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特許7074304潜砂性二枚貝養殖用網材およびその製造方法ならびに潜砂性二枚貝養殖方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-16
(45)【発行日】2022-05-24
(54)【発明の名称】潜砂性二枚貝養殖用網材およびその製造方法ならびに潜砂性二枚貝養殖方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 61/55 20170101AFI20220517BHJP
【FI】
A01K61/55 ZBP
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2018120500
(22)【出願日】2018-06-26
(65)【公開番号】P2020000034
(43)【公開日】2020-01-09
【審査請求日】2021-04-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000109369
【氏名又は名称】ティビーアール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(74)【代理人】
【識別番号】240000235
【弁護士】
【氏名又は名称】弁護士法人柴田・中川法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福井 宏海
(72)【発明者】
【氏名】山下 修
【審査官】坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】特開平8-228640(JP,A)
【文献】特開昭52-38356(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然繊維によって構成された網地の少なくとも表面を、パラフィン系炭化水素を主成分とする被覆用材料によって被覆してなり、
前記網地を構成する網糸は、該網糸を構成する素線の一部が該網糸の外方に引き出されることにより、該素線の一部によってループ部が形成されてなることを特徴とする潜砂性二枚貝養殖用網材。
【請求項2】
前記天然繊維は、麻、綿およびジュートから選択された1または複数の繊維である請求項1に記載の潜砂性二枚貝養殖用網材。
【請求項3】
前記被覆用材料は、パラフィン系炭化水素とイソ・パラフィンとを混合してなるパラフィンワックスである請求項1または2に記載の潜砂性二枚貝養殖用網材。
【請求項4】
前記網地は、ラッセル織りによって立体的な網目を形成してなるものである請求項1~3のいずれかに記載の潜砂性二枚貝養殖用網材。
【請求項5】
天然繊維によって構成された網地の少なくとも表面を、パラフィン系炭化水素を主成分とする被覆用材料によって被覆してなる潜砂性二枚貝養殖用網材を使用する養殖方法であって、前記潜砂性二枚貝養殖用網材によって構成された平面状の網を稚貝の生息する海底に所定面積で被覆することを特徴とする潜砂性二枚貝養殖方法。
【請求項6】
天然繊維によって構成された網地の少なくとも表面を、パラフィン系炭化水素を主成分とする被覆用材料によって被覆してなる潜砂性二枚貝養殖用網材を使用する養殖方法であって、前記潜砂性二枚貝養殖用網材によって構成された袋体に稚貝および砂を充填し、海底に設置してなることを特徴とする潜砂性二枚貝養殖方法。
【請求項7】
請求項1~のいずれかに記載の潜砂性二枚貝養殖用網材を使用する養殖方法であって、前記潜砂性二枚貝養殖用網材によって構成された平面状の網を稚貝の生息する海底に所定面積で被覆することを特徴とする潜砂性二枚貝養殖方法。
【請求項8】
請求項1~のいずれかに記載の潜砂性二枚貝養殖用網材を使用する養殖方法であって、前記潜砂性二枚貝養殖用網材によって構成された袋体に稚貝および砂を充填し、海底に設置してなることを特徴とする潜砂性二枚貝養殖方法。
【請求項9】
前記潜砂性二枚貝養殖用網材は、目合いを1cm以下とするものである請求項5~7のいずれかに記載の潜砂性二枚貝養殖方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潜砂性二枚貝を稚貝から養殖する際に使用する網材とその製造方法に関し、さらに当該網材を使用した潜砂性二枚貝の養殖方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アサリ、ハマグリ、ミルクイ等の潜砂性二枚貝の養殖にあっては、大別すると、地蒔き方式と、コンテナ垂下方式とがある。地蒔き方式とは、海岸の砂地に稚貝(種苗または着底稚貝ともいう)を蒔いた状態で養殖する方法であり、コンテナ垂下方式とは、砂利と稚貝を入れたコンテナを渦中に垂下させる方法である。これらの養殖方法は、着底稚貝から成貝までの養殖方法にかかるものであり、浮遊幼生の採取は網袋等に砂利をいれた人工的な着底用固体を使用することがある。また、天然種苗を着底させ、これを養殖する場合、着底稚貝は非常に微細であり、潮流によって容易に流出されることから、養殖に際しては、養殖区域からの流出を抑える必要があった。また、浮遊幼生の着底率が低下していることから、当該着底率を向上させることも大きい課題となっていた。
【0003】
そこで、浮遊幼生の着底率を向上させるために、網状骨格体によって50cm×20cm×15cmのブロック状を形成し、これを海中に設置することが提案されている(特許文献1参照)。この網状骨格体は、適度な大きさおよび適度な割合で空隙部が形成されるものとされている。
【0004】
ところが、前掲の特許文献1には、当該空隙に関し、その適度な大きさおよび適度な割合は開示されておらず、また、生分解性の樹脂を原料とすると記載されるので、その具体的な材料については開示されていない。
【0005】
このように、生分解性能を有する材料によって網状骨格体を構成する場合、養殖期間中に生分解が促進され、網状骨格体が崩壊することが懸念されるものであった。現に、引用文献1には、収穫時には手で容易に崩すことができる旨が記載されている。
【0006】
特に、網状骨格体が容易に崩壊するということは、第1に、着底稚貝から成貝まで成長する期間中、崩壊せずに機能を継続させることができないことがあり、第2に、崩壊した部分は当然ながら海中へ流出することとなり、生分解の促進を待たなければ分解されないものとなっていた。
【0007】
そこで、天然種苗(着底稚貝)を採取したのち、これをコンテナ垂下方式によって養殖することにより、稚貝の流出を防ぎ、容易に成貝まで養殖できることから、そのためのコンテナ(養殖用容器)とともに、養殖方法が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特願2010-259418号公報
【文献】特開平7-177833号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前掲の特許文献2に開示される技術は、コンテナに浮力が作用するように、発泡合成樹脂によってコンテナを形成し、このコンテナ内に砂および稚貝を入れたとき、これらの砂等による重量と、コンテナの浮力とが、概ね釣り合った状態(僅かに浮力が小さくなる状態)となるように構成したものであり、複数のコンテナを垂下綱によって多層状態で連結し海中に垂下するものである。また、コンテナの上部は開口しており、貝類の飛び出しを防止するために、コンテナ全体を筒状網の内部に挿入し、補強環によって筒状網の上下の形状を補強するとともに、補強環を越えて上部に位置する筒状網を紐で引き絞ることにより、コンテナ上部の開口を網で塞いで使用されるものである。
【0010】
しかしながら、上記の技術は、コンテナ垂下方式によるものであることから、コンテナの製造コストが増大し、また、垂下綱との連結には手間を要し、取扱いが容易ではなかった。また、コンテナそのものは発泡ポリエチレンや発泡ポリプロピレン等の発泡合成樹脂製であるため、生分解性能が極めて低い材料が使用されており、海中に流出された場合の分解可能性に問題点があった。
【0011】
本発明は、上記諸点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、地蒔き方式に使用できる養殖用網材であって、海中における生分解速度を調整し得る網材およびその製造方法の提供と、それを使用した養殖方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そこで、潜砂性二枚貝養殖用網材に係る本発明は、天然繊維によって構成された網地の少なくとも表面を、パラフィン系炭化水素を主成分とする被覆用材料によって被覆してなることを特徴とする。
【0013】
上記構成によれば、本来的には効率よく生分解される天然繊維によって網地が構成されることから、海中へ流出された場合、その後の生分解によって海水を汚染することがないうえ、被覆用材料によって被覆されていることから、養殖に要する期間中の生分解を抑えることができる。また、被覆用材料としてパラフィン系炭化水素を主成分とすることにより、食品関連における有害物質でないことから、稚貝の養殖にも使用可能であり、また、分解速度は遅いながらも生分解性能を有するものであることから、長期間(例えば養殖期間)の経過後に海中へ流出した際には、被覆用材料が分解され、その後天然繊維が分解され、海水汚染(海洋生物への影響)を招来させないものである。
【0014】
上記構成の発明において、前記天然繊維は、特に限定されるものではないが、生分解性能を有するものであり、比較的汎用性のある麻、綿およびジュートから選択された1または複数の繊維であることが好ましい。また、前記被覆用材料は、食品類の包装資材に使用され、人体に影響を与えないものであれば特に限定されるものではないが、適度な期間の経過により生分解し得るものが好ましく、例えば、パラフィン系炭化水素とイソ・パラフィンとを混合してなるパラフィンワックスであることが好ましい。
【0015】
上記各構成の発明において、前記網地は、有結節網またはラッセル網などの種類を特に限定するものではないが、稚貝(着底稚貝)が網目に潜り込むことによって流出から保護することを目的として、ラッセル織りによって立体的な網目を形成してなるものであることが好ましい。
【0016】
また、前記網地を構成する素線についても、特に限定するものではないが、ループを有する組紐コード(モール状スパイラルコード)によって構成されたものである場合には、ループに稚貝(着底稚貝)が潜り込むことができ流出から保護することができる。
【0017】
潜砂性二枚貝養殖用網材の製造方法に係る本発明は、天然繊維を撚って素線を構成し、この素線によって所定の目合いによる網地を構成する網地構成工程と、パラフィン系炭化水素を主成分とするパラフィンワックスを溶融してなるパラフィンワックス溶融工程と、前記網地構成工程によって構成された網地を前記パラフィンワックス溶融工程によって溶融された液中に浸漬するパラフィン含浸工程とを含むことを特徴とする。
【0018】
上記構成によれば、予め所定の網目を有する網地を構成し、溶融したパラフィンワックスによるパラフィン溶液中に網地を浸漬することにより、パラフィン溶液は、網地の表面および重なる素線の間隙に含浸することとなり、網地全体をパラフィンによって被覆させることができる。また、素線は、天然繊維によって構成されることから、パラフィン溶液内に浸漬する時間を長くすることにより、パラフィン溶液は繊維の間隙にも徐々に含浸させることができ、網地を構成する素線の表面についてもパラフィンで被覆させることができる。これにより、天然繊維が生分解されることを適宜遅延させることとなり、養殖期間中の網地を崩壊から保護することができる。
【0019】
潜砂性二枚貝養殖方法に係る本発明は、前記に示したいずれかの潜砂性二枚貝養殖用網材を使用するものであって、前記潜砂性二枚貝養殖用網材によって構成された平面状の網を稚貝の生息する海底に所定面積で被覆することを特徴とする。
【0020】
上記構成によれば、海底(海岸)に着底した着底稚貝、または海岸に蒔いた稚貝は、当該海底において砂に潜って生息しており、この生息区域を全面的に網地によって被覆し、流出から保護することとなる。
【0021】
潜砂性二枚貝養殖方法に係る本発明は、前記に示したいずれかの潜砂性二枚貝養殖用網材を使用するものであって、前記潜砂性二枚貝養殖用網材によって構成された袋体に稚貝および砂を充填し、海底に設置してなることを特徴とする。
【0022】
上記構成によれば、袋体に充填された稚貝は、袋体に充填された砂とともに、袋体の内部に留まり、流出されることなく袋体の内部において成長させることができる。海底とは、引き潮の状態において波打ち際に位置する海岸を含み、また、潮の満ち引きにかかわらず海水が到達する領域の海底を含むものである。
【0023】
上記各構成の発明において、前記潜砂性二枚貝養殖用網材は、目合いを1cm以下とするものが好ましく、養殖開始の当初においては目合いを5mm以下とする網材を使用し、成長した後の目合い5mm~1cmのものを使用することとしてもよい。目合いを1cm以下の大きさで適宜調整することにより、稚貝の流出を防ぐとともに、袋体の内外間における海水の流通を促進させることができる。なお、目合いとは、網目を構成する形状のうち最も長い間隔を意味する。
【発明の効果】
【0024】
潜砂性二枚貝養殖用網材に係る本発明によれば、天然繊維を使用した網地を使用していることから、網材そのものは、生分解されることとなり、海中へ流出された場合であっても、事後的に分解されるものである。そして、表面には、パラフィン(パラフィン系炭化水素を主成分とする材料)によって被覆されるものであるから、このパラフィンが剥離(または分解等)されるまでは、天然繊維の生分解は生じないこととなる。従って、海中における生分解される期間(生分解速度)について、天然繊維のみによる場合に比較して大きく遅延させることができる。これにより、稚貝を養殖させるために必要な期間中における網材の崩壊を防止し得ることとなる。このようなパラフィンによる表面の被覆の状態に応じて、分解速度を調整することも可能となる。
【0025】
このような潜砂性二枚貝養殖用網材は、製造方法に係る本発明によって製造することができる。すなわち、網材を構成する素線は、天然繊維を撚って構成されたものとすることにより、基本的な網材の構成は、天然繊維を使用した素線であり、パラフィン系炭化水素を主成分とするパラフィンワックスを溶融した液中に網地を浸漬するため、少なくとも網地の表面にはパラフィンによって被覆される。また、溶融したパラフィン液に浸漬することによって、素線の間隙や繊維内部にパラフィン液を浸透させることにより、天然繊維が露出しない(海水に接触させない)状態の網材を製造することができる。
【0026】
また、潜砂性二枚貝養殖用網材を使用する潜砂性二枚貝養殖方法に係る本発明によれば、地蒔き方式による場合であっても、養殖期間中の網地を崩壊(生分解)から防護しつつ、事後的に生分解可能な網材によって二枚貝を養殖することができる。使用する網材の目合いを1cm以下とすることにより、稚貝を流出させずに地蒔き方式によって養殖することができ、また、目合いを小さくすることにより、着底稚貝からの養殖も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】潜砂性二枚貝養殖用網の製造方法に係る本発明の実施形態を示す説明図である。
図2】潜砂性二枚貝の養殖用網材を使用した養殖用網を例示する説明図である。
図3】平面状養殖用網を使用する潜砂性二枚貝養殖方法を示す説明図である。
図4】袋体とした養殖用網を使用する潜砂性二枚貝養殖方法を示す説明図である。
図5】袋体とした養殖用網を使用する潜砂性二枚貝養殖方法を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。説明の便宜上、潜砂性二枚貝養殖用網地の製造方法を説明した後、当該製造方法によって製造された網地を使用する養殖網の例を説明し、さらに、当該養殖網を使用する潜砂性二枚貝の養殖方法について説明する。
【0029】
図1は、網地の製造方法を工程に沿って示した図である。この図に示されるように、養殖用網は、網地を構成する工程(S100)と、パラフィン液を準備する工程(S200)とに分かれ、網地が構成された後に、パラフィン液に浸漬することにより、パラフィンによって網地の表面等を被覆する(S300)ものである。
【0030】
具体的には、網地構成(S100)は、まず、天然繊維によって素線を構成し(S101)、この天然繊維による素線を使用して編網することにより、網地を構成する(S102)ものである。天然繊維としては、麻、綿またはジュート等を使用することができる。これらの天然繊維は、1種類のみを選択して使用してもよいが、複数の繊維を混合して使用してもよい。また、編網は、編網機し使用するが、結節網として編網するほかに、無結節網(特にラッセル網)を構成するように編網することができる。
【0031】
ラッセル網は、素線を撚って構成される網糸(網目を構成する糸)が、千鳥状に形成されるものであって、相互に近接する網糸の一部の素線を交叉させることにより、結節(連結)部分を構成するように編網されたものである。この素線の交叉は、素線を撚って網糸を構成しつつ、同時に実施されるものであり、僅かな素線を交叉させる場合は、網目を四辺形とする網地となり、同じ位置において複数回交叉させる場合は、網目を亀甲状とすることができる。
【0032】
また、通常のラッセル網は、網地(網面)に沿って平面状に、一重の網糸が存在する構成であるが、網地の厚み方向に重ねて二重または三重に素線を連結させ、立体的な網構造とすることも可能である。このような立体的な網地は、ラッセル織りによって可能であり、すなわち、網糸を構成する素線の一部を、一重の網地の厚み方向に重ねて配置される網糸との間で、さらに交叉させることによって、相互の結節(連結)部分を構成しつつ、多重状態の網地を形成することができるのである。
【0033】
他方、パラフィン液は、パラフィンワックスを溶融することによって製造される(S201)。パラフィンワックスは、パラフィン系炭化水素とイソ・パラフィンとを混合してなるものであり、一般的な融点は45℃~65℃である。これを湯煎によって溶融し、パラフィン液を作製する。なお、流動パラフィンは、パラフィン液であるが、常温において液体であるため、常温で形態が安定しないため使用せず、融点が少なくとも40℃以上のものであって、常温または海水温程度まで冷却することによって固化するものが使用される。
【0034】
次工程のパラフィン被覆の工程(S300)では、前述の網地構成工程(S102)で製作された網地を、前述のパラフィン液に浸漬することにより、当該網地にパラフィン液を含浸させ(S301)、さらに全体を冷却する(S302)ことにより、網地の少なくとも表面をパラフィンで被覆するものである。
【0035】
上述のように、パラフィン液に網地を浸漬することにより、パラフィン液(液体)は、網糸や素線の境界部分に含浸することとなり、素線が撚られて相互に接する部分においてもパラフィンが浸透し、これらによって構成される網糸の表面全体を被覆することができる。これは、素線による結節(連結)部分の表面においても同様である。
【0036】
また、パラフィン液は冷却により固化するため、網地(網糸)の表面に含浸されたパラフィンは、冷却によって薄膜状の固体となり、被覆の状態は、全体を膜で包囲するような状態に近似しており、海中に設置する場合においては、周辺の液体(海水)による網地(網糸)の接触から保護することができる。
【0037】
網地の製造方法に係る実施形態は、上記のとおりであるから、製造された網地は、天然繊維によって構成された網地の少なくとも表面を、パラフィン系炭化水素を主成分とする被覆用材料によって被覆されたものとなる。なお、網地は、ラッセル織りによって、平面的な(一重)の網地である場合のほか、厚み方向に多重に積層した立体的な網目構造を形成する場合がある。
【0038】
このように、パラフィンによって被覆された網地は、第1に、天然繊維による網地(網糸および素線)が海水との接触によって生分解されることを抑制することができ、第2に、パラフィン自体が生分解されることによって、徐々に網地(網糸または素線)を構成する天然繊維が海水に接触することとなるから、所定期間を超えて海水に接触することにより(海中への流出等により)最終的には生分解されるものとなる。
【0039】
従って、稚貝の養殖用として使用する場合、養殖期間中における網地の崩壊を抑制することができるほか、海中への流出があった場合においても、生分解によって海水を汚染させる原因を排除し得る。また、パラフィンによって被覆された(被膜化された)部分が、養殖期間中の生分解によって徐々に除去(または剥離等)されるとしても、天然繊維によって構成される網地の本体部分が被覆されている状態であれば、再度パラフィンによって被覆する(被膜を形成する)ことにより、網地を再利用することも可能となる。
【0040】
なお、網地は、目合いを小さく構成することにより、浮遊幼生を着底させるための人工的な着底用固体としても使用でき、特に、ラッセル織りによって立体的な網目を有する構成とする場合には、浮遊幼生の着底に適する網材となり得る。さらには、一部の素線が網糸構成部分から適宜間隔で引き出されることにより、当該網糸構成部分の外方において複数のループ部が形成された網糸を使用し、これによって網地が構成されている場合には、網地の表面にループ部が多数設けられることとなり、この種の網地のループ部によって浮遊幼生を着底させることも可能となる。網糸に上記のようなループ部を有する構成は、例えば、実開昭61-50794号や特開2002-61041号に開示されるものがあり、これらは、稚貝の養殖等に使用されるものではないが、潜砂性二枚貝の養殖用に使用することができるものである。
【0041】
また、網地の周縁には、予めホツレ止め用の布を縫着または接着しておくことができ、このホツレ止め用の布には、綿などの天然繊維によって構成されたものを使用し、網地とともにパラフィンによって被覆すれば、網地と同様に、生分解され、かつ養殖期間における崩壊を抑制し得るものとなる。さらに、着底稚貝から養殖する場合は、目合いを適度な大きさとする網地を使用すればよいが、稚貝が流出せず、かつ海水の流通を容易にするため、1cm以下の目合いとすることが好ましい。なお、目合いとは、網目を構成する形状のうち最も長い間隔を意味する。
【0042】
次に、前述の製造方法によって製造された網地を使用する潜砂性二枚貝の養殖網について説明する。図2は、その一例を示すものである。なお、図2(a)は、平面状に形成した網1であり、図2(b)は、袋体2を構成するものである。
【0043】
平面状に形成した網1は、専ら海底の砂地を平面的に被覆するためのものであり、図2(a)に示されるように、網地11の周縁は、ホツレ止め12が縫着または接着されており、このホツレ止め12も綿等の天然素材による布で構成されている。網地11のみならずホツレ止め12も同様にパラフィンで被覆された構成であり、海中における生分解の期間が調整されている。
【0044】
また、ホツレ止め12の一部を延出させ、またはホツレ止め12に連結することにより、網地11の周縁から延出する固定紐13が設けられている。この固定紐13は、同種の網1を連結する際に、相互間を結ぶために使用し、または、錘やアンカーに連結させるために使用されるものである。錘やアンカーは浮力や潮流の作用によって浮上または流出させないために連結するものであり、複数の平面状網1を相互に連結するとともに、適宜箇所において錘等を設けて、全体の浮上等を防止させるものである。すなわち、平面状網1は、概ね1辺1m程度とする正方形状を基本とし、これを設置する海底(海岸付近の砂地等)に並べて設けることにより、広い面積にわたって海底を被覆することを想定したものであることから、これを多数枚連結する目的と、適宜箇所における錘やアンカーを設置する目的とを有するものである。
【0045】
また、図2(b)に示す袋体2は、二枚の網20a,20bを積層しつつ、開口部を除く周縁を相互に縫着してなる構成である。個々の網20a,20bは、それぞれ同じ形状の網地21によって構成され、かつ、それぞれの周縁にホツレ止め22が縫着または接着されており、このホツレ止め22が設けられている領域を利用して、相互の積層した二枚の網20a,20bを縫着している。
【0046】
図示する袋体の例示は、矩形の網20a,20bによって設けられ、単純に積層させた状態で周縁を縫着した状態を示すものであることから、四辺のうちの三辺を縫着することにより開口部24を形成させている。また、底部25に相当する部分は、マチを形成していない構成であるが、封入すべき稚貝や砂等の量が多い場合には、マチを設けた構成としてもよい。また、少なくとも底部25は縫着することなく、一枚物の網地を折り曲げて底部25としてもよい。すなわち、長尺な長方形状に構成した一枚の網地を中央で折り曲げることにより、折り曲げ部分を底部25とし、対向する側方の端縁のみを縫着させることによって袋状としてもよい。
【0047】
上記の袋体2は、内部に砂利(小石および砂)を充填し、また稚貝を充填することにより、その内部において養殖に適した環境を形成させるものであるところ、これらの充填物の充填は陸上において作業される。袋体2の全体が非常に大きい場合には、砂利等の充填後の重量が大きくなるため、それぞれの網20a,20bは、幅50cm程度、長さ60cm程度の長方形を基準としている。これにより、充填物の充填後においても重量が大き過ぎることがないものとなる。ただし、これよりも大きくすることは可能である。
【0048】
上記のようにして、平面状網1または袋体2を構成することにより、地蒔き方式における稚貝の養殖に際し、適宜使用に供することができるものである。なお、平面状網1は、上記例示において、一重の網材によって構成を図示しているが、ラッセル織りによって立体的に構成された(二重以上に積層された)網地を用いることも可能である。また、袋体2に用いられる個々の網20a,20bについても同様である。
【0049】
次に、潜砂性二枚貝の養殖方法に係る発明の実施形態について説明する。図3は、平面状網1を使用する養殖方法を示すものである。この図に示されるように、複数の平面状網1を使用して広い面積の網体を構成するものである。個々の網1は、相互に対向する端縁が当接する程度に配置され、この端縁間を固定紐13によって連結されるものである。基本的には正方形状の平面状網1を連続的に配置するため、全体としては正方形または長方形の広大な網体を構成し得るものである。また、連続的に配置される個々の平面状網1の末端は、固定紐13が余剰するため、これに錘またはアンカー(図はアンカーを示す)3に連結し、このアンカー3を海底深くに挿入することにより、網体全体を安定化させている。
【0050】
上記のような構成により、網体は、海底(海岸付近の砂地)の表面を被覆した状態となるため、砂に潜って生息する潜砂性の稚貝が、潮流等によって流出することを抑制するものである。また、海底に網目を有する網材が広い範囲で存在するため、その網目を人工的な着底用の固定物として、浮遊幼生の着底を促進させ得ることとなる。すなわち、浮遊幼生の着底から養殖する場合には、当初は人工的な着底用の固定物として機能させ、着底後は着底稚貝の養殖用として機能させることができるものである。
【0051】
また、着底用の固定物または着底稚貝の養殖用として使用する場合は、網地の目合いを小さいものが用いられる。これは、海底の砂地表面に細かい凹凸を形成させることにより、浮遊幼生の着底を容易にすることと、着底した浮遊幼生が網目を通過して砂地に潜り稚貝となった後、潮流によって簡単に網目を通過させないことを目的とするものである。従って、適度な大きさまで成長した稚貝から養殖を開始する場合には、大きめの目合いによる網地を使用することができる。
【0052】
このときの目安としては、着底稚貝から養殖する場合は、目合いの程度は5mm以下(1mm以上)とし、適度な大きさの稚貝から養殖する場合は1cm以下(5mm以上)とすることが好ましい。なお、全体を通して単一の網で養殖する場合は、目合いを5mm~1cmの範囲内で設定することが好適である。目合いが小さすぎる場合(例えば1mm以下)の場合には、海水の流通を阻害することとなり、潮流の作用(海水の抵抗力)を受けることとなり、網体全体が潮流によって流出することが懸念されるとともに、網体によって被覆される砂地との海水の流通が阻害されることも懸念されるからである。
【0053】
上記のような養殖方法によれば、浮遊幼生を海底に着底させた状態で、または予め収穫した着底稚貝を海底に地蒔きした状態で、当該海底を被覆する平面状網1によって稚貝の流出を抑制しつつ、当該海水中において養殖することができる。平面状網1を構成する網地11の本体部分は生分解可能な天然繊維であり、また、パラフィンによって被覆されるため、養殖期間中は容易に生分解されることがなく、海中に設置する網として好適なものとなる。
【0054】
他方、袋体2を使用する養殖方法にあっては、まず、図4(a)に示すように、予め袋体2の開口部24を開口させ、この開口部24から袋体2の内部に砂利などを充填する。浮遊幼生の着底から養殖を開始する場合は、砂利等のみが充填されるが、稚貝から養殖を開始する場合は、砂利に加えて稚貝も充填される。
【0055】
そして、適宜な量の砂利(および稚貝)を充填した後、図4(b)に示すように、開口部24の近傍を結束紐26によって結束し、当該開口部24を閉塞するものである。この状態で、少なくとも網目の目合いよりも大きい充填物は、袋体から外方へ流出することがなく、袋体の内部に留めることができる。すなわち、砂利は、小石と砂の混合物であるから、目合いよりも小さい砂は袋体から流出することがあり得るが、目合いよりも大きい小石は、袋体から流出できないものとなる。袋体の内部に小石が留まることにより、錘としての効果を得ることができるとともに、浮遊幼生の着底を促すための凹凸を小石によって形成させることも可能となる。
【0056】
ところで、このように所定の充填物が充填され、開口部が閉塞された状態の袋体は、図5に示されるように、海底(海岸付近の砂地)表面に多数並べて設置することにより、当該設置される領域を養殖区域として管理することとなる。養殖区域は、貝類の養殖に適する場所、例えばプランクトンの豊富な海水が存在する場所であり、その区域に並べて設置されるのである。
【0057】
袋体2の設置は、図示のように、規則正しくする必要はなく、適当な間隔を有して設置することができるものであるが、狭い場所にのみプランクトンが豊富な海水が存在するような場合は、限られた領域に多数の袋体を設置する必要があるため、図示のように接近して設置することもあり得る。
【0058】
上記のような養殖方法によれば、袋体2に充填した砂利により、錘の効果を得るとともに、潜砂性二枚貝は、袋体2に充填した砂に潜る状態で成長させることができる。この場合、袋体2を引き上げることにより、袋体2の内部で成長した成貝を収穫することができる。また、潜砂性二枚貝が、目合いよりも小さい稚貝の場合には、袋体2が設置される海底(砂地)に潜ることもあり得るが、袋体2によって海底(砂地)の表面には袋体2が存在するため、この領域を被覆した状態となっており、潮流によって流出することを抑制することができる。
【0059】
なお、袋体2を構成する網地は、適宜な大きさの目合いを有して形成されていることから、潮流等によって、内部に充填した砂が浸食されるように思われるが、潮流によって巻き上げられる砂の流入もあり得るため、袋体2の内部の砂は、一部が流出しつつ一部が流入することによって、適当な量を内部に保存させることができる。また、目合いの大きさを調整することにより、稚貝または成貝が流出することを抑制し、袋体の内部において養殖することができるものとなる。
【0060】
また、袋体2を構成する網地21は、前述のとおり、その本体部分が天然素材による生分解可能なものであり、少なくとも表面がパラフィンによって被覆されているため、養殖期間中の天然繊維の生分解を抑制するため、海中に設置する袋体として好適である。
【実施例
【0061】
天然繊維によって素線を構成し、この素線によって網糸を設け、この網糸によって網地とし、さらにパラフィンによって被覆した網材を現実に構成した。
【0062】
天然繊維としては、麻と綿とを混合して使用し、両繊維を混紡によって素線を構成した。この素線を使用し、ラッセル織りにより直径約2mmの網糸を形成しつつラッセル網を編網した。網目は四辺形とし、目合いを1.4mmとした。なお、ホツレ止めは使用せず、網目の数が縦×横それぞれ7個となるように、約10cm四方の正方形状に切り出した網地を使用した。このときの網地の重量は1.23gであった。パラフィンワックスは、融点下限を54.4℃とし、湯煎によって加熱し、液化したものを使用した。
【0063】
上記の網地をパラフィンワックス(被覆用材料)によって被覆する場合、上述の液化させたパラフィンワックスに、網地全体を約1分間浸漬し、網糸にパラフィン液を十分に含浸させた後、網地を取り出してトレイ上にて自然冷却させた。このときのパラフィンワックスの付着量は、4.54gであった。従って、この状態におけるパラフィンの付着重量は3.31gであり、網地の約2.7倍となった。上記の浸漬時間を調整することにより、この付着重量は変化するものと想定され、概ね1分~2.5分の間で調整することにより、2.5倍~3.5倍の重量に調整可能と推測される。
【0064】
パラフィンによる被膜を形成した現実の網地は、網糸の表面に半透明のパラフィン被膜を確認することができるものであった。パラフィンの膜厚は測定不能であったが、網糸の表面の全体をパラフィンによって被覆できていた。パラフィンワックスへの浸漬時間を長くすることにより、網糸の繊維内にパラフィンを含浸させることができると想定されることから、2分前後の浸漬時間によれば、パラフィンによる被膜効果は上昇することが予想される。そして、パラフィン自体の生分解速度は非常に遅いことから、菌類の繁殖は緩やかであり、かつ天然繊維まで生分解されるまでには長期間を要するであろうことは容易に推測できるものとなった。
【0065】
天然繊維のみによって構成される網地は、生分解に通常は数ヶ月を要することが予想されるが、パラフィンによって被覆された網地が、表面のパラフィンによって生分解の開始時期が数ヶ月を単位に遅延させることにより、稚貝の養殖期間中における網材としての機能を発揮させることができる。なお、上記網材が海水に流出した場合においては、徐々にパラフィンが分解され、その後、天然繊維が表面に露出した後は、数ヶ月で生分解されるものとなり得る。
【0066】
以上より、天然繊維を使用した網地をパラフィンで被覆した構成の網を使用することにより、数ヶ月間の養殖期間中における網構造を維持させることができ、海中へ流出する事態が発生した場合であっても生分解によって海水汚染を招来させないものであることが判明した。また、天然素材のみを使用する場合には、数ヶ月の養殖期間中において網構造を維持させることができず、何らかの被覆用材料によって被覆することが必須であることも判明した。
【0067】
本発明の実施形態および実施例は、上記のとおりであるが、これらの実施形態等は本発明の例示であって、本発明がこれらの実施形態等に限定されるものではない。従って、前述の実施形態等を適宜変更し、または他の要素を付加することは可能である。
【0068】
例えば、上記実施例において素線を構成した天然繊維は、麻と綿とを混合したものであるが、複数の天然繊維を混合する場合に限らず、単一の天然繊維によって構成してもよい。さらに、麻、綿またはジュートなどの天然繊維を例示したが、一般的に天然繊維の場合には、各種の微生物によって分解され得るものであるから、その他の天然繊維を使用することも可能である。
【0069】
また、網地の端縁には、ホツレ止めを設ける構成としたが、このホツレ止めは必須ではなく、編網された網構造が崩壊しないものであれば、ホツレ止めを設けない構成であってもよい。さらに、ホツレ止めを縫着し、または袋体とするために端縁を縫着する際には、縫製用の糸を使用することとなるが、この縫着に使用する糸についても天然繊維によって構成されるものを使用することが好ましいものである。
【符号の説明】
【0070】
1 網(平面状の養殖網)
2 袋体(袋状の養殖網)
3 アンカー
11,21 網地
12,22 ホツレ止め
13 固定紐
20a,20b 網
24 開口部
25 底部
26 結束紐
図1
図2
図3
図4
図5