(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-17
(45)【発行日】2022-05-25
(54)【発明の名称】クロマグロ仔魚用飼料
(51)【国際特許分類】
A23K 50/80 20160101AFI20220518BHJP
A23K 10/14 20160101ALI20220518BHJP
A23K 10/22 20160101ALI20220518BHJP
C12N 9/00 20060101ALN20220518BHJP
【FI】
A23K50/80
A23K10/14
A23K10/22
C12N9/00
(21)【出願番号】P 2018042010
(22)【出願日】2018-03-08
【審査請求日】2021-02-10
(31)【優先権主張番号】P 2017045773
(32)【優先日】2017-03-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501168814
【氏名又は名称】国立研究開発法人水産研究・教育機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000251130
【氏名又は名称】林兼産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】特許業務法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松成 宏之
(72)【発明者】
【氏名】村下 幸司
(72)【発明者】
【氏名】山本 剛史
(72)【発明者】
【氏名】橋本 博
(72)【発明者】
【氏名】久門 一紀
(72)【発明者】
【氏名】江場 岳史
(72)【発明者】
【氏名】大谷 諒敬
(72)【発明者】
【氏名】門田 洋二
(72)【発明者】
【氏名】三宅 謙嗣
(72)【発明者】
【氏名】三代 健造
【審査官】櫻井 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-234748(JP,A)
【文献】国際公開第2015/093616(WO,A1)
【文献】特許第6618109(JP,B2)
【文献】特開2015-065821(JP,A)
【文献】特開2010-187612(JP,A)
【文献】特表2005-535337(JP,A)
【文献】特開昭57-102160(JP,A)
【文献】太平洋マグロの調査研究について,独立行政法人 水産総合研究センター,2014年08月,13頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 10/00 - 50/90
C12N 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚肉と生シラスを混合し、生シラスに含まれる消化酵素を利用して生シラスと魚肉のタンパク質を分解することにより製造されたクロマグロ仔魚用飼料を飼育対象のクロマグロ仔魚に消灯(日没)3時間前までに飽食量を複数回給餌することを特徴とするふ化後20日未満又は全長20mm未満のクロマグロ仔魚の飼育方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚肉と生シラスを含む魚肉タンパク質分解物からなるクロマグロ仔魚用飼料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乱獲や気象変動などの影響によって、水産資源は年々減少傾向にある。このため、20世紀後半から養殖による水産物の生産量が激増している。
【0003】
しかし、養殖するためには、対象となる生物の生態を知る必要があり、マダイやトラフグ、ヒラメなどは、親魚を育成して採卵受精、ふ化、稚魚、成魚、採卵受精と、魚の世代交代を全て管理した完全養殖がおこなわれているが、大部分は天然の稚魚を捕獲して種苗としているのが現状である。
我が国で需要が高いクロマグロは、絶滅が危惧されている種であり、資源保護の観点からも、養殖用種苗を人工種苗で賄い、安定的に確保できる技術の開発が強く求められている。
【0004】
マグロ稚魚用飼料としては、食品添加物として認可されているゲル化剤を魚用飼料原料に添加しグミ状とした配合飼料が提案されている(特許文献1)が、この飼料は、20~70日又は全長20~200mm程度のマグロ稚魚を対象とするものであった。
【0005】
クロマグロの種苗生産においては、全長10~20mmのクロマグロ仔魚にイシダイやハマフエフキなどのふ化仔魚(以下餌料用ふ化仔魚とする)を大量に餌として給餌することが必須となっており、これらをクロマグロの種苗生産期に合わせて,大量かつ安定的に供給するためには、餌料用ふ化仔魚の親魚を多数飼育するための施設や高度な採卵技術が必要であり、餌料用ふ化仔魚の供給能力がクロマグロ種苗の量産化を制限する要因となっている。クロマグロ種苗の量産化のためには、飼料用ふ化仔魚の代わりとなる配合飼料の開発が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、全長10mm程度のクロマグロ仔魚から摂餌可能で、安定的に製造可能なクロマグロ仔魚用飼料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、餌料用ふ化仔魚に代え、生のシラスに含まれる消化酵素を利用し、主原料である生シラスと魚肉の混合物を低分子化処理することにより得られた原料を用いた飼料を試作し、全長10mmのクロマグロ仔魚へ給餌したところ、餌料用ふ化仔魚を給餌した場合と同様に成長することが確認できたため、本発明に至った。
【0009】
本発明のクロマグロ仔魚用飼料は、魚肉と生シラスを含有する魚肉タンパク質分解物からなり、魚肉と生シラスを混合し、生シラスに含まれる消化酵素を利用して生シラスと魚肉のタンパク質を分解することにより製造することができる。
【0010】
本発明における魚肉とは、生シラス以外で入手が容易な魚であれば種類を問わない。具体的には、マアジ、ボラ、スズキ、トビウオなどの白身魚が好適に使用できる。
【0011】
本発明のクロマグロ仔魚用飼料は、生シラスと魚肉をすり潰して混合し、生シラスの消化酵素により生シラスと魚肉のタンパク質を分解して製造することができるが、生シラスと魚肉の混合物を、50℃~65℃に加熱し、1時間以上保持することにより、魚肉のタンパク質を効率的に分解させることができ、このようにして得られた飼料は、20日未満又は全長20mm未満の仔魚用飼料として有用である。
【0012】
予めクロマグロ仔魚から抽出した消化酵素を用いて餌料用ふ化仔魚を分解した場合のアミノ酸生成量を基準に、クロマグロ仔魚の成長に応じて、魚肉と生シラスの混合物の加熱温度及び/又は加熱時間を調整した本発明のクロマグロ仔魚用飼料を給餌してクロマグロ仔魚を飼育すれば、クロマグロ仔魚の飼料用ふ化仔魚を用いた場合とほぼ同等の生残率、成長率を達成することができる。
【0013】
本発明において、クロマグロ仔魚の成長に応じて魚肉と生シラスの混合物の加熱温度及び/又は加熱時間を調整するとは、クロマグロ仔魚の成長に伴い、その都度、クロマグロ仔魚から抽出した消化液を用いて、飼料の分解実験を行い、その分解の程度が飼料用ふ化仔魚と同程度と成る加熱温度及び/又は加熱時間を求めることをいい、このようにして求められた加熱温度と加熱時間で、飼料を処理すれば、クロマグロの成長に即した消化性を有する飼料を調製することができる。
【0014】
生シラスとそれ以外の魚肉の配合割合は任意であるが、少なくとも、許容される時間内に、飼料用ふ化仔魚と同程度の遊離アミノ酸濃度となる生シラスの配合量とすることが望ましい。
【0015】
実験は、屋内で実施したため、昼間は電灯による照明を行った。給餌は電灯の点灯時間内(昼間)に複数回行った。配合飼料に餌付いてからの1回あたりの給餌量は飽食量とした。
【0016】
ここでいう「飽食量」とは、クロマグロの摂餌行動で判断する。具体的には、クロマグロは水槽の底に沈んだ餌を摂餌することができないので、餌を撒き始めてから配合飼料が食べられることなく水槽底まで沈むようになった時点で「飽食」と判断し、それまでに摂餌した給餌1回あたりの餌の量を「飽食量」とする。
【0017】
また、消灯(日没)後、クロマグロ稚魚の遊泳速度は遅くなり、酸素の取り込み量が少なくなることが予想されるので、多くの酸素消費を必要とする摂餌物の消化が消灯後に重ならないよう、50kL水槽を用いた試験においては、生残率の向上を目的として、消灯(日没)の3時間前までに終了させる飼育を行った。
【発明の効果】
【0018】
本発明に使用するシラス及び魚肉は、安定且つ大量に入手可能であり、冷凍保存できることから、クロマグロの種苗生産尾数にあわせた配合飼料を安定的に生産することができる。
本発明のクロマグロ仔魚飼料を使用すれば、10mm程度のクロマグロ仔魚から給餌させることができるので、従来必要とされた飼料用ふ化仔魚を用意する必要がなくなり、手間が大幅に緩和されると共に、飼料用ふ化仔魚用の生産設備が不要となり、安定的な種苗生産が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】生シラスの消化酵素による魚肉タンパク質の分解能の分析結果
【
図2】生シラスの消化酵素による魚肉タンパク質の分解能の時間的経過を示すグラフ
【
図3】クロマグロ仔魚の全魚体より抽出した消化液による反応物の遊離アミノ酸濃度を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0020】
[実験1]
生シラスの消化酵素による魚肉タンパク質の分解能を調べるため、生シラスとアジの魚肉と水を2:2:1の割合で混合してミンチ状としたものを、1.5mLチューブに約1gずつ分注し、ブロッインキュベーターを用いて10~80℃の異なる温度で0~4時間加熱したときのタンパク質の分子量をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法で分析した。その結果を
図1に示す。
【0021】
この分析結果から明らかなように、30℃以下では、200kDaのタンパク質が分解されず、70℃以上では40kDaのタンパク質が分解されていないことが判った。
【0022】
[実験2]
さらに、生シラスの消化酵素による魚肉タンパク質の分解能の時間的経過を調べるため、生シラスとアジの魚肉と水を2:2:1の割合で混合してミンチ状としたものを、1.5mLチューブに約1gずつ分注し、ブロッインキュベーターを用いて10~80℃の異なる温度で0~4時間加熱し、生成する遊離アミノ酸量の時間的変化をニンヒドリン呈色法にて測定した。その結果を
図2に示す。
【0023】
図2のグラフから明らかなように、タンパク質の分解物である遊離アミノ酸含量は、50℃、60℃で最も効率的に増加していることがわかる。
【0024】
以上の実験結果を参酌すれば、加熱温度は50~65℃程度とすることが望ましい。
【0025】
<試験例1>
試験例1では、白身魚(アジ)および生シラスを60℃で60分間、加熱処理することにより低分子化した原料を用いた配合飼料を作成し、ワムシおよびアルテミアの生物餌料での飼育結果と比較した。1日齢のクロマグロ仔魚を、500L水槽1基あたり5000尾収容して開始した(3水槽/試験区)。配合飼料は、20日齢から30日齢まで10日間給餌した。その結果、30日齢の全長20mm以上の個体数は、3水槽の合計尾数が、対照区16尾,配合区53尾となり配合区で大型個体の取り揚げ尾数が増加した。
【0026】
<試験例2>
試験例2では、原料の低分子化処理の効果を調べるため、白身魚(アジ)と生シラスを60℃で1時間の低分子化処理した原料と、60℃での加熱を省略した未処理の原料を用いた2種類の試験飼料を作製した。飼育試験は、1日齢のクロマグロ仔魚を、500L水槽1基あたり9000尾収容して開始した(3水槽/試験区)。配合飼料は、19日齢から33日齢まで14日間給餌した。その結果、33日齢での1水槽あたりの全長25mm以上の個体数および平均体重が、低分子区が有意に優れていた。試験例1、試験例2の飼育結果を表1に示す。
【0027】
【0028】
<試験例3>
試験例3では、50kLの大型水槽に1日齢のクロマグロ仔魚を、14万尾収容し飼育を開始し、配合飼料(試験例2で使用した飼料)の給餌を15日齢から開始した。配合飼料に完全に餌付いた25日齢では、1.2万尾(生残率8.7%)の稚魚が平均全長23mmまで成長していることを確認し、42日齢 平均全長47mm 429尾(0.3%)のクロマグロの取り揚げに成功した。
試験例3の飼育結果を表2に示す。
【0029】
【0030】
<試験例4>
この試験例では,50kLの大型水槽に0日齢のクロマグロ仔魚を,19万尾収容し飼育を開始し,本発明のクロマグロ仔魚用配合飼料を18日齢(平均全長10mm)から開始した。配合飼料は餌付くまでは一定量、餌付いてからは飽食量を点灯から消灯3時間前の間に4~6回給餌した。配合飼料に完全に餌付いた28日齢では、5500尾(生残率2.9%)の稚魚が平均全長15mmまで成長していることを確認し、40日齢で平均全長39.2mm 2329尾(1.2%)のクロマグロの生産に成功した。試験例4の飼育結果を表3に示す。飼育条件が類似する試験例3と比べ、40日の生残率を大幅に改善することができた。
【0031】
【0032】
<試験例5>
クロマグロ仔魚から抽出した消化酵素を使用し、原料である生シラスと魚肉の消化性の評価を行った。
【0033】
13日齢のクロマグロ仔魚の全魚体より抽出し、除タンパク及び透析により精製した消化液(150mg)を、飼料用ふ化仔魚(0.44g)と生シラスを含有する魚肉タンパク質分解物(0.05g)にそれぞれ添加し、25℃で3時間反応させ、反応物の遊離アミノ酸濃度をニンヒドリン呈色法にて測定した。その結果を
図3に示す。
【0034】
図3における3本のグラフ群は、左(0time)から消化開始時の遊離アミノ酸濃度、中央(消化液(-))がクロマグロから抽出した消化液を添加しないで、25℃で3時間消化反応させた場合のアミノ酸濃度、右(消化液(+))がクロマグロから抽出した消化液を添加して、25℃で3時間消化反応させた場合のアミノ酸濃度である。
図3の左端のグラフ群は飼料用ふ化仔魚の場合、その右側は、60℃で0~240分間加熱処理した生シラスと魚肉(アジ)のミンチ状混合物の場合である。
【0035】
このグラフから明らかなように、アジ・シラスミンチでは、原料の加熱時間が0分の場合は、クロマグロ仔魚から抽出した消化酵素を加えても遊離アミノ酸量は低いが、60℃で、60分以上加熱した場合は、飼料用ふ化仔魚の場合と同程度(±15%以内)の遊離アミノ酸濃度となることがわかる。すなわち、アジ・シラスミンチを60℃で60分間、加熱処理すれば、クロマグロ仔魚の消化酵素が働きやすくなり、飼料用ふ化仔魚と同程度の消化性を有する飼料となる。
【0036】
クロマグロ仔魚から抽出される消化酵素は、クロマグロ仔魚の成長に伴い消化性能が高まることが予想され、アジ・シラスミンチの加熱時間が短くても、クロマグロ仔魚が充分消化できることになる。
【0037】
クロマグロ仔魚の成長に合わせ、その都度、抽出した消化液を使用し、
図3に示されるような実験を行えば、クロマグロ仔魚の成長に合わせた飼料の調製に必要な加熱温度と加熱時間を求めることができる。このようにして求められた加熱温度と加熱時間により処理した飼料は、クロマグロ仔魚の成長に合わせ適切にタンパク質が分解された飼料であり、クロマグロ仔魚の順調な飼育に役立つ。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明のクロマグロ仔魚用飼料を使用すれば、餌料用ふ化仔魚が必要な全長10mm以降のクロマグロ仔稚魚を配合飼料だけを用いて飼育することが可能となるため、餌料用ふ化仔魚を生産するための多数の親魚や飼育施設、高度な採卵技術等が不要になり、種苗生産コストが軽減されるとともに、餌不足などの不安定要素が解消されることにより、安定的なクロマグロ種苗の生産が可能となる。