(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-10
(45)【発行日】2022-05-18
(54)【発明の名称】既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する予測式を得る方法、既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する方法、及び既存建物の残余寿命の予測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 17/00 20060101AFI20220511BHJP
G01N 33/38 20060101ALI20220511BHJP
【FI】
G01N17/00
G01N33/38
(21)【出願番号】P 2018134531
(22)【出願日】2018-07-17
【審査請求日】2021-04-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003621
【氏名又は名称】株式会社竹中工務店
(73)【特許権者】
【識別番号】399079597
【氏名又は名称】野村不動産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】本間 大輔
(72)【発明者】
【氏名】小島 正朗
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 覚
(72)【発明者】
【氏名】川合 拓
(72)【発明者】
【氏名】中根 一臣
(72)【発明者】
【氏名】田仲 秀典
(72)【発明者】
【氏名】竹田 堅一
(72)【発明者】
【氏名】沖村 秀雄
(72)【発明者】
【氏名】桝田 吉弘
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-032362(JP,A)
【文献】特開2005-049192(JP,A)
【文献】特開2005-049235(JP,A)
【文献】特開2015-094627(JP,A)
【文献】李榮蘭 他,表層コンクリートの品質と中性化進行に関する解析的検討,日本建築学会構造系論文集,2010年03月,Vol.75,No.649,PP.499-504
【文献】李榮蘭 他,既存コンクリート構造物における仕上塗材の透気係数と中性化抵抗に関する調査,セメント・コンクリート論文集,No.65,2011年,pp.346-353
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/00
G01N 33/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する予測式を得る方法であって、
下記の工程(1)~工程(3)を含み、前記予測式として下記の式(1’)を得る方法。
工程(1):既存建物のコンクリートの中性化深さと、当該コンクリート上に施された仕上げの厚さとを調査する工程。ただし、調査箇所数は5個以上であり、このうち2個以上の調査箇所が、コンクリート上にモルタルを介して化粧建材が存在する化粧建材仕上げのコンクリートであり、当該化粧建材仕上げのコンクリートについては、コンクリートの中性化深さ、モルタルの厚さ及び化粧建材の厚さを調査する。
工程(2):前記工程(1)によって得たコンクリートの中性化深さの実測値と、下記の式(1)によるコンクリートの中性化深さの推定値との間に最小二乗法を適用し、下記の式(1)を構成するa、b、c、e及びfの具体値を決定する工程。
【数1】
ここに、x:コンクリートの中性化深さ、t:コンクリートの経過年数、C
0:コンクリートがおかれた環境の空気のCO
2濃度、d
m:コンクリート上のモルタルの厚さ、d
t:コンクリート上の化粧建材の厚さ。
工程(3):前記工程(2)によって決定したa、b、c、e及びfの具体値を前記式(1)に代入し、xとt、C
0、d
m及びd
tとの関係式である式(1’)を得る工程。
【請求項2】
請求項1に記載の方法によって得た前記式(1’)を用いる下記の工程(4)を含む、既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する方法。
工程(4):前記式(1’)のt、C
0、d
m及びd
tに、中性化深さを知りたいコンクリートについての具体値を代入し、算出したxを前記コンクリートの中性化深さと予測する工程。
【請求項3】
請求項1に記載の方法によって得た前記式(1’)を用いる下記の工程(5)を含む、既存建物の残余寿命の予測方法。
工程(5):前記式(1’)のC
0、d
m及びd
tに、着目するコンクリートについての具体値を代入し、且つ、前記式(1’)のxに、前記着目するコンクリートについての鉄筋腐食開始位置の深さを代入し、前記着目するコンクリートが鉄筋腐食開始位置まで中性化するのに要する年数tを求め、前記着目するコンクリートの経過年数t
0を前記年数tから減算した年数(t-t
0)を既存建物の残余寿命と予測する工程。
【請求項4】
前記工程(5)を複数箇所のコンクリートについて行い、さらに下記の工程(6)を含む、請求項3に記載の予測方法。
工程(6):複数箇所のコンクリートそれぞれの前記年数(t-t
0)のうちの最小値を既存建物の残余寿命と予測する工程。
【請求項5】
コンクリート上から既存の仕上げを撤去する場合の既存建物の残余寿命の予測方法であって、
請求項1に記載の方法によって得た前記式(1’)に基づく下記の工程(7)を含む、既存建物の残余寿命の予測方法。
工程(7):下記の式(3)のaに、前記式(1’)に含まれるaの具体値を代入し、且つ、下記の式(3)のC
0、x
0及びxに、既存の仕上げを撤去するコンクリートについての具体値を代入し、算出したt’を既存建物の残余寿命と予測する工程。
【数2】
ここに、t’:既存建物の残余寿命、C
0:撤去される仕上げ表面における空気のCO
2濃度、x
0:仕上げを撤去する時点でのコンクリートの中性化深さ、x:鉄筋腐食開始位置の深さ、a:前記式(1)を構成するaであり、前記式(1’)に含まれる係数。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する予測式を得る方法、既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する方法、及び既存建物の残余寿命の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
「建築工事標準仕様書・同解説 JASS5 鉄筋コンクリート工事2015」(日本建築学会)には、打放しコンクリートの中性化深さの予測式として、式(ア):C=A√t(ここに、C:中性化深さ、A:コンクリートの中性化速度係数、t:経過年数)が示されている。中性化調査によって得た中性化深さCの実測値と、既存建物の経過年数tとを式(ア)に代入すれば、中性化速度係数Aを求めることができる。
【0003】
そして、式(ア)を変形した式(ア’):t=(C÷A)2に、求めた中性化速度係数Aと、かぶり厚さC(調査による実測値)とを代入すれば、コンクリートの中性化が鉄筋位置まで進行するのに要する時間tが求められ、既存建物の残余寿命を予測することができる。
【0004】
「建築工事標準仕様書・同解説 JASS5 鉄筋コンクリート工事2015」(日本建築学会)には、仕上げがある場合の予測式として、式(イ):C=A’√t,A’=A×b(ここに、C:中性化深さ、A’=仕上げを考慮した中性化速度係数、A:仕上げ無しの場合のコンクリートの中性化速度係数、b:仕上げ材の中性化率(仕上げ材による低減係数)、t:経過年数)が示されている。
【0005】
「鉄筋コンクリート造建築物の耐久設計施工指針・同解説」(2016年、日本建築学会)には、仕上げがある場合のより精度の高い予測式として下記の式(ウ)が示されている。
【0006】
【数1】
ここに、x:中性化深さ、A:仕上げ無しの場合のコンクリートの中性化速度係数、R:仕上げの中性化抵抗、t:経過年数、Tc:仕上げ層がすべて中性化する期間。
【0007】
ほかに、仕上げがある場合の中性化深さの予測式及び予測方法が、特許文献1又は2に開示されている。
【0008】
また、非特許文献1には、コンクリートに仕上げモルタルが塗ってある場合の中性化進行の予測式が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第4949336号
【文献】特許第4039992号
【非特許文献】
【0010】
【文献】李榮蘭, 桝田佳寛「表層コンクリートの品質と中性化進行に関する解析的検討」日本建築学会構造系論文集,75巻649号499-504,2010年3月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
先述の式(イ)、式(ウ)又は特許文献1に開示されている予測式は、式中にコンクリートの中性化速度係数Aがあり、これが既知でない場合は、建物の打放しコンクリートについて中性化調査を行って式(ア)に従って求めることとなる。中性化速度係数Aの推定は調査箇所が多いほど精度が上がるところ、一般的な建物ではコンクリート上に各種の仕上げ(例えば、モルタル塗装、タイル貼り等)が施されており打放しの壁面は少ない。したがって、打放しコンクリートの調査箇所が限られてしまい、中性化速度係数Aを精度高く求めることが難しい。式(イ)、式(ウ)又は特許文献1に開示されている予測式によって中性化深さを精度高く予測しようとすれば、適応対象となる建物は、打放しの壁面が多い建物に限られてしまう。
【0012】
特許文献2に開示されている予測方法は、各種の仕上げを施したコンクリート試験体を用意し、材齢に相当する劣化を与え、劣化を与えた各試験体に対して材齢に相当する中性化促進試験を行うという手間と時間のかかる予測方法である。コンクリートの中性化深さの予測方法は、既存建物の調査データをもとにした簡便な方法であることが望ましい。
【0013】
非特許文献1では、コンクリート上にタイル等の化粧建材が貼られている場合についての検討まではなされていない。
【0014】
本開示は、上記状況のもとになされた。
【0015】
本開示は、既存建物のコンクリートの中性化深さの予測式として、仕上げの有無及び種類を問わず適用可能な新規な予測式を提供することを課題とする。
また本開示は、仕上げの有無及び種類を問わずコンクリートの中性化深さを予測することを目的とし、これを解決することを課題とする。
また本開示は、コンクリートの調査箇所が限られる場合でも既存建物の残余寿命を予測することを目的とし、これを解決することを課題とする。
また本開示は、既存の仕上げを撤去する場合の既存建物の残余寿命を予測することを目的とし、これを解決することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
前記課題を解決するための具体的手段は、コンクリートの中性化深さの理論式である下記の式(1)が成立することを前提にする。
【0017】
【数2】
ここに、x:コンクリートの中性化深さ、t:コンクリートの経過年数、C
0:コンクリートがおかれた環境の空気のCO
2濃度、d
m:コンクリート上のモルタルの厚さ、d
t:コンクリート上の化粧建材の厚さ。
【0018】
前記課題を解決するための具体的手段には、下記の態様が含まれる。
【0019】
[1] 既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する予測式を得る方法であって、下記の工程(1)~工程(3)を含み、前記予測式として下記の式(1’)を得る方法。
工程(1):既存建物のコンクリートの中性化深さと、当該コンクリート上に施された仕上げの厚さとを調査する工程。ただし、調査箇所数は5個以上であり、このうち2個以上の調査箇所が、コンクリート上にモルタルを介して化粧建材が存在する化粧建材仕上げのコンクリートであり、当該化粧建材仕上げのコンクリートについては、コンクリートの中性化深さ、モルタルの厚さ及び化粧建材の厚さを調査する。
工程(2):前記工程(1)によって得たコンクリートの中性化深さの実測値と、前記式(1)によるコンクリートの中性化深さの推定値との間に最小二乗法を適用し、前記式(1)を構成するa、b、c、e及びfの具体値を決定する工程。
工程(3):前記工程(2)によって決定したa、b、c、e及びfの具体値を前記式(1)に代入し、xとt、C0、dm及びdtとの関係式である式(1’)を得る工程。
【0020】
[2] [1]に記載の方法によって得た前記式(1’)を用いる下記の工程(4)を含む、既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する方法。
工程(4):前記式(1’)のt、C0、dm及びdtに、中性化深さを知りたいコンクリートについての具体値を代入し、算出したxを前記コンクリートの中性化深さと予測する工程。
【0021】
[3] [1]に記載の方法によって得た前記式(1’)を用いる下記の工程(5)を含む、既存建物の残余寿命の予測方法。
工程(5):前記式(1’)のC0、dm及びdtに、着目するコンクリートについての具体値を代入し、且つ、前記式(1’)のxに、前記着目するコンクリートについての鉄筋腐食開始位置の深さを代入し、前記着目するコンクリートが鉄筋腐食開始位置まで中性化するのに要する年数tを求め、前記着目するコンクリートの経過年数t0を前記年数tから減算した年数(t-t0)を既存建物の残余寿命と予測する工程。
【0022】
[4] 前記工程(5)を複数箇所のコンクリートについて行い、さらに下記の工程(6)を含む、[3]に記載の予測方法。
工程(6):複数箇所のコンクリートそれぞれの前記年数(t-t0)のうちの最小値を既存建物の残余寿命と予測する工程。
【0023】
[5] コンクリート上から既存の仕上げを撤去する場合の既存建物の残余寿命の予測方法であって、[1]に記載の方法によって得た前記式(1’)に基づく下記の工程(7)を含む、既存建物の残余寿命の予測方法。
工程(7):下記の式(3)のaに、前記式(1’)に含まれるaの具体値を代入し、且つ、下記の式(3)のC0、x0及びxに、既存の仕上げを撤去するコンクリートについての具体値を代入し、算出したt’を既存建物の残余寿命と予測する工程。
【0024】
【数3】
ここに、t’:既存建物の残余寿命、C
0:撤去される仕上げ表面における空気のCO
2濃度、x
0:仕上げを撤去する時点でのコンクリートの中性化深さ、x:鉄筋腐食開始位置の深さ、a:前記式(1)を構成するaであり、前記式(1’)に含まれる係数。
【発明の効果】
【0025】
本開示は、既存建物のコンクリートの中性化深さの予測式として、仕上げの有無及び種類を問わず適用可能な新規な予測式を提供する。
本予測式によれば、仕上げの有無及び種類を問わずコンクリートの中性化深さを予測することができる。
また、本予測式が仕上げの有無及び種類を問わず適用可能であることから、コンクリートの調査箇所が限られる場合でも既存建物の残余寿命を予測することができる。
また、本予測式に基づき、既存の仕上げを撤去する場合の既存建物の残余寿命を予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】化粧建材仕上げのコンクリートにおけるモルタルの中性化とCO
2拡散との関係を示す模式図である。
【
図2】化粧建材仕上げのコンクリートにおけるコンクリートの中性化とCO
2拡散との関係を示す模式図である。
【
図3】打放しのコンクリートの中性化とCO
2拡散との関係を示す模式図である。
【
図4】既存の仕上げを撤去する場合におけるコンクリートの中性化の進行度を示すイメージ図である。
【
図5】実施例におけるコンクリートの中性化深さの実測値と式(1)による推定値との相関を示す散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、発明の実施形態を説明する。これらの説明及び実施例は実施形態を例示するものであり、発明の範囲を制限するものではない。
【0028】
本開示において「~」を用いて示された数値範囲には、「~」の前後に記載される数値がそれぞれ最小値及び最大値として含まれる。
【0029】
本開示において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0030】
本開示において二酸化炭素(CO2)の濃度は、体積百分率濃度である。
【0031】
[1]コンクリートの中性化深さの理論式の導出
本開示に係る各方法は、コンクリートの中性化深さの理論式である式(1)が成立することを前提にした発明である。まず、式(1)を導出した理論及び式(1)について説明する。
【0032】
コンクリート上にモルタル仕上げがある場合のコンクリートの中性化深さの予測モデルが非特許文献1(李榮蘭, 桝田佳寛「表層コンクリートの品質と中性化進行に関する解析的検討」日本建築学会構造系論文集,75巻649号499-504,2010年3月)に示されている。非特許文献1の予測モデルを基礎にして、化粧建材仕上げのコンクリートについて中性化深さの予測モデルを検討し、理論式を導出した。
【0033】
予測モデルの化粧建材仕上げは、化粧建材がモルタルによってコンクリート上に貼られている仕上げとする。化粧建材表面における空気のCO2濃度は、建物の建設時から将来にわたって一定であるとする。
【0034】
化粧建材は、その成分がCO2と反応したりCO2を吸収したりしないものとし、化粧建材中をCO2がフィックの第一法則に従って拡散していくとする。
なお、化粧建材の成分がCO2と反応したりCO2を吸収したりする可能性を捨象した分、中性化の進行は厳しめに予測される。既存建物の継続使用可否の判断を行うにあたっては、厳しめの予測のほうが甘めの予測よりも有益である。
【0035】
モルタル又はコンクリートの中性化は、建物内部に拡散侵入した二酸化炭素(CO2)がモルタル中又はコンクリート中の水酸化カルシウム(Ca(OH)2)と反応し炭酸カルシウム(CaCO3)を生成することで進行する。モルタルの中性化が進行している間はコンクリートの中性化は進行せず、モルタルがすべて中性化した後にコンクリートの中性化が始まるとする。
【0036】
モルタルは、中性化されていない領域はCO2が拡散せず、中性化した領域(モルタルの中性化領域)をCO2がフィックの第一法則に従って拡散していくとする。
【0037】
コンクリートは、中性化されていない領域はCO2が拡散せず、中性化した領域(コンクリートの中性化領域)をCO2がフィックの第一法則に従って拡散していくとする。
【0038】
図1及び
図2に、化粧建材仕上げが施されたコンクリートの中性化進行の模式図を示す。
図1は、モルタルの中性化が進行している期間におけるモルタルの中性化とCO
2拡散との関係を示す模式図であり、
図2は、モルタルがすべて中性化したのちコンクリートの中性化が進行している期間におけるコンクリートの中性化とCO
2拡散との関係を示す模式図である。
以下に、予測モデルから理論式を導出する過程を説明する。
【0039】
[1-1]モルタルの中性化が進行している期間
図1の横軸(中性化深さ)の座標を下記のとおりおく。
コンクリートとモルタルとの界面の座標を0とする。
モルタルの厚さをd
mとし、モルタルと化粧建材との界面の座標を-d
mとする。
化粧建材の厚さをd
tとし、化粧建材表面の座標を-d
t-d
mとする。
時間tにおいて座標xまでモルタルの中性化が進行しているとする。
【0040】
座標xの深さまではモルタル中のCa(OH)2が完全に消費されており、座標xの深さまでは定常状態になっているとする。座標xに到達したCO2は、そこに存在するCa(OH)2と瞬時に反応してCaCO3を生成するとする。
【0041】
座標-dt-dm(化粧建材表面)から、深さ方向に直交する面の面積Sあたりを通過して、Δt時間あたりに座標-dm(モルタルと化粧建材との界面)に達するCO2の量ΔCO2は、下記の式(1-1)で表される。
座標-dm(モルタルと化粧建材との界面)から、深さ方向に直交する面の面積Sあたりを通過して、Δt時間あたりに座標x(モルタルの中性化深さ)に達するCO2の量ΔCO2は、下記の式(1-2)で表される。
座標xに到達したCO2がCa(OH)2と反応してCaCO3を生成するときに消費されるCO2の量ΔCO2は、下記の式(1-3)で表される。
【0042】
【0043】
ここに、
x :モルタルの中性化深さ(-dm≦x≦0)、
Δx:境界領域の厚さ、
t :時間、
Δt:微小時間、
C0:化粧建材表面における空気のCO2濃度、
Cm:モルタルと化粧建材との界面におけるCO2濃度、
Dm:中性化されたモルタルのCO2拡散係数、
Dt:化粧建材のCO2拡散係数、
dm:モルタルの厚さ、
dt:化粧建材の厚さ、
Hm:モルタルに含まれる単位体積あたりのCa(OH)2量、
S :深さ方向に直交する面の面積。
【0044】
式(1-1)と式(1-2)とが等しいとおくと、
【0045】
【0046】
式(1-2)と式(1-3)とが等しいとおくと、
【0047】
【0048】
式(1-5)に式(1-4)を代入して整理すると、
【0049】
【0050】
式(1-6)においてΔtを極限まで0に近づけると、次の微分方程式が得られる。
【0051】
【0052】
式(1-7)の両辺を積分する。左辺は、モルタルの中性化領域、すなわち、座標-dm(モルタルと化粧建材との界面)から座標x(モルタルの中性化深さ)まで積分し、右辺は、モルタルの中性化時間、すなわち、時間0から時間tまで積分する。
【0053】
【0054】
式(1-8)を展開して整理すると、
【0055】
【0056】
上記式をxについて解くと、
【0057】
【0058】
式(1-9)にt=0を代入すると、
【0059】
【0060】
式(1-9)は、t=0のときx=-dm(モルタルと化粧建材との界面の座標)となる。すなわち、時間0のときモルタルの中性化は始まっていないことを示す。
【0061】
式(1-9)にx=0とおいてtを解くと、
【0062】
【0063】
式(1-10)は、モルタルの中性化がコンクリートとモルタルとの界面(座標0)に達する時間、すなわち、モルタルがすべて中性化するのに要する時間を示す。
【0064】
[1-2]モルタルがすべて中性化した後、コンクリートの中性化が進行している期間
図2の横軸(中性化深さ)の座標を下記のとおりおく。
図1と同じく、コンクリートとモルタルとの界面の座標を0とする。
図1と同じく、モルタルの厚さをd
mとし、モルタルと化粧建材との界面の座標を-d
mとする。
図1と同じく、化粧建材の厚さをd
tとし、化粧建材表面の座標を-d
t-d
mとする。
時間tにおいて座標xまでコンクリートの中性化が進行しているとする。
【0065】
座標xの深さまではコンクリート中のCa(OH)2が完全に消費されており、座標xの深さまでは定常状態になっているとする。座標xに到達したCO2は、そこに存在するCa(OH)2と瞬時に反応してCaCO3を生成するとする。
【0066】
座標-dt-dm(化粧建材表面)から、深さ方向に直交する面の面積Sあたりを通過して、Δt時間あたりに座標-dm(モルタルと化粧建材との界面)に達するCO2の量ΔCO2は、下記の式(2-1)で表される。
座標-dm(モルタルと化粧建材との界面)から、深さ方向に直交する面の面積Sあたりを通過して、Δt時間あたりに座標0(コンクリートとモルタルとの界面)に達するCO2の量ΔCO2は、下記の式(2-2)で表される。
座標0(コンクリートとモルタルとの界面)から、深さ方向に直交する面の面積Sあたりを通過して、Δt時間あたりに座標x(コンクリートの中性化深さ)に達するCO2の量ΔCO2は下記の式(2-3)で表される。
座標xに到達したCO2がCa(OH)2と反応してCaCO3を生成するときに消費されるCO2の量ΔCO2は、下記の式(2-4)で表される。
【0067】
【0068】
ここに、
x :コンクリートの中性化深さ(0≦x)、
Δx:境界領域の厚さ、
t :時間、
Δt:微小時間、
C0:化粧建材表面における空気のCO2濃度、
Cm:モルタルと化粧建材との界面におけるCO2濃度、
Cc:コンクリートとモルタルとの界面におけるCO2濃度、
D :中性化されたコンクリートのCO2拡散係数、
Dm:中性化されたモルタルのCO2拡散係数、
Dt:化粧建材のCO2拡散係数、
dm:モルタルの厚さ、
dt:化粧建材の厚さ、
H :コンクリートに含まれる単位体積あたりのCa(OH)2量、
S :深さ方向に直交する面の面積。
【0069】
式(2-2)と式(2-3)とが等しいとおくと、
【0070】
【0071】
式(2-1)と式(2-2)とが等しいとおくと、
【0072】
【0073】
式(2-6)に式(2-5)を代入して整理すると、
【0074】
【0075】
式(2-4)と式(2-3)とが等しいとおくと、
【0076】
【0077】
式(2-8)に式(2-7)を代入して整理すると、
【0078】
【0079】
式(2-9)においてΔtを極限まで0に近づけると、次の微分方程式が得られる。
【0080】
【0081】
式(2-10)の両辺を積分する。左辺は、コンクリートの中性化領域、すなわち、座標0(コンクリートとモルタルとの界面)から座標x(コンクリートの中性化深さ)まで積分し、右辺は、コンクリートの中性化時間、すなわち、モルタルの中性化が完了した時間t1から時間tまで積分する。
【0082】
【0083】
式(2-11)を展開して整理すると、
【0084】
【0085】
時間t1は、モルタルがすべて中性化するのに要する時間であるから、t1は式(1-10)で示される。式(2-12)のt1に式(1-10)を代入して整理すると、
【0086】
【0087】
上記式をxについて解くと、
【0088】
【0089】
式(2-13)において、化粧建材の厚さdt=0とおくと、下記の式(2-13a)となる。
【0090】
【0091】
式(2-13a)は、非特許文献1(李榮蘭, 桝田佳寛「表層コンクリートの品質と中性化進行に関する解析的検討」日本建築学会構造系論文集,75巻649号499-504,2010年3月)に示されている、コンクリート上に仕上げモルタルが施されている場合の予測式に等しい。
【0092】
式(2-13)を構成する要素のうち、化粧建材表面における空気のCO2濃度(C0)と仕上げの厚さ(dm、dt)とは、現場調査によって知ることが比較的容易であるが、CO2拡散係数(D、Dm、Dt)と単位体積あたりのCa(OH)2量(H、Hm)とは、現場調査によって知ることが比較的困難である。
そこで、現場調査によって知ることが比較的困難であるD、Dm、Dt、H及びHmに関し、D/H=a、D/Dm=b、Hm/Dm=c、D/Dt=e、Hm/Dt=fとおくと、式(2-13)は下記の式(1)となる。
【0093】
【数26】
ここに、x:コンクリートの中性化深さ(mm)、t:コンクリートの経過年数(年)、C
0:化粧建材表面における空気のCO
2濃度(%)、d
m:コンクリート上のモルタルの厚さ(mm)、d
t:コンクリート上の化粧建材の厚さ(mm)。
【0094】
式(1)は、コンクリートの中性化深さxを、建設記録又は現場調査によって知ることが可能なt、C0、dm及びdtと、未知の係数a、b、c、e及びfとによって表した理論式である。
【0095】
なお、式(1)においてdt=0とおくと下記の式(1a)となり、式(1)においてdm=0且つdt=0とおくと下記の式(1b)となる。式(1a)は、モルタル仕上げのコンクリートについての式であり、式(1b)は、打放しコンクリートについての式である。C0(CO2濃度)は、モルタル仕上げのコンクリートの場合はモルタル表面における空気のCO2濃度であり、打放しコンクリートの場合はコンクリート表面における空気のCO2濃度である。
【0096】
【0097】
式(1)は、化粧建材仕上げのコンクリート、モルタル仕上げのコンクリート及び打放しコンクリートのいずれについても適用可能な理論式である。式(1)のC0を、コンクリートがおかれた環境の空気のCO2濃度と総称する。
【0098】
式(1)は、未知の係数a、b、c、e及びfを含んでいる。係数a、b、c、e及びfの具体値を決定し、これら具体値を式(1)に代入すると、式(1)は、xとt、C0、dm及びdtとの関係式となる。この関係式を式(1’)という。
【0099】
次に、係数a、b、c、e及びfの具体値を決定して式(1’)を得る方法、つまり、本開示に係る予測式を得る方法を説明する。
【0100】
[2]コンクリートの中性化深さを予測する予測式を得る方法
本開示に係るコンクリートの中性化深さを予測する予測式を得る方法(単に「予測式を得る方法」ともいう。)とは、式(1’)を得る方法を指す。
【0101】
本開示に係る予測式を得る方法は、現場調査で得られたコンクリートの中性化深さの実測値と、式(1)によるコンクリートの中性化深さの推定値との間に最小二乗法を適用して式(1)を構成するa、b、c、e及びfの具体値を決定し、決定した具体値を式(1)に代入し、xとt、C0、dm及びdtとの関係式である式(1’)を得る方法である。
【0102】
本開示に係る予測式を得る方法は、工程(1)~工程(3)を含む。
【0103】
工程(1):既存建物のコンクリートの中性化深さと、当該コンクリート上に施された仕上げの厚さとを調査する工程。ただし、調査箇所数は5個以上であり、このうち2個以上の調査箇所が、コンクリート上にモルタルを介して化粧建材が存在する化粧建材仕上げのコンクリートであり、当該化粧建材仕上げのコンクリートについては、コンクリートの中性化深さ、モルタルの厚さ及び化粧建材の厚さを調査する。
【0104】
工程(2):工程(1)によって得たコンクリートの中性化深さの実測値と、式(1)によるコンクリートの中性化深さの推定値との間に最小二乗法を適用し、式(1)を構成するa、b、c、e及びfの具体値を決定する工程。
【0105】
【数28】
ここに、x:コンクリートの中性化深さ(mm)、t:コンクリートの経過年数(年)、C
0:コンクリートがおかれた環境の空気のCO
2濃度(%)、d
m:コンクリート上のモルタルの厚さ(mm)、d
t:コンクリート上の化粧建材の厚さ(mm)。
【0106】
工程(3):工程(2)によって決定したa、b、c、e及びfの具体値を式(1)に代入し、xとt、C0、dm及びdtとの関係式である式(1’)を得る工程。
【0107】
以下に各工程の詳細を説明する。
【0108】
[2-1]工程(1)
工程(1)は、既存建物のコンクリートの中性化深さと、当該コンクリート上に施された仕上げの厚さとを調査する工程である。
【0109】
工程(2)において決定する係数の個数が5個であるので、工程(1)の調査箇所数を5個以上とする。予測式の予測精度を上げる観点からは、調査箇所数は多いほど好ましい。調査期間の短縮又は調査費用の軽減の観点からは、調査箇所数は少ないほど好ましい。調査箇所数は、10個以下が好ましい。
【0110】
調査箇所としては、打ち放しコンクリート、コンクリート上にモルタルが塗布されたモルタル仕上げのコンクリート、コンクリート上にモルタルを介して化粧建材が存在する化粧建材仕上げのコンクリート等が挙げられる。
ただし、2個以上の調査箇所を化粧建材仕上げのコンクリートとし、化粧建材仕上げのコンクリートについては、コンクリートの中性化深さ、モルタルの厚さ及び化粧建材の厚さを調査する。なぜならば、モルタル仕上げのコンクリート又は打ち放しコンクリートについての式(1)は式(1a)又は式(1b)となり、調査箇所に化粧建材仕上げのコンクリートをまったく含まない場合、5個の係数のうち化粧建材に関する係数e及びfの具体値が決定できないからである。
モルタル仕上げのコンクリートと化粧建材仕上げのコンクリートの調査個所の個数は、これらの仕上げ材に関する4つの係数b、c、e及びfを決定するために、合計4個以上とすることが好ましい。
【0111】
調査箇所がモルタル仕上げのコンクリートである場合は、コンクリートの中性化深さ及びモルタルの厚さを調査する。調査箇所が打ち放しコンクリートである場合は、コンクリートの中性化深さを調査する。モルタル仕上げのコンクリートは必ずしも調査箇所に含まなくてよい。打ち放しコンクリートは必ずしも調査箇所に含まなくてよい。
【0112】
コンクリートの中性化深さは、調査箇所の実測値である。既存建物のコンクリートの中性化深さは、例えば、既存建物から抜き取ったコンクリートを試料にして中性化深さの測定試験(例えば、JIS A1152:2011「コンクリートの中性化深さの測定方法」)を行って測定する。
【0113】
コンクリート上に施された仕上げの厚さは、実測値でもよく、建設記録に記された値でもよい。コンクリート上に施された仕上げの厚さは、予測式の予測精度を上げる観点から、実測値であることが好ましい。
【0114】
本開示においてモルタル仕上げのコンクリートは、モルタルが最表面であるコンクリートに限られない。モルタル仕上げのコンクリートには、例えば、中性化抑制効果が期待できない塗料(ペンキ等)が仕上げモルタルに直接塗られたコンクリートなど、モルタル表面が露出しているモルタル仕上げと同程度に中性化進行が見込まれるコンクリートが含まれる。
【0115】
本開示において打ち放しコンクリートは、表面が露出しているコンクリートに限られない。打ち放しコンクリートには、例えば、中性化抑制効果が期待できない塗料(ペンキ等)がコンクリート表面に直接塗られたコンクリート;中性化抑制効果が期待できない建材(紙等)が樹脂製接着剤によりコンクリート上に直接貼られたコンクリート;板状建材(プラスターボード等)が浮貼りされたコンクリート(即ち、コンクリート表面が直接CO2にさらされるコンクリート);など、表面が露出しているコンクリートと同程度に中性化進行が見込まれるコンクリートが含まれる。
【0116】
本開示において化粧建材としては、タイル、石、断熱材、クロス、定期的に塗り替えられているペンキ等が挙げられる。
式(1)を導出したモデルは、化粧建材中の成分がCO2と反応したりCO2を吸収したりする可能性を捨象したモデルであるので、本開示に係る各方法においては、化粧建材がCO2と反応したりCO2を吸収したりする可能性の低い素材からなる化粧建材であると、より精度の高い予測が可能である。
【0117】
工程(1)における少なくとも5個の調査箇所は、コンクリートが同一調合であることを要する。コンクリートが同一調合であることは、打設記録から知るか、又は、建物から抜き取った試料の圧縮強度から推定することができる。例えば、下記のように圧縮強度を調査して、コンクリートの調合を推定する。
【0118】
一般的な施工では1日に約100m3~200m3打設する又は階ごとに打設するので、約100m3~200m3又は階ごとに構造体コンクリートのコアを3本ずつ抜き圧縮強度を測定する。測定した圧縮強度についてエリアを因子とした一元配置の分散分析を実施し、エリアごとに圧縮強度に差があるかを確認する。エリアごとに有意差がある場合は、調合の切り替わり点を判断するため、隣り合うエリアでも同様に一元配置の分散分析を実施し、隣り合うエリアの有意差判定を行い、圧縮強度に有意差があるかを確認する。以上のようにして、同一調合のエリアを特定する。
【0119】
多くの既存建物において、同一階における同一種類の構造体(例えば、壁どうし、柱どうし、梁どうし等)のコンクリートは、同一調合と見做すことができる。
【0120】
調査箇所とする化粧建材仕上げのコンクリートどうしは、予測式の予測精度を上げる観点から、モルタルが同一調合であることが好ましい。モルタルが同一調合であることは、組成分析の結果から推定することができる。多くの既存建物において、同一階において同一の化粧建材仕上げであれば、モルタルを同一調合と見做すことができる。
【0121】
調査箇所とする化粧建材仕上げのコンクリートどうしは、予測式の予測精度を上げる観点から、化粧建材の素材が同一であることが好ましい。化粧建材が同一素材であることは、組成分析の結果から推定することができる。
【0122】
調査箇所にモルタル仕上げのコンクリートを含む場合、調査箇所とするモルタル仕上げのコンクリートと、調査箇所とする化粧建材仕上げのコンクリートとは、予測式の予測精度を上げる観点から、モルタルが同一調合であることが好ましい。モルタルが同一調合であることは、組成分析の結果から推定することができる。
【0123】
調査箇所となる構造体は、壁、柱、梁、天井、床などのいずれでもよい。
【0124】
[2-2]工程(2)
工程(2)は、コンクリートの中性化深さの、少なくとも5個の実測値と、少なくとも5個の推定値との間に最小二乗法を適用し、式(1)を構成するa、b、c、e及びfの具体値を決定する工程である。
【0125】
以下、調査箇所数が合計n個(nは5以上の整数)であり、打ち放しコンクリートの調査箇所数がm個(mは1以上の整数)であり、モルタル仕上げのコンクリートの調査箇所数がs-m個(s-mは1以上の整数)であり、化粧建材仕上げのコンクリートの調査箇所数がn-s個(n-sは2以上の整数)である場合を例に挙げて説明する。
【0126】
上記例において、打ち放しコンクリートの中性化深さの実測値をy1,…,ymとおき、モルタル仕上げのコンクリートの中性化深さの実測値をym+1,…,ysとおき、化粧建材仕上げのコンクリートの中性化深さの実測値をys+1,…,ynとおく。
また、打ち放しコンクリートの中性化深さの推定値をx1,…,xmとおき、モルタル仕上げのコンクリートの中性化深さの推定値をxm+1,…,xsとおき、化粧建材仕上げのコンクリートの中性化深さの推定値をxs+1,…,xnとおく。
【0127】
式(1)に、各調査箇所についてのコンクリートの経過年数(t)、空気のCO2濃度(C0)、dm(モルタルの厚さ)及びdt(化粧建材の厚さ)の具体値を代入し且つ係数a、b、c、e及びfに初期値を代入して推定値x1,…,xnを得て、実測値y1,…,ynと推定値x1,…,xnとの間に最小二乗法を適用し、実測値と予測値の残差平方和が最小となるように係数a、b、c、e及びfの具体値を決定する。最小二乗法を式で表すと下記になる。a、b、c、e及びfをそれぞれ少しずつ変化させながら、残差平方和が最小となる係数a、b、c、e及びfを求める。本計算は、例えば、表計算ソフトExcelのソルバー機能で行うことができる。
【0128】
【0129】
式(1)においてtはコンクリートの経過年数(年)である。式(1)に代入するtの具体値は、調査対象となっている既存建物の建設記録によって知ることが可能である。
【0130】
式(1)においてC0は、コンクリートがおかれた環境の空気のCO2濃度(%)である。調査箇所が打放しコンクリートの場合はコンクリート表面における空気のCO2濃度であり、調査箇所がモルタル仕上げのコンクリートの場合はモルタル表面における空気のCO2濃度であり、調査箇所が化粧建材仕上げのコンクリートの場合は化粧建材表面における空気のCO2濃度である。式(1)に代入するC0の具体値は、コンクリートがおかれた環境の空気の実測値でもよく、コンクリートがおかれた環境に応じて設定した与条件でもよい。与条件は、例えば、日本建築学会、土木学会などの指針に従う。与条件の一例として、屋内0.10%、屋外0.05%が挙げられる。
【0131】
式(1)においてdmはコンクリート上のモルタルの厚さ(mm)であり、dtはコンクリート上の化粧建材の厚さ(mm)である。式(1)に代入するdm及びdtの具体値は、実測値でもよく、建設記録に記された値でもよい。式(1)に代入するdm及びdtの具体値は、予測式の予測精度を上げる観点から、実測値であることが好ましい。モルタル仕上げのコンクリートはdt=0であり、打放しコンクリートはdm=0且つdt=0である。
【0132】
[2-3]工程(3)
工程(3)は、工程(2)によって決定したa、b、c、e及びfの具体値を式(1)に代入し、xと、t、C0、dm及びdtとの関係式である式(1’)を得る工程である。式(1’)は、コンクリートの中性化深さを、経過年数と、空気のCO2濃度と、仕上げの厚さとで表した式である。
【0133】
式(1’)を、次に説明する、本開示に係る中性化予測方法および本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法に用いる。
【0134】
[3]既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する方法
既存建物のコンクリートの中性化深さは、例えば、既存建物から抜き取ったコンクリートを試料にして中性化深さの測定試験(例えば、JIS A1152:2011「コンクリートの中性化深さの測定方法」)を行えば知ることが可能である。
しかし、既存建物にはコンクリート試料を得られない場所が存在することがある。
本開示に係る既存建物のコンクリートの中性化深さを予測する方法(単に「中性化予測方法」ともいう。)は、既存建物におけるコンクリート試料を得られない場所についてコンクリートの中性化深さを知りたい場合に有効である。
言い換えれば、中性化深さを知りたいがコンクリート試料を得られない場所のコンクリートと同一調合又は類似調合のコンクリートが存在している場所を選び、当該場所を工程(1)の調査箇所にして式(1’)を得れば、本開示に係る中性化予測方法を有効に行うことができる。
【0135】
本開示に係る中性化予測方法の対象となるコンクリートは、壁、柱、梁、天井、床など、既存建物のいずれの構造体のコンクリートでもよい。
【0136】
本開示に係る中性化予測方法は、建物の建設時から仕上げが変わっておらず、今後も仕上げを変える予定のないコンクリートに適用される。
【0137】
本開示に係る中性化予測方法を適用するコンクリートは、その中性化深さを精度高く予測する観点から、式(1’)を得るための工程(1)の調査箇所であるコンクリートと同一調合であることが好ましい。
【0138】
本開示に係る中性化予測方法は、本開示に係る予測式を得る方法によって得た式(1’)を用いる下記の工程(4)を含む。
【0139】
工程(4):式(1’)のt、C0、dm及びdtに、中性化深さを知りたいコンクリートについての具体値を代入し、算出したxを前記コンクリートの中性化深さと予測する工程。
【0140】
本開示に係る中性化予測方法において式(1’)のtは、コンクリートの経過年数(年)である。式(1’)に代入するtの具体値は、調査対象となっている既存建物の建設記録によって知ることが可能である。
【0141】
本開示に係る中性化予測方法において式(1’)のC0は、中性化深さを知りたいコンクリートがおかれた環境の空気のCO2濃度(%)である。打放しコンクリートの場合はコンクリート表面における空気のCO2濃度であり、モルタル仕上げのコンクリートの場合はモルタル表面における空気のCO2濃度であり、化粧建材仕上げのコンクリートの場合は化粧建材表面における空気のCO2濃度である。式(1’)に代入するC0の具体値は、コンクリートがおかれた環境の空気の実測値でもよく、コンクリートがおかれた環境に応じて設定した与条件でもよい。与条件は、例えば、日本建築学会、土木学会などの指針に従う。与条件の一例として、屋内0.10%、屋外0.05%が挙げられる。
【0142】
本開示に係る中性化予測方法において式(1’)のdmは、中性化深さを知りたいコンクリート上のモルタルの厚さ(mm)であり、式(1’)のdtは、中性化深さを知りたいコンクリート上の化粧建材の厚さ(mm)である。式(1’)に代入するdm及びdtの具体値は、実測値でもよく、建設記録に記された値でもよい。式(1’)に代入するdm及びdtの具体値は、コンクリートの中性化深さを精度高く予測する観点から、実測値であることが好ましい。モルタル仕上げのコンクリートはdt=0であり、打放しコンクリートはdm=0且つdt=0である。
【0143】
本開示に係る中性化予測方法は、仕上げの有無及び種類を問わずコンクリートの中性化深さを予測することができる。つまり、本開示に係る中性化予測方法は、打放しコンクリート、モルタル仕上げのコンクリート、化粧建材仕上げのコンクリートのいずれにも適用可能である。打放しコンクリートには、先述のとおり、表面が露出しているコンクリートと同程度に中性化進行が見込まれるコンクリートが含まれる。モルタル仕上げのコンクリートには、先述のとおり、モルタル表面が露出しているモルタル仕上げと同程度に中性化進行が見込まれるコンクリートが含まれる。
【0144】
本開示に係る中性化予測方法を化粧建材仕上げのコンクリートに適用する場合、当該化粧建材仕上げのコンクリートは、その中性化深さを精度高く予測する観点から、式(1’)を得るための工程(1)の調査箇所である化粧建材仕上げのコンクリートと、化粧建材の素材が同一であることが好ましい。
【0145】
本開示に係る中性化予測方法を化粧建材仕上げのコンクリートに適用する場合、当該化粧建材仕上げのコンクリートは、その中性化深さを精度高く予測する観点から、式(1’)を得るための工程(1)の調査箇所である化粧建材仕上げのコンクリートと、モルタルの調合が同一であることが好ましい。
【0146】
本開示に係る中性化予測方法をモルタル仕上げのコンクリートに適用する場合、当該モルタル仕上げのコンクリートは、その中性化深さを精度高く予測する観点から、式(1’)を得るための工程(1)の調査箇所である化粧建材仕上げのコンクリート及び/又はモルタル仕上げのコンクリートと、モルタルの調合が同一であることが好ましい。
【0147】
[4]既存建物の残余寿命の予測方法
本開示に係る既存建物の残余寿命の予測方法は、コンクリートが表面から鉄筋腐食開始位置まで中性化するのに要する年数を建物の寿命とする前提の下、既存建物の残余寿命を予測する方法である。
【0148】
本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法は、本開示に係る予測式を得る方法によって得た式(1’)を用いる下記の工程(5)を含む。
【0149】
工程(5): 式(1’)のC0、dm及びdtに、着目するコンクリートについての具体値を代入し、且つ、式(1’)のxに、着目するコンクリートについての鉄筋腐食開始位置の深さを代入し、着目するコンクリートが鉄筋腐食開始位置まで中性化するのに要する年数tを求め、着目するコンクリートの経過年数t0を前記年数tから減算した年数(t-t0)を既存建物の残余寿命と予測する工程。
【0150】
つまり工程(5)は、式(1’)にC0、dm、dt及びxを代入し、式(1’)を解いてtを求め、さらに(t-t0)を算出する工程である。
【0151】
本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法において式(1’)のC0は、着目するコンクリートがおかれた環境の空気のCO2濃度(%)である。打放しコンクリートの場合はコンクリート表面における空気のCO2濃度であり、モルタル仕上げのコンクリートの場合はモルタル表面における空気のCO2濃度であり、化粧建材仕上げのコンクリートの場合は化粧建材表面における空気のCO2濃度である。式(1’)に代入するC0の具体値は、コンクリートがおかれた環境の空気の実測値でもよく、コンクリートがおかれた環境に応じて設定した与条件でもよい。与条件は、例えば、日本建築学会、土木学会などの指針に従う。与条件の一例として、屋内0.10%、屋外0.05%が挙げられる。
【0152】
本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法において式(1’)のdmは、着目するコンクリート上のモルタルの厚さ(mm)であり、式(1’)のdtは、着目するコンクリート上の化粧建材の厚さ(mm)である。式(1’)に代入するdm及びdtの具体値は、実測値でもよく、建設記録に記された値でもよい。式(1’)に代入するdm及びdtの具体値は、既存建物の残余寿命を精度高く予測する観点から、実測値であることが好ましい。モルタル仕上げのコンクリートはdt=0であり、打放しコンクリートはdm=0且つdt=0である。
【0153】
本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法において式(1’)のxは、着目するコンクリートの鉄筋腐食開始位置の深さ(mm)である。式(1’)に代入するxの具体値は、例えば、日本建築学会、土木学会などの指針に従う。日本建築学会の指針によれば、鉄筋腐食開始位置の深さは、屋内はかぶり厚さ+20mm、屋外はかぶり厚さである。土木学会の指針によれば、鉄筋腐食開始位置の深さは、屋内はかぶり厚さ、屋外はかぶり厚さ-10mmである。かぶり厚さは、実測値でもよく、建設記録に記された値でもよい。かぶり厚さは、既存建物の残余寿命を精度高く予測する観点から、実測値であることが好ましい。
【0154】
本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法においてt0は、着目するコンクリートの経過年数(年)である。t0の具体値は、調査対象となっている既存建物の建設記録によって知ることが可能である。
【0155】
着目するコンクリートは、壁、柱、梁、天井、床など、既存建物のいずれの構造体に存在していてもよい。着目するコンクリートとしては、建物の建設時から仕上げが変わっておらず、今後も仕上げを変える予定のないコンクリートを選択する。
【0156】
着目するコンクリートは、既存建物の残余寿命を精度高く予測する観点から、式(1’)を得るための工程(1)の調査箇所であるコンクリートと同一調合であることが好ましい。
【0157】
着目するコンクリートは、仕上げの有無及び種類を問わない。本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法によれば、コンクリートの調査箇所が限られる場合でも、既存建物の残余寿命を予測することができる。
【0158】
着目するコンクリートは、打放しコンクリート、モルタル仕上げのコンクリート、化粧建材仕上げのコンクリートのいずれでもよい。打放しコンクリートには、先述のとおり、表面が露出しているコンクリートと同程度に中性化進行が見込まれるコンクリートが含まれる。モルタル仕上げのコンクリートには、先述のとおり、モルタル表面が露出しているモルタル仕上げと同程度に中性化進行が見込まれるコンクリートが含まれる。
【0159】
着目するコンクリートが化粧建材仕上げのコンクリートである場合、当該化粧建材仕上げのコンクリートは、既存建物の残余寿命を精度高く予測する観点から、式(1’)を得るための工程(1)の調査箇所である化粧建材仕上げのコンクリートと、化粧建材の素材が同一であることが好ましい。
【0160】
着目するコンクリートが化粧建材仕上げのコンクリートである場合、当該化粧建材仕上げのコンクリートは、既存建物の残余寿命を精度高く予測する観点から、式(1’)を得るための工程(1)の調査箇所である化粧建材仕上げのコンクリートと、モルタルの調合が同一であることが好ましい。
【0161】
着目するコンクリートがモルタル仕上げのコンクリートである場合、当該モルタル仕上げのコンクリートは、既存建物の残余寿命を精度高く予測する観点から、式(1’)を得るための工程(1)の調査箇所である化粧建材仕上げのコンクリート及び/又はモルタル仕上げのコンクリートと、モルタルの調合が同一であることが好ましい。
【0162】
本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法の好ましい実施形態としては、式(1’)を得るための工程(1)においてかぶり厚さも実測しておき、かぶり厚さの実測値が得られたコンクリートを工程(5)におけるコンクリートとする形態が挙げられる。
【0163】
本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法の好ましい実施形態としては、複数箇所のコンクリートに着目して、これらを比較して既存建物の残余寿命を予測する形態が挙げられる。
すなわち、本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法は、工程(5)を複数箇所のコンクリートについて行い、さらに下記の工程(6)を含むことが好ましい。
【0164】
工程(6):複数箇所のコンクリートそれぞれの前記年数(t-t0)のうちの最小値を既存建物の残余寿命と予測する工程。
【0165】
既存建物の屋内外の壁面は、多種類の意匠で仕上げられていることが多く、意匠ごとに仕上げの厚さ又はかぶり厚さが異なることがある。したがって、既存建物の残余寿命の予測精度を上げるためには、工程(5)を互いに仕上げの異なる複数箇所のコンクリートについて行ってそれぞれ年数(t-t0)を算出し、その中の最小値を既存建物の残余寿命と推定することが好ましい。着目する複数箇所のコンクリートは、可能なかぎり多種類の意匠にわたっていることが好ましい。
【0166】
以下に、本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法の実施形態の好ましい一例を説明する。
多くの場合、同一階のコンクリートは同一調合と見做すことができるので、既存建物の階ごとに式(1’)を得る。
階ごとに且つ仕上げの種類ごとに壁面をグループ化し、グループごとに複数箇所の仕上げの厚さ及びかぶり厚さを調査する。一般的に、打放し、モルタル仕上げ、化粧建材仕上げの順にコンクリートが中性化しやすいので、既存建物の残余寿命を推定するには打放しコンクリートの調査を優先すべきとも言えるが、屋内外の別及びかぶり厚さの多少がコンクリートの中性化度及び残余寿命に影響するので、打放しコンクリートに限らず可能なかぎり多種類の意匠について調査を行うことが好ましい。
グループごとに複数箇所を調査して仕上げの厚さ及びかぶり厚さの値を得たら、グループ中の仕上げの厚さ及びかぶり厚さの最小値を式(1’)に代入する具体値とし、グループごとに残余寿命(t-t0)を算出する。グループ間を比較して最小の残余寿命を既存建物の残余寿命と推定する。
【0167】
[5]既存の仕上げを撤去する場合の既存建物の残余寿命の予測方法
本開示に係る、コンクリート上から既存の仕上げを撤去する場合の既存建物の残余寿命の予測方法(単に「仕上げ撤去後の残余寿命予測方法」ともいう。)は、コンクリートが表面から鉄筋腐食開始位置まで中性化するのに要する年数を建物の寿命とする前提の下、仕上げ撤去後の既存建物の残余寿命を予測する方法である。
【0168】
本開示に係る仕上げ撤去後の残余寿命予測方法は、コンクリートの中性化深さの理論式である式(3)が成立することを前提にした発明である。まず、式(3)を導出した理論及び式(3)について説明する。
【0169】
[5-1]仕上げ撤去後のコンクリートの中性化深さの理論式の導出
図3は、打放しのコンクリートの中性化とCO
2拡散との関係を示す模式図である(参考「鉄筋コンクリート造建築物の耐久設計施工指針・同解説」(2016年)日本建築学会)。コンクリートの中性化は、コンクリート内部に拡散侵入した二酸化炭素(CO
2)がコンクリート中の水酸化カルシウム(Ca(OH)
2)と反応し炭酸カルシウム(CaCO
3)を生成することで進行する。CO
2は中性化したコンクリート中(中性化領域)をフィックの第一法則に従って拡散していくとする。コンクリート表面における空気のCO
2濃度は、建物の建設時から将来にわたって一定であるとする。
【0170】
図3の横軸(中性化深さ)の座標を下記のとおりおく。
コンクリート表面の座標を0とする。
時間tにおいて座標xまでコンクリートの中性化が進行しているとする。
【0171】
座標xの深さまではコンクリート中のCa(OH)2が完全に消費されており、座標xの深さまでは定常状態になっているとする。座標xに到達したCO2は、そこに存在するCa(OH)2と瞬時に反応してCaCO3を生成するとする。
【0172】
座標0(コンクリート表面)から、深さ方向に直交する面の面積Sあたりを通過して、Δt時間あたりに座標x(コンクリートの中性化深さ)に達するCO2の量ΔCO2は下記の式(3-1)で表される。
座標xに到達したCO2がCa(OH)2と反応してCaCO3を生成するときに消費されるCO2の量ΔCO2は、下記の式(3-2)で表される。
【0173】
【0174】
ここに、
x :コンクリートの中性化深さ(0≦x)、
Δx:境界領域の厚さ、
t :時間、
Δt:微小時間、
C0:コンクリート表面における空気のCO2濃度、
D :中性化されたコンクリートのCO2拡散係数、
H :コンクリートに含まれる単位体積あたりのCa(OH)2量、
S :深さ方向に直交する面の面積。
【0175】
式(3-1)と式(3-2)とが等しいとおくと、
【0176】
【0177】
式(3-3)においてΔtを極限まで0に近づけると、次の微分方程式が得られる。
【0178】
【0179】
既存の仕上げを撤去することは、仕上げを撤去する時点でのコンクリートの中性化度が低く、コンクリートの耐用年数がかなり残存しているとの見込みで行われるものである。これを図示すると、
図4に示すイメージとなる。
図4において、t
0は仕上げを撤去する時点、x
0は仕上げを撤去する時点でのコンクリートの中性化深さ、xは鉄筋腐食開始位置の深さ、tはコンクリートの中性化がxに達する時間である。t
0まではコンクリートの中性化が比較的ゆっくりと進み、t
0でのコンクリートの中性化深さは浅い。t
0からコンクリートの中性化が比較的速く進み、xまで中性化する。
上記の見込みの下に、式(3-4)の両辺を積分する。左辺はx
0からxまで積分し、右辺は、時間t
0から時間tまで積分する。
【0180】
【0181】
式(3-5)を展開して整理すると、
【0182】
【0183】
式(3-6)を構成する要素のうち、空気のCO2濃度(C0)は、現場調査によって知ることが比較的容易であるが、CO2拡散係数(D)と単位体積あたりのCa(OH)2量(H)とは、現場調査によって知ることが比較的困難である。
そこで、現場調査によって知ることが比較的困難であるD及びHに関し、D/H=aとおき、さらに(t-t0)=t’とおくと、式(3-6)は下記の式(3)となる。
【0184】
【数35】
ここに、t’:既存建物の残余寿命(年)、C
0:撤去される仕上げ表面における空気のCO
2濃度(%)、x
0:仕上げを撤去する時点でのコンクリートの中性化深さ(mm)、x:鉄筋腐食開始位置の深さ(mm)。
【0185】
理論式である式(3)は、未知の係数aを含んでいる。係数aの具体値は、先述の本開示に係る予測式を得る方法によって決定される。すなわち、式(3)において、aは、式(1)を構成するaであり、式(1’)に含まれる係数である。
【0186】
[5-2]仕上げ撤去後の残余寿命予測方法
本開示に係る仕上げ撤去後の残余寿命予測方法は、本開示に係る予測式を得る方法によって得た式(1’)を丸ごと用いる方法ではなく、式(1’)に含まれている係数aの具体値を用いる方法である。
【0187】
本開示に係る仕上げ撤去後の残余寿命予測方法は、先述の本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法とともに行うことが有意義である。本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法は、式(1’)を丸ごと用いるので、当然式(1)の係数aの具体値が決定されており、式(1’)には係数aの具体値が含まれている。この具体値を式(3)に代入して本開示に係る仕上げ撤去後の残余寿命予測方法を行えばよい。
【0188】
本開示に係る仕上げ撤去後の残余寿命予測方法は、本開示に係る予測式を得る方法によって得た式(1’)に基づく下記の工程(7)を含む。
【0189】
工程(7):式(3)のaに、式(1’)に含まれるaの具体値を代入し、且つ、式(3)のC0、x0及びxに、既存の仕上げを撤去するコンクリートについての具体値を代入し、算出したt’を既存建物の残余寿命と予測する工程。
【0190】
【数36】
ここに、t’:既存建物の残余寿命(年)、C
0:撤去される仕上げ表面における空気のCO
2濃度(%)、x
0:仕上げを撤去する時点でのコンクリートの中性化深さ(mm)、x:鉄筋腐食開始位置の深さ(mm)、a:式(1)を構成するaであり、式(1’)に含まれる係数。
【0191】
式(3)のC0は、撤去される仕上げ表面における空気のCO2濃度(%)である。式(3)に代入するC0の具体値は、既存の仕上げを撤去する時点での空気の実測値でもよく、コンクリートがおかれた環境に応じて設定した与条件でもよい。与条件は、例えば、日本建築学会、土木学会などの指針に従う。与条件の一例として、屋内0.10%、屋外0.05%が挙げられる。
【0192】
式(3)のx0は、既存の仕上げを撤去する時点でのコンクリートの中性化深さ(mm)である。式(3)に代入するx0の具体値は、実測値である。x0は、例えば、既存建物から抜き取ったコンクリートを試料にして中性化深さの測定試験(例えば、JIS A1152:2011「コンクリートの中性化深さの測定方法」)を行って測定する。
【0193】
したがって、本開示に係る仕上げ撤去後の残余寿命予測方法を行うために、予め、仕上げ撤去予定箇所についてコンクリートの中性化深さを実測する。仕上げ撤去予定箇所のコンクリートは、式(1’)を得るための工程(1)の調査箇所であるコンクリートと同一調合であることが好ましい。言い換えれば、仕上げ撤去予定箇所を工程(1)の調査箇所にして式(1’)を得れば、本開示に係る仕上げ撤去後の残余寿命予測方法を有効に行うことができる。
【0194】
式(3)のxは、鉄筋腐食開始位置の深さ(mm)である。式(3)に代入するxの具体値は、例えば、日本建築学会、土木学会などの指針に従う。日本建築学会の指針によれば、鉄筋腐食開始位置の深さは、屋内はかぶり厚さ+20mm、屋外はかぶり厚さである。土木学会の指針によれば、鉄筋腐食開始位置の深さは、屋内はかぶり厚さ、屋外はかぶり厚さ-10mmである。かぶり厚さは、実測値でもよく、建設記録に記された値でもよい。かぶり厚さは、既存建物の残余寿命を精度高く予測する観点から、実測値であることが好ましい。
【0195】
仕上げ撤去予定箇所は、壁、柱、梁、天井、床など、既存建物のいずれの構造体でもよい。
【0196】
本開示に係る仕上げ撤去後の残余寿命予測方法は、先述したとおり、本開示に係る既存建物の残余寿命予測方法とともに行うのが有意義である。着目するコンクリートについて、工程(5)及び工程(7)を行うことにより、仕上げ撤去しない場合と仕上げ撤去する場合とについて既存建物の残余寿命を予測することが可能である。
【実施例】
【0197】
以下、実施例を挙げて、本開示に係る発明をより具体的に説明する。
【0198】
[6]現実の既存建物への実施例
本開示に係る中性化予測方法及び残余寿命予測方法を現実の既存建物に適用した一例を挙げる。
【0199】
[6-1]対象建物の概要
・建築場所:東京都渋谷区
・竣工年月:昭和59年(1984年)8月
・用途:共同住宅
・建築面積:約860m2
・延床面積:約2,800m2
・建築構造:壁式鉄筋コンクリート造
・基礎種別:直接基礎
・建物規模:地上3階、地下1階、塔屋1階
【0200】
対象建物の仕上げの種別を表1に示す。仕上げは意匠図及び現地調査により確認し、屋内外で合計7種類であった。
【0201】
【0202】
[6-2]調査項目及び調査方法(表2)
【0203】
【0204】
中性化深さの測定は、地下1階6か所、1階8か所、2階8か所、3階10か所、塔屋3か所の壁から採取したコアを試料として行った。
【0205】
圧縮強度の測定は、全階を対象とし、各階3か所の壁から採取したコアを試料として行った。採取したコアの一部を、上記の中性化深さの測定にも供した。
【0206】
かぶり厚さの調査は、各階の壁を対象とし、仕上げ材がある場合はこれを撤去したのち、6~10か所測定した。
【0207】
仕上げの種類が、打放し、モルタル仕上げ、タイル仕上げの3種類に集約される地下1階(B1)と塔屋(PH1)の調査結果を表3~表4に示す。
【0208】
【0209】
【0210】
[6-3]コンクリートの中性化深さの予測式に含まれる係数の具体値の決定
表3に示す調査結果から、地下1階(B1)と塔屋(PH1)について下記のとおり解析を行った。
【0211】
階ごとにコンクリートの圧縮強度が異なることから、階ごとにコンクリートの調合が異なるか又は中性化の程度が異なるものと推測された。そのため、中性化予測は階ごとに行うこととした。同一階においては、壁のコンクリートが同一調合であり、モルタル仕上げ及びタイル仕上げのモルタルが同一調合であり、タイル仕上げのタイルが同一素材であると見做した。
【0212】
ペンキは中性化抑制効果が期待できないので無視し、モルタル表面にペンキを塗った仕上げを、モルタル仕上げと見做した。
【0213】
壁面における空気のCO2濃度は、屋内は0.10%、屋外は0.05%とした。ただし、地下1階のピットは屋内であるが人の出入りがないためCO2濃度は低いと推測し、壁面における空気のCO2濃度を屋外と同じ0.05%とした。
【0214】
階ごとに、中性化深さの実測値(平均値)と推定値との間に最小二乗法を適用して、式(1)を構成する係数の具体値を決定した。地下1階については、打放しとモルタル仕上げのみであるので、3個の係数a、b及びcを、表3に示す6か所のデータに基づき決定した。塔屋については、5個の係数a、b、c、e及びfを、表3に示す5か所のデータに基づき決定した。最小二乗法の計算は、表計算ソフトExcelのソルバー機能で行った。
表5に、決定したa、b、c、e及びfの具体値を示す。
【0215】
【0216】
図5に、実測値と式(1)による推定値との相関を示す。
図5においては、横軸xが実測値であり、縦軸yが推定値である。
図5から分かるとおり、実測値と推定値とがよく相関しており、係数a、b、c、e及びfの妥当な具体値が得られたと考えられる。
【0217】
表5に示す係数の具体値から下記のことが推察される。
【0218】
地下1階の係数aと塔屋の係数aとがかけ離れていることから、中性化予測は階ごとに行うことが妥当であると考えられる。
【0219】
係数a(=中性化されたコンクリートのCO2拡散係数D/コンクリートに含まれる単位体積あたりのCa(OH)2量H)は、地下1階のほうが塔屋よりも小さく、このことから、地下1階のほうが塔屋よりも、中性化されたコンクリートのCO2拡散係数Dが小さいことが推察される。このことは、地下1階のほうが塔屋よりもコンクリートの圧縮強度が高いことと相関している。
【0220】
係数b(=中性化されたコンクリートのCO2拡散係数D/中性化されたモルタルのCO2拡散係数Dm)は、地下1階が2.29、塔屋が2.32であり、いずれも1を超えていた。このことは、モルタルのほうがコンクリートよりも緻密であることと相関している。
【0221】
塔屋の係数e(=中性化されたコンクリートのCO2拡散係数D/タイルのCO2拡散係数Dt)は7.80であり、タイルのCO2拡散係数Dtが、中性化されたコンクリートのCO2拡散係数Dの7分の1以下であった。タイルはCO2の侵入を抑制しコンクリートの耐久性を向上させる仕上げ材であるから、係数eとして妥当な値が求められたと考えられる。
【0222】
係数cと係数fの具体値はいずれも、表計算ソフトが計算可能な小数点以下の桁数を下回ったものと考えられた。このことは、Hm(モルタルに含まれる単位体積あたりのCa(OH)2量)が零に近いことを示しており、下地調整やタイル貼りに使用されたモルタルは、セメント系モルタルではなく、樹脂系モルタルと考えられた。
【0223】
係数a、b、c、e及びfの具体値を決定するには少なくとも5か所のデータが必要であるところ、塔屋については、打放し2か所と、モルタル仕上げ(実際はモルタル表面にペンキを塗った仕上げ)1か所と、タイル仕上げ2か所のデータによって係数の具体値を決定した。仕上げの種類を1種類に統一しなくても予測式に含まれる係数の具体値を決定できるので、調査箇所が限られる場合でも予測式を得ることができる。
【0224】
階ごとに、表5に示すa、b、c、e及びfの具体値を式(1)に代入し、xとt、C0、dm及びdtとの関係式である式(1’)を得た。階ごとの式(1’)を下記に示す。
【0225】
【0226】
[6-4]既存建物の残余寿命の予測
階ごとの式(1’)に、表6に示すC0、dm、dt及びxの具体値を、仕上げの種類ごとに代入して、中性化寿命t(コンクリートが鉄筋腐食開始位置まで中性化するのに要する年数)を求めた。中性化寿命tから調査時点での経過年数t0を減算して残余寿命(t-t0)を算出した。
【0227】
ここで、式(1’)に代入するdm(モルタルの厚さ)及びdt(タイルの厚さ)にはそれぞれ、階及び仕上げが同じグループ内での最小値を適用した。すなわち、表3に示されているデータであってグループ内での最小値を適用した。
【0228】
式(1’)に代入するx(鉄筋腐食開始位置の深さ)は、屋内は、かぶり厚さ+20(mm)とし、屋外は、かぶり厚さ(mm)とした。ただし、地下1階のピットは屋内であるが湿度が高いと想定し、屋外と同様にかぶり厚さ(mm)とした。
【0229】
上記のかぶり厚さには、階及び仕上げが同じグループ内での最小値を適用した。すなわち、表4に示されているデータであってグループ内での最小値を適用した。
ただし、塔屋のモルタル仕上げについては、かぶり厚さの調査を行っていないため、法定かぶり厚さである30mmを適用した。
【0230】
壁面における空気のCO2濃度は、屋内は0.10%、屋外は0.05%とした。ただし、地下1階のピットは屋内であるが人の出入りがないためCO2濃度は低いと推測し、壁面における空気のCO2濃度を屋外と同じ0.05%とした。
【0231】
表6に、残余寿命の予測に用いる実測値及び与条件、並びに残余寿命の予測値を示す。
【0232】
【0233】
表6に示すとおり、本例で調査した範囲では、塔屋の屋内における打放しコンクリートの残余寿命が最も短かったが、それでも70年を超えていた。このことから、本例の既存建物は、調査時点から70年間使用可能と予測される。
【0234】
[6-5]仕上げ撤去後の残余寿命の予測
階ごとに、表5に示すaを式(3)に代入し、仕上げ撤去後の残余寿命を予測する予測式を得た。階ごとの予測式を下記に示す。
【0235】
【0236】
地下1階のモルタル仕上げと、塔屋のモルタル仕上げと、塔屋のタイル仕上げについて、仕上げ撤去後の残余寿命の予測を行った。
【0237】
階ごとの上記式に、表7に示すC0、x及びx0の具体値を仕上げの種類ごとに代入して、仕上げ撤去後の残余寿命t’を求めた。
【0238】
上記式に代入するx(鉄筋腐食開始位置の深さ)は、表6におけるxと同じにした。
【0239】
上記式に代入するx0(仕上げを撤去する時点でのコンクリートの中性化深さ)は、階及び仕上げが同じグループ内での最大値を適用した。すなわち、表3に示されている平均値であってグループ内での最大値を適用した。
【0240】
壁面における空気のCO2濃度は、屋内は0.10%、屋外は0.05%とした。ただし、地下1階のピットは屋内であるが人の出入りがないためCO2濃度は低いと推測し、壁面における空気のCO2濃度を屋外と同じ0.05%とした。
【0241】
表7に、仕上げ撤去後の残余寿命の予測に用いる実測値及び与条件、並びに残余寿命の予測値を示す。
【0242】
【0243】
表7に示すとおり、本例で調査した範囲では、仕上げ撤去後の残余寿命がいずれも70年を超えていた。このことから、本例の既存建物は、仕上げを撤去して打放しにしても、調査時点から70年間使用可能と予測される。
【0244】
以上、本開示に係る発明を、実施例を挙げて説明したが、本開示に係る発明はこの実施例に何ら限定されるものではない。