(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-16
(45)【発行日】2022-05-24
(54)【発明の名称】圧粉磁心およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 1/153 20060101AFI20220517BHJP
H01F 1/24 20060101ALI20220517BHJP
H01F 41/02 20060101ALI20220517BHJP
【FI】
H01F1/153 175
H01F1/24
H01F41/02 D
(21)【出願番号】P 2021502146
(86)(22)【出願日】2020-02-20
(86)【国際出願番号】 JP2020006874
(87)【国際公開番号】W WO2020171178
(87)【国際公開日】2020-08-27
【審査請求日】2021-07-06
(31)【優先権主張番号】P 2019030756
(32)【優先日】2019-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000010098
【氏名又は名称】アルプスアルパイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100135183
【氏名又は名称】大窪 克之
(74)【代理人】
【識別番号】100085453
【氏名又は名称】野▲崎▼ 照夫
(74)【代理人】
【識別番号】100108006
【氏名又は名称】松下 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】花田 成
(72)【発明者】
【氏名】藤田 浩一
(72)【発明者】
【氏名】安彦 世一
(72)【発明者】
【氏名】小柴 寿人
【審査官】秋山 直人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/86148(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/35478(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/56351(WO,A1)
【文献】特開2018-198319(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/153
H01F 1/24
H01F 41/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe基Cr含有非晶質合金の磁性粉末および有機結着物質を含有する圧粉磁心であって、
前記圧粉磁心中の前記磁性粉末の表面側から組成の深さプロファイルを求めたときに、
O濃度(単位:原子%)のFe濃度(単位:原子%)に対する比が0.1以上である酸素含有領域を前記磁性粉末の表面から定義可能であって、前記酸素含有領域は、前記磁性粉末の表面からの深さが35nm以下であり、
C濃度(単位:原子%)の前記O濃度に対する比が1以上である炭素含有領域を前記磁性粉末の表面から定義可能であって、前記炭素含有領域は、前記磁性粉末の表面からの深さが5nm以下であり、
前記酸素含有領域は、前記磁性粉末の合金組成におけるCr含有量(単位:原子%)に対するCr濃度(単位:原子%)の比が1を超える部分を有することを特徴とする圧粉磁心。
【請求項2】
前記酸素含有領域は、前記磁性粉末の合金組成におけるSi含有量(単位:原子%)に対するSi濃度(単位:原子%)の比が1を超える部分を有する、請求項1に記載の圧粉磁心。
【請求項3】
前記深さプロファイルにおいて、
前記磁性粉末の合金組成におけるC含有量(単位:原子%)に対する前記C濃度の比が1を超える炭素濃化領域を前記磁性粉末の表面から定義可能であって、前記炭素濃化領域は、前記磁性粉末の表面からの深さが2nm以下である、請求項1または請求項2に記載の圧粉磁心。
【請求項4】
前記Fe基Cr含有非晶質合金は、PおよびCを含有する、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の圧粉磁心。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載される圧粉磁心の製造方法であって、
Fe基Cr含有非晶質合金の磁性粉末と有機結着材とを含む混合粉末体を得る混合工程、
前記混合粉末体を加圧成形して成形製造物を得る成形工程、および
前記成形製造物の歪取り処理温度である除歪温度に雰囲気の温度を設定して前記成形製造物の歪みを取る除歪熱処理を有する熱処理工程を備え、
前記熱処理工程は、第1の熱処理と、当該第1の熱処理に引き続いて行われる第2の熱処理とを有し、
前記第1の熱処理では、前記有機結着材の熱分解温度以上前記除歪温度以下の第1の温度に到達するまで、前記雰囲気を非酸化性とし、
前記第2の熱処理では、前記第1の温度を含む温度域にある前記雰囲気を酸化性とすること
を特徴とする圧粉磁心の製造方法。
【請求項6】
前記第1の熱処理では、前記第1の温度への昇温過程において、前記雰囲気を非酸化性とする、請求項5に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項7】
前記除歪温度からの冷却過程において、前記雰囲気を非酸化性とする、請求項5または請求項6に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項8】
前記第1の温度は、前記除歪温度である、請求項5から請求項7のいずれか一項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項9】
前記第1の温度は前記除歪温度と異なる温度であって、前記第2の熱処理に続いて、前記雰囲気の温度を前記除歪温度に変更し、前記除歪温度にある前記雰囲気を非酸化性として前記除歪熱処理を行う、請求項5から請求項7のいずれか一項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧粉磁心およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高周波で用いられているチョークコイルなどの電子部品は、電気・電子機器の小型化に対応して、小型化と高効率化とが容易な磁性材料であることが好ましい。Fe-Si-B系合金からなるアモルファス材料および金属ガラス材料により代表される非晶質軟磁性材料からなる粉末(本明細書において、軟磁性材料からなる粉末を「磁性粉末」という。)を絶縁性結着材を用いて圧粉成形した圧粉磁心は、軟磁性フェライトに比べ大きい飽和磁束密度を有しているために小型化に有利である。また、磁性粉末同士が絶縁性結着材を介して接合されているため、磁性粉末間の絶縁が確保される。それゆえ、高周波域で使用しても比較的鉄損が小さく、圧粉磁心の温度上昇が少なく、小型化に適している。
【0003】
ここで、磁性粉末を構成する非晶質軟磁性材料は熱処理を施すことにより磁気特性を改善(圧粉成形の際に加えられた歪の緩和など)して用いられることから、絶縁性結着材がこの熱処理に耐えることが求められている。
【0004】
磁性粉末として鉄粉、SiFe粉、センダスト粉、パーマロイ粉などの結晶質磁性粉末を用いた場合には、圧粉コアを形成する際の絶縁性結着材としてシリコーン樹脂を用い、成形の際や成形後に700℃程度の熱処理を行うことで、成形製造物内のシリコーン樹脂をSiO2に転化させる場合がある(特許文献1)。
【0005】
特許文献1に記載される方法を用いることにより、高い機械強度と耐熱性とを備える圧粉磁心を製造することが実現できるが、シリコーン樹脂の転化のために必要な700℃程度の加熱は、磁気的な性能が優れる非晶質磁性粉末を用いた場合に結晶化を生じるため、特許文献1に記載される方法を適用することができなかった。
【0006】
非晶質磁性粉末を用いた圧粉磁心では、磁性材料の結晶化を避けるために、熱処理を行う場合には500℃程度が上限である。このような加熱条件での熱処理が行われた場合でも耐熱性に優れる圧粉コアを提供すべく、特許文献2には、軟磁性粉末と、絶縁性の樹脂系材料とを備える圧粉コアであって、前記樹脂系材料を与える樹脂はアクリル系樹脂を含有し、前記圧粉コアを下記条件にてTOF-SIMSにより測定した際に、CnH2n-1O2
-(n=11から20)で表されるイオンの少なくとも1種からなる第1イオンに基づくピークが測定されることを特徴とする圧粉コアが開示されている。
照射イオン:Bi3+
加速電圧:25keV
照射電流:0.3pA
照射モード:バンチングモード
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2000-30925号公報
【文献】特許第6093941号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、損失が低く初透磁率が高い高耐熱性の圧粉磁芯を提供することを目的とする。また、本発明は、かかる優れた磁気特性を備える圧粉磁芯を製造する方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく提供される本発明の一態様は、Fe基Cr含有非晶質合金の磁性粉末および有機結着物質を含有する圧粉磁心であって、圧粉磁心中の磁性粉末の表面側から組成の深さプロファイルを求めたときに、深さプロファイルは次の特徴を備える。
(1)O濃度(単位:原子%)のFe濃度(単位:原子%)に対する比(本明細書において「O/Fe比」ともいう。)が0.1以上である酸素含有領域を磁性粉末の表面から定義可能であって、酸素含有領域は、磁性粉末の表面からの深さが35nm以下である。
(2)C濃度(単位:原子%)のO濃度に対する比(本明細書において「C/O比」ともいう。)が1以上である炭素含有領域を磁性粉末の表面から定義可能であって、炭素含有領域は、磁性粉末の表面からの深さが5nm以下である。
(3)酸素含有領域は、磁性粉末の合金組成におけるCr含有量(単位:原子%)に対するCr濃度(単位:原子%)の比(本明細書において「バルクCr比」ともいう。)が1を超える部分(本明細書において「Cr濃化部」ともいう。)を有する。
【0010】
O/Fe比はその深さにおける磁性粉末の酸化の程度を示す指標である。測定深さにおいてO/Fe比が0.1以上であれば、その測定面においてFeの酸化が顕在化しているといえる。したがって、深さプロファイルにおいてO/Fe比が0.1以上の領域を酸素含有領域として定義することができる。この酸素含有領域を定義できる場合には、磁性粉末において酸化が生じて酸化被膜が形成されていると考えてよい。この磁性粉末の表面に形成された酸化被膜は、隣り合い接触する磁性粉末の間で絶縁層として機能することができる。したがって、酸素含有領域を磁性粉末の表面から定義可能である場合には、磁性粉末は適切な絶縁層をその表面に有しているといえる。その結果、磁性粉末を備える圧粉磁心の磁気特性が良好となり、特に鉄損Pcvが低減される。
【0011】
酸素含有領域の磁性粉末の表面からの深さ(本明細書において「厚さ」という場合がある。)が35nmを超えると、磁性粉末の表面に形成された酸化被膜の均一さが低下しやすくなる。その結果、磁性粉末の個々の絶縁の程度が低下して、鉄損Pcvが相対的に上昇する。鉄損Pcvの増大を安定的に抑制する観点から、磁性粉末の酸素含有領域の厚さは、30nm以下であることが好ましい場合があり、25nm以下であることがより好ましい場合がある。
【0012】
本発明に係る磁性粉末は、Fe基Cr含有非晶質合金から形成されたものであり、この合金に含有されるCrは磁性粉末の表面の酸化被膜に濃化し、均一な酸化被膜を形成することに寄与する。具体的には、酸素含有領域において、磁性粉末の合金組成におけるCr含有量に対するCr濃度の比(本明細書において「バルクCr比」ともいう。)が1を超える部分を有する。酸素含有領域のほぼ全域においてバルクCr比が1超であれば、磁性粉末の表面に形成された酸化被膜は特に均一であると考えてよい。なお、磁性粉末のごく表面は、付着する有機物の影響により、見かけ上、Cr濃度が低下する場合もある。
【0013】
深さプロファイルにおいて、C濃度のO濃度に対する比(本明細書において「C/O比」ともいう。)が1以上である炭素含有領域を磁性粉末の表面から定義可能である場合には、有機結着物質が磁性粉末の表面に適切に付着していると判断できる。C/O比が1以上ということは、測定面において酸化被膜を構成する酸素と同等以上の炭素が存在することを示している。炭素含有領域の厚さが5nmを超える場合には、磁性粉末の表面に位置する有機結着物質が過大であって、初透磁率の低下および鉄損Pcvの増大が顕在化する。初透磁率の低下および鉄損Pcvの増大の顕在化をより安定的に抑制する観点から、炭素含有領域の厚さは、4nm以下であることが好ましい場合があり、3nm以下であることがより好ましい場合があり、2nm以下であることが特に好ましい場合がある。
【0014】
上記の圧粉磁心の深さプロファイルにおいて、酸素含有領域は、磁性粉末の合金組成におけるSi含有量(単位:原子%)に対するSi濃度(単位:原子%)の比(本明細書において「バルクSi比」ともいう。)が1を超える部分(本明細書において「Si濃化部」ともいう。)を有することが好ましい。この場合には、Fe基Cr含有非晶質合金はSiを含有する。SiはCrと同様に、磁性粉末の表面に濃化して均一な酸化被膜を形成することに寄与する。したがって、深さプロファイルの酸素含有領域がバルクSi比が1を超える部分を有する場合には、磁性粉末の表面に形成される酸化被膜がより均一であると期待される。
【0015】
上記の圧粉磁心の磁性粉末の深さプロファイルにおいて、磁性粉末の合金組成におけるC含有量(単位:原子%)に対するC濃度の比(本明細書において「バルクC比」ともいう。)が1を超える領域を磁性粉末の表面から定義可能であることが好ましい。本明細書において、この領域を「炭素濃化領域」と定義する。炭素濃化領域は、磁性粉末の表面からの深さが2nm以下であることが好ましい。炭素濃化領域の磁性粉末の表面からの深さが2nm以下であれば、有機結着物質が磁性粉末の表面に過度に付着した状態にはないため、圧粉磁心において初透磁率の低減や鉄損Pcvの増大が生じることがより安定的に抑制される。なお、バルクC比が1以上となる領域は、表面から連続した領域以外の領域にも認められる場合があるが、本明細書では、そのような領域は「炭素濃化領域」とは定義しない。
【0016】
上記の圧粉磁心の磁性粒子を構成するFe基Cr含有非晶質合金は、PおよびCを含有する、いわゆるFe-P-C系非晶質合金であってもよい。Fe-P-C系非晶質合金は、ガラス転移点が現れやすいが、酸化の影響を受けやすい。この点に関し、本発明の磁性粒子を構成するFe基合金はCrを含有し、好ましい一例ではさらにSiも含有するため、磁性粒子の表面に均一な酸化被膜が不働態被膜として形成されやすく、結果、磁性粒子の内部において酸化が生じにくい。
【0017】
本発明は、別の一態様として、上記の圧粉磁心の製造方法を提供する。かかる製造方法は、Fe基Cr含有非晶質合金の磁性粉末と有機結着材とを含む混合粉末体を得る混合工程、混合粉末体を加圧成形して成形製造物を得る成形工程、および成形製造物の歪取り処理温度である除歪温度に雰囲気の温度を設定して成形製造物の歪みを取る除歪熱処理を有する熱処理工程を備える。熱処理工程は、第1の熱処理と、当該第1の熱処理に引き続いて行われる第2の熱処理とを有し、第1の熱処理では、有機結着材の熱分解温度以上除歪温度以下の第1の温度に到達するまで、雰囲気を非酸化性とし、第2の熱処理では、第1の温度を含む温度域にある雰囲気を酸化性とする。
【0018】
第1の熱処理の雰囲気を非酸化性とし、第1の熱処理に引き続いて行われる第2の熱処理の雰囲気を酸化性とすることで、磁性粉末の表面に形成される酸化被膜が均一で薄い不働態被膜となる。また、磁性粉末の表面に付着する有機結着物質の厚さが過大とならない。このため、隣り合う磁性粉末どうしの絶縁を確保しつつ、互いの離間距離を小さくすることが実現される。その結果、磁性粉末を備える圧粉磁心の磁気特性が良好になる。具体的には、圧粉磁心の初透磁率が低くなりにくく、かつ鉄損Pcvが増大しにくい。
【0019】
上記の製造方法において、第1の熱処理では、第1の温度への昇温過程において、雰囲気を非酸化性とすることが好ましい場合がある。具体的には、室温レベルにある成形製造物を、加熱炉などの加熱手段に配置し、配置した状態で雰囲気を非酸化性として成形製造物を第1の温度へと昇温とすれば、熱処理工程を簡素化することができる。
【0020】
上記の製造方法において、除歪温度からの冷却過程において、雰囲気を非酸化性とすることが好ましい場合がある。除歪温度からの冷却過程においても、雰囲気が酸化性である場合には磁性粉末の酸化は生じうる。したがって、第1の熱処理において適切に酸化被膜を形成した場合には、冷却過程を非酸化性雰囲気とすることにより、適切に形成された酸化被膜の状態を維持することができる。
【0021】
上記の製造方法において、第1の温度は、除歪温度であってもよい。この場合には、第1の温度(除歪温度)に至るまで昇温し、その温度で所定時間保持し、その後冷却する、という簡便な温度制御で、除歪熱処理、第1の熱処理、および第2の熱処理を行うことができる。
【0022】
上記の製造方法において、第1の温度は除歪温度と異なる温度であってもよい。この場合の具体例として、非酸化性雰囲気で第1の温度に到達させる第1の熱処理、および第1の温度を含む温度域にある雰囲気を酸化性とする第2の熱処理に続いて、雰囲気の温度を除歪温度に変更し、除歪温度にある雰囲気を非酸化性として除歪熱処理を行うことが挙げられる。磁性粉末の表面に均一で薄い酸化被膜を不働態被膜として形成する観点から最適な温度と、磁性粉末が有する歪を除去する観点から最適な温度とが異なっていても、このように温度および雰囲気を制御することにより、適切な酸化被膜を形成しつつ磁性粉末の歪みを適切に除去することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、損失が低く初透磁率が高い高耐熱性の圧粉磁芯が提供される。また、本発明により、かかる優れた磁気特性を備える圧粉磁芯を製造する方法も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施形態に係る圧粉磁心が含有する磁性粉末の構造を説明するための概念図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る圧粉磁心の形状を概念的に示す斜視図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る圧粉磁心を備える電子部品であるトロイダルコイルの形状を概念的に示す斜視図である。
【
図4】本発明の別の一実施形態に係る圧粉磁心からなるEEコアを示す図である。
【
図5】
図4に示すEEコアとコイルとからなるインダクタンス素子を示す図である。
【
図6】比較例1の熱処理工程のプロファイルを示す図である。
【
図7】実施例1の熱処理工程のプロファイルを示す図である。
【
図8】実施例2の熱処理工程のプロファイルを示す図である。
【
図9】実施例3の熱処理工程のプロファイルを示す図である。
【
図10】比較例2の熱処理工程のプロファイルを示す図である。
【
図11】比較例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図12】
図11に示される深さプロファイルについて横軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。
【
図13】比較例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図14】実施例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図15】
図14に示される深さプロファイルについて横軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。
【
図16】実施例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図17】実施例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図18】
図17に示される深さプロファイルについて横軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。
【
図19】実施例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図20】実施例3により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図21】
図20に示される深さプロファイルについて横軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。
【
図22】実施例3により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図23】比較例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図24】
図23に示される深さプロファイルについて横軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。
【
図25】比較例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図26】比較例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、O/Fe比、C/O比、バルクCr比およびバルクSi比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図27】実施例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、O/Fe比、C/O比、バルクCr比およびバルクSi比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図28】実施例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、O/Fe比、C/O比、バルクCr比およびバルクSi比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図29】実施例3により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、O/Fe比、C/O比、バルクCr比およびバルクSi比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図30】比較例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、O/Fe比、C/O比、バルクCr比およびバルクSi比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図31】比較例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、バルクC比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図32】実施例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、バルクC比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図33】実施例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、バルクC比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図34】実施例3により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、バルクC比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図35】比較例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、バルクC比の深さプロファイルを示すグラフである。
【
図36】酸化被膜の厚さと経過時間との関係を示すグラフである。
【
図37】鉄損Pcvの増加率と経過時間との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について詳しく説明する。
【0026】
本発明の一実施形態に係る圧粉磁心は、Fe基Cr含有非晶質合金の磁性粉末を含有する。本明細書において、「Fe基Cr含有非晶質合金」とは、Feの含有量が50原子%以上である非晶質合金であって、添加元素の少なくとも1種としてCrを含有する合金材料を意味する。
【0027】
本明細書において、「非晶質」とは、一般的なX線回折測定により、材料種類を特定できる程度に明確なピークを有する回折スペクトルが得られないことを意味する。非晶質合金の具体例として、Fe-Si-B系合金、Fe-P-C系合金およびCo-Fe-Si-B系合金が挙げられる。非晶質磁性材料は、通常、磁性元素に加えて、アモルファス化を促進するアモルファス化元素を含有する。Fe基合金におけるアモルファス化元素として、Si,B,P,C等の非金属または半金属元素が例示され、Ti,Nb等の金属元素もアモルファス化に寄与する場合がある。Fe基Cr含有非晶質合金は1種類の材料から構成されていてもよいし、複数種類の材料から構成されていてもよい。Fe基Cr含有非晶質合金は、上記の材料からなる群から選ばれた1種または2種以上の材料であることが好ましく、これらの中でも、Fe-P-C系合金を含有することが好ましく、Fe-P-C系合金からなることがより好ましい。以下、Fe基Cr含有非晶質合金がPおよびCを含有するFe-P-C系合金である場合を具体例として、合金組成について説明する。
【0028】
Fe-P-C系合金の具体例として、組成式が、Fe100原子%-a-b-c-x-y-z-tNiaSnbCrcPxCyBzSitで示され、0原子%≦a≦10原子%、0原子%≦b≦3原子%、0原子%<c≦6原子%、0原子%<x≦13原子%、0原子%<y≦13原子%、0原子%≦z≦9原子%、0原子%≦t≦7原子%であるFe基非晶質合金が挙げられる。上記の組成式において、Ni,Sn,Cr,BおよびSiは任意添加元素である。
【0029】
Niの添加量aは、0原子%以上6原子%以下とすることが好ましく、0原子%以上4原子%以下とすることがより好ましい。Snの添加量bは、0原子%以上2原子%以下とすることが好ましく、1原子%以上2原子%以下の範囲で添加されていても良い。Crの添加量cは、0原子%超2原子%以下とすることが好ましく、1原子%以上2原子%以下とすることがより好ましい。Pの添加量xは、6.8原子%以上とすることが好ましく、8.8原子%以上とすることがより好ましい場合もある。Cの添加量yは、2.2原子%以上とすることが好ましく、5.8原子%以上8.8原子%以下とすることがより好ましい場合もある。Bの添加量zは、0原子%以上3原子%以下とすることが好ましく、0原子%以上2原子%以下とすることがより好ましい。Siの添加量tは、0原子%以上6原子%以下とすることが好ましく、0原子%以上2原子%以下とすることがより好ましい。なお、この場合において、Feの含有量は、70原子%以上であることが好ましく、75原子%以上であることが好ましく、78原子%以上であることがより好ましく、80原子%以上であることがさらに好ましく、81原子%以上であることが特に好ましい。
【0030】
Fe基Cr含有非晶質合金は上記の元素のほかに、Co,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Mn,Re,白金族元素,Au,Ag,Cu,Zn,In,As,Sb,Bi,S,Y,N,O,および希土類元素からなる群から選ばれる1種または2種以上からなる任意元素を含有していてもよい。Fe基Cr含有非晶質合金は上記の元素のほか、不可避的な不純物を含んでいてもよい。
【0031】
図1は、本発明の一実施形態に係る圧粉磁心が含有する磁性粉末の構造を説明するための概念図である。
図1に示されるように、本実施形態に係る磁性粉末MPは、Fe基Cr含有非晶質合金からなる合金部分APの表面に酸化被膜OCが形成されているとともに、磁性粉末MPの表面に有機結着物質(バインダーBP)が付着している。磁性粉末MPを構成するFe基Cr含有非晶質合金はCrを含有することなどにより、磁性粉末MPの表面に形成される酸化被膜OCは均一で薄く安定的であり、不働態被膜となっていると考えられる。このため、圧粉磁心において磁性粉末MPが隣り合って接しても、酸化被膜OCに基づき互いの磁性粉末MPが絶縁状態を維持することができる。
【0032】
本発明の一実施形態に係る圧粉磁芯では、その製造方法において、後述する第1の熱処理を実施することによって、非晶質合金中のCr等の元素が表面に濃縮し不働態被膜が形成される。さらに、酸素を導入する第2の熱処理により、磁性粉末の表面に均一な酸化被膜が不働態被膜として形成される。それゆえ、圧粉磁心の鉄損Pcvが増大しにくくなり、さらには高温環境下に圧粉磁心が置かれても、鉄損Pcvの増大を抑えることが可能となる。また、磁性粉末の表面に有機結着物質が付着していることにより、磁性粉末の集合体である圧粉磁心はその形状を保持することができる。さらに、磁性粉末の表面に付着する有機結着物質の量が適切であることから、隣り合う磁性粉末どうしの離間距離が過大とならない。これにより、圧粉磁心の初透磁率が低減しにくく、鉄損Pcvの増大も抑制される。
【0033】
磁性粉末の有機結着物質は、磁性粉末を結着させる機能を適切に有する観点から、高分子材料に基づく成分であることが好ましい。そのような高分子材料(樹脂)として、ポリビニルアルコール(PVA)、アクリル樹脂、シリコーン樹脂、ポリプロピレン、塩素化ポリエチレン、ポリエチレン、エチレン・プロピレン・ジエン・ターポリマ(EPDM)、クロロプレン、ポリウレタン、塩化ビニル、飽和ポリエステル、ニトリル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂などが例示される。圧粉磁心の製造過程において加熱を含む処理が施されない場合には、こうした高分子材料の一部は、圧粉磁心内にそのまま残留して、有機結着物質として機能することが期待される。一方、後述するように圧粉磁心の製造過程において加熱を含む処理が施される場合には、上記の高分子材料は熱によって、変性・分解して高分子材料に基づく成分となって圧粉磁心内に残留する。この高分子材料に基づく成分の少なくとも一部も有機結着物質として機能しうる。
【0034】
このような圧粉磁心に含まれる磁性粉末における酸化被膜の生成の程度および磁性粉末の表面に付着する有機結着物質の程度について、次に説明するように、深さプロファイルを用いることにより定量的に評価することができる。本明細書において、深さプロファイルとは、磁性粉末の表面側から組成の深さ依存性を測定して得られた結果を意味する。深さプロファイルは、オージェ電子分光装置、光電子分光測定装置、二次イオン質量分析装置などの表面分析機器による表面の組成分析を、スパッタリングなどによる測定表面の除去プロセスと組み合わせて行うことにより、得ることができる。
【0035】
本実施形態に係る圧粉磁心の磁性粉末の深さプロファイルは、次の特徴を有する。
(1)O濃度(単位:原子%)のFe濃度(単位:原子%)に対する比(O/Fe比)が0.1以上である酸素含有領域を磁性粉末の表面から定義可能であって、酸素含有領域は、磁性粉末の表面からの深さが35nm以下である。
(2)C濃度(単位:原子%)のO濃度に対する比(C/O比)が1以上である炭素含有領域を磁性粉末の表面から定義可能であって、炭素含有領域は、磁性粉末の表面からの深さが5nm以下である。
(3)酸素含有領域は、磁性粉末の合金組成におけるCr含有量(単位:原子%)に対するCr濃度(単位:原子%)の比(バルクCr比)が1を超える部分を有する。
【0036】
O/Fe比はその深さにおける磁性粉末の酸化の程度を示す指標である。深さプロファイルにおけるO濃度も磁性粉末の酸化の程度を表すが、例えば測定の際に付着した汚染物質の影響があるため、O濃度の値そのもので評価するよりも、他の濃度測定値との相対値とすることにより、測定の際の異常の影響を受けにくくなる。磁性粉末はFe基合金であるから、Feはこの相対値を求めるための基準元素として適当である。また、磁性粉末が酸化することによってFe濃度が低下するため、O/Fe比は、酸化の程度を評価するパラメータとして好適である。
【0037】
測定深さにおいてO/Fe比が0.1以上であれば、その測定面においてFeの酸化が顕在化しているといえる。したがって、深さプロファイルにおいてO/Fe比が0.1以上の領域を酸素含有領域として定義することができる。この酸素含有領域を定義できる場合には、磁性粉末において酸化が生じて酸化被膜が形成されていると考えてよい。この磁性粉末の表面に形成された酸化被膜は、隣り合い接触する磁性粉末の間で絶縁層として機能することができる。したがって、酸素含有領域を磁性粉末の表面から定義可能である場合には、磁性粉末は適切な絶縁層をその表面に有しているといえる。その結果、磁性粉末を備える圧粉磁心の磁気特性が良好となり、特に鉄損Pcvが低減される。
【0038】
なお、深さプロファイルの深さの分解能は測定条件やスパッタリング条件によって決定されるが、オージェ電子分光装置を用いて測定し、スパッタリングレートがSi換算で1nm/分程度である場合には、分解能は1nm程度となる。したがって、酸素含有領域の磁性粉末の表面からの深さ(本明細書において「厚さ」という場合がある。)の下限は1nm程度といえる。磁性粉末の酸素含有領域の厚さが35nmを超えると、磁性粉末の表面にて不働態被膜化された酸化被膜の均一さが低下しやすくなる。その結果、磁性粉末の個々の絶縁の程度が低下して、鉄損Pcvが相対的に上昇する。鉄損Pcvの増大を安定的に抑制する観点から、磁性粉末の酸素含有領域の厚さは、30nm以下であることが好ましい場合があり、25nm以下であることがより好ましい場合がある。酸化被膜が絶縁膜として機能することをより安定的に実現させる観点から、磁性粉末の酸素含有領域の厚さの下限は、5nm以上であることが好ましい。
【0039】
本実施形態に係る圧粉磁心の磁性粉末は、Fe基Cr含有非晶質合金から形成されたものであり、この合金に含有されるCrは磁性粉末の表面の酸化被膜に濃化し、不働態被膜化された均一な酸化被膜を形成することに寄与する。具体的には、酸素含有領域において、磁性粉末の合金組成におけるCr含有量に対するCr濃度の比(バルクCr比)が1を超える部分を有する。酸素含有領域のほぼ全域においてバルクCr比が1超であれば、磁性粉末の表面に形成された酸化被膜は特に均一であると考えてよい。なお、磁性粉末のごく表面は、付着する有機物の影響により、見かけ上、Cr濃度が低下する場合もある。
【0040】
深さプロファイルにおいて、C濃度のO濃度に対する比(C/O比)が1以上である炭素含有領域を磁性粉末の表面から定義可能である場合には、有機結着物質が磁性粉末の表面に適切に付着していると判断できる。有機結着物質が磁性粉末の表面に適切に付着していることにより、圧粉磁心を構成する磁性粉末が互いに固定され、圧粉磁心はその形状を保つことができる。磁性粉末とともに圧粉コアの必須の構成である有機結着物質は、結着材料として配合された有機結着材が加熱されて生成したものである。具体的には、有機結着材が有機樹脂成分を含む場合に、有機結着物質は有機樹脂成分の熱変成物質を含む。後述するように、有機結着材を含む成形製造物を非酸化性雰囲気で加熱する第1の熱処理を行うことにより、圧粉コアの有機結着物質の量を適切に設定することができる。
【0041】
深さプロファイルにおけるC濃度は、磁性粉末の表面に付着する有機結着物質の存在量の影響を受けるため、C濃度の大小により、有機結着物質がどの程度磁性粉末の表面に付着しているかの情報を得ることができる。ただし、深さプロファイルにおいてCは比較的定量性の低い元素である。そこで、測定面に位置する酸化被膜を構成する酸素の存在量を基準にして炭素の存在量を評価すること、具体的にはC/O比により評価することによって、C濃度の値で評価する場合よりも、測定面に存在する有機結着物質の量を定量的に評価することが可能となる。C/O比が1以上ということは、測定面において酸化被膜を構成する酸素と同等以上の炭素が存在することを示している。
【0042】
このように、炭素含有領域の存在は圧粉磁心の形状保持にとって必須であるが、その厚さが過大であると、隣り合う圧粉磁心間の離間距離が大きくなって、初透磁率の低減要因となる。また、上記のとおり有機結着物質は成形加工の際に磁性粉末の周囲に存在していた有機結着材の熱変成物質を含むため、有機結着材から有機結着物質が生成する際に体積変化が生じ、この体積変化に起因して圧粉磁心に歪みが生じることもある。この歪みが磁性粉末に加えられることによって、圧粉磁心において鉄損Pcvが増大する。それゆえ、深さプロファイルで定義される炭素含有領域の厚さはある程度の上限を超えないことが好ましい。具体的には、炭素含有領域が5nmを超える場合には、磁性粉末の表面に位置する有機結着物質が過大であって、初透磁率の低下および鉄損Pcvの増大が顕在化する。初透磁率の低下および鉄損Pcvの増大の顕在化をより安定的に抑制する観点から、炭素含有領域の厚さは、4nm以下であることが好ましい場合があり、3nm以下であることがより好ましい場合があり、2nm以下であることが特に好ましい場合がある。炭素含有領域の厚さの下限は、深さプロファイルの分解能の関係で、1nmである。
【0043】
上記の圧粉磁心の深さプロファイルにおいて、酸素含有領域は、磁性粉末の合金組成におけるSi含有量(単位:原子%)に対するSi濃度(単位:原子%)の比(バルクSi比)が1を超える部分を有することが好ましい。この場合には、Fe基Cr含有非晶質合金はSiを含有する。SiはCrと同様に、磁性粉末の表面に濃化して均一な不働態被膜化した酸化被膜を形成することに寄与する。したがって、深さプロファイルの酸素含有領域がバルクSi比が1を超える部分を有する場合には、磁性粉末の表面に形成される酸化被膜がより均一な不働態被膜となることが期待される。
【0044】
本実施形態に係る圧粉磁心の磁性粉末の深さプロファイルにおいて、磁性粉末の合金組成におけるC含有量(単位:原子%)に対するC濃度の比(バルクC比)が1を超える炭素濃化領域を磁性粉末の表面から定義可能であって、炭素濃化領域は、磁性粉末の表面からの深さが2nm以下であることが好ましい。Fe基Cr含有非晶質合金がFe-P-C系非晶質合金などCを含有する場合には、深さプロファイルにおいて、合金組成におけるC含有量が表面からの深さが十分に大きくなっても、合金成分としての炭素に由来するピークが検出される。そこで、Fe基Cr含有非晶質合金がCを含有する場合には合金組成におけるC含有量を基準としてC濃度を評価すると、有機結着物質に由来する炭素の影響を評価しやすい。具体的には、バルクC比が1を超える炭素濃化領域を磁性粉末の表面から定義可能であれば、有機結着物質が磁性粉末に付着していることを確認することができる。そして、この炭素濃化領域の磁性粉末の表面からの深さが2nm以下であれば、有機結着物質が磁性粉末の表面に過度に付着した状態にはないため、圧粉磁心において初透磁率の低減や鉄損Pcvの増大が生じることがより安定的に抑制される。
【0045】
本実施形態に係る圧粉磁心の磁性粒子を構成するFe基Cr含有非晶質合金は、上記のとおり、PおよびCを含有するFe-P-C系非晶質合金である。Fe-P-C系非晶質合金は、ガラス転移点が現れやすいが、酸化の影響を受けやすい。この点に関し、本発明の磁性粒子を構成するFe基合金はCrを含有し、好ましい一例ではさらにSiも含有するため、磁性粒子の表面に均一な不働態被膜となった酸化被膜が形成されやすく、結果、磁性粒子の内部において酸化が生じにくい。
【0046】
上記の本発明の一実施形態に係る圧粉磁心は、上記の構成を備える限り、いかなる方法により製造されてもよい。次に説明する製造方法を採用すれば、本発明の一実施形態に係る圧粉磁心を再現性良く、効率的に製造することが可能である。
【0047】
本発明の一実施形態に係る圧粉磁心の製造方法は、次に説明する粉末形成工程、混合工程、成形工程および熱処理工程を備える。
【0048】
粉末形成工程では、Fe基Cr含有非晶質合金の溶湯から磁性粉末を形成する。磁性粉末の形成方法は限定されない。単ロール法、双ロール法等の急冷薄帯化方法や、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法等のアトマイズ法が例示される。急冷薄帯化法は冷却速度が比較的高いため非晶質合金を容易に製造しうるが、磁性粉末を得るためには薄帯の粉砕作業が必要となる。アトマイズ法は冷却の際に形状形成を行うため、工程の簡素化が可能である。溶湯を冷却することおよびさらに必要に応じて粉砕することにより形成された磁性粉末を分級してもよい。
【0049】
混合工程では、上記の粉末形成工程により得られた磁性粉末と有機結着材とを含む混合粉末体を得る。有機結着材の一例として高分子材料(樹脂)が挙げられる。その具体例は前述のとおりである。有機結着材は一種類の材料から構成されていてもよいし、複数種類の材料から構成されていてもよい。有機結着材は必要に応じ分級されていてもよい。有機結着材と磁性粉末との混合は公知の方法により行えばよい。
【0050】
混合粉末体は無機成分を含有していてもよい。無機成分の具体例として、ガラス粉末が例示される。混合粉末体は、さらに、潤滑剤、カップリング剤、シリカなどの絶縁性のフィラー、難燃剤などを含有していてもよい。
【0051】
潤滑剤を含有させる場合において、その種類は特に限定されない。有機系の潤滑剤であってもよいし、無機系の潤滑剤であってもよい。有機系の潤滑剤の具体例として、流動パラフィン等の炭化水素系材料、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸アルミニウム等の金属石鹸系材料、脂肪酸アミド、アルキレン脂肪酸アミド等の脂肪族アミド系材料などが挙げられる。こうした有機系の潤滑剤は、後述する熱処理工程が行われた場合には気化し、圧粉磁心にはほとんど残留していないと考えられる。
【0052】
上記の成分から混合粉末体を得る方法は限定されない。水やキシレンなどの適当な希釈媒体と各成分とを混ぜてスラリー化し、遊星式攪拌機や乳鉢撹拌などによって撹拌を行うことでスラリーを一様な混合体とし、この混合体を乾燥すればよい。この場合における乾燥条件は限定されない。一例として、窒素やアルゴンなどの不活性雰囲気で80℃から170℃程度の範囲に加熱して乾燥することが挙げられる。
【0053】
混合粉末体における各成分の含有量は後述する成形工程や得られた圧粉磁心の磁気特性を考慮して適宜設定される。混合粉末体の組成について限定されない例示を行えば、磁性粉末100質量部に対して、高分子材料の粉体からなる有機結着材を0.4質量部から2.0質量部とし、無機成分を0質量部から2.0質量部とすることが挙げられる。
【0054】
成形工程では、上記の混合工程により得られた混合粉末体を加圧成形して成形製造物を得る。加圧成形の条件は混合粉末体の組成や後述する熱処理工程の条件、最終的に得られる圧粉磁心の特性などを考慮して適宜設定される。加圧成形について限定されない例示を行えば、常温(25℃)で0.4GPaから3GPa程度の範囲で加圧することが挙げられる。
【0055】
熱処理工程は、上記の成形工程により形成された成形製造物の歪取り処理温度である除歪温度に雰囲気の温度を設定して成形製造物の歪みを取る除歪熱処理を有する。成形製造物は、上記の成形工程においてサブGPaからGPa単位の圧力が加えられるため、その内部に歪みが残留している。この歪みは磁気特性、特に鉄損Pcvの増大をもたらすことから、成形製造物の雰囲気の温度を除歪温度に設定して成形製造物の歪みを取る。雰囲気の温度を除歪温度に設定する手段は限定されない。炉内に成形製造物を配置して炉内雰囲気を加熱してもよいし、誘導加熱などにより成形製造物を直接加熱することによって成形製造物の雰囲気を加熱してもよい。
【0056】
除歪温度は、熱処理を実施して得られた圧粉磁心の磁気特性が最も良好になるように設定される。除歪温度の限定されない例示を行えば、300℃以上500℃以下である。除歪温度とともに除歪温度の保持時間、昇温速度、冷却速度など設定する際の圧粉磁心の磁気特性の評価基準は特に限定されない。評価項目の具体例として圧粉磁心の鉄損Pcvを挙げることができる。この場合には、圧粉磁心の鉄損Pcvが最低となるように成形製造物の加熱温度を設定すればよい。鉄損Pcvの測定条件は適宜設定され、一例として、周波数を2MHz、実効最大磁束密度Bmを15mTとする条件が挙げられる。
【0057】
除歪熱処理における雰囲気は、後述するように、非酸化性となる場合もあれば、酸化性となる場合もある。
【0058】
本実施形態の製造方法の熱処理工程は、第1の熱処理と、第1の熱処理に引き続いて行われる第2の熱処理とを有する。第1の熱処理では、有機結着材の熱分解温度以上除歪温度以下の第1の温度に到達するまで、雰囲気を非酸化性とする。第1の熱処理における雰囲気は非酸化性であることから、磁性粉末において酸化被膜の生成は抑えられる。その一方で、有機結着材の熱分解温度以上に達しているものの、非酸化性雰囲気であるため、有機結着材の熱分解が不十分である。この状態であると、有機結着材からの応力が磁性粉末に作用してしまうため、磁性粉末の磁気特性を十分に引き出すことができない。そこで、後述する第2の熱処理によって、残留する有機結着材のC濃度を調整し、有機結着材からの応力を可能な限り低減させる。
【0059】
非酸化性の雰囲気の具体例として、窒素雰囲気、アルゴン雰囲気が挙げられる。有機結着材の熱分解温度は、有機結着材の組成により適宜設定され、第1の温度は、この熱分解温度より数十度高い温度に設定すればよい。第1の温度の限定されない例示をすれば、250℃以上450℃以下が挙げられる。第1の熱処理は、第1の温度に降温プロセスを含むようにして達してもよいが、生産性を高める観点からは、室温などの低温の状態にある雰囲気を第1の温度に昇温する昇温過程であることが好ましい。この第1の温度への昇温過程において、雰囲気を非酸化性とすれば、生産性高く第1の熱処理を実施することができる。
【0060】
第2の熱処理では、第1の温度を含む温度域にある雰囲気を酸化性とする。第2の熱処理における雰囲気は酸化性であることから、有機結着材の熱分解によるCの濃度の減少、磁性粉末において酸化被膜の生成が進行する。その際、第1の温度に到達しているので、磁性粉末内でCrやSiなどの物質の移動が容易であり、結果、均一で安定した薄い不働態被膜である酸化被膜が形成されやすくなる。また、雰囲気が室温など低温の状態から酸化性の雰囲気とすると、磁性粉末が十分に加熱されないため、内部で原子の移動が緩慢である時間帯が長く、その結果、均一で安定な酸化被膜が形成されにくい。
【0061】
酸化性雰囲気の具体例として、非酸化性雰囲気に雰囲気内濃度が0.1体積%以上20体積%以下となるように酸素を供給した状態が挙げられる。酸化性雰囲気における酸素の雰囲気内濃度は、酸化被膜の形成の制御性を高くする観点から、1体積%以上5体積%以下とすることが好ましい。第2の熱処理における第1の温度を含む温度域は、第1の温度を中心として、±10℃程度に制御すれば、酸化被膜および有機結着物質を安定的に形成することができるため、好ましい。
【0062】
上記の熱処理工程において、第1の温度は、除歪温度であってもよい。この場合には、第1の温度(除歪温度)に至るまで昇温し、その温度で所定時間保持し、その後冷却する、という最も簡便な温度制御で、除歪熱処理、第1の熱処理、および第2の熱処理を行うことができる。
【0063】
上記の熱処理工程において、第1の温度は除歪温度と異なる温度であってもよい。この場合の具体例として、非酸化性雰囲気で第1の温度に到達させる第1の熱処理を行い、次に第1の温度を含む温度域にある雰囲気を酸化性とする第2の熱処理を行い、続いて雰囲気の温度を除歪温度に変更し、除歪温度にある雰囲気を非酸化性として除歪熱処理を行うことが挙げられる。磁性粉末の表面に均一で薄い酸化被膜を形成する観点から最適な温度と、磁性粉末が有する歪を除去する観点から最適な温度とが異なっていても、このように温度および雰囲気を制御することにより、適切な酸化被膜を形成しつつ磁性粉末の歪みを適切に除去することができる。
【0064】
上記の熱処理工程において、除歪温度からの冷却過程において、雰囲気を非酸化性とすることが好ましい場合がある。除歪温度からの冷却過程においても、雰囲気が酸化性である場合には磁性粉末の酸化および有機結着物質の酸化分解は生じうる。したがって、第1の熱処理において適切に酸化被膜を形成した場合には、冷却過程を非酸化性雰囲気とすることにより、適切に形成された酸化被膜の状態を維持することができる。なお、この冷却過程が、除歪熱処理の一部として機能する場合もある。
【0065】
本発明の一実施形態に係る圧粉磁心の製造方法により製造される圧粉磁心の形状は限定されない。
【0066】
本発明の一実施形態に係る圧粉磁心の製造方法により製造される圧粉磁心の一例であるトロイダルコア1を
図2に示す。トロイダルコア1はその外観がリング状である。トロイダルコア1は、本発明の一実施形態に係る圧粉磁心からなるため、優れた磁気特性を有する。
【0067】
本発明の一実施形態に係る電子部品は、上記の本発明の一実施形態に係る圧粉磁心の製造方法により製造された圧粉磁心、コイルおよびこのコイルのそれぞれの端部に接続された接続端子を備える。ここで、圧粉磁心の少なくとも一部は、接続端子を介してコイルに電流を流したときにこの電流により生じた誘導磁界内に位置するように配置されている。
【0068】
このような電子部品の一例として、
図3に示されるトロイダルコイル10が挙げられる。トロイダルコイル10は、リング状の圧粉磁心であるトロイダルコア1に、被覆導電線2を巻回することによって形成されたコイル2aを備える。巻回された被覆導電線2からなるコイル2aと被覆導電線2の端部2b,2cとの間に位置する導電線の部分において、コイル2aの端部2d,2eを定義することができる。このように、本実施形態に係る電子部品は、コイルを構成する部材と接続端子を構成する部材とが同一の部材から構成されていてもよい。
【0069】
本発明の一実施形態に係る電子部品の別の一例は、上記のトロイダルコア1とは異なる形状を有する圧粉磁心を備える。そのような電子部品の具体例として、
図5に示されるインダクタンス素子30が挙げられる。
図4は、本発明の別の一実施形態に係る圧粉磁心からなるEEコアを示す図である。
図5は、
図4に示すEEコアとコイルとからなるインダクタンス素子を示す図である。
【0070】
図4に示すEEコア20は、2つのEコア21,22がZ1-Z2方向に対向配置されて構成される。2つのEコア21,22は同一形状を有し、底部21B,22Bと中脚部21CL,22CLと2つの外脚部21OL,22OLとから構成される。EEコア20は、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物を備える部材の一つであり、具体的には圧粉成形体(2つのEコア21,22)からなる。したがって、優れた磁気特性を有する。
【0071】
図5に示されるように、インダクタンス素子30は、EEコア20の中脚部20CLの周囲にコイル40が巻回されてなる。コイル40に通電すると、中脚部20CLから底部21Bまたは底部22Bを通って外脚部20OLに至り、さらに底部22Bまたは底部21Bを通って中脚部20CLに戻る磁路が形成される。コイル40の巻き数は必要なインダクタンスに応じて適宜設定される。
【0072】
本発明の一実施形態に係る電気・電子機器は、上記の本発明の一実施形態に係る圧粉磁心を備える電気・電子部品が実装されたものである。そのような電気・電子機器として、電源スイッチング回路、電圧昇降回路、平滑回路等を備えた電源装置や小型携帯通信機器等が例示される。
【0073】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。
【実施例】
【0074】
以下、実施例等により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例等に限定されるものではない。
【0075】
(比較例1)
次の組成のFe基合金組成物を溶製し、ガスアトマイズ法により粉体からなる軟磁性材料(磁性粉末)を得た。
Fe:77.9原子%
Cr:1原子%
P:7.3原子%
C:2.2原子%
B:7.7原子%
Si:3.9原子%
その他不可避的不純物
【0076】
(混合工程)
上記の磁性粉末および下記表1に示される他の成分を混合してスラリーを得た。なお、アクリル樹脂の熱分解温度は360℃程度であった。
【0077】
【0078】
得られたスラリーを110℃程度で2時間加熱乾燥して、得られた塊状の混合粉末体を粉砕し、篩を用いて粉砕物を分級して、粒径が300μmから850μmの大きさの顆粒を集めて造粒粉からなる混合粉末体を得た。
【0079】
(成形工程)
得られた混合粉末体を金型キャビティ内に入れ、成形圧力を1.8GPaとする圧粉成形を行った。こうして、
図2に示されるような外観を有するトロイダルコア(外径:20mm、内径:12.75mm、厚さ:6.8mm)の形状を有する成形製造物を得た。
【0080】
(熱処理工程)
得られた成形製造物をイナートガスオーブンに投入し、炉内に供給する窒素中に大気を混合させることによって炉内雰囲気の酸素濃度を調整可能として、表2および
図6に示されるように雰囲気の温度および酸素濃度を制御した。
図6は、比較例1の熱処理工程のプロファイルを示す図である。まず、酸素濃度が0体積%の状態を維持して、炉内温度を20℃から第1の温度である360℃まで85分間かけて昇温する第1の熱処理を行った。その後、酸素濃度が0体積%の状態のまま、炉内温度を360℃で3時間保持した。続いて、酸素濃度が0体積%の状態のまま、20分間かけて炉内温度を除歪温度である440℃まで上昇させた。酸素濃度が0体積%の状態のまま、炉内温度を440℃として1時間保持し、その後、酸素濃度が0体積%の状態のまま、炉内温度を25℃まで3時間かけて冷却した。こうして、トロイダルコアの形状を有する圧粉磁心を得た。
【0081】
【0082】
(実施例1)
比較例1と同じ混合工程および成形工程を実施して得られた成形製造物について、比較例1の場合と同じ設備で、表3および
図7に示されるように熱処理工程を行った。
図7は、実施例1の熱処理工程のプロファイルを示す図である。
【0083】
【0084】
まず、酸素濃度が0体積%の状態を維持して、炉内温度を20℃から第1の温度かつ除歪温度である440℃まで105分間かけて昇温する第1の熱処理を行った。その後、第1の熱処理の除歪温度である440℃に保持したまま酸素濃度を2.4体積%に設定し、この酸素濃度で、炉内温度を440℃で3時間保持する第2の熱処理かつ除歪熱処理を行った。続いて、酸素濃度を0体積%に設定し、この酸素濃度で、3時間かけて炉内温度を25℃まで冷却した。
【0085】
(実施例2)
実施例1と同じ混合工程および成形工程を実施して得られた成形製造物について、実施例1の場合と同じ設備で、表4および
図8に示されるように熱処理工程を行った。
図8は、実施例2の熱処理工程のプロファイルを示す図である。
【0086】
【0087】
まず、酸素濃度が0体積%の状態を維持して、炉内温度を20℃から第1の温度である400℃まで95分間かけて上昇させる第1の熱処理を行った。その後、第1の熱処理の第1の温度である400℃に保持したまま酸素濃度を2.4体積%に設定し、この酸素濃度で、炉内温度を400℃で3時間保持する第2の熱処理を行った。続いて、酸素濃度を0体積%に設定するとともに、10分間で炉内温度を440℃に上昇させ、この酸素濃度および温度の雰囲気を1時間保持することにより除歪熱処理を行い、その後、酸素濃度が0体積%のままで3時間かけて炉内温度を20℃まで冷却した。
【0088】
(実施例3)
実施例1と同じ混合工程および成形工程を実施して得られた成形製造物について、実施例1の場合と同じ設備で、表5および
図9に示されるように熱処理工程を行った。
図9は、実施例3の熱処理工程のプロファイルを示す図である。
【0089】
【0090】
まず、酸素濃度が0体積%の状態を維持して、炉内温度を20℃から第1の温度である360℃まで85分間かけて上昇させる第1の熱処理を行った。その後、第1の熱処理の第1の温度である360℃に保持したまま酸素濃度を2.4体積%に設定し、この酸素濃度で、炉内温度を360℃で3時間保持する第2の熱処理を行った。続いて、酸素濃度を0体積%に設定するとともに、20分間で炉内温度を440℃に上昇させ、この酸素濃度および温度の雰囲気を1時間保持することにより除歪熱処理を行い、その後、酸素濃度が0体積%のままで3時間かけて炉内温度を20℃まで冷却した。
【0091】
(比較例2)
実施例1と同じ混合工程および成形工程を実施して得られた成形製造物について、実施例1の場合と同じ設備で、表6および
図10に示されるように熱処理工程を行った。
図10は、比較例2の熱処理工程のプロファイルを示す図である。
【0092】
【0093】
まず、酸素濃度が2.4体積%の状態を維持して、炉内温度を20℃から第1の温度である360℃まで85分間かけて上昇させた。その後、酸素濃度を2.4体積%のままで、炉内温度を360℃で3時間保持する第2の熱処理を行った。続いて、酸素濃度を0体積%に設定するとともに、20分間で炉内温度を440℃に上昇させ、この酸素濃度および温度の状態を1時間保持することにより除歪熱処理を行い、その後、酸素濃度が0体積%のままで3時間かけて炉内温度を20℃まで冷却した。
【0094】
(試験例1)深さプロファイルの測定
実施例および比較例において作製した圧粉磁心の磁性粉末について、オージェ電子分光装置(日本電子株式会社製「JAMP-7830F」)を用いて、測定面をアルゴンによりスパッタリングしながら表面分析を行うことにより、深さプロファイルを測定した。測定領域は、直径1μmの円形であった。測定結果を
図11から
図25に示す。
【0095】
図11は、比較例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
図12は、
図11の深さプロファイルについて、横軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。具体的には、表示範囲を表面から50nmの深さの範囲としている。
図13は、比較例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。表示範囲は
図12と等しい範囲としている。
【0096】
図14は、実施例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
図15は、
図14の深さプロファイルについて、横軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。具体的には、表示範囲を表面から30nmの深さの範囲としている。
図16は、実施例1により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。表示範囲は表面から50nmの深さの範囲である。
【0097】
図17は、実施例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
図18は、
図17の深さプロファイルについて、横軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。具体的には、表示範囲を表面から30nmの深さの範囲としている。
図19は、実施例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。表示範囲は表面から50nmの深さの範囲である。
【0098】
図20は、実施例3により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
図21は、
図20の深さプロファイルについて、縦軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。具体的には、表示範囲を表面から40nmの深さの範囲としている。
図22は、実施例3により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。表示範囲は表面から50nmの深さの範囲である。
【0099】
図23は、比較例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、Fe,CおよびO(酸素)の濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
図24は、
図23の深さプロファイルについて、縦軸の範囲を変化させて拡大表示させたグラフである。具体的には、表示範囲を表面から60nmの深さの範囲としている。
図25は、比較例2により作製された圧粉磁心の磁性粉末における、SiおよびCrの濃度の深さプロファイルを示すグラフである。表示範囲は表面から50nmの深さの範囲である。
【0100】
これらの結果に基づき、O/Fe比、C/O比、バルクCr比およびバルクSi比の深さプロファイルを求めた。その結果を
図26から
図30に示す。また、バルクC比の深さプロファイルを求めた。その結果を、C/O比、バルクCr比およびバルクSi比の深さプロファイルとともに
図31から
図35に示す。
【0101】
図26から
図30に示される深さプロファイルに基づいて、酸素含有領域の厚さ(単位:nm)および炭素含有領域の厚さ(単位:nm)を測定した。その結果を表7に示す。なお、酸素含有領域の厚さは、O濃度(単位:原子%)のFe濃度(単位:原子%)に対する比(O/Fe比)が0.1以上である領域の厚さであり、炭素含有領域の厚さは、C濃度(単位:原子%)のO濃度に対する比(C/O比)が1以上である領域の厚さと定義して測定した。
【0102】
【0103】
表7に示されるように、熱処理工程において第1の熱処理および第2の熱処理を備える実施例に係る磁性粉末の深さプロファイルでは、酸素含有領域を定義することができ、その厚さは35nm以下であった。具体的には、酸素含有領域の厚さは実施例1から実施例3より31nm以下、23nm以下、12nm以下と定義することもできる。一方、実施例に係る深さプロファイルでは炭素含有領域を定義することができ、その厚さは5nm以下であった。具体的には、実施例1から実施例3より、2nm以下であり、1nm以下である場合もあった。これに対し、第2の熱処理が行われず、第1の温度での保持が非酸化性雰囲気で行われた比較例1では、酸素含有領域の厚さが17nmであったのに対し、炭素含有領域の厚さが35nm以下であって、酸素含有領域よりも炭素含有領域の方が厚かった。第1の熱処理が行われず、酸化性雰囲気で昇温が行われた比較例2では、酸素含有領域の厚さが40nmとなって、35nmを超えた。
【0104】
図26から
図30に示される深さプロファイルに基づいて、バルクCr比が1を超える部分であるCr濃化部を酸素含有領域がどの程度有するかについて、次の評価基準で評価した。その結果を表7に示した。
A:酸素含有領域のほぼ全域がCr濃化部であった。
B:酸素含有領域のごく表面部以外にもCr濃化部を定義できない部分があった。
【0105】
なお、酸素含有領域のごく表面部では、C濃度が特に高くなる傾向があるため、この部分では、Cr濃度は磁性粉末の合金組成におけるCr含有量よりも低く測定されることがある。
【0106】
図26から
図30に示される深さプロファイルに基づいて、バルクSi比が1を超える部分であるSi濃化部を酸素含有領域がどの程度有するかについて、次の評価基準で評価した。その結果を表7に示した。
A:酸素含有領域のほぼ全域をSi濃化部と定義することができた。
B:酸素含有領域の一部をSi濃化部と定義することができた。
C:酸素含有領域のほぼ全域についてSi濃化部を定義できなかった。
【0107】
図31から
図35に示される深さプロファイルに基づいて、バルクC比が1を超える炭素濃化領域を定義できるか、できる場合にはどの程度の厚さであるかについて測定した。炭素濃化領域は、圧粉磁心の磁性粉末の深さプロファイルにおいて、磁性粉末の合金組成におけるC含有量(単位:原子%)に対するC濃度の比(バルクC比)が1を超える炭素濃化領域を磁性粉末の表面から定義して測定した。なお、バルクC比が1を超える領域は、表面から連続した領域以外にも存在しうるが、本測定では、そのような領域については炭素濃化領域と位置づけなかった。
【0108】
炭素濃化領域の測定結果を表7に示した。実施例1から実施例3および比較例2のいずれも炭素濃化領域を定義できたが、比較例1では炭素濃化領域の厚さが大きく、50nmを超えていた。他の場合にはいずれも炭素濃化領域の厚さは2nm以下もしくは1nm以下であった。
【0109】
(試験例2)初透磁率の測定
実施例において作製した圧粉磁心に被覆銅線を34回巻いて得られたトロイダルコイルについて、インピーダンスアナライザー(HP社製「42841A」)を用いて、100kHzの条件で、初透磁率μ'を測定した。結果を表7に示した。表7に示されるように、実施例1の初透磁率μ'は比較例1および比較例2の初透磁率μ'よりも高くなっていることがわかる。一方、実施例2および実施例3の初透磁率μ'は比較例1と比較してやや低いが同等レベルであった。また、実施例2および実施例3の初透磁率μ'は、比較例2の初透磁率μ'よりも高くなった。
【0110】
(試験例3)鉄損の測定
実施例において作製した圧粉磁心に被覆銅線をそれぞれ1次側40回、2次側10回巻いて得られたトロイダルコイルについて、BHアナライザー(岩崎通信機社製「SY-8218」)を用いて、実効最大磁束密度Bmを100mTとする条件で、測定周波数100kHzで鉄損(単位:kW/m3)を測定した。その結果を表7に示した。表7に示されるように、実施例1から実施例3に係るトロイダルコイルの鉄損Pcvは、比較例1および比較例2に係るトロイダルコイルの鉄損Pcvよりも低くなった。
【0111】
以上のように初透磁率μ'および鉄損Pcvの測定結果から、比較例1の鉄損Pcvは実施例1から実施例3の鉄損Pcvの2倍以上の値となっており、実施例1から実施例3に係るトロイダルコイルは、初透磁率μ'が比較例1と同等レベルであっても、鉄損Pcvの値が特に小さいことがわかる。また、比較例2に係るトロイダルコイルは、実施例1から実施例3に係るトロイダルコイルと比較して、初透磁率μ'および鉄損Pcvがいずれも劣っていることがわかる。このことから、本発明の実施例に係るトロイダルコイルは、比較例に係るトロイダルコイルと比較して、初透磁率μ'および鉄損Pcvを高次元で両立したものであることが理解できる。
【0112】
(試験例4)耐熱試験
実施例1に係る圧粉磁心および比較例1に係る圧粉磁心を、250℃の高温環境(大気中)に放置する耐熱試験を行った。高温環境に置いてからの経過時間を複数設定して、それぞれの試験後の圧粉磁心について、酸素濃度の深さプロファイルを測定した。深さプロファイルにおいて、酸素のピーク濃度の50%となる濃度の深さを、酸化被膜の厚さとした。酸化被膜の厚さと経過時間との関係を
図36に示す。
図36に示されるように、実施例1に係る圧粉磁心では、酸化被膜の厚さは経過時間が増えても特に増加しないが、比較例1に係る圧粉磁心では、酸化被膜の厚さについて、経過時間の増加とともに増加する傾向が確認された。酸化被膜の厚さがほぼ変化しない実施例1に係る圧粉磁心では、高温環境に置かれても磁気特性が変化しにくいと期待される。
【0113】
実施例1および実施例3に係る圧粉磁心ならびに比較例1に係る圧粉磁心を、250℃の高温環境(大気中)に放置する耐熱試験を行った。高温環境に置いてからの経過時間を複数設定して、それぞれの試験後の圧粉磁心について、試験例3の方法により鉄損Pcvを測定した。その結果(鉄損Pcvの増加率と経過時間との関係)を
図37に示す。
図37に示されるように、実施例1および実施例3に係る圧粉磁心では、鉄損Pcvの増大は少なかったが、比較例1に係る圧粉磁心では、経時的に鉄損Pcvが増加する傾向が確認された。
【0114】
(実施例11~実施例16)
表8に示されるFe基合金組成物を溶製し、ガスアトマイズ法により粉体からなる軟磁性材料(磁性粉末)を得た。
【0115】
【0116】
上記の磁性粉末のそれぞれについて、実施例1と同様に、アクリル樹脂および/または無機成分としてのリン酸塩ガラスならびにステアリン酸亜鉛およびシリカを混合してスラリーを得た。アクリル樹脂、ステアリン酸亜鉛およびシリカについては、実施例1と同じ配合量であった。表9に示されるように、リン酸塩ガラスは、配合する場合には実施例1と同じ0.4質量%であって、いくつかの実施例(実施例11など)では配合しなかった。アクリル樹脂は3種類のいずれかを用い、表9では、実施例1の場合と同じアクリル樹脂を用いた場合を「アクリル樹脂1」と示し、他のアクリル樹脂を用いた場合には、「アクリル樹脂2」または「アクリル樹脂3」と示した。なお、いずれのアクリル樹脂も、熱分解温度は360℃程度であった。得られたスラリーから混合粉末体を得る過程は、実施例1と同じであった。得られた混合粉末から成形製造物を得る成形工程も、実施例1と同じであった。
【0117】
【0118】
得られた成形製造物について、実施例1と同様に、第2の熱処理を含む熱処理工程を行って、圧粉磁心を得た。
【0119】
上記の製造方法で得られた成形製造物を別に用意し、実施例1の第2の熱処理に代えて、炉内温度は440℃であるが窒素雰囲気のままとする第3の熱処理を含む熱処理工程を行って、圧粉磁心を得た。
【0120】
これらの圧粉磁心について、初透磁率および鉄損Pcvを測定した。その結果を表9に示した。表9に示されるように、炉内温度を440℃として3時間保持する際の雰囲気を酸化性とする第2の熱処理を行った場合には、雰囲気を非酸化性とする第3の熱処理を行った場合に比べて、いずれの実施例においても、初透磁率μ'が高く、鉄損Pcvは低くなる結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明の製造方法により製造された圧粉磁心を用いた電気・電子部品は、パワーインダクタ、ハイブリッド自動車等の昇圧回路、発電、変電設備に用いられるリアクトル、トランスやチョークコイル、モータ用の磁芯などとして好適に使用されうる。
【符号の説明】
【0122】
1…トロイダルコア(圧粉磁心の一種)
10…トロイダルコイル
2…被覆導電線
2a…コイル
2b,2c…被覆導電線2の端部
2d,2e…コイル2aの端部
20…EEコア
30…インダクタンス素子
20CL,21CL,22CL…中脚部
20OL,21OL,22OL…外脚部
21,22 :Eコア
21B,22B :底部
30 :インダクタンス素子
40 :コイル
MP :磁性粉末
AP :合金部分
OC :酸化被膜
BP :バインダー