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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-13
(45)【発行日】2022-05-23
(54)【発明の名称】輸送機器用アルミニウム合金導電部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/05 20060101AFI20220516BHJP
   H01R 13/03 20060101ALI20220516BHJP
   H01B 1/00 20060101ALI20220516BHJP
【FI】
C23C22/05
H01R13/03
H01B1/00 D
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018521774
(86)(22)【出願日】2017-06-08
(86)【国際出願番号】 JP2017021317
(87)【国際公開番号】W WO2017213221
(87)【国際公開日】2017-12-14
【審査請求日】2020-04-14
(31)【優先権主張番号】P 2016114775
(32)【優先日】2016-06-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(73)【特許権者】
【識別番号】315006377
【氏名又は名称】日本ペイント・サーフケミカルズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(72)【発明者】
【氏名】千村 勇祐
(72)【発明者】
【氏名】島田 隆登志
(72)【発明者】
【氏名】安田 和史
(72)【発明者】
【氏名】上坂元 秀彰
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-100599(JP,A)
【文献】特開2008-202149(JP,A)
【文献】特開2012-031479(JP,A)
【文献】特開2014-062277(JP,A)
【文献】特開2011-068930(JP,A)
【文献】特開平06-025866(JP,A)
【文献】特開平11-140662(JP,A)
【文献】特開2015-057520(JP,A)
【文献】特開2012-206508(JP,A)
【文献】特開2012-012638(JP,A)
【文献】中山隆臣ら,環境に優しい塗装下地用新規金属酸化膜処理薬剤の開発,色材協会誌,一般社団法人色材協会,2006年09月20日,Vol.79, No.9,p.382-389
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00-22/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金から形成された基材と、
前記基材の表面に形成され、Al以外の元素の金属酸化物を含み、被接続部材に接触する金属酸化皮膜と、を備える輸送機器用アルミニウム合金導電部材であって、
前記金属酸化皮膜の総皮膜量は、金属換算質量で0.1~40mg/mであり、
前記金属酸化物は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、Wからなる元素群Xから選ばれる1又は2以上の酸化物、かつ、Zn、In、Snからなる元素群Yから選ばれる1又は2以上の酸化物を含み、
前記輸送機器用アルミニウム合金導電部材は、バスバーまたは接続端子を含み、前記被接続部材に電気的に接続され
初期の接触抵抗の値は、90μΩ以下であり、温度急変試験後の接触抵抗の値は、100μΩ以下であり、高温高湿試験後の接触抵抗の値は、120μΩ以下である、
ことを特徴とする輸送機器用アルミニウム合金導電部材。
【請求項2】
被接続部材と接触する範囲において、前記基材の表面に対する前記金属酸化皮膜の被覆率が50~100%である、
ことを特徴とする請求項1に記載の輸送機器用アルミニウム合金導電部材。
【請求項3】
前記金属酸化皮膜の膜厚が1~200nmである、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の輸送機器用アルミニウム合金導電部材。
【請求項4】
前記元素群Xに属する元素の総金属物質量をnとし、前記元素群Yに属する元素の総金属物質量をnとしたとき、n/(n+n)の値が0.003~0.95である、
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の輸送機器用アルミニウム合金導電部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、輸送機器用アルミニウム合金導電部材に関する。
【背景技術】
【0002】
電気接続用の導電部材は、電線、接続端子、電極などを電気的に接続する際に使用する部材である。導電部材は、自動車をはじめとして、OA機器や家電製品、発電事業製品など様々な製品において使用されている。これらの製品の高性能化に伴い、内蔵される電気機器、電子制御装置も増加傾向にある。このため、そうした電気機器や電子制御装置などの電気的接続を担うバスバーやコネクターなどの導電部材が使用される量も増加傾向にある。
【0003】
バスバー材をはじめとする電気接続用の導電部材は、導電性が重視されるためCu合金製の導電部材が主流であった。しかし、自動車をはじめとした輸送機器では軽量化による燃費向上を目的として、より軽量な部材が必要とされる。また、Cu合金製導電部材は、近年の地金高騰による原料のコスト高や、Cu資源の枯渇懸念もあることから、Cu合金製導電部材の代替製品としてAl合金製導電部材に移行しつつある。なお、本明細書において合金の語は、その金属の純金属、及びその金属を主成分とする合金を含む意味で用いる。
【0004】
アルミニウム(Al)合金材を導電部材として用いる場合、表面の酸化皮膜による接触電気抵抗(以下、接触抵抗)が大きく、また増大しやすいという問題点がある。これらの問題点を解決する手法として、例えば電気抵抗の大きいAl酸化物の皮膜の形成を抑制するべく、Al合金基材表面にNiめっきとSnめっきを順次積層して成るAl合金製の自動車用導電体が知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-207940号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このようなめっき処理Al製導電部材は、めっき処理そのものが高コストであることに加えて、Alが難めっき性であることに起因し、めっき時の工程が増加しさらなるコスト高を招くという問題点を有する。特許文献1においても、めっきの前処理としてZn処理が必要とされており、工程数の増大による生産性の低下や、コスト増を招く問題があった。
【0007】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものである。本発明の目的は、輸送機器用アルミニウム合金導電部材のAl合金基材表面で形成されるAl酸化物の皮膜の形成を抑制することである。より具体的には、加熱と冷却が繰り返される環境下、あるいは高温かつ高湿度な環境下においてもAl酸化物の皮膜の形成を抑制し、接触抵抗を低い状態に維持する。さらに、本発明の他の目的は、以上の機能を有する輸送機器用のアルミニウム合金導電部材をより安価に提供することである。
【0008】
以下、Al合金材からなるAl合金基材部の表面に形成されたAl以外の元素からなる金属酸化物を含む皮膜を、単に「金属酸化皮膜」と呼ぶ。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明に係る輸送機器用アルミニウム合金導電部材は、
アルミニウム合金から形成された基材と、
前記基材の表面に形成され、Al以外の元素の金属酸化物を含み、被接続部材に接触する金属酸化皮膜と、を備える輸送機器用アルミニウム合金導電部材であって、
前記金属酸化皮膜の総皮膜量は、金属換算質量で0.1~40mg/mであり、
前記金属酸化物は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、Wからなる元素群Xから選ばれる1又は2以上の酸化物、かつ、Zn、In、Snからなる元素群Yから選ばれる1又は2以上の酸化物を含み、
前記輸送機器用アルミニウム合金導電部材は、バスバーまたは接続端子を含み、前記被接続部材に電気的に接続され
初期の接触抵抗の値は、90μΩ以下であり、温度急変試験後の接触抵抗の値は、100μΩ以下であり、高温高湿試験後の接触抵抗の値は、120μΩ以下である、
ことを特徴とする。
【0010】
被接続部材と接触する範囲において、前記基材の表面に対する前記金属酸化皮膜の被覆率が50~100%である、
こととしてもよい。
【0011】
前記金属酸化皮膜の膜厚が1~200nmである、
こととしてもよい。
【0012】
前記元素群Xに属する元素の総金属物質量をnとし、前記元素群Yに属する元素の総金属物質量をnとしたとき、n/(n+n)の値が0.003~0.95である、
こととしてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、輸送機器用アルミニウム合金導電部材のAl合金基材の表面に形成させた金属酸化皮膜によって、Al合金基材の表面にAl酸化物の皮膜が形成することを抑制する。そのため、被接続部材と接続した際の接触抵抗を低減することができる。さらに、加熱と冷却が繰り返される環境下、あるいは高温かつ高湿度な環境下においても、Al酸化物の皮膜の形成を抑制し、実使用環境においても接触抵抗を低い状態に維持することができる。さらに、本発明によれば、以上の機能を有する輸送機器用アルミニウム合金導電部材をより安価に提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明では、良導電性であるめっきでAl合金基材表面を被覆するのではなく、Al以外の元素からなる金属の酸化物でAl合金基材表面を薄く被覆する。本発明者らは、このようにしてAl合金基材表面の酸化皮膜形成を抑制し接触抵抗を低減させ、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
以下、本発明を適用した最良の実施形態を説明する。
まず、本実施形態のAl合金導電部材の各構成要素について詳説する。
【0016】
[Al合金導電部材]
本発明のAl合金導電部材は、Al合金基材部と、前記Al合金基材部上に形成される金属酸化皮膜とを有するAl合金導電部材である。
【0017】
[Al合金基材部]
Al合金基材部を構成する金属は、Al合金であれば特に制限はない。機械的強度、加工性、電気伝導性、汎用性、製造コストなどの観点から、導電部材の構成材料として好適な合金種が用いられうる。
合金種としては、純Al系、Al‐Mn系、Al‐Mg系、Al‐Mg‐Si系、などが挙げられる。Al合金中のAl以外の元素については、Al合金において用いることのできる元素であれば特に制限するものではない。例えば、Cu、Mn、Si、Mg、Zn、Ni、Ti、Feなどが、Al合金に含有されうる。また、具体的なAl合金の例として、純Al系としてはA1150、A1050が挙げられ、Al‐Mn系としてはA3003、A3004があげられ、Al‐Mg系としてはA5052、A5053が挙げられ、Al‐Mg‐Si系としてはA6101が挙げられる。
【0018】
[金属酸化皮膜]
金属酸化皮膜はAl合金基材部表面に形成される。また、金属酸化皮膜はAl合金基材部表面での酸化物の生成を抑制する。これにより、Al合金基材部表面におけるAl酸化物が成長することによる接触抵抗の増加を抑制できる。また、詳細は後述するが、金属酸化皮膜に電気抵抗の小さい酸化物を含ませることにより、金属酸化皮膜の電気抵抗が小さくなるため、接触抵抗をより低くし、長期間、低接触抵抗を維持することが可能である。
【0019】
金属酸化皮膜の形成方法は、既知の種々の形成法を用いることができ、特に制限するものではない。後述の被覆率、総皮膜量、膜厚の制御ができる手法や、金属酸化皮膜中の金属元素種やその比率を制御できる手法が望ましい。こうした特徴を備えた金属酸化皮膜の形成手法の例を挙げるならば、フルオロ金属錯体の溶液もちいて金属酸化物を析出させる液相析出法(LPD法)や、金属アルコキシドの加水分解反応と脱水縮合を利用したゾル-ゲル法が挙げられる。LPD法を用いて金属酸化皮膜を形成する場合、その処理溶液は酸性溶液であることが望ましい。酸性溶液の酸成分としては、例を挙げるならば弗酸、塩酸、硝酸、硫酸、が望ましい。
【0020】
金属酸化皮膜は、被接続部材と接触している範囲において、Al合金基材部の50%以上を被覆していることが望ましく、80%以上を被覆していることがより望ましく、95%以上を被覆していることがさらに望ましく、100%被覆していることが最も望ましい。被覆率を50%以上に規定する理由は、金属酸化皮膜によって被覆されないAl合金基材部の表面が存在するほど、その部分でAl合金基材部表面が酸化しAl酸化物の皮膜が生成され、ひいては接触抵抗が増加するためである。
【0021】
被覆率は、以下の操作、測定、計算により算出される値と定義する。まず、金属酸化皮膜が被接続部材と接触する範囲において、Al合金基材部とAl合金基材部の上にある金属酸化皮膜の断面を、集束イオンビーム(FIB)によって取り出す。続いて、金属酸化皮膜の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)を用いたエネルギー分散型X線分析装置(EDS)によって測定し、前記断面の元素マッピングを得る。ここで、500nm四方における任意の視野において、Al合金基材部からの皮膜厚さが1.0nm未満の部分を非被覆部、Al合金基材部からの皮膜厚さが1.0nm以上の部分を被覆部とする。そして、被覆部の長さを被覆部と非被覆部の長さの和で除したものを被覆率とする。なお、1.0nm以下の皮膜はTEMでは観察し難いため、1nm以下を非被覆部とした。
【0022】
巨視的に見た金属酸化皮膜の被覆範囲は、Al合金基材部の内、被接続部材と接触する範囲が前記被覆率の範囲内で被覆していればよく、Al合金基材部の一部又は全部が被覆しているかは限定するものではない。この被覆範囲は製造コストや耐食性、加工性などの要素に応じて好適なものが用いられうる。
【0023】
金属酸化皮膜は、その総皮膜量が金属換算質量で0.10~40mg/mであることが望ましい。0.10mg/m未満の総皮膜量では、Al合金基材部を十分に被覆することができず、金属酸化皮膜の被覆によるAl酸化物形成の抑制効果が十分に得られない。40mg/mを超えた皮膜量では、金属酸化皮膜が増加した分、金属酸化皮膜における電気抵抗が増加し、ひいては接触抵抗の増加が起こる。
また、金属酸化皮膜の総皮膜量が金属換算質量で1.0~30mg/mであることがより望ましい。総皮膜量がこの範囲にある時、初期の接触抵抗が良好なだけでなく、加熱と冷却が繰り返される環境下にあっても、長期的に良好な接触抵抗を得られるためである。
【0024】
総皮膜量は、以下の操作、測定、計算により算出される値と定義する。すなわち、金属酸化皮膜が被接続部材と接触する範囲を、蛍光X線分析(XRF)によって測定し、蛍光X線スペクトル(S)を得る。同時に、同じAl基材合金材からなり金属酸化皮膜を有さない基材を測定し、バックグラウンドの蛍光X線スペクトル(B)を得る。前記スペクトルSから、前記スペクトルBを減ずることによって、金属酸化皮膜由来のスペクトルが得られ、このスペクトル中のAl以外の金属元素の総皮膜量を金属酸化皮膜の総皮膜量と定義する。総皮膜量の算出にあたっては、同じ手法によって測定した総皮膜量既知の標準試料から得られる検量線を用いることで、その皮膜量を算出することができる。
【0025】
金属酸化皮膜の膜厚は、1.0~200nmであることが望ましい。1.0nm未満の膜厚は、TEMで観察することが難しい。200nmを超える膜厚では、金属酸化皮膜が増加した分、金属酸化皮膜における電気抵抗が増加するか、あるいは金属酸化皮膜の密度が低下することで金属酸化皮膜の被覆によるAl酸化物形成の抑制効果が十分に得られない。
また、10~100nmであることがさらに望ましい。膜厚がこの範囲内にある時、初期の接触抵抗が良好なだけでなく、加熱と冷却が繰り返される環境下にあっても、長期的に良好な接触抵抗を得られるためである。
【0026】
金属酸化皮膜の膜厚は、以下の操作、測定、計算により算出される値と定義する。まず、金属酸化物皮膜が被接続部材と接触する範囲において、Al合金基材部とAl合金基材部の上にある金属酸化皮膜の断面を、集束イオンビーム(FIB)によって取り出す。続いて、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いたエネルギー分散型X線分析装置(EDS)によって測定し、前記断面の元素マッピングを得る。そして、得られた元素マッピングの任意の視野における、10点の膜厚の平均値を金属酸化皮膜の膜厚と定義する。
【0027】
金属酸化皮膜には下記元素群Xから選ばれる1又は2以上の元素からなる酸化物を含むことが望ましい。
【0028】
元素群Xは、その酸化物が酸素バリア性を有する、周期律表の第4族であるTi、Zr、Hf、第5族であるV、Nb、Ta、第6族であるCr、Mo、Wなどの元素が挙げられる。但し、これ以外の元素でもAl合金基材部への酸素バリア性を有する酸化物であれば、特に制限するものではない。
【0029】
前記元素群Xから選ばれる元素からなる酸化物(以下、X群酸化物と呼ぶ)を含む金属酸化皮膜は、X群酸化物の有する酸素バリア性を有する。酸素バリア性は、金属酸化皮膜下にあるAl合金基材部表面が外環境中の酸素に曝露されることを防ぐ効果を有する。この効果により、金属酸化皮膜下にあるAl合金基材部表面ではAl酸化物の皮膜形成が抑制され、低接触抵抗を維持することができる。
【0030】
さらに、金属酸化皮膜の成分はX群酸化物に加え、下記元素群Yから選ばれる1又は2以上の元素からなる酸化物(以下、Y群酸化物とよぶ)を含むことが望ましい。
【0031】
元素群Yは、その酸化物の電気抵抗が低いZn、In、Mg、Sn、Caなどが挙げられる。但し、これ以外の元素でも低電気抵抗の酸化物を形成する元素であれば、特に制限するものではない。
【0032】
X群酸化物に加え、Y群酸化物を、金属酸化皮膜に含ませる理由は以下の通りである。前記酸素バリア性を有するX群酸化物からなる金属酸化皮膜は、酸化物で構成されるためその電気抵抗は金属と比較すると大きい。Y群酸化物はX群酸化物よりも電気抵抗が低いため、金属酸化皮膜中にY群酸化物を含ませることで、金属酸化皮膜の電気抵抗を低減することができるためである。
【0033】
なお、金属酸化皮膜の、元素群Xに属する元素の総金属物質量nと、元素群Yに属する元素の総金属物質量nは、次式(1)で規定される関係を満足することが望ましい。
0.003<=n/(n+n)<=0.95 ……(1)
ただし、nを、金属酸化皮膜中に存在し元素群Xに属する元素の単位面積当たりの物質量(単位:mol/m)の総和、nを金属酸化皮膜中に存在し元素群Yに属する元素の単位面積当たりの物質量(単位:mol/m)の総和と定義する。総金属物質量nは、元素群Xに属する総皮膜量の各値を、金属酸化皮膜中に含まれる元素群Xに属する各金属元素の原子量で除し、それらの総和を計算することによって算出できる。
/(n+n)を式(1)の範囲に限定する理由は以下の通りである。n/(n+n)が0.003未満の場合、元素群Yから選ばれる元素からなる酸化物を添加したことによる電気抵抗の低下効果が十分に得られない。また、n/(n+n)0.95を超える場合、元素群Xから選ばれる元素からなる酸化物による皮膜の酸素バリア性が十分得られず、長期に良好な接触抵抗を得ることができない。
【0034】
また、n/(n+n)は、次式(2)で規定される関係を満足することがさらに望ましい。
0.1<=n/(n+n)<=0.9 ……(2)
/(n+n)を式(2)の範囲に限定する理由は以下の通りである。n/(n+n)が式(1)内で0.003近傍にある場合、Y群酸化物による皮膜の電気抵抗低下の効果は得られるものの、その効果は乏しい。また、n/(n+n)が式(1)内で0.95近傍にある場合、Y群酸化物による皮膜の電気抵抗低下の効果は十分得られ初期の接触抵抗は低下するものの、X群酸化物による金属酸化皮膜の酸素バリア性が低下する。このため、加熱と冷却が繰り返される環境下におかれた場合、接触抵抗が増加し、長期的に良好な接触抵抗の維持能力に乏しい。
/(n+n)が式(2)の範囲にある場合、加熱と冷却が交互に繰り返される環境下においても、X群酸化物による金属酸化皮膜の酸素バリア性と、Y群酸化物による皮膜の電気抵抗低下の効果を両立させ、長期的に良好な接触抵抗の維持が可能となる。
【0035】
また、n/(n+n)は、次式(3)で規定される関係を満足することがさらに望ましい。
0.25<=n/(n+n)<=0.8 ……(3)
/(n+n)を式(3)の範囲に限定する理由は以下の通りである。n/(n+n)が式(2)内で0.1近傍にある場合、Y群酸化物による皮膜の電気抵抗低下の効果は得られるものの、その効果は飽和していない。また、n/(n+n)が式(2)内で0.90近傍にある場合、加熱と冷却が繰り返される環境下での長期的に良好な接触抵抗の維持は達成できるものの、厳しい環境下である、高温高湿が続く環境下では接触抵抗が増加する。
/(n+n)が式(3)の範囲にある場合、高温高湿な環境下においても、X群酸化物による皮膜の酸素バリア性を十分に維持しつつ、Y群酸化物による皮膜の電気抵抗低下の効果が十分に得られる。従って、この場合、長期的に良好な接触抵抗の維持が可能となる。
【0036】
[接触抵抗]
ここで、接触抵抗とは、導電部材と被接続部材が電気的に接続されるとき、導電部材と被接続部材が接する界面において発生する電気抵抗である。接触抵抗の大きさを決める要因として、各部材表面の組成と真実接触面積が挙げられる。各部材表面の組成の要因について、部材表面に金属酸化皮膜や油脂などの汚れが存在すると、その部分で電気抵抗が増大するため接触抵抗が大きくなる。また、真実接触面積の要因は、部材表面において不可避に存在する凹凸に起因する。すなわち、見かけ上の接触面積に対して実際に接触している面積、すなわち真実接触面積が小さいために、その小面積部分に電流が集中し電気抵抗が増大することで接触抵抗が増大する。
本発明においては、金属酸化皮膜によって被覆することで、基材表面におけるAl酸化物の成長を抑制し、Al酸化物の皮膜に起因する接触抵抗を低減するとともに、被覆する金属酸化皮膜の電気抵抗を低下させる。本発明は、これにより接触抵抗を低減させるものである。
【0037】
具体的には、初期の接触抵抗の値は、望ましくは90μΩ以下であり、さらに望ましくは50μΩ以下であり、さらに望ましくは25μΩ以下であり、さらに望ましくは15μΩ以下であり、最も望ましくは7μΩ以下である。
また、実際の使用環境を想定した温度急変試験後の接触抵抗の値は、望ましくは100μΩ以下であり、さらに望ましくは60μΩ以下であり、さらに望ましくは30μΩ以下であり、さらに望ましくは15μΩ以下であり、最も望ましくは10μΩ以下である。
また、製造後の保管環境を想定した高温高湿試験後の接触抵抗の値は、望ましくは120μΩ以下であり、さらに望ましくは90μΩ以下であり、さらに望ましくは50μΩ以下であり、さらに望ましくは25μΩ以下であり、最も望ましくは15μΩ以下である。
【0038】
[本発明のAl合金導電部材から製造される製品の形態例]
以下に、本発明のAl合金導電部材から製造される導電部材製品の形態例を挙げる。本発明のAl合金導電部材から製造される導電部材製品は、これらの形態例に限らず、導電部材として通常用いられるあらゆる製品に用いられうる。本発明のAl合金導電部材から製造される導電部材製品の形態例として、例えば、各種電池とインバーターやモーター、発電機などを繋ぐバスバーやその接続端子が挙げられる。特に、本発明のAl合金導電部材は、特に自動車をはじめとする輸送機器用のバスバーに好適に用いられる。
【0039】
[接続]
接続とは、導電部材と被接続部材間を電気的に接続する手法一般を指す。具体的には、ボルト締め、リベット止め、カシメ、バネ止めなどの機械的な接続や、溶接、溶着、融着、接着剤による接着など各種部材を構成する材料の化学的な接続などを挙げることができる。
【0040】
[Al合金導電部材]
本発明のAl合金導電部材は、電気接続に利用できる部材であれば特に限定されるものではない。軽量化の観点からは、本発明のAl合金導電部材は輸送機器に用いるのが好適である。この場合、Al合金導電部材は、大容量の電流が流れうるバッテリー、インバーター、モーター等の電気機器間の電気的接続に用いられる。本発明のAl合金導電部材中にも大容量の電流が流れることがある。
【0041】
[被接続部材]
被接続部材としては、特に限定されるものではない。例として挙げるならば、各種電池・インバーター・モーター・発電機などの電気機器、及びその接続用端子、他の導電部材などがある。
【0042】
[接続用部材]
接続用部材は、特に限定されるものではなく、Al合金導電部材と被接続部材を電気的に接続させる各種手法に用いられるものが適宜使用される。具体例としては、ボルト・ナットの組、ネジ、リベット、板バネなどの機械的な接続に用いられる部材が挙げられる。この他、はんだ、ロウ、接着剤などの化学的な接続に用いられる部材などが挙げられる。また、カシメ、溶接などの場合はAl合金導電部材や被接続部材の一部がその役割を担うこともある。
【実施例
【0043】
本例は、本発明のAl合金導電部材にかかる実施例及び比較例について説明する。
表1は、種々の条件によってAl合金基材部表面に形成させた金属酸化皮膜の量や組成などの構成を変化させたAl合金導電部材について、後述の性能評価を実施した結果を示すものである。ただし、本発明は、表1に記載の実施例に限定されるものではない。
以下、これについて詳説する。
【0044】
【表1】
【0045】
本発明として、表1に示す32種類の試料(試料S1~試料S32)と、比較例として1種類の試料(試料T1)を作製し、後述の性能評価試験を実施した。
【0046】
表1において、「置換皮膜の有無」が「あり」の実施例(試料S1~試料S32)は、Al合金基材の表面に形成された自然酸化皮膜をAl以外の金属元素である「金属酸化皮膜中のX群元素(以下、X群元素という。)」、「金属酸化皮膜中のY群元素(以下、Y群元素という。)」及び「その他の金属元素(以下、その他元素という。)」の金属酸化皮膜で置換した例である。また、「置換皮膜の有無」が「なし」(試料T1)の例は、自然酸化皮膜が形成されたままの例である。従って、表1で単に「皮膜」又は「膜」と称する項目は、それぞれ置換皮膜又は自然酸化皮膜を指す。なお、X群元素、Y群元素及びその他元素を有しない例については、それぞれ当該欄を「-」としている。
【0047】
まず、33種類の試料(試料S1~試料S32と、試料T1)において、共通の構成について詳説する。
【0048】
33種類の試料は、Al合金基材としてA6101P-T6合金を使用し、切削などの加工によって幅20mm、長さ60mm、厚さ2.0mmの大きさに加工されたものを使用した。これらの基材は、接触抵抗値を測定する際にボルト締結を行うため、直径6.5mmの穴を板面中心部に有する。以上の試料に対して、切削加工の後、アセトン、ヘキサンによる脱脂処理を行った。
【0049】
次に、本発明における実施例のうち、32種類の試料(試料S1~試料S32)に対する処理について詳説する。
まず、10%NaOH水溶液を用いて50℃で30秒間エッチングした後、30秒間水洗した。引き続き、10%HNO溶液で30秒間洗浄した後、30秒間水洗した。これによってAl合金基材部表面のAl酸化物の皮膜を除去した。
【0050】
次いで、各試料に対応するX群元素、Y群元素、その他元素の金属フッ化物錯体水溶液にAl合金基材を浸漬させ、Al合金基材部表面に目的の金属酸化皮膜を形成した。表1中の所定の被覆率、皮膜量、膜厚は、それぞれのAl合金基材を金属元素の金属フッ化物錯体の水溶液にAl合金基材を浸漬させる浸漬時間と、浸漬させる水溶液の温度を適宜変化させることで制御可能である。
【0051】
前記金属酸化皮膜の形成処理により作製した32種類の試料について、金属酸化皮膜の被覆率と膜厚とをTEM-EDSによって、金属酸化皮膜の総皮膜量をXRFによってそれぞれ算出した。
【0052】
X群元素、Y群元素、その他元素から計算される、総金属物質量nと総金属物質量nに基づくn/(n+n)の値を併せて表1に示す。なお、試料T1については、X群元素、Y群元素及びその他元素をいずれも有しないため、n/(n+n)は該当しない。
【0053】
表1から明らかなごとく、試料S1~試料S32はAl合金基材部上に金属酸化皮膜を有する。試料S1~試料S31はその被覆率が50%以上である。試料S1~試料S30は総皮膜量が金属換算質量で0.10~40mg/mの範囲内である。試料S1~試料S28は皮膜の膜厚が1.0~200nmである。試料S1~試料S26はその皮膜中にX群酸化物を含有している。試料S1~試料S12はその皮膜中にX群酸化物とY群酸化物の両方を含有している。試料S1~試料S12はn/(n+n)の値が0.003~0.95である。
【0054】
次に、本実施例では、表1に示す33種類の試料(試料S1~試料S32及び試料T1)に対して、下記の各種評価試験を行った。
【0055】
[接触抵抗測定]
以下に、接触抵抗値の測定方法を示す。ボルトとナットで締結された試料の両端に、四端子法に従い電源と電流計、電圧計を接続し測定装置を構成した。非通電時の電位差をVOFF、0.5Aの定電流を通電時の電位差をVONと定義した。VOFF、VONをそれぞれ測定し、ON-OFF時の電位差ΔV=VON-VOFFを算出した。ΔVを1つの試料につき5回測定し、ΔVの平均値を接触抵抗値(μΩ)と定義した。
【0056】
[初期接触抵抗値]
上記の33種類の試料において、試料の皮膜面に垂直な方向の接触抵抗測定を行った。具体的には、各試料2枚1組をM6のステンレス製ボルトとM6のステンレス製ナットを用いて5.0N・mのトルク荷重で締結した。この後、各試料の接触抵抗値を上述の方法で測定し、これを初期接触抵抗値と定義した。この初期接触抵抗値の測定結果を表1に併記した。
【0057】
[温度急変試験後の接触抵抗値]
上記の33種類の試料において、各試料2枚1組作製をM6のステンレス製ボルトとM6のステンレス製ナットを用いて5.0N・mのトルク荷重で締結した。これらの試料組について、JIS C 60068-2-14:2011に規定の温度急変試験Naを実施した後に、試料の皮膜面に垂直な方向の接触抵抗測定を行った。具体的には、低温Tを-40℃、高温Tを70℃とし、それぞれの温度でさらし時間tである30分間保持した。低温・高温それぞれの温度でさらし時間tだけ保持するのを1サイクルとし、これをサイクル数500だけ繰り返すことで、温度変化試験を実施した。この後、前述の手法で試料の接触抵抗値を測定し、その値を温度急変試験後の接触抵抗値(μΩ)と定義した。この温度急変試験後の接触抵抗値の測定結果を表1に併記した。
【0058】
[高温高湿試験後の接触抵抗値]
上記の33種類の試料において、JIS C 60068-2-78:2015に規定の高温高湿(定常)試験を実施した後に、試料の皮膜面に垂直な方向の接触抵抗測定を行った。具体的には、各試料を温度50±2℃、相対湿度85±3%の条件下に、56日間暴露し、高温高湿試験を実施した。この後、各試料2枚1組をM6のステンレス製ボルトとM6のステンレス製ナットを用いて5.0N・mのトルク荷重で締結した。この後、各試料の接触抵抗値を上述の方法で測定し、これを高温高湿試験後の接触抵抗値と定義した。この高温高湿試験後の接触抵抗値の測定結果を表1に併記した。
【0059】
表1から明らかなごとく、Al合金基材表面の自然酸化皮膜を金属酸化皮膜に置換した実施例S1~S32では、比較例T1に対して接触抵抗値が低減した。
【0060】
実施例S1~S31は、前記条件に加え、金属酸化皮膜の被覆率を50%以上にした。実施例S1~S31では、金属酸化皮膜による被覆効果が十分に発揮され、接触抵抗値がより低減した。
【0061】
実施例S1~S30は、前記2条件に加え、金属酸化皮膜の皮膜量が金属換算質量で0.10~40mg/mの範囲にある。実施例S1~S30では、Al合金基材部を被覆し酸素バリア性を示すに十分な皮膜量であり、かつ皮膜自体の電気抵抗が過大にならない範囲にあるため、接触抵抗がより低減した。
【0062】
実施例S1~S28は、前記3条件に加え、金属酸化皮膜の膜厚が1.0~200nmの範囲にある。実施例S1~S28では、Al合金基材部を被覆し酸素バリア性を示すに十分な膜厚を有し、かつ皮膜自体の電気抵抗が過大にならない範囲にあるため、場合に接触抵抗がより低減した。
【0063】
実施例S1~S22、S25~28は、前記4条件に加え、金属酸化皮膜の成分に、元素群X(Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W)から選ばれる金属元素(X群元素)からなる金属酸化物を含む。実施例S1~S22、S25~28では、Al合金基材部の酸素バリア性を十分に有するとともに、十分な耐食性を有する。特に、温度急変試験後及び高温高湿試験後の接触抵抗が、それ以外の実施例・対比例と比して低減した。
なお、金属酸化物は、X群元素及びY群元素に該当しないその他元素(実施例S13の例ではNi)を含むこととしてもよい。
【0064】
実施例S1~S12は、前記5条件に加え、金属酸化皮膜の成分に、元素群Y(Zn、In、Mg、Sn、Ca)から選ばれる金属元素(Y群元素)からなる金属酸化物を含む。実施例S1~S12では、金属酸化皮膜自身の導電性が向上したことにより、接触抵抗がより低減した。
【0065】
実施例S1~S12は、前記6条件に加え、金属酸化皮膜の成分に関して、元素群Xに属する元素の総金属物質量nと、元素群Yに属する元素の総金属物質量nが前記式(1)を満たす。実施例S1~S12では、前記式(1)を満たさない実施例S15、S23と比較して、初期の接触抵抗がより低減した。
【0066】
実施例S1~S6、S9~S12は前記7条件に加え、金属酸化皮膜の成分に関して、元素群Xに属する元素の総金属物質量nと、元素群Yに属する元素の総金属物質量nが前記式(2)を満たす。実施例S1~S6、S9~S12では、前記式(2)を満たさない実施例S7、S8と比較して、金属酸化皮膜自身の伝導性向上と金属酸化皮膜の耐食性を両立させることで、初期接触抵抗を低減した上に、温度急変試験後の接触抵抗が低減した。
【0067】
実施例S1~S4、S9~S12は、前記8条件に加え、金属酸化皮膜の成分に関して、元素群Xに属する元素の総金属物質量nと、元素群Yに属する元素の総金属物質量nが前記式(3)を満たす。実施例S1~S4、S9~S12では、金属酸化皮膜自身の伝導性向上と金属酸化皮膜の耐食性をさらに両立させることで、初期接触抵抗と温度急変試験後の接触抵抗を低減させた上で、高温高湿試験後の接触抵抗も低減した。
【0068】
以上、本発明を若干の実施形態及び実施例によって説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。例を挙げるならば、導電部材が曲げ加工によって変形したものが挙げられる。
【0069】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【0070】
本出願は、2016年6月8日に出願された日本国特許出願特願2016-114775号に基づく。本明細書中に、日本国特許出願特願2016-114775号の明細書、及び特許請求の範囲全体を参照として取り込むものとする。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明のAl合金導電部材は、特に、自動車をはじめとする輸送機器、中でもハイブリッド車や電気自動車において、電池や電子機器との電気接続を担うバスバーとして有用である。また、輸送機器のみならず、他の装置や機械の電気接続用電電部材としても有用である。