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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-17
(45)【発行日】2022-05-25
(54)【発明の名称】絞り加工装置及び絞り加工方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 22/20 20060101AFI20220518BHJP
   B21D 22/28 20060101ALI20220518BHJP
【FI】
B21D22/20 J
B21D22/28 J
B21D22/28 B
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018189218
(22)【出願日】2018-10-04
(65)【公開番号】P2020055031
(43)【公開日】2020-04-09
【審査請求日】2021-05-14
(73)【特許権者】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】奥出 裕亮
【審査官】山本 裕太
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-132330(JP,A)
【文献】特開2004-261826(JP,A)
【文献】特開2016-078101(JP,A)
【文献】特開平10-330995(JP,A)
【文献】特開2005-193293(JP,A)
【文献】特表2001-511423(JP,A)
【文献】特開平9-253770(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/20
B21D 22/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金型と、
前記金型にブランク材を介して配置され、ブランク材の、金型と接する面とは反対の面の少なくとも一部分に対し、圧力を加えてブランク材を支持するブランク支持材と、
前記ブランク材の金型と接する面とは反対の面の少なくとも一部分を押圧してブランク材を変形させる押圧部材と、
前記ブランク支持材に、押圧部材の可動方向と平行な方向に、2Hz~8Hzの振動を付与する振動発生手段と、
前記金型の内部に圧縮ガスを供給する圧縮ガス供給手段と、
を備えた絞り加工装置。
【請求項2】
前記押圧部材は、前記可動方向と直交する断面の形状が円形であり、前記ブランク材は、前記可動方向と直交する平面と平行な面の形状が円形であり、
前記押圧部材の直径に対する前記ブランク材の直径の比が2以上の条件において、金型の屈曲部における全ての面において任意に選択された、下記式1を満たす測定面の面積に対する、絞り加工終了後の金型の、ブランク材が凝着した部分の合計の面積の比率が、0.2%以下である請求項1に記載の絞り加工装置。
測定面の面積=Y×0.5Y (式1)
式1中、Yは金型の周方向と直交する方向における屈曲部の幅長(mm)を表す。
【請求項3】
前記ブランク材が純チタン、又はチタン合金である請求項1又は請求項2に記載の絞り加工装置。
【請求項4】
前記圧縮ガスの温度が、-15℃~25℃である請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の絞り加工装置。
【請求項5】
前記圧縮ガスの圧力が、0.2MPa~0.8MPaである請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の絞り加工装置。
【請求項6】
前記ブランク材は、表面が酸化された材料である請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の絞り加工装置。
【請求項7】
ブランク支持材と金型との間にブランク材を配置する工程と、
前記ブランク支持材に対して、押圧部材の可動方向と平行な方向に2Hz~8Hzの振動を付与し、前記金型の内部に圧縮ガスを供給し、かつ、前記ブランク支持材によって前記ブランク材に圧力を加えて前記ブランク材を支持した状態で、前記ブランク材の前記金型と接する面とは反対の面の少なくとも一部分を前記押圧部材で押圧してブランク材を変形させる工程と、
を有する絞り加工方法。
【請求項8】
請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の絞り加工装置を用いて絞り加工する絞り加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絞り加工装置及び絞り加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属の加工方法には、従来より種々の加工方法が提案されている。
例えば、プレス加工が挙げられる。プレス加工とは、金型を含む一対の工具の間に金属等のブランク材を挟んで、ブランク材に対して金型方向へ圧力を加えることで、ブランク材を金型の形状に加工する加工方法である。
プレス加工の一種として、絞り加工が知られている。絞り加工とは、金属板成形法の一種で、図7に示すように、ブランク材として一枚の金属板を用い、円筒、角筒、円錐等様々な形状の底付き容器を成形する加工法である。絞り加工を用いることで、つなぎ目の無い容器形状の金属を成形することができる。
【0003】
絞り加工法に用いられる金属としては、例えば、チタン、チタン合金、アルミニウム、鉄、ステンレス、銅、マグネシウム等が挙げられる。中でも、チタン及びチタン合金等の高耐食性、高強度、低比重等の性質を有する金属は、幅広い分野での適用が期待されており、その加工について、種々の検討がされている。
【0004】
例えば特許文献1には、チタン合金素材を、大気中で700℃~1000℃に加熱保持してある金型にセットした後、即時に20mm/分以下の速度で鍛造することを特徴とするチタン合金製品の成形方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平6-142810号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
化学的に活性な金属(例えば、チタン、チタン合金等)は、プレス加工では金型との間に凝着が発生する場合がある。
従来、上記凝着を抑制するために、各種コーティングを施した金型と潤滑剤とを併用する方法、金属に窒化処理又は酸化処理を施す方法等の研究が行われてきたが、上記凝着の抑制は未だ解決されるに至っていない。
【0007】
本発明者は、金型と金属との接触面に高圧がかかった状態で加工すると、金型と金属の接触面で摺動が発生し、この摺動が上記凝着の原因の一つであることを見出した。
特許文献1は特定の製品の鍛造を想定しており、上記特定の製品の鍛造は、そもそも金型と金属との間で摺動は生じにくい状況で行われると考えられ、特許文献1に記載のチタン合金製品の成形方法は適用できる範囲が非常に限定的なものになると推察される。
【0008】
本開示の実施形態が解決しようとする課題は、金属の金型への凝着を抑制できる絞り加工装置及び絞り加工方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従来、プレスを用いた金属の絞り加工において、金型へ金属(特に純チタン、チタン合金等)の凝着が発生することが問題であった。凝着を防止する目的で、各種コーティングを施した金型と潤滑剤を併用した研究、窒化処理や酸化処理を施した金属に対して、各種コーティングを施した金型と潤滑剤を併用した研究等が行われてきたが、未だ金属の凝着抑制は困難である。
【0010】
本発明者は、金型と、ブランク材としての金属と、が高面圧条件下で摺動することが、金属が金型に凝着する主たる原因であると考え、本発明を創出した。
【0011】
上記の目的を達成するための第1の発明である絞り加工装置は、
<1>金型と、前記金型にブランク材を介して配置され、ブランク材の、金型と接する面とは反対の面の少なくとも一部分に対し、圧力を加えてブランク材を支持するブランク支持材と、前記ブランク材の金型と接する面とは反対の面の一部分を押圧してブランク材を変形させる押圧部材と、前記ブランク支持材に、押圧部材の可動方向と平行な方向に、2Hz~8Hzの振動を付与する振動発生手段と、前記金型の内部に圧縮ガスを供給する圧縮ガス供給手段と、を備える。
【0012】
ブランク支持材に特定の周波数の振動を加えることで、ブランク材と金型との接触時間が低減される。これによって凝着の原因である摺動の持続時間を短縮できる。また、ブランク支持材に特定の周波数の振動を加えることで、ブランク材と金型との間に圧縮ガスが送り込まれるための空間を確保できる。上記確保した空間に圧縮ガスを供給することで、ブランク支持材の振動によって発生する、ブランク材と金型との衝突による衝撃を抑制することができる。以上によって、ブランク材の金型への凝着を軽減することができる。
金属表面には、例えば金属表面を保護することを目的として、大気酸化、陽極酸化等の酸化被膜を施すことがある。本開示の絞り加工装置は、大気酸化、陽極酸化等の異なる手法により金属表面に施された酸化被膜の剥離を抑制する効果にも優れる。結果として、酸化被膜が施された金属の金型への凝着抑制の効果に優れたものとなる。
【0013】
<2> <1>において、前記押圧部材は、前記可動方向と直交する断面の形状が円形であり、前記ブランク材は、前記可動方向と直交する平面と平行な面の形状が円形であり、押圧部材の直径に対するブランク材の直径の比が2以上の条件において、金型の屈曲部における全ての面において任意に選択された、下記式1を満たす測定面の面積に対する絞り加工終了後の金型のブランク材が凝着した部分の合計の面積の比率が、0.2%以下とすることができる。
測定面の面積=Y×0.75Y (式1)
式1中、Yは金型の周方向と直交する方向における屈曲部の幅長(mm)を表す。
本開示において、屈曲部とは、図3に示す通り、金型の孔5Cの側壁5Eと、ブランク材が接触する面5Bと、の間の屈曲している領域を指す。
【0014】
<3> <1>又は<2>において、ブランク材としては純チタン又はチタン合金を好適に挙げることができる。中でも純チタンは凝着を発生させやすい。
本開示の一実施形態によれば、凝着を起こしやすい純チタンをブランク材として用いた場合でも、優れた効果を奏することができる。
【0015】
<4> <1>~<3>において、圧縮ガスの温度は、-15℃~25℃であることが好ましい。絞り成形中には、金属と金型の間に摩擦熱が発生し、この摩擦熱が凝着を亢進させるところ、ガスの温度を-15℃~25℃とすることで、上記摩擦熱を抑制し、凝着をより抑制することができる。
【0016】
<5> <1>~<4>において、圧縮ガスの圧力は、0.2MPa~0.8MPaとすることができる。これによって、成形体のしわの発生を良好に抑制することができる。
【0017】
<6> <1>~<5>において、ブランク材は、表面が酸化された材料であることが好ましい。例えば500℃~600℃の温度で大気酸化、又は、15V~60Vの電圧で陽極酸化されているブランク材が好ましい。ブランク材に施された酸化被膜により、ブランク材を保護することができるところ、本開示の一実施形態は、ブランク材の表面に施された酸化被膜の剥離を抑制することができるため、ブランク材の凝着をより抑制することができる。
【0018】
<7> 第2の発明である絞り加工方法は、ブランク支持材と金型との間にブランク材を配置する工程と、前記ブランク支持材に対して、押圧部材の可動方向と平行な方向に、2Hz~8Hzの振動を付与し、前記金型の内部に圧縮ガスを供給し、かつ、前記ブランク支持材によってブランク材に圧力を加えて前記ブランク材を支持した状態で、前記ブランク材の前記金型と接する面とは反対の面の少なくとも一部分を前記押圧部材で押圧してブランク材を変形させる工程と、を有する。
【0019】
<8> 絞り加工方法は、<1>~<6>のいずれか1つに記載の絞り加工装置を用いて絞り加工することができる。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、金属の金型への凝着を抑制できる絞り加工装置及び絞り加工方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本開示の絞り加工装置の一実施形態を示す概略図である。
図2】本開示における絞り加工装置又は絞り加工方法を用いて絞り加工しているところを説明するための金型の断面図である。
図3】本開示における金型の一例を示す断面図である。
図4】本開示におけるブランク支持材の一例を示す図である。
図5】本開示における押圧部材の一例を示す図である。
図6】本開示における成形体の一例を示す断面図である。
図7】従来から用いられてきた絞り加工方法によってブランク材を絞り加工しているところを説明するための金型の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図1図6を参照して、本開示の絞り加工装置及び絞り加工方法の実施形態について具体的に説明する。但し、本開示においては、以下に示す実施形態に制限されるものではない。
【0023】
絞り加工装置100は、図1に示すように、金型5と、ブランク支持材7と、押圧部材9と、振動発生手段1と、圧縮ガス供給手段3と、を備える。
【0024】
金型5は、図3に示すように、内部に孔5Cを有し、孔5Cの金型5と接するようにしてブランク材が配置される側の開口端に、屈曲部5Dを有することができる。金型5と接するように配置されたブランク材11を、押圧部材9を用いて上記孔5Cに沿って絞ることで、所望の形状の成形体に加工することができる。
絞り加工を行う上で、凝着は屈曲部5Dにおいて最も顕著に発生しやすい。
金型5の孔の形状によって、成形体の形状を種々選択することができる。本開示における金型5の孔の形状として、例えば、円錐形状、角錐形状、円筒形状、角筒形状等が挙げられる。
金型5の材質としては、特に制限はないが、例えば、SKD11、SKD61、超硬合金等が挙げられる。
【0025】
ブランク支持材7は、図4に示すように、孔7Aを有し、図2に示すように、金型5との間にブランク材11を配置する際に、ブランク材11を支持する。また、ブランク材11の金型5と接する面とは反対の面の少なくとも一部分に対し、圧力を加える。これによって、成形体のしわの発生を抑制することができる。
ブランク支持材7は、押圧部材9が通過するための孔7Aを有するため、上記孔7Aを押圧部材9が通過し、ブランク材11を押圧することで、絞り加工を行う。
【0026】
ブランク支持材7がブランク材11に与える力(BHF:Blank Holding Force)は、ブランク材11の材質、寸法等によって適宜調整できるが、200N~500Nが好ましい。BHFが200N以上であることで、ブランク材11に発生するしわを良好に抑制できる。BHFが500N以下であることで、ブランク材と金型5の間の面圧を抑制し、凝着量を低減することができる。また、ブランク材11に発生する割れを良好に抑制することができる。
上記の観点から、本開示において対象とするブランク材11においては、BHFは220N~450Nがより好ましく、230N~420Nがさらに好ましい。
【0027】
ブランク支持材7は、図4に示すように、内部に孔7Aを有する円柱形とすることができる。
ブランク支持材7の外径7Rは、ブランク支持材7と同サイズの値が望ましい。
ブランク支持材7の内径7rは、内径7rを通過する押圧部材9の通過を阻害しない値が望ましい。
ブランク支持材7の厚み7hは、特に制限はないが、例えば、1cm~10cmとすることができる。
ブランク支持材7の材質は、特に制限はないが、例えば、SKD11、SKD61、超硬合金等が挙げられる。
【0028】
押圧部材9は、図5に示すように、例えば略円筒形状とすることができ、胴体部9Bを有し、胴体部9Bにブランク材11を押圧するための押圧面9Aを備えることができる。押圧部材9は、図2に示すように、ブランク支持材7に、押圧部材9の可動方向と平行な方向に、2Hz~8Hzの振動を付与し、金型5の内部に圧縮ガスを供給し、ブランク材11の金型5と接する面とは反対の面の少なくとも一部分に対し、圧力を加えた状態で、ブランク材11の金型5と接する面とは反対の面の一部分を押圧してブランク材11を金型5の孔5Cに沿って絞ることで加工するためのものである。
【0029】
押圧部材9の材質は、特に制限はないが、例えば、SKD11、SKD61、超硬合金等が挙げられる。
【0030】
押圧部材9の形状としては、所望の成形体の形状に合わせて適宜選択することができる。例えば、円筒形状、角筒形状等が挙げられる。
【0031】
押圧部材9がブランク材11を押圧する際の速度(パンチスピード)、及び、荷重の最大値(最大パンチロード)は、ブランク材11の摺動特性、変形特性等によって適宜調整できる。
【0032】
押圧部材9がブランク材11を押圧する際の荷重の最大値(最大パンチロード)は、ブランク材11の酸化膜の膜厚、加工条件等によって適宜調整できる。
【0033】
振動発生手段1は、図2に示すように、ブランク支持材7に押圧部材9の可動方向と平行な方向に、以下の振動数の振動を付与するためのものである。
上記振動数としては、低周波の場合には2Hz~8Hzである。また、高周波の場合には上記振動数は50kHz~70kHzであることが好ましい。
これによって、ブランク材11と金型5との接触時間が低減され、凝着を抑制できる。また、ブランク材11と金型5の間に圧縮空気が円滑に送り込まれるための空間を確保できる。
上記空間を確保できる理由は以下のように推定される。
即ち、絞りを行う際に、押圧部材9による荷重部分は金型5内部に押し込まれる方向に力が加えられるため、ブランク支持材によって圧力が加えられる部分については金型5内部と略反対方向にブランク材11自身が発生させる付勢力が働くと考えられる。この点から、ブランク支持材に振動を付与することで、金型5とブランク材11の間の空間を良好に確保することができると考えられる。
【0034】
振動発生手段1により発生させる振動数は、低周波の場合には2Hz~8Hzである。2Hz以上であることで、1回の振動当たりの接触時間を減少させることができるため、ブランク材11の金型5に対する摺動を抑制することができる。8Hz以下であることで、しわを抑制するための適正なBHFを維持した状態で加工できる。
上記の観点から、振動数は4Hz~8Hzが好ましい。
また、高周波の場合には、振動数は50kHz~70kHzであることが好ましく、55kHz~65kHzであることがより好ましく、58kHz~62kHzであることがさらに好ましい。
【0035】
また、振動発生手段1により発生させる振動数を2Hz~8Hzとすることで、上記の効果に加えて、より簡易な装置を用いて絞り加工することができる。
上記と同様の観点から、振動発生手段1により発生させる振動数を4Hz~8Hzとすることが好ましい。
【0036】
振動発生手段1としては、ブランク支持材に上記の振動を付与できるものであれば特に制限はないが、例えばサーボモーター、油圧ポンプ、振動発生装置(例えば、バイブレーター、定常波発生器)等を用いてブランク支持材7を振動させる手段が挙げられる。具体的には、ブランク支持材を押圧部材の可動方向と平行な方向に可動させるサーボモーターを設け、上記サーボモーターによって、ブランク支持材を上述の振動数で振動させることができる。
【0037】
特に、比較的高い周波数(例えば、58kHz~62kHz)を付与する場合には、振動発生装置(例えば、バイブレーター、定常波発生器等)を用いて振動させることが好ましい。
【0038】
圧縮ガス供給手段3は、図1及び図2に示すように、金型5の内部に圧縮ガスを供給するためのものである。これによって、振動発生手段1により生じた金型5とブランク材11の間の空間に圧縮ガスが送り込まれ、ブランク支持材7の振動によって発生する、金属と金型5との衝突による衝撃を抑制することができ、金属の金型5への凝着を軽減することができる。
【0039】
圧縮ガスの温度は、低温であることが好ましい。絞り加工中にブランク材11と金型5との間で発生する摩擦熱は、ブランク材11の金型5への凝着を促進すると考えられ、圧縮ガスの温度が低温であることで、上記摩擦熱を奪い、凝着をより良好に抑制する事ができる。
本願において、低温とは、50℃以下の温度を指す。
圧縮ガスの温度は、具体的には-15℃~50℃であることが好ましい。
圧縮ガスの温度が-15℃以上であることで、摺動の妨げになるガス中の水分を除去でき、かつ、ブランク材11と金型5との間で発生する摩擦による発熱を抑制できる。
上記の観点から、圧縮ガスの温度は-15℃~25℃であることがより好ましい。
なお、圧縮ガスの温度は、例えばサーモメーター(例えば、防水型パーソナルサーモメーター、アズワン株式会社製)を用いて測定することができる。
【0040】
圧縮ガスの気圧は、ブランク材11によって適宜調整することができるが、0.1MPa~1.5MPaが好ましい。
圧縮ガスの気圧が0.1MPa以上であることで、良好に凝着を抑制できる。圧縮ガスの気圧が1.5MPa以下であることで、精緻な成形性を保持することができる。
上記の観点から、圧縮ガスの気圧は、0.1MPa~1.0MPaがより好ましく、0.2MPa~0.8MPaがさらに好ましい。
圧縮ガスの気圧は、例えばプレッシャーゲージ(例えば、普通形圧力計、長野計器株式会社製)を用いて測定することができる。
【0041】
圧縮ガス供給手段3は、上述の圧縮ガスを金型5の内部に供給できるものであれば特に制限はないが、例えば、コンプレッサーを用いてガスを所望の気圧まで圧縮し、圧縮したガスを金型5内部に供給する手段が挙げられる。
【0042】
ブランク材11は、図2に示すように、押圧部材9で押圧することによって加工され、所望の成形体を形成するための材料である。
本開示におけるブランク材11の形状としては、例えば、円形の平板形状のものを用いることができる。
【0043】
本開示におけるブランク材11は、特に制限はないが、金属を用いることができる。中でも、凝着を起こしやすく、本願の課題が顕在化される観点から、純チタン、チタン合金、アルミニウム又はステンレスが好ましく、純チタン又はチタン合金がより好ましく、純チタンが更に好ましい。
【0044】
ブランク材11は、表面に酸化被膜を施したものであってもよい。これによって、ブランク材11を保護することができ、凝着をより良好に抑制することができる。
ブランク材11に酸化被膜を施す方法としては、公知の方法を用いることができる。例えば、大気酸化、陽極酸化等の方法が挙げられる。
大気酸化とは、例えば、一定の温度の炉内において空気中の酸素により、金属表面にアナターゼ型の酸化被膜を形成する酸化被膜形成方法である。
陽極酸化とは、金属を陽極として通電し、陽極側の金属表面にルチル型の酸化被膜を形成する酸化被膜形成方法である。
本開示において、凝着抑制の観点からは、大気酸化が好ましい。
本願の課題がより顕在化され、本開示の絞り加工装置の効果がより明確に奏される観点からは、比較的弱い酸化被膜を形成する陽極酸化が好ましい。換言すれば、比較的弱い酸化被膜を形成する陽極酸化であっても、本開示の絞り加工装置を用いた場合には、酸化被膜の剥離を良好に防止し、ブランク材11の凝着を抑制できる。
【0045】
ブランク材11が円形の平板形状であり、かつ、押圧部材9が円筒形状である場合に、押圧部材9の直径(d)に対するブランク材11の直径(D)の比(絞り比:D/d)が2.0以上であることで、一般産業上の実用性を得られやすい。Dの値が大きい程、即ち、絞り比が大きい程、1回の絞りで成形体に破断を起こしやすく、絞り比は素材の絞り性の指標となり得る。
【0046】
本開示の絞り加工装置を用いて製造される成形体の一実施形態は、図6に示すように、例えば、一方が閉塞された略円筒形状の成形体であって、他方の解放された開口部の周縁から筒外壁より外側に延びるフランジ部11Gを備えることができ、上記開口部の周縁と上記フランジ部11Gとの間に、屈曲した部分である屈曲部11Hを備えることができる。
【0047】
本開示の絞り加工装置において、押圧部材9は、可動方向と直交する断面の形状が円形であり、ブランク材11は、可動方向と直交する平面と平行な面の形状が円形であり、押圧部材9の直径に対するブランク材11の直径の比が2以上の条件において、金型5の屈曲部5Dにおける全ての面において任意に選択された、下記式1を満たす測定面の面積に対する、絞り加工終了後の金型の、ブランク材11が凝着した部分の合計の面積の比率が、0.2%以下であることが好ましい。
測定面の面積=Y×0.75Y (式1)
式1中、Yは金型の周方向と直交する方向における屈曲部5Dの幅長(mm)を表す。
【0048】
凝着抑制の点から、上記式1を満たす測定面の面積に対する金型5のブランク材11が凝着した部分の面積の比率は、0.13%以下であることがより好ましい。
【0049】
次に、本開示の絞り加工方法について詳細に説明する。
【0050】
本開示の絞り加工方法は、ブランク支持材7と金型5との間にブランク材11を配置する工程と、前記ブランク支持材7に、押圧部材9の可動方向と平行な方向に、2Hz~8Hzの振動を付与し、前記金型5の内部に圧縮ガスを供給し、前記ブランク材11の金型5と接する面とは反対の面の少なくとも一部分に対し、圧力を加えた状態で、前記ブランク材11の金型5と接する面とは反対の面の一部分を押圧部材9で押圧してブランク材11を変形させる工程と、を有する。
【0051】
本開示の絞り加工方法は、本開示に係る絞り加工装置を用いてもよい。
【0052】
本開示の絞り加工方法の一実施形態を図1及び図2を参照して説明する。
まず、図1に示すブランク支持材7と金型5との間にブランク材11を配置する。
図1に示すように、ブランク材11をブランク支持材7上に配置する際、ブランク支持材7がサーボモーターにより駆動されて金型5に向けて接近移動すると、ブランク材11は金型5とブランク支持材との間に挟持されるように配置される。
【0053】
次に、図2に示す通り前記ブランク支持材7に、押圧部材9の可動方向と平行な方向に、2Hz~8Hzの振動を付与し、前記金型5の内部に圧縮ガスを供給し、前記ブランク材11の金型5と接する面とは反対の面の少なくとも一部分に対し、圧力を加えた状態で、前記ブランク材11の金型5と接する面とは反対の面の一部分を押圧部材9で押圧してブランク材11を変形させる。
【0054】
具体的には、例えば図2に示すように、ブランク材11の金型5と接する面とは反対の面の例えばスクラップ部13に対して、圧力を加える。その後、金型5の孔5Cの一端から例えばコンプレッサーにより圧縮ガスを金型5内部に供給した後、押圧部材9の可動方向と平行な方向に、振動発生手段1(例えばサーボモーター)により、2Hz~8Hzの振動をブランク支持材7に付与する。
【0055】
そして、上記の状態で、押圧部材9を可動させることで、押圧部材9がブランク支持材7の孔7Aをブランク材11に向けて通過し、ブランク材11の金型5と接する面とは反対の面の一部分(例えば、図6の内底面11D)を押圧することができる。これによって、ブランク材11は、内底面11Dが金型5の孔5C内を進行することによって折り曲げられていき、内底面11Dは、金型5内に押し込められていく。
内底面11Dを所望の位置まで押し込んだ段階で、ブランク材11の加工が終了する。
【0056】
なお、本開示の絞り加工方法は、上述以外の加工を加えてブランク材11を種々の形状に構成することができる。
【実施例
【0057】
以下、本開示を実施例により更に具体的に説明するが、本開示はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「部」は質量基準である。
【0058】
(実施例1)
図1に示す構造を有した絞り加工装置を用いて、上述した絞り加工方法により、ブランク材11(純チタン、大気酸化)に対して絞り加工を行った。この際、得られる成形体のフランジ部11Gが水平な面と接触するように配置した場合の、水平面から外底面11Aまでの長さ(図6の11h)が10mmとなる位置まで内底面11Dを押し込んだ段階で、ブランク材11の加工を終了し、成形体を製造した。
なお、絞り加工におけるブランク材11の直径、酸化被膜、BHF、パンチスピード、最大パンチロード、振動数、圧縮ガスの気圧、圧縮空気の温度及び絞り比は、表1に記載した通りである。
【0059】
使用した金型5の外形は、図3のように水平な面に金型を配置した場合、外径5R:40mm×高さ5h:10mmの円筒形状であり、孔5Cの内径5rは、11mmであった。また、金型5の周方向と直交する方向における屈曲部の幅長Yは、2.5mmであった。
使用したブランク支持材7の外形は、外径40mm×高さ10mmの円筒形状であり、孔7Aの内径は、11mmであった。
【0060】
使用した押圧部材の外形は、円形の押圧面の直径(d)が9.5mmであり、胴体部の長さ60mmの円柱形状であった。
【0061】
使用したブランク材11は、表面に大気酸化によって酸化被膜を施した、円形状の平板形状の純チタン(厚さ500μm)である。上記円筒形状の円形の面における直径(D)は19mmであった。
また、押圧部材の直径(d)に対するブランク材11の直径(D)の比(絞り比:D/d)は2.0であった。
【0062】
得られた成形体は、外底面の直径が11mmであり、図6のように成形体を水平な面に配置した場合の、水平な面から外底面までの垂直方向の高さ11hが11mmであった。
【0063】
(実施例2~実施例8、比較例1~比較例8)
実施例2~実施例8、比較例1~比較例8について、表1に示す通りにブランク材11の直径、酸化被膜、BHF、パンチスピード、振動数、圧縮ガスの気圧、圧縮ガスの温度、絞り比を変更した以外は実施例1と同様にして成形体を製造した。
【0064】
(凝着抑制の評価)
絞り加工後の金型5の屈曲部をマイクロスコープで観察することで凝着抑制を評価した。
マイクロスコープは金型5の内底面側からみて、内側面の延長線を基準として、孔5C方向に30°傾けた位置から、屈曲部を観察した。下記式1で求めた測定面の面積(2.3mm)ずつ、円周方向にマイクロスコープの測定位置を移動させながら、屈曲部の全ての領域を観察し、測定面の面積に対する金型5のブランク材11が凝着した部分の面積の比率(%)を算出した。
測定面の面積=Y×0.75Y (式1)
式1中、Yは金型5の周方向と直交する方向における屈曲部の長さ(mm)を表す。
算出した上記比率を以下の基準に従って評価し、評価結果を表1に記載した。
【0065】
-評価基準-
A:測定面の面積に対する金型5のブランク材11が凝着した部分の面積の比率が、0.20%以下であった。
B:測定面の面積に対する金型5のブランク材11が凝着した部分の面積の比率が、0.20%超0.35%以下であった。
C:測定面の面積に対する金型5のブランク材11が凝着した部分の面積の比率が、0.35%超0.50%以下であった。
D:測定面の面積に対する金型5のブランク材11が凝着した部分の面積の比率が、0.50%超0.75%以下であった。
E:測定面の面積に対する金型5のブランク材11が凝着した部分の面積の比率が、0.75%超であった。
【0066】
(成形性の評価)
実施例1~実施例8、比較例1~比較例8で製造された成形体におけるしわ発生の有無やその状態を目視で調べて、下記評価基準に基づいて評価し、評価結果を表1に記載した。
-評価基準-
A:しわ、割れ等の不良の発生が認められず、かつ、成形体の表面に酸化膜の剥離が認められなかった。
B:しわ、割れ等の不良の発生が認められないが、成形体の表面に酸化膜の剥離、傷等が存在し、外観品位に劣っていた。
C:しわが認められ、1つのしわの長さが2mmを超えているものが半数を占めていて、しわが顕著であって外観品位に劣っていた。又は、割れが認められた。
【0067】
【表1】

【0068】
振動発生手段1及び圧縮ガス供給手段を有する絞り加工装置を用いた実施例1~8は、凝着の抑制が良好であった。また、前記押圧部材の直径に対する前記ブランク材11の直径の比が2以上の条件において、実施例1~8では凝着を良好に抑制した。
ブランク材11が純チタン、又はチタン合金である実施例1~8は、凝着を良好に抑制した。
中でも、圧縮ガスの温度が、-15℃~25℃である実施例1~7は、より優れた凝着抑制性を示した。
圧縮ガスの圧力が、0.2MPa~0.8MPaである実施例1~8は、より優れた凝着抑制性を示した。
一方、圧縮ガス供給手段を有さない比較例1~比較例4は凝着抑制性に劣っていた。また、振動発生手段を用いていない比較例5及び比較例6は凝着抑制性に劣っていた。振動数が2Hz~8Hzの範囲にない比較例7及び比較例8は、凝着抑制性に劣っていた。
【符号の説明】
【0069】
100・・・絞り加工装置
1・・・振動発生手段
3・・・圧縮ガス供給手段
5・・・金型
5A・・・上面
5B・・・下面
5C・・・孔
5D(Y)・・・屈曲部
5E・・・側壁
5h・・・高さ
5R・・・外径
5r・・・内径
7・・・ブランク支持材
7A・・・孔
7R・・・外径
7r・・・内径
7h・・・高さ
9・・・押圧部材
9A・・・押圧面
9B・・・胴体部
11・・・ブランク材
11A・・・外底面
11B・・・外側面
11C・・・外端面
11D・・・内底面
11E・・・内側面
11F・・・内端面
11G・・・フランジ部
11H・・・屈曲部
11h・・・高さ
11R・・・直径
13・・・スクラップ部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7