(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-16
(45)【発行日】2022-05-24
(54)【発明の名称】ホスファチジルイノシトールの定量方法及び定量用キット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/34 20060101AFI20220517BHJP
C12N 9/16 20060101ALI20220517BHJP
C12N 9/04 20060101ALI20220517BHJP
【FI】
C12Q1/34
C12N9/16 D
C12N9/04
(21)【出願番号】P 2019520312
(86)(22)【出願日】2018-05-24
(86)【国際出願番号】 JP2018020027
(87)【国際公開番号】W WO2018216776
(87)【国際公開日】2018-11-29
【審査請求日】2021-04-07
(31)【優先権主張番号】P 2017103714
(32)【優先日】2017-05-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森田 真也
【審査官】天野 皓己
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-190299(JP,A)
【文献】佐藤秀紀 ほか,ホスファチジルイノシトール(PI)の酵素法による微量定量と羊水におけるPG/PI比の測定,日本界面医学会雑誌,1989年,Vol.20,p.82-84
【文献】BATCHELOR, Robert, H and ZHOU, Mingjie,A Resorufin-Based Fluorescent Assay for Quantifying NADH,Analytical Biochemistry,2002年,Vol.305,p.118-119
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00 ー 3/00
C12N 9/16
C12N 9/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を有する試料中のホスファチジルイノシトールの定量方法:
(1)試料にホスホリパーゼD、イノシトールデヒドロゲナーゼ、NADHオキシダーゼ、及びペルオキシダーゼを作用させる工程。
【請求項3】
更に以下の工程を有する、請求項1に記載の方法:
(2)前記工程(1)で生成する化合物の蛍光強度、吸光度又は発光量を測定し、予め求めた検量線からホスファチジルイノシトールを定量する工程。
【請求項6】
ホスホリパーゼD、イノシトールデヒドロゲナーゼ、NADHオキシダーゼ、及びペルオキシダーゼを含むホスファチジルイノシトールの定量用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスファチジルイノシトールの定量方法、及びホスファチジルイノシトールの定量用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
リン脂質の一種であるホスファチジルイノシトール(phosphatidylinositol)(PI)は、グリセロール骨格に2本の脂肪酸とリン酸イノシトールとが結合した構造をしている。PIは、哺乳類細胞において細胞形質膜、並びに小胞体膜及びゴルジ体を含む細胞内膜に存在し、細胞内のリン脂質の5~10%を占めている。PIは、細胞膜を形成する構造的役割に加え、さまざまな膜タンパク質(チャネル、トランスポーター、受容体、酵素等)の活性及び局在を調節し、細胞内シグナル伝達において極めて重要な役割をしていることが、近年次第に明らかとなってきている。
【0003】
従来、PIの定量は、薄層クロマトグラフィー(TLC)/リン定量法により行われてきたが、検出感度及び定量精度が低く、時間及び手間が必要となる。正確に定量するためには、各種発色法により得られたTLC上のスポットをスパーテルで丁寧に掻き取り、リン定量などを行わなければならないため、熟練の技術を必要とする。
【0004】
高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いたPIの定量では、分子内のアシル鎖二重結合の紫外吸収で検出するため、脂肪酸鎖の種類による影響を強く受ける。すなわち、PIであっても、飽和脂肪酸鎖のみを有する分子種は検出されず、多価不飽和アシル鎖を持つ分子種ではピークが大きくなるため、定量性は乏しくなる。
【0005】
質量分析(MS)では、PIの脂肪酸鎖の種類を区別した分子種ごとに検出するので、PIとしての定量は困難である。例えば、哺乳類細胞内のPIに関して、二本のアシル鎖の組み合わせにより50種類以上の分子種が存在し、質量分析ではそれぞれがイオン化率の異なるピークとして検出される。
【0006】
PIは生体において多種多様な働きをする重要で欠かすことのできない成分であり、その研究は世界中で非常に活発に行われているにもかかわらず、PIの分析法は現在においても極めて乏しい。そのため、血中のPIの役割及び疾患との関連については全く分かっていない。
【0007】
本発明者は、これまでに一連のリン脂質(ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジン酸、ホスファチジルセリン、スフィンゴミエリン、及びカルジオリピン)に対する酵素蛍光定量法を開発している(特許文献1、2、3等)。
【0008】
特許文献1では、ホスホリパーゼD、L-アミノ酸オキシダーゼ及びペルオキシダーゼを試料に作用させて、生成する化合物の蛍光強度を測定することによるホスファチジルセリンの酵素定量法が報告されている。
【0009】
また、特許文献2では、スフィンゴミエリナーゼ、アルカリホスファターゼ、コリンオキシダーゼ及びペルオキシダーゼを試料に作用させて、生成する化合物の蛍光強度を測定することによるスフィンゴミエリンの酵素定量法が報告されている。
【0010】
さらに、特許文献3では、ホスホリパーゼD、グリセロールキナーゼ、グリセロール-3-リン酸オキシダーゼ及びペルオキシダーゼを試料に作用させて、生成する化合物の蛍光強度を測定することによるカルジオリピンの酵素定量法が報告されている。
【0011】
しかしながら、PIについての酵素蛍光定量法については開発されていないため、PIが抜け落ちることにより、リン脂質全体のプロファイルが分からないことが問題となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】国際公開第2012/070617号
【文献】日本国特開2013-255436号公報
【文献】国際公開第2015/151801号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このように、従来、PIの定量は、薄層クロマトグラフィー/リン定量法により行われている。しかしながら、この方法には、検出感度及び定量精度が低いこと、時間及び手間がかかることなどの欠点がある。
【0014】
本発明は、PIを高感度で簡便に定量できるホスファチジルイノシトールの定量方法、及びホスファチジルイノシトールの定量用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、
図1に示す一連の酵素反応を用いることによって、上記目的を達成することができるという知見を得た。
図1に示すホスファチジルイノシトールの定量方法について以下説明する。
(i) ホスホリパーゼDによりPIを加水分解することで、イノシトール及びホスファチジン酸(PA)を生成させる。
(ii) イノシトール及びNAD
+をイノシトールデヒドロゲナーゼにより反応させることでNADHを生成させる。
(iii) NADHオキシダーゼによりNADHを酸化し、H
2O
2を生成させる。
(iv) 10-アセチル-3,7-ジヒドロキシフェノキサジン(Amplex(商標) Red)及びH
2O
2をペルオキシダーゼにより反応させることでレゾルフィンを生成させる。レゾルフィンから生じる蛍光強度を測定することにより、PI量を測定することができる。
【0016】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次のホスファチジルイノシトールの定量方法、及びホスファチジルイノシトールの定量用キットを提供するものである。
【0017】
(I) ホスファチジルイノシトールの定量方法
(I-1) 以下の工程を有する試料中のホスファチジルイノシトールの定量方法:
(1)試料にホスホリパーゼD及びイノシトールデヒドロゲナーゼを作用させる工程。
(I-2) 前記工程(1)において、NADHオキシダーゼ及びペルオキシダーゼを更に作用させる、(I-1)に記載の方法。
(I-3) 更に以下の工程を有する、(I-1)又は(I-2)に記載の方法:
(2)前記工程(1)で生成する化合物の蛍光強度、吸光度又は発光量を測定し、予め求めた検量線からホスファチジルイノシトールを定量する工程。
(I-4) 前記工程(1)において、ホスホリパーゼDを作用させた後に60℃以上での加熱処理を行い、次いでイノシトールデヒドロゲナーゼを作用させる、(I-1)~(I-3)のいずれか一項に記載の方法。
(I-5) 一連の酵素処理を中性領域のpHで行う、(I-1)~(I-4)のいずれか一項に記載の方法。
【0018】
(II) ホスファチジルイノシトールの定量用キット
(II-1) ホスホリパーゼD及びイノシトールデヒドロゲナーゼを含むホスファチジルイノシトールの定量用キット。
(II-2) NADHオキシダーゼ及びペルオキシダーゼを更に含む、(II-1)に記載のキット。
【発明の効果】
【0019】
本発明のホスファチジルイノシトールの定量方法及び定量用キットは、高感度、且つ高精度なホスファチジルイノシトールの定量が可能である。
【0020】
また、本発明の検出限界は10 pmolであり、従来のPIの定量方法と比べて、極めて高感度であり、高精度の定量を行うことが可能である。
【0021】
さらに、本発明における必要な操作は、ピペットによる試料及び反応液のマイクロプレートへの分注が主で、極めて簡便であり、ハイスループット定量が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明のPIの定量方法における反応を示す図である。
【
図2】試験例1のPI測定における標準曲線を示すグラフである。各点は3回の測定の平均±S.D.を表す。線は、線形回帰分析によって得た。相関係数は、r=0.9974 (A)とr=0.9989 (B)であった。
【
図3】試験例1のPI測定におけるウシ肝臓由来PI (Liver PI)、大豆由来PI (Soy PI)、ジオレオイルPI (DOPI)、リゾPI (LPI)、及びホスファチジルイノシトール一リン酸(PI(4)P (イノシトールの4位がリン酸化)、PI(5)P (イノシトールの5位がリン酸化))(全て100μM)に反応した蛍光変化を示すグラフであり、Liver PIによる蛍光変化を100%として表している。各バーは3回の測定の平均±S.D.を表す。多重比較は、ANOVAに従いBonferroni検定を使用して行った。Liver PI、Soy PI、DOPI、LPI、PI(4)P、及びPI(5)Pとの間で統計学的に有意な相違はなかった。
【
図4】試験例2におけるPI測定の直線性を示すグラフである。HEK293細胞からの脂質抽出物は1容量% Triton(商標) X-100で順次希釈した。相関係数はr=0.9993であった。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明のホスファチジルイノシトールの定量方法、及びホスファチジルイノシトールの定量用キットについて詳細に説明する。
【0024】
ホスファチジルイノシトールの定量方法
本発明の試料中のPIの定量方法は、以下の工程を有することを特徴とする。
(1)試料にホスホリパーゼD及びイノシトールデヒドロゲナーゼを作用させる工程。
【0025】
また、本発明の試料中のPIの定量方法は、更に以下の工程を有していてもよい。
(2)前記工程(1)で生成する化合物の蛍光強度、吸光度又は発光量を測定し、予め求めた検量線からホスファチジルイノシトールを定量する工程。
【0026】
本発明のPIの定量方法で検出可能なPIとしては、PIのイノシトールの部分がmyo-イノシトールであるもの、ホスファチジルイノシトール一リン酸などのリン酸化されたホスファチジルイノシトール(PIP)(例えば、イノシトールの4位、5位などがリン酸化されたもの)などが挙げられる。
【0027】
以下、各工程について説明する。
【0028】
<工程(1)>
工程(1)では、試料にホスホリパーゼD及びイノシトールデヒドロゲナーゼを作用させる。好ましくは、NADHオキシダーゼ及びペルオキシダーゼを更に作用させる。
【0029】
試料にホスホリパーゼDを作用させることにより、PI及びH2Oからイノシトール及びPAが生成する。次に、当該生成物にイノシトールデヒドロゲナーゼを作用させることにより、イノシトール及びNAD+ (ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)からイノソース、NADH及びH+が生成する。次に、当該生成物にNADHオキシダーゼを作用させることにより、NADH、H+及びO2からNAD+及びH2O2が生成する。
【0030】
ホスホリパーゼD (EC 3.1.4.4)は、グリセロリン脂質のホスホジエステル結合の塩基側を加水分解するリン脂質加水分解酵素である。本発明で使用するホスホリパーゼDは、ホスファチジルイノシトールを加水分解して、イノシトールとホスファチジン酸とを生成させることができるものであれば、微生物、動物及び植物由来のホスホリパーゼDを広く使用できる。これらの中でも、微生物由来のホスホリパーゼDが好ましく、ストレプトマイセス属由来のホスホリパーゼDがより好ましく、ストレプトマイセス・クロモフスカス(Streptomyces chromofuscus)由来のホスホリパーゼDが特に好ましい。
【0031】
本発明で使用するイノシトールデヒドロゲナーゼ(イノシトール-2-デヒドロゲナーゼ) (EC 1.1.1.18)は、イノシトール(特に、myo-イノシトール)とNAD+とから、イノソース、NADH及びH+を生成させることができるものであれば、微生物、動物及び植物由来のイノシトールデヒドロゲナーゼを広く使用できる。これらの中でも、微生物由来のイノシトールデヒドロゲナーゼが好ましく、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)由来のイノシトールデヒドロゲナーゼが特に好ましい。
【0032】
本発明で使用するNADHオキシダーゼ(EC 1.6.3.1)は、NADH、H+及びO2からNAD+とH2O2とを生成させることができるものであれば、微生物、動物及び植物由来のNADHオキシダーゼを広く使用できる。これらの中でも、微生物由来のNADHオキシダーゼが好ましく、バチルス・リケニフォルミス(Bacillus licheniformis)由来のNADHオキシダーゼが特に好ましい。
【0033】
本発明で使用するペルオキシダーゼ(EC 1.11.1.7)は、微生物、動物及び植物由来のペルオキシダーゼを広く使用できる。これらの中でも、植物由来のペルオキシダーゼが好ましく、西洋ワサビ(horseradish)由来のペルオキシダーゼが特に好ましい。
【0034】
本発明のPIの定量方法では、試料に上記2又は4種類の酵素を作用させる場合は、2又は4種の酵素を一緒に添加して一度に反応させてもよいし又は逐次的に添加して反応させてもよい。しかしながら、(a) ホスホリパーゼD及びイノシトールデヒドロゲナーゼ、(b) NADHオキシダーゼ及びペルオキシダーゼ、の二段階に分けて酵素を作用させることが好ましく、(a1) ホスホリパーゼD、(a2) イノシトールデヒドロゲナーゼ、並びに(b) NADHオキシダーゼ及びペルオキシダーゼ、の三段階に分けて酵素を作用させることが更に好ましい。このように、2又は4種類の酵素を段階的に反応させることにより精度を高めることができる。
【0035】
試料にホスホリパーゼDを作用させる条件としては使用する酵素の特性に応じて適宜設定することができ、pHは通常6~9、温度は通常15~40℃である。試料にホスホリパーゼDを作用させる時間は、分析する試料の特性に応じて適宜設定することができ、通常1分以上である。
【0036】
試料にイノシトールデヒドロゲナーゼを作用させる条件としては使用する酵素の特性に応じて適宜設定することができ、pHは通常6~12、温度は通常15~40℃である。試料にイノシトールデヒドロゲナーゼを作用させる時間は、分析する試料の特性に応じて適宜設定することができ、通常1分以上である。
【0037】
試料にNADHオキシダーゼを作用させる条件としては使用する酵素の特性に応じて適宜設定することができ、pHは通常6~9、温度は通常15~60℃である。試料にNADHオキシダーゼを作用させる時間は、分析する試料の特性に応じて適宜設定することができ、通常1分以上である。
【0038】
試料にペルオキシダーゼを作用させる条件としては使用する酵素の特性に応じて適宜設定することができ、pHは通常6~9、温度は通常15~50℃である。試料にペルオキシダーゼを作用させる時間は、分析する試料の特性に応じて適宜設定することができ、通常1分以上である。
【0039】
2又は4種類の酵素の作用温度及びpHが共通する場合は全ての酵素の反応を同時に行うことができ、作用温度及びpHが酵素により異なる場合は逐次段階的に必要とされる温度及びpHに設定し反応を行うことができる。本発明のPIの定量方法において、一連の酵素処理を中性領域のpH (好ましくは6.0~8.0の一定のpH)で行うことが望ましい。
【0040】
試料によっては、本発明のPIの定量方法において、ホスホリパーゼDを作用させた後に60℃以上(好ましくは70℃以上、80℃以上、又は90℃以上、特に90~100℃)での加熱処理を行い、次いでイノシトールデヒドロゲナーゼを作用させることが好ましい。加熱処理後には遠心を行い、上清を以後の処理に使用することが望ましい。このような加熱処理を行うことで定量精度が向上する。
【0041】
本発明のPIの定量方法において、試料に2又は4種類の酵素を作用させる反応液中の2又は4種類の酵素の量は、含まれるPI量等を考慮して分析に適切な酵素量に適宜調整することができる。これら2又は4種類の酵素は、反応時間内にほぼ完全に反応を終えることで高い精度が得られるため、十分な量の酵素を用いることが望ましい。
【0042】
本発明において、試料にペルオキシダーゼを作用させるための反応液には、ペルオキシダーゼの存在下でH2O2と反応することで蛍光強度、吸光度又は発光量が増加する化合物が含まれる。なお、4種の酵素を逐次的に反応させる場合は、当該化合物は、少なくともペルオキシダーゼを反応させる際の反応液に含まれていればよい。そのような化合物としては、例えば、10-アセチル-3,7-ジヒドロキシフェノキサジン(Amplex Red)が挙げられる。反応液中の10-アセチル-3,7-ジヒドロキシフェノキサジンの濃度は適宜調整することができ、通常10~500μMである。
【0043】
試料にホスホリパーゼD、イノシトールデヒドロゲナーゼ、NADHオキシダーゼ及びペルオキシダーゼを作用させるための反応液には、試料と酵素の他に、緩衝液、金属塩、NAD+等が含まれていてもよい。緩衝液としては、例えばトリス-塩酸緩衝液、リン酸カリウム緩衝液、グリシン-塩酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液等が挙げられる。金属塩としては、例えば、マグネシウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、ナトリウム塩等が挙げられる。なお、イノシトールデヒドロゲナーゼを作用させる反応液には、NAD+が含まれていることが望ましい。
【0044】
本発明における試料としては、PIの定量が求められているものであれば特に限定されず、例えば、培養細胞、培養液、ヒト又は動物の組織及び血液を含む体液、植物の組織及び植物体液、菌類、真菌類、細菌及び細菌の培養液、医薬、食品、サプリメント等が挙げられる。試料は希釈液により希釈されていてもよく、そのような希釈液としては緩衝液が挙げられる。緩衝液としては、例えば前述するものが挙げられる。試料は酵素反応の前に前処理されていてもよく、そのような処理としては加熱処理等が挙げられる。
【0045】
<工程(2)>
工程(2)では、工程(1)で生成する化合物の蛍光強度、吸光度又は発光量を測定し、予め求めた検量線からホスファチジルイノシトールを定量する。
【0046】
一連の反応の結果、1分子のPIから1分子のH2O2が生成するため、H2O2量を測定することでPIを定量することが可能となる。
【0047】
工程(2)における測定方法としては、具体的には、ペルオキシダーゼによってH2O2と反応して新たな吸収波長を得る化合物(例えば、N,N'-ビス(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)トリジン等)を用いて吸光度測定を行う方法、ペルオキシダーゼによってH2O2と反応して複数の化合物が酸化縮合し新たな吸収波長を得る化合物(例えば、フェノールと4-アミノアンチピリンとの酸化縮合等)を用いて吸光度測定を行う方法、ペルオキシダーゼによってH2O2と反応して新たに蛍光を生じる化合物(例えば、10-アセチル-3,7-ジヒドロキシフェノキサジン等)を用いて蛍光強度を測定する方法、及びペルオキシダーゼによってH2O2と反応して新たに発光を生じる化合物(例えば、ルミノール等)を用いて発光量を測定する方法が挙げられる。
【0048】
上記の中でも好ましいのは、ペルオキシダーゼによってH2O2と反応して新たに蛍光を生じる化合物を用いて蛍光強度を測定する方法であり、特に好ましいのはH2O2に10-アセチル-3,7-ジヒドロキシフェノキサジン(Amplex Red)とペルオキシダーゼとを作用させることにより生成するレゾルフィンの蛍光強度を測定する方法である。レゾルフィンは、蛍光性化合物であり、最大励起波長は571 nm、最大蛍光波長は585 nmである。それに対して、10-アセチル-3,7-ジヒドロキシフェノキサジンは、非蛍光性化合物であり、波長571 nm付近の光を照射しても蛍光は生じない。一連の反応の結果、1分子のPIから1分子のレゾルフィンが生成するため、レゾルフィン量を測定することでPIを定量することが可能である。レゾルフィン量の測定は、例えば蛍光マイクロプレートリーダーを使用し、励起波長544 nm、蛍光波長590 nmを選択して蛍光強度を測定することにより行うことができる。
【0049】
本発明において、微生物、動物又は植物由来の酵素とは、微生物、動物又は植物が産生する酵素、及び該酵素のアミノ酸配列において、1又は2個以上のアミノ酸を置換、付加、欠失、及び/又は挿入させることで得られ、且つ本来有する酵素活性を有している改変体を広く包含する。
【0050】
上記「1個若しくは2個以上」の範囲は特に限定されず、例えば1~50個、好ましくは1~25個、より好ましくは1~12個、更に好ましくは1~9個、特に好ましくは1~5個を意味する。特定のアミノ酸配列において、1個若しくは2個以上のアミノ酸を置換、欠失、挿入又は付加させる技術は公知である。
【0051】
上記の各酵素は市販品として入手可能であるか、又は公知の遺伝子配列の情報を利用して遺伝子を取得し形質転換体を作製することにより生産することができる。生産した酵素の精製は、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー、硫酸アンモニウム塩折法等により行うことができる。
【0052】
本発明のPIの定量方法の一例として次の方法が挙げられる。まずPIの濃度が既知の溶液を適宜希釈した標準試料について本発明の方法により蛍光強度を測定し、PI濃度に対する蛍光強度の検量線を作成する。そして、PIの含量が未知の試料を用いて本発明により蛍光強度を測定し、上記検量線からPI量を求めることができる。
【0053】
本発明のホスファチジルイノシトールの定量方法は、高感度、且つ高精度なホスファチジルイノシトールの定量が可能である。
【0054】
ホスファチジルイノシトールの定量用キット
本発明のホスファチジルイノシトールの定量用キットは、ホスホリパーゼD及びイノシトールデヒドロゲナーゼを含むことを特徴とする。本発明のホスファチジルイノシトールの定量用キットは、NADHオキシダーゼ及びペルオキシダーゼを更に含むことが好ましい。
【0055】
本発明のPIの定量用キットを用いて前記PIの定量方法を実施することで、高感度、且つ高精度なホスファチジルイノシトールの定量が可能である。
【0056】
本発明のPIの定量用キットを使用する方法は、前述するPIの定量方法を適用できる。
【0057】
ホスホリパーゼD、イノシトールデヒドロゲナーゼ、NADHオキシダーゼ及びペルオキシダーゼは前述したものと同様である。
【0058】
本発明のPIの定量用キットは、ホスホリパーゼD、イノシトールデヒドロゲナーゼ、NADHオキシダーゼ及びペルオキシダーゼを酵素液として含んでいてもよいし、また乾燥粉末の形態で含んでいてもよい。本発明のPIの定量用キットは、H2O2の存在下でペルオキシダーゼを作用させることで蛍光強度、吸光度又は発光量を測定可能な化合物を生成する化合物を含んでいてもよい。本発明のPIの定量用キットはまた、更に緩衝剤、金属塩、NAD+等を含んでいてもよく、NAD+を少なくとも含んでいることが望ましい。緩衝剤及び金属塩としては前述するものが挙げられる。緩衝剤及び金属塩は水溶液又は粉末の形態でキットに含まれていることが好ましい。
【実施例】
【0059】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0060】
材料
実施例において使用した試薬を以下に示す。
ストレプトマイセス・クロモフスカス由来のホスホリパーゼD (T-07、旭化成株式会社製)
バチルス・サブチリス由来のmyo-イノシトールデヒドロゲナーゼ(E-INDHBS、Megazyme社製)
バチルス・リケニフォルミス由来のNADHオキシダーゼ(サンヨーファイン株式会社製)
西洋ワサビ根由来のペルオキシダーゼ(46261003、オリエンタル酵母工業株式会社製)
Amplex Red試薬(Invitrogen社製)
ウシ肝臓由来PI、大豆由来PI、ジオレオイルPI、リゾPI、PI(4)P及びPI(5)P (Avanti Polar Lipids社製)
その他の化学薬品は特級のものを使用した。
【0061】
PIの酵素測定
反応試液I1は、100 U/mL ホスホリパーゼD、25 U/mL イノシトールデヒドロゲナーゼ、10 mM NAD+、2.4 mM CaCl2、50 mM NaCl、及び50 mM Tris-HCl (pH 7.4)を含有した。反応試液I2は、1 U/mL NADHオキシダーゼ、6.25 U/mL ペルオキシダーゼ、187.5μM Amplex Red、0.125容量% Triton X-100、50 mM NaCl、及び50 mM Tris-HCl (pH 7.4)を含有した。Amplex Red Stop試薬は、Invitrogen社から購入した。PI標準溶液は、1容量% Triton X-100水溶液にウシ肝臓由来PIを溶解した。
【0062】
PI標準溶液又はサンプル(10μL)を反応試液I1 (10μL)に添加し、25℃で120分間インキュベートした。インキュベート後、反応試液I2 (80μL)を添加した。45℃で60分間インキュベート後、Amplex Red Stop試薬(20μL)を添加した。蛍光強度を蛍光マイクロプレートリーダー(Infinite M200, Tecan社)を使用して測定し、励起波長及び蛍光波長は、それぞれ544 nmと590 nmとに設定した。
【0063】
細胞中のPI含量の測定
HEK293細胞は、10%熱不活性化FBSを含むDMEMを用いて、加湿インキュベーター(5% CO2)内37℃で培養した。100 mmディッシュに細胞を播種し、37℃で数日間インキュベートした。インキュベート後、細胞を氷上で冷却し、冷却したPBSで洗浄し、掻き取り、細胞を超音波処理により破砕した。細胞の脂質をFolch法によって抽出し、使用直前に調製した1容量% Triton X-100に溶解した。細胞からの脂質抽出物中のPIは、以下の酵素定量法によって測定した。
【0064】
反応試液I1'は、200 U/mL ホスホリパーゼD、2.4 mM CaCl2、50 mM NaCl、及び50 mM Tris-HCl (pH 7.4)を含有した。反応試液I2'は、25 U/mL イノシトールデヒドロゲナーゼ、10 mM NAD+、150 mM NaCl、及び150 mM Tris-HCl (pH 7.4)を含有した。反応試液I3'は、1 U/mL NADHオキシダーゼ、6.25 U/mL ペルオキシダーゼ、187.5μM Amplex Red、0.125容量% Triton X-100、50 mM NaCl、及び50 mM Tris-HCl (pH 7.4)を含有した。
【0065】
サンプル(10μL)を反応試液I1' (10μL)に添加し、37℃で60分間インキュベートした。インキュベート後、96℃で3分間加熱処理し、10,000rpmで室温5分間遠心した。上清10μLに対して反応試液I2' (10μL)を添加した。25℃で120分間インキュベート後、反応試液I3' (80μL)を添加した。45℃で60分間インキュベート後、Amplex Red Stop試薬(20μL)を添加した。蛍光強度を蛍光マイクロプレートリーダー(Infinite M200, Tecan社)を使用して測定し、励起波長及び蛍光波長は、それぞれ544 nmと590 nmとに設定した。
【0066】
<結果>
試験例1:PI測定
上記のPIの酵素測定法(加熱処理無し)により、PI標準溶液を用いて検量線を作成した。結果を
図2に示す。
【0067】
PI測定のための検量線は、0~1000μMの間で双曲線となった(r=0.9974:
図2A、R=0.9989:
図2B)。検出限界は1μM (反応溶液中に10 pmol)であった。
【0068】
6種類のPIについて同濃度(100μM)で上記のPIの酵素測定法(加熱処理無し)により蛍光強度を調べた。ウシ肝臓由来PIで生じた蛍光強度を100%として表した結果を
図3に示す。3つのPIとLPI及び2つのPIPとを比較したところ、同濃度で蛍光強度に差はなかった。
【0069】
試験例2:培養細胞中のPIの測定
PI測定の正確性を確認するために、既知量のPIを細胞脂質抽出物に加えて回収試験を行った(表1)。その結果、添加したPIは、各添加量において、ほぼ100%回収できた。この結果から、添加したPIの定量は、他の細胞抽出物の阻害を受けておらず、本発明の定量方法は正確であることが分かった。
【0070】
【0071】
定量の線形性を試験するために、HEK293細胞からの脂質抽出物を1容量% Triton X-100水溶液で順次希釈した。
図4に示されているように、よくフィッティングした回帰直線が得られた(r=0.9993)。
【0072】
上記の結果から、本発明のPIの定量方法が、高特異性、高感度、及び高精度を有していることが分かる。