(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-12
(45)【発行日】2022-05-20
(54)【発明の名称】波動歯車装置
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20220513BHJP
【FI】
F16H1/32 B
(21)【出願番号】P 2018020532
(22)【出願日】2018-02-07
【審査請求日】2021-01-22
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】390040051
【氏名又は名称】株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
(73)【特許権者】
【識別番号】309014470
【氏名又は名称】朝日熱処理工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161702
【氏名又は名称】橋本 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100181124
【氏名又は名称】沖田 壮男
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(72)【発明者】
【氏名】間庭 和聡
(72)【発明者】
【氏名】溝口 善智
(72)【発明者】
【氏名】今田 卓見
(72)【発明者】
【氏名】織田 章宏
【審査官】岡本 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-115932(JP,A)
【文献】特開平9-303500(JP,A)
【文献】特開2002-349645(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 1/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円環状をして剛性を有する内歯歯車と、
円環状をして可撓性を有し、前記内歯歯車内に配置された外歯歯車と、
前記外歯歯車内に配置され、前記外歯歯車を径方向に撓めて前記内歯歯車に対して部分的に噛み合わせるとともに、前記内歯歯車と前記外歯歯車との噛み合う位置を周方向に移動させる波動発生器と、を備える波動歯車装置において、
前記波動発生器の外周面におけるビッカース硬度に対する、前記外歯歯車の内周面におけるビッカース硬度の比率は、1.2以上1.7以下である波動歯車装置。
【請求項2】
前記外歯歯車の内周面の算術平均粗さは、0.05μm以上0.1μm以下である請求項1に記載の波動歯車装置。
【請求項3】
前記外歯歯車の内周面におけるJIS B 0601:2013で規定されるスキューネスは、-2以上-0.3以下である請求項1又は2に記載の波動歯車装置。
【請求項4】
前記外歯歯車は、
円環状をして可撓性を有する外歯歯車本体と、
前記外歯歯車本体の外周面に設けられた外歯と、
前記外歯歯車本体の内周面に設けられた第1硬化層と、を有し、
前記第1硬化層の厚さは、50μm以下、かつ、前記外歯歯車本体における前記外歯の歯底と前記外歯歯車本体の内周面との距離の10%以下である請求項1から3のいずれか一項に記載の波動歯車装置。
【請求項5】
前記外歯歯車は、
円環状をして可撓性を有する外歯歯車本体と、
前記外歯歯車本体の外周面に設けられた外歯と、
周方向に沿って、前記外歯の径方向外側の外面及び側面、前記外歯歯車本体における前記外歯の歯底にそれぞれ設けられた第2硬化層と、を有し、
前記第2硬化層の厚さは、50μm以下、かつ、前記外歯歯車本体における前記外歯の歯底と前記外歯歯車本体の内周面との距離の10%以下である請求項1から4のいずれか一項に記載の波動歯車装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波動歯車装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、減速機の1つとして、波動歯車装置が用いられている(例えば、特許文献1、2、及び非特許文献1参照)。典型的な波動歯車装置は、内歯歯車(Circular Spline)と、外歯歯車(Flexspline)と、波動発生器(Wave Generator)と、を備えている。
【0003】
内歯歯車は、円環状をして剛性を有する。外歯歯車は、円環状をして可撓性を有し、内歯歯車内に配置されている。波動発生器は、楕円形輪郭をした剛性の高いウェーブプラグと、このウェーブプラグの外周に嵌めたウェーブベアリングと、から構成されている。外歯歯車を楕円形に撓めて、その長軸方向の両端に位置している外歯を内歯歯車の内歯に噛み合わせる。波動発生器をモータ等によって回転すると、両歯車の噛合位置が周方向に移動する。この結果、両歯車の歯数差に起因して両歯車に周方向の相対回転が発生する。
一般的に、両歯車の歯数差は2枚とされ、内歯歯車が波動歯車装置のハウジング等に固定されている。このため、歯数差に基づいて大幅に減速された回転出力が、外歯歯車から外部に取出される。
【0004】
この構成の波動歯車装置では、作動中に波動発生器の外周面と外歯歯車の内周面との間で、微小すべりを伴って隙間の開閉(スクイーズ運動)が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4165679号公報
【文献】特許第4807689号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】間庭 和聡、小原 新吾、「宇宙用波動歯車装置の潤滑機構に関する研究」、[online]、平成19年3月、宇宙航空研究開発機構研究開発報告、[平成29年11月27日検索]、インターネット〈 URL:https://repository.exst.jaxa.jp/dspace/handle/a-is/41002〉
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、波動歯車装置の使用場所によっては、波動発生器の外周面と外歯歯車の内周面との間に潤滑剤を使用できない、あるいは少量の潤滑剤しか使用できない場合がある。
更に、波動歯車装置の運転条件が厳しい場合には、波動発生器と外歯歯車との間の接触面に対する潤滑が不十分になりやすい。この接触面の潤滑が不十分になると、焼き付き等の弊害が発生する。
【0008】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであって、外歯歯車の内周面の耐摩耗性を向上させた波動歯車装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
本発明の波動歯車装置は、円環状をして剛性を有する内歯歯車と、円環状をして可撓性を有し、前記内歯歯車内に配置された外歯歯車と、前記外歯歯車内に配置され、前記外歯歯車を径方向に撓めて前記内歯歯車に対して部分的に噛み合わせるとともに、前記内歯歯車と前記外歯歯車との噛み合う位置を周方向に移動させる波動発生器と、を備える波動歯車装置において、前記波動発生器の外周面におけるビッカース硬度に対する、前記外歯歯車の内周面におけるビッカース硬度の比率は、1.2以上1.7以下であることを特徴としている。
【0010】
この発明によれば、波動発生器の外周面に対する外歯歯車の内周面のビッカース硬度の比率が1.2以上1.7以下である。このため、波動発生器の外周面と外歯歯車の内周面とが摺動したときに、比較的表面硬度の低い波動発生器の外周面が摩耗しやすくなる。従って、外歯歯車の内周面の耐摩耗性を向上させることができる。
【0011】
また、上記の波動歯車装置において、前記外歯歯車の内周面の算術平均粗さは、0.05μm以上0.1μm以下であってもよい。
この発明によれば、外歯歯車の内周面に平滑な面が形成され、初期摩耗粉の発生を抑制することができる。
【0012】
また、上記の波動歯車装置において、前記外歯歯車の内周面におけるJIS B 0601:2013で規定されるスキューネスは、-2以上-0.3以下であってもよい。
この発明によれば、外歯歯車の内周面に、油溜まり(ディンプル)として機能する凹部が形成される。凹部に溜まった潤滑剤は、凹部から外部に流れ出にくくなる。凹部内の潤滑剤により、波動発生器の外周面と外歯歯車の内周面との間の摩耗を低減させることができる。
【0013】
また、上記の波動歯車装置において、前記外歯歯車は、円環状をして可撓性を有する外歯歯車本体と、前記外歯歯車本体の外周面に設けられた外歯と、前記外歯歯車本体の内周面に設けられた第1硬化層と、を有し、前記第1硬化層の厚さは、50μm以下、かつ、前記外歯歯車本体における前記外歯の歯底と前記外歯歯車本体の内周面との距離の10%以下であってもよい。
一般的に、硬度が高い材料はもろくなりやすい。この発明によれば、外歯歯車本体に対して第1硬化層が薄くなるため、外歯歯車本体の内周面に第1硬化層を設けることにより外歯の歯底の疲労強度が低下するのを抑制することができる。
【0014】
また、上記の波動歯車装置において、前記外歯歯車は、円環状をして可撓性を有する外歯歯車本体と、前記外歯歯車本体の外周面に設けられた外歯と、周方向に沿って、前記外歯の径方向外側の外面及び側面、前記外歯歯車本体における前記外歯の歯底にそれぞれ設けられた第2硬化層と、を有し、前記第2硬化層の厚さは、50μm以下、かつ、前記外歯歯車本体における前記外歯の歯底と前記外歯歯車本体の内周面との距離の10%以下であってもよい。
この発明によれば、外歯歯車本体に対して第2硬化層が薄くなるため、外歯歯車本体に第2硬化層を設けることにより外歯の歯底の疲労強度が低下するのを抑制することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の波動歯車装置によれば、外歯歯車の内周面の耐摩耗性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の第1実施形態の波動歯車装置における断面図である。
【
図2】
図1中のII-II線に相当する断面図である。
【
図4】実施例の波動歯車装置の外歯歯車において、表面からの距離による硬度の換算値の測定結果を表す図である。
【
図5】実施例の波動歯車装置の外歯歯車において、内周面の周方向の表面粗さの確率密度関数を表す図である。
【
図6】実施例の波動歯車装置における出力軸の累積回転数に対する入力トルクの変化を表す図である。
【
図7】比較例の波動歯車装置の外歯歯車において、内周面の周方向の表面粗さの確率密度関数を表す図である。
【
図8】比較例の波動歯車装置における出力軸の累積回転数に対する入力トルクの変化を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(第1実施形態)
以下、本発明に係る波動歯車装置の第1実施形態を、
図1から
図3を参照しながら説明する。
図1及び
図2に示すように、本実施形態の波動歯車装置1は、いわゆるカップ状の波動歯車装置である。波動歯車装置1は、内歯歯車部(内歯歯車)11と、外歯歯車部16と、波動発生器31と、を備えている。なお、
図2には断面を表すハッチングを付していない。
【0018】
内歯歯車部11は、円環状をして剛性を有している。
図2及び
図3に示すように、内歯歯車11は、内歯歯車本体12と、複数の内歯13と、内歯硬化層(第3硬化層)14と、を有している。
内歯歯車本体12は、円環状をして剛性を有している。複数の内歯13は、内歯歯車本体12の内周面に、内歯歯車本体12の周方向(以下、単に周方向と言う)に沿って並べて設けられている。例えば、内歯歯車本体12及び複数の内歯13は、ステンレス鋼等により一体に形成されている。
図3に示すように、内歯硬化層14は、周方向に沿って、複数の内歯13における内歯歯車本体12の径方向(以下、単に径方向と言う)内側の外面13a及び側面13b、内歯歯車本体12における内歯13の歯底12aにそれぞれ設けられている。内歯硬化層14のビッカース硬度Hvは、内歯歯車本体12及び内歯13のビッカース硬度Hvよりもそれぞれ大きい。
【0019】
例えば、内歯硬化層14は、内歯歯車本体12及び複数の内歯13を浸炭処理や窒化処理等により形成されている。
【0020】
図1及び
図2に示すように、外歯歯車部16は、外歯歯車17と、ダイヤフラム18と、ボス19と、を備えている。
外歯歯車17は、円環状をして可撓性を有している。外歯歯車17は、内歯歯車部11内に配置されている。
図2及び
図3に示すように、外歯歯車17は、外歯歯車本体21と、複数の外歯22と、外歯内硬化層(第1硬化層)23と、外歯外硬化層(第2硬化層)24と、を有している。
外歯歯車本体21は、円環状をして可撓性を有している。複数の外歯22は、外歯歯車本体21の第1端部の外周面に、周方向に沿って並べて設けられている。複数の外歯22は、内歯歯車部11の複数の内歯13に噛み合っている。例えば、外歯歯車本体21及び複数の外歯22は、ステンレス鋼等により一体に形成されている。
【0021】
外歯内硬化層23は、外歯歯車本体21の第1端部における内周面に設けられている。外歯内硬化層23の厚さ(径方向の長さ)は、50μm(マイクロメートル)以下、かつ、外歯歯車本体21における外歯22の歯底21aと外歯歯車本体21の内周面との距離L1の10%以下である。距離L1と外歯歯車本体21の厚さとは、互いに同等である。外歯内硬化層23(外歯歯車17の内周面)のビッカース硬度Hvは、900以上1200以下であることが好ましい。
図3に示すように、外歯外硬化層24は、周方向に沿って、複数の外歯22の径方向外側の外面22a及び側面22b、外歯歯車本体21における外歯22の歯底21aにそれぞれ設けられている。
硬化層23,24それぞれのビッカース硬度Hvは、外歯歯車本体21及び外歯22のビッカース硬度Hvよりもそれぞれ大きい。
例えば、硬化層23,24は、外歯歯車本体21及び複数の外歯22を浸炭処理や窒化処理等により形成されている。
【0022】
図1に示すように、ダイヤフラム18は、円環状に形成されている。ダイヤフラム18は、外歯歯車本体21の第2端部における開口縁部から径方向内側に延びている。ボス19は、円環状に形成され、ダイヤフラム18の内周縁に一体形成されている。
【0023】
図1及び
図2に示すように、波動発生器31は、外歯歯車17内に配置されている。波動発生器31は、ウェーブプラグ32と、ウェーブベアリング33と、を備えている。
ウェーブプラグ32は、外形が楕円形状の輪郭をしていて、剛性を有している。
ウェーブベアリング33は、内輪35と、外輪36と、複数のボール37と、を有している。内輪35は、ウェーブプラグ32の外周面に嵌められている。内輪35の外周面には、周方向に直交する断面が円弧状のボール転動面35aが形成されている。
外輪36は、外歯歯車本体21の第1端部における内周面に嵌め込まれている。より詳しくは、外輪36の外周面は、外歯歯車本体21の内周面に摩擦接触している。外輪36の内周面には、周方向に直交する断面が円弧状のボール転動面36aが形成されている。例えば、外輪36の外周面のビッカース硬度Hvは700程度である。
複数のボール37は、内輪35のボール転動面35a、及び外輪36のボール転動面36aの間に転動自在の状態で挿入されている。
【0024】
波動発生器31では、外歯歯車本体21における複数の外歯22が形成された第1端部が楕円形になるように径方向に撓められている。外歯歯車本体21の第1端部における長軸方向の両端に位置している外歯22は、内歯歯車部11の複数の内歯13に対して部分的に噛み合わされている。
【0025】
波動発生器31の外輪36の外周面におけるビッカース硬度に対する、外歯歯車17の外歯内硬化層23におけるビッカース硬度の比率は、1.2以上1.7以下である。この比率は、1.3以上1.5以下であることがより好ましく、1.4であることがさらに好ましい。
外歯内硬化層23の内周面の、JIS B 0601:2013で規定される算術平均粗さRaは、0.05μm以上0.1μm以下である。この算術平均粗さRaは、0.07μm以上0.08μm以下であることがより好ましい。算術平均粗さRaは、外歯内硬化層23の内周面における内歯歯車本体12の軸線方向(以下、単に軸線方向と言う)、及び周方向のそれぞれにおける算術平均粗さRaであることが好ましい。外歯内硬化層23の内周面は、算術平均粗さRaがこのように調節されていることにより、平滑で摩耗しにくい面となる。
【0026】
外歯歯車17の外歯内硬化層23の内周面におけるJIS B 0601:2013で規定されるスキューネスRskは、-2以上-0.3以下である。このスキューネスRskは、-1.2以上-0.7以下であることがより好ましい。スキューネスRskは、軸線方向及び周方向のそれぞれにおけるスキューネスRskであることが好ましい。
このように構成された外歯歯車17の外歯内硬化層23の内周面は、波動発生器31の外輪36の外周面に比べて、硬く平坦で、粗さの方向性がない油溜まり(ディンプル)として機能する凹部が形成された面となる。この凹部に、図示しない潤滑剤が溜められている。
【0027】
波動歯車装置1の波動発生器31をモータ等によって回転すると、波動発生器31の外輪36の外周面と外歯歯車部16の外歯内硬化層23の内周面とが摺動する。しかし、外歯内硬化層23に形成された凹部に溜められた潤滑剤により、外輪36の外周面と外歯内硬化層23の内周面とが摩耗するのが抑えられる。また、外輪36及び外歯内硬化層23のビッカース硬度の比率が前述のように調節されているため、比較的表面硬度の低い波動発生器31の外輪36の外周面が摩耗しやすくなり、比較的表面硬度の高い外歯内硬化層23の摩耗は少なく、油溜まりの形状は保たれる。
外歯歯車17の外歯内硬化層23の内周面のスキューネスが前述のように調節されているため、外歯内硬化層23の内周面に油溜まりとして機能する粗さの細かい谷が多くなる。このため、外輪36の外周面と外歯内硬化層23の内周面との間の潤滑性能が向上する。
【0028】
内歯歯車部11の複数の内歯13と外歯歯車部16の複数の外歯22とが噛み合う位置が周方向に移動する。この結果、内歯歯車部11と外歯歯車部16との歯数差に起因して、両歯車部11,16に周方向に相対回転が発生する。
一般的に、両歯車部11,16の歯数差は2枚とされ、内歯歯車部11が波動歯車装置1のハウジング等に固定されている。このため、両歯車部11,16の歯数差に基づき大幅に減速された回転出力が、外歯歯車部16の出力軸から外部に取出される。
【0029】
従来の波動歯車装置のように、波動発生器の外周面と外歯歯車の内周面との摩擦状態が悪化すると、波動発生器と外歯歯車と間に作用するスラスト力を増大させる。このため、外歯歯車と内歯歯車との軸線方向の相対変位が生じ、結果として外歯歯車の外歯と内歯歯車の内歯との摩耗も促進される。
【0030】
これに対して、本実施形態の波動歯車装置1によれば、波動発生器31の外輪36の外周面に対する外歯歯車17の外歯内硬化層23のビッカース硬度Hvの比率が1.2以上1.7以下である。このため、外輪36の外周面と外歯内硬化層23の内周面とが摺動したときに、比較的表面硬度の低い外輪36の外周面が摩耗する。従って、外歯内硬化層23の内周面の耐摩耗性を向上させることができる。
外歯歯車17の外歯内硬化層23の内周面における算術平均粗さRaは、0.05μm以上0.1μm以下である。従って、外歯歯車17の内周面に平滑な面が形成され、初期摩耗粉の発生を抑制することができる。
【0031】
凹部が形成された外歯内硬化層23の内周面が硬いため、長期間に亘り油溜まりが接触面に維持される。この結果、潤滑剤が長期に亘り接触面間に維持され、境界潤滑下での耐摩耗性を向上させることができる。
波動発生器31の外周面と外歯歯車17の内周面との間の摩擦・摩耗が低減すると、波動発生器31と外歯歯車17と間に作用するスラスト力が低減され、結果として外歯歯車17の外歯22と内歯歯車部11の内歯13との摩耗を抑制することができる。
【0032】
外歯歯車17の外歯内硬化層23の内周面におけるスキューネスRskは、-2以上-0.3以下である。外歯歯車17の内周面に、油溜まりとして機能する凹部が形成される。凹部に溜まった潤滑剤は、凹部から外部に流れ出にくくなる。凹部内の潤滑剤により、波動発生器31の外周面と外歯歯車17の内周面との間の摩耗を低減させることができる。
外歯内硬化層23の厚さは、50μm以下、かつ、外歯歯車本体21における外歯22の歯底21aと内周面との距離L1の10%以下である。一般的に、硬度が高い材料はもろくなりやすい。外歯歯車本体21に対して外歯内硬化層23が薄くなるため、外歯歯車本体21の内周面に外歯内硬化層23を設けることにより外歯22の歯底の疲労強度が低下するのを抑制することができる。
【0033】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態について
図3を参照しながら説明するが、前記実施形態と同一の部位には同一の符号を付してその説明は省略し、異なる点についてのみ説明する。
図3に示す本実施形態の波動歯車装置2は、第1実施形態の波動歯車装置1に比べて、以下の構成が異なる。
内歯硬化層14及び外歯外硬化層24のビッカース硬度Hvは、それぞれ900以上1200以下である。内歯硬化層14の内周面、及び外歯外硬化層24の外周面の算術平均粗さRaは、それぞれ0.3μm以下である。
内歯硬化層14の厚さは、50μm以下である。
外歯外硬化層24の厚さは、50μm以下、かつ、前述の外歯歯車本体21における距離L1の10%以下である。
【0034】
このように構成された本実施形態の波動歯車装置2によれば、外歯歯車17の内周面の耐摩耗性を向上させることができる。
さらに、外歯外硬化層24の厚さは、50μm以下、かつ、外歯歯車本体21における距離L1の10%以下である。外歯歯車本体21に対して外歯外硬化層24が薄くなるため、外歯歯車本体21に外歯外硬化層24を設けることにより外歯22の歯底21aの疲労強度が低下するのを抑制することができる。
【0035】
内歯硬化層14の厚さは、50μm以下である。
内歯硬化層14及び外歯外硬化層24のビッカース硬度Hvはそれぞれ900以上1200以下であるため、内歯歯車部11の複数の内歯13と外歯歯車部16の複数の外歯22との間の摩耗を低減させることができる。
【0036】
内歯硬化層14の内周面、及び外歯外硬化層24の外周面の算術平均粗さRaは、それぞれ0.3μm以下である。内歯硬化層14の内周面、及び外歯外硬化層24の外周面の表面粗さを小さくすることにより、内歯歯車部11の複数の内歯13と外歯歯車部16の複数の外歯22との間の摩耗を低減させることができる。
一般的に、波動歯車装置の出力軸に負荷するトルクが大きくなると、歯面の摩耗が増大する。本実施形態の波動歯車装置2は、定格トルクの10%以上、負荷トルクを印加する場合に有効である。波動歯車装置2の構成により、波動歯車装置2の歯面の摩耗を抑制することができる。
【0037】
以上、本発明の第1実施形態及び第2実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の構成の変更、組み合わせ、削除等も含まれる。さらに、各実施形態で示した構成のそれぞれを適宜組み合わせて利用できることは、言うまでもない。
例えば、前記第1実施形態及び第2実施形態では、波動発生器31の外輪36の外周面におけるビッカース硬度に対する、外歯歯車17の外歯内硬化層23におけるビッカース硬度の比率が1.2以上1.7以下であれば、外歯内硬化層23の内周面の算術平均粗さRaは、0.05μm未満でもよいし、0.1μmを超えてもよい。
【0038】
外歯歯車17の外歯内硬化層23の内周面におけるスキューネスRskは、-2未満でもよいし、-0.3を超えてもよい。
硬化層23,24の厚さは、50μmを超えたり、外歯歯車本体21の厚さの10%を超えたりしてもよい。内歯硬化層14の厚さは、50μmを超えたりしてもよい。
ダイヤフラム18の形状は、
図1の形状に限定されない。
【0039】
(実験結果)
以下、実施例及び比較例を用いた実験結果について説明する。
実施例の波動歯車装置は、第1実施形態の波動歯車装置において、以下の仕様で各構成を作製した。
・内歯歯車部を、析出硬化系ステンレス鋼であるSUS630を用いて製作した。
・外歯歯車部を、析出硬化系ステンレス鋼である15-5PHを用いて製作した。
・波動発生器の内輪、外輪、及びボールを、マルテンサイト系ステンレス鋼であるSUS440Cを用いて製作した。
・外歯歯車の内周面及び外歯、内歯歯車部の内歯に対して、プラズマ浸炭処理を行い外歯内硬化層、外歯外硬化層、及び内歯硬化層を形成した。この処理により、内歯歯車本体及び外歯歯車本体の表面の硬度を上昇させた。なお、表面の硬度の調節を、窒化処理やDLC(Diamond Like Carbon)膜等により行ってもよい。
・外歯歯車の内周面及び外歯、内歯歯車部の内歯に対して、二段階ショットピーニング処理を行い、各表面の算術平均粗さRaを調節した。この処理により、圧縮残留応力を付与し、また、表面を研磨した。なお、算術平均粗さRaの調節を、機械加工により行ってもよい。
【0040】
実施例の波動歯車装置の外歯歯車において、表面からの距離による硬度の測定結果を
図4に示す。
図4において、横軸は、外歯歯車の表面からの距離(μm)を表し、縦軸は、ビッカース硬度Hvの換算値を表す。図中の○印は、外歯歯車の外歯における測定結果であり、図中の□印は、外歯歯車の内周面における測定結果である。
硬度の測定は、ナノインデンテーション法により行った。使用した圧子は、三角錐形のBerkovich圧子である。ナノインデンテーション法で測定した硬度を、ビッカース硬度Hvに換算した。
母材である外歯歯車本体におけるビッカース硬度Hvの換算値は、約420である。
【0041】
例えば、外歯外硬化層は、外歯歯車の外歯において、表面の硬度を上昇させた部分におけるビッカース硬度Hvの換算値が900以上の範囲R1である。外歯内硬化層は、外歯歯車の内周面において、表面の硬度を上昇させた部分における、ビッカース硬度Hvの換算値が900以上の範囲R2である。
この実施例では、外歯外硬化層の厚さは約15μmであり、外歯内硬化層の厚さは約10μmである。例えば、外歯歯車本体の厚さは、200μm~300μmである。両硬化層の厚さは、50μm以下、かつ、外歯歯車本体の厚さの10%以下の条件を満たす。
【0042】
実施例の波動歯車装置の外歯歯車において、内周面の周方向の表面粗さの確率密度関数を
図5に示す。
図5において、横軸は確率密度(%)を表し、縦軸はカットレベルを表す。
表面粗さは、触針式表面粗さ測定機により測定した。ダイヤで形成された2μmRの触針を、0.03mm/s(ミリメートル毎秒)の速度で移動させて、表面粗さを測定した。この場合、スキューネスRskは、-1.1であった。
【0043】
図6は、実施例の波動歯車装置を用いた、出力軸の累積回転数に対する入力トルクの変化を表す図である。横軸は、外歯歯車部の出力軸の回転数(回、時間に相当する)を表す。縦軸は、波動発生器への入力トルク(N・m(ニュートン・メートル)、摩擦に相当する)を表す。実験に用いた波動歯車装置は、型番が20(外歯歯車の内径が約50mm)であり、減速比が1/160である。
この実験では、初期の入力トルクに比べて、入力トルクが50%増加したときに、波動歯車装置が回転しにくくなり波動歯車装置が寿命を迎えたと規定した。
なお、実施例の波動歯車装置を用いた実験は、真空中で行われた。一般的に、真空中では、大気中に比べて、波動歯車装置の潤滑寿命が数十分の一以下に低下する。真空中では、摺動部分が早期に摩耗するため、波動歯車装置の伝達効率の低下、角度伝達精度の悪化、及びばね定数の低下が生じる。
【0044】
実験の結果、出力軸の回転数が51.6万回に達しても、入力トルクは初期の入力トルクと同等の低いレベルであることが分かった。この寿命は、後述する比較例の波動歯車装置に対して、14.7倍(=51.6/3.5)以上であることが分かった。
実験が終了した後で波動歯車装置を観察したところ、波動発生器の外周面、及び内歯歯車の内周面には、極めてわずかな摩耗しか見られなかった。外歯歯車部の外歯、及び内歯歯車部の内歯には、軽微な摩耗が確認されたが、外歯歯車部及び内歯歯車部は、互いに回転可能な状態であった。実験後に角度伝達誤差が増加した量は、20%であった。
【0045】
これに対して、比較例の従来の波動歯車装置の外歯歯車において、内周面の周方向の表面粗さの確率密度関数を
図7に示す。
図7において、横軸は確率密度(%)を表し、縦軸はカットレベルを表す。表面粗さは、前述の実施例の波動歯車装置と同様に測定した。この場合、スキューネスRskは、-0.03であった。
【0046】
図8は、比較例の波動歯車装置を用いた、出力軸の累積回転数に対する入力トルクの変化を表す図である。横軸は、外歯歯車部の出力軸の回転数(回)を表し、縦軸は、波動発生器への入力トルク(N・m)を表す。なお、この結果は、Keiji Ueura, et al., “DEVELOPMENT OF STRAIN WAVE GEARING FOR SPACE APPLICATIONS”, Proc. ‘12th Euro. Space Mechanisms & Tribology Symp. (ESMATS)’, Liverpool, UK, 19-21 September 2007 (ESA SP-653, August 2007)から抜粋したものである。
【0047】
グリースにより潤滑させた波動歯車装置を真空中で回転させて、寿命を調べた。この結果、回転数が約3.5万回転に達した時に入力トルクが増加し、波動歯車装置は潤滑寿命に至った。
実験が終了した後で、波動歯車装置を観察したところ、波動発生器の外周面、外歯歯車部の内周面、外歯歯車部の外歯、及び内歯歯車部の内歯にシビアな摩耗が確認された。実験後に角度伝達誤差が増加した量は、2倍以上であった。
【符号の説明】
【0048】
1,2 波動歯車装置
11 内歯歯車部(内歯歯車)
17 外歯歯車
21 外歯歯車本体
21a 歯底
22 外歯
22a 外面
22b 側面
23 外歯内硬化層(第1硬化層)
24 外歯外硬化層(第2硬化層)
31 波動発生器
L1,L2 距離