(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-10
(45)【発行日】2022-05-18
(54)【発明の名称】半割スラスト軸受、スラスト軸受、軸受装置および内燃機関
(51)【国際特許分類】
F16C 33/20 20060101AFI20220511BHJP
F16C 17/04 20060101ALI20220511BHJP
F16C 9/02 20060101ALI20220511BHJP
【FI】
F16C33/20 Z
F16C17/04 Z
F16C9/02
(21)【出願番号】P 2017217485
(22)【出願日】2017-11-10
【審査請求日】2020-08-12
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 徹也
(72)【発明者】
【氏名】坂井 一紀
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-126199(JP,A)
【文献】特開2017-110703(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 9/02-9/06
F16C 17/04
F16C 33/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
半円環形状の半割スラスト軸受であって、軸線方向力を受けるための摺動面と、前記摺動面の反対側の背面とを有し、基板上に被覆された樹脂被覆層が前記摺動面を形成している半割スラスト軸受において、前記樹脂被覆層の厚さが、円周方向に沿って曲線状に変化し、
前記樹脂被覆層の厚さが、円周角度で10°~35°および145°~170°の2つの位置で極大であり、前記2つの樹脂被覆層の極大厚さの間に、前記樹脂被覆層の厚さの極小になる中間位置があり、該中間位置での前記樹脂被覆層の厚さが、前記2つの樹脂被覆層の極大厚さのうちの最大厚さの65%~90%であることを特徴とする半割スラスト軸受。
【請求項2】
前記中間位置での前記樹脂被覆層の厚さが、前記2つの樹脂被覆層の極大厚さのうちの最大厚さの76.6%~88.3%であることを特徴とする
請求項1に記載された半割スラスト軸受。
【請求項3】
前記半割スラスト軸受の周方向に沿って前記半割スラスト軸受を見たとき、前記半割スラスト軸受の前記摺動面が、円周角度で10°~35°および145°~170°の位置で突出した凸形状の輪郭を有していることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載された半割スラスト軸受。
【請求項4】
2つの半割スラスト軸受からなるスラスト軸受であって、該2つの半割スラスト軸受のうちの少なくとも1つが、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された半割スラスト軸受であることを特徴とするスラスト軸受。
【請求項5】
内燃機関のクランク軸の軸線方向力を受けるための半割スラスト軸受であることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された半割スラスト軸受。
【請求項6】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された半割スラスト軸受を備えた軸受装置。
【請求項7】
請求項6に記載された軸受装置を有する内燃機関。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、船用、一般産業機械等の内燃機関において、特にクランク軸の軸線方向力を受けるための半円環形状の半割スラスト軸受に関し、とりわけ、軸線方向力を受けるための摺動面と摺動面の反対側の背面とを有し、基板上に被覆された樹脂被覆層が摺動面を形成する半割スラスト軸受に係るものである。更に、本発明は、この半割スラスト軸受を有するスラスト軸受、およびこのスラスト軸受を備えた軸受装置、並びにこの軸受装置を備えた内燃機関にも関するものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のクランク軸は、ジャーナル部において、一対の半割軸受を円筒形状に組み合わせて構成される主軸受を介して、内燃機関のシリンダブロック下部に回転自在に支承される。一対の半割軸受のうちの一方又は両方が、クランク軸の軸線方向力を受ける半割スラスト軸受と組み合わせて用いられる。半割スラスト軸受は、半割軸受の軸線方向端面の一方又は両方に配設される。半割スラスト軸受は、クランク軸に生じる軸線方向力を受ける。すなわち、クラッチによってクランク軸と変速機とが接続される際等に、クランク軸に対して入力される軸線方向力を支承することを目的として配置される。
【0003】
半割スラスト軸受として、鋼製などの裏金層に薄い軸受合金層を接着したバイメタルが用いられるが、更にその上に樹脂層を被覆したものも周知である(引用文献1等)。低摩擦で軟らかく弾性のある樹脂層を被覆することにより、潤滑性を向上させ、軸受の焼付きや摩耗を抑制することが可能になっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、エンジンの高性能化、高機能化が進んでいる。それに伴い軸のような相手部材の低剛性化が進み、軸受の高面圧化が求められている。このような条件は軸受にとっては厳しい使用環境になっている。特に、アイドリングストップやハイブリッド車の適用により、優れた耐焼付き性能を有することが望まれている。
【0006】
このような軸受においては、運転時に、相手部材(例えば軸部材)表面と摺動部材の摺動面との間に潤滑油等の流体潤滑膜が形成されることにより、相手部材表面と摺動部材の摺動面との直接接触が防がれている。従来技術によるスラスト軸受に付与された樹脂被覆層は均一な層厚さで被覆が施されているが、油膜圧力が不足して支承能力不足になり、上記使用環境下において焼付きを招く可能性がある。焼付きを防ぐためには摺動面全体で油膜形成が必要であるが、厳しいエンジン環境で優れた耐焼付き性能を有するには、上記従来技術では不十分である。
【0007】
本発明は、優れた油膜形成を促進することにより優れた耐焼付き性能を有する半割スラスト軸受、ひいてはスラスト軸受を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一観点によれば、半円環形状を有し、軸線方向力を受けるための摺動面と、前記摺動面の反対側の背面とを有し、基板上に被覆された樹脂被覆層が前記摺動面を形成している半割スラスト軸受が提供される。この半割スラスト軸受は、樹脂被覆層の厚さが、円周方向に沿って変化することを特徴とする。
なお、ここで「半円環形状」とは、2つの半円により内周および外周が規定された形状であるが、これらは幾何学的厳密に半円である必要はない。例えば、外周面または内周面の一部が(例えば周方向端面で)径方向に突出していてもよく、周方向端面から(例えば周方向端面垂直方向に)延長部が存在してもよい。
【0009】
本発明の一具体例によれば、樹脂被覆層の厚さが、円周方向中央部よりも少なくとも1つの端部側で極大になっていることが好ましい。また、樹脂被覆層の厚さが、半割スラスト軸受の周方向両端部へ向かって小さくなっていることが好ましい。
【0010】
本発明の一具体例によれば、樹脂被覆層の厚さが、少なくとも円周角度で5°~45°又は135°~175°の位置で極大になっていることが好ましい。この樹脂被覆層の厚さは、少なくとも円周角度で10°~35°又は145°~170°の位置で極大になっていることが更に好ましい。
【0011】
本発明の一具体例によれば、樹脂被覆層の厚さが、円周角度で5°~45°および135°~175°の2つの位置で極大であることが好ましい。この樹脂被覆層の厚さは、円周角度で10°~35°および145°~170°の2つの位置で極大であることが更に好ましい。
【0012】
本発明の一具体例によれば、樹脂被覆層の2つの極大厚さの間に、樹脂被覆層の厚さの極小になる中間位置があり、中間位置での樹脂被覆層の厚さが、樹脂被覆層の2つの極大厚さのうちの最大厚さの50%~90%であることが好ましい。この中間位置での樹脂被覆層の厚さは、最大厚さの65%~90%であることが更に好ましい。
【0013】
本発明の一具体例によれば、半割スラスト軸受の周方向に沿って半割スラスト軸受を見たとき、半割スラスト軸受の摺動面が、円周角度で5°~45°又は135°~175°の位置で突出した凸形状の輪郭を有していることが好ましい。この凸形状の輪郭の突出位置は、円周角度で10°~35°又は145°~170°が更に好ましい。凸形状の輪郭の突出位置は、円周角度で75°~105°の位置でもよい。
【0014】
また、輪郭の突出部は、円周角度で5°~45°と135°~175°に2つ存在することが好ましく、円周角度で10°~35°、145°~170°に2つ存在することが更に好ましい。
【0015】
本発明の他の観点によれば、本発明は、2つの半割スラスト軸受からなるスラスト軸受であって、この2つの半割スラスト軸受のうちの少なくとも1つが、上記の本発明の半割スラスト軸受であるスラスト軸受が提供される。
【0016】
本発明の一具体例によれば、半割スラスト軸受は、内燃機関のクランク軸の軸線方向力を受けるための半割スラスト軸受であることが好ましい。
【0017】
本発明の更に他の観点によれば、本発明は、上記の本発明の半割スラスト軸受を備えた軸受装置も提供される。
【0018】
本発明の更に他の観点によれば、本発明は、上記の本発明の軸受装置を備えた内燃機関も提供される。
【0019】
本発明の樹脂被覆を施した半割スラスト軸受は、樹脂被覆層の厚さの周方向の分布を制御することによって、油膜形成を促進し、低摩擦機能を損なうことなく、耐焼付き性能を向上させることができる。
【0020】
本発明の構成及びその多くの利点を、添付の概略図面を参照して以下により詳細に述べる。図面は、例示の目的で、いくつかの非限定的な実施例を示す。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図5】本発明の半割スラスト軸受の一例を、半径方向中央部で周方向に切断した断面の展開図。
【
図6】本発明の半割スラスト軸受の他の例を、半径方向中央部で周方向に切断した断面の展開図。
【
図7】本発明の半割スラスト軸受のさらに他の例を、半径方向中央部で周方向に切断した断面の展開図。
【
図8】本発明の半割スラスト軸受のさらに他の例を、半径方向中央部で周方向に切断した断面の展開図。
【
図9】本発明の半割スラスト軸受のさらに他の例を、半径方向中央部で周方向に切断した断面の展開図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
まず、
図1及び
図2を用いて本発明の半割スラスト軸受8を有する軸受装置1の一例の全体構成を説明する。
図1及び
図2に示すように、シリンダブロック2の下部に軸受キャップ3を取り付けて構成された軸受ハウジング4には、両側面間を貫通する円形孔である軸受孔(保持孔)5が形成されており、側面における軸受孔5の周縁には円環状凹部である受座6、6が形成されている。軸受孔5には、クランク軸のジャーナル部11を回転自在に支承する半割軸受7、7が円筒状に組み合わされて嵌合される。受座6、6には、クランク軸のスラストカラー面12を介して軸線方向力f(
図2参照)を受ける半割スラスト軸受8、8が円環状に組み合わされて嵌合される。半割スラスト軸受8は円環状に組み合せず、例えばシリンダブロック2側のみに勘合されてもよい。
【0023】
次に、本発明の半割スラスト軸受8の一例の正面図および斜視図を
図3および
図4に示す。半割スラスト軸受8は、半円環形状の平板に形成された基板89上に樹脂被覆層88を有している。基板89は、通常、鋼製の裏金層に薄い軸受合金層を接着したバイメタルによって構成されることが好ましいが、裏金のみの構成、またはその他の構成でもよい。半割スラスト軸受8は軸線方向を向いた摺動面81(軸受面)を備え、摺動面81は樹脂被覆層から構成される。摺動面81には、潤滑油の保油性を高めるために、周方向両端面83、83の間に1つの油溝81a(
図3では2つの油溝を図示している)が形成されていてもよい。
【0024】
半割スラスト軸受8は軸線方向に垂直な基準面84を画定しており、この基準面84内に、シリンダブロック2の受座6に配置されるように適合された実質的に平坦な背面84aを有する(
図4参照)。背面84aは基板89の底面でもある。基板89は、基準面84(背面84a)から軸線方向反対側の上面82を有し、基板の上面には、樹脂被覆層88が被覆されている。樹脂被覆層88の表面は、基準面84(背面84a)から軸線方向に離れた摺動面81を形成し、摺動面81は、クランク軸のスラストカラー面12を介して軸線方向力f(
図2参照)を受けるようになっている。
【0025】
図5は、半割スラスト軸受8を、所定の半径で切断した断面を展開した図であり、
図5に示された半割スラスト軸受8の横方向両端部が半割スラスト軸受8の周方向両端面83(円周角度0°、180°)、
図5に示された半割スラスト軸受8の横方向中央が、半割スラスト軸受8の周方向中央85(円周角度90°)を示す。円周角度は、半割スラスト軸受8の円環形状の中心を中心する周方向両端面83からの角度を言う。本明細書では、クランク軸の摺動する方向(
図3に矢印SDで示す)の後方側端面を0°、摺動方向前方側端面を180°にとる(
図3参照)。(ただし、摺動方向前方側端面を0°にとっても、本発明の範囲に影響はない。)
【0026】
本発明の半割スラスト軸受8は、樹脂被覆層88の厚さが、円周方向に沿って変化する。それにより、クランク軸の回転に伴い、油膜形成を促進できる。
図5~
図9に、本発明の半割スラスト軸受8の樹脂被覆層88の厚さ分布の例を示す。
【0027】
図5に示す基板89上の樹脂被覆層88の分布の一例によれば、樹脂被覆層88は、樹脂被覆層の厚さが、円周方向中央部よりも摺動方向後端の端部側で最大(すなわち極大)となり、半割スラスト軸受の周方向両端部83へ向かって小さくなっている。樹脂被覆層の厚さが最大または極大となる位置は円周角度で5°~45°の位置、好ましくは円周角度で10°~35°の位置である。なお、極大となる位置は1つでなく、複数の、極大部が形成されていてもよいが、そのうちの1つが上記円周角度位置に存在することが望ましい。
【0028】
図6に樹脂被覆層の厚さ極大部を2つ形成した例を示す。樹脂被覆層88は、樹脂被覆層88の厚さが、両端部側で極大となる2つの極大部を有し、半割スラスト軸受の周方向両端部83へ向かって小さくなっている。樹脂被覆層の厚さが極大となる位置は円周角度で5°~45°および135°~175°の位置、好ましくは円周角度で10°~35°および145°~170°の位置である。2つの極大部の厚さは同じであっても、異なっていてもよい。また、2つの極大部は、円周角度90°に対して対照位置に存在してもよく、対照でない位置に存在してもよい。
【0029】
この場合、樹脂被覆層の2つの極大厚さの間に、樹脂被覆層の厚さの極小になる中間位置が存在する。中間位置での樹脂被覆層の厚さが、樹脂被覆層の2つの極大厚さのうちの最大厚さの50%~90%であることが好ましく、最大厚さの65%~90%であることが更に好ましい。樹脂被覆層は、厚さの最大値が2~30μm程度、中間位置での厚さが1~27μm程度になることが好ましい。
【0030】
このような分布形状に制御することによって、油膜形成を促進し、低摩擦機能を損なうことなく、耐焼付き性能が向上する。この機構は以下の通りである。
樹脂は弾性体であるためストレッチ(伸縮)作用が起こるために、樹脂被覆層の厚さの大きい部分を中心にストレッチ作用を発揮して、潤滑油の流れ分布による油膜圧力が発生し、優れた油膜形成を促すことができ、耐焼付き性が向上する。
【0031】
これらの樹脂被覆層88の周方向厚さ分布は、いずれの径方向位置においても成立することが好ましい。しかし、径方向中央の半径位置で、この厚さ分布が成立していればよい。この場合でも、油膜形成は促進される。なお、樹脂被覆層88の周方向厚さ分布がいずれの径方向位置においても成立する場合でも、周方向中央部86の円周角度が一致する必要がない。ただし、いずれの径方向位置においても、上記の角度範囲を満たすことが好ましい。
【0032】
上記の樹脂被覆層88の周方向厚さ分布は、全体的な分布であり、局所的に見れば小さな凹凸は存在するが、このような局所的凹凸は存在してもよい。
【0033】
半割スラスト軸受8の基板89の上面82は、
図5、
図6に示すように平坦面であることが好ましい。この場合、樹脂被覆層88の厚さ分布が摺動面81の輪郭形状になる。しかし、基板89の上面82平坦面でなくてもよい。例えば、
図7に示すように周方向中央部が低くなったものや、あるいはその他の形状でもよい。摺動面81の輪郭形状の周方向中央部と円周方向端部との高低差は1~15μm程度が好ましい。
【0034】
なお、何れの形状であっても、スラストリリーフ87が形成されてもよい(
図8)。スラストリリーフ87は、摺動面81側の周方向両端面に隣接する領域に、壁厚が端面に向かって徐々に薄くなるように形成される壁厚減少領域であり、半割スラスト軸受8の周方向端面の径方向全長に亘って延びている。スラストリリーフ87は、半割スラスト軸受8を分割型の軸受ハウジング4内に組み付けた際の位置ずれ等に起因する、一対の半割スラスト軸受8、8の周方向端面83、83同士の位置ずれを緩和するために形成される。
【0035】
更に、本発明の半割スラスト軸受8は、基準面84から摺動面81までの軸線方向距離が、前記半割スラスト軸受の周方向に沿って前記半割スラスト軸受を見たとき、前記半割スラスト軸受の前記摺動面が、円周角度で5°~45°又は135°~175°の位置で突出した凸形状の輪郭を有していることが好ましく、円周角度で10°~35°又は145°~170°の位置で突出した凸形状の輪郭を有していることが更に好ましい。この摺動面81の輪郭は、曲線から構成されてもよく、直線から構成されてもよい。
また、輪郭の突出部が、円周角度で5°~45°と135°~175°に2つ存在することが好ましく、円周角度で10°~35°と145°~170°に存在することが更に好ましい。この場合、2つの凸形状部の高さは同じであっても、異なっていてもよい。また、2つの凸形状部は、円周角度90°に対して対照位置に存在してもよく、対照でない位置に存在してもよい。
【0036】
半割スラスト軸受8の基板89の上面82が平坦面の場合には、この摺動面81の輪郭は、樹脂被覆層88の厚さ分布により決定され、樹脂被覆層88の最大厚さのところで摺動面81が最も突出していることになる。内燃機関の作動時に、摺動面81の突出部がクランク軸と最も強く摺動するため、輪郭が上記の角度範囲で突出していることによって、相手軸材の回転運動に伴って、突出部を中心とするくさび作用による油膜圧力が発生する。さらに、上記に説明した樹脂被覆層によるストレッチ作用による油膜圧力の発生と、隣接する突出部の間の潤滑油保持効果が相まって、優れた油膜形成を促すことができ、それにより耐焼付き性が向上すると共に摩耗が抑制される。
しかし、
図7のように、半割スラスト軸受8の基板89の上面82が平坦面でなくてもよい。この場合、摺動面81の輪郭の最大突出部が、樹脂被覆層88の厚さの最大の位置とほぼ一致していることが好ましいが、一致しなくてもよい。一致する場合は、上記の通りの効果が得られるが、一致しない場合でも、くさび作用とストレッチ作用のそれぞれの効果が発揮されるために、スラスト軸受け面の広い範囲で優れた油膜形成を促すことができる。そのため、例えば、
図9のように周角度で75°~105°の位置で突出した凸形状の輪郭を有していてもよい。
【0037】
樹脂被覆層88を形成する樹脂は、例えば、PAI(ポリアミドイミド)、PI(ポリイミド)、PBI(ポリベンゾイミダゾール)、PA(ポリアミド)、フェノール、エポキシ、POM(ポリアセタール)、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、PE(ポリエチレン)、PPS(ポリフェニレンサルファイド)、PEI(ポリエーテルイミド)およびフッ素樹脂およびエラストマーのうちから選ばれる1種または2種以上からなる合成樹脂からなることが好ましい。
樹脂被覆層は、樹脂の他に、固体潤滑剤および充填材の両方またはいずれかを含んでもよい。固体潤滑剤としては、例えば、黒鉛、MoS2、WS2、h-BN、PTFE、メラミンシアヌレート、フッ化黒鉛、フタロシアニン、グラフェンナノプレートレット、フラーレン、超高分子量ポリエチレンおよびNε‐ラウロイル‐L-リジンから選ばれる1種または2種以上があり、固体潤滑剤を含有することにより、摺動層の摺動特性を高めることができる。好ましい固体潤滑剤の含有量は10~70体積%である。充填材としては、例えば、CaF2、CaCO3、タルク、マイカ、ムライト、リン酸カルシウム、酸化鉄、酸化アルミニウム、酸化クロム、酸化セリウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化シリコン、酸化マグネシウムなどの酸化物、Mo2C(モリブデンカーバイト)、SiCなどの炭化物、窒化アルミニウム、窒化ケイ素、c-BNなどの窒化物およびダイヤモンドのうちから選ばれる1種または2種以上があり、この充填材を含有することにより、摺動層の耐摩耗性を高めることが可能となる。好ましい充填剤の含有量は1~25体積%である。
【0038】
半割スラスト軸受8の基板89は、上記の通り、裏金層と、この裏金層上に設けられた軸受合金層とを備えることが好ましい。裏金層としては、Fe合金、Cu、Cu合金等の金属板を用いることができ、軸受合金層は、銅合金、アルミニウム合金、錫合金などの合金から形成できる。軸受合金層上に錫合金、ビスマス合金および鉛合金などのめっき層およびPVD法により蒸着した金属オーバレイ層を設けても良い。裏金層がなく、高強度なアルミニウム合金又は銅合金などの軸受合金層のみを用いることもできる。裏金層表面、すなわち軸受合金層との界面となる側に多孔質金属層を形成してもよいが、多孔質金属層は裏金層と同じ組成を有することも、異なる組成または材料を用いることも可能である。裏金層の表面に多孔質金属層を設けることにより、摺動層と裏金層の接合強度を高めることができる。多孔質金属層は、Cu、Cu合金、Fe、Fe合金等の金属粉末を金属板や条等の表面上に焼結することにより形成することができる。多孔質金属層の空孔率は20~60%程度であればよく、多孔質金属層の厚さは0.05~0.50mm程度とすればよい。この場合、多孔質金属層の表面上に被覆される摺動層の厚さは0.05~0.40mm程度となるようにすればよい。ただし、ここで記載した寸法は一例であり、本発明がこの値の限定されるものではなく、異なる寸法に変更することも可能である。
【0039】
次に、樹脂被覆層88を基板89上に塗布する方法について説明する。樹脂被覆層88の塗布は、例えばスプレー、ロール、パッド、スクリーン等のコート法を用いることが好ましい。樹脂被覆層88の厚さ制御は、これらのコート法において、樹脂の吐出量や付着量や転写量の部分制御を行なうことによって、摺動面全体での層厚分布形状を制御する。樹脂の吐出量の制御の一例として、例えば、多数の吐出ノズルをラインに対して直角方向に一列に配置する。周方向両端部をラインの流れ方向に向けて配置して半割スラスト軸受8をラインに流し、各吐出ノズルからの樹脂の吐出量を調整することにより、所望の樹脂被覆層の厚さ分布が制御可能になる。
【実施例】
【0040】
鋼裏金上のアルミ合金(Al-Sn-Si)の軸受合金層を接着した平坦な半円環形状の基板(外径150mm、内径110mm、厚さ3.0mm)を準備した。樹脂は、PAIを用い、その軸受合金層の表面にスプレーコート法にて、多数の塗料吐出ノズルをラインに対して直角方向に一列に配置して基板をラインに流して樹脂を塗布し、樹脂被覆層を形成した。このようにして、周方向端部付近で樹脂被覆層の厚さが最大になる半割スラスト軸受の試料A、Bおよび、樹脂被覆層の厚さがほぼ均一な試料Cを作製した。試料A、Bの樹脂被覆層の厚さは、厚さ最大部で10μm(円周角度50°)、厚さ最小部で4μmであった。試料Cの樹脂被覆層の厚さは、ほぼ均一に10μmとした。樹脂被覆層の厚さは、径方向中央の各円周角度で試料を切り出し、光学顕微鏡による断面観察によって厚さを測定した。
【0041】
試料A~Cを用いて表2の条件で焼付き試験を行なった。相手軸材としてS55Cを用い、試料を1000rpmで回転させながら相手軸を試料に接触させ、1MPa/10minの割合で荷重を増加させ、焼付きの発生しない最大の面圧を非焼付き面圧とした。潤滑油としてVG68を100℃で200cc/minの割合で供給した。試験結果は、表1に示すとおり、樹脂被覆層の厚さのほぼ均一な試料Cが非焼付き面圧6MPaであったのに対して、周方向端部付近に凸部を有する試料A、Bが非焼付き面圧7MPaとなり、周方向端部付近に凸部を有することにより耐焼付き性が改善される結果となった。
【0042】
【0043】
【0044】
次に、半割スラスト軸受の樹脂被覆層の厚さが最大となる位置(以下、凸部位置という)を半割スラスト軸受の周方向両端部付近に形成して、凸部位置を変化させて焼付性への影響を調べた。表3に示すとおり凸部位置を円周角度で5°~50°まで変化させた試料1~8を作製した。ここで凸部は、円周角度90°に対して対照位置に2つ設けた(表3には小さい方の円周角度を記載した)。樹脂被覆層の厚さは凸部で10μm、2つの凸部間の厚さ極小部で4μmであった。その他、材質、製造方法は試料Aと同じである。これらの試料を上記の条件で焼付き試験に供した。結果を表3に示す。凸部位置が円周角度で5°~45°(試料1~7)の試料は非焼付き面圧が8MPa以上であったが、凸部位置が円周角度で50°の試料(試料8)は非焼付き面圧が7MPaとなった。さらに、凸部位置が円周角度で10°~35°の試料(試料2~5)は非焼付き面圧が10MPaと更に大きな値が得られた。これは、上記円周角度範囲に凸部を有することにより油膜形成が促進され、非焼付き面圧が向上したと考えられる。
【0045】
【0046】
次に、凸部位置を円周角度25°および155°の2つに固定したまま、2つの凸部間の樹脂被覆層厚さ極小部の厚さを変化させた。樹脂被覆層の厚さは凸部で10μmとしたままで、樹脂被覆層厚さ極小部の厚さの最大厚さに対する割合(表4に膜圧比%として示す)を47.1%から94.2%まで変化させた試料11~17を作製て、耐焼付き性に及ぼす影響を調べた。試験結果を表4に示す。
【0047】
【0048】
表4に示された結果から、膜厚比が50%~90%である試料12~16は非焼付き面圧が11MPa以上と、膜厚比が50%未満や90%超の試料11、17よりも大きな値が得られた。とりわけ、膜厚比が65%~90%の試料14~16は非焼付き面圧が12MPaの大きな値となり、耐焼付き性が向上することがわかった。
【符号の説明】
【0049】
1 軸受装置
11 ジャーナル部
12 スラストカラー面
2 シリンダブロック
3 軸受キャップ
4 軸受ハウジング
5 軸受孔(保持孔)
6 受座
7 半割軸受
8 半割スラスト軸受
81 摺動面
81a 油溝
82 基板の上面
83 周方向両端面
84 基準面
84a 背面
85 周方向中央
86 周方向中央部
87 スラストリリーフ
88 樹脂被覆層
89 基板
f 軸線方向力
SD 摺動方向