(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-12
(45)【発行日】2022-05-20
(54)【発明の名称】封止可能な熱サイクル用微少流体チップ
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220513BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20220513BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20220513BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12Q1/68
G01N33/50 P
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2018017975
(22)【出願日】2018-02-05
【審査請求日】2021-01-25
(32)【優先日】2017-02-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】591003013
【氏名又は名称】エフ.ホフマン-ラ ロシュ アーゲー
【氏名又は名称原語表記】F. HOFFMANN-LA ROCHE AKTIENGESELLSCHAFT
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【氏名又は名称】中西 基晴
(72)【発明者】
【氏名】ミハエル・グラウザー
(72)【発明者】
【氏名】ダニエル・ミュラー
(72)【発明者】
【氏名】ミハエル・ツェダー
(72)【発明者】
【氏名】ウタ・シャフナー
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0251701(US,A1)
【文献】国際公開第03/035909(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12Q 1/68
G01N 33/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的核酸を含むと思われる水性試料(10)を温熱培養するための方法であって、
a.上部プレート(3)と下部プレート(4)との間の流路(2)を備える微少流体チップ(1)を提供するステップであって、ここで前記流路(2)は、前記上部プレート(3)および/または前記下部プレート(4)の内壁上の複数の反応区画(5)と流体接続されるものである;
b.前記水性試料(10)を、入口ポート(6)を介して前記微少流体チップ(1)の前記流路(2)内に注入するステップであって、それにより前記水性試料(10)を、前記複数の反応区画(5)に分配するステップ;
c.置換流体(20)を、前記入口ポート(6)を介して前記微少流体チップ(1)の前記流路(2)内に注入するステップであって、それにより前記水性試料(10)を前記流路(2)から押し出し、前記個々の反応区画(5)内部で前記水性試料(10)画分を互いに流体的に分離するステップ;
d.室温より高い融点を有する封止剤(30)を前記微少流体チップ(1)の前記入口ポート(6)に液体状態で適用し、次にそれが、前記入口ポート(6)を封止するように、その融点より低い温度で凝固することを可能にするステップ;
e.前記反応区画(5)内部に前記水性試料(10)画分を収容する前記封止された微少流体チップ(1)を温熱培養ステーション(43)へ移送するステップ;および、
f.前記微少流体チップ(1)を一連の加熱ステップ下に置くステップであって、ここで1つまたは複数のステップで、前記封止剤(30)の
溶融温度が超過され、その結果前記封止剤(30)が溶融し、それにより前記入口ポート(6)を介したガス交換および圧力平衡を可能にする、ステップ;
を備え、
前記水性試料(10)、前記置換流体(20)、および前記封止剤(30)は、互いに不混和性であり、前記封止剤(30)は、前記水性試料(10)よりも低い密度を有し、
ここで前記封止剤(30)が、ろうであり、
前記微少流体チップ(1)が、前記入口ポート(6)と同等に取り扱われる、または前記封止剤(30)に関して予備装填される出口ポート(7)をさらに備える、
前記方法。
【請求項2】
高密度から低密度への順番が、水性試料(10)>置換流体(20)>封止剤(30)である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記一連の加熱ステップが、加圧室内で実行される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
ステップaにおける前記微少流体チップ(1)が、前記入口ポート(6)を介した前記流路(2)への前記水性試料(10)または前記置換流体(20)の通過を妨害しないように固体状態で前記入口ポート(6)の内壁に付着される前記封止剤(30)を予備装填される、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
固体状態の前記封止剤(30)は、前記入口ポート(6)の内壁の溝または凸部として形成される注入路(31)によって保持され、前記注入路(31)および前記入口ポート(6)は、流体的に接続される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記水性試料(10)、前記置換流体(20)、および前記封止剤(30)が、充填ステーション(42)で前記流路(2)内に充填され、一方、前記一連の加熱ステップが、前記充填ステーションから離間された温熱培養ステーション(43)で、適用される、請求項1~
5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記一連の加熱ステップが、前記水性試料(10)の前記画分を収容する前記反応区画(5)内部でのポリメラーゼ連鎖反応を促進する、請求項1~
6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
標的核酸を含むと思われる水性試料(10)を温熱培養するための微少流体チップ(1)であって、
上部プレート(3)と下部プレート(4)との間の流路(2)であって、前記流路(2)は、前記上部プレート(3)および/または前記下部プレート(4)の内壁上の複数の反応区画(5)と流体接続される;
前記流路(2)と流体連絡する入口ポート(6);および、
前記水性試料(10)の通過を妨害しないように、固体状態で前記入口ポート(6)の内壁に付着された室温より高い融点を有する固体状態の封止剤(30)であって、前記水性試料(10)と混和せず、それよりも低い密度を有し、
ろうである、前記封止剤(30);
を備え、
さらに、前記流路(2)と流体連絡する出口ポート(7)を備え、前記封止剤(30)は、前記水性試料(10)の通過を妨害しないように、固体状態で前記出口ポート(7)の内壁にさらに付着される、
微少流体チップ(1)。
【請求項9】
前記封止剤(30)が、前記入口ポート(6)の内壁の溝または凸部として形成される注入路(31)によって保持され、前記注入路(31)および前記入口ポート(6)は、流体的に接続される、請求項
8に記載の微少流体チップ(1)。
【請求項10】
前記封止剤(30)は、前記入口ポート(6)内部の開口を囲むように、前記入口ポート(6)の内周に広がる、請求項
8に記載の微少流体チップ(1)。
【請求項11】
標的核酸を含むと思われる水性試料(10)を温熱培養するためのキットであって、
請求項
8~10のいずれか1項に記載の微少流体チップ(1)と、
前記水性試料(10)および前記封止剤(30)の両方と混和しない置換流体(20)とを備える、前記キット。
【請求項12】
標的核酸を含むと思われる水性試料(10)を温熱培養するための分析システムであって、
請求項
11に記載の前記キットと、
前記水性試料(10)、前記置換流体(20)、および液体状態の前記封止剤(30)を、前記微少流体チップ(1)の前記流路(2)内に充填するように構成された充填ステーション(42);および、
前記微少流体チップ(1)を一連の加熱ステップ下に置くように構成された温熱培養ステーション(43)であって、1つまたは複数のステップで、前記封止剤(30)の
溶融温度が超過され、その結果前記封止剤(30)が溶融し、それにより前記入口ポート(6)を介したガス交換および圧力平衡を可能にする、温熱培養ステーション(43);を備える、分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学または生化学分析を実施するための分析システム分野に関する。より詳細には、本発明は、標的核酸を含むと思われる水性試料の温熱培養に使用される微少流体チップの反転可能な封止に関する。
【背景技術】
【0002】
温熱培養は、基礎研究および臨床診断の両方における多数の分析プロセスの前提条件になっている。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)などの方法は、流体試料を特定の一部の反応が誘導される温熱条件下に置くための、精密に規定された一連の加熱工程、または加熱および冷却工程(多くの場合、温熱サイクルと呼ばれる)に依拠する。たとえば、二本鎖DNA(dsDNA)の個々の鎖のほぼ定量的な変性は、通常、90℃を超える温度を必要とする一方で、対応するオリゴヌクレオチドのアニーリングは、多くの場合およそ50℃と60℃の間のかなりの低温で行う。
【0003】
そのような反応は、単一のチューブ、複数の同様の個々のチューブ、またはマルチウェルプレートなどの集合化された配置で実行され得る。マルチウェルプレートは、所与の試料が、単一の作業工程でかなりの数の反応区画に分配され得るため、多くの場合処理能力の向上およびより簡単な作業手順を可能にする。
【0004】
そのようなプレートは、微少流体チップの形式で配置され得、内部流路が、たとえば、流路の内壁に統合されたマイクロウェルなどの複数の反応区画に流体試料を分配することに適用される。
【0005】
そのような微少流体チップの効果的な封止は、個々の反応区画および流路の両方に関して、試料および/または用途の種類により課題となり得る。物理的カバー、蓋、キャップ、接合された/接着された箔または膜、あるいはPDMSまたは接着剤のような液体封止剤などの多様な方法が存在する。
【0006】
1つの手法は、US6,143,496によって提供され、それは、油などの置換流体の流路への添加を開示したが、置換流体により、流路から水性試料を除去し、下方に配置された試料室を被覆する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【0008】
本明細書で説明する第1の態様では、標的核酸を含むと思われる水性試料を温熱培養するための方法を、説明する。
すなわち、複数の反応区画を有する内部流路を備える微少流体チップが、提供される。水性試料が、入口ポートを介して流路内へ、最終的には反応区画内へ導入され、そのステップの後、置換流体が、過剰な水性試料を流路から除去するために添加され、それにより、反応区画内部に新たに作成された試料画分を互いに流体的に分離する。
【0009】
室温を超える溶融温度を有する封止剤は、次に、入口ポートに液状で適用され、そこでは、その融点以下で、ポートを封止するなどのために、凝固が可能になる。
このように準備された微少流体チップは、次に、温熱培養ステーションに移送され、一連の加熱ステップ下に置かれ、このとき封止剤は、再び溶融し、それにより微少流体チップの内側とその外側とのガス交換と圧力平衡を可能にする。
【0010】
水性試料は、封止剤よりも高い密度を有する。
本明細書に開示される別の態様は、複数の反応区画を有する内部流路を備える微少流体チップである。チップは、流路に接続された入口ポートをさらに有し、このとき、入口ポートは、室温より高い融点を有し固体状で内壁に付着される封止剤を備える。封止剤は、溶融され、その後入口ポートを被覆するために再凝固されない限り、入口ポートを通る液流を妨害しないように配置される。
【0011】
さらに、微少流体チップを使用するキットおよび分析システムが、本明細書で説明される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本明細書で説明する微少流体チップ(1)の斜視図である。
【
図2】側断面図での、水性試料および置換流体に関して本明細書で説明する微少流体チップ(1)の充填手順の概略図である。
【
図3】入口ポート(6)内の封止剤適用の3つの異なる実施形態の概略側断面図である。
【
図4】本明細書で説明する分析システム(40)の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書で説明する第1の態様は、標的核酸を含むと思われる水性試料を温熱培養するための方法であり、その方法は、
a.上部プレートと下部プレートとの間の流路を備える微少流体チップを提供するステップであって、ここで流路は、上部プレートおよび/または下部プレートの内壁上の複数の反応区画と流体接続される;
b.水性試料を、入口ポートを介して微少流体チップの流路内に注入するステップであって、それにより水性試料を、複数の反応区画内に分配するステップ;
c.置換流体を、入口ポートを介して微少流体チップの流路内に注入するステップであって、それにより水性試料を流路から押し出し、個々の反応区画内部で水性試料画分を互いに流体的に分離するステップ;
d.室温より高い融点を有する封止剤を微少流体チップの入口ポートに適用するステップであって、次にそれが、入口ポートを封止するように、その融点より低い温度で凝固することを可能にするステップ;
e.反応区画内部に水性試料画分を収容する封止された微少流体チップを温熱培養ステーションへ移送するステップ;および、
f.微少流体チップを一連の加熱ステップ下に置くステップであって、ここで1つまたは複数のステップで、封止剤の溶融温度が超過されてその結果封止剤が溶融し、それにより入口ポートを介したガス交換および圧力平衡を可能にするステップ;を備え、
このとき、水性試料、置換流体、および封止剤は、互いに不混和性であり、封止剤は、水性試料よりも低い密度を有する。
【0014】
本明細書で説明する方法は、当技術分野で従来使用される手法を通じていくつかの利点を付与する。
たとえば、微少流体チップなどのデバイスは、多くの場合、分析システムの個々のユニット間で移送される必要があるので、封止剤は、入口ポートに関して漏洩防止の手段を提供する。置換流体は、それ自体では通常、チップが移動され、傾けられ、落とされる場合に、水性試料を含む流体の損失を回避するためには不十分である。同様に、置換流体は、液体なので、入口ポートを介した最終的に反応区画の試料画分内への汚染物質の侵入は通常、置換流体のみの能力では、実質的に防止できない。
【0015】
キャップまたは箔などの物理的封止の1つの欠点は、それらが、別個に製造され、取り扱われなければならない、付加的な使い捨ての構成要素であり、作業手順のコストおよび複雑性、ならびに使い捨て品のコストを増大させることである。
【0016】
化学的封止解決策もまた、ディスペンサ、シリンジ、UV照射などの複雑な封止用ハードウェアが必要である。その上、接着剤の短い貯蔵寿命も問題である。さらに、高反応性化学薬品は、管材料、バルブ、ノズルなどを詰まらせる傾向があり、このことでも、さらに複雑な器具設計または追加の手作業が必要となる。さらに、多くの液体接着剤は、水性溶液よりも高い密度を示し、それにより水性試料で充填される入口ポートの底部に沈降する傾向があり、このことは、場合によっては望ましいことではない。
【0017】
一方、ここで説明する方法で使用される封止剤は、独立した使い捨ての構成要素を示さず、複雑な封止ハードウェアを必要とせず、または、入口ポートを反転可能に封止するためのその重要な特徴が、室温より高いその融点であるので、分析される試料との化学的干渉のリスクの原因とならない。たとえば、ラジカル開始剤、UV光などの代わりに、昇温のみにより、封止剤は溶融され、反応区画内部の水性試料画分を被覆する置換流体の表面上に、入口ポートを介して塗布され得る。封止剤が、入口ポート内またはさらに流路内部の置換流体および/または水性試料上で浮遊する連続した層を形成した後、温度は、封止剤の溶融温度より低い値へ下げられ得る。その結果、溶融した封止剤は再凝固し、それにより入口ポートと、ひいては、いくつかの実施形態では入口ポートに加えてさらなる開口を有さない、微少流体チップとを封止する。いくつかの実施形態では、本明細書で説明する方法は、通常、20℃と30℃との間、または約25℃などの室温で実施され得る。ステップdの最中のまたはそれに先行した封止剤の溶融は、たとえば、熱風、ペルチェ素子などの加熱要素によって達成され得る。封止剤が再凝固する後続の低温は、たとえば、冷風を使用した通風などの、冷却要素による能動冷却によってもたらされ得る。他の実施形態では、能動冷却の適用なしで周囲温度での培養で十分である。置換流体は通常、溶融した封止剤よりも低温であるので、溶融した封止剤と置換流体との熱交換が、封止剤の再凝固を支援または開始までもさせ得る。
【0018】
適切な封止剤は、実質的に化学的不活性であり、置換流体とも水性試料の構成要素とも反応しない。透明化温度とも呼ばれる溶融温度は、いくつかの実施形態では、約25℃と約90℃との間、または約35℃と約80℃との間、または約45℃と約75℃との間にある。いくつかの実施形態では、封止剤は、およそ55から71℃の溶融温度を有する。いくつかの実施形態では、封止剤は、パラフィンろうなどのろうである。ろうは、具体的には、確定された融点、迅速な溶融および凝固、低密度、低コスト、低毒性、低反応性、化学的不活性、低自己蛍光性、高生体適合性などのいくつかの有益な特性を特色とする。
【0019】
たとえば、US6,143,496は、通過流路にそれを充填した後に固化される硬化性接着剤である置換流体を教示する。たとえばエポキシ樹脂に類似した同様の硬化性化合物は、たしかに漏洩防止をもたらすが、同時に入口ポートを介したガス交換および/または圧力平衡を阻害する。特に、入口ポートが、唯一の開口であり、それを介して流路がチップの周囲と連通する場合、このことが反応区画内部の問題の原因となり得る。たとえば、PCR中に通常適用される昇温状態は、反応区画内部で気泡の形成および/または膨張の原因となり得る。そのような気泡は、多くの場合、蛍光測定などの検出方法の障害となり、または、ある反応区画から隣接した反応区画へ試料の配分を移動させることまでも引き起こす。そのように取得された分析結果または診断結果までも、有効であるとは扱われなくなり、その結果、試験はやり直さなければならず、分析された試料は無駄になる。このことは、臨床試料の場合では、さらなる診断試験を実施するための追加の等価試料を取得することは、多くの場合困難であり、不可能でさえあり得るため、特に懸念される。その上、そのことは、多くの場合、罹患患者にかかる追加の重圧との間に因果関係を示す。
【0020】
ここで説明する方法で、室温より高い融点を有する封止剤を使用することで、温熱培養の1つまたは複数のステップの過程で溶融されることによって、これらの問題が解決される。封止剤が低密度であることで、それが水性試料上で浮遊し続けること、いくつかの実施形態では、液体状態においてでさえも置換流体上で浮遊し続けることが確実にされ、それでありながら同時に、入口ポートを介してガス交換および圧力平衡を可能にする。
【0021】
結果的として、凝固した封止剤は、効果的に汚染および微少流体チップの充填後の入口ポートを介した漏洩のリスクを低減し、加えて、阻害されたガス交換または圧力平衡の欠如によって危険にさらされないチップ内での水性試料画分による温熱培養をさらに確実にする。
【0022】
本明細書で説明する方法のいくつかの実施形態では、高密度から低密度への順番は、水性試料>置換流体>封止剤、である。これらの実施形態では、溶融した封止剤は、置換流体の上を浮遊し、結果として水性試料の上を浮遊する。
【0023】
「水性試料」は、水ベースの任意の流体材料であり、診断分析の対象となり得て、いくつかの実施形態では、生物源に由来する。水性試料はピペットで移され得る。いくつかの実施形態では、上記の水性試料は、人に由来し、いくつかの実施形態では、人の体液に由来する。本発明の実施形態では、流体試料は、人の血液または血漿、尿、唾液、汗、生殖器または口腔または鼻腔用の綿棒、ピペットで移すことができる糞便、あるいは髄液である、またはそれらに由来する。他の実施形態では、液体試料は、人の血液または血漿である。
【0024】
「微少流体チップ」は、種々の材料から製造され得る。たとえば、適切な材料は、たとえば、ガラス、プラスチック、石英、シリコンなどを含む。いくつかの実施形態では、材料は環状オレフィン系重合体(COP)または環状オレフィン系共重合体(COC)である。他の適切な材料は、当業者に知られている。これらの材料はさらに、高い光学的透明性および低レベルの自己蛍光を付与し、このことは、たとえば、多くの場合核酸分析論で使用されるような、光学的検出に有益である。いくつかの実施形態では、微少流体チップ全体が、同一の材料で製造される。他の実施形態では、たとえばマルチウェルプレートの縁部近傍の非透明部分は、操作および保護目的などのためにより堅牢な材料などの異なる材料からなり得る。いくつかの実施形態では、微少流体チップの寸法は、ANSI/SLAS規格に準拠する。これらの規格は、ラボラトリオートメーション・スクリーニング協会(SLAS)によって公開され、URL:http://www.slas.org/resources/information/industry-standards/にて参照可能である。具体的には、底部占有面積の外形寸法は、長さ約127.76mm、および幅85.48mmとして規格化される。
【0025】
本明細書で使用される場合、用語「反応区画」は、本明細書で説明する微少流体チップの流路に連結される部位を表す。反応区画は、側壁、上端部、および閉鎖された下端部を各々有する室または凹部を備え得る、またはそれらであり得る。別法として、または追加の方法として、反応区画は、水性試料に対して、流路壁よりも高い親和性を有する親水性のパターンを備え得、反応区画内での水性試料画分のより効果的な保持をもたらす。いくつかの実施形態では、親水性のパターンは、エレクトレットによって、あるいは外部または内部の電極によって誘導され、より高い表面エネルギーを有する荷電表面、および流路壁よりも高いぬれ性をもたらし得る。凹部の場合、流路壁は、内部は化学的に不活性であり得、その結果、それらは、内部で発生する分析反応の障害とならない。他の実施形態では、それらは、生体分子などの結合分子で被覆され得る。たとえば、標的核酸または他の核酸のいずれかを結合する捕捉分子として振る舞い得る生体分子の例は、DNAまたはLNA(ロックされた核酸)プローブなどの配列特異的核酸捕捉プローブを含む。別の例は、標的核酸のビオチン標識元素と相互作用するストレプトアビジンであり得る。本明細書で説明する微少流体チップは、たとえば円形、六角形などの多角形などの凹部開口にて、たとえば1μmから1mm、または5μmから500μm、または10μmから250μm、または30μmから200μm、または40μmから120μm、または60μmから100μmのマイクロメートル~ミリメートルレンジで測長される直径またはレンチサイズを有する凹部を備え得る。いくつかの実施形態では、凹部は、約80μmの直径またはレンチサイズを有する。
【0026】
本明細書で説明される微少流体チップの個々の凹部の容積に関しては、凹部は、1plから100nl、または5plから50nl、または10plから1nl、または50plから500pl、または75plから250pl、などのピコ~ナノリットルのレンジの容積を有し得る。いくつかの実施形態では、凹部の容積は、約100plである。
【0027】
本明細書で説明されるように、マルチウェルプレートの光学的透明部の凹部の数は、たとえば1,000から1,000,000個の凹部、または5,000から500,000個の凹部、または10,000から250,000個の凹部、または20,000から100,000個の凹部であり得る。いくつかの実施形態では、マルチウェルプレートの凹部の数は、約50,000個であり得る。
【0028】
反応区画は、流路と流体的に連絡し、その結果、流路に入る試料は、反応区画に到達し、それによって保持され得る。流路は、水性試料に対する第1の親和性を有する第1の材料を含む。第1の材料は、毛細管現象、圧力、または他の力のどれによっても、水性試料および置換流体が流路に入ることを可能にする特性を有するべきである。反応区画は、水性試料に対する第2の親和性を有し、第2の親和性は、第1の親和性よりも大きい。第2の親和性は、たとえば化学的、光学的、電子的、または電磁気的な手段によって反応区画に誘導される特性であってもよい。親和性を恒久的に誘導するための例示的な化学的手段は、たとえば、シリコーン表面の一部分をO2プラズマに曝露することであり得、これにより処理された部分に水性試料を保持するために表面の親和性を効果的に変化させる。表面へのイオンの埋設もまた、表面の部位に増大または減少された親和性を恒久的に誘導するために使用され得る。たとえば、試料を保持または排斥する表面における表面電荷が誘導されてその表面の効果的な表面張力が増加するいくつかの実施形態によれば、親和性が一時的に誘導され得る。本明細書で説明する方法のいくつかの実施形態では、親和性の差は、反応区画が、試料の一部分を流路から収集し、その部分を保持することを可能にし、一方、混和しない置換流体が、入口ポートを介して流路に入り、反応区画によって保持される試料を隔離し、保持されない試料を流路から移動させる。
【0029】
置換流体は、水性試料とも、封止剤とも実質的に混和しない。置換流体は、樹脂、単量体、鉱油、シリコーン油、フッ素系油、および水または封止剤と実質的に混和しない他の液体を含み得る。いくつかの実施形態によれば、置換流体は、透明であり、ガラスに近い屈折率を有し、低蛍光性を有しもしくは蛍光性を有さず、および/または低粘性を有してもよい。
【0030】
本明細書で説明する方法のいくつかの実施形態では、置換流体は、油である。
隔離されることになる試料および置換流体は両方、毛細管力の影響下で吸引されることによって、流路内へ導入され得る。加圧式装填技法もまた使用され得るが、置換流体が、圧力下で微少流体チップ内に入れられる場合、圧力は、試料を反応区画から移動させるほど高くてはならない。水性試料かつ/または置換流体を装填する他の手段は、動電学的または静電気装填技法、温度差動、遠心力、真空もしくは吸引装填、磁性流体の磁気引力装填、または電気泳動装填などに使用され、それらを含み得る。
【0031】
ガス交換および圧力平衡を支援するための可能性のある追加方策の中に、外部から微少流体チップにかかる圧力の能動的適用がある。
したがって、本明細書で説明する方法のいくつかの実施形態では、一連の加熱ステップが、加圧室内で実行される。
【0032】
この点に関連して、周囲圧力に比べて、上記の室内部の増大された圧力を維持することは、有効であり得る。加圧室内部の圧力は、1と10barとの間、または1と5barとの間、または1と2barとの間であり得る。いくつかの実施形態では、圧力は、約1.5barである。
【0033】
溶融された封止剤によって可能にされた、入口ポートを介したガス交換および圧力平衡によって、微少流体チップ内部の液体上にそのように加えられる相対的高圧力は、流路および/または反応区画内部のガス含有物が膨張することを防止することにそれが貢献するので、気泡形成のリスクを低減する。
【0034】
さらなる実施形態では、本明細書で説明する方法は、封止剤を入口ポート内に予備装填することによって、さらに簡素化され、支援され得る。有利なことに、封止剤は、入口ポートの内壁に付着され、封止剤が固体状態にある間は、入口ポートを介した液体の通過を妨害しないように、ギャップを十分に広いままにし得る。そのように準備された微少流体チップは、その後、たとえば、その製造場所からそれが使用される試験所まで、移送され得る。たとえば、入口ポートを封止する固体の機械的プラグを使用して販売および配布される微少流体チップとは対照的に、ここで説明する封止剤は、その行先の試験所で、水性試料を微少流体チップ内に充填する前に除去される必要がなく、その後、入口ポートに再適用される(「キャップ除去/再キャップ」)が、チップが、試料および置換流体で適切に装填された後、所定の位置内へ溶融される。さらに、従来のプラグと対照的に、ここで説明する封止剤は、上述の温熱培養中の圧力現象に前面的に適合する。
【0035】
したがって、本明細書で説明する方法のいくつかの実施形態では、ステップaにおける微少流体チップは、入口ポートを介した流路への水性試料または置換流体の通過を妨害しないように固体状態で入口ポートの内壁に付着される封止剤を予備装填される。
【0036】
封止剤の使用は、特に、限定はされないが、入口ポートに封止剤が予備装填されるここで説明する実施形態では、プラグなどの分離部品が、製造され、配布され、最終的に微少流体チップと共に取り扱われる必要がないという、利点をさらに有する。たとえば、微少流体チップを充填する前に予備装着されたプラグを除去し、その後、それを元の入口ポートにまたは内部に配置することは、通常、この方法が手動で実施される方法では特に、増大された相互汚染のリスクを付与する。たとえば、プラグは、たとえば臨床要員によって、意図せずに触れられ得る、または落とされ得る。さらに、従来のプラグは、微少流体チップの別部品であり、そのため、別個に生産されなければならず、それにより、微少流体チップ毎のコストをさらに増大させ得る。財務的な考慮は、微少流体チップが使い捨ての実施形態では、特に重要であり、できるだけ安価にすべきである。
【0037】
本明細書で使用する状況での「使い捨て」は、それが廃棄される前に、ほんの数回、いくつかの実施形態では、1回だけ使用される装置または製品に関する。PCRなどの増幅を含める核酸分析は通常、所望されない核酸配列などの微量の汚染作用物質が、意図せずに増幅され得るので、他の技法よりも汚染の影響をより受けやすい。このような状況では、使い捨ての微少流体チップは、試験間の汚染持ち越しのリスクを低減する。
【0038】
本明細書で説明する方法のいくつかの実施形態では、固体状態の封止剤は、入口ポートの内壁の溝または凸部として形成される注入路によって保持され、このとき、注入路および入口ポートは、流体的に接続される。注入路は、下端部においてまたは両端部において開放であり得て、それにより、注入路を入口ポートに流体的に接続する。言い換えると、封止剤が溶融された後、封止剤は、注入路の開口のうちの1つを通り入口ポート内へ流入し、置換流体上に液体層を形成し、封止剤の融点より低く降温することによって、再凝固し得る。
【0039】
同様の実施形態は、たとえば、入口ポートが、円筒状または円錐形の形状を有し、封止剤が、固体リング状で入口ポートの円形の内壁に予備適用される場合、当業者にとって有用であり得る。そのような実施形態では、溶融した封止剤の適用は、それが入口ポートの開口を囲むので、特に均質であり得て、その全周囲に沿ったその外側限界から置換流体の表面上へ流下し得る。
【0040】
本明細書で説明した状況では、微少流体チップが2つ以上のポートを有する場合、有利であり得る。具体的には、微少流体チップは、いくつかの実施形態では、出口ポートをさらに備える。出口ポートは、有利には、入口ポートからの流路の反対側に配置され得る。したがって、入口ポートおよび出口ポートは、流路を介して流体連絡状態にあり得る。いくつかの実施形態では、水性試料は、そのときの入口ポートを介して流路内へ導入され、流路と流体接続する反応区画を充填し、一方で、過剰な水性試料は、出口ポートを介して流路を退出し、または水性試料によって流路から移動させられた空気は、出口ポートを介して流路を退去し、この場合、出口ポートは、閉じ込められた空気によって発生する圧力増加を防止するガス排出口としてはたらく。微少流体チップが、出口ポートをさらに有する実施形態では、出口ポートは、入口ポートと同等に扱われまたは予備装填される。言い換えると、ステップdでの封止剤は、出口ポートにも適用され、それにより、入口ポートおよび出口ポートは両方、凝固した封止剤で封止される。入口ポートが、固体状態の封止剤で予備装填される実施形態では、出口ポートは、固体状態の封止剤を予備装填されるのと同様であり、いくつかの実施形態では、全く同一の様式である。
【0041】
入口ポートおよび室温より高い溶融温度を有する封止剤に関連して上述した利点は、存在する場合出口ポートにも適用される。たとえば、熱サイクル中、封止剤は、少なくとも1つのステップ中に入口ポートおよび出口ポートの両方で溶融し、両ポートは、結果的にガス交換および圧力平衡をもたらす。
【0042】
本明細書で説明する方法のいくつかの実施形態では、水性試料、置換流体、および封止剤は、充填ステーションで流路内に充填され、一方、一連の加熱ステップが、充填ステーションから空間的に離間された温熱培養ステーションで、適用される。
【0043】
そのような実施形態では、固体化された封止剤によって付与される漏洩防止は、充填ステーションから温熱培養ステーションへの移送中、特に重要な役割を果たす。多くの場合、温熱培養ステーションを、充填ステーションなどの他の分析モジュールから空間的に離間することは、当然であり、特にPCRなどの方法は、煙霧質を介してさえ広がり得る所望されない核酸によって、汚染されやすい。
【0044】
本明細書で使用される場合、「充填ステーション」は、水性試料、置換流体、および溶融状態の封止剤を微少流体チップ内に分配するために必要な要素を備える。そのような要素は、使い捨てのピペット先端を有するまたは有さないピペットを備え得る。ピペットは、鋼鉄または類似の適切な材料からなる針でもあり得る。さらに、いくつかの実施形態では、充填ステーションは、封止剤の溶融に適した加熱要素を備える。たとえば、ピペット針は、加熱可能であり得て、それにより、接触時に固体状態の封止剤を溶融させ、針の中空内部に吸引し、入口ポート内に、または入口ポートおよび出口ポート内にそれを分配する。さらなる実施形態では、充填ステーションは、ポンプまたは類似するものなどの圧力を印加する手段を備えてもよい。
【0045】
本明細書で使用される場合、用語「温熱培養ステーション」は、加熱および、いくつかの実施形態ではまた、冷却要素を備える器具またはモジュールを表す。そのような要素は、たとえば、ペルチェ素子を含む。いくつかの実施形態では、温熱培養ステーションは、PCRサイクル機などの熱サイクル機であり、そこでは、所定の温度プロファイルが、調整された加熱ステップまたは加熱冷却ステップのサイクルを実施するためにプログラム可能である。いくつかの実施形態では、能動冷却は、含められない。さらなる実施形態では、温熱培養ステーションは、本明細書で説明する利点を有する加圧室を備え得る。
【0046】
本明細書で説明する方法のいくつかの実施形態では、一連の加熱ステップは、水性試料画分を収容する反応区画内部でのポリメラーゼ連鎖反応を促進する。
本明細書で使用される場合、用語「ポリメラーゼ連鎖反応」(PCR)は、当技術分野で知られている、試料中の標的のポリヌクレオチドのセグメント濃度を増大させる増幅方法を示し、ここで試料は、単一のポリヌクレオチド種または複数のポリヌクレオチドであり得る。通常、PCRプロセスは、所望の標的配列を含む反応混合に先立って、モル過剰の2つ以上の拡張可能なオリゴヌクレオチドを導入するステップからなり、ここで、プライマーは、二本鎖の標的配列の対向する鎖を相補する。反応混合は、DNAポリメラーゼの存在下での温熱サイクルプログラムに従い、DNAプライマーに両側を挟まれた所望の標的配列の増幅をもたらす。逆転写酵素PCR(RT-PCR)は、DNA依存性のDNAポリメラーゼプライマー伸長の多数サイクルの前に、まず一本鎖DNA分子を発生させるために、RNA鋳型および逆転写酵素、または逆転写酵素活性を有する酵素を利用するPCR反応である。多重PCRは、単一の反応で2つ以上の増幅産物を生成するPCR反応を示し、一般に、単一の反応に3つの以上のプライマーを含有することによる。一般に、PCRサイクルは、通常90℃より高い温度での変性ステップを含み、そのステップで二本鎖鋳型核酸の個々の鎖が、互いから分離される。ほとんどの場合、耐熱性の核酸ポリメラーゼが最大酵素活性を呈する70℃から80℃まで、再び昇温される前に、プライマーは、著しく低い温度、多くの場合50℃から65℃で、各鋳型鎖上のそれらの相補する標的位置へアニーリングされる。非常に多様なPCR適用の方法が、当技術分野で広く知られており、多くの出典たとえば、「Current Protocols in Molecular Biology(分子生物学カレント・プロトコル)」、Ausubelら編、第15節、John Wiley & Sons, Inc.、 New York (1994)で説明されている。
【0047】
そのような実施形態では、封止剤の溶融温度は、たとえば、少なくともサイクルの変性ステップ中を超え、一般に90℃より高く、たとえば約94℃である。
本明細書で説明する別の態様は、標的核酸を含むと思われる水性試料を温熱培養する微少流体チップであり、微少流体チップは、
- 上部プレートと下部プレートとの間の流路であって、上部プレートおよび/または下部プレートの内壁上の複数の反応区画と流体接続する、流路と、
- 流路と流体連絡する入口ポートと、
- 水性試料の通過を妨害しないように、固体状態で入口ポートの内壁に付着された室温より高い融点を有する封止剤であって、水性試料と混和せず、それよりも低い密度を有する、封止剤と、を備える。
【0048】
そのような微少流体チップは、入口ポートが固体状態の封止剤を予備装填される実施形態で、本明細書で説明する方法の状況で詳細に説明される利点を付与する。
本明細書で説明する微少流体チップのいくつかの実施形態では、封止剤は、入口ポートの内壁の溝または凸部として形成される注入路によって保持され、このとき、注入路および入口ポートは、本明細書で説明する方法の状況で提示されたように、流体的に接続される。
【0049】
さらに、本明細書で説明する微少流体チップのいくつかの実施形態では、封止剤は、入口ポート内部の開口を囲むように、入口ポートの内周に広がる。このことは、本明細書で説明する方法の状況で詳細に説明されたように、置換流体の表面上の溶融した封止剤の特に均質な分布をもたらし得る。
【0050】
さらなる実施形態では、本明細書で説明した微少流体チップは、流路と流体連絡する出口ポートをさらに備え、このとき、封止剤は、水性試料の通過を妨害しないように、固体状態で出口ポートの内壁にさらに付着される。
【0051】
そのような実施形態の利点は、本明細書で説明する方法の出口ポートを含める本実施形態の利点と一致する。
分析または診断用の統合された解決方法を取得し、利用することが、多くの場合有利であるので、本明細書で説明する別の態様は、標的核酸を含むと思われる水性試料を温熱培養するキットであり、キットは、
- 本明細書で説明する微少流体チップと、
- 水性試料および封止剤の両方と混和しない置換流体と、を備える。
【0052】
いくつかの実施形態では、密度高から低への順番は、水性試料>置換流体>封止剤、である。
置換流体および封止剤の明細は、本明細書で説明する方法の文脈にあるようなものである。
【0053】
そのようなキットは、当業者に知られるような構成要素をさらに備え得る。たとえば、キットは、本明細書で説明されるような温熱培養反応で有用な試薬を備え得る。
本明細書で説明するキット自体で、標的核酸を含むと思われる水性試料を温熱培養する分析システムの一部を形成し得て、分析システムは、
- 本明細書で説明するキットと、
- 水性試料、置換流体、および液体状態の封止剤を、微少流体チップの流路内に充填するように構成された充填ステーションと、
- 微少流体チップを一連の加熱ステップ下に置くように構成された温熱培養ステーションであって、このとき、1つまたは複数のステップで、封止剤の溶融温度が超過され、それにより入口ポートを介したガス交換および圧力平衡を可能にする、温熱培養ステーションとを備える。
図面の詳細な説明
図1の概略図は、本明細書で説明する微少流体チップ(1)の実施形態を上からの斜視図で示す。本実施形態の上部プレート(3)は、流路(2)が見えるように、透明な材料からなる。透明な上部プレート(3)は、多様な利点を有し、たとえば、上からの反応区画(5)内部の検体の光学的検出を可能にし得る。下部プレート(4)もまた透明である実施形態では、光透過性に基づいた光学的検出がさらに可能である。本実施形態での反応区画(5)は、下部プレート(4)の上面の空洞として形成された六角形の凹部が、流路(2)に流体連絡する入口ポート(6)を介して水性試料(10)で充填され得る。出口ポート(7)は、排出される空気ためのガス排出口を、または過剰な水性試料(10)または置換流体(20)用の排出開口までも提供する。本実施形態の両ポートは、円筒形状を示し、上部プレート(3)の上方への凸部として形成される。他の適切なポート形状も可能である。
【0054】
本実施形態で示される微少流体チップ(1)は、入口ポート(6)と出口ポート(7)との間に延在する直線状の流路(2)を有する。流路(2)の他の形状が、考えられる。たとえば、流路(2)は、曲線状であり得る。本明細書で説明する方法によれば、流路(2)の全ての開口を封止するように、封止剤(30)が、入口ポート(6)および出口ポート(7)の両方に適用され、それにより、微少流体チップ(1)内部の水性試料の漏洩および汚染を防止する。水性試料(10)、置換流体(20)、および封止剤(30)は、分かりやすいように本図では示さない。
【0055】
微少流体チップ(1)の一連の充填手順を、
図2の側断面図で概略的に示す。3つの図の各々は、入口ポート(6)の断面および反応区画(5)を有する流路(2)の一部分を示す。左手側の図は、水性試料(10)が、入口ポート(6)を介して反応区画(5)および流路(2)内に充填されたところを示す。入口ポート(6)は、円筒状の主要本体を有し、流路(2)とのその流体接続部へ向かって先細りの形状であるとすると、それにより、入口ポート(6)は、その主要本体内部に適度な体積の液体を保持でき、一方で、各液体の流路(2)への比較的緩慢にかつ制御された通過が、入口ポート(6)と流路(2)との間の狭小な流体境界部(8)によって、もたらされる。
【0056】
本実施形態の反応区画(5)は、下部プレート(4)よりむしろ上部プレート(3)内に形成された凹部であり、その結果、それらの開口は、流路(2)内へと下向きになる。水性試料(10)は、凹部(5)内へ、毛細管現象によっておよび/または圧力印加下で、入口ポート(6)を介して導かれる。
【0057】
中央の図は、水性試料(10)画分を反応区画(5)から移動させることなしに、水性試料(10)を流路(2)から移動させるために、置換流体(20)が、入口ポート(6)内に分配されるステップを表す。それらの互いの不混和性が、水性試料(10)および置換流体(20)が、混合物に一体化することを防止する。ここでの図示は、置換流体(20)が既に部分的に水性試料(10)を流路(2)から移動させた過渡状態を示す。
【0058】
図2の右手側の第3の図は、置換流体(20)が、水性試料(10)を流路(2)から完全に移動させ終わり、個々の反応区画(5)内部の水性試料(10)画分を閉じ込めた後のプロセス状態を示す。
【0059】
図3の図面は、封止剤(30)でそのように準備された微少流体チップ(1)の封止の別の実施形態を示す。
変形形態a)は、その内壁の左右に付着された固体状態の封止剤(30)の2つの部分を有し、水性試料(10)または置換流体(20)の流体通過を妨害しないように中間に空隙を残す、入口ポート(6)を表す。この図面は、断面図を示すので、封止剤(30)もまた、入口ポート(6)内壁に沿った連続した環を形成し得る。
【0060】
変形形態b)は、左手側の入口ポート(6)の断面上面図の表示でより詳細に見ることができるように、入口ポート(6)の内壁の一部分の細長い半円形のくぼみよって形成された溝(31)の形状のためによって、固体状態の封止剤(30)が、保持される実施形態を表す。
【0061】
変形形態c)は、本明細書で説明する方法の実施形態を例示し、ここでは、入口ポート(6)が、固体状態の封止剤(30)を予備装填されないが、封止剤(30)が、入口ポート(6)内に溶融した状態でピペット針(32)によって分配される。
【0062】
矢印は、封止剤(30)の溶融温度より高い温度への加熱プロセス示し、その結果、封止剤(30)は、溶融され、d)の下の
図3の右手側に示したように、入口ポート(6)内部の置換流体(20)の表面上の非混和層を形成する位置へと流入し得る。この段階では、封止剤(30)は、能動的に冷却によって、または受動的に室温での培養によって降温することで、再凝固することが可能にされる。その反応区画(5)内に配分された水性試料(10)を有する微少流体チップ(1)は、ここで封止され、取扱い、移送などのために適切に準備される。たとえば、それは、充填ステーションから温熱培養ステーションに移送され得る。
【0063】
図4で示した図は、本明細書で説明する分析システム(40)の実施形態の典型的な作業手順を示す。微少流体チップ(1)はまず、充填ステーション(42)を備える第1の場所で、水性試料(10)で充填される。示した実施形態では、水性試料(10)は、ピペット(41)の手段によって手動で適用される。水性試料(10)のための他の適切な分配手段も可能である。提示された実施形態は、置換流体(20)用の自動ディスペンサ(44)、および封止剤(30)用の自動ディスペンサ(45)をさらに特徴として示す。いくつかの実施形態では、ディスペンサ(45)は、代替的にまたは付加的に、加熱要素を含んでも、それ自体であってもよい。微少流体チップ(1)が、水性試料(10)、置換流体(20)、および封止剤(30)の適用によって準備され、封止剤(30)が、微少流体チップ(1)を封止するために再凝固された後、微少流体チップ(1)は、ペルチェ素子または類似するものなどの加熱要素(46)を備える温熱培養ステーション(43)に移送される(下の矢印)。温熱培養ステーション(43)では、PCRなどの反応が発生し得、その間、封止剤(30)は、一時的に溶融され、それにより、ガス交換および圧力平衡をもたらす。
【実施例】
【0064】
以下の実施例は、本発明を利用し得るある実施形態を示すことを意図する。
実施例1:漏洩防止用ポート封止剤としてのパラフィンろうの適合性
目的:
チップが誤って反転されたまたは床に落下した場合に、封止剤を使用した入口ポートの封止が漏洩防止として機能し得るのか。
材料:
1.容積45μlの隔離流体および45μlの封止剤を受けることに適した入口ポートおよび出口ポートを有する微少流体チップ。微少流体チップは、総容量10μlを有する流路、および総容積10μlを備える流動室内部の複数の区画を特徴として有する。
【0065】
2.汎用のPCRマスターミックス:ROCHE LightCycler(登録商標)Multiplex DNA Master、07339585001。
3.封止剤:パラフィンろう。Fisher Chemical、CAS:8002-74-2、EC:232-315-6、透明化温度:約55~71℃。
【0066】
4.置換流体:シリコーン流体Xiameter PMX-200、50 CS,Credimex AG,Alpnach,Switzerland。
5.20gのパラフィンろうを溶かすための加熱プレートおよび容器。
実施された試験:
1.容量10μl(チップ内部の区画の総容積に等しい)のPCR反応混合液(5xマスターミックス1に水4の割合)で微少流体チップを充填した。
【0067】
2.入口ポートへの接触圧力を強固にするピペット先端を使用して、置換流体をピペットで微圧を加えることでチップ内に移すことによって、微少流体チップを置換流体で充填した。容量110μlを使用したところ、微少流体チップの流路が充填され、チップの入口ポートおよび出口ポートは、ほぼ半分(45μl)充填された。
【0068】
3.パラフィンろうを60℃の加熱プレート上の容器(アルミニウムフォイル)内で溶融した。大きな開口を有するピペット先端を使用してろうをピペットで移した。容量45μlが、ピペット先端に徐々に吸引され、それにより、ピペット先端を溶融したろうの温度に順応させた。
【0069】
4.パラフィンろうは、微少流体チップの入口ポートおよび出口ポート内にピペットで移した。
5.凝固プロセスが完了するまでの時間を測定した。
【0070】
6.漏洩(落下試験)防止を、パラフィンろう適用の1分後に試験した。チップを、高さ1.5mから床に落下させ、地面への衝突後、可能性のある任意の液体の流出または漏洩を観察した。
【0071】
7.落下試験後に、微少流体チップを上下反転させ、3分間にわたり任意の液体の流出を観察することによって、漏洩(流出)防止を試験した。
観察:
試験は、封止剤としてパラフィンろう、および置換流体としてシリコーン流体PMX200を使用して実施した。24個のチップが処理された。ろうの固化には、室温で1分間の待機時間で十分であった。調査されたチップ全てが落下試験で合格となり、すなわち、液体の漏洩または流出は観察されなかった。
実施例2:ポート封止剤としてのパラフィンろうの低自己蛍光特性
目的:
自己蛍光は、蛍光の読出しに基づく生体分子分析を含めた微少流体の装置内部では、望ましくない材料特性である。全体での蛍光信号への寄与が、画像面内の全ての材料について評価されなければならない。入口ポートおよび出口ポートは、微少流体チップの画像化の主眼にはないが、散乱光は、封止剤と相互作用し、望ましくない信号をもたらし得るのか。
材料:
1.実施例1で説明した微少流体チップおよびパラフィンろう。
【0072】
2.1マイクロモルのFAM(6ーカルボキシフルオレセイン)色素溶液を含む、実施例1からのPCRマスターミックス。
3.適切なフィルタセットを有する落射蛍光顕微鏡などの、蛍光緩衝溶液を収容する微少流体チップの蛍光撮像に適した撮像装置。
実施された試験
1.実施例1で説明したように、蛍光色素を含むPCR反応溶液で微少流体チップを充填した。
【0073】
2.1滴のパラフィンろうを、微少流体チップの反応区画範囲(すなわち、撮像範囲)上に適用した。滴下厚さはほぼ2mmに調整した。
3.反応区画内部の蛍光溶液とチップ上部の一部を被覆するろうの層を収容する微少流体チップにおいて蛍光を撮像した。
【0074】
4.チップの画像の蛍光強度を、区画範囲内で、およびパラフィンろうによって被覆された範囲でも測定した。
観察:
区画内部で測定された蛍光(バックグラウンド除去後)は、31250±3562のRFU(相対蛍光単位)を示した。画像範囲内のパラフィンろうの点からの蛍光は、10875±740のRFUを示した。パラフィンろうの点によって発光された蛍光信号は、調査したい信号のみの35%に相当した。本試験は、測定点の厚さが非常に大きく選定されたので、極端な場合を示しており、標的への適用においては、パラフィンろうは画像範囲の外側であるため、検出される自己蛍光レベルは、標的への適用では無視できる。
実施例3:パラフィンろうで封止された出入り口を有する微少流体チップにおけるデジタルPCR性能
目的:
入口ポートおよび出口ポート封止を有する微少流体チップと、有さない微少流体チップでのデジタルPCR試験の性能比較:デジタルPCRなどの生化学の定量化分析は、封止剤としてパラフィンろうを使用することによって、マイナスの影響を受け得ないのか。
材料:
1.試験1で説明した、微少流体チップ、置換流体および封止流体、ならびに汎用PCRマスターミックス。
【0075】
2.汎用内部標準:FAMおよびHEXのチャネルのPCRプライマーおよびプローブのセット、ならびにPCRを実施し、結果と比較するための既知の濃度の核酸標的。
3.微少流体チップを使用してPCRを実施するための、かつ微少流体チップの区画内部での温熱サイクル後の蛍光信号を測定するための、温熱サイクル用および撮像計器。温熱サイクル用計器は、室温と98℃との間で微少流体チップを温熱サイクルすることが可能である。さらに、計器は、プラス1.5barの圧力設定でサイクルを実施することが可能である。
実施されるべき試験
1.マスターミックス、プライマー/プローブのセット、およびマスターミックスのキットの手順書で説明されるような標的からPCR反応混合液を準備した。3つの試験の全てを、封止剤としてろうを使用して実施すると共に、3つの試験の全てを、入口ポートおよび出口ポートの封止なしの対照として実施した。
【0076】
2.試験毎に、PCR反応混合液(10μl)をピペットで微少流体チップ内に移した。
3.置換流体(110μl)をピペットで微圧によって流路内に移した。
【0077】
4.実施例1で説明したように、パラフィンろうを、入口ポートおよび出口ポート内に適用した(各々45μl)。対照試験では、封止剤を添付しなかった。
5.微少流体チップを温熱サイクル装置にかけた。微少流体チップは、プラス1.5barの圧力に設定し、その後、95℃で2分の前培養、ならびに95℃で10秒および58℃で20秒の40サイクルの温熱サイクルの下においた。40℃への最終冷却は30秒間であった。昇温および降温の速度は、毎秒1.2℃であった。温熱サイクル機の蓋は、58℃の低温に保持した。
【0078】
6.FAMおよびHEXのチャネルの各区画の蛍光強度を蛍光読取計器で読み出した。蛍光値は、固定されたしきい値を適用し、区画内の陽性PCR反応の数を判定するために、およびその後ポワソン統計を使用して、初期の標的分子数(複製数)を計算するために使用した。パラフィンろうで封止した微少流体チップの定量化結果を、封止なしの対照チップと比較した。陽性および陰性の区画の蛍光強度も、封止ありと封止なしの対照チップ間で比較した。
【0079】
7.温熱サイクル後の入口ポートおよび出口ポートのろう封止の状態を、サイクル前の状態と視覚的に比較した。
観察:
対照試験用に、μl毎の複製数を、FAMチャネルで示された1239±30に、およびHEXチャネルで6246±299に決定した。封止剤としてパラフィンろうを使用した試験の場合、決定したμl毎の複製数が、FAMチャネルで11188±72、HEXチャネルで6213±210と示された。パラフィンろうで封止された微少流体チップと、対照試験との間の複製係数の差異は、統計的に著しい差異ではない(片側t検定で、FAMがP=0.3207、HEXがP=0.8833)。3つの封止ありおよび封止なし試験の平均蛍光強度[RFU]もまた、正負の両信号で統計的に著しく異ならない。FAM[正信号]のWelchのt検定:ろうなし:4885±12、対して、ろうあり:4883±29:P=0.9215。FAM[負信号]:ろうなし:760±2、対して、ろうあり:749±4:P=0.0554。HEX[正信号]:ろうなし:11411±30、対して、ろうあり:11333±42:P=0.2140。HEX[負信号]:ろうなし:2465±11、対して、2448±39:P=0.5414。
【0080】
サイクル後の微少流体チップの視覚的観察は、入口ポートおよび出口ポートの封止が、まだ損なわれていないことを示し、封止上部で観察された最小量の分離流体を有するが、危機的ではないと考えられる。
【符号の説明】
【0081】
1 微少流体チップ
2 流路
3 上部プレート
4 下部プレート
5 反応区画
6 入口ポート
7 出口ポート
8 流体境界部
10 水性試料
20 置換流体
30 封止剤
31 注入路、溝
32 ピペット針
40 分析システム
42 充填ステーション
43 温熱培養ステーション
44 自動ディスペンサ
45 自動ディスペンサ
46 加熱要素