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特許7069373飛行時間型質量分析計および質量分析方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-09
(45)【発行日】2022-05-17
(54)【発明の名称】飛行時間型質量分析計および質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/40 20060101AFI20220510BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20220510BHJP
   H01J 49/06 20060101ALI20220510BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20220510BHJP
【FI】
H01J49/40 600
H01J49/00 090
H01J49/06 700
H01J49/40 100
H01J49/00 500
H01J49/00 720
G01N27/62 E
【請求項の数】 25
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2021032297
(22)【出願日】2021-03-02
(65)【公開番号】P2021141063
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2021-03-16
(31)【優先権主張番号】2002968.2
(32)【優先日】2020-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】508306565
【氏名又は名称】サーモ フィッシャー サイエンティフィック (ブレーメン) ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100095898
【弁理士】
【氏名又は名称】松下 満
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【弁理士】
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(72)【発明者】
【氏名】ハミッシュ スチュアート
(72)【発明者】
【氏名】ドミトリー グリンフェルト
(72)【発明者】
【氏名】アレクサンダー マカロフ
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-059966(JP,A)
【文献】特表2016-516185(JP,A)
【文献】特開2007-173229(JP,A)
【文献】特表2010-509744(JP,A)
【文献】特表2012-506126(JP,A)
【文献】特開2010-032227(JP,A)
【文献】特開2010-073331(JP,A)
【文献】米国特許第09136100(US,B2)
【文献】特表2015-527569(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0077076(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0035551(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0108879(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0194296(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00-49/48
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
飛行時間型質量分析計であって、
イオン経路に沿って進むイオンビームを形成するためのパルスイオン注入機と、
前記イオンビーム内の検出器に到着するイオンを、それらのm/z値に従った時点で検出するための検出器と、
前記イオン注入機と前記検出器との間に位置決めされる、前記イオンビームを前記イオン経路に直交する少なくとも一方向に集束させるためのイオン集束装置と、
前記イオン集束装置に、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態に依存する少なくとも1つの可変電圧を供給するための可変電圧電源と、
を備える、飛行時間型質量分析計。
【請求項2】
前記電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記電圧を、前記検出器および/または前記イオンビーム内の電荷を測定するための電荷測定デバイスを用いて捕捉される、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態に関するデータに基づいて変えるように構成される、請求項1に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項3】
前記電圧電源を制御するために、前記イオンビーム内の少なくとも1つの種の電荷状態に関するデータを用いるように構成されるコントローラをさらに備える、請求項1または請求項2に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項4】
前記コントローラは、MS2分析におけるプロダクトイオンの少なくとも1つの電荷状態を、MS1分析において捕捉される親イオンの少なくとも1つの電荷状態から予測するように構成される、請求項3に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項5】
前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記可変電圧を、前記イオン注入機からのイオンパルスの1つのm/zスキャンから、前記イオン注入機からの別のイオンパルスの後続スキャンへ変えるように構成される、請求項1~4のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項6】
前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記可変電圧を、前記イオン注入機からのイオンのパルスのプレスキャンから捕捉される前記イオンビーム内のイオンの電荷状態データに基づいて変えるように構成される、請求項1~5のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項7】
前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記可変電圧を、前記イオン注入機からのイオンのパルスのm/zスキャン内で変えるように構成される、請求項1~6のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項8】
前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記電圧を、前記イオン注入機からのイオンのパルスのm/zスキャンの間に前記イオンからオンザフライで捕捉される、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態に関するデータに基づいて変えるように構成される、請求項7に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項9】
前記少なくとも1つの可変電圧は、異なる電荷状態のイオンの前記集束装置における到着時間に相関される時間依存方式で可変である、請求項7または請求項8に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項10】
前記イオンの前記電荷状態は、多価状態を含み、かつ前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記可変電圧を、前記多価状態の前記イオンの空間分散を一価イオンの空間分散へと正規化すべく変えるように構成される、請求項1~9のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項11】
前記少なくとも1つの電荷状態は、単一イオン種の電荷状態である、請求項1~10のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項12】
前記少なくとも1つの電荷状態は、異なるイオン種の複数の電荷状態である、請求項1~10のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項13】
前記少なくとも1つの電荷状態は、複数の異なるイオン種の代表的な電荷状態である、請求項1~12のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項14】
前記代表的な電荷状態は、前記複数の異なるイオン種の平均電荷状態である、請求項13に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項15】
前記イオンビームを前記イオン経路に沿って反射するように構成される少なくとも1つのイオンミラーをさらに備える、請求項1~14のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項16】
前記イオンビームを前記イオン経路に沿って複数回反射するように構成される複数のイオンミラーをさらに備える、請求項15に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項17】
離隔されかつ方向Xにおいて互いに対向する2つのイオンミラーをさらに備え、各ミラーは、概して、前記方向Xに直行するドリフト方向Yに沿って伸長され、前記イオンビームが前記ドリフト方向Yにドリフトする間に、前記イオンビームを前記イオンミラー間で前記方向Xに複数回反射することによりジグザグなイオン経路を提供するように構成される、請求項16に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項18】
前記イオン経路は、平面内に存在し、かつ前記イオン集束装置の目的は、前記イオンビームを前記平面内の一方向に集束することにある、請求項1~17のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項19】
前記イオン経路は、平面内に存在し、かつ前記イオン集束装置の目的は、前記イオンビームを前記平面外の一方向に集束することにある、請求項1~18のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項20】
前記イオン集束装置は、少なくとも1つのイオン集束レンズを備え、かつ前記電圧電源の目的は、少なくとも1つの可変電圧を前記少なくとも1つのイオン集束レンズに供給することにあり、前記少なくとも1つのイオン集束レンズは、トランスアキシャルレンズ、アインツェルレンズおよび多極子レンズから選択される、請求項1~19のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項21】
前記イオン経路に沿って、前記イオンビームを反射するように構成される少なくとも1つのイオンミラーを備え、前記少なくとも1つのイオン集束レンズは、前記少なくとも1つのイオンミラーにおける第1の反射の前に位置決めされる、請求項1~20のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項22】
前記イオンビームを複数回反射するように構成される複数のイオンミラーをさらに備え、前記イオン集束装置の少なくとも1つのイオン集束レンズは、前記イオンミラーにおける第1の反射の後、かつ第5の反射の前に位置決めされる、請求項21に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項23】
前記イオン注入機の上流にイオンのMS2分析を実行するためのイオン・フラグメンテーション・デバイスをさらに備え、前記電圧電源は、MS2分析において前記イオン集束装置に供給される電圧を、前記MS2分析に先行して実行されたイオンのMS1分析から導出される少なくとも1つのプロダクトイオン種の電荷状態に関するデータに基づいて変えるように構成される、請求項1~22のいずれか一項に記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項24】
質量分析方法であって、
パルスイオン注入機から、イオン経路に沿って進むイオンビームを形成することと、
前記イオンビーム内の検出器に到着するイオンを、それらのm/z値に従った時点で検出することと、
前記イオン注入機と前記検出器との間に位置決めされるイオン集束装置を用いて、前記イオンビームを前記イオン経路に直交する少なくとも一方向に集束させることと、
前記イオン集束装置に、可変電圧電源から少なくとも1つの可変電圧を供給することと
を含み、
前記可変電圧は、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態に依存する、質量分析方法。
【請求項25】
前記少なくとも1つの可変電圧の、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の前記電荷状態に対する依存性は、較正から決定されていて、前記較正は、前記イオン集束装置に供給される可変電圧を有するイオンの1つまたは複数の較正混合物を検出し、異なる電荷状態について、検出されたm/z値および/またはピーク強度の前記可変電圧に対する依存性を決定することを含む、請求項24に記載の質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、飛行時間型質量分析の分野に関する。本開示の態様は、飛行時間型質量分析計および飛行時間型質量分析の方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型(ToF)質量分析計は、飛行経路に沿った飛行時間に基づいてイオンの質量電荷比(m/z)を決定するために広く使用されている。ToF質量分析計では、パルスイオン注入機によって短いイオンパルスが生成され、規定のイオン飛行経路沿いに真空空間を介してイオン検出器へ達するように方向付けられるイオンビームが形成される。各イオンパルス内のイオンは、イオンのm/zに依存する飛行経路沿いの飛行時間に基づいて分離され、m/zが異なる時間分離された短いイオンパケットとして検出器に到達する。検出器は、イオンの到着時間を、到着するイオンの存在量と共に検出し、このデータをデータ収集システムに保存する。質量スペクトルは、この収集されたToFデータから生成可能である。
【0003】
改善されたm/z分解能(質量分解能とも称される)は、広範な用途用の質量分析計にとって、特にたとえばプロテオミクスおよびメタボロミクスなどの生物科学用途に関して、重要な属性である。ToF質量分析計の質量分解能は、イオンの焦点特性が一定であると仮定すると、イオンの飛行経路の長さに比例して増加することが知られている。したがって、ToF質量分析計内の飛行経路の延長は、イオンの飛行時間分離を増加させ、かつこれによりイオン間の小さいm/z差を区別する能力を向上させるために望ましいものである。
【0004】
分光計の全体サイズを大幅に増加させることなく、質量分析計内のイオンの飛行経路を延長するための装置は、イオンの単一または複数の反射を利用する様々なものが知られている。例は、米国特許第9136100号明細書、旧ソ連特許第1725289号明細書、英国特許第2478300号明細書、英国特許第2403063号明細書、国際公開出願第2008/047891号パンフレットおよび米国特許第9136101号明細書に開示されている。
【0005】
残念ながら、イオンは、イオンのエネルギー分布および空間電荷の相互作用によって飛行中に拡散する可能性があり、これにより、飛行が長いシステムでは、イオンが分析器から失われる、または異常な飛行時間で検出器に到達する可能性がある。
【0006】
米国特許第8212209号明細書および米国特許出願公開第2016/0111271A1号明細書には、イオン質量による無収差集束およびビーム拡がりに対処する、ToF質量分析計用の時間依存性レンズ電圧が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】米国特許第9136100号明細書
【文献】旧ソ連特許第1725289号明細書
【文献】英国特許第2478300号明細書
【文献】英国特許第2403063号明細書
【文献】国際公開出願第2008/047891号
【文献】米国特許第9136101号明細書
【文献】米国特許第8212209号明細書
【文献】米国特許出願公開第2016/0111271A1号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の背景技術に対し、本開示を提供する。
【0009】
本開示の態様は、多価イオンのパケットは飛行中の分散が少なく、したがって、電荷密度が高くなる結果、より強い空間電荷効果を被る可能性がある、という問題に対処する。同様に、多数のイオンから成るイオンパケットは、電荷密度が高くなる結果として空間電荷効果を被る可能性がある。このような空間電荷効果は、分光計の質量分解能を低下させ、かつ/またはイオン透過に悪影響を及ぼす可能性がある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示は、ある態様において、請求項1に記載の飛行時間型質量分析計を提供する。本開示は、別の態様において、請求項24に記載の飛行時間型質量分析方法を提供する。本開示の他の態様は、さらなる請求項に記載され、以下で説明する。
【0011】
本開示により提供される飛行時間型質量分析計は、イオン経路に沿って進むイオンビームを形成するためのパルスイオン注入機と、イオンビーム内の検出器に到着するイオンを、それらのm/z値に従った時点で検出するための検出器と、イオン注入機と検出器との間に位置決めされる、イオンビームをイオン経路に直交する少なくとも一方向に集束させるためのイオン集束装置と、イオン集束装置に、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または量に依存する少なくとも1つの可変電圧を供給するための可変電圧電源と、を備える。
【0012】
本開示により提供される飛行時間型質量分析方法は、パルスイオン注入機から、イオン経路に沿って移動するイオンビームを形成することと、イオンビーム内の、そのm/z値に従った時刻で検出器に到達するイオンを検出することと、イオン注入機と検出器との間に位置決めされるイオン集束装置を用いて、イオンビームをイオン経路に直交する少なくとも一方向に集束させることと、イオン集束装置に、可変電圧電源からの少なくとも1つの可変電圧を供給すること、を含み、該可変電圧は、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または量に依存する。
【0013】
本開示の飛行時間型質量分析計は、本開示の方法を実行するために使用され得る。よって、飛行時間型質量分析計の機能は、本方法にも準用される。
【0014】
本開示によれば、イオン集束装置に印加される電圧は、検出が望まれる少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または量へと最適化されることが可能である。したがって、印加される電圧は、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または量の関数であり得る。電圧は、少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態のみの関数であっても、イオンの量のみの関数であっても、電荷状態および量の双方の関数であってもよい。たとえば、飛行中の分散が少ない多価イオンの検出が望まれる場合、電圧は、イオン経路に直交する少なくとも一方向においてイオンの空間分散を増加させかつこれにより、多価イオンのパケットに固有の空間電荷効果を低減させる値に調整されることが可能である。多価イオンという用語は、2+、3+、4+...、または、2-、3-、4-...他などの2以上の電荷状態を有するイオンを指す。イオン集束装置に印加される電圧が一価イオンの検出用に最適化される場合、ビーム内の多価イオンの空間分散は、可変電圧により、多価イオンの空間分散よりも増加され得る。同様に、多数のイオンから成るイオンパケット(すなわち、質量スペクトルにおける高いピーク強度)の検出を最適化するために、電圧は、同様に、イオンビームの空間分散を増加させて空間電荷効果を低減するように調整されることが可能である。このようにして、質量分解能および/またはイオン透過は、複数の電荷状態および/または多数のイオンを有する1つまたは複数のイオン種用に改良されることが可能である。可変電圧は、たとえば、あるイオン種の電荷状態が、少なくとも2、または3、または4、または5、または10、または20(たとえば、+2、または+3、または+4、または+5、...、または+10、または10+を超えるもの)などの閾値を超える場合、調整され得る。可変電圧は、たとえば、イオンの種の量が閾値を超えている場合(たとえば、ピークが閾値を超える信号/雑音(S/N)値または強度を有し、それが望ましくない空間電荷効果を引き起こし得る(好ましくは、引き起こすものと決定されている)場合)に、調整され得る。
【0015】
イオン種の電荷状態は、様々な方法で取得することができる。電荷状態は、電荷状態の概算値であることも、正確な値であることも可能である。電荷状態は、予測された電荷状態であることも、測定された電荷状態であることも可能である。イオンの電荷状態は、たとえば、イオンの生成に使用されるサンプルのタイプに関する事前の知識から予測することができる。MS2のプロダクトイオンの電荷状態は、測定された前駆体の電荷状態から予測することができる。イオンの電荷状態は、たとえば、検出器により取得される質量スペクトルの分析から測定することができる。THRASHおよび高度ピーク検出などの日常的に使用されるアルゴリズムは、スペクトルからのイオン電荷状態の決定に用いることができる。電荷状態は、異なる同位体種の質量スペーシングから、または同じイオンの異なる電荷状態のスペーシングから推測されてもよい。あるイオン種のイオンの量は、様々な方法で、たとえば、検出器により取得される質量スペクトルにおけるそのイオン種の測定されたピーク強度から取得することができる。したがって、実施形態によっては、プレスキャン(すなわち、質量スペクトル)をまず捕捉して、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または量に関するデータが取得される。データは、次に、可変電圧電源を適宜制御するために使用される。
【0016】
飛行時間型質量分析計は、典型的には、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の少なくとも1つの電荷状態および/または量に関するデータ(本明細書では、各々電荷状態データおよびピーク存在量データと称する)を用いて可変電圧電源を制御するように構成されるコントローラをさらに備える。コントローラは、典型的には、制御信号を用いて可変電圧電源を制御する。コントローラは、典型的には、コンピュータを備える。コンピュータは、典型的には、可変電圧電源を、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の少なくとも1つの電荷状態および/または量に関するデータに従って制御するようにプログラムされる。コントローラは、MS2分析におけるプロダクトイオンの少なくとも1つの電荷状態を、MS1分析において捕捉される親イオンの少なくとも1つの電荷状態から予測するように構成されてもよい。親イオンの電荷状態は、質量スペクトルの分析からのMS1分析において、たとえばTHRASHまたは高度ピーク検出を用いて捕捉されてもよい。プロダクトイオンの電荷状態は、たとえば、親イオンのフラグメンテーション知識またはフラグメンテーション挙動に関する規則を用いて予測されてもよい。コントローラ、たとえばそのコンピュータは、検出器により捕捉される、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の少なくとも1つの電荷状態および/または量に関するデータが、コントローラにより可変電圧電源を制御するために使用可能であるように、検出器へ通信可能に連結されてもよい。
【0017】
電圧電源は、イオン集束装置に供給される電圧を、イオンビーム内の電荷を測定するための検出器および/または電荷測定デバイスにより捕捉される電荷状態データおよび/またはピーク存在量データに基づいて変えるように構成されてもよい。電荷測定デバイスは、好ましくは、イオン集束装置の上流に位置決めされ、かつイオン経路内に、またはイオン経路に隣接して位置決めされてもよい。電荷測定デバイスは、たとえば、イオン経路内に位置決めされるグリッド、またはイオン経路に隣接して位置決めされる画像電流測定デバイスを備えてもよい。
【0018】
電圧電源は、イオン集束装置に供給される電圧を、イオン注入機からのイオンパルスの1つのm/zスキャンから、イオン注入機からの別のイオンパルスの後続スキャンへ変えるように構成されてもよい。スキャンは、単一パルスにおけるイオンの検出を含む。すなわち、電圧は、スキャンごとに変えられてもよい。
【0019】
電圧電源は、イオン集束装置に供給される電圧を、イオン注入機からのイオンのパルスの1つのm/zスキャン内で変えるように構成されてもよい。すなわち、電圧は、1つのスキャン内で変えられてもよい。たとえば、電圧は、イオン集束装置におけるイオン種の到着と同期して変えられてもよい。
【0020】
電圧電源は、イオン集束装置に供給される電圧を、イオン注入機からのイオンのパルスのプレスキャン(すなわち、同一サンプルのイオンのプレスキャン)から捕捉されるイオンビーム内のイオンの電荷状態データおよび/またはピーク存在量データに基づいて変えるように構成されてもよい。
【0021】
電圧電源は、イオン集束装置に供給される電圧を、イオン注入機からのイオンのパルスのm/zスキャンの間にたとえば上流の電荷測定デバイスを用いてイオンからオンザフライで捕捉される、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態および/または量に関するデータに基づいて変えるように構成されてもよい。少なくとも1つの可変電圧は、異なる電荷状態および/または異なる空間電荷のイオンの集束装置における到着時間に相関される時間依存方式で可変であってもよい。
【0022】
少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または数に基づいて印加されるべき電圧は、較正手順によって決定されてもよい。たとえば、1つまたは複数の較正混合物をイオン化して、イオンの1つまたは複数の較正混合物が提供されてもよく、これらは、分光計によって質量分析され、すなわち、m/zに従って検出器により検出される。較正混合物は、典型的には、既知のm、zおよびm/zのイオンを形成する異なる分子種の既知の混合物を包含する。較正混合物の一例は、Thermo Fisher Scientific(商標)から市販されているPierce(商標)FlexMix(商標)較正溶液であり、これは、主として一価イオンを提供する正および負双方のイオン化較正用に設計された16の高純度イオン化可能成分(質量範囲:50~3000m/z)の混合物である。多価イオンを提供するための較正溶液は、たとえばタンパク質混合物を含有することが可能であり、較正溶液において一般的に使用されるタンパク質には、ユビキチン、ミオグロビン、シトクロムCおよび/または炭酸脱水酵素が含まれるが、較正混合物には、必要に応じて他の多くのタンパク質および/またはペプチドを使用可能である。たとえば、Pierce(商標)Retention Time較正混合物は、15の既知のペプチドの混合物を含有する。較正混合物は、好ましくは、ある範囲の異なる質量、電荷状態および存在量(ピーク強度)、特に分光計により分析されるべきサンプルにおいて予測される大部分の質量、電荷状態およびイオン存在量をカバーする範囲、を有するイオンを生成する分子種を含む。したがって、イオンの較正混合物は、少なくとも2つの異なるイオン種、好ましくは少なくとも5つ、または少なくとも10の異なるイオン種について、イオンの少なくとも異なる電荷状態および/または量を含む。
【0023】
較正手順は、イオン集束装置に印加される様々な電圧において実行される、異なるイオン質量(m)、電荷状態(z)およびピーク強度について電圧変動に対する記録されたm/z値およびスペクトルピーク強度の依存性を決定するためのイオンの1つまたは複数の較正混合物の質量分析(質量スペクトルの記録)を含んでもよい。これにより、多次元データセットが生成される。所与のm、zおよび/または強度のイオンについてイオン集束装置へ印加するための最適な電圧は、これにより得ることができる。本開示の態様によっては、1つまたは複数の較正混合物を用いる追加的または代替的な較正手順が実行されてもよく、この場合、記録されたm/z値およびピーク強度の依存性は、イオン注入機(イオントラップ)内の圧力および/または電圧変動について決定される。前述の依存性は、関数(たとえば、スプラインなどの滑らかな関数)で近似されてもよい。コンピュータを備えるコントローラは、こうした関数を決定し得る。これらの関数は、電荷状態、イオン数、他に依存する可変電圧、他を調整するために使用されてもよい。近似関数は、捕捉された質量スペクトルを補正するために、たとえばスペクトルの保存に先行して使用されてもよい。好ましくは、決定される多次元依存性は、このような関数(たとえば、スプライン)によって近似され、かつこれらの保存に先行して、捕捉された質量スペクトルのオンライン補正に使用されてもよい。
【0024】
したがって、ある態様において、本開示は、記載されているような質量分析方法を提供し、この場合、少なくとも1つの可変電圧の、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または量に対する依存性は、較正から決定されていて、該較正は、イオン集束装置に供給される可変電圧を有するイオンの1つまたは複数の較正混合物を検出し、イオンの異なる電荷状態および量について、検出されたm/z値および/またはピーク強度の可変電圧に対する依存性を決定することを含む。
【0025】
少なくとも1つのイオン種の電荷状態は、多価状態を含んでもよく、かつ電圧電源は、イオン集束装置に供給される電圧を、多価状態のイオンの空間分散を一価イオンの空間分散へと正規化すべく変えるように構成されてもよい。換言すれば、イオン集束装置に供給される電圧は、多価イオン種の空間分散を一価イオンの平均空間分散と略同じにするように調整されてもよい。
【0026】
実施形態によっては、少なくとも1つの電荷状態は、単一イオン種の電荷状態であってもよい。幾つかの他の実施形態では、少なくとも1つの電荷状態が、異なるイオン種の複数の電荷状態であってもよい。少なくとも1つの電荷状態は、複数の異なるイオン種の代表的な電荷状態を含んでもよい。たとえば、代表的な電荷状態は、異なる電荷状態を有する複数の異なるイオン種の平均電荷状態であってもよい。このように、印加される電圧は、異なる電荷状態を有する幾つかの異なるイオン種の最適電圧間の妥協点であってもよい。同様に、所定の実施形態では、イオンの少なくとも1つの量は、単一のイオン種のイオンの量であってもよい。所定の他の実施形態において、イオンの少なくとも1つの量は、異なるイオン種のイオンの複数の量であってもよい。イオンの少なくとも1つの量は、複数の異なるイオン種のイオンの代表的な量を含んでもよい。たとえば、イオンの代表的な量は、イオンビーム内に存在する異なる量(異なる存在量)のイオンを有する複数の異なるイオン種のイオンの平均量であってもよい。このように、印加される電圧は、異なる存在量を有する幾つかの異なるイオン種の最適電圧間の妥協点であってもよい。
【0027】
イオンビームは、1つまたは複数の反射、好ましくは、イオン経路に沿った複数の反射を受け得る。一部の多重反射実施形態において、イオンビーム経路は、ジグザグ経路を辿ってもよい。イオン経路は、平面内に存在してもよく、集束装置は、イオンビームを、該平面内にある(イオン経路に直交する)方向および/または面外方向に集束してもよい。したがって、飛行時間型質量分析計は、好ましくは、イオンビームをイオン経路に沿って反射するように構成される少なくとも1つのイオンミラーをさらに備える。また、飛行時間型質量分析計は、好ましくは、イオンビームをイオン経路に沿って複数回反射するように構成される複数のイオンミラーもさらに備える。したがって、飛行時間型質量分析計は、単一反射または多重反射の飛行時間型質量分析計であってもよい。
【0028】
実施形態によっては、飛行時間型質量分析計は、離隔されかつ方向Xにおいて互いに対向する2つのイオンミラーを備えてもよく、各ミラーは、概して、方向Xに直行するドリフト方向Yに沿って伸長され、イオンビームがドリフト方向Yにドリフトする間に、イオンビームをイオンミラー間で方向Xに複数回反射することによりジグザグなイオン経路を提供するように構成される。このような離隔されたミラーは、互いに平行であっても、非平行(すなわち、斜め)であってもよい。イオン経路は、X-Y平面内に存在してもよく、集束装置の目的は、イオンビームを、該X-Y平面内にある方向および/または面外方向に集束することであってもよい。パルスイオン注入機は、イオンのパルスを、イオンミラー間の空間にX方向に対して非ゼロの傾斜角で注入してもよく、これにより、イオンは、ジグザグなイオン経路を辿るイオンビームを形成し、かつドリフト方向Yに沿ってドリフトしながらイオンミラー間で方向XにおいてN回の反射を受ける。Nは、2以上の整数値である。したがって、イオンビームは、ドリフト方向Yに沿ってドリフトしながら、イオンミラー間で方向Xにおいて少なくとも2回の反射を受ける。好ましくは、イオンミラーにおける、イオン注入機から検出器までのイオン経路に沿ったイオン反射の回数Nは、少なくとも3、または少なくとも10、または少なくとも30、または少なくとも50、または少なくとも100である。好ましくは、イオンミラーにおける、イオン注入機から検出器までのイオン経路に沿ったイオン反射の回数Nは、2~100、3~100もしくは10~100、または100超であって、たとえば、(i)3~10、(ii)10~30、(iii)30~100、(iv)100超のグループのうちの1つである。分光計内へ注入されるイオンは、好ましくは、ミラーが伸長するY方向を下方へ(+Y方向へ)流れながら、ミラー間で繰り返しX方向の前後に反射される。所定の実施形態では、幾つかの(典型的には、N/2回の)反射の後、イオンは、Yに沿ってドリフト速度が反転され得、よってイオンは、検出器によって検出されるまでY方向に沿って(-Y方向へ)流れ戻りながら、ミラー間で繰り返しX方向の前後に反射される。イオンミラーのこのような配置は、米国特許第9136101号明細書に開示され、その内容は、その全体が本明細書に組み込まれる。
【0029】
イオン集束装置は、典型的には、少なくとも1つのイオン集束レンズを備え、または少なくとも1つのイオン集束レンズである。したがって、電圧電源は、この少なくとも1つのイオン集束レンズに少なくとも1つの可変電圧を供給するためのものである。少なくとも1つのイオン集束レンズは、次のタイプのレンズ、すなわち、トランスアキシャルレンズ、アインツェルレンズおよび多極子レンズ、から選択されてもよい。少なくとも1つのイオン集束レンズは、イオンミラーにおける第1の反射の前に配置されてもよい。このような実施形態において、飛行時間型質量分析計は、イオンミラーを1つしか持たなくてもよい。より一般的には、これらのタイプの実施形態において、分光計は、イオン経路に沿って、イオンビームを反射するように構成される少なくとも1つのイオンミラーを備えてもよく、この場合、少なくとも1つのイオン集束レンズは、少なくとも1つのイオンミラーにおける第1の反射の前に位置決めされる。少なくとも1つのイオン集束レンズは、イオンミラーにおける第1の反射の後、かつ第5の反射の前に位置決めされてもよい。このような実施形態において、飛行時間型質量分析計は、ビームがイオンミラーにおいて複数回の、好ましくは5回以上の反射を経験するように、イオンビームを複数回反射するように構成される複数のイオンミラー(たとえば、対向する2つのイオンミラー)を有する。
【0030】
好ましくは、イオン集束レンズ、または2つ以上の集束レンズが存在するレンズ群は、トランスアキシャルレンズを備え、トランスアキシャルレンズは、ビームの両側、たとえば方向Zにおけるビームの両側、に位置合わせされる1対の対向するレンズ電極を備え、Zは、イオン経路の平面を画定する方向Xおよび方向Yに垂直である。好ましくは、対向するレンズ電極は各々、円形、楕円形、準楕円形または円弧形の電極を備える。実施形態によっては、1対の対向するレンズ電極は各々、湾曲した縁部を有する電極によって生成される像面湾曲を模倣するために抵抗器チェーンによって分離された電極アレイを備える。実施形態によっては、対向するレンズ電極は各々、電気的に接地されたアセンブリ内に配置される。実施形態によっては、レンズ電極は各々、偏向器電極内に、但し偏向器電極から絶縁されて配置される。各偏向器電極は、電気的に接地されたアセンブリ内に配置されてもよい。偏向器電極は、イオンビームの偏向器として作用する台形の外部形状を有してもよい。実施形態によっては、イオン集束レンズは、多重極ロッドアセンブリを備える。実施形態によっては、イオン集束レンズは、アインツェルレンズ(一連の電気的にバイアスされた開口)を備える。
【0031】
幾つかの好ましい実施形態において、イオン集束装置は、2つ以上の集束レンズを備えてもよい。たとえば、イオン集束装置は、第1の集束レンズと、第1の集束レンズから離隔される第2の集束レンズとを備えてもよい。第1および第2の集束レンズは、可変電圧電源によってこれらに印加される異なる可変電圧を有してもよい。たとえば、第1の集束レンズは、イオン経路に直交する方向の発散レンズであってもよく、かつ第2の集束レンズは、イオン経路に直交する方向の収束レンズであってもよく、第2の集束レンズは、第1の集束レンズの下流にある。実施形態によっては、イオン集束装置は、イオンビームを集束するための、イオンミラーにおける第1の反射の前に位置合わせされる第1の集束レンズと、イオンミラーにおける第1の反射の後に位置合わせされる第2の集束レンズとを備え、特に、第1の集束レンズは発散レンズであり、第2の集束レンズは収束レンズである(すなわち、イオン経路に直行するイオンビーム幅に対して収束効果を有する)。
【0032】
飛行時間型質量分析計は、イオンのMS2分析を実行するためにイオン注入機の上流に位置決めされるイオン・フラグメンテーション・デバイス、たとえば、衝突誘起解離(CID)セルもしくは電子移動解離(ETD)セルまたは他の解離セル、をさらに備えてもよく、電圧電源は、MS2分析においてイオン集束装置に供給される電圧を、MS2分析に先行して実行されたイオンのMS1分析から導出される少なくとも1つのプロダクトイオン種の電荷状態および/または量に関するデータに基づいて変えるように構成される。このように、MS2(プロダクトイオン)スキャンにおける集束およびイオンビーム分散の調整は、先行するMS1(前駆体イオン)スキャンから捕捉された電荷状態または存在量データに基づいてもよい。
【0033】
パルスイオン注入機は、イオンのパルス射出を有するイオントラップ、直交加速器、MALDIソース、二次イオンソース(SIMSソース)またはToF質量分析計のための他の既知のパルスイオン注入機を備えてもよい。好ましくは、イオン注入機は、パルスイオントラップ、より好ましくは、直線イオントラップなどの線形イオントラップ、または曲線イオントラップ(C-トラップ)を備える。
【0034】
パルスイオン注入機は、概して、イオンソースからイオンを直接、または1つまたは複数のイオン光学デバイス(たとえば、イオンガイド、イオンレンズ、質量フィルタ、衝突セル、他のうちの1つまたはそれ以上)を介して間接的に受け取る。イオンソースは、サンプルをイオン化してイオンを形成する。適切なイオンソースは、技術上周知である。実施形態によっては、イオン注入機自体がイオンソース(たとえば、MALDIソース)であり得る。イオンソースは、複数のサンプル種、たとえばクロマトグラフからの分離されたサンプル種、をイオン化してイオンを形成してもよい。イオンは、1つのサンプルから、イオンソースの以下の非網羅的なリストのうちのいずれか、すなわち、エレクトロスプレーイオン化(ESI)、大気圧化学イオン化(APCI)、大気圧光イオン化(APPI)、グロー放電を伴う大気圧ガスクロマトグラフィ(APGC)、AP-MALDI、レーザ脱着(LD)、インレットイオン化、DESI、レーザアブレーション・エレクトロスプレーイオン化(LAESI)、誘導結合プラズマ(ICP)、レーザアブレーション誘導結合プラズマ(LA-ICP)ソース、他、のうちのいずれかによって生成され得る。これらのイオンソースはいずれも、イオンソースの上流にあるサンプル分離の以下の非網羅的なリストのうちのいずれか、すなわち、液体クロマトグラフィ(LC)、イオンクロマトグラフィ(IC)、ガスクロマトグラフィ(GC)、キャピラリゾーン電気泳動(CZE)、2次元GC(GCxGC)、2次元LC(LCxLC)、他、のうちのいずれかに結合され得る。
【0035】
パルスイオン注入機は、イオンの離散したパルスを生成し、すなわち、パルスイオン注入機は、イオンの連続的な流れではなく、イオンの非連続的なパルスを射出する。ToF質量分析の技術分野で知られているように、パルスイオン注入機は、サンプル/イオンソースからの上記イオンの少なくとも一部を含む短いイオンパルスを形成する。典型的には、イオン注入機には、イオンをミラーに注入するために加速電圧が印加され、該電圧は、1kV、2kV、3kV、4kVもしくは5kV、またはこれを超えるものなどの数kVであり得る。
【0036】
イオン集束装置は、対向するイオンミラー間に少なくとも部分的に位置決めされてもよい。実施形態によっては、イオン集束装置は、全体がミラー間(すなわち、ミラー間の空間内)に位置決めされ、他の実施形態では、イオン集束装置は、一部がミラー間に、かつ一部がミラー間の空間の外側に位置決めされる。たとえば、イオン集束装置の一方のレンズをイオンミラー間の空間の外側に位置決めし、イオン集束装置のもう一方のレンズをイオンミラー間に位置決めすることができる。
【0037】
検出器は、ToF質量分析用として技術上知られる適切なイオン検出器を備えてもよい。例としては、二次電子増倍管(SEM)検出器もしくはマイクロチャネルプレート(MCP)検出器、またはシンチレータ/光検出器に結合されるSEMまたはMCPを組み合わせた検出器が挙げられる。
【0038】
イオンミラーは、任意の既知のタイプの細長イオンミラーを備えてもよい。イオンミラーは、典型的には、静電イオンミラーである。ミラーは、グリッド付きであっても、グリッドレスであってもよい。好ましくは、ミラーは、グリッドレスである。イオンミラーは、典型的には平面イオンミラーであり、特に静電平面イオンミラーである。実施形態によっては、2つの平面イオンミラーが、たとえばミラーの長さの大部分または全体に渡ってドリフト方向Yに互いに平行である。実施形態によっては、イオンミラーは、ドリフト方向Yの短手長さに渡って平行でなくてもよい(たとえば、米国特許第2018-0138026A号明細書のように、イオン注入機に最も近いミラー入口端において)。ミラーは、典型的には、ドリフト方向Yに略同じ長さである。イオンミラーは、好ましくは、電場のない空間領域によって分離される。イオン光学ミラーは、互いに対向する。対向ミラーとは、ミラーが、第1のミラー内へ方向付けられたイオンが第1のミラーから第2のミラーに向けて反射され、第2のミラー内に入るイオンが第2のミラーから第1のミラーに向けて反射されるように配向されることを意味する。したがって、対向ミラーは、概して反対方向に配向されかつ互いに向き合う電場成分を有する。各平面ミラーは、好ましくは、複数の平行する細長い棒電極で作製され、これらの電極は、概して方向Yに延びている。ミラーのこのような構成は、たとえば旧ソ連特許第172528号明細書または米国特許第2015/0028197号明細書に記載されているように、技術上知られている。イオンミラーの細長電極は、取り付けられた金属棒として、またはPCB基部上の金属トラックとして設けられてもよい。細長電極は、飛行時間が計器内の温度変化に耐えるように、低い熱膨張係数を有するインバーなどの金属で作製されてもよい。イオンミラーの電極形状は、精密機械加工することも、ワイヤ侵食製造法により得ることもできる。本発明では、ミラー長(第1の段および第2の段双方の全長)を特に限定していないが、好ましい実践的な実施形態は、300~500mm、より好ましくは350~450mmの範囲の全長を有する。
【0039】
2つのイオンミラーは、各々、主に一方向Yに伸長されてもよい。伸長は、後述するように、直線状(すなわち、まっすぐ)であっても、非直線状(たとえば、曲線状、または曲線に近似するように一連の小さな段差を含むもの)であってもよい。各ミラーの伸長形状は、同じであっても、異なっていてもよい。好ましくは、各ミラーの伸長形状は、同じである。好ましくは、ミラーは、1対の対称ミラーである。伸長が直線状である場合、ミラーは互いに平行であり得るが、実施形態によっては、ミラーは互いに平行でなくてもよい。
【0040】
本明細書で説明するように、2つのミラーは、それらがX-Y平面内に存在するように、かつ両ミラーの細長寸法が概してドリフト方向Yに存在するように、互いに位置合わせされる。ミラーは、X方向で離隔され、互いに対向する。イオンミラー間の距離または空隙は、ドリフト距離の関数として、すなわちミラーの細長寸法であるYの関数として一定となるように便利に配置されることが可能である。このようにして、イオンミラーは、互いに平行に配置される。しかしながら、実施形態によっては、ミラー間の距離または空隙は、ドリフト距離の関数として、すなわちYの関数として変わるように配置されることが可能であり、両ミラーの細長寸法は、正確にはY方向に存在しないことになり、このため、ミラーは、概してドリフト方向Yに延在すると記載される。よって、概してドリフト方向Yに沿って延在するということは、主としてドリフト方向Yに沿って、または略沿って延在するとも理解され得る。本発明の実施形態によっては、少なくとも一方のミラーの細長寸法が、その長さの少なくとも一部に渡り方向Yに対して傾斜していてもよい。
【0041】
ミラー自体の機械的構成は、皮相的に見れば、Yの関数としてXにおいて一定の離間距離を維持するように見えるかもしれないが、平均反射面は、実際にはYの関数としてXにおいて異なる離間距離に存在してもよい。たとえば、対向イオンミラーのうちの一方または双方は、絶縁フォーマ(プリント回路基板など)の上に配設される導体トラックから形成されてもよく、一方のこうしたミラーのフォーマは、ドリフト長の全体に沿って対向ミラーから一定の離間距離に配置されてもよい一方、フォーマ上に配設される導体トラックは、対向ミラー内の電極から一定距離になくてもよい。両ミラーの電極が全ドリフト長に沿って一定の離間距離に配置されるとしても、異なる電極は、ドリフト長に沿って一方または両方のミラー内で異なる電位でバイアスされることがあり、ミラーの対向する平均反射面間の距離がドリフト長に沿って変わる。よって、X方向における対向するイオン-光学ミラー間の距離は、ドリフト方向のミラーの長さの少なくとも一部分に沿って変わる。
【0042】
実施形態によっては、本発明の質量分析計は、たとえばその内容全体が本明細書に組み込まれる米国特許第9136102号明細書に記載されているように、たとえばミラーの位置ずれによって引き起こされる飛行時間収差の影響を最小限に抑えるために、ミラー間の空間に1つまたは複数の補償電極を含む。補償電極は、ミラー間の空間内で、または該空間に隣接してドリフト方向の少なくとも一部に沿って延在する。実施形態によっては、補償電極は、ドリフト方向のイオン光学ミラー長の少なくとも一部に沿って、+Y方向沿いのイオン運動に対向する電場成分を生み出す。これらの電場成分は、好ましくは、イオンがドリフト方向に沿って移動するにつれて、イオンに戻る力を提供するか、戻る力に寄与する。1つまたは複数の補償電極は、多重反射質量分析計のミラーと比較して、任意の形状およびサイズであってよい。好ましい実施形態において、1つまたは複数の補償電極は、イオンビームに面するX-Y平面に平行に延在する面を備え、該電極は、イオンビームの飛行経路から+/-Zに変位され、すなわち、1つまたは複数の電極は各々、好ましくはX-Y平面に略平行な面を有し、かつこのような電極が2つ存在する場合、好ましくは対向ミラー間に延在する空間の両側に位置決めされている。別の好ましい実施形態において、1つまたは複数の補償電極は、ドリフト長のかなりの部分に沿ってY方向へ伸長され、各電極は、対向ミラー間に延在する空間の両側に位置決めされている。この実施形態において、好ましくは、1つまたは複数の補償電極は、Y方向へかなりの部分に沿って伸長され、このかなりの部分は、ドリフト長全体の1/10、1/5、1/4、1/3、1/2、3/4のうちの少なくとも1つまたはそれ以上である。実施形態によっては、1つまたは複数の補償電極は、ドリフト長のかなりの部分に沿ってY方向へ伸長される2つの補償電極を備え、このかなりの部分は、ドリフト長全体の1/10、1/5、1/4、1/3、1/2、3/4のうちの少なくとも1つまたはそれ以上であり、一方の電極は、イオンビームの飛行経路から+Z方向に変位され、もう一方の電極は、イオンビームの飛行経路から-Z方向に変位され、これにより、2つの電極は、対向ミラー間に延在する空間の両側に位置決めされている。しかしながら、他の幾何形状も予期される。好ましくは、補償電極は、使用中、イオンの合計飛行時間がイオンの入射角から略独立するように電気的にバイアスされる。イオンが移動する合計ドリフト長は、イオンの入射角に依存することから、イオンの合計飛行時間は、移動されるドリフト長から略独立している。
【0043】
補償電極は、ある電位によりバイアスされてもよい。1対の補償電極が使用される場合、その対の各電極には、同じ電位が印加されてもよく、または、2つの電極には、異なる電位が印加されてもよい。好ましくは、2つの電極が存在する場合、電極は、対向ミラー間に延在する空間の両側に対称的に位置決めされ、かつ電極は共に、略等しい電位で電気的にバイアスされる。実施形態によっては、1対または複数対の補償電極は、対のうちの各電極が同じ電位でバイアスされてもよく、その電位は、本明細書で分析器基準電位と呼ばれるものに対してゼロボルトであってもよい。典型的には、分析器基準電位は、接地電位であるが、分析器では電位が任意に上げられてもよく、すなわち、分析器全体では、電位が接地に対して上下されてもよいことが理解されるであろう。本明細書で使用するゼロ電位またはゼロボルトは、分析器基準電位に対するゼロの電位差を指して使用され、かつ非ゼロ電位という用語は、分析器基準電位に対する非ゼロの電位差を指して使用される。典型的には、分析器基準電位は、たとえば、ミラーを終端するために使用される電極などの遮蔽物に印加され、かつ本明細書で定義しているように、ミラーを構成する電極を除く他の全ての電極がない場合の、対向するイオン光学ミラー間のドリフト空間における電位である。
【0044】
所定の実施形態では、2対以上の対向補償電極が提供される。このような実施形態において、各電極がゼロボルトで電気的にバイアスされる補償電極対は、さらに、非バイアス補償電極と呼ばれ、非ゼロの電位が印加される他の補償電極対は、さらに、バイアス補償電極と呼ばれる。典型的には、非バイアス補償電極は、バイアス補償電極からの場を終端する。ある実施形態において、少なくとも1対の補償電極の表面は、X-Y平面内に、該表面が、ミラーの一端部または両端部付近の領域内において端部間の中央領域内より長い距離で各ミラーへと延在するようなプロファイルを有する。別の実施形態において、少なくとも1対の補償電極は、X-Y平面内に、該表面が、ミラーの一端部または両端部付近の領域内において端部間の中央領域内より短い距離で各ミラーへと延在するようなプロファイルを有する表面を有する。このような実施形態において、好ましくは、補償電極の対(複数可)は、細長ミラーの一端部にあるイオン注入機に隣接する領域からドリフト方向Yに沿って延在し、補償電極は、ドリフト方向において延在ミラーと略同じ長さであって、ミラー間の空間の両側に位置決めされている。代替実施形態において、前述の補償電極の表面は、複数の個別の電極から構成されてもよい。
【0045】
好ましくは、本発明の全ての実施形態において、補償電極は、イオンビームがイオンの運動エネルギーと少なくとも同じくらい大きいポテンシャル障壁にドリフト方向で遭遇するようなイオン光学ミラーを備えていない。しかしながら、すでに述べたように、かつ後述するように、補償電極は、好ましくは、ドリフト方向のイオン光学ミラー長の少なくとも一部分に沿って、+Y方向沿いのイオン運動に対向する電場成分を生み出す。
【0046】
好ましくは、1つまたは複数の補償電極は、使用中、対向ミラーにより生成される飛行時間収差の少なくとも一部を補償するように、電気的にバイアスされる。2つ以上の補償電極が存在する場合、補償電極は、同じ電位でバイアスされても、異なる電位でバイアスされてもよい。2つ以上の補償電極が存在する場合、補償電極のうちの1つ以上は、非ゼロの電位でバイアスされてもよく、他の補償電極は、ゼロ電位であり得る別の電位に保持されてもよい。使用中、一部の補償電極は、他の補償電極の電場の空間的広がりを限定するという目的に役立てられてもよい。
【0047】
実施形態によっては、1つまたは複数の補償電極は、電気抵抗材料で被覆される、プレートのY方向の異なる端部で異なる電位が印加されているプレートを備えてもよく、これにより、その全体に渡って電位がドリフト方向Yの関数として変わる表面を有する電極が生成される。したがって、電気的にバイアスされた補償電極は、いかなる単一の電位にも保持され得ない。好ましくは、1つまたは複数の補償電極は、使用中、対向ミラーの位置ずれまたは製造公差により生じるドリフト方向の飛行時間のシフトを補償するように、かつシステムの飛行時間の総シフトをこのような位置ずれまたは製造から略独立させるように、電気的にバイアスされる。
【0048】
補償電極に印加される電位は、一定に保持されても、経時的に変えられてもよい。好ましくは、補償電極に印加される電位は、イオンが多重反射質量分析計を通じて伝播する時間を通じて一定に保持される。補償電極に印加される電気バイアスは、こうしてバイアスされる補償電極の近傍を通るイオンを減速または加速させるようなものであってもよく、補償電極の形状は、相応して異なり、その例については、後に詳述する。本明細書において、補償電極について記述する「幅」という用語は、バイアス補償電極の+/-X方向の物理的寸法を指す。イオンミラーにより提供されるポテンシャル(すなわち、電位)および電場、ならびに/または補償電極により提供されるポテンシャルおよび電場は、イオンミラーおよび/または補償電極がそれぞれ電気的にバイアスされる際に存在することが理解されるであろう。
【0049】
イオンミラー間の空間に隣接して、または該空間内に位置決めされるバイアス補償電極は、同じくイオンミラー間の空間に隣接して、または該空間内に位置決めされるX-Y平面内の2つ以上の非バイアス(接地)電極間に位置合わせされることが可能である。非バイアス電極の形状は、バイアス補償電極の形状に対して相補的であることが可能である。
【0050】
実施形態によっては、対向するイオン光学ミラー間の空間は、ドリフト長の各端部においてX-Z平面内で無制限である。X-Z平面内で無制限であるとは、ミラーが、ミラー間の空隙を完全にスパンする、または略スパンするX-Z平面内の電極によって境界をつけられないことを意味する。
【図面の簡単な説明】
【0051】
図1図1は、本開示の一実施形態による飛行時間型質量分析計を略示している。
図2図2は、抽出イオントラップの形態におけるイオン注入機の一実施形態を略示している。
図3図3は、イオン注入光学系の配置の一実施形態を略示している。
図4図4は、イオンミラーの電極構成および印加電圧を略示している。
図5図5は、円形(A)および楕円形(B)を有する成形されたイオン集束レンズと、プリズム状の偏向器に一体化されたレンズ(C)とを略示している。
図6図6は、イオン集束レンズの代替構造を略示している。
図7図7は、ある範囲の異なる分散エネルギーに対する、イオン集束レンズの電圧変動を示す。
図8図8は、異なるイオン電荷状態に対する最適レンズ電圧の変動を示す。
図9A図9Aは、少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または数に関する予測データまたは測定データを用いてイオン集束レンズの電圧を調整する、質量分析方法を略示するフロー図である。
図9B図9Bは、プロダクトイオンの電荷状態がMS1スキャンからの親イオンの電荷状態から予測され、かつMS2においてレンズ電圧がプロダクトイオンの電荷状態に合わせて調整される、タンデム(MS2)質量分析の方法を略示するフロー図である。
図10図10は、幾つかの異なるタンパク質の、プロダクトイオンのモーダル電荷状態と前駆体イオンの電荷状態との関係を示す。
図11図11は、中間イオン集束レンズを備える単一反射飛行時間型質量分析計を略示している。
図12図12は、1x10-3mbarのN2バッファガス内でシミュレートした、異なるm/zのイオンの経時的な衝突冷却を示す。
図13図13は、イオン注入からの、最適集束レンズ電圧の経時的変動を示す。
図14図14は、シミュレートした、面外レンズの最適電圧に対するm/zの依存性を示す。
図15図15は、面外レンズに印加される電圧を、イオン注入からの時間の関数として示す。
【発明を実施するための形態】
【0052】
次に、添付の図面を参照して、本開示の態様による質量分析計および質量分析の方法の様々な実施形態について説明する。実施形態は、様々な特徴を例示するためのものであり、よって、本開示の範囲を限定するためのものではない。実施形態に対する変形は、添付のクレームの範囲内に依然として含まれて行われ得ることが理解されるであろう。
【0053】
飛行時間分析器においては、高いイオン透過、質量範囲および空間電荷に対する耐性を維持しながら、高い質量分解能(たとえば、>50K)を提供するために、飛行経路を延長することが商業的に必要とされている。空間電荷耐性を達成する際の1つの問題点は、分析器内のイオンビーム発散の制御であるが、これは、重い多価イオンは、熱エネルギー下でビーム方向に対する直交方向に、同じ質量/電荷比の軽い一価イオンより低い速度を有するという理由で、イオン数(イオンの量)ならびにイオン電荷状態の関数として変わる。したがって、直交するドリフト次元に広がる速度は、多価イオンの方が、同じm/zの軽い一価イオンより遅い。また、面外速度の分散にも差がある。面外速度の分散は、少なくとも部分的に面外レンズによって制御することができる。ビーム分散も、RFイオンソースの状態によって生じる、かつ特に、より質量の大きいイオンの熱運動化にイオンソースにおける限定的な時間またはガス圧が利用可能である場合のイオン冷却の制限によって生じる特定の影響により、m/zに伴って変わることがある。
【0054】
ある態様において、本開示は、イオンビーム特性の電荷状態補正を提供する。本開示の1つの要素は、電荷状態の差によって引き起こされるイオンビーム特性の変動を補正するためにイオン集束装置を組み込んだ質量分析計である。これは、イオン集束装置またはイオンソースに可変電圧を印加することによって実装されてもよい。別の要素は、イオン集束装置を、質量分析計が遭遇し得る様々な電荷状態分布に対して最適化されるように制御する方法である。イオン分析の前に電圧設定を最適化するためには、サンプルイオンの電荷状態分布に関する情報が必要である。場合によっては、たとえば、分光計が、電荷状態が分かっているイオンのみが質量分析計へ送られるように、イオン移動度分離器などの1つまたは複数の電荷状態フィルタと共に使用される場合、この情報は、サンプルおよび/またはアプリケーションを知ることによって容易に推測され得る。場合によっては、1つまたは複数の異なる電荷状態用に最適化された状態下で質量スペクトルを捕捉すべく集束電圧を1つまたは複数の最適値に変えるために、質量分析計により電荷状態情報を用いてプレスキャンを実行し、より最適化された分析が実行される前にイオン電荷状態を決定してもよい。
【0055】
多価イオンで発生する1つの問題点は、熱エネルギーが一価イオンの場合よりはるかに低いイオン速度を与えることにある。これにより、当然ながら、飛行時間分析器におけるイオンビーム発散が低下するが、これは、表面的には魅力的な特性であるものの、多価イオンにとっては空間電荷効果がはるかに深刻化し得ることを意味する。低いビーム発散による影響は、イオン当たりの電荷数が多い場合に発生する負の空間電荷効果となる。
【0056】
Grinfeldらが米国特許第9136101B2号明細書で開示している収束ミラーの飛行時間型質量分析計の場合、ビーム発散は、対向イオンミラーの長さに沿って存在するドリフト方向において最も重要である。本明細書では、ある実施形態において、ビーム発散をこの次元で制御するために、ドリフト集束レンズとも呼ばれるイオン集束レンズを備えるイオン集束装置を追加することを提案している。
【0057】
本開示の一実施形態による多重反射質量分析計2を図1に略示する。図示されていないイオンソース(たとえば、エレクトロスプレーイオンソースまたは他のイオンソース)から生成される一定量のイオンは、パルスイオン注入機4内へ誘導されて捕捉される。実施形態によっては、イオンは、パルスイオン注入機4に先行して、たとえば上流の四重極質量フィルタを用いて質量選択されてもよい。経路5を辿るイオンビームは、パルスイオン注入機4から、トラップされた熱化イオンのパルスを抽出することによって形成される。ビームは、たとえば、Y方向(いわゆる、ドリフト方向)に0.5mm未満の幅を有する。イオンのパルスは、イオン注入機4の電極(たとえば、プル/プッシュ電極)に適切な抽出電圧を印加してイオントラップから出るイオンを加速することにより、2つの対向する細長いミラー6、8間の空間へ高エネルギー(たとえば、この実施形態では4kV)で注入される。
【0058】
この実施形態において、パルスイオン注入機4は、イオントラップである。具体的には、イオントラップは、たとえば、直線イオントラップ(R-トラップ)などの線形イオントラップ、または曲線イオントラップ(C-トラップ)である。イオントラップは、四重極イオントラップでもある。イオン注入機4としての使用に適する直線イオントラップの一実施形態を、図2に示す。このイオントラップは、線形四重極イオントラップであって、当技術分野でよく理解されているように、イオンソース(図示せず)により生成されかつインターフェースイオン光学装置(たとえば、1つまたは複数のイオンガイドなどを備える)により送達されるイオンを受け取り得る。イオントラップは、四重極電極セットで構成される。その内接半径は、2mmである。イオンは、細長い四重極電極の個々の対向する対41、42および44、44’に印加される対向RF電圧(4MHzで1000V)によって半径方向に閉じ込められ、かつ、イオントラップの反対側の両端に位置決めされるDC開口電極(46、48)の各々の小さいDC電圧(+5V)によって軸方向に閉じ込められる。イオンは、DC開口電極46内の開口を介してイオントラップ内へ導入され、かつイオントラップ内に存在するバックグラウンドガス(5x10-3mbar未満)との衝突冷却によって熱運動化される。冷却されたイオンを質量分析器のイオンミラーへ抽出する前に、トラップ電位を4kVに上げ、次にプル電極42に-1000V、プッシュ電極(41)に+1000Vを印加することにより抽出電場を印加し、正イオンをプル電極のスロット(47)から矢印Aで示される方向で分析器に排出させる。あるいは、図示されている直線四重極イオントラップは、技術分野で知られているように曲線イオントラップ(C-トラップ)に置き換えることができる。
【0059】
イオン注入機4に加えて、イオンミラー6、8へのイオンの注入を制御するために、さらに幾つかのイオン光学エレメント(「注入光学系」)を備えていることが好ましい。このようなイオン注入光学系は、イオン集束装置の一部と見なされてもよい。図1に示す実施形態において、面外集束レンズ54、58(すなわち、X-Y平面から外れる方向、換言すれば方向Z、に集束する)は、イオン注入機4と第1のミラー6との間のイオン経路に沿って位置決めされる。このような面外集束レンズは、細長い開口を備え、よってミラーへのイオン透過を向上させることができる。第二に、イオンビームがミラーに入るときのX方向に対するイオンビームの注入角の一部、たとえば半分は、X方向に対するイオントラップの角度によって提供され得、残りの角度、たとえば他の半分は、イオン注入機4の前に位置決めされる少なくとも1つの偏向器56(いわゆる注入偏向器)により引き起こされる偏向によって提供され得る。この実施形態における面外集束レンズ54、58は、注入偏向器56の前後に位置決めされている。注入偏向器は、概して、イオンミラーにおける第1の反射の前に位置合わせされる。注入偏向器は、少なくとも1つの注入偏向器電極(たとえば、イオンビームの上下に位置合わせされる1対の電極)を備えることができる。このように、イオンの等時性面は、対応する飛行時間誤差に対してたとえば2度位置ずれしているのではなく、分析器に正しく位置合わせされる。このような方法は、米国特許第9,136,101号明細書に詳述されている。注入偏向器56は、ドリフト集束レンズを組み込んだ、または組み込まない、図5Cに示すタイプのプリズム型偏向器であってもよい。
【0060】
実施形態によっては、注入角の全てまたは大部分を注入偏向器56によって提供することができる。さらに、必要な注入角を達成するために、2つ以上の注入偏向器を(たとえば、直列で)使用可能であることは、理解されるであろう(すなわち、システムは、少なくとも1つの注入偏向器、場合により2つ以上の注入偏向器を含み得ることが分かる)。注入光学系方式の例示的な一実施形態を、適切な印加電圧と共に図3に略示する。イオン注入機4は、線形イオントラップであり、上述の+1000Vプッシュ電圧および-1000Vプル電圧がその4kVトラップに印加されてイオンビームが抽出される。次に、矢印が示すイオンビームは、第1の接地電極52、+1800Vに保持される第1のレンズ54、プリズムタイプのイオン偏向器56(+70V)、+1200Vに保持される第2のレンズ58、そして最後に接地電極60を備えるイオン光学系を順に通過する。第1および第2のレンズ54、58は、面外集束を提供するための開口レンズ(長方形のアインツェルレンズ)である。偏向器56は、イオンビームのX軸に対する傾斜角を提供する。
【0061】
2つのイオンミラー6、8は、方向Xに互いに間隔をあけて対向し、各ミラーは、概してドリフト方向Yに沿って延長され、ドリフト方向Yは、方向Xに直交する。先に述べたように、パルスイオンビームは、対向するイオンミラー6、8間の空間内へ、イオンがY方向の速度成分を有するように、X方向に対してある傾斜角で注入される。これにより、イオンビームは、ドリフト方向Y(+Y方向)にドリフトしながら、イオンミラー間で方向Xに複数回反射することにより、ジグザグなイオン経路5を辿る。イオンミラー6、8は、互いに完全に平行ではなく、僅かに傾斜され(すなわち、両者はドリフト方向Yに沿って収束する)、よって、所定回数(典型的には、N/2回、ここでNは、イオンの注入と検出との間の合計反射回数)の反射の後、イオンは、Yに沿ってそのドリフト速度が反転されてY方向へ流れ戻り(-Y方向)、ミラー間でX方向の前後への反射を続けながら、最終的に、イオン注入機4に近接して位置決めされる検出器14により検出される。収束するイオンミラーのこのような配置は、米国特許第9136101号明細書に開示され、その内容は、その全体が本明細書に組み込まれる。このタイプの質量分析計では、実際には、合計10メートル以上の飛行経路を得ることができる。米国特許第9136101号明細書に記載されている、飛行時間収差を補償するためのいわゆる補償電極は、好ましくは、図1に示す実施形態で使用される(しかしながら、明確を期して図示されていない)。
【0062】
好ましくは、ToF質量分析計は、高分解能質量分析計である。高分解能質量分析計は、たとえば、m/z400で50,000を超える、または70,000、または100,000を超える質量分解能を有してもよい。ToF質量分析計は、好ましくは、高い質量精度を有し、たとえば精度は、5ppm未満、または外部較正で3ppmである。
【0063】
イオンビーム内の異なるイオン種は、イオン注入機4からイオン検出器14へ移動するにつれてそのm/zに従って離れ離れとなり、よって、m/zの昇順で検出器に到達する。検出器は、好ましくは、電子集束のための磁場および電場を有するマルチチャネルプレート(MCP)またはダイノード電子増倍管などの高速時間応答検出器である。イオン検出器14は、異なるm/zのイオン種の到着を検出して、各種のイオン数に比例する信号を提供する。少なくとも1つのプロセッサ(図示せず)を有するコンピュータを備えるデータ収集システム(DAQ)30は、検出器から信号を受信するために検出器14へ接続されていて、イオンの飛行時間の決定を、延ては質量スペクトルの生成を可能にする。DAQ30は、検出器、質量スペクトル、他からのデータを記憶するためのデータ記憶ユニット(メモリ)を備えてもよい。
【0064】
6および8などの適切なイオンミラーは、先行技術(たとえば、米国特許第9136101号明細書)から十分に理解される。図4は、イオンミラーの構成の一例を略示していて、イオンミラー6は、5対の細長電極などの、X方向に離隔された複数対の対向する細長電極を備え、ミラーの第1の電極対6aは、接地電位に設定されている。各対には、イオンビームより上に位置合わせされる1つの電極と、ビームより下の1つの電極とが存在する(すなわちZ方向、よって、図からは各対の一方の電極しか見えない)。時間焦点を持つ反射電位を提供するための電極セット(6a~6e)の電圧の例を、印加電圧が4keVの正イオンの集束に適するものとして図4に示す。負イオンの場合、極性が逆にされ得る。イオンビームは、第1のミラー6へ入るにつれて、ミラー6の第1の電極対6aによるレンズ効果によって面外次元で集束され、かつミラーの残りの電極6b~6eにより時間焦点へ反射される。一例として、ミラー間の利用可能な空間(すなわち、各ミラーの第1の電極(6a、8a)間の方向Xの距離)は、300mmであり、分析器の総有効幅(すなわち、ミラー内のイオンの平均方向転換点間のX方向の有効距離)は、~650mmである。全長(すなわち、Y方向)は、550mmであって、かなりコンパクトな分析器を形成する。
【0065】
第1のイオンミラー6における第1の反射の後、イオンビームは、集束レンズ12の形態であるイオン集束装置に達し、集束レンズ12がイオンビームをドリフト方向Y、すなわちイオン経路に略直交する方向に集束する。したがって、この実施形態において、集束レンズ12は、ドリフト集束レンズと称されることがある。集束レンズ12は、ミラー間の空間の中央に、すなわち、好ましくは時間焦点で、方向Xのミラー間の中間に位置決めされる。この実施形態の集束レンズ12は、方向Z(XおよびY方向に垂直)のビームの両側に位置合わせされた1対の対向レンズ電極を備えるトランスアキシャルレンズである。具体的には、集束レンズ12は、イオンビームの上下に位置決めされる1対の準楕円板12a、12bを備える。レンズは、ボタン型レンズであってもよい。この実施形態では、板は、幅7mm(X方向)および長さ24mm(Y方向)である。様々な実施形態において、この対向レンズ電極対は、円形、楕円形、準楕円形または弧形状の電極を備えてもよい。集束レンズ12は、それに印加される電圧、すなわちレンズ電極12a、12bに印加される電圧に依存して、イオンビームの空間分散に対して収束効果または発散効果を有し得る。電圧は、集束レンズ12へ、すなわち集束レンズ12を形成する電極対へ、コントローラ34により制御される可変DC電圧電源32によって印加される。コントローラ34は、コンピュータと、関連する制御電子機器とを備える。DAQ30のコンピュータおよびコントローラ34のコンピュータとしては、同じコンピュータが使用されても、異なるコンピュータが使用されてもよい。コントローラ34のコンピュータは、コンピュータの1つまたは複数のプロセッサにより実行されると、本開示による方法を実行させるべくコンピュータ(および関連する制御電子機器)に質量分析計を制御させるコンピュータプログラムを実行する。コンピュータプログラムは、コンピュータ可読媒体に格納される。コントローラ34(たとえば、そのコンピュータ)は、さらに、データ収集システム30へ通信可能式に接続される。先に述べたように、データ収集システム30のコンピュータおよびコントローラ34のコンピュータとしては、同じコンピュータが使用されてもよい。
【0066】
イオンビームの上下にボタン型電極(たとえば、円形、卵形、楕円形または準楕円形)を配置して、周期的かつ軌道形状内で構築されるにしてもマルチターンのToF機器内でドリフト集束を発生させるという概念は、米国特許第2014/175274A号明細書に記載されていて、その内容は、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。このようなレンズは、「トランスアキシャルレンズ」の一形態である(P.W Hawkes and E Kasper、Principles of Electron Optics Volume 2、Academic Press、London、1989を参照されたい。その内容は、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる)。このようなレンズには、細長イオンビームの制御に重要である広い空間受容性を有するという利点がある。
【0067】
レンズは、イオンビームに対応するに足る、かつ延ては、レンズの両側からの3D場の摂動が焦点特性を損なわないようにするに足る広さである必要がある。トランスアキシャルレンズの電極間の空間も、同様に、これらの3D摂動を最小限に抑えることと、ビームの高さに対応することとの間の妥協点であるべきである。実際には、レンズ電極間の距離は、4~8mmで十分であり得る。レンズの曲率は、円形(ボタン)レンズから狭い楕円形のレンズまで、様々なものが可能である。短い弧をとる準楕円構造は、通過する経路がより短いことから、より広い弧または完全な円に比較して飛行時間収差を低減させるが、より強い電圧を必要とし、極端な場合、面外でかなりのレンズ効果を誘発し始める。この効果は、単一レンズにおけるドリフトの制御と面外分散との何らかの組合せに利用され得るが、各特性の制御範囲を制限することになる。ある補助として、イオントラップ4のイオン抽出領域などの、強電場がすでに印加されている部位は、イオントラップのプル/プッシュ電極の曲率を介して、イオンビームのドリフト発散を誘発または制限するために活用されてもよい。これの一例は、米国特許第2011-284737A号明細書に記載されている市販の曲線イオントラップ(C-トラップ)であって、その内容は参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。この例では、細長イオンビームが、Orbitrap(商標)質量分析器への注入を支援するために、一点に集束される。
【0068】
図5は、円形20および準楕円22レンズ板(電極)を各板の接地された周囲電極24と共に備えるドリフト集束レンズの異なる実施形態(A、B)を示す。レンズ電極20、22は、接地された周囲電極24から絶縁されている。また、レンズ22(この場合、準楕円形(楕円形または近楕円形)であるが、円形、他である可能性もある)が偏向器に統合されている(C)も示されていて、この実施形態における偏向器は、イオンビームの上下に配置される、入射イオンに曲線ではなく一定の画角を与えることにより偏向器として機能する台形のプリズム状電極構造体26を備える。偏向器構造体は、イオンビームの上方に配置される台形またはプリズム状の電極と、イオンビームの下方に配置される別の台形またはプリズム状の電極とを備える。レンズ電極22は、それらが位置決めされる偏向器、すなわち台形のプリズム状電極、から絶縁され、偏向器は、接地された周囲電極24から絶縁される。広い空間受容性の偏向器構造体内へのレンズの配置は、空間効率の高い設計である。
【0069】
適切なレンズの他の可能な実施形態として、たとえば、成形された電極によって作成された像面湾曲を模倣するために抵抗チェーンによって分離された搭載電極30(たとえば、プリント回路基板(PCB)32に搭載される)のアレイ(A)、示されている相対ロッド電圧(V)を持つ擬似四重極構成を有する12ロッド式レンズなどの、四重極または擬似四重極場を作成するための多重極ロッドアセンブリ(B)、および通常の開口アインツェルレンズ構造などの開口式レンズ(C)を図6に示す。たとえば図5および図6に示すような集束レンズのこのような実施形態は、ToF質量分析計の全ての実施形態に適用可能であり得る。
【0070】
集束レンズ12の最適位置は、イオン反射システムにおける第1の反射の後、かつ第4または第5の反射の前であってもよく、すなわちこれは、20回を超える反射を有するシステムにおいて比較的早期に位置合わせされる。集束レンズの最適位置は、第1の反射の後、かつ第2または第3の反射の前(特には、第2の反射の前)であってもよい。
【0071】
図1は、集束レンズ12が第1のイオン反射の後に、この場合はドリフトエネルギー低減偏向器16内に組み込まれて位置合わせされている、収束ミラーToF分光計の構成を示す。第1の反射の後に搭載される集束レンズ12は、たとえば図5に示すプリズム型(実施形態C)のイオン偏向器16も組み込むことが好ましい場合がある。この偏向器を調整して、注入角を所望のレベルに調節し、かつ/または、ミラーにおける機械的偏差によって生じる何らかのビーム偏向を補正することができる。さらに、ミラーの製造誤差または取り付け誤差は、ビームの片側のイオンが反対側より短い飛行経路を経ることにより、反射ごとに小さい飛行時間誤差を引き起こす可能性があるが、これらは、好ましくは、先に述べたように、ミラー間の空間内に2つの補償電極を追加することによって補正することができる。
【0072】
実施形態によっては、イオン注入機4と第1の反射との間に搭載されかつ発散式に動作する、追加の集束レンズ(集束レンズ12と同じドリフト方向(Y)に集束する)は、ビームが集束レンズ12に到達する前にイオンビームの発散の幾分かの制御を可能にするという理由で、使用され得ることが分かっている。このような追加の集束レンズは、先に述べたように、かつ図3の注入光学系方式に示すように、イオン注入偏向器56内に搭載されてもよい。したがって、所定の実施形態において、イオン集束装置は、イオンミラーでの第1の反射の前に位置合わせされる、イオンビームをドリフト方向Yに集束させるための、好ましくは発散レンズである第1の集束レンズと、イオンミラーでの第1の反射の後に位置合わせされる、イオンビームをドリフト方向Yの集束するための第2の集束レンズ12とを備えることができ、第2の集束レンズ12は、ビームに対して第1の集束レンズより発散性が少ないものであっても、収束性であってもよい。追加の集束レンズは、集束レンズ12用として、たとえば図5に示すような円形、楕円形または準楕円形のトランスアキシャルレンズとして、または、図6に示す他のタイプのレンズのうちの1つとして構成されることが可能である。しかしながら、追加の集束レンズは、イオンビームの異なる幅に作用しかつ異なる集束特性を提供することから、典型的には、集束レンズ12とは異なる電圧が印加されることになる。
【0073】
イオンビームは、レンズ対54、58によって面外(X-Y面外)次元で集束され、かつ2つの対向するイオンミラー6、8のうちの第1のイオンミラー6内へ方向付けられる。第1の反射の後、イオンは、組み合わされた偏向器16/集束レンズ12にぶつかり、これにより偏向器16は(ミラー長さに渡るイオン反射の数を最大にするために)注入角度を最小にし、かつレンズ12は、イオンビームをY(ドリフト)方向に集束する。レンズ12は、イオンビームの集束を、正確に検出することが望まれるイオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態に依存して、調整することができる。レンズ12は、好ましくは、多価イオンのビーム空間分散を一価イオンのそれに正規化する。集束レンズ12を通過後、ビームは、次に、第2のイオンミラー8に入り、その後、イオンは、ドリフト長を下向しつつ2つのミラー間を何回かの反射に渡り前後して進む。最終的に、収束ミラー(および図1における追加のToF補償電極(図示せず))は、ドリフト方向に沿ってイオンを反射し返し、イオンは、最後にここで、イオン注入機4の近傍に位置決めされるイオン検出器14上へ集束される。
【0074】
図1に示すシステムのシミュレーションは、ビーム幅の発散の最大ポイントにおいて、すなわち、ドリフト方向Yにおける反射ポイントにおいて、一価イオンは、ドリフト方向Yにおける半値全幅(FWHM)28mmの幅に達するが、10+イオンが達する幅は、僅か7mmであり、その結果、空間電荷耐性が大幅に減少することを示している。これは、レンズなしの分析器の特性が、設計上、一価イオンの熱分布に調整され、よって空間電荷耐性を保全できると仮定すれば、集束レンズ12の電極に、一価イオン用の0Vとは違って、+70Vを印加することで補正が可能である。
【0075】
したがって、本開示は、分析種の電荷状態に依存する方式による集束レンズ12の電圧調整を提供する。たとえば、ビームがより高い電荷状態を有するイオンにとって最適にまたはほぼ最適に発散されたままであるように、収束する集束レンズに印加される電圧(収束電圧)の大きさが、比較的高い電荷状態(多価状態)に対して減少されてもよく、または、発散する集束レンズ上の電圧(発散電圧)が、比較的低い電荷状態(たとえば、一価状態)よりも、比較的高い電荷状態に対して増加されてもよい。また、面外集束レンズ54、58に印加される電圧の変動も、ドリフト方向に直交する最適なイオンビーム分散を維持する上で価値がある。とはいえ、この次元での集束は、図1に示す、この平面における分散が比較的狭いシステムではさほど重大ではないが、それでも潜在的に重大ではあり得る。したがって、イオン経路に直交するいずれかの方向または両方向にイオンビームを集束させるイオン集束装置には、可変電圧が印加されてもよい。イオンビームの分散は、飛行時間型分光計においてレンズ(たとえば、図1におけるドリフト制御レンズ12および面外レンズ54、58)によって制御されることから、これらのレンズに対する電圧を変えて、これらの特性の変動を最良に補正することが有益である。
【0076】
図1に示す質量分析計をモデル化して(MASIM 3Dシミュレーションソフトウェアを使用)、分散エネルギーを変化させたイオン軌道をシミュレートした。イオンドリフト集束レンズ12の電圧を、様々な分散エネルギーの範囲の最適値に調整し、結果としての傾向を図7に示している(熱化された一価の正イオンに関する、最適レンズ電圧を縦軸に、対する分散速度を横軸にプロットしている)。このモデルでは、約2倍の速度(4倍の熱エネルギー)までの範囲が補正可能であったが、レンズにおける高分散ビームの幅がレンズの空間受容性を超える時点で限界がある。イオンの電荷状態は、分散速度によって直接マッピングされることから、様々な電荷状態に対する最適なレンズ電圧の変動を概算することができ、よって、イオンの電荷状態(横軸)に伴うレンズ電圧のこの変動(縦軸)を図8に示す。実際には、シミュレーションから得られる値を用いるよりも、分光計上のレンズ電圧自体を較正する方が望ましいと思われる。
【0077】
本開示は、分析器が遭遇し得る、電荷状態分布において存在し得る様々な電荷状態に合わせて、イオン集束が制御されかつ最適化されることを可能にする。イオン集束の設定を最適化するためには、イオン分析に先立って、サンプルのイオン電荷状態の分布について幾分か理解しておくことが必要である。場合によっては、これは、サンプルおよび/もしくはアプリケーションのタイプを知ることから、または、質量分析計がパルスイオン注入機の上流にイオン移動度デバイスなどの電荷状態フィルタを備え、よって電荷状態が分かっているイオンのみがToF分光計へ送られる場合の質量分析計から、または、1つまたは複数の分析スキャンの前にイオンの電荷状態を決定するために実行されるプレスキャンから、推測または予測され得る。
【0078】
本開示による方法の一実施形態のフロー図を、図9Aに示す。図1に示す質量分析計の実施形態において、コントローラ34は、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態および/または量に関するデータを用いて、可変電圧電源32を制御し、かつイオン集束レンズ12に印加されるべき電圧を選択する。イオン種の電荷状態は、様々な方法で取得することができる。電荷状態は、電荷状態の概算値であることも、正確な値であることも可能である。イオンの電荷状態は、たとえば、イオンの生成に使用されるサンプルのタイプに関する事前の知識から予測することができる。したがって、ユーザは、コントローラがサンプルタイプから予想される電荷状態を予測するように、コントローラへ(すなわち、コントローラのコンピュータへユーザインターフェースを介して)、特定のサンプルから生成されるべきイオンの1つまたは複数の電荷状態に関する、またはサンプルのタイプ(たとえば、サンプルの出所(たとえば、血液)、分子種(たとえば、代謝産物)、分子クラス(たとえば、タンパク質)、他)に関する情報を入力してもよい。したがって、電荷状態の予測データは、コントローラにより、図9Aに示すステップ90において取得される。あるいは、イオンの1つまたは複数の電荷状態は、プレスキャンにおいて、たとえば、検出器およびデータ収集システム30により取得される1つまたは複数の質量スペクトルの分析から測定することができる。THRASHおよび高度ピーク検出などの日常的に使用されるアルゴリズムは、検出器により取得されるデータから生成される質量スペクトルからイオン電荷状態を決定するために、データ収集システム30によって使用されることが可能である。したがって、電荷状態の測定データは、コントローラにより、ステップ92において取得される。電荷状態の測定データは、たとえば、電荷状態の予測データを検証または修正するために、電荷状態の予測データの代わりに、またはこれに追加して取得されてもよい。イオン種のイオンの量は、様々な方法で、たとえば、データ収集システム30により、プレスキャンにおいて検出器から取得された1つまたは複数の質量スペクトルにおけるイオン種の測定されたピーク強度から、取得することができる。したがって、実施形態によっては、ステップ92において、まずプレスキャン(すなわち、予備的な質量スペクトル)が検出器およびデータ収集システムによって捕捉され、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または量に関するデータが取得される。
【0079】
コントローラ34は、電荷状態および/またはイオン存在量に関する取得データが、ステップ94でコントローラにより可変電圧電源32を適宜制御するために使用され得るように、データ収集システム30へ通信可能式に接続される。あるいは、または追加的に、このステップにおいて、電荷状態および/またはイオン存在量に関するユーザ入力データは、コントローラにより、可変電圧電源32を制御するために使用されることが可能である。コントローラ34は、制御信号を用いて可変電圧電源32を制御する。コントローラは、可変電圧電源を、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の少なくとも1つの電荷状態および/または量に関するデータに従って制御するようにプログラムによってプログラムされたコンピュータを備える。たとえば、実施形態によっては、電荷状態に関するデータが、一価イオンしか存在していないこと、および/または、一価イオン用に最適化されたイオンビーム条件を用いて質量スペクトルが捕捉されるべきであることを示している場合、プログラムに従って、コントローラ34は、イオン集束レンズ12に第1の電圧(V1)を印加するように可変電圧電源32を制御する。電荷状態に関するデータが、多価イオンが存在していること、および/または、多価イオン用に最適化されたイオンビーム条件を用いて質量スペクトルが捕捉されるべきであることを示している場合、コントローラ34は、集束レンズ12に印加される電圧を、第1の電圧(V1)からV1とは異なる第2の電圧(V2)へ変えるように可変電圧電源32を制御する。
【0080】
この方法では、イオンビーム内のイオンの電荷状態に依存して、可変電圧電源32から集束レンズへ複数の異なる電圧が印加されてもよい。たとえば、集束レンズ12に印加される電圧は、一価イオンに対しては第1の電圧(V1)、電荷が+2~+5である多価イオンに対しては第2の電圧(V2)、電荷が+6~+10である多価イオンに対しては第3の電圧(V3)、等々、であってもよい。実施形態によっては、異なる電荷状態ごとに異なる電圧が、たとえば、電荷+1には電圧V1、電荷+2には電圧V2、電荷+3には電圧V3、等々、が印加される可能性もある。実施形態によっては、異なる範囲の電荷状態に対して異なる電圧が、たとえば、電荷状態+1には電圧V1、電荷+2~+4には電圧V2、電荷+5~+7には電圧V3、等々、が印加される可能性もある。
【0081】
より高い電荷状態によって引き起こされる効果のみならず、分光計内では、強いイオンピークまたは隣接する強いイオンピークにより空間電荷効果が引き起こされてイオンビームの分散を増加させることがあり、よってこれもまた、イオン集束レンズ、特にドリフト集束レンズへの電圧の変動により少なくとも部分的に補正されてもよい。電荷状態に関わる電圧変動の場合と同様に、関連する集束レンズに接近する際の強いイオンピーク(パケット)またはピークのクラスタについても、電圧を調整し得るように、ある程度事前に把握しておく必要がある。これは、先に述べたようにプレスキャンで行われてもよく、または、実施形態によっては、好ましくは集束レンズの上流でイオンビームに近接して位置合わせされる、好ましくは、検出デバイスからの分解能および信号強度を最大化するという理由でイオンの第1の時間焦点におけるイオンソースの近くに位置合わせされる電極を有する誘導電荷または電流検出デバイスを用いて行われてもよい。図1に記載の分光計では、この電極は、第1の時間焦点がそこにあり、かつ検出および電圧応答に利用可能な時間が最大化されるという理由で、イオン注入機4と第1の面外レンズ54との間に位置合わせされることが最適であると思われる。一例として、強いイオンピークまたはパケット(たとえば、約100~1000のイオン)は、電荷検出器上に検出可能な電流を誘起し、その結果、イオンパケットの空間電荷を補正するためのレンズ電圧の変更をトリガする可能性もある信号が生じる。
【0082】
したがって、実施形態によっては、あるイオン種のイオン数に関するデータが、その数がコンピュータプログラムにより設定される第1の閾値より少ないこと、および/または、そのイオン種のイオン用に最適化されたイオンビーム条件を用いて質量スペクトルが捕捉されるべきであることを示している場合、プログラムに従って、コントローラ34は、イオン集束レンズ12に第1の電圧(V1)を印加するように可変電圧電源32を制御する。あるイオン種のイオン数に関するデータが、その数が第1の閾値を超えていること、および/または、そのイオン種のイオン用に最適化されたイオンビーム条件を用いて質量スペクトルが捕捉されるべきであることを示している場合、コントローラ34は、集束レンズ12に印加される電圧を、第1の電圧(V1)からV1とは異なる第2の電圧(V2)へ変えるように可変電圧電源32を制御する。あるイオン種のイオン数に関するデータが、その数が第1の閾値を超えていること、および/または、そのイオン種のイオン用に最適化されたイオンビーム条件を用いて質量スペクトルが捕捉されるべきであることを示している場合、コントローラ34は、集束レンズ12に印加される電圧を、第1の電圧(V1)からV1とは異なる第2の電圧(V2)へ変えるように可変電圧電源32を制御する。実施形態によっては、異なる範囲のイオン数に対して異なる電圧が、たとえば、I1~I2の範囲のイオン数には電圧V1、I2~I3の範囲のイオン数には電圧V2、I3~I4の範囲のイオン数には電圧V3、等々、が印加される可能性もある。
【0083】
可変電圧電源32によってイオン集束レンズに印加される電圧は、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および量の双方の関数であり得る。したがって、レンズに印加される電圧Vは、V=f(z,l)で与えられ得、ここで、f(z,l)は、各々イオンの電荷状態(z)および量(l)を表す項zおよびlに依存する関数である。
【0084】
イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または数に基づいて印加されるべき電圧の値は、較正手順によって決定されてもよい。ある実施形態では、1つまたは複数の較正混合物をイオン化して、イオンの1つまたは複数の較正混合物が提供されてもよく、これらは、分光計によって質量分析される。較正混合物は、典型的には既知のm/zのイオンを形成する分子を包含する。較正混合物の一例は、Thermo Fisher Scientific(商標)から市販されているPierce(商標)FlexMix(商標)較正溶液であり、これは、主として一価イオンを提供する正および負双方のイオン化較正用に設計された16の高純度イオン化可能成分(質量範囲:50~3000m/z)の混合物である。多価イオンを提供するための較正溶液は、たとえばタンパク質混合物を含有することが可能であり、較正溶液において一般的に使用されるタンパク質には、ユビキチン、ミオグロビン、シトクロムCおよび/または炭酸脱水酵素が含まれるが、較正混合物には、必要に応じて他の多くのタンパク質および/またはペプチドを使用可能である。たとえば、Pierce(商標)Retention Time較正混合物は、15の既知のペプチドの混合物を含有する。較正手順の間は、イオン集束装置12に印加される電圧の変動時に、イオンの1つまたは複数の較正混合物の質量分析(質量スペクトルの記録)が実行され、異なるイオン質量(m)、電荷状態(z)およびピーク強度について電圧変動に対する記録されたm/z値およびピーク強度の依存性が決定される。したがって、イオン集束装置12に印加されるべき最適化された電圧は、所与のm、zおよび/またはピーク強度(イオン数)に合わせて決定することができる。本開示の態様によっては、1つまたは複数の較正混合物を用いる追加的または代替的な較正手順が実行されてもよく、この場合、記録されたm/z値およびピーク強度の依存性は、イオン注入機(イオントラップ)4内の圧力および/または電圧変動について決定される。記録されたm/z値およびピーク強度の(イオン集束装置電圧、注入機圧力および/または注入機電圧に対する)こうした依存性は、関数(たとえば、スプラインなどの滑らかな関数)で近似されてもよい。近似関数は、捕捉された質量スペクトルの捕捉後補正にも、たとえばスペクトルの保存に先行して使用されてもよい。好ましくは、決定される多次元依存性は、このような関数(たとえば、スプライン)によって近似され、かつこれらの保存に先行して、捕捉された質量スペクトルのオンライン補正に使用されてもよい。
【0085】
図9Aのステップ96に示すように、電圧を設定するために、使用される少なくとも1つの種のイオンの特定の電荷状態および/または数にとっての最適なイオンビーム条件下で、イオン集束レンズに対する調整され最適化された電圧を用いて質量スペクトルを捕捉することができる。最適化された電圧を用いて所望される数の質量スペクトルを捕捉した後、それよりもむしろイオンビーム内の少なくとも1つの種のイオンのさらなる電荷状態および/または数について最適化されるさらなる質量スペクトルを捕捉する必要がある場合、コントローラは、ステップ94に戻って、イオンのこの特定のさらなる電荷状態および/または数についてイオンビーム条件を最適化するために、イオン集束レンズに印加される電圧を異なる値に調整することができ、よって、1つまたは複数のさらなる質量スペクトルを取得すること、等々、が可能である。本方法は、さらなるスペクトルが必要とされなくなった時点で終了する。
【0086】
さらなる一実施形態において、図1に概略を示す質量分析計は、イオンのMS2分析を実行できるように、イオン注入機4の上流に位置決めされる、衝突誘起解離(CID)セルまたは他の解離セルなどのイオン・フラグメンテーション・デバイスをさらに備える。イオン・フラグメンテーション・デバイスの上流には、フラグメント化されるべき特定のm/zのイオンを選択するための、四重極質量フィルタなどの質量フィルタも位置決めされる。MS2において、コントローラ34は、イオン集束装置に供給される電圧を、MS2分析に先行して実行されたイオンのMS1分析から導出される少なくとも1つのプロダクトイオン種の電荷状態および/または量に関するデータに基づいて変えるべく、電圧電源を制御するように構成されることが可能である。このように、MS2(プロダクトイオン)スキャンにおける集束およびイオンビーム分散の調整は、先行するMS1(前駆体イオン)スキャンから捕捉された電荷状態および/または存在量データに基づいてもよい。コントローラのコンピュータは、MS2分析におけるプロダクトイオンの少なくとも1つの電荷状態を、MS1分析において捕捉される親イオンの少なくとも1つの電荷状態から、たとえば、親イオンのフラグメンテーションの知識またはフラグメンテーション挙動に関する規則を用いて予測するように構成されてもよい。
【0087】
したがって、ある特定の実施形態において、本開示は、THRASHおよび高度ピーク検出などのアルゴリズムによって日常的に実行されるように、親イオンの電荷状態がMS1スキャンの間に決定される、タンデム(MS2)質量分析の方法を提供する。MS2スキャンの場合、プロダクトイオンの電荷状態は、親イオンの電荷状態、ならびに解離方法および条件(正規化された衝突エネルギー、ガスの選択、他)などの他のファクタに依存する。プロダクトイオンの起こり得る電荷状態の推測、およびそれに基づく、電荷状態を補正するための集束レンズ電圧の設定を促進するためには、広範な関係性の使用が可能である。このような方法の簡易フロー図を、図9Bに示す。ステップ110では、前駆体イオンのMS1スキャンが実行される。MS1スキャンは、前駆体イオン間に存在する電荷状態の分布を確認するために、電荷状態検出アルゴリズムを用いて分析される。次に、ステップ120では、質量分析計が、質量フィルタを用いてMS2分析用の特定の前駆体イオン種を選択する。決定された前駆体イオンの電荷状態から、ステップ130において、コントローラのコンピュータは、プロダクトイオンの電荷状態、すなわち電荷状態分布、を予測し、かつステップ140において、コントローラは、可変電圧電源によりイオン集束装置(電荷状態補正デバイス)へ印加される電圧を、プロダクトイオンの電荷状態分布について決定された最適な値に調整する。ステップ150では、分光計により、先のステップ140で設定されたイオン集束装置の電圧設定値を用いて、MS2スキャンが捕捉される。次に、ステップ160において、MS2分析がさらに分析すべき前駆体が残っている場合には、別の前駆体が選択されて、方法が再びステップ120から進行するように、かつ、MS2がさらに分析すべき前駆体が残っていない場合には、方法が終了する、またはステップ110に戻って新しいMS1スペクトルを取得する準備を整えるように、コントローラのコンピュータによって決定が下される。
【0088】
前駆体イオンとプロダクト(フラグメント)イオンとの間の電荷状態の関係を予測することは、必ずしも容易ではない。高電荷の前駆体しか高電荷のフラグメントイオンを生成できないことは明らかであり、また、前駆体の電荷が大きいほど、フラグメントイオンの電荷状態分布の上方シフトが高まることは直観的に分かる。Madsenら(Anal.Chem.,2009,81(21),pp 8677-8686)は、前駆体の電荷状態が増加するにつれて、プロダクトイオンが、モーダル電荷状態を高め、かつ電荷状態分布を広げることを証明している。しかしながら、この傾向は、ユビキチン、ミオグロビン、シトクロムCおよびcarb.anhy(炭酸脱水酵素)について図10が示すように、様々なタンパク質イオンで変わることが観察されている。それにもかかわらず、単にイオン集束装置を、前駆体イオンの電荷状態の単純な関数に従って調整することは、有益である可能性がある。たとえば、図10のデータによれば、線形傾向0.45xが当てはまると思われる。しかしながら、理想は、特定のサンプルおよび条件に合わせて関数を最適化することであろう。
【0089】
可変電圧電源は、コントローラと共に、イオン集束装置に供給される電圧を、1つのm/zスキャンから後続のm/zスキャンへ(すなわち、1つのイオンパルスのスキャンと、これに続く別のイオンパルスのスキャンとの間で)変えるように構成されてもよい。この方法では、後のスキャンにおいてイオン集束装置に印加される電圧を制御するために使用される少なくとも1つのイオン種の電荷状態および/または存在量データを導出するために、前のスキャンが使用されてもよい。前のスキャンは、後のスキャンの直前のスキャンであっても、2つ、3つまたはそれ以上前のスキャンであってもよい。ある方法において、電圧電源は、イオン集束装置に供給される電圧を、イオン注入機からのイオンのパルスのプレスキャンから捕捉されるイオンビーム内のイオンの電荷状態データおよび/または空間電荷データ(様々な種のイオンの数に関するデータ)に基づいて変えるように構成される。
【0090】
可変電圧電源は、コントローラと共に、イオン集束装置に供給される電圧を、検出器により捕捉される、かつ/または、実施形態によってはイオンビーム内の電荷を測定するための電荷測定デバイスを用いて捕捉される、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態および/または量に関するデータに基づいて変えるように構成されてもよい。電荷測定デバイスは、イオン集束装置の上流に位置決めされることが可能であり、かつイオン経路内に、またはイオン経路に隣接して位置決めされてもよい。電荷測定デバイスは、たとえば、イオン経路内に位置決めされるグリッド、またはイオン経路に隣接して位置決めされる画像電流測定デバイスを備えてもよい。したがって、電圧電源は、イオン集束装置に供給される電圧を、イオン注入機からの1つのイオンパルスの1つのm/zスキャン内で変えるように構成されることが可能である。換言すれば、電圧電源は、イオン集束装置に供給される電圧を、イオン注入機からのイオンのパルスのm/zスキャンの間にイオンからオンザフライで捕捉される、イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態および/または量に関するデータに基づいて変えるように構成されてもよい。データは、上流の電荷測定によってイオンビーム内の所与のイオン種について捕捉され、かつ、可変電圧電源によりイオン集束装置へ印加される電圧を所与のイオン種のイオンがイオン集束装置へ到達するまでに調整するために、コントローラへ提供される。したがって、少なくとも1つの可変電圧は、異なる電荷状態および/または異なる空間電荷のイオン集束装置における到着時間に相関される時間依存方式で可変であること、すなわち、イオン集束装置における異なるイオン種の到着と同期して変えられることが可能である。
【0091】
イオン集束装置に印加される、多価状態を有する少なくとも1つの種のための電圧は、多価状態のイオンの空間分散を一価イオンの空間分散へと正規化する類のものであってもよい。換言すれば、イオン集束装置に供給される電圧は、多価イオン種の空間分散を一価イオンの平均空間分散と略同じにするように調整されてもよい。
【0092】
可変電圧電源は、コントローラと共に、イオン集束装置に電圧を、イオンビーム内の1つのイオン種の電荷状態に基づいて印加するように構成されてもよい。幾つかの他の実施形態において、可変電圧電源は、コントローラと共に、電圧を、イオンビーム内の異なるイオン種の複数の電荷状態に基づいて、たとえば、異なる電荷状態の複数の異なるイオン種の代表的な電荷状態値に基づいて、印加するように構成されてもよい。たとえば、代表的な電荷状態は、異なる電荷状態を有する複数の異なるイオン種の平均電荷状態であってもよい。このように、印加される電圧は、異なる電荷状態を有する幾つかの異なるイオン種の最適電圧間の妥協点であってもよい。同様に、可変電圧電源がコントローラと共に、イオン集束装置に電圧を、イオンの少なくとも1つの量に基づいて印加するように構成される所定の実施形態では、イオンのこの少なくとも1つの量は、単一のイオン種のイオンの量であってもよい。所定の他の実施形態において、イオンの少なくとも1つの量は、異なるイオン種のイオンの複数の量であってもよい。イオンの少なくとも1つの量は、複数の異なるイオン種のイオンの代表的な量を含んでもよい。たとえば、イオンの代表的な量は、イオンビーム内に存在する異なる量(異なる存在量)のイオンを有する複数の異なるイオン種のイオンの平均量であってもよい。このように、印加される電圧は、異なる存在量を有する幾つかの異なるイオン種の最適電圧間の妥協点であってもよい。
【0093】
図1に示す質量分析計の設計が、本開示の教示が使用され得る飛行時間型質量分析計の一例にすぎないことは、理解されるべきである。概して、本開示は、それらが少なくとも1つのイオン集束レンズを備えている限り、より一般的またはより単純なタイプの飛行時間型計器を含む他のタイプへより広く適用される。たとえば、本開示は、図11に略示されかつ米国特許第9136100号明細書に開示されているような単一反射飛行時間型質量分析計に適用可能である。パルスイオンソース200は、イオンを生成し、かつイオンビームは、イオンソース200とイオンミラー204との間に位置決めされる、イオンビーム経路に直交するy方向およびz方向のイオンビーム分散を制御するための2つの中間レンズ202を(ソースに近いレンズに加えて)通過する。イオンミラーにおける反射の後、イオンは、イオン検出器206によって検出される。レンズ202は、本明細書に記述しているように、少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または数に基づいて、または実際には、概して空間電荷、温度、m/z、他に基づいてイオンビーム特性を最適化すべく調整され得るように、可変電圧電源によって電圧を供給させることも可能である。本明細書に記述しているトランスアキシャルタイプの集束レンズは、図1に示す収束ミラー質量分析計における使用に特に適する。一般的なシングルターン飛行時間型質量分析計の場合、ビーム分散の調整をイオン種のイオンの電荷状態および/または数に依存して提供するために、米国特許第9136100号明細書に記載されているような単一のレンズ(アインツェルレンズなど)が使用される可能性もある。
【0094】
所定の質量分析計において、全体的なビーム発散は、少なくとも部分的に、イオン注入機におけるイオンの最初の空間分布によって決定され得、これもまた、通常は電荷状態の関数であって、たとえば、存在するイオンの1つまたは複数の電荷状態に依存して、トラップ電圧を調整して軸方向のポテンシャル井戸を適切に変更するなど、トラップ条件を変えることによって制御される可能性もある。たとえば、1つまたは複数のトラップ電圧は、異なる電荷状態に依存する方法で変更される可能性もある。したがって、上述のアプリケーションの変形は、イオン注入機として使用されるRFイオントラップ内の空間電荷効果もまた、イオントラップ内の初期のイオン雲のサイズおよび有効温度が変わるという理由で、最適なビーム特性を達成するための集束電圧の制御を必要とし得るファクタであり得る、という認識に基づいている。しかしながら、飛行時間型質量分析計の場合は、概して、イオン雲を拡張させれば、イオントラップにおけるターンアラウンドタイムが増加して分解能に影響が出ることから、これがファクタでないことが好ましい。線形トラップにおけるイオンの初期の軸方向分布は、軸方向のDCポテンシャル井戸に依存する。図2に示す線形イオントラップの場合、これは、端部開口に印加されるDC電圧によって制御される。多価イオンは、一価イオンよりもDCポテンシャル井戸の影響を強く受けることから、より圧縮され、よって、イオントラップ内でさらに大きい空間電荷効果を受ける。したがって、本開示の別の態様において、イオンビームを形成するためのイオン注入機は、1つまたは複数の電極により提供されるイオンをトラップするためのDCポテンシャル井戸を有するRFイオントラップであり、かつ可変電圧電源は、1つまたは複数の電極に、イオントラップ内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態に依存し、よって予想されるイオン電荷状態に基づいてDCポテンシャル井戸を調整する、少なくとも1つの電圧を提供し得る。
【0095】
イオン集束レンズの上述のアプリケーションのさらなる変形は、低質量イオンと比較して、イオントラップ注入機4内で高質量イオンが不適切に冷却されることにより引き起こされるイオンエネルギーの変動を補償するように、レンズに印加される電圧を制御することである。概して、イオンは、質量分析計へと抽出される前に、イオン注入機として使用されるイオントラップにおいて、イオントラップ内での衝突冷却により熱運動化される。しかしながら、より高いm/zイオンを効率的に冷却するためには、高いバックグラウンドガス圧力が必要であり、これが、分析器内自体に過剰な圧力を生成してイオン透過を妨げ、あるいは、これと共に、分析種イオンをトラップからの抽出時に高いエネルギー衝突によってフラグメント化する可能性がある。より高いm/zイオンには、さらに、大きいサイズによって飛行中に望ましくない衝突が生じる可能性が高まる、という困難があり得る。理想としてこのようなイオンを低圧で熱運動化するために必要な長い冷却時間は、単純に、100Hzを超える走査周波数で動作する計器では実際に利用できない。所望される質量範囲に渡ってイオンを熱運動化するための時間または圧力が足りない場合には、その質量範囲に渡ってイオンを分散させる変形例もある。しかしながら、分散の変動を補償するために集束レンズの電圧を変更可能であるということは、所望される質量範囲に渡る性能維持に有用である。イオン質量による集束レンズ電圧の制御は、より短い冷却時間の使用、延ては、より速い計器動作をも可能にし得る。したがって、可変電圧電源によりイオン集束装置へ印加される電圧は、様々なm/zのイオンの到着時間と相関する時間依存方式で変えられる可能性もある。集束レンズ電圧のこうした調整は、提案している、ビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態分布および/または数に合わせた集束電圧の調整の上に、すなわちこれに加えて、適用することができる。したがって、集束電圧の調整は、少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または数、ならびにイオン質量(イオン集束装置における到着時間)の関数であり得る。
【0096】
あるシミュレーション例において、1x10-3mbarの窒素バッファガスを用いてイオントラップを配置し、これに、1eVのエネルギーでイオンを注入した。冷却時間1ミリ秒に渡るエネルギーを、図12に示す。1ミリ秒の冷却に続いて、イオンがトラップから抽出された場合、m/z 100~2000の質量範囲が7~30マイクロ秒でドリフト制御レンズに到達する。シミュレートしたドリフトレンズ最適値とエネルギーとの関係をイオン到着時間に適用すると、図13に示す時間依存の電圧が得られる。このような高速電圧変化を発生させる最も効率的な方法は、2つの電圧レベル(この場合は、0~-50V)間の、トランジスタベースのスイッチと、立上り時間を約25マイクロ秒に制御することに適する抵抗およびキャパシタンスとを用いる切換であることから、実際のケースでは、線形傾向を有する近似電圧を用いることが合理的である。あるいは、関数発生器を用いて、より良く較正された適合が入手されてもよい。また、この動的電圧のタイミングおよび勾配も、予想されるイオン電荷状態分布に合わせて変更されてもよい。
【0097】
RFイオントラップ内では、安定したm/z範囲の低いm/z端におけるイオンは、高いm/zイオンより小さい容積を占める。その結果、質量分析計の集束レンズに印加される最適電圧は、理想的には、記述しているように、その初期の空間分布に関連する幾分かのm/z依存性を有する。図1に示すToF質量分析計において、イオン注入機4は、線形RFイオントラップであって、イオンは、分光計のドリフト方向Yに位置合わせされるDCポテンシャル井戸により細長い軸に沿ってトラップされる。これは、このドリフト方向に沿って(m/zによる電荷状態分布に関連する小さいものを除けば)m/zに関連する初期空間差がほとんどなく、よってこれを理由に、ドリフト制御電極に補正電圧を印加することにはほとんど利点がないことを意味する。しかしながら、面外レンズ54、58は、イオントラップソースからのそれらの最適電圧にかなりのm/z依存性を有していて、シミュレーション結果がこれを図14に示している。これに基づいて第2の面外レンズ58に印加すべき電圧関数を、図15に示す。この場合も、これは、好ましくは、電圧が適切な時定数により2つのレベル間で切換されるという実際的な電子設計を理由として、ほぼ線形に保たれる。
【0098】
付番された以下の条項は、本発明の様々な実施形態を定義するものである。
条項1 飛行時間型質量分析計であって、
イオン経路に沿って進むイオンビームを形成するためのパルスイオン注入機と、
前記イオンビーム内の検出器に到着するイオンを、それらのm/z値に従った時点で検出するための検出器と、
前記イオン注入機と前記検出器との間に位置決めされる、前記イオンビームを前記イオン経路に直交する少なくとも一方向に集束させるためのイオン集束装置と、
前記イオン集束装置に、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または量に依存する少なくとも1つの可変電圧を供給するための可変電圧電源と、
を備える、飛行時間型質量分析計。
条項2 前記電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される電圧を、前記検出器および/または前記イオンビーム内の電荷を測定するための電荷測定デバイスを用いて捕捉される、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態および/または量に関するデータに基づいて変えるように構成される、条項1に記載の飛行時間型質量分析計。
条項3 前記電圧電源を制御するために、前記イオンビーム内の少なくとも1つの種のイオンの電荷状態および/または量に関するデータを用いるように構成されるコントローラをさらに備える、条項1または条項2に記載の飛行時間型質量分析計。
条項4 前記コントローラは、MS2分析におけるプロダクトイオンの少なくとも1つの電荷状態を、MS1分析において捕捉される親イオンの少なくとも1つの電荷状態から予測するように構成される、条項3に記載の飛行時間型質量分析計。
条項5 前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記可変電圧を、前記イオン注入機からのイオンパルスの1つのm/zスキャンから、前記イオン注入機からの別のイオンパルスの後続スキャンへ変えるように構成される、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項6 前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記可変電圧を、前記イオン注入機からのイオンのパルスのプレスキャンから捕捉される前記イオンビーム内のイオンの電荷状態データおよび/または量データに基づいて変えるように構成される、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項7 前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記可変電圧を、前記イオン注入機からのイオンのパルスのm/zスキャン内で変えるように構成される、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項8 前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記電圧を、イオン注入機からのイオンのパルスのm/zスキャンの間に前記イオンからオンザフライで捕捉される、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種の電荷状態および/または量に関するデータに基づいて変えるように構成される、条項7に記載の飛行時間型質量分析計。
条項9 前記少なくとも1つの可変電圧は、異なる電荷状態および/または異なる空間電荷のイオンの前記集束装置における到着時間に相関される時間依存方式で可変である、条項7または条項8に記載の飛行時間型質量分析計。
条項10 前記イオンの電荷状態は、多価状態を含み、かつ前記可変電圧電源は、前記イオン集束装置に供給される前記可変電圧を、前記多価状態のイオンの空間分散を一価イオンの空間分散へと正規化すべく変えるように構成される、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項11 前記少なくとも1つの電荷状態は、単一イオン種の電荷状態である、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項12 前記少なくとも1つの電荷状態は、異なるイオン種の複数の電荷状態である、条項1~条項10のいずれかに記載の飛行時間型質量分析計。
条項13 前記少なくとも1つの電荷状態は、複数の異なるイオン種の代表的な電荷状態である、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項14 前記代表的な電荷状態は、前記複数の異なるイオン種の平均電荷状態である、条項13に記載の飛行時間型質量分析計。
条項15 前記イオンビームを前記イオン経路に沿って反射するように構成される少なくとも1つのイオンミラーをさらに備える、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項16 前記イオンビームを前記イオン経路に沿って複数回反射するように構成される複数のイオンミラーをさらに備える、条項15に記載の飛行時間型質量分析計。
条項17 離隔されかつ方向Xにおいて互いに対向する2つのイオンミラーをさらに備え、各ミラーは、概して、前記方向Xに直行するドリフト方向Yに沿って伸長され、前記イオンビームが前記ドリフト方向Yにドリフトする間に、前記イオンビームを前記イオンミラー間で前記方向Xに複数回反射することによりジグザグなイオン経路を提供するように構成される、条項16に記載の飛行時間型質量分析計。
条項18 前記イオン経路は、平面内に存在し、かつ前記イオン集束装置の目的は、前記イオンビームを前記平面内の一方向に集束することにある、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項19 前記イオン経路は、平面内に存在し、かつ前記イオン集束装置の目的は、前記イオンビームを前記平面外の一方向に集束することにある、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項20 前記イオン集束装置は、少なくとも1つのイオン集束レンズを備え、かつ前記電圧電源の目的は、少なくとも1つの可変電圧を前記少なくとも1つのイオン集束レンズに供給することにあり、前記少なくとも1つのイオン集束レンズは、トランスアキシャルレンズ、アインツェルレンズおよび多極子レンズから選択される、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項21 前記イオン経路に沿って、前記イオンビームを反射するように構成される少なくとも1つのイオンミラーを備え、前記少なくとも1つのイオン集束レンズは、前記少なくとも1つのイオンミラーにおける第1の反射の前に位置決めされる、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項22 前記イオンビームを複数回反射するように構成される複数のイオンミラーを備え、前記イオン集束装置の少なくとも1つのイオン集束レンズは、前記イオンミラーにおける第1の反射の後、かつ第5の反射の前に位置決めされる、条項21に記載の飛行時間型質量分析計。
条項23 前記イオン注入機の上流にイオンのMS2分析を実行するためのイオン・フラグメンテーション・デバイスをさらに備え、前記電圧電源は、MS2分析において前記イオン集束装置に供給される電圧を、前記MS2分析に先行して実行されたイオンのMS1分析から導出される少なくとも1つのプロダクトイオン種の電荷状態および/または量に関するデータに基づいて変えるように構成される、先行するいずれかの条項に記載の飛行時間型質量分析計。
条項24 質量分析方法であって、
パルスイオン注入機から、イオン経路に沿って進むイオンビームを形成することと、
前記イオンビーム内の検出器に到着するイオンを、それらのm/z値に従った時点で検出することと、
前記イオン注入機と前記検出器との間に位置決めされるイオン集束装置を用いて、前記イオンビームを前記イオン経路に直交する少なくとも一方向に集束させることと、
前記イオン集束装置に、可変電圧電源から少なくとも1つの可変電圧を供給することと
を含み、前記可変電圧は、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの電荷状態および/または量に依存する、質量分析方法。
条項25 前記少なくとも1つの可変電圧の、前記イオンビーム内の少なくとも1つのイオン種のイオンの前記電荷状態および/または前記量に対する前記依存性は、較正から決定されていて、前記較正は、前記イオン集束装置に供給される可変電圧を有するイオンの1つまたは複数の較正混合物を検出し、イオンの異なる電荷状態および量について、検出されたm/z値および/またはピーク強度の前記可変電圧に対する依存性を決定することを含む、条項24に記載の質量分析方法。
【0099】
質量およびm/zという用語は、本明細書において互換的に使用され、よって一方への言及は他方への言及を含む。
【0100】
特許請求の範囲を含み、本明細書で使用する単数形の用語は、文脈による別段の指定のない限り、複数形も含み、逆もまた同様であると解釈されるべきである。たとえば、文脈による別段の指定のない限り、特許請求の範囲を含み、本明細書における、「1つの(aまたはan)」などの単数形への言及は、「1つまたは複数の」を意味する。
【0101】
本明細書の本文および特許請求の範囲を通して、「備える(comprise)」、「含む(including)」、「有する(having)」および「含有する(contain)」という用語、ならびにこれらの用語の変形、たとえば「備える(comprising)」および「備える(comprises)」、他は、「~を含むがこれらに限定されるものではない」ことを意味し、他の構成要素を排除する意図はない(よって、排除するものではない)。
【0102】
これまでに述べた本発明の実施形態に対しては、なおも特許請求の範囲に定義される本発明の範囲内に包含されつつ変更が可能であることは、認識されるであろう。本明細書に開示される各特徴は、別段の指定のない限り、同一、同等または類似の目的を果たす代替の特徴と置き換えられてもよい。したがって、別段の指定のない限り、開示されているそれぞれの特徴は、一般的な一連の同等または類似の特徴の単なる一例である。
【0103】
本明細書におけるあらゆる例、または例示的な言い回し(「たとえば(for instance)」、「など(such as)」、「たとえば(for example)」、および同様の言い回し)の使用は、単に、発明をより良く例示するためのものであり、よって、別段の主張のない限り、発明の範囲に対する限定を示すものではない。本明細書におけるいずれの言い回しも、本発明の実施に不可欠なものとして主張されていないいかなる要素をも示すものとして解釈されるべきではない。
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