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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-09
(45)【発行日】2022-05-17
(54)【発明の名称】端子付き電線、及びワイヤーハーネス
(51)【国際特許分類】
   H01R 4/62 20060101AFI20220510BHJP
   H01R 4/02 20060101ALI20220510BHJP
【FI】
H01R4/62 A
H01R4/02 C
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018563647
(86)(22)【出願日】2018-05-11
(86)【国際出願番号】 JP2018018332
(87)【国際公開番号】W WO2019215914
(87)【国際公開日】2019-11-14
【審査請求日】2020-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100111567
【弁理士】
【氏名又は名称】坂本 寛
(72)【発明者】
【氏名】蓮井 宏介
(72)【発明者】
【氏名】山野 能章
(72)【発明者】
【氏名】須藤 博
(72)【発明者】
【氏名】杉原 崇康
(72)【発明者】
【氏名】上木 美里
【審査官】高橋 裕一
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-165618(JP,A)
【文献】国際公開第02/071563(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01R 4/62
H01R 4/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム又はアルミニウム合金で構成された導体の外周が絶縁層で覆われた電線と、
銅又は銅合金で構成され、前記電線の端部において前記絶縁層から露出された導体露出部に取り付けられた端子部材と、を備える端子付き電線であって、
前記端子部材は、
導電材料で構成され、前記端子部材の表面における前記導体との接触箇所を除いた端子露出部に形成される被覆層と、
前記被覆層の更に表面に形成された前記導電材料の酸化被膜と、を備え、
前記導電材料は、JIS Z 2371:2000に規定される塩水噴霧試験に準拠して35℃、50g/Lの塩水を96時間噴霧したときに、その表面に厚さ20nm以上の前記酸化被膜を形成する金属又は合金であり、
前記酸化被膜は、前記端子付き電線の機器への取り付け前に20nm以上の厚さを有し、
前記導体露出部及び前記端子露出部が、前記端子付き電線の外周雰囲気に裸で露出している
端子付き電線。
【請求項2】
前記導電材料は、ニッケル、ニッケル合金、チタン、チタン合金、クロム、クロム合金、又はステンレスである請求項1に記載の端子付き電線。
【請求項3】
前記被覆層は、ニッケル又はニッケル合金のメッキで構成される請求項1又は請求項2に記載の端子付き電線。
【請求項4】
前記導体の断面積が10mm以上である請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の端子付き電線。
【請求項5】
前記導体が前記端子部材に超音波溶接されている請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の端子付き電線。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の端子付き電線を複数本束ねてなるワイヤーハーネス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、端子付き電線、及びワイヤーハーネスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、導体の外周が絶縁層で覆われた電線と、電線の端部において絶縁層から露出された導体露出部に取り付けられた端子部材と、を備える端子付き電線が開示されている。導体はアルミニウム合金で構成され、端子部材は銅又は銅合金で構成されている。この端子付き電線では、端子部材の一部を樹脂などの絶縁性材料で覆うことで、導体の腐食を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2010-257719号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示の端子付き電線は、
アルミニウム又はアルミニウム合金で構成された導体の外周が絶縁層で覆われた電線と、
銅又は銅合金で構成され、前記電線の端部において前記絶縁層から露出された導体露出部に取り付けられた端子部材と、を備える端子付き電線であって、
前記端子部材は、
導電材料で構成され、前記端子部材の表面における前記導体との接触箇所を除いた端子露出部に形成される被覆層と、
前記被覆層の更に表面に形成された前記導電材料の酸化被膜と、を備え、
前記導電材料は、JIS Z 2371:2000に規定される塩水噴霧試験に準拠して35℃、50g/Lの塩水を96時間噴霧したときに、その表面に厚さ20nm以上の酸化被膜を形成する金属又は合金であり、
前記導体露出部及び前記端子露出部が、前記端子付き電線の外周雰囲気に裸で露出している。
【0005】
本開示のワイヤーハーネスは、
本開示の端子付き電線を複数本束ねてなる。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】実施形態に係るワイヤーハーネス、及び端子付き電線の概略構成図である。
図2】実施形態に係る端子付き電線の製造方法の一例を示す概略説明図である。
図3】導体の腐食のメカニズムを説明する説明図である。
図4】塩水噴霧時間と、端子付き電線の全体の抵抗値と、の関係を示す試験例1のグラフである。
図5】塩水噴霧時間と、端子付き電線の溶接部の抵抗値と、の関係を示す試験1のグラフである。
図6】塩水噴霧時間と、端子付き電線の電線部の断面減少率と、の関係を示す試験2のグラフである。
図7】塩水噴霧時間と、酸化被膜の厚さと、の関係を示す試験3のグラフである。
図8】塩水噴霧時間と、酸化被膜の表面に流れる酸素還元電流と、の関係を示す試験3のグラフである。
図9】酸化被膜の厚さと、酸化被膜の表面に流れる酸素還元電流と、の関係を示す試験3のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
端子付き電線は、自動車や航空機などの移動機器や、ロボットなどの産業機器に利用される。これらの分野では、端子付き電線は、複数本を束ねたワイヤーハーネスの形態で利用されることが多く、機器に占める端子付き電線の割合は大きい。特に移動機器の分野では、環境に対する配慮から移動機器の燃費を改善するために端子付き電線の軽量化が望まれている。そのため、特許文献1の端子付き電線のように、導体をアルミニウム合金で構成することで端子付き電線の軽量化を図ることが行われている。しかし、導体がアルミニウム合金からなり、端子部材が銅や銅合金からなる端子付き電線には、導体と端子部材との間で電池が形成され、導体が腐食するという問題がある。その問題点を解決するために、特許文献1を含む従来の端子付き電線では、導体と端子部材との接合箇所の近傍に樹脂で構成される絶縁部材などを設けて導体の腐食を抑制している。しかし、この対応には、絶縁部材を後付けする手間とコストがかかるという問題や、銅よりも軽量なアルミニウム合金を用いたことによる軽量化のメリットを損なうという問題がある。
【0008】
そこで、本開示では、容易に製造することができ、しかも耐食性に優れる端子付き電線、及びワイヤーハーネスを提供することを目的の一つとする。
【0009】
[本願発明の実施形態の説明]
最初に本願発明の実施形態の内容を列記して説明する。
【0010】
<1>実施形態に係る端子付き電線は、
アルミニウム又はアルミニウム合金で構成された導体の外周が絶縁層で覆われた電線と、
銅又は銅合金で構成され、前記電線の端部において前記絶縁層から露出された導体露出部に取り付けられた端子部材と、を備える端子付き電線であって、
前記端子部材は、
導電材料で構成され、前記端子部材の表面における前記導体との接触箇所を除いた端子露出部に形成される被覆層と、
前記被覆層の更に表面に形成された前記導電材料の酸化被膜と、を備え、
前記導電材料は、JIS Z 2371:2000に規定される塩水噴霧試験に準拠して35℃、50g/Lの塩水を96時間噴霧したときに、その表面に厚さ20nm以上の酸化被膜を形成する金属又は合金であり、
前記導体露出部及び前記端子露出部が、前記端子付き電線の外周雰囲気に裸で露出している。
【0011】
上記端子付き電線は耐食性に優れる。端子部材の最外層に形成される酸化被膜が、端子部材の表面に流れて酸素を還元させる電流(酸素還元電流)を低減させ、導体と端子部材との間の電池反応を抑制するからである。当該電池反応を抑制することで、導体を構成するアルミニウム又はアルミニウム合金が腐食して端子付き電線の導電性が低下することを抑制できる。このような酸化被膜が導体の腐食を十分に抑制する機能を持つことは従来にない知見である。
【0012】
上記端子付き電線は生産性に優れる。導体の腐食を効果的に抑制する酸化被膜が端子露出部を覆うことで、導体露出部も端子露出部も外周雰囲気に裸で露出させられるからである。つまり、従来のような導体と端子部材との接合部近傍を覆う絶縁部材を設ける必要がなく、絶縁部材の配置の手間とコストを低減できる。また、導体の腐食を抑制する酸化被膜は、端子部材の表面に形成される導電材料の被覆層の一部が酸化されることで形成される。そのため、端子部材の表面に被覆層を形成し、その端子部材を導体と接合するだけで端子付き電線を完成させることができ、生産性良く端子付き電線を作製できる。
【0013】
上記端子付き電線は従来の端子付き電線よりも軽量である。上記端子付き電線には、導体と端子部材との接合部近傍を覆う絶縁部材が無く、従来品に比べて絶縁部材の分だけ端子付き電線が軽量だからである。特に、ワイヤーハーネスでは端子部材の数が非常に多いため、絶縁部材の省略はワイヤーハーネスの軽量化に大きく貢献する。
【0014】
ここで、端子付き電線を外部端子に接続する部分が、防水構造を持ったケースなどの内部に配置される場合、端子付き電線の導体はそもそも腐食し難い。しかし、実施形態に係る端子付き電線は、その導体と端子部材との接合箇所に環境水(空気中の水分や、雨、水溜まりの泥水など)が付着しやすい非防水環境で使用されても導体が腐食し難い。非防水環境としては、例えば自動車のエンジンルームなどを挙げることができる。
【0015】
<2>実施形態に係る端子付き電線の一形態として、
前記導電材料は、ニッケル、ニッケル合金、チタン、チタン合金、クロム、クロム合金、又はステンレスである形態を挙げることができる。
【0016】
上記金属又は合金は、その酸化還元電位が銅の酸化還元電位よりも低いため、導体と端子部材との間に形成される電池の電位差を小さくできる。そのため、被覆層の導電材料に上記金属又は合金を採用すれば、導体の腐食を抑制し易い。
【0017】
<3>実施形態に係る端子付き電線の一形態として、
前記被覆層は、ニッケル又はニッケル合金のメッキで構成される形態を挙げることができる。
【0018】
ニッケル又はニッケル合金は安価で入手が容易である。また、メッキであれば端子部材の表面に、薄く均一的な被覆層を容易に形成することができる。
【0019】
<4>実施形態に係る端子付き電線の一形態として、
前記導体の断面積が10mm以上である形態を挙げることができる。
【0020】
導体の断面積が10mm以上であれば、自動車などの移動機器に用いられるワイヤーハーネスなどに好適に利用できる。
【0021】
<5>実施形態に係る端子付き電線の一形態として、
前記導体が前記端子部材に超音波溶接されている形態を挙げることができる。
【0022】
超音波溶接によれば、圧着などの他の接合方法に比べて、導体と端子部材との間の接合抵抗を低減し易い。超音波溶接時に、導体の表面のAlの不動態被膜や端子部材の表面の酸化被膜が破壊され、導体と端子部材とが隙間無く密着するからである。また、超音波溶接であれば、導体が複数の素線からなる場合であっても各素線間の導通を確保し易い。特に、断面積が10mm以上で、複数の素線からなる導体を端子部材に接合する際に超音波溶接は非常に有効な接合方法である。超音波溶接時に各素線が溶融して一体化し、素線間の接合抵抗が低減されるからである。
【0023】
<6>実施形態に係る端子付き電線の一形態として、
前記酸化被膜の厚さが20nm以上である形態を挙げることができる。
【0024】
端子部材の酸化被膜の厚さが20nm以上であれば、電線の導体の腐食を効果的に抑制できる。厚さ20nm以上の酸化被膜は、機器に端子付き電線が取り付けられた後に経年酸化によって形成されたものでも良いし、機器への取り付け前に人工的に形成されたものでも良い。ここで、酸化被膜は、被覆層を構成する導電材料の経年酸化によって20nm以上の厚さになることもあるが、その厚さに達するには非常に長い年月が必要になる。酸化被膜の厚さが20nm以上に成長するまでの間、導体の腐食が徐々に進行するので、端子付き電線の製造時に端子部材全体を熱処理するなどして酸化被膜の厚さを20nm以上に成長させておくことが好ましい。
【0025】
<7>実施形態に係るワイヤーハーネスは、
上記<1>から<6>のいずれかの端子付き電線を複数本束ねてなる。
【0026】
上記ワイヤーハーネスは、軽量で、生産性と耐食性に優れる。ワイヤーハーネスを構成する各端子付き電線が、軽量で、生産性と耐食性に優れるからである。
【0027】
[本願発明の実施形態の詳細]
本願発明の実施形態に係る端子付き電線の具体例を、図1~3を参照しつつ説明する。図中の同一符号は同一又は相当部分を示す。なお、本願発明はこれらの例示に限定されるものではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0028】
<実施形態1>
図1に示す実施形態のワイヤーハーネス10は、複数の端子付き電線1を束ねてなる。図1では、一本の端子付き電線1の端部のみを示している。各端子付き電線1の端部では、電線2と端子部材3とが電気的・機械的に接合している。以下、端子付き電線1の各構成を説明する。
【0029】
≪電線≫
電線2は、導体20と、その外周に形成される絶縁層21とを備える。電線2の端部では、絶縁層21が剥がされて導体20の一部が露出している。この導体20が露出する導体露出部2eは、後述する端子部材3に接合されている。
【0030】
[導体]
電線2の導体20は、アルミニウム(Al)又はAl合金で構成される。Al合金には、添加元素を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる種々の組成のものが利用できる。添加元素は、例えば、Fe、Mg、Si、Cu、Zn、Ni、Mn、Ag、Cr及びZrから選択される1種以上が挙げられる。上記Al合金は更に、Al合金の結晶組織を微細にするTi及びBの少なくとも一方を含有していても良い。添加元素の好ましい合計含有量は0.005質量%以上5.0質量%以下、より好ましくは0.1質量%以上2.0質量%以下である。各元素の好ましい含有量は、質量%で、Fe:0.005%以上2.2%以下、Mg:0.05%以上1.0%以下、Mn,Ni,Zr,Zn,Cr及びAg:合計で0.005%以上0.2%以下、Cu:0.05%以上0.5%以下、Si:0.04%以上1.0%以下である。これらの添加元素は、1種でも2種以上を組み合わせて含有していてもよい。このような合金として、例えば、Al-Fe合金、Al-Fe-Mg合金、Al-Fe-Si合金、Al-Fe-Mg-(Mn,Ni,Zr,Ag)合金、Al-Fe-Cu合金、Al-Fe-Cu-(Mg,Si)合金、Al-Mg-Si-Cu合金などが挙げられる。
【0031】
導体20は、例えば、Al又はAl合金からなる単線でも良いし、図1に示すように複数の素線を撚り合わせた撚り線でも良い。日本自動車技術会規格(JASO D603:2015参照)では、線径0.32mmの素線を複数撚り合わせた導体20が規定されている。JASO D603:2015で規定する導体20の断面積は、3mm、5mm 、8mm、10mm、12mm、16mm、20mm、25mm、30mm、35mm、40mm、50mm、60mm、70mm、85mm、95mm、又は100mmである。もちろん、本実施形態の導体20は、JASO規格に限定されるわけではない。この導体20の表面(素線の表面)には、Alの不動態被膜のみが形成されており、それ以外の人工的に付加された被膜は存在しない。
【0032】
上記導体20と後述する端子部材3との接合方法としては、圧着、あるいは抵抗加熱や超音波を用いた溶接などを挙げることができる。特に、導体20と端子部材3との接合方法として超音波溶接が好ましい。超音波溶接であれば、導体20と端子部材3との接合抵抗を低減できるし、導体20が複数の素線で構成されていても、各素線間の導通を十分に確保できる。導体20と端子部材3とが激しく擦れ合う超音波溶接では、各素線の表面のAlの不動態被膜や、後述する端子部材3の被覆層31及び酸化被膜32が破壊され易いからである。
【0033】
超音波溶接の一例を図2に基づいて説明する。図2の超音波溶接機4は、不動の受け治具40(アンビルともいう)と、振動可能に構成されるホーン41とを備える。ホーン41を白抜き矢印で示す押圧方向に移動させ、受け治具40とホーン41との間で端子部材3と導体20を挟み込み、ホーン41を押圧方向に直交する方向に往復振動させることで、端子部材3と導体20とを接合することができる。導体20の導体露出部2eのうち、受け治具40とホーン41とに挟まれた部分では素線が溶融して一体化した溶接部22(図1)が形成され、それ以外の部分は素線が独立した電線部23(図1)となっている。ここで、受け治具40とホーン41における溶接対象に接触する当接面には、滑り止めのための凹凸が形成されている。この凹凸は溶接対象に転写され、溶接対象の表面に溶接痕を形成する。そのため、図1に示すように、導体20の溶接部22に形成される筋状の溶接痕2mと端子部材3の裏面に形成される筋状の溶接痕3mを見れば、導体20が端子部材3に超音波溶接されたことが分かる。
【0034】
別の接合方法として、導体20を構成する複数の素線を超音波溶接で一体化した後、素線が一体化してなる溶接部22を端子部材3に圧着しても良い。その場合でも、導体20の溶接部22には溶接痕2mが形成されるので、複数の素線が超音波溶接で一体化されたことは目視で確認できる。
【0035】
[絶縁層]
導体20の外周に備える絶縁層21の構成材料は、例えば、ポリ塩化ビニル(PVC)やノンハロゲン樹脂、難燃性に優れる絶縁性材料などが挙げられる。絶縁層の材質や厚さは、所望の絶縁強度を考慮して適宜選択することができ、特に限定されない。
【0036】
≪端子部材≫
端子部材3は、上述した電線2を外部機器の外部端子に電気的に接続するための金具である。端子部材3の形状は特に限定されず、本例では平板状となっている。その他、端子部材3は、従来の圧着端子のように、電線2の導体露出部2eを収納するバレルが設けられた形態であってもかまわない。
【0037】
端子部材3の一端側(紙面右側)には、導体露出部2eと接触する導体取付部を有し、他端側(紙面左側)には、上記外部端子に連結される外部連結部を有する。本例の導体取付部は平板状になっているが、圧着端子のようにバレルが設けられていても良い。また、本例の外部連結部は平板状で、ネジ止めのための貫通孔3hが形成されており、端子部材3に外部端子を重ね合わせてネジ止めできる。本例とは異なり、外部連結部に雄端子又は雌端子を形成してもかまわない。
【0038】
端子部材3は、丸囲み拡大図に示すように、銅又は銅合金からなる本体30と、本体30の外周に形成される被覆層31と、その被覆層31の更に外周に形成される酸化被膜32と、を備える。本体30を構成する銅合金としては、黄銅(Cu-Zn合金)、Cu-Sn合金、Cu-Fe合金、Cu-Ni-Sn合金、Cu-Fe-P合金などが挙げられる。
【0039】
[被覆層]
被覆層31は、導電材料で構成される層であって、端子部材3に接合される導体20の腐食を抑制するために設けられる。より正確に言えば、被覆層31が導体20の腐食を抑制するのではなく、被覆層31を構成する導電材料が酸化することで形成される酸化被膜32が導体20の腐食を抑制する。この被覆層31は、端子部材3における導体20との接触箇所を除いた端子露出部3eに形成される。導体20は、端子露出部3eの全面に設けられていても良いが、少なくとも端子露出部3eにおける導体20との接触箇所の境界から所定範囲の領域に形成されていれば良い。実際の製造では、本体30の外周に被覆層31を形成した後、端子部材3を電線2の導体20に接合することになるので、端子露出部3eの全面に被覆層31があると考えて良い。本体30の外周に被覆層31を形成した端子部材3を導体20に接合する場合、その接合作業に伴って端子部材3と導体20との間に介在される被覆層31が破壊される。端子部材3と導体20の間に被覆層31の一部が残存することは許容される。
【0040】
被覆層31を形成する導電材料は、JIS Z 2371:2000に規定される塩水噴霧試験に準拠して35℃、50g/Lの塩水を96時間噴霧したときに、その表面に厚さ20nm以上の酸化被膜を形成する金属又は合金である。具体的な導電材料としては、Ni、Ni合金、Ti、Ti合金、Cr、Cr合金、あるいはステンレスなどを挙げることができる。これらの金属又は合金は、その酸化還元電位が、銅の酸化還元電位よりも低いため、導体20と端子部材3との間に形成される電池の電位差を小さくでき、導体20の腐食を抑制し易い。特にNiは、安価で入手が容易であり、メッキによって容易に被覆層31を形成できるため、被覆層31の導電材料として好ましい。
【0041】
被覆層31の厚さは、0.1μm以上30μm以下とすることができる。被覆層31が0.1μm以上であれば、導体20の腐食を抑制する酸化被膜32を十分に成長させることができる。また、被覆層31が30μm以下であれば、比較的短時間で被覆層31を形成できる。より好ましい被覆層31の厚さは、2μm以上10μm以下である。
【0042】
被覆層31の形成方法は、被覆層31を構成する導電材料に応じて適宜選択することができる。被覆層31の形成方法として、例えば、メッキ法や、CVD法やPVD法といった蒸着法などを挙げることができる。電気メッキや無電解メッキ、溶融メッキといったメッキ法は、被覆層31を容易に形成することができる。
【0043】
[酸化被膜]
被覆層31の更に表面には、被覆層31の導電材料が酸化してなる酸化被膜32が形成されている。酸化被膜32は、被覆層31の全面に形成され、端子部材3の表面の酸素還元電流を低減する。酸素還元電流は、図3に示すように、端子部材3から導体20にかけて環境水5が付着したときに、端子部材3の表面で酸素(O)を還元する電流である。酸素還元電流の電子(e)は、Alが酸化してAl3+となることでもたらされるため、導体20が腐食する。上述した酸化被膜32は、その厚さに応じて酸素還元電流を低減することができる。本願発明者らの研究によれば、酸化被膜32による酸素還元電流の低減がもたらす導体20の腐食を抑制する効果は、端子付き電線1の導体露出部2e及び端子露出部3eを何らかの絶縁部材で覆う必要が無い程のものであることが分かった。従って、図1に示す実施形態の端子付き電線1では、導体露出部2e及び端子露出部3eが端子付き電線1の外周雰囲気に裸で露出している。
【0044】
酸化被膜32は、導電材料の自然酸化によって形成されたものでも良いし、人工的に導電材料の酸化を促進しその厚みを増したものであっても良い。自然酸化によって形成される酸化被膜32の厚さは5nmから6nm程度である。後述する試験例に示すように、酸化被膜32が厚くなるほど酸素還元電流が小さくなり、導体20の腐食を効果的に抑制できる。その観点から、酸化被膜32の厚さは20nm以上とすることが好ましい。
【0045】
酸化被膜32は、被覆層31を構成する導電材料の経年酸化によって20nm以上の厚さになることもあるが、その厚さに達するには非常に長い年月が必要になる。酸化被膜32が20nm以上に成長するまでの間、導体20の腐食が徐々に進行するので、端子付き電線1の製造時に端子部材3全体を熱処理するなどして酸化被膜を20nm以上に成長させておくことが好ましい。
【0046】
≪効果≫
上述した本例の端子付き電線1は耐食性に優れる。既に述べたように、端子部材3の最外層に形成される酸化被膜32が、端子部材3の表面に酸素を還元させる酸素還元電流を低減させ、導体20と端子部材3との間の電池反応を抑制するからである。当該電池反応を抑制することで、導体20が腐食して端子付き電線1の導電性が低下することを抑制できる。
【0047】
本例の端子付き電線1は生産性に優れる。端子部材3に酸化被膜32が形成されていることで、従来のような導体20と端子部材3との接合部近傍を覆う絶縁部材を設ける必要がなく、絶縁部材の配置の手間とコストを低減できるからである。また、本例の端子付き電線1は、端子部材3の表面に被覆層31を形成し、その端子部材3を導体20と接合するだけで完成させることができる。
【0048】
本例の端子付き電線1は従来の端子付き電線よりも軽量である。本例の端子付き電線1には、導体20と端子部材3との接合部近傍を覆う絶縁部材が無く、従来品に比べて絶縁部材の分だけ本例の端子付き電線1は軽量であるためである。特に、ワイヤーハーネス10では端子部材3の数が非常に多いため、絶縁部材の省略はワイヤーハーネス10の軽量化に大きく貢献する。
【0049】
≪用途≫
実施形態の端子付き電線1及びワイヤーハーネス10は、軽量化が望まれている種々の分野、特に、燃費の向上のために更なる軽量化が望まれている自動車に好適に利用することができる。特に、自動車のエンジンルームなど、大気に対して隔絶されていない非密閉環境であって、厳密な防水構造となっていない非防水環境にも、実施形態の端子付き電線1及びワイヤーハーネス10を利用することができる。
【0050】
<試験例>
以下、実施形態1に係る端子付き電線1の耐食性について検討を行った。
【0051】
≪試験1≫
試験1では、端子部材の被覆層の有無が端子付き電線の腐食に及ぼす影響と、導体の腐食が端子付き電線の導電性に及ぼす影響を調べた。
【0052】
試験にあたり、Niメッキで構成される被覆層を備える端子付き電線(メッキ試料)と、被覆層を備えない端子付き電線(非メッキ試料)とをそれぞれ複数用意した。メッキ試料及び非メッキ試料の導体の断面積は共に、20mmであった。また、メッキ試料及び非メッキ試料は共に、導体を超音波溶接にて端子部材に接合することで作製されている。各メッキ試料のNiメッキの厚さは約3μmであった。ここで、メッキ試料と非メッキ試料との相違点は、被覆層とその表面に形成される酸化被膜の有無のみであるので、以降はメッキ試料及び非メッキ試料のいずれの説明においても図1を参照する。
【0053】
用意したメッキ試料と非メッキ試料に、JIS Z 2371:2000に規定される塩水噴霧試験に準拠して35℃、50g/Lの塩水を所定時間噴霧した。各試料は、端子部材3が付いた端子付き電線1の端部が上向きになるように試験機に配置した。非メッキ試料に対する塩水噴霧時間は、24、48、72、96、120、144、168、192、216、又は240時間、メッキ試料に対する塩水噴霧時間は、48、96、144、192、240、288、336、384、432、又は480時間とした。各時間における試料数は5つとした。
【0054】
塩水噴霧後の各試料を目視で観察したところ、図1の電線部23の位置で腐食が生じていることが分かった。更に、各試料における図1の矢印で示すa-b間に定電流電源を接続し、c-e間、及びd-e間の電圧を測定した。点aは端子部材3の先端側の位置、点bは導体20における絶縁層21に覆われる位置、点cは端子露出部3eにおける導体露出部2e近傍の位置、点dは溶接部22における電線部23近傍の位置、点eは絶縁層21に覆われる位置であって点bよりも端子部材3側の位置である。定電流電源の電流値と測定した電圧値に基づいて、計算によりc-e間、及びd-e間の抵抗値(mΩ)を求めた。c-e間の抵抗値を図4に、c-e間の抵抗値からd-e間の抵抗値を引いた値、即ちc-d間の抵抗値を図5に示す。図4,5の横軸は塩水噴霧時間(h:hour)、縦軸は測定箇所の抵抗値(mΩ)である。丸印のプロットはメッキ試料、ダイヤ印のプロットは非メッキ試料である。
【0055】
図4に示すように、非メッキ試料では120時間の塩水噴霧によって有意な抵抗値の上昇が認められた。一方、メッキ試料では480時間の塩水噴霧によって初めて有意な抵抗値の上昇が認められた。この結果から、端子部材にNiメッキを形成することで、電線2の導体20の腐食を効果的に抑制できることが明らかになった。
【0056】
また、図5に示すように、塩水噴霧時間の長さが長くなっても、c-d間で抵抗値の上昇は生じなかった。つまり、目視にて確認したように、導体20の腐食は電線部23の位置で生じており、溶接部22では腐食が殆ど生じていないことが分かった。
【0057】
≪試験2≫
試験2では、導体20がどの程度腐食すれば、端子付き電線1の抵抗値の上昇が生じるのかを調べた。
【0058】
試験2でも、試験1と同様に複数のメッキ試料と非メッキ試料を用意した。そして、メッキ試料及び非メッキ試料に対して、試験1と同じ条件の塩水噴霧を行った。非メッキ試料に対する塩水噴霧時間は、24、48、72、96、又は216時間、メッキ試料に対する塩水噴霧時間は、48、96、144、336、432時間であった。各時間における試料数は1つとした。
【0059】
試験1によって導体20の腐食は電線部23で生じていることが分かったので、本試験2では、塩水噴霧後の各試料における電線部23を切断し、その断面を観察して各試料の断面減少率(%)を調べた。断面減少率は、{(試験前の導体20の断面積)-(残存している導体20の断面積)/(試験前の導体20の断面積)}×100である。但し、試験前の導体20の断面積は、実際に塩水噴霧を実施した試料とは別試料の断面積(n=30)を測定し、その平均値を用いた。断面積は、断面写真に画像処理などを施すことで容易に求めることができる。その結果を図6のグラフに示す。図6の横軸は塩水噴霧時間(h)、縦軸は導体20の断面減少率(%)である。
【0060】
図6には、非メッキ試料の断面減少率のプロットから最小二乗法によって塩水噴霧時間と断面減少率の関係を示す相関直線を示す。この相関直線は、y=0.1604x(yは断面減少率、xは塩水噴霧時間)であり、その相関係数の2乗(R)が0.9896であった。また、図6には、メッキ試料の断面減少率のプロットから最小二乗法によって塩水噴霧時間と断面減少率の関係を示す相関直線を示す。この相関直線は、y=0.0393xであり、相関係数の2乗(R)が0.9937である。これらの相関直線の相関係数の2乗が1に極めて近いため、これらの相関直線に基づいて、測定していない塩水噴霧時間における断面減少率を求めることができる。
【0061】
試験1では、塩水噴霧時間が120時間のときに非メッキ試料において抵抗値の有意な上昇が認められ、塩水噴霧時間が480時間のときにメッキ試料において抵抗値の有意な上昇が認められた。非メッキ試料の相関直線のxに120を代入すると、断面減少率は凡そ20%となった。同様に、メッキ試料の相関直線のxに480を代入したときの断面減少率もおおよそ20%となった。つまり、導体20の断面積が20%減少すれば端子付き電線1の抵抗値の上昇が生じると考えられる。これは、導体20が腐食したとしても、導体20の断面減少率が20%未満である間は、端子付き電線1(メッキ試料)としての機能が維持されることと同義である。端子付き電線1においてある程度の導体20の腐食が許容されるということは、本例の端子付き電線1が非防水環境で使用できることの証左である。
【0062】
≪試験3≫
図3に基づいて説明したように、酸化被膜32が端子部材3の表面の酸素還元電流を低減させることで、導体20の腐食を抑制する。試験3では、塩水噴霧に伴う酸化被膜32の成長度合いと、酸化被膜32の厚さによって酸素還元電流がどのように変化するかを調べた。
【0063】
試験3では、メッキ試料を複数用意した。メッキ試料に対する塩水噴霧時間は、0、8、16、24、32、48、96、144、192、384、432、又は480時間であった。各時間の試料数は5つであった。
【0064】
各メッキ試料の酸化被膜32の厚み(nm)をX線光電子分光法により求めた。具体的には、スパッタデプスプロファイル測定で求めた酸素(O)の検出深さを酸化被膜32の厚さと見做す。測定装置はULVAC-PHI社製のQuantera SMX、X線条件は100μm、25W、15kV、平均スパッタ速度は24.39nm/分(JIS K 0146:2002に準拠して測定したSiOのスパッタ速度を用いて算出)であった。その結果を図7に示す。図7の横軸は塩水噴霧時間(h)、縦軸は酸化被膜32の厚み(nm)である。但し、図7では、384時間のデータを不掲載としている。
【0065】
塩水噴霧時間が0、即ち塩水噴霧をしなかった自然酸化の酸化被膜32の厚みは6nmであった。一方、塩水噴霧時間が長くなるほど、酸化被膜32の厚みが大きくなることが分かった。特に、32時間から48時間の塩水噴霧によってその厚さが20nm前後にまで成長することが分かった。また、96時間の塩水噴霧によって、確実に酸化被膜32の厚さを20nm以上とできることが分かった。
【0066】
次に、端子部材3の酸素還元電流密度(μA/cm)を測定した。具体的には、メッキ試料の電線部23の位置で切断した試験片の電線2以外の部分を測定用液に浸漬してサイクリックボルタンメトリー装置に接続する。そして、リニアスウィープボルタンメトリ法により試験片とカウンター電極とに流れる電流を測定し、参照電極に対して-0.8Vの電位で流れた電流を、試験片における測定用液に浸漬される部分の面積で割ることで、酸素還元電流密度を求めた。測定用液は5質量%NaCl水溶液(塩水)、測定電位は試験片の自然浸漬電位を開始電位としてカソード方向に掃引し、参照電極はAg/AgCl、カウンター電極はPt、掃引速度は10mV/sであった。その結果を図8に示す。図8の横軸は塩水噴霧時間(h)、縦軸は酸素還元電流密度(μA/cm)である。但し、図8では、144、192時間のデータは不掲載としている。
【0067】
図8に示すように、塩水噴霧時間が長くなるに伴って酸素還元電流密度が小さくなっていくものの、96時間の塩水噴霧でほぼ酸素還元電流密度の低下が止まってしまった。図7,8のデータから求めた酸化被膜32の厚さと、酸素還元電流密度との関係を示す図9のグラフによれば、酸化被膜32の厚さが20nm付近で酸素還元電流密度の低減効果が飽和し始めることが分かる。
【0068】
試験3の結果から、端子付き電線1の導体20の腐食を抑制するためには、予め酸化被膜32の厚さを厚くしておくことが有効であること、その好ましい厚さは20nm以上であることが明らかになった。また、予め酸化被膜32を厚くしておくにしても、徒に酸化被膜32の厚さを厚くしても、導体20の腐食を抑制する効果は得られ難いことが明らかになった。
【符号の説明】
【0069】
10 ワイヤーハーネス
1 端子付き電線
2 電線
20 導体 21 絶縁層 22 溶接部 23 電線部
2e 導体露出部 2m 溶接痕
3 端子部材
30 本体 31 被覆層 32 酸化被膜
3e 端子露出部 3h 貫通孔 3m 溶接痕
4 超音波溶接機
40 受け治具 41 ホーン
5 環境水
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9