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特許7072167模倣音信号生成装置、電子楽器、非線形システム同定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-12
(45)【発行日】2022-05-20
(54)【発明の名称】模倣音信号生成装置、電子楽器、非線形システム同定方法
(51)【国際特許分類】
   G10H 1/16 20060101AFI20220513BHJP
【FI】
G10H1/16
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018096831
(22)【出願日】2018-05-21
(65)【公開番号】P2019203912
(43)【公開日】2019-11-28
【審査請求日】2020-11-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000130329
【氏名又は名称】株式会社コルグ
(73)【特許権者】
【識別番号】514022040
【氏名又は名称】ウニヴェルシタ ポリテクニカ デッレ マルケ
(74)【代理人】
【識別番号】100121706
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128705
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 幸雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147773
【弁理士】
【氏名又は名称】義村 宗洋
(72)【発明者】
【氏名】針谷 航
(72)【発明者】
【氏名】村井 勝吾
(72)【発明者】
【氏名】大石 耕史
(72)【発明者】
【氏名】アンドレア プリマヴェーラ
(72)【発明者】
【氏名】ステファニア チェッキ
(72)【発明者】
【氏名】ミケーレ ガスパリーニ
(72)【発明者】
【氏名】フランチェスコ ピアッツァ
【審査官】大野 弘
(56)【参考文献】
【文献】Felix Eichas, Udo Zolzer,Virtual Analog Modeling of Guitar Amplifiers with Wiener-Hammerstein Models,In Proceedings of the 44th annual Convention on Acoustics(DAGA 2018),Munich,Germanyh,19-22 March 2018,2018年03月22日,https://www.hsu-hh.de/ant/wp-content/uploads/sites/699/2018/04/Eichas_VA_Modeling_of_guitar_amps_with_WH_models.pdf
【文献】Felix,Eichas,Black-Box Modeling of Distortion Circuits with Block-Oriented Models,Proceedins of the 19th International Conference on Digital Audio Effects,September5-9,2016,2016年,https://mycourses.aalto.fi/pluginfile.php/911020/mod_assign/intro/Black_Box.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G10H 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子回路を用いて、非線形システムにおけるオリジナル音信号を模倣した模倣音信号を生成する模倣音信号生成装置であって、
第1の線形フィルタと、非線形フィルタと、第2の線形フィルタがこの順番で直列に結合したフィルタシステムに音信号を入力して上記模倣音信号を生成する模倣音信号生成部を含み、
入力信号を、時間とともに周波数が指数関数的に増大または減少する信号として、上記非線形フィルタに入力したときに上記非線形フィルタから歪んだ出力信号が得られる振幅を持つ上記入力信号を上記非線形システムに入力したときの上記非線形システムからの出力信号に上記入力信号の逆フィルタを適用して得られる1次成分をIRAHとし、上記非線形フィルタに入力したときに上記非線形フィルタから歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つ上記入力信号を上記非線形システムに入力したときの上記非線形システムからの出力信号に上記入力信号の逆フィルタを適用して得られる1次成分をIRALとしたとき、上記第1の線形フィルタの特性は、上記1次成分IRALに対応する伝達関数をHALとし、上記1次成分IRAHに対応する伝達関数HAHとしたとき、HAL/HAHを逆変換して得られる時間領域特性であり、上記第2の線形フィルタの特性は、上記1次成分IRAHであり、
上記非線形フィルタは、連続的な非線形特性を持ち、且つ
(1)上記非線形フィルタの入力信号の振幅がゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲(以下、「ゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲」を単に「ゼロ近傍」と呼称する)にある場合において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅は、上記非線形フィルタの入力信号の振幅の一次関数として表される、あるいは、上記非線形フィルタの入力信号の振幅の一次関数によって近似され、ただし、一次関数の傾きは正の値であり、
(2)上記非線形フィルタに入力可能な入力信号の振幅の範囲に含まれかつ上記ゼロ近傍以外の範囲において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅が上記非線形フィルタの入力信号の振幅に対する上記一次関数の出力よりも小さくなるような上記非線形フィルタの入力信号の振幅が存在し、
(3)時不変であり、
(4)できるだけ周波数特性を持たない、
模倣音信号生成装置。
【請求項2】
電子回路を用いて、非線形システムにおけるオリジナル音信号を模倣した模倣音信号を生成する模倣音信号生成装置であって、
第1の線形フィルタと、非線形フィルタと、第2の線形フィルタがこの順番で直列に結合したフィルタシステムに音信号を入力して上記模倣音信号を生成する模倣音信号生成部を含み、
入力信号を、時間とともに周波数が指数関数的に増大または減少する信号として、上記非線形フィルタに入力したときに上記非線形フィルタから歪んだ出力信号が得られる振幅を持つ上記入力信号を上記非線形システムに入力したときの上記非線形システムからの出力信号に上記入力信号の逆フィルタを適用して得られる1次成分をIR AH とし、上記非線形フィルタに入力したときに上記非線形フィルタから歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つ上記入力信号を上記非線形システムに入力したときの上記非線形システムからの出力信号に上記入力信号の逆フィルタを適用して得られる1次成分をIR AL としたとき、上記第1の線形フィルタの特性は、上記1次成分IR AL に対応する伝達関数をH AL とし、上記1次成分IR AH に対応する伝達関数H AH としたとき、H AL /H AH を逆変換して得られ
る時間領域特性であり、上記第2の線形フィルタの特性は、上記1次成分IR AH であり、
上記非線形フィルタは、連続的な非線形特性を持ち、且つ
(1)上記非線形フィルタの入力信号の振幅がゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲(以下、「ゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲」を単に「ゼロ近傍」と呼称する)にある場合において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅は、上記非線形フィルタの入力信号の振幅の一次関数として表される、あるいは、上記非線形フィルタの入力信号の振幅の一次関数によって近似され、ただし、一次関数の傾きは正の値であり、
(2)上記非線形フィルタに入力可能な入力信号の振幅の範囲に含まれかつ上記ゼロ近傍以外の範囲において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅が上記非線形フィルタの入力信号の振幅に対する上記一次関数の出力よりも小さくなるような上記非線形フィルタの入力信号の振幅が存在し、
(3)時不変であり、
(4)上記非線形フィルタの入力信号の振幅が上限近傍にある場合において、上記上限近傍において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅は、上記非線形フィルタの入力信号の振幅に依存せず、ほぼ一定である、
模倣音信号生成装置。
【請求項3】
上記上限近傍は、最大値または上限から、上記非線形フィルタに入力可能な入力信号の振幅の最大値または上限の少なくとも95%までの連続的な範囲である
請求項2に記載の模倣音信号生成装置。
【請求項4】
上記入力信号は、log-SS信号である
請求項1から請求項3に記載の模倣音信号生成装置。
【請求項5】
請求項1から請求項のいずれかに記載の模倣音信号生成装置を含む電子楽器。
【請求項6】
解析対象である非線形システムと等価であると見做されるモデルを同定する非線形システム同定方法であって、
上記モデルは、第1の線形フィルタと、非線形フィルタと、第2の線形フィルタがこの順番で直列に結合したモデルであり、
入力信号は、時間とともに周波数が指数関数的に増大または減少する信号であり、
上記非線形フィルタに入力したときに上記非線形フィルタから歪んだ出力信号が得られる振幅を持つ上記入力信号を上記非線形システムに入力したときの上記非線形システムからの出力信号に上記入力信号の逆フィルタを適用して1次成分IRAHを得るステップと、
上記非線形フィルタに入力したときに上記非線形フィルタから歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つ上記入力信号を上記非線形システムに入力したときの上記非線形システムからの出力信号に上記入力信号の逆フィルタを適用して1次成分IRALを得るステップと
を有し、
上記1次成分IRALに対応する伝達関数をHALとし、上記1次成分IRAHに対応する伝達関数HAHとしたとき、HAL/HAHを逆変換して得られる時間領域特性を上記第1の線形フィルタの特性とし、
上記1次成分IRAHを、上記第2の線形フィルタの特性とし、
上記非線形フィルタは、連続的な非線形特性を持ち、且つ、
(1)上記非線形フィルタの入力信号の振幅がゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲(以下、「ゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲」を単に「ゼロ近傍」と呼称する)にある場合において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅は、上記非線形フィルタの入力信号の振幅の一次関数として表される、あるいは、上記非線形フィルタの入力信号の振幅の一次関数によって近似され、ただし、一次関数の傾きは正の値であり、
(2)上記非線形フィルタに入力可能な入力信号の振幅の範囲に含まれかつ上記ゼロ近傍以外の範囲において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅が上記非線形フィルタの入力信号の振幅に対する上記一次関数の出力よりも小さくなるような上記非線形フィルタの入力信号の振幅が存在し、
(3)時不変であり、
(4)できるだけ周波数特性を持たない、
非線形システム同定方法。
【請求項7】
解析対象である非線形システムと等価であると見做されるモデルを同定する非線形システム同定方法であって、
上記モデルは、第1の線形フィルタと、非線形フィルタと、第2の線形フィルタがこの順番で直列に結合したモデルであり、
入力信号は、時間とともに周波数が指数関数的に増大または減少する信号であり、
上記非線形フィルタに入力したときに上記非線形フィルタから歪んだ出力信号が得られる振幅を持つ上記入力信号を上記非線形システムに入力したときの上記非線形システムからの出力信号に上記入力信号の逆フィルタを適用して1次成分IR AH を得るステップと、
上記非線形フィルタに入力したときに上記非線形フィルタから歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つ上記入力信号を上記非線形システムに入力したときの上記非線形システムからの出力信号に上記入力信号の逆フィルタを適用して1次成分IR AL を得るステップと
を有し、
上記1次成分IR AL に対応する伝達関数をH AL とし、上記1次成分IR AH に対応する伝達関数H AH としたとき、H AL /H AH を逆変換して得られる時間領域特性を上記第1の線形フィルタの特性とし、
上記1次成分IR AH を、上記第2の線形フィルタの特性とし、
上記非線形フィルタは、連続的な非線形特性を持ち、且つ、
(1)上記非線形フィルタの入力信号の振幅がゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲(以下、「ゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲」を単に「ゼロ近傍」と呼称する)にある場合において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅は、上記非線形フィルタの入力信号の振幅の一次関数として表される、あるいは、上記非線形フィルタの入力信号の振幅の一次関数によって近似され、ただし、一次関数の傾きは正の値であり、
(2)上記非線形フィルタに入力可能な入力信号の振幅の範囲に含まれかつ上記ゼロ近傍以外の範囲において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅が上記非線形フィルタの入力信号の振幅に対する上記一次関数の出力よりも小さくなるような上記非線形フィルタの入力信号の振幅が存在し、
(3)時不変であり、
(4)上記非線形フィルタの入力信号の振幅が上限近傍にある場合において、上記上限近傍において、上記非線形フィルタの出力信号の振幅は、上記非線形フィルタの入力信号の振幅に依存せず、ほぼ一定である
非線形システム同定方法。
【請求項8】
上記上限近傍は、最大値または上限から、上記非線形フィルタに入力可能な入力信号の振幅の最大値または上限の少なくとも95%までの連続的な範囲である
請求項7に記載の非線形システム同定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非線形システムと等価であると見做されるモデルを同定する技術と、当該技術を利用して、非線形システムにおけるオリジナル音信号を模倣した模倣音信号を生成する技術と、に関する。
【背景技術】
【0002】
非線形システム(例えば、ギターアンプとマイクロフォンを含んで構成されるシステム)におけるオリジナル音信号を模倣した模倣音信号を生成する技術として、特許文献1に記載の技術が知られている。
【0003】
この従来技術によると、線形伝達関数を用いる第1の段階において、解析対象である非線形システムの低レベル入力信号に対応する参照プロファイルAに適応し、非線形性を介在した2つの周波数応答A,Bを考慮した第2段階において、解析対象である非線形システムの高レベル入力信号(ただし、解析対象である非線形システムの出力が歪始めるレベル)に対応する参照プロファイルBに適応するように、ある音響変換器が参照用音響変換器として最適化される。特に第2段階において、2つの周波数応答A,Bに対する拘束条件の下での最適化処理が必要である。この点については、特許文献1のクレーム13と第6~8欄の説明を参照されたい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許第8796530号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、この技術によると、最適化処理を要することから、ある程度の長い時間の入力信号を必要とし、また、計算量も多くなる反面、最適化処理によって最適解が必ず求まる保証があるわけではない。
【0006】
本発明は、最適化処理を必要とせずに、非線形システムと等価であると見做されるモデルを同定する技術、並びに、当該技術を利用して、非線形システムにおけるオリジナル音信号を模倣した模倣音信号を生成する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の模倣音信号生成技術によると、第1の線形フィルタと、非線形フィルタと、第2の線形フィルタがこの順番で直列に結合したフィルタシステムに音信号を入力することによって模倣音信号が生成される。
非線形フィルタに入力したときに非線形フィルタから歪んだ出力信号が得られる振幅を持つ入力信号(入力信号は、時間とともに周波数が指数関数的に増大または減少する信号である)を非線形システムに入力したときの非線形システムからの出力信号に入力信号の逆フィルタを適用して得られる1次成分をIRAHとする。
非線形フィルタに入力したときに非線形フィルタから歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つ入力信号を非線形システムに入力したときの非線形システムからの出力信号に入力信号の逆フィルタを適用して得られる1次成分をIRALとする。
第1の線形フィルタの特性は、1次成分IRALに対応する伝達関数をHALとし、1次成分IRAHに対応する伝達関数HAHとしたとき、HAL/HAHを逆変換して得られる時間領域特性である。また、第2の線形フィルタの特性は1次成分IRAHである。
【0008】
本発明の非線形システム同定技術によると、解析対象である非線形システムと等価であると見做されるモデルは、第1の線形フィルタと、非線形フィルタと、第2の線形フィルタがこの順番で直列に結合したモデルである。
入力信号は、時間とともに周波数が指数関数的に増大または減少する信号である。
非線形フィルタに入力したときに非線形フィルタから歪んだ出力信号が得られる振幅を持つ入力信号を非線形システムに入力したときの非線形システムからの出力信号に入力信号の逆フィルタを適用して1次成分IRAHを得る。
また、非線形フィルタに入力したときに非線形フィルタから歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つ入力信号を非線形システムに入力したときの非線形システムからの出力信号に入力信号の逆フィルタを適用して1次成分IRALを得る。
1次成分IRALに対応する伝達関数をHALとし、1次成分IRAHに対応する伝達関数HAHとしたとき、HAL/HAHを逆変換して得られる時間領域特性が上記第1の線形フィルタの特性であり、1次成分IRAHが第2の線形フィルタの特性である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、最適化処理を必要とせずに、インパルス応答の計算によって、解析対象である非線形システムと等価であると見做されるモデルに含まれる線形フィルタの特性を決定できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】解析対象である非線形システムと、これと等価であると見做されるWiener-Hammersteinモデル。
図2】(a)WienerモデルとHammersteinモデルのそれぞれに歪が生じないレベルの測定信号を入力したときのWienerモデルとHammersteinモデルのそれぞれの周波数-振幅特性。(b)WienerモデルとHammersteinモデルのそれぞれに歪が生じるレベルの測定信号を入力したときのWienerモデルとHammersteinモデルのそれぞれの周波数-振幅特性。
図3】非線形システム同定装置の機能構成例。
図4】非線形システム同定処理のフロー図。
図5】模倣音信号生成装置の機能構成例。
図6】ハードウェア構成例。
図7】非線形フィルタの特性の一例。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図を参照して本発明の実施形態を説明する。
本実施形態では、解析対象である非線形システム200として、ギターアンプとマイクロフォンを含んで構成されるシステムを例に採る(図1参照)。ギターアンプは、スタックアンプでもコンボアンプでもよい。増幅器は、トランジスタでも真空管でもよい。「含んで構成される」との用語は、非線形システム200が、厳密には、ギターアンプとマイクロフォン以外に、ギターアンプとマイクロフォンとの間の空間の伝達特性、配線における信号の伝達特性なども含むことを意味する。なお、本発明の非線形システム同定方法において、解析対象である非線形システムに特段の限定は無い。ただし、本発明の模倣音信号生成装置と電子楽器においては、非線形システムは音信号を出力する装置を含む。
【0012】
まず、本実施形態では、解析対象である非線形システム200と等価であると見做されるモデルは、図1に示すように、第1の線形フィルタ10と、非線形フィルタ30と、第2の線形フィルタ20がこの順番で直列に結合したWiener-Hammersteinモデル100である。Wiener-Hammersteinモデル100の入力側に第1の線形フィルタ10が位置し、Wiener-Hammersteinモデル100の出力側に第2の線形フィルタ20が位置する。非線形フィルタ30は予め定められた非線形特性を持つ。したがって、本実施形態において解析対象である非線形システムと等価であると見做されるモデルを同定することは、第1の線形フィルタ10と第2の線形フィルタ20のそれぞれのインパルス応答を特定することである。
【0013】
<非線形フィルタ>
非線形フィルタ30は、好ましくは、(1)(2)(3)の全ての条件を満たし、且つ、連続的な非線形特性を持つ。
(1)非線形フィルタ30の入力信号の振幅がゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲(以下、「ゼロを含むゼロの周辺の連続的な範囲」を単に「ゼロ近傍」と呼称する)にある場合において、非線形フィルタ30の出力信号の振幅は、非線形フィルタ30の入力信号の振幅の一次関数として表される、あるいは、非線形フィルタ30の入力信号の振幅の一次関数によって近似される。ただし、一次関数の傾きは正の値である。
(2)非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の振幅の範囲に含まれかつ上記ゼロ近傍以外の範囲において、非線形フィルタ30の出力信号の振幅が非線形フィルタ30の入力信号の振幅に対する上記一次関数の出力よりも小さくなるような非線形フィルタ30の入力信号の振幅が存在する。
(3)時不変である。
【0014】
条件(1)は、好ましくは、条件(1a)に書き換えられる。
(1a)非線形フィルタ30の入力信号の振幅がゼロ近傍にある場合において、非線形フィルタ30の出力信号の振幅は、非線形フィルタ30の入力信号の振幅に正比例する、あるいは、非線形フィルタ30の入力信号の振幅にほぼ正比例する。
【0015】
条件(1)あるいは条件(1a)において、「ゼロ近傍」を「ゼロから、非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の振幅の最大値または上限の少なくとも5%までの連続的な範囲」に書き換えてもよい。「5%」は、好ましくは「10%」、さらに好ましくは「20%」に書き換えられる。
【0016】
条件(2)は、好ましくは、条件(2a)に書き換えられる。
(2a)非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の振幅の範囲において、非線形フィルタ30の出力信号の振幅は、上に有界な連続関数として表される。
【0017】
条件(2a)は、好ましくは、条件(2b)に書き換えられる。
(2b)非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の振幅の範囲において、非線形フィルタ30の出力信号の振幅は、単調増加であって上に有界な連続関数として表される。
【0018】
条件(2b)は、好ましくは、条件(2c)に書き換えられる。
(2c)非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の振幅の範囲において、非線形フィルタ30の出力信号の振幅は、狭義単調増加であって上に有界な連続関数として表される。
【0019】
条件(1)(1a)(2)(2a)(2b)(2c)のそれぞれにおいて、「振幅」を「所定の基準値に対する変位」と書き換えてもよい。ただし、「変位」との用語を用いる場合、条件(2a)(2b)(2c)は、条件(2a’)(2b’)(2c’)にそれぞれ書き換えられる。
(2a’)非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の変位の範囲において、非線形フィルタ30の出力信号の変位は、有界な連続関数として表される。
(2b’)非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の変位の範囲において、非線形フィルタ30の出力信号の変位は、単調増加であって有界な連続関数として表される。
(2c’)非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の変位の範囲において、非線形フィルタ30の出力信号の変位は、狭義単調増加であって有界な連続関数として表される。
【0020】
さらに、条件(2a’)(2b’)(2c’)のそれぞれにおいて、好ましくは、「連続関数」を「連続奇関数」に書き換えてもよい。
【0021】
また、好ましくは、非線形フィルタ30は条件(4)も満たす。
(4)周波数特性を持たない。
【0022】
Wiener-Hammersteinモデル100による非線形システム200の同定では、第1の線形フィルタ10と第2の線形フィルタ20のそれぞれのインパルス応答を特定することが目標になるので、換言すれば、第1の線形フィルタ10と第2の線形フィルタ20が非線形システム200の周波数特性を受け持つので、非線形フィルタ30はできるだけ周波数特性を持たないことが望ましい。
【0023】
さらに好ましくは、非線形フィルタ30は条件(5)も満たす。
(5)非線形フィルタ30の入力信号の振幅が、非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の振幅の最大値または上限を含む当該最大値または上限の周辺の連続的な範囲(以下、「最大値または上限を含む当該最大値または上限の周辺の連続的な範囲」を単に「上限近傍」と呼称する)にある場合において、非線形フィルタ30の出力信号の振幅は、非線形フィルタ30の入力信号の振幅の定数関数として表される、あるいは、非線形フィルタ30の入力信号の振幅の定数関数によって近似される。ただし、定数関数の値は正の値である。簡単に述べれば、上限近傍において、非線形フィルタ30の出力信号の振幅は、非線形フィルタ30の入力信号の振幅に依存せず、ほぼ一定である。
【0024】
条件(5)において、「上限近傍」を「最大値または上限から、非線形フィルタ30に入力可能な入力信号の振幅の最大値または上限の少なくとも95%までの連続的な範囲」に書き換えてもよい。「95%」は、好ましくは「90%」、さらに好ましくは「80%」に書き換えられる。
【0025】
非線形フィルタ30は、一例として、式(1)あるいは式(2)で表される特性hnl(x)を持つ。xは振幅あるいは変位である(ただし、xが振幅である場合、x≧0である)。式(2)において、A,B,C,α,βのそれぞれは予め定められた正定数である。
【数1】
【0026】
参考として、図7に、C=1の場合の式(1)のグラフと、A=3,B=2,α=0.3,β=0.2の場合の式(2)のグラフを示す。図7にて、式(1)は破線で、式(2)は実線で示されている。
【0027】
<Wiener-Hammersteinモデルの特徴>
図1に示すWiener-Hammersteinモデル100において、第1の線形フィルタ10と非線形フィルタ30がこの順番で直列に結合したモデルはWienerモデルとして知られている。また、Wiener-Hammersteinモデル100において、非線形フィルタ30と第2の線形フィルタ20がこの順番で直列に結合したモデルはHammersteinモデルとして知られている。
【0028】
Hammersteinモデルでは、Hammersteinモデルに入力される入力信号の振幅に関わらず、Hammersteinモデルからの出力信号の振幅に第2の線形フィルタ20の特性が残る。
【0029】
対照的に、Wienerモデルでは、Wienerモデルに入力される入力信号の振幅に応じて、Wienerモデルからの出力信号の振幅に第1の線形フィルタ10の特性が残る場合と残らない場合がある。非線形フィルタ30に入力したときに非線形フィルタ30から歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つ信号をWienerモデルに入力すると、Wienerモデルからの出力信号の振幅には第1の線形フィルタ10の特性が残る。しかし、非線形フィルタ30に入力したときに非線形フィルタ30から歪んだ出力信号が得られる振幅を持つ信号をWienerモデルに入力すると、Wienerモデルからの出力信号の振幅には第1の線形フィルタ10の特性が残らない。
【0030】
図2は、測定信号としてlog-SS(logarithmic Sine Sweep)信号を用い、非線形フィルタ30が式(1)の非線形特性を持ち、第1の線形フィルタ10と第2の線形フィルタ20のそれぞれがピーキングEQ(中心周波数:500Hz,ゲイン:-6dB)の特性を持つ場合における、WienerモデルとHammersteinモデルのそれぞれの一次成分(インパルス応答)の特性を示している。図2(a)は測定信号を増幅せず各モデルに入力した場合の結果を示し、図2(b)は測定信号を24dB増幅して各モデルに入力した場合の結果を示している。なお、図2(a)では実線と破線は重なっている。図2から、WienerモデルとHammersteinモデルとの上述の違いが理解される。
【0031】
<線形フィルタのインパルス応答の特定>
上述の非線形フィルタ30の特徴およびWienerモデルとHammersteinモデルのそれぞれの特徴から次のことが言える。
【0032】
非線形フィルタ30に入力したときに非線形フィルタ30から歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つ入力信号を図1に示すWiener-Hammersteinモデル100に入力したときのWiener-Hammersteinモデル100の伝達関数HALは、第1の線形フィルタ10の伝達関数をH1とし、第2の線形フィルタ20の伝達関数をH2とすると、伝達関数H12で表される。
【0033】
また、非線形フィルタ30に入力したときに非線形フィルタ30から歪んだ出力信号が得られる(通例、十分に大きな;この具体例として、条件(5)における「上限近傍」に含まれる)振幅を持つ入力信号をWiener-Hammersteinモデル100に入力したときのWiener-Hammersteinモデル100の伝達関数HAHは、第1の線形フィルタ10の特性が残らないことから、伝達関数H2で表される。
【0034】
ところで、本実施形態では、解析対象である非線形システム200はWiener-Hammersteinモデル100と等価であると見做される。
【0035】
したがって、非線形フィルタ30に入力したときに非線形フィルタ30から歪んだ出力信号が得られる(通例、十分に大きな;この具体例として、条件(5)における「上限近傍」に含まれる)振幅を持つ入力信号を非線形システム200に入力したときの非線形システム200のインパルス応答IRAHが、第2の線形フィルタ20のインパルス応答IR2である。つまり、インパルス応答IRAHをラプラス変換あるいはZ変換して得られる伝達関数HAHが、インパルス応答IR2をラプラス変換あるいはZ変換して得られる伝達関数H2である。
【0036】
また、非線形フィルタ30に入力したときに非線形フィルタ30から歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つ入力信号を非線形システム200に入力したときの非線形システム200のインパルス応答IRALをラプラス変換あるいはZ変換して得られる伝達関数HALを伝達関数HAH(=H2)で除したHAL/HAHが、第1の線形フィルタ10の伝達関数H1である。HAL/HAH(=H1)を逆ラプラス変換あるいは逆Z変換して得られる時間領域信号が第1の線形フィルタ10のインパルス応答IR1である。
【0037】
<具体例>
図3,4を参照して、非線形システム同定処理を説明する。非線形システム同定装置500の信号生成部510は、時間とともに周波数が指数関数的に増大または減少する信号を生成する(ステップS1)。このような信号として、高調波歪成分を時間領域において容易に分離可能なlog-SS信号を例示できる。log-SS信号は、ピンクTSP(Pink Time Stretched Pulse)信号とも呼ばれ、例えば周波数領域において式(3)で定義される。ただし、式(3)において、Nは信号長(Nは偶数)、jは虚数単位、Jは実効長(Jは整数)、*は複素共役、logは自然対数を表わす。
【数2】
【0038】
次に、信号生成部510によって生成されたlog-SS信号は、非線形システム同定装置500の図示しない制御部によって増幅されて非線形システム200に入力される。換言すると、非線形フィルタ30に入力したときに非線形フィルタ30から歪んだ出力信号が得られる振幅を持つlog-SS信号が非線形システム200に入力される(ステップS2)。
【0039】
そして、非線形システム同定装置500のインパルス応答抽出部530は、非線形システム200からの出力信号に対してlog-SS信号の逆フィルタを適用し、この結果から1次成分(インパルス応答)IRAHを得る(ステップS3)。「log-SS信号の逆フィルタ」は、log-SS信号に適用したときにインパルス信号が得られるフィルタである。log-SS信号を用いているため、非線形システム200からの出力信号に対してlog-SS信号の逆フィルタを適用した結果では、1次成分IRAHと2次以上の歪成分が分離しており、容易に1次成分IRAHを得ることができる。
【0040】
再び、非線形システム同定装置500の信号生成部510が、log-SS信号を生成する(ステップS4)。ステップS4の処理は、ステップS1の処理と同じである。
【0041】
次に、信号生成部510によって生成されたlog-SS信号は、非線形システム同定装置500の制御部によって増幅されずに非線形システム200に入力される。換言すると、非線形フィルタ30に入力したときに非線形フィルタ30から歪んでいない出力信号が得られる振幅を持つlog-SS信号が非線形システム200に入力される(ステップS5)。
【0042】
そして、非線形システム同定装置500のインパルス応答抽出部530は、非線形システム200からの出力信号に対してlog-SS信号の逆フィルタを適用し、この結果から1次成分(インパルス応答)IRALを得る(ステップS6)。log-SS信号を用いているため、非線形システム200からの出力信号に対してlog-SS信号の逆フィルタを適用した結果では、1次成分IRALと2次以上の歪成分が分離しており、容易に1次成分IRALを得ることができる。
【0043】
1次成分IRAHが第2の線形フィルタ20のインパルス応答IR2に相当する。
また、非線形システム同定装置500の演算部550は、インパルス応答IRALに対応する伝達関数HALをインパルス応答IRAHに対応する伝達関数HAHで除したHAL/HAHを逆ラプラス変換あるいは逆Z変換して得られる時間領域信号を求める(ステップS7)。この時間領域信号が第1の線形フィルタ10のインパルス応答IR1に相当する。
【0044】
この結果、解析対象である非線形システム200と等価であると見做されるモデル100は、インパルス応答IR1を持つ第1の線形フィルタ10と、上述の予め定められた非線形特性を持つ非線形フィルタ30と、インパルス応答IR2を持つ第2の線形フィルタ20がこの順番で直列に結合したモデルとして同定される。
【0045】
なお、図4に示す順序ではなく、上記ステップS1、上記ステップS5、上記ステップS6、上記ステップS4、上記ステップS2、上記ステップS3、上記ステップS7の順序で非線形システム同定処理を実施してもよい。
【0046】
非線形システム同定装置500が、例えば専用のハードウェアで構成された専用機やパーソナルコンピュータのような汎用機といったコンピュータで実現される場合、非線形システム同定装置500は、プロセッサ511、メモリ513、ハードウェアインターフェース515、バス517などの構成要素で構成された電子回路を含む(図6参照)。プロセッサ511が所定のプログラムに従い必要に応じてメモリ513等の記憶装置に記憶されているデータを用いて演算処理を実行することによって、プロセッサ511が信号生成部510とインパルス応答抽出部530と演算部550の機能を実現する。
【0047】
次に、図5を参照して、模倣音信号生成処理を説明する。非線形システム200からのオリジナル音信号を模倣した模倣音信号を生成する本実施形態の模倣音信号生成装置600は、模倣音信号生成部610とメモリ613を含む。模倣音信号生成部610は、インパルス応答IR1を持つ第1の線形フィルタ10と、上述の予め定められた非線形特性を持つ非線形フィルタ30と、インパルス応答IR2を持つ第2の線形フィルタ20がこの順番で直列に結合した時間領域フィルタシステムに音信号を入力することによって模倣音信号を生成する。時間領域フィルタである第1の線形フィルタ10は、伝達関数HAL/HAHに基づいて乗算器、加算器、遅延素子で構成され、同様に、時間領域フィルタである第2の線形フィルタ20は、伝達関数HAHに基づいて乗算器、加算器、遅延素子で構成される。非線形フィルタ30は、例えば、式(1)または式(2)のような関数に従って演算を実行するプロセッサとして、あるいは入力値に対して出力値を対応付けたデータテーブルとして、あるいは上述の非線形特性を持つフィルタとして実現される。第1の線形フィルタ10と非線形フィルタ30と第2の線形フィルタ20のそれぞれを構成するための情報は、メモリ613に記憶されている。
【0048】
なお、本発明の模倣音信号生成装置は、それ単体で独立に存在するよりは、電子楽器を構成する構成要素として存在するのが実用的である。この場合、本発明の模倣音信号生成装置は、電子楽器とは容易に分離可能に電子楽器を構成する構成要素であってもよいし、電子楽器自体の或る機能に着眼して電子楽器を片面的に評価したものであってもよい。典型的な例として、外付け型エフェクタ或いは楽器内蔵型エフェクタを挙げることができる。本発明の「模倣音信号生成装置を含む電子楽器」に格別の限定は無く、その解釈に際してはこの説明も考慮されるべきである。電子楽器としてギターアンプを例示できるが、この例に限定されない。
もちろん、本発明の模倣音信号生成装置が電子楽器から独立して存在することは妨げられない。
【0049】
模倣音信号生成装置600が、例えば専用のハードウェアで構成された専用機やパーソナルコンピュータのような汎用機といったコンピュータで実現される場合、模倣音信号生成装置600は、プロセッサ611、メモリ613、ハードウェアインターフェース615、バス617などの構成要素で構成された電子回路を含む(図6参照)。なお、これらの構成要素は、模倣音信号生成装置600が電子楽器の構成要素である場合、電子楽器のプロセッサ、メモリ、ハードウェアインターフェース、バスなどとそれぞれ一致してもよい。プロセッサ611が所定のプログラムに従い必要に応じてメモリ613等の記憶装置に記憶されているデータを用いて演算処理を実行することによって、プロセッサ611が模倣音信号生成部610の機能を実現する。
【0050】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の変更と変形が許される。選択され且つ説明された実施形態は、本発明の原理およびその実際的応用を解説するためのものである。本発明は様々な変更あるいは変形を伴って様々な実施形態として使用され、様々な変更あるいは変形は期待される用途に応じて決定される。そのような変更および変形のすべては、添付の特許請求の範囲によって規定される本発明の範囲に含まれることが意図されており、公平、適法および公正に与えられる広さに従って解釈される場合、同じ保護が与えられることが意図されている。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7