(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-09
(45)【発行日】2022-05-17
(54)【発明の名称】工具用鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220510BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20220510BHJP
C22C 38/46 20060101ALI20220510BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C21D9/46 S
C22C38/46
(21)【出願番号】P 2018534162
(86)(22)【出願日】2016-06-29
(86)【国際出願番号】 KR2016006963
(87)【国際公開番号】W WO2017115958
(87)【国際公開日】2017-07-06
【審査請求日】2018-06-28
【審判番号】
【審判請求日】2020-07-31
(31)【優先権主張番号】10-2015-0187113
(32)【優先日】2015-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコ
【氏名又は名称原語表記】POSCO
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【氏名又は名称】原 裕子
(72)【発明者】
【氏名】パク、 ギョン ス
(72)【発明者】
【氏名】チャン、 ジェ フン
【合議体】
【審判長】平塚 政宏
【審判官】本多 仁
【審判官】井上 猛
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/042239(WO,A1)
【文献】特開2011-52321(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C38/00-38/60
C21D 8/00-8/10
C21D 9/46-9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の全100重量%に対して、C:0.4~0.6重量%、Si:0.05~0.5重量%、Mn:0.1~1.5重量%、V:0.05~0.5重量%と、Ni:0.05~1.0重量%、Cr:0.5~2.0重量%、Mo:0.5~2.0重量%、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分と、残部Feおよびその他不可避不純物からなる工具用鋼板であって、
前記工具用鋼板の幅方向位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、5HRC以内であり、前記ロックウェル硬度の偏差は、鋼板の幅方向に沿って測定した
ロックウェル硬度の最大値と最小値の差であり、
前記工具用鋼板の長さ方向の中心部を含む鋼板1mあたりの波高に対して、長さ方向の波高が20cm以内のものの比率が90%以上であり
前記工具用鋼板の厚さは、5mm以下であり、
前記工具用鋼板の厚さと波高の組み合わせ(波高X厚さ
2)値は、0.6cm
3以上2cm
3以下である、工具用鋼板。
【請求項2】
前記工具用鋼板の長さ方向の中心部を含む鋼板1mあたりの波高に対して、長さ方向の波高が10cm以内のものの比率が90%以上である、請求項1に記載の工具用鋼板。
【請求項3】
前記工具用鋼板の長さ方向の中心部に位置する波高全体に対して、長さ方向の波高が20cm以内の波高の比率が90%以上である、請求項1または2に記載の工具用鋼板。
【請求項4】
前記工具用鋼板の長さ方向の波高は、20cm以内である、請求項1から3のいずれか1項に記載の工具用鋼板。
【請求項5】
前記工具用鋼板の長さ方向の波高は、10cm以内である、請求項1から4のいずれか1項に記載の工具用鋼板。
【請求項6】
前記Mn:0.1~1.0重量%である、請求項1から5のいずれか1項に記載の工具用鋼板。
【請求項7】
前記V:0.05~0.3重量%である、請求項1から6のいずれか1項に記載の工具用鋼板。
【請求項8】
前記Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分:0.5~2.0重量%である、請求項1から7のいずれか1項に記載の工具用鋼板。
【請求項9】
前記工具用鋼板の全微細組織100%に対して、70%以上のベイナイト組織、残部はフェライトおよびパーライトの混合組織からなる、請求項1から8のいずれか1項に記載の工具用鋼板。
【請求項10】
前記工具用鋼板の全微細組織100%に対して、90%以上のベイナイト組織、および残部はフェライトおよびパーライトの混合組織からなる、請求項1から9のいずれか1項に記載の工具用鋼板。
【請求項11】
前記工具用鋼板の幅方向位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、3HRC以内である、請求項1から10のいずれか1項に記載の工具用鋼板。
【請求項12】
前記工具用鋼板のロックウェル硬度は、36~41HRCである、請求項1から11のいずれか1項に記載の工具用鋼板。
【請求項13】
スラブの全100重量%に対して、C:0.4~0.6重量%、Si:0.05~0.5重量%、Mn:0.1~1.5重量%、V:0.05~0.5重量%と、Ni:0.05~1.0重量%、Cr:0.5~2.0重量%、Mo:0.5~2.0重量%、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分と、残部Feおよびその他不可避不純物からなるスラブを準備する段階;
前記スラブを再加熱する段階;
前記再加熱されたスラブを熱間圧延して熱延鋼板を得る段階;
前記得られた熱延鋼板を冷却する段階;
前記冷却された鋼板を巻取ってコイルを得る段階;および
前記巻取られたコイルを冷却する段階を含み、
前記得られた熱延鋼板を冷却する段階は、
前記得られた熱延鋼板を熱間圧延終了後15秒以内に20~40℃/secの速度で冷却する1次冷却段階;および
前記1次冷却された鋼板を1次冷却後30秒以内に5~10℃/secの速度で冷却する2次冷却段階を含み、
前記冷却された鋼板を巻取ってコイルを得る段階は、
下記数式1による、T
c(℃)以上の温度範囲で行われ、
[数式1]
T
c(℃)=880-300*C-80*Mn-15*Si-45*Ni-65*Cr-85*Mo
(ただし、前記C、Mn、Ni、Cr、およびMoは、前記スラブの全100重量%に対する各成分の重量%を意味する。)、
鋼板の幅方向位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、5HRC以内であり、前記ロックウェル硬度の偏差は、鋼板の幅方向に沿って測定した
ロックウェル硬度の最大値と最小値の差であり、
鋼板の長さ方向の中心部に位置する波高全体に対して、長さ方向の波高が20cm以内の波高の比率が90%以上であり、
前記得られる熱延鋼板の厚さは、5mm以下であり、
鋼板の厚さと波高の組み合わせ(波高X厚さ
2)値は、0.6cm
3以上2cm
3以下である、工具用鋼板の製造方法。
【請求項14】
前記冷却された鋼板を巻取ってコイルを得る段階は、
前記数式1による、T
c(℃)以上650℃以下の温度範囲で行われる、請求項13に記載の工具用鋼板の製造方法。
【請求項15】
前記巻取られたコイルを冷却する段階は、
0.005~0.05℃/secの速度で冷却される、請求項13又は14に記載の工具用鋼板の製造方法。
【請求項16】
前記巻取られたコイルを冷却する段階により、
オーステナイト組織からベイナイト組織に変態する、請求項13から15のいずれか1項に記載の工具用鋼板の製造方法。
【請求項17】
前記巻取られたコイルを冷却する段階により、
前記コイルは、内巻部および外巻部ともベイナイト均一組織である、請求項13から16のいずれか1項に記載の工具用鋼板の製造方法。
【請求項18】
前記巻取られたコイルを冷却する段階により、
全微細組織100分率%に対して、70%以上のベイナイト組織、および残部はフェライトおよびパーライトの混合組織からなるものが形成される、請求項13から17のいずれか1項に記載の工具用鋼板の製造方法。
【請求項19】
スラブを準備する段階において、
前記Mn:0.1~1.0重量%である、請求項13から18のいずれか1項に記載の工具用鋼板の製造方法。
【請求項20】
スラブを準備する段階において、
前記V:0.05~0.3重量%である、請求項13から19のいずれか1項に記載の工具用鋼板の製造方法。
【請求項21】
スラブを準備する段階において、
前記Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分:0.5~2.0重量%である、請求項13から20のいずれか1項に記載の工具用鋼板の製造方法。
【請求項22】
前記工具用鋼板のロックウェル硬度は、36~41HRCである、請求項13から21のいずれか1項に記載の工具用鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の一実施形態は、工具用鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工具用高炭素鋼板は、最終熱処理後に優れた強度と靭性を得るために、次の従来技術などが使用されている。
代表例として、特許文献1~3には、Mn、Cr、Mo、W、およびVの含有量を調整することによって、熱処理後の最終製品の強度および靭性を確保する技術がある。
【0003】
しかし、このような高合金の熱延製品の場合、現在までは、電気炉で生産し、厚さが厚く幅の狭い小単重の製品がほとんどである。これは、厚さが薄く幅が広い場合、形状不均一によって後続の冷延工程での作業が不可能であるからである。これは、高合金鋼の場合、相変態速度が遅くて位置ごとの冷却速度の差に応じて、生成される熱延製品の組織が大きく異なるからである。これによって、厚さが厚く幅が狭い小単重に生産するしかない。
したがって、生産性の向上および冷間圧延の効率のために、薄くて幅の広い熱延コイルの開発の必要性が切実になっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国登録特許第5744300号公報
【文献】日本国登録特許第5680461号公報
【文献】韓国登録特許第0497446号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の一実施形態は、工具用鋼板およびその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一実施形態の工具用鋼板は、鋼板の全100重量%に対して、C:0.4~0.6重量%、Si:0.05~0.5重量%、Mn:0.1~1.5重量%、V:0.05~0.5重量%、Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分:0.1~2.0重量%、残部Feおよびその他不可避不純物を含む工具用鋼板であって、前記工具用鋼板の幅方向位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、5HRC以内であり、前記工具用鋼板の長さ方向の中心部を含む鋼板1mあたりの波高に対して、長さ方向の波高が20cm以内のものの比率が90%以上である鋼板を提供することができる。
【0007】
より具体的には、前記工具用鋼板の長さ方向の中心部を含む鋼板1mあたりの波高に対して、長さ方向の波高が10cm以内のものの比率が90%以上であってもよい。
前記工具用鋼板の長さ方向の中心部に位置する波高全体に対して、長さ方向の波高が20cm以内の波高の比率が90%以上であってもよい。
前記工具用鋼板の長さ方向の波高は、20cm以内であってもよい。
前記工具用鋼板の長さ方向の波高は、10cm以内であってもよい。
【0008】
より具体的には、前記Mn:0.1~1.0重量%であってもよく、前記V:0.05~0.3重量%であってもよい。さらに具体的には、前記Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分:0.5~2.0重量%であってもよい。
前記工具用鋼板の全微細組織100%に対して、70%以上のベイナイト組織、残部はフェライトおよびパーライトの混合組織からなるものであってもよい。
より具体的には、前記工具用鋼板の全微細組織100%に対して、90%以上のベイナイト組織、および残部はフェライトおよびパーライトの混合組織からなるものであってもよい。さらに具体的には、前記工具用鋼板の幅方向位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、3HRC以内であってもよい。
前記工具用鋼板のロックウェル硬度は、36~41HRCであってもよい。
前記工具用鋼板の厚さと波高の組み合わせ(波高X厚さ2)値は、2cm3以下であってもよい。前記工具用鋼板の厚さは、5mm以下であってもよい。
【0009】
本発明の他の実施形態の工具用鋼板の製造方法は、スラブの全100重量%に対して、C:0.4~0.6重量%、Si:0.05~0.5重量%、Mn:0.1~1.5重量%、V:0.05~0.5重量%、Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分:0.1~2.0重量%、残部Feおよびその他不可避不純物を含むスラブを準備する段階;前記スラブを再加熱する段階;前記再加熱されたスラブを熱間圧延して熱延鋼板を得る段階;前記得られた熱延鋼板を冷却する段階;前記冷却された鋼板を巻取ってコイルを得る段階;および前記巻取られたコイルを冷却する段階を含むことができる。
より具体的には、前記得られた熱延鋼板を冷却する段階は、前記得られた熱延鋼板を熱間圧延終了後15秒以内に20~40℃/secの速度で冷却する1次冷却段階;および前記1次冷却された鋼板を1次冷却後30秒以内に5~10℃/secの速度で冷却する2次冷却段階を含むことができる。
【0010】
前記冷却された鋼板を巻取ってコイルを得る段階は、下記数式1による、Tc(℃)以上の温度範囲で行われる。
[数式1]
Tc(℃)=880-300*C-80*Mn-15*Si-45*Ni-65*Cr-85*Mo
ただし、前記C、Mn、Ni、Cr、およびMoは、前記スラブの全100重量%に対する各成分の重量%を意味する。
前記冷却された鋼板を巻取ってコイルを得る段階は、前記数式1による、Tc(℃)以上650℃以下の温度範囲で行われる。
前記巻取られたコイルを冷却する段階は、0.005~0.05℃/secの速度で冷却できる。
前記巻取られたコイルを冷却する段階により、オーステナイト組織からベイナイト組織に変態することができ、前記段階により冷却された前記コイルは、内巻部および外巻部ともベイナイト均一組織であってもよい。
前記巻取られたコイルを冷却する段階により、全微細組織100分率%に対して、70%以上のベイナイト組織、および残部はフェライトおよびパーライトの混合組織からなるものである工具用鋼板を提供することができる。
【0011】
前記スラブを準備する段階において、前記Mn:0.1~1.0重量%であってもよく、前記V:0.05~0.3重量%であってもよいし、前記Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分:0.5~2.0重量%であってもよい。
前記再加熱されたスラブを熱間圧延して熱延鋼板を得る段階により、前記得られた熱延鋼板の厚さは、5mm以下であってもよい。
前記工具用鋼板のロックウェル硬度は、36~41HRCであってもよい。
前記工具用鋼板の幅方向位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、5HRC以内であってもよい。より具体的には、3HRC以内であってもよい。
前記工具用鋼板の長さ方向の中心部に位置する波高全体に対して、長さ方向の波高が20cm以内の波高の比率が90%以上であってもよい。
前記工具用鋼板の厚さと波高の組み合わせ(波高X厚さ2)値は、2cm3以下であってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一実施形態は、薄くて幅の広い熱延コイルを開発するために、位置ごとの組織および物性の偏差が少なく、形状に優れた工具用高炭素鋼板およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る波高の高さを図式化したものである。
【
図2】本発明の他の実施形態に係る鋼板の温度履歴をグラフで示すものである。
【
図3】本発明の実施例と比較例により製造された形状を比較して示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の利点および特徴、そしてそれらを達成する方法は、添付した図面と共に詳細に後述する実施例を参照すれば明確になる。しかし、本発明は、以下に開示される実施例に限定されるものではなく、互いに異なる多様な形態で実現可能であり、単に本実施例は本発明の開示が完全になるようにし、本発明の属する技術分野における通常の知識を有する者に発明の範疇を完全に知らせるために提供されるものであり、本発明は請求項の範疇によってのみ定義される。明細書全体にわたって同一の参照符号は同一の構成要素を指し示す。
【0015】
したがって、いくつかの実施例において、よく知られた技術は、本発明が曖昧に解釈されることを避けるために具体的に説明されない。別の定義がなければ、本明細書で使用されるすべての用語(技術および科学的用語を含む)は、本発明の属する技術分野における通常の知識を有する者に共通して理解できる意味で使用できる。明細書全体において、ある部分がある構成要素を「含む」とするとき、これは、特に反対の記載がない限り、他の構成要素を除くのではなく、他の構成要素をさらに包含できることを意味する。また、単数形は、文章で特に言及しない限り、複数形も含む。
【0016】
本発明の一実施形態に係る工具用鋼板は、C:0.4~0.6重量%、Si:0.05~0.5重量%、Mn:0.1~1.5重量%、V:0.05~0.5重量%、Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分:0.1~2.0重量%、残部Feおよびその他不可避不純物を含む工具用鋼板であってもよい。
【0017】
以下、本発明の一実施形態の工具用鋼板の成分および組成範囲を限定した理由を説明する。
まず、炭素(C)は、0.4~0.6重量%であってもよい。
炭素は、鋼板の強度を向上させる必須の元素で、本発明で実現しようとする工具用高炭素鋼板の強度を確保するために、適正に添加する必要がある。より具体的には、炭素(C)の含有量が0.4重量%未満の場合、工具用高炭素鋼板が目的とする強度が得られないことがある。反面、炭素(C)の含有量が0.6重量%を超える場合、鋼板の靭性が低下することがある。
【0018】
また、ケイ素(Si)は、0.05~0.5重量%であってもよい。
ケイ素は、固溶強化による鋼の強度向上と溶鋼の脱酸に役立つが、過度に添加される場合、熱間圧延時、鋼板の表面にスケールを形成して鋼板の表面品質を阻害することもある。したがって、本発明の一実施形態は、0.05~0.5重量%のケイ素を含むことができる。
【0019】
マンガン(Mn)は、0.1~1.5重量%だけ含まれる。より具体的には、マンガン(Mn)は、0.1~1.0重量%だけ含まれる。
マンガン(Mn)は、鋼の強度および硬化能を向上させることができ、鋼の製造工程中に不可避に含有される硫黄(S)と結合してMnSを形成することによって、硫黄(S)によるクラックの発生を抑制する役割を果たす。したがって、本発明の一実施形態において、かかる効果を得るために、0.1重量%以上で添加することができる。ただし、過度に添加される場合には、鋼の靭性が低下することがある。
【0020】
バナジウム(V)は、0.05~0.5重量%だけ含むことができる。より具体的には、0.05~0.3重量%だけ含むことができる。
バナジウムは、炭化物を形成して、熱処理時の結晶粒の粗大化防止および耐摩耗性の向上に効果的な役割を果たす。ただし、過度に添加する場合、必要以上に炭化物を形成して鋼の靭性を低下させるだけでなく、高価な元素であるので、製造コストが上昇することがある。
【0021】
また、Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分は、0.1~2.0重量%だけ含むことができる。さらに具体的には、Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分は、0.5~2.0重量%であってもよい。
ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)は、強度を向上させ、脱炭を抑制し、硬化能を向上させる役割を果たす。また、表面で化合物を形成して耐食性を向上させることができる。ただし、過度に添加される場合、必要以上に硬化能を増加させるだけでなく、高価な元素であるので、製造コストが上昇することがある。
【0022】
残部Feおよび不可避不純物を含むことができるが、上記組成のほか、有効な成分の添加が排除されるわけではない。
加えて、上記成分および組成範囲を満足する本発明の一実施形態に係る工具用鋼板は、鋼板の全微細組織100%に対して、70%以上のベイナイト組織と、残部はフェライトおよびパーライトの混合組織からなるものであってもよい。
【0023】
より具体的には、炭化物を含まないフェライト、ラメラ構造のパーライト、および炭化物を含むベイナイト組織は、組織写真上でそれぞれ異なる形態で観察される。したがって、この微細組織の分率測定方法は、平面の組織写真上において、微細組織の形態に基づいて体積分率を測定できる。
【0024】
さらに具体的には、上記のように、全微細組織100%に対して、ベイナイト組織が70%未満の場合、残部のフェライトおよびパーライト組織の分率が高くなって組織不均一が高くなることがある。したがって、組織不均一により残留応力が残存することによって、鋼板の形状不均一の原因となることがある。
さらに具体的には、このような鋼板の全微細組織100%に対して、ベイナイト組織は90%以上であってもよい。
【0025】
また、上記ベイナイト組織によって、工具用鋼板のロックウェル硬度は、36~41HRCであってもよく、工具用鋼板の位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、5HRC以内であってもよい。さらに具体的には、工具用鋼板の位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、3HRC以内であってもよい。このロックウェル硬度は、通常の硬度試験器で自動的に測定したものである。
さらに具体的には、工具用鋼板の位置ごとのロックウェル硬度の偏差が上記範囲を超える場合、位置に応じた硬度の差が大きくなることがある。これによって、残留応力が発生して鋼板の形状不良の原因となることがある。
【0026】
加えて、工具用鋼板の長さ方向の波高は、20cm以内であってもよく、より具体的には、工具用鋼板の長さ方向の波高は、10cm以内であってもよい。
より具体的には、工具用鋼板の長さ方向の中心部に位置する波高全体に対して、長さ方向の波高が20cm以内の波高の比率が90%以上であってもよい。
さらに具体的には、工具用鋼板の長さ方向の中心部を含む鋼板1mあたりの波高に対して、長さ方向の波高が20cm以内のものの比率が90%以上であってもよい。さらに具体的には、工具用鋼板の長さ方向の中心部を含む鋼板1mあたりの波高に対して、長さ方向の波高が10cm以内のものの比率が90%以上であってもよい。
【0027】
より具体的には、最終的に製造された工具用鋼板は、位置ごとの硬度の偏差によって鋼板の側面がウェーブ形態であってもよい。ただし、本発明の一実施形態に係る工具用鋼板の長さ方向の波高は、20cm以内であってもよい。この波高は、工具用鋼板の長さ方向の中心部に位置するものであってもよく、さらに具体的には、工具用鋼板の長さ方向の中心部を含む鋼板1mあたりの波高であってもよい。
このとき、波高とは、ウェーブの位置上、最も高い地点と最も低い地点の高さの差を意味する。
また、工具用鋼板の長さ方向の中心部とは、鋼板の全体長さにおける中心地点を基準として±25%ずつ含まれる部分を意味する。
また、波高20cm以内の比率とは、全体波長の長さの総計に対する波高20cm以内の波長の長さの合計を意味する。これは、波高10cm以内の比率も同様である。
【0028】
上記波高、工具用鋼板の長さ方向の中心部、および波高20cm以内の比率を、
図1に詳しく示す。
図1は、本発明の一実施形態に係る波高の高さを図式化したものである。
【0029】
加えて、鋼板の長さ方向の波高が20cm以内の波高が90%以上の場合、鋼板の位置ごとの硬度偏差が大きくないので、この後、鋼板を加工する後工程段階で生産性を向上させることができる。特に、冷間圧延時、クラックの発生を防止することができる。
【0030】
鋼板の長さ方向の波高が20cmを超えるか、90%未満の場合、この後、コイル状に巻取るとき、巻取形状が不良となることがある。これは、運送および巻戻し作業の際、素材の欠陥を誘発することがある。
【0031】
加えて、工具用鋼板の厚さと波高の組み合わせ(波高X厚さ2)値は、2cm3以下であってもよい。より具体的には、鋼板の厚さに応じて波高が異なることがあるので、厚さと波高の組み合わせ値は、2cm3以下であってもよい。
【0032】
より具体的には、(波高X厚さ2)値が2cm3以下の場合、後続工程で波高による形状不良の改善が可能な水準であり、これによって、平らで一定の大きさの製品を製造することができる。
【0033】
また、上記特徴を満足する本発明の一実施形態の工具用鋼板の厚さは、5mm以下であってもよい。このとき、工具用鋼板は、熱間圧延済みの熱延鋼板であってもよいし、鋼板の厚さは、熱間圧延された鋼板の厚さであってよい。
より具体的には、工具用鋼板の厚さが5mmを超える場合、後続工程で冷間圧延のための圧下率が増加するので、実歩留まりが向上したり、作業性に劣ることがある。
【0034】
反面、本発明の一実施形態に係る工具用鋼板は、位置ごとの硬度偏差が大きくないことによって、鋼板の形状が比較的きれいであるので、5mm以下の厚さで提供することができる。
【0035】
本発明の他の実施形態に係る工具用鋼板の製造方法は、スラブの全100重量%に対して、C:0.4~0.6重量%、Si:0.05~0.5重量%、Mn:0.1~1.5重量%、V:0.05~0.5重量%、Ni、Cr、Mo、およびこれらの組み合わせを含む群から選択された1種または2種以上の成分:0.1~2.0重量%、残部Feおよびその他不可避不純物を含むスラブを準備する段階;スラブを再加熱する段階;再加熱されたスラブを熱間圧延して熱延鋼板を得る段階;得られた熱延鋼板を冷却する段階;冷却された鋼板を巻取ってコイルを得る段階;および巻取られたコイルを冷却する段階を含むことができる。
【0036】
まず、全100重量%に対して、C:0.4~0.6重量%、Si:0.05~0.5重量%、Mn:0.1~1.5重量%、Ni:0.05~1.0重量%、Cr:0.5~2.0重量%、Mo:0.5~2.0重量%、V:0.05~0.3重量%、残部Feおよびその他不可避不純物を含むスラブを準備する段階を実施できる。
【0037】
このとき、Mnは、0.1~1.0重量%であってもよく、前記Niは、0.5~1.0重量%であってもよいし、前記Crは、0.7~2.0重量%であってもよい。加えて、前記Moは、0.5~1.5重量%であってもよく、前記Vは、0.05~0.2重量%であってもよい。
上記スラブの成分および組成範囲の限定による理由は、前述した本発明の一実施形態の工具用鋼板の成分および組成範囲を限定した理由と同じである。
【0038】
この後、上記スラブを再加熱する段階を実施できる。
より具体的には、上記スラブは、1200~1300℃の温度範囲まで再加熱することができ、この温度範囲で再加熱することによって、不均一な鋳造組織を均一組織に作れるだけでなく、熱間圧延のための十分に高い温度を期待することができる。
【0039】
この後、上記再加熱されたスラブを熱間圧延して熱延鋼板を得る段階を実施できる。このとき、スラブは、900~1200℃の温度範囲で圧延される。
【0040】
上記段階により得られた熱延鋼板の厚さは、5mm以下であってもよい。
より具体的には、本発明の一実施形態に係る工具用鋼板は、位置ごとの硬度偏差が大きくなくて、クラックの発生なしに5mm以下の熱延鋼板を得ることができる。上記厚さの熱延鋼板を得ると、この後、冷間圧延のような後続工程で実歩留まりを減少させて作業性を向上させることができる。
【0041】
この後、上記得られた熱延鋼板を冷却する段階を実施できる。
より具体的には、上記得られた熱延鋼板を熱間圧延終了後15秒以内に20~40℃/secの速度で冷却する1次冷却段階;および前段冷却された熱延鋼板を前段冷却後30秒以内に5~10℃/secの速度で冷却する2次冷却段階を含むことができる。
【0042】
さらに具体的には、上記のように得られた熱延鋼板を1次および2次冷却に分けてそれぞれ異なる速度で冷却することによって、圧延終了後に不必要に形成されるスケールを低減し、所望の温度まで冷却することができる。
【0043】
次に、上記冷却された鋼板を巻取ってコイルを得る段階を実施できる。この段階は、下記数式1による、Tc(℃)以上の温度範囲で行われる。
[数式1]
Tc(℃)=880-300*C-80*Mn-15*Si-45*Ni-65*Cr-85*Mo
ただし、上記C、Mn、Si、Ni、Cr、およびMoは、スラブの全100重量%に対する各成分の重量%を意味する。
【0044】
より具体的には、上記冷却された鋼板を巻取ってコイルを得る段階は、数式1による、Tc(℃)以上650℃以下の温度範囲で行われる。巻取温度を数式1のように制御する理由は、巻取り前にベイナイト変態を抑制するためである。上記のように制御することによって、巻取り後に十分な時間をもって均一な微細組織を得るようになって、良好な形状の鋼板を製造することができる。
【0045】
この後、上記巻取られたコイルを冷却する段階を実施できる。
より具体的には、コイルは、0.005~0.05℃/secの速度で冷却できる。このとき、コイルの微細組織は、オーステナイト組織からベイナイト組織に変態することができ、その結果、コイルの内巻部および外巻部ともベイナイト均一組織であってもよい。
【0046】
さらに具体的には、コイルの全微細組織100分率%に対して、70%以上のベイナイト組織、残部はフェライトおよびパーライトの混合組織からなるものであってもよい。さらに具体的には、コイルの全微細組織100分率%に対して、90%以上のベイナイト組織、残部はフェライトおよびパーライトの混合組織からなるものであってもよい。
また、巻取られたコイルを上記速度のように冷却することによって、均一な微細組織を得ることができる。
【0047】
上記方法で製造された工具用鋼板のロックウェル硬度は、36~41HRCであってもよく、工具用鋼板の位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、5HRC以内であってもよい。より具体的には、工具用鋼板の位置ごとのロックウェル硬度の偏差は、3HRC以内であってもよい。
また、工具用鋼板の長さ方向の波高は、20cm以内であってもよいし、工具用鋼板の厚さと波高の組み合わせ(波高X厚さ2)値は、2cm3以下であってもよい。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を通じて詳細に説明する。ただし、下記の実施例は本発明を例示するものに過ぎず、本発明の内容が下記の実施例によって限定されるものではない。
【0049】
下記表1の組成を有するスラブを準備した後、1250℃でスラブを再加熱した。再加熱されたスラブを3.5mmの厚さに熱間圧延後、下記表2の条件で熱延鋼板を冷却した。
このとき、1次冷却および2次冷却は、熱間圧延された鋼板を水冷や空冷で冷却する段階である。この後、1次および2次冷却された鋼板を、下記表2の条件により巻取ってコイルを得た。最後に、巻取られたコイル全体を空冷した。
より具体的には、熱延鋼板を熱間圧延終了後15秒以内に水冷して1次冷却した。1次冷却後30秒以内に鋼板を空冷して2次冷却した。このとき、冷却速度は、下記表2に開示された通りである。
【0050】
また、熱延鋼板を冷却した後、数式1以上の温度範囲で巻取ってコイルを得ており、この後、下記表2に開示された速度で巻取られたコイルを冷却した。
さらに具体的には、
図2に、本発明の他の実施形態に係る鋼板の温度履歴をグラフに示す。したがって、再加熱-熱間圧延-1次冷却-2次冷却-巻取られたコイルを冷却する段階の温度変化率を知ることができる。
【0051】
【0052】
【0053】
【0054】
本発明の一実施形態に係る工具用鋼板の成分および組成と他の実施形態に係る工具用鋼板の製造方法の条件をすべて満足する実施例1~5の場合、硬度偏差が3HRC以内および波高20cm以内の比率が90%以上で、位置ごとの組織および物性の偏差が少ないことが分かる。これによって、本発明に係る実施例の場合、形状に優れた鋼板が製造されたことが分かる。
【0055】
反面、比較例1および2は、鋼中の炭素の含有量が低く、数式1によるベイナイト形成温度が高いことが分かる。したがって、比較例1および2は、巻取り前にベイナイトに一部変態し、巻取り後の冷却時に追加的にベイナイトに変態するにつれて位置ごとの硬度偏差が大きく、波高が大きい形状の鋼板が製造されたことが分かる。
また、比較例3は、1次冷却速度が遅く巻取温度が高くて硬度が低く、偏差が大きくて波高が大きいことが明らかになった。さらに、比較例4は、巻取り後のコイルの冷却速度が速くて硬度が高く、偏差が大きくて波高が大きいことが明らかになった。
【0056】
また、比較例5および7は、巻取温度が低くて、巻取り前にベイナイトが一部変態し、巻取り後の冷却時に追加的にベイナイトが変態するにつれて位置ごとの硬度偏差が大きく、波高が大きいことが明らかになった。
【0057】
さらに、比較例6は、巻取り後のコイルの冷却速度が遅くて硬度が低く、位置ごとの硬度偏差が大きくて波高が大きいことが明らかになった。
また、比較例8は、炭素の含有量が少なくて変態温度が高く、速やかに進行して巻取り前に変態が始まることが明らかになった。これによって、硬度が低く、波高も大きいことが明らかになった。
【0058】
これは、
図3に示すものからも確認できる。
図3は、本発明の実施例と比較例により製造された形状を比較して示すものである。
より具体的には、本発明の一実施形態により製造された実施例の場合、比較例で現れる波高に比べて大きくないことを明確に確認できる。
【0059】
以上、添付した図面を参照して本発明の実施例を説明したが、本発明の属する技術分野における通常の知識を有する者は、本発明がその技術的な思想や必須の特徴を変更することなく他の具体的な形態で実施可能であることを理解するであろう。
そのため、以上に述べた実施例はあらゆる面で例示的なものであり、限定的ではないと理解しなければならない。本発明の範囲は、上記の詳細な説明よりは後述する特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲の意味および範囲、そしてその均等概念から導出されるあらゆる変更または変更された形態が本発明の範囲に含まれると解釈されなければならない。