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  • 特許-超高伝導低コスト鋼 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-12
(45)【発行日】2022-05-20
(54)【発明の名称】超高伝導低コスト鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220513BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20220513BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/00 302E
C22C38/58
【請求項の数】 9
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2020027723
(22)【出願日】2020-02-21
(62)【分割の表示】P 2017500416の分割
【原出願日】2015-03-18
(65)【公開番号】P2020111829
(43)【公開日】2020-07-27
【審査請求日】2020-03-19
(31)【優先権主張番号】14382097.5
(32)【優先日】2014-03-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】516281355
【氏名又は名称】イノマク 21,ソシエダ リミターダ
(74)【代理人】
【識別番号】110000659
【氏名又は名称】特許業務法人広江アソシエイツ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】バルス,アングレス,イサーク
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/167580(WO,A1)
【文献】特開2000-226635(JP,A)
【文献】国際公開第2013/167628(WO,A1)
【文献】特表2012-522886(JP,A)
【文献】国際公開第2012/095532(WO,A1)
【文献】特開平07-018378(JP,A)
【文献】特開昭57-073172(JP,A)
【文献】特開昭50-102517(JP,A)
【文献】特開昭63-162840(JP,A)
【文献】特開平02-125840(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 6/00- 6/04
C21D 9/00- 9/44, 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の組成を有する鋼であって、すべてのパーセントは%wtであり、
%Ceqが0.15%以上0.58%未満であり、
%Cが0.15%以上0.58%未満であり、
%Nが0以上0.5%未満であり、
%Bが1ppmより高く、且つ0.35%未満であり、
%Crが0%以上1.8%未満であり、
%Ni=0~12、 %Si=0~2.5、 %Mn=0~3、
%Al=0~2.5、 %Moが0以上2.5%未満であり、
%Wが0以上5.0%未満であり、 %Ti=0~2、
%Ta=0~3、 %Zr=0~4、 %Hf=0~3、 %V=0~12、
%Nb=0~3、 %Cu=0~2、 %Co=0~12、
%Moeqが、1.2%より高く、且つ2.5%未満であり、
%La=0~2、 %Ce=0~2、 %Nd=0~2、 %Gd=0~2、
%Sm=0~2、 %Y=0~2、 %Pr=0~2、 %Sc=0~2、
%Pm=0~2、 %Eu=0~2、 %Tb=0~2、 %Dy=0~2、
%Ho=0~2、 %Er=0~2、 %Tm=0~2、 %Yb=0~2、
%Lu=0~2、
残りは鉄と微量元素からなり、微量元素の量が0.9%未満であり、
%Ceq=%C+0.86×%N+1.2×%B、および、
%Moeq=%Mo+1/2・%Wであって、
前記鋼の微細構造がベイナイトを50vol%以上含み、
室温での熱拡散率が12mm/s以上であることを特徴とする微細構造を表わす鋼。
【請求項2】
%W<1である、請求項1に記載の鋼。
【請求項3】
%Ni<0.75である、請求項1または2に記載の鋼。
【請求項4】
%C>0.32である、請求項1~3のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項5】
任意の希土類元素(REE)が存在し、%V>0.2%である、請求項1~4のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項6】
任意の希土類元素(REE)が存在する、請求項1~4のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項7】
%Bが598ppm未満である、請求項1~6のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項8】
前記鋼の前記微細構造が高温ベイナイトを20%以上含み、高温ベイナイトは、TTT図においてベイナイト鼻に対応する温度よりも高い温度で、フェライト/パーライト変態が終了する温度よりも低い温度で形成される微細構造を指し、前記ベイナイト鼻のうちの1つを超える温度での等温処理で小量形成されることがある低温ベイナイトを除く、請求項1~7のいずれか一項に記載の鋼。
【請求項9】
%Ceqが0.43%未満である、請求項1~8のいずれか一項に記載の鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、鋼(steels)に関し、特に、高レベルの機械的特性を維持しつつ、超高伝導性を発揮する熱間加工工具鋼に関する。本発明の工具鋼は、低温硬化処理を経ることができ、低コストで取得することができる。
【背景技術】
【0002】
概要
工業製品からの熱除去を含む多くの金属成形工業用途にとっては、熱伝達率が極めて重要である。熱除去が不連続であるとき、熱除去が非常に重要になる。熱伝達率は、かさ密度、比熱、熱拡散率などの基本的材料特性に関連する。従来、工具鋼にとって、この性質は、合金含有量を減らすことが唯一の改善方法であるため、硬度と耐摩耗性に対立するものと考えられてきた。中でもプラスチック注入、箔押し、鍛造、金属注入、複合材料硬化などの多くの熱間加工用途において、超高熱伝達率が、耐摩耗性、高温での強度、靱性と同時に要求されることが多い。こうした用途の多くでは、断面の大きな工具が要求され、そのために材料の高焼入性も必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2013/167580A1号
【文献】国際公開第2013/167628A1号
【文献】欧州特許出願公開第1887096A1号
【文献】欧州特許第2236639B1号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
大半の鋳造または軽合金押出成形など、多くの用途では熱疲労が主な故障メカニズムである。熱疲労と熱衝撃は、材料内の温度勾配によって生じる。多くの用途では、温度勾配を引き起こすソースからの低い被爆時間または有限なエネルギー量のせいで、安定した伝導状態が実現されない。工具材料の温度勾配の大きさは、熱伝達率の関数でもある(十分小さなビオ数の場合はすべて反比例が当てはまる)。よって、特定の熱流速密度関数を有する特定用途では、熱伝達率が優れた材料は、結果として生じる温度勾配が低くなるために面荷重が低くなる。熱膨張係数が低く、ヤング率が低いときに、同じことが当てはまる。したがって、熱伝達率の向上は、工具寿命の延長を示唆する。一方、工業製品を金型からの急速な熱除去を通じて迅速に冷却可能であることから、サイクルタイムが減少する。どちらの事実も、生産性の向上につながる。
【0005】
熱疲労を最小限にとどめるため、靱性(通常は破壊靱性とCVN)を向上させることも望ましい。今まで、高レベルの靱性は低レベルの硬度で達成されると考えられており、同じことが熱伝達率にも適用されて、耐摩耗性などの他の特性を低下させていた。また、後で窒化処理などの表面硬化処理を経る必要のある金型の場合も、通常、被覆を支持するために、基板材が高い硬度を有することが必要であり、ここでも高レベルの硬度が要求される。発明者らは、驚くべきことに、本発明を実施することで、高靱性、良耐摩耗性、良熱伝達率と共に、高硬度を備えた工具鋼が得られることを発見した。本発明が良好に実施されれば、上記の機械的特性と併せて超高熱伝達率が実現可能である。
【0006】
自動車産業におけるプラスチック注入の大半など、その他の用途によっては、熱処理を
要するときのように、特に十分な強度が要求されるとき、厚い工具鋼が使用される。この場合、表面、および好ましくは中心に至るまで所望の硬度レベルを達成できるように、良焼入性を有することも非常に都合が良い。焼入性は材料毎に固有であり、フェライト-パーライト領域および/またはベイナイト領域などの安定相領域に入らずに、通常、オーステナイト化温度超の高温から、マルテンサイト化開始温度未満などの低温までに至るまでに費やされる時間に得られる。純マルテンサイト構造は、いったん焼き戻されれば、安定相の混合微細構造よりも高い靱性値を発揮することがよく知られている。そのため、典型的には700℃超から200℃未満に下がるまで、超急冷媒体を使用する必要がある。このため、一方で、このような処理は非常にコストがかかる。さらに、ピースの硬化は通常、ダイ製造の最終ステップで実行される。材料はすべての必要な熱機械的処理を経ており、予め機械加工されているうえ、最終形状が複雑であり、様々な厚さや内側溝、さらには急峻な角部を備えているため、このステップは最も高額となる。よって、たとえ材料が良焼入性の恩恵を得るとしても、補修ができないことが多い不所望の亀裂を引き起こしやすい。よって、超急冷は実際には望ましくない。本発明の鋼は、熱処理条件に応じて焼入性が制限される。幸運なことに、発明者らは、超急冷媒体を使用せずに、同レベルまたはそれ以上の靱性を提供することができる特別な熱処理によって実現されるその他の強靱な微細構造の存在について過去研究を重ねてきた。これらの処理は、国際公開第2013167580A1号(特許文献1)または国際公開第2013167628A1号(特許文献2)に記載されている。発明者らは、驚くべきことに、このような処理が本発明の鋼にも適用可能であり、さらに機械的特性の点で優れた性能を発揮することに気づいた。
【0007】
また、大型工具が使用される用途では、機械的特性を犠牲とせずに決定する際に材料コストが決め手となる。本発明では、断面全体にわたる均一な微細構造と大きな肉厚を有し、中でも、低コスト材料を要する用途、たとえばプラスチック注入に非常に適した、高靱性および高熱伝達率の工具鋼を得ることができる。
【0008】
工具寿命に必ずしも影響を及ぼさず、機械加工し易さ、溶接または補修全般、被覆への支持など、生産コストに影響を及ぼす、熱間加工鋼にとって必須ではないが望ましい特性は他にも多数存在する。本発明の鋼は、粗加工や切断などの工程を簡易化する柔微細構造を提供する特別な熱処理を経ることができる。
【0009】
別の側面では、本発明は、鋼、特に熱間加工工具鋼の製造工程に関し、鋼は、590℃超の温度で少なくとも1回の焼戻しサイクルによりマルテンサイト、ベイナイト、またはマルテンサイト-ベイナイト処理を経る結果、本発明に規定される原子レベル(原子配列)の構造で47HRc超の硬度を有し、その実施は12mm/s以上の熱拡散率値によって監視することができる。別の実施形態では、本発明に規定される原子レベル(原子配列)の構造で50HRc超の硬度を有する鋼が達成可能であり、その実施は10mm/s以上の熱拡散率値によって監視することができる。本工程の別の実施形態では、鋼は640℃超の温度で少なくとも1回の焼戻しサイクルを経る結果、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造で40HRc超の硬度を有し、その実施は17mm/s以上の熱拡散率値によって監視することができる。また、鋼は660℃超の温度で少なくとも1回の焼戻しサイクルを経て、本発明に規定されるナノメートル以下規模(すべての相における状態密度と担体可動性の最適化に関する)の構造で35HRc超の硬度を有することができ、その実施は18mm/s以上の熱拡散率値によって監視することができる。
【0010】
著者らは、低コストで高レベルの靱性と同時に非常に高い熱伝達率、耐摩耗性、焼入性を実現するという課題が、組成および熱機械的処理の特定規則を適用することで解決できることを発見した。所望の高熱伝達率、高硬度、耐摩耗性を得るのに必要な範囲および熱機械的処理内での合金の選択規則をいくつか、発明の詳細な説明において提示する。自明なことだが、すべての起こり得る組み合わせを詳細に説明することはできない。熱拡散率
は熱エネルギー担体の可動性によって統制されるため、不都合なことに、単独の組成範囲および熱機械的処理と相関させることができない。
【0011】
従来技術
高熱伝達率の工具鋼(欧州特許公開EP1887096A1号(特許文献3))が開発されるまで、工具鋼の熱伝達率を向上させる唯一の既知の方法は、合金含有量を低く保つことであったが、その場合、特に高温での機械的特性に劣る。600℃以上の焼戻しサイクル後、42HRcを超える工具鋼は、30W/mKの熱伝達率に制限されると考えられてきた。本発明に記載される原子レベル(原子配列)の構造は、42HRc超と52HRc超の硬度で、それぞれ8mm/sと6.5mm/s超の熱拡散率値によって実施を監視することができる。本発明の工具鋼は、本発明に規定される原子レベル(原子配列)の構造で、低コストで超高靱性を発揮し、その実施は12mm/s超、50HRc超の硬度では14mm/s超、42HRc超の硬度では17mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明の詳細な説明
著者らは、高レベルの靱性と共に非常に高い熱伝達率、耐摩耗性、焼入性を低コストで実現するという課題が、請求項1の特徴を有する鋼と請求項15の特徴を有する鋼の製造方法とによって解決できることを発見した。発明の使用法と好適な実施形態は、他の請求項に従う。
【0013】
本発明によると、鋼、特に超高熱伝達率の工具鋼を得ることが可能となる。また、本発明に記載の規則を正確に適用すれば、鋼、特に、高耐摩耗性や高靱性などの高機械的特性と共に超高熱伝達率を有する工具鋼を得ることができる。また、低コストで上記鋼を得ることも本発明の目標である。
【0014】
熱間加工用途の場合、製造されたピースの冷却速度が工程のサイクル時間を決定するため、熱除去率が工程の経済性に大きな影響を及ぼす。また、高サイクル時間の場合、金型はより長時間、過酷な条件下に置かれて、さらに侵食され、工具寿命を低減させる。プラスチック注入成形、アルミニウムダイカストまたは箔押しなど、他にも多数の例が見られる。これらの用途では、高熱伝達率を有する工具鋼は、ピースが急速に冷却され、機械が製造サイクルを低減させることができるために、工具寿命と生産性の両方にとって有益なことは明らかである。したがって、この目的の下、高熱伝達率の工具鋼が開発されてきた。射出成形工程における溶融材料(プラスチック、アルミニウムなど)の冷却時間推定には、一般的に熱伝達率が熱力学的特性と併せて使用される。
【0015】
鋼組成からは、特定の熱拡散率値を導き出すことができない。実際、熱拡散率は、ナノメートル以下規模で構造的特徴を表すパラメータである(すべての相における状態密度と担体可動性の最適化に関する原子配列)。本願を執筆する際、出願人はガイドラインC-II、4.11(近年はガイドライン2012、F巻、第IV章、4.11項、「パラメータ」)を参照し、ナノメートル以下規模で構造的特徴を表すほぼすべてのパラメータ(利用可能)は例外的パラメータであり、明瞭性の欠如を根拠にして自明に拒絶され得ることに気づいた。ナノメートル以下規模で上記の構造的特徴を明確に記載するための唯一の例外が熱拡散率であり、したがって、このパラメータを、構造的特徴を合理的に記載するために選択する。
【0016】
本特許出願の意味するところにおいて、熱拡散率値は、特に断りのない限り、室温での測定値を指す。熱拡散率は基本的特性であるが、好適な測定方法の1つは、フラッシュ法による国際規格ASTM-E1461およびASTM-E2585に準拠する。本発明は
、高硬度または低硬度のいずれかで超高熱伝達率を必要とする広範な用途に特に関連する。40HRc未満、好ましくは39HRc未満、より好ましくは38HRc未満、またはさらに好ましくは35HRc未満の硬度が必要とされる用途で、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造で達成可能であり、その実施は16mm/s超、好ましくは17mm/s超、より好ましくは18mm/s超、さらに好ましくは18.5mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。特に良好に本発明を実行すると、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造で達成可能であり、その実施は18.8mm/s超、好ましくは19mm/s超、より好ましくは19.2mm/s超、さらに好ましくは19.5mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。通常は40HRc超、好ましくは42HRc超、より好ましくは43HRc超、さらに好ましくは46HRc超の中硬度を要するダイカスト用途の場合、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造で達成可能であり、その実施は14mm/s、好ましくは15mm/s超、より好ましくは16mm/s超、さらに好ましくは16.2mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。特に良好に本発明を実行すると、本発明に記載のナノメートル以下規模の構造が達成可能であり、その実施は16.5mm/s、好ましくは17mm/s超、より好ましくは17.3mm/s超、さらに好ましくは17.5mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。通常48HRc超、好ましくは50HRc超、より好ましくは52HRc超、さらに好ましくは54HRc超および58HRc超の高硬度を必要とする用途では、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造で達成可能であり、その実施は12.5mm/s超、好ましくは13.6mm/s超、より好ましくは14.4mm/s超、さらに好ましくは14.8mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。特に良好に本発明を実行すると、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造で達成可能であり、その実施は15.2mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。
【0017】
用途によっては、所望の微細構造は主にベイナイト微細構造である。さほど要求が厳しくない用途では、ベイナイトは、20%vol%超、好ましくは30%vol%、より好ましくは50%vol%、さらに好ましくは80%vol%超とすべきである。
【0018】
用途によっては、特に大断面を必要とし、微細構造の均質性が提示される材料が所望される場合、高温ベイナイトが好ましい。本文書では、高温ベイナイトは、TTT図においてベイナイト鼻に対応する温度よりも高く、フェライト/パーライト変態が終了する温度よりも低い温度で形成される微細構造を指すが、ベイナイト鼻のうちの1つを超える等温処理で小量形成されることがある、文献に記載の低温ベイナイトを除く。本発明の用途によっては、高温ベイナイトは、20%vol%超、好ましくは28%vol%、より好ましくは33%vol%、さらに好ましくは45%vol%超とすべきである。微細構造での同質性を要求する用途では、高温ベイナイトは大多数の種類のベイナイト、よって、すべてのベイナイトであるべきであり、50%vol%超、好ましくは65%vol%、より好ましくは75%vol%、さらに好ましくは85%vol%超が高温ベイナイトであることが好ましい。大抵の場合、高温ベイナイトは主に上部ベイナイトであり、上部ベイナイトは、TTT温度-時間-変態図で観察され、鋼組成に依存するベイナイト領域内の高温範囲で形成される粗ベイナイト微細構造を指す。発明者らは、上部ベイナイトを含む高温ベイナイトの靱性を向上させ、粒径を低減する方法を発見した。よって、本発明によると、耐久性のある上部ベイナイトが必要とされるとき、ASTM7以上、好ましくは8以上、より好ましくは10以上、さらに好ましくは13以上の粒径が有利である。
【0019】
本発明では、鋼、特に超高伝導率の工具鋼を得ることを可能にする。発明者らは、組成規則と組成範囲および熱機械的処理に関する概論に従えば、本発明の鋼は、かなり低い合金含有量で、非常に良好な靱性と、良好な耐摩耗性を実現できることを観察した。本発明の鋼の主要微細構造は、マルテンサイトまたはベイナイト、あるいは少なくとも部分的な
マルテンサイトまたはベイナイト(一部はフェライト、パーライト、または残留オーステナイト)から成る。本発明によると、このように特性が向上した鋼を低コストで調達することが可能となる。
【0020】
固溶体において、小量の元素で魅力的な機械的特性を維持する戦略の1つは、元素の大半を特別に選択されたセラミック強化粒子とし、非金属部(%C、%B、%N)を炭化物、もしくは窒化物、ホウ化物またはその中間に含むことである。このため、MFeC炭化物は、高電子密度であるために最も魅力的な炭化物の1つである。ただし、Mは金属元素であるが、最も好ましくはMoおよび/またはWである。しかし、かなり高い電子密度を有し、構造上の瑕疵なく格子上で固体化する他の(Mo、W、Fe)炭化物もあるため、概して、(Mo、W、Fe)炭化物(当然ながら%Cの部分は%Nまたは%Bに置き換えることができる)を通常60%超、好ましくは72%超、より好ましくは82%超、またはさらに好ましくは92%超有することが望まれる。本特許の意味するところにおいて、元素含有量を指すパーセントは%wtである。熱伝達率を高めるため、MはMoまたはWのみであり、固溶体中の他の金属元素は18%未満、好ましくは14%未満、より好ましくは8%未満、さらに好ましくは4%未満存在する。MoおよびWの量は、割合と共に非常に重要である。高熱伝達率を実現し、機械的特性を保有するためにMoおよびW含有率を固定する通則は、%Mo+1/2%W>1.2である。概して、超高熱伝達率を得るため、%Moは好ましくは2.3%超、より好ましくは3.2%超、さらに好ましくは3.9%超とすべきである。熱伝達率のためには%Moのみを使用することが有益である。したがって、超高熱伝達率を必要とする用途では、%Moは4.1%超、好ましくは4.4%超、より好ましくは4.6%超、さらに好ましくは4.8%超である可能性がある。%Wに関しては、2.5%W未満、より好ましくは1.5%W未満、さらに好ましくは1%W未満であることが望ましい。一方、W価格に応じて、低コストが要求される用途では、%Wは0.9%未満、好ましくは0.7%未満、より好ましくは0.4未満、または意図的にゼロであることが好都合である。熱伝達率を最適化すべきだが、熱疲労を調整する必要がある用途では、MoをWの1.2~3倍にすることが通常好適である。しかしながら、Wが存在する場合、%Moは、熱疲労にマイナスの影響を及ぼす高熱膨張係数を発揮するという欠点を有する。また、%Wは、原子半径のミスマッチが%Moの原子半径のミスマッチよりも大きいために、熱処理中の変形という作用も及ぼす。よって、熱処理中の変形が重要である用途では、Wが存在する、好ましくは0.4%超、より好ましくは0.8%超、さらに好ましくは1.2%超存在することが望ましい。発明者らは、これらの種類の炭化物に溶解して、結晶構造に歪みをほとんど生じない元素がいくつかあることを発見した。この例がHfとZrである。これらの元素は、炭素に親和性が非常に高く、マトリックス上で固溶体から炭素を解放する分離MC型炭化物を形成する傾向がある。このため、Hfは0.02%以上、好ましくは0.09%Hf、より好ましくは0.180%超、より好ましくは0.44%超、さらに好ましくは1%超であることが望ましい。一方、Zrは0.03%以上、好ましくは0.09%超、好ましくは0.18%超、より好ましくは0.52%超、さらに好ましくは0.82%超であることが望ましい。強力な炭化物構成元素として機能するHfは、粒界に靱性を提供し、酸化抵抗を向上させる。また、Hfは、高温での強度を高めるためにも使用され、HfとZrはいずれも元来、耐食性を有する。したがって、いくらかの大気抵抗を必要とする用途では、名目Cと組み合わせて、耐食性および耐酸化性を与えるのに必要とされるよりも多くのHfおよび/またはZrを含むことが望ましい。このような場合、Hfは1%超、好ましくは2%超、時には、用途に応じて3%超であることが望ましい。同じことがZrにも当てはまり、Zrは1%超、好ましくは2%超、時には、用途に応じて3%超であることが望ましい。一方、高靱性を要する用途では、%Hfおよび/または%Zrは、応力を高めるように機能する大きな多角形一次炭化物を形成しがちであるため、あまり高い値であってはならない。したがって、このような場合、%Hfは0.53%未満、好ましくは0.48%未満、より好ましくは0.36%未満、さらに好ましくは0.24%未満であることが望ましい。%Zrに
関しては、0.54%未満、好ましくは0.46%未満、より好ましくは0.28%未満、さらに好ましくは0.12%未満であることが望ましい。用途に応じて、%Hfおよび/または%Zrは、Hfおよび/またはZrの量の好ましくは25%超、より好ましくは50%超、および/または、さらに好ましくは75%超だけ部分的に、あるいはすべて%Taによって置き換えられることが望ましい。
【0021】
Hfは、Zr精製の副産物として得られる。化学的特性が類似するため、この行程は極めて難しく、したがってコストが高い。また、Hfは、高い中性子吸収能力を有することも十分に既知であり、そのため原子力用途にとって完璧な候補となる。この限定的な可用性により、Hfは原子力用途以外の材料としてはほとんど使用されないため、純粋な状態では市場で最も高額な元素の1つである。一方で、この精製から生じる不良品がZrであり、その結果、実際に低コストで獲得することができる。両元素の類似する化学的特性のため、生産コストが非常に重要である場合には、Hfは用途に応じて、時には熱伝達率を犠牲にして、一部または完全にZrと置き換えることができる。このような場合、Zrは0.06%超、好ましくは0.22%超、より好ましくは0.33%超であることが好ましい。特別な場合、Zrは0.42%超、Hfは0.15%未満、好ましくは0.08%未満、より好ましくは0.05%未満、および全く存在さえしないことが望ましい。
【0022】
通常、上述のFe、Mo、W、Hf、および/またはZr以外の金属元素が、炭化物の金属元素の重量パーセントの20%を超過すべきではない。好ましくは10%超、さらには5%を超過すべきではない。
【0023】
驚くべきことに、発明者らは、小量の%Bが熱伝達率の上昇にプラスの効果を及ぼすことを発見した。したがって、%Bは、1ppm超、好ましくは5ppm、より好ましくは10ppm超、さらに好ましくは50ppms超であることが望ましい。一方、高靱性のマルテンサイト微細構造を求める場合、%B含有率は598ppm未満、好ましくは196ppm未満、より好ましくは68ppm未満、さらに好ましくは27ppm未満に維持しなければならない。
【0024】
%Crおよび%Vは、炭化物マトリックスに溶解されるときに多くの格子歪みを生じさせるために、高熱伝達率という点でマイナスの効果を及ぼす元素である。高熱伝達率を得るため、%Vは0.23%未満、好ましくは0.15%未満、より好ましくは0.1%未満、さらに好ましくは0.05%未満を維持すべきである。超高伝導率を得るため、%Crはできる限り低く、好ましくは0.28%未満、より好ましくは0.08%未満、さらに好ましくは0.02%未満を維持しなければならない。超高熱伝達率を得るため、%Siが可能な限り低いことが望ましい。ESRなどの精製工程の使用によって含有率を少なくとも低減することができるため、%Siの場合は少々異なる。しかし、プロセスウィンドウが小さいため、%Siを0.2%未満、好ましくは0.16%未満、より好ましくは0.09%未満、さらに好ましくは0.03%未満に低減すると同時に、低レベルの含有物(特に酸化物)を達成することが技術上非常に難しい。最も高い熱伝達率は、%Siおよび%Crが0.1%、さらに好ましくは0.05%未満であるときのみ得られる。
【0025】
O、N、P、および/またはSなどのその他の不所望の不純物は、超高熱伝達率を得るためにできるだけ低く、好ましくは0.1%未満、より好ましくは0.08%未満、さらに好ましくは0.01%未満を維持すべきである。
【0026】
このように手順を進め、本発明に記載する組成規則を適用することで、発明者らは、非常に驚くべきことに、熱伝達率が%C含有率に影響を受けないことを発見した。これまで、熱伝達率は、炭素含有率に大きく依存し、高C含有率の場合は低くなっていたため、これは極めて意外な結果である。この発見により、機械的特性を高めつつ、超高熱伝達率お
よび高炭素含有率を有する工具鋼を生産することができる。また、経済的な製造コストにも大きな影響を及ぼし、要求が厳しい用途にとって特に有益である。
【0027】
さらに、本発明の特徴は、高硬度および超高伝導率を達成することである。この事実は、高硬度を必要とする熱間加工金型にとって非常に有益である。たとえば、大半の鍛造用途は48~54HRcの範囲の硬度を使用する。プラスチック注入成形は好ましくは、50~54HRcの硬度の工具を用いて実行され、亜鉛合金のダイカストは47~52HRcの硬度の工具を用いて実行されることが多く、被覆シートの箔押しは48~54HRcの硬度の工具、未被覆シートの箔押しは54~58HRcの硬度の工具を用いて実行される。シート延伸および切断用途では、最も広く使用される硬度は56~66HRcの範囲である。一部の精細切断用途では、さらに高い64~69HRcの範囲の硬度も使用される。本発明によると、48HRc超、好ましくは50HRc超、またはさらに好ましくは53HRc超の硬度で、本発明に規定される原子レベル(すべての相における状態密度と担体の可動性の最適化に関する原子配列)の構造を達成することができ、その実施は13mm/s超、好ましくは14mm/s超、さらに好ましくは14.7mm/s超の熱拡散率値によって測定することができる。特に良好に本発明を実行すると、本発明に規定される原子レベル(すべての相における状態密度と担体の可動性の最適化に関する原子配列)の予想外の構造を達成することができ、その実施は15mm/s超の熱拡散率値によって測定することができる。
【0028】
本発明では、室温だけでなく高動作温度でも超高伝導性を得ることができる。本発明によると、200℃の温度で、40HRc未満、好ましくは39HRc未満、より好ましくは38HRc未満、さらに好ましくは35HRc未満の硬度の、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造を達成可能であり、その実施を13mm/s超、好ましくは13.9mm/s超、より好ましくは14.5mm/s超、さらに好ましくは15mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。400℃の温度で、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造を達成可能であり、8.99mm/s超、好ましくは9.67mm/s超、より好ましくは10.1mm/s超、さらに好ましくは10.88mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。600℃の温度で、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造を達成可能であり、5.47mm/s超、好ましくは6.64mm/s超、より好ましくは6.99mm/s超、さらに好ましくは7.4mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。本発明によると、200℃の温度で、40HRc超、好ましくは42HRc超、より好ましくは43HRc超、またはさらに好ましくは46HRc超の硬度の、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造を達成可能であり、その実施は12.1mm/s超、好ましくは12.9mm/s超、より好ましくは13.4mm/s超、さらに好ましくは13.9mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。400℃の温度で、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造を達成可能であり、その実施は8.2mm/s超、好ましくは8.78mm/s超、より好ましくは9.23mm/s超、さらに好ましくは9.89mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。600℃の温度で、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造を達成可能であり、その実施は5.01mm/s超、好ましくは5.79mm/s超、より好ましくは6.32mm/s超、さらに好ましくは6.87mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。本発明によると、200℃の温度で、48HRc超、好ましくは50HRc超、より好ましくは54HRc超、またはさらに好ましくは58HRc超の硬度の、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造を達成可能であり、その実施は11.47mm/s超、好ましくは12.01mm/s超、より好ましくは12.65mm/s超、さらに好ましくは13mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。400℃の温度で、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造を達成可能であり、7.58mm/s超、好ましくは8.01mm/s超、より好ましくは8.76mm/s超、
さらに好ましくは9.1mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。600℃の温度で、本発明に規定されるナノメートル以下規模の構造を達成可能であり、4.18mm/s超、好ましくは4.87mm/s超、より好ましくは5.70mm/s超、さらに好ましくは6.05mm/s超の熱拡散率値によって監視することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1図1は、ホウ素の含有量とホウ素係数の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
したがって、本発明の好適な実施形態によると、鋼、特に超高熱伝達率の鋼は、以下の組成を有することができ、すべてのパーセントは重量パーセントで表しており、

%Ceq=0.15~2.0、 %C=0.15~2、 %N=0~0.6、 %B=0~4、
%Cr=0~11、 %Ni=0~12、 %Si=0~2.4、 %Mn=0~3、
%Al=0~2.5、 %Mo=0~10、 %W=0~10、 %Ti=0~2、
%Ta=0~3、 %Zr=0~3、 %Hf=0~3、 %V=0~12、
%Nb=0~3、 %Cu=0~2、 %Co=0~12、 %Lu=0~2、
%La=0~2、 %Ce=0~2、 %Nd=0~2、 %Gd=0~2、
%Sm=0~2、 %Y=0~2、 %Pr=0~2、 %Sc=0~2、
%Pm=0~2、 %Eu=0~2、 %Tb=0~2、 %Dy=0~2、
%Ho=0~2、 %Er=0~2、 %Tm=0~2、 %Yb=0~2、

残りは、鉄と微量元素から構成されており、
%Ceq=%C+0.86×%N+1.2×%B、
であって、
%Mo+1/2・%W
を特徴とする。
【0031】
なお、冶金学的用語では、鋼の組成は通常Ceqに換算して与えられ、炭素自体または名目炭素だけでなく、鋼の立方構造に同様の影響を及ぼすすべての元素、通常はBおよび/またはNを考慮して構造上の炭素として定義される。
【0032】
本特許の意味するところにおいて、微量元素は、特に断りのない限り、2%未満の量の元素を指す。用途によっては、微量元素は、1.4%未満、より好ましくは0.9%未満、ときにはさらに好ましくは0、78%未満であることが好ましい。微量元素と考えられる元素は、H、He、Xe、Be、O、F、Ne、Na、Mg、P、S、Cl、Ar、K、Ca、Fe、Zn、Ga、Ge、As、Se、Br、Kr、Rb、Sr、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Te、I、Xe、Cs、Ba、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl、Pb、Bi、Po、At、Rn、Fr、Ra、Ac、Th、Pa、U、Np、Pu、Am、Cm、Bk、Cf、Es、Fm、Md、No、Lr、Rf、Db、Sg、Bh、Hs、Mt単独、および/またはそれらの組み合わせである。用途によっては、一部の微量元素または微量元素全般が、特定の関連特性に関してかなり有害になる可能性がある(熱伝達率および靱性に関して当てはまる場合がある)。上記用途では、微量元素を0.4%未満、好ましくは0.2%未満、より好ましくは0.14%未満さらには0.06%未満に維持することが望ましい。これは、特定量未満であることは言うまでもなく、当該元素が含まれていないことを含む。多くの用途では、微量元素がほとんど、あるいは全く含まれないことが自明である、および/または望ましい。上述したように、あらゆる微量元素は単体と考えられるため、所与の用途では、異なる微量元
素は異なる最大重量パーセント許容値をとることが非常に多い。微量元素は、コスト削減などの特定機能を探るために意図的に追加することができる、あるいはその存在(存在する場合)は故意ではなく、主に、合金製造のために使用される合金元素の不純物およびスクラップに関連することがある。様々な微量元素が存在する理由は、単独の同じ合金でも異なる可能性がある。
【0033】
2つの全く異なる技術的進歩を示し、全く異なる用途を目的とし、一方が他方の客観的用途にとって完全に無益である2つの鋼が、組成範囲に関して偶然合致することが多い。ほとんどの場合、実際の組成は、たとえ組成範囲が幾分重複するとしても決して一致しない。仮に実際の組成が一致する場合では、適用される熱機械的処理から差異が生じる。
【0034】
上述の鋼は、生産性関連コストが関係する場合、ダイカストなどの形成工程中のサイクル時間を大幅に低減させるため、超高熱伝達率を要求する用途に特に適する。
【0035】
用途によっては、未被覆シートの箔押しの場合のように、高硬度と超高熱伝達率の組み合わせを必要とする。それらの用途のいくつかは、高レベルの靱性と破壊靱性も必要とし、工具製造コストに非常に影響されやすい。このような用途では、要求が非常に高いため、特にナノメートル以下規模での、非常に厳格な組成規則、および微細構造に対する非常に厳しい要求に従わなければならない。
【0036】
欧州特許出願公開第1887096A1号(特許文献3)の教示によると、高熱拡散率は、すべての相で存在する担体の有用性および可動性にのみ関連する。本発明の工具鋼は、2つの主要種類の相:性質が金属であるマトリックス型相と、セラミックである炭化物(窒化ホウ素または酸化物)型相とを有する。よって、状態密度と担体用の中央自由行程は、すべての現行相で最大化されるはずである。上記の最適化の実施と、ナノメートル以下規模の上記構造の獲得は、異なる硬度で達成可能な熱拡散率値によって監視することができる。
【0037】
欧州特許出願公開第1887096A1号は、熱伝達率を最大化する最適な方法は、最終的な微細構造において、金属の特徴が高い炭化物が存在すること、さらに重要なのは、その結晶構造が非常に高い品質を備えるべきであることと教示している。マトリックスに関しては、元素を炭化物(あるいは、同じ目的で、窒化物、ホウ化物、酸化物、またはそれらの混合物)と組み合わせることによって、最大の拡散を生じさせる元素を溶液に入れないことが推奨される。原子レベルでのこのような構造的特徴の獲得は、得られる熱拡散率値によって監視することができる。本発明の用途によっては、中レベルの炭素当量を有することが望ましい。
【0038】
この手順は、炭化物ビルダの含有率と炭素当量(%Ceq)の調節を要する非常に厳密な規則を設定し、超高レベルの伝導率を得なければならないときはコストとの関連性が高い。発明者らは、驚くべきことに、炭素当量のレベルと炭化物ビルダのレベルを非常に厳密に調節するための負担および関連コストを生じさせずに、超高レベルの熱拡散率によって明瞭に測定可能となるべく、すべての相における状態密度と担体の可動性の最適化に関する欧州特許出願公開第1887096A1号の教示を実行して、ナノメートル以下規模またはより最適化された規模で上述の種類の微細構造を実現する特定の元素組み合わせがあることを発見した。この驚くべき発見により、高熱伝達率を達成するのに必要な複雑度が、他の所望の特性を実現する可能性を高めつつ低減される。発明者らは、この驚くべき効果が、中レベルの炭素当量の場合にだけ発生することを発見した。
【0039】
炭素当量が低すぎると、マトリックス相での固溶体中の炭化物ビルダが担体を大きく拡散する。よって、%Ceqは0.27%超、好ましくは0.32%超、より好ましくは0
.38%超、さらに好ましくは0.52%超でなければならない。一方、高すぎるレベルの%Ceqでは、施される熱処理に関係なく、炭化物(窒化物、ホウ化物、酸化物,またはそれらの組み合わせ)の所要の性質および最高品質を得ることができない。したがって、%Ceqは、1.2%未満、好ましくは0.78%未満、より好ましくは0.67%未満、さらに好ましくは0.58%未満でなければならない。この驚くべき効果を発揮させるため、正確なレベルの%Moを含むことが必要である。%Moは全部ではないが部分的に%Wと置き換えることができるため、その値はここでは%Mo_eqと称する。この置き換えは%Mo_eqに換算して実行されるので、置き換えられる%Moは%Wの約2倍である。%Moの%Wでの置き換えは、75%未満、好ましくは64%未満、より好ましくは38%未満、さらに好ましくは18%未満である。明らかに、%Moのコストは%Wのコストより低いことが多く、%Mo_eq中の%Moの置き換えは%Wの2倍であるため、最も経済的な選択肢は、置き換えを実行せず、%Wを微量元素として残すことである(微量元素とその重量パーセントについては既に完全に定義したが、%Wは微量元素とみなしていないが、ここに記載する用途の場合は微量元素とみなす)。微量元素は、コスト削減などの特定機能を求めるために意図的に添加することができる、あるいは、その存在は意図的なものではなく、合金生成のために使用される合金元素およびスクラップの不純物に主に関連する。%Wが存在しない場合でも、あるいは単に不純物として存在する場合でも(不純物はその種の微量元素のうちの1つである。%Wが存在しないと言うこともできる)、合金コストの最小化を求める場合は非常に有益である。したがって、場合によっては、%Wは1%未満であることが望ましい。発明者らは、この驚くべき結果を発揮させ、さほど精密でない製造ルートを可能にする、合金内の名目値からの偏差に対する耐性が高く、高い熱伝達率を有するには、最低レベルの%Mo_eqを必要とする。そのレベル未満では、%Ceqが厳密に調節されないと、形成可能な炭化物が高品質を獲得できないことを発見した。よって、この効果を発揮させるため、%Mo_eqは、2.8%超、好ましくは3.2%超、より好ましくは3.7%超、さらに好ましくは4.2%超でなければならない。一方、高すぎるレベルの%Mo_eqは、マトリックス相の少なくとも1つにおいて担体の目立った拡散を回避することができる熱処理が存在しない状況を招く。よって、超高熱伝達率は、EP1887096A1の教示が適用されるときでさえ、工業規模ではしばしば達成不能な非常に精密なレベルの%Ceqの場合のみに実現することができる。よって、%Mo_eqは、6.8%未満、好ましくは5.7%未満、より好ましくは4.8%未満、さらに好ましくは3.9%未満でなければならない。発明者らは、本発明内で高靱性と併せて高耐摩耗性を要する用途では、以下の規則を適用すべきであることを発見した。
【0040】
Ceqは、0.38%超、好ましくは0.4%超、より好ましくは0.42%超、さらに好ましくは0.48%超とすべきである。
【0041】
Ceqは、0.72%未満、好ましくは0.65%未満、より好ましくは0.62%未満、さらに好ましくは0.58%未満とすべきである。
【0042】
%Moeqは中程度とすべきである、あるいは%Vは以下のように存在すべきである。すなわち、%Moeqは9.8%未満、好ましくは9.5%未満、より好ましくは8.9%未満、さらに好ましくは7.6%未満である。%Vは0.12超、好ましくは0.15%超、より好ましくは0.18%超、さらに好ましくは0.23%超となる。
【0043】
発明者らは、何らかの%Ni含有率を要する他の用途では、以下の規則を適用すべきであることを発見した。
【0044】
%Moeqは、4.4%未満、好ましくは3.7%未満、より好ましくは2.5%未満、さらに好ましくは1.2%未満であり、%Niは0.75%未満、好ましくは0.62
%未満、より好ましくは0.58%未満、さらに好ましくは0.43%未満とすべきである。
【0045】
発明者らは、耐摩耗性と併せて強度を要する用途では、以下の規則を適用すべきであることを発見した。
【0046】
%Moeqは、4.2%未満、好ましくは3.7%未満、より好ましくは2.8%未満、さらに好ましくは1.6%未満とすべきである。
【0047】
%Vは、0.05%超、好ましくは0.12%超、より好ましくは0.18%超、さらに好ましくは0.29%超の量、存在すべきである。
【0048】
著者らは、結晶構造の不完全性がほとんど拡散を招かない(Mo、W)3Fe3C型炭化物で可能である化学量論外の広い範囲に由来すると確信する。また、Fe含有率は、同じ効果で大幅に変動させることができ、変動にもかかわらず、電子および音子の状態密度は、担体可用性全体に劇的な影響を及ぼさない。実際、炭化物はおそらく(Mo,W)3-xFe3+xCと記載する方がよい。ただし、xは負の値をとることができ、明らかに他の炭化物構成元素もMo、Wおよび/またはFeを部分的に置き換えることができる。
【0049】
著者らは、前の段落に記載する予期せざる効果は、モリブデン炭化物に組み込まれるときに歪みの小さい強靱な炭化物構成元素を使用することによって強く促進できることを発見した。高靱性を必要とする用途を除いて、この強靱な炭化物構成元素は高濃度で存在する場合に自身の一次炭化物を形成し、結果として生じる合金の弾性および破壊靱性に対して顕著なマイナスの効果をもたらす多角形形状を有することが多いため、熱伝導に適した所望のナノメートル以下微細構造に通じる熱処理を施す際、注意が必要である。よって、用途によっては、意図的にそうした炭化物構成元素を追加しないことが望ましいかもしれないが、大半の用途では、%Hf+%Ta+%Zrは0.02%超、好ましくは0.1%超、より好ましくは0.2%超さらには0.3%超であることが望ましい。高靱性を要する用途では、%Hf+%Ta+%Zrは1.4%未満、好ましくは0.98%未満、より好ましくは0.83%未満、さらに好ましくは0.65%未満であることが望ましい。すべての強靱な炭化物構成元素のうちで、著者らは、本発明にとって好適な炭化物内で歪みなく調和し、比較的低コストであるため、Zrが最も魅力的なものの1つであることに気づいた。よって、本発明を実施する場合、%Zrが最高濃度の強靱な炭化物構成元素であることが多い。上述したように強力な炭化物構成元素の存在が有益であるが、製造コストが重要となる用途では、%Zrが0.05%超、好ましくは0.1%超、より好ましくは0.22%超、さらに好ましくは0.4%超であることが多い。要求が非常に厳しい用途では、%Zrは、0.67%超、好ましくは1.5%超、より好ましくは3.7%超、さらに好ましくは4%超であることが望ましい。一方、靱性が重要であるとき、%Zrの限定は、%0.78未満、好ましくは0.42未満、より好ましくは0.28%未満さらには0.18%未満であることが多い。用途によっては、%Zrは、部分的または完全に%Hfおよび/または%Taと置き換えることができる。
【0050】
発明者らは、上述した合金規則は上述した予期せざる結果をもたらすことができるが、高靱性と併せて高機械的強度が求められる場合、フェライト/パーライト形態の焼入性は中程度であるため、中程度の断面でのみ実行可能であることに気づいた。これに関し、著者らは、3つの予想外の事実を発見した。第1の発見は、焼入性向上のための%Bの使用に関する。本発明によると、図1に示すように従来の鋼に反して、2.0よりもずっと高い係数(表7に示すように約10)を25ppm超の%Bで達成することができる。図1では、%Bの効果は、20ppm超で漸減し、25ppmを超えて2.0で一定となる。予期しなかった第2の観察結果は、低濃度%Ni効果に関係し、この%Niは、他の元素
の存在下で大幅に上昇させることができ、高硬度のためにマトリックスの拡散に最小の影響しか及ぼさない。第3の驚くべき効果は、%Vが、先に証明したように、この形態では焼入性にマイナスの効果をもたらすが、高すぎない場合、特に%Niおよび/または%Bが存在する場合にはプラスの効果をもたらすことである。これら3つの発見は、本発明に規定される原子レベル(原子配列)の所望の構造で高硬度を発揮することができる材料につながる。その実施は、48HRc超の硬度で、8.5mm/s超の熱拡散率値によって明確に測定することができ、該材料は、真空N硬化工程または国際公開第2013167580A1号(特許文献1)の教示を通じて上記特性を達成できるように、フェライト/パーライト領域における十分な焼入性を有する。
【0051】
焼入性に関する3つの予想外の発見を詳細に検討し、まずそれらの発見から得られる組成規則に着目すると、以下のことが観察された。
【0052】
%Bのプラスの効果は低%Cに限定されると考えられており、実際にほとんどの文献は、%Cのプラスの効果は最大0.2%あるいは最終的には最大0.25%で達成されると報告している。著者らは、本発明によると、表7に示すように、%Ceq値が文献で報告されるよりもずっと高いにもかかわらず、%Bがプラスの効果を及ぼすことを発見した。また、文献には、図1に示すように、%Bの最大のプラスの効果が約20ppmで発生すると記載されている。本発明によると、表7に示すように、%Bのプラスの効果は高い%B値で生じる。したがって、本発明の鋼の場合、フェライト/パーライト領域において高焼入性が求められるとき、%Bは1ppm超、好ましくは25ppm超、より好ましくは45ppm超、さらに好ましくは58ppm超、さらには72ppm超が望ましい場合が多い。余分な%Bは、ホウ化物形成元素の可用性に応じて逆の効果を及ぼす可能性がある。また、余分なホウ化物が形成される場合、靱性に非常に不利益な効果を及ぼす可能性もある。よって、高靱性を必要とし、強靱なホウ化物構成元素を提供する本発明の鋼の場合、%Bは0.2%未満、好ましくは88ppm未満、より好ましくは68ppm未満、さらには48ppm未満であることが望ましい。
【0053】
%Niに関しては、焼入性におけるプラスの効果が既に欧州特許第2236639B1号(特許文献4)に記載されている。著者らは、他の元素、主に%Bおよび%Vと組み合わせて、低い%Ni値を採用できることに気づいた。モリブデンよりも炭素への親和性が高いすべての炭化物(Ti、Nb、Zr、Hf、Ta)の効果も認められる。この化合効果または触媒効果の特質を利用することで、低レベルの%Niで高レベルの焼入性を達成することができ、これを利用して、マトリックス相で本発明にとってより有益なナノメートル以下規模の微細構造を実現することができる。というのは、%Niは、特に1%超の量存在するとき、焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイトFe-C微細構造において強力な拡散体であり、可能な熱機械的処理を通じて有効にこの元素を移動させることは不可能ではないにせよ非常に困難だからである。よって、本発明によると、フェライト/パーライト形態における高焼入性が所望されるとき、%Niは0.2%超、好ましくは0.30%超、より好ましくは0.42%超、ときには0.75%超存在する。一方、上述したように、余分な%Niがあれば、マトリックス相の少なくとも1つにおいて担体レベルの超低拡散を実現することができないであろう。このため、超高伝導率が所望される場合、%Niは2.7%未満、好ましくは1.8%未満、より好ましくは0.8%未満、時には0.68%未満さらには0.48%wt未満存在する。上述したように、%Bも焼入性にプラスの効果を及ぼす。高焼入性を求めるとき、%Bと%Niの組み合わせは、効果が相殺されて焼入性の低下を招くために良好なバランスをとらなければならない。%Bと%Niの両方のバランスが取れている場合、驚くべきことに、それらの効果が累積されて、高い焼入性値につながることが観察された。ここに示す中レベルの%Niを使用する際、%Bは7ppm超、好ましくは12ppm超、より好ましくは31ppm超、さらに好ましくは47ppm超であることが多い。用途によっては、余分な%Bは、中程度の%N
i含有率であるときも焼入性にとって不利益になる可能性がある。こうした場合、%Bは280ppm未満、好ましくは180ppm未満、より好ましくは90ppm未満、さらに好ましくは40ppm未満であることが望ましい。
【0054】
発明者らは、1.5%超の%Vが焼入性にマイナスの効果を及ぼす一方で、特に%Niおよび/または%Bが存在するとき、%Vが低いほどフェライト/パーライト形態における焼入性が顕著に向上することに気づいた。著者らは、用途によっては、%Vは0.12超、好ましくは0.22%超、より好ましくは0.42%超、より好ましくは0.52%超、さらに好ましくは0.82%超であることが望ましいことを発見した。
【0055】
本発明における%W、%Mo、%Cの含有量のバランスをとる好適な方法の1つは、以下の合金規則に準拠する。
【0056】
%Ceq=0.4+(%Moeq(real)-4)×0.04173
ただし、Moeq(real)=%Mo+(AMo/AW)×%W。
ここで、
AMo-モリブデン原子質量(95.94u)、
AW-タングステン原子質量(183.84u)、
式がパラメータK=(%Ceq/0.4+(%Moeq(real)-4)・0.04173)で正規化される場合、%Mo<4bであるとき、K<0であることが望ましい。
【0057】
表1に示すように、%Bの効果は、%Niと%Vの存在によって明らかに影響を受ける。よって、本発明の鋼で所望される量は、%Niと%Vの存在と量に左右される。
【0058】
著者らは、%Niと組み合わせて、あるいは%Niの代わりに使用することができ、フェライト/パーライト領域における焼入性に大きく、または少なくともいくらか貢献する他の元素があることを発見した。最も有効な元素が%Cuと%Mn、より少ない程度で%Siである。%Cuは、特定の環境に対して大気抵抗を上昇させるという利点を備えるが、過剰な量存在する場合は、靱性に悪影響を及ぼす。%Niおよび%Cuの効果は、本発明の鋼では累積するようだが、両方が十分な量存在する場合%Niおよび%Mnには当てはまらない。用途によっては、%Cuは、0.05%超、好ましくは0.12%超、より好ましくは0.54%超、さらに好ましくは0.78%超であることが望ましい。場合によっては、1%超、好ましくは2.7%超、より好ましくは7.01%超、さらに好ましくは5%超であることが好ましい。いくつかの好適な実施形態の場合、%Cu+%Niは、0.1%超、好ましくは0.34%超、より好ましくは0.47%超、さらに好ましくは0.6%超であることが好ましい。
【0059】
著者らは、特定用途と非常に関連性が高いもう1つの驚くべき事実に気づいた。というのは、%Bと%Niの組み合わせが焼入性に及ぼす効果を保持しつつ、小量のNbおよび/またはZrが熱的および機械的特性の向上を助けることである。%Nb単独の存在が好ましい用途もあれば、%Zr単独の存在が好ましい用途もある。これに関しては、1ppm以上、好ましくは2ppm超、より好ましくは4ppm超、さらに好ましくは12ppm超であることが望ましい。それらの元素が大量に使用される場合、マイナスの効果を及ぼす可能性があり、妥協を要する両者間のバランスが失われる。次に、%Nbおよび/または%Zrは、105ppm未満、好ましくは64ppm未満、より好ましくは30ppm未満、さらに好ましくは16ppm未満を維持することが望ましい。
【0060】
熱伝達率を向上させるべきだが、特定用途のために%Crが高く%Cが0.2%wt~0.8%wtでなければならない場合、この点で%Zrが役立つ。このような場合、大抵、%Crは、2.4%以上、好ましくは3.7%以上、より好ましくは4.6%以上、さ
らに好ましくは5.7%以上が望ましい。熱伝達率の高値を得るため、%Zrは0.1%超、好ましくは0.87%超、より好ましくは1.43%超、さらに好ましくは2.23%超存在することが望ましい場合が多い。
【0061】
著者らは、本発明につながる驚くべき観察結果を多数得たが、おそらく最も意外な結果は、微量な元素の存在が、特定の熱処理で達成可能なベイナイト微細構造の形態に大きな影響を及ぼすことである。よって、正確なレベルの%B、さらに%Ni(一部または全部を%Cuおよび%Mnで置き換えることができる)を存在させることで、強靱なベイナイト微細構造、さらには、粒径が非常に精細であるときでも強靱である高温ベイナイト微細構造を導くことができる。以下の段落では、この驚くべき観察結果について詳述する。
【0062】
著者らは、達成可能なベイナイト微細構造に顕著な効果を及ぼすため、%Bは、フェライト/パーライト領域における焼入性の向上に必要な含有率よりもやや高い含有率で存在しなければならないことに気づいた。国際公開第2013/167580A1号に記載されるような熱処理に関しては、発明者らは、この特定の効果を得るため、56ppm超、好ましくは62ppm以上、好ましくは83ppm以上、より好ましくは94ppm以上、さらには112ppm以上の%Bが必要であり、正確な最低含有率は具体的な化学的組成および選択した熱処理に左右されることに気づいた。さらに、著者らは、用途によっては、ベイナイト微細構造に及ぼされるプラスの効果が、ホウ化物形成元素の可用性に応じて、ホウ化物の沈殿によって無効にされることを発見した。概して、靱性が耐摩耗性よりも重要な用途では、%Bを390ppm未満、好ましくは285ppm未満、より好ましくは145ppm未満、さらには98ppm未満に保つことが望ましい。上述した限定は一般的に適用することができるが、発明者らは、状況によっては、他の限定の方が都合がよい場合のあることを発見した。全般的な限定あるいは特定的な限定のいずれを適用するかは、最適化すべき具体的な用途による。第1のセットの特定的な限定は、合金に%Niが存在するときに発生する。著者らは、%Niが、高温ベイナイトの形態だけでなく%Bの役割に影響を及ぼし得ることを発見した。つまり、用途によっては、%Niが存在するとき、ベイナイト形態に最適化効果を及ぼすため、WO2013167580A1に記載の熱処理が適用される場合は、%Bを82ppm超、好ましくは92ppm超、より好ましくは380ppm超、さらに好ましくは560ppm超でありながら、35000ppm未満、好ましくは1400ppm未満、より好ましくは740ppm未満、より好ましくは520ppm未満、さらに好ましくは440ppm未満に維持すべきである。
【0063】
前の段落で述べたように、%Ni単独でも、ベイナイトの形態にプラスの効果を及ぼし、所与の粒径で優れた靱性を発揮させることができる。この効果を追求する際、%Niは0.1%超、好ましくは0.22%超、より好ましくは0.35%超、さらに好ましくは0.48%超であることが推奨される。
【0064】
他の特定の用途で性能を向上させるため、他の組成規則もいくつか考慮に入れることができる。たとえば、耐摩耗性に関しては、Hfおよび/またはZrの存在がプラスの効果を及ぼす。耐摩耗性を大幅に高めなければならない場合、TaやNbなどの格子歪みがほとんどない他の強力な炭化物構成元素も使用することができる。次に、Zr+%Hf+%Nb+%Taは0.12%超、好ましくは0.35%超、より好ましくは0.41%超、さらに好ましくは1.2%超とすべきである。また、%Vは、非常に微細なコロニーを形成する傾向があるが、上記のように他の炭化物構成元素よりも熱伝達率への影響が大きい良好な炭化物構成元素である。次に、熱伝達率は高くあるべきだが、超高耐摩耗性および靱性を要求しない用途では、0.09%超、好ましくは0.18%超、より好ましくは0.28%超、さらに好ましくは0.41%超の含有率で使用される。実際には、本発明では、中程度の量の%Vが使用され、存在する強靱な炭化物構成元素(好ましくはZrおよび/またはHf)とのバランスが取れている場合に大きな効果を発揮することを観察した
。%Vの量は、一次炭化物をほぼ形成せず(明らかに、Ceqおよび他の炭化物の存在に左右される。Ceqの含有率を高めるには、一次炭化物の存在または該炭化物内の大量の溶解を避けるために、Vのパーセンテージを最大0.8、さらには0.5または0.4まで低減する必要がある)、かつ、特に強力な炭化物形成元素と同時に使用される場合に炭化物(Fe、Mo、W)内の溶解をほぼ生じさせずに、最大0.9とすることができる、また、マトリックスから多くの炭素を置換させる結果、熱伝達率全体に恩恵がもたらされる(この場合、恩恵は0.1超の%Hf+%Zr+%Taで顕著であり、存在する%Ceqと%Vの量に応じて0.4または0.6を超過する場合に極めて大きい)ことが分かった。実際には、そのパーセンテージのZr、Hf、Taは、炭化物(Fe、Mo、W)のみを含む鋼と比べて、耐摩耗性を大幅に向上させる傾向があるために、上記の組み合わせはVのパーセンテージにとって非常に望ましい。同じことが%Nbにも適用される。その効果は、%V=0.1のときに顕著となり、%Ceqレベルによっては%V=0.3または0.5でも顕著である。
【0065】
炭化物形成元素の含有率を上昇させる際、それらの元素と組み合わせるため、%Cも増加させなければならない。耐摩耗性の向上を必要とする用途では、%Cは0.38%超、より好ましくは0.4%超、さらに好ましくは0.51%超であることが望ましい。元素の組み合わせは、低%W含有率で優れた耐摩耗性を提供し、今までこれは予想外であった。
【0066】
周知されるとおり、%C含有率は、M=539~423・%Cにより、マルテンサイト変態開始温度(以下Msと称する)を低下させるという強力な効果を有する。よって、%Cの高い値は、上述する高耐摩耗性用途にとって望ましい、および/または微細ベイナイトが望まれる用途にとって有効である。このような場合、Ceqは0.41%超、大抵の場合0.52%超、さらには0.81%超であることが望ましい。
【0067】
著者らが発見したもう1つの驚くべき結果が、本発明に記載するように希土類元素を使用して得られる予期せざる効果である。IUPACが定義するように、希土類元素(以下REEと称する)または希土類金属とは、周期表内の17化学元素の組、具体的には、ラニタニド15元素とスカンジウムとイットリウムである。スカンジウムとイットリウムは、ランタニドと同じ鉱床で見つかる傾向があり、類似の化学的特性を発揮するために希土類元素とみなされる。これまでに既知な15の希土類元素は、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luである。近年、電子光学および航空宇宙産業分野の優れた新装置や要求が厳しい用途において、このような元素の使用が大幅に増えている。冶金学では、希土類元素は、酸素や、溶解工程で固有に存在するその他の不純物のスカベンジャーとして作用することが分かっている。したがって、希土類元素の使用は、このような目的に適すると思われる。特定の所望する最終的特性に応じて、鋼内に存在する包含物の形態を制御できることが非常に有益である。一方では、概して、このような元素は、焼入性にプラスの効果を及ぼさないことも観察された。しかしながら、この事実が正しいにもかかわらず、発明者らは、驚くべきことに、上記元素が正確に他の合金元素と組み合わされる場合、その組み合わせが実際に焼入性に好影響を及ぼすことを発見した。
【0068】
REEの量は注意深く選択しなければならない。発明者らは、量が少なすぎれば、どんな目立つ特性も差をつけることができず、逆に多すぎれば逆効果となり得ることを発見した。したがって、概して、全REEの合計は7ppm、好ましくは12ppm超、好ましくは55ppm超、より好ましくは220ppm超、さらに好ましくは330ppm超、さらには430ppmであることが望ましいことが多い。特別な用途の場合、603ppm超であることが好ましいかもしれない。一方、他の用途の場合、RREの0.6%wt未満、好ましくは0.3%wt未満、より好ましくは0.1%wt未満、さらに好ましく
は600ppm未満であることが望ましい。特別な用途では、350ppm未満、さらに90ppm未満であることが好ましい。REEをさらに大量に、たとえば1%wt超、好ましくは1.5%wt超、より好ましくは1.8%wt超含むことから恩恵を得られる特性がいくつかある。用途によっては、2%wt超であり、特別な場合には、さらに3.4%wt超であることが望ましいことがある。
【0069】
既存のRREすべての中で、発明者らは、このような目的で最も魅力的な元素は、純粋な形状または酸化物の形状のCe、La、Sm、Y、Ne、Geである。%Laの場合、用途によっては、4ppm以上、好ましくは10ppm超、より好ましくは23ppm超、さらに好ましくは100ppms超であることが望ましい。他の用途の場合、発明者らは、0.1%wt以上、好ましくは0.5%wt超、より好ましくは0.9%wt超、さらに好ましくは1%超であることが望ましいことを発見した。特別な場合、さらに大量に、たとえば1.5%wt超、2%wt超、さらには4.5%wt超であることが望ましい。%Laが唯一のREEとして使用されず、他のREEと組み合わされる場合、%LaがREE総量の30%以上、好ましくはREE総量の45%超、より好ましくはREE総量の67%超、さらに好ましくはREE総量の80%超を占めることが望ましい。場合によっては、%LaがREE総量の91%超を占め、残りが微量元素であることが望ましい。
【0070】
%Ceの場合、用途によっては、5ppm以上、好ましくは15ppm超、より好ましくは53ppm超、さらに好ましくは150ppm超であることが望ましい。用途によっては、発明者らは、0.09%wt以上、好ましくは0.2%wt超、より好ましくは0.7%wt超、さらに好ましくは0.9%超であることが望ましいことを発見した。特別な場合、さらに多い量、たとえば、1%wt超、1.5%wt超、さらには3%wt超であることが望ましい。%Ceが唯一のREEとして使用されず、他のREEと組み合わされる場合、%CeがREE総量の25%以上、好ましくはREE総量の47%超、より好ましくはREE総量の73%超、さらに好ましくはREE総量の91%超を占めることが望ましい。場合によっては、%CeがREE総量の95%超を占め、残りが微量元素であることが望ましい。REEの合金である、いわゆるCe-ミッシュメタルまたはミッシュメタルと呼ばれるものも幅広く存在する。これは主にCeおよびLaから成る(典型的な組成は約50%のCe、約45%のLa、NdおよびPrの微量元素である)。この合金の使用が好ましい場合、約0.5%wt、好ましくは1.6%超、より好ましくは3.1%超、さらに好ましくは4.5%wt超を使用することが望ましい。
【0071】
%Smの場合、用途によっては、2ppm以上、好ましくは9ppm超、より好ましくは43ppm超、さらに好ましくは90ppms超であることが望ましい。用途によっては、発明者らは、0.02%wt以上、好ましくは0.2%wt超、より好ましくは0.51%wt超、さらに好ましくは0.9%超であることが望ましいのを発見した。特別な場合、さらに多い量、たとえば、1.01%wt超、1.3%wt超、さらには3%wt超であることが望ましい。%Smが唯一のREEとして使用されず、他のREEと組み合わされる場合、%SmがREE総量の10%以上、好ましくはREE総量の15%超、より好ましくはREE総量の22%超、さらに好ましくはREE総量の45%超を占めることが望ましい。場合によっては、%SmがREE総量の53%超を占め、残りが微量元素であることが望ましい。
【0072】
%Yの場合、用途によっては、9ppm超、好ましくは34ppm超、より好ましくは67ppm超、さらに好ましくは200ppm超であることが望ましい。用途によっては、発明者らは、0.12%wt超、好ましくは0.22%wt超、より好ましくは0.9%wt超、さらに好ましくは1%超であることが望ましいことを発見した。特別な場合、たとえば、1.5%wt超、2%wt超、さらには3%wt超などのより多い量であることが望ましい。%Yが唯一のREEとして使用されず、他のREEと組み合わされる場合
、%YがREE総量の30%超、好ましくはREE総量の45%超、より好ましくはREE総量の67%超、さらに好ましくはREE総量の80%超を占めることが望ましい。場合によっては、%YがREE総量の91%超を占め、残りが微量元素であることが望ましい。
【0073】
%Gdの場合、用途によっては、2ppm超、好ましくは27ppm超、より好ましくは53ppm超、さらに好ましくは98ppms超であることが望ましい。用途によっては、発明者らは、0.01%wt超、好ましくは0.1%wt超、より好ましくは0.29%wt超、さらに好ましくは0.88%超であることが望ましいことを発見した。特別な場合、より多い量、たとえば、0.9%wt超、1.7%wt超、さらには3%wtであることが望ましい。%Gdが唯一のREEとして使用されず、他のREEと組み合わされる場合、%GdがREE総量の14%超、好ましくはREE総量の26%超、より好ましくはREE総量の37%超、さらに好ましくはREE総量の45%超を占めることが望ましい。場合によっては、%GdがREE総量の69%超を占め、残りが微量元素であることが望ましい。
【0074】
%Ndの場合、用途によっては、16ppm以上、好ましくは38ppm超、より好ましくは98ppm超、さらに好ましくは167ppm超であることが望ましい。用途によっては、発明者らは、0.04%wt以上、好ましくは0.14%wt超、より好ましくは0.48%wt超、さらに好ましくは1.34%超であることが望ましいことを発見した。特別な場合、たとえば、1.5%wt超、2%wt超、さらには3%wt超などのより多い量であることが望ましい。%Ndが唯一のREEとして使用されず、他のREEと組み合わされる場合、%NdがREE総量の35%以上、好ましくはREE総量の49%超、より好ましくはREE総量の71%超、さらに好ましくはREE総量の83%超を占めることが望ましい。場合によっては、%NdがREE総量の93%超を占め、残りが微量元素であることが望ましい。
【0075】
線形熱膨張係数に関しては、発明者らは驚くべきことに、特定のREEが特に低温でプラスの効果を及ぼすことを発見した。熱膨張係数を最小化すべき場合、%Ndは、最小含有率100ppm、好ましくは243ppm超、より好ましくは350ppm超、さらに好ましくは520ppm超存在することが望ましい。このため、%Wも置き換えることができる。
【0076】
上述したように、発明者らが発見した最も驚くべき観察結果の1つは、REEが他の元素と組み合わされるとき、最終的な特性に予期せざる影響を及ぼすという事実である。したがって、REEが存在するとき、いくつかの事項を考慮に入れるべきである。たとえば、%Moの場合、含有率は2.5%超、好ましくは3.5%超、より好ましくは4.6%超、さらに好ましくは6.7%超であることが好ましいことが多い。一方、求められる特性に応じて、%Moは2.6%未満、好ましくは1.5%未満、より好ましくは0.5%未満またはさらに0.2%未満であることが望ましい。場合によっては、全く存在さえしない。%Wの場合、含有率は1.21%超、好ましくは2.3%超、より好ましくは2.7%超、さらに好ましくは3.1%超であることが望ましい。一方、求められる特性に応じて、%Wは1.6%未満、好ましくは0.9%未満、より好ましくは0.43%未満またはさらに0.11%未満であることが望ましい。場合によっては、全く存在さえしない。%Moeqの場合、含有率は2.0%超、好ましくは3.7%超、より好ましくは5.3%超、さらに好ましくは6.7%超であることが望ましい。一方、求められる特性に応じて、%Moeqは2.3%未満、好ましくは1.97%未満、より好ましくは0.67%未満またはさらに0.31%未満であることが望ましい。%Ceqの場合、含有率は0.18%超、好ましくは0.28%超、より好ましくは0.34%、さらに好ましくは0.39%超であることが望ましい。一方、求められる特性に応じて、%Ceqは時に、0
.60%未満、好ましくは0.56%未満、より好ましくは0.48%未満またはさらに0.43%未満であることが望ましい。%Niの場合、含有率は、0.1%超、好ましくは0.5%超、より好ましくは1.3%超、さらに好ましくは2.9%超であることが大抵望ましい。一方、求められる特性に応じて、%Niは、4%未満、好ましくは3.8%未満、より好ましくは3.01%未満またはさらに2.8%未満であることが大抵望ましい。場合によっては、全く存在さえしない。%Bの場合、含有率が、3ppm超、好ましくは14ppm超、より好ましくは50ppm超、さらに好ましくは150ppm%超であることが大抵望ましい。一方、求められる特性に応じて、%Bは、1.64%未満、好ましくは0.4%未満、より好ましくは0.1%未満またはさらに0.02%未満であることが大抵望ましい。場合によっては、全く存在さえしない。%Crの場合、2.9%未満、好ましくは1.7%未満、より好ましくは0.8%未満またはさらに0.3%未満であることが大抵望ましい。精密な用途の場合、0.1%未満であるか、全く存在さえしない。一方、求められる特性に応じて、%Crは、2.8%超、好ましくは3.7%超、より好ましくは5.7%超、さらに好ましくは9.7%超であることが大抵望ましい。%Vの場合、含有率は、0.2%超、好ましくは0.5%超、より好ましくは1.1%超、さらに好ましくは2.04%超であることが大抵望ましい。一方、求められる特性に応じて、%Vは、12%未満、好ましくは8.7%未満、より好ましくは6.4%未満またはさらに4.3%未満であることが大抵望ましい。場合によっては、全く存在さえしない。%Zrの場合、含有率は、0.03%超、好ましくは0.2%超、より好ましくは0.8%超、さらに好ましくは0.99%超であることが大抵望ましい。一方、求められる特性に応じて、%Zrは、3%未満、好ましくは2.4%未満、より好ましくは1.7%未満またはさらに1.2%未満であることが大抵望ましい。場合によっては、全く存在さえしない。
【0077】
用途によっては、%Moは、0.98%wt超、好ましくは1.2%wt超、より好ましくは1.34%wt超、さらに好ましくは1.57%wt超であることが大抵望ましいことが観察された。%Crの場合、5.2%wt未満、好ましくは4.8%未満、より好ましくは4.2%wt未満、さらに好ましくは3.95%wt未満であることが大抵望ましい。他の場合、%Crはさらに低く、2.8%wt未満、好ましくは2.69%wt未満、より好ましくは1.8%wy未満、さらに好ましくは1.76%wt未満であることが望ましい。特定の場合、低%Crと高%Moが共存することが望ましい。他のいくつかの用途では、著者らが観察したように、%Crは中程度、すなわち、0.4%wt超、好ましくは2.2%wt超、より好ましくは3.2%wt超、さらに好ましくは4.2%wt超であることが望ましい。以下の本発明の指示に従い、%Zrに特に注意を払えば、高レベルの熱伝達率を達成することができる。%Zrは、0.4%wt超、好ましくは0.8%wt超、より好ましくは1.2%wt超、さらに好ましくは1.6%wt超であることが望ましい。用途によっては、%Crはあまり高くすべきではないと考えられ、%Crが高いと、用途にとって不都合となる一次炭化物が形成されがちである。このような場合、%Crは、8.6%未満、好ましくは7.7%未満、より好ましくは7.2%wt未満、より好ましくは6.8%wt未満、さらに好ましくは5.8%wt未満であることが望ましい。上記実施形態は、低すぎてはならない特定のC含有率でのみ作用し、すなわち、好適な%Cは0.26%wt超、好ましくは0.32%wt超、より好ましくは0.36%wt超、さらに好ましくは0.42%wt超である。この用途では、著者らは、Nb、Hfを除き、鉄よりも強靱な炭化物構成元素は避けるべきであり、%Ta+%Tiの合計は1.6%wt未満、好ましくは0.8%wt未満、より好ましくは0.4%wt未満、さらに好ましくは0.18%wt未満とすべきであることを発見した。
【0078】
さらに、著者らは、%Bが3ppm超、好ましくは12ppm超、より好ましくは60ppm超、さらに好ましくは100ppm超の量で存在する場合、超過の%Coは用途によっては不利益であることを観察した。次に、%Coは、9%wt未満、好ましくは7%
wt未満、より好ましくは5%wt未満、さらに好ましくは3%wt未満であることが望ましい。
【0079】
著者らは、用途によっては、%Zrは0.01%wt未満であるが、0.1%wt未満、好ましくは0.12%wt未満、より好ましくは0.08%wt未満、さらに好ましくは0.06%wt未満であることが望ましいことを発見した。このレベルの%Zrを有する場合、%Cが低すぎない、すなわち、0.26%wt超、好ましくは0.32%wt超、より好ましくは0.36%wt超、さらに好ましくは0.42%wt超であることが特に興味深い。用途によっては、%Coが際だって高くない、すなわち、6%wt未満、好ましくは4.8%wt未満、より好ましくは2.8%wt未満、さらに好ましくは1.8%wt未満であることが興味深い。用途によっては、%Bが6%wt超、好ましくは17%wt超、より好ましくは52%超、さらに好ましくは222ppm超存在し、REEが60ppm超、好ましくは120ppm超、さらに好ましくは220ppm超存在し、%Crが2.8%wt超、好ましくは3.8%wt超、さらに好ましくは4.8%wt超と高い場合、%Mnが1.2%未満、好ましくは0.8%wt未満、より好ましくは0.4%wt未満と低いことが好ましい。
【0080】
本発明の別の好適な実施形態によると、鋼、特に高熱伝達率および高耐摩耗性の鋼は以下の組成を有することができ、すべてのパーセントは重量パーセントで表す。
【0081】
%Ceq=0.15~2.0、 %C=0.15~0.9、 %N=0~0.6、 %B=0~2、
%Cr=0~11.0、 %Ni=0~12、 %Si=0~2.4、 %Mn=0~3、
%Al=0~2.5、 %Mo=0~10、 %W=0~6、 %Ti=0~2、
%Ta=0~3、 %Zr=0~3、 %Hf=0~3、 %V=0~12、
%Nb=0~3、 %Cu=0~2、 %Co=0~12、 %Lu=0~2、
%La=0~2、 %Ce=0~2、 %Nd=0~2、 %Gd=0~2、
%Sm=0~2、 %Y=0~2、 %Pr=0~2、 %Sc=0~2、
%Pm=0~2、 %Eu=0~2、 %Tb=0~2、 %Dy=0~2、
%Ho=0~2、 %Er=0~2、 %Tm=0~2、 %Yb=0~2、であり、
残りは、鉄と微量元素からなり、
%Ceq=%C+0.86×%N+1.2×%B、
%Mo+1/2・%Wを特徴とする。
【0082】
上述の鋼は、特に高レベルの耐摩耗性が望ましいとき、高熱伝達率を有する鋼を要する用途にとって特に興味深い。
【0083】
熱処理と、どのように熱処理を適用するかも非常に重要である。本発明の多くの用途の場合、好適な微細構造は、主に50%vol%超、好ましくは65%vol%、より好ましくは76%vol%、さらに好ましくは92%vol%超のベイナイトである。というのは、ベイナイトは通常、大断面を得やすい種類の微細構造であり、適切な焼戻しに際して、最も高い二次的硬度差を発揮する微細構造だからである。本特許の意味するところにおいて、ベイナイトは、マルテンサイト、フェライト、残留オーステナイト、またはトルースタイト、ソルバイトなどのその他の非平衡微細構造以外の熱処理後に得られる微細構造であり、好ましくは700℃未満だがM+50℃超、より好ましくは650℃未満だがM+55℃超、さらに好ましくは600℃未満だがM+60℃超の熱処理後で形成され、TTT温度-時間-変態図において観察され、次に、鋼組成に依存する。大抵の場合、高温ベイナイトは主に上部ベイナイトであり、上部ベイナイトは、TTT温度-時間-変態図で観察され、鋼組成に依存するベイナイト領域内の高温範囲で形成される粗ベイ
ナイト微細構造を指す。同じことが、下部ベイナイトとして知られる低温ベイナイトにも適用され、下部ベイナイトは、TTT温度-時間-変態図で観察され、ひいては鋼組成に依存するベイナイト領域内の低温領域で形成される微細ベイナイト微細構造を指す。
【0084】
本発明の鋼が国際公開第2013/167580A1号に記載の特定の熱処理を経る場合、%C含有率のため、Ms温度が539~423・%C摂氏に低下させられるという事実と併せて、強靱なベイナイト構造が達成可能である。これらの処理では、4HRc以上、好ましくは6HRc超、より好ましくは9HRc超、さらに好ましくは12HRc超に硬度を高めることができ、オーステナイト化温度未満の低温で硬化する微細構造が取得できる。この事実は、後述するように、オーステナイト化硬化熱処理での変形が小量であるため、最終的な機械加工の量が大幅に低減されるか、あるいはゼロにすることさえできるという大きな利点を備える。一方、上記処理で硬度を高めることができるため、本発明の鋼を低硬度で搬送し、コストに影響を及ぼさずに粗機械加工を実行することができる(高硬度での機械加工はコストが嵩む)。したがって、大量の機械加工を鋼に施さなければならず、かさ高加工硬度が望ましい場合は、国際公開第2013/167580A1号の熱処理を本発明の鋼に施すことが有益である。最終形状に達するために、鋼ブロックの元の重量の10%超を取り除く必要がある場合に特に有益であり、26%超を取り除く必要がある場合にさらに有益であり、54%超を取り除く必要がある場合に一層有益である。その結果、機械加工に関わる大幅なコスト削減を達成することができる。
【0085】
本発明は、国際公開第2013/167628号に記載される熱処理を適用する際に有効であり、熱処理の後に、望ましくは500℃超、好ましくは550℃、より好ましくは600℃超、さらに好ましくは620℃超の少なくとも1回の焼戻しサイクルを実行することができる。大抵の場合、2回以上のサイクルが望ましく、より好ましくは、合金セメンタイトを分離して、固溶体内にセメンタイトを溶解し、鉄よりも強靱な炭化物構成元素を分離する2回以上のサイクルが望ましい。
【0086】
あるいは、高温での靱性を必要とする用途では、十分な合金成分の存在と、大半のFe3Cを他の炭化物と置き換えて、粗ベイナイトでも高靱性を実現するという適切な焼戻し戦略で課題を解決することができる。ベイナイトの形成に際して、鋼は500℃超の温度で少なくとも1回の焼戻しサイクルにより焼き戻しされて、セメンタイトの相当量部分が、鉄よりも強靱な炭化物構成元素を含む炭化物様構造によって置き換えられるように確保する。また、AlやSiなどの核形成を推進する元素の追加によって粗Fe3Cおよび/または粒界上での粗Fe3Cの沈殿を回避するなど、場合によっては従来の方法を利用することができる。
【0087】
本発明の方法の別の実施形態では、ベイナイト変態の少なくとも70%が400℃未満の温度で実行される、および/または熱処理が500℃超の温度での少なくとも1回の焼戻しサイクルを含み、強靱な炭化物構成元素炭化物の分離を確保することで、一次炭化物の最終的な存在を例外として、得られた微細構造の大半が粗二次炭化物の最小化によって特徴付けられる。特に、二次炭化物の体積の少なくとも60%が250nm以下のサイズを有するために、10 J CVN以上の靱性が得られる。
【0088】
本発明の方法の別の実施形態では、組成および焼戻し戦略は、600℃以上の温度で2時間材料を保持した後でも47HRc超の硬度が得られるように、高温分離二次炭化物型、たとえばM4C3、M6CやM2CのMC型、MC様型が形成されるべく選択される。
【0089】
本発明の鋼は、上述の熱機械的工程後に国際公開第2013/167580A1号の熱処理を施すことで、超高熱伝達率と併せて高靱性を得ることができることが特に興味深い。切欠き感度の意味するところにおいて、5J CVN超、より好ましくは10J CV
N超、さらに好ましくは15J CVN超を達成することができる。特に良好に本発明を実行すると、20J CVN超、さらに31J CVN超の破壊靱性が可能である。
【0090】
本発明の鋼は、表面硬化処理を施すのに特に適する。中でも窒化処理(プラズマ、ガス・・・)や炭素窒化処理などの拡散工程は薄層厚に適する。溶射技術も適する(プラズマ、HVOF、低温噴射など)。本発明の鋼は、鋼がその用途に合わせて堅い表面を必要とし、窒化または被覆ステップを上述の硬化ステップと一致させるときに特に有益である。
【0091】
他の場合、最終的な生産コストは、考慮すべき最も重要な点である。上述したように、機械加工ステップが低硬度、通常は45HRc未満、好ましくは42HRc未満、より好ましくは40HRc未満、さらに好ましくは38HRc未満で実行されるため、低温硬化処理は生産コストを大幅に削減する。また、上述の処理は断面に左右されず、工具の全断面にわたって特性を一定に保つことが必要な大型の型にとって大きな利点となる。組成の観点から、HfまたはWなどの高価な合金元素を使用しないことが望ましい用途では、このような元素は0.5%Hf未満、好ましくは0.2%Hf未満、より好ましくは0.09%未満である、および用途によっては%Hfを含まないことが推奨される。Wの価格上昇に応じて、高伝導率および高強度で高合金含有量を要求する用途では、%Moは4.5%超、より好ましくは4.8%超、さらに好ましくは5.8%超であることが望ましい。このような場合、%W含有率は、好ましくは3%W未満、より好ましくは1.5%W未満に低下させる、用途によっては%Wがゼロであることも望ましい。用途によっては、Ceqは0.15%超、好ましくは0.18%超、より好ましくは0.22%超、さらに好ましくは0.26%超であることが望ましい。他の場合によっては、Ceqは、0.68%未満、好ましくは0.54%未満、より好ましくは0.48%未満、さらに好ましくは0.32%未満であることが望ましい。用途によっては、Cは、0.15%超、好ましくは0.14%超、より好ましくは0.24%超、さらに好ましくは0.28%超であることが望ましい。他の場合によっては、Cは、0.72%未満、好ましくは0.58%未満、より好ましくは0.42%未満、さらに好ましくは0.38%未満であることが望ましい。用途によっては、Moeqは、1.5%超、好ましくは1.8%超、より好ましくは2.2%超、さらに好ましくは2.8%超であることが望ましい。他の場合によっては、Moeqは、5.2%未満、好ましくは4.2%未満、より好ましくは3.6%未満、さらに好ましくは2.8%未満であることが望ましい。用途によっては、Moは、1.5%超、好ましくは2.1%超、より好ましくは2.9%超、さらに好ましくは3.2%超であることが望ましい。他の場合によっては、Moは、5.4%未満、好ましくは4.8%未満、より好ましくは3.2%未満、さらに好ましくは2.5%未満であることが望ましい。
【0092】
本発明の目的は、プラスチック注入成形などのように低コストを要求する用途に適する大断面用の高熱伝達率および超高熱伝達率、高靱性、高微細構造均一性を備える鋼を実現することである。このような場合、本発明を利用すると、コストを非常に大幅に削減することができる。
【0093】
本発明の別の好適な実施形態によると、鋼、特に高熱伝達率および高耐摩耗性の鋼は以下の組成を有することができ、すべてのパーセントは重量パーセントで表す。
【0094】
%Ceq=0.15~2.0、 %C=0.15~0.9、 %N=0~0.6、 %B=0~1、
%Cr=0~11.0、 %Ni=0~12、 %Si=0~2.5、 %Mn=0~3、
%Al=0~2.5、 %Mo=0~10、 %W=0~10、 %Ti=0~2、
%Ta=0~3、 %Zr=0~3、 %Hf=0~3、 %V=0~12、
%Nb=0~3、 %Cu=0~2、 %Co=0~12、 %Lu=0~2、
%La=0~2、 %Ce=0~2、 %Nd=0~2、 %Gd=0~2、
%Sm=0~2、 %Y=0~2、 %Pr=0~2、 %Sc=0~2、
%Pm=0~2、 %Eu=0~2、 %Tb=0~2、 %Dy=0~2、
%Ho=0~2、 %Er=0~2、 %Tm=0~2、 %Yb=0~2、
残りは、鉄と微量元素からなり、
%Ceq=%C+0.86×%N+1.2×%B、
%Mo+1/2・%Wを特徴とする。
【0095】
上述の鋼は、生産コストを可能な限り低く維持しながら、高熱伝達率の鋼を必要とする鋼にとって特に興味深い。
【0096】
本発明の工具鋼は、どんな冶金工程でも製造することができ、中でも一般的な工程が、砂型鋳造、ロストワックス鋳造、連続鋳造、電気炉溶融、真空誘導溶融などである。また、粉末冶金工程は、たとえばHIP、CIP、低温または高温圧縮、焼結(液相有りまたは無し)、溶射被覆または熱被覆など、あらゆる種類の微粒子化およびその後の成形と共に使用することができる。合金は、所望の形状で直接取得することができる、あるいは他の冶金工程によって改良することができる。ESR、AOD、VARなどの精製冶金工程も適用することができる。鍛造または圧延は、靱性の向上、さらにはブロックの三次元鍛造のために頻繁に使用される。本発明の工具鋼は、はんだ合金として使用されるバー、ワイヤ、または粉末の形状で実現することができる。さらに、低コスト合金鋼マトリックスを製造することができ、本発明の鋼製のロッドまたはワイヤを溶接することによって、マトリックスの重要部分に本発明の鋼を適用することができる。また、本発明の鋼製の粉末またはワイヤを使用して、レーザプラズマまたは電子ビーム溶着を実行することができる。また、本発明の鋼を溶射技術を用いて使用して、別の材料の表面の一部に適用することができる。自明なことに、本発明の鋼は別相として埋めこまれるときなど、複合材料の一部として使用することができる、あるいは多相材料の相のうちの1つとして取得することができる。また、どんな混合方法であれ(たとえば、機械的混合、磨砕、材料が異なる2つ以上のホッパーでの射出など)、他の相または粒子が埋めこまれるマトリックスとして使用されるときもある。
【0097】
本発明は、箔押し工具用途の鋼を取得するのに特に適する。本発明の鋼は、プラスチック注入工具に使用されるときに特に良好に機能する。また、ダイカスト用途の工具としても適する。本文書の鋼が関連するもう1つの分野が、シートまたはその他の研磨構成材の延伸および切断である。医療、食物、薬学工具用途でも、本発明の鋼は特に魅力的である。
【実施例
【0098】

【表1】
【0099】
【表2】
【0100】
【表3】
【0101】
【表4】
【0102】
【表5】
【0103】
【表6】
【0104】
【表7】
【0105】
オーステナイト化温度が1040℃~1120℃であることを考慮すると、vはフェライト変態がk/sで発生する冷却速度である。
【0106】
【表8】
図1