(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-13
(45)【発行日】2022-05-23
(54)【発明の名称】スライス体の物性評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 3/40 20060101AFI20220516BHJP
G01N 19/00 20060101ALI20220516BHJP
G01N 33/12 20060101ALI20220516BHJP
【FI】
G01N3/40 Z
G01N19/00 A
G01N33/12
(21)【出願番号】P 2018078095
(22)【出願日】2018-04-16
【審査請求日】2021-01-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000113067
【氏名又は名称】プリマハム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100007983
【氏名又は名称】笹川 拓
(72)【発明者】
【氏名】加藤 重城
(72)【発明者】
【氏名】白須 直樹
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-238653(JP,A)
【文献】特開平04-038930(JP,A)
【文献】特開昭63-100348(JP,A)
【文献】特開2000-004841(JP,A)
【文献】特開2004-077182(JP,A)
【文献】特開2005-164427(JP,A)
【文献】国際公開第2017/150846(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 3/40
G01N 19/00
G01N 33/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品としての肉又は当該肉の加工品からなるスライス体の硬軟性及び/又は弾力性を評価するスライス体の物性評価方法であって、
載置台の平面部に前記スライス体を載置する工程と、
前記平面部に載置されたスライス体の主面に筒状体の環状の先端部を接触させて当該筒状体の内部に囲繞空間を形成して当該囲繞空間に露出する前記スライス体の一部を所定の吸引力で所定の時間吸引する工程と、
前記所定の時間吸引終了時からの前記吸引により生じた前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度の経時的な変化を計測する工程と、
前記スライス体の一部の突出度合の経時的な変化を当該スライス体の咀嚼時における硬軟性及び/又は弾力性を示す指標とする工程と
からなることを特徴するスライス体の物性評価方法。
【請求項2】
前記所定の時間吸引終了時からの前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度の経時的な変化の計測は、前記所定の時間吸引終了時と、当該吸引終了時から所定の時間経過後とに行うことを特徴とする請求項1に記載のスライス体の物性評価方法。
【請求項3】
前記スライス体の物性評価方法は、前記所定の時間吸引終了時における前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度により当該スライス体の硬軟性を算出することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のスライス体の物性評価方法。
【請求項4】
前記スライス体の物性評価方法は、前記吸引終了時から所定の時間経過後における前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度を計測し、
前記所定の時間吸引終了時における前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度との差分の前記所定の時間吸引終了時における前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度における割合を戻り率として算出して弾力性を算出することを特徴とする請求項2又は請求項3に記載のスライス体の物性評価方法。
【請求項5】
前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度は、当該筒状体の先端部の内部空間を当該筒状体の軸方向と直交する方向に照射する発光部からの光が、前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入により受光部との間で干渉されて前記光の強弱が変化することにより算出されることを特徴とする請求項1乃至請求項4のうち、いずれか1に記載のスライス体の物性評価方法。
【請求項6】
前記肉は、食肉、獣肉、魚肉又はこれらの組み合わせであることを特徴とする請求項1乃至請求項5のうち、いずれか1に記載のスライス体の物性評価方法。
【請求項7】
前記肉の加工品は、食肉製品であって、乾燥食肉製品、非加熱食肉製品、特定加熱食肉製品、又は加熱食肉製品であることを特徴とする請求項1乃至請求項6のうち、いずれか1に記載のスライス体の物性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品としての肉又は肉の加工品からなるスライス体の物性評価方法に関し、特に、薄くスライスしたスライス体等の食品における硬軟性、弾力性を測定する測定装置を用いたスライス体の物性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、食品の柔らかさ(硬さ)、弾力等の食感を人による官能評価と共にレオメータ等の機器分析により評価する試みが行われている。
【0003】
特許文献1には、食品の食感を客観的指標により評価する食感の評価方法及びシステムが開示されている。
【0004】
特許文献1によれば、供試食品の破断曲線を取得し、破断曲線のパワースペクトルを得てパワースペクトルの所望周波数領域上での特定ピークを供試食品の食感評価値として算出する。即ち、レオメータ等によって得られる単軸圧縮破断試験の値に対し、破断曲線の周波数解析を行い、任意の周波数領域でのエネルギーを求めて、これにより多孔性食品のクリスプネス等の食感を客観的指標により評価する。
【0005】
また、特許文献2には、弾性や粘弾性を有する物体の粘弾性特性を測定する物性測定装置及び物性測定方法が開示されている。
【0006】
特許文献2によれば、被測定物の表面に対し一定の噴射圧の流体を吹き付けて負荷を開始し、その負荷状態を一定時間保持した後に吹付けを停止して除荷すると共に、吹付け開始から吹付け停止までに吹付けによって生じた物体表面の窪みの深さ又は直径、及び吹付け停止から所定時間経過までの物体表面の窪みの深さ又は直径の経時的な変化に基づき、被測定物の粘弾性の特性を測定する。
【0007】
また、特許文献3には、アロエなどのゲル状食品あるいは果実などに関して、咀嚼時における硬さ、食感、テクスチャーの違いを数値的に定量化して評価することのできる評価方法が開示されている。
【0008】
特許文献3は、評価すべき食品の試料をプランジャーで押圧し、同時に押圧中の荷重及び歪率を連続的に測定し、荷重及び歪率の値を基に、最小自乗法により計算を行って、X軸を歪率、Y軸を荷重とする近似四次曲線の歪率-荷重曲線を作成する。
【0009】
作成した歪率-荷重曲線における極大値に到達する以前の曲線部分の変曲点における接線の傾きを求め、接線の傾きを食品咀嚼時における食品の硬さを表す指標、歪率-荷重曲線における極小値の荷重(MN)と極大値の荷重(MX)の値から求めた(MX-MN)/MXの値を食感の指標として採用するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2001-133374号公報
【文献】特開2009-52911号公報
【文献】特許5004253号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来、食品の硬さ等の物の評価方法は、特許文献1に開示されたレオメータによる破断応力測定、特許文献2における被測定物の表面に対し一定の噴射圧の流体の吹付け、特許文献3における評価すべき食品の試料をプランジャーで押圧するなど、測定対象物を破断、噴射による窪み、押圧といった動作が中心であった。
【0012】
しかしながら、レオメータ等の破断応力測定による突き刺し評価では測定可能な食品が限定され、また、食感と相関がない場合がある。
【0013】
また、特許文献2、特許文献3に開示されたような噴射による食品への押圧による窪み、押圧による破断といった動作は、咀嚼動作に一致するが、これらの動作方式では薄いスライスした肉等の硬さ、弾性を測定することができなかった。
【0014】
このように、硬さや、弾力性が食感に影響する薄くスライスされた製品(例えば、生ハム、ロースハム、生肉、刺身等といった肉又は肉の加工品からなるスライス体)では、レオメータ等による機器分析を行うことができなかった。
【0015】
このため、レオメータ等の破断応力測定による突き刺し、噴射、押圧等を用いた評価と異なるスライス体の物性評価方法が求められている。
【0016】
そこで、本発明は、スライスした生ハム等のスライス体で従来できなかった硬軟性、弾力性の測定を可能にし、人間の肌測定で用いられている吸引方式を食品に適用することにより、人間の官能評価と同一の結果を得ることができるスライス体の物性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的達成のため、本発明は、食品としての肉又は当該肉の加工品からなるスライス体の硬軟性及び/又は弾力性を評価するスライス体の物性評価方法であって、 載置台の平面部に前記スライス体を載置する工程と、前記平面部に載置されたスライス体の主面に筒状体の環状の先端部を接触させて当該筒状体の内部に囲繞空間を形成して当該囲繞空間に露出する前記スライス体の一部を所定の吸引力で所定の時間吸引する工程と、前記所定の時間吸引終了時からの前記吸引により生じた前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度の経時的な変化を計測する工程と、前記スライス体の一部の突出度合の経時的な変化を当該スライス体の咀嚼時における硬軟性及び/又は弾力性を示す指標とする工程とからなることを特徴する。
【0018】
また、本発明において、前記所定の時間吸引終了時からの前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度の経時的な変化の計測は、前記所定の時間吸引終了時と、当該吸引終了時から所定の時間経過後とに行うことを特徴とする。
【0019】
また、本発明の前記スライス体の物性評価方法は、前記所定の時間吸引終了時における前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度により当該スライス体の硬軟性を算出することを特徴とする。
【0020】
また、本発明の前記スライス体の物性評価方法は、前記吸引終了時から所定の時間経過後における前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度を計測し、前記所定の時間吸引終了時における前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度との差分の前記所定の時間吸引終了時における前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度における割合を戻り率として算出して弾力性を算出することを特徴とする。
【0021】
また、本発明の前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入深度は、当該筒状体の先端部の内部空間を当該筒状体の軸方向と直交する方向に照射する発光部からの光が、前記スライス体の一部の前記筒状体内部への侵入により受光部との間で干渉されて前記光の強弱が変化することにより算出されることを特徴とする。
【0022】
また、本発明の前記肉は、食肉、獣肉、魚肉又はこれらの組み合わせであることを特徴とする。
【0023】
また、本発明の前記肉の加工品は、食肉製品であって、乾燥食肉製品、非加熱食肉製品、特定加熱食肉製品、又は加熱食肉製品であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
食品としての肉又は肉の加工品からなるスライス体では、従来、人が噛む(歯で押す)ことで食感を評価していたが、本発明は、食品の表面を吸引して吸引量を測定する吸引式で行うことにより、人間の官能評価と同じ結果を得ることができる。このため、本発明によれば、スライスした生ハムなどの薄い食品等で従来食感でのみしか評価できなかった硬軟性及び弾力性の評価を可能にした。
【0025】
即ち、押すことと反対の動作である吸引することでスライス体を評価することができる。これにより、測定器により吸引することで、人の官能評価に加えて、客観的な指標を得ることができる。
【0026】
また、従来からある噴射による窪み、押圧による破断を用いた測定方法は、咀嚼動作と動作が一致するが、これらの測定方法では薄いスライスした肉等の硬さ、弾性を測定できなかった。本発明のスライス体の物性評価方法は、陰圧による吸引によっても硬軟性、弾力性が測定可能であり、これが、吸引というように咀嚼と相反する動作であるにもかかわらず、人間の官能評価による硬軟性、弾力性の評価と一致させることが可能となった。
【0027】
また、本発明に係るスライス体の物性評価方法によれば、官能評価と同一の結果であるため、食品の品質管理等に用いることができる。
【0028】
また、スライス体の主面に筒状体の環状の先端部を接触させて測定するので、スライス体の硬軟性、弾力性の評価を簡便に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】スライス体の硬軟性、弾力性を測定する物性特性測定装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】物性特性測定装置によるスライス体の硬軟性、弾力性を評価する工程を示すフローチャートである。
【
図3】(a)は、物性特性測定装置による吸引開始直後の筒状体内部の状態、(b)は、吸引開始から所定の時間T1が経過した直後の筒状体内部の状態、(c)は、所定の時間T1経過後に、吸引動作をOFFにして所定の時間T2が経過した直後の筒状体内部の状態を示す図である。
【
図4】
図3に示す吸引動作開始以後の筒状体内部におけるスライス体の吸引量の変化を示す図である。
【
図5】物性特性測定装置を用いたスライス生ハムの硬軟性、弾力性の評価における生ハム表面の測定箇所を示す図である。
【
図6】生ハムのカタ側の部位、ナカ側の部位及びモモ側の部位における物性特性測定装置によって測定された吸引量、戻り率を示す図である。
【
図7】生ハムのカタ側の部位、ナカ側の部位及びモモ側の部位における各部位2枚の官能評価の結果を示す図である。
【
図8】ランダムに抽出したスライス生ハムの物性特性測定装置によって測定された吸引量及び戻り率を示す図である。
【
図9】物性特性測定装置によって測定された生ハムの官能評価における柔らかさの評価結果を示す図である。
【
図10】物性特性測定装置によって測定された生ハムの官能評価における弾力の評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、図面を参照して、本発明によるスライス体の硬軟性、弾力性を評価するスライス体の物性評価方法を実施するための形態について説明する。尚、本発明は、スライス体の物性評価方法に関し、薄くスライスした肉等の食品を陰圧によって吸引することにより硬軟性、弾力性が測定可能であり、人間の官能評価による硬軟性、弾力性の評価と一致することを、本件発明者は試行錯誤の結果見出したものである。
【0031】
[物性特性測定装置]
最初に、スライス体の硬軟性、弾力性を測定する物性特性測定装置について
図1を用いて説明する。尚、スライス体とは、食品としての肉又は肉の加工品をスライス状に切断又は加工したものである。
【0032】
図1は、スライス体の硬軟性、弾力性を測定する物性特性測定装置の構成を示すブロック図である。
【0033】
図1に示すように、物性特性測定装置1は、筒状体2と、測定装置制御部20と、筒状体2と測定装置制御部20とを接続するケーブル30とで構成されている。
【0034】
図1に断面図で示す測定プローブとしての筒状体2は、円筒状の形状を成し、筒状体2の長手方向の一方の端部には、開口した環状の先端部5を有し、筒状体2の長手方向の他方の端部には、ケーブル30が接続されている。
【0035】
また、筒状体2の内部に先端部5を有する貫通孔7が設けられており、囲繞空間が形成されている。筒状体2は、囲繞空間の内側面部10と筒状体2の外部に位置する外側面部11との間に設置した一対の光学プリズム15、16と、筒状体2のケーブル30側の端部に設けられた発光部18、受光部19とから構成される非接触光学式測定部を有している。
【0036】
筒状体2の貫通孔7は、筒状体2の端部に設けられたケーブル30の吸引用チューブ31を介して、測定装置制御部20に接続されている。測定装置制御部20の陰圧発生部23に内蔵されたモータ24による吸引動作によって、筒状体2の貫通孔7が吸引状態となる。貫通孔7が吸引状態となることにより、筒状体2の先端部5に位置するスライス体が内部に吸引される。
【0037】
筒状体2の貫通孔7は先端部5から被測定物を吸収し、所定時間後解放する。筒状体2への侵入深度は筒状体2の先端部5を有する貫通孔7の内側面部10と筒状体2の外側面部11との間に設置した光学プリズム15、16、発光部18、受光部19から構成される非接触光学式測定部によって測定される。
【0038】
光学プリズム15、16は向かい合わせに構成されており、スライス体の一部の筒状体2内部への侵入深度は、筒状体2の先端部5の内部空間を筒状体2の軸方向と直交する方向に照射する発光部18からの矢印の線で示す光が、スライス体の一部の筒状体2内部への侵入により受光部19との間で干渉されて光の強弱が変化することにより測定される。
【0039】
このように、スライス体の一部の筒状体2内部への侵入深度は、発光部18から照射される光が受光部19との間で干渉されて光の強弱が変化することにより、受光部19からの信号が信号線33を介してデータ処理部21に入力されて、吸引量として算出される。尚、発光部18における発光のON、OFF制御は、電源供給線32で供給される電源の通電、遮断によって行われる。
【0040】
また、測定装置制御部20のデータ処理部21にコンピュータ40が接続されており、コンピュータ40は、データ処理部21からのデータの表示、データのメモリ41への記憶を行う。
【0041】
物性特性測定装置1は、測定中に先端部5からの被測定物の侵入深度によって光の強度が変わり、陰圧に対する被測定物としてのスライス体の反発力の大きさ及び陰圧解除後のスライス体の元の位置に戻る能力をデータ処理部21を介してコンピュータ40にリアルタイムで曲線として表示することが可能である。
【0042】
測定に用いる物性特性測定装置1の測定プローブとしての筒状体2の先端部5の吸着径は2mm、陰圧の大きさは450mba、測定間隔の設定は、2秒吸引、2秒弛緩(吸引なし)である。測定に用いる物性特性測定装置は、キュートメータ(Courage+Khazaka社製)が好適である。
【0043】
尚、物性特性測定装置1の筒状体2の大きさ、吸引動作の設定条件は、一例であり、これに限定するものではない。
【0044】
スライス体の物性評価方法におけるスライス体は、肉又は肉の加工品をスライス状に切断又は加工したものであって、この肉には食肉、獣肉、魚肉又はこれらの組み合わせが含まれる。また、食肉とは、畜肉、鳥肉等をいう。さらに、スライス体は、加熱済み又は非加熱の何れでもよい。さらに、肉の加工品は、例えば、食肉製品であって、乾燥食肉製品、非加熱食肉製品、特定加熱食肉製品、又は加熱食肉製品である。
【0045】
そのため、スライス体は、例えば、生ハム、ロースハム、プレスハム、ソーセージ、魚肉ハム、魚肉ソーセージ、生肉、刺身等をスライスしたものが該当する。
【0046】
また、スライス体の物性評価方法におけるスライス体は、0mm超5mm以内の厚さを有することが好ましく、特には0.5mm以上2mm以内の厚さを有することが望ましい。
【0047】
この場合、スライス体の厚みが0.5mm未満の場合については、スライス体の組織がしっかりしていて硬い場合であれば、0.5mm未満よりも薄くても測定できる可能性があるためである。しかしながら、0.5mmより薄いスライス体の場合には、肉が破れ測定ができないことがある点に留意する。一方、2.0mmを超える厚く硬い肉は、吸い込める肉の量が少ないため、吸引量を示す侵入深度の高さが低くなり、肉ごとの差を確認できないことがある点に留意する。
【0048】
[物性測定方法]
次に、物性特性測定装置によるスライス体の硬軟性、弾力性を測定する物性測定方法について
図2乃至
図4を用いて説明する。
【0049】
図2は、物性特性測定装置によるスライス体の硬軟性、弾力性を評価する工程を示すフローチャートである。
図3は、物性特性測定装置による筒状体内部におけるスライス体の吸引の状態を示す図であり、
図3(a)は、吸引開始直後の筒状体内部の状態、
図3(b)は、吸引開始から所定の時間T1が経過した直後の筒状体内部の状態、
図3(c)は、所定の時間T1経過後に、吸引動作をOFFにして所定の時間T2が経過した直後の筒状体内部の状態を示す図である。
図4は、
図3に示す吸引動作開始以後の筒状体内部におけるスライス体の吸引量の変化を示す図である。
【0050】
図2及び
図3(a)に示すように、物性特性測定装置1による硬軟性、弾力性の測定は、測定するスライス体50の主面をひろげて載置台45の平面部に載置する(ステップS1)。このとき、スライス体50の載置台45と接する面と載置台45との間にポリエチレン等からなる食品包装用フィルム(図示せず)等を敷くようにする。これは、スライス体50と載置台45との間の粘着、摩擦が測定に影響を与えないようにするためである。
【0051】
図3(a)に示すように、載置台45の平面部に載置されたスライス体50の主面に筒状体2の環状の先端部5を接触させる(ステップS2)。
【0052】
囲繞空間に露出するスライス体50の一部を太い矢印で示す方向(紙面の上側方向)に所定の吸引力で所定の時間T1吸引する(ステップS3)。
【0053】
所定の時間T1吸引終了時からの吸引により生じたスライス体50の一部の筒状体2内部への侵入深度を計測する(ステップS4)。
【0054】
また、所定の時間T1経過後に吸引動作をOFFにする(ステップS5)。
図3(b)に示すように、吸引によりスライス体50の一部が筒状体2内部に侵入している。
【0055】
図4に示すように、このときの、筒状体2内部への侵入深度(吸引量)をAとする。所定の時間T1吸引終了時におけるスライス体50の一部の筒状体2内部への侵入深度(吸引量)によりスライス体50の硬軟性を算出する。
【0056】
即ち、スライス体50の柔らかの指標としての硬軟性は、侵入深度(吸引量)Aの値で示される。Aの値が大きい程、柔らかい肉と判定できる。
【0057】
次に、所定の時間T1吸引終了時からのスライス体50の一部の筒状体2内部への侵入深度の経時的な変化を測定する(ステップS6)。
【0058】
図4に示すように、所定の時間T1吸引終了時からのスライス体50の一部の筒状体2内部への侵入深度の測定は、所定の吸引時間T1終了時t1から所定の時間T2経過後のt2で行う。
図3(c)に示すように、吸引動作をOFFにして所定の時間T2経過したことにより、スライス体50の一部が筒状体2内部に残った状態となる。
図4に示すように、このときの、筒状体2内部への侵入深度をBとする(ステップS7)。
【0059】
吸引終了時から所定の時間T2経過後におけるスライス体50の一部の筒状体2内部への侵入深度Bを計測し、所定の時間T1吸引終了時におけるスライス体50の一部の筒状体2内部への侵入深度Aとの差分を算出し、算出した差分のスライス体50の一部の筒状体2内部への侵入深度Aにおける割合を戻り率として算出して、弾力性を求める(ステップS8)。
【0060】
即ち、スライス体の弾力の指標としての戻り率(弾力性)は、(A-B)/Aから割合を算出して求められる。戻り率の値が大きい程、弾力のある肉と判定できる。
【0061】
コンピュータ40は、データ処理部21からの吸引量、戻り率を測定したスライス体の識別番号と共にメモリ41に記憶する(ステップS9)。
【0062】
[物性特性測定装置による評価及び官能評価の相関関係]
次に、物性特性測定装置による食品としてのスライス体の硬軟性、弾力性の評価及びスライス体の官能評価の相関関係について
図5乃至
図7を用いて説明する。
【0063】
測定サンプルは、カタ側、ナカ側、モモ側の3部位からなる20本の生ハム原木(スライス前の生ハムの肉塊)からスライスした各生ハム原木の各部位から2枚ずつ選び、総数120枚からなる。尚、以下の説明では、スライスした生ハムを「スライス生ハム」と記す。
【0064】
図5は、物性特性測定装置を用いたスライス生ハムの硬軟性、弾力性の評価における生ハム表面の測定箇所を示す図である。
【0065】
図5に示すように、スライス生ハム51の上面を脂肪部分51aが表面を覆っており、その他の部分は赤身部分51bとなる。測定箇所は、スライス生ハム表面の楕円で示す中心部a、楕円で示す4点の外縁部b、c、d、eの中心付近の計5箇所であり、各箇所を4回測定して、計20回の測定値の平均値を生ハム1枚の測定値とした。
【0066】
また、生ハムの厚さは、カッターの設定値を1.2mmとしてスライスした厚さである。
【0067】
尚、評価に用いた生ハム原木は、スライスされた各部位からそれぞれ2枚が選び出される。カタ側の部位、モモ側の部位については各生ハム原木から可能な限り端の位置、ナカ側の部位についてはより原木中心部でサンプリングするようにしたものである。
【0068】
図6は、生ハムのカタ側の部位、ナカ側の部位及びモモ側の部位における物性特性測定装置1によって測定された吸引量、戻り率を示す図である。
【0069】
図6に示すように、吸引量は、生ハムのカタ側の部位、ナカ側の部位及びモモ側の部位における物性特性測定装置1によって測定された吸引期間T1後の侵入深度Aであり、戻り率は、吸引期間T1経過後の吸引動作OFFからの所定の時間T2経過後の侵入深度Bから算出された値である。尚、
図6に示す縦軸の吸引量は、測定した侵入深度Aで、単位はmmであり、横軸の戻り率は、測定した侵入深度A、Bから算出したものであり、単位は%である。
【0070】
図6に示すように、測定した生ハムのカタ側の吸引量が多いため、カタ側の部位は柔らかであり、ナカ側の部位及びモモ側の部位は、やや固めであることが測定された。また、戻り率は、カタ側の部位が50%前後であり、弾力がやや弱く、ナカ側の部位及びモモ側の部位の戻り率は、50%を超えて弾力があることが確認された。また、
図6に、吸引量と戻り率の分布状態を太い矢印で示す。
【0071】
図7は、生ハムのカタ側の部位、ナカ側の部位及びモモ側の部位における各部位2枚の官能評価の結果を示す図である。
【0072】
官能評価は、硬さを5段階評価(1から5)で評価者6名で行ったものである。尚、5段階評価の1は最も柔らかく、5段階評価の5は最も硬いことを示し、最も硬い評価値は30となる。
図7に示すように、官能評価では、カタ側の部位が、10以下の8と9であり、ナカ側の部位は、15を超える18と23であり、モモ側の部位は、24以上であり、24と28であった。また、
図7に、官能評価における硬さの分布状態を太い矢印で示し、カタ側の部位よりも、ナカ側の部位及びモモ側の部位が硬くなっており、物性特性測定装置による測定結果であるカタ側の部位よりも、ナカ側の部位及びモモ側の部位が硬いとの測定結果との相関関係が見出された。
【0073】
これにより、スライス生ハムの物性特性測定装置1による測定結果からの硬軟性と、官能検査による食感での硬さ、柔らかさとの相関があり、両者が一致することが確認され、物性特性測定装置1による硬軟性の評価が有効であることが確認された。
【0074】
尚、一般的に、カタ側、ナカ側、モモ側の3部位からなる生ハム原木(スライス前の生ハムの肉塊)は、カタ側の部位よりも、ナカ側の部位及びモモ側の部位の方が硬いということが当業者においては知られており、これは物性特性測定装置1による硬軟性の評価の結果とも一致し、この点においても相関関係が見出された。
【0075】
次に、カタ側、ナカ側、モモ側の部位を指定せずに、ランダムに抽出したスライス生ハムの物性特性測定装置によって測定、評価した吸引量及び戻り率と、同一品における官能評価との比較を
図8乃至
図10を用いて説明する。
【0076】
図8は、ランダムに抽出したスライス生ハムの物性特性測定装置によって測定された吸引量及び戻り率を示す図である。
【0077】
尚、ランダムに抽出したスライス生ハムのサンプル数は6枚であり、各サンプル名をS1、S2、S3、S4、S5、S6とする。また、測定箇所は、
図5に示す箇所と同一であり、スライス生ハム表面の楕円で示す中心部a、楕円で示す4点の外縁部b、c、d、eの中心付近の計5箇所であり、各箇所を4回測定して、計20回の測定値の平均値を生ハム1枚の測定値とした。
【0078】
図9は、物性特性測定装置によって測定された生ハムの官能評価における柔らかさの評価結果を示す図である。また、
図9に、
図8に示す吸引量をサンプル毎に点で表示し、サンプル毎の点を結んだ線を示す。
【0079】
図10は、物性特性測定装置によって測定された生ハムの官能評価における弾力性の評価結果を示す図である。また、
図10に、
図8に示す戻り率をサンプル毎に点で表示し、サンプル毎の点を結んだ線を示す。
【0080】
図8に示すように、物性特性測定装置によれば、サンプルS1、S2は、吸引量が1mm前後であり、柔らかいことが測定された。また、サンプルS3、S4、S5、S6は、吸引量が0.5mm前後であり、硬いことが測定された。
【0081】
一方、
図9に示す官能評価は、柔らかさを5段階評価(1から5)で評価者6名で行ったものである。尚、5段階評価の5は最も柔らかく、5段階評価の1は最も硬いことを示し、最も柔らかい評価値は30となる。
【0082】
図9に示すように、サンプルS1、S2は、評価値が25であり、食感として柔らかいことが評価された。また、サンプルS3、S4、S5は、評価値が15前後であり、サンプルS1、S2よりも硬く、通常の柔らかさであった。サンプルS6は、評価値10未満で有り、硬いと評価され、物性特性測定装置による測定結果であるサンプルS1、S2が柔らく、サンプルS3、S4、S5、S6が硬いとの測定結果との相関関係が見出された。
【0083】
また、
図8に示すように、物性特性測定装置によれば、サンプルS1、S2は、戻り率が50%未満であり、弾力が少ないことが測定された。また、サンプルS3、S4、S5、S6は、戻り率が50%を超えており、弾力があることが測定された。
【0084】
図10に示す官能評価は、弾力があることを5段階評価(1から5)で評価者6名で行ったものである。尚、5段階評価の5は最も弾力があり、5段階評価の1は最も弾力がないことを示し、弾力が最もある場合には評価値は30となる。
【0085】
図10に示すように、サンプルS1、S2は、官能評価における弾力の評価値が10前後であり食感としての弾力が小さいと評価された。また、サンプルS3、S4、S5は、サンプルS1、S2よりも弾力があり、弾力の評価値が20前後であり食感としての弾力があると評価された。また、サンプルS6は、評価値が29であり食感としての弾力がさらに大きいと評価され、物性特性測定装置による測定結果であるサンプルS1、S2よりも、サンプルS3、S4、S5、S6が弾力があるとの測定結果との相関関係が見出された。
【0086】
このように、スライス生ハムの物性特性測定装置による測定結果からの硬軟性と、官能検査による食感での硬さ、柔らかさとの相関があり、両者が一致することが確認され、物性特性測定装置による硬軟性の評価が有効であることが確認された。
【0087】
また、物性特性測定装置1による測定結果から算出した戻り率と、官能検査による食感での弾力との相関があり、両者が一致することが確認され、物性特性測定装置1による戻り率に基づく弾力性の評価が有効であることが確認された。
【0088】
尚、物性特性測定装置による硬軟性(吸引量)、弾力性(戻り率)及び官能検査による硬さ、柔らかさ、弾力のこれらのデータは測定された一例であり、これに限定するものではない。
【0089】
[スライス体の物性評価方法の効果]
以上述べたように、スライス体では、従来、人が噛む(歯で押す)ことで食感を評価していたが、本発明は、食品の表面を吸引して吸引量を測定する吸引式で行うことにより、人間の官能評価と同じ結果を得ることができる。このため、本発明によれば、スライス生ハムなどの薄い食品等で従来食感でのみしか評価できなかった硬軟性及び弾力性の評価を可能にした。
【0090】
即ち、押すことと反対の動作である吸引することでスライス体を評価することができる。このため、測定器により吸引することで、人の官能評価に加えて、客観的な指標を得ることができる。
【0091】
また、従来からある噴射による窪み、押圧による破断を用いた測定方法は、咀嚼動作と動作が一致するが、これらの測定方法では薄いスライスした肉等の硬さ、弾性を測定できなかった。本発明のスライス体の物性評価方法は、陰圧による吸引によっても硬軟性、弾力性が測定可能であり、これが、吸引というように咀嚼と相反する動作であるにもかかわらず、人間の官能評価による硬軟性、弾力性の評価と一致させることが可能となった。
【0092】
また、本発明に係るスライス体の物性評価方法によれば、官能評価と同一の結果であるため、食品の品質管理等に用いることができる。
【0093】
また、スライス体の主面に筒状体の環状の先端部を接触させて測定するので、スライス体の硬軟性、弾力性の評価を簡便に行うことができる。
【0094】
以上、本発明の実施形態を説明したが、この実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。この実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができ、また、それらの置き換えや変更は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0095】
また、
図1の機能ブロック図に示した機能ブロックは、本発明に係るスライス体の物性評価方法における物性特性測定装置1の機能的構成を示すものであって、具体的な実装形態を制限しない。即ち、図中の機能ブロックに対応するハードウェアが実装される必要はなく、一つのプロセッサーがプログラムを実行することで複数の機能部の機能を実現する構成とすることも勿論可能である。また、実施形態においてソフトウェアで実現される機能の一部をハードウェアで実現してもよく、さらには、ハードウェアで実現される機能の一部をソフトウェアで実現してもよい。
【符号の説明】
【0096】
1 物性特性測定装置
2 筒状体(測定プローブ)
5 先端部
7 貫通孔(囲繞空間)
10 内側面部
11 外側面部
15、16 光学プリズム
18 発光部
19 受光部
20 測定装置制御部
21 データ処理部
23 陰圧発生部
24 モータ
30 ケーブル
31 吸引用チューブ
32 電源供給線
33 信号線
40 コンピュータ
41 メモリ
45 載置台
50 スライス体
51 生ハム(スライス生ハム)
51a 脂肪部分
51b 赤身部分