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特許7070671質量分析用キット、微生物識別用キット、試料の調製方法、分析方法および微生物の識別方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-10
(45)【発行日】2022-05-18
(54)【発明の名称】質量分析用キット、微生物識別用キット、試料の調製方法、分析方法および微生物の識別方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20220511BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20220511BHJP
   C12M 1/34 20060101ALN20220511BHJP
   C12N 13/00 20060101ALN20220511BHJP
【FI】
G01N27/62 F
G01N27/62 V
G01N27/62 D
C12Q1/04
C12M1/34 B
C12N13/00
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020514010
(86)(22)【出願日】2019-03-08
(86)【国際出願番号】 JP2019009392
(87)【国際公開番号】W WO2019202872
(87)【国際公開日】2019-10-24
【審査請求日】2020-10-15
(31)【優先権主張番号】P 2018078584
(32)【優先日】2018-04-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】寺本 華奈江
【審査官】佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-181404(JP,A)
【文献】特表2005-518521(JP,A)
【文献】特開2004-354376(JP,A)
【文献】特開2009-121857(JP,A)
【文献】特開2013-231711(JP,A)
【文献】特開2015-184020(JP,A)
【文献】特開平04-184253(JP,A)
【文献】特開2011-174887(JP,A)
【文献】特開2013-068598(JP,A)
【文献】特表2016-512602(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
・IPC
G01N 1/00-G01N 1/44,
G01N 27/62,
H01J 49/00-H01J 49/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリックス支援レーザー脱離イオン化により試料をイオン化する質量分析に用いる質量分析用キットであって、
固体状態のマトリックス試薬と、
前記マトリックス試薬がそれぞれ配置された複数の容器と、
を備え
前記複数の容器のそれぞれに試料を含む溶液を加えて、前記マトリックス試薬と混合することにより質量分析用試料を調製可能である質量分析用キット。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析用キットにおいて、
前記複数の容器のそれぞれの容量は、100μL以上5mL以下である質量分析用キット。
【請求項3】
請求項2に記載の質量分析用キットにおいて、
前記複数の容器のそれぞれの容量は、200μL以上3mL以下である質量分析用キット。
【請求項4】
請求項1に記載の質量分析用キットにおいて、
前記複数の容器の個数は、5以上である質量分析用キット。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか一項に記載の質量分析用キットにおいて、
前記複数の容器のそれぞれにおいて、前記マトリックス試薬とマトリックスの添加剤とが混合されて配置されている質量分析用キット。
【請求項6】
請求項1からまでのいずれか一項に記載の質量分析用キットにおいて、
前記マトリックス試薬は、前記質量分析用試料において、 固体マトリックスまたは液体マトリックスを構成する物質を含む質量分析用キット。
【請求項7】
請求項1からまでのいずれか一項に記載の質量分析用キットにおいて、
前記マトリックス試薬が配置された前記複数の容器とは異なる溶媒用容器に配置された溶媒をさらに備える質量分析用キット。
【請求項8】
請求項1からまでのいずれか一項に記載の質量分析用キットにおいて、
前記複数の容器のそれぞれは、マトリックスの添加剤として、ホスホン酸基を含む化合物を含む質量分析用キット。
【請求項9】
請求項1から8までのいずれか一項に記載の質量分析用キットを備える微生物識別用キット。
【請求項10】
マトリックス支援レーザー脱離イオン化を行う質量分析に用いる複数の試料の調製方法であって、
固体状態の、マトリックス試薬がそれぞれ配置された複数の容器を用意する準備ステップ
記複数の容器それぞれ料を含む溶液を加えて、前記マトリックス試薬と混合することにより質量分析用試料を調製する調製ステップ
有する試料の調製方法。
【請求項11】
請求項10に記載の試料の調製方法の前記調製ステップにおいて
記複数の容器のそれぞれに、さらに溶媒を加えて前記質量分析用試料を調製する試料の調製方法。
【請求項12】
請求項10に記載の試料の調製方法において、
前記複数の容器のそれぞれにおいて、前記マトリックス試薬とマトリックスの添加剤とが混合されて配置されており、
前記調製ステップにおいて、前記マトリックス試薬および前記添加剤が配置された前記複数の容器のそれぞれに、さらに溶媒を加えて前記質量分析用試料を調製する試料の調製方法。
【請求項13】
請求項10から12までのいずれか一項に記載の試料の調製方法により質量分析用試料を調製する調製ステップと、
前記質量分析用試料にレーザーを照射してイオン化するイオン化ステップと、
イオン化された前記質量分析用試料を質量分析する質量分析ステップと、
有する分析方法。
【請求項14】
請求項10から12までのいずれか一項に記載の試料の調製方法により微生物に含まれる複数のタンパク質を含む質量分析用試料を調製する調製ステップと、
前記質量分析用試料にレーザーを照射してイオン化するイオン化ステップと、
イオン化された前記質量分析用試料を質量分析してマススペクトルを作成するマススペクトル作成ステップと、
前記マススペクトルにおけるピークと、データベースに記憶された複数の微生物に含まれるタンパク質のマススペクトルのピークとの比較を行う比較ステップと、
前記比較に基づいて、前記微生物がいずれの微生物であるかを識別する識別ステップ
有する微生物の識別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析用キット、微生物識別用キット、試料の調製方法、分析方法および微生物の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マトリックス支援レーザー脱離イオン化(以下、MALDIと呼ぶ)法により試料をイオン化する質量分析は、微生物の識別等の様々な用途に好適に用いられる分析方法である。MALDI法を用いた質量分析では、試料プレートの複数の試料配置部位に、それぞれ調製された複数の試料(以下、質量分析用試料と呼ぶ)を配置し、各試料配置部位にレーザーを照射して質量分析用試料をイオン化する。
【0003】
1つの試料プレートに例えば数十以上の質量分析用試料を配置してから、当該試料プレートを質量分析計に配置して質量分析を行う場合もあり、これらの質量分析用試料の調製には煩雑な作業を要した。
【0004】
質量分析用試料の調製には、マトリックスに加え、好適なマトリックスの添加剤が用いられることで、より精密な測定データを得られる場合があるが(特許文献1参照)、各試料にマトリックスの添加剤を加える操作を行うと、質量分析用試料の調製はさらに煩雑な作業となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特開2009-121857号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
マトリックス支援レーザー脱離イオン化法による質量分析用試料の調製を行う際の、作業の煩雑さが軽減されることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様によると、質量分析用キットは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化により試料をイオン化する質量分析に用いる質量分析用キットであって、固体状態の、マトリックス試薬と、前記マトリックス試薬がそれぞれ配置された複数の容器と、を備える。
本発明の第2の態様によると、第1の態様の質量分析用キットにおいて、前記複数の容器のそれぞれの容量は、100μL以上5mL以下であることが好ましい。
本発明の第3の態様によると、第2の態様の質量分析用キットにおいて、前記複数の容器のそれぞれの容量は、200μL以上3mL以下であることが好ましい。
本発明の第4の態様によると、第1から第3までのいずれかの態様の質量分析用キットにおいて、前記複数の容器の個数は、5以上であることが好ましい。
本発明の第5の態様によると、第1から第4までのいずれかの態様の質量分析用キットにおいて、前記複数の容器のそれぞれにおいて、前記マトリックス試薬とマトリックス添加剤と混合されて配置されていることが好ましい。
本発明の第6の態様によると、第1から第5までのいずれかの態様の質量分析用キットにおいて、前記マトリックス試薬は、固体マトリックスまたは液体マトリックスを構成する物質を含むことが好ましい。
本発明の第7の態様によると、第1から第6までのいずれかの態様の質量分析用キットにおいて、前記マトリックス試薬が配置された前記複数の容器とは異なる溶媒用容器に配置された溶媒をさらに備えることが好ましい。
本発明の第8の態様によると、第1から第7までのいずれかの態様の質量分析用キットにおいて、前記複数の容器のそれぞれは、マトリックスの添加剤として、ホスホン酸基を含む化合物を含むことが好ましい。
本発明の第9の態様によると、微生物識別用キットは、第1から第8までのいずれかの態様の質量分析用キットを備える。
本発明の第10の態様によると、試料の調製方法は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化を行う質量分析に用いる複数の試料の調製方法であって、固体状態の、マトリックス試薬がそれぞれ配置された複数の容器を用意することと、前記マトリックス試薬を用いて、前記複数の容器にそれぞれ対応した複数の試料とを含む質量分析用試料を調製することとを備える。
本発明の第11の態様によると、第10の態様の試料の調製方法において、前記マトリックス試薬が配置された前記複数の容器のそれぞれに前記試料および溶媒を加えて前記質量分析用試料を調製することが好ましい。
本発明の第12の態様によると、第10の態様の試料の調製方法において、前記複数の容器のそれぞれにおいて、前記マトリックス試薬とマトリックスの添加剤とが混合されて配置されており、前記マトリックス試薬および前記添加剤が配置された前記複数の容器のそれぞれに前記試料および溶媒を加えて前記質量分析用試料を調製することが好ましい。
本発明の第13の態様によると、分析方法は、第10から第12までのいずれかの態様の試料の調製方法により質量分析用試料を調製することと、前記質量分析用試料にレーザーを照射してイオン化することと、イオン化された前記質量分析用試料を質量分析することと、を備える。
本発明の第14の態様によると、微生物の識別方法は、第10から第12までのいずれかの態様の試料の調製方法により微生物に含まれる複数のタンパク質を含む質量分析用試料を調製することと、前記質量分析用試料にレーザーを照射してイオン化することと、イオン化された前記質量分析用試料を質量分析してマススペクトルを作成することと、前記マススペクトルにおけるピークと、データベースに記憶された複数の微生物に含まれるタンパク質のマススペクトルのピークとの比較を行うことと、前記比較に基づいて、前記微生物がいずれの微生物であるかを識別することとを備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、マトリックスやマトリックスの添加剤を利用して質量分析用試料の調製を行う際の、作業の煩雑さを軽減することができ、従って効率的に質量分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、一実施形態の質量分析用キットを示す概念図である。
図2図2は、一実施形態に係る試料の調製方法を示す概念図である。
図3図3は、一実施形態に係る微生物の識別方法の流れを示すフローチャートである。
図4図4は、変形例の質量分析用キットを示す概念図である。
図5図5は、変形例に係る試料の調製方法を示す概念図である。
図6図6は、変形例に係る微生物の識別方法の流れを示すフローチャートである。
図7図7は、変形例の質量分析用キットを示す概念図である。
図8図8は、変形例の質量分析用キットを示す概念図である。
図9図9は、実施例1において、マトリックスの添加剤を用いないで皮膚常在菌から調製した質量分析用試料のマススペクトルである。
図10図10は、実施例1において、マトリックスの添加剤としてMDPNAを含む質量分析用キットを用いて皮膚常在菌から調製した質量分析用試料のマススペクトルである。
図11図11は、実施例2において、マトリックスの添加剤としてMDPNAを含む質量分析用キットを用いて乳酸菌から調製した質量分析用試料のマススペクトル(上段)と、マトリックスの添加剤を用いないで乳酸菌から調製した質量分析用試料のマススペクトル(下段)である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。
【0011】
図1は、本実施形態の質量分析用キットを示す概念図である。質量分析用キット1aは、固体状態の、マトリックスの添加剤(以下、適宜、単に添加剤と呼ぶ)11aと、添加剤11aが格納された複数の容器(以下、添加剤用容器と呼ぶ)10aと、溶媒21が格納された容器(以下、溶媒用容器と呼ぶ)20を備える。添加剤用容器10aは、添加剤用容器本体12と、添加剤用容器蓋部13とを備える。
なお、質量分析用キット1aは、質量分析で用いられるその他の物品を含んでもよい。また、質量分析用キット1aは、添加剤11aを含む添加剤用容器10aを備えれば、溶媒21を含まなくてもよい。
【0012】
添加剤用容器10aの容量は、MALDI法によるイオン化を行う質量分析の際に、試料プレート上の試料を配置する部位(以下、試料配置部位と呼ぶ)に滴下される、質量分析用試料の量に基づくことが好ましい。これにより、添加剤用容器10aに試料およびマトリックス試薬を加えて質量分析用試料を好適に調製することができる。
なお、添加剤用容器10aにおいて添加剤11aを含む溶液(以下、添加剤溶液と呼ぶ)を調製してから他の容器に分注し、当該他の容器において質量分析用試料を調製してもよい。
【0013】
MALDIにおいて、1種類の質量分析用試料を1つの添加剤用容器10a内で調製し、数か所の試料配置部位に配置する場合、1か所あたり1μLの質量分析用試料を滴下すると、数μLの質量分析用試料が必要となる。試料配置部位に配置される質量分析用試料の量は、0.2μLや1.5μL等の1μLとは異なる値が設定され得ることを考慮しても、添加剤用容器10aの容量はそれほど大きい必要は無い。従って、保管の際に占める空間を節約する観点から、添加剤用容器10aの容量は、5mL以下が好ましく、2mL以下がより好ましく、1.5mL以下がより一層好ましく、1.0mL以下がさらに好ましく、0.5mL以下がさらに一層好ましい。
【0014】
添加剤用容器10aの容量があまり小さすぎると、取扱いが難しくなるため、添加剤用容器10aの容量は、100μL以上が好ましく、200μL以上がより好ましい。
【0015】
図1には、添加剤用容器10aが24個示されているが、質量分析用キット1aに含まれる添加剤11aが格納された添加剤用容器10aの個数は特に限定されない。
【0016】
MALDI用の試料プレートでは、例えば96か所や384か所等の試料配置部位が設置されているものが販売されており、試料プレートを一度質量分析計に配置すると、その状態で較正等を行った後、数か所~数百か所の試料配置部位に配置された試料の分析を行うこともある。従って、質量分析用キット1aに含まれる添加剤用容器10aの個数は、2以上が好ましく、5以上がより好ましく、10以上がより一層好ましく、20以上がさらに好ましい。質量分析用キット10aに含まれる添加剤用容器10aの個数が多い程、添加剤11aが格納された添加剤用容器10aを購入等して補充するための作業を減らすことができる。
【0017】
質量分析用キット1aに含まれる添加剤用容器10aの個数が多すぎると、保管期間が長くなって添加剤11aが活性を失ったり、保管する空間を広くとる必要があるため他の物品を収納する空間が狭くなる等の問題が発生するため、当該個数は、適宜1000以下または500以下等にすることができる。
【0018】
添加剤用容器10aの形状等は、特に限定されず、添加剤用容器蓋部13が添加剤用容器本体12と一体として形成されていてもよいし、添加剤用容器蓋部13と添加剤用容器本体12とが切り離された複数の部品としてそれぞれ形成されていてもよい。また、添加剤用容器10aは、他の添加剤用容器10aと一体として形成されていてもよく、例えば8連チューブのように所定の個数の添加剤用容器10aごとに、添加剤用容器本体12および/または添加剤用容器蓋部13が一体として形成されていてもよい。
【0019】
各添加剤用容器10aに配置された添加剤11aは、マトリックスを含む質量分析用試料の調製に用いられ、質量分析において、ノイズを低下させたり分析対象のイオンの検出感度を高くしたり等の何らかの効果が期待されるものであれば特に限定されない。
【0020】
好適には、添加剤11aは、ホスホン酸基を含む化合物を含む。ホスホン酸基を1個含む化合物としては、ホスホン酸(Phosphonic acid)、メチルホスホン酸(Methylphosphonicacid)、フェニールホスホン酸(Phenylphosphonic acid)、1-ナフチルメチルホスホン酸(1-Naphthylmethylphosphonic acid)等が好ましい。
【0021】
ホスホン酸基を2個以上含む化合物としては、メチレンジホスホン酸(Methylenediphosphonic acid;以下MDPNAと呼ぶ)、エチレンジホスホン酸(Ethylenediphosphonic
acid)、エタン-1-ヒドロキシ-1,1-ジホスホン酸(Ethane-1-hydroxy-1,1-diphosphonic acid)、ニトリロトリホスホン酸(Nitrilotriphosphonic acid)、エチレンジアミノテトラホスホン酸(Ethylenediaminetetraphosphonic acid)等が好ましく、メチレンジホスホン酸(MDPNA)がより好ましい。
【0022】
ホスホン酸基を含む化合物を含む添加剤11aを用いて調製された質量分析用試料を質量分析することにより、ノイズを減らしたり、微生物の、特に細胞質成分等に含まれるタンパク質等の検出感度を高めたり、リン酸化ペプチド等のペプチドの検出感度を高めたりすることができる。質量分析において正イオンを検出する場合でも負イオンを検出する場合でもこのような効果が奏される。
【0023】
添加剤11aは固体状態でそれぞれの添加剤用容器10aに格納されている。これにより、溶媒に溶解され溶質として保存されている場合よりも長く活性を維持することができる。
【0024】
添加剤11aを含む添加剤用容器10aの製造方法は以下の通りである。適当な溶媒を用いて添加剤11aを所定の濃度で含む溶液を調製した後、ピペットや分注装置等を用いて所定の量の当該溶液がそれぞれの添加剤用容器10aに分注される。添加剤11aを含む溶液が分注された添加剤用容器10aを乾燥させると、固体状態の添加剤11aを含む添加剤用容器10aが得られる。添加剤11aを含む溶液の乾燥方法は特に限定されず、添加剤用容器10aの添加剤用容器蓋部13を開けたまま放置してもよいし、さらに真空乾燥器等による減圧を行ってもよい。
【0025】
質量分析用キット1aにおいて、添加剤用容器10aとは異なる溶媒用容器20に格納された溶媒21は、質量分析用試料の調製の際に、マトリックス試薬を含む溶液(以下、マトリックス溶液と呼ぶ)や添加剤溶液等を調製するために適宜用いられる。
【0026】
溶媒21は、有機溶媒か、有機溶媒と水系溶媒とを混合して得られた溶媒が好ましく、有機溶媒や水系溶媒の種類は特に限定されない。一例を挙げると、溶媒21は0%以上1%以下等の所定の体積パーセント濃度で調製されたトリフルオロ酢酸(TFA)と任意の濃度のアセトニトリル(ACN)とを含む水溶液で構成される。アセトニトリルの体積パーセント濃度は、数十%、特に50%等に適宜設定することができる。このように有機溶媒を含んで調製された溶媒21を用いて試料やマトリックス試薬等を含む溶液を調製することにより、マトリックス試薬を容易に溶解することができ、また、試料がグラム陰性菌等の場合には、細胞壁を破砕し、得られる質量分析用試料をよりイオン化されやすくすることができる。
【0027】
溶媒21を格納する溶媒用容器20の形状、容量等は特に限定されず、任意の大きさのバイアル等の容器を溶媒用容器20として用いることができる。
【0028】
図2は、質量分析用キット1aを用いた試料の調製方法を示す概念図である。添加剤用容器10aにマトリックス試薬が含まれている場合については、変形例で後述するため、ここでは、添加剤用容器10aにマトリックス試薬が含まれていないものとする。
【0029】
図2の方法では、試料およびマトリックス試薬を含む溶液(以下、マトリックス含有試料溶液と呼ぶ)Smが添加剤用容器10a以外の不図示の容器で調製された後、添加剤用容器10aに加えられる(矢印A11)。マトリックス試薬の種類は、イオン化が適切に行われれば特に限定されず、以下の変形例に挙げたもの等を適宜用いることができる。分析を行う質量分析用キット1aのユーザ(以下、単にユーザと呼ぶ)は、添加剤用容器10aに含まれる添加剤11aに、マトリックス含有試料溶液SmをピペットP1や不図示の分注装置等を用いて加える。
【0030】
その後、添加剤11aとマトリックス含有試料溶液とがミキサー等を適宜用いてよく混合され、質量分析用試料Smaが調製される(矢印A12)。調製された質量分析用試料Smaは、試料プレート40のそれぞれの試料配置部位41にピペットP2や不図示の分注装置等を用いて配置される(矢印A13)。このように、質量分析用キット1aを用いると、小分けにされた添加剤11aに溶液を加えて直接質量分析用試料Smaを調製できるので、この調製の際の作業の煩雑さを軽減できる。
なお、マトリックス試薬に溶媒21等の溶媒を加えてマトリックス溶液を調製した後、マトリックス溶液を添加剤用容器10aに加える等して添加剤含有マトリックス溶液を調製し、調製した添加剤含有マトリックス溶液に試料を加えて質量分析用試料Smaを調製してもよい。
【0031】
以下では、本実施形態の質量分析用キットを好適に用いた分析の一例として、質量分析による微生物の識別方法を説明する。質量分析用キット1aは、微生物識別用キットとして用いられる。
なお、本実施形態の質量分析用キットは、添加剤を用いて質量分析用試料を作成する場合であれば、微生物の識別を目的とする以外にも用いることができる。
【0032】
図3は、本実施形態の質量分析用キットを含む試料の調製方法、分析方法および微生物の識別方法の流れを示すフローチャートである。
【0033】
ステップS1001において、マトリックス試薬を含む容器と、固体状態の添加剤11aがそれぞれ配置された複数の容器(添加剤用容器10a)と、マトリックス試薬および添加剤11aを溶解するための溶媒と、微生物に含まれるタンパク質を含む試料とが用意される。当該試料は、微生物を培養して得た単一のコロニーから採取した微生物や、微生物からギ酸等を用いて抽出した抽出液であることが好ましい。例えば、食品等に含まれる微生物の識別の場合、食品から抽出した、微生物を含む液体を培地等に塗布した後、培養が行われ、得られたコロニーから微生物を含む菌体抽出物を抽出することができる。ステップS1001が終了したら、ステップS1003が開始される。
【0034】
ステップS1003において、マトリックス試薬を含む容器に溶媒を加えてマトリックス溶液が調製される。マトリックス溶液は、溶媒21を用いて調製されることが質量分析用キット1aを効果的に利用する点で好ましいが、イオン化が適切に行われるのであればマトリックス試薬を溶解させる溶媒は特に限定されない。ステップS1003が終了したら、ステップS1005が開始される。ステップS1005において、マトリックス溶液に試料が加えられる。ステップS1005が終了したら、ステップS1007が開始される。
【0035】
ステップS1007において、試料を含むマトリックス溶液が添加剤11aが配置された複数の容器(添加剤用容器10a)に加えられ、試料、マトリックス試薬、および添加剤11aが混合され、質量分析用試料Smaが調製される。ステップS1007が終了したら、ステップS1009が開始される。ステップS1009において、調製された質量分析用試料Smaが試料プレート40に滴下され、乾燥させられる。ステップS1009が終了したら、ステップS1011が開始される。
【0036】
ステップS1011において、乾燥した質量分析用試料Smaにレーザーが照射され、イオン化される。試料プレート40が質量分析計に配置され、当該質量分析計のレーザー装置からレーザーが質量分析用試料Smaに照射されてイオン化される。レーザーの波長等はイオン化が適切にされれば特に限定されず、Nレーザ(波長337nm)等を適宜用いることができる。ステップS1011が終了したら、ステップS1013が開始される。
【0037】
ステップS1013において、イオン化された質量分析用試料Smaが質量分析され、マススペクトルが作成される。質量分析の方法は、所望の精度で微生物の識別を可能にするマススペクトルが得られれば特に限定されないが、分子量が数千~20000等のタンパク質を精度よく検出する観点から飛行時間型の質量分析が好ましい。従って、この質量分析を行う質量分析計は、フライトチューブ等の飛行時間型の質量分離部を備える質量分析計が好ましい。
【0038】
上記質量分析においてイオンを検出して得られた検出信号は、A/D変換器によりA/D変換されてCPU等を備える処理装置に入力される。処理装置はA/D変換された検出信号からマススペクトルを作成する。飛行時間型質量分析の場合、処理装置は、予め得られた較正データを用いて飛行時間からm/zを算出し、各m/zに対応して検出された強度を算出してマススペクトルを作成する。ステップS1013が終了したら、ステップS1015が開始される。
【0039】
ステップS1015において、マススペクトルにおけるピークと、データベースに記憶された複数の微生物に含まれるタンパク質のマススペクトルのピークとの比較が行われる。当該データベースには、微生物の菌種(属名および種形容語等)と、マススペクトルにおいて観察されるピークのm/zとが紐づけられたデータが記憶されている。上述の処理装置は、質量分析の精度に基づいて定められる誤差範囲に基づいて、データベースに示されたm/zに対応するピークが、質量分析用試料Smaを質量分析することにより得られたマススペクトルに存在するかを判定し、当該判定に基づいて類似度を算出する。類似度は、データベース上の微生物と質量分析用試料Smaに対応する微生物とのマススペクトル間の類似の度合を示すパラメータであり、類似度が高い方がマススペクトル同士がより類似すると定義される。ステップS1015が終了したら、ステップS1017が開始される。
なお、データベースには、各m/zに対応するピークが各微生物の菌種のマススペクトルにおいて観察される割合や確率等に基づいた重みづけ情報を含んでもよく、当該重み付け情報に基づいて類似度が算出されてもよい。
【0040】
ステップS1017において、ステップS1015での比較に基づいて、試料に用いた微生物がいずれの微生物であるかが識別される。上述の処理装置は、算出された類似度が一定以上で、かつ最も高い、データベース上の微生物の菌種を、試料に含まれる微生物の菌種として同定する。同定された菌種は、適宜液晶モニタ等の表示装置により表示される。ステップS1017が終了したら、処理が終了される。
なお、識別する微生物の分類は、属、種が好ましいが、マススペクトルの差異に基づいて識別可能であれば特に限定されない。微生物の識別の方法は、質量分析キット1aを質量分析した結果に基づいて行われれば特に限定されない。
【0041】
上述の実施形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態の質量分析用キットは、MALDIにより試料をイオン化する質量分析に用いる質量分析用キット1aであって、固体状態の、マトリックスの添加剤11aと、添加剤11aがそれぞれ配置された複数の添加剤用容器10aと、を備える。これにより、添加剤11aを利用して質量分析用試料Smaの調製を行う際の、作業の煩雑さを軽減することができ、従って効率的に質量分析を行うことができる。
【0042】
(2)本実施形態の質量分析用キットでは、添加剤11aが配置された添加剤用容器10aとは異なる溶媒用容器20に配置された溶媒21をさらに備える。これにより、添加剤溶液やマトリックス溶液等を調製する際に用いることができる溶媒21がまとめて提供されるため、購入等による補充の手間を削減できる。
【0043】
(3)本実施形態に係る試料の調製方法は、MALDIを行う質量分析に用いる複数の試料の調製方法であって、固体状態の添加剤11aがそれぞれ配置された複数の添加剤用容器10aを用意することと、添加剤11aおよびマトリックス試薬を用いて、複数の添加剤用容器10aにそれぞれ対応した複数の試料とを含む質量分析用試料を調製することとを備える。これにより、作業の煩雑さを軽減することができ、従って効率的に質量分析を行うことができる。
【0044】
(4)本実施形態の試料の調製方法において、添加剤11aが配置された複数の添加剤用容器10aのそれぞれに試料、マトリックス試薬および溶媒が加えられて質量分析用試料Smaが調製される。これにより、添加剤11aを含む添加剤溶液の分注を必要とせず、質量分析用試料Smaを調製することができる。
【0045】
(5)本実施形態の分析方法は、上述の試料の調製方法により質量分析用試料Smaを調製することと、質量分析用試料Smaにレーザーを照射してイオン化することと、イオン化された質量分析用試料Smaを質量分析することと、を備える。これにより、添加剤11aを利用して質量分析用試料Smaの調製を行う際の、作業の煩雑さを軽減することができ、従って効率的に質量分析を行うことができる。
【0046】
(6)本実施形態に係る微生物の識別方法は、上述の試料の調製方法により微生物に含まれる複数のタンパク質を含む質量分析用試料Smaを調製することと、質量分析用試料Smaにレーザーを照射してイオン化することと、イオン化された質量分析用試料Smaを質量分析してマススペクトルを作成することと、マススペクトルにおけるピークと、データベースに記憶された複数の微生物に含まれるタンパク質のマススペクトルのピークとの比較を行うことと、当該比較に基づいて、上記微生物がいずれの微生物であるかを識別することとを備える。これにより、質量分析においてノイズを減らしたり検出感度を上げる添加剤11aを利用して質量分析用試料Smaの調製を行う際の、作業の煩雑さを軽減することができ、従って効率的に微生物の識別を行うことができる。
【0047】
次のような変形も本発明の範囲内であり、上述の実施形態と組み合わせることが可能である。以下の変形例において、上述の実施形態と同様の構造、機能を示す部位等に関しては、同一の符号で参照し、適宜説明を省略する。
(変形例1)
上述の実施形態における好適な一例として、添加剤用容器は、添加剤11aの他に、マトリックス試薬を含んでもよい。
【0048】
図4は、本変形例の質量分析用キットを示す概念図である。質量分析用キット1bは、添加剤用容器10bを備え、添加剤用容器10bが固体状態のマトリックス試薬と固体状態の添加剤11aとの混合物11bを備える点で上述の実施形態の質量分析用キット1aとは異なっている。
【0049】
混合物11bにおけるマトリックス試薬の種類は、イオン化が適切に行われれば特に限定されない。マトリックス試薬とは、質量分析用試料Smaにおいて、固体マトリックスまたは液体マトリックスを構成する化合物である。液体マトリックスとは、室温で液体の状態で存在し、その実態は塩である物質をいう。マトリックス試薬が固体マトリックスを構成する場合、マトリックス試薬は、9-アミノアクリジン、4-アミノキナルジン、9-アントラセンカルボン酸、アントラニル酸アミド、カフェイン酸、クルクミン、4-クロロ-α-シアノケイ皮酸、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸、シナピン酸、1,5-ジアミノナフタレン、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、3-ヒドロキシピコリン酸またはtrans-2-[3-(4-tert-ブチルフェニル)-2-メチル-2-プロピニリデン]マロノニトリルが好ましい。
【0050】
マトリックス試薬が液体マトリックスを構成する場合、マトリックス試薬は、アミンおよび有機物質を含み、アミンがプロトンの受容体として働き、有機物質がプロトンの供与体となるものが好ましい。この場合、マトリックス試薬は、液体マトリックスを構成するアミンおよび有機物質が混合されて乾固された状態として添加剤用容器10aに配置されることが好ましい。
なお、添加剤用容器10aのそれぞれに当該アミンまたは有機物質のいずれかが配置されていてもよい。この場合、質量分析用試料Smaの調整において、添加剤用容器10aにアミンが配置されている場合には有機物質を含む溶液を別途調製して添加剤容器10aに加え、添加剤用容器10aに有機物質が配置されている場合にはアミンを含む溶液を別途調製して添加剤容器10aに加えることができる。
【0051】
液体マトリックスを構成するアミンは、第1級アミンでは、窒素原子がOH基で置換されていてもよい、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、n-ペンチル、イソペンチル、n-ヘキシル、イソヘキシル、n-ヘプチル、イソヘプチル、n-オクチル、イソオクチル、n-ノニル、イソノニル、n-デシル、イソデシル、n-ウンデシル、またはイソウンデシルの残基、あるいはフェニル残基と結合している第1級アミンを含むことが好ましい。
【0052】
液体マトリックスを構成するアミンは、第2級または第3級アミンでは、窒素原子が、OH基で置換されていてもよい、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、n-ペンチル、イソペンチル、n-ヘキシル、イソヘキシル、n-ヘプチル、イソヘプチル、n-オクチル、およびイソオクチルの残基、ならびにフェニル残基からなる群より選択される、同種でも異種でもよい、2または3個の残基と結合している第2級または第3級アミンを含むことが好ましい。
【0053】
液体マトリックスを構成するアミンは、3-アミノキノリン、ピリジン、イミダゾール、またはC-若しくはN-アルキル化イミダゾール誘導体を含むことも好ましい。
【0054】
液体マトリックスを構成する有機物質は、p-クマル酸イオン、2,5-ジヒドロキシ安息香酸若しくはその異性体(特に2 ,6-ジヒドロキシ安息香酸)、2-ヒドロキシ-5-メトキシ安息香酸若しくはその異性体、ピコリン酸、3-ヒドロキシピコリン酸、ニコチン酸、5-クロロ- 2-メルカプトベンゾチアゾール、6-アザ-2-チオチミン、トリフルオロメタンスルホネート、2’,4’,6’-トリヒドロキシアセトフェノン一水和物、2’,6’- ジヒドロキシアセトフェノン、9H-ピリド[3 ,4-b]インドール、ジスラノール、trans-3-インドールアクリル酸、オサゾン類、フェルラ酸、2,5-ジヒドロキシアセトフェノン、1-ニトロカルバゾール、7-アミノ-4-メチルクマリン、2-(p-ヒドロキシフェニルアゾ)-安息香酸、8-アミノピレン-2,3,4-トリススルホン酸、2[2E-3-(4-tert-ブチル-フェニル)-2-メチルプロプ- 2-エニリデン]マロノニトリル(DCTB)、4-メトキシ-3-ヒドロキシ桂皮酸、または3,4-ジヒドロキシ桂皮酸を含むことが好ましい。
なお、複数の液体マトリックスを混合して用いてもよい。
【0055】
以下の実施例に示すように、マトリックス試薬としてシナピン酸等、その添加剤としてMDPNA等の、ホスホン酸基を備える化合物を含む添加剤11aを用いて質量分析用試料Smaを調製した際には、特に質量分析におけるS/N比を高め、より精密に試料の分析を行うことができる。
【0056】
混合物11bを含む添加剤用容器10bの製造方法は以下の通りである。溶媒21等のマトリックス溶液の調製に使用可能な溶媒を用いて、添加剤11aを所定の濃度で含む添加剤溶液を調製した後、当該添加剤溶液にマトリックス試薬を加え添加剤含有マトリックス溶液を調製する。その後、ピペットや分注装置等を用いて所定の量の添加剤含有マトリックス溶液がそれぞれの添加剤用容器10bに分注される。添加剤含有マトリックス溶液が分注された添加剤用容器10bを乾燥させると、固体状態の混合物11bを含む添加剤用容器10bが得られる。添加剤含有マトリックス溶液の乾燥方法は特に限定されず、添加剤用容器10bの添加剤用容器蓋部13を開けたまま放置してもよいし、さらに真空乾燥器等による減圧を行ってもよい。
【0057】
図5は、質量分析用キット1bを用いた試料の調製方法を示す概念図である。図5の方法では、試料を含む溶液Sが添加剤用容器10b以外の不図示の容器で調製された後、添加剤用容器10bに加えられる(矢印A21)。ユーザは、添加剤用容器10bに含まれる混合物11bに、試料を含む溶液SをピペットP3や不図示の分注装置等を用いて加える。
【0058】
その後、試料、添加剤11aおよびマトリックス試薬がミキサー等を適宜用いてよく混合され、質量分析用試料Smaが調製される(矢印A22)。調製された質量分析用試料Smaは、試料プレート40のそれぞれの試料配置部位41にピペットP4や不図示の分注装置等を用いて配置される(矢印A23)。このように、質量分析用キット1bを用いると、小分けにされたマトリックス試薬および添加剤11aに溶液を加えて直接質量分析用試料Smaを調製できるので、この調製の際の作業の煩雑さを軽減できる。
【0059】
以下では、本変形例の質量分析用キットを好適に用いた分析の一例として、質量分析による微生物の識別方法を説明する。質量分析用キット1bは、微生物識別用キットとして用いられる。なお、本変形例の質量分析用キットは、添加剤を用いて質量分析用試料を作成する場合であれば、微生物の識別を目的とする以外にも用いることができる。
【0060】
図6は、本変形例の質量分析用キットを含む試料の調製方法、分析方法および微生物の識別方法の流れを示すフローチャートである。
【0061】
ステップS2001において、固体状態の添加剤11aおよび固体状態のマトリックス試薬が共に配置された複数の容器(添加剤用容器10b)と、微生物に含まれるタンパク質を含む試料が用意される。ステップS2001が終了したら、ステップS2003が開始される。ステップS2003において、試料に溶媒が加えられ、試料を含む溶液Sが調製される。試料を含む溶液Sは、溶媒21を用いて調製されることが質量分析用キット1bを効果的に利用する点で好ましいが、イオン化が適切に行われるのであれば試料に加える溶媒は特に限定されない。ステップS2003が終了したら、ステップS2005が開始される。
【0062】
ステップS2005において、添加剤11aおよびマトリックス試薬が共に配置された複数の容器10bに試料を含む溶液Sが加えられ、混合され、質量分析用試料Smaが調製される。ステップS2005が終了したら、ステップS2007が開始される。ステップS2007からステップS2015までは、上述の実施形態におけるフローチャート(図3)のステップS1009からステップS1017までと同様であるため、説明を省略する。ステップS2015が終了したら、処理が終了される。
【0063】
本変形例の質量分析用キットにおいて、複数の添加剤用容器10bのそれぞれにおいて、添加剤11aと混合されたマトリックス試薬をさらに備える。これにより、添加剤11aを利用して質量分析用試料Smaの調製を行う際の、作業の煩雑さをさらに軽減することができ、従って効率的に質量分析を行うことができる。
【0064】
本変形例の試料の調製方法において、複数の添加剤用容器10bは、添加剤11aに加えて固体状態のマトリックス試薬をさらに含み、マトリックス試薬および添加剤11aが配置された複数の添加剤用容器10bのそれぞれに試料および溶媒を加えて質量分析用試料Smaが調製される。これにより、マトリックス試薬を含む溶液の分注を必要とせず、質量分析用試料Smaを調製することができる。
【0065】
(変形例2)
上述の実施形態において、質量分析用キットが、添加剤11aが配置された複数の添加剤用容器10aとは異なるマトリックス用バイアルと、このマトリックス用バイアルに配置された固体状態のマトリックス試薬を備えてもよい。マトリックス試薬の種類は特に限定されず、上述の変形例に示した固体マトリックスまたは液体マトリックスを構成する物質とすることができる。
【0066】
図7は、本変形例の質量分析用キットを示す概念図である。質量分析用キット1cは、溶媒21を備えないが、マトリックス用バイアル25aを備え、マトリックス用バイアル25aが固体状態のマトリックス試薬26を備える点で上述の実施形態の質量分析用キット1aとは異なっている。これにより、添加剤11aに加えてマトリックス試薬26がまとめて提供されるため、購入等による補充の手間を削減でき、また質量分析用試料Smaにおけるマトリックスの量を柔軟に調整することができる。マトリックス用バイアル25aの形状、容量等は特に限定されない。マトリックス試薬26を添加剤11aと同様に小分けにして複数のマトリックス用容器に配置してもよい。
なお、質量分析用キット1cは、適宜溶媒21やその他の消耗品を備えてもよい。また、マトリックス用バイアル25aはバイアルに限らず、任意の容器を用いることができる。
【0067】
(変形例3)
上述の実施形態において、質量分析用キットが、添加剤11aを含まず、添加剤用容器10aと同様の形状を備えるマトリックス用容器に配置されたマトリックス試薬を備えてもよい。マトリックス試薬の種類は特に限定されず、上述の変形例に示した固体マトリックスまたは液体マトリックスを構成する物質とすることができる。
【0068】
図8は、本変形例の質量分析用キットを示す概念図である。質量分析用キット1dは、溶媒21を備えないが、上述の実施形態における添加剤用容器10aと同様の形状を備えるマトリックス用容器25bを複数備え、このマトリックス用容器25bがそれぞれ固体状態のマトリックス試薬26を備える点で上述の実施形態の質量分析用キット1aとは異なっている。これにより、分注等の手間を省き迅速に質量分析用試料を調製することができる。
なお、質量分析用キット1dは、添加剤11aが小分けにされまたは小分けにされず配置された容器や、溶媒21等、適宜その他の消耗品を備えてもよい。また、マトリックス用容器25bのそれぞれに液体マトリックスを構成するアミンまたは有機物質のいずれかが配置されていてもよい。この場合、アミンを含む溶液および有機物質を含む溶液をそれぞれ調製して混合することでマトリックス溶液を得ることができる。
【0069】
保管の際に占める空間を節約する観点から、マトリックス用容器25bの容量は、5mL以下が好ましく、2mL以下がより好ましく、1.5mL以下がより一層好ましく、1.0mL以下がさらに好ましく、0.5mL以下がさらに一層好ましい。
【0070】
マトリックス用容器25bの容量があまり小さすぎると、取扱いが難しくなるため、マトリックス用容器25bの容量は、100μL以上が好ましく、200μL以上がより好ましい。
【0071】
図8には、マトリックス用容器25bが24個示されているが、質量分析用キット1dに含まれるマトリックス試薬26が格納されたマトリックス用容器25bの個数は特に限定されない。
【0072】
質量分析用キット1dに含まれるマトリックス用容器25bの個数は、2以上が好ましく、5以上がより好ましく、10以上がより一層好ましく、20以上がさらに好ましい。質量分析用キット1dに含まれるマトリックス用容器25bの個数が多い程、マトリックス試薬26が格納されたマトリックス用容器25bを購入等して補充するための作業を減らすことができる。
【0073】
質量分析用キット1dに含まれるマトリックス用容器25bの個数が多すぎると、保管期間が長くなってマトリックス試薬26が活性を失ったり、保管する空間を広くとる必要があるため他の物品を収納する空間が狭くなる等の問題が発生するため、当該個数は、適宜1000以下または500以下等にすることができる。
【0074】
(変形例4)
上述の実施形態および変形例では、試料と、マトリックス試薬と、添加剤11aとを含む質量分析用試料を調製した後に試料プレートに滴下するプレミックス法に質量分析用キット1a,1b,1c,1dを適用した。しかし、試料/マトリックス混合結晶を試料プレート上に形成した後に添加剤溶液を加えるオンプレート法に質量分析用キット1a,1b,1c,1dを適用してもよい。質量分析用キット1a,1b,1cでは、添加剤11aまたはマトリックス試薬26が小分けにされているため、例えば添加剤11aまたはマトリックス試薬26を冷凍保存する必要がある場合等に、何度も凍結融解を繰り返す必要がなくなり、添加剤11aまたはマトリックス試薬26の活性をより長く維持することができる。
【実施例
【0075】
以下に、実施例を示すが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0076】
(実施例1:皮膚常在菌に含まれるタンパク質の質量分析)
<1-1.試料を含む溶液の調製>
皮膚をふき取って得た、微生物を含む試料をGAM培地に塗布し、37℃で嫌気培養した。寒天プレートにできた単一コロニーを20μLの、1%トリフルオロ酢酸(TFA)を含む50%アセトニトリル(ACN)溶液に分散させて菌体抽出物を得た。
【0077】
<1-2.質量分析用キットの作成>
シナピン酸(以下、SAと呼ぶ)に1% TFA入り50%ACN水溶液を加え、20 mg/mLのSA溶液を調製した。MDPNAに1% TFA入り50%ACN水溶液を加え、2 mg/100 mL MDPNA溶液を調製した。(1)SAキット(比較例):上記20 mg/mLのSA溶液を5μLずつPCRチューブに加えて、溶媒を乾燥させた。従って、10μLの溶液を加えると10 mg/mL SA溶液となる。
(2)MDPNA入りSAキット(実施例):上記20 mg/mLのSA溶液と2 mg/100 mLのMDPNAを等量ずつ混合し、10μLずつPCRチューブに加えて溶媒を乾燥させた。従って、10μLの溶液を加えるとMDPNA入り10 mg/mL SA溶液となる。
【0078】
<1-3.MALDIによる質量分析>
(1)菌体抽出物10μLを上記SAキットに加えてよく混合し、1μLずつMALDI試料プレートに滴下し、乾燥させて試料/マトリックス混合結晶を得た。
(2)菌体抽出物10μLを上記MDPNA入りSAキットに加えてよく混合し、1μLずつMALDI試料プレートに滴下し、乾燥させて試料/マトリックス混合結晶を得た。
(1)(2)のそれぞれの試料/マトリックス混合結晶について、リニアーモードにより飛行時間型質量分析を行い、m/z 3000-15000の範囲を測定した。
【0079】
図9は、SAキットを用いて調製した試料のMALDIマススペクトルを示す図である。試料1から5までのいずれも、ノイズしか検出されず、明瞭なピークは1本も検出されなかった。
図10は、MDPNA入りSAキットを用いて調製した試料のMALDIマススペクトルを示す図である。MDPNA入りSAキットを用いて調製した試料のマススペクトルでは、明瞭なピークを検出することができた。
【0080】
(実施例2:乳酸菌に含まれるタンパク質の質量分析)
<2-1.試料を含む溶液の調製>
乳酸菌Lactobacillus fermentumを培養し、ジルコニアビーズで破砕処理し、15000rpmで10分間遠心分離してデブリを除去した。得られた上清を1%TFA入り50%ACN水溶液に溶解させ、菌体破砕液を得た。
【0081】
<2-2.MALDIによる質量分析>
(1)菌体破砕液とマトリックス溶液(SA 10 mg/mL)を1:10の比で混合して混合液を調製し、1μLずつMALDI試料プレートに滴下して乾燥させ、試料/マトリックス混合結晶を得た(比較例)。
(2)10μLの溶媒を加えると1%MDPNA(1 mg/100mL)となるように調製したMDPNAキットに、上記混合液を10μL加えて混合し、1μLずつMALDI試料プレートに滴下して乾燥させ、MDPNA入り試料/マトリックス混合結晶を得た(実施例)。
(1)(2)のそれぞれの試料/マトリックス混合結晶について、リニアーモードにより飛行時間型質量分析を行い、m/z 4000-20000の範囲を測定した。
【0082】
図11は、MDPNAキットを用いて調製したL. fermentumのMALDIマススペクトルを、MDPNAキットを用いないで調製したL.fermentumのマススペクトルと比較して示す図である。上段のMDPNA入りキットを用いて調製した試料が、下段のSAキットを用いたコントロール区に比べて、圧倒的にS/Nの良いピークが観測されていることが分かる。
【0083】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【0084】
次の優先権基礎出願の開示内容は引用文としてここに組み込まれる。
日本国特許出願2018年第078584号(2018年4月16日出願)
【符号の説明】
【0085】
1a,1b,1c,1d…質量分析用キット、10a,10b…添加剤用容器、11a…添加剤、11b…混合物、20…溶媒用容器、21…溶媒、25a…マトリックス用バイアル、25b…マトリックス用容器、26…マトリックス試薬、40…試料プレート、41…試料配置部位、S…試料、Sm…マトリックス含有試料溶液、Sma…質量分析用試料。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11