させる工程、ならびに
前記少なくとも1つのマイクロ流路に埋め込まれた1つの記録用マイクロ電極を使用して、前記少なくとも1つのマイクロ流路に沿って成長した前記神経突起からの電気信号の記録を行う工程
を含む方法。
【請求項9】
前記第1のコンパートメントが、第1の接続領域を介して第2のコンパートメントと接続されており、該第1の接続領域が、前記少なくとも1つのマイクロ流路を備え、該少なくとも1つのマイクロ流路が、該第2のコンパートメントに通じていることより、該第1のコンパートメントと該第2のコンパートメントが接続されており、前記神経細胞の神経突起が、該少なくとも1つのマイクロ流路内に沿って該第2のコンパートメントに向かって成長することが可能になっている、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
足場がヒドロゲルおよび/または繊維状マトリックスを含む、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
前記三次元マトリックスが、ニューロスフェア、ミニ脳および/または脳オルガノイドを含む、請求項8~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記第1のコンパートメントおよび/または前記第2のコンパートメントに、添加物質が添加される、請求項9~11のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞試験用装置および神経細胞の試験方法に関し、より具体的には、三次元網目構造において成長した神経細胞の試験用装置および該神経細胞の試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
中枢神経系の機能障害は、世界中で社会および保健医療の大きな負担になっており、毎年何億人もの人がこの障害に罹患しているが、患者の多くは現在の治療法では病状が全くまたはほとんど緩和されない。
【0003】
ヒトの脳障害、特に神経変性疾患の治療のための新たな治療戦略の開発において、安全かつ効果的に特定の神経回路を標的とする新薬を同定することは、製薬業界が直面しなければならない主な挑戦の1つである。開発後期に高率で開発中止になること避け、医薬品開発の費用対効果を高くするには、創薬プロセスにおいて神経毒性や痙攣誘発性の危険性をできる限り早く認識する必要がある。
【0004】
新たな化合物が神経系に対してどのような影響を及ぼしうるのかという評価は、農薬産業や消費財産業でも多大な努力が費やされている。この理由として、新たな化学成分を上市する前に監督官庁からこのような評価が要求されていることが挙げられる。
【0005】
このような研究の大部分では、エクスビボおよびインビボにおける動物モデルの使用に頼っており、これらの動物モデルは、ヒトでの有害事象を必ずしも予測できるとは限らない。動物モデルを使用した研究は高価で、時間を要し、ハイスループットな化学物質や化合物の試験を行うことは容易ではない。さらに、動物モデルを使用した研究は、多数の動物が必要とされ、化学物質への暴露により動物の健康状態に悪影響を及ぼすことから、倫理的に問題がある。
【0006】
欧州連合(EU)の最近の方針(Regulation, Evaluation Authorisation and Restriction of Chemicals(REACH))によれば、今後12~15年間で約30,000種の化学物質の安全性を試験する必要があると推定され、現在のガイドラインでは、約720万匹の実験動物を試験に使用する必要性が出てくると見積もられている。また、製薬会社が、5,000~10,000種の新薬候補から開発を開始したとしても、10億ドルを超えるコストを費やして、米国食品医薬品局により最終的に承認されるのはわずか1種と推定されている。このコストの大半は動物試験によるものである。
【0007】
これを踏まえ、EUおよび国際的な方針では、医薬品開発や毒性試験の実施に当たり、インビボ動物研究自体を減らしたり、その代替を求める声がますます高くなっている。したがって、動物モデルを用いた有害性確認の代替方法として、よりハイスループットに処理可能であり、インビボにおける効果をより正確に予測可能な、インビトロでの方法が必要とされている。
【0008】
マイクロ電極アレイ(MEA)を用いた計測は、何百個または何千個もの細胞の細胞外電位を非侵襲的に同時に測定可能であるという特有の能力を備えていることから、過去数年間にわたって、神経回路網に関する研究や、より一般には、神経細胞や心筋細胞などの興奮性細胞の研究に焦点を当てた様々な用途においてますます一般的に使用されるようになってきている。これは、基礎研究分野や各産業分野にも当てはまり、これらの分野では、前臨床探索、医薬品の安全性保証および毒性を評価するためのハイスループットかつハイコンテントなアッセイが求められている。
【0009】
MEAを用いた計測は、神経回路網における電気生理学的変化の検出に非常に高い感受性を示すことが、いくつかの国際的な研究グループによって示されている。したがって、MEAを用いた計測は、様々なインビトロモデルにおいて、有効性、痙攣誘発性および神経毒性を試験可能な堅牢なアッセイとして利用することができる。また、公共団体や産業団体を含む利害関係者で構成された大規模な国際コンソーシアム(CiPA Initiative)では、心臓に対する医薬品の安全性保証分野にMEA技術を使用できる可能性が検討されている。このような研究では、ヒトiPSC由来の心筋細胞を併用したMEA技術が使用されているが、これは、監督官庁が現在要求しているような、高価で時間が費やされるインビボの動物モデルの代替となり得る。
【0010】
二次元(2D)基質上で接着培養された細胞は、インビボにおける細胞環境を正確かつ完全に反映するものではなく、分化、成長、および細胞に基づく機能に必要な細胞外成分、細胞間相互作用および細胞-マトリックス相互作用が欠如している。最近では、生物医学研究団体において、三次元(3D)細胞培養技術が新たなツールとして研究されている。三次元細胞培養技術は、インビトロにおいて、複雑な組織構造を構築可能であることが示されている。また、三次元培養系は、古典的な単層培養法よりも良好に、組織や臓器の複雑な生理学的機構の重要な成分を捕捉可能であることを示した証拠が続々と報告されている。
【0011】
三次元培養系の有用性が示されたこのような証拠から、インビトロアッセイにおける予測精度を全体的に向上させ、リード分子の開発中止率を引き下げることが可能になるのではないかという期待が高まっている。しかし、三次元培養系モデルでは、膨大なデータの再現性の取得が制限され、アッセイの読み取り装置の構成が難しく、複雑な極小単位の作製工程が必要とされる場合が多い。特にスループットおよび疾患モデルの構築に関して、このような方向性での新たな医薬品開発は、神経機能および神経機能障害に関与する新規標的の同定および検証において非常に有益である。
【0012】
近年、創薬プロセスを加速し、その成功率を向上させる試みにおいて、ヒト人工多能性幹細胞(iPSC)に由来する脳細胞などの脳細胞集団とマイクロ技術を組み合わせて連動させる方法は、世界中で実施されている多くの前臨床研究プログラム(たとえば米国国立衛生研究所(NIH)および国防高等研究計画局(DARPA)により実施されている前臨床研究)において有望視されている。ヒト由来のiPSCを利用したこのような新しい方法は、様々な生理学的アッセイ、薬理学的アッセイおよび毒物学的アッセイの予測精度を向上させることを目的としている。このような目的を達成するため、いくつかの研究室では、生体臓器の多細胞構造を模倣することによって、ヒトの健康状態および疾患状態をより良好に再現可能な三次元構造を構築できるという可能性に注目して、オーガン・オン・チップ(organ-on-chip)およびボディ・オン・チップ(body-on-chip)の作製が試みられている。
【0013】
しかしながら、基礎研究または応用研究で使用するという目的に適し、かつ脳固有の生理学的特性(すなわち電気的活動、組織構造、シナプス構造)に基づいて新規化合物の有効性、神経毒性または痙攣誘発性を評価するための、一体化されたヒト関連インビトロ三次元システムやインビトロ三次元技術はいまだ存在しない。
【0014】
Brewer et al. (2013), Toward a self-wired active reconstruction of the hippocampal trisynaptic loop: DG-CA3, Front. Neural. Circuits., Vol. 7, Art. 165, p. 1-8およびGladkov et al. (2017), Design of Cultured Neuron Networks in vitro with Predefined Connectivity Using Asymmetric Microfluidic Channels. Sci Rep. 7(1):15625では、2つのコンパートメントを備えた神経細胞培養システムが開示されており、様々な設計のマイクロトンネルを介してこれら2つのコンパートメントを接続することにより、接着状態の神経突起がマイクロトンネル内に沿って伸長することが可能となっている。このようなシステムは、記録用電極を備えたマルチ電極アレイ(MEA)に配置される。予想された通り、マイクロトンネル内の微小電極によって、MEAの表面に接着した培養神経細胞の神経突起の電気的活動が記録された。
【0015】
Tsantoulas et al. (2013), Probing functional properties of nociceptive axons using a microfluidic culture system, PLoS One, Vol. 8, Issue 11, p. 1-17では、2つのコンパートメントを備えた神経細胞培養システムが開示されており、複数のマイクロ溝を介してこれら2つのコンパートメントを接続することにより、神経突起がマイクロ溝内に沿って伸長することが可能となっている。この文献でも、神経細胞は、この培養システムの表面に接着した状態で培養されている。このシステムは、基本的に化学的刺激を実現するものである。1つの変形例では、電気刺激が印加されている。シンプルなワイヤーの形態をした肉眼で見える大きさの「電極」を培養コンパートメント内に挿入して、この電極により、いわゆるフィールド電位刺激が印加される。神経細胞の活性は、主にカルシウムイメージングによって測定されるが、カルシウムイメージングは、間接的に電気的活動を推定するに留まり、電気的記録の時間分解能とは対応していない。さらに、神経細胞の活性はパッチクランプ法により記録されるが、この方法は侵襲性であり、神経細胞の構造および完全性に悪影響を及ぼす。
【0016】
WO2004/034016では、ミクロンサイズの溝を備えた隔壁で連結された2つのコンパートメントを備えたマイクロ流体装置が開示されている。この文献では、神経突起は、このマイクロ流体装置の表面のうちの1つに接着した状態で成長し、溝または流路の隔壁に位置する神経突起の遠位端に対して、正の刺激または負の刺激を選択的に印加してもよいことが述べられている。
【0017】
また、米国特許公開第2004/230270号明細書では、大脳皮質神経回路網または網膜神経回路網を含む生物学的な神経回路網において複数の神経細胞と選択的かつ電気的に接触するためのインタフェースが開示されている。この文献では、マイクロ流路内に細胞体を遊走させることによって、各神経細胞との電気的接触を空間的に分解可能であることが述べられている。
【0018】
その他の神経細胞試験用装置も知られており、このような装置が報告されている文献として、Navarro et al. (2005), A critical review of interfaces with the peripheral nervous system for the control of neuroprostheses and hybrid bionic systems. J. Peripher. Nerv. Syst. 10(3):229-58; Zhuang et al. (2017), 3D neural tissue models: From spheroids to bioprinting. Biomaterials 154:113-133; Wang et al. (2012), Biophysics of microchannel-enabled neuron-electrode interfaces. J. Neural. Eng. 9(2):026010; Fitzgerald et al. (2008), Microchannels as axonal amplifiers. IEEE Trans. Biomed. Eng. 55(3):1136-46;米国特許公開第3,955,560号明細書;欧州特許公開第2 249 915号明細書;および米国特許公開第2017/311,827号明細書がある。
【0019】
現在まで、ヒト患者の神経細胞障害のための新規な治療的介入の開発の支援に特に成功を収めたとされる公知の装置および方法は存在しない。より具体的には、公知の装置および方法では、神経回路網に特徴的な生理学的な複雑さの模倣が困難である場合が多い。商業部門で使用するという目的に適し、かつ神経系に固有の生理学的特性(すなわち電気的活動、組織構造、シナプス構造)に基づいて有効性、神経毒性または痙攣誘発性を評価するための、一体化されたヒト関連インビトロ三次元システムはいまだ存在しない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
このような背景の元、非接着状態のインビトロ三次元網目構造において神経細胞の解析および/または刺激が可能であり、このことから、神経系機能および神経変性疾患の研究用ならびに神経刺激性物質候補の試験用のプラットフォームを構築できる新規装置を提供することを本発明の基本的な目的とする。より具体的には、神経細胞の構造および完全性を損なうことなく、試験物質の存在下および非存在下において、互いに接続された神経細胞間の活動電位の伝播およびシナプス伝達の測定と、神経突起への直接的な電気刺激とが可能な装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0021】
前記目的は、三次元神経回路網において神経細胞の電気的活動を記録するため、および/または神経細胞を刺激するための装置であって、
神経細胞を収容し、三次元マトリックス内で維持するように構成された第1のコンパートメント、および
該第1のコンパートメントから延びる少なくとも1つのマイクロ流路
を備え、
前記少なくとも1つのマイクロ流路が、前記第1のコンパートメントから伸びる神経突起は侵入できるが、神経細胞の細胞体は侵入できない寸法を有し、
前記少なくとも1つのマイクロ流路には、少なくとも1つのマイクロ電極が埋め込まれており、該少なくとも1つのマイクロ電極が、該少なくとも1つのマイクロ流路に沿って伸びた神経突起からの電気信号を記録し、かつ/または該神経突起に電気パルスを印加するように配置されている、
装置を提供することによって達成される。
【0022】
本発明者らは、驚くべきことに、前述のように設計された装置を使用することによって、神経細胞の構造および完全性を損なうことなく、三次元神経細胞構造から成長した神経突起に沿って神経細胞の興奮性を測定し、かつ神経細胞を電気刺激することが可能となることを見出した。したがって、本発明の装置は、複雑な神経回路網において、神経薬理学的に活性な薬剤候補、環境汚染物質、農薬などの化合物の神経刺激性を試験することができる。
【0023】
本発明によれば、前記少なくとも1つのマイクロ流路は、第1のコンパートメントから伸びる神経突起は侵入できるが、神経細胞の細胞体は侵入できない寸法を有する。神経細胞の大きさまたはその神経突起および細胞体の大きさは学術論文において詳しく報告されていることから、当業者であれば、前記必須条件を充足するマイクロ流路の寸法についてよく理解しているであろう。本発明の一実施形態における適切なマイクロ流路の寸法の典型的な例として、高さ約3μm、幅約3~4μmおよび長さ約100~500μm、好ましくは長さ約300μmが挙げられるが、この寸法に限定されない。
【0024】
少なくとも1つのマイクロ電極がマイクロ流路に一体化されていることから、三次元網目構造において互いに接続された神経細胞間の活動電位の伝播およびシナプス伝達の測定または誘導が可能となる。本発明の重要な点として、マイクロ電極は、マイクロ流路内の神経突起を侵襲したり損傷したりすることなく該神経突起に近接するように、マイクロ流路内に埋め込まれている。さらに、マイクロ電極は、神経突起を侵襲したり損傷したりしないような方法で、マイクロ流路内へと部分的に延長および/または突出させることができる。しかし、マイクロ電極は、マイクロ流路内へと延長および/または突出していないことが好ましく、このような構成とすることによって、マイクロ電極が神経突起を侵襲したり損傷したりすることがなくなる。この構成は、三次元神経細胞構造からの記録に使用されるパッチクランプ法などのその他の電気生理学的技術と比べて非侵襲性であるという点で有利である。したがって、培養のどのような時点でも測定および/または刺激を繰り返し行うことができる。
【0025】
「少なくとも1つのコンパートメント」は、完全に取り囲まれていてもよく、1つ以上の面で開放されていてもよい。
【0026】
「少なくとも1つのマイクロ流路」は、2つ以上のマイクロ流路が存在してもよいこと、または複数のマイクロ流路が存在してもよいことを意味する。
【0027】
本発明によれば、「マイクロ電極」は、マイクロ流路に一体化することができ、神経細胞の電気的活動の記録および/または神経細胞の刺激、好ましくは電気刺激を行うことが可能なあらゆる装置を指す。マイクロ電極は、その機能に適した特性を有し、低インピーダンスや低ノイズなどの特性を有する。マイクロ電極は、その機能の発揮に適した素材から構成されていてもよく、このような素材として、金、白金、イリジウム、酸化イリジウム、窒化チタン、カーボンナノチューブ、グラフェン、ダイヤモンド、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)などの導電性高分子、これらの素材の組み合わせが挙げられるが、これらに限定されない。また、マイクロ電極は、その機能を発揮させたり、その機能を向上したりするコーティングを備えていてもよい。マイクロ電極は、マイクロ流路内の様々な位置に配置してもよい。さらに、流路内に2つ以上のマイクロ電極が配置されていてもよい。マイクロ電極は、流路の1つの面に配置されていてもよく、流路の境界を取り囲んでいてもよく、流路の長さよりも短くてもよく、流路の全長を包含していてもよい。
【0028】
神経突起からの電気信号を記録するために配置される少なくとも1つのマイクロ電極を「記録用電極」と呼ぶ。一方、神経突起に対して電気信号を印加するために配置される少なくとも1つのマイクロ電極を「刺激用電極」と呼ぶ。同じマイクロ電極が両方の機能を備えることができ、すなわち、1つのマイクロ電極が記録用電極の動作と刺激用電極の動作の両方を充足することができると理解される。しかしながら、記録用電極と刺激用電極は、2つの異なるマイクロ電極として提供することもできる。
【0029】
本発明の一実施形態において、本発明の装置またはその部品は、ポリマー、ガラス、セラミックまたはこれらの組み合わせから構成することができる。ガラスとしては、たとえば、ホウケイ酸ガラスまたは石英ガラスが挙げられる。セラミックスとしては、たとえば、石英、酸化ケイ素または窒化ケイ素が挙げられる。ガラスおよびセラミックスは、プラズマエッチング、ウェットエッチングおよびレーザーエッチングによってパターン加工することができる。ガラスおよびセラミックは、耐熱性および耐薬品性を備えるという利点を有する。一方、ガラスおよびセラミックは、複雑な形状の作製が難しいという問題がある。適切なポリマーとしては、たとえば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)が挙げられる。PDMSにはいくつかの利点があり、たとえば、複雑な形状の作製が容易であり、光学的透明性を備え、通気性があるといった利点がある。しかし、PDMSは、疎水性低分子化合物を様々な程度で吸収することがあり、このため、特定の種類の化合物に対してはバイオアベイラビリティの問題が起こりうる。この理由から、SU-8やその他のエポキシ樹脂系ネガティブフォトレジストなどの別のポリマーを使用して、本発明の装置またはその部品を作製してもよい。SU-8は、高精密な多層構造を作製することができるといった、他の方法では達成し得ない様々な利点を備えている。しかし、SU-8も複雑な形状の作製が難しく、光学的透明性および自家蛍光性にも制限がある。このような理由から、環状オレフィンコポリマー(COC)や環状オレフィンポリマー(COP)などの別のポリマーを使用して、好ましくは射出成形により、本発明の装置またはその部品を作製してもよい。
【0030】
本発明によれば、「三次元網目構造」は、生体適合性マトリックスにおける神経細胞の空間的接続を指し、これにより、神経細胞がコンパートメントの壁面または境界面に接着したり接触したりすることなく、神経細胞を培養することが可能となる。
【0031】
前述のようにして、本発明の基本的な目的が完全に達成される。
【0032】
本発明の一実施形態において、本発明の装置は、神経細胞の培養用に構成された第2のコンパートメントをさらに備え、前記少なくとも1つのマイクロ流路を備えた第1の接続領域をさらに備え、該少なくとも1つのマイクロ流路が、該第2のコンパートメントに通じていることより、前記第1のコンパートメントと該第2のコンパートメントが接続されている。
【0033】
この実施形態では、第1のコンパートメントに神経細胞を播種して培養し、神経突起が少なくとも1つのマイクロ流路内に沿って伸長して第2のコンパートメントに到達する。第1のコンパートメントおよび第2のコンパートメントは、同じ特徴および特性を備えていてもよい。より具体的には、神経細胞の三次元培養が可能な広さの寸法を備えていてもよく、すなわち、神経回路網または神経回路の形成が可能な広さの寸法を備えていてもよい。この理由から、本発明の代表的な一実施形態において、第1のコンパートメントおよび第2のコンパートメントの寸法は、高さが約100μmを超え、幅が約300μmを超え、長さが約2mmを超えるが、この寸法に限定されない。
【0034】
本発明のさらなる発展において、前記装置は、
神経細胞の培養用に構成された第3のコンパートメント、および
第2のコンパートメントと第3のコンパートメントを接続する第2の接続領域
をさらに備え、
前記第2の接続領域は、少なくとも1つのマイクロ流路を備え、
該少なくとも1つのマイクロ流路は、前記第2のコンパートメントから前記第3のコンパートメントへと神経突起を伸長させることができるが、神経細胞の細胞体は侵入できない寸法を有し、
前記少なくとも1つのさらなるマイクロ流路には、少なくとも1つのさらなるマイクロ電極が埋め込まれており、該少なくとも1つのさらなるマイクロ電極は、該少なくとも1つのさらなるマイクロ流路に沿って伸びた神経突起からの電気信号を記録し、かつ/または該神経突起に電気パルスを印加するように配置されている。
【0035】
第1のコンパートメント、第2のコンパートメント、第1の接続領域、少なくとも1つのマイクロ流路およびマイクロ電極に関して前述した特徴、特性および利点が、第3のコンパートメント、第2の接続領域および少なくとも1つのさらなるマイクロ電極に準用される。
【0036】
本発明の前記実施形態は、別個のコンパートメントに沿って一続きに接続した2個以上の神経細胞または神経突起に沿って、神経細胞の興奮の測定と神経細胞の電気刺激を行うことができるという利点を有する。さらに、本発明の一実施形態において、前述した構成を備えることから、第1の接続領域のマイクロ流路に刺激用マイクロ電極を埋め込み、第2の接続領域には記録用マイクロ電極を埋め込むことができ、あるいは、これとは逆に、第1の接続領域のマイクロ流路に記録用マイクロ電極を埋め込み、第2の接続領域には刺激用マイクロ電極を埋め込むことができる。このような構成とすることによって、誘導された電気インパルスの伝播に対する試験化合物の影響を試験可能な複雑な実験セットアップを容易に構築することが可能となる。
【0037】
本発明の装置は、3つを超える複数個のコンパートメントを備えていてもよいことは言うまでもなく、すなわち、少なくとも1つのマイクロ流路を備えた各接続領域により接続された4個、3個、5個、6個、...、10個、20個、30個、...などのコンパートメントを備えていてもよい。
【0038】
本発明の別の一実施形態において、前述のマイクロ電極が設けられ、かつ/またはこのマイクロ電極はトランスデューサーを備えている。
【0039】
この態様は、使用するマイクロ電極がさらに好適なものとなるという利点がある。トランスデューサーとしては、CMOS-MEAなどの相補型金属酸化膜半導体(CMOS)装置の記録部位および刺激部位が挙げられる。
【0040】
本発明の別の一実施形態において、前記少なくとも1つのマイクロ流路および/または前記少なくとも1つのさらなるマイクロ流路は、複数個のマイクロ電極を備える。
【0041】
この態様は、神経突起の別々の部位において、電気信号を記録し、かつ/または電気パルスを印加することができるという利点がある。複数個のマイクロ電極は同じ種類のものであってもよく、この場合、より正確な記録および/またはより効果的な刺激が可能となる。あるいは、複数個のマイクロ電極は異なる種類のものであってもよく、この場合、様々な信号を記録し、かつ/または様々な刺激を与えることができる。
【0042】
本発明の別の好ましい一実施形態において、前記第1の接続領域は、複数個の前記マイクロ流路を備え、かつ/または前記第2の接続領域は、複数個の前記さらなるマイクロ流路を備える。
【0043】
この実施形態では、多数の神経突起において記録と刺激を同時に行うことができ、これによって、脳の生理学的状態を反映するデータの取得を向上させることができる。
【0044】
「複数」とは、1つの接続領域当たり最大で約50個~約500個またはそれ以上のマイクロ流路が配置されていることを指す。
【0045】
別の一実施形態において、前記マイクロ流路および/または前記さらなるマイクロ流路の最小寸法は直径で5μm未満であり、好ましくは約4μm以下、さらに好ましくは約3μm以下、さらに好ましくは約2μm以下、さらに好ましくは約1μm以下、さらに好ましくは約0.5μm以下、さらに好ましくは約0.4μm以下、さらに好ましくは約0.3μm、さらに好ましくは約0.2μm、さらに好ましくは約0.1μmである。
【0046】
この態様では、神経突起がコンパートメントからマイクロ流路内へと伸長することができるが、神経細胞の細胞体はマイクロ流路に侵入できない寸法を実現する構造上の必須条件が提供される。
【0047】
本発明の一実施形態において、本明細書に記載の特徴を備えた複数個の装置、たとえば、約2~12個の本発明の装置を組み合わせることによって、複数個の機能ユニットを備えた装置アセンブリが形成される。このような構成とすれば、複数の別々のアッセイを同時に実施することができ、この結果、ハイスループット用途のための有益なツールとして本発明を使用することが可能となる。
【0048】
本発明の別のさらなる発展において、第1のコンパートメント、第2のコンパートメントおよび第3のコンパートメントのうちの少なくとも1つは、上部に開口部を備えており、第1のコンパートメント、第2のコンパートメントおよび第3のコンパートメントのうちの少なくとも1つの上部が開口していることが好ましい。
【0049】
「開口部」または「上部が開口している」とは、コンパートメントが外部からアクセス可能であることを意味する。この態様は、たとえば、細胞培養培地または試験物質などを容易に細胞に添加することができるという利点がある。
【0050】
本発明の装置の好ましいさらなる発展において、第1のコンパートメント、第2のコンパートメントおよび第3のコンパートメントは、その流路の末端にリザーバーを備えており、該リザーバーは、神経細胞の播種用および/または添加物質(培養培地および/または試験化合物など)の送達用として構成されていることがさらに好ましい。
【0051】
「リザーバー」は、コンパートメントの流路部よりも大きい容積を持つ。さらに、リザーバーは、コンパートメントの開口部よりも大きな上部開口部を備えていてもよい。したがって、リザーバーを介して、本発明の装置に神経細胞を播種し、培地や試験化合物などを添加することが容易となる。
【0052】
本発明の装置の別のさらなる発展において、前記リザーバーは細胞播種領域を備えている。
【0053】
細胞播種領域は、神経細胞を播種する領域をリザーバーのその他の領域から分離可能とする物理的障壁を備えていてもよい。一例として、リザーバーの(たとえばその中心部の)底面に陥没部または凹みを設けることにより細胞播種領域を形成してもよい。細胞播種領域は、物理的に分離されていることから、神経細胞の三次元培養用の足場(ヒドロゲルなど)を配置することもでき、三次元培養用の足場を細胞播種領域に充填してもよく、三次元培養用の足場を流路の少なくとも一部と接続してもよい。
【0054】
本発明の別のさらなる発展において、第1のコンパートメント、第2のコンパートメントおよび第3のコンパートメントのうちの少なくとも1つは、下部サブコンパートメントと、その上に重なって隣接する上部サブコンパートメントとを備えており、前記マイクロ流路が下部サブコンパートメントに通じていることが好ましい。
【0055】
下部サブコンパートメントと、その上に重なる上部サブコンパートメントは、物理的に区別できるが、それ同時に互いに接続されている。このような態様では、たとえば、ヒドロゲルなどの神経細胞の三次元培養用の足場を下部コンパートメントに充填し、その上に重なる上部コンパートメントに、試験物質を添加してもよい細胞培養培地や緩衝液などを充填することが可能となる。添加された試験物質は、培地または緩衝液および足場中を拡散して神経細胞に到達する。
【0056】
好ましい構成において、前記マイクロ流路は下部サブコンパートメントに通じており、すなわち下部サブコンパートメントに開口している。この構成では、非接着状態の神経細胞から成長した神経突起が、本発明の装置のマイクロ流体部品の底面の近傍のマイクロ流路を見つけ、これに向かって伸長し、その結果、底面側すなわち下側からマイクロ電極に容易に接触できるという状態を達成することができるという利点がある。
【0057】
本発明の別のさらなる発展において、下部サブコンパートメントは、上部サブコンパートメントの幅または直径よりも広い幅または直径を備えている。
【0058】
この態様では、下部サブコンパートメントと、その上に重なる上部サブコンパートメントの物理的な境界を画定する構成条件が達成される。上部サブコンパートメントよりも下部サブコンパートメントを幅広くすることによって、上部に位置する培地から足場またはヒドロゲルを容易に分離することができる。典型的な各寸法の例としては、下部サブコンパートメントの幅が約400μmであり、上部コンパートメントの幅が約300μmであるが、これらに限定されない。本発明の一実施形態において、下部サブコンパートメントの高さは約150μmであってもよく、これとは独立して上部サブコンパートメントの高さは約2mmであってもよい。
【0059】
本発明のマイクロ流体装置のさらなる発展において、第1のコンパートメント、第2のコンパートメント、および任意で設けられる第3のコンパートメントのうちの少なくとも1つは、少なくとも透明な素材(ガラスなど)を含む。
【0060】
本明細書において「透明」とは、本発明の装置を通して顕微鏡観察を行うという目的に合致して、培養した神経細胞を観察できるように光学的に透明であることを意味する。光の行路は、本発明の装置の上面から、神経細胞を通り、底面にかけて延びる。このような態様では、各コンパートメントの部品および/または本発明の装置が光学的に透明であることから、共焦点顕微鏡法などを使用して細胞レベル以下の分解能で多細胞構造の三次元構造データの取得が可能になるという利点がある。透明性はガラス板によって実現してもよく、たとえば、マイクロ流路の下方にマイクロ電極を設けたガラス製MEAによって実現してもよい。また、透明なポリマーなどのその他の光学的に透明な素材を使用してもよい。本発明のマイクロ流体装置全体を光学的に透明な素材で作製してもよいことは言うまでもない。
【0061】
本発明の別の主題は、神経細胞を試験する方法であって、
少なくとも1つのマイクロ流路が延びている第1のコンパートメントにおいて、該第1のコンパートメントの壁面に神経細胞が接着しないように、該第1のコンパートメント内の三次元マトリックス内で神経細胞を培養する工程、
前記第1のコンパートメントから伸びる神経突起は侵入できるが、神経細胞の細胞体は侵入できない寸法を有する前記少なくとも1つのマイクロ流路に沿って前記神経細胞の神経突起を成長させる工程、ならびに
前記少なくとも1つのマイクロ流路に埋め込まれた少なくとも1つの記録用マイクロ電極および/または少なくとも1つの刺激用マイクロ電極を使用して、前記少なくとも1つのマイクロ流路に沿って成長した前記神経突起からの電気信号の記録および/または該神経突起への電気パルスの印加を行う工程
を含む方法に関する。
【0062】
本発明の装置に関して前述した特徴、特性、さらなる発展および利点が、本発明の方法にも同様に適用される。
【0063】
本発明の方法のさらなる発展において、第1のコンパートメントは、第1の接続領域を介して第2のコンパートメントと接続されており、該第1の接続領域が、少なくとも1つのマイクロ流路を備え、該少なくとも1つのマイクロ流路が、該第2のコンパートメントに通じていることより、該第1のコンパートメントと該第2のコンパートメントが接続されており、前記神経細胞の神経突起が、該少なくとも1つのマイクロ流路内に沿って該第2のコンパートメントに向かって成長することが可能になっている。
【0064】
本発明の方法の別の一実施形態において、第2のコンパートメントおよび/または第3のコンパートメントにおいて神経細胞を培養することができる。次いで神経細胞は、第1の接続領域内または任意で第2の接続領域から、第1のコンパートメント、第2のコンパートメントおよび/もしくは第3のコンパートメントへと神経突起を伸長し、かつ/または、これとは逆に、第2の接続領域または任意で第1の接続領域から、第1のコンパートメント、第2のコンパートメントおよび/もしくは第3のコンパートメントへと神経突起を伸長する。本発明の別の一実施形態では、すべてのコンパートメントを使用して神経細胞を同時に培養することができると理解される。
【0065】
本発明の方法のさらなる発展において、神経細胞の三次元培養の可能な足場、好ましくはヒドロゲルまたは繊維状マトリックスにおいて、前記培養を行う。
【0066】
この態様は、神経細胞の三次元培養を促進する好ましい構造物を設けることができるという利点がある。
【0067】
本発明の方法の別の一実施形態において、神経細胞に加えて、または神経細胞の代わりに、非神経細胞を培養する。
【0068】
このような態様は、支持機能などのその他の機能を非神経細胞が引き受けるという実際の生理学的状況にさらによく似た状況を構築できるという利点がある。
【0069】
別の一実施形態において、前記三次元マトリックスは、ニューロスフェア、ミニ脳および/または脳オルガノイドを含む。
【0070】
この態様では、三次元神経細胞構造により構成されたより不均一な構造物を利用している。
【0071】
本発明の方法の別の発展において、第1のコンパートメントおよび/もしくは第2のコンパートメントまたは任意で設けられる第3のコンパートメントに、添加物質、好ましくは試験化合物を添加する。
【0072】
前述の特徴および後述する特徴は、各実施形態において示した組み合わせでのみ使用可能であるわけではなく、本発明の範囲から逸脱することなくその他の組み合わせや単独でも使用することができると理解される。
【0073】
特定の実施形態で述べた特徴は、本発明の全般的な特徴でもあり、各実施形態のみならず、本発明のあらゆる実施形態において単独で適用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
以下の図面を参照しながら、本発明をさらに詳細に記載し説明する。
図1】本発明によるマイクロ流体装置アセンブリの一実施形態の上面図を示す。
図2図1に示した実施形態のII-II線に沿った断面を示す。
図3図1に示した実施形態のIII-III線に沿った断面を示す。
図4図3に示した実施形態におけるマイクロ流路領域の拡大図を示す。
図5図3に示した実施形態における機能ユニットすなわちマイクロ流体装置のうち1つの下面図を示す。
図6図5に示した実施形態における、マイクロ電極が一体化されたマイクロ流路と接続領域の下面詳細図を示す。
図7】マイクロ流体装置アセンブリの一実施形態の鳥瞰図を示す。
図8】本発明による装置のプロトタイプを示す。下部サブコンパートメントは、三次元マトリックス内で神経細胞を培養するために使用され、下部サブコンパートメントから分離された上部サブコンパートメントは液体培地の潅流に使用される。本発明によるマイクロ流路およびマイクロ電極(図示せず)によって、三次元マトリックス内の神経細胞の記録および/または刺激が可能となる。
図9図8に示したプロトタイプの走査型電子顕微鏡像を示す。
図10】本発明による装置の一実施形態の鳥瞰図を示す。
図11図10に示した実施形態の側面断面図を示す。
図12】本発明による装置の別の一実施形態を示す。
図13】本発明による装置のさらに別の一実施形態を示す。
図14】接続領域の一実施形態を示す。
図15】マイクロ流路の様々な実施形態を示す。
図16】本発明の装置アセンブリの一実施形態において培養されたGFP標識初代神経細胞の共焦点三次元画像を示す。
図17】本発明の装置アセンブリの一実施形態の第2のコンパートメントにおいて成長した1個のGFP標識ヒトiPSC由来神経細胞の共焦点三次元画像を示す。
図18図17に示した神経細胞の1本の神経突起の高分解能詳細画像を示す。
図19】(左パネルおよび中央パネル)本発明のマイクロ流体装置の一実施形態において三次元培養したヒトiPSC由来神経細胞の微分干渉観察(DIC)顕微鏡画像を示す。右パネルは、マイクロ流路に一体化されたマイクロ電極により記録された活動電位を示す。
【発明を実施するための形態】
【0075】
1.マイクロ流体装置
図1に、装置アセンブリの一実施形態の上面図を符号10で示す。装置アセンブリ10は、SU-8などのポリマーを使用したフォトリソグラフィ、環状オレフィンコポリマー(COC)もしくは環状オレフィンポリマー(COP)などのポリマーを使用した射出成形、またはガラスを使用した選択レーザーエッチングによって製造してもよい。この図に示した実施形態において、装置アセンブリ10は、32mm(幅)×32mm(長さ)×3mm(高さ)の寸法を有する。装置アセンブリ10は、同じ形態の4つの装置すなわち機能ユニット12a、12b、12c、12cを備え、これらの機能ユニットは互いに分離されていることから、4つの神経細胞培養物をそれぞれ独立して培養することが可能である。各ユニット12a、12b、12c、12dは、第1のコンパートメント14、第2のコンパートメント16および第3のコンパートメント18を備え、各コンパートメントは、神経細胞培養用に構成されている。第1のコンパートメント14、第2のコンパートメント16および第3のコンパートメント18は、流路部14a、16a、18aと、末端リザーバー14b、16b、18bとをそれぞれ備え、各流路部と各末端リザーバーは互いに接続されている。各末端リザーバー14b、16b、18bは、細胞播種領域14c、16c、18cをそれぞれ備えている。
【0076】
図2に、機能ユニット12cの第2のコンパートメント16のII-II線に沿った断面を示す。末端リザーバー16bが、ベースプレート20の上に配置されていることが示されており、ベースプレート20は、装置アセンブリ10と一体に形成されたものであってもよく、装置のマイクロ流体部品を形成している上部ユニットに液密に接着されたガラス製マイクロ電極アレイ(MEA)であってもよい。細胞播種領域16cはベースプレート20に埋め込まれている。末端リザーバー16bおよび細胞播種領域16cは、流路部16aに通じている。
【0077】
図2に見て取れるように、流路部16aおよび末端リザーバー16bはいずれも上部が開口しており、この開口部を介して培地および試験化合物を装置アセンブリ10内に添加することが可能となっている。また、流路部16aは、下部サブコンパートメント16a’と、その上に重なって隣接する上部サブコンパートメント16a’’とを備えることが示されている。下部サブコンパートメント16a’は、上部サブコンパートメント16a’’の直径または流路幅よりも広い直径または流路幅を備えている。下部サブコンパートメント16a’とその上に重なっている上部サブコンパートメント16a’’は、末端リザーバー16b内に開口している。ベースプレート20には陥没部が設けられているため、下部サブコンパートメント16a’は、細胞播種領域16cへと延びている。
【0078】
図3に、図1に示した機能ユニット12dのIII-III線に沿った断面を示す。この図では、流路部16a、下部サブコンパートメント16a’およびその上に重なっている上部サブコンパートメント16a’’の配置が示されており、この図では、末端リザーバー16bおよび細胞播種領域16cは、流路部16aの左側の末端リザーバー16b’と細胞播種領域16c’、および流路部16aの右側の別の末端リザーバー16b’’と細胞播種領域16c’’として配置されている。この図でも、下部サブコンパートメント16a’とその上に重なっている上部サブコンパートメント16a’’は、末端リザーバー16b’、16b’’内にそれぞれ開口していることが示されている。ベースプレート20には陥没部が設けられているため、下部サブコンパートメント16a’は、細胞播種領域16c’、16c’’へと延びている。マイクロ流路22は下部サブコンパートメント16a’内に開口しており、より具体的には、末端リザーバー16b’、16b’’の外側の下部サブコンパートメント16a’の一部において開口している。マイクロ流路22は、接続領域24(図示せず)に設けられており、第2のコンパートメント16とこれに隣接する第1のコンパートメント14とを接続しており、第1のコンパートメント14の流路部14aの下部サブコンパートメント14a’内へと延びている(図示せず)。図4は、下部サブコンパートメント16a’と別の下部サブコンパートメント14a’を接続する接続領域24に設けられたマイクロ流路22の拡大図を示す。
【0079】
図5は、装置アセンブリ10の機能ユニット12の前記実施形態の下面図を示す。この図では、接続領域24が黒色で示されており、この接続領域24は、第2のコンパートメント16を、これに隣接する第1のコンパートメント14と第3のコンパートメント18に接続するマイクロ流路22を備えており、このマイクロ流路22は、第1のコンパートメント14の流路部14aの下部サブコンパートメント14a’(図示せず)内へと延びており、かつ第3のコンパートメント18の流路部18aの下部サブコンパートメント18a’(図示せず)内へと延びている。
【0080】
図6は、第2のコンパートメント16をこれに隣接する第1のコンパートメント14に接続する接続領域24の詳細下面図を示す。この図に示した実施形態において、各マイクロ流路22には、マイクロ電極26が埋め込まれている。各マイクロ電極26は、各マイクロ流路22の下にあるガラス製のMEA基板に一体化されていてもよく、各マイクロ流路22に沿って伸長した神経突起からの電気信号を記録するため、あるいは該神経突起に電気パルスを印加するために配置されていてもよい。したがって、マイクロ電極26は、記録用マイクロ電極および刺激用マイクロ電極を含む。
【0081】
装置アセンブリ10の好ましい一実施形態において、各接続領域24は、32個のマイクロ電極26を備え、したがって、各機能ユニット12は、計64個のマイクロ電極26を備え、装置アセンブリ10は、全体で計256個のマイクロ電極26を備えるが、この態様に何ら限定されない。
【0082】
図7は、装置アセンブリ10の一実施形態の鳥瞰図と、第2のコンパートメント16の末端リザーバー16bおよび細胞播種領域16cの拡大図を示す。この実施形態において、マイクロ流体装置アセンブリ10の底面側は、上部のマイクロ流体部品30に液密に接着されたマイクロ電極26(図示せず)を備えたガラス製MEA28で構成されている。
【0083】
培養に際しては、第2のコンパートメント16にある細胞播種領域16cの下部サブコンパートメント14a’、16a’、18a’内に、上部サブコンパートメント14a’’、16a’’、18a’’との境界に達する高さまでヒドロゲル足場を充填した後、第2のコンパートメント16の細胞播種領域16cに神経細胞を播種する。神経突起は成長し、マイクロ流路22を通して隣接する第1のコンパートメント14および第3のコンパートメント18へと伸長することができる。各マイクロ流路22の下に一体化されたマイクロ電極26により、1つの神経突起に沿って伝播する活動電位が記録されるが、1つの神経突起に電気パルスを印加してもよい。
【0084】
図8は、SU-8などのエポキシ樹脂系ネガティブフォトレジストを使用したUVリソグラフィ法によって、ガラス基板上に微細構造を直接作製した本発明による装置のプロトタイプを示す。次に、ドライフィルムレジスト(DFR)を使用して、ガラス基板よりも分厚い別の層を作製し、ガラス基板上に積層する。この分厚い層は、多孔薄膜DFRを間に挟んで積層した2つのマイクロ流体コンパートメントから主に構成されている。図9は、ドライフィルムレジストを積層することにより本発明者らによって作製された前記多孔膜のSEM画像を示す。この多孔膜の厚さは20μmである。穿孔の直径は30μmである。下部コンパートメントを使用して、ヒドロゲルなどの三次元マトリックス内に神経細胞を播種して分散させた後、上部コンパートメントに液体培地を充填した。栄養素、気体および異化代謝産物が多孔膜を通して拡散するため、液体コンパートメントとゲルコンパートメントの間で、栄養素、気体および異化代謝産物を連続的に交換することができ、神経細胞の長期三次元培養および試験化合物への適用に必要とされる条件を満たすことができる。マイクロ流路22(図示せず)は、接続領域24(図示せず)に設けられ、マイクロ電極26(図示せず)を備えている。マイクロ流路によって、三次元マトリックスに分散した神経細胞からの神経突起の伸長が可能となり、その結果、マイクロ電極によって神経突起の電気的活動の記録および/または神経突起の刺激を行うことが可能となる。
【0085】
図10に、本発明による装置の一実施形態の鳥瞰図を示す。図11に、図10に示した本発明による装置の実施形態の側面図を示す。
【0086】
図12に、本発明による装置の別の一実施形態を示す。この実施形態では、開口したコンパートメントが提供され、下方の接続領域に、一方が閉鎖されたマイクロ流路を7つ備えており、各マイクロ流路にマイクロ電極を1つずつ備えている。神経細胞はマイクロ流路内へと神経突起を伸長する。
【0087】
図13に、本発明による装置のさらに別の一実施形態を示す。この実施形態では、2つの接続領域で隔てられた3つのコンパートメントが設けられ、各コンパートメントはマイクロ流路を7つずつ備え、各マイクロ流路はマイクロ電極を1つずつ備えている。上部コンパートメントと下部コンパートメントにおいて、それぞれ別の種類の神経細胞が培養される。神経細胞の細胞体は、それぞれのコンパートメントの外への移動が制限されている。細胞同士は、流路を通して中心部のコンパートメントへと神経突起を伸長し、シナプス結合を介して情報を伝達する。
【0088】
図14は、接続領域の設計を示す。鳥瞰図において、1つの接続領域に設けられた複数個のマイクロ流路が示されており、各マイクロ流路がマイクロ電極を1つずつ備えている。
【0089】
図15は、マイクロ流路の様々な実施形態を示し、1つのマイクロ電極を備えた直線状の流路(A)、複数個のマイクロ電極を備えた直線状の流路(B)、長いマイクロ電極を備えた流路(C)、幅が変化する流路(D)、湾曲した流路(E)、複数個のマイクロ電極を備え、枝分かれした流路(F、G)を示している。
【0090】
2.作製および評価
全般的な事項:
49mm×49mmのフットプリントを有し、4×64のマトリックス上に配置された256個の一体型記録用マイクロ電極を備えたMEAを設計し、作製する。SU-8を使用したフォトリソグラフィによって、マイクロ電極が整列されたマイクロ流路(高さ3μm、幅7.5μm、長さ300μm)をMEAの上面にパターン加工する。
【0091】
これと同時に、三次元培養で細胞を成長させるという目的に合致した装置アセンブリ(幅32mm、長さ32mm、高さ3mm)のマイクロ流体部品を一貫して作製可能か否かについて、様々な設計、素材および作製方法を評価する。より具体的には、生物薬剤用途において業界基準だと考えられているCOCやCOPなどの素材の射出成形性を試験する。ガラスなどの素材は、選択レーザーエッチング性に関して試験する。また、これらの素材を、MEAの連続接着法(溶剤接着法、熱接着法または化学接着法)に関して試験し、さらに、生存可能な三次元神経回路網の培養を目的とした適用について試験する。
【0092】
接着により得られた新規なハイブリッドMEA/マイクロ流体装置を生物学的試験および機能評価に供する。
【0093】
設計およびマスタリング:
本発明のマイクロ流体装置アセンブリの設計は、大量生産の設計に移行させることができる。射出成形を行うための基本的な設計ルールを考慮に入れ、これに応じて設計を適合させた後、マイクロミリング加工によって金属インサートを製造することができる。構造の複雑さに応じて、開発中に新たなモールドベースが必要となる場合がある。
【0094】
射出成形:
射出成形用のインサートを作製した後、たとえば様々なグレードのCOCやCOPなどの様々な素材を使用して、射出成形試験を行うことができる。この試験によって、次の接着工程および最終的な用途に関連する成形素材の様々な特性を試験および比較することができる。
【0095】
選択レーザーエッチング:
本発明のマイクロ流体装置アセンブリの設計は、大量生産の設計に移行させることができる。選択レーザーエッチングを行うための基本的な設計ルールを考慮に入れ、これに応じて設計を適合させた後、選択レーザーエッチングによってガラス製のマイクロ流体部品を製造することができる。
【0096】
接着:
MEAは、SU8を使用したフォトリソグラフィ法により上面をマイクロパターン加工することによって製造することができる。接着工程において、前記成形部品をこのSU8層に永続的に接着してもよい。射出成形部品の接着は、溶剤接着、熱接着または化学接着で行ってもよい。SU8に形成された微細な特徴を破壊することなく、実用に耐える十分な接着強度を備えた接着方法を使用して、SU8にCOC/COPまたはガラスを接着する。
【0097】
特性評価試験および実用試験:
特性評価試験および実用試験を同時に行う。特性評価試験は、走査電子顕微鏡法(SEM)、表面形状測定法および透明度測定法による幾何学的測定を含む。実用試験は接着試験と同時に開始することができる。これらの試験によって、接着強度に関する最初の手がかりを得ることができ、使用した様々な接着方法によって接着強度がどのような影響を受けるかを知ることができる。
【0098】
構造情報と機能情報の併用:
本発明の装置は光学的に透明であることから、生体顕微鏡観察によって構造データを取得することにより、神経細胞の形態の詳細な三次元データを再構築することができる。本発明者らによって実施された最近の研究では、高分解能共焦点顕微鏡法を使用して、マトリゲル足場上で三次元培養された生きた神経細胞の超微細な神経細胞構造(樹状突起スパインなど)を同定することが可能な方法が示されている。マイクロ電極による神経細胞活動の記録は、その他の電気生理学的技術と比べて非侵襲性であるという利点がある。このような利点から、培養のどのような時点でも測定を繰り返し行うことができる。マイクロ電極による記録をイメージング実験と併用することによって、単一の生細胞アッセイにおいて、三次元培養した神経細胞から構造パラメータおよび機能性パラメータを継続的に同時に取得できるという他に類を見ない可能性を提供することができる。
【0099】
プラットフォームの検証:
プラットフォームの検証は、特定の種類の化合物と神経細胞経路の間の様々な相互作用を同定し予測する本発明の装置の能力を検証するために実施される。電気生理学的情報と構造情報を併用することによって、選択された数種類の特定の参照化合物からなる群に対する反応をモニターすることができる。この方法を利用して、最も関連する分子を確実に選択することができ、この選択は、i)化学構造、ii)投与経路(神経系薬剤、その他の臓器の薬剤、農薬)、iii)関連する様々な細胞経路などの一連の基準に従って行われる。試験の実施に当たり、反応パターンのサブタイプを同定することを目的として、化合物を3つの検定群に分類することができる。各群には、5種の化合物(ポジティブコントロール3種とネガティブコントロール2種)が含まれている。
1.有効性検定群:神経薬理学的に活性な薬剤。
2.安全性検定群:痙攣誘発性活性を示す分子。
3.毒性検定群:作用機序が定義されている環境汚染物質および農薬。
【0100】
スループット:
わずか49mm×49mmのフットプリントしか備えていない各マイクロ流体装置アセンブリは、最大で12×21のマイクロ電極マトリックスに配置された計256個のマイクロ電極を備えていてもよい。このような構成にすることによって、多数の神経細胞からのデータ収集を十分に実施可能な数のマイクロ電極を備えた各機能ユニットにおいて複数の独立した実験を実施することができる。各チップ上で様々な濃度の化合物とコントロール溶液の試験を実施することが可能であることから、迅速スクリーニング戦略の実施に十分なスループットを達成することができる。
【0101】
費用効果:
本発明のマイクロ流体装置アセンブリは小型であることから、1回のアッセイの実施に必要とされる細胞はわずか数千個ほどであり、試験化合物も100μl未満で済む。これは、たとえば、平均で100万~200万個の細胞を含む1バイアルのヒトiPS細胞で、最大で60回の独立した測定が十分に行えることを意味する。これは、iPS細胞が非常に高価であることを考慮すると、このようなアッセイにかかるコストを許容範囲内に抑えるのに有益である。
【0102】
生体適合性:
オーガン・オン・チップ(organ-on-chip)の作製に現在使用されているマイクロ流体装置の大部分は、PDMSで構成されている。PDMSは、形状の作製が容易であり、光学的に透明であり、かつ通気性があるなど、いくつかの利点があるものの、PDMSは、疎水性低分子化合物を様々な程度で吸収することがあり、このため、特定の種類の化合物に対してはバイオアベイラビリティの問題が起こりうる。このような理由から、生物薬剤の試験において標準的に使用されているCOC、COP、ガラスなどの別の素材を使用して、本発明のマイクロ流体チップを作製することができる。このような素材を使用して本発明の装置を製造し、熱、溶剤または接着剤でMEA基板に接着するには、さらに複雑な工程が必要とされるが、スクリーニングを行うという目的を考慮に入れると、このような素材の使用は有利であると考えられる。
【0103】
長期三次元培養:
ヒドロゲル足場において細胞を長期的に生存させるには、マイクロ流体チップ内を流れる培地の制御が必要となる。実際、培地は、空気とゲルの間で気体を交換し、栄養素を供給し、代謝産物を除去し、薬剤試験の際に化合物を添加するために使用される。これらの特徴は、本発明の装置の底面側(下部サブコンパートメント)のヒドロゲルレーン(幅400μm、高さ150μm)と、このゲルレーンの上面側(上部サブコンパートメント)の液体レーン(幅300μm、高さ最大2mm)とを含む流路を備えたマイクロ流体装置アセンブリの設計により達成される。このような構成とすれば、リザーバーを介して、培地/溶液/薬剤を上部の液体レーンに容易に添加/交換することができ、リザーバーに添加/交換した培地/溶液/薬剤を底面側のゲルレーン内の細胞へと迅速に拡散させることができる。
【0104】
ハンドリング:
上部レーン内の液体はすべて、抵抗力の小さい開口した流路を通ってリザーバー間を移動することから、液体のハンドリングおよび薬剤の添加は、特別な器具を必要としない開放系を使用して前述のように行われる。このような特徴から、すべての液体ハンドリング工程に、ロボットによる制御を使用することも選択肢の1つとなり、このようなロボットによる制御は、スクリーニングという目的に最終的に必要とされうる。
【0105】
クロスプラットフォームにおける機能性:
わずか49mm×49mmのフットプリントしか備えておらず、光学的に透明なガラス製の底面を備えた本発明のマイクロ流体装置を利用し、標準的なMEA記録装置と共焦点/スピニングディスク顕微鏡を使用して、電気生理学的データとイメージングデータの両方を同時に取得することができる。マイクロ電極アレイは、商品製造業者によって製造された記録用ハードウェア/ソフトウェアのフォーマットに適合するように設計することができる。
【0106】
3.神経細胞の培養および試験
本発明者らは、本発明のマイクロ流体装置アセンブリを試験し、三次元神経回路網において神経細胞の培養が可能であること、およびこの神経細胞の試験の実施が可能であることを確認している。
【0107】
図16は、本発明のマイクロ流体装置におけるGFP標識初代神経細胞の共焦点三次元ライブイメージングを示す。細胞体を収容した中心部のコンパートメントから、いくつかの神経突起が本発明の装置の底面側のマイクロ流路内に沿って伸びており、横に隣接するコンパートメントに到達し、三次元網目構造において成長し続けている。
【0108】
三次元脳ネットワークの模倣:
ヒト脳の複雑な多細胞構造を部分的に再構築するため、様々なバイオミメティックな(生物由来または合成の)ヒドロゲル足場を使用して、ヒトiPSCに由来する市販の神経細胞(興奮性神経細胞および抑制性神経細胞)およびグリア細胞(アストロサイト)を本発明のマイクロ流体装置アセンブリにおいて三次元培養する。様々なマイクロ流体設計、様々な素材および様々な種類の細胞を使用して得られた神経細胞の生存能力、神経突起の伸長および神経細胞の三次元構造を評価するため、遺伝的にコードされた様々な蛍光タンパク質で細胞を標識することによってライブイメージング実験を行う。本発明者らは、この方法を使用し、様々なプロトタイプ装置を使用して、GFP標識神経細胞が播種から数日以内で三次元培養において広範囲に成長したことを示すデータを得た。図17は、本発明のマイクロ流体装置アセンブリの中心部コンパートメントにおいて成長したGFP標識ヒトiPSC由来神経細胞の共焦点三次元ライブイメージングを示す。神経突起があらゆる方向に向かって広範囲に成長していることが見て取れる。
【0109】
図18は、図17に示した前記画像の高分解能デジタル再構築像を示す。1本の神経突起(太さ1μm未満)が、三次元において様々な角度から観察され、いくつかの樹状突起スパインがはっきりと確認できる。
【0110】
三次元網目構造における神経細胞活動の記録:
本発明のマイクロ流体装置アセンブリの底面側において、神経突起は、それ専用のマイクロ流路内に沿って伸びるため、各マイクロ流路の下に一体化されたマイクロ電極により、三次元網目構造において互いに接続された神経細胞間の活動電位の伝播およびシナプス伝達の測定が可能となる。マイクロ流路内において様々な大きさのマイクロ電極およびその位置を評価し、理想的な寸法を特定して、最も良好なシグナル/ノイズ比を得る。本発明者らは、三次元培養されたiPSC由来神経細胞(図19左パネル)が、マイクロ流路内に沿って神経突起を伸長させることが可能であり(図19中央パネル)、一体化されたマイクロ電極を使用して、活発な神経細胞から自発的に発生した個々の活動電位を1本の神経突起から明瞭に測定することが可能である(図19右パネル)ことを示す概念実証結果を得た。
【0111】
図19は、本発明のマイクロ流体装置上で三次元培養されたヒトiPSC由来神経細胞の微分干渉観察(DIC)ライブイメージングを示す。図19から分かるように、z軸に沿った様々な位置において細胞を観察することができる。左パネルは、細胞体を主に示し、中央パネルは、本発明の装置の底側のマイクロ流路に侵入した神経突起を観察することができる。右のトレース画像は、マイクロ流路の底部に一体化されたマイクロ電極(図示せず)により記録された活動電位を示す。
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