(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-10
(45)【発行日】2022-05-18
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20220511BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20220511BHJP
B23B 51/00 20060101ALI20220511BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20220511BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
B23B51/00 J
C23C14/06 A
C23C14/06 P
(21)【出願番号】P 2018071798
(22)【出願日】2018-04-03
【審査請求日】2021-01-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】片桐 隆雄
(72)【発明者】
【氏名】西澤 普賢
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/008554(WO,A1)
【文献】特開2009-289312(JP,A)
【文献】特開2005-271133(JP,A)
【文献】特開2011-125984(JP,A)
【文献】特開2018-039081(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0115484(US,A1)
【文献】特開2007-254785(JP,A)
【文献】再公表特許第2016/158717(JP,A1)
【文献】再公表特許第2017/154774(JP,A1)
【文献】再公表特許第2017/170603(JP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00-29/34
B23B 51/00-51/14
B23C 1/00-9/00
B23P 5/00-17/06
C23C 14/00-14/58
C23C 16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の上に形成された被覆層とを含む被覆切削工具であって、
前記被覆層が、下部層と、前記下部層の上に形成された上部層とを含み、
前記下部層が、0.2μm以上5.0μm以下の平均厚さを有し、下記式(1):
(Ti
1-xAl
x)N (1)
(式中、xは、Ti元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を示し、0.3≦x≦0.7を満足する。)
で表される組成を有する複合化合物層からなり、
前記上部層が、1.5μm以上6.0μm以下の平均厚さを有するAlN層からなり、
前記上部層の、X線回折法による六方晶(100)面の回折ピーク強度I
h(100)に対する六方晶(002)面の回折ピーク強度I
h(002)の比[I
h(002)/I
h(100)]が、5.0以上であ
り、
前記上部層の、X線回折法による六方晶(100)面の回折ピーク強度I
h
(100)に対する立方晶(111)面の回折ピーク強度I
c
(111)の比[I
c
(111)/I
h
(100)]が、0.5以上5.0以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記上部層を構成する粒子の平均粒径が、0.1μm以上1.0μm以下である、請求項
1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記被覆層全体の平均厚さは、2.0μm以上7.0μm以下である、請求項1
または2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックスおよび立方晶窒化硼素焼結体から選択されるいずれか1つである、請求項1~
3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、鋼などの切削加工には、超硬合金およびcBN焼結体などの材料を用いた切削工具が広く用いられている。中でも超硬合金基材の表面にTiN層、TiAlN層、およびAlN層などの硬質被覆膜層を1層または2層以上含む表面被覆切削工具は、汎用性の高さから様々な加工に使用されている。
【0003】
硬質被覆膜層の中で、AlN層は、熱伝導率が高いことから、放熱性に優れる。また、AlN層は、切削で高温になったときに、アルミナとなることにより、耐熱性を向上させるとともに、耐溶着性も向上させることができる。
【0004】
例えば、特許文献1では、基材の表面に、耐摩耗層として、(Ti,Al)、(Ti,Al,Si)、または(Ti,Si)のいずれかの窒化物、炭窒化物、窒酸化物または炭窒酸化物からなり、最表層として、Alの窒化物、炭窒化物、窒酸化物または炭窒酸化物からなって六方晶の結晶構造を持つ被覆切削工具が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
加工能率を上げるために、従来よりも切削条件が厳しくなる傾向の中で、これまでより工具寿命を延長することが求められている。特に高速加工においては、切削加工時の発熱によって切れ刃における被覆層が分解および酸化する場合がある。さらに、被削材が被覆切削工具に溶着することを起因とした被覆層の剥離が生じる。AlN層は被覆層として有効であるものの、硬さが低く、耐摩耗性が不十分である。したがって、例えば、特許文献1の被覆切削工具のようなAlN層を被覆層とする被覆切削工具は、耐摩耗性に劣るため、工具寿命を長くできないという問題がある。
【0007】
本発明は、上述の問題を解決するためになされたものである。すなわち、本発明は、耐摩耗性および耐溶着性に優れる被覆切削工具を提供することを目的とする。また、本発明は、長期間にわたって加工できる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねた。本発明者らは、以下の構成によって、被覆切削工具の耐摩耗性および耐溶着性を向上させることができることを見出した。その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができた。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0010】
(1)基材と、該基材の上に形成された被覆層とを含む被覆切削工具であって、
前記被覆層が、下部層と、該下部層の上に形成された上部層とを含み、
前記下部層が、0.2μm以上5.0μm以下の平均厚さを有し、下記式(1):
(Ti1-xAlx)N (1)
(式中、xは、Ti元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を示し、0.3≦x≦0.7を満足する。)
で表される組成を有する複合化合物層からなり、
前記上部層が、1.5μm以上6.0μm以下の平均厚さを有するAlN層からなり、
前記上部層の、X線回折法による六方晶(100)面の回折ピーク強度Ih(100)に対する六方晶(002)面の回折ピーク強度Ih(002)の比[Ih(002)/Ih(100)]が、5.0以上である、被覆切削工具。
【0011】
(2)前記上部層の、X線回折法による六方晶(100)面の回折ピーク強度Ih(100)に対する立方晶(111)面の回折ピーク強度Ic(111)の比[Ic(111)/Ih(100)]が、0.5以上5.0以下である、(1)の被覆切削工具。
【0012】
(3)前記上部層を構成する粒子の平均粒径が、0.1μm以上1.0μm以下である、(1)または(2)の被覆切削工具。
【0013】
(4)前記被覆層全体の平均厚さは、2.0μm以上7.0μm以下である(1)~(3)のいずれかの被覆切削工具。
【0014】
(5)前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックスまたは立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである(1)~(4)のいずれかの被覆切削工具。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、耐摩耗性および耐溶着性に優れる被覆切削工具を提供することができる。また、本発明によれば、長期間にわたって加工できる被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の被覆切削工具の断面組織の模式図の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の被覆切削工具は、基材と、基材の上に形成された被覆層とを備える。被覆層は、下部層と、下部層の上に形成された上部層とを含む。上部層は、AlN層からなる。本発明の被覆切削工具は、上部層(AlN層)の配向性を制御させたことにより、従来の被覆切削工具よりも耐摩耗性および耐溶着性に優れる。本発明の被覆切削工具は、耐摩耗性および耐溶着性に優れるため、長期間にわたって加工に用いることができる。
【0018】
本発明の被覆切削工具は、基材を含む。
【0019】
本発明における基材は、特に限定はされないが、被覆切削工具の基材として用いられるものを用いることができる。具体的には、本発明における基材としては、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックスおよび立方晶窒化硼素焼結体から選択されるいずれか1つを用いることができる。これらの中では、被覆切削工具の基材として、超硬合金、サーメット、セラミックスおよび立方晶窒化硼素焼結体から選択されるいずれか1つを用いることが好ましい。超硬合金、サーメット、セラミックスおよび立方晶窒化硼素焼結体は、耐摩耗性および耐欠損性に優れるからである。
【0020】
本発明の被覆切削工具の被覆層は、基材の表面に形成された下部層を含む。
【0021】
本発明の被覆切削工具の下部層は、下記式(1)で表される組成を有する複合化合物層からなる。
(Ti1-xAlx)N 式(1)
(式中、xは、Ti元素とAl元素との合計に対するAl元素の原子比を示し、xは、0.3≦x≦0.7を満足する。)
【0022】
なお、本明細書において、MおよびLを任意の金属元素として、窒化物を(MaLb)Nと表記する場合は、金属元素全体に対するM元素の原子比がa、L元素の原子比がbであることを意味する。例えば、(Ti0.33Al0.67)Nは、金属元素全体に対するTi元素の原子比が0.33であり、金属元素全体に対するAl元素の原子比が0.67であることを意味する。すなわち、(Ti0.33Al0.67)Nは、金属元素全体に対するTi元素の量が33原子%であり、金属元素全体に対するAl元素の量が67原子%であることを意味する。
【0023】
本発明の被覆切削工具では、後述する上部層のAlN層をc軸に配向させるために、下部層が、上述の式(1)で示す(Ti1-xAlx)Nであることが必要である。下部層において、Al含有量を30原子%以上(x≧0.3)とすることで、基材との密着性に優れ、被覆切削工具の耐欠損性を向上させることができる。また、下部層において、Al含有量を70原子%以下(x≦0.3)にすることで、下部層での六方晶の形成を抑制し、被覆層の硬度の低下を抑制することができる。この結果、耐摩耗性に優れる被覆切削工具を得ることができる。
【0024】
本発明の被覆切削工具の下部層は、0.2μm以上5.0μm以下、好ましくは0.2μm以上2.0μm以下の平均厚さを有する。平均厚さの測定方法については後述する。
【0025】
下部層の平均厚さが0.2μm以下の場合には、後述する上部層のAlN層をc軸に配向させることが困難になるため、被覆切削工具の耐摩耗性および耐溶着性が低下する。また、下部層の平均厚さが5.0μm以上の場合には、剥離しやすくなるため、被覆切削工具の耐欠損性が低下する。
【0026】
本発明の被覆切削工具の被覆層は、下部層の上(基材とは反対側)に形成された上部層を含む。
【0027】
本発明の被覆切削工具の上部層は、1.5μm以上6.0μm以下、好ましくは1.8μm以上5.8μm以下の平均厚さを有するAlN層からなる。なお、「AlN層」とは、不可避的に混入する不純物を除き、AlおよびNのみを材料とする層である。
【0028】
本発明の被覆切削工具の上部層の、X線回折法による六方晶(100)面の回折ピーク強度Ih(100)に対する六方晶(002)面の回折ピーク強度Ih(002)の比[Ih(002)/Ih(100)](以下、単に「回折ピーク強度の比[Ih(002)/Ih(100)]」という場合がある。)は、5.0以上、好ましくは5.2以上、より好ましくは12.0以上である。
【0029】
本発明の被覆切削工具では、上部層のAlN層において、回折ピーク強度の比[Ih(002)/Ih(100)]が5.0以上、好ましくは5.2以上、より好ましくは12.0以上である場合には、c軸に配向した結晶の存在割合が多いことになる。その結果、耐摩耗性および耐溶着性に優れる被覆層を有する被覆切削工具を得ることができる。
【0030】
AlN層においてc軸に配向した結晶の存在割合が多い場合に、耐摩耗性および耐溶着性に優れることの理由として、次の推論が考えられる。すなわち、六方晶のAlN層ではすべり方向がab面内である。そのため、AlN層をc軸に配向させることにより、AlN層が歪みにくくなり、硬さが向上すると考えられる。この結果、得られる被覆層は、耐摩耗性に優れると考えられる。また、AlN層をc軸に配向させたことにより、最表面が稠密面になるため、Alと被削材との化学反応性が低くなる(親和性が低下する)ので、耐溶着性に優れると考えられる。しかしながら、本発明は、この推論に拘束されるものではない。
【0031】
本発明の被覆切削工具は、上部層の、X線回折法による六方晶(100)面の回折ピーク強度Ih(100)に対する立方晶(111)面の回折ピーク強度Ic(111)の比[Ic(111)/Ih(100)](以下、単に「回折ピーク強度の比[Ic(111)/Ih(100)]」という場合がある。)が、0.5以上5.0以下であることが好ましく、0.7以上4.5以下であることが好ましい。
【0032】
上部層(AlN層)の回折ピーク強度の比[Ic(111)/Ih(100)]が、所定の範囲であることは、上部層には、六方晶のAlNと共に、立方晶のAlNが含まれていることを意味する。本発明の被覆切削工具のAlN層(上部層)が、六方晶のAlNに加えて、立方晶のAlNを含むことにより、さらに硬度が向上し、耐摩耗性に優れる被覆切削工具を得ることができる。
【0033】
なお、AlN層の回折ピーク強度の比[Ic(111)/Ih(100)]が0.5以上であると、立方晶を含有することで、硬度が高くなることにより、耐摩耗性に優れる。一方、AlN層の六方晶に対する立方晶の回折ピーク強度の比が5.0を超えて大きくするは、製造技術上、困難である。したがって、製造技術上の点から、AlN層の六方晶に対する立方晶の回折ピーク強度の比の上限を5.0とすることができる。
【0034】
本発明の被覆切削工具の上部層は、1.5μm以上6.0μm以下、好ましくは1.8μm以上5.8μm以下の平均厚さを有する。
【0035】
上部層の平均厚さが1.5μm以下の場合には、後述する上部層のAlN層をc軸に配向させることが困難になるため、被覆切削工具の耐摩耗性および耐溶着性が低下する。また、下部層の平均厚さが6.0μm以上の場合には、剥離しやすくなるため、被覆切削工具の耐欠損性が低下する。
【0036】
本発明の被覆切削工具は、上部層を構成する粒子の平均粒径が、0.1μm以上1.0μm以下であることが好ましく、0.2μm以上0.95μm以下であることがより好ましい。
【0037】
本発明の被覆切削工具では、上部層を構成する粒子の平均粒径が、0.1μm以上である場合には、切削加工中に粒子が脱落するのを抑制することができる。そのため、上部層を構成する粒子の平均粒径が、0.1μm以上であることにより、耐摩耗性を向上させることができる。一方、上部層を構成する粒子の平均粒径が、1.0μm以下である場合には、基材に向かって加工中に発生した亀裂が基材に向かって進展するのを抑制できるため、耐欠損性を向上することができる。
【0038】
本発明の被覆切削工具における被覆層(下部層および上部層)全体の平均厚さは、2.0μm以上7.0μm以下であることが好ましく、3.0μm以上6.8μm以下であることが好ましい。被覆層の平均厚さが2.0μm未満であると、被覆切削工具の耐摩耗性が低下する傾向がある。被覆層の平均厚さが7.0μmを超えると、被覆切削工具の耐欠損性が低下する傾向がある。
【0039】
本発明の被覆切削工具における被覆層の製造方法は、当該被覆切削工具の構成を達成し得る限り、特に限定されるものではない。例えば、被覆層は、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、およびイオンミキシング法などから選択される物理蒸着法によって製造することができる。特に、アークイオンプレーティング法によって形成された被覆層は、基材との密着性が高い。したがって、被覆層の製造は、アークイオンプレーティング法により行うことが好ましい。
【0040】
本発明の被覆切削工具の製造方法について、アークイオンプレーティング法により行う例を用いて説明する。
【0041】
まず、工具形状に加工した基材を、物理蒸着装置の反応容器内に入れる。次に、反応容器内を、圧力1×10-2Pa以下になるまで真空引きする。真空引きした後、反応容器内のヒーターで、基材を200℃~800℃に加熱する。加熱後、反応容器内に、Arガスを導入して、圧力を0.5Pa~5.0Paとする。圧力0.5Pa~5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-200V~-1000Vのバイアス電圧を印加する。反応容器内のタングステンフィラメントに、5A~20Aの電流を流す。この結果、基材の表面を、Arガスによるイオンボンバードメント処理することができる。基材の表面をイオンボンバードメント処理した後、反応容器内を、圧力1×10-2Pa以下になるまで真空引きする。
【0042】
次に、基材の表面に、下部層として、(Ti1-xAlx)Nで表される組成を有する複合化合物層を形成する。具体的には、まず、イオンボンバードメント処理および真空引きの後、窒素ガスなどの反応ガスを反応容器内に導入する。反応容器内の圧力を、0.5Pa~5.0Paにして、基材に-10V~-150Vのバイアス電圧を印加する。下部層の金属成分に応じた金属蒸発源(TiAl蒸発源)をアーク放電により蒸発させることによって、基材の表面に(Ti1-xAlx)Nの下部層を形成することができる。なお、アーク放電の際のアーク電流は100A~200Aであることが好ましい。また、下部層を形成する際の基材の温度は、200℃~600℃であることが好ましい。
【0043】
下部層の形成後、上部層(AlN層)を形成する。具体的には、イオンボンバードメント処理後、または下部層を形成した後、反応容器内を真空引きするとともに、基材の温度を350℃~450℃(成膜温度)に加熱する。その後、窒素ガスを、反応容器内に導入する。これにより、反応容器内の圧力を、2.0Pa~5.0Paにして、基材に-60V~-40Vのバイアス電圧を印加する。アーク電流100A~150Aのアーク放電によりAlからなる金属蒸発源を蒸発させることによって、下部層の表面に上部層を形成することができる。
【0044】
上部層の形成の際に、成膜温度が低いほど、Ih(002)が大となる傾向がある。また、基材に印加するバイアス電圧が高いほど、Ih(002)が大となる傾向がある。さらに、アーク放電の電流が低いほど、Ih(002)が大となる傾向がある。これらの条件を調整することにより、回折ピーク強度の比[Ih(002)/Ih(100)]を所定の範囲にすることができる。
【0045】
上部層の成膜開始時の温度が低いほど、上部層の平均粒径が大きくなる傾向がある。したがって、所定の平均粒径の範囲に粒径を制御するために、上述の成膜温度の範囲で上部層の成膜を開始することが好ましい。
【0046】
アーク放電による上部層の形成の際に、成膜開始時の温度をピーク温度として、基材の温度を低下(冷却)させる。この冷却の際に、基材の温度の冷却速度を、20℃/時間を超えて大きくすると、AlN層中の立方晶の割合が大きくなる。しかし、基材の温度の冷却速度を、50℃/時間を超えて大きくすると、成膜速度が遅くなるため、製造上、有益でない。したがって、基材の温度の冷却速度を、20℃/時間以上50℃/時間以下にすることが好ましい。
【0047】
被覆層を構成する各層(下部層および上部層)の厚さは、被覆切削工具の断面組織を観察することで測定することができる。例えば、被覆層を構成する各層の厚さは、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、および透過型電子顕微鏡(TEM)などを用いて測定することができる。
【0048】
被覆層を構成する各層の平均厚さは、次のように求めることができる。すなわち、金属蒸発源に対向する面の刃先から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、被覆切削工具の断面を、SEM等により3箇所以上(例えば3箇所)で観察する。この観察した断面から、各層の厚さを測定する。観察した断面画像に基づいて、厚さを測定するために、公知の画像処理ソフト等を用いることができる。このようにして測定した各層の厚さの平均値を計算することによって、平均厚さを求めることができる。
【0049】
被覆層を構成する各層の組成は、被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)および波長分散型X線分析装置(WDS)などの測定装置を用いて測定することができる。
【0050】
本発明の上部層について、六方晶(100)面のピーク強度Ih(100)、六方晶(002)面の回折ピーク強度Ih(002)および立方晶(111)面の回折ピーク強度Ic(111)は、市販のX線回折装置を用いて測定することができる。ピーク強度Ih(100)、Ih(002)およびIc(111)の測定には、例えば、株式会社リガク製 X線回折装置RINT TTRIIIを用いることができる。また、測定には、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折法による測定を用いることができる。X線回折法の測定条件は、例えば、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:4°/min、
2θ測定範囲:20~80°
【0051】
X線回折法の測定により得られたX線回折パターンのチャートから、上記の各ピーク強度を求めるときに、X線回折装置付属の解析ソフトウェアを用いてもよい。解析ソフトウェアを用いるときには、三次式近似を用いてバックグラウンド処理およびKα2ピーク除去を行うとともに、Pearson-VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行う。これにより、各ピーク強度を求めることができる。
【0052】
なお、上部層よりも基材側に下部層が形成されている場合には、下部層の影響を受けないように、薄膜X線回折法により、各ピーク強度を測定してもよい。
【0053】
本発明の被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、およびエンドミルなどを挙げることができる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明の実施形態について、具体的に説明する。なお、以下の実施形態は、本発明を具体化する際の形態であって、本発明をその範囲内に限定するものではない。
【0055】
本発明の実施例(発明品1~11)および比較例(比較品1~6)のための基材として、ISO規格SWMT13T3形状のインサートに加工した、93.2%WC-6.5%Co-0.3%Cr3C2(以上、重量%)の組成を有する超硬合金を用意した。
【0056】
アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表1に示す各層の組成になる金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0057】
その後、反応容器内の圧力を、5.0×10-3Pa以下になるまで真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターで、基材をその温度が500℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内の圧力が5.0Paになるように、反応容器内にArガスを導入した。
【0058】
圧力5.0PaのArガス雰囲気にて、基材に-1000Vのバイアス電圧を印加した。反応容器内のタングステンフィラメントに、10Aの電流を流した。このような条件で、基材の表面に、Arガスによるイオンボンバードメント処理を30分間行った。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内の圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで、反応容器内を真空引きした。
【0059】
発明品1~10ならびに比較品2~4および6については、下部層の形成のために、TiAl蒸発源を用いた。具体的には、真空引き後、窒素ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を圧力3.0Paの窒素ガス雰囲気にした。基材には、-40Vのバイアス電圧を印加した。アーク電流150Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させることで、アークイオンプレーティング法により、(Ti0.33Al0.67)Nの組成を有する下部層を形成した。なお、下部層を形成する際の基材の温度は、500℃とした。表1に、発明品1~10ならびに比較品2~4および6の下部層の平均厚さを示す。
【0060】
発明品11については、下部層の形成のために、上述の発明品1~10ならびに比較品2~4および6において用いた蒸発源とは異なる組成のTiAl蒸発源を用いた。それ以外の下部層の成膜条件は、上述の発明品1~10ならびに比較品2~4および6の成膜条件と同じである。具体的には、真空引き後、窒素ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を圧力3.0Paの窒素ガス雰囲気にした。基材には、-40Vのバイアス電圧を印加した。アーク電流150Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させることで、アークイオンプレーティング法により、(Ti0.65Al0.35)Nの組成を有する下部層を形成した。なお、下部層を形成する際の基材の温度は、500℃とした。表1に、発明品11の下部層の平均厚さを示す。
【0061】
比較品5については、Ti蒸発源を用いて、下部層を形成した。具体的には、真空引き後、窒素ガスを反応容器内に導入し、反応容器内を圧力3.0Paの窒素ガス雰囲気にした。基材には、-40Vのバイアス電圧を印加した。アーク電流150Aのアーク放電により金属蒸発源を蒸発させることで、アークイオンプレーティング法により、TiNの組成を有する下部層を形成した。なお、下部層を形成する際の基材の温度は、500℃とした。表1に、比較品5の下部層の平均厚さを示す。
【0062】
なお、比較品1については、下部層を形成しなかった。
【0063】
次に、発明品1~11および比較品2~6については、下部層を形成した後、比較品1についてはイオンボンバードメント処理の後に、反応容器内の圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで真空引きし、表4に示す成膜開始時の温度まで基材を加熱した。その後、窒素ガスを反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を3.0Paにして、表4に示す条件で、アークイオンプレーティング法により、上部層(AlN層)を形成した。
【0064】
発明品1~11および比較品1~6について、基材または下部層の表面に、表1に示す所定の厚さになるまで上部層を形成した。その後、ヒーターの電源を切り、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0065】
得られた試料の各層の平均厚さは、次のように求めた。すなわち、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をSEMで観察した。各層の厚さを測定し、測定した厚さの平均値を計算した。表1に、このようにして得られた各試料の各層の厚さを示す。
【0066】
得られた試料の各層の組成は、次のように求めた。すなわち、被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先から当該面の中心部に向かって50μmの位置の断面において、EDSを用いて組成を測定した。表1に、このようにして得られた各試料の組成を示す。
【0067】
なお、表1の下部層の金属元素の組成比は、各層を構成する金属化合物における金属元素全体に対する各金属元素の原子数の比を示す。
【0068】
得られた試料について、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折法により、上部層の測定を行った。測定条件は、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:4°/min、
2θ測定範囲:30~70°
【0069】
X線回折法の測定により得られた上部層のX線回折パターンのチャートから、六方晶(100)面のピーク強度Ih(100)、六方晶(002)面の回折ピーク強度Ih(002)および立方晶(111)面の回折ピーク強度Ic(111)を求めた。測定したこれらの回折ピーク強度から、回折ピーク強度の比[Ih(002)/Ih(100)]および比[Ih(002)/Ih(100)]を求めた。その結果を、表2に示す。
【0070】
得られた試料を用いて、以下の切削試験1および切削試験2を行い、耐欠損性および耐摩耗性を評価した。その評価結果を表5に示す。
【0071】
切削試験(耐欠損性および耐摩耗性試験)の測定条件は、以下の通りである。
被削材:FCD600、
被削材形状:200mm×100mm×60mmのブロック、
切削速度:200m/min、
送り:0.2mm/t、
切り込み:2.0mm、
クーラント:有り、
評価項目:試料が欠損したとき、または試料の逃げ面摩耗幅または境界摩耗幅が0.3mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命に至るまでの加工時間を測定した。表3に、測定により得られた加工時間を示す。また、表3の「損傷形態」欄には、欠損が無かった場合には「正常摩耗」、欠損があった場合には「欠損」と記載した。
【0072】
表3に示すように、発明品1~11の耐欠損性および耐摩耗性試験では、工具寿命に至るまでの加工時間が、62分(発明品10)以上であり、良好な結果だった。これに対して比較品1~6の工具寿命に至るまでの加工時間は、47分(比較品6)以下であり、良好とはいえない結果だった。なお、比較品4では、試料の逃げ面摩耗幅または境界摩耗幅が0.3mmに至る前に、36分で欠損が観察された。したがって、本発明の被覆切削工具は、耐摩耗性に優れる被覆切削工具であるといえる。
【0073】
また、上述の耐欠損性および耐摩耗性試験の間、発明品1~11の試験片が被削材に溶着するなどといった耐溶着性に起因する問題は生じなかった。したがって、本発明の被覆切削工具は、耐溶着性に優れる被覆切削工具であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の被覆切削工具は、耐摩耗性および耐溶着性に優れている。本発明によれば、従来よりも工具寿命を延長できる。したがって、本発明の産業上の利用可能性は高い。
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
【符号の説明】
【0079】
1 基材
2 下部層
3 上部層
4 被覆層
5 被覆切削工具