(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-13
(45)【発行日】2022-05-23
(54)【発明の名称】免疫染色用ホルダー
(51)【国際特許分類】
G01N 1/31 20060101AFI20220516BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220516BHJP
【FI】
G01N1/31
G01N33/53 Y
(21)【出願番号】P 2018038608
(22)【出願日】2018-03-05
【審査請求日】2021-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000229542
【氏名又は名称】日本バイリーン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100090251
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】向所 賢一
(72)【発明者】
【氏名】岩佐 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】川部 雅章
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 聡士
【審査官】野田 華代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/047617(WO,A1)
【文献】実開平07-018261(JP,U)
【文献】特開2017-108681(JP,A)
【文献】特開平01-248060(JP,A)
【文献】実開昭63-010454(JP,U)
【文献】特開2013-50324(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00-1/44
G01N 33/53
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)細胞保持基材配置部と、前記細胞保持基材配置部の両側に設けられる非貫通の窪みと
が設けられているとともに、背面側に、複数の薄肉部が分割して設けられている、有機樹脂からなる支持プレート、
(2)通水可能な窓部と、前記の非貫通の両窪みに嵌着可能な爪とを有し、前記支持プレートと協働して前記細胞保持基材配置部に細胞保持基材を挟持固定可能、かつ取り外し可能なカバープレート
を含み、
前記カバープレートにより、前記支持プレートの細胞保持基材配置部に前記細胞保持基材を挟持固定した際に、前記細胞保持基材配置部と前記の非貫通の両窪みとが一緒になって免疫染色用反応室を形成する、免疫染色用細胞保持基材ホルダー。
【請求項2】
請求項
1に記載の免疫染色用細胞保持基材ホルダーと、細胞保持基材とを含む、免疫染色用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫染色用細胞保持基材ホルダー、及びそれを含む免疫染色用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
がんを始めとする種々の疾病では、患者から直接採取した細胞を観察することによって、病変部の有無や病状の進行状態を診断する細胞診断が古くから行われてきた。通常の細胞診断は、採取した細胞の概形を観察して異型細胞の有無を確認すること、或いは、細胞核のような細胞内器官の状態を確認するが、診断対象の視認性を確保するため、染色操作を伴うことが多い。近年では、疾病の原因となるタンパク質を高精度で検出する技術も確立されている。中でも、免疫組織化学(以下、免疫染色)は抗原抗体反応を利用した細胞の染色技術であり、微量の検体でも実施できるため、疾病診断以外にも新薬開発に用いられる。この染色手法は、特定のタンパク質分子(抗原)にのみ結合する抗体とプローブ(発色によって有無を判別するための酵素または蛍光物質)とを結合調製した染色試薬を細胞に接触・浸透させた後、ゆすいで検出物質に応じた発色操作を行うことでプレパラートを調製し、顕微鏡下で観察する。この免疫染色により、細胞内での抗原発現の有無、局在状態、並びに量などの情報を採ることが可能である。一例として、広範な臓器のがんマーカーとして知られているタンパク質「p53」を抗原とした病理診断は、広く医療機関で実施されている。
【0003】
免疫染色の一例として、基材等にホルマリン固定した後、例えば90℃の緩衝液中で1時間程度の抗原賦活化を前処理として行い、その後、4℃~室温に管理された抗体試薬を基材に加えて1晩程度維持することで抗原抗体反応を進める。近年の抗体試薬は、単一抗体分子からなるモノクローナル抗体が主流であり、非常に高価である。
【0004】
また、一般的な免疫染色の操作は、例えばホルマリンなどで細胞を固定した、或いは細胞を包埋した後の切片を貼り付けたスライドグラスを水平に置き、細胞付着領域のみに少量の抗体試薬を滴下し、長時間静置する。その後、余分な抗体試薬を除去し、スライドグラスの洗浄を行う。この洗浄が不完全であると、非特異的な染色部分が残存し、誤った判断に繋がるため、付着した細胞が洗い流されないように注意深く、かつ、念入りに洗浄作業を実施する必要がある。具体的には、スライドグラス全体が収まる大きさであって、十分量の洗浄液を入れたガラスパッド(染色槽)を用い、当該液へのスライドグラスの出し入れを繰り返す。さらに、細胞内での抗原密度や発色の度合いは染色対象などによって種々に異なるが、免疫染色による発色強度はごく僅かであり、抗原の細胞内での位置並びに大きさに関わる情報を得ることが難しい場合もある。このような、染色対象とのコントラストを確保するため、対比染色と称される手法が知られている。その一例として、プローブにペルオキシダーゼを用い、茶色を生じるジアミノベンジジンで発色させる場合には、細胞核をヘマトキシリンの青紫色に染め、補色によって免疫染色の視認性を高めるように工夫されている。
【0005】
このように細胞が固定されたプレパラートを調製する一般的な技術として、例えば特開平1-248060号公報(特許文献1)では、標本の作成方法および標本用プレートが提案されている。スライドグラス上の所定領域に、このスライドグラスに重ねるカバーグラスとの間に毛管現象を起こし得る程度の厚さの枠材を設け、スライドグラスと枠材との接触箇所には一対の開口部が形成されるように、内枠を形成する。プレパラートを作製するには、スライドグラスとカバーグラスとの間隙の周囲が上述した開口部を除いて液密状に封止された状態で検体を保存処理した液状の検体試料を、当該間隙内に注入する。この操作によって、間隙内には毛管現象で検体資料が展延するため、上述した開口部をキシレンに溶解したアクリル樹脂などで封止してプレパラートが作製される。
【0006】
上述した特許文献1の技術では、封止前に細胞を染色しなければ、ゆすぎ、発色といった免疫染色操作を行うことが難しい。この免疫染色に特化した技術として、実開昭63-10454号公報(実願昭61-103739号のマイクロフィルム:以下、特許文献2)が知られている。この公報技術では、スライドグラス上に塗抹した細胞、或いは吸着させた組織切片の周囲に粘着剤を塗布したプラスチック製のわく(以下、枠と表記)をスライドグラス表面に貼着し、抗体試薬を枠内にある細胞に滴下作用させて免疫染色を行う。このように、抗体試薬と細胞との接触を持続させるために高価な抗体試薬を枠内にのみ満たすという点で、特許文献2の技術は優れた手法であるが、予めスライドグラスへの細胞固定を要とする。しかしながら、スライドグラスに直接塗抹した細胞の付着力は著しく弱いため、前述した一連の免疫染色工程の間、スライドグラス表面から細胞脱離を防ぐことは難しかった。
【0007】
一方、本出願人は特開2017-58152号公報(特許文献3)並びに特開2017-55758号公報(特許文献4)で、ナノスケールの不織布フィルタを用いた細胞診断技術を提案している。これら本出願人の提案に係る特許文献は、主として細胞を含む懸濁液から、ガラスなどの無機繊維からなる不織布フィルタに濾別捕集することでフィルタ内部の空間に細胞を保持し、例えばパパニコロウ染色などの一般的な染色法を効率的に実施し得るとの開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平1-248060号公報
【文献】実開昭63-10454号公報(実願昭61-103739号のマイクロフィルム)
【文献】特開2017-58152号公報
【文献】特開2017-55758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の課題は、付着細胞だけでなく、種々の細胞に適用可能で、且つ、高価な免疫染色用試薬の使用量を抑えることができる免疫染色用細胞保持基材ホルダー、及びそれを含む免疫染色用キットを提供することにある。
また、免疫染色に固有特有の課題として、前述した免疫染色の前処理として抗原賦活化を要する場合があり、抗体試薬の添加前に、緩衝液を用いたホルダーの湯浴などによって1時間程度の加温処理を行う。このため、例えば上述の特許文献4に提案するように、複雑な形状を作り込むために加工性に富んだ合成樹脂製の素材を使用する場合、加温によって支持プレートに反りが生じることがあった。本発明の更なる課題は、前記課題に加えて、免疫染色の作業効率を阻害する支持プレートの反りを低減することのできる免疫染色用細胞保持基材ホルダー、及びそれを含む免疫染色用キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、
[1](1)細胞保持基材配置部と、前記細胞保持基材配置部の両側に設けられる非貫通の窪みとを設けた支持プレート、
(2)通水可能な窓部と、前記の非貫通の両窪みに嵌着可能な爪とを有し、前記支持プレートと協働して前記細胞保持基材配置部に細胞保持基材を挟持固定可能、かつ取り外し可能なカバープレート
を含み、
前記カバープレートにより、前記支持プレートの細胞保持基材配置部に前記細胞保持基材を挟持固定した際に、前記細胞保持基材配置部と前記の非貫通の両窪みとが一緒になって免疫染色用反応室を形成する、免疫染色用細胞保持基材ホルダー、
[2]前記支持プレートの背面側に、複数の薄肉部が分割して設けられている、[1]の免疫染色用細胞保持基材ホルダー、
[3][1]又は[2]の免疫染色用細胞保持基材ホルダーと、細胞保持基材とを含む、免疫染色用キット
に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明における前記[1]の免疫染色用細胞保持基材ホルダーは、種々の細胞を保持できる細胞保持基材を支持プレートとカバープレートとの間に挟持固定した状態で免疫染色を行うことができるため、スライドグラスに付着できる細胞だけでなく、種々の細胞の免疫染色に適用することができる。
また、本発明における前記[1]の免疫染色用細胞保持基材ホルダーは、細胞保持基材を支持プレートとカバープレートで挟持固定した際に、支持プレートとカバープレートが一緒になって免疫染色用反応室(薬室)を形成することができ、その限定的空間内で免疫染色を実施するため、高価な免疫染色用試薬の使用量を抑えることができ、経済的負担を軽減することができる。
【0012】
本発明における前記[2]の免疫染色用細胞保持基材ホルダーは、上述した細胞保持基材配置部を含む支持プレートの背面側に複数の薄肉部が分割して設けられているため、支持プレート自体の剛性は大きく低下させずに、抗原賦活化に要する熱処理に伴って発生する支持プレートの反りを低減することができ、染色操作を効率的かつ容易にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の免疫染色用キットの一態様の使用前の状態(細胞保持基材を保持する前の状態)を示す平面図である。
【
図2】
図1に示す本発明の免疫染色用キットの一態様において、細胞保持基材を保持している状態の平面図を上部に示し、当該平面図のA-A部分で切欠いた断面図を下部に示す説明図である。
【
図3】本発明キットの別の一態様を構成するため、支持プレートの表面側から薄肉部の配設領域を透視的に示す平面図を上部、並びに当該平面図のB-B部分に対応する断面図を下部に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図面を参照して、本発明の免疫染色用細胞保持基材ホルダー(以下、単にホルダーと称することがある)、及び、これに細胞保持基材(以下、単に基材と称することがある)を保持した本発明の免疫染色用キット(以下、単にキットと称することがある)について説明する。尚、以下の説明では基材を保持したキットを中心に例示説明するが、キットが細胞保持基材を含むこと以外、当該説明は、そのまま、本発明のホルダーに適用できる。
【0015】
まず本発明キットの一態様を
図1及び
図2に示す。
図1は、本発明の免疫染色用キットの一態様について、使用前の状態(細胞保持基材を保持する前の状態)を示す平面図である。この
図1では、各々の構成成分でキットの表面側を構成するものにのみハッチングを付している。また、
図2は、
図1に示すキットの一態様において細胞保持基材を保持した状態を、平面図として上部に示し、この平面図にA-Aを付した一点鎖線で切り欠いた断面を下部に示す説明図である。これら図では、
図1と同一の構成成分には同一のハッチングを統一して付す。
【0016】
図1及び
図2に示すキット10は、支持プレート11とカバープレート13とからなるホルダー15並びに細胞保持基材17で構成される。尚、平面図においては破線によって一部の構成成分を透視的に示してある。支持プレート11は、細胞保持基材17を載置するため、当該プレートの表面側に凹部が形成されるように細胞保持基材配置部19を成型により設けてある。さらに、この支持プレート11の表面側、すなわちカバープレートを嵌め込む面側には細胞保持基材配置部19を挟んだ両側に、カバープレート13を着脱可能に固定するための嵌め込み用窪み23a、23b、細胞保持基材17をキットから取り出す際に、ピンセットの先端を挿入可能な窪み25、後述のカバープレート13の突出部27を収納できる収納窪み31、メモ書きなどに利用するため、支持プレート11の表面側にマット加工などを施して形成される粗面部29などを設けることができる。このうち
粗面部29は、
図2の断面図において所定の厚さを有する構成成分として図示したが、支持プレートの表面にのみ形成された構成成分である。また、
図1に示す態様では、ピンセットの先端を挿入可能な窪み25が、収納窪み31と隣接する位置に設けられる。細胞保持基材配置部19、嵌め込み用窪み23a並びに23b、窪み25、及び収納窪み31は、後述のとおり、免疫染色用反応室(薬室)21を構成するため、支持プレート11の表面側に設けられた、何れも非貫通の凹部又は窪みである。
【0017】
また、収納窪み31にカバープレート13の突出部27を収納することで、ホルダー15の表面側に突起が実質的にない平坦な表面形状が実現できるため、染色かごに収納して使用しやすいという利点が生じる。さらに、カバープレート13の中央部には、キット10に収容された細胞保持基材17に試薬並びに洗浄液を通水可能な窓部33が設けられ、その周囲には4箇所の通液部35を孔設する構成としている。この通液部35は、支持プレート11にカバープレート13が嵌合され、これら構成成分と細胞保持基材とが密着した場合でも、洗浄効率を確保するため、窓部33と共に設けることで、試薬の注入並びに洗浄効率を保てる点で好適である。さらに、上述した嵌め込み用窪み23a及び23bに対応して、カバープレート13側には嵌め込み用爪37a及び37bを設け、加えてカバープレート13の突出部27と対向する表面側の位置に切欠部39を設けた形態を図示している。このように、ピンセットの先端を挿入可能な前記窪み25を設けた支持プレート11と、切欠部39を設けたカバープレート13の双方によって、細胞保持基材17が、これら構成成分のいずれかに貼り付いた場合であっても、細胞保持基材17を損傷することなく分離採取することができる。
【0018】
図1に例示の態様では、細胞保持基材配置部19は細胞保持基材17と同じ真円形状で、ほぼ同面積の外形となる凹部で設けられている。そのため、細胞保持基材配置部19に細胞保持基材17を密着して収納することができ、細胞保持基材17の位置ズレは実質的に生じない。このように、細胞保持基材配置部は細胞保持基材と同形状、かつほぼ同じ面積の外形からなる凹部で構成するのが、ズレ防止の観点から好ましい。
【0019】
しかしながら、細胞保持基材配置部は細胞保持基材のズレが生じない程度に、細胞保持基材と異形であっても、細胞保持基材よりも面積の広い凹部としても良い。この場合、細胞保持基材配置部と細胞保持基材との間に空間的な余裕が生じ、細胞保持基材配置部と細胞保持基材とが離間する部分にピンセットを介在させることができ、ホルダーへの装着操作並びに取り出し操作に支障を来すことが少なく、当該基材の損傷を回避することができる。例えば、真円形状の細胞保持基材の場合、細胞保持基材配置部は、細胞保持基材の直径と同等、または、それよりも長い縦方向長さと横方向長さを有する長方形状の凹部から構成されていることができ、細胞保持基材配置部と細胞保持基材との間に形成される空間にピンセットを介在させることができ、細胞保持基材を損傷することなく、細胞保持基材を着脱できる。なお、細胞保持基材配置部が細胞保持基材と形状が異なる、又は細胞保持基材よりも面積の広い凹部であることによって、細胞保持基材にズレが生じる恐れがある場合には、細胞保持基材の外縁と部分的に接触して、細胞保持基材の位置決めができるように、細胞保持基材配置部に当該基材の保持位置を規制可能な凸部を設けても良い。
【0020】
前述のとおり、カバープレート13は通水可能な窓部33を有するとともに、支持プレート11の嵌め込み用窪み23a及び23bに嵌着可能な嵌め込み用爪37a及び37bが配設される。このような構成によって、カバープレート13は、
図2に示すように、支持プレート11と協働して、その細胞保持基材配置部19に細胞保持基材17を挟持固定し、しかも、挟持された細胞保持基材は窓部33及び通液部35の配設領域で表面側に露出させることができる。この
図2に示す保持状態とするために、まず、支持プレート11の細胞保持基材配置部19に細胞保持基材17を配置した後、カバープレート13に設けた嵌め込み用爪37a及び37bを支持プレート11に配設した非貫通の嵌め込み用窪み23a並びに23bにそれぞれ嵌着させて、容易に基材固定を行うことができる。この際、カバープレート13を後段で詳述する可撓性の合成樹脂で構成すれば、例えばガラス等の無機フィルタからなるシート材料を利用した細胞保持基材であってもせん断力による破損は生じることが無く、しかも、簡単なホルダー操作でキット調製を実現することができる。
【0021】
また、カバープレート13は前述の突出部27を有するため、この突出部27を上方向へ引き上げることによって、カバープレート13の可撓性(或いは弾性)を利用して支持プレート11から容易に取り外すことができ、しかも薬室に載置された細胞保持基材17を損傷することなく取り出すことができる。特に、
図1並びに
図2に示す態様では、カバープレート13に突出部27を有するとともに、カバープレート13における一方の嵌め込み用爪37aの長さが、他方の嵌め込み用爪37bよりも短く、一方の嵌め込み用爪37aを収容するための嵌め込み用窪み23aとの嵌着状態が他方側に較べて浅く設計されている。これにより、前記突出部27を上方向へ引き起こして、カバープレート13を容易に取り外すことができ、細胞保持基材17に対する作業上の損傷を回避することができる。
【0022】
さらに、
図2に示す態様から理解できるとおり、カバープレート13に設けた突出部27の延出寸法に比べて支持プレート11の収納窪み31を大きく設けてある。このような構成によって、カバープレート13を支持プレート11に嵌着した状態で、突出部27と収納窪み31との間に隙間が生じ、突出部27を引き起こしてカバープレート13を取り外す操作が容易となる。
【0023】
加えて、図示の態様は、カバープレート13の力点部が突出部27で構成された場合を例示したが、このような突出部27に替えて、カバープレートに窓部33或いは通液部35のような切欠きを別途設けて利用する態様であっても良い。この場合、
図2に示すような細胞保持基材の保持状態で、当該基材が露出しない領域に切欠きを設けることで操作による基材損傷を回避し、しかも、薬室への通液効率を向上させる効果も期待できる。
【0024】
なお、
図1に示す態様では、カバープレート13の外形と細胞保持基材配置部19の外形とが概ね一致しており、カバープレート13は細胞保持基材配置部12に収納できる状態にある。そのため、細胞保持基材配置部12の周囲に形成された支持プレート11の内壁部分の作用で、同様な形状の細胞保持基材17を挟持して固定した際に、細胞保持基材17の面内方向でのズレを防止することができる。このように、カバープレート11の外形は細胞保持基材配置部12の外形に相当するように、形状設計するのが好ましい。また、細胞保持基材配置部12などで構成される薬室内が凸部を有する場合、カバープレート13は対応する位置が凹部となっており、前記凸部を受け入れて収納することで、ホルダーの表面側には可能な限り突起を生じない形状とするのができるのが好ましい。このような設計によって、カバープレート13装着時におけるホルダー(キット)を平坦な状態で、従来通り、染色かごに収納することができる。
【0025】
図1に示す態様では、支持プレート11は、細胞保持基材配置部19を挟み、長手方向で対向する位置に嵌め込み用窪み23a及び23bを備えている。これら窪みにカバープレート13側の嵌め込み用爪37a及び37bを嵌着して細胞保持基材9を挟持固定できる構成を例示した。しかしながら、この嵌着形態の変形例として、支持プレート11側の細胞保持基材配置部19を挟む短手方向に対向する窪みを設ける構成であっても良い。さらに、
図1に示す態様では、支持プレート13が嵌着に関与する嵌め込み用窪みを4箇所有するとともに、それに対応して、カバープレートが嵌め込み用爪を4つ有する態様を例示した。しかしながら、これら構成成分は必ずしも4箇所である必要はなく、2箇所以上で嵌着できれば良いが、安定して細胞保持基材17を挟持固定できるように、3~6箇所で嵌着する構成が好適である。
【0026】
以上に説明したとおり、本発明に係るホルダー15、並び、これに細胞保持基材17を載置固定したキット10では、支持プレート11とカバープレート13との嵌合で形成された空間を薬液が意図せずに漏出することがない免疫染色用反応室(薬室)として利用することができ、係る空間を覆うカバープレート13に窓部33及び通液部35を備え、また、これら孔設した構成成分を介して薬液や洗浄液の出し入れを行うことができる。このため、上記薬室が限定的な空間として設けられることで、高価な試薬類を効率的に上記基材と反応させることが可能であり、高い作業性を実現できることから、抗原抗体反応の再現性向上と経済的負担の軽減との双方を図ることができる。
【0027】
ホルダーの全体形状及び大きさは、従来公知の染色かご及び染色槽が使用でき、また、検鏡が容易であることから周知のスライドグラスと同様に長方形であるのが好ましい。より具体的には、縦76mm程度、横26mm程度、厚さ2mm程度であるのが好ましい。また、カバープレートは従来公知の染色かご及び染色槽が使用できるように、支持プレートから大きく突出する構成成分を設けない構成が好ましい。免疫染色用反応室(薬室)の配設位置は、
図1などに示すように、支持プレートの長辺に対してやや片側に寄っていることが好ましい。染色槽に収容した際に、染色槽に入れた試薬の水位が低くても染色対象が試薬に充分に接触させることが可能になる。
【0028】
さらに、支持プレートの材質は、免疫染色を実施でき、可撓性や耐衝撃性を備えるものであれば、特に限定されるものではないが、例えば、有機樹脂(例えば、ポリアミド、ポリブチレンフタレート、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリエチレンフタレート、アクリル、ポリアセタール、ポリプロピレン、ポリフェニレンオキサイド、ポリフェニレンサルファイド、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ABS樹脂、AS樹脂、クロロトリフルオロエチレン、フッ化ビニリデン、フッ素樹脂、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、フラン樹脂など)を挙げることができる。
【0029】
カバープレートの材質は、支持プレートと同一であってもよいが、カバープレートの爪構造を用いて支持プレートに嵌着する可撓性を持ち、かつ、免疫染色で染色されず、しかも各種溶剤耐性を有する点や廃棄の容易さといった観点から、ポリエチレン、ナイロン、ポリアセタール、フッ素樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、フラン樹脂が好ましい。
【0030】
本発明で用いることのできる細胞保持基材は、細胞を保持しながら、免疫染色工程、封入工程等を実施して細胞観察標本を作製できるものであれば、特に限定されるものではなく、例えば、前述の特許文献3並びに4に開示される細胞捕集用フィルタ、細胞培養基材、細胞吸着基材等を挙げることができ、好ましくは無機繊維シート、より好ましくは無機系繊維不織布を挙げることができる。
【0031】
例えば浮遊細胞の細胞観察標本を作製する場合、上述の文献に提案する浮遊細胞用観察標本作製用フィルタホルダーを利用して、浮遊細胞懸濁液を細胞捕集用フィルタに通す濾過操作を行うことにより、浮遊細胞を前記フィルタに捕集することができ、このフィルタを支持プレートとカバープレートで挟持固定することにより、免疫染色を実施することができる。一方、接着細胞の細胞観察標本を作製する場合には、例えば、接着細胞を、フィルタ形状の細胞培養基材または細胞吸着基材上で培養し、それを本発明のホルダーに装着し免疫染色を実施することができる。
【0032】
続いて、本発明キットの別の一態様を
図3に示す。
図3は、他の態様となる支持プレートのみを
図2と同様に表面側から見た平面図、並びに当該図に一点鎖線B-Bの部分における断面図で、一部を透視的に表した説明図である。尚、この図にはカバープレートを省略して示し、本態様に特徴的な構成成分にのみハッチングを付している。この他の態様に係る支持プレート41にも、細胞保持基材配置部19、これに隣接する位置に嵌め込み用窪み23a及び23bを含む薬室に相当する構成成分が形成されるが、当該プレートの背面側には、
図3の平面図にクロスハッチを付した薄肉部43a~43gを分割して設ける構成としている。これら薄肉部は、前述した免疫染色工程で加温処理を行う際に、キットの熱膨張で発生する可能性がある反りを抑制するため、試薬の保持機能を担う上述の薬室等の機能を損なわないように、支持プレートの母材となる合成樹脂を背面側から切り欠き、比較的厚さの小さな領域に、分割して設けてある。このような分割された薄肉部を設けることによって、母材が切り欠かれていない比較的厚い領域が梁構造となって支持プレート全体の剛性を維持し、係る領域に加わる熱的な歪みを薄肉部が吸収し、形状安定性を保つ構成となっている。また、母材を切り欠く代わりに、薄肉部と同等の厚さの母材を別々に準備し、これらを貼り付けて梁構造を設けても良い。尚、本発明に係る発明者の検証によれば、免疫染色の前処理として抗原賦活化を要する場合、前述のとおり抗体試薬の添加前に、1時間程度の加温処理が必要な場合があり、この時に支持プレートの反りを生じることがあった。しかし、本発明に係る薄肉部を設けることにより、反りを低減することができた。
【0033】
本発明に係る薄肉部は、支持プレートの背面側に、細胞保持基材配置部が薬室として機能し得る領域であれば、任意好適な配置関係で設けることができる。特に、細胞保持基材配置部に薄肉部を設ける場合には、細胞保持基材を平らに載置できるように、支持プレートの反りを極力避けることが好ましいため、細胞保持基材配置部の概ね全部を薄肉部とすることが好ましい。このような薄肉部を設ける場合、薄肉部の占める面積は、支持プレートの材質や厚さによって反りの程度が変動するため、それを回避できるように適宜決定することができる。また、上述した好適形態例では、支持プレートに作り込まれた各種構成成分を階段状に直線的な断面形状で配設した例を説明した。しかしながら、本発明は、これら好適例にのみ限定されるものではない。例えば、係る階段状の断面に代えて、角の少ないスロープ状若しくはテーパー状の断面形状を採用することによって、洗浄工程でのキット表面からの液切れを促進するという効果も生じる。この場合、試薬と基材とを反応させる際に、試薬の粘度などによって、薬室内部に気泡が付着残存する場合もあったが、「角」を削減する構成によって、薬室内での気泡の残留を軽減することが可能であり、鮮明な抗体染色結果を実現し得るという効果も期待できる。これに加えて、本発明のキットでは不織布よりなる基材を例示して説明したが、これに限定されるものではなく、細胞を培養可能なポリカーボネートなどで構成されるメンブレン或いはガラス製のカバーグラスなどを基材としても良い。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の免疫染色用細胞保持基材ホルダー及び免疫染色用キットは、細胞診等の病理診断や新薬開発などの医学、薬学研究の分野に利用することができる。
【符号の説明】
【0035】
10:(免疫染色用)キット、11:支持プレート、13:カバープレート、
15:(免疫染色用細胞保持基材)ホルダー、17:細胞保持基材、
19:細胞保持基材配置部、21:免疫染色用反応室(薬室)、
23a,23b:嵌め込み用窪み、25:窪み、27:突出部、29:粗面部、
31:収納窪み、33:窓部、35:通液部、37a,37b:嵌め込み用爪、
39:切欠部、41:支持プレート、43a~43g:薄肉部。