(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-10
(45)【発行日】2022-05-18
(54)【発明の名称】質量分析装置及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20220511BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20220511BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20220511BHJP
【FI】
G01N27/62 B
H01J49/00 310
H01J49/00 360
H01J49/00 500
H01J49/42 150
(21)【出願番号】P 2020547601
(86)(22)【出願日】2018-09-21
(86)【国際出願番号】 JP2018035197
(87)【国際公開番号】W WO2020059144
(87)【国際公開日】2020-03-26
【審査請求日】2020-11-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鵜飼 和也
(72)【発明者】
【氏名】勝山 祐治
【審査官】佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-224858(JP,A)
【文献】特開2018-136266(JP,A)
【文献】国際公開第2017/149603(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
・IPC
G01N 27/62
H01J 49/00-H01J 49/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に含まれる化合物由来のイオンのうち所定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する前段質量分離部と、該前段質量分離部で選択されたプリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成する開裂部と、該開裂部で生成されたプロダクトイオンを質量分離する後段質量分離部とを備えた、
MS
n
分析(nは2以上の整数)を実行可能な質量分析装置であって、
使用者による入力指示に応じて、前記開裂部におけるプリカーサイオンの開裂の態様を変化させる、又はプロダクトイオンの測定感度を変化させる少なくとも1つの測定パラメータの設定値が互いに異なる複数の測定条件を設定する測定条件設定部と、
前記複数の測定条件を用いて
、目的化合物
から生成され所定の質量電荷比を有するプリカーサイオンを開裂させて生成したプロダクトイオンを質量分離して測定することにより、前記複数の測定条件のそれぞれに対応する質量分析データを取得する測定実行部と、
前記質量分析データから、測定強度が予め決められた基準を超えているプロダクトイオンを複数抽出するプロダクトイオン抽出部と、
前記抽出した複数のプロダクトイオンのそれぞれについて、該プロダクトイオンの質量電荷比と測定強度、該プロダクトイオンを生成したプリカーサイオンの質量電荷比、及び該測定強度が得られたときの測定条件を特定し、前記複数のプロダクトイオンと該複数のプロダクトイオンのそれぞれについて特定された測定条件により複数のMRMスペクトル要素情報を作成するMRMスペクトル要素情報作成部と、
前記複数のMRMスペクトル要素情報に含まれる複数のプロダクトイオンの質量電荷比と測定強度によりMRMスペクトルを構成するMRMスペクトル構成部と、
前記MRMスペクトルを前記目的化合物の情報に対応付けて該目的化合物のライブラリデータを作成するライブラリデータ作成部と
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
前記少なくとも1つの測定パラメータに、前記開裂部に導入するプリカーサイオンに付与する衝突エネルギーの値が含まれていることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記MRMスペクトル要素情報の数が3以上であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記MRMスペクトル要素情報の数が6以上16以下であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記MRMスペクトル要素情報に対し、前記プロダクトイオンの測定強度に応じた順位が付されていることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記測定条件設定部が、さらに、使用者による入力指示に応じて前記MRMスペクトル要素情報の数を設定し、
前記MRMスペクトル要素情報作成部は、前記測定条件設定部により設定された数のMRMスペクトル要素情報を作成することを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記測定条件設定部が、さらに、使用者による入力指示に基づいて除外イオンを設定し、
前記プロダクトイオン抽出部が測定強度の高低にかかわらず前記除外イオンを抽出しないことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記測定条件設定部が、さらに、使用者による入力指示に基づいて優先イオンを設定し、
前記プロダクトイオン抽出部が測定強度の高低にかかわらず前記優先イオンを抽出することを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項9】
さらに、
前記ライブラリデータが作成されている化合物の中から1乃至複数の分析対象化合物を選択する入力を受け付ける分析対象化合物入力受付部と、
前記1乃至複数の分析対象化合物に対応するライブラリデータのそれぞれから読み出した複数の測定条件を用いて実試料を測定する実試料測定実行部と、
前記実試料の測定により得られた、複数のプロダクトイオンの質量電荷比と測定強度の組から実測MRMスペクトルを作成する実測MRMスペクトル作成部と、
前記1乃至複数の分析対象化合物のそれぞれについて、前記実測MRMスペクトルを前記ライブラリデータに含まれるMRMスペクトルと照合するMRMスペクトル照合部と
を備えることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項10】
前記分析対象化合物入力受付部は、さらに、前記1乃至複数の分析対象化合物のそれぞれについて、MRMスペクトルの照合に使用するマスピークの数の入力を受け付け、
前記実試料測定実行部は、前記1乃至複数の分析対象化合物のそれぞれについて、前記入力された数の測定条件を用いて前記実試料を測定し、
前記MRMスペクトル照合部は、前記ライブラリデータに含まれるMRMスペクトルの中から前記測定に使用した測定条件に対応するマスピークを抽出してMRMスペクトルを再構成して前記実測MRMスペクトルと照合する
ことを特徴とする請求項9に記載の質量分析装置。
【請求項11】
前記実試料測定実行部は、前記マスピークの数が入力された場合に、前記1乃至複数の分析対象化合物のそれぞれについて、前記ライブラリデータに含まれるMRMスペクトルにおける測定強度が大きい順に前記入力された数の測定条件を用いて前記実試料を測定する
ことを特徴とする請求項10に記載の質量分析装置。
【請求項12】
試料に含まれる化合物由来のイオンのうち所定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する前段質量分離部と、該前段質量分離部で選択されたプリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成する開裂部と、該開裂部で生成されたプロダクトイオンを質量分離する後段質量分離部とを備えた質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
既知の目的化合物を含有する標準試料を前記質量分析装置に導入し、
前記開裂部におけるプリカーサイオンの開裂の態様を変化させる、又はプロダクトイオンの測定感度を変化させる、少なくとも1つの測定パラメータの設定値が互いに異なる複数の測定条件を設定し、
前記複数の測定条件を用いて、前記目的化合物の所定の質量電荷比を有するプリカーサイオンを開裂させて生成したプロダクトイオンを質量分離して測定することにより、前記複数の測定条件のそれぞれに対応する質量分析データを取得し、
前記質量分析データから、予め決められた基準を超える強度で測定されたプロダクトイオンを複数抽出し、
前記抽出した複数のプロダクトイオンのそれぞれについて、該プロダクトイオンの質量電荷比と測定強度、該プロダクトイオンを生成したプリカーサイオンの質量電荷比、及び該測定強度が得られたときの測定条件を特定し、前記複数のプロダクトイオンと該複数のプロダクトイオンのそれぞれについて特定された測定条件により複数のMRMスペクトル要素情報を作成し、
前記複数のMRMスペクトル要素情報に含まれる複数のプロダクトイオンの質量電荷比と測定強度によりMRMスペクトルを構成し、
前記MRMスペクトルを前記目的化合物の情報に対応付けて該目的化合物のライブラリデータを作成する
ことを特徴とする質量分析方法。
【請求項13】
さらに、
前記ライブラリデータが作成されている化合物の中から1乃至複数の分析対象化合物を選択する入力を受け付け、
前記1乃至複数の分析対象化合物に対応するライブラリデータのそれぞれから読み出した複数の測定条件を用いて分析対象試料を測定し、
前記分析対象試料の測定により得られた、複数のプロダクトイオンの質量電荷比と測定強度の組から実測MRMスペクトルを作成し、
前記1乃至複数の分析対象化合物のそれぞれについて、前記実測MRMスペクトルを前記ライブラリデータに含まれるMRMスペクトルと照合する
ことを特徴とする請求項12に記載の質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MSn分析(nは2以上の整数)を実行可能な質量分析装置及びそのような質量分析装置を用いた質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品等の試料に含まれる農薬等の目的化合物を同定及び定量するために、クロマトグラフ質量分析装置が広く用いられている。クロマトグラフ質量分析装置を用いて試料中の目的化合物を同定及び定量する方法として、多重反応モニタリング(MRM: Multiple Reaction Monitoring)測定が知られている。MRM測定には、プリカーサイオンを選別する前段質量分離部、該前段質量分離部で選択されたプリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成する開裂部、及び該開裂部で生成されたプロダクトイオンを質量分離する後段質量分離部を備えた質量分析装置(例えば、コリジョンセルを挟んで前後に四重極マスフィルタを備えた三連四重極型質量分析装置)が用いられる。
【0003】
MRM測定により目的化合物を同定及び定量する際には、目的化合物毎に、定量MRMトランジションと確認MRMトランジションと呼ばれる2種類のMRMトランジションを予め決めておく。MRMトランジションとは目的化合物から生成されるプリカーサイオンと該プリカーサイオンの開裂により生成されるプロダクトイオンの組をいう。多くの場合、プロダクトイオンの測定感度が最も高いMRMトランジションが定量MRMトランジション、プロダクトイオンの測定感度が次に高いMRMトランジションが確認MRMトランジションとして用いられる。クロマトグラフのカラムで分離された化合物について、定量MRMトランジションのプロダクトイオンの強度と確認MRMトランジションのプロダクトイオンの強度をそれぞれ測定することにより、それぞれのMRMトランジションのマスクロマトグラムが得られる。定量MRMトランジションのマスクロマトグラムのピーク面積(あるいはピーク高さ)から目的化合物を定量し、また、定量MRMトランジションのマスクロマトグラムのピーク面積(あるいはピーク高さ)と確認MRMトランジションのマスクロマトグラムのピーク面積(あるいはピーク高さ)の比を、予め標準試料のMRM測定により得られた比と比較することにより、マスクロマトグラムのピークが目的化合物のものであることを確認(同定)する(例えば特許文献1)。
【0004】
食品や生体代謝物といった試料には、目的化合物以外にも多種多様な化合物(夾雑化合物)が含まれており、クロマトグラフのカラムでは目的化合物を夾雑化合物から十分に分離できない場合がある。また、そうした夾雑化合物の中には事前に想定することができないものが含まれうる。目的化合物がカラムから溶出する時間(保持時間)に溶出する夾雑化合物が存在し、その夾雑化合物からも上記定量MRMトランジションや確認MRMトランジションのプロダクトイオンが生成されると、該夾雑化合物のプロダクトイオンが目的化合物のプロダクトイオンと同時に測定されてしまう。その結果、実際には試料に目的化合物が含まれていないにもかかわらず目的化合物が含まれていると誤って判定してしまったり(これは擬陽性と呼ばれる。)、実際の目的化合物の含有量よりも多く定量してしまったりすることになる。
【0005】
擬陽性を回避して目的化合物の同定や定量の確度を高めるために、従来、上記MRM測定に加え、以下のような追測定が行われている。追測定では、クロマトグラフのカラムで分離された目的化合物がカラムから溶出する時間帯(保持時間帯)にサーベイイベントとして1つのMRMトランジションによるMRM測定を繰り返し実行する(
図1(a))。そして、MRM測定におけるプロダクトイオンの強度が予め決められた閾値を超えたことをトリガーとして、そのMRM測定に関連づけされた測定(ディペンデントイベント)を行う。ディペンデントイベントでは、コリジョンセルに導入するイオンに付与するエネルギー(コリジョンエネルギー)の大きさが互いに異なる複数の測定条件でそれぞれプロダクトイオンスキャン測定を実行する。コリジョンエネルギーの大きさを変更するための測定パラメータは、コリジョンセル内のイオンガイドに印加するオフセット電圧値である。コリジョンセル内のイオンガイドにプリカーサイオンと逆極性のオフセット電圧を印加することによりプリカーサイオンにコリジョンエネルギーを付与し、そのオフセット電圧の大きさを変更することによりプリカーサイオンに付与するコリジョンエネルギーの大きさを変更する。
【0006】
複数の異なるコリジョンエネルギーでプロダクトイオンスキャン測定を行うのは、コリジョンエネルギーの大きさによってプリカーサイオンの開裂の態様が変化し、プロダクトイオン毎に最適な(感度が高くなる)コリジョンエネルギーの大きさが異なるためである。このように複数の異なるコリジョンエネルギーでプロダクトイオンスキャン測定を行うことにより、目的化合物から生成される特徴的なプロダクトイオンの検出漏れを防止している。ここでは典型的な一例としてコリジョンエネルギーを挙げて説明したが、プリカーサイオンの開裂の態様を変化させる測定パラメータには、コリジョンエネルギーの他に、コリジョンセルに導入するガスの種類や圧力などがある。また、プリカーサイオンの開裂の態様を変化させる測定パラメータだけでなく、プロダクトイオンの測定感度を変化させるような測定パラメータ(例えば前段質量分離部や後段質量分離部に印加する電圧値)が異なる複数の測定条件でプロダクトイオンスキャン測定を行う場合もある。
【0007】
目的化合物の保持時間帯には、サーベイイベントであるMRM測定とディペンデントイベントである複数のプロダクトイオンスキャン測定を1サイクルとする測定が繰り返し行われる。測定終了後、複数のプロダクトイオンスキャン測定のそれぞれについて得られたプロダクトイオンスペクトル(
図1(b))を合成して実測合成プロダクトイオンスペクトルを作成する(
図1(c))。そして、実測合成プロダクトイオンスペクトル上に現れている、目的化合物を特徴づける複数のプロダクトイオンのマスピークの位置(質量電荷比)及び強度を、予め同条件で目的化合物の標準試料を測定して作成された目的化合物の標準合成プロダクトイオンスペクトル上のプロダクトイオンのマスピークの位置及び強度と照合する。合成プロダクトイオンスペクトルは、一般に、目的化合物に特徴的な複数のプロダクトイオンのそれぞれに対応するマスピークを有しているため、これらのマスピークを照合することにより目的化合物を選別(スクリーニング)し、擬陽性を回避することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
プロダクトイオンスキャン測定では、後段質量分離部に印加する電圧値を少しずつ変化させて該後段質量分離部を通過させるプロダクトイオンの質量電荷比を走査する。例えば、質量電荷比の測定範囲を100~1,000とし、質量電荷比を0.1ずつ変化させていく典型的な測定条件の1つでプロダクトイオンスキャン測定を実行する場合、後段質量分離部への印加電圧の値を9,000ステップで変更し、各ステップでプロダクトイオンの強度を測定する。プロダクトイオンスキャン測定では、このように多くのステップのそれぞれにおいてプロダクトイオンの強度を測定するため、1回の測定に時間がかかる。また、上述の通りこうしたプロダクトイオンスキャン測定をコリジョンエネルギーが異なる複数の測定条件で行うことから、1サイクルの測定を実行するにはさらに時間がかかる。1サイクルの測定に要する時間(ループタイム)は、MRM測定のデータが取得される時間間隔でもあるため、ループタイムが長いとマスクロマトグラムのピークを構成するデータ点が不足し、正しい形状のピークを得ることができない。そのため、従来の質量分析では擬陽性を回避することができても定量精度が悪く、またクロマトグラムのピーク形状の再現性も悪いという問題があった。
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、プリカーサイオンを選別する前段質量分離部、該プリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成させる開裂部、該プロダクトイオンを質量分離する後段質量分離部を備えた、MSn分析を実行可能な質量分析装置を用いて、従来よりも短いループタイムで目的化合物をスクリーニングすることができる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明の第1の態様は、
試料に含まれる化合物由来のイオンのうち所定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する前段質量分離部と、該前段質量分離部で選択されたプリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成する開裂部と、該開裂部で生成されたプロダクトイオンを質量分離する後段質量分離部とを備えた質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
既知の目的化合物を含有する標準試料を前記質量分析装置に導入し、
前記開裂部におけるプリカーサイオンの開裂の態様を変化させる、又はプロダクトイオンの測定感度を変化させる、少なくとも1つの測定パラメータの設定値が互いに異なる複数の測定条件を設定し、
前記複数の測定条件を用いて、前記目的化合物の所定の質量電荷比を有するプリカーサイオンを開裂させて生成したプロダクトイオンを質量分離して測定することにより、前記複数の測定条件のそれぞれに対応する質量分析データを取得し、
前記質量分析データから、測定強度が予め決められた基準を超えているプロダクトイオンを複数抽出し、
前記抽出した複数のプロダクトイオンのそれぞれについて、該プロダクトイオンの質量電荷比と測定強度、該プロダクトイオンを生成したプリカーサイオンの質量電荷比、及び該測定強度が得られたときの測定条件を特定し、前記複数のプロダクトイオンと該複数のプロダクトイオンのそれぞれについて特定された測定条件により複数のMRMスペクトル要素情報を作成し、
前記複数のMRMスペクトル要素情報に含まれる複数のプロダクトイオンの質量電荷比と測定強度によりMRMスペクトルを構成し、
前記MRMスペクトルを前記目的化合物の情報に対応付けて該目的化合物のライブラリデータを作成する
ことを特徴とする。
【0012】
前記質量分析データを取得する際の測定法は、プリカーサイオンの質量電荷比のみを固定してプロダクトイオンの質量電荷比を走査しつつプロダクトイオンの強度を測定するプロダクトイオンスキャン測定であってもよく、プリカーサイオンの質量電荷比とプロダクトイオンの質量電荷比の両方を固定してプロダクトイオンの強度を測定するMRM測定であってもよい。前者は目的化合物からどのようなプロダクトイオンが生成されるかが不明である場合に用いることができ、後者は目的化合物から生成されるプロダクトイオンの質量電荷比が事前に分かっている場合に用いることができる。
【0013】
前記少なくとも1つの測定パラメータは、典型的には開裂部に導入するプリカーサイオンに付与するコリジョンエネルギーの大きさを変更する測定パラメータであるが、前記開裂部に導入する衝突ガスの種類や、前段質量分離部や後段質量分離部に印加する電圧値などとすることもできる。
【0014】
本発明の第1の態様に係る質量分析方法では、目的化合物を含有する標準試料について、前記開裂部におけるプリカーサイオンの開裂の態様を変化させる、又はプロダクトイオンの測定感度を変化させる、少なくとも1つの測定パラメータの設定値が互いに異なる複数の測定条件を設定する。そして、それら複数の測定条件を用いて質量分析を実行し、該複数の測定条件のそれぞれに対応する質量分析データ(プロダクトイオンスペクトルデータやMRM測定データ)を取得する。次に、取得した質量分析データから、測定強度が予め決められた基準を超えているプロダクトイオンを複数、抽出する。そして、抽出した複数のプロダクトイオンのそれぞれについて、該プロダクトイオンの質量電荷比と測定強度、該プロダクトイオンを生成したプリカーサイオンの質量電荷比、及び該測定強度が得られたときの測定条件を特定し、それらを対応付けて複数のMRMスペクトル要素情報を作成する。これにより、目的化合物を予め決められた基準以上の強度で測定することができるプリカーサイオンの質量電荷比とプロダクトイオンの質量電荷比の組(MRMトランジション)と、該MRMトランジションの測定に適した条件が特定される。続いて、複数のMRMスペクトル要素情報に含まれるプロダクトイオンの質量電荷比と測定強度からMRMスペクトルを構成する。このMRMスペクトルは、プロダクトイオンスキャン測定により取得される一般的なプロダクトイオンスペクトルと異なり、MRMスペクトル要素情報に含まれるMRMトランジションに対応する質量電荷比の位置のみに局所的なピークデータを持つ。最後に、MRMスペクトルを目的化合物の情報に対応付けて該目的化合物のライブラリデータを作成する。ライブラリデータのMRMスペクトルには、該MRMスペクトルの各ピークに対応するMRMスペクトル要素情報が含まれる。
【0015】
従来、目的化合物のスクリーニングにおいて擬陽性を回避するために、目的化合物の標準試料を測定すること等により予め作成された標準合成プロダクトイオンスペクトルと照合しており、その照合に必要な実測合成プロダクトイオンスペクトルを得るためにプロダクトイオンスキャン測定を複数の測定条件で実行しなければならず、1サイクルの測定に時間を要していた。
【0016】
これに対し、本発明の第1の態様に係る質量分析方法で得られる目的化合物のライブラリデータに含まれるMRMスペクトルデータは、複数の特定のMRMトランジションに対応する位置にのみ局所的にピークを持つデータであるため、それら複数のMRMトランジションをそれらに対応する測定条件で測定するのみで照合することができる。つまり、従来のように時間がかかるプロダクトイオンスキャン測定を行う必要がなく、より短いループタイムで目的化合物のスクリーニングを行うことが可能になる。また、本発明の第1の態様に係る質量分析方法では、目的化合物のMRMスペクトルを得ると同時に、目的化合物のMRM測定に適したMRMトランジション及び該MRMトランジションの測定に適した測定条件を決定することができる。
【0017】
前記MRMスペクトル要素情報の数、即ちMRMスペクトルのピーク数は、少なくとも3以上とすることが好ましく、6以上16以下であることがより好ましい。MRMスペクトル要素情報の数は目的化合物の分子量や分子構造などに応じて適宜に決めればよいが、その数を上記範囲とすることにより、実測定データとの照合を行う際に目的化合物を特徴づける十分な数のプロダクトイオンを用いることができる。また、実測定時のサイクルタイムが長くなりすぎるのを防止しつつデュエルタイム(1つの測定条件でプロダクトイオンを測定する時間の長さ)を十分に長くすることができる。
【0018】
上記課題を解決するために成された本発明の第2の態様は、
試料に含まれる化合物由来のイオンのうち所定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する前段質量分離部と、該前段質量分離部で選択されたプリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成する開裂部と、該開裂部で生成されたプロダクトイオンを質量分離する後段質量分離部とを備えた、MSn分析(nは2以上の整数)を実行可能な質量分析装置であって、
使用者による入力指示に応じて、前記開裂部におけるプリカーサイオンの開裂の態様を変化させる、又はプロダクトイオンの測定感度を変化させる少なくとも1つの測定パラメータの設定値が互いに異なる複数の測定条件を設定する測定条件設定部と、
前記複数の測定条件を用いて、目的化合物から生成され所定の質量電荷比を有するプリカーサイオンを開裂させて生成したプロダクトイオンを質量分離して測定することにより、前記複数の測定条件のそれぞれに対応する質量分析データを取得する測定実行部と、
前記質量分析データから、測定強度が予め決められた基準を超えているプロダクトイオンを複数抽出するプロダクトイオン抽出部と、
前記抽出した複数のプロダクトイオンのそれぞれについて、該プロダクトイオンの質量電荷比と測定強度、該プロダクトイオンを生成したプリカーサイオンの質量電荷比、及び該測定強度が得られたときの測定条件を特定し、前記複数のプロダクトイオンと該複数のプロダクトイオンのそれぞれについて特定された測定条件により複数のMRMスペクトル要素情報を作成するMRMスペクトル要素情報作成部と、
前記複数のMRMスペクトル要素情報に含まれる複数のプロダクトイオンの質量電荷比と測定強度によりMRMスペクトルを構成するMRMスペクトル構成部と、
前記MRMスペクトルを前記目的化合物の情報に対応付けて該目的化合物のライブラリデータを作成するライブラリデータ作成部と
を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る質量分析装置あるいは質量分析方法を用いることにより、従来よりも短いループタイムで目的化合物のスクリーニングを行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】従来行われていた追測定について説明する図。
【
図2】本発明に係る
質量分析装置の一実施例を液体クロマトグラフと組み合わせた液体クロマトグラフ質量分析装置の要部構成図。
【
図3】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置を用いて目的化合物のライブラリデータを作成するフローチャート。
【
図4】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置で目的化合物のライブラリデータ作成時に用いられるメソッドファイルの例。
【
図5】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置により取得されるプロダクトイオンスペクトルの例。
【
図6】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置において得られるピークリストの例。
【
図7】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置において得られるMRMスペクトル要素情報の例。
【
図8】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置において得られる標準MRMスペクトルの例。
【
図10】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置を用いて実試料を分析するフローチャート。
【
図11】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置を用いた実試料の分析で用いられるメソッドファイルについて説明する図。
【
図12】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置を用いた実試料の分析により得られる実測MRMスペクトルの例。
【
図13】本実施例のクロマトグラフ質量分析装置を用いた実試料の分析結果の画面表示例。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明に係る質量分析装置及び質量分析方法の実施例について、以下、図面を参照して説明する。
図2は、本実施例の質量分析装置を液体クロマトグラフと組み合わせた液体クロマトグラフ質量分析装置の要部構成図である。
【0022】
本実施例の液体クロマトグラフ質量分析装置は、大別して、液体クロマトグラフ部1、質量分析部2、及びそれらの動作を制御する制御部4から構成されている。液体クロマトグラフ部1は、移動相が貯留された移動相容器10と、移動相を吸引して一定流量で送給するポンプ11と、移動相中に所定量の試料液を注入するインジェクタ12と、試料液に含まれる各種化合物を時間方向に分離するカラム13とを備えている。また、液体クロマトグラフ部1には、インジェクタ12に複数の液体試料を1つずつ導入するオートサンプラ14が接続されている。
【0023】
質量分析部2は、略大気圧であるイオン化室20と真空ポンプ(図示なし)により真空排気された高真空の分析室23との間に、段階的に真空度が高められた第1中間真空室21と第2中間真空室22とを備えた多段差動排気系の構成を有している。イオン化室20には、試料溶液に電荷を付与しながら噴霧するエレクトロスプレイイオン化用プローブ(ESIプローブ)201が設置されている。イオン化室20と後段の第1中間真空室21との間は細径の加熱キャピラリ202を介して連通している。第1中間真空室21と第2中間真空室22との間は頂部に小孔を有するスキマー212で隔てられ、第1中間真空室21と第2中間真空室22にはそれぞれ、イオンを収束させつつ後段へ輸送するためのイオンガイド211、221が設置されている。分析室23には、上流側(イオン化室20の側)から順に、前段四重極マスフィルタ(Q1)231、多重極イオンガイド(q2)233が内部に設置されたコリジョンセル232、後段四重極マスフィルタ(Q3)234、及びイオン検出器235が設置されている。コリジョンセル232の内部には、測定条件に合わせてアルゴン、窒素などの衝突誘起解離(CID: Collision-Induced Dissociation)ガスが適宜に供給される。
【0024】
質量分析部2では、選択イオンモニタリング(SIM: Selected Ion Monitoring)測定、MS/MSスキャン測定(プロダクトイオンスキャン測定、プリカーサイオンスキャン測定)、多重反応モニタリング(MRM: Multiple Reaction Monitoring)測定等を行うことができる。SIM測定では、前段四重極マスフィルタ(Q1)231ではイオンを選別せず(マスフィルタとして機能させず)、後段四重極マスフィルタ(Q3)234を通過させるイオンの質量電荷比を固定してイオンを検出する。
【0025】
プロダクトイオンスキャンスキャン測定では前段四重極マスフィルタ(Q1)231を通過させるプリカーサイオンの質量電荷比を固定したまま後段四重極マスフィルタ(Q3)234を通過させるプロダクトイオンの質量電荷比を走査しつつ該後段四重極マスフィルタ(Q3)234を通過したプロダクトイオンを検出する。MRM測定では前段四重極マスフィルタ(Q1)231を通過させるプリカーサイオンの質量電荷比と、後段四重極マスフィルタ(Q3)234を通過させるプロダクトイオンイオンの質量電荷比の両方を固定し、該後段四重極マスフィルタ(Q3)234を通過したプロダクトイオンを検出する。プリカーサイオンスキャン測定では前段四重極マスフィルタ(Q1)231を通過させるプリカーサイオンイオンの質量電荷比を走査しつつ、後段四重極マスフィルタ(Q3)234を通過させるプロダクトイオンイオンの質量電荷比を固定し、該後段四重極マスフィルタ(Q3)234を通過したプロダクトイオンを検出する。これらの測定では、プリカーサイオンを開裂させてプロダクトイオンを生成するために、コリジョンセル232の内部にCIDガスを供給する。
【0026】
制御部4は、記憶部41を有するとともに、機能ブロックとして、測定条件設定部42、標準試料測定実行部43、プロダクトイオン抽出部44、MRMスペクトル要素情報作成部45、標準MRMスペクトル構成部46、ライブラリデータ作成部47、分析対象化合物入力受付部51、実試料測定実行部52、実測MRMスペクトル作成部53、及びMRMスペクトル照合部54を備えている。制御部4の実体はパーソナルコンピュータであり、該コンピュータに予めインストールされたMRMスペクトルライブラリ作成プログラムをプロセッサで実行することにより上記の各機能ブロックが具現化される。また、制御部4には、入力部6、表示部7が接続されている。
【0027】
記憶部41には、複数の化合物について、化合物の名称、化学式、分子量、CAS登録番号、及びプリカーサイオンの質量電荷比、カラム13により成分分離を行う場合の保持時間等の情報が記載された化合物テーブル411が保存されている。また、後述の各処理により作成されるMRMスペクトルライブラリデータを保存するライブラリ保存領域412が設けられている。
【0028】
次に、
図3のフローチャートを参照し、本実施例のクロマトグラフ質量分析装置を用いた分析の手順を説明する。本実施例のクロマトグラフ質量分析装置では、既知の目的化合物を含有する標準試料の測定により、該目的化合物に関するMRMスペクトルライブラリデータを作成する。各目的化合物のMRMスペクトルライブラリデータはライブラリ保存領域412に保存及び蓄積され、それらのMRMスペクトルライブラリデータによって該ライブラリ保存領域412にMRMスペクトルライブラリが構成される。
【0029】
使用者がMRMスペクトルライブラリ作成プログラムを実行する等の所定の操作を行うと、測定条件設定部42は、使用者に目的化合物の情報を入力させる画面を表示部7に表示する。具体的には、目的化合物が化合物テーブル411に保存されているか否かを使用者に問い合わせ、目的化合物が化合物テーブル411に保存されたものである場合には、該化合物テーブル411から目的化合物を選択させる。一方、目的化合物が化合物テーブル411に保存されていない場合には、使用者に目的化合物の名称、化学式、分子量、及びプリカーサイオンの質量電荷比を入力させる画面を表示する。化合物テーブル411に保存されていない化合物の情報を使用者が入力した場合には、その情報が化合物テーブル411に追加される。なお、本実施例のようにESIプローブ201で目的化合物をイオン化すると、通常は目的化合物の分子イオンが最も多く生成される。そこで、プリカーサイオンの質量電荷比は分子量から求められる値が自動的に入力されるようにしてもよい。また、本実施例では、化合物テーブル411に保存されている化合物を使用者が選択すると、該化合物の分子イオンのみがプリカーサイオンとして入力されるが、化合物テーブル411に分子イオン以外のプリカーサイオン(アダクトイオン等)も保存されている場合には、それらも併せてプリカーサイオンとして入力されるようにしてもよい。
【0030】
使用者が化合物テーブル411から目的化合物を選択する、あるいは目的化合物の名称、化学式、分子量、及びプリカーサイオンの質量電荷比を入力することにより目的化合物の情報を入力すると(ステップS1)、測定条件設定部42は続いて、その目的化合物の測定条件を設定する画面を表示する。この画面では、使用者が、測定条件に含まれる複数の測定パラメータの中から複数の値を設定する測定パラメータを選択する(ステップS2)。使用者が測定パラメータを選択すると、測定条件設定部42は、その測定パラメータの値を設定する画面を表示する。
【0031】
本実施例では、使用者が測定パラメータとして衝突エネルギー(CE: Collision Energy)を選択する場合を例に説明する。使用者が複数の値を設定する測定パラメータとして衝突エネルギーを選択すると、測定条件設定部42は、衝突エネルギーの最小値、最大値、及びステップ幅を使用者に入力させる。本実施例では衝突エネルギーの最小値:10V、最大値:50V、ステップ幅:5Vと入力した場合を例に説明する。測定条件設定部42は、使用者に指定された測定パラメータ(衝突エネルギー)について、使用者による入力指示に従って異なる複数の値を設定する(ステップS3)。ここでは、衝突エネルギーの最小値、最大値、及びステップ幅を使用者に入力させる例により説明したが、衝突エネルギーの値そのものを使用者に入力させる等、他の方法で複数の値を設定することもできる。使用者により選択された測定パラメータ以外の測定パラメータについてはいずれも初期値を設定して複数の測定条件を決定する。測定条件設定部42は、こうして決定した複数の測定条件を順に用いてプロダクトイオンスキャン測定を実行するように、複数のイベントを設定する(ステップS4)。本実施例では、
図4に示すような9個のイベントが作成される。測定条件設定部42はさらに、これら複数のイベントを記載したメソッドファイルを作成して記憶部41に保存する。
【0032】
なお、ステップS1において複数のプリカーサイオンが入力されている場合には、プリカーサイオン毎に複数の測定条件を対応付けたイベントを設定し、それらイベントを記載したメソッドファイルを保存する。また、使用者が複数の測定パラメータを選択した場合には、測定条件設定部42は、それら複数の測定パラメータについて設定される複数の値の全ての組み合わせに対応する複数の測定条件を決定して各測定条件に対応するイベントを設定し、それら複数のイベントを記載したメソッドファイルを作成する。複数の値を設定可能な測定パラメータ(ステップS2で選択可能なパラメータ)には、衝突エネルギーの他に、例えばコリジョンセル232に導入するコリジョンガスの種類や圧力、前段四重極マスフィルタ(Q1)231や後段四重極マスフィルタ(Q3)234への印加電圧の値(プリロッド電極への印加電圧等の、感度調整に用いる電圧値)などがある。
【0033】
メソッドファイルが作成されると、標準試料測定実行部43は表示部7に測定開始ボタンを表示する。使用者がこのボタンを押すと、標準試料測定実行部43は、記憶部41からメソッドファイルを読み出すとともに、予めオートサンプラ14にセットされている、目的化合物の標準試料をインジェクタ12から一定量を連続して導入する。この測定ではカラム13を通過させるのみで成分分離は行わず、そのままESIプローブ201に輸送する。
【0034】
標準試料測定実行部43は、標準試料がESIプローブ201に到達するタイミングに合わせて該メソッドファイルに記載されている複数のイベント(本実施例ではイベント1~9)を順に実行してプロダクトイオンを測定する。これにより、複数のイベントのそれぞれについて質量分析データ(プロダクトイオンスペクトルデータ)を取得する(ステップS5)。各質量分析データは記憶部41に保存される。本実施例では、
図5に示すようなプロダクトイオンスペクトルのデータが得られる。
【0035】
測定を終了すると、プロダクトイオン抽出部44は、記憶部41に保存された各プロダクトイオンスペクトルデータを読み出してマスピークのデータを抽出する。
図6に、各イベントで取得されたプロダクトイオンスペクトルデータから抽出されたマスピークのリスト(測定強度は任意単位)を示す。プロダクトイオン抽出部44は、ピークリストの中から予め決められた閾値(本実施例では100。任意単位)以上の強度で測定されたプロダクトイオンのマスピークを抽出する(ステップS6)。
【0036】
続いて、MRMスペクトル要素情報作成部45は、抽出したマスピークのそれぞれについて、そのプロダクトイオンの質量電荷比、プリカーサイオンの質量電荷比、及びそのプロダクトイオンスペクトルデータを取得したときのイベント(測定条件)を対応付けてMRMスペクトル要素情報を作成する(ステップS7)。複数のイベントにおいて、同じ質量電荷比のプロダクトイオンの測定強度が閾値を超えている場合には、測定強度が最も高いイベント(測定条件)のみをMRMスペクトル要素情報とする。また、各MRMスペクトル要素情報には、プロダクトイオンの測定強度が大きい順に優先順位がつけられ、その順に番号が付される。本実施例で得られたMRMスペクトル要素情報を
図7に示す。これにより、目的化合物のMRM測定に適したMRMトランジション及び当該MRMトランジションを用いた測定に適した測定条件が決定される。
【0037】
MRMスペクトル要素情報が作成されると、標準MRMスペクトル構成部46はMRMスペクトル要素情報に含まれるプロダクトイオンの質量電荷比と測定強度によりMRMスペクトル(標準MRMスペクトル)を構成する(ステップS8)。本実施例で作成されるMRMスペクトルを
図8に示す。このMRMスペクトルは、プロダクトイオンスキャン測定により得られる一般的なプロダクトイオンスペクトルとは異なり、マスピークの位置のみにデータを持つ擬似的なプロダクトイオンスペクトルである。
【0038】
標準MRMスペクトルが構成されると、ライブラリデータ作成部47は、目的化合物の名称、化学式、及び保持時間の情報を化合物テーブル411から読み出し、標準MRMスペクトルと組み合わせて当該目的化合物のライブラリデータを作成してライブラリ保存領域412に保存する(ステップS9)。このとき、標準MRMスペクトルは、最も測定強度が大きいピークが所定の強度値(例えば1000)となるように規格化される。標準MRMスペクトルには、各ピークに対応するMRMスペクトル要素情報(MRMトランジションと、当該MRMトランジションの測定条件)が含まれる。上記一連の処理を複数の化合物について行うことによりライブラリ保存領域412にMRMスペクトルライブラリが作成される。
【0039】
ここでは複数の測定条件でプロダクトイオンスキャン測定を行うことにより複数のプロダクトイオンスペクトルデータを取得して標準MRMスペクトルを構成する場合を例に説明したが、目的化合物について、プリカーサイオンの質量電荷比とプロダクトイオンの質量電荷比の組(MRMトランジション)が既知である場合には、複数の測定条件を用いてMRM測定を行うことによりMRM測定データを取得して目的化合物のライブラリデータを作成することもできる。
【0040】
目的化合物のMRMトランジションが既知である場合には、通常、化合物テーブルにその情報が記載されている。そこで、使用者に目的化合物の情報を入力させる際に、併せて測定に使用するMRMトランジションを複数、指定させる。
図9にその一例(8種類のMRMトランジション)を示す。
図9にはプリカーサイオンが同一であるMRMトランジションを示したが、プリカーサイオンが異なるMRMトランジションを含んでいてもよい。
【0041】
MRM測定を行う場合には、上記ステップS3において測定パラメータの値を設定した後、ステップS4において、MRMトランジション毎に複数の測定条件を対応付けたイベントを作成する。例えば衝突エネルギーの値が異なる9種類の測定条件が入力された場合には、8種類のMRMトランジションにこれら9種類の測定条件をそれぞれ対応付けた、72個のイベントが設定される。
【0042】
MRM測定を実行することによりイベント毎に取得される質量分析データ(プロダクトイオンの測定強度データ)は、
図6を参照して説明したピークリストに相当する。従って、
図6のピークリストについて行った処理と同様の処理によりMRMスペクトル要素情報を作成し、該MRMスペクトル要素情報から標準MRMスペクトルを構成することができる。また、この標準MRMスペクトルを目的化合物の名称、化学式、及び保持時間の情報と組み合わせることにより、当該目的化合物のライブラリデータを作成することができる。
【0043】
従来、目的化合物のスクリーニングにおいて擬陽性を回避するために、目的化合物の標準試料を測定すること等により予め作成された標準合成プロダクトイオンスペクトルと照合しており、その照合に必要な実測合成プロダクトイオンスペクトルを得るためにプロダクトイオンスキャン測定を複数の測定条件で実行しなければならず、1サイクルの測定に時間を要していた。
【0044】
一方、本実施例の質量分析装置あるいは質量分析方法により得られる目的化合物のライブラリデータに含まれるMRMスペクトルデータは、複数の特定のMRMトランジションに対応する位置のみに局所的にピークを持つデータであり、それら複数のMRMトランジションを各MRMトランジションに対応づけられた測定条件で測定するのみでスペクトルマッチングを行うことができる。つまり、従来のように時間がかかるプロダクトイオンスキャン測定を行う必要がなく、より短いループタイムで目的化合物のスクリーニングを行うことが可能になる。
【0045】
次に、
図10のフローチャートを参照しつつ本実施例の質量分析方法及び質量分析装置を用いて作成されたMRMスペクトルライブラリを用いて実試料に含まれる目的化合物をスクリーニングする手順を説明する。
【0046】
使用者が実試料の分析開始を指示すると、分析対象化合物入力受付部51は、ライブラリ保存領域412に保存されているMRMスペクトルライブラリに収録されている化合物のリストを表示部7に表示し、その中から使用者に分析対象の目的化合物を選択させる。ここで選択する目的化合物は1つであってもよいし、複数であってもよい。使用者は目的化合物の選択時に、スペクトルマッチングに用いるマスピークの数を指定することができる。
【0047】
使用者が目的化合物(化合物A、化合物B、化合物C、化合物D、…、化合物X)を選択すると(ステップS11)、実試料測定実行部52は、入力された各化合物の保持時間と、当該化合物に関する複数のMRMトランジショ
ン及び各MRMトランジションの測定条件をMRMスペクトルライブラリから読み出し、それらを記載したメソッドファイルを作成する(ステップS12)。
図11(a)及び(b)に示すように、このメソッドファイルには、化合物単位のイベントと、各化合物のMRMトランジション単位のチャンネルが記載される。ステップS11において使用者がMRMトランジションの数を指定した場合には、MRMスペクトルライブラリに保存されているMRMスペクトル要素情報のうち、番号が小さい順(即ち標準MRMスペクトルにおいて測定強度が大きい順)に指定された数のMRM
スペクトル要素情報が読み出され、それらに対応するMRMトランジションを測定するチャンネルが設定される。
【0048】
図11に示すように、メソッドファイルには、各化合物に対応するイベントがその実行時間帯(各化合物の保持時間に対応する時間帯)とともに記載され、その構成が表示部7に表示される。
図11(a)のようにイベントリストを表示した状態で、1つのイベント(化合物)を選択すると、
図11(b)に示すように当該イベントに設定されているチャンネルが一覧表示される。チャンネルはMRMトランジション毎にそれぞれ設けられており、それぞれに最適な(最も測定感度が高い)衝突エネルギーの値を含む測定条件が対応づけられている。このように、メソッドファイルには、使用者が入力した目的化合物と同数(100個)のイベントが設定され、各イベントには、該イベントに対応する化合物のそれぞれについてMRMスペクトルライブラリに登録されているMRMスペクトル要素情報の数、あるいは使用者により指定された数(スペクトルマッチングに使用するマスピークの数)のチャンネルが設定される。
【0049】
使用者が測定開始を指示すると、実試料測定実行部52は、予めオートサンプラ14にセットされている実試料をインジェクタ12に導入する。インジェクタ12に導入された実試料に含まれる各種成分は、カラム13で分離されESIプローブ201に順次導入される。ESIプローブ201に導入された各成分はイオン化室20で噴霧されイオン化した後、後段の質量分析部2に導入される。
【0050】
この測定は、上記メソッドファイルに記載の測定条件に従って行われ、各化合物は順次、当該化合物に対して設定されているイベント内の複数のチャンネル(MRMトランジション)で測定される(ステップS13)。実行時間帯が重複するイベントが存在する時間帯では、それらのイベントの複数のチャンネルが順に繰り返し実行される。例えば、
図11に示すメソッドファイルの場合、測定開始から3分が経過するまでの間には、化合物A(イベント1)について設定された複数のMRMトランジション(チャンネル1~8)と化合物B(イベント2)について設定された複数のMRMトランジション(チャンネル1~15)を用いてプロダクトイオンの強度が繰り返し測定され、測定開始後3分~4分の時間帯には化合物A, B, Cについて設定された複数のMRMトランジションを用いてプロダクトイオンの強度が繰り返し測定される(
図11(c))。それ以降の時間帯も同様である。
【0051】
こうして得られた測定データは順次、記憶部41に保存される。このとき、実試料測定実行部52は、各イベントの測定時間として指定されている時間帯よりも前又は/及び後にも複数回、各チャンネルのMRMトランジションでプロダクトイオンの強度を測定する。各イベントの測定時間外に取得されたデータは、当該イベントの測定時間内に取得されたデータとは別に、記憶部41に保存される。
【0052】
測定終了後、実測MRMスペクトル作成部53は、各イベント内の各チャンネルで測定時間内に測定したプロダクトイオンの強度をそれぞれマスピークとする実測MRMスペクトルを作成する(ステップS14)。さらに、実測MRMスペクトル作成部53は、同一イベントの同一チャンネルで実行時間外に測定したプロダクトイオンの強度(測定ノイズに相当)を前記実測MRMスペクトルの測定強度から差し引く処理を行い、測定ノイズを除去した実測MRMスペクトルを作成する(ステップS15)。
【0053】
図12はこうして作成された化合物Aの実測MRMスペクトルの一例であり、化合物Aについて設定された8種類のMRMトランジション(チャンネル)のそれぞれに対応するマスピークが現れる。本実施例のクロマトグラフ質量分析装置では、このように複数のMRMトランジションを用いた測定を行うことにより擬似的にプロダクトイオンスペクトルを得る。本実施例のマルチ実測MRMスペクトルでは、プリカーサイオンが異なるプロダクトイオンのマスピークが1つの擬似的なプロダクトイオンスペクトルとして表示される。
【0054】
全ての目的化合物について実測MRMスペクトルが得られると、MRMスペクトル照合部54は、MRMスペクトルライブラリから各化合物のMRMスペクトル(標準MRMスペクトル)を読み出し、それらの類似度を求める。類似度の算出に際しては、まず、実測MRMスペクトルを規格化する。この規格化は、MRMスペクトルライブラリに保存されているMRMスペクトルの規格化と同じ方法により行われる。本実施例では、実測MRMスペクトルにおける最大のマスピークの強度が所定値(1000)となるように規格化される。実測MRMスペクトルを規格化した後、各マスピークの測定強度を標準MRMスペクトルのマスピークの測定強度と比較し、それらの差分に基づいて類似度を求める(スペクトルマッチング。ステップS16)。ここでは実測MRMスペクトルと標準MRMスペクトルの類似度を求める例を説明したが、両スペクトルに含まれるマスピークの質量電荷比と強度を照合したテーブルを作成する等、種々の形態でMRMスペクトルを照合することができる。また、使用者により、スペクトルマッチングに使用するマスピークの数が指定されている場合、MRMスペクトル照合部54は、ライブラリデータに含まれる標準MRMスペクトルの中から実試料測定実行部52による測定時に使用した測定条件に対応するマスピークを抽出し、MRMスペクトルを再構成した上で実測MRMスペクトルと照合する。
【0055】
全ての目的化合物についてMRMスペクトル類似度の算出が終わると、MRMスペクトル照合部54は、各目的化合物の類似度を、実測MRMスペクトル及び標準MRMスペクトルとともに表示部7に表示する(ステップS17)。
図13は表示画面の一例である。このように、類似度と共に、実測スペクトルと標準スペクトルを表示することにより、類似度の数値だけでなく、MRMスペクトル全体の形状等を視認することによっても使用者が試料中の成分が目的化合物であるか否かを直感的に把握することができる。
図13において画面上部のタブを切り替えることにより別の化合物の結果を表示させることができる。
【0056】
上記実施例は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。上記実施例では、標準試料について、測定強度が閾値を超えた全てのプロダクトイオンを抽出したが、測定条件設定部42が測定条件を設定する際に、MRMスペクトルを構成するMRMスペクトル要素情報の数を使用者に入力させ、プロダクトイオンの測定強度が大きい順に入力された数のMRMスペクトル要素情報を作成するようにしてもよい。MRMスペクトル要素情報の数、即ちMRMスペクトルのピーク数は、少なくとも3以上あればよいが、6以上16以下であることがより好ましい。MRMスペクトル要素情報の数は目的化合物の分子量や分子構造などによって異なるものの、その数を上記範囲とすることにより、実測定データとの照合を行う際に目的化合物を特徴づける十分な数のプロダクトイオンを用いてスクリーニングを行うことができる。また、実測定時のサイクルタイムが長くなりすぎるのを防止しつつ、デュエルタイムを十分に長くとることができる。
【0057】
測定条件設定部42により測定条件を設定する際に、測定強度が高いプロダクトイオンであっても当該化合物に特徴的ではないプロダクトイオンをMRMスペクトル要素情報から除外するために、使用者が目的化合物の情報を入力する際に、併せてそうしたプロダクトイオン(除外イオン)の質量電荷比を設定しておき、測定強度の高低にかかわらずプロダクトイオン抽出部44が当該除外イオンを抽出しないようにすることができる。また、測定強度がそれほど高くないプロダクトイオンであっても当該化合物に特徴的であるプロダクトイオンを優先的にMRMスペクトル要素情報に含めることができるように、使用者が目的化合物の情報を入力する際に、併せてそうしたプロダクトイオン(優先イオン)の質量電荷比を設定しておき、測定強度の高低に関わらずプロダクトイオン抽出部44が当該優先イオンを抽出するようにしてもよい。
【0058】
上記実施例では液体クロマトグラフ質量分析装置を例に挙げたが、ライブラリデータの作成に必ずしも液体クロマトグラフを用いる必要はなく、質量分析装置のイオン源に直接標準試料を導入してもよい。また、液体クロマトグラフに代えてガスクロマトグラフを用いることもできる。さらに、上記実施例では三連四重極型の質量分析装置を例に挙げたが、前段質量分離部、開裂部、及び後段質量分離部を有する他の構成の質量分析装置を用いることもできる。
【符号の説明】
【0059】
1…液体クロマトグラフ部
12…インジェクタ
13…カラム
14…オートサンプラ
2…質量分析部
20…イオン化室
201…ESIプローブ
21…第1中間真空室
22…第2中間真空室
23…分析室
231…前段四重極マスフィルタ
232…コリジョンセル
234…後段四重極マスフィルタ
235…イオン検出器
4…制御部
41…記憶部
411…化合物テーブル
412…ライブラリ保存領域
42…測定条件設定部
43…標準試料測定実行部
44…プロダクトイオン抽出部
45…MRMスペクトル要素情報作成部
46…標準MRMスペクトル構成部
47…ライブラリデータ作成部
51…分析対象化合物入力受付部
52…実試料測定実行部
53…実測MRMスペクトル作成部
54…MRMスペクトル照合部
6…入力部
7…表示部